銀ちゃんの愛する女の子
おいしい牛乳(恋人)
おなまえをどうぞ
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【(29)みたらしとプリン】
「ちょっとぉぉぉ〜、総一郎く~ん、君んとこの女たらしの上司、どーにかしてくんなーい!?いや、男所帯の君たちが女に飢えてんのは分かるよ?汗くせぇ野郎だらけのむさ苦しいトコに押し込められて、そりゃムラムラするだろうさ。でも、だからって、ひとの女に手ぇ出しちゃダメだよね?***にちょっかい出してくる副長さんは、得意の切腹でもした方がいいんじゃねぇの?まぁ、***は全く気づいてねぇけど。アイツ俺にしか興味ねぇし、全然なびかねぇけどぉ~。可愛い彼女をマヨ臭ぇ手でベタベタ触られて、胸くそ悪いったらありゃしねぇ。なぁ聞いてる?総一郎くん」
「総悟でさぁ、旦那、すいませんが俺ァ仕事中で忙しいんで、耳元ででっけぇ声で騒ぐの止めてもらえやす?それと土方コノヤローはいずれ殺すつもりですがね、あの人と***のこたァ何も知らねーんで、俺に言われたって困りまさぁ」
「いや、どこが仕事中?どこが忙しい?完全にさっきまで寝てたよね?鼻ちょうちん出していびきかいてたよねェェェ?困ってんのはこっちだよ。***が高そうな服着てっから、問い詰めたら真選組に買ってもらったっつーじゃねぇか。土方くんの手紙読んだけど、アレなんて書いてあんのか分かんねーんだよ!君たち何なの?金チラつかせりゃ女が手に入るとでも思ってんの?あいにくウチの***はそこいらの尻軽とちげぇから。銀さんひと筋だから。モノ贈ったって金貢いだって無駄だからァァァ!!!」
冬の寒さが和らいだ昼下がり。かぶき町の団子屋に珍しい組み合わせの顔が並んだ。店先の長椅子で昼寝をしていた沖田に、銀時から声を掛けた。アイマスクを外した沖田の隣に座ると店員がやってきて「はい銀さん、いつものね」と3本セットのみたらし団子を、ふたりの間に置いた。団子に噛り付くや否や、銀時はマシンガンのように騒がしく喋り出す。寝起きの沖田は涼しい顔で、その話を右から左に聞き流していた。
「旦那ァ、土方さんはただ***の世話を焼きてぇだけでさぁ。江戸に出てきて随分経つのに、いつまでも世間擦れしねぇ娘が物珍しくて心配なんでしょうよ。あ、そーだ、女たらしって言やぁ旦那こそ、こないだやけに派手な女と茶ァしばいてたじゃねーですか。彼女がいんのに他の女と白昼堂々、カフェで乳繰り合うたぁ旦那もすみにおけねぇや」
「はぁ?何言ってんの?アレただの仕事だし。一緒にいたのも依頼人だし。ギャーギャー泣きわめく客で、俺もうんざりしてんだっつーの。そういや沖田くん、あんとき***と一緒にいたよね?アイツなんか変なこと言ってなかった?真っ青んなって逃げたくせに、そのあとケロッとした顔で「銀ちゃん、お疲れさま~」とか言って帰ってきやがってさ……なーなー、どー思う?アイツも俺のこと疑ってると思う?」
もぐもぐと団子を食べながら、さりげなく尋ねる。
横目で見た沖田は団子の皿をぼーっと見て、何も言わない。なんか言えよと急かしたくなるのは、あの日のカフェの窓越しに見た***の顔が、頭にこびりついて離れないから。一週間前の出来事が、ついさっきのことのように脳裏によみがえってくる。
カフェで一緒にいたのは姫子だった。泣きながら相談に乗ってほしいと電話がきて、あの店に呼び出された。わざわざ言う必要もないと思い、***には言わなかった。まさかあんなことになるとは予想もせずに。
ガラスの向こうの***はひどく青ざめていた。
怒っているのか哀しんでいるのか分からない顔で、見開かれた大きな瞳だけが不安そうに揺れていた。駆け出した***を慌てて追いかけたのに、小動物のようにちょこまかと走る背中を見失った。街中を走り回り、血眼で探したが見つからず、万策尽きてアパートのドアを叩いていたら、背後から***の声がした。
「銀ちゃんッッッ!!!」
ふり返った銀時が驚きに固まっていると、息を弾ませた***が懐に飛び込んできた。汗まみれの黒いシャツの胸元に***は顔をうずめて、背中に両腕を回してぎゅうっと抱きついてきた。
「なっ……んなんだよオメーはぁ!?っんで逃げてんだよ!?***、なんか勘違いしてんだろ?俺が浮気したとか疑ってんだろ?ったく、なにをどう考えたらそーなんだよ。あの女とは何もねーから!仕事だから!っとに、いい加減にしろよ***~、そんなんでぴーぴー騒ぐから、お前はガキなんだよ!っつーか、***のせいで、銀さんパフェ食べ損ねちゃったんですけど!大事な糖分、ぶちまけちゃったんですけどォォォ!!」
思いつく限りのことを言いわけのようにペラペラ喋っていたら、腕のなかの***がパッと顔を上げた。てっきり泣いているかと思ったのに、首を反らせて銀時をじっと見上げる表情は、やわらかく微笑んでいた。
「銀ちゃん、お仕事お疲れさまです。さっきはごめんね。あのね、なんか急に、その……ぉ、お腹が痛くなっちゃって、気付いた時には走り出してたの。総悟くんにも驚かすなって怒られちゃいました……あっ、そうだ、姫子さんの働いてたお店、つぶれちゃったんだってね。ちゃんとお話聞いて相談に乗ってあげました?」
そう言った***はいつも通り、のほほんとしていた。澄んだ瞳は潤んでないし、銀時を疑ってもなかった。
一方銀時は、鳩が豆鉄砲を食らったようにぽかんとした顔で、***を見つめ返した。
———は、それだけ?それだけですか***さんんん!?いやいやいやいや、もっとあんだろ何か!?お前の大好きな銀さんだよ?愛する彼氏がお前に黙って女といたんだよ?いつもみてぇに「銀ちゃんの馬鹿!」って怒れよ。怒らないにしても、彼女だったら「ふたりで何してたの?」ってフツー聞くだろぉぉぉ!え、もしかしてコイツ、彼氏が他の女と会って、何してようと気にしねぇの?これが逆だったら俺は、はらわた煮えくり返って大騒ぎするってーのに?
疑われる理由はない。でも、***があまりにもあっさりとしていて面白くない。いっそのことヤキモチを焼いてほしい。ほっぺたを膨らませた可愛い顔で「他のひとと仲良くしないで」とか、いじらしいことのひとつでも言ってほしかった。
しかし***はカラッと明るく笑ったきり、姫子のこともカフェに居たことも、何も聞いてこなかった。
それなら一体、あの青ざめた顔はなんだったんだ。今にも泣き出しそうに困り果てたあの顔は。***が何も聞いてこないから、銀時も何も聞けなかった。
それでモヤモヤとしていた時に、沖田に出くわした。これはいい機会だと、あの日の***の様子をさりげなく尋ねたのだ。珍しく考え込んでいた沖田が、ようやく口を開く。
「***は旦那を疑っちゃいやせんぜ。あん時、俺ァてっきり泣き出すかと思ったんだが、能天気にへらへら笑ってやした。ああ見えて***は意外としたたかでさぁ……もしかすると、アイツも他の男と遊んでるんじゃねーですかぃ。最近やけに色気づきやしたし」
涼しい顔でさらっと言い放たれた言葉に、銀時は動きを止めた。他の男と***が遊んでるなんてあり得ない。自分と***の間に、他の男が入る余地なんてない。
ただ、沖田がそういう目で***を見ていたことに、引っかかった。
風になびく栗色の髪を、銀時はチラリと盗み見た。あの日、泣きそうだった***が笑って戻ってくるまでの間、この男とずっと一緒にいた。誰とでも親しくなる男ではない。なのに***には懐いている。***も弟のように可愛がっている。以前から気になってはいたが、姉弟ごっこの域だと放っておいた。
しかし、沖田が***の色気に気付いているなら話は別だ。男は誰しもオオカミなのだから、銀時は念のためクギを打っておくことにした。
「たしかにお前の言うとおり、***は色っぽくなったよ。そりゃ認めるけど、アイツが男と遊ぶようなアバズレだなんつーのは、とんだ勘違いだ。***が急に大人っぽくなった理由なんざ、そんなんわざわざ考えるまでもねぇ……」
団子の串を噛みながら、銀時は沖田を睨んだ。沖田の紅茶色の瞳は無感情に見つめ返してくる。
コイツが姉のように慕う***の、いやらしく乱れた姿や艶っぽい女の顔を俺は知ってる。その底知れぬ優越感に顔が自然とにやける。大切な女に群がる害虫を追い払う声は、低くてトゲがあった。
「俺と付き合ってるからに決まってんだろーが。俺が、***に、全部教えてんの。手のつなぎ方からセックスまで、じっくり教え込んでんのぉ~。初心なアイツを大人にすんのは俺だから。他の野郎なんざ目に入らねぇくらい、***は俺にどっぷりだからぁ。それとさぁ、色気づいたとか気安く言うけど、沖田くんの知ってる***の色気なんざ微々たるもんだからね?どうせ少しからかっただけで泣きそうになるアイツに、ドS心をくすぐられてる程度だろ?俺の前だと***はもっと色っぺーから。散々いじめてひーひー泣かせると、とろっとろのエロい顔すっから。それで「銀ちゃぁん」ってたまんねぇ声出すからぁ。ま、弟みたいな沖田くんは一生知ることもねーだろーけどぉぉぉ」
ひと息で言い切って、ふふんと得意げに笑う。これだけ関係の深さを知らしめれば、沖田が気の迷いを起こすことはないだろう。この先もコイツはずっと弟ポジション確定だと安心しながら、銀時が2本目の団子に手を伸ばした時、ふと沖田が口を開いた。
「旦那の言うとおり、***をからかうのは癖にならぁ。あーゆー反応するせいで、俺やアンタのような男に目ぇつけられて、ひでぇことされちまうんでさ。だがね旦那、***が笑いながら髪を耳にかける時の、あの憐れな顔に俺は一番そそられまさぁ。困ってるのをごまかそうとする時に、アイツがよくやる癖でさぁ。こないだアンタがパフェ食ってる時も、しきりにやってやしたよ。何度も何度もヘラヘラ笑って。ま、テメェの女をないがしろにするような旦那じゃ、そんなこと気付きもしねぇでしょうけど」
その言葉に銀時はぎょっとした。髪を耳にかける癖が***にあったなんて知らなかったから。自分の知らない***を他の男から教わるのは屈辱だ。しかし沖田の声に、わずかな怒りが含まれていることに驚いて、銀時はとっさに反論できなかった。
———は、なにコイツ、一体コイツは***のなんなの?アイツの何を知ってるっつーの?髪を耳にかける時にそそられるって何だよ。それに気付くくらい、***をよく見てたってことかよコノヤロー……んだよソレ、それじゃ本気で惚れてるみてーじゃん。いやいや勘弁しろってマジで。クソマヨラーだけでも面倒くせぇってのに、何考えてんのか分かんねぇこのガキの相手までやってられるかってェェェ!!!
心のなかで絶叫していると、沖田が急に団子の皿に手を伸ばした。しれっとした顔で最後の1本の串をつかむと「あーん」と食べようとする。サッと動いた銀時の左手が、黒い制服の腕をつかんだ。「あが」と言った沖田の口の前で、団子がお預けになる。その先端から、みたらしのタレがたらりと垂れて、銀時の白い着流しの袖口に茶色いシミを作った。
「いやいやいやいや、総一郎くん、それ俺んだから」
「おっと……こりゃ、すいやせんね旦那。別に団子がそれほど好きってわけじゃねぇんですが、あいにく俺ァ、人のもんを横取りして目の前で食って、悔しがってる顔を見んのが何より楽しいんでさぁ。あ、そーだコレ、***に返してやってくだせぇ」
そう言った沖田が団子を持っていない方の手で、何かを投げてきた。それに気を取られている内に、掴んでいた腕をふり払われる。投げられた物を顔の前でパシッと受け止めた銀時を、沖田はどす黒い笑顔で見下ろしていた。奪った団子を口に突っ込むと、すぐに歩き出した。
「旦那、ごちそうさんでした。団子も***も、美味かったでさぁ。また食わせくだせぇ。そんじゃ俺、見廻りなんで」
そう言って片手を振りながら沖田は去って行った。
投げつけられたのは***の簪だった。小さなちりめん細工のウサギと鈴が揺れる。手の中の簪を見た途端、沖田と***がふたりきりだったあの日、一体なにがあったのかと、銀時は急に不安になった。
美味かったって何が?また食わせろって何を?あの野郎は一体、***に何したんだよ?なんで簪を持ってんだよ?ひでぇ顔して逃げた***が、元気に戻ってきたのは、アイツが何か励ましたのか?俺の胸で泣いていいよ的なヤツをしたのか?
疑問が溢れだした時には既に、沖田の姿は消えていた。ブルブルと震えた手の中で簪の鈴がチリチリと鳴る。団子屋の軒先に座ったまま、銀時は唐突に叫んだ。
「は、はァァァァ~~!!?なんなんだよアレ!?なんなんだよ***!?ちきしょォォォォ!!!!」
その叫び声は通り中に響いたが、誰にも届くことなく、初春の青空に吸い込まれていった。
「へ……へっくしッッッ!!!」
「大丈夫ですか、***さん。はい、ティッシュどうぞ」
「新八くん、ありがとう。掃除中でも無いのにムズムズして……誰かに噂されてるのかなぁ」
「風邪じゃないですか?春らしくなってきたとは言え、まだ朝晩は冷えますから……それにしても、もう暗くなって外は寒いってのに、銀さんは一体どこほっつき歩いてるでしょうね?あの人いっつも羽織も着ないで、フラッと出かけちゃうんですから、まったく」
「う、うん、本当だねぇ……一体どこ行ってるんだろうね、銀ちゃん」
また姫子さんと一緒にいるのかな———
無意識に浮かんだ考えに***は息を飲む。慌てて頭をぶんぶんと振って、その考えを追い払う。万事屋の台所で夕飯を作っているさなか、ジャガイモの皮を剥く新八がもう一度「大丈夫ですか?」と聞いた。大丈夫、と言って苦笑いをしながら、***は髪を耳にかけた。
「あ、っ………、」
何かを取り出そうと冷蔵庫のドアを開けた手が、急に止まる。冷蔵庫の一番上の段に、おしゃれな瓶入りのプリンが3つ並んでいた。ラッピングのリボンには高級スイーツ店の名前。それは少し前から姫子が、万事屋に持ってくるようになった差し入れだ。これが冷蔵庫に並ぶようになってから、***はプリンを手作りして持ってくるのをやめた。
姫子は万事屋の大切なお客さんだ。ストーカー被害に困っている女の子で、助けを求めている。だから銀時がボディーガードをしている。なにひとつ問題はないはずなのに、***は最近すこし、気が滅入っていた。原因はどれも些細なことだけれど。
いつの間にか姫子が、銀時のことを「銀さん」と親しげに呼ぶようになっていた。差し入れの高級プリンを食べた銀時が「うめぇ」と言って目を輝かせた。姫子からの呼び出しの電話が増えて、銀時ひとりで出かけることが多くなった。
そして数週間前、新八と神楽と一緒に不倫調査の仕事に行く言って出かけた銀時が、姫子とふたりきりであのカフェにいた。思い出したくない出来事なのに、少し気を抜くとすぐに記憶が蘇ってくる。
「ぎ、銀ちゃん、どうして……」
あの喫茶店は***が行きたいと思っていた店だった。ずっと前に銀時と一緒に行く約束をして行けなかったカフェは、色鮮やかなスイーツに溢れて、恋人たちの楽園のように見えた。ガラス窓の中の着飾った姫子は、女の***が見惚れるほど綺麗だった。
———姫子さん、すごく可愛くてお姫さまみたい……銀ちゃんの隣にいても、引けを取らないくらい綺麗で、ああやって並んでいるとカップルにしか見えない……銀ちゃんは私の彼氏なのに、どうして姫子さんと一緒にいるの……?
立ちすくんだ***の心の奥から、不安と疑念とどうしようもない怒りが溢れ出す。吹き出した強い感情に支配されそうになった瞬間、全身から血の気が引いた。
銀時を疑って怒っている自分自身が、***は何より恐ろしかった。あまりの怖さに悲鳴を上げそうになって、思わず唇を押さえた指先は、氷のように冷たかった。
———銀ちゃんに怒ったりしちゃダメ。疑うなんてもっとダメ。そんなことをしたら、私は銀ちゃんの彼女じゃいられなくなる……銀ちゃんは私の彼氏だけど、私だけのものじゃないんだから。困っている人を助ける、万事屋さんなんだから。銀ちゃんをひとり占めしたいなんて思ったら、ものすごく困らせてしまうから……———
万事屋の邪魔をしたくない。銀時の仕事を否定したくない。そもそも姫子には恋人がいるし、勝手に不安になって疑うなんて馬鹿みたいだ。ひとりよがりで自己中心的な自分を、銀時に知られたくなかった。だから、ウィンドウ越しに銀時と視線がかち合った瞬間、考えるよりも先に身体が動いて、***は逃げ出していた。
「***さん、どうしたんですか?冷蔵庫のなか見て、ぼんやりしちゃって」
「あっ、ごめん新八くん、な、なんでもないの」
「なんだか***さん、元気ないですね。本当に風邪かもしれないから、早いとこ病院に行った方が、」
「ちがうネ、新八、***は風邪なんかじゃないアル」
突然、台所に神楽の声が響いた。キッチンの入口に立った神楽が「これだから新八はダメガネなんだヨ」と呆れた声で言った。開けっぱなしの冷蔵庫の前で目を丸くする***に、神楽は心配そうな顔で近づいてきた。
「女心にうとい新八は騙せても、私の目はごまかせないアル。***が元気がないのは銀ちゃんのせいネ。銀ちゃんがあのストーカー女の相手ばっかして、***をほったらかしにしてるから、しょんぼりしてるアル。ねぇ、***、そうでしょう?かぶき町の女王は何でもお見通しヨ。***が落ち込んでるのは、銀ちゃんと……このプリンを持ってくる変な女のせいなんでしょう?」
「か、神楽ちゃ……っ、」
ポンと***の肩を叩きながら、身を乗り出した神楽が冷蔵庫の中からプリンを取り出した。気まずくて泳いだ***の目を、青い瞳がじっと見つめる。助けを求めるように新八の方を向いたら、こちらまで「そういうことか」とうなずいていたから、***はますます焦ってしまった。
「ち……ちが、違うよ神楽ちゃん!ひ、姫子さんはストーカー女じゃなくって、ストーカー被害にあってる人だよ?だから銀ちゃんが姫子さんと一緒にいるのは当たり前だし、私、ほったらかしにされてるなんて思ってない!」
「どうしてヨ!?どうして***、我慢するのヨ!?銀ちゃんと***の約束が、あの女のせいで何度もダメになってるの、私知ってるネ……いっつもいっつも***ばっかり我慢して、笑って許しちゃうから、銀ちゃんも姫子も調子にのるのヨ!ちゃんと言わなきゃ駄目ネ!あの変な女の依頼を断ってって、どうして銀ちゃんに言わないアルか!?」
「そ、そんな、どうしてって言われても……」
眉を八の字に下げて口ごもった***を、神楽と新八が心配そうな顔で見ていた。年下のふたりにこんな顔をさせるなんて、私はそんなに分かりやすく落ち込んでいたのかな。そう思ったら恥ずかしくて、穴があったら入りたい気分になる。
しかし、そんな***を見かねたかのように、新八がため息をひとつ吐くと、ためらいがちに口を開いた。
「***さん、僕も神楽ちゃんと同じで、姫子さんのこと少し変だって思ってたんです……少し前に夜通しの見張りを依頼されたことがあったんです。でも銀さんが居なかったんで、僕が行きますって言ったら「銀さんじゃなきゃ嫌だ」って断られたんです。確かに僕は銀さんに比べたら頼りないけど、見張りくらいできるのに……なんか、おかしいと思いませんか?」
「新八くん、そ、それは、」
「おかしいに決まってるアル!そもそも***と付き合ってるのを知ってて、銀ちゃんひとりを呼び出すの変ヨ!それに***の手作りプリン食べたことあるくせに、わざわざ差し入れでこのたっけぇヤツ持ってくるのも、なんか当てつけみたいネ!めっさ嫌な感じアル!ごっさムカつくアル~!!」
「か、神楽ちゃん……」
そう言いながら神楽は、高級プリンを3つとも開けて口にくわえると、ズゾーッと一気に飲み干す。あんな変な女が持ってきたヤツより、***が作った方がずっと美味しい、と鼻息荒く言った。
キリッとした目の新八がメガネを押し上げると、銀時に見張りや警護の仕事を減らすよう頼んでみると言った。彼女の立場の***では言えないだろうから、と。
口の周りをプリンで黄色くした神楽と、ジャガイモを手に持ったままの新八を見て、***は思わず「ぷっ」と吹き出した。こらえようとしたが一度あはは、と笑い出したら止まらなかった。
***と銀時のことを、ふたりが一生懸命に守ろうとしてくれたことが嬉しくて、胸がいっぱいになる。突然笑い出したせいで、新八はぽかんとして、神楽は「なに笑ってるアルか!」と怒っていた。
「あはは、ご、ごめんね、新八くん、神楽ちゃん……情けないけどふたりの言うとおり、私ちょっぴり落ち込んでたみたい。銀ちゃんが姫子さんと親しそうで勝手に不安になって、差し入れがあるからってプリン作るのやめて……当てつけみたいなことしてるのは私のほうだよ。ほんと子どもみたいで恥ずかしい……神楽ちゃん、姫子さんは大切なお客さんだから、変な女なんて言わないで?新八くん、貴重なお仕事を減らすなんて、万事屋らしくないからやめよう?……でも、心配してくれてありがとう。ふたりのおかげで私すごく安心した。もう大丈夫だから、夕ごはん作ろう?ね?」
髪を耳に掛けながら、***は明るく笑ったが、新八と神楽はまだ何か言いたげな顔をしていた。ふたりの視線から逃げるように***は、わざとらしいほど元気な声で「いけない、定春にごはんあげるの忘れてた!」と言って、台所を飛び出した。駆け込んだリビングでひとりになり、ようやくホッとため息を吐く。
「はい、定春、ごはんだよ」
ドッグフードを差し出しても、定春はすぐに食べなかった。大きくてまん丸な黒い瞳が、じっと***を見つめている。まるで定春まで「大丈夫か」と心配しているように見えて、***は思わずその白いフワフワの首に両腕を回して、ぎゅうっと抱き着いた。
「定春……、ぎ、銀ちゃん……っ」
小さな声でつぶやいて、定春の温かい毛に顔をうずめたら、あの日、駆け寄った銀時の胸に、飛び込むように抱き着いた瞬間のことを思い出した。
荒い呼吸をする銀時の胸で、心臓がばくばくと脈打っていた。目をつぶって顔を押し付けた黒いシャツから、汗の匂いがした。頭上で喋る銀時の声が全然聞き取れなかったのは、***の胸が痛いくらい締め付けられて、狂おしいほど切なかったからだ。
———あの時、銀ちゃんは、いっぱい走り回って私を探してくれた。姫子さんも大好きなパフェも放り出して、追いかけてきてくれた。私があんな顔をしたせいで……銀ちゃんに迷惑をかけたくないのに、それなのに……私、銀ちゃんが来てくれたのが嬉しくて、ものすごくホッとしてた。どこにも行かないで欲しくて、しがみつくみたいに強く抱きついて……私、いつからこんなに、ワガママで身勝手な人間になったんだろう……
「くぅ~ん……」
鼻にかかる鳴き声が聞こえて、***は定春の首からそっと離れた。下がりきった困り眉の間にシワが寄る。その情けない顔を定春の鼻先がスンスンと嗅いだ。元気を出せと言わんばかりに、大きな舌が***のほっぺをぺろりと舐めた。
「わぁっ、やっ、定春っ……く、くすぐったいよ」
小さな笑い声を上げて、定春とじゃれ合う。
大丈夫、私ちゃんと笑えてる。大丈夫、銀ちゃんは私の彼氏だもん。心配なんかいらない。心のなかでそう自分に言い聞かせながら、無意識に何度も***は髪を耳に掛けた。
どんなに不安でも、心の奥にどんなに醜い感情があっても、銀時の前では綺麗な自分で笑っていたい。
ふとした瞬間にわき起こる不安や胸騒ぎをこらえながら、銀時に笑いかけるのはとても苦しかった。それでも不安になるたびに、狂おしいほど大好きな銀時に、***は会いたくてたまらなくなる。
ようやくドッグフードを食べ始めた定春の頭をなでながら、***は蚊の鳴くような小さな声で呟いた。
「銀ちゃん、お願い、はやく帰ってきて……」
そのささやきは万事屋のリビングに響いたけれど、誰にも届くことなく、主のいない部屋の天井へと吸い込まれていった。
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【(29)みたらしとプリン】end
‟彼と彼女の大狂騒 上篇”
どうしたって消えない不安
「ちょっとぉぉぉ〜、総一郎く~ん、君んとこの女たらしの上司、どーにかしてくんなーい!?いや、男所帯の君たちが女に飢えてんのは分かるよ?汗くせぇ野郎だらけのむさ苦しいトコに押し込められて、そりゃムラムラするだろうさ。でも、だからって、ひとの女に手ぇ出しちゃダメだよね?***にちょっかい出してくる副長さんは、得意の切腹でもした方がいいんじゃねぇの?まぁ、***は全く気づいてねぇけど。アイツ俺にしか興味ねぇし、全然なびかねぇけどぉ~。可愛い彼女をマヨ臭ぇ手でベタベタ触られて、胸くそ悪いったらありゃしねぇ。なぁ聞いてる?総一郎くん」
「総悟でさぁ、旦那、すいませんが俺ァ仕事中で忙しいんで、耳元ででっけぇ声で騒ぐの止めてもらえやす?それと土方コノヤローはいずれ殺すつもりですがね、あの人と***のこたァ何も知らねーんで、俺に言われたって困りまさぁ」
「いや、どこが仕事中?どこが忙しい?完全にさっきまで寝てたよね?鼻ちょうちん出していびきかいてたよねェェェ?困ってんのはこっちだよ。***が高そうな服着てっから、問い詰めたら真選組に買ってもらったっつーじゃねぇか。土方くんの手紙読んだけど、アレなんて書いてあんのか分かんねーんだよ!君たち何なの?金チラつかせりゃ女が手に入るとでも思ってんの?あいにくウチの***はそこいらの尻軽とちげぇから。銀さんひと筋だから。モノ贈ったって金貢いだって無駄だからァァァ!!!」
冬の寒さが和らいだ昼下がり。かぶき町の団子屋に珍しい組み合わせの顔が並んだ。店先の長椅子で昼寝をしていた沖田に、銀時から声を掛けた。アイマスクを外した沖田の隣に座ると店員がやってきて「はい銀さん、いつものね」と3本セットのみたらし団子を、ふたりの間に置いた。団子に噛り付くや否や、銀時はマシンガンのように騒がしく喋り出す。寝起きの沖田は涼しい顔で、その話を右から左に聞き流していた。
「旦那ァ、土方さんはただ***の世話を焼きてぇだけでさぁ。江戸に出てきて随分経つのに、いつまでも世間擦れしねぇ娘が物珍しくて心配なんでしょうよ。あ、そーだ、女たらしって言やぁ旦那こそ、こないだやけに派手な女と茶ァしばいてたじゃねーですか。彼女がいんのに他の女と白昼堂々、カフェで乳繰り合うたぁ旦那もすみにおけねぇや」
「はぁ?何言ってんの?アレただの仕事だし。一緒にいたのも依頼人だし。ギャーギャー泣きわめく客で、俺もうんざりしてんだっつーの。そういや沖田くん、あんとき***と一緒にいたよね?アイツなんか変なこと言ってなかった?真っ青んなって逃げたくせに、そのあとケロッとした顔で「銀ちゃん、お疲れさま~」とか言って帰ってきやがってさ……なーなー、どー思う?アイツも俺のこと疑ってると思う?」
もぐもぐと団子を食べながら、さりげなく尋ねる。
横目で見た沖田は団子の皿をぼーっと見て、何も言わない。なんか言えよと急かしたくなるのは、あの日のカフェの窓越しに見た***の顔が、頭にこびりついて離れないから。一週間前の出来事が、ついさっきのことのように脳裏によみがえってくる。
カフェで一緒にいたのは姫子だった。泣きながら相談に乗ってほしいと電話がきて、あの店に呼び出された。わざわざ言う必要もないと思い、***には言わなかった。まさかあんなことになるとは予想もせずに。
ガラスの向こうの***はひどく青ざめていた。
怒っているのか哀しんでいるのか分からない顔で、見開かれた大きな瞳だけが不安そうに揺れていた。駆け出した***を慌てて追いかけたのに、小動物のようにちょこまかと走る背中を見失った。街中を走り回り、血眼で探したが見つからず、万策尽きてアパートのドアを叩いていたら、背後から***の声がした。
「銀ちゃんッッッ!!!」
ふり返った銀時が驚きに固まっていると、息を弾ませた***が懐に飛び込んできた。汗まみれの黒いシャツの胸元に***は顔をうずめて、背中に両腕を回してぎゅうっと抱きついてきた。
「なっ……んなんだよオメーはぁ!?っんで逃げてんだよ!?***、なんか勘違いしてんだろ?俺が浮気したとか疑ってんだろ?ったく、なにをどう考えたらそーなんだよ。あの女とは何もねーから!仕事だから!っとに、いい加減にしろよ***~、そんなんでぴーぴー騒ぐから、お前はガキなんだよ!っつーか、***のせいで、銀さんパフェ食べ損ねちゃったんですけど!大事な糖分、ぶちまけちゃったんですけどォォォ!!」
思いつく限りのことを言いわけのようにペラペラ喋っていたら、腕のなかの***がパッと顔を上げた。てっきり泣いているかと思ったのに、首を反らせて銀時をじっと見上げる表情は、やわらかく微笑んでいた。
「銀ちゃん、お仕事お疲れさまです。さっきはごめんね。あのね、なんか急に、その……ぉ、お腹が痛くなっちゃって、気付いた時には走り出してたの。総悟くんにも驚かすなって怒られちゃいました……あっ、そうだ、姫子さんの働いてたお店、つぶれちゃったんだってね。ちゃんとお話聞いて相談に乗ってあげました?」
そう言った***はいつも通り、のほほんとしていた。澄んだ瞳は潤んでないし、銀時を疑ってもなかった。
一方銀時は、鳩が豆鉄砲を食らったようにぽかんとした顔で、***を見つめ返した。
———は、それだけ?それだけですか***さんんん!?いやいやいやいや、もっとあんだろ何か!?お前の大好きな銀さんだよ?愛する彼氏がお前に黙って女といたんだよ?いつもみてぇに「銀ちゃんの馬鹿!」って怒れよ。怒らないにしても、彼女だったら「ふたりで何してたの?」ってフツー聞くだろぉぉぉ!え、もしかしてコイツ、彼氏が他の女と会って、何してようと気にしねぇの?これが逆だったら俺は、はらわた煮えくり返って大騒ぎするってーのに?
疑われる理由はない。でも、***があまりにもあっさりとしていて面白くない。いっそのことヤキモチを焼いてほしい。ほっぺたを膨らませた可愛い顔で「他のひとと仲良くしないで」とか、いじらしいことのひとつでも言ってほしかった。
しかし***はカラッと明るく笑ったきり、姫子のこともカフェに居たことも、何も聞いてこなかった。
それなら一体、あの青ざめた顔はなんだったんだ。今にも泣き出しそうに困り果てたあの顔は。***が何も聞いてこないから、銀時も何も聞けなかった。
それでモヤモヤとしていた時に、沖田に出くわした。これはいい機会だと、あの日の***の様子をさりげなく尋ねたのだ。珍しく考え込んでいた沖田が、ようやく口を開く。
「***は旦那を疑っちゃいやせんぜ。あん時、俺ァてっきり泣き出すかと思ったんだが、能天気にへらへら笑ってやした。ああ見えて***は意外としたたかでさぁ……もしかすると、アイツも他の男と遊んでるんじゃねーですかぃ。最近やけに色気づきやしたし」
涼しい顔でさらっと言い放たれた言葉に、銀時は動きを止めた。他の男と***が遊んでるなんてあり得ない。自分と***の間に、他の男が入る余地なんてない。
ただ、沖田がそういう目で***を見ていたことに、引っかかった。
風になびく栗色の髪を、銀時はチラリと盗み見た。あの日、泣きそうだった***が笑って戻ってくるまでの間、この男とずっと一緒にいた。誰とでも親しくなる男ではない。なのに***には懐いている。***も弟のように可愛がっている。以前から気になってはいたが、姉弟ごっこの域だと放っておいた。
しかし、沖田が***の色気に気付いているなら話は別だ。男は誰しもオオカミなのだから、銀時は念のためクギを打っておくことにした。
「たしかにお前の言うとおり、***は色っぽくなったよ。そりゃ認めるけど、アイツが男と遊ぶようなアバズレだなんつーのは、とんだ勘違いだ。***が急に大人っぽくなった理由なんざ、そんなんわざわざ考えるまでもねぇ……」
団子の串を噛みながら、銀時は沖田を睨んだ。沖田の紅茶色の瞳は無感情に見つめ返してくる。
コイツが姉のように慕う***の、いやらしく乱れた姿や艶っぽい女の顔を俺は知ってる。その底知れぬ優越感に顔が自然とにやける。大切な女に群がる害虫を追い払う声は、低くてトゲがあった。
「俺と付き合ってるからに決まってんだろーが。俺が、***に、全部教えてんの。手のつなぎ方からセックスまで、じっくり教え込んでんのぉ~。初心なアイツを大人にすんのは俺だから。他の野郎なんざ目に入らねぇくらい、***は俺にどっぷりだからぁ。それとさぁ、色気づいたとか気安く言うけど、沖田くんの知ってる***の色気なんざ微々たるもんだからね?どうせ少しからかっただけで泣きそうになるアイツに、ドS心をくすぐられてる程度だろ?俺の前だと***はもっと色っぺーから。散々いじめてひーひー泣かせると、とろっとろのエロい顔すっから。それで「銀ちゃぁん」ってたまんねぇ声出すからぁ。ま、弟みたいな沖田くんは一生知ることもねーだろーけどぉぉぉ」
ひと息で言い切って、ふふんと得意げに笑う。これだけ関係の深さを知らしめれば、沖田が気の迷いを起こすことはないだろう。この先もコイツはずっと弟ポジション確定だと安心しながら、銀時が2本目の団子に手を伸ばした時、ふと沖田が口を開いた。
「旦那の言うとおり、***をからかうのは癖にならぁ。あーゆー反応するせいで、俺やアンタのような男に目ぇつけられて、ひでぇことされちまうんでさ。だがね旦那、***が笑いながら髪を耳にかける時の、あの憐れな顔に俺は一番そそられまさぁ。困ってるのをごまかそうとする時に、アイツがよくやる癖でさぁ。こないだアンタがパフェ食ってる時も、しきりにやってやしたよ。何度も何度もヘラヘラ笑って。ま、テメェの女をないがしろにするような旦那じゃ、そんなこと気付きもしねぇでしょうけど」
その言葉に銀時はぎょっとした。髪を耳にかける癖が***にあったなんて知らなかったから。自分の知らない***を他の男から教わるのは屈辱だ。しかし沖田の声に、わずかな怒りが含まれていることに驚いて、銀時はとっさに反論できなかった。
———は、なにコイツ、一体コイツは***のなんなの?アイツの何を知ってるっつーの?髪を耳にかける時にそそられるって何だよ。それに気付くくらい、***をよく見てたってことかよコノヤロー……んだよソレ、それじゃ本気で惚れてるみてーじゃん。いやいや勘弁しろってマジで。クソマヨラーだけでも面倒くせぇってのに、何考えてんのか分かんねぇこのガキの相手までやってられるかってェェェ!!!
心のなかで絶叫していると、沖田が急に団子の皿に手を伸ばした。しれっとした顔で最後の1本の串をつかむと「あーん」と食べようとする。サッと動いた銀時の左手が、黒い制服の腕をつかんだ。「あが」と言った沖田の口の前で、団子がお預けになる。その先端から、みたらしのタレがたらりと垂れて、銀時の白い着流しの袖口に茶色いシミを作った。
「いやいやいやいや、総一郎くん、それ俺んだから」
「おっと……こりゃ、すいやせんね旦那。別に団子がそれほど好きってわけじゃねぇんですが、あいにく俺ァ、人のもんを横取りして目の前で食って、悔しがってる顔を見んのが何より楽しいんでさぁ。あ、そーだコレ、***に返してやってくだせぇ」
そう言った沖田が団子を持っていない方の手で、何かを投げてきた。それに気を取られている内に、掴んでいた腕をふり払われる。投げられた物を顔の前でパシッと受け止めた銀時を、沖田はどす黒い笑顔で見下ろしていた。奪った団子を口に突っ込むと、すぐに歩き出した。
「旦那、ごちそうさんでした。団子も***も、美味かったでさぁ。また食わせくだせぇ。そんじゃ俺、見廻りなんで」
そう言って片手を振りながら沖田は去って行った。
投げつけられたのは***の簪だった。小さなちりめん細工のウサギと鈴が揺れる。手の中の簪を見た途端、沖田と***がふたりきりだったあの日、一体なにがあったのかと、銀時は急に不安になった。
美味かったって何が?また食わせろって何を?あの野郎は一体、***に何したんだよ?なんで簪を持ってんだよ?ひでぇ顔して逃げた***が、元気に戻ってきたのは、アイツが何か励ましたのか?俺の胸で泣いていいよ的なヤツをしたのか?
疑問が溢れだした時には既に、沖田の姿は消えていた。ブルブルと震えた手の中で簪の鈴がチリチリと鳴る。団子屋の軒先に座ったまま、銀時は唐突に叫んだ。
「は、はァァァァ~~!!?なんなんだよアレ!?なんなんだよ***!?ちきしょォォォォ!!!!」
その叫び声は通り中に響いたが、誰にも届くことなく、初春の青空に吸い込まれていった。
「へ……へっくしッッッ!!!」
「大丈夫ですか、***さん。はい、ティッシュどうぞ」
「新八くん、ありがとう。掃除中でも無いのにムズムズして……誰かに噂されてるのかなぁ」
「風邪じゃないですか?春らしくなってきたとは言え、まだ朝晩は冷えますから……それにしても、もう暗くなって外は寒いってのに、銀さんは一体どこほっつき歩いてるでしょうね?あの人いっつも羽織も着ないで、フラッと出かけちゃうんですから、まったく」
「う、うん、本当だねぇ……一体どこ行ってるんだろうね、銀ちゃん」
また姫子さんと一緒にいるのかな———
無意識に浮かんだ考えに***は息を飲む。慌てて頭をぶんぶんと振って、その考えを追い払う。万事屋の台所で夕飯を作っているさなか、ジャガイモの皮を剥く新八がもう一度「大丈夫ですか?」と聞いた。大丈夫、と言って苦笑いをしながら、***は髪を耳にかけた。
「あ、っ………、」
何かを取り出そうと冷蔵庫のドアを開けた手が、急に止まる。冷蔵庫の一番上の段に、おしゃれな瓶入りのプリンが3つ並んでいた。ラッピングのリボンには高級スイーツ店の名前。それは少し前から姫子が、万事屋に持ってくるようになった差し入れだ。これが冷蔵庫に並ぶようになってから、***はプリンを手作りして持ってくるのをやめた。
姫子は万事屋の大切なお客さんだ。ストーカー被害に困っている女の子で、助けを求めている。だから銀時がボディーガードをしている。なにひとつ問題はないはずなのに、***は最近すこし、気が滅入っていた。原因はどれも些細なことだけれど。
いつの間にか姫子が、銀時のことを「銀さん」と親しげに呼ぶようになっていた。差し入れの高級プリンを食べた銀時が「うめぇ」と言って目を輝かせた。姫子からの呼び出しの電話が増えて、銀時ひとりで出かけることが多くなった。
そして数週間前、新八と神楽と一緒に不倫調査の仕事に行く言って出かけた銀時が、姫子とふたりきりであのカフェにいた。思い出したくない出来事なのに、少し気を抜くとすぐに記憶が蘇ってくる。
「ぎ、銀ちゃん、どうして……」
あの喫茶店は***が行きたいと思っていた店だった。ずっと前に銀時と一緒に行く約束をして行けなかったカフェは、色鮮やかなスイーツに溢れて、恋人たちの楽園のように見えた。ガラス窓の中の着飾った姫子は、女の***が見惚れるほど綺麗だった。
———姫子さん、すごく可愛くてお姫さまみたい……銀ちゃんの隣にいても、引けを取らないくらい綺麗で、ああやって並んでいるとカップルにしか見えない……銀ちゃんは私の彼氏なのに、どうして姫子さんと一緒にいるの……?
立ちすくんだ***の心の奥から、不安と疑念とどうしようもない怒りが溢れ出す。吹き出した強い感情に支配されそうになった瞬間、全身から血の気が引いた。
銀時を疑って怒っている自分自身が、***は何より恐ろしかった。あまりの怖さに悲鳴を上げそうになって、思わず唇を押さえた指先は、氷のように冷たかった。
———銀ちゃんに怒ったりしちゃダメ。疑うなんてもっとダメ。そんなことをしたら、私は銀ちゃんの彼女じゃいられなくなる……銀ちゃんは私の彼氏だけど、私だけのものじゃないんだから。困っている人を助ける、万事屋さんなんだから。銀ちゃんをひとり占めしたいなんて思ったら、ものすごく困らせてしまうから……———
万事屋の邪魔をしたくない。銀時の仕事を否定したくない。そもそも姫子には恋人がいるし、勝手に不安になって疑うなんて馬鹿みたいだ。ひとりよがりで自己中心的な自分を、銀時に知られたくなかった。だから、ウィンドウ越しに銀時と視線がかち合った瞬間、考えるよりも先に身体が動いて、***は逃げ出していた。
「***さん、どうしたんですか?冷蔵庫のなか見て、ぼんやりしちゃって」
「あっ、ごめん新八くん、な、なんでもないの」
「なんだか***さん、元気ないですね。本当に風邪かもしれないから、早いとこ病院に行った方が、」
「ちがうネ、新八、***は風邪なんかじゃないアル」
突然、台所に神楽の声が響いた。キッチンの入口に立った神楽が「これだから新八はダメガネなんだヨ」と呆れた声で言った。開けっぱなしの冷蔵庫の前で目を丸くする***に、神楽は心配そうな顔で近づいてきた。
「女心にうとい新八は騙せても、私の目はごまかせないアル。***が元気がないのは銀ちゃんのせいネ。銀ちゃんがあのストーカー女の相手ばっかして、***をほったらかしにしてるから、しょんぼりしてるアル。ねぇ、***、そうでしょう?かぶき町の女王は何でもお見通しヨ。***が落ち込んでるのは、銀ちゃんと……このプリンを持ってくる変な女のせいなんでしょう?」
「か、神楽ちゃ……っ、」
ポンと***の肩を叩きながら、身を乗り出した神楽が冷蔵庫の中からプリンを取り出した。気まずくて泳いだ***の目を、青い瞳がじっと見つめる。助けを求めるように新八の方を向いたら、こちらまで「そういうことか」とうなずいていたから、***はますます焦ってしまった。
「ち……ちが、違うよ神楽ちゃん!ひ、姫子さんはストーカー女じゃなくって、ストーカー被害にあってる人だよ?だから銀ちゃんが姫子さんと一緒にいるのは当たり前だし、私、ほったらかしにされてるなんて思ってない!」
「どうしてヨ!?どうして***、我慢するのヨ!?銀ちゃんと***の約束が、あの女のせいで何度もダメになってるの、私知ってるネ……いっつもいっつも***ばっかり我慢して、笑って許しちゃうから、銀ちゃんも姫子も調子にのるのヨ!ちゃんと言わなきゃ駄目ネ!あの変な女の依頼を断ってって、どうして銀ちゃんに言わないアルか!?」
「そ、そんな、どうしてって言われても……」
眉を八の字に下げて口ごもった***を、神楽と新八が心配そうな顔で見ていた。年下のふたりにこんな顔をさせるなんて、私はそんなに分かりやすく落ち込んでいたのかな。そう思ったら恥ずかしくて、穴があったら入りたい気分になる。
しかし、そんな***を見かねたかのように、新八がため息をひとつ吐くと、ためらいがちに口を開いた。
「***さん、僕も神楽ちゃんと同じで、姫子さんのこと少し変だって思ってたんです……少し前に夜通しの見張りを依頼されたことがあったんです。でも銀さんが居なかったんで、僕が行きますって言ったら「銀さんじゃなきゃ嫌だ」って断られたんです。確かに僕は銀さんに比べたら頼りないけど、見張りくらいできるのに……なんか、おかしいと思いませんか?」
「新八くん、そ、それは、」
「おかしいに決まってるアル!そもそも***と付き合ってるのを知ってて、銀ちゃんひとりを呼び出すの変ヨ!それに***の手作りプリン食べたことあるくせに、わざわざ差し入れでこのたっけぇヤツ持ってくるのも、なんか当てつけみたいネ!めっさ嫌な感じアル!ごっさムカつくアル~!!」
「か、神楽ちゃん……」
そう言いながら神楽は、高級プリンを3つとも開けて口にくわえると、ズゾーッと一気に飲み干す。あんな変な女が持ってきたヤツより、***が作った方がずっと美味しい、と鼻息荒く言った。
キリッとした目の新八がメガネを押し上げると、銀時に見張りや警護の仕事を減らすよう頼んでみると言った。彼女の立場の***では言えないだろうから、と。
口の周りをプリンで黄色くした神楽と、ジャガイモを手に持ったままの新八を見て、***は思わず「ぷっ」と吹き出した。こらえようとしたが一度あはは、と笑い出したら止まらなかった。
***と銀時のことを、ふたりが一生懸命に守ろうとしてくれたことが嬉しくて、胸がいっぱいになる。突然笑い出したせいで、新八はぽかんとして、神楽は「なに笑ってるアルか!」と怒っていた。
「あはは、ご、ごめんね、新八くん、神楽ちゃん……情けないけどふたりの言うとおり、私ちょっぴり落ち込んでたみたい。銀ちゃんが姫子さんと親しそうで勝手に不安になって、差し入れがあるからってプリン作るのやめて……当てつけみたいなことしてるのは私のほうだよ。ほんと子どもみたいで恥ずかしい……神楽ちゃん、姫子さんは大切なお客さんだから、変な女なんて言わないで?新八くん、貴重なお仕事を減らすなんて、万事屋らしくないからやめよう?……でも、心配してくれてありがとう。ふたりのおかげで私すごく安心した。もう大丈夫だから、夕ごはん作ろう?ね?」
髪を耳に掛けながら、***は明るく笑ったが、新八と神楽はまだ何か言いたげな顔をしていた。ふたりの視線から逃げるように***は、わざとらしいほど元気な声で「いけない、定春にごはんあげるの忘れてた!」と言って、台所を飛び出した。駆け込んだリビングでひとりになり、ようやくホッとため息を吐く。
「はい、定春、ごはんだよ」
ドッグフードを差し出しても、定春はすぐに食べなかった。大きくてまん丸な黒い瞳が、じっと***を見つめている。まるで定春まで「大丈夫か」と心配しているように見えて、***は思わずその白いフワフワの首に両腕を回して、ぎゅうっと抱き着いた。
「定春……、ぎ、銀ちゃん……っ」
小さな声でつぶやいて、定春の温かい毛に顔をうずめたら、あの日、駆け寄った銀時の胸に、飛び込むように抱き着いた瞬間のことを思い出した。
荒い呼吸をする銀時の胸で、心臓がばくばくと脈打っていた。目をつぶって顔を押し付けた黒いシャツから、汗の匂いがした。頭上で喋る銀時の声が全然聞き取れなかったのは、***の胸が痛いくらい締め付けられて、狂おしいほど切なかったからだ。
———あの時、銀ちゃんは、いっぱい走り回って私を探してくれた。姫子さんも大好きなパフェも放り出して、追いかけてきてくれた。私があんな顔をしたせいで……銀ちゃんに迷惑をかけたくないのに、それなのに……私、銀ちゃんが来てくれたのが嬉しくて、ものすごくホッとしてた。どこにも行かないで欲しくて、しがみつくみたいに強く抱きついて……私、いつからこんなに、ワガママで身勝手な人間になったんだろう……
「くぅ~ん……」
鼻にかかる鳴き声が聞こえて、***は定春の首からそっと離れた。下がりきった困り眉の間にシワが寄る。その情けない顔を定春の鼻先がスンスンと嗅いだ。元気を出せと言わんばかりに、大きな舌が***のほっぺをぺろりと舐めた。
「わぁっ、やっ、定春っ……く、くすぐったいよ」
小さな笑い声を上げて、定春とじゃれ合う。
大丈夫、私ちゃんと笑えてる。大丈夫、銀ちゃんは私の彼氏だもん。心配なんかいらない。心のなかでそう自分に言い聞かせながら、無意識に何度も***は髪を耳に掛けた。
どんなに不安でも、心の奥にどんなに醜い感情があっても、銀時の前では綺麗な自分で笑っていたい。
ふとした瞬間にわき起こる不安や胸騒ぎをこらえながら、銀時に笑いかけるのはとても苦しかった。それでも不安になるたびに、狂おしいほど大好きな銀時に、***は会いたくてたまらなくなる。
ようやくドッグフードを食べ始めた定春の頭をなでながら、***は蚊の鳴くような小さな声で呟いた。
「銀ちゃん、お願い、はやく帰ってきて……」
そのささやきは万事屋のリビングに響いたけれど、誰にも届くことなく、主のいない部屋の天井へと吸い込まれていった。
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【(29)みたらしとプリン】end
‟彼と彼女の大狂騒 上篇”
どうしたって消えない不安