銀ちゃんの愛する女の子
おいしい牛乳(恋人)
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【(42)おいしい恋人】
窓ガラス越しにしか見たことのないカフェで、銀時と向き合う***はソワソワしていた。オシャレな店内は色鮮やかなスイーツと微笑みあう恋人たちで溢れていた。
ありふれた光景が***にとっては新鮮だろう。なんたってずっと来たがっていた喫茶店だから。
落ち着きなく周りをキョロキョロする***が、その日はじめて心から楽しそうな笑顔を浮かべた。ぐるりと巡らせた視線が正面の銀時に戻ると、ほころんだ唇から「ふふっ」と笑いが漏れる。銀時にとってはどんな景色よりも、***のころころと変わる表情の方がおもしろくて目が離せなかった。
「な~にガキみてぇなおもしれぇ顔してんだよ***」
憎まれ口を叩いても、ようやく***とふたりきりになれてホッとしていた。やっとデートらしい雰囲気だ。自分の彼女が他の男と仲睦まじくしている姿を見るのは胸くそ悪かった。だからこのカップルにうってつけの店でパフェを食べて、恋人らしくイチャついて彼氏としての矜持を保ちたい。
「それを言うなら銀ちゃんこそ、人のうなじに自分の名前を書くなんて、子どもっぽいイタズラしないでくださいよ!首の後ろなんて鏡でも見えないし、髪を結ったら“銀時”って皆に丸見えじゃないですか!もぉ~!恥ずかしぃぃぃ~!!」
「ぶッッッッッ!!!!!」
首のうしろのキスマークに***はまだ気づかない。
真選組の屯所からの道すがら、***は何度もそこに何があるのかと問い詰めた。だが銀時は「あー、油性ペンで銀時って書いてあんだよ。自分の持ちモンにはちゃんと名前書いとけって、母ちゃんに教わったろ?」と嘘っぱちでごまかした。そんなデタラメをあっさりと信じて、長い髪で隠した首元を恥ずかしげに撫でるから、銀時は思わず吹き出してしまう。
肩を震わせながら必死で笑いをこらえて、ふと窓の外に目をやる。店の前の通りに、どこか見覚えのある女が立ってこちらをじっと見ていた。
「あ……?おい、***、アイツ、」
「え?あっ……!あの子はあの時の!」
銀時が指さした方を***が振り返る。すると女はパッと顔を輝かせた。それは数週間前の拉致事件の時に、***が助けたキャバ嬢のひとりだった。ガラスに阻まれて声は聞こえないが、その口が何度も「***さん、ありがとう」と動いた。
わぁ、と感嘆の声を上げた***が手を大きく振ると、女はぺこりとお辞儀をして去っていった。
「なぁ、***さぁ、沖田くんの言ってた女といい、今のヤツといい、お前は一体何人のキャバ嬢とつるんでんだよ?そのノリでお前までキャバクラで働くとか言ったら銀さん怒るからね?友達が働いてるからって簡単に水商売なんかやっちゃダメだからね?そーゆーのお父さんは許さないよ?分かってますかァ~?」
「ヤダな銀ちゃん、私なんかキャバクラじゃ働けないよ。むしろ逆です逆!私が、あの子たちに、お仕事を紹介したんです!」
「はぁぁ?お前がアイツらに?なんで?」
あの事件の後のことを、***は銀時に語りだす。
大江戸警察で保護された被害者たちを訪ねたら、30人近い娘たちが貯金も仕事もなく困っていた。***は彼女たちの支援を引き受けることにして、まずはニコニコ牛乳と大江戸スーパーに数人を雇ってもらった。キャバクラでの復帰を望んだ子たちには、お妙の協力でスナックすまいるや系列店に再就職させた。
「みんな元の生活を取り戻せそうですよ、銀ちゃん!」
そう締めくくって心底嬉しそうに***が笑うと、呆気にとられた銀時はイスの背もたれからずるりと滑った。片手で頭を抱えて「はぁ~」と深い溜息を吐きながら口を開いた。
「っとに、***は世話焼きだよな~……あんとき出会っただけのヤツらなんざほっときゃいいのによ~。困ってるヤツ見つけるたんび、バカみてぇなお節介で誰かれ構わず助けてたら、お前またぶっ倒れるぞマジで」
「あははっ、そのセリフはそのまま銀ちゃんに返します。だって私はただ、」
ふと口をつぐんだ***が気まずそうに髪を耳にかけた。少しうつむいて上目づかいで銀時を見つめる。もじもじと言い淀んでから、薄桃色の唇が遠慮がちに呟いた。
「私はただ、銀ちゃんならどうするかなって思っただけです。目の前で誰かが困ってたら、銀ちゃんなら手を差し伸べるって知ってるから、だから私も出来ることをしたかったの。誰かれ構わず助けちゃう銀ちゃんに、ふさわしい自分にいつかなりたいから……街中に慕われて頼りにされてる万事屋銀ちゃんが私の目標だから……だから私も銀ちゃんのまねをして、バカみたいなお節介を焼いてみたんです!」
「んなっ……だ、誰がバカみてぇなお節介だゴラァァァ!こちとらそれが商売でやってんだっつーの!!ガキが生意気言いやがって!!!」
ふにゃふにゃと微笑みながら***が発した言葉は、銀時には照れくさかった。澄みきった瞳でまっすぐ「銀ちゃんが私の目標」なんて言われて嬉しくないわけがない。いつもなら得意げになって喜ぶはずが、喜びを上まわる恥ずかしさで銀時の顔はサッと赤らんだ。それを見られないよう慌てて両手を伸ばすと、***の頭を撫でて髪をぐしゃぐしゃにした。
「やめてよ!」「やめねーよ!」とカフェでデート中とは思えないほど、うるさく騒ぐふたりのもとに店員がふたつのパフェを運んできた。
「お待たせいたしました!えーと、レインボータワーパフェが彼女さんのご注文で、彼氏さんがメガスペシャルチョコサンデーでお間違いないでしょうか?」
「はっ!?……ぁッ!は、はいっ!!」
乱れた髪のまま***が店員を見上げて、一瞬ぽかんとする。返事をしながらそのほっぺたがぼわわっと赤く染まった。付き合ってかなり経つのに、***はまだ他人に銀時の彼女と呼ばれることに慣れない。いつまでも初心な女に呆れて、どうからかってやろうかと銀時はニヤついていた。だが***は店員が立ち去ると、ほほを朱色に染めたままで銀時をじっと見つめて言った。
「ぎ、銀ちゃん、このパフェは一緒に食べましょうね?だって、ゎ、私たちは、か、彼氏と彼女だから!」
「んぶっ……!お前、なんつー顔してんだよ!茹でダコみてーになってまでわざわざ言うことじゃねーだろ、そんなこと!!」
「~~~~~ッ、でも、ほんとのことだもん!それにこんな大きなパフェ、ひとりじゃ食べきれないから……」
もごもごと言って照れた***が、大きなパフェグラスに隠れるように縮こまった。カラフルなパフェ越しに真っ赤な顔がちらちら揺れるのがおかしくて、銀時はくつくつと笑った。
チョコサンデーのアイスを銀時がぱくりと食べると、***もレインボーパフェのクリームをスプーンですくって口に入れた。ふたり同時に「んんっ!」と目を見開く。アイスを含んだままの口を行儀悪く開いて、先に叫んだのは銀時だった。
「うんまァァァ!なにコレ!やだコレ!めっさうまいんですけど!ごっさ甘いんですけどォ!自分だけは娘に嫌われないと思ってるお父さんの考え並みに、甘すぎるんですけどォォォ!!オイ***ッ、オメーもこれ食ってみろよ!!!」
「まっ、待って銀ちゃん!こっちのパフェもすっごくおいしいです!このクリーム綿あめみたいにフワフワで、なんか色んな味がします!こんなの初めて!!銀ちゃんも食べてみてください!!!」
互いのスプーンですくって食べさせ合う。チョコアイスを食べた***は両手でほほを押さえて「おいひぃ!」とふやけた顔をした。それを見てゲラゲラと笑った銀時も、カラフルなクリームを口にすると「っんだコレ!?すっげぇうめぇ!!」と少年のように目を輝かせた。
満席の喫茶店で、どの恋人たちよりも明るくはしゃいでいたのが***と銀時だった。
パフェを食べ終えたふたりは店を出て、通りを歩きはじめた。念願のカフェがよほど気に入ったのか、***はずっとニコニコして銀時に喋りかけ続けた。
「レインボーパフェ、色んな味がしましたね!イチゴとブドウのアイスおいしかったなぁ。クリームはキャラメルやバニラの味がしたし。いろんな甘いものを一度に食べたみたいで、なんだか得しちゃった気分!あ、銀ちゃんはどの味が好きでしたか?どの味をもう一度食べたいですか?」
さっきまで落ち込んでいたのが嘘のように、ご機嫌に問いかける。まるで春が来たみたいな温かい笑顔は、頭のてっぺんから花でも咲きそうなほど幸せに満ちていた。それをぼうっと見ていた銀時は、無性に***に触れたくてたまらなくなった。
———あ゛ー……やべぇな、1回ヤッて味をしめちまったから、最近歯止めがきかねぇんだよ。オイオイ俺は発情期かっつーの……そーだよ発情期だよ、悪ぃかバカヤロー!そりゃ銀さんだって健康な男の子だし?半年も我慢したしぃ?目の前でこ~んな可愛い顔する***がいけねぇんだしぃ~?手のひとつやふたつ、軽率に出ちまったってしょーがねぇだろーがァァァ!!
心の中で叫びながら、横目で***をうかがう。大きな黒目が輝くのを見ると、情事のさなかの涙ぐんで艶めいた眼差しを思い出してしまう。「あれ銀ちゃん?聞いてますか?」と動いた桜色の唇は、さっき食べたパフェの生クリームよりずっと柔らかくて、もっと甘いことをとっくに知っている。銀時はごくっと唾を飲んだ。
「どの味って……そりゃー決まってんだろ」
「あ、イチゴのアイス?銀ちゃんイチゴ好きだもんね」
へらっと笑った***の腕を掴んで、強く引っぱる。よろけた身体をうけとめて肩を抱く。そのまま目に入った路地へと引きずり込んだ。「うわわ!?」と驚いている***の背中を、誰もいない路地裏の壁に抑えつけて、身体に腕を回すと思い切り抱きしめた。
「や、銀ちゃ、なっ、なに!?」
急な密着に驚いて***の顔が真っ赤に染まった。
ほっぺたに片手を添えると、ヤケドしそうなほど熱かった。口をぱくぱくさせて戸惑う顔を上に向けて、至近距離で見つめ合う。親指の先で小さな唇をふにふにと押しながら、銀時はにんまり笑った。
「俺がどの味が好きかだって?んなもんお前は知ってんだろーが。俺がもっぺん食いてぇ味はな……***の味に決まってんだよ」
「な、なに言って、んんっ——!?」
ぱくっと音がするほど勢いよく唇に噛みつく。下唇に軽く歯を立てると、ふっくらした弾力が心地よかった。震える上唇をぺろりと舐めたら、そこにはまだパフェの甘さが残っていた。口づけたままで銀時が「キャラメル味」とニヤけて囁くと、真っ赤な顔がますます熱を持った。
「んぁっ……ひ、ぁ……っ、」
何度も噛んでこじ開けた唇の隙間に、舌をするりとさし込む。薄い肩がびくっとして***は身体をこわばらせた。壁に抑えつけた***の華奢な全身が、銀時の腕にすっぽりと覆われる。逃げ場のない***が黒いシャツの胸元をぎゅっと握って、すがりついてきた。
もっといやらしいことだってしたことがあるのに、キスでさえ必死なところが愛らしい。初心な***の弱いところは知り尽くしてる。頬の内側にべろりと舌を這わせて、上顎の奥の方を尖らせた舌先でくすぐるようになぞる。すると涙目の瞳があっという間にとろんとした。後頭部をつかむ手を下げてうなじを撫でたら、細いノドがぶるりと震えて「んぁッ」と喘いだ。わずかな唇の隙間から、***の泣きそうな声がこぼれた。
「ふっ、ぁ、は……ゃ、ぎ、っちゃ、ぁ、」
「んー……ははっ、すっげぇやらしい顔……***の口んなか、めっさ甘くてごっさうめぇー……イチゴとブドウとチョコの味がすらぁ。一度にいろんな味食えて確かに得した気分だわ。なぁ、だからさ、***、もっかい食っていー?おかわりしていー?」
「やめ、ちょっ、と、こんなとこで、」
ダメだよっ、と叫んだ声をすぐに飲み込む。再び口付けると、さっきよりもっと強く唇を押し付けた。顔を斜めにかしげて、うんと深くまで舌をもぐりこませる。口のずっと奥で縮こまる***の舌に無理やり絡めると、そこに残るバニラや綿あめに似た甘さを、ねぶりとった。いつもより赤く色づいた***の唇の端から、どちらのものか分からない唾液が垂れた。
「ぁ、ぅあっ……っ、んんッ!?」
薄水色の着物の上を大きな手が滑っていき、小さな尻に辿りつく。服の上からさわさわと撫でたら、目を見開いた***が銀時の胸を両手で押した。それを押し返すように体重をかけた銀時が、もう一方の手を首筋から胸元へと這わせていく。ささやかな胸の膨らみを、布の上からゆるゆると揉みしだいた。
「っっ、」と息を飲んだ***が目をぎゅっと閉じて、まぶたまで朱色に染まったと同時に銀時は唇を離した。
「はぁっ、ぁ、ゃ、やだッ、ぎ、ちゃ、ダメッ」
「ダメじゃねぇくせに、うるうるした目で先に誘ってきたのそっちだろーが。オラ、ちょっと横向けって」
浅い息で喘ぎながら震える***の顎をつかんで、くいっと横に向ける。首筋に顔を寄せて襟の合わせに指をさし込む。ぐいっと開いた胸元で鎖骨のすぐ下に唇をくっつけた。ジリッと音がするほど強く吸うと、白い肌にイチゴのような赤い鬱血の痕がついた。顔を離した銀時は咲いたばかりの赤い花を指先で撫でながら、***の耳元で熱っぽい声を吐いた。
「ホラこれが、***は銀さんのって印だよ……ちゃぁんと油性ペンで書いとかねーと、消えちまうだろ?」
「っ……な、なに、———あっっ!?」
真っ赤だった***の顔が一瞬で青ざめる。小さな手がとっさにうなじを押さえた。それを眺める銀時の顔は楽しそうにニヤついて、まるでイタズラ好きの悪ガキのよう。愉快でしかたなさそうな赤い瞳と見つめ合った瞬間、***は自分のうなじにあるのがキスマークだと気づいた。それを真選組の面々に見られたと知って絶句する。そして頭のてっぺんからつま先まで真っ赤になると、わなわなと震え出した。
「ぎぎぎぎぎっ……銀ちゃんのバカァァァ!!!」
「うおッ!?痛っ、イテイテイテ!やめろよ***!!」
振り上げたこぶしで銀時の頭をぽかりと殴る。一度ではおさまらずポカポカと何度も。あまりの恥ずかしさに「うわぁん」と情けない声をあげて、駆け出した***は路地を抜けた。大きな通りの十字路に出た時、追ってきた銀時に後ろから左腕をつかまれ引き止められた。ぶんぶんと腕を揺すって振り払おうとしたが、大きな手はびくともしない。
「は、離して下さい!もう銀ちゃんなんて知らない!」
「っんだよぉ、ちょ~っとチューしただけじゃねーか!そんなんでぷんすか怒るなんざ、ガキだぞガキ!銀さんの彼女なんだから、ちったぁ大人になれよなァ~!」
「~~~っ、ガ、ガキなのは銀ちゃんの方じゃないですか!勝手にこんな……ぁ、痕をつけて人に見せるなんて信じられないっ。こんな恥ずかしいことするなんて、いくら何でもおかしいよ!変態ッ!」
「はぁ~?全っ然おかしくありません~!いつどこで痕のひとつやふたつ付けよーと、お前は銀さんのモンなんだから、別に問題ありません~~~!!……っつーか、***が探してるコレだって、俺の痕つけてんのとおんなじよーなもんだろーが」
「えっ……!?こ、コレ!?コレってなんのこと!?も、もしかして他にも……私の知らないところに変な痕を残してるんですか!?」
不安になった***が眉間にシワを寄せて尋ねると、銀時は唇を尖らせて拗ねた表情になった。じとっとした目で***を睨みながら、ゆっくりした動きで着流しの袖に手を入れる。そしてそこから取り出されたものはやけに小さかった。よく見えずに何だか分からない***が「え?」と首を傾げていると、銀時は指でつまんだ小さなそれを「ん」っと差し出した。
———それは***がずっと探していた、指輪だった。
「へ、へぁぁああ!?な、なんで、どうして!!?」
「ちょっ、オイィィィ***、しっかりしろよ!!」
びっくりしすぎて***は腰を抜かしそうになった。膝がかくんとしてふらついた身体を、銀時が引き寄せて腰を抱いて支えてた。骨ばった親指と人さし指の間にちんまり収まっている指輪を、***はじぃっと見つめた。
———この金色の指輪は、光があたるとキラキラする指輪は、たしかに私の指輪だ!銀ちゃんにもらった、あの指輪!でも、だけど……、
「ど、して……赤い石、取れてたのに」
「あ?あぁ、これはぁ、」
割れて無くなったはずのプラスチックの赤い石が、元通りに直っていた。銀時に所詮オモチャだとさんざん馬鹿にされながらも、***が幾度も眺めたまがい物の宝石。それが今ではまるで、本物のルビーみたいに輝いている。驚愕のあまり***は呼吸すらできなかった。
「源外のジジイに頼んで直してもらった。喜んでっとこ悪いけど、この赤ぇの本物じゃないからね?これアレだよ?銀さんのぶっ壊れたバイクのブレーキランプの破片だよ?***の指輪だっつったら、ジジイがやけにやる気出して、直すのに時間かかったんだよ。どーせ子供だましのオモチャだってのに、どいつもこいつも必死になりやがって……ホラ***、さっさと手ぇ出せ」
「あっ……!」
唖然としていた***の左手を銀時がつかんで、その薬指に指輪をするりと通した。以前は緩かったリングがぴったりで、サイズまで直してくれたと分かった。
「ハイ、これで一生、***は銀さんのな」
「っっ……!ぎ、銀ちゃんっ、」
あのお祭りの夜と同じように、軽薄な声で発せられた言葉が***の心臓をきゅうっと締めつけた。はじめて指輪をもらった時以上の喜びが溢れて、こわした時の虚しさや失くした時の悲しみも全て消し去ってくれた。忘れていた呼吸を取り戻して、深く空気を吸ったら、***の胸いっぱいに嬉しい気持ちが広がった。
きらめく赤い宝石を見つめる瞳が熱くて、涙がじわっとにじんだ。左手を銀時の顔の横にかざすと、***はうるんだ瞳でふんわりと微笑みながら言った。
「子どもだましのオモチャでいい、だってこれ、」
———銀ちゃんの目とおんなじ色。キラキラしてすごく綺麗です……———
心のままに***がそう呟くと、銀時がハッと息を飲んだ。そしてみるみるうちに顔がかぁっと赤く染まる。それは***が初めてしっかりと見る銀時の赤面だった。
「あれ?銀ちゃん、お顔があか、」
「だぁぁぁああ!!おっ、お前なぁ~!!そーゆーこっ恥ずかしいことを、へらへらしながら何度も言うなっつってんだよ、コノヤロォォォォ!!!!!」
ふいっと顔を背けた銀時が「チッ」と舌打ちする。銀ちゃんもこんなに真っ赤になることがあるんだ。***が目を丸くしていると、伸びてきた手に腰をつかまれて引き寄せられた。
距離が近づくと同時に、かざしていた***の左手を大きな右手が包んだ。細い指の隙間にごつごつとした指が入りこんで絡まり合う。銀時の硬い指先が***の薬指と、そこにはめられた指輪をさらりと撫でた。そっぽを向いていた銀時が次に正面を向いた時にはもう、その顔は赤くなかった。いつもの死んだ魚のような目が嘘のように、真剣なまなざしが***を捕らえた。
「銀ちゃん……?」
「***、いつになるかは知らねぇが、こんなガキのオモチャじゃねぇ指輪をいつか、俺がここにはめてやるから。そん時までお前、ずっと俺のこと好きでいろよ」
「っ……!!そ、それって、銀ちゃん」
———それってなんかプロポーズみたいだよ……
その言葉はとても声に出せなかった。ただ口をあんぐり開けて固まった***を見下ろして、銀時は「その間抜けづらおもしれぇ」と静かに笑った。ほんのりと桃色に染まった***のほほを大きな手が包むと同時に、ゆっくりと顔が近づいていく。
あ、これドラマで見たことある、結婚式の誓いのキスみたい。ぼうっとする頭でそう思うと、***のまぶたは自然と閉じそうになった。だが、あと数センチで唇が触れるという瞬間、ふと我に返る。人通りの多い街中にいることを思い出した***はハッとして、大慌てで銀時の顔を両手でつかむと、ぐいっと押しとどめた。
「んあ゛あ゛!?っにすんだよ***~~~!!?」
「~~~~~っ、銀ちゃん、こ、ここ外だよ!!」
「はぁぁ!?外だからなんだよ!?もったいぶってねぇでチューぐらいさせろよなァァ~!!指輪直してやったんだからよォォォ!!」
「いやややや、こっ、こんな場所でダメだって!もしも知り合いにでも見られたら私たちどう思われるか、」
「***さん、大丈夫ですよ。僕たちはアンタらのこと、とっくにバカップルだと思ってるんで」
「「へっ!!!??」」
突然、すぐ近くで新八の声がして、銀時と***はもみ合う姿勢のまま動きを止めた。パッと横を向くと白けた顔の新八と定春がいた。その隣では怒りの形相の神楽が、指をバキバキ鳴らしながら銀時を睨んでいた。
「この腐れ天パァァァ!!***の指輪を持ってるって、なんでさっさと言わないアルかァァァ!!!」
「か、神楽ちゃん!?えっ!?もっ、もしかして新八くんと定春と三人で、私の指輪、探してくれたの!?」
***の問いに答えたのは神楽でも新八でもなく、その後ろから現れたお登勢だった。お登勢の横にはキャサリンとなぜか大江戸スーパーの店長や同僚たちが居た。
「この子らだけじゃなく、アタシ達も***ちゃんの指輪を探してたさ。どっかのバカが内緒で持ってるなんて、知りもしないでねぇ」
そう言ったお登勢にギロリと睨まれた銀時は「うげ」と苦い顔をする。弁解しようと口を開いた銀時を、背後から響いた「ヤダァ、パー子が持ってたの!?ママァ、パー子が犯人よ!!」という野太い声が遮った。振り返るとかまっ娘倶楽部のオカマ達がいて、さらにその後ろに怒りに震える西郷と、呆れ顔のヅラ子が立っていた。
「なっ……ヅラァ、テメェこりゃどーゆーことだ!?」
「銀時いやパー子、西郷殿が***殿の為ならと一緒に探してくれてな。まさかお前が持ってたなんて、ヅラ子びっくりなんですけどォ~!ヤダァ、ママァ~!!」
「パー子ォ、覚悟しなァァァァ!!!」
西郷の怒号に銀時が「ひぇっ」と青ざめる。恐縮した***がオカマ達に「私のせいですみません」と頭を下げていると「俺たちは***ちゃんのおかげで助かったけどなぁ」というのんきな声がした。オカマ達の後ろからぞろぞろと出てきたのは、ホームレス集団を率いる長谷川さんだった。
「見てくれよ銀さん!こんなにたんまり指輪やらネックレスやら拾ったんだ!肥溜めみてぇなこの街も、あんがい捨てたもんじゃねぇ。***ちゃん、ありがとな!!」
「は、長谷川さん、それに皆さんまで……」
長谷川さんと仲間たちは首や腕、頭にまでアクセサリーをつけていた。ほくほく顔で***に笑いかけるマダオ達を見て、銀時が叫んだ。
「いやだから!それ目的変わってんじゃねーか!」
「アラ銀さん、私の目的も今ちょうど変わって、***さんの指輪を探すことから、下劣な銀髪天パ野郎を抹殺することになったわよ?」
「おっ、お妙さんっ!?」
知らぬ間に横に立っていたお妙に***は飛びはねた。どす黒いニッコリ笑顔のお妙の後ろには、スナックすまいるのキャバ嬢たちがいて「アイツが黒幕らしいわよ」と咎めるような目で銀時を見た。
慌てて謝罪しようとした***をお妙が制して「***さんは悪くないわ。ぜ~んぶ銀さんが悪いの」と言う。その後ろから「全くお妙さんの言う通りだ!!!」と大通り中に届くような大声が響いた。
「こっ、近藤さんっ!?」
「いやぁ~、***ちゃん、大事な指輪が見つかってよかったなぁ。勲、嬉しい……ほんとに、勲、ぐずっ……」
大声の主は近藤だった。数台のパトカーが停まって真選組の隊士たちの姿も見える。近藤のかたわらには土方と沖田と山崎が立っていて、その制服は埃だらけだった。きょとんとした***が土方に問いかけた。
「土方さんたちまで、一体どうされたんですか?」
「ちげぇんだ***、別にお前の為とかじゃなく、お前の指輪を探せっつー近藤さんの命令でな……まぁ、なんだ、俺たちゃ大将に従っただけであって、」
「オイ、土方コノヤローが何かっこつけてんでぃ。廃墟のキャバクラを這いずり回って、いちばん必死こいて探してたのアンタじゃねーですかィ。***の前だからってすかしちまってダセェでさぁ」
「よ~し総悟、いったん黙って腹切ろうかァァァ!山崎テメェも一緒にだァァァ!!」
「え゛ぇ!?いや俺なんも言ってないじゃないですか!切腹すんなら俺じゃなくて旦那でしょ!!指輪持ってたくせに隠してたんですから!!」
山崎が叫びながら指をさすと、そこにいる全員の視線が、中央にいる銀時に集まった。あわあわした***が隣を見上げる。するとそこには全身から汗をダラダラ垂らしてガタガタ震える銀時が立っていた。知らぬ間に繋いでいた手からはものすごい手汗が出ていた。
———まさか、みんながこんなに探してくれるなんて……どうしよう、ど、土下座とかで許してもらえるかなぁ……?
十字路の真ん中に立ち尽くして***は考え込む。
通りの右側に神楽と新八と定春、それにお登勢とキャサリンと大江戸スーパーの同僚たち。左側にはヅラ子とかまっ娘倶楽部のオカマ達、そして長谷川さんとホームレス仲間。正面にはお妙とスナックすまいるのキャバ嬢たち、そして真選組の面々。
ほぼ全員が、青筋を立てて銀時を睨んでいた。
これは誠心誠意、謝るしかない!そう決心した***が地面に膝をつこうとした瞬間、急に強い力で手を後ろに引かれた。
「***っ、逃げるぞ!!!!!」
「えっ!!?ぎ、銀ちゃんっ!!!??」
銀時に引っぱられるがままに、***の身体は180度回転して、そのまますごい速さで駆けだした。
あまりに勢いよく銀時が走り出すから、***の足は一瞬ふわりと宙に浮いた。
「あっ!逃げたネ!!銀ちゃんッ、***を離すアル!!待てヨ、こんにゃろー!!!」
神楽の声で***は肩越しに振り返った。大勢の人たちが追いかけてくるのが見えてギョッとする。あわわ、とうろたえた***を横目に見た銀時が、足を止めずに大声でまくし立てた。
「オイィィィ!!***!お前のせーだから!お前が街中から好かれてるせーで、あんな怪物どもが寄ってたかって、銀さんをリンチしにきたんだからな!!銀ちゃんみたいになりた~い、とか可愛いこと言っといて、***の方が断然アイツらに慕われてんじゃねーかァァァ!!っつーか、どーすんのコレェェェ!?謝んのはぜってぇヤだけど、あんなヤツらと戦うには軍隊ひとつでも足りねぇよ!?えっ、俺、死ぬの!?アイツらに袋叩きにされて、憐れなボロ雑巾みてーになって死ぬの!?オイどーにかしてくれよ***!!お願いだから、300円あげるからァァァァァ!!!!!」
「ぎっ、銀ちゃん、あ、あの……っっ!!」
引きずられるように銀時と走りながら、***はもう一度後ろを振り返った。追いかけてくる人たちの表情をひとつひとつ見たら、胸が詰まってひと言も出せなくなってしまった。
———ねぇ銀ちゃん、皆、怒ってるけど楽しそうだよ?
まっすぐに銀時の背中に向かってくる神楽と新八と定春が見えた。家族を見つけた瞬間のような幸福が胸に溢れて、***は泣きそうになった。
鬼の形相で必死に走るお登勢とお妙が見えた。どんなに呆れて悪口を言ったって、本当に嫌いな人をあんなに一生懸命、追いかけたりしない。
女装のテロリストも、オカマもホームレスも、キャバ嬢も警察も一般市民もみんな一緒に駆ける姿を見たら、***はこの街の全てが愛おしくてたまらなくなった。
その気持ちを銀時に伝えたいのに、心が震えるせいで息もできない。
———ねぇ銀ちゃん……みんながこの指輪を探してくれたのは、これを私にくれたのが銀ちゃんだからだよ?みんな、他の誰でもなく、銀ちゃんを追いかけてるんだよ?あんな風に楽しそうなのは、みんな銀ちゃんが好きだからだよ?私も銀ちゃんが大好きだから分かるの……私にかぶき町を、この街の人たちを出会わせてくれたのは銀ちゃんだから。こんなに大切な宝物をくれたのは、他でもない銀ちゃんだから。皆に慕われて頼りにされる万事屋銀ちゃんを、ずっと近くで見てきたから———
「ぎ、銀ちゃんっ……ぎゅ、牛乳屋さん!牛乳屋さんに行きましょう!!そこで皆においしい牛乳をふるまえば、許して貰えるかも!ホラッ、イライラにはカルシウムって言うでしょう!?」
「はぁぁ!?それほんとだろーな!!?」
「ほっ、ほんとです、多分!!!」
多分かよ!と嘆きながら、銀時は走る足をニコニコ牛乳の方角に向けた。背後で新八の声が「銀さん!」と叫び、「ワンッ」という定春の鳴き声がした。追ってくる人たちの声や足音に耳を澄ます。少し前を走る銀時の横顔をじっと見つめていたら、急に***の視界では全てがスローモーションになった。
———お母さん、かぶき町での日々は、銀ちゃんや皆と共に生きる人生はとてもとても幸福です。私、牛乳を飲むみたいにこの幸福な人生を噛みしめて、何度も味わいたいって思うの。たまに大変なことはあるけれど、でもどんな時だって銀ちゃんは私に、鼻から吹き出そうなほど溢れんばかりの喜びや希望をくれるから……
前を行く大きな背中は、この背中さえ見失わなければ大丈夫だと、安心させてくれる。揺れる銀髪が陽の光でキラキラと輝くのがとても綺麗で目が離せない。一瞬だけこちらを振り向いた銀時のほほには汗が光る。さっき真剣な声で囁かれた言葉が、***の耳に蘇ってきた。
———こんなガキのオモチャじゃねぇ指輪をいつか、俺がここにはめてやるから。そん時までお前、ずっと俺のこと好きでいろよ———
そういえばちゃんと返事をしてなかった。そう思った瞬間、***の口から勝手に言葉が飛び出していた。
「銀ちゃんっ!あのっ、す、好き!大好き!!私、いつまでもずぅーーーっと、銀ちゃんのこと大好きですから!!!」
「はぁぁぁぁ!!?ちょ、おま、いきなり何だよ!!?こんな時に何のんきなこと言ってんだよ馬鹿!!!」
ごめん、とつぶやいた***が真っ赤な顔で笑うと、呆れた目をした銀時が繋いだ手を強く握り直した。
走る速度が増して、その手を強く引かれる。顔の高さまで上がるほど揺れた手の薬指で、銀時の瞳と同じ色の宝石がきらめいていた。はぁっ、と***が息を切らすと、急に銀時が身を寄せて肩がトンッとぶつかった。
視線がかち合った瞬間、低い声がぼそぼそと呟いた。
「あー……俺も、お前が好きだ」
「——っっ」
「分かったらもっと速く走れ!ついてこい***!!」
「う、うんっ!ちゃんと、ついていくよ銀ちゃん!!」
(ついていくから、この手を離さないでね)
うなずき合ってふたりで前を向く。一瞬も緩まない全力疾走はまるで風のような速さだ。どちらからともなく「ぷっ」と吹き出した銀時と***は、やがてげらげらと笑い出した。
おいしい牛乳を目指して、恋人たちは手を繋いで、かぶき町を駆けぬけていく。
愛しい仲間たちと一緒に、ふたり揃ってどこまでも幸せそうに、そしていつまでも永遠に。
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【(42)おいしい恋人】end
あなたに出会って すべて輝きはじめた
『おいしい牛乳(恋人)』end
***おわりに***
牛乳シリーズをお読み頂き、ありがとうございます。
この第3部で長篇は完結となります。第4部の予定は今のところありません。
今後は原作に沿った短篇や中篇等を中心に、牛乳シリーズの主人公と銀ちゃんのお話を執筆していく予定です。
2019年3月27日から書きはじめた長篇「牛乳シリーズ」を、ちょうど2年後の今日、完結させることができて本当に嬉しいです。長くお付き合い頂いた読者の方々に、心から感謝申し上げます。
本当にありがとうございました。
今後ともどうぞよろしくお願いいたします!
2021-03-27 おもち
窓ガラス越しにしか見たことのないカフェで、銀時と向き合う***はソワソワしていた。オシャレな店内は色鮮やかなスイーツと微笑みあう恋人たちで溢れていた。
ありふれた光景が***にとっては新鮮だろう。なんたってずっと来たがっていた喫茶店だから。
落ち着きなく周りをキョロキョロする***が、その日はじめて心から楽しそうな笑顔を浮かべた。ぐるりと巡らせた視線が正面の銀時に戻ると、ほころんだ唇から「ふふっ」と笑いが漏れる。銀時にとってはどんな景色よりも、***のころころと変わる表情の方がおもしろくて目が離せなかった。
「な~にガキみてぇなおもしれぇ顔してんだよ***」
憎まれ口を叩いても、ようやく***とふたりきりになれてホッとしていた。やっとデートらしい雰囲気だ。自分の彼女が他の男と仲睦まじくしている姿を見るのは胸くそ悪かった。だからこのカップルにうってつけの店でパフェを食べて、恋人らしくイチャついて彼氏としての矜持を保ちたい。
「それを言うなら銀ちゃんこそ、人のうなじに自分の名前を書くなんて、子どもっぽいイタズラしないでくださいよ!首の後ろなんて鏡でも見えないし、髪を結ったら“銀時”って皆に丸見えじゃないですか!もぉ~!恥ずかしぃぃぃ~!!」
「ぶッッッッッ!!!!!」
首のうしろのキスマークに***はまだ気づかない。
真選組の屯所からの道すがら、***は何度もそこに何があるのかと問い詰めた。だが銀時は「あー、油性ペンで銀時って書いてあんだよ。自分の持ちモンにはちゃんと名前書いとけって、母ちゃんに教わったろ?」と嘘っぱちでごまかした。そんなデタラメをあっさりと信じて、長い髪で隠した首元を恥ずかしげに撫でるから、銀時は思わず吹き出してしまう。
肩を震わせながら必死で笑いをこらえて、ふと窓の外に目をやる。店の前の通りに、どこか見覚えのある女が立ってこちらをじっと見ていた。
「あ……?おい、***、アイツ、」
「え?あっ……!あの子はあの時の!」
銀時が指さした方を***が振り返る。すると女はパッと顔を輝かせた。それは数週間前の拉致事件の時に、***が助けたキャバ嬢のひとりだった。ガラスに阻まれて声は聞こえないが、その口が何度も「***さん、ありがとう」と動いた。
わぁ、と感嘆の声を上げた***が手を大きく振ると、女はぺこりとお辞儀をして去っていった。
「なぁ、***さぁ、沖田くんの言ってた女といい、今のヤツといい、お前は一体何人のキャバ嬢とつるんでんだよ?そのノリでお前までキャバクラで働くとか言ったら銀さん怒るからね?友達が働いてるからって簡単に水商売なんかやっちゃダメだからね?そーゆーのお父さんは許さないよ?分かってますかァ~?」
「ヤダな銀ちゃん、私なんかキャバクラじゃ働けないよ。むしろ逆です逆!私が、あの子たちに、お仕事を紹介したんです!」
「はぁぁ?お前がアイツらに?なんで?」
あの事件の後のことを、***は銀時に語りだす。
大江戸警察で保護された被害者たちを訪ねたら、30人近い娘たちが貯金も仕事もなく困っていた。***は彼女たちの支援を引き受けることにして、まずはニコニコ牛乳と大江戸スーパーに数人を雇ってもらった。キャバクラでの復帰を望んだ子たちには、お妙の協力でスナックすまいるや系列店に再就職させた。
「みんな元の生活を取り戻せそうですよ、銀ちゃん!」
そう締めくくって心底嬉しそうに***が笑うと、呆気にとられた銀時はイスの背もたれからずるりと滑った。片手で頭を抱えて「はぁ~」と深い溜息を吐きながら口を開いた。
「っとに、***は世話焼きだよな~……あんとき出会っただけのヤツらなんざほっときゃいいのによ~。困ってるヤツ見つけるたんび、バカみてぇなお節介で誰かれ構わず助けてたら、お前またぶっ倒れるぞマジで」
「あははっ、そのセリフはそのまま銀ちゃんに返します。だって私はただ、」
ふと口をつぐんだ***が気まずそうに髪を耳にかけた。少しうつむいて上目づかいで銀時を見つめる。もじもじと言い淀んでから、薄桃色の唇が遠慮がちに呟いた。
「私はただ、銀ちゃんならどうするかなって思っただけです。目の前で誰かが困ってたら、銀ちゃんなら手を差し伸べるって知ってるから、だから私も出来ることをしたかったの。誰かれ構わず助けちゃう銀ちゃんに、ふさわしい自分にいつかなりたいから……街中に慕われて頼りにされてる万事屋銀ちゃんが私の目標だから……だから私も銀ちゃんのまねをして、バカみたいなお節介を焼いてみたんです!」
「んなっ……だ、誰がバカみてぇなお節介だゴラァァァ!こちとらそれが商売でやってんだっつーの!!ガキが生意気言いやがって!!!」
ふにゃふにゃと微笑みながら***が発した言葉は、銀時には照れくさかった。澄みきった瞳でまっすぐ「銀ちゃんが私の目標」なんて言われて嬉しくないわけがない。いつもなら得意げになって喜ぶはずが、喜びを上まわる恥ずかしさで銀時の顔はサッと赤らんだ。それを見られないよう慌てて両手を伸ばすと、***の頭を撫でて髪をぐしゃぐしゃにした。
「やめてよ!」「やめねーよ!」とカフェでデート中とは思えないほど、うるさく騒ぐふたりのもとに店員がふたつのパフェを運んできた。
「お待たせいたしました!えーと、レインボータワーパフェが彼女さんのご注文で、彼氏さんがメガスペシャルチョコサンデーでお間違いないでしょうか?」
「はっ!?……ぁッ!は、はいっ!!」
乱れた髪のまま***が店員を見上げて、一瞬ぽかんとする。返事をしながらそのほっぺたがぼわわっと赤く染まった。付き合ってかなり経つのに、***はまだ他人に銀時の彼女と呼ばれることに慣れない。いつまでも初心な女に呆れて、どうからかってやろうかと銀時はニヤついていた。だが***は店員が立ち去ると、ほほを朱色に染めたままで銀時をじっと見つめて言った。
「ぎ、銀ちゃん、このパフェは一緒に食べましょうね?だって、ゎ、私たちは、か、彼氏と彼女だから!」
「んぶっ……!お前、なんつー顔してんだよ!茹でダコみてーになってまでわざわざ言うことじゃねーだろ、そんなこと!!」
「~~~~~ッ、でも、ほんとのことだもん!それにこんな大きなパフェ、ひとりじゃ食べきれないから……」
もごもごと言って照れた***が、大きなパフェグラスに隠れるように縮こまった。カラフルなパフェ越しに真っ赤な顔がちらちら揺れるのがおかしくて、銀時はくつくつと笑った。
チョコサンデーのアイスを銀時がぱくりと食べると、***もレインボーパフェのクリームをスプーンですくって口に入れた。ふたり同時に「んんっ!」と目を見開く。アイスを含んだままの口を行儀悪く開いて、先に叫んだのは銀時だった。
「うんまァァァ!なにコレ!やだコレ!めっさうまいんですけど!ごっさ甘いんですけどォ!自分だけは娘に嫌われないと思ってるお父さんの考え並みに、甘すぎるんですけどォォォ!!オイ***ッ、オメーもこれ食ってみろよ!!!」
「まっ、待って銀ちゃん!こっちのパフェもすっごくおいしいです!このクリーム綿あめみたいにフワフワで、なんか色んな味がします!こんなの初めて!!銀ちゃんも食べてみてください!!!」
互いのスプーンですくって食べさせ合う。チョコアイスを食べた***は両手でほほを押さえて「おいひぃ!」とふやけた顔をした。それを見てゲラゲラと笑った銀時も、カラフルなクリームを口にすると「っんだコレ!?すっげぇうめぇ!!」と少年のように目を輝かせた。
満席の喫茶店で、どの恋人たちよりも明るくはしゃいでいたのが***と銀時だった。
パフェを食べ終えたふたりは店を出て、通りを歩きはじめた。念願のカフェがよほど気に入ったのか、***はずっとニコニコして銀時に喋りかけ続けた。
「レインボーパフェ、色んな味がしましたね!イチゴとブドウのアイスおいしかったなぁ。クリームはキャラメルやバニラの味がしたし。いろんな甘いものを一度に食べたみたいで、なんだか得しちゃった気分!あ、銀ちゃんはどの味が好きでしたか?どの味をもう一度食べたいですか?」
さっきまで落ち込んでいたのが嘘のように、ご機嫌に問いかける。まるで春が来たみたいな温かい笑顔は、頭のてっぺんから花でも咲きそうなほど幸せに満ちていた。それをぼうっと見ていた銀時は、無性に***に触れたくてたまらなくなった。
———あ゛ー……やべぇな、1回ヤッて味をしめちまったから、最近歯止めがきかねぇんだよ。オイオイ俺は発情期かっつーの……そーだよ発情期だよ、悪ぃかバカヤロー!そりゃ銀さんだって健康な男の子だし?半年も我慢したしぃ?目の前でこ~んな可愛い顔する***がいけねぇんだしぃ~?手のひとつやふたつ、軽率に出ちまったってしょーがねぇだろーがァァァ!!
心の中で叫びながら、横目で***をうかがう。大きな黒目が輝くのを見ると、情事のさなかの涙ぐんで艶めいた眼差しを思い出してしまう。「あれ銀ちゃん?聞いてますか?」と動いた桜色の唇は、さっき食べたパフェの生クリームよりずっと柔らかくて、もっと甘いことをとっくに知っている。銀時はごくっと唾を飲んだ。
「どの味って……そりゃー決まってんだろ」
「あ、イチゴのアイス?銀ちゃんイチゴ好きだもんね」
へらっと笑った***の腕を掴んで、強く引っぱる。よろけた身体をうけとめて肩を抱く。そのまま目に入った路地へと引きずり込んだ。「うわわ!?」と驚いている***の背中を、誰もいない路地裏の壁に抑えつけて、身体に腕を回すと思い切り抱きしめた。
「や、銀ちゃ、なっ、なに!?」
急な密着に驚いて***の顔が真っ赤に染まった。
ほっぺたに片手を添えると、ヤケドしそうなほど熱かった。口をぱくぱくさせて戸惑う顔を上に向けて、至近距離で見つめ合う。親指の先で小さな唇をふにふにと押しながら、銀時はにんまり笑った。
「俺がどの味が好きかだって?んなもんお前は知ってんだろーが。俺がもっぺん食いてぇ味はな……***の味に決まってんだよ」
「な、なに言って、んんっ——!?」
ぱくっと音がするほど勢いよく唇に噛みつく。下唇に軽く歯を立てると、ふっくらした弾力が心地よかった。震える上唇をぺろりと舐めたら、そこにはまだパフェの甘さが残っていた。口づけたままで銀時が「キャラメル味」とニヤけて囁くと、真っ赤な顔がますます熱を持った。
「んぁっ……ひ、ぁ……っ、」
何度も噛んでこじ開けた唇の隙間に、舌をするりとさし込む。薄い肩がびくっとして***は身体をこわばらせた。壁に抑えつけた***の華奢な全身が、銀時の腕にすっぽりと覆われる。逃げ場のない***が黒いシャツの胸元をぎゅっと握って、すがりついてきた。
もっといやらしいことだってしたことがあるのに、キスでさえ必死なところが愛らしい。初心な***の弱いところは知り尽くしてる。頬の内側にべろりと舌を這わせて、上顎の奥の方を尖らせた舌先でくすぐるようになぞる。すると涙目の瞳があっという間にとろんとした。後頭部をつかむ手を下げてうなじを撫でたら、細いノドがぶるりと震えて「んぁッ」と喘いだ。わずかな唇の隙間から、***の泣きそうな声がこぼれた。
「ふっ、ぁ、は……ゃ、ぎ、っちゃ、ぁ、」
「んー……ははっ、すっげぇやらしい顔……***の口んなか、めっさ甘くてごっさうめぇー……イチゴとブドウとチョコの味がすらぁ。一度にいろんな味食えて確かに得した気分だわ。なぁ、だからさ、***、もっかい食っていー?おかわりしていー?」
「やめ、ちょっ、と、こんなとこで、」
ダメだよっ、と叫んだ声をすぐに飲み込む。再び口付けると、さっきよりもっと強く唇を押し付けた。顔を斜めにかしげて、うんと深くまで舌をもぐりこませる。口のずっと奥で縮こまる***の舌に無理やり絡めると、そこに残るバニラや綿あめに似た甘さを、ねぶりとった。いつもより赤く色づいた***の唇の端から、どちらのものか分からない唾液が垂れた。
「ぁ、ぅあっ……っ、んんッ!?」
薄水色の着物の上を大きな手が滑っていき、小さな尻に辿りつく。服の上からさわさわと撫でたら、目を見開いた***が銀時の胸を両手で押した。それを押し返すように体重をかけた銀時が、もう一方の手を首筋から胸元へと這わせていく。ささやかな胸の膨らみを、布の上からゆるゆると揉みしだいた。
「っっ、」と息を飲んだ***が目をぎゅっと閉じて、まぶたまで朱色に染まったと同時に銀時は唇を離した。
「はぁっ、ぁ、ゃ、やだッ、ぎ、ちゃ、ダメッ」
「ダメじゃねぇくせに、うるうるした目で先に誘ってきたのそっちだろーが。オラ、ちょっと横向けって」
浅い息で喘ぎながら震える***の顎をつかんで、くいっと横に向ける。首筋に顔を寄せて襟の合わせに指をさし込む。ぐいっと開いた胸元で鎖骨のすぐ下に唇をくっつけた。ジリッと音がするほど強く吸うと、白い肌にイチゴのような赤い鬱血の痕がついた。顔を離した銀時は咲いたばかりの赤い花を指先で撫でながら、***の耳元で熱っぽい声を吐いた。
「ホラこれが、***は銀さんのって印だよ……ちゃぁんと油性ペンで書いとかねーと、消えちまうだろ?」
「っ……な、なに、———あっっ!?」
真っ赤だった***の顔が一瞬で青ざめる。小さな手がとっさにうなじを押さえた。それを眺める銀時の顔は楽しそうにニヤついて、まるでイタズラ好きの悪ガキのよう。愉快でしかたなさそうな赤い瞳と見つめ合った瞬間、***は自分のうなじにあるのがキスマークだと気づいた。それを真選組の面々に見られたと知って絶句する。そして頭のてっぺんからつま先まで真っ赤になると、わなわなと震え出した。
「ぎぎぎぎぎっ……銀ちゃんのバカァァァ!!!」
「うおッ!?痛っ、イテイテイテ!やめろよ***!!」
振り上げたこぶしで銀時の頭をぽかりと殴る。一度ではおさまらずポカポカと何度も。あまりの恥ずかしさに「うわぁん」と情けない声をあげて、駆け出した***は路地を抜けた。大きな通りの十字路に出た時、追ってきた銀時に後ろから左腕をつかまれ引き止められた。ぶんぶんと腕を揺すって振り払おうとしたが、大きな手はびくともしない。
「は、離して下さい!もう銀ちゃんなんて知らない!」
「っんだよぉ、ちょ~っとチューしただけじゃねーか!そんなんでぷんすか怒るなんざ、ガキだぞガキ!銀さんの彼女なんだから、ちったぁ大人になれよなァ~!」
「~~~っ、ガ、ガキなのは銀ちゃんの方じゃないですか!勝手にこんな……ぁ、痕をつけて人に見せるなんて信じられないっ。こんな恥ずかしいことするなんて、いくら何でもおかしいよ!変態ッ!」
「はぁ~?全っ然おかしくありません~!いつどこで痕のひとつやふたつ付けよーと、お前は銀さんのモンなんだから、別に問題ありません~~~!!……っつーか、***が探してるコレだって、俺の痕つけてんのとおんなじよーなもんだろーが」
「えっ……!?こ、コレ!?コレってなんのこと!?も、もしかして他にも……私の知らないところに変な痕を残してるんですか!?」
不安になった***が眉間にシワを寄せて尋ねると、銀時は唇を尖らせて拗ねた表情になった。じとっとした目で***を睨みながら、ゆっくりした動きで着流しの袖に手を入れる。そしてそこから取り出されたものはやけに小さかった。よく見えずに何だか分からない***が「え?」と首を傾げていると、銀時は指でつまんだ小さなそれを「ん」っと差し出した。
———それは***がずっと探していた、指輪だった。
「へ、へぁぁああ!?な、なんで、どうして!!?」
「ちょっ、オイィィィ***、しっかりしろよ!!」
びっくりしすぎて***は腰を抜かしそうになった。膝がかくんとしてふらついた身体を、銀時が引き寄せて腰を抱いて支えてた。骨ばった親指と人さし指の間にちんまり収まっている指輪を、***はじぃっと見つめた。
———この金色の指輪は、光があたるとキラキラする指輪は、たしかに私の指輪だ!銀ちゃんにもらった、あの指輪!でも、だけど……、
「ど、して……赤い石、取れてたのに」
「あ?あぁ、これはぁ、」
割れて無くなったはずのプラスチックの赤い石が、元通りに直っていた。銀時に所詮オモチャだとさんざん馬鹿にされながらも、***が幾度も眺めたまがい物の宝石。それが今ではまるで、本物のルビーみたいに輝いている。驚愕のあまり***は呼吸すらできなかった。
「源外のジジイに頼んで直してもらった。喜んでっとこ悪いけど、この赤ぇの本物じゃないからね?これアレだよ?銀さんのぶっ壊れたバイクのブレーキランプの破片だよ?***の指輪だっつったら、ジジイがやけにやる気出して、直すのに時間かかったんだよ。どーせ子供だましのオモチャだってのに、どいつもこいつも必死になりやがって……ホラ***、さっさと手ぇ出せ」
「あっ……!」
唖然としていた***の左手を銀時がつかんで、その薬指に指輪をするりと通した。以前は緩かったリングがぴったりで、サイズまで直してくれたと分かった。
「ハイ、これで一生、***は銀さんのな」
「っっ……!ぎ、銀ちゃんっ、」
あのお祭りの夜と同じように、軽薄な声で発せられた言葉が***の心臓をきゅうっと締めつけた。はじめて指輪をもらった時以上の喜びが溢れて、こわした時の虚しさや失くした時の悲しみも全て消し去ってくれた。忘れていた呼吸を取り戻して、深く空気を吸ったら、***の胸いっぱいに嬉しい気持ちが広がった。
きらめく赤い宝石を見つめる瞳が熱くて、涙がじわっとにじんだ。左手を銀時の顔の横にかざすと、***はうるんだ瞳でふんわりと微笑みながら言った。
「子どもだましのオモチャでいい、だってこれ、」
———銀ちゃんの目とおんなじ色。キラキラしてすごく綺麗です……———
心のままに***がそう呟くと、銀時がハッと息を飲んだ。そしてみるみるうちに顔がかぁっと赤く染まる。それは***が初めてしっかりと見る銀時の赤面だった。
「あれ?銀ちゃん、お顔があか、」
「だぁぁぁああ!!おっ、お前なぁ~!!そーゆーこっ恥ずかしいことを、へらへらしながら何度も言うなっつってんだよ、コノヤロォォォォ!!!!!」
ふいっと顔を背けた銀時が「チッ」と舌打ちする。銀ちゃんもこんなに真っ赤になることがあるんだ。***が目を丸くしていると、伸びてきた手に腰をつかまれて引き寄せられた。
距離が近づくと同時に、かざしていた***の左手を大きな右手が包んだ。細い指の隙間にごつごつとした指が入りこんで絡まり合う。銀時の硬い指先が***の薬指と、そこにはめられた指輪をさらりと撫でた。そっぽを向いていた銀時が次に正面を向いた時にはもう、その顔は赤くなかった。いつもの死んだ魚のような目が嘘のように、真剣なまなざしが***を捕らえた。
「銀ちゃん……?」
「***、いつになるかは知らねぇが、こんなガキのオモチャじゃねぇ指輪をいつか、俺がここにはめてやるから。そん時までお前、ずっと俺のこと好きでいろよ」
「っ……!!そ、それって、銀ちゃん」
———それってなんかプロポーズみたいだよ……
その言葉はとても声に出せなかった。ただ口をあんぐり開けて固まった***を見下ろして、銀時は「その間抜けづらおもしれぇ」と静かに笑った。ほんのりと桃色に染まった***のほほを大きな手が包むと同時に、ゆっくりと顔が近づいていく。
あ、これドラマで見たことある、結婚式の誓いのキスみたい。ぼうっとする頭でそう思うと、***のまぶたは自然と閉じそうになった。だが、あと数センチで唇が触れるという瞬間、ふと我に返る。人通りの多い街中にいることを思い出した***はハッとして、大慌てで銀時の顔を両手でつかむと、ぐいっと押しとどめた。
「んあ゛あ゛!?っにすんだよ***~~~!!?」
「~~~~~っ、銀ちゃん、こ、ここ外だよ!!」
「はぁぁ!?外だからなんだよ!?もったいぶってねぇでチューぐらいさせろよなァァ~!!指輪直してやったんだからよォォォ!!」
「いやややや、こっ、こんな場所でダメだって!もしも知り合いにでも見られたら私たちどう思われるか、」
「***さん、大丈夫ですよ。僕たちはアンタらのこと、とっくにバカップルだと思ってるんで」
「「へっ!!!??」」
突然、すぐ近くで新八の声がして、銀時と***はもみ合う姿勢のまま動きを止めた。パッと横を向くと白けた顔の新八と定春がいた。その隣では怒りの形相の神楽が、指をバキバキ鳴らしながら銀時を睨んでいた。
「この腐れ天パァァァ!!***の指輪を持ってるって、なんでさっさと言わないアルかァァァ!!!」
「か、神楽ちゃん!?えっ!?もっ、もしかして新八くんと定春と三人で、私の指輪、探してくれたの!?」
***の問いに答えたのは神楽でも新八でもなく、その後ろから現れたお登勢だった。お登勢の横にはキャサリンとなぜか大江戸スーパーの店長や同僚たちが居た。
「この子らだけじゃなく、アタシ達も***ちゃんの指輪を探してたさ。どっかのバカが内緒で持ってるなんて、知りもしないでねぇ」
そう言ったお登勢にギロリと睨まれた銀時は「うげ」と苦い顔をする。弁解しようと口を開いた銀時を、背後から響いた「ヤダァ、パー子が持ってたの!?ママァ、パー子が犯人よ!!」という野太い声が遮った。振り返るとかまっ娘倶楽部のオカマ達がいて、さらにその後ろに怒りに震える西郷と、呆れ顔のヅラ子が立っていた。
「なっ……ヅラァ、テメェこりゃどーゆーことだ!?」
「銀時いやパー子、西郷殿が***殿の為ならと一緒に探してくれてな。まさかお前が持ってたなんて、ヅラ子びっくりなんですけどォ~!ヤダァ、ママァ~!!」
「パー子ォ、覚悟しなァァァァ!!!」
西郷の怒号に銀時が「ひぇっ」と青ざめる。恐縮した***がオカマ達に「私のせいですみません」と頭を下げていると「俺たちは***ちゃんのおかげで助かったけどなぁ」というのんきな声がした。オカマ達の後ろからぞろぞろと出てきたのは、ホームレス集団を率いる長谷川さんだった。
「見てくれよ銀さん!こんなにたんまり指輪やらネックレスやら拾ったんだ!肥溜めみてぇなこの街も、あんがい捨てたもんじゃねぇ。***ちゃん、ありがとな!!」
「は、長谷川さん、それに皆さんまで……」
長谷川さんと仲間たちは首や腕、頭にまでアクセサリーをつけていた。ほくほく顔で***に笑いかけるマダオ達を見て、銀時が叫んだ。
「いやだから!それ目的変わってんじゃねーか!」
「アラ銀さん、私の目的も今ちょうど変わって、***さんの指輪を探すことから、下劣な銀髪天パ野郎を抹殺することになったわよ?」
「おっ、お妙さんっ!?」
知らぬ間に横に立っていたお妙に***は飛びはねた。どす黒いニッコリ笑顔のお妙の後ろには、スナックすまいるのキャバ嬢たちがいて「アイツが黒幕らしいわよ」と咎めるような目で銀時を見た。
慌てて謝罪しようとした***をお妙が制して「***さんは悪くないわ。ぜ~んぶ銀さんが悪いの」と言う。その後ろから「全くお妙さんの言う通りだ!!!」と大通り中に届くような大声が響いた。
「こっ、近藤さんっ!?」
「いやぁ~、***ちゃん、大事な指輪が見つかってよかったなぁ。勲、嬉しい……ほんとに、勲、ぐずっ……」
大声の主は近藤だった。数台のパトカーが停まって真選組の隊士たちの姿も見える。近藤のかたわらには土方と沖田と山崎が立っていて、その制服は埃だらけだった。きょとんとした***が土方に問いかけた。
「土方さんたちまで、一体どうされたんですか?」
「ちげぇんだ***、別にお前の為とかじゃなく、お前の指輪を探せっつー近藤さんの命令でな……まぁ、なんだ、俺たちゃ大将に従っただけであって、」
「オイ、土方コノヤローが何かっこつけてんでぃ。廃墟のキャバクラを這いずり回って、いちばん必死こいて探してたのアンタじゃねーですかィ。***の前だからってすかしちまってダセェでさぁ」
「よ~し総悟、いったん黙って腹切ろうかァァァ!山崎テメェも一緒にだァァァ!!」
「え゛ぇ!?いや俺なんも言ってないじゃないですか!切腹すんなら俺じゃなくて旦那でしょ!!指輪持ってたくせに隠してたんですから!!」
山崎が叫びながら指をさすと、そこにいる全員の視線が、中央にいる銀時に集まった。あわあわした***が隣を見上げる。するとそこには全身から汗をダラダラ垂らしてガタガタ震える銀時が立っていた。知らぬ間に繋いでいた手からはものすごい手汗が出ていた。
———まさか、みんながこんなに探してくれるなんて……どうしよう、ど、土下座とかで許してもらえるかなぁ……?
十字路の真ん中に立ち尽くして***は考え込む。
通りの右側に神楽と新八と定春、それにお登勢とキャサリンと大江戸スーパーの同僚たち。左側にはヅラ子とかまっ娘倶楽部のオカマ達、そして長谷川さんとホームレス仲間。正面にはお妙とスナックすまいるのキャバ嬢たち、そして真選組の面々。
ほぼ全員が、青筋を立てて銀時を睨んでいた。
これは誠心誠意、謝るしかない!そう決心した***が地面に膝をつこうとした瞬間、急に強い力で手を後ろに引かれた。
「***っ、逃げるぞ!!!!!」
「えっ!!?ぎ、銀ちゃんっ!!!??」
銀時に引っぱられるがままに、***の身体は180度回転して、そのまますごい速さで駆けだした。
あまりに勢いよく銀時が走り出すから、***の足は一瞬ふわりと宙に浮いた。
「あっ!逃げたネ!!銀ちゃんッ、***を離すアル!!待てヨ、こんにゃろー!!!」
神楽の声で***は肩越しに振り返った。大勢の人たちが追いかけてくるのが見えてギョッとする。あわわ、とうろたえた***を横目に見た銀時が、足を止めずに大声でまくし立てた。
「オイィィィ!!***!お前のせーだから!お前が街中から好かれてるせーで、あんな怪物どもが寄ってたかって、銀さんをリンチしにきたんだからな!!銀ちゃんみたいになりた~い、とか可愛いこと言っといて、***の方が断然アイツらに慕われてんじゃねーかァァァ!!っつーか、どーすんのコレェェェ!?謝んのはぜってぇヤだけど、あんなヤツらと戦うには軍隊ひとつでも足りねぇよ!?えっ、俺、死ぬの!?アイツらに袋叩きにされて、憐れなボロ雑巾みてーになって死ぬの!?オイどーにかしてくれよ***!!お願いだから、300円あげるからァァァァァ!!!!!」
「ぎっ、銀ちゃん、あ、あの……っっ!!」
引きずられるように銀時と走りながら、***はもう一度後ろを振り返った。追いかけてくる人たちの表情をひとつひとつ見たら、胸が詰まってひと言も出せなくなってしまった。
———ねぇ銀ちゃん、皆、怒ってるけど楽しそうだよ?
まっすぐに銀時の背中に向かってくる神楽と新八と定春が見えた。家族を見つけた瞬間のような幸福が胸に溢れて、***は泣きそうになった。
鬼の形相で必死に走るお登勢とお妙が見えた。どんなに呆れて悪口を言ったって、本当に嫌いな人をあんなに一生懸命、追いかけたりしない。
女装のテロリストも、オカマもホームレスも、キャバ嬢も警察も一般市民もみんな一緒に駆ける姿を見たら、***はこの街の全てが愛おしくてたまらなくなった。
その気持ちを銀時に伝えたいのに、心が震えるせいで息もできない。
———ねぇ銀ちゃん……みんながこの指輪を探してくれたのは、これを私にくれたのが銀ちゃんだからだよ?みんな、他の誰でもなく、銀ちゃんを追いかけてるんだよ?あんな風に楽しそうなのは、みんな銀ちゃんが好きだからだよ?私も銀ちゃんが大好きだから分かるの……私にかぶき町を、この街の人たちを出会わせてくれたのは銀ちゃんだから。こんなに大切な宝物をくれたのは、他でもない銀ちゃんだから。皆に慕われて頼りにされる万事屋銀ちゃんを、ずっと近くで見てきたから———
「ぎ、銀ちゃんっ……ぎゅ、牛乳屋さん!牛乳屋さんに行きましょう!!そこで皆においしい牛乳をふるまえば、許して貰えるかも!ホラッ、イライラにはカルシウムって言うでしょう!?」
「はぁぁ!?それほんとだろーな!!?」
「ほっ、ほんとです、多分!!!」
多分かよ!と嘆きながら、銀時は走る足をニコニコ牛乳の方角に向けた。背後で新八の声が「銀さん!」と叫び、「ワンッ」という定春の鳴き声がした。追ってくる人たちの声や足音に耳を澄ます。少し前を走る銀時の横顔をじっと見つめていたら、急に***の視界では全てがスローモーションになった。
———お母さん、かぶき町での日々は、銀ちゃんや皆と共に生きる人生はとてもとても幸福です。私、牛乳を飲むみたいにこの幸福な人生を噛みしめて、何度も味わいたいって思うの。たまに大変なことはあるけれど、でもどんな時だって銀ちゃんは私に、鼻から吹き出そうなほど溢れんばかりの喜びや希望をくれるから……
前を行く大きな背中は、この背中さえ見失わなければ大丈夫だと、安心させてくれる。揺れる銀髪が陽の光でキラキラと輝くのがとても綺麗で目が離せない。一瞬だけこちらを振り向いた銀時のほほには汗が光る。さっき真剣な声で囁かれた言葉が、***の耳に蘇ってきた。
———こんなガキのオモチャじゃねぇ指輪をいつか、俺がここにはめてやるから。そん時までお前、ずっと俺のこと好きでいろよ———
そういえばちゃんと返事をしてなかった。そう思った瞬間、***の口から勝手に言葉が飛び出していた。
「銀ちゃんっ!あのっ、す、好き!大好き!!私、いつまでもずぅーーーっと、銀ちゃんのこと大好きですから!!!」
「はぁぁぁぁ!!?ちょ、おま、いきなり何だよ!!?こんな時に何のんきなこと言ってんだよ馬鹿!!!」
ごめん、とつぶやいた***が真っ赤な顔で笑うと、呆れた目をした銀時が繋いだ手を強く握り直した。
走る速度が増して、その手を強く引かれる。顔の高さまで上がるほど揺れた手の薬指で、銀時の瞳と同じ色の宝石がきらめいていた。はぁっ、と***が息を切らすと、急に銀時が身を寄せて肩がトンッとぶつかった。
視線がかち合った瞬間、低い声がぼそぼそと呟いた。
「あー……俺も、お前が好きだ」
「——っっ」
「分かったらもっと速く走れ!ついてこい***!!」
「う、うんっ!ちゃんと、ついていくよ銀ちゃん!!」
(ついていくから、この手を離さないでね)
うなずき合ってふたりで前を向く。一瞬も緩まない全力疾走はまるで風のような速さだ。どちらからともなく「ぷっ」と吹き出した銀時と***は、やがてげらげらと笑い出した。
おいしい牛乳を目指して、恋人たちは手を繋いで、かぶき町を駆けぬけていく。
愛しい仲間たちと一緒に、ふたり揃ってどこまでも幸せそうに、そしていつまでも永遠に。
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【(42)おいしい恋人】end
あなたに出会って すべて輝きはじめた
『おいしい牛乳(恋人)』end
***おわりに***
牛乳シリーズをお読み頂き、ありがとうございます。
この第3部で長篇は完結となります。第4部の予定は今のところありません。
今後は原作に沿った短篇や中篇等を中心に、牛乳シリーズの主人公と銀ちゃんのお話を執筆していく予定です。
2019年3月27日から書きはじめた長篇「牛乳シリーズ」を、ちょうど2年後の今日、完結させることができて本当に嬉しいです。長くお付き合い頂いた読者の方々に、心から感謝申し上げます。
本当にありがとうございました。
今後ともどうぞよろしくお願いいたします!
2021-03-27 おもち
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