銀ちゃんの愛する女の子
おいしい牛乳(恋人)
おなまえをどうぞ
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
【(7)元気をあげる】
「ストーカー取り逃して今夜は徹夜?え、銀ちゃんが?」
珍しく仕事に行った三人と一匹の帰りを、万事屋で待っていた***のもとへ、夕方になって戻ってきたのは神楽と定春だけだった。夕飯のために大量に作ったみそ汁を、全て飲み干す勢いで大鍋ごと抱えて食べる神楽が、新八は直帰して銀時は今日は帰ってこないと言った。それに驚いた***が理由を尋ねたのだった。
「ストーカー被害にあってる依頼人が、ここんとこ毎日、家のポストに変な手紙が入ってるってめっさ怯えてたアル。彼氏と別れないと殺すとか書いてあって、銀ちゃんがめんどくせぇから警察に行けって何度も言ったネ。けど何かあってからじゃなきゃ警察は動いてくれないからって全然聞かなかったヨ」
「それは怖いだろうねぇ……でも皆でストーカーを捕まえて、警察に突き出したんじゃないの?だってこの前、もう犯人の目星はついてるって言ってたでしょ?」
「そうそう、怪しいニット帽の男ネ!あんのクソ野郎ぉぉぉ!手紙を入れる所もばっちり抑えて追いかけたのに、やけに逃げ足が速いのヨ。途中で匂いも途切れて定春の鼻も利かなかったネ。女が泣いて怖がってたから、今夜は銀ちゃんが家の前で見張り番することになったアル。人が多いとかえって警戒されるし、定春が目立って犯人が来なくなるからお前らは帰れって言われたヨ」
あらま、とつぶやいて***はため息をついた。依頼人のマンションの前でひとり、寝ずの番をしている銀時を想像すると気の毒だった。冬の寒い夜でないだけ良かったが、夜通し見張りなんてきっと骨が折れる。
「でも依頼人の女の子はすごく怖いだろうから、銀ちゃんがいれば安心だよね。犯人を警察に引き渡せば万事解決だし!今夜の張り込みで捕まえられるといいね」
「それにしても泣くわ騒ぐわ、うるさい依頼人だったネ。あの女が叫びまくったせいで、犯人を逃しちゃったのヨ。久々の依頼だってのに手間がかかるアル」
この様子じゃ明日の朝まで銀時は帰ってこないから、万事屋へ泊まっていけと神楽に誘われる。確かに神楽をひとり残していくのは気が引ける。いつもの通り***の家に来たらどうかと提案したが「今夜こそ押入れで一緒に寝るヨロシ!」と逆に強く主張されてしまった。
「***!一緒にお風呂に入るアル!特別に私のヴィダルハフーンを使わせてあげるヨ。パジャマも貸してあげるし、お風呂上りに銀ちゃんが冷蔵庫に隠してるプリン食べちゃうネ!」
そう言って目を輝かせた神楽が、***の肩を両手でつかむと頭がガクガクするほど揺すぶった。
「か、神楽ちゃ、目が回るからやめっ……わ、分かった!泊まる!泊まるから止めてぇ!!」
「ひゃっほーい!今夜は***とパジャマパーティーするアルゥゥゥ!」
明日も朝から配達があるから、そんなに夜更かしはできない。でもウキウキ顔の神楽が妹のように可愛くて、つい甘やかしてしまう。自転車は下のスナックの前に停めてあるし、明日は万事屋から仕事へ向かえば大丈夫。
頭のなかでそう算段しながらふと神楽を見ると、食卓に並んだ夕飯をものすごい速さで胃袋に流しこんでいた。銀時が帰ってきた時の為に、必死でおかずやみそ汁を取り分ける。なんとか死守したご飯でおにぎりを作ったら「***、それも食べたいアル!よこすネェェェ!」と取られそうになって慌てた。
「***~、家の風呂にタオル巻いて入るなんて、おかしいアル~」
「いや、でも、なんかここのお風呂、銭湯より明るくて恥ずかしいっていうか……」
普段、銀時が使っている場所だと思うと気おくれする。はじめて見た万事屋のお風呂に緊張しながらも、***はきょろきょろとした。シャワーの横にヴィダルハフーンと、別の銘柄のシャンプーが置かれていた。湯船につかってから、それが銀時が使っているシャンプーだと気付き、恥ずかしくなってぱっと目をそらした。
「***と私はもう家族みたいなもんアル!裸にならなきゃおかしいネ!タオル取るヨロシィィィ!」
「あわわわわッ、ちょっと神楽ちゃん!」
引っぺがすように身体に巻いていたタオルを取り上げられ、湯船の中でぎゅっと膝を抱いた。向き合った神楽のまだ幼さの残る身体をちらりと見て***は、何年か経てばこの身体も自分よりずっと女らしくなるだろうと思う。鼻先まで湯に浸かって、はぁ~とため息を吐いたら、ぶくぶくと泡が立った。
「ねぇ、***は不安じゃないアルか?依頼人とはいえ、女とひと晩一緒にいるのヨ?」
「え…?何が、誰が?ひと晩一緒って?」
「だからぁ!銀ちゃんがヨ!彼氏が女とひと晩一緒にいるのに、***は心配じゃないアルかって聞いてるネ」
洗い場で身体を洗っている***に、湯船から神楽がたずねた。急な質問ですぐに理解できなくて振り向くと、浴槽のフチに頬杖をついた神楽が、***の背中をじっと見ていた。
「神楽ちゃん、ひと晩一緒って言ったって、マンションの前で見張りでしょ?そんなの全然心配じゃないよ」
「でも、あのエロ天パのことだから、女にちょっと誘われたら、ふらっと部屋に上がるかもしれないネ。怖~いとか言って抱き着かれて、今ごろ変なことしてるかもしれないアルよ?」
「あははっ!それじゃ全然見張りになってないし、また犯人逃がしちゃうねぇ」
そう言って***がへらりと笑うと、神楽はほっぺを膨らませて不機嫌な顔をした。男は皆オオカミなんだから心配した方がいいとつぶやく神楽の顔に向けて、***は笑いながらシャワーの湯を勢いよくかけた。
「ブーッ!***なにするネ!私が心配してやってるっていうのに、ひどいアル!!」
「ふふふっ、心配してくれてありがとう神楽ちゃん。でも銀ちゃんは、ストーカーに怯えて怖がってる女の子に手を出すような人じゃないから大丈夫だよ」
「む~……そうやって能天気に銀ちゃんのこと信じてたら、いつか痛い目見るアルよ***」
「そうかなぁ。大丈夫だと思うけど……でももし万が一そんなことがあったら真っ先に神楽ちゃんに言うから、銀ちゃんに一緒にビンタしてくれる?」
「あったり前ネ!だって私は***の親友アル。親友を泣かせる男はボコボコにして再起不能にするのがこの神楽様のやり方ヨ!」
そう言った神楽がにっこり笑ったので***もホッとする。頭を洗ってあげるからおいでと言うと、飛び跳ねるように湯船から出てきた。赤い髪を指ですいて丁寧に洗ってあげると、気持ちよさそうに目を細めていた。
夜10時過ぎに押入れで一緒に横になると、神楽はすぐに眠りについた。***も目を閉じたが寝付けない。そもそも押入れの中で寝たことがないから落ち着かない。しばらく目をつむってみたが眠れそうにないので、こっそり押入れから出た。
居間の電気を点け、手提げ袋からぶ厚い本を取り出す。牛乳屋の主人から「次期社長へ」と渡された店舗経営に関する本で、タイトルは『サルでも分かる経営・ビジネス』だった。題名のわりに内容は難解で数ページめくるといつも眠くなる。
「え~と何々……商品にはいくつかの付加価値をつけて売り出し、多岐にわたる利益を獲得すると……」
本を読みながらノートに書いていたが、しばらくするとまぶたが下がってくる。床にぺたりと座ってテーブルに顔を突っ伏したら、そのまま眠り込んでしまった。
ハッとして目を覚ました時には既に3時前だった。
押入れから漏れる神楽のいびきだけが、部屋に響いている。少しだけふすまを開けて中をのぞくと、子供のように無邪気な顔で神楽は眠っていた。
「ゴォォォ~~……ガァァァ~~~……っ、んァァァ、ぎ、んちゃぁ~ん……」
「ぷっ」
寝言で銀時の名を呼ぶのが面白くて、吹き出してしまう。まるで子供が親を呼んでいるみたいで、神楽を抱きしめたいほど愛おしく思った。
「んぅぅぅ……ぉにぎりぃ、ぎんちゃんだけ、おにぎりズルいアルゥ~……***~……私にもいっこよこすネぇ……」
夢の中でも銀時とおにぎりの取り合いをしている。あまりに愉快で***は大声で笑い出しそうだった。起こしてはいけないと、口を手で押さえて笑いをかみ殺し、素早くふすまを閉めた。
4時前には仕事に行かなければならない。顔を洗って着物に着替えると、牛乳屋のエプロンを着けた。身支度を整えて台所で神楽の分の朝ごはんを作る。自分もみそ汁だけ飲んで行こうと茶碗によそっていると、急に玄関の引き戸がガタガタと鳴った。
戸が開いて閉まる音と一緒に、聞きなれた足音が聞こえた。台所からひょいと顔を出すと、思った通り玄関では、銀時がダルそうに立ったまま、ブーツを脱いでいた。
「おかえりなさい、銀ちゃん!お仕事、大変だったねぇ。お疲れ様です」
お玉を手に持ったまま玄関にパタパタと駆けていくと、片足だけブーツを脱いだ変な恰好のまま、銀時は目を点にして***を見つめた。
「は?なにお前、こんな朝っぱらからウチ来てたの?」
「ううん、昨日神楽ちゃんだけ帰ってきて、ひとりにさせるの可哀想だったからひと晩泊めてもらったんです。銀ちゃんに断りもなく勝手にごめんね」
「いや、そんなん別にいーけど………え?なに***、お前、俺がいないのに、俺んち泊まったの?」
「へ?銀ちゃんがいないから泊まったんだよ。神楽ちゃんひとりで心配だったから」
首をかしげてそう言った***を、銀時が信じられないものを見るような目で見下ろした。
「はぁぁぁぁぁ!?なにソレ!そんなの聞いてねぇけど!***が泊まりに来るなんて知らなかったんですけど!知ってたら神楽に見張りさせて俺が戻ってきたわ!泊まるんなら泊まるって先に言えよ***!そしたら銀さんが帰ってきたっつーの!!」
「えぇぇぇ!?なんで!?銀ちゃんが帰ってきたら見張りにならないでしょ!それに銀ちゃんが帰ってくるんだったら泊まらないです。神楽ちゃんひとりで心配だったからって言ったじゃん」
「アイツのどこが心配なんだよ!あんな怪力馬鹿娘、ぐーすか寝てたところでセコムの百倍安全だろーが!!」
帰宅するやいなや玄関先で意味の分からない因縁をつけられて、***は驚きで言葉を失った。
しかし仕事は無事に片づき、ストーカー男もしっかり警察に突き出したと聞いたらホッとした。ひと晩じゅう見張りをしていた銀時の顔には案の定、疲れが浮かんでいた。玄関を上がり、引きずるような足取りで廊下を進むのを、***は心配な顔で追いかける。
寝室には昨夜すでに布団を敷いておいたし、お風呂はついさっき湯を張ったばかりだからすぐに入れる。ご飯も出せるが銀時が食べたいか分からなかったので、***は目の前の背中に向かって問いかけた。
「疲れて帰ってくるだろうと思って準備はしておいたんだけど、銀ちゃん、この後どうします?ご飯食べる?お風呂入る?お布団もしいてありますけど、アダッ!」
急に銀時が立ち止まったので、***は顔面から大きな背中にぶつかった。鼻を抑えて見上げると、振り向いた銀時が目を見開いて、じっとこちらを見下ろしていた。
「急に立ち止まらないでよ……え、なに?どうするの銀ちゃん?ご飯にする?お風呂入ります?それとも、」
「***、それ、マジで言ってんの」
「へ?」
言われたことが理解できなくて、首を傾げていると急に視界が揺れた。
「うわぁぁぁっ!?ぎ、銀ちゃん!!?」
気付いた時には太い腕が腰に回っていて、銀時に片手で持ち上げられていた。上半身が前に倒れて足が床から浮く。足をバタバタとしても銀時はまるで意に介さない。小脇に荷物を抱えるように、***を持ち上げた銀時がすたすたと部屋の奥へと進んでいく。
「いやぁ~、めっさびっくりした……疲れて帰ってきたら***がいて、まさかそんなセリフを言うとは夢にも思わねぇだろ……そもそもあんなこと言う女、ドラマでしか見たことねぇよなぁ~……」
ぶつぶつとつぶやく銀時が、足早に向かったのは寝室で、布団の上に***は降ろされた。はてなマークを頭に浮かべた***が呆気に取られているうちに、すばやく戸が閉められる。居間の明かりをふすまで遮られると、灯りのない寝室は真っ暗になった。閉じたふすまの前で、仁王立ちした銀時がこちらを向いていたが、暗くて顔が見えない。
「え?えぇっと銀ちゃん?あのぉ、もう寝るってことですか?あの、寝間着に着替えてから、うわわっ!?」
喋っている途中で急に肩をつかまれる。重たいものが上から降ってくるみたいに、上半身が圧せられたと思った時には、すでに仰向けに倒れていた。
暗闇に慣れた目が、真上にある銀時の顔をとらえる。さっきまでの疲れた表情はどこへやら、その顔がニヤニヤと嬉しそうに笑っていて、驚きと同時に嫌な予感がした。そしてその予感どおりに銀時の手が、***の肩から腕をなでるようにすべり降り、手首をつかむと布団に押し付けた。
「いやぁぁぁ~、***~、まさかお前みたいな小娘が、こぉ~んな古典的な手法つかってくるとは、銀さんも予想してなかったわマジで」
「ええっ!?なんですかコレ!?どういうことですか銀ちゃん!?もっ、もう寝るんじゃなかったの!?」
「そりゃ寝るに決まってんだろ。可愛い彼女が布団しいて待っててくれたんだし?疲れて帰ってきた彼氏を身体で癒してあげるって***が言ってんだしぃ?‟ご飯にする?お風呂にする?それともア・タ・シ?”だすぃ~?そんなん答えは決まってらぁ。ありがたく***と寝るに決まってんだろ」
にやついた顔で言い放たれた言葉に、***は口をあんぐりと開けた。呆れて言葉も出ない。そんなつもりは微塵もない。ただ疲れている銀時に何かしてやりたいと思っただけだった。
口もきけずに固まっていると、着物の裾が乱れて露わになった***のふくらはぎに、銀時がひざ頭をすりすりと押し付けてくる。その感覚がやけに生々しくて、ハッとすると同時に顔が真っ赤になった。
「ちっ……ちちちちち違うっ!わた、私はそんなつもり全然ないです!そんな変なセリフ、今どき再放送の古いドラマのヒロインでも言わないよ!そんなので喜んで嬉しそうにしないで下さい!!!」
「あっれぇ~!?っんなこと言ってぇ~、***ちゃぁ~ん、顔真っ赤っかじゃぁ~ん。アレだろ?ほんとはお前だって、こうされて嬉しいんだろ?エプロンまで着けて、いかにも若妻ですって顔して出てきたもんなぁ、お前ぇ。ご飯もお風呂も後にして、とにかく私を抱いてぇ~って顔してたじゃねぇかよ!」
「っっっ!!!……そんな顔してない!エプロンってこれ牛乳屋さんのだよ!?これのどこが若妻なんですか!?ぜんぶ銀ちゃんの勘違いだよ馬鹿ぁぁぁ!!!」
手加減をされているはずなのに、抑えつけられた腕を動かそうとしても銀時の手はびくともしない。そうこうしているうちに顔が近づいてくる。キスをされそうになり、慌てて***は顔をそらした。
「チッ……あんだよぉ」
不満げな声がすぐそばで聞こえてギクッとする。怒らせたかなと心配になった直後、耳のすぐ下の首筋に、ふに、と温かい唇が押し付けられた。「ひぁっ」と声を上げた***がくすぐったさに肩をすくめて身体を強張らせたら、声もなく銀時が笑った。
「かわいー声出しちゃって、***ちゃんてば、やぁらしぃぃ~!」
「っ~~~~!ゃっ、だぁ!銀ちゃん、や、やめっ、ちょっと待ってよぉ!」
「ムリムリ、待てないって。とりあえずエプロン取っちゃおうか***」
「ヤダヤダッ!取らないです!し、仕事、銀ちゃん!私もう仕事に行かなきゃ、遅れちゃうから!!」
エプロンを脱がそうとする銀時が、***の手首から手を離した。その瞬間に持っていたお玉を大きく振りかぶって、銀髪の頭を叩いた。パコンッという音と同時に「いでっ」と言った銀時が、頭を片手で抑えてようやく身体を離した。
「いってぇなオイ……っんだよ***~!お前から誘っといてそりゃねぇだろぉ~!!帰ってきた時、銀さん結構疲れてたんだからね?ギャーギャー騒ぐうるせぇ依頼人の女の相手して、逃げ足の速ぇ頭のおかしなガキ追って走り回って、ようやく片付いたから、酒でも飲んでさっさと寝ちまおうと思ってたのに。新妻っぽい可愛いカッコで急に飛び出してきて、男のロマンそのものみてぇなセリフ言ったの***だからね?お前が俺を元気にしたんだから、ちゃんと責任とれよなぁぁ!!」
「男のロマンなんて知らないよ!そんなつもりで言ってないし、そもそもそんな変なセリフで、どうしてそんなに元気になれるんですか!?自己責任ですよ自己責任!自分でなんとかしてください!私は今から仕事なんです!もぉ~銀ちゃんの変態っ!!!」
逃げるように寝室を出て、時計を見たらもう仕事に行かなければいけない時間だった。慌てて手提げを持つと玄関へ走る。下駄をはいて立ち上がり、引き戸に手をかけたところで後ろから呼び止められた。
「おい、***、忘れモンしてんぞ」
きっと銀時は怒っていると思ったが、それはいつも通りの気の抜けた声だった。それで油断して、忘れ物?なんだろう?財布?メモ帳?と考えながら振り向くと、裸足でたたきに降りた銀時がすぐ真後ろに立っていた。
「ありがと銀ちゃん、私なにを、」
忘れてたの、と聞こうとした言葉は出せなかった。急に伸びてきた大きな手で全身を後ろに押される。背中が引き戸にぶつかり、ガタガタと大きな音が鳴った。
「んむっ!!?」
半開きだった***の唇に、銀時が噛みつくように口づける。驚きに大きく見開いた***の目を、至近距離で見つめる赤い瞳には「してやったり」という不敵な笑みが浮かんでいた。
「んっ、んぅ……っぁ!」
肩と腰を大きな手で引き戸に押さえつけられて、身動きひとつとれない。熱い舌が勢いよく挿しこまれて、それで上あごを押しあげるように舐められる。首を反らして顔を上げて、その舌から逃げようとしても、背の高い銀時の腕の中に逃げ場なんてない。
かかとが浮いて爪先立ちになる。膝がふるえて白い着流しの胸元につかまったら、腰に回った大きな手に身体を持ち上げられた。下駄ばきの足が浮いて、身体を銀時に預けるしかなくなった***は、まるで自分からキスをせがんでいるみたいだった。
「っふ、ぁ、……っぅ、ん゙ん……っ」
恥ずかしくて顔が焼けるように熱い。涙のにじんだ目で見つめたら、銀時は「ふっ」と笑うような息を吐いた。知らぬ間に後頭部に大きな手が回っていて、首を振って唇をよけることもできない。
柔らかいほほの内側、その右も左も舐められて、もう一度上あごの奥の方を尖った舌先がぐにゅっと強く押した。ぞくりと鳥肌の立ちそうな感覚が***の脳天を突き抜けていく。「っ……!」と息を飲み、ぎゅっと目を閉じた直後、ぱっと唇が離れた。
「っは、ぁ、っあ、ぎ、銀ちゃ……」
ようやく解放された唇で必死で空気を吸っていたら、大きな手でぺちぺちと左ほほを叩かれた。茹でダコのように赤いであろう顔を見られたくなくて上目遣いで見上げたら、にんまりと笑った銀時が、憎らしい声で言った。
「ほい、忘れモンな。いってらっしゃいのチュー」
「なっ………!!!」
「どーせ***のことだから、これも変なセリフで、男のロマンなんてくだらねぇって思ってんだろ?でもなぁ、結構効き目あんだぜ。今のチューでお前が今日一日すっげぇ元気に過ごせるって、銀さんにはお見通しだからね。悔しいだろうけどせいぜい自分の負けを認めるんだな」
それだけ言うと銀時は***を腕の中から解放し、乱暴に頭をぐしゃぐしゃと撫でると、背を向けて部屋へと戻りはじめた。真っ赤な顔の***が、にぎりしめた両手のこぶしをぶるぶると震わせながら玄関で立ち尽くしていると、廊下の途中で銀時が振り向いた。
「あ、そーだ***、次ウチに泊まりに来る時はちゃんと前もって俺に教えろよな。そしたらエプロン着て迎えてやるからさ。ご飯にする?お風呂にする?それとも銀さんにする?っつって」
「~~~~っ!!お、教えないっ!そんな変なセリフ言われても全然嬉しくない!!いってらっしゃいのチューなんかで、元気になんてならないです!!!」
大声で叫んで戸を開けて飛び出す。ビシャンッと勢いよく引き戸を閉める直前に、一瞬見えた銀時のにやついた顔と、階段を下りて自転車に乗ってもまだ聞こえてくるゲラゲラという笑い声のせいで、***の顔の赤みと怒りはますます増した。
―――なぁにが男のロマンだぁぁぁ!こっ恥ずかしくて馬鹿馬鹿しい、ただの陳腐なセリフなんかに私は惑わされたりなんかしないんだからぁぁぁ!!!
しかし、この日、かぶき町で風のような速さで牛乳配達をする***の姿が多数の人に目撃されることになる。一部の住民からしばらくの間「風のように朝から元気な配達屋さん」と呼ばれて赤面するはめになるとは、まだこの時の***は知る由もない。
--------------------------------------------------------
【(7)元気をあげる】end
馬鹿で陳腐な男のロマンを君に
「ストーカー取り逃して今夜は徹夜?え、銀ちゃんが?」
珍しく仕事に行った三人と一匹の帰りを、万事屋で待っていた***のもとへ、夕方になって戻ってきたのは神楽と定春だけだった。夕飯のために大量に作ったみそ汁を、全て飲み干す勢いで大鍋ごと抱えて食べる神楽が、新八は直帰して銀時は今日は帰ってこないと言った。それに驚いた***が理由を尋ねたのだった。
「ストーカー被害にあってる依頼人が、ここんとこ毎日、家のポストに変な手紙が入ってるってめっさ怯えてたアル。彼氏と別れないと殺すとか書いてあって、銀ちゃんがめんどくせぇから警察に行けって何度も言ったネ。けど何かあってからじゃなきゃ警察は動いてくれないからって全然聞かなかったヨ」
「それは怖いだろうねぇ……でも皆でストーカーを捕まえて、警察に突き出したんじゃないの?だってこの前、もう犯人の目星はついてるって言ってたでしょ?」
「そうそう、怪しいニット帽の男ネ!あんのクソ野郎ぉぉぉ!手紙を入れる所もばっちり抑えて追いかけたのに、やけに逃げ足が速いのヨ。途中で匂いも途切れて定春の鼻も利かなかったネ。女が泣いて怖がってたから、今夜は銀ちゃんが家の前で見張り番することになったアル。人が多いとかえって警戒されるし、定春が目立って犯人が来なくなるからお前らは帰れって言われたヨ」
あらま、とつぶやいて***はため息をついた。依頼人のマンションの前でひとり、寝ずの番をしている銀時を想像すると気の毒だった。冬の寒い夜でないだけ良かったが、夜通し見張りなんてきっと骨が折れる。
「でも依頼人の女の子はすごく怖いだろうから、銀ちゃんがいれば安心だよね。犯人を警察に引き渡せば万事解決だし!今夜の張り込みで捕まえられるといいね」
「それにしても泣くわ騒ぐわ、うるさい依頼人だったネ。あの女が叫びまくったせいで、犯人を逃しちゃったのヨ。久々の依頼だってのに手間がかかるアル」
この様子じゃ明日の朝まで銀時は帰ってこないから、万事屋へ泊まっていけと神楽に誘われる。確かに神楽をひとり残していくのは気が引ける。いつもの通り***の家に来たらどうかと提案したが「今夜こそ押入れで一緒に寝るヨロシ!」と逆に強く主張されてしまった。
「***!一緒にお風呂に入るアル!特別に私のヴィダルハフーンを使わせてあげるヨ。パジャマも貸してあげるし、お風呂上りに銀ちゃんが冷蔵庫に隠してるプリン食べちゃうネ!」
そう言って目を輝かせた神楽が、***の肩を両手でつかむと頭がガクガクするほど揺すぶった。
「か、神楽ちゃ、目が回るからやめっ……わ、分かった!泊まる!泊まるから止めてぇ!!」
「ひゃっほーい!今夜は***とパジャマパーティーするアルゥゥゥ!」
明日も朝から配達があるから、そんなに夜更かしはできない。でもウキウキ顔の神楽が妹のように可愛くて、つい甘やかしてしまう。自転車は下のスナックの前に停めてあるし、明日は万事屋から仕事へ向かえば大丈夫。
頭のなかでそう算段しながらふと神楽を見ると、食卓に並んだ夕飯をものすごい速さで胃袋に流しこんでいた。銀時が帰ってきた時の為に、必死でおかずやみそ汁を取り分ける。なんとか死守したご飯でおにぎりを作ったら「***、それも食べたいアル!よこすネェェェ!」と取られそうになって慌てた。
「***~、家の風呂にタオル巻いて入るなんて、おかしいアル~」
「いや、でも、なんかここのお風呂、銭湯より明るくて恥ずかしいっていうか……」
普段、銀時が使っている場所だと思うと気おくれする。はじめて見た万事屋のお風呂に緊張しながらも、***はきょろきょろとした。シャワーの横にヴィダルハフーンと、別の銘柄のシャンプーが置かれていた。湯船につかってから、それが銀時が使っているシャンプーだと気付き、恥ずかしくなってぱっと目をそらした。
「***と私はもう家族みたいなもんアル!裸にならなきゃおかしいネ!タオル取るヨロシィィィ!」
「あわわわわッ、ちょっと神楽ちゃん!」
引っぺがすように身体に巻いていたタオルを取り上げられ、湯船の中でぎゅっと膝を抱いた。向き合った神楽のまだ幼さの残る身体をちらりと見て***は、何年か経てばこの身体も自分よりずっと女らしくなるだろうと思う。鼻先まで湯に浸かって、はぁ~とため息を吐いたら、ぶくぶくと泡が立った。
「ねぇ、***は不安じゃないアルか?依頼人とはいえ、女とひと晩一緒にいるのヨ?」
「え…?何が、誰が?ひと晩一緒って?」
「だからぁ!銀ちゃんがヨ!彼氏が女とひと晩一緒にいるのに、***は心配じゃないアルかって聞いてるネ」
洗い場で身体を洗っている***に、湯船から神楽がたずねた。急な質問ですぐに理解できなくて振り向くと、浴槽のフチに頬杖をついた神楽が、***の背中をじっと見ていた。
「神楽ちゃん、ひと晩一緒って言ったって、マンションの前で見張りでしょ?そんなの全然心配じゃないよ」
「でも、あのエロ天パのことだから、女にちょっと誘われたら、ふらっと部屋に上がるかもしれないネ。怖~いとか言って抱き着かれて、今ごろ変なことしてるかもしれないアルよ?」
「あははっ!それじゃ全然見張りになってないし、また犯人逃がしちゃうねぇ」
そう言って***がへらりと笑うと、神楽はほっぺを膨らませて不機嫌な顔をした。男は皆オオカミなんだから心配した方がいいとつぶやく神楽の顔に向けて、***は笑いながらシャワーの湯を勢いよくかけた。
「ブーッ!***なにするネ!私が心配してやってるっていうのに、ひどいアル!!」
「ふふふっ、心配してくれてありがとう神楽ちゃん。でも銀ちゃんは、ストーカーに怯えて怖がってる女の子に手を出すような人じゃないから大丈夫だよ」
「む~……そうやって能天気に銀ちゃんのこと信じてたら、いつか痛い目見るアルよ***」
「そうかなぁ。大丈夫だと思うけど……でももし万が一そんなことがあったら真っ先に神楽ちゃんに言うから、銀ちゃんに一緒にビンタしてくれる?」
「あったり前ネ!だって私は***の親友アル。親友を泣かせる男はボコボコにして再起不能にするのがこの神楽様のやり方ヨ!」
そう言った神楽がにっこり笑ったので***もホッとする。頭を洗ってあげるからおいでと言うと、飛び跳ねるように湯船から出てきた。赤い髪を指ですいて丁寧に洗ってあげると、気持ちよさそうに目を細めていた。
夜10時過ぎに押入れで一緒に横になると、神楽はすぐに眠りについた。***も目を閉じたが寝付けない。そもそも押入れの中で寝たことがないから落ち着かない。しばらく目をつむってみたが眠れそうにないので、こっそり押入れから出た。
居間の電気を点け、手提げ袋からぶ厚い本を取り出す。牛乳屋の主人から「次期社長へ」と渡された店舗経営に関する本で、タイトルは『サルでも分かる経営・ビジネス』だった。題名のわりに内容は難解で数ページめくるといつも眠くなる。
「え~と何々……商品にはいくつかの付加価値をつけて売り出し、多岐にわたる利益を獲得すると……」
本を読みながらノートに書いていたが、しばらくするとまぶたが下がってくる。床にぺたりと座ってテーブルに顔を突っ伏したら、そのまま眠り込んでしまった。
ハッとして目を覚ました時には既に3時前だった。
押入れから漏れる神楽のいびきだけが、部屋に響いている。少しだけふすまを開けて中をのぞくと、子供のように無邪気な顔で神楽は眠っていた。
「ゴォォォ~~……ガァァァ~~~……っ、んァァァ、ぎ、んちゃぁ~ん……」
「ぷっ」
寝言で銀時の名を呼ぶのが面白くて、吹き出してしまう。まるで子供が親を呼んでいるみたいで、神楽を抱きしめたいほど愛おしく思った。
「んぅぅぅ……ぉにぎりぃ、ぎんちゃんだけ、おにぎりズルいアルゥ~……***~……私にもいっこよこすネぇ……」
夢の中でも銀時とおにぎりの取り合いをしている。あまりに愉快で***は大声で笑い出しそうだった。起こしてはいけないと、口を手で押さえて笑いをかみ殺し、素早くふすまを閉めた。
4時前には仕事に行かなければならない。顔を洗って着物に着替えると、牛乳屋のエプロンを着けた。身支度を整えて台所で神楽の分の朝ごはんを作る。自分もみそ汁だけ飲んで行こうと茶碗によそっていると、急に玄関の引き戸がガタガタと鳴った。
戸が開いて閉まる音と一緒に、聞きなれた足音が聞こえた。台所からひょいと顔を出すと、思った通り玄関では、銀時がダルそうに立ったまま、ブーツを脱いでいた。
「おかえりなさい、銀ちゃん!お仕事、大変だったねぇ。お疲れ様です」
お玉を手に持ったまま玄関にパタパタと駆けていくと、片足だけブーツを脱いだ変な恰好のまま、銀時は目を点にして***を見つめた。
「は?なにお前、こんな朝っぱらからウチ来てたの?」
「ううん、昨日神楽ちゃんだけ帰ってきて、ひとりにさせるの可哀想だったからひと晩泊めてもらったんです。銀ちゃんに断りもなく勝手にごめんね」
「いや、そんなん別にいーけど………え?なに***、お前、俺がいないのに、俺んち泊まったの?」
「へ?銀ちゃんがいないから泊まったんだよ。神楽ちゃんひとりで心配だったから」
首をかしげてそう言った***を、銀時が信じられないものを見るような目で見下ろした。
「はぁぁぁぁぁ!?なにソレ!そんなの聞いてねぇけど!***が泊まりに来るなんて知らなかったんですけど!知ってたら神楽に見張りさせて俺が戻ってきたわ!泊まるんなら泊まるって先に言えよ***!そしたら銀さんが帰ってきたっつーの!!」
「えぇぇぇ!?なんで!?銀ちゃんが帰ってきたら見張りにならないでしょ!それに銀ちゃんが帰ってくるんだったら泊まらないです。神楽ちゃんひとりで心配だったからって言ったじゃん」
「アイツのどこが心配なんだよ!あんな怪力馬鹿娘、ぐーすか寝てたところでセコムの百倍安全だろーが!!」
帰宅するやいなや玄関先で意味の分からない因縁をつけられて、***は驚きで言葉を失った。
しかし仕事は無事に片づき、ストーカー男もしっかり警察に突き出したと聞いたらホッとした。ひと晩じゅう見張りをしていた銀時の顔には案の定、疲れが浮かんでいた。玄関を上がり、引きずるような足取りで廊下を進むのを、***は心配な顔で追いかける。
寝室には昨夜すでに布団を敷いておいたし、お風呂はついさっき湯を張ったばかりだからすぐに入れる。ご飯も出せるが銀時が食べたいか分からなかったので、***は目の前の背中に向かって問いかけた。
「疲れて帰ってくるだろうと思って準備はしておいたんだけど、銀ちゃん、この後どうします?ご飯食べる?お風呂入る?お布団もしいてありますけど、アダッ!」
急に銀時が立ち止まったので、***は顔面から大きな背中にぶつかった。鼻を抑えて見上げると、振り向いた銀時が目を見開いて、じっとこちらを見下ろしていた。
「急に立ち止まらないでよ……え、なに?どうするの銀ちゃん?ご飯にする?お風呂入ります?それとも、」
「***、それ、マジで言ってんの」
「へ?」
言われたことが理解できなくて、首を傾げていると急に視界が揺れた。
「うわぁぁぁっ!?ぎ、銀ちゃん!!?」
気付いた時には太い腕が腰に回っていて、銀時に片手で持ち上げられていた。上半身が前に倒れて足が床から浮く。足をバタバタとしても銀時はまるで意に介さない。小脇に荷物を抱えるように、***を持ち上げた銀時がすたすたと部屋の奥へと進んでいく。
「いやぁ~、めっさびっくりした……疲れて帰ってきたら***がいて、まさかそんなセリフを言うとは夢にも思わねぇだろ……そもそもあんなこと言う女、ドラマでしか見たことねぇよなぁ~……」
ぶつぶつとつぶやく銀時が、足早に向かったのは寝室で、布団の上に***は降ろされた。はてなマークを頭に浮かべた***が呆気に取られているうちに、すばやく戸が閉められる。居間の明かりをふすまで遮られると、灯りのない寝室は真っ暗になった。閉じたふすまの前で、仁王立ちした銀時がこちらを向いていたが、暗くて顔が見えない。
「え?えぇっと銀ちゃん?あのぉ、もう寝るってことですか?あの、寝間着に着替えてから、うわわっ!?」
喋っている途中で急に肩をつかまれる。重たいものが上から降ってくるみたいに、上半身が圧せられたと思った時には、すでに仰向けに倒れていた。
暗闇に慣れた目が、真上にある銀時の顔をとらえる。さっきまでの疲れた表情はどこへやら、その顔がニヤニヤと嬉しそうに笑っていて、驚きと同時に嫌な予感がした。そしてその予感どおりに銀時の手が、***の肩から腕をなでるようにすべり降り、手首をつかむと布団に押し付けた。
「いやぁぁぁ~、***~、まさかお前みたいな小娘が、こぉ~んな古典的な手法つかってくるとは、銀さんも予想してなかったわマジで」
「ええっ!?なんですかコレ!?どういうことですか銀ちゃん!?もっ、もう寝るんじゃなかったの!?」
「そりゃ寝るに決まってんだろ。可愛い彼女が布団しいて待っててくれたんだし?疲れて帰ってきた彼氏を身体で癒してあげるって***が言ってんだしぃ?‟ご飯にする?お風呂にする?それともア・タ・シ?”だすぃ~?そんなん答えは決まってらぁ。ありがたく***と寝るに決まってんだろ」
にやついた顔で言い放たれた言葉に、***は口をあんぐりと開けた。呆れて言葉も出ない。そんなつもりは微塵もない。ただ疲れている銀時に何かしてやりたいと思っただけだった。
口もきけずに固まっていると、着物の裾が乱れて露わになった***のふくらはぎに、銀時がひざ頭をすりすりと押し付けてくる。その感覚がやけに生々しくて、ハッとすると同時に顔が真っ赤になった。
「ちっ……ちちちちち違うっ!わた、私はそんなつもり全然ないです!そんな変なセリフ、今どき再放送の古いドラマのヒロインでも言わないよ!そんなので喜んで嬉しそうにしないで下さい!!!」
「あっれぇ~!?っんなこと言ってぇ~、***ちゃぁ~ん、顔真っ赤っかじゃぁ~ん。アレだろ?ほんとはお前だって、こうされて嬉しいんだろ?エプロンまで着けて、いかにも若妻ですって顔して出てきたもんなぁ、お前ぇ。ご飯もお風呂も後にして、とにかく私を抱いてぇ~って顔してたじゃねぇかよ!」
「っっっ!!!……そんな顔してない!エプロンってこれ牛乳屋さんのだよ!?これのどこが若妻なんですか!?ぜんぶ銀ちゃんの勘違いだよ馬鹿ぁぁぁ!!!」
手加減をされているはずなのに、抑えつけられた腕を動かそうとしても銀時の手はびくともしない。そうこうしているうちに顔が近づいてくる。キスをされそうになり、慌てて***は顔をそらした。
「チッ……あんだよぉ」
不満げな声がすぐそばで聞こえてギクッとする。怒らせたかなと心配になった直後、耳のすぐ下の首筋に、ふに、と温かい唇が押し付けられた。「ひぁっ」と声を上げた***がくすぐったさに肩をすくめて身体を強張らせたら、声もなく銀時が笑った。
「かわいー声出しちゃって、***ちゃんてば、やぁらしぃぃ~!」
「っ~~~~!ゃっ、だぁ!銀ちゃん、や、やめっ、ちょっと待ってよぉ!」
「ムリムリ、待てないって。とりあえずエプロン取っちゃおうか***」
「ヤダヤダッ!取らないです!し、仕事、銀ちゃん!私もう仕事に行かなきゃ、遅れちゃうから!!」
エプロンを脱がそうとする銀時が、***の手首から手を離した。その瞬間に持っていたお玉を大きく振りかぶって、銀髪の頭を叩いた。パコンッという音と同時に「いでっ」と言った銀時が、頭を片手で抑えてようやく身体を離した。
「いってぇなオイ……っんだよ***~!お前から誘っといてそりゃねぇだろぉ~!!帰ってきた時、銀さん結構疲れてたんだからね?ギャーギャー騒ぐうるせぇ依頼人の女の相手して、逃げ足の速ぇ頭のおかしなガキ追って走り回って、ようやく片付いたから、酒でも飲んでさっさと寝ちまおうと思ってたのに。新妻っぽい可愛いカッコで急に飛び出してきて、男のロマンそのものみてぇなセリフ言ったの***だからね?お前が俺を元気にしたんだから、ちゃんと責任とれよなぁぁ!!」
「男のロマンなんて知らないよ!そんなつもりで言ってないし、そもそもそんな変なセリフで、どうしてそんなに元気になれるんですか!?自己責任ですよ自己責任!自分でなんとかしてください!私は今から仕事なんです!もぉ~銀ちゃんの変態っ!!!」
逃げるように寝室を出て、時計を見たらもう仕事に行かなければいけない時間だった。慌てて手提げを持つと玄関へ走る。下駄をはいて立ち上がり、引き戸に手をかけたところで後ろから呼び止められた。
「おい、***、忘れモンしてんぞ」
きっと銀時は怒っていると思ったが、それはいつも通りの気の抜けた声だった。それで油断して、忘れ物?なんだろう?財布?メモ帳?と考えながら振り向くと、裸足でたたきに降りた銀時がすぐ真後ろに立っていた。
「ありがと銀ちゃん、私なにを、」
忘れてたの、と聞こうとした言葉は出せなかった。急に伸びてきた大きな手で全身を後ろに押される。背中が引き戸にぶつかり、ガタガタと大きな音が鳴った。
「んむっ!!?」
半開きだった***の唇に、銀時が噛みつくように口づける。驚きに大きく見開いた***の目を、至近距離で見つめる赤い瞳には「してやったり」という不敵な笑みが浮かんでいた。
「んっ、んぅ……っぁ!」
肩と腰を大きな手で引き戸に押さえつけられて、身動きひとつとれない。熱い舌が勢いよく挿しこまれて、それで上あごを押しあげるように舐められる。首を反らして顔を上げて、その舌から逃げようとしても、背の高い銀時の腕の中に逃げ場なんてない。
かかとが浮いて爪先立ちになる。膝がふるえて白い着流しの胸元につかまったら、腰に回った大きな手に身体を持ち上げられた。下駄ばきの足が浮いて、身体を銀時に預けるしかなくなった***は、まるで自分からキスをせがんでいるみたいだった。
「っふ、ぁ、……っぅ、ん゙ん……っ」
恥ずかしくて顔が焼けるように熱い。涙のにじんだ目で見つめたら、銀時は「ふっ」と笑うような息を吐いた。知らぬ間に後頭部に大きな手が回っていて、首を振って唇をよけることもできない。
柔らかいほほの内側、その右も左も舐められて、もう一度上あごの奥の方を尖った舌先がぐにゅっと強く押した。ぞくりと鳥肌の立ちそうな感覚が***の脳天を突き抜けていく。「っ……!」と息を飲み、ぎゅっと目を閉じた直後、ぱっと唇が離れた。
「っは、ぁ、っあ、ぎ、銀ちゃ……」
ようやく解放された唇で必死で空気を吸っていたら、大きな手でぺちぺちと左ほほを叩かれた。茹でダコのように赤いであろう顔を見られたくなくて上目遣いで見上げたら、にんまりと笑った銀時が、憎らしい声で言った。
「ほい、忘れモンな。いってらっしゃいのチュー」
「なっ………!!!」
「どーせ***のことだから、これも変なセリフで、男のロマンなんてくだらねぇって思ってんだろ?でもなぁ、結構効き目あんだぜ。今のチューでお前が今日一日すっげぇ元気に過ごせるって、銀さんにはお見通しだからね。悔しいだろうけどせいぜい自分の負けを認めるんだな」
それだけ言うと銀時は***を腕の中から解放し、乱暴に頭をぐしゃぐしゃと撫でると、背を向けて部屋へと戻りはじめた。真っ赤な顔の***が、にぎりしめた両手のこぶしをぶるぶると震わせながら玄関で立ち尽くしていると、廊下の途中で銀時が振り向いた。
「あ、そーだ***、次ウチに泊まりに来る時はちゃんと前もって俺に教えろよな。そしたらエプロン着て迎えてやるからさ。ご飯にする?お風呂にする?それとも銀さんにする?っつって」
「~~~~っ!!お、教えないっ!そんな変なセリフ言われても全然嬉しくない!!いってらっしゃいのチューなんかで、元気になんてならないです!!!」
大声で叫んで戸を開けて飛び出す。ビシャンッと勢いよく引き戸を閉める直前に、一瞬見えた銀時のにやついた顔と、階段を下りて自転車に乗ってもまだ聞こえてくるゲラゲラという笑い声のせいで、***の顔の赤みと怒りはますます増した。
―――なぁにが男のロマンだぁぁぁ!こっ恥ずかしくて馬鹿馬鹿しい、ただの陳腐なセリフなんかに私は惑わされたりなんかしないんだからぁぁぁ!!!
しかし、この日、かぶき町で風のような速さで牛乳配達をする***の姿が多数の人に目撃されることになる。一部の住民からしばらくの間「風のように朝から元気な配達屋さん」と呼ばれて赤面するはめになるとは、まだこの時の***は知る由もない。
--------------------------------------------------------
【(7)元気をあげる】end
馬鹿で陳腐な男のロマンを君に