銀ちゃんの愛する女の子
おいしい牛乳(恋人)
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【(6)唇の味】
「さっ、***さん。もう邪魔者はいませんから、さっさと浴衣、着ちゃいましょう」
お妙から渡された浴衣の上品さに***は戸惑ったが、肝の据わった笑顔を前に今さら着れないとはとても言えなかった。万事屋の玄関が閉まる音を聞いて、ようやく***は襦袢を脱いだ。ふすま一枚隔てた所に銀時がいると思うと、勇気が出なかったから。
淡い薄紫色のアジサイがさりげなく描かれた浴衣に袖を通すと、神楽が「***おとなっぽいアル!」と褒めてくれた。三人でわいわいと支度をしていたら、あっという間に一時間が経っていた。
「あら、もうこんな時間!神楽ちゃん、***さん、早く行きましょう」
「早く行かないと花火無くなっちゃうネ!」
万事屋を出た直後、駆け出した神楽が先に行ってしまった。公園までの道すがら、浮かない顔の***にお妙が「どうしたの」と声をかけた。
「あの、お妙さん、私……」
おずおずと胸の内を打ち明ける。銀時に求められても上手く応えられずに、手を繋ぐことすらままならないこと。そんな自分に愛想を尽かされてしまいそうで怖いこと。自分が銀時に釣り合っていない気がして苦しいこと。それらをぽつぽつと話し終えると、お妙は微笑んで***の両手をぎゅっとにぎった。
「なんだか元気がないと思ったら、***さん、そんなこと悩んでたのね。全く銀さんも***さんも似た者同士なんだから」
「え、に、似た者同士って?どういうことですか?」
「ここんとこ毎日、新ちゃんから銀さんの愚痴を聞くのよ。あの天パが***さんにセクハラばかりしてるって。最初のうちは初心な***さんにそんなことするなんてって私も思ってたけど、話を聞いてるうちにだんだん、銀さんに同情するようになってきたの」
自分より年下なのにお妙の口ぶりは***よりずっと大人びている。男女の恋愛の何たるかをよく知っていて、***は真剣な表情でお妙を見つめた。
「ねぇ、***さん。どうして銀さんが、***さんにセクハラまがいのことをするか分かる?」
「え?えぇっと……どうしてでしょう?私がいつまでも緊張して、目も見れないし、手も繋ごうとしないから?」
「う~ん、まぁ、正解だけど少し足りないわ。私ね、銀さんは***さんのことを本当に手に入れたっていう証拠が欲しいんだと思うの。男の人って単純な生き物だから、どんなに言葉で好きって言っても分かりやすい形や手で触れられる物を欲しがるものなのよ。だから、***さんが銀さんにうまく応えられないって悩んでるように、銀さんも求めてるのに手に入らないって苦しんでると思うわ。そういう意味で似た物同士って言ったの」
そう言われてはじめて、銀時が何を求めているのか分かった気がした。キスや抱擁そのものではなくて、それを通して銀時は、***が自分の彼女だと安心したいのだ。それは***が、銀時に嫌われたくないと思っているのと同じことだ。
あの赤い瞳を見つめる時、指先がほんの少し触れた時、頭を撫でられた時、抱きしめられた時、***の心臓は絞られるように痛む。その痛みは苦しいけれど、決して嫌じゃない。銀時に触れられるのは、胸が苦しいほど切なくて、飛び跳ねたくなるほど嬉しい。
「それとね、***さん、銀さんに釣り合ってないなんて思うのは間違ってるわ。それは***さんを好いてる銀さんに失礼だし、なにより***さん……あんなに一生懸命がんばった***さん自身にも失礼よ。街の人に冷やかされても、はっきりしない銀さんにはぐらかされても、***さんはずーっと銀さんを諦めなかったでしょう?銀さんに求められることよりも、そういうひたむきだった昔の自分にこそ、今の***さんがこたえなきゃいけないんじゃない?そうじゃなきゃ、あんなに頑張った自分が可哀想だと思わないかしら?」
「っ……!!お、お妙さんっ!!!」
その言葉に視界が晴れ渡っていく。ぎゅっと手をにぎり返して「お妙様っ、すごいです!」と言うと、からからと笑ったお妙が「手をにぎる人、間違えてるわ」と言った。そして***の両肩を持ち、ぐるりと公園の方へ向けると、お妙はその背中を両手でぽんと押した。
「あまり待たせると銀さんふて腐れちゃうわ。あの人はそーゆー子どもっぽくて馬鹿なところがあるでしょう?」
脳裏に少年のように唇を尖らせた銀時の顔が浮かぶ。同時に***の胸に愛おしさが溢れた。今すぐ銀時のところへ行きたい。勇気を出してその手に触れたい。子供っぽい銀時が拗ねてしまう前に。そう思いながらお妙にぺこりと頭を下げて手を振ると、勢いよく走り出した。
―――ハイ、これで一生、***は銀さんのな。
愛しい瞳と同じ色の宝石のついた指輪が、薬指をすべって降りてくる。***にはそれがスローモーションのようにゆっくりと見えた。お妙が言ってたのはこういうことか、とぼんやりと思う。
―――目に見えて手で触れられるものって、こんなに嬉しいんだ。私がこの人の彼女だって、私たちは思い合ってるって形で示すって、こんなに幸せなんだ。証拠ってこいういうことか……
左手の薬指から幸福感が流れ込んできて、呆気に取られた***はしばらく動けなかった。例えオモチャでも、冗談みたいな台詞でも、それは未来を約束する指輪と言葉だった。
形で示してくれた銀時にちゃんと応えたいと強く思う。それは信じられないくらい恥ずかしい。でもその恥ずかしさを超えてでも、***も未来を約束したい。それがどれほど幸福なことか、銀時に教えてあげたい。
「死ぬまで一生この指輪をつけてます!だって、私は銀ちゃんの……か、彼女だからっ!!!」
叫ぶようにそう言うと、銀時は笑って***の頭を撫でた。その顔が嬉しそうだったから、もっと銀時に喜んでもらいたいと思った。銀時が求めるのなら、***はなんだって差し出せるようになりたい。祭りの喧騒の中、***はひとりそう思っていた。
急に早歩きになった銀時の後ろ姿を静かに見上げる。その大きな背中はいつも通りなのに、いつもより恋しくて、すぐにでも抱き着きたかった。
「本当にクレープ百個って頼むなんてびっくりしました。屋台のお兄さん、真っ青になってたよ銀ちゃん」
ぱちん、と財布のがま口を閉めた***は、呆れた顔で銀時を見上げた。
「あ゙ぁ?人の金で食うクレープほどうめぇもんはねぇからな~、百個くらい銀さんは食えんのぉ。ま、材料が無いっつーから、しょーがなく五個で諦めてやったんだよ」
あっという間にクレープを三つたいらげた銀時が、残りの二つを両手に持ってもぐもぐと食べている。口の周りがクリームだらけの姿をくすくすと笑ったら、銀時はじとっした目で「あんだよ」と言った。
「前からずっと思ってたけど、甘いものを食べてる時の銀ちゃんって、子供みたいです」
「っんだよ、それがわりぃかよ。ジャンプ読んでる時と糖分を摂取してる時は、み~んな少年に戻るんですぅ」
笑って歩き出すと少し先に綿あめの屋台を見つけた。銀時から離れて店主に「ひとつください」と声をかける。去年は銀時に全部食べられてしまって、ひと口も綿あめを食べられなかった。思い出し笑いに口元が自然と緩む。ふわふわの綿あめを受け取って、今年はちゃんと半分こしたいと思いながら振り向いた。
下駄を鳴らして戻ろうとしていた足が、銀時のうしろ姿を見つけた途端、急に止まった。視線の先で見知らぬ女の子と銀時が立ち話をしていた。背中を向けた銀時の表情は分からないが、小麦色の肌のギャルっぽい娘は、ミニ丈の浴衣を着て楽しそうに笑っている。慣れた様子で銀時の腕をつかみ「お兄さんも一緒に行こうよ」と誘っていた。
―――あ、どうしよう。こういう時ってどうするの?
すぐに出て行って「この人は私の彼氏です」と言うべきなのに足がすくむ。またいつものように「こんな地味な女が?」という顔をされるかもしれない。弱気になって眉が八の字に下がる。
娘の笑顔を見ていられなくてうつむくと、綿あめの棒を強くにぎりしめる左手が目に入った。その薬指で指輪の赤い宝石がきらり、と光った。「***は銀さんのな」と言う優しい声が耳に蘇ってきた。
カランと下駄が鳴って走り出す。自分でも驚くほど素早い動きで後ろから二人に近づく。勝手に身体が動いて気付いた時にはもう、銀時のクレープを持つ手の手首を、***はぎゅっとつかんでいた。
「あっ、ああああああの!わ、わたっ、私の彼氏に何かご用でしょうかっっっ!!?」
裏返った声が我ながら情けない。眉間にシワが寄り、泣きそうな顔はきっとすごく変だ。でもこれが今の精一杯ですがるように顔を上げたら、口をあんぐりと開けた銀時が***を見下ろしていた。言葉を失って見つめ合うふたりの沈黙を破ったのは、ギャルっぽい娘だった。
「え!?お姉さんが白髪のお兄さんの彼女!?ちょー可愛い!!お兄さんオッサンのくせに意外とやるじゃん。ごめんねお姉さん、オッサンがひとりでクレープ食べてんのが可哀想だったから、一緒に花火やろーって誘ってただけだよ。彼女がいると思わなかったから。あっちで仲間と花火やってるから、よかったら二人で来てよ」
そう言って娘は明るく微笑むと、手を振って去って行った。残された***が目を点にして固まっていると「ぶっ!」と吹き出す声が上から降ってきた。
「ぶっはははははっ!何いまの!?“私の彼氏に何かご用でしょうか”って何っ!?***、お前なに勘違いしてんの!?」
「だだだだだ、だって!銀ちゃんが、な、ナンパされてるのかと思ったんだもん!恥ずかしいぃぃぃ!そんなに笑わないでくださいよ!すっごく勇気出したのにぃ~!もぉ~馬鹿ぁぁぁ!!!」
真っ赤な顔の***がそう言うと、銀時はゲラゲラと笑った。恥ずかしさに縮こまり、綿あめで顔を隠す。しかし羞恥心と一緒に、ナンパではなかったことへの安堵感が湧き上がってくる。ホッとしたら涙が出そうになって、銀時の手首を持つ手に自然と力が入った。
「はぁ~……ったく、お前は本当にしょうがねぇな」
ひとしきり笑った銀時が残りのクレープをぱっと平らげると、空いた手で***の手を取り、強くにぎった。頭をぽんぽんと撫でられて、綿あめ越しに見上げたら、赤い瞳が優しく***を見下ろしていた。
「まぁ勘違いでも、照れ屋な***にしては頑張ったんじゃねーの。すんげぇ噛みまくってたし、ものっそい声裏返ってたけど、立派に銀さんの彼女ですってメンチ切ってたじゃねぇか。お前あんな顔できんのな。いや~感心したわ。えらいえらい」
口をぱくぱくとさせた***の赤い顔を見て、銀時は目を細めてふっと笑った。その顔がさっきよりも嬉しそうで、銀時を喜ばせられたと思ったら、飛び跳ねそうなほど胸がときめいた。
***の手を引いて歩き出した銀時が、公園の広場から遊歩道へと入っていく。夜店が途切れ、街灯の無い並木道は月明かりだけで照らされて薄暗い。小道の奥は祭りのにぎわいが届かず静かだ。道幅が広くなった所にベンチがあり、銀時に促されて***はそこに腰かけた。
「ねぇ、銀ちゃん、花火もらいに行かないの?せっかくあんなにいっぱいあるんだから、少しもらってきて一緒にやりましょうよ」
「おー、そう言うと思って、花火なら持ってきた」
そう言った銀時が、着流しの袖から何かを取り出す。「ほい花火」と言って渡されのは、細い手持ち花火ではなく筒状の物だった。
「え、なにこれ?こんな花火あるの?これどこを持つんですか?どこに火をつければいいんですか?」
「馬ッ鹿、ちげぇよ。こんなん手に持って火ィつけたら丸焦げになんだろうが。これはこーやって、地面に置いてぇ……」
ベンチに座った***から離れて、銀時が地面に花火を並べる。マッチを擦り、横一列に並んだ花火に順に火をつける。シューッ!という音を立てて、明るい火花が噴き上がった。
「わぁぁぁぁ!すごい!すごいです銀ちゃん!!」
全てに火をつけ終えた銀時がベンチの隣に座ると、トンッと肩が触れた。目を輝かせた***が銀時の袖をつかんで、ぐいぐいと引っ張った。
「打ち上げ花火みたい!あっ、銀ちゃん!色が赤に変わりました!あ、あっちは青!すごく綺麗っ!こんな花火あるなんて知らなかった!」
「よかったな***、祭りだけじゃなくて花火大会まで来れて。発注ミスったアホ店長に感謝しろよ」
ふふっと微笑んで横を見たら、銀時も笑って***を見ていた。花火の赤や青に照らされた顔を見た途端、去年の花火大会のことを***は鮮明に思い出した。
「ねぇ銀ちゃん、私……」
前を向くと最初に火をつけた一番端の花火が消えた。パチパチという花火の音に紛れそうなほど、それは小さな声だった。しかし隣の銀時には届いていて、気の抜けた声で「あ?何?」という返事が返ってきた。袖をつかんでいた手をするりと下ろして、銀時の手をぎゅっとにぎった。花火を見つめたまま、***は口を開いた。
「私ね、去年の花火大会の時ずっと、銀ちゃんと手を繋ぎたいって思ってたんです……それと花火があまりに綺麗で、願いごとをしたら叶う気がして、私の思いが銀ちゃんに届きますようにって祈ったの……」
「あー……そーいや、お前、花火も見ねぇで手ぇ組んで念仏唱えてたっけな」
念仏なんて唱えてないよと***が笑うと同時に、並んだ花火が真ん中まで消えた。
「でも今、こうして銀ちゃんと手を繋いで花火を見てる。銀ちゃんの彼女としてここにいる……それってすごいって思うんです。ずっと好きだった人と両想いなんて奇跡みたいで、手を繋げるなんて信じられないくらい幸せで。こんなこと言うの変だけど、私よく頑張ったなぁって……でも、私、もっと頑張りたいんです」
花火が最後のひとつになる。シュワシュワという音が小さくなり、***の声がはっきりと響く。横を向くと銀時が何も言わずに、***をじっと見つめていた。
「初めてのことばかりで緊張して上手くできないけど、でも銀ちゃんに応えたいです。恥ずかしがってウジウジしてごめんね、銀ちゃん。でも私がんばるから、慣れなくても銀ちゃんの彼女でいたいから、その……呆れないで付き合ってください」
自分の言ってる事がワガママばかりだと思ったら、苦笑いが漏れた。気恥ずかしくて、えへへと***が笑うと同時に最後の花火が消えて、周りが暗く静かになった。
視界が急に真っ暗になったのは花火が消えたせいだと思った。でもそう思った一瞬後に、すぐ近くからクレープの香りがして、まつ毛が触れるほど至近距離に銀時の瞳があった。唇にぎゅうっと強く押し付けられた銀時の唇からは、とても甘い生クリームの味がした。
「んぅっ!!」
ぎゅっと目を閉じた***の両ほほを、大きな手が包んだ。頭ごと抱えこむように、ぐいぐいと強く口づけられる。後ろに傾いた背中がベンチの背もたれにずりっと擦れた。
銀時の唇がゆっくりと動き出す。ちゅ、ちゅ、という軽い音を立てて、閉じた***の唇を何度もついばむから、綿あめを持つ手がぶるぶると震えた。しかしお構いなしに銀時は、上唇に吸い付いて甘噛みをするように軽く歯を立てた。まるでその味を知りたがっているみたいに何度も、下唇を舌でぺろりと舐めた。
「っん!…ぅ~~~っ!!」
震える***が泣きそうになると同時に顔が離れた。声もなく笑った銀時の熱い息がほほに当たった。
「はっ……すげぇ顔しやがって」
涙目で見上げた銀時の瞳が熱っぽい。その目が今のキスでは全然足りないと言っていて、***は少し怖くなる。熱いはずの唇が銀時の唾液に濡れて、風に吹かれるとひんやりとした。熱を帯びた赤い瞳を見ていられなくて、***は顔を綿あめで隠した。
「おいコラ!隠すなよ。まだ終わってねーぞ」
「えっ!?こ、これ以上は無理ですっ!」
「はぁぁぁ!?さっきと言ってることが違うんですけどぉ。頑張るっつったじゃねぇかよぉ。銀さんに応えてぇんだろ。付き合ってやっから根性見せろ***!!」
目の前の綿あめを銀時の大きな手がわしづかみにする。棒から引き抜いた綿あめを両手で小さく丸め、ポイッと口へ投げ入れると一瞬で食べてしまった。
「えぇぇぇぇ!私の綿あめ!!まだひと口も食べてないのに!!!」
「さっさと食わねぇのがいけねんだろ。ホラ、***こっち向け。ちゃんと綿あめ、味あわせてやっから」
背中をベンチの背もたれに押し付けられ、身を乗り出した銀時に前をふさがれる。ほほを包んだ銀時の手の指先が、熱い耳たぶを愛おしげに弾いた。月明かりに銀色の髪がキラキラ光るのが綺麗で、見惚れた***は身動きもできない。「なぁ***」と言った銀時の、熱くて甘い香りのする息が唇に当たった。
「手ぇ繋いで歩くだけでお前は感動してっけど、そんなんじゃ俺は足んねぇよ。チューでも全然満足できねぇ。綿あめみたいにお前が甘いせいで、どんだけ食っても足んねぇんだよコノヤロー。それに***が男に慣れてねーことくらい、とっくに分かってっから。俺は***がどんなに恥ずかしがろうがウジウジしようが呆れたりなんかしねぇし、手放す気もねぇから。だから、」
―――もっとキスさせて***。もっと頑張って***。初めてのこと全部、俺が教えてやるから、お前も応えて。好きなヤツとするキスがどんな味か、俺が教えてやるから、ちゃんと覚えろよ。
あ、という声は銀時に飲み込まれた。瞳を閉じる余裕すらない。顔を傾けた銀時の唇がさっきよりも深く重なる。唇同士をくっ付けたまま銀時が「***、口開けろ」とつぶやいた。
その低い声に***の肩が震える。両手で銀時の胸元をぎゅっとつかんだら涙がひと粒ぽたりと落ちた。それでも勇気を出して、ほんの少し口を開いた。
「っ!!……ぁっ、んんっ……!」
わずかな隙間から銀時の舌が滑り込んでくる。口の中の感覚は鋭敏で、綿あめの溶け切らない砂糖の粒まで分かった。ぬめるように動く舌も、押し当てられた唇も、顔を包む手のひらも、綿あめの甘い味と香りがして眩暈を起こしそうだ。
「ふっ……っんぅ……」
熱い舌にゆっくりと歯列を舐められる。舐められたところから甘いうずきが起こる。奥でこわばる***の舌の先端や裏側まで、銀時の舌先がちろちろと舐めた。恥ずかしいのに脳が溶けそうなほどうっとりする。こんな感覚は生まれて初めてだ。
「っぁ、っつぅ……ん~~~っ!」
目尻から涙がぽたぽたと落ちる。息ができずに苦しくて銀時の胸を弱々しく叩く。ゆっくりと口の中から舌が出て行った。その後しばらく押し付けられていた唇も、一度強く***の下唇を吸って、ちゅぷんっという音を立てると、名残惜しそうに離れていった。
「っ……、ぅ、ぎ、銀ちゃっ……」
離れると同時に***の首がかくんと折れた。力の抜けた***の頭を肩で抱き留めた銀時が、子どもをあやすように背中をぽんぽんと撫でた。
「はぁ~い、よしよし、***ちゃん、よくできましたぁ。初めてにしてはまぁまぁイイ感じだったんじゃね?どーよ、綿あめの味ちゃんと分かった?」
「うぅっ……恥ずかしくて、綿あめどころじゃないよ!もぉ死んじゃいそうです……」
「ぶはっ!こんなんで死ぬかよ。なに***お前はアレか?低レベル・装備無し・呪文いっこも使えねぇでボス戦おっぱじめるザコか?そんなんじゃ死ぬに決まってんだろ。ちょっとづつ経験積んで強くなってから勝てそうな敵と戦うから意味があんだよRPGっつーのは」
「な、何の話ですかそれはっ!?意味わかんないよ!」
「はぁぁぁ~、お前ホントに頭固ぇよな……だからぁ、いきなりがっつかねぇように銀さんも努力すっから、お子ちゃまなりに***も少しづつ大人になれってことだろーが。そんくらい察しろよ」
「それならそう言ってよ!変な例えされたら、お子ちゃま私には難しくて分からないですっ」
笑った銀時が抱きしめる腕に力を入れた。背中を撫でていた手がうなじに触れて、長い指が繊細な動きでほんの少し襟の中に入ってきた。「っ……!」と息を飲んだ***の肌を、熱い指先がさらりと撫でた。たまらず銀時の首に腕を回して抱き着くと、嬉しそうな声が耳に響いてきた。
「まぁ確かにお前はお子ちゃまだけどよぉー、銀さんちょっとびっくりしたんだよねぇ」
「え、な、何が……?」
「何ってコレだよ、この浴衣ぁ。お前が拗ねるから言うの忘れてたけどコレ着てっとお前大人っぽく見えんのな。お妙に借りたんだかなんだか知らねぇけど、銀さんの見てねぇところで急に大人になられると困るんだけど。っつーことでこれからはさぁ……」
身体に回った腕に更に抱き寄せられる。首元に顔をうずめている***には銀時の表情は見えないが、その声でにやけた顔が想像できた。得意げな声と一緒に熱い息が首にかかった。
―――***を大人にすんのはいつも俺な。コレよく似合ってるし、すっげぇ可愛いお前に免じて許してやっけど、次はねぇから―――
「っ……!!ぎ、んちゃん、の、馬鹿ぁっ!!!」
可愛いと言われた嬉しさで胸が爆発しそうだ。死んでしまいそうなほど恥ずかしくて、とても今は顔を見れそうにない。銀時の首に回した自分の左手が***の目の前にある。その薬指で月明かりにキラキラと光る赤い宝石が、銀時の笑い声にあわせて微笑んでいるように見えた。
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【(6)唇の味】end
"お祭り 後篇"
導かれるがまま進むが吉
「さっ、***さん。もう邪魔者はいませんから、さっさと浴衣、着ちゃいましょう」
お妙から渡された浴衣の上品さに***は戸惑ったが、肝の据わった笑顔を前に今さら着れないとはとても言えなかった。万事屋の玄関が閉まる音を聞いて、ようやく***は襦袢を脱いだ。ふすま一枚隔てた所に銀時がいると思うと、勇気が出なかったから。
淡い薄紫色のアジサイがさりげなく描かれた浴衣に袖を通すと、神楽が「***おとなっぽいアル!」と褒めてくれた。三人でわいわいと支度をしていたら、あっという間に一時間が経っていた。
「あら、もうこんな時間!神楽ちゃん、***さん、早く行きましょう」
「早く行かないと花火無くなっちゃうネ!」
万事屋を出た直後、駆け出した神楽が先に行ってしまった。公園までの道すがら、浮かない顔の***にお妙が「どうしたの」と声をかけた。
「あの、お妙さん、私……」
おずおずと胸の内を打ち明ける。銀時に求められても上手く応えられずに、手を繋ぐことすらままならないこと。そんな自分に愛想を尽かされてしまいそうで怖いこと。自分が銀時に釣り合っていない気がして苦しいこと。それらをぽつぽつと話し終えると、お妙は微笑んで***の両手をぎゅっとにぎった。
「なんだか元気がないと思ったら、***さん、そんなこと悩んでたのね。全く銀さんも***さんも似た者同士なんだから」
「え、に、似た者同士って?どういうことですか?」
「ここんとこ毎日、新ちゃんから銀さんの愚痴を聞くのよ。あの天パが***さんにセクハラばかりしてるって。最初のうちは初心な***さんにそんなことするなんてって私も思ってたけど、話を聞いてるうちにだんだん、銀さんに同情するようになってきたの」
自分より年下なのにお妙の口ぶりは***よりずっと大人びている。男女の恋愛の何たるかをよく知っていて、***は真剣な表情でお妙を見つめた。
「ねぇ、***さん。どうして銀さんが、***さんにセクハラまがいのことをするか分かる?」
「え?えぇっと……どうしてでしょう?私がいつまでも緊張して、目も見れないし、手も繋ごうとしないから?」
「う~ん、まぁ、正解だけど少し足りないわ。私ね、銀さんは***さんのことを本当に手に入れたっていう証拠が欲しいんだと思うの。男の人って単純な生き物だから、どんなに言葉で好きって言っても分かりやすい形や手で触れられる物を欲しがるものなのよ。だから、***さんが銀さんにうまく応えられないって悩んでるように、銀さんも求めてるのに手に入らないって苦しんでると思うわ。そういう意味で似た物同士って言ったの」
そう言われてはじめて、銀時が何を求めているのか分かった気がした。キスや抱擁そのものではなくて、それを通して銀時は、***が自分の彼女だと安心したいのだ。それは***が、銀時に嫌われたくないと思っているのと同じことだ。
あの赤い瞳を見つめる時、指先がほんの少し触れた時、頭を撫でられた時、抱きしめられた時、***の心臓は絞られるように痛む。その痛みは苦しいけれど、決して嫌じゃない。銀時に触れられるのは、胸が苦しいほど切なくて、飛び跳ねたくなるほど嬉しい。
「それとね、***さん、銀さんに釣り合ってないなんて思うのは間違ってるわ。それは***さんを好いてる銀さんに失礼だし、なにより***さん……あんなに一生懸命がんばった***さん自身にも失礼よ。街の人に冷やかされても、はっきりしない銀さんにはぐらかされても、***さんはずーっと銀さんを諦めなかったでしょう?銀さんに求められることよりも、そういうひたむきだった昔の自分にこそ、今の***さんがこたえなきゃいけないんじゃない?そうじゃなきゃ、あんなに頑張った自分が可哀想だと思わないかしら?」
「っ……!!お、お妙さんっ!!!」
その言葉に視界が晴れ渡っていく。ぎゅっと手をにぎり返して「お妙様っ、すごいです!」と言うと、からからと笑ったお妙が「手をにぎる人、間違えてるわ」と言った。そして***の両肩を持ち、ぐるりと公園の方へ向けると、お妙はその背中を両手でぽんと押した。
「あまり待たせると銀さんふて腐れちゃうわ。あの人はそーゆー子どもっぽくて馬鹿なところがあるでしょう?」
脳裏に少年のように唇を尖らせた銀時の顔が浮かぶ。同時に***の胸に愛おしさが溢れた。今すぐ銀時のところへ行きたい。勇気を出してその手に触れたい。子供っぽい銀時が拗ねてしまう前に。そう思いながらお妙にぺこりと頭を下げて手を振ると、勢いよく走り出した。
―――ハイ、これで一生、***は銀さんのな。
愛しい瞳と同じ色の宝石のついた指輪が、薬指をすべって降りてくる。***にはそれがスローモーションのようにゆっくりと見えた。お妙が言ってたのはこういうことか、とぼんやりと思う。
―――目に見えて手で触れられるものって、こんなに嬉しいんだ。私がこの人の彼女だって、私たちは思い合ってるって形で示すって、こんなに幸せなんだ。証拠ってこいういうことか……
左手の薬指から幸福感が流れ込んできて、呆気に取られた***はしばらく動けなかった。例えオモチャでも、冗談みたいな台詞でも、それは未来を約束する指輪と言葉だった。
形で示してくれた銀時にちゃんと応えたいと強く思う。それは信じられないくらい恥ずかしい。でもその恥ずかしさを超えてでも、***も未来を約束したい。それがどれほど幸福なことか、銀時に教えてあげたい。
「死ぬまで一生この指輪をつけてます!だって、私は銀ちゃんの……か、彼女だからっ!!!」
叫ぶようにそう言うと、銀時は笑って***の頭を撫でた。その顔が嬉しそうだったから、もっと銀時に喜んでもらいたいと思った。銀時が求めるのなら、***はなんだって差し出せるようになりたい。祭りの喧騒の中、***はひとりそう思っていた。
急に早歩きになった銀時の後ろ姿を静かに見上げる。その大きな背中はいつも通りなのに、いつもより恋しくて、すぐにでも抱き着きたかった。
「本当にクレープ百個って頼むなんてびっくりしました。屋台のお兄さん、真っ青になってたよ銀ちゃん」
ぱちん、と財布のがま口を閉めた***は、呆れた顔で銀時を見上げた。
「あ゙ぁ?人の金で食うクレープほどうめぇもんはねぇからな~、百個くらい銀さんは食えんのぉ。ま、材料が無いっつーから、しょーがなく五個で諦めてやったんだよ」
あっという間にクレープを三つたいらげた銀時が、残りの二つを両手に持ってもぐもぐと食べている。口の周りがクリームだらけの姿をくすくすと笑ったら、銀時はじとっした目で「あんだよ」と言った。
「前からずっと思ってたけど、甘いものを食べてる時の銀ちゃんって、子供みたいです」
「っんだよ、それがわりぃかよ。ジャンプ読んでる時と糖分を摂取してる時は、み~んな少年に戻るんですぅ」
笑って歩き出すと少し先に綿あめの屋台を見つけた。銀時から離れて店主に「ひとつください」と声をかける。去年は銀時に全部食べられてしまって、ひと口も綿あめを食べられなかった。思い出し笑いに口元が自然と緩む。ふわふわの綿あめを受け取って、今年はちゃんと半分こしたいと思いながら振り向いた。
下駄を鳴らして戻ろうとしていた足が、銀時のうしろ姿を見つけた途端、急に止まった。視線の先で見知らぬ女の子と銀時が立ち話をしていた。背中を向けた銀時の表情は分からないが、小麦色の肌のギャルっぽい娘は、ミニ丈の浴衣を着て楽しそうに笑っている。慣れた様子で銀時の腕をつかみ「お兄さんも一緒に行こうよ」と誘っていた。
―――あ、どうしよう。こういう時ってどうするの?
すぐに出て行って「この人は私の彼氏です」と言うべきなのに足がすくむ。またいつものように「こんな地味な女が?」という顔をされるかもしれない。弱気になって眉が八の字に下がる。
娘の笑顔を見ていられなくてうつむくと、綿あめの棒を強くにぎりしめる左手が目に入った。その薬指で指輪の赤い宝石がきらり、と光った。「***は銀さんのな」と言う優しい声が耳に蘇ってきた。
カランと下駄が鳴って走り出す。自分でも驚くほど素早い動きで後ろから二人に近づく。勝手に身体が動いて気付いた時にはもう、銀時のクレープを持つ手の手首を、***はぎゅっとつかんでいた。
「あっ、ああああああの!わ、わたっ、私の彼氏に何かご用でしょうかっっっ!!?」
裏返った声が我ながら情けない。眉間にシワが寄り、泣きそうな顔はきっとすごく変だ。でもこれが今の精一杯ですがるように顔を上げたら、口をあんぐりと開けた銀時が***を見下ろしていた。言葉を失って見つめ合うふたりの沈黙を破ったのは、ギャルっぽい娘だった。
「え!?お姉さんが白髪のお兄さんの彼女!?ちょー可愛い!!お兄さんオッサンのくせに意外とやるじゃん。ごめんねお姉さん、オッサンがひとりでクレープ食べてんのが可哀想だったから、一緒に花火やろーって誘ってただけだよ。彼女がいると思わなかったから。あっちで仲間と花火やってるから、よかったら二人で来てよ」
そう言って娘は明るく微笑むと、手を振って去って行った。残された***が目を点にして固まっていると「ぶっ!」と吹き出す声が上から降ってきた。
「ぶっはははははっ!何いまの!?“私の彼氏に何かご用でしょうか”って何っ!?***、お前なに勘違いしてんの!?」
「だだだだだ、だって!銀ちゃんが、な、ナンパされてるのかと思ったんだもん!恥ずかしいぃぃぃ!そんなに笑わないでくださいよ!すっごく勇気出したのにぃ~!もぉ~馬鹿ぁぁぁ!!!」
真っ赤な顔の***がそう言うと、銀時はゲラゲラと笑った。恥ずかしさに縮こまり、綿あめで顔を隠す。しかし羞恥心と一緒に、ナンパではなかったことへの安堵感が湧き上がってくる。ホッとしたら涙が出そうになって、銀時の手首を持つ手に自然と力が入った。
「はぁ~……ったく、お前は本当にしょうがねぇな」
ひとしきり笑った銀時が残りのクレープをぱっと平らげると、空いた手で***の手を取り、強くにぎった。頭をぽんぽんと撫でられて、綿あめ越しに見上げたら、赤い瞳が優しく***を見下ろしていた。
「まぁ勘違いでも、照れ屋な***にしては頑張ったんじゃねーの。すんげぇ噛みまくってたし、ものっそい声裏返ってたけど、立派に銀さんの彼女ですってメンチ切ってたじゃねぇか。お前あんな顔できんのな。いや~感心したわ。えらいえらい」
口をぱくぱくとさせた***の赤い顔を見て、銀時は目を細めてふっと笑った。その顔がさっきよりも嬉しそうで、銀時を喜ばせられたと思ったら、飛び跳ねそうなほど胸がときめいた。
***の手を引いて歩き出した銀時が、公園の広場から遊歩道へと入っていく。夜店が途切れ、街灯の無い並木道は月明かりだけで照らされて薄暗い。小道の奥は祭りのにぎわいが届かず静かだ。道幅が広くなった所にベンチがあり、銀時に促されて***はそこに腰かけた。
「ねぇ、銀ちゃん、花火もらいに行かないの?せっかくあんなにいっぱいあるんだから、少しもらってきて一緒にやりましょうよ」
「おー、そう言うと思って、花火なら持ってきた」
そう言った銀時が、着流しの袖から何かを取り出す。「ほい花火」と言って渡されのは、細い手持ち花火ではなく筒状の物だった。
「え、なにこれ?こんな花火あるの?これどこを持つんですか?どこに火をつければいいんですか?」
「馬ッ鹿、ちげぇよ。こんなん手に持って火ィつけたら丸焦げになんだろうが。これはこーやって、地面に置いてぇ……」
ベンチに座った***から離れて、銀時が地面に花火を並べる。マッチを擦り、横一列に並んだ花火に順に火をつける。シューッ!という音を立てて、明るい火花が噴き上がった。
「わぁぁぁぁ!すごい!すごいです銀ちゃん!!」
全てに火をつけ終えた銀時がベンチの隣に座ると、トンッと肩が触れた。目を輝かせた***が銀時の袖をつかんで、ぐいぐいと引っ張った。
「打ち上げ花火みたい!あっ、銀ちゃん!色が赤に変わりました!あ、あっちは青!すごく綺麗っ!こんな花火あるなんて知らなかった!」
「よかったな***、祭りだけじゃなくて花火大会まで来れて。発注ミスったアホ店長に感謝しろよ」
ふふっと微笑んで横を見たら、銀時も笑って***を見ていた。花火の赤や青に照らされた顔を見た途端、去年の花火大会のことを***は鮮明に思い出した。
「ねぇ銀ちゃん、私……」
前を向くと最初に火をつけた一番端の花火が消えた。パチパチという花火の音に紛れそうなほど、それは小さな声だった。しかし隣の銀時には届いていて、気の抜けた声で「あ?何?」という返事が返ってきた。袖をつかんでいた手をするりと下ろして、銀時の手をぎゅっとにぎった。花火を見つめたまま、***は口を開いた。
「私ね、去年の花火大会の時ずっと、銀ちゃんと手を繋ぎたいって思ってたんです……それと花火があまりに綺麗で、願いごとをしたら叶う気がして、私の思いが銀ちゃんに届きますようにって祈ったの……」
「あー……そーいや、お前、花火も見ねぇで手ぇ組んで念仏唱えてたっけな」
念仏なんて唱えてないよと***が笑うと同時に、並んだ花火が真ん中まで消えた。
「でも今、こうして銀ちゃんと手を繋いで花火を見てる。銀ちゃんの彼女としてここにいる……それってすごいって思うんです。ずっと好きだった人と両想いなんて奇跡みたいで、手を繋げるなんて信じられないくらい幸せで。こんなこと言うの変だけど、私よく頑張ったなぁって……でも、私、もっと頑張りたいんです」
花火が最後のひとつになる。シュワシュワという音が小さくなり、***の声がはっきりと響く。横を向くと銀時が何も言わずに、***をじっと見つめていた。
「初めてのことばかりで緊張して上手くできないけど、でも銀ちゃんに応えたいです。恥ずかしがってウジウジしてごめんね、銀ちゃん。でも私がんばるから、慣れなくても銀ちゃんの彼女でいたいから、その……呆れないで付き合ってください」
自分の言ってる事がワガママばかりだと思ったら、苦笑いが漏れた。気恥ずかしくて、えへへと***が笑うと同時に最後の花火が消えて、周りが暗く静かになった。
視界が急に真っ暗になったのは花火が消えたせいだと思った。でもそう思った一瞬後に、すぐ近くからクレープの香りがして、まつ毛が触れるほど至近距離に銀時の瞳があった。唇にぎゅうっと強く押し付けられた銀時の唇からは、とても甘い生クリームの味がした。
「んぅっ!!」
ぎゅっと目を閉じた***の両ほほを、大きな手が包んだ。頭ごと抱えこむように、ぐいぐいと強く口づけられる。後ろに傾いた背中がベンチの背もたれにずりっと擦れた。
銀時の唇がゆっくりと動き出す。ちゅ、ちゅ、という軽い音を立てて、閉じた***の唇を何度もついばむから、綿あめを持つ手がぶるぶると震えた。しかしお構いなしに銀時は、上唇に吸い付いて甘噛みをするように軽く歯を立てた。まるでその味を知りたがっているみたいに何度も、下唇を舌でぺろりと舐めた。
「っん!…ぅ~~~っ!!」
震える***が泣きそうになると同時に顔が離れた。声もなく笑った銀時の熱い息がほほに当たった。
「はっ……すげぇ顔しやがって」
涙目で見上げた銀時の瞳が熱っぽい。その目が今のキスでは全然足りないと言っていて、***は少し怖くなる。熱いはずの唇が銀時の唾液に濡れて、風に吹かれるとひんやりとした。熱を帯びた赤い瞳を見ていられなくて、***は顔を綿あめで隠した。
「おいコラ!隠すなよ。まだ終わってねーぞ」
「えっ!?こ、これ以上は無理ですっ!」
「はぁぁぁ!?さっきと言ってることが違うんですけどぉ。頑張るっつったじゃねぇかよぉ。銀さんに応えてぇんだろ。付き合ってやっから根性見せろ***!!」
目の前の綿あめを銀時の大きな手がわしづかみにする。棒から引き抜いた綿あめを両手で小さく丸め、ポイッと口へ投げ入れると一瞬で食べてしまった。
「えぇぇぇぇ!私の綿あめ!!まだひと口も食べてないのに!!!」
「さっさと食わねぇのがいけねんだろ。ホラ、***こっち向け。ちゃんと綿あめ、味あわせてやっから」
背中をベンチの背もたれに押し付けられ、身を乗り出した銀時に前をふさがれる。ほほを包んだ銀時の手の指先が、熱い耳たぶを愛おしげに弾いた。月明かりに銀色の髪がキラキラ光るのが綺麗で、見惚れた***は身動きもできない。「なぁ***」と言った銀時の、熱くて甘い香りのする息が唇に当たった。
「手ぇ繋いで歩くだけでお前は感動してっけど、そんなんじゃ俺は足んねぇよ。チューでも全然満足できねぇ。綿あめみたいにお前が甘いせいで、どんだけ食っても足んねぇんだよコノヤロー。それに***が男に慣れてねーことくらい、とっくに分かってっから。俺は***がどんなに恥ずかしがろうがウジウジしようが呆れたりなんかしねぇし、手放す気もねぇから。だから、」
―――もっとキスさせて***。もっと頑張って***。初めてのこと全部、俺が教えてやるから、お前も応えて。好きなヤツとするキスがどんな味か、俺が教えてやるから、ちゃんと覚えろよ。
あ、という声は銀時に飲み込まれた。瞳を閉じる余裕すらない。顔を傾けた銀時の唇がさっきよりも深く重なる。唇同士をくっ付けたまま銀時が「***、口開けろ」とつぶやいた。
その低い声に***の肩が震える。両手で銀時の胸元をぎゅっとつかんだら涙がひと粒ぽたりと落ちた。それでも勇気を出して、ほんの少し口を開いた。
「っ!!……ぁっ、んんっ……!」
わずかな隙間から銀時の舌が滑り込んでくる。口の中の感覚は鋭敏で、綿あめの溶け切らない砂糖の粒まで分かった。ぬめるように動く舌も、押し当てられた唇も、顔を包む手のひらも、綿あめの甘い味と香りがして眩暈を起こしそうだ。
「ふっ……っんぅ……」
熱い舌にゆっくりと歯列を舐められる。舐められたところから甘いうずきが起こる。奥でこわばる***の舌の先端や裏側まで、銀時の舌先がちろちろと舐めた。恥ずかしいのに脳が溶けそうなほどうっとりする。こんな感覚は生まれて初めてだ。
「っぁ、っつぅ……ん~~~っ!」
目尻から涙がぽたぽたと落ちる。息ができずに苦しくて銀時の胸を弱々しく叩く。ゆっくりと口の中から舌が出て行った。その後しばらく押し付けられていた唇も、一度強く***の下唇を吸って、ちゅぷんっという音を立てると、名残惜しそうに離れていった。
「っ……、ぅ、ぎ、銀ちゃっ……」
離れると同時に***の首がかくんと折れた。力の抜けた***の頭を肩で抱き留めた銀時が、子どもをあやすように背中をぽんぽんと撫でた。
「はぁ~い、よしよし、***ちゃん、よくできましたぁ。初めてにしてはまぁまぁイイ感じだったんじゃね?どーよ、綿あめの味ちゃんと分かった?」
「うぅっ……恥ずかしくて、綿あめどころじゃないよ!もぉ死んじゃいそうです……」
「ぶはっ!こんなんで死ぬかよ。なに***お前はアレか?低レベル・装備無し・呪文いっこも使えねぇでボス戦おっぱじめるザコか?そんなんじゃ死ぬに決まってんだろ。ちょっとづつ経験積んで強くなってから勝てそうな敵と戦うから意味があんだよRPGっつーのは」
「な、何の話ですかそれはっ!?意味わかんないよ!」
「はぁぁぁ~、お前ホントに頭固ぇよな……だからぁ、いきなりがっつかねぇように銀さんも努力すっから、お子ちゃまなりに***も少しづつ大人になれってことだろーが。そんくらい察しろよ」
「それならそう言ってよ!変な例えされたら、お子ちゃま私には難しくて分からないですっ」
笑った銀時が抱きしめる腕に力を入れた。背中を撫でていた手がうなじに触れて、長い指が繊細な動きでほんの少し襟の中に入ってきた。「っ……!」と息を飲んだ***の肌を、熱い指先がさらりと撫でた。たまらず銀時の首に腕を回して抱き着くと、嬉しそうな声が耳に響いてきた。
「まぁ確かにお前はお子ちゃまだけどよぉー、銀さんちょっとびっくりしたんだよねぇ」
「え、な、何が……?」
「何ってコレだよ、この浴衣ぁ。お前が拗ねるから言うの忘れてたけどコレ着てっとお前大人っぽく見えんのな。お妙に借りたんだかなんだか知らねぇけど、銀さんの見てねぇところで急に大人になられると困るんだけど。っつーことでこれからはさぁ……」
身体に回った腕に更に抱き寄せられる。首元に顔をうずめている***には銀時の表情は見えないが、その声でにやけた顔が想像できた。得意げな声と一緒に熱い息が首にかかった。
―――***を大人にすんのはいつも俺な。コレよく似合ってるし、すっげぇ可愛いお前に免じて許してやっけど、次はねぇから―――
「っ……!!ぎ、んちゃん、の、馬鹿ぁっ!!!」
可愛いと言われた嬉しさで胸が爆発しそうだ。死んでしまいそうなほど恥ずかしくて、とても今は顔を見れそうにない。銀時の首に回した自分の左手が***の目の前にある。その薬指で月明かりにキラキラと光る赤い宝石が、銀時の笑い声にあわせて微笑んでいるように見えた。
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【(6)唇の味】end
"お祭り 後篇"
導かれるがまま進むが吉