銀ちゃんの愛する女の子
おいしい牛乳(恋人)
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【(5)瞳の色】
夏も終わりかけの季節外れでも、祭り好きの江戸っ子たちは続々と公園に集まってくる。大人も子供も花火に興じて、日が落ちても街灯がいらないくらい明るい。丸い敷地に沿って縁日の夜店が並び、呼び声や笑い声で公園中が満ちていた。
シューッという火花の音と一緒に、花火を持った子供が走って行く。中央に立つ家康公の銅像も、いつもより心なし楽しそうな顔のように見えた。
「白髪のお兄さーん、花火くださぁい」
「誰が白髪だコノヤロー!花火なら好きなだけ持ってけ。腐るほどあっから」
ミニ丈の浴衣を着た若い女たちが、花火を配る銀時に声をかけた。商店街の法被を着て、パイプ椅子にだらしなく座る銀時の前には大量の花火が入った段ボール箱が置かれている。ひっきりなしにやってくる客に花火を手渡しながらも、その頭の中はこれからやってくるであろう***のことでいっぱいだった。
―――っつーか、いつまで支度してんだアイツは。浴衣なんかさっさと着ろよぉぉぉ。どーせお妙と神楽が、アレがいいコレがいいって言うのに振り回されて、チャラチャラした飾りを付けたり取ったりしてんだろ。そうこうしてる間もずぅ~っと銀さん待ってるからね?彼氏待ちくたびれてるからね?ったく、いつまで花火配ってりゃいいんだよ。配っても配っても無くなんねぇしよぉぉぉ!!!
「このピンク色の花火、もらってもいいですかぁ?」
小麦色の肌をしたギャルっぽい女に話しかけられて、我に返る。
「おーおー、ピンク色でもウンコ色でもなんでも取ってけよ。火ぃつけて頭にでもさして踊れば、祭りっぽくて楽しいじゃねぇの。仲間誘ってどんどん持っきやがれコノヤロー」
やけくその銀時の口調に女がキャハハと笑う。「お兄さんおもしろいね」と言って花火を手に走り去った。走るのに合わせて短い浴衣の裾が跳ね上がる。見ようと思えばいくらでも下着が見えそうだ。
やれやれ、今どきの若い奴らは貞操観念が緩みきってやがる。そう内心つぶやく一方で、同じくらいの若い***も、あそこまでとはいかなくとも、もう少し彼氏である自分に気を許してもいいのではと考えこむ。何事にもテキトーな銀時が、この件に関しては真剣な顔をする理由は、一時間前の万事屋での出来事のせいだ。
一時間前、万事屋の寝室と居間で、女たちの貞操観と男たちのスケベ心がぶつかり合っていた。寝室である和室のふすまは、ぴっちりと閉じられていた。
その中から女3人の明るい声がする。日暮れ前にお妙がやってきて、せっかくのお祭りだから着替えましょうと、***と神楽に浴衣を持ってきたのだ。畳をこする足音、着物を脱でいるらしい衣擦れの音、弾むような笑い声。それらすべてが寝室から居間へと響いてくる。
「いや、銀さん何やってんですか、まさか戸をちょっと開けて、中をのぞいたりしてないでしょうね?***さんは銀さんの彼女だからいいとしても、中には姉上と神楽ちゃんもいるんですよ?そんなにぴったりふすまにくっ付いて、怪しいじゃないですか。アンタみたいな怪しいヤツから女性を守るのが僕の役目ですから、のぞきなんて即刻やめてください!」
「バカか新八、っんなこと俺がするわけねぇだろ。お前こそ何やってんだよ。戸に顔こすりつけて、穴でも開けて中見るつもり?***の裸でも見るつもり?オイオイぱっつぁん、いくらお前が童貞でも、テメーの女の身体を他の男に見せてやるほど、銀さん寛容じゃないからね?もしそんなことがあった日にゃ、俺はお前の目をつぶすぞ?メガネというアイデンティティを失うぞ新八。お前にとっちゃそれはもはや死だろ。死にてぇのかお前は?」
「死ぬのはアンタですよ!」「いーやお前だっ!」と言い合いつつ、銀時と新八は互いの両手で押し合いへし合い。しかしそれでも、それぞれの片耳はぴったりとふすまにくっ付いて離れない。口ではうるさく喧嘩をしながらも、耳は和室から漏れでる女性陣の声や衣擦れの音をしっかりと聞き取っていた。
耳を押し当てるまでもなくお妙と神楽の声は響いてくる。しかし***の声はやけに小さくて聞き取りづらい。
「あらあら、***さん、そんなに恥ずかしがらなくてもいいじゃない。女の子しかいないんだから、ほら、ぱっと脱いで浴衣着ちゃいましょう?」
「……お妙さん、そ、それはそうなんですけど、ちょっとやっぱり恥ずかしくって」
「アネゴ、***は銭湯でもぴっちりタオル巻き派ネ!根っからのシャイっ子ヨ。誰も見てないって言っても、いっつもかたくなにグルグル巻きアル。***~、私たちとはもう仲良しなんだから、裸の付き合いになるネ!かまととぶってないでさっさと脱ぐヨロシィ!」
「ちょっと神楽ちゃんんんんっ!ひ、引っ張らないで!待って待って!自分で脱ぐ!脱ぐからっ!!!」
ぶッッッ―――
ふすま越しに新八が鼻血を吹き出した。脳内で悪代官の恰好をした神楽が、町娘姿の***の帯を持って、くるくる回して無理矢理脱がせている画が浮かんだ。
チェリーボーイの新八には、ふすま一枚へだてた場所で女性が服を脱いでいるというだけで、かなり刺激的だった。ダラダラと鼻血を垂らす新八を、銀時は白い目で見た。
「新八、***が脱いでるとこ想像してんだろ?っんだよ、これだから想像力豊かな童貞は嫌なんだよ。言っとくけど***は胸も小せぇし、お前が想像するよーな二次元アイドルみてぇな身体してないからね。***なんてガキだぞガキ!神楽と大して変わんねぇっつーの。そんなんで鼻血なんか出してみっともねぇぞ、ぱっつぁん」
「いや、銀さん、そう言ってるアンタも鼻から大量出血してるから。緩んだ蛇口みたいになってるから。想像力豊かな童貞より、想像力豊かなオッサンの方が、みっともないとおもいますよ僕は」
ふたりそろって丸めたティッシュを鼻に押し込み、再びふすまに耳をぴたりとくっ付ける。ケラケラと笑う神楽とお妙に比べて、***の声はさっきより小さくなっている。
「***!この髪飾り、三人おそろいでつけるネ!」
「神楽ちゃんったら、髪飾よりも先に浴衣を着てちょうだい。頭だけ綺麗にしたって、その恰好じゃ出かけられないでしょ。***さんもホラ早く、着物も襦袢も脱いで!」
「っ……!ぁっ、ぁのお妙さん……っっ!!」
切羽詰まったような***の声が、お妙に何かを語り掛けたが、ふすま越しにはよく聞き取れなかった。
―――なにアイツ、女相手にも身体見せんのイヤがんのかよ。俺の前であっさり着物脱いだこともあんのに?あーでもあれは、あん時の勢いか。っんだよ、さっさと脱げよ***。脱ぐと同時にふすま開けて銀さんが見てやるよ。あーでも新八がいるからなー。それにお妙にぶっ殺されるなー。どーしよっかなぁぁぁ。
殴り殺されるのはごめんだが、チャンスがあるなら***の身体を拝みたい。そんな不埒なことを考えていた銀時の耳に、お妙の戸惑う声と***が早口で喋る声が、途切れ途切れに聞こえてきた。
「まぁ***さん……の背中、……ですか?」
「………お妙さん……っの、……んでっ」
早口で喋る***の声は、とても小さくてよく聞き取れなかった。しかしなぜかその声は泣きそうなほど震えていた。耳を押し当てた新八が、「背中?***さんの背中がどーかしたんですかね?」と言った。自分も知らない***のことを、新八に聞かれて慌てた銀時は、思わず大きな声を出した。
「オイィィィ!新八ィ、テメー何言ってやがんだコノヤロー!***の背中の話なんてどーでもいいだろうが!どーせアレだよ、お妙と同じで胸がねぇから、私たちってどっちが胸か背中か分かんないですねって話だブベラァッッッ!!!」
ふすまを突き破って、飛び出してきたお妙のこぶしが、銀時の横っ面にめりこんだ。寝室から***が「銀ちゃん!?ヤダッ!!」と慌てたような声を出すのが聞こえた。腕が戻って行った後のふすまの丸い穴には、ぴったりとお妙の笑顔が張り付いて中は見えない。遠くで神楽が「銀ちゃん最低ネ」と吐き捨てるように言った。
「銀さん、盗み聞きなんて趣味の悪いことしてないで、公園で花火を配り始めたらどうですか?新ちゃん、そこにいるなら銀さんを連れてさっさと行ってちょうだい。まさか新ちゃんまで盗み聞きしてるなんてことないわよね?」
「姉上、僕は断じてそんなことしてないですよ!さっ、銀さんとっとと公園行って、花火配りますよ!」
そして新八に引きずられて公園に来てからずっと、花火を配り続けている。女相手にもあんなに恥ずかしがっていた***のことを思い出すと気が滅入った。
普通の人間より恥ずかしがり屋だとは思っていたが、まさかあれほどとは。お妙や神楽に見られるだけで、あんなに泣きそうな声を出していた***が、彼氏とはいえ男である自分に身体を見せてくれる日なんて、来ない気さえしてくる。
「あ゙ぁぁぁぁ――――」
頭を掻きむしってうなだれる。ああ、でも俺はこんなにアイツを求めてるっつーのに。一体いつまで待てば求める物が手に入るんだ。この祭りの開催が決まった時も、大喜びしている***に冗談めかして「じゃぁ銀さんとお手々繋いで一緒にまわろうな」と言ったら、途端に真っ赤になって泣きそうになっていたっけ。触れたいのに触れられない、胸がじりじりと焼けるように、もどかしい。
―――初心にもほどがあんだろ。慣れないっつっても限度があんだろーがよぉぉ。付き合ってもうすぐひと月だぞ。そんだけあったら世の中の普通の奴らはひと通り経験して、行くとこまで行ってるっつーのぉ。俺は一体いつまで待ちゃいいんだよぉぉぉ!!!
「銀ちゃん、ごめんねっ!お待たせ、しましたっ……」
悶々と考え込んでいると、後ろから肩をつつかれた。振り向くと***が居て、はじめて見る浴衣を着て立っていた。きなり色の生地に淡い紫色でアジサイの描かれた浴衣は、いつもより***を大人っぽく見せていた。慌てて走ってきたのか息が上がり、上気した顔は火照っていた。
結った髪の下で肌がしっとりしている。その白い首から目が離せない。うなじから滑らせた視線はそのまま背中へ。薄い浴衣の下にどんな身体があるのか、勝手に想像してしまう。
何も言わない銀時に、***は不安そうな顔をする。
「え、あの、銀ちゃん?な、なんか変ですかね私?」
「……いんや、変じゃねぇよ。ただ……馬子にも衣装だなって思っただけ」
「なっ!ひどいっ!せっかくお妙さんが貸してくれたのに!この浴衣すごく高価で仕立てのいい物なんですよ。せめて、お妙さんの為にも‟似合う”くらい言ってくれてもいいじゃないですか!」
そう言って***は唇を尖らせて怒った顔をした。ふいっと銀時から顔を背けると「もぉ」と言う。
付き合うようになってから、***のこの拗ねる顔をよく見るようになった。意地悪なことをしたり言ったりすると、すぐこの子供のような顔をするのが面白くて、銀時はついからかいたくなる。自分の思惑通りに***が反応したのが嬉しくて、銀時は思わず吹き出した。
「ぶっ!オメーはガキかよ。よかったな***、いい浴衣着て大好きな銀さんとデートできて」
「なっ……!もぉー!そうやって意地悪なことばっかり言うんだから……待たせちゃったお詫びにクレープおごってあげようかなって思ってたのに、もう買ってあげないですからね」
「何ぃぃぃぃぃ!!!いやいやいや、嘘嘘嘘ッ!***さぁん!めっさ浴衣似合ってるって!ごっさ可愛いってぇ!お妙もたまにはいい仕事すんなって銀さん感心してたとこだってぇぇぇ!」
クレープのためとは言え、銀時に「可愛い」と言われた***は、ぱっと顔を赤らめた。照れ隠しのように、早く行きましょうと言って銀時の背中を押す。法被を脱いで花火の配布係を新八と交代すると、***と歩きはじめる。途中で手を繋いだら、***は少し身を硬くしたが、それでも弱々しく銀時の手をにぎり返してきた。
「あっ!銀ちゃん、射的だ!射的やりたいです!」
射的の夜店を見つけた途端、***の顔は明るくなった。ぱっと銀時を見上げる表情は、子供のようにはしゃいでいる。
「***、お前、射的できんのかよ。前にやった時、全然ダメだったろ」
「あれから2年経ってますからね!日々イメージトレーニングを積んで、私はこのリベンジの日をずっと待っていたんです」
そう言って瞳の中で炎を燃やす***が的を狙う。背筋を伸ばして立ち、肩の位置まで腕を上げた構えはサマになっている。よく狙いを定めて引き金を引いた。
パンッッッ!!!!!
「アダッッッ!!!!!」
コルクの弾は景品の棚を越えて、後ろの壁に当たって勢いよく跳ね返ると銀時の顔に命中した。
「オイィィィ!お前、リベンジって何っ!?お前は俺にどんな恨みがあんの!?」
「ご、ごめん、銀ちゃん、あのアホロチョコを狙ってたんですけど……」
そう言って棚を指さす***を見て、しょうがねぇなと言った銀時が銃を取り上げる。狙いも定めずに腕を伸ばしてパンッと打ち、あっさりと落とした。
「わっ!銀ちゃんすごいっ!」
一昨年と同じことを言って笑う***がアホロチョコを受け取っている間に、銀時は景品の棚を眺めた。
ふと目についた物があったので、それに向けてもう一度引き金を引くと、さっきより軽いポンという音を立てて、簡単に取れた。店主が再び落ちた景品を拾いながら、苦笑いして口を開いた。
「おいおい、兄ちゃん、そんなに楽に取られちゃ商売あがったりだよ。ホラ、姉ちゃん、彼氏が取ってくれたんだ。こん中から好きなの選びなよ」
「え?なんですか?銀ちゃん、今度は何を取ったんですか?」
嬉しそうに目を輝かせていた***が、店主に差し出された物を見てハッと動きを止めた。銀時が落としたのは小さな紙箱で、そこにはマジックで「宝石」と書かれていた。そして***に差し出された平らな箱の中には、ひと目でプラスチックと分かる色とりどりの宝石がついた指輪や、ネックレスが並んでいた。
「っんだよジジイ!これのどこが宝石なんだよ!こんなもんオモチャじゃねーか。コレ詐欺だろ詐欺!訴えられたくなかったら、さっさと本物の金銀財宝出せよクソジジイ!!!」
店主の胸元をつかんで銀時が不満を言っている横で、無言で考え込んでいた***が、急に大きな声を出した。
「これにします!おじさん、これをくださいっ!!」
「「へ?」」
驚いた店主と銀時が横を見ると、ほほを真っ赤に染めた***が、箱の中からルビーのように赤いプラスチックの小さな石のついた指輪を手に取っていた。
ホッとした顔の店主から指輪を受け取って、頭を下げて別れを告げると再び手を繋いで歩き始めた。しかし、しばらくすると***が足を止めたので、銀時も立ち止まって振り向いた。
「銀ちゃん、私、指輪なんてもらうのはじめてです」
そりゃそうだろ、と思いながら***を見下ろす。まだ恥ずかしそうな表情の***は、指先で指輪をつまむと銀時の顔の横まで持ち上げて見上げる。まるで眩しい宝石でも見るように、***の瞳が嬉しそうに細められた。
「いや、お前それ、指輪っつってもオモチャだぞ。宝石っつってもプラスチックだからね?あのクソジジイにまんまと騙されてるからね?そんなんで喜ぶのガキ共だけだぞ」
「うん……でも、私は嬉しいです。だってこれ……」
―――銀ちゃんの目とおんなじ色。キラキラしてすごく綺麗です……―――
指輪の小さな石と銀時の瞳を見比べて、***はふんわりと微笑んだ。思わぬことを言われて驚いた銀時は、一瞬息が止まりかけた。
「お、お前なぁ、無意識にそういう恥ずかしいこと言うのやめろよ」
可愛くてしょうがないからと言うかわりに、目の前の手から指輪を奪う。呆気にとられてぽかんとしている***の左手を取って、ぐいっと引っ張った。数歩よろけた***が、銀時の胸に右手をついて、困惑した表情を浮かべる。
「ハイ、これで一生、***は銀さんのな」
テキトーで軽薄ないつも通りの声でそう言うと同時に、オモチャの指輪が***の薬指に、するりとはめられた。
華奢な指には少し大きい。金メッキは鈍く輝いて、プラスチックの宝石はしらじらしいほど明るく光る。指に通されたことで、ますますオモチャらしさが強調されて、銀時は思わず声もなく笑った。
こんなセリフをこんなニセモンの指輪をはめながら言うなんて、俺たちの恋愛はガキの遊びみたいだ。
「あ、あのっ……銀ちゃん、それって……」
「ぶっ、なにそのマヌケな顔。ホラ、綺麗な指輪も取ってやった優しい彼氏に、さっさとクレープおごってくださいよ***ちゃぁ~ん」
眉を八の字に下げて、あわあわとしていた***が、薬指にはめられた指輪と銀時を何度か見比べる。ぎゅっと唇を噛み、少しうつむいて恥ずかしさに耐えていた。しかし次の瞬間には顔を上げて銀時を見つめると、***は泣きそうな顔でふにゃりと笑った。
「銀ちゃん、指輪、ありがとう……私、これ大切にします。毎日つけるね。あ、仕事中はダメだけど……でもそれ以外の時はずっとずっと……死ぬまで一生この指輪つけてます!だって、私は銀ちゃんの……か、彼女だからっ!!!」
そう言った***の顔がヤケドしそうなほど真っ赤になって、銀時はゲラゲラと笑った。笑いながら「大袈裟すぎんだろ」と言うと、***もつられたように笑って「そんなことないです」と言った。
小さな頭をぽんぽんと撫でると、再び手を繋いで歩きはじめる。さっきとは違って、***の身体は一度も硬くならなかった。そして銀時の手を、ぎゅっと強くにぎり返してきた。
歩きながら「クレープ百個で足りっかな~」と銀時が言うと、***は「えっ!?そんなに食べる!?」と焦った声を出した。足早に歩く銀時に手を引っ張られるようにして、***は後ろからついてくる。
「ねぇ、クレープだけじゃなくて、綿あめとかたこ焼きとか、他のも食べてお祭り満喫しましょうよ!まだ始まったばっかりなんだし。ねぇ、聞いてます?……あれ?銀ちゃん?ねぇ聞いてる?」
そう言ってちょこちょこと駆けた***が、銀時の横に並ぶと顔をのぞきこもうとする。しかし銀時が更に足を速めて反対側に顔をそらすので、その表情が見えない。
顔をそらした銀時の視線の先には、公園の中央に立つ家康公の銅像があった。***には見えていないが、その顔は珍しく赤く染まっていた。片手で口元を抑えて、わざとらしいほど足早に歩いた。
―――くっそぉぉぉ!っだよこれぇぇぇぇ!!っだよこの女ぁぁぁぁ!!!
一瞬でも気を抜くと、口元が緩んでにやけてしまう。
理由ならいくらでもある。オモチャとはいえ指輪を人に贈るなんて、そしてそれを薬指にはめるなんて初めてで。たかがオモチャの指輪をこんなに嬉しそうにされたのが、予想外で。「私は銀ちゃんの彼女だから」と***が言ったのが嬉しくて。
繋いだ小さな手から、***の身体の中で生まれた幸福感が、自分の身体にも流れ込んでくるようで。そしてその感覚が照れくさいのに、うっとりとするほど心地よくて。
銀時が思っている以上にゆっくりとだ。でも、例えゆっくりとでも自分たちは進んでる。***は嫌がっているわけじゃなくて、恥ずかしさを乗り越えるのに、ただ時間がかかるだけだ。そう思うと銀時の顔は勝手に微笑みそうになる。
ねぇねぇ、と言う***から銀時は顔を背け続ける。視線の先の家康公に「お前の方こそ子供だ」と笑われた気がした。
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【(5)瞳の色】end
"お祭り 前篇 "
待ちびと来たりて手を繋ぐ
夏も終わりかけの季節外れでも、祭り好きの江戸っ子たちは続々と公園に集まってくる。大人も子供も花火に興じて、日が落ちても街灯がいらないくらい明るい。丸い敷地に沿って縁日の夜店が並び、呼び声や笑い声で公園中が満ちていた。
シューッという火花の音と一緒に、花火を持った子供が走って行く。中央に立つ家康公の銅像も、いつもより心なし楽しそうな顔のように見えた。
「白髪のお兄さーん、花火くださぁい」
「誰が白髪だコノヤロー!花火なら好きなだけ持ってけ。腐るほどあっから」
ミニ丈の浴衣を着た若い女たちが、花火を配る銀時に声をかけた。商店街の法被を着て、パイプ椅子にだらしなく座る銀時の前には大量の花火が入った段ボール箱が置かれている。ひっきりなしにやってくる客に花火を手渡しながらも、その頭の中はこれからやってくるであろう***のことでいっぱいだった。
―――っつーか、いつまで支度してんだアイツは。浴衣なんかさっさと着ろよぉぉぉ。どーせお妙と神楽が、アレがいいコレがいいって言うのに振り回されて、チャラチャラした飾りを付けたり取ったりしてんだろ。そうこうしてる間もずぅ~っと銀さん待ってるからね?彼氏待ちくたびれてるからね?ったく、いつまで花火配ってりゃいいんだよ。配っても配っても無くなんねぇしよぉぉぉ!!!
「このピンク色の花火、もらってもいいですかぁ?」
小麦色の肌をしたギャルっぽい女に話しかけられて、我に返る。
「おーおー、ピンク色でもウンコ色でもなんでも取ってけよ。火ぃつけて頭にでもさして踊れば、祭りっぽくて楽しいじゃねぇの。仲間誘ってどんどん持っきやがれコノヤロー」
やけくその銀時の口調に女がキャハハと笑う。「お兄さんおもしろいね」と言って花火を手に走り去った。走るのに合わせて短い浴衣の裾が跳ね上がる。見ようと思えばいくらでも下着が見えそうだ。
やれやれ、今どきの若い奴らは貞操観念が緩みきってやがる。そう内心つぶやく一方で、同じくらいの若い***も、あそこまでとはいかなくとも、もう少し彼氏である自分に気を許してもいいのではと考えこむ。何事にもテキトーな銀時が、この件に関しては真剣な顔をする理由は、一時間前の万事屋での出来事のせいだ。
一時間前、万事屋の寝室と居間で、女たちの貞操観と男たちのスケベ心がぶつかり合っていた。寝室である和室のふすまは、ぴっちりと閉じられていた。
その中から女3人の明るい声がする。日暮れ前にお妙がやってきて、せっかくのお祭りだから着替えましょうと、***と神楽に浴衣を持ってきたのだ。畳をこする足音、着物を脱でいるらしい衣擦れの音、弾むような笑い声。それらすべてが寝室から居間へと響いてくる。
「いや、銀さん何やってんですか、まさか戸をちょっと開けて、中をのぞいたりしてないでしょうね?***さんは銀さんの彼女だからいいとしても、中には姉上と神楽ちゃんもいるんですよ?そんなにぴったりふすまにくっ付いて、怪しいじゃないですか。アンタみたいな怪しいヤツから女性を守るのが僕の役目ですから、のぞきなんて即刻やめてください!」
「バカか新八、っんなこと俺がするわけねぇだろ。お前こそ何やってんだよ。戸に顔こすりつけて、穴でも開けて中見るつもり?***の裸でも見るつもり?オイオイぱっつぁん、いくらお前が童貞でも、テメーの女の身体を他の男に見せてやるほど、銀さん寛容じゃないからね?もしそんなことがあった日にゃ、俺はお前の目をつぶすぞ?メガネというアイデンティティを失うぞ新八。お前にとっちゃそれはもはや死だろ。死にてぇのかお前は?」
「死ぬのはアンタですよ!」「いーやお前だっ!」と言い合いつつ、銀時と新八は互いの両手で押し合いへし合い。しかしそれでも、それぞれの片耳はぴったりとふすまにくっ付いて離れない。口ではうるさく喧嘩をしながらも、耳は和室から漏れでる女性陣の声や衣擦れの音をしっかりと聞き取っていた。
耳を押し当てるまでもなくお妙と神楽の声は響いてくる。しかし***の声はやけに小さくて聞き取りづらい。
「あらあら、***さん、そんなに恥ずかしがらなくてもいいじゃない。女の子しかいないんだから、ほら、ぱっと脱いで浴衣着ちゃいましょう?」
「……お妙さん、そ、それはそうなんですけど、ちょっとやっぱり恥ずかしくって」
「アネゴ、***は銭湯でもぴっちりタオル巻き派ネ!根っからのシャイっ子ヨ。誰も見てないって言っても、いっつもかたくなにグルグル巻きアル。***~、私たちとはもう仲良しなんだから、裸の付き合いになるネ!かまととぶってないでさっさと脱ぐヨロシィ!」
「ちょっと神楽ちゃんんんんっ!ひ、引っ張らないで!待って待って!自分で脱ぐ!脱ぐからっ!!!」
ぶッッッ―――
ふすま越しに新八が鼻血を吹き出した。脳内で悪代官の恰好をした神楽が、町娘姿の***の帯を持って、くるくる回して無理矢理脱がせている画が浮かんだ。
チェリーボーイの新八には、ふすま一枚へだてた場所で女性が服を脱いでいるというだけで、かなり刺激的だった。ダラダラと鼻血を垂らす新八を、銀時は白い目で見た。
「新八、***が脱いでるとこ想像してんだろ?っんだよ、これだから想像力豊かな童貞は嫌なんだよ。言っとくけど***は胸も小せぇし、お前が想像するよーな二次元アイドルみてぇな身体してないからね。***なんてガキだぞガキ!神楽と大して変わんねぇっつーの。そんなんで鼻血なんか出してみっともねぇぞ、ぱっつぁん」
「いや、銀さん、そう言ってるアンタも鼻から大量出血してるから。緩んだ蛇口みたいになってるから。想像力豊かな童貞より、想像力豊かなオッサンの方が、みっともないとおもいますよ僕は」
ふたりそろって丸めたティッシュを鼻に押し込み、再びふすまに耳をぴたりとくっ付ける。ケラケラと笑う神楽とお妙に比べて、***の声はさっきより小さくなっている。
「***!この髪飾り、三人おそろいでつけるネ!」
「神楽ちゃんったら、髪飾よりも先に浴衣を着てちょうだい。頭だけ綺麗にしたって、その恰好じゃ出かけられないでしょ。***さんもホラ早く、着物も襦袢も脱いで!」
「っ……!ぁっ、ぁのお妙さん……っっ!!」
切羽詰まったような***の声が、お妙に何かを語り掛けたが、ふすま越しにはよく聞き取れなかった。
―――なにアイツ、女相手にも身体見せんのイヤがんのかよ。俺の前であっさり着物脱いだこともあんのに?あーでもあれは、あん時の勢いか。っんだよ、さっさと脱げよ***。脱ぐと同時にふすま開けて銀さんが見てやるよ。あーでも新八がいるからなー。それにお妙にぶっ殺されるなー。どーしよっかなぁぁぁ。
殴り殺されるのはごめんだが、チャンスがあるなら***の身体を拝みたい。そんな不埒なことを考えていた銀時の耳に、お妙の戸惑う声と***が早口で喋る声が、途切れ途切れに聞こえてきた。
「まぁ***さん……の背中、……ですか?」
「………お妙さん……っの、……んでっ」
早口で喋る***の声は、とても小さくてよく聞き取れなかった。しかしなぜかその声は泣きそうなほど震えていた。耳を押し当てた新八が、「背中?***さんの背中がどーかしたんですかね?」と言った。自分も知らない***のことを、新八に聞かれて慌てた銀時は、思わず大きな声を出した。
「オイィィィ!新八ィ、テメー何言ってやがんだコノヤロー!***の背中の話なんてどーでもいいだろうが!どーせアレだよ、お妙と同じで胸がねぇから、私たちってどっちが胸か背中か分かんないですねって話だブベラァッッッ!!!」
ふすまを突き破って、飛び出してきたお妙のこぶしが、銀時の横っ面にめりこんだ。寝室から***が「銀ちゃん!?ヤダッ!!」と慌てたような声を出すのが聞こえた。腕が戻って行った後のふすまの丸い穴には、ぴったりとお妙の笑顔が張り付いて中は見えない。遠くで神楽が「銀ちゃん最低ネ」と吐き捨てるように言った。
「銀さん、盗み聞きなんて趣味の悪いことしてないで、公園で花火を配り始めたらどうですか?新ちゃん、そこにいるなら銀さんを連れてさっさと行ってちょうだい。まさか新ちゃんまで盗み聞きしてるなんてことないわよね?」
「姉上、僕は断じてそんなことしてないですよ!さっ、銀さんとっとと公園行って、花火配りますよ!」
そして新八に引きずられて公園に来てからずっと、花火を配り続けている。女相手にもあんなに恥ずかしがっていた***のことを思い出すと気が滅入った。
普通の人間より恥ずかしがり屋だとは思っていたが、まさかあれほどとは。お妙や神楽に見られるだけで、あんなに泣きそうな声を出していた***が、彼氏とはいえ男である自分に身体を見せてくれる日なんて、来ない気さえしてくる。
「あ゙ぁぁぁぁ――――」
頭を掻きむしってうなだれる。ああ、でも俺はこんなにアイツを求めてるっつーのに。一体いつまで待てば求める物が手に入るんだ。この祭りの開催が決まった時も、大喜びしている***に冗談めかして「じゃぁ銀さんとお手々繋いで一緒にまわろうな」と言ったら、途端に真っ赤になって泣きそうになっていたっけ。触れたいのに触れられない、胸がじりじりと焼けるように、もどかしい。
―――初心にもほどがあんだろ。慣れないっつっても限度があんだろーがよぉぉ。付き合ってもうすぐひと月だぞ。そんだけあったら世の中の普通の奴らはひと通り経験して、行くとこまで行ってるっつーのぉ。俺は一体いつまで待ちゃいいんだよぉぉぉ!!!
「銀ちゃん、ごめんねっ!お待たせ、しましたっ……」
悶々と考え込んでいると、後ろから肩をつつかれた。振り向くと***が居て、はじめて見る浴衣を着て立っていた。きなり色の生地に淡い紫色でアジサイの描かれた浴衣は、いつもより***を大人っぽく見せていた。慌てて走ってきたのか息が上がり、上気した顔は火照っていた。
結った髪の下で肌がしっとりしている。その白い首から目が離せない。うなじから滑らせた視線はそのまま背中へ。薄い浴衣の下にどんな身体があるのか、勝手に想像してしまう。
何も言わない銀時に、***は不安そうな顔をする。
「え、あの、銀ちゃん?な、なんか変ですかね私?」
「……いんや、変じゃねぇよ。ただ……馬子にも衣装だなって思っただけ」
「なっ!ひどいっ!せっかくお妙さんが貸してくれたのに!この浴衣すごく高価で仕立てのいい物なんですよ。せめて、お妙さんの為にも‟似合う”くらい言ってくれてもいいじゃないですか!」
そう言って***は唇を尖らせて怒った顔をした。ふいっと銀時から顔を背けると「もぉ」と言う。
付き合うようになってから、***のこの拗ねる顔をよく見るようになった。意地悪なことをしたり言ったりすると、すぐこの子供のような顔をするのが面白くて、銀時はついからかいたくなる。自分の思惑通りに***が反応したのが嬉しくて、銀時は思わず吹き出した。
「ぶっ!オメーはガキかよ。よかったな***、いい浴衣着て大好きな銀さんとデートできて」
「なっ……!もぉー!そうやって意地悪なことばっかり言うんだから……待たせちゃったお詫びにクレープおごってあげようかなって思ってたのに、もう買ってあげないですからね」
「何ぃぃぃぃぃ!!!いやいやいや、嘘嘘嘘ッ!***さぁん!めっさ浴衣似合ってるって!ごっさ可愛いってぇ!お妙もたまにはいい仕事すんなって銀さん感心してたとこだってぇぇぇ!」
クレープのためとは言え、銀時に「可愛い」と言われた***は、ぱっと顔を赤らめた。照れ隠しのように、早く行きましょうと言って銀時の背中を押す。法被を脱いで花火の配布係を新八と交代すると、***と歩きはじめる。途中で手を繋いだら、***は少し身を硬くしたが、それでも弱々しく銀時の手をにぎり返してきた。
「あっ!銀ちゃん、射的だ!射的やりたいです!」
射的の夜店を見つけた途端、***の顔は明るくなった。ぱっと銀時を見上げる表情は、子供のようにはしゃいでいる。
「***、お前、射的できんのかよ。前にやった時、全然ダメだったろ」
「あれから2年経ってますからね!日々イメージトレーニングを積んで、私はこのリベンジの日をずっと待っていたんです」
そう言って瞳の中で炎を燃やす***が的を狙う。背筋を伸ばして立ち、肩の位置まで腕を上げた構えはサマになっている。よく狙いを定めて引き金を引いた。
パンッッッ!!!!!
「アダッッッ!!!!!」
コルクの弾は景品の棚を越えて、後ろの壁に当たって勢いよく跳ね返ると銀時の顔に命中した。
「オイィィィ!お前、リベンジって何っ!?お前は俺にどんな恨みがあんの!?」
「ご、ごめん、銀ちゃん、あのアホロチョコを狙ってたんですけど……」
そう言って棚を指さす***を見て、しょうがねぇなと言った銀時が銃を取り上げる。狙いも定めずに腕を伸ばしてパンッと打ち、あっさりと落とした。
「わっ!銀ちゃんすごいっ!」
一昨年と同じことを言って笑う***がアホロチョコを受け取っている間に、銀時は景品の棚を眺めた。
ふと目についた物があったので、それに向けてもう一度引き金を引くと、さっきより軽いポンという音を立てて、簡単に取れた。店主が再び落ちた景品を拾いながら、苦笑いして口を開いた。
「おいおい、兄ちゃん、そんなに楽に取られちゃ商売あがったりだよ。ホラ、姉ちゃん、彼氏が取ってくれたんだ。こん中から好きなの選びなよ」
「え?なんですか?銀ちゃん、今度は何を取ったんですか?」
嬉しそうに目を輝かせていた***が、店主に差し出された物を見てハッと動きを止めた。銀時が落としたのは小さな紙箱で、そこにはマジックで「宝石」と書かれていた。そして***に差し出された平らな箱の中には、ひと目でプラスチックと分かる色とりどりの宝石がついた指輪や、ネックレスが並んでいた。
「っんだよジジイ!これのどこが宝石なんだよ!こんなもんオモチャじゃねーか。コレ詐欺だろ詐欺!訴えられたくなかったら、さっさと本物の金銀財宝出せよクソジジイ!!!」
店主の胸元をつかんで銀時が不満を言っている横で、無言で考え込んでいた***が、急に大きな声を出した。
「これにします!おじさん、これをくださいっ!!」
「「へ?」」
驚いた店主と銀時が横を見ると、ほほを真っ赤に染めた***が、箱の中からルビーのように赤いプラスチックの小さな石のついた指輪を手に取っていた。
ホッとした顔の店主から指輪を受け取って、頭を下げて別れを告げると再び手を繋いで歩き始めた。しかし、しばらくすると***が足を止めたので、銀時も立ち止まって振り向いた。
「銀ちゃん、私、指輪なんてもらうのはじめてです」
そりゃそうだろ、と思いながら***を見下ろす。まだ恥ずかしそうな表情の***は、指先で指輪をつまむと銀時の顔の横まで持ち上げて見上げる。まるで眩しい宝石でも見るように、***の瞳が嬉しそうに細められた。
「いや、お前それ、指輪っつってもオモチャだぞ。宝石っつってもプラスチックだからね?あのクソジジイにまんまと騙されてるからね?そんなんで喜ぶのガキ共だけだぞ」
「うん……でも、私は嬉しいです。だってこれ……」
―――銀ちゃんの目とおんなじ色。キラキラしてすごく綺麗です……―――
指輪の小さな石と銀時の瞳を見比べて、***はふんわりと微笑んだ。思わぬことを言われて驚いた銀時は、一瞬息が止まりかけた。
「お、お前なぁ、無意識にそういう恥ずかしいこと言うのやめろよ」
可愛くてしょうがないからと言うかわりに、目の前の手から指輪を奪う。呆気にとられてぽかんとしている***の左手を取って、ぐいっと引っ張った。数歩よろけた***が、銀時の胸に右手をついて、困惑した表情を浮かべる。
「ハイ、これで一生、***は銀さんのな」
テキトーで軽薄ないつも通りの声でそう言うと同時に、オモチャの指輪が***の薬指に、するりとはめられた。
華奢な指には少し大きい。金メッキは鈍く輝いて、プラスチックの宝石はしらじらしいほど明るく光る。指に通されたことで、ますますオモチャらしさが強調されて、銀時は思わず声もなく笑った。
こんなセリフをこんなニセモンの指輪をはめながら言うなんて、俺たちの恋愛はガキの遊びみたいだ。
「あ、あのっ……銀ちゃん、それって……」
「ぶっ、なにそのマヌケな顔。ホラ、綺麗な指輪も取ってやった優しい彼氏に、さっさとクレープおごってくださいよ***ちゃぁ~ん」
眉を八の字に下げて、あわあわとしていた***が、薬指にはめられた指輪と銀時を何度か見比べる。ぎゅっと唇を噛み、少しうつむいて恥ずかしさに耐えていた。しかし次の瞬間には顔を上げて銀時を見つめると、***は泣きそうな顔でふにゃりと笑った。
「銀ちゃん、指輪、ありがとう……私、これ大切にします。毎日つけるね。あ、仕事中はダメだけど……でもそれ以外の時はずっとずっと……死ぬまで一生この指輪つけてます!だって、私は銀ちゃんの……か、彼女だからっ!!!」
そう言った***の顔がヤケドしそうなほど真っ赤になって、銀時はゲラゲラと笑った。笑いながら「大袈裟すぎんだろ」と言うと、***もつられたように笑って「そんなことないです」と言った。
小さな頭をぽんぽんと撫でると、再び手を繋いで歩きはじめる。さっきとは違って、***の身体は一度も硬くならなかった。そして銀時の手を、ぎゅっと強くにぎり返してきた。
歩きながら「クレープ百個で足りっかな~」と銀時が言うと、***は「えっ!?そんなに食べる!?」と焦った声を出した。足早に歩く銀時に手を引っ張られるようにして、***は後ろからついてくる。
「ねぇ、クレープだけじゃなくて、綿あめとかたこ焼きとか、他のも食べてお祭り満喫しましょうよ!まだ始まったばっかりなんだし。ねぇ、聞いてます?……あれ?銀ちゃん?ねぇ聞いてる?」
そう言ってちょこちょこと駆けた***が、銀時の横に並ぶと顔をのぞきこもうとする。しかし銀時が更に足を速めて反対側に顔をそらすので、その表情が見えない。
顔をそらした銀時の視線の先には、公園の中央に立つ家康公の銅像があった。***には見えていないが、その顔は珍しく赤く染まっていた。片手で口元を抑えて、わざとらしいほど足早に歩いた。
―――くっそぉぉぉ!っだよこれぇぇぇぇ!!っだよこの女ぁぁぁぁ!!!
一瞬でも気を抜くと、口元が緩んでにやけてしまう。
理由ならいくらでもある。オモチャとはいえ指輪を人に贈るなんて、そしてそれを薬指にはめるなんて初めてで。たかがオモチャの指輪をこんなに嬉しそうにされたのが、予想外で。「私は銀ちゃんの彼女だから」と***が言ったのが嬉しくて。
繋いだ小さな手から、***の身体の中で生まれた幸福感が、自分の身体にも流れ込んでくるようで。そしてその感覚が照れくさいのに、うっとりとするほど心地よくて。
銀時が思っている以上にゆっくりとだ。でも、例えゆっくりとでも自分たちは進んでる。***は嫌がっているわけじゃなくて、恥ずかしさを乗り越えるのに、ただ時間がかかるだけだ。そう思うと銀時の顔は勝手に微笑みそうになる。
ねぇねぇ、と言う***から銀時は顔を背け続ける。視線の先の家康公に「お前の方こそ子供だ」と笑われた気がした。
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【(5)瞳の色】end
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