銀ちゃんの愛する女の子
おいしい牛乳(恋人)
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【(27)我慢の限界】
「***さん、耳の穴かっぽじってよぉ~く聞いて!かぶき町にキャバクラは数多あるけれど、あの手の店だけは女の子が絶っっっ対に働いちゃいけない店なの!」
お妙の声を聞きながら、自業自得とはこのこと、と***は思った。志村家の恒道館。その壁に「町内会主催・護身術教室」の横断幕。広い道場の真ん中で、***はうなだれて縮こまっていく。
日曜開催の護身術教室は、さかのぼること数十分前、大盛況のうちに幕を閉じた。楽しげに帰っていく女性たちに続こうとした***を、お妙が呼び止めた。
「すこし話があるの、***さん、そこに座って」
冬の空気で冷えた板張りの床に、***はちょこんと正座する。その前に立つのはお妙だけでなく、新八と神楽、そして町内会の主催者として来ていたお登勢とキャサリンまで。
「風の噂で聞いたけれど、***さん、あの怪しいキャバクラで働いてたんですって?」
「なっ……、なんで、お妙さんがそのことを……」
ごまかすこともできずにそう言ったら、麗しいお妙の顔で眉毛がピクリと痙攣した。そしてそこから怒涛の説教がはじまった。あんないかがわしい店は絶対ダメ、無事だったのが奇跡としか思えない、と矢継ぎ早に攻め立てられて、口も挟めない。あわあわと青ざめた***を見かねて、新八が助け船を出した。
「あ、姉上、***さんも反省してますし、そんなに怒らなくても……」
「新ちゃん、私は怒ってるんじゃないの。***さんのことを心配してるのよ。普段から頼りない***さんが、あんな評判の悪い店で働くなんて危険極まりない!新ちゃんから ‟桃色くまさん”って店の名前を聞いた時、私、心臓が止まるかと思ったわ」
頭を抱えるようにお妙は片手でおでこを押さえた。いたたまれない***は「ごめんなさい」と謝罪する。やっと途切れた説教にホッとしていると、眉間にシワを寄せた神楽に両肩をつかまれてガクガクと揺さぶられた。
「ゴメンで済んだら警察はいらないネ!どーして***があんなとこで働く必要があるのヨ?変態野郎の集まる場所にいたら、襲われるに決まってるアル!頼まれたからってホイホイ行くのは大馬鹿ネッ!!」
あのキャバクラに***が居たことを、後から知った神楽はカンカンに怒っていた。鼻息荒く肩を揺すり続けるから、***は首をぐらぐらとさせて「ほっ、ほんと、神楽ちゃんのっ、お、仰るとおりですぅぅ~!」と目を回しながら叫んだ。叱られ続ける***を見下ろして、いぶかしげな顔のキャサリンが不機嫌そうに言った。
「オ前ミタイナ色気ノナイ女ガ、キャバクラナンカデ働ケルワケナイダロ。イッソ私ニ頼ッテレバ、本物ノ猫耳メイドヲ見セテヤッタノニ」
「化け猫のメイド姿なんて、誰も見たかないだろうよキャサリン。客が全員ぶっ倒れちまうじゃないかい」
「ナンダト、コノ糞ババァ!!」
辛辣なお登勢のツッコミに、キャサリンは眉を吊り上げた。それを無視したお登勢が煙草を深く吸って、ふ~っと長く吐いた後、呆れた声で***に語り掛けた。
「それにしても、***ちゃん、アンタもう少し自分のことを大切にしなきゃダメじゃないか。親切で人の良いアンタをアタシは好きだけどねぇ、お人よしにも限度ってもんがあるだろう。人が良すぎるのが命取りになるような街なんだよ、かぶき町ってのはさ。それに……***ちゃん、さっきの護身術は、ありゃなんだい」
「うっ、お登勢さん、そ、それは……」
痛いところを点かれて、***は身を硬くする。ちらっと見上げたら、呆れ顔なのはお登勢だけではなかった。味方に思えた新八も「そこはフォローしきれない」という苦笑いだった。
お登勢の言うとおり、さっきまで開催していた護身術教室で、***が披露したパンチとキックはそれは酷いものだった。パンチングボールを殴ったら、跳ね返ってきたボールが顔面に当たってノックアウトされた。サンドバッグを蹴ったら、的を外した足がスカッと宙を掻き、そのまま尻餅をついた。運動が苦手なりに精一杯やったのだが、防衛能力の無さが露呈しただけだった。
「そ、それがですね……私すごい運動音痴で、パンチもキックもやったことないですし……そ、その、今日はじめてだったから上手く出来なかったというか、あは、あはははは」
苦し紛れの言いわけにお妙と神楽が顔を見合わせる。互いに目で合図した直後、***の両腕をつかんで立ち上がらせた。
「それもそうね、***さん!初めてなら出来ないわよねぇ。そういうことなら、私がきっちり指導してあげるから、キレのいいパンチが出来るようになるまで、頑張りましょ」
「アネゴの言うとおりネ!私、***があんなに弱っちいなんて心配ヨ!男はみんな変態アル!ひどい目にあう前に、一緒に猛特訓するヨロシ!!」
「え、いや、まっ……えぇぇぇぇ!!?」
真っ青な***の悲鳴のような声が響いた。そしてお妙と神楽による熱烈指導、キャサリンによる辛口批判がはじまる。見守っていた新八とお登勢が「ちょっと出かけてくる」と言って居なくなったら、ますます指導の熱は増した。
「もっと腰を落とすのよ、***さん!重心を低くすれば安定するわ。足を踏ん張って、このパンチングボールを汚いゴリラの顔だと思って、思いっきり殴りなさい!」
「え、お妙さん、汚いゴリラって……?」
「***、いい蹴りは心意気が大事アル!変態男はぶちのめすって強く思うネ。このサンドバッグをエロ縮れ天パとか、キモいV字前髪男とかに見立てて、手加減なしで蹴るヨロシ!」
「えぇっ、天パ?ぶ、V字……?」
理解できないことは多々あったが、お妙と神楽は熱心に教えてくれた。***も2人に一生懸命こたえようとしたが、パコンッという音のするパンチと、ペチッと鳴るキックが限界だった。
いつまで経ってもふがいない護身術しかできない***に、ついにキャサリンが業を煮やした。
「オイ筋肉馬鹿共、ソノ腑抜ケタ女ニ、ドレダケ教エタトコロデ無意味ダッツーノ!仕方ガナイカラ、トッテオキノ奥義ヲ私ガ教エテヤルヨ。コッチニ来ナ」
これは武術ではないが、万が一の時に役立つ。そう言いながら、キャサリンは***の手首にカチャンッと手錠をはめた。
「えっ!?キャ、キャサリンさん、この手錠はなんですか?ど、どうするんですか!?」
「イイカラ見テナ。鍵ッ娘キャサリンニ掛カレバ、コンナノ目ェ閉ジテタッテ開ケラレル」
そう言ったキャサリンが、***の結った髪から簪を引き抜いた。その尖った先端を手錠の脇の小さな穴に挿しこむ。軽く手を動かしただけで、5秒もかからずに手錠は解けた。
「わぁっ……す、すごい、すごいですキャサリンさん!!これ、私でも出来ますか!?」
手錠をかけられる機会はそう無いけれど、キャサリンの鮮やかな手際に感動して、***はぜひ教えてほしいと言った。お妙と神楽に教わった護身術よりも、まだ出来そうな気もする。昔から手先は器用だし、スーパーのレジ打ちで指は鍛えられているから。
その予想通り、***はキャサリンから数回教わっただけで、見事に手錠外しをマスターした。お妙と神楽が感心するほど素早く、手元を見なくても開錠できるようになった頃、お登勢と新八が帰ってきた。
「なんだい、アンタ達まだやってたのかい。***ちゃんも疲れたろうから、いいかげん勘弁してやりなよ。ホラ、差し入れだ。さっさと取りに来なァ」
そう言ったお登勢の後ろで、新八がアイスの入ったコンビニ袋を差し出した。それがバーゲンダッシュだと気付いた途端、***を残して女3人が駆け出す。アイスに群がった3人を追いかけようとした***の肩に何かがトンッと当たった。神楽が持っていた巨大なサンドバッグが、支えを失ってぐらりと傾いてきた。
「うわわ、えッ……ちょっ、う、嘘っ!!?」
軽々と神楽が持っていたサンドバッグは、実際に持つととんでもなく重たかった。成人男性よりも更に大きいサイズのそれが、小さな身体に覆いかぶさってくる。ひぃぃぃと悲鳴を上げて、***は両手を突き出した。しかし、その重さと大きさに華奢な身体は後ろにのけ反って、踏んばった両足がずるずると床を滑った。
———もぉぉ~無理ぃぃぃ!こ、このままじゃ倒れて、下敷きになっちゃうよぉぉぉ~!!
そう思った瞬間、腰に回った何かが、傾いた***の身体を後ろからグンッと押し返した。背中が硬いものに受け止められると同時に、大きな手が目の前に現れてサンドバッグを押さえた。
「おっとぉぉ~、……あっぶねぇな、***」
「銀ちゃんっ!」
頭上から降ってきた声に振り向くと、銀時が立っていた。倒れる寸前だった身体を胸で受け止め、引き寄せるように***のお腹に手を添えていた。ダラけた顔の銀時は***を抱きかかえたまま、巨大なサンドバッグを片手でたやすく押し返した。
「っつーかお前、何やってんの?ひとり相撲?この砂袋相手に相撲とってたの?アレ、今日って護身術教室じゃなくて相撲教室だったっけ?お妙がインストラクターの相撲教室で、よく生き残れたな***~」
「相撲じゃなくて護身術ですよ。お妙さんと神楽ちゃんが、キックとかパンチとかを教えてくれたんです。私、運動音痴だから、あんまりうまく出来なかったけど……」
へらっと苦笑いをした***の腰から、銀時は腕を解いて興味なさげに「ふーん」と言った。
「別に出来なくていーんじゃねぇの?***のひ弱な腕やら、ほっせぇ脚やらでパンチだのキックだのされたって、痛くもかゆくもねーし。アイツらも分かってて教えてんだよ。護身術なんざお守りみてーなモンだって」
「そ、そうなの?でも、お妙さんも神楽ちゃんも、キャサリンさんもすごく熱心に教えてくれたよ?」
「そりゃ、***のことが心配だからだろ。お前、弱っちぃし能天気だし、どんくせぇしぃ~。銀さんだってどっかのサンドバッグの下で、自分の彼女がぺちゃんこにつぶれてんじゃねーかって、毎日気が気じゃねぇもん」
「そっ、そんなことあるわけないでしょ!銀ちゃんって優しいのか失礼なのか、分かんないですよね!」
ぶしつけなこと言われた***は、銀時の肩をパコンッと殴った。教わったとおりのパンチだったが全く効果はなく、銀時はゲラゲラと笑った。
「はぁ~!?なに今の!?全ッ然痛くねぇ~~~!オイ、***、ほんとに護身術教わったのかよ!?マッサージ習ったの間違いじゃねぇの!?」
「~~~~っ、ひ、ひどいッ!これでもちゃんとした護身術だもん!……そ、そもそも銀ちゃん、何しに来たんですか?町内会の手伝いは面倒だからパスって、今朝言ってなかったっけ?」
ヘラヘラ笑った銀時は、お妙に話があって来たと言った。珍しいと思い***は「なんの話ですか?」と問いかけたが、仕事の話としか教えてもらえなかった。
アイスに夢中なお妙の方へ、銀時は一歩踏み出したが、ふと足を止めて振り返る。急に***の頭を大きな手でグシャグシャと撫でた。
「よ~しよし***ちゃ~ん、頑張ってパンチの練習してえらかったですねぇ~……けどさぁ、お前は護身術なんざできなくたって問題ねぇだろ。そんなん使う前に、俺が***をぜってぇ守るし」
「っ……!!」
その言葉に***の心臓はドキンと飛び跳ねた。ふふんっと得意げに笑う銀時は、してやったりと言わんばかりの憎らしい顔をする。何か言って反論したいのに、胸が高鳴り過ぎて声ひとつ出せない。そのうちにほっぺたがぼわっと熱くなって、***は見なくても自分の顔が真っ赤だと分かった。それを見た銀時はぶっと吹き出した。
「ったく、なんつー顔してんだよ***~。あ、何、もしかしてお前、こーゆークサいセリフで喜んじゃうタイプ?それってチョロすぎない?初デートでホテルに連れ込まれる童貞くらい、チョロすぎなぁ~い?」
「ち、ちが、~~~っ、ぎ、銀ちゃん、いつもそんなこと言わないのに、急に言うから、ビックリしただけです!!」
「ふぅ~ん、びっくりねぇ~……まぁ、別にどーでもいいけどぉ~……あっ、そーだ、***、銀さん今日の夕飯ハンバーグがいいなぁ。チーズと目玉焼きが乗ってるヤツぅ~。なぁなぁ、大好きな彼氏のために、美味しいハンバーグ作ってくれる?」
「つ、作るッ!!!」
勢いよく返事をした***に、銀時はブハッと笑って「やっぱチョロすぎんな、お前」と言った。恥ずかしくて何度も髪を耳にかける***の頭を、大きな手がぽんぽんと撫でた。「先に帰ってろよ」と言った銀時が、片手をひらひらと振って離れていく。お妙に声を掛けて、ふたりそろって道場を出て行った。
夕方、帰り支度をした***を、新八が玄関で見送ってくれた。お登勢とキャサリンは町内会の集まりに行き、神楽は定春と散歩をしてから帰ると言った。志村家の前で皆と別れ、***はひとり夕方のタイムセールが迫る大江戸スーパーへと走った。
「ひき肉と玉ねぎと、卵は冷蔵庫にあったから、これで大丈夫だよね……よしっ、ハンバーグ作りますかぁ!」
買い物を終えた***は、ハンバーグの材料を安く手に入れてほくほく顔をする。銀時と神楽にたくさん食べてほしくて大量に買い込んだら、買い物袋はぱんぱんに膨れた。両手に大きな荷物を持ち、万事屋の階段をよろよろと昇りはじめる。
冬の日没は早く、通りはもう真っ暗だ。誰も帰ってきていない万事屋も階下のスナックも灯りがない。夕方にはいつも誰かが居るから、暗い万事屋を訪ねるのは珍しい。
‟けどさぁ、お前は護身術なんざできなくたって問題ねぇだろ。そんなん使う前に、俺が***をぜってぇ守るし”
その声がふと耳によみがえり、階段の途中で立ち止まる。まるで恋愛ドラマのセリフみたいだ。子どもっぽいとは分かっていても、思い返すたび胸がドキドキする。いつも***が見ているドラマを銀時は「こんな歯の浮くようなコト言う奴いねぇ」と馬鹿にするから、まさかあんなことを言われるとは予想もしなかった。
「っ……ぜ、絶対守るなんて、そんなの、なんか、プ、プロポーズみたいで、反則だよぉぉぉ~……」
うぅ、と顔を赤くして、その場でバタバタと足踏みをした。銀時にとっては冗談みたいな言葉でも、胸がいっぱいになるほど嬉しかった。銀ちゃんって時々ズルいほどかっこいい。そう思いながら***は溜息をひとつ吐いて、火照った顔のまま階段をようやく昇りきった。
ガラッ———
「定春、ただいまぁ~!ごはんだよ、ってそうか……神楽ちゃんとお散歩行ってるんだ」
玄関から廊下、そしてリビングまで真っ暗で、家中が静まり返っていた。下駄を脱ぎながら呼びかけても「ワンッ」といういつもの返事がなくて寂しい。部屋が暗いだけで不安になるなんて情けない。しっかりしなきゃ、と***は買い物袋を持つ手をぎゅっと握り直した。
台所に入ったが両手が塞がっていて電気のスイッチを押せない。真っ暗な中を手探りで進み、荷物を流し台の上に置いた。さぁ灯りを点けようと、キッチンの入口をふり返った瞬間、予想もしない異変が、***に襲いかかった。
「ん゙ん゙んッッッ!!?」
いきなり目の前に現れた黒い何かが、***の口を塞いだ。誰もいないはずの台所から、2本の腕が伸びてきた。反射的に出た悲鳴がのどの奥でくぐもる。暗闇の中でわけも分からない***が、自分の口を覆っているのが男の手だと気付いた瞬間、ハッと息を飲んで硬くなった。
———ご、強盗!?なんで万事屋に!?どうしよう!!わ、私、殺されるっ……!!
サァッと血の気が引き、ガタガタ震え出す。氷のような全身から嫌な汗が吹き出して、どうしよう・怖い・死にたくないという思いでいっぱいだった。太い腕でお腹を締め上げられて、背中にのしかかられたら、***の膝はガクッと折れた。すがるように伸ばした手が、シンクの上の買いもの袋に触れる。ひっくり返った荷物が、バタバタと音を立てて床に散らばると同時に、***はうつぶせで床に組み敷かれていた。
「んんっ、ん゙——ッ!」
***の脚に馬乗りになった男が、身体を重ねてくる。肩越しに振り返っても暗くて何も見えない。お金なら渡すから命だけは助けて。どうか痛めつけないで。祈るようにそう思ったが、男はゆっくりとした動きで、***のお尻や太ももをまさぐり始めた。
———こっ、これ強盗じゃない……ち、痴漢だッ!!
着物をたくし上げられ、太ももまで露わになる。脚の間に男が割り込んできて、開いた裾から襦袢の中に手を入れた。太ももの裏を淫らに撫でて、ショーツの上からお尻を揉んだ手がひどく熱い。その温度を感じた瞬間に***の全身に、ぞわぞわぞわっと鳥肌が立った。
———イヤだイヤだイヤだッ!!!銀ちゃん以外の人に、こんなことされるの、死んでもヤダッッ!!!
不快とか気持ち悪いとかのレベルではない。知らない男に触られることを、***の全身が拒絶していた。
「~~~っは、ゃ、やめて、誰か助けてッ!!!」
ぶんぶんと首を振って口から手を払う。必死の叫びに誰の返事もない。言葉にならない声を上げ、***は足をバタつかせ、腕をやたらめったらに振り上げた。小さな握りこぶしがペチンッと当たったが、大した効き目もなかった。***の口から離れた手が首と肩を探るように撫でて、襟の合わせ目から胸元にするっと入ってきた。
「やっ、やだぁぁぁぁっ……!!!」
嗚咽のような悲鳴を上げて、うまく息が出来ずにノドがひゅーひゅーと鳴った。肌着の中に挿しこまれた手が、ブラジャーごと乳房を揉みしだいた。お尻をまさぐっていた手がいつの間にか前に回っていて、下腹部とショーツの境目を指先で探っていた。
嫌だ、やめて、助けて、と髪を振り乱して叫んでいたが、骨ばった指がショーツの縁に掛かり、中まで入ってきそうになった瞬間、***はのどが張り裂けそうなほどの大声を上げた。
「やだぁああッ!!銀ちゃん、助けてッ!!!!!」
「ぶはっっっ!!!」
叫ぶと同時に下着から手が離れた。ふっと背中が軽くなって、身体の上から男が退いた。頭の後ろで吹き出した声に聞き覚えがあって、***はハッと目を見開く。ようやく瞳が暗闇に慣れて、床に転がる玉ねぎが見えた。肩をつかまれてくるんと仰向けに返されると、見知った顔が***を見下ろしていた。
「ぎっ、銀ちゃんッッッ……!!?」
「よぉ***、おかえり~、お前おっせぇよ」
あまりの驚きに頭がついていかない。恐怖の残る身体はガタガタと震え続ける。理解できないことに口をあんぐりとした***を見下ろして、銀時はゲラゲラと笑った。
「ギャハハハハッ!***の間抜けヅラ、マジでウケるんですけどぉ~……ったくよぉ、お前、護身術習ったっつーのに全ッ然じゃねぇか。手も足も出ねぇで、あっさり押し倒されちまってさぁ~」
「なっ……な、んで!?なんで、銀ちゃん、こんなことするんですか!?びっくりして私……し、死ぬかと思って、本当に怖かったんだよ!?ぎ、銀ちゃんの馬鹿!!最っ低!!!」
落ち着くと同時に怒りがこみ上げてきた。突然の恐怖と安堵に心が追い付いたら、目に涙がにじんだ。うっうっと嗚咽をこらえながら、***は両手の拳で銀時の肩を思い切り叩く。半笑いで「痛ぇな」と言った銀時をキッと睨んで、右手をもう一度高く振り上げた。
「おっと……んだよ、***、危ねぇだろーが」
振り下ろした***の右腕を、銀時は目もくれずに片手で受け止めた。意地になって突き出した左手の握りこぶしを、たやすくつかんでねじ伏せられる。ニヤつく銀時を見上げて、男女の力や経験値の圧倒的な差を感じたら、無力感に力が抜けた。あまりの悔しさに潤んだ瞳から涙がポタっと落ちた。
「ひ、酷いよ、銀ちゃん……護身術なんてお守りって言ったくせに、こっそり私を試すなんて……人を馬鹿にしてそんなに楽しいですか?簡単に押し倒されて殴れもしないのが、そんなにおかしい?ゎ、私だって出来るようになりたい。自分の身は自分で守れるように、なりたいもんっ……!」
ついさっきまで、銀時に言われた言葉が嬉しくて仕方がなかったのに。惚れ直しちゃう位かっこいいと思っていたのに。急転直下のような出来事に涙が堪えきれない。ぽろぽろと泣きはじめた***の両腕を、銀時が強く引っ張った。上体を起こすと着物は乱れきって、白い太ももが丸見えだった。
それを直す間もなく銀時に抱き寄せられる。あぐらをかいて座る銀時にまたがるように、脚を両脇に抱えられたら、向き合う身体がぴたりとくっ付いた。突然のことに驚いて***は身じろいだが、広い胸に腕ごと包み込まれて指一本抵抗できない。
「やっ……銀ちゃん、は、離してよ!」
「あ~~ハイハイ、わ~かったって***、泣くなって。大丈夫だから、もーしねぇからぁ。っとに、お前はどうしようもねぇな。別に俺、馬鹿にしてねーけど。むしろ、ちゃんと出来てたって褒めてやろーって思ってたんですけどぉ。人の話は最後まで聞いてくれます?***さぁ~ん」
「な、何を……?なんにも出来なかったら笑ったんでしょう?褒めるとこなんて、ひとつも無かったじゃないですか!」
抱きしめる腕の力がふっと緩んで、ほんの少し身体が離れた。横を向くとすぐ近くに銀時の顔があって、赤い瞳とじっと見つめ合った。暗闇の中でもその目が優しく笑っているのが分かる。普段の騒がしい声とは違う、静かな低い声で銀時は***にささやいた。
「ちゃんと出来てたじゃねーか、***。お前しっかり、バカでけぇ声で、銀ちゃん助けてって言えてただろ。殴るのも蹴るのも出来なくたって、俺ァ構わねぇよ。そんなん出来なくたって俺が***をぜってぇ守るって、さっき言ったろ?だから、お前は、助けてほしい時に俺の名前さえ呼べれば、それでいいんだっつーの。なぁ、***、わかったぁ~?」
「っ………!!!」
なにそれ、そんなの反則だよ。そんなこと言われたら、何も言い返せない。抱きしめられた腕の中で、銀時の香りと体温に包まれたら悔しいほど安心した。泣き止んだ***の身体から力が抜けて、へなへなと銀時に寄りかかる。
「ゎ、わかったよぉ……もぉ~~~っ、私がそういうのに弱いって知っててわざと言うの、ずるいです……銀ちゃんの馬鹿ぁ」
情けない声でそう言ったら、銀時はフッと笑った。熱くなりだした顔を見られたくなくて伏せようとしたが、その火照ったほほを銀時の手が包んで引き留めた。
「んっ……、」
ふにっと唇を押し付けるだけの優しいキスだった。閉じるのを忘れたまぶたの先で、やわらかい目つきの赤い瞳が***を見ていた。感触を確かめるみたいに、唇の端から端までチュッチュッと音を立てて口づけられる。
恥ずかしくてたまらないのに、銀時に触れられると心がほどけた。口づけられるほどもっと触れてほしくなる。きゅっと結んでいた小さな唇が緩んで、キスにこたえるように一瞬だけ動いたら、銀時は嬉しそうな声を出した。
「なに、もっとしてほしくなっちゃった?」
「っっ……、~~~ッ、」
唇をくっつけたままご機嫌な声で聞かれて、***は首まで真っ赤になる。それでも誘うように唇をこすり合わされたら堪らなくなって、とても小さくうなずいた。
自分からキスを求めて唇を動かしたのは初めてで、全身から湯気が出そうなほど恥ずかしい。
「ん、いーよ***、じゃ、口開けて」
「ぁ、んっ……ふぁっ!」
素直に開いた唇の隙間から、するりと舌が滑り込んでくる。ゆっくりと繊細に動く舌先が、***の小さな舌をトントンとつついた。舌の動きを教えるように導かれて、銀時の熱い舌と絡ませたら、潤んだ瞳がとろんとした。のどの奥まで流れ込んできた唾液を「んく、」と飲み込んだら、ますます深く口づけられた。
「ひ、っんぁ、ぎ、ひゃ……ぅ、くるしっ、んあッ」
後頭部をつかまれて、顔の角度を何度も変えて、うんと奥まで舌が入ってくる。苦しくて思わず***は銀時のシャツの胸元を両手でぎゅっと握った。
唇と舌をたっぷりと舐められて、どちらのものか分からないよだれで、口の中がいっぱいになった頃、ようやく長いキスは終わった。
「はぁっん、ぁ、ぎ、銀ちゃん……」
暗いキッチンに、***のノドがごくんっと鳴る音が響く。涙ぐんで息を整える姿を銀時が見つめていた。
「オイオイ、***、そーゆー顔すんなって。さっきまで怒ってたくせに目ぇトロンとしちまって……え、なに、もっとしたい?キスよりもっといいことしてぇ?ったく、しょーがねぇなぁ~~~!!」
「なななな何言って、や、やだ、もぉ離してよ!」
両脇に脚を抱えたまま、銀時が前に乗り出してくるから、***の身体はぐらりと後ろに傾いた。とっさに銀時の首につかまると、はだけた襟元にニヤけた顔をぐりぐりと押し付けられる。胸の膨らみの間に銀色の頭が沈んだ。ほほをスリスリとこすりつけた銀時が、胸元ですぅっと息を吸うと満足げな声を出す。
「はー…、銀さんさぁ、この体勢すきだわ」
「ちょ、やめっ……~~~~っ!!」
脚を引き寄せられた***のショーツのお尻に、銀時が腰をぐいぐいと押し付ける。その卑猥な動きに胸元まで赤く染めた***は、必死で抵抗した。
「ね、銀ちゃん、ダメだってば……もうご飯作るし、ハ、ハンバーグ食べたいって、言ってたじゃないですか」
「メシなんざ、どうでもいいわ。それより***の方が食いたい。全部このまま食っちまいたい。腹ァ減りすぎて、俺もう我慢できねぇって……なぁ、***もそーなんだろ?俺にもっと触られてぇって思ってんだろ?」
「やっ……、ぎ、んちゃ、」
近づいてくる唇を避けるように***は顔を背けた。首筋に口付けられ、耳のすぐ下をはむっと甘噛みされたら「んっ」と声が漏れる。小さな手で肩を押しても筋肉質な身体はびくともしない。はだけた着物の襟の合わせをつかまれて、ぐいっと開かれたら、胸元が下着ギリギリまで露わになる。涙目になった***が、これ以上は本当にダメと大きな声を出そうとした瞬間だった。
パチンッ———
「「え、」」
真っ暗だった台所が突然明るくなった。
「***に何してるネ、このエロ天パ野郎ォォォ!!!」
「か、神楽ちゃ、」
そろってキッチンの入り口をふり返ると、髪を逆立てた神楽が仁王立ちしていた。炎が見えるほどの怒りのオーラに、***は言葉を失った。神楽の後ろにいる定春が、銀時を見つめてグルル…と唸っていた。
「いやいやいやいやッ、神楽ちょっと待てって!違ぇって、これはそーゆーんじゃねぇって!オメーはなに勘違いしてんだよ!?これアレだぞ?お料理教室だぞ?料理上手な銀さんが、***を煮込みハンバーグにしちまうみたいな?とろとろでメロメロにしちゃうみたいな?だから、んな怖ぇ顔すんなよ神楽ちゃぁ~ん!!」
汗をダラダラと垂らした銀時の苦しすぎる言いわけは、全く効果がなかった。神楽の青い瞳がぐるりとキッチンを見回す。床に落ちる買い物袋と散乱する荷物は、明らかに争った形跡だ。組み敷く男と組み敷かれた女。はだけた着物から見える***の白い肌と太ももは震えている。いつもは綺麗な長い黒髪が、振り乱されてぐちゃぐちゃだった。そしてなにより***の瞳は涙でうるんでいた。
「な~にがお料理教室ネェェェ、私がお前をひき肉ミンチのハンバーグにしてやらァァァ、銀ちゃん、歯ァ食いしばれェェェェ!!!!」
「ちょ、神楽ッ、まっ、ギャアアアアア!!!!」
飛び掛かる神楽につかまれて、いともたやすく***から引き剥がされた銀時は、仰向けでボコボコに殴られはじめる。馬乗りになった神楽に、胸や腹を殴られ「ウガァァァ!」と叫ぶ銀時に、定春が近づく。すばやく銀時の頭にパクンッと噛みついた定春の口の中から、くぐもった悲鳴が聞こえた。
「***、たぁすけてぇぇぇぇ!300円あげるからぁぁぁ~~~!ンギャァァァ!!!」
「銀ちゃん、自業自得とはこのこと、だよ……」
呆気に取られてぽかんとした***がつぶやいた声は、拳を振るい続ける神楽や、ガジガジと噛み続ける定春には届かない。ましていたぶられる銀時には、届くはずもなかった。
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【(27)我慢の限界】end
手も足も出ません 言いわけひとつできません
「***さん、耳の穴かっぽじってよぉ~く聞いて!かぶき町にキャバクラは数多あるけれど、あの手の店だけは女の子が絶っっっ対に働いちゃいけない店なの!」
お妙の声を聞きながら、自業自得とはこのこと、と***は思った。志村家の恒道館。その壁に「町内会主催・護身術教室」の横断幕。広い道場の真ん中で、***はうなだれて縮こまっていく。
日曜開催の護身術教室は、さかのぼること数十分前、大盛況のうちに幕を閉じた。楽しげに帰っていく女性たちに続こうとした***を、お妙が呼び止めた。
「すこし話があるの、***さん、そこに座って」
冬の空気で冷えた板張りの床に、***はちょこんと正座する。その前に立つのはお妙だけでなく、新八と神楽、そして町内会の主催者として来ていたお登勢とキャサリンまで。
「風の噂で聞いたけれど、***さん、あの怪しいキャバクラで働いてたんですって?」
「なっ……、なんで、お妙さんがそのことを……」
ごまかすこともできずにそう言ったら、麗しいお妙の顔で眉毛がピクリと痙攣した。そしてそこから怒涛の説教がはじまった。あんないかがわしい店は絶対ダメ、無事だったのが奇跡としか思えない、と矢継ぎ早に攻め立てられて、口も挟めない。あわあわと青ざめた***を見かねて、新八が助け船を出した。
「あ、姉上、***さんも反省してますし、そんなに怒らなくても……」
「新ちゃん、私は怒ってるんじゃないの。***さんのことを心配してるのよ。普段から頼りない***さんが、あんな評判の悪い店で働くなんて危険極まりない!新ちゃんから ‟桃色くまさん”って店の名前を聞いた時、私、心臓が止まるかと思ったわ」
頭を抱えるようにお妙は片手でおでこを押さえた。いたたまれない***は「ごめんなさい」と謝罪する。やっと途切れた説教にホッとしていると、眉間にシワを寄せた神楽に両肩をつかまれてガクガクと揺さぶられた。
「ゴメンで済んだら警察はいらないネ!どーして***があんなとこで働く必要があるのヨ?変態野郎の集まる場所にいたら、襲われるに決まってるアル!頼まれたからってホイホイ行くのは大馬鹿ネッ!!」
あのキャバクラに***が居たことを、後から知った神楽はカンカンに怒っていた。鼻息荒く肩を揺すり続けるから、***は首をぐらぐらとさせて「ほっ、ほんと、神楽ちゃんのっ、お、仰るとおりですぅぅ~!」と目を回しながら叫んだ。叱られ続ける***を見下ろして、いぶかしげな顔のキャサリンが不機嫌そうに言った。
「オ前ミタイナ色気ノナイ女ガ、キャバクラナンカデ働ケルワケナイダロ。イッソ私ニ頼ッテレバ、本物ノ猫耳メイドヲ見セテヤッタノニ」
「化け猫のメイド姿なんて、誰も見たかないだろうよキャサリン。客が全員ぶっ倒れちまうじゃないかい」
「ナンダト、コノ糞ババァ!!」
辛辣なお登勢のツッコミに、キャサリンは眉を吊り上げた。それを無視したお登勢が煙草を深く吸って、ふ~っと長く吐いた後、呆れた声で***に語り掛けた。
「それにしても、***ちゃん、アンタもう少し自分のことを大切にしなきゃダメじゃないか。親切で人の良いアンタをアタシは好きだけどねぇ、お人よしにも限度ってもんがあるだろう。人が良すぎるのが命取りになるような街なんだよ、かぶき町ってのはさ。それに……***ちゃん、さっきの護身術は、ありゃなんだい」
「うっ、お登勢さん、そ、それは……」
痛いところを点かれて、***は身を硬くする。ちらっと見上げたら、呆れ顔なのはお登勢だけではなかった。味方に思えた新八も「そこはフォローしきれない」という苦笑いだった。
お登勢の言うとおり、さっきまで開催していた護身術教室で、***が披露したパンチとキックはそれは酷いものだった。パンチングボールを殴ったら、跳ね返ってきたボールが顔面に当たってノックアウトされた。サンドバッグを蹴ったら、的を外した足がスカッと宙を掻き、そのまま尻餅をついた。運動が苦手なりに精一杯やったのだが、防衛能力の無さが露呈しただけだった。
「そ、それがですね……私すごい運動音痴で、パンチもキックもやったことないですし……そ、その、今日はじめてだったから上手く出来なかったというか、あは、あはははは」
苦し紛れの言いわけにお妙と神楽が顔を見合わせる。互いに目で合図した直後、***の両腕をつかんで立ち上がらせた。
「それもそうね、***さん!初めてなら出来ないわよねぇ。そういうことなら、私がきっちり指導してあげるから、キレのいいパンチが出来るようになるまで、頑張りましょ」
「アネゴの言うとおりネ!私、***があんなに弱っちいなんて心配ヨ!男はみんな変態アル!ひどい目にあう前に、一緒に猛特訓するヨロシ!!」
「え、いや、まっ……えぇぇぇぇ!!?」
真っ青な***の悲鳴のような声が響いた。そしてお妙と神楽による熱烈指導、キャサリンによる辛口批判がはじまる。見守っていた新八とお登勢が「ちょっと出かけてくる」と言って居なくなったら、ますます指導の熱は増した。
「もっと腰を落とすのよ、***さん!重心を低くすれば安定するわ。足を踏ん張って、このパンチングボールを汚いゴリラの顔だと思って、思いっきり殴りなさい!」
「え、お妙さん、汚いゴリラって……?」
「***、いい蹴りは心意気が大事アル!変態男はぶちのめすって強く思うネ。このサンドバッグをエロ縮れ天パとか、キモいV字前髪男とかに見立てて、手加減なしで蹴るヨロシ!」
「えぇっ、天パ?ぶ、V字……?」
理解できないことは多々あったが、お妙と神楽は熱心に教えてくれた。***も2人に一生懸命こたえようとしたが、パコンッという音のするパンチと、ペチッと鳴るキックが限界だった。
いつまで経ってもふがいない護身術しかできない***に、ついにキャサリンが業を煮やした。
「オイ筋肉馬鹿共、ソノ腑抜ケタ女ニ、ドレダケ教エタトコロデ無意味ダッツーノ!仕方ガナイカラ、トッテオキノ奥義ヲ私ガ教エテヤルヨ。コッチニ来ナ」
これは武術ではないが、万が一の時に役立つ。そう言いながら、キャサリンは***の手首にカチャンッと手錠をはめた。
「えっ!?キャ、キャサリンさん、この手錠はなんですか?ど、どうするんですか!?」
「イイカラ見テナ。鍵ッ娘キャサリンニ掛カレバ、コンナノ目ェ閉ジテタッテ開ケラレル」
そう言ったキャサリンが、***の結った髪から簪を引き抜いた。その尖った先端を手錠の脇の小さな穴に挿しこむ。軽く手を動かしただけで、5秒もかからずに手錠は解けた。
「わぁっ……す、すごい、すごいですキャサリンさん!!これ、私でも出来ますか!?」
手錠をかけられる機会はそう無いけれど、キャサリンの鮮やかな手際に感動して、***はぜひ教えてほしいと言った。お妙と神楽に教わった護身術よりも、まだ出来そうな気もする。昔から手先は器用だし、スーパーのレジ打ちで指は鍛えられているから。
その予想通り、***はキャサリンから数回教わっただけで、見事に手錠外しをマスターした。お妙と神楽が感心するほど素早く、手元を見なくても開錠できるようになった頃、お登勢と新八が帰ってきた。
「なんだい、アンタ達まだやってたのかい。***ちゃんも疲れたろうから、いいかげん勘弁してやりなよ。ホラ、差し入れだ。さっさと取りに来なァ」
そう言ったお登勢の後ろで、新八がアイスの入ったコンビニ袋を差し出した。それがバーゲンダッシュだと気付いた途端、***を残して女3人が駆け出す。アイスに群がった3人を追いかけようとした***の肩に何かがトンッと当たった。神楽が持っていた巨大なサンドバッグが、支えを失ってぐらりと傾いてきた。
「うわわ、えッ……ちょっ、う、嘘っ!!?」
軽々と神楽が持っていたサンドバッグは、実際に持つととんでもなく重たかった。成人男性よりも更に大きいサイズのそれが、小さな身体に覆いかぶさってくる。ひぃぃぃと悲鳴を上げて、***は両手を突き出した。しかし、その重さと大きさに華奢な身体は後ろにのけ反って、踏んばった両足がずるずると床を滑った。
———もぉぉ~無理ぃぃぃ!こ、このままじゃ倒れて、下敷きになっちゃうよぉぉぉ~!!
そう思った瞬間、腰に回った何かが、傾いた***の身体を後ろからグンッと押し返した。背中が硬いものに受け止められると同時に、大きな手が目の前に現れてサンドバッグを押さえた。
「おっとぉぉ~、……あっぶねぇな、***」
「銀ちゃんっ!」
頭上から降ってきた声に振り向くと、銀時が立っていた。倒れる寸前だった身体を胸で受け止め、引き寄せるように***のお腹に手を添えていた。ダラけた顔の銀時は***を抱きかかえたまま、巨大なサンドバッグを片手でたやすく押し返した。
「っつーかお前、何やってんの?ひとり相撲?この砂袋相手に相撲とってたの?アレ、今日って護身術教室じゃなくて相撲教室だったっけ?お妙がインストラクターの相撲教室で、よく生き残れたな***~」
「相撲じゃなくて護身術ですよ。お妙さんと神楽ちゃんが、キックとかパンチとかを教えてくれたんです。私、運動音痴だから、あんまりうまく出来なかったけど……」
へらっと苦笑いをした***の腰から、銀時は腕を解いて興味なさげに「ふーん」と言った。
「別に出来なくていーんじゃねぇの?***のひ弱な腕やら、ほっせぇ脚やらでパンチだのキックだのされたって、痛くもかゆくもねーし。アイツらも分かってて教えてんだよ。護身術なんざお守りみてーなモンだって」
「そ、そうなの?でも、お妙さんも神楽ちゃんも、キャサリンさんもすごく熱心に教えてくれたよ?」
「そりゃ、***のことが心配だからだろ。お前、弱っちぃし能天気だし、どんくせぇしぃ~。銀さんだってどっかのサンドバッグの下で、自分の彼女がぺちゃんこにつぶれてんじゃねーかって、毎日気が気じゃねぇもん」
「そっ、そんなことあるわけないでしょ!銀ちゃんって優しいのか失礼なのか、分かんないですよね!」
ぶしつけなこと言われた***は、銀時の肩をパコンッと殴った。教わったとおりのパンチだったが全く効果はなく、銀時はゲラゲラと笑った。
「はぁ~!?なに今の!?全ッ然痛くねぇ~~~!オイ、***、ほんとに護身術教わったのかよ!?マッサージ習ったの間違いじゃねぇの!?」
「~~~~っ、ひ、ひどいッ!これでもちゃんとした護身術だもん!……そ、そもそも銀ちゃん、何しに来たんですか?町内会の手伝いは面倒だからパスって、今朝言ってなかったっけ?」
ヘラヘラ笑った銀時は、お妙に話があって来たと言った。珍しいと思い***は「なんの話ですか?」と問いかけたが、仕事の話としか教えてもらえなかった。
アイスに夢中なお妙の方へ、銀時は一歩踏み出したが、ふと足を止めて振り返る。急に***の頭を大きな手でグシャグシャと撫でた。
「よ~しよし***ちゃ~ん、頑張ってパンチの練習してえらかったですねぇ~……けどさぁ、お前は護身術なんざできなくたって問題ねぇだろ。そんなん使う前に、俺が***をぜってぇ守るし」
「っ……!!」
その言葉に***の心臓はドキンと飛び跳ねた。ふふんっと得意げに笑う銀時は、してやったりと言わんばかりの憎らしい顔をする。何か言って反論したいのに、胸が高鳴り過ぎて声ひとつ出せない。そのうちにほっぺたがぼわっと熱くなって、***は見なくても自分の顔が真っ赤だと分かった。それを見た銀時はぶっと吹き出した。
「ったく、なんつー顔してんだよ***~。あ、何、もしかしてお前、こーゆークサいセリフで喜んじゃうタイプ?それってチョロすぎない?初デートでホテルに連れ込まれる童貞くらい、チョロすぎなぁ~い?」
「ち、ちが、~~~っ、ぎ、銀ちゃん、いつもそんなこと言わないのに、急に言うから、ビックリしただけです!!」
「ふぅ~ん、びっくりねぇ~……まぁ、別にどーでもいいけどぉ~……あっ、そーだ、***、銀さん今日の夕飯ハンバーグがいいなぁ。チーズと目玉焼きが乗ってるヤツぅ~。なぁなぁ、大好きな彼氏のために、美味しいハンバーグ作ってくれる?」
「つ、作るッ!!!」
勢いよく返事をした***に、銀時はブハッと笑って「やっぱチョロすぎんな、お前」と言った。恥ずかしくて何度も髪を耳にかける***の頭を、大きな手がぽんぽんと撫でた。「先に帰ってろよ」と言った銀時が、片手をひらひらと振って離れていく。お妙に声を掛けて、ふたりそろって道場を出て行った。
夕方、帰り支度をした***を、新八が玄関で見送ってくれた。お登勢とキャサリンは町内会の集まりに行き、神楽は定春と散歩をしてから帰ると言った。志村家の前で皆と別れ、***はひとり夕方のタイムセールが迫る大江戸スーパーへと走った。
「ひき肉と玉ねぎと、卵は冷蔵庫にあったから、これで大丈夫だよね……よしっ、ハンバーグ作りますかぁ!」
買い物を終えた***は、ハンバーグの材料を安く手に入れてほくほく顔をする。銀時と神楽にたくさん食べてほしくて大量に買い込んだら、買い物袋はぱんぱんに膨れた。両手に大きな荷物を持ち、万事屋の階段をよろよろと昇りはじめる。
冬の日没は早く、通りはもう真っ暗だ。誰も帰ってきていない万事屋も階下のスナックも灯りがない。夕方にはいつも誰かが居るから、暗い万事屋を訪ねるのは珍しい。
‟けどさぁ、お前は護身術なんざできなくたって問題ねぇだろ。そんなん使う前に、俺が***をぜってぇ守るし”
その声がふと耳によみがえり、階段の途中で立ち止まる。まるで恋愛ドラマのセリフみたいだ。子どもっぽいとは分かっていても、思い返すたび胸がドキドキする。いつも***が見ているドラマを銀時は「こんな歯の浮くようなコト言う奴いねぇ」と馬鹿にするから、まさかあんなことを言われるとは予想もしなかった。
「っ……ぜ、絶対守るなんて、そんなの、なんか、プ、プロポーズみたいで、反則だよぉぉぉ~……」
うぅ、と顔を赤くして、その場でバタバタと足踏みをした。銀時にとっては冗談みたいな言葉でも、胸がいっぱいになるほど嬉しかった。銀ちゃんって時々ズルいほどかっこいい。そう思いながら***は溜息をひとつ吐いて、火照った顔のまま階段をようやく昇りきった。
ガラッ———
「定春、ただいまぁ~!ごはんだよ、ってそうか……神楽ちゃんとお散歩行ってるんだ」
玄関から廊下、そしてリビングまで真っ暗で、家中が静まり返っていた。下駄を脱ぎながら呼びかけても「ワンッ」といういつもの返事がなくて寂しい。部屋が暗いだけで不安になるなんて情けない。しっかりしなきゃ、と***は買い物袋を持つ手をぎゅっと握り直した。
台所に入ったが両手が塞がっていて電気のスイッチを押せない。真っ暗な中を手探りで進み、荷物を流し台の上に置いた。さぁ灯りを点けようと、キッチンの入口をふり返った瞬間、予想もしない異変が、***に襲いかかった。
「ん゙ん゙んッッッ!!?」
いきなり目の前に現れた黒い何かが、***の口を塞いだ。誰もいないはずの台所から、2本の腕が伸びてきた。反射的に出た悲鳴がのどの奥でくぐもる。暗闇の中でわけも分からない***が、自分の口を覆っているのが男の手だと気付いた瞬間、ハッと息を飲んで硬くなった。
———ご、強盗!?なんで万事屋に!?どうしよう!!わ、私、殺されるっ……!!
サァッと血の気が引き、ガタガタ震え出す。氷のような全身から嫌な汗が吹き出して、どうしよう・怖い・死にたくないという思いでいっぱいだった。太い腕でお腹を締め上げられて、背中にのしかかられたら、***の膝はガクッと折れた。すがるように伸ばした手が、シンクの上の買いもの袋に触れる。ひっくり返った荷物が、バタバタと音を立てて床に散らばると同時に、***はうつぶせで床に組み敷かれていた。
「んんっ、ん゙——ッ!」
***の脚に馬乗りになった男が、身体を重ねてくる。肩越しに振り返っても暗くて何も見えない。お金なら渡すから命だけは助けて。どうか痛めつけないで。祈るようにそう思ったが、男はゆっくりとした動きで、***のお尻や太ももをまさぐり始めた。
———こっ、これ強盗じゃない……ち、痴漢だッ!!
着物をたくし上げられ、太ももまで露わになる。脚の間に男が割り込んできて、開いた裾から襦袢の中に手を入れた。太ももの裏を淫らに撫でて、ショーツの上からお尻を揉んだ手がひどく熱い。その温度を感じた瞬間に***の全身に、ぞわぞわぞわっと鳥肌が立った。
———イヤだイヤだイヤだッ!!!銀ちゃん以外の人に、こんなことされるの、死んでもヤダッッ!!!
不快とか気持ち悪いとかのレベルではない。知らない男に触られることを、***の全身が拒絶していた。
「~~~っは、ゃ、やめて、誰か助けてッ!!!」
ぶんぶんと首を振って口から手を払う。必死の叫びに誰の返事もない。言葉にならない声を上げ、***は足をバタつかせ、腕をやたらめったらに振り上げた。小さな握りこぶしがペチンッと当たったが、大した効き目もなかった。***の口から離れた手が首と肩を探るように撫でて、襟の合わせ目から胸元にするっと入ってきた。
「やっ、やだぁぁぁぁっ……!!!」
嗚咽のような悲鳴を上げて、うまく息が出来ずにノドがひゅーひゅーと鳴った。肌着の中に挿しこまれた手が、ブラジャーごと乳房を揉みしだいた。お尻をまさぐっていた手がいつの間にか前に回っていて、下腹部とショーツの境目を指先で探っていた。
嫌だ、やめて、助けて、と髪を振り乱して叫んでいたが、骨ばった指がショーツの縁に掛かり、中まで入ってきそうになった瞬間、***はのどが張り裂けそうなほどの大声を上げた。
「やだぁああッ!!銀ちゃん、助けてッ!!!!!」
「ぶはっっっ!!!」
叫ぶと同時に下着から手が離れた。ふっと背中が軽くなって、身体の上から男が退いた。頭の後ろで吹き出した声に聞き覚えがあって、***はハッと目を見開く。ようやく瞳が暗闇に慣れて、床に転がる玉ねぎが見えた。肩をつかまれてくるんと仰向けに返されると、見知った顔が***を見下ろしていた。
「ぎっ、銀ちゃんッッッ……!!?」
「よぉ***、おかえり~、お前おっせぇよ」
あまりの驚きに頭がついていかない。恐怖の残る身体はガタガタと震え続ける。理解できないことに口をあんぐりとした***を見下ろして、銀時はゲラゲラと笑った。
「ギャハハハハッ!***の間抜けヅラ、マジでウケるんですけどぉ~……ったくよぉ、お前、護身術習ったっつーのに全ッ然じゃねぇか。手も足も出ねぇで、あっさり押し倒されちまってさぁ~」
「なっ……な、んで!?なんで、銀ちゃん、こんなことするんですか!?びっくりして私……し、死ぬかと思って、本当に怖かったんだよ!?ぎ、銀ちゃんの馬鹿!!最っ低!!!」
落ち着くと同時に怒りがこみ上げてきた。突然の恐怖と安堵に心が追い付いたら、目に涙がにじんだ。うっうっと嗚咽をこらえながら、***は両手の拳で銀時の肩を思い切り叩く。半笑いで「痛ぇな」と言った銀時をキッと睨んで、右手をもう一度高く振り上げた。
「おっと……んだよ、***、危ねぇだろーが」
振り下ろした***の右腕を、銀時は目もくれずに片手で受け止めた。意地になって突き出した左手の握りこぶしを、たやすくつかんでねじ伏せられる。ニヤつく銀時を見上げて、男女の力や経験値の圧倒的な差を感じたら、無力感に力が抜けた。あまりの悔しさに潤んだ瞳から涙がポタっと落ちた。
「ひ、酷いよ、銀ちゃん……護身術なんてお守りって言ったくせに、こっそり私を試すなんて……人を馬鹿にしてそんなに楽しいですか?簡単に押し倒されて殴れもしないのが、そんなにおかしい?ゎ、私だって出来るようになりたい。自分の身は自分で守れるように、なりたいもんっ……!」
ついさっきまで、銀時に言われた言葉が嬉しくて仕方がなかったのに。惚れ直しちゃう位かっこいいと思っていたのに。急転直下のような出来事に涙が堪えきれない。ぽろぽろと泣きはじめた***の両腕を、銀時が強く引っ張った。上体を起こすと着物は乱れきって、白い太ももが丸見えだった。
それを直す間もなく銀時に抱き寄せられる。あぐらをかいて座る銀時にまたがるように、脚を両脇に抱えられたら、向き合う身体がぴたりとくっ付いた。突然のことに驚いて***は身じろいだが、広い胸に腕ごと包み込まれて指一本抵抗できない。
「やっ……銀ちゃん、は、離してよ!」
「あ~~ハイハイ、わ~かったって***、泣くなって。大丈夫だから、もーしねぇからぁ。っとに、お前はどうしようもねぇな。別に俺、馬鹿にしてねーけど。むしろ、ちゃんと出来てたって褒めてやろーって思ってたんですけどぉ。人の話は最後まで聞いてくれます?***さぁ~ん」
「な、何を……?なんにも出来なかったら笑ったんでしょう?褒めるとこなんて、ひとつも無かったじゃないですか!」
抱きしめる腕の力がふっと緩んで、ほんの少し身体が離れた。横を向くとすぐ近くに銀時の顔があって、赤い瞳とじっと見つめ合った。暗闇の中でもその目が優しく笑っているのが分かる。普段の騒がしい声とは違う、静かな低い声で銀時は***にささやいた。
「ちゃんと出来てたじゃねーか、***。お前しっかり、バカでけぇ声で、銀ちゃん助けてって言えてただろ。殴るのも蹴るのも出来なくたって、俺ァ構わねぇよ。そんなん出来なくたって俺が***をぜってぇ守るって、さっき言ったろ?だから、お前は、助けてほしい時に俺の名前さえ呼べれば、それでいいんだっつーの。なぁ、***、わかったぁ~?」
「っ………!!!」
なにそれ、そんなの反則だよ。そんなこと言われたら、何も言い返せない。抱きしめられた腕の中で、銀時の香りと体温に包まれたら悔しいほど安心した。泣き止んだ***の身体から力が抜けて、へなへなと銀時に寄りかかる。
「ゎ、わかったよぉ……もぉ~~~っ、私がそういうのに弱いって知っててわざと言うの、ずるいです……銀ちゃんの馬鹿ぁ」
情けない声でそう言ったら、銀時はフッと笑った。熱くなりだした顔を見られたくなくて伏せようとしたが、その火照ったほほを銀時の手が包んで引き留めた。
「んっ……、」
ふにっと唇を押し付けるだけの優しいキスだった。閉じるのを忘れたまぶたの先で、やわらかい目つきの赤い瞳が***を見ていた。感触を確かめるみたいに、唇の端から端までチュッチュッと音を立てて口づけられる。
恥ずかしくてたまらないのに、銀時に触れられると心がほどけた。口づけられるほどもっと触れてほしくなる。きゅっと結んでいた小さな唇が緩んで、キスにこたえるように一瞬だけ動いたら、銀時は嬉しそうな声を出した。
「なに、もっとしてほしくなっちゃった?」
「っっ……、~~~ッ、」
唇をくっつけたままご機嫌な声で聞かれて、***は首まで真っ赤になる。それでも誘うように唇をこすり合わされたら堪らなくなって、とても小さくうなずいた。
自分からキスを求めて唇を動かしたのは初めてで、全身から湯気が出そうなほど恥ずかしい。
「ん、いーよ***、じゃ、口開けて」
「ぁ、んっ……ふぁっ!」
素直に開いた唇の隙間から、するりと舌が滑り込んでくる。ゆっくりと繊細に動く舌先が、***の小さな舌をトントンとつついた。舌の動きを教えるように導かれて、銀時の熱い舌と絡ませたら、潤んだ瞳がとろんとした。のどの奥まで流れ込んできた唾液を「んく、」と飲み込んだら、ますます深く口づけられた。
「ひ、っんぁ、ぎ、ひゃ……ぅ、くるしっ、んあッ」
後頭部をつかまれて、顔の角度を何度も変えて、うんと奥まで舌が入ってくる。苦しくて思わず***は銀時のシャツの胸元を両手でぎゅっと握った。
唇と舌をたっぷりと舐められて、どちらのものか分からないよだれで、口の中がいっぱいになった頃、ようやく長いキスは終わった。
「はぁっん、ぁ、ぎ、銀ちゃん……」
暗いキッチンに、***のノドがごくんっと鳴る音が響く。涙ぐんで息を整える姿を銀時が見つめていた。
「オイオイ、***、そーゆー顔すんなって。さっきまで怒ってたくせに目ぇトロンとしちまって……え、なに、もっとしたい?キスよりもっといいことしてぇ?ったく、しょーがねぇなぁ~~~!!」
「なななな何言って、や、やだ、もぉ離してよ!」
両脇に脚を抱えたまま、銀時が前に乗り出してくるから、***の身体はぐらりと後ろに傾いた。とっさに銀時の首につかまると、はだけた襟元にニヤけた顔をぐりぐりと押し付けられる。胸の膨らみの間に銀色の頭が沈んだ。ほほをスリスリとこすりつけた銀時が、胸元ですぅっと息を吸うと満足げな声を出す。
「はー…、銀さんさぁ、この体勢すきだわ」
「ちょ、やめっ……~~~~っ!!」
脚を引き寄せられた***のショーツのお尻に、銀時が腰をぐいぐいと押し付ける。その卑猥な動きに胸元まで赤く染めた***は、必死で抵抗した。
「ね、銀ちゃん、ダメだってば……もうご飯作るし、ハ、ハンバーグ食べたいって、言ってたじゃないですか」
「メシなんざ、どうでもいいわ。それより***の方が食いたい。全部このまま食っちまいたい。腹ァ減りすぎて、俺もう我慢できねぇって……なぁ、***もそーなんだろ?俺にもっと触られてぇって思ってんだろ?」
「やっ……、ぎ、んちゃ、」
近づいてくる唇を避けるように***は顔を背けた。首筋に口付けられ、耳のすぐ下をはむっと甘噛みされたら「んっ」と声が漏れる。小さな手で肩を押しても筋肉質な身体はびくともしない。はだけた着物の襟の合わせをつかまれて、ぐいっと開かれたら、胸元が下着ギリギリまで露わになる。涙目になった***が、これ以上は本当にダメと大きな声を出そうとした瞬間だった。
パチンッ———
「「え、」」
真っ暗だった台所が突然明るくなった。
「***に何してるネ、このエロ天パ野郎ォォォ!!!」
「か、神楽ちゃ、」
そろってキッチンの入り口をふり返ると、髪を逆立てた神楽が仁王立ちしていた。炎が見えるほどの怒りのオーラに、***は言葉を失った。神楽の後ろにいる定春が、銀時を見つめてグルル…と唸っていた。
「いやいやいやいやッ、神楽ちょっと待てって!違ぇって、これはそーゆーんじゃねぇって!オメーはなに勘違いしてんだよ!?これアレだぞ?お料理教室だぞ?料理上手な銀さんが、***を煮込みハンバーグにしちまうみたいな?とろとろでメロメロにしちゃうみたいな?だから、んな怖ぇ顔すんなよ神楽ちゃぁ~ん!!」
汗をダラダラと垂らした銀時の苦しすぎる言いわけは、全く効果がなかった。神楽の青い瞳がぐるりとキッチンを見回す。床に落ちる買い物袋と散乱する荷物は、明らかに争った形跡だ。組み敷く男と組み敷かれた女。はだけた着物から見える***の白い肌と太ももは震えている。いつもは綺麗な長い黒髪が、振り乱されてぐちゃぐちゃだった。そしてなにより***の瞳は涙でうるんでいた。
「な~にがお料理教室ネェェェ、私がお前をひき肉ミンチのハンバーグにしてやらァァァ、銀ちゃん、歯ァ食いしばれェェェェ!!!!」
「ちょ、神楽ッ、まっ、ギャアアアアア!!!!」
飛び掛かる神楽につかまれて、いともたやすく***から引き剥がされた銀時は、仰向けでボコボコに殴られはじめる。馬乗りになった神楽に、胸や腹を殴られ「ウガァァァ!」と叫ぶ銀時に、定春が近づく。すばやく銀時の頭にパクンッと噛みついた定春の口の中から、くぐもった悲鳴が聞こえた。
「***、たぁすけてぇぇぇぇ!300円あげるからぁぁぁ~~~!ンギャァァァ!!!」
「銀ちゃん、自業自得とはこのこと、だよ……」
呆気に取られてぽかんとした***がつぶやいた声は、拳を振るい続ける神楽や、ガジガジと噛み続ける定春には届かない。ましていたぶられる銀時には、届くはずもなかった。
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【(27)我慢の限界】end
手も足も出ません 言いわけひとつできません