銀ちゃんが好きな女の子
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【空より高く海より深い】
2021-0505 / こどもの日記念
屋根より高い鯉のぼり、の歌が流れる和菓子屋さんで柏餅を買った。淡い桃色の包装紙で包みながら、店主のおじさんが「おまけだよ」と差し出したのは、小さな鯉のぼり。プラスチックの棒に五色の吹き流しと、大中小の鯉が並び、その先端で風車が回る。笑って受け取った***は、おじさんの言葉で動けなくなった。
「鯉のぼりって奴ァ、いっつも三人一緒の万事屋に似てるよなぁ。だから銀さんが来たら渡してやろーってずっと思ってたのさ」
「はぁ?ワケ分かんねぇこと言ってねーで、さっさとあんころ餅寄こせやクソジジィ」
「銀さん、こりゃ柏餅だよ。はい、まいどあり」
悪態をついて包みを受け取った銀時は、半笑いで固まる***の手を引いた。早く糖分を摂取したいとスタスタ歩き、あっという間に万事屋にやってきた。
新八も神楽も留守で、誰もいないリビングのソファに並んで座る。皆が帰ってから食べるつもりが銀時はすぐさま包みを解いて、ひとつめの柏餅に齧りついた。
久しぶりの甘い物にはしゃいで、子どもみたいな顔するのを、***はじっと見ていた。ぱくぱく食べる唇の端にあずきの粒がくっつく。
この無邪気な姿を見ると、会ったことのない少年の頃の銀時を知れるようで嬉しい。いつものようにあずき粒を指ですくって「銀ちゃん子どもみたい」と笑いたいのに、手に持った鯉のぼりが目に入って、伸ばしかけた腕が止まった。
「おじさんの言うとおり、これ万事屋の皆みたいですね。大きいお父さんが銀ちゃんで、赤いお母さんが新八君で、小さな青いのが神楽ちゃん。あ、いちばん上の吹き流しは定春かな。それってなんか素敵だね」
へらへら笑っても胸のあたりが寒々しい。
こんな気持ちになるのは、万事屋でひとり留守番をしている時だけなのにおかしい。すぐ隣に銀時が居るのに、寂しいなんて変だ。当の銀時は口をもぐもぐしながら何も言わずに、死んだ魚のような目で***を見ていた。
「うん、本当に、皆みたい……」
困っている人のもとへ銀時は駆け出して行く。
それを新八と神楽と定春は一目散に追いかけていく。そんな背中を何度も見送ってきた。空を泳ぐ鯉のぼりを地上から仰ぐみたいに。取り柄もなく、強くもない***にはそれしか出来ないから。
———銀ちゃんの見る景色と、同じものを私は見れない。
どうしようもないその現実に時々耐えきれなくなる。そんな風に思いたくないのに、のけ者にされるような、置いてきぼりにされるような、そんな気がして不安に押しつぶされる。
ごっくん、と喉を鳴らした銀時が、***の頭をぐしゃぐしゃと乱暴に撫でた。
「なんつー顔してんだよ、馬ァ鹿」
「えっ、私、おかしな顔してますか?」
「ほんっとに***は、泣き虫なぁ」
呆れた声でそう言うと、***の下がりきった眉を指でツンと突いた。泣いてなんかないのに情けなさが溢れて黙り込む。投げやりに「めんどくせぇ」と言った銀時は、柏餅を包んでいた包装紙を掴んで、いきなりビリッと破いた。
切り取った桃色の紙を長い指で細かく裂いて何かをかたどっていく。いびつな長方形になったそれに油性ペンで目玉と鱗を描き、***の顔をじっと見てから、下がり眉までキュッと描き加えた。
「ホラよ、これで満足か」
「な、なにこれ」
「何ってお前だろーが。俺と新八と神楽と定春と、あと***。こーやってテープでくっつけといてやるよ」
棒のいちばん下に、紙で出来た小さな鯉がセロハンで巻きつけられた。鯉というより金魚のようだ。大きな目玉とガタガタの鱗、へにゃっとした眉は確かに***に似ていた。吹き流しや三つの鯉のぼりと一緒に並んだそれを見たら、たまらなく嬉しいのにひどく切なくなって、胸が痛いくらいに締めつけられた。
「銀ちゃん、私なんにもできない……弱いから銀ちゃんがピンチの時も助けられない。新八君や神楽ちゃんが危険な時も守れない。そんな私なのに、それなのに」
「それなのに何だよ?だから何だっつーの?なんもできねーからって、俺達がお前を要らねぇとでも言うと思ってんの?」
首を振っても言葉が出ない***に、銀時は溜息をついた。鯉のぼりを持つ手を上から大きな手が包んで、ぎゅーっと強く握った。
「助けんのも守んのも俺達の役目だから、んなことお前は出来なくていいっつーの。俺が***にして欲しいことはせいぜい、銀ちゃん大好き~って馬鹿みてぇに笑ってることと、あんころ餅持って会いに来ることくれーだよ。そこんとこ、分かりますかぁ?」
「っ……、う、うん、分かりました。でも銀ちゃん、これあんころ餅じゃなくて柏餅だよ」
「うるせぇ」と言いながら顔が近づく。ぎゅっと押しつけられた唇から、甘いあずきと若葉の香りがする。隙間なく唇をくっつけて、ほんの少し離れてまたくっついてを繰り返し、ゆっくりと柔らかなキスをした。
近すぎてぼやけた視界のなか、見つめ合った赤い瞳のそのずっと奥に、少年のような光が宿っている。
その光に気づいた瞬間、***はわっと泣き出しそうになって、心の中で「もういいや」と呟いた。
———もういいや。同じ景色を見られなくても、この瞳を見つめられるなら、それで十分しあわせ……
唇が離れた直後、玄関が開いて二人と一匹が帰ってきた。食べかけの柏餅を見て、神楽が銀時に掴みかかる。新八が笑いながらお茶を持ってくる。
定春が***の頬をぺろりと舐めて、その鼻息で手の中の風車がくるりと回った。
鯉のぼりなんて比べ物にならない。
銀時の優しさは屋根を突き抜けて空よりも高い。そして***は海よりも深く、万事屋の皆を愛している。
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【空より高く海より深い】2021-5-5
2021-0505 / こどもの日記念
屋根より高い鯉のぼり、の歌が流れる和菓子屋さんで柏餅を買った。淡い桃色の包装紙で包みながら、店主のおじさんが「おまけだよ」と差し出したのは、小さな鯉のぼり。プラスチックの棒に五色の吹き流しと、大中小の鯉が並び、その先端で風車が回る。笑って受け取った***は、おじさんの言葉で動けなくなった。
「鯉のぼりって奴ァ、いっつも三人一緒の万事屋に似てるよなぁ。だから銀さんが来たら渡してやろーってずっと思ってたのさ」
「はぁ?ワケ分かんねぇこと言ってねーで、さっさとあんころ餅寄こせやクソジジィ」
「銀さん、こりゃ柏餅だよ。はい、まいどあり」
悪態をついて包みを受け取った銀時は、半笑いで固まる***の手を引いた。早く糖分を摂取したいとスタスタ歩き、あっという間に万事屋にやってきた。
新八も神楽も留守で、誰もいないリビングのソファに並んで座る。皆が帰ってから食べるつもりが銀時はすぐさま包みを解いて、ひとつめの柏餅に齧りついた。
久しぶりの甘い物にはしゃいで、子どもみたいな顔するのを、***はじっと見ていた。ぱくぱく食べる唇の端にあずきの粒がくっつく。
この無邪気な姿を見ると、会ったことのない少年の頃の銀時を知れるようで嬉しい。いつものようにあずき粒を指ですくって「銀ちゃん子どもみたい」と笑いたいのに、手に持った鯉のぼりが目に入って、伸ばしかけた腕が止まった。
「おじさんの言うとおり、これ万事屋の皆みたいですね。大きいお父さんが銀ちゃんで、赤いお母さんが新八君で、小さな青いのが神楽ちゃん。あ、いちばん上の吹き流しは定春かな。それってなんか素敵だね」
へらへら笑っても胸のあたりが寒々しい。
こんな気持ちになるのは、万事屋でひとり留守番をしている時だけなのにおかしい。すぐ隣に銀時が居るのに、寂しいなんて変だ。当の銀時は口をもぐもぐしながら何も言わずに、死んだ魚のような目で***を見ていた。
「うん、本当に、皆みたい……」
困っている人のもとへ銀時は駆け出して行く。
それを新八と神楽と定春は一目散に追いかけていく。そんな背中を何度も見送ってきた。空を泳ぐ鯉のぼりを地上から仰ぐみたいに。取り柄もなく、強くもない***にはそれしか出来ないから。
———銀ちゃんの見る景色と、同じものを私は見れない。
どうしようもないその現実に時々耐えきれなくなる。そんな風に思いたくないのに、のけ者にされるような、置いてきぼりにされるような、そんな気がして不安に押しつぶされる。
ごっくん、と喉を鳴らした銀時が、***の頭をぐしゃぐしゃと乱暴に撫でた。
「なんつー顔してんだよ、馬ァ鹿」
「えっ、私、おかしな顔してますか?」
「ほんっとに***は、泣き虫なぁ」
呆れた声でそう言うと、***の下がりきった眉を指でツンと突いた。泣いてなんかないのに情けなさが溢れて黙り込む。投げやりに「めんどくせぇ」と言った銀時は、柏餅を包んでいた包装紙を掴んで、いきなりビリッと破いた。
切り取った桃色の紙を長い指で細かく裂いて何かをかたどっていく。いびつな長方形になったそれに油性ペンで目玉と鱗を描き、***の顔をじっと見てから、下がり眉までキュッと描き加えた。
「ホラよ、これで満足か」
「な、なにこれ」
「何ってお前だろーが。俺と新八と神楽と定春と、あと***。こーやってテープでくっつけといてやるよ」
棒のいちばん下に、紙で出来た小さな鯉がセロハンで巻きつけられた。鯉というより金魚のようだ。大きな目玉とガタガタの鱗、へにゃっとした眉は確かに***に似ていた。吹き流しや三つの鯉のぼりと一緒に並んだそれを見たら、たまらなく嬉しいのにひどく切なくなって、胸が痛いくらいに締めつけられた。
「銀ちゃん、私なんにもできない……弱いから銀ちゃんがピンチの時も助けられない。新八君や神楽ちゃんが危険な時も守れない。そんな私なのに、それなのに」
「それなのに何だよ?だから何だっつーの?なんもできねーからって、俺達がお前を要らねぇとでも言うと思ってんの?」
首を振っても言葉が出ない***に、銀時は溜息をついた。鯉のぼりを持つ手を上から大きな手が包んで、ぎゅーっと強く握った。
「助けんのも守んのも俺達の役目だから、んなことお前は出来なくていいっつーの。俺が***にして欲しいことはせいぜい、銀ちゃん大好き~って馬鹿みてぇに笑ってることと、あんころ餅持って会いに来ることくれーだよ。そこんとこ、分かりますかぁ?」
「っ……、う、うん、分かりました。でも銀ちゃん、これあんころ餅じゃなくて柏餅だよ」
「うるせぇ」と言いながら顔が近づく。ぎゅっと押しつけられた唇から、甘いあずきと若葉の香りがする。隙間なく唇をくっつけて、ほんの少し離れてまたくっついてを繰り返し、ゆっくりと柔らかなキスをした。
近すぎてぼやけた視界のなか、見つめ合った赤い瞳のそのずっと奥に、少年のような光が宿っている。
その光に気づいた瞬間、***はわっと泣き出しそうになって、心の中で「もういいや」と呟いた。
———もういいや。同じ景色を見られなくても、この瞳を見つめられるなら、それで十分しあわせ……
唇が離れた直後、玄関が開いて二人と一匹が帰ってきた。食べかけの柏餅を見て、神楽が銀時に掴みかかる。新八が笑いながらお茶を持ってくる。
定春が***の頬をぺろりと舐めて、その鼻息で手の中の風車がくるりと回った。
鯉のぼりなんて比べ物にならない。
銀時の優しさは屋根を突き抜けて空よりも高い。そして***は海よりも深く、万事屋の皆を愛している。
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【空より高く海より深い】2021-5-5