銀ちゃんの愛する女の子
おいしい牛乳(恋人)
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【(4)悪魔な天使】
「え~と、つまり***ちゃんの言うことを要約すると……万事屋から商店街に働きかけて、もうとっくに終わった夏祭りをもう一回開催してもらうと。で、花火を無料配布する代わりに、出店に客を呼び込んで金を回収するっていう、そういうこと?」
「はい、そうです山崎さん。花火10万本なんて一体どうするのかと思ったんですけど、銀ちゃんとお登勢さんが商店街の人に声をかけたら、あっという間にお祭りを開催することに決まって」
「なるほどねぇー、旦那って面倒くさそうな顔してるわりに、やる時はちゃんとやるからな。まぁ金儲けになるって分かった途端、目の色変えるような人だし、祭りをもう一回やるくらい、そりゃぁ朝飯前かぁ」
「本当にそうなんです。もう秋だし、お祭りをもう一回やるなんて誰も考えてなかったんです。でもお登勢さんが、‟祭りでも開いて花火さばいて、テキトーに金稼いだらいいじゃないさ。それで家賃払ってもらえんならアタシだって万々歳だよ”って言った途端、目をギラギラさせだして……」
そして今週末の土曜日、家康公の銅像のある公園で、花火無料配布の夏祭りが開催されることになった。
***は浮かない顔で山崎にそう伝えた。
平日の午前中、大江戸スーパーは空いていた。
買物に来た山崎は、数週間前、銀時(と思われるあんぱんの顔をした男)が***に向かって愛の告白をしているのを見た直後からの記憶を、綺麗さっぱり失っていた。気が付くと屯所で倒れていて、栄養失調で一週間入院した。それからしばらくして***と銀時が交際をはじめたと人づてに聞き、胸がしくしくと痛んだ。あの日以来、***と一度も会っていない。
―――あ~あ、分かってたけどさ。***ちゃんが旦那を好きなことはとっくに知ってたし。旦那も満更じゃなさそうだったから、時間の問題だろうなって……でも、まさかあの旦那が、あんなド派手に告白するとは思いも寄らなかった……
ため息をつきながら、焼きそばパンをカゴに入れる。副長に頼まれたのだから、買ってすぐに帰らなければ切腹モノだ。でも***がいると思うと、胸が苦しくてなかなかレジへ迎えない。
重い足取りで歩いて行くと、いちばん手前のレジに***が立っているのが見えた。薄い透明のビニール袋を、袋詰めしやすいように両手でたぐっている。手の動きは機敏なのに、その目はぼんやりと宙を見ていた。そしてその顔に、いつもの元気な笑顔はない。
「あ、あの……***ちゃん?大丈夫?」
「いらっしゃいませー……ぁ、あれ?山崎さんじゃないですか!こんにちは!」
レジにやってきた山崎にも、***は最初、気付かなかった。声をかけられて我に返った***が、ハッとしてから笑顔を浮かべた。
「お久しぶりですね、山崎さん。この間、あんぱん持ってましたけど潜入捜査のお仕事、お忙しいんですか?お身体は大丈夫ですか?」
「ま、まぁね……いや、でも、もう任務は終わったから、俺は全然元気だよ。それより***ちゃんこそ、なんか浮かない顔でぼーっとしてたけど大丈夫?何かあったの?」
バーコードを読み取っていた手の動きが止まって、***が顔を上げる。笑顔が急に崩れて、眉を八の字に下げた。じっと山崎を見つめた***が、とても言いにくそうに唇を震わせてから、蚊の鳴くような小さな声を出した。
「あの……山崎さん、今って少しお時間あります?」
焼きそばパンを買ってすぐに帰らなければならない。さもないと副長にどやされる。切腹だと言ってボコボコにされる。しかしそんな考えは、一瞬で消え去った。目の前の***が心細げで、今にも泣き出しそうな顔だったから。そして山崎は、自分でも驚くほどの大きな声で答えていた。
「あるあるあるっ!もちろん時間あるよ!時間があり余ってて、河原でカバディでもやろうかなぁ~って思ってたくらい!」
まくし立てるようにそう言うと、***はほっとした顔になった。小さな声で「よかった」とつぶやいて、まっすぐに山崎を見つめた***が、弱々しく微笑んだ。
「山崎さん、実は私、銀ちゃんのことで悩んでいて、誰かに相談にのってほしいと思っていたんです」
―――ぎゃぁぁぁ!これはっ、天使の顔した悪魔ぁぁぁ!いや、***ちゃんに悪魔のつもりはないよね!本人が全然気づいてないだけ、よりタチが悪いタイプの悪魔ぁぁぁ!でも笑顔は天使ぃぃぃ!!!
内心そう叫び、わなわなと震えながら山崎は、昼休憩を取った***と駐車場のすみにあるベンチに並んで腰かけた。そして***がぽつりぽつりと語り始めたのは、かぶき町で夏祭りを開催するという話だったのだ。
「で、それが悩みってどういうこと?祭りなんて、カップルの一大イベントじゃないか。旦那と一緒に行けるんだし、***ちゃんはもっと楽しみにしてればいいんじゃないの?旦那とうまくいってるんだろ?」
「お祭り自体はすごく楽しみなんですけど……その、銀ちゃんはともかく、私が、全然うまくいってないというか……男の人とお付き合いするのが私はじめてで、どうしたらいいのか分からなくて、銀ちゃんの前で自然でいられないんです。緊張しちゃって、うまく振る舞えなくて……」
そう言った***が、膝の上の弁当箱を手でぎゅっとつかんだ。まだ一度も箸をつけていない弁当の中で、タコさんウィンナーが小さく揺れた。そのウィンナーを見つめてうつむいた***が小さな声で話すのを、山崎は黙って聞いた。
街を銀時と歩いていると、すれ違う女性が銀時のことをじっと見つめることがある。それ自体は全然構わない。銀時は自分で言うよりずっと見た目がいいし、髪色の珍しさもあって目立つから、注目を集めるのは当然なのだ。
でも銀時を見て「あら、いい男ね」という顔をした女性が、隣にいる***に視線を移すと同時に、必ずと言っていいほど「え!?」と困惑した表情を浮かべるのだ。
その顔にはいつも「お前のような何のへんてつもない地味な女が、なぜこの男のツレなんだ」と、言われているような気がする。
「私、分かってるんです。自分が地味で女らしくなくて、幼くて色気もなくて、銀ちゃんにつり合ってないって。前はただ一緒にいられるだけで嬉しくて気にもしなかったのに、いざ彼女ってなったら、銀ちゃんの隣にいることにすごく緊張するようになったんです。銀ちゃんは優しいから普通にしてくれるし、お祭りも一緒に行こうって言ってくれて、すごく嬉しいのに……それなのに私、銀ちゃんが求めることに上手くこたえられなくて……そういう自分が嫌なんです。いつまでもこんなだと呆れられて、きっと嫌われちゃうって最近はずっと不安で……」
だんだんとその声は小さくなっていく。うつむいた***の目には薄っすらと涙が浮かんでいた。山崎はその横顔を見て、ああ、その気持ちは、俺にはよく分かる、と思った。
真選組で歩いているとよく同じ目にあう。
容姿のいい土方や沖田に対して、行き交う女性陣がキャーキャーと黄色い声を上げる。それだけなら全然構わない。しかし、同じ隊服を着ているせいで、「あらっ、この人もいい男かしら」と勘違いした女が山崎を見ると、必ずと言っていいほど「ふぅ~ん」という、つまらなそうな顔をする。
その顔にはいつも「お前みたいな地味な男は、顔のいい連中と一緒にいて、おこぼれでも貰おうって魂胆なんでしょ」と蔑まれているような気がする。そして背を向けた瞬間にはもう、その人の記憶から、山崎の顔は消えているのだ。
「***ちゃんの気持ち、すこし分かるよ……ほら、俺は地味で特徴がないからさ、副長とか沖田隊長と歩いてると、すぐ比べられちゃって、ヤな思いするんだ……いやっ、でも***ちゃんは俺とは違うからっ!***ちゃんが旦那につり合わないなんて俺は思わないよ。旦那の彼女として***ちゃんは十分すぎるっていうか、その、か、か、可愛いと俺は思うよっっっ!!!」
心の中では何度も思っていたけど、いざ本人を目の前に可愛いと伝えるのは、かなり緊張した。
しかし、そう言われた***は一瞬へらっと笑ってから「そんな、私なんて全然可愛くないですよ」と言った。そしてまた浮かない顔に戻った***に、山崎の言葉は全く響かない。
「私、つり合ってなくても銀ちゃんとダメになりたくないんです。目を見るのも手を繋ぐのもガチガチになっちゃうけど、嫌われたくなくて……なんか、なんかいい方法がないでしょうか?……自分でも色々試してみたけど、あんまりうまくいかなくて。銀ちゃんはジャガイモだって自分に言い聞かせたりとか……でも、ジャガイモだと思ったら本当にそう見えてきて、銀ちゃんに包丁を向けちゃって“俺をカレーに入れて食う気か!”ってすごく怒られて……」
「え、いや、その……***ちゃんって意外と破天荒なことするんだね。そーゆー感じの子だと思わなかったから、俺いまびっくりしてるよ……それにしても、なんかいい方法ねぇ~……」
そう言って腕を組んだ山崎がふと視線を下げると、自分の膝のすぐ横で、ベンチについた***の左手があった。その白い指を見た途端、ぱっと頭に浮かんだアイディアに、心拍数が上がった。
わざとらしくならないように、冷静を保とうとせき払いをする。それなのに出した声は少しだけ裏返った。
「そ、そうだっ!***ちゃんっ、お、俺と練習してみるってのはどうかなぁ?ホラ、付き合うのが初めてなら、手を繋ぐのから練習して慣れていったら、気負いせずに旦那と同じことがきるようになるんじゃない?」
顔の横で立てた人差し指が、緊張で震えた。しかし山崎の提案を聞いた***は、顔色ひとつ変えずにきょとんとしている。
「練習って、山崎さんと手を繋ぐってことですか?けど、そんな風に山崎さんに迷惑をかけるのは私ちょっと…」
「いや、全然!全ッ然、俺は迷惑じゃないから!ほらっ、どうぞ、にぎってみて!」
こうなりゃ勢いだと、山崎は***の前に手を差し出す。その手をじっと見つめてから、***は「では、失礼します」と小さな手をおずおずと重ねた。
ひんやりとした手の感覚に、山崎の心臓はどくんと跳ねる。はじめて触れた***の手は想像以上に華奢で、強くにぎったら壊れてしまいそうだ。そっとその手をにぎり返して、ドギマギしながら***を見つめたら、ふんわりと微笑んでいた。
「不思議です……山崎さんと手を繋ぐと、緊張するどころか安心します。定春の肉球を触った時みたいな感じで」
―――ぎゃぁぁぁぁ!なんだコレ!?なんだこの子はっ!?いや、俺から手をにぎれって言っといてアレだけど、そんなこと言っちゃダメだよ***ちゃんんん!あーでも肉球と同列か!俺のことは犬レベルにしか思ってないってことだよねー!分かってる、分かってるけどさ!けど、こんなん言われて「そりゃよかった」って引き下がれねぇよぉぉぉ!!!
「そ、そうかぁ~!じゃぁ、俺のことを旦那だと思ってみなよ。今、***ちゃんの目の前にいるのは、万事屋の銀さんだよぉ~。なぁ~んつって!」
「えっ!!!」
その直後、***の顔が一瞬で真っ赤になった。
ジャガイモの例からして、***が思い込みの激しいタイプだとは思っていたが、まさかこれほどとは。そう思って唖然とする山崎の手の中から、***の手が逃げようとした。しかし華奢な指先を、山崎はぎゅっとつかんだ。***と同じくらい山崎だって恥ずかしかったが、その手は勝手に動いた。
「そっ、そんなに赤くなるんだね***ちゃん。その、だ、旦那の前だと!」
「ち、ちがっ……あの、山崎さん、こんなのおかしいですよ。山崎さんのことを銀ちゃんだと思うなんて、そんなの私……」
後ろに身を引いて逃げようとする***が、山崎からぱっと顔をそらした。口元を片手で覆った恥ずかしそうな顔は、今にも泣き出しそうだった。
自分のことを別の男だと思い込んでの反応だと分かっていても、間近で見た***の赤い顔に、山崎は嬉しくなった。もっとこの顔を近くで見てみたい、もう少し恋人気分を味わってみたいと、無意識に身体が動く。
「ねぇ***ちゃん、目を見るのも緊張するって言ってたよね?ホラ、俺で練習してみなよ!」
「やややや、ちょ、ちょっと待ってくださ、」
「ほらほら、せっかく練習できるいい機会なんだからさ、やってみなって!」
ぐい、と手を引くと唇をわなわなと震わせた***が、ゆっくりと山崎の方へと顔を向けた。その瞳の中で、黒目がゆらゆらと揺れていた。長いまつ毛が緊張して震えている。その目を見つめ返すだけで、山崎の心臓は破裂しそうなほど速く鼓動した。
ああ、この手の中にこの子がいたら、どんなに幸せだろう。そう思ったら自然と手が、***の顔に伸びていた。手のひらに当たる***のほほは、ヤケドしそうなほど熱かった。
銀時がこんなに熱い顔を、潤んだ瞳を、震える唇を自分のモノにしていると思うと、胸を掻きむしりたいほど羨ましかった。
「あ、あのさ、***ちゃん。俺、前から***ちゃんのこと好きだったよ……多分、***ちゃんが俺に気付く前から」
「え?……あ、あの、それってどういう、」
突然の山崎の告白に、***は真っ赤な顔に困惑した表情を浮かべた。首を傾げて自分を見る***の視線に耐えられなくて、思わず顔を逸らす。それでも一度出てしまった言葉が止められない。
「慣れないなりに一生懸命がんばってる***ちゃんを、俺は可愛いと思うよ……こういう言い方はズルイけど、例えば俺とだったら、並んで歩いてても引け目に感じることなんて無いんじゃないかな?俺とだったら、似合いのカップルだって、***ちゃんは胸を張れるんじゃないかな?それに俺は……***ちゃんが不安になるほど、一度に沢山のことを求めたりしないよ」
そう言いながら***のほほを少しだけ撫でた。もう一方の手の中で華奢な指先を、優しくにぎった。
ついに言ってしまった。ずっと言いたかったことをようやく。どうせフラれると分かっていても、本命の彼氏に引け目を感じている今の***になら、少しは効果があるかもしれない。
我ながら姑息な手段だと思いながらも、わずかな期待を持って顔を上げた山崎は、驚きで目を見開いた。
そこにはいつも通り柔らかく微笑む***がいた。
「山崎さんってやっぱり優しいですね。そういう感じの親切なことは銀ちゃんは言わないから……えへへ、やっぱり山崎さんは山崎さんで、銀ちゃんだと思うなんてできませんでした。でも、いい練習になったし、慣れないなりに頑張ってるって言ってもらえてすごく嬉しかったです。ありがとうございます、山崎さん」
そう言って明るく笑った***の顔は、もう全然赤くなかった。ぽかんとした山崎の手の中から、するりと指先が離れていった。
―――な、な、なにぃぃぃぃ!!!無かったことにされた!?俺の告白、無かったことにされたぁぁぁ!?いや確かに俺のことを旦那だと思えとは言ったけど、まさか俺の言うことまで旦那のフリして言ってると思うかなフツー!?なにこの子!思い込みが激しすぎるだろぉぉぉ!!!
結局ひと口も食べなかった弁当のフタを閉めると、***は「ふぅ」と息をついた。まだ微動だにしない山崎の方を見ると、ふわりと笑って口を開いた。
「山崎さん、銀ちゃんのフリして私のこと好きって言ってくれて、ありがとうございました。山崎さんだって思ったら落ち着いて聞けて、素直に嬉しいと思えました。銀ちゃんの前でもこうやって、自然に受け止められればいいんだって分かりました」
「あ、ああ、そう?それはヨカッタね***ちゃん」
返事をする声が、思わずロボットのような棒読みになってしまう。しかし***は全く意に介した様子はない。
「それと私、山崎さんのことを地味で特徴がないなんて、全然思わないです。土方さんや総悟くんにも全然引けをとらないです。山崎さんは優しいし、仕事熱心だし、真選組にとってすごく大切な存在だと思います……比べられてイヤな思いをしても、そうやって比べる人は山崎さんにはふさわしくないって分かるだけのことです。いつも優しくて頑張ってる山崎さんの彼女になれる人は、幸せな人だなぁって、私は思います!」
そう言ってにっこりと笑った***の顔は、いつもの明るい笑顔だった。そう、この笑顔、この笑顔が見たかったんだ。そう思っているうちに***がベンチから立ち上がる。
もう休憩時間が終わるので、とぺこりと頭を下げる。
「あの、山崎さん、その、えぇっと……一応お伝えしておくと、私も山崎さんのこと好きですよ。今日は引き留めてしまってすみませんでした。またお買い物、来て下さいね」
そう言って子供のような顔で微笑むと、***はくるりと背を向けて歩き始めた。山崎の肩がわなわなと震える。手元のビニール袋をぎゅっとにぎりしめたら、中の焼きそばパンがつぶれた。
―――あ、あ、あ、悪魔ぁぁぁ!***ちゃんはとんでもない悪魔ぁぁぁ!でもっ、でもっ、笑顔は天使ぃぃぃぃ!!!!!
(好きって言った!俺のこと好きって言った!全然ちがう意味だろーね!犬が好き、みたいな意味だろーけど!でも好きって言ったぁぁぁ!神様ぁぁぁぁ!!!)
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【(4)悪魔な天使】end
天使がいつも優しいとは限らない
「え~と、つまり***ちゃんの言うことを要約すると……万事屋から商店街に働きかけて、もうとっくに終わった夏祭りをもう一回開催してもらうと。で、花火を無料配布する代わりに、出店に客を呼び込んで金を回収するっていう、そういうこと?」
「はい、そうです山崎さん。花火10万本なんて一体どうするのかと思ったんですけど、銀ちゃんとお登勢さんが商店街の人に声をかけたら、あっという間にお祭りを開催することに決まって」
「なるほどねぇー、旦那って面倒くさそうな顔してるわりに、やる時はちゃんとやるからな。まぁ金儲けになるって分かった途端、目の色変えるような人だし、祭りをもう一回やるくらい、そりゃぁ朝飯前かぁ」
「本当にそうなんです。もう秋だし、お祭りをもう一回やるなんて誰も考えてなかったんです。でもお登勢さんが、‟祭りでも開いて花火さばいて、テキトーに金稼いだらいいじゃないさ。それで家賃払ってもらえんならアタシだって万々歳だよ”って言った途端、目をギラギラさせだして……」
そして今週末の土曜日、家康公の銅像のある公園で、花火無料配布の夏祭りが開催されることになった。
***は浮かない顔で山崎にそう伝えた。
平日の午前中、大江戸スーパーは空いていた。
買物に来た山崎は、数週間前、銀時(と思われるあんぱんの顔をした男)が***に向かって愛の告白をしているのを見た直後からの記憶を、綺麗さっぱり失っていた。気が付くと屯所で倒れていて、栄養失調で一週間入院した。それからしばらくして***と銀時が交際をはじめたと人づてに聞き、胸がしくしくと痛んだ。あの日以来、***と一度も会っていない。
―――あ~あ、分かってたけどさ。***ちゃんが旦那を好きなことはとっくに知ってたし。旦那も満更じゃなさそうだったから、時間の問題だろうなって……でも、まさかあの旦那が、あんなド派手に告白するとは思いも寄らなかった……
ため息をつきながら、焼きそばパンをカゴに入れる。副長に頼まれたのだから、買ってすぐに帰らなければ切腹モノだ。でも***がいると思うと、胸が苦しくてなかなかレジへ迎えない。
重い足取りで歩いて行くと、いちばん手前のレジに***が立っているのが見えた。薄い透明のビニール袋を、袋詰めしやすいように両手でたぐっている。手の動きは機敏なのに、その目はぼんやりと宙を見ていた。そしてその顔に、いつもの元気な笑顔はない。
「あ、あの……***ちゃん?大丈夫?」
「いらっしゃいませー……ぁ、あれ?山崎さんじゃないですか!こんにちは!」
レジにやってきた山崎にも、***は最初、気付かなかった。声をかけられて我に返った***が、ハッとしてから笑顔を浮かべた。
「お久しぶりですね、山崎さん。この間、あんぱん持ってましたけど潜入捜査のお仕事、お忙しいんですか?お身体は大丈夫ですか?」
「ま、まぁね……いや、でも、もう任務は終わったから、俺は全然元気だよ。それより***ちゃんこそ、なんか浮かない顔でぼーっとしてたけど大丈夫?何かあったの?」
バーコードを読み取っていた手の動きが止まって、***が顔を上げる。笑顔が急に崩れて、眉を八の字に下げた。じっと山崎を見つめた***が、とても言いにくそうに唇を震わせてから、蚊の鳴くような小さな声を出した。
「あの……山崎さん、今って少しお時間あります?」
焼きそばパンを買ってすぐに帰らなければならない。さもないと副長にどやされる。切腹だと言ってボコボコにされる。しかしそんな考えは、一瞬で消え去った。目の前の***が心細げで、今にも泣き出しそうな顔だったから。そして山崎は、自分でも驚くほどの大きな声で答えていた。
「あるあるあるっ!もちろん時間あるよ!時間があり余ってて、河原でカバディでもやろうかなぁ~って思ってたくらい!」
まくし立てるようにそう言うと、***はほっとした顔になった。小さな声で「よかった」とつぶやいて、まっすぐに山崎を見つめた***が、弱々しく微笑んだ。
「山崎さん、実は私、銀ちゃんのことで悩んでいて、誰かに相談にのってほしいと思っていたんです」
―――ぎゃぁぁぁ!これはっ、天使の顔した悪魔ぁぁぁ!いや、***ちゃんに悪魔のつもりはないよね!本人が全然気づいてないだけ、よりタチが悪いタイプの悪魔ぁぁぁ!でも笑顔は天使ぃぃぃ!!!
内心そう叫び、わなわなと震えながら山崎は、昼休憩を取った***と駐車場のすみにあるベンチに並んで腰かけた。そして***がぽつりぽつりと語り始めたのは、かぶき町で夏祭りを開催するという話だったのだ。
「で、それが悩みってどういうこと?祭りなんて、カップルの一大イベントじゃないか。旦那と一緒に行けるんだし、***ちゃんはもっと楽しみにしてればいいんじゃないの?旦那とうまくいってるんだろ?」
「お祭り自体はすごく楽しみなんですけど……その、銀ちゃんはともかく、私が、全然うまくいってないというか……男の人とお付き合いするのが私はじめてで、どうしたらいいのか分からなくて、銀ちゃんの前で自然でいられないんです。緊張しちゃって、うまく振る舞えなくて……」
そう言った***が、膝の上の弁当箱を手でぎゅっとつかんだ。まだ一度も箸をつけていない弁当の中で、タコさんウィンナーが小さく揺れた。そのウィンナーを見つめてうつむいた***が小さな声で話すのを、山崎は黙って聞いた。
街を銀時と歩いていると、すれ違う女性が銀時のことをじっと見つめることがある。それ自体は全然構わない。銀時は自分で言うよりずっと見た目がいいし、髪色の珍しさもあって目立つから、注目を集めるのは当然なのだ。
でも銀時を見て「あら、いい男ね」という顔をした女性が、隣にいる***に視線を移すと同時に、必ずと言っていいほど「え!?」と困惑した表情を浮かべるのだ。
その顔にはいつも「お前のような何のへんてつもない地味な女が、なぜこの男のツレなんだ」と、言われているような気がする。
「私、分かってるんです。自分が地味で女らしくなくて、幼くて色気もなくて、銀ちゃんにつり合ってないって。前はただ一緒にいられるだけで嬉しくて気にもしなかったのに、いざ彼女ってなったら、銀ちゃんの隣にいることにすごく緊張するようになったんです。銀ちゃんは優しいから普通にしてくれるし、お祭りも一緒に行こうって言ってくれて、すごく嬉しいのに……それなのに私、銀ちゃんが求めることに上手くこたえられなくて……そういう自分が嫌なんです。いつまでもこんなだと呆れられて、きっと嫌われちゃうって最近はずっと不安で……」
だんだんとその声は小さくなっていく。うつむいた***の目には薄っすらと涙が浮かんでいた。山崎はその横顔を見て、ああ、その気持ちは、俺にはよく分かる、と思った。
真選組で歩いているとよく同じ目にあう。
容姿のいい土方や沖田に対して、行き交う女性陣がキャーキャーと黄色い声を上げる。それだけなら全然構わない。しかし、同じ隊服を着ているせいで、「あらっ、この人もいい男かしら」と勘違いした女が山崎を見ると、必ずと言っていいほど「ふぅ~ん」という、つまらなそうな顔をする。
その顔にはいつも「お前みたいな地味な男は、顔のいい連中と一緒にいて、おこぼれでも貰おうって魂胆なんでしょ」と蔑まれているような気がする。そして背を向けた瞬間にはもう、その人の記憶から、山崎の顔は消えているのだ。
「***ちゃんの気持ち、すこし分かるよ……ほら、俺は地味で特徴がないからさ、副長とか沖田隊長と歩いてると、すぐ比べられちゃって、ヤな思いするんだ……いやっ、でも***ちゃんは俺とは違うからっ!***ちゃんが旦那につり合わないなんて俺は思わないよ。旦那の彼女として***ちゃんは十分すぎるっていうか、その、か、か、可愛いと俺は思うよっっっ!!!」
心の中では何度も思っていたけど、いざ本人を目の前に可愛いと伝えるのは、かなり緊張した。
しかし、そう言われた***は一瞬へらっと笑ってから「そんな、私なんて全然可愛くないですよ」と言った。そしてまた浮かない顔に戻った***に、山崎の言葉は全く響かない。
「私、つり合ってなくても銀ちゃんとダメになりたくないんです。目を見るのも手を繋ぐのもガチガチになっちゃうけど、嫌われたくなくて……なんか、なんかいい方法がないでしょうか?……自分でも色々試してみたけど、あんまりうまくいかなくて。銀ちゃんはジャガイモだって自分に言い聞かせたりとか……でも、ジャガイモだと思ったら本当にそう見えてきて、銀ちゃんに包丁を向けちゃって“俺をカレーに入れて食う気か!”ってすごく怒られて……」
「え、いや、その……***ちゃんって意外と破天荒なことするんだね。そーゆー感じの子だと思わなかったから、俺いまびっくりしてるよ……それにしても、なんかいい方法ねぇ~……」
そう言って腕を組んだ山崎がふと視線を下げると、自分の膝のすぐ横で、ベンチについた***の左手があった。その白い指を見た途端、ぱっと頭に浮かんだアイディアに、心拍数が上がった。
わざとらしくならないように、冷静を保とうとせき払いをする。それなのに出した声は少しだけ裏返った。
「そ、そうだっ!***ちゃんっ、お、俺と練習してみるってのはどうかなぁ?ホラ、付き合うのが初めてなら、手を繋ぐのから練習して慣れていったら、気負いせずに旦那と同じことがきるようになるんじゃない?」
顔の横で立てた人差し指が、緊張で震えた。しかし山崎の提案を聞いた***は、顔色ひとつ変えずにきょとんとしている。
「練習って、山崎さんと手を繋ぐってことですか?けど、そんな風に山崎さんに迷惑をかけるのは私ちょっと…」
「いや、全然!全ッ然、俺は迷惑じゃないから!ほらっ、どうぞ、にぎってみて!」
こうなりゃ勢いだと、山崎は***の前に手を差し出す。その手をじっと見つめてから、***は「では、失礼します」と小さな手をおずおずと重ねた。
ひんやりとした手の感覚に、山崎の心臓はどくんと跳ねる。はじめて触れた***の手は想像以上に華奢で、強くにぎったら壊れてしまいそうだ。そっとその手をにぎり返して、ドギマギしながら***を見つめたら、ふんわりと微笑んでいた。
「不思議です……山崎さんと手を繋ぐと、緊張するどころか安心します。定春の肉球を触った時みたいな感じで」
―――ぎゃぁぁぁぁ!なんだコレ!?なんだこの子はっ!?いや、俺から手をにぎれって言っといてアレだけど、そんなこと言っちゃダメだよ***ちゃんんん!あーでも肉球と同列か!俺のことは犬レベルにしか思ってないってことだよねー!分かってる、分かってるけどさ!けど、こんなん言われて「そりゃよかった」って引き下がれねぇよぉぉぉ!!!
「そ、そうかぁ~!じゃぁ、俺のことを旦那だと思ってみなよ。今、***ちゃんの目の前にいるのは、万事屋の銀さんだよぉ~。なぁ~んつって!」
「えっ!!!」
その直後、***の顔が一瞬で真っ赤になった。
ジャガイモの例からして、***が思い込みの激しいタイプだとは思っていたが、まさかこれほどとは。そう思って唖然とする山崎の手の中から、***の手が逃げようとした。しかし華奢な指先を、山崎はぎゅっとつかんだ。***と同じくらい山崎だって恥ずかしかったが、その手は勝手に動いた。
「そっ、そんなに赤くなるんだね***ちゃん。その、だ、旦那の前だと!」
「ち、ちがっ……あの、山崎さん、こんなのおかしいですよ。山崎さんのことを銀ちゃんだと思うなんて、そんなの私……」
後ろに身を引いて逃げようとする***が、山崎からぱっと顔をそらした。口元を片手で覆った恥ずかしそうな顔は、今にも泣き出しそうだった。
自分のことを別の男だと思い込んでの反応だと分かっていても、間近で見た***の赤い顔に、山崎は嬉しくなった。もっとこの顔を近くで見てみたい、もう少し恋人気分を味わってみたいと、無意識に身体が動く。
「ねぇ***ちゃん、目を見るのも緊張するって言ってたよね?ホラ、俺で練習してみなよ!」
「やややや、ちょ、ちょっと待ってくださ、」
「ほらほら、せっかく練習できるいい機会なんだからさ、やってみなって!」
ぐい、と手を引くと唇をわなわなと震わせた***が、ゆっくりと山崎の方へと顔を向けた。その瞳の中で、黒目がゆらゆらと揺れていた。長いまつ毛が緊張して震えている。その目を見つめ返すだけで、山崎の心臓は破裂しそうなほど速く鼓動した。
ああ、この手の中にこの子がいたら、どんなに幸せだろう。そう思ったら自然と手が、***の顔に伸びていた。手のひらに当たる***のほほは、ヤケドしそうなほど熱かった。
銀時がこんなに熱い顔を、潤んだ瞳を、震える唇を自分のモノにしていると思うと、胸を掻きむしりたいほど羨ましかった。
「あ、あのさ、***ちゃん。俺、前から***ちゃんのこと好きだったよ……多分、***ちゃんが俺に気付く前から」
「え?……あ、あの、それってどういう、」
突然の山崎の告白に、***は真っ赤な顔に困惑した表情を浮かべた。首を傾げて自分を見る***の視線に耐えられなくて、思わず顔を逸らす。それでも一度出てしまった言葉が止められない。
「慣れないなりに一生懸命がんばってる***ちゃんを、俺は可愛いと思うよ……こういう言い方はズルイけど、例えば俺とだったら、並んで歩いてても引け目に感じることなんて無いんじゃないかな?俺とだったら、似合いのカップルだって、***ちゃんは胸を張れるんじゃないかな?それに俺は……***ちゃんが不安になるほど、一度に沢山のことを求めたりしないよ」
そう言いながら***のほほを少しだけ撫でた。もう一方の手の中で華奢な指先を、優しくにぎった。
ついに言ってしまった。ずっと言いたかったことをようやく。どうせフラれると分かっていても、本命の彼氏に引け目を感じている今の***になら、少しは効果があるかもしれない。
我ながら姑息な手段だと思いながらも、わずかな期待を持って顔を上げた山崎は、驚きで目を見開いた。
そこにはいつも通り柔らかく微笑む***がいた。
「山崎さんってやっぱり優しいですね。そういう感じの親切なことは銀ちゃんは言わないから……えへへ、やっぱり山崎さんは山崎さんで、銀ちゃんだと思うなんてできませんでした。でも、いい練習になったし、慣れないなりに頑張ってるって言ってもらえてすごく嬉しかったです。ありがとうございます、山崎さん」
そう言って明るく笑った***の顔は、もう全然赤くなかった。ぽかんとした山崎の手の中から、するりと指先が離れていった。
―――な、な、なにぃぃぃぃ!!!無かったことにされた!?俺の告白、無かったことにされたぁぁぁ!?いや確かに俺のことを旦那だと思えとは言ったけど、まさか俺の言うことまで旦那のフリして言ってると思うかなフツー!?なにこの子!思い込みが激しすぎるだろぉぉぉ!!!
結局ひと口も食べなかった弁当のフタを閉めると、***は「ふぅ」と息をついた。まだ微動だにしない山崎の方を見ると、ふわりと笑って口を開いた。
「山崎さん、銀ちゃんのフリして私のこと好きって言ってくれて、ありがとうございました。山崎さんだって思ったら落ち着いて聞けて、素直に嬉しいと思えました。銀ちゃんの前でもこうやって、自然に受け止められればいいんだって分かりました」
「あ、ああ、そう?それはヨカッタね***ちゃん」
返事をする声が、思わずロボットのような棒読みになってしまう。しかし***は全く意に介した様子はない。
「それと私、山崎さんのことを地味で特徴がないなんて、全然思わないです。土方さんや総悟くんにも全然引けをとらないです。山崎さんは優しいし、仕事熱心だし、真選組にとってすごく大切な存在だと思います……比べられてイヤな思いをしても、そうやって比べる人は山崎さんにはふさわしくないって分かるだけのことです。いつも優しくて頑張ってる山崎さんの彼女になれる人は、幸せな人だなぁって、私は思います!」
そう言ってにっこりと笑った***の顔は、いつもの明るい笑顔だった。そう、この笑顔、この笑顔が見たかったんだ。そう思っているうちに***がベンチから立ち上がる。
もう休憩時間が終わるので、とぺこりと頭を下げる。
「あの、山崎さん、その、えぇっと……一応お伝えしておくと、私も山崎さんのこと好きですよ。今日は引き留めてしまってすみませんでした。またお買い物、来て下さいね」
そう言って子供のような顔で微笑むと、***はくるりと背を向けて歩き始めた。山崎の肩がわなわなと震える。手元のビニール袋をぎゅっとにぎりしめたら、中の焼きそばパンがつぶれた。
―――あ、あ、あ、悪魔ぁぁぁ!***ちゃんはとんでもない悪魔ぁぁぁ!でもっ、でもっ、笑顔は天使ぃぃぃぃ!!!!!
(好きって言った!俺のこと好きって言った!全然ちがう意味だろーね!犬が好き、みたいな意味だろーけど!でも好きって言ったぁぁぁ!神様ぁぁぁぁ!!!)
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【(4)悪魔な天使】end
天使がいつも優しいとは限らない