銀ちゃんの愛する女の子
おいしい牛乳(恋人)
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【(22)赤いドレス】
大変なことになったと気付いたのは、車が走り出してからだった。運転席の若い男は人懐っこく笑って、バックミラー越しに***を見ていた。
「姫子に***さんみたいな優しい友達がいるとはねぇ」
そう言った男を助手席の姫子が、自分の彼氏だと紹介した。そして振り返って後部座席の***に笑いかけると「そうなの、***さんって本当に優しいでしょ!また助けてもらっちゃった!」と上機嫌に言った。
「ひ、姫子さん、助けるってその…、ストーカーから守るためにお家まで送るとか、そういうことじゃないんですか!?あの、これ、どこに行くんですか!?」
「どこってお店ですよ?今日、ウチのクラブのオープン記念で人出が足りなくって……それで困ってるから、助けてほしいって言ったじゃないですか!」
「困ってるから助けてとしか聞いてないです!クラブのお手伝いなんて、そんなの私には無理ですよ!」
「大丈夫ですよ***さん、ただ座ってるだけだから。それに……」
茶目っ気たっぷりの表情を浮かべて、姫子は***を見つめた。あれ、この人、こないだ万事屋で会った時とは別人みたい。ぼんやりそう思う***をよそに、姫子が無邪気に発したのは、驚愕の知らせだった。
「今夜はコスプレナイトっていうイベントなんです。***さんはチャイナドレスとか似合うと思うなぁ!」
「へっ……!?ココココ、コスプレッ!?チャイナドレスッ!?い、いやぁぁぁぁ!!!!」
叫びも空しく***を乗せた黒いワゴン車が駆けていく。行先はネオンきらめくキャバクラ通り。夕方6時のかぶき町に、夜のにぎわいが広がり始めていた。
同じ頃、真選組の屯所では近藤に1本の電話が入った。携帯の画面に表示された松平片栗虎の名前に、顔が引きつる。
「おぉ~い、近藤、キャバ行こうぜキャバ~。ひいきの店が1周年記念でよぉ。ぱーっとシャンペンタワー作ってぇ、オネーチャンたち喜ばせてぇ、男っぷりアピールしとかねぇとなぁ」
「いやぁ、とっつぁん……今日は俺、ほかに行きたい店があるんだがなぁ」
愛するお妙の店に行きたいと渋ったが、上司の誘いは断れない。他の隊士も連れてこいという松平の言葉に「分かった」と言って電話を切った。
「近藤さん、それでなんで俺と総悟も行かなきゃならねぇんだ。年の瀬のこのクソ忙しい時に、真選組の幹部3人がそろってクラブ遊びなんて外に知れてみろ。マスコミが黙っちゃいねぇーぞ」
「そう言うなよ、トシ。とっつぁんの誘いが命令と同じってことは、お前だってよく分かってるだろ。断ったらドタマ撃ち抜かれて、俺たちの死亡記事が明日の朝刊に載っちまうさ」
「そうですぜ土方さん、このクソ忙しい時にマスコミ騒がすのは、ナンバー2の死亡だけで十分でさぁ。そんなにキャバクラが嫌だってんなら、今すぐ俺が脳天ぶち抜いてやるよ土方コノヤロー」
「よぉ~し、総悟ォ、テメェもぶっ殺ぉぉす!!」
いつものやりとりをしながら、店に到着した頃には夜7時を過ぎていた。裏口から店内に入ると、中央の大きなテーブル席に、松平が女たちをはべらせていた。3人を見つけるとドスのきいた大声を上げた。
「おぉ~い、オメーらぁ、早く来やがれぇ。今夜はコスプレイベントだってからぁ、好みのかわい子ちゃんがよりどりみどりだ~。近藤、オメェは魔女っ子なんかど〜だぁ?オイ、トシ、むっつりスケベな副長さんは、スチュワーデスか?それともバニーガールかぁ!?」
空のボトルが何本も転がり、松平はとっくに出来上がっていた。真っ赤な顔で頭にはネクタイ。上司の憐れな姿ほど見苦しいものはない。こっちへ来いという声を適当にあしらい、キャバ嬢達の同席も断って、空いているソファ席に3人で座った。
「なんでぃ、コスプレっつーから、縄で縛られて火あぶりにあう恰好の女が見れると思ったが、ただ露出が多いってだけじゃねぇですかぃ。つまんねぇや」
白けた顔でそう言って、沖田は店内を見回した。どいつもこいつも胸や尻が見えそうな服を着ている。丸出しの谷間や豊満な身体は、どれも似たり寄ったりだ。
「近藤さん、あの変態ジジィにたらふく酒飲ませて、さっさとつぶしてずらかるぞ。ったく何がコスプレだ。妖怪みてぇな女どもがうじゃうじゃしやがって、うっとーしいったらありゃしねぇ」
煙草に火をつけながら、土方はイラ立ちを隠さない。自分たちを遠巻きにするキャバ嬢の視線がわずらわしい。警察の肩書だけを目当てに取り入ろうとする者たちの、探るような目配せに虫唾が走った。
「トシ、とっつぁんをつぶすには、テキーラにでも漬け込まなきゃ無理だぞ。そんなことより俺はお妙さんの店に行きたいよ。こうゆう若者向けの店は、どうも居心地が悪くて好きになれん」
近藤はスナックすまいるに思いを馳せた。あの店は女の子にコスプレなんてさせない。お妙はいつもの着物姿で十分美しい。肌を出さないからこそ色気がある。そう考えを巡らし、ひとりうんうんと頷いた。
三者三様でソファにたたずんでいると、店の奥から人を呼ぶ声が上がった。
「***ちゃーん、こっち、灰皿ちょうだい!」
「あ、はい、いま行きます!」
呼ばれた女が3人の前を駆けていく。紅いチャイナドレスは他のキャバ嬢に比べて露出が少ない。ハイネックで谷間は見えないし、豊満どころか華奢な身体には凹凸がない。膝上丈のスカートから伸びたすらりとした脚だけが、外気にさらされている。3人には気付かずに、女はたたたっと走り去った。
「「「***……?」」」
近藤と土方と沖田は同時につぶやいた。通り過ぎた小さな背中を目で追って、顔を見合わせる。確かに知っている女だが、こんなところにいるような女じゃないはず。3人の頭の上に大きなはてなマークが浮かんだ。
同じ頃、万事屋の3人は客引きをしていた。
「かわいい子いるアルよ~。寄ってくヨロシィ~ぃ、ぶえっくしょぉぉい!!!」
「神楽ちゃん汚いなぁ、ホラ鼻水拭いて……あ、お兄さん、1周年記念のイベントやってまーす。よかったらどうぞー!」
「オイ、新八ィ、ちゃんと気合入れて客引きしろよ。あのハゲ店長に、ノルマこなさねぇとバイト代無しって言われてんだかんな」
金曜の夜に舞い込んだキャバクラの客引きの仕事は、ノルマさえ達成すれば高報酬がもらえた。目標の新規客50人をなんとか呼び込もうと、3人は寒空の下、店の前で通行人に声をかけていた。
冷たい風の吹く路上で、神楽と新八は店から貸りた丈の長いダウンコートを羽織っている。銀時だけが店のマスコットキャラクターである、ピンクのクマの着ぐるみを着せられていた。
「銀ちゃんだけ着ぐるみズルいネ!こんな寒いなかでレディにこの上着1枚なんてありえないアル。その着ぐるみと上着、いますぐ交換するヨロシ!」
「オイ、いい加減にしろよ神楽ァ~、どう考えてもそっちのがあったけぇに決まってんだろ。こんなん頭が重いだけで、ただの薄い布だっつーの!!」
「そうだよ神楽ちゃん、鼻水垂らすほど寒いんだから、これ着てたほうがいいって……銀さんはそれ、大丈夫なんですか?ちゃんと前、見えてんですか?」
心配そうな新八の顔が、被り物ごしの視界にチラチラと映る。クマの目にあく穴は小さくて、前がよく見えない。仕方なく銀時は路上をふらふらと横断し、目に入る男たちを片っぱしから店の入り口に押し込んだ。
どの男も最初は抵抗するくせに、店内を見た途端まんざらでもない表情になる。中にはでれっと締まりのない顔をして入店する者までいた。
「ったくどいつもこいつも、だらしねぇ顔しやがってコノヤロー!この店の客は変態ばっかじゃねーか。なんだこのいかがわしい店は。そんなにいいのか!?そんなにコスプレの完成度たっけぇのか!?俺も見たいんですけど!?このクマ頭のせいで、なんも見えねぇんですけど!?オイ、神楽、着ぐるみ変わってやるよ!銀さんもセクシーコスプレのお姉さん見るぅぅぅ!!!」
「アンタがいちばん変態じゃねーか!もぉ~、銀さん、まじめに働いてくださいよ!!」
ちぇっ、新八のくせに生意気いいやがって。被り物の中で銀時は舌打ちをした。色っぽい女たちを見たいと思うのは男のサガだ。露出多めのナース服やら、ピチピチのメイド服やらをこの目におさめて、そこに***を重ねれば、夜な夜な自分を慰めるおかずになる。
その卑しい思惑に気付いているのかいないのか、新八は着ぐるみ姿の銀時の背中をつかんで、路上に押し戻した。「さっさとノルマ達成しますよ」と新八に言われて再び客引きを始める。
———別にいいけどぉ~。どーせ、こんな店で働いてるようなアバズレと、***は似てもに似つかねぇーし?巨乳のナースも、えっろいメイドも全然魅力ねーし?んなモンより普段着の***のほうが、よっぽど可愛いしぃぃ~!!
負け犬の遠吠えのごとく自分に言い聞かせて、銀時は道行く男たちをクマの姿で引き留め続けた。軽く誘導すればホイホイと入店していく。客を押し込むために開けたドアの隙間から、にぎわう店内の音や、明るい光が漏れ出てきた。時刻はもうすぐ夜8時。目標の50人まで、あと半分を切った。
「ふぅ、もう8時か……疲れたぁ……」
広い店内の端の、薄暗い一角で壁に背をもたれて、***はため息をついた。勝手の分からない店で、我ながらうまく立ち回っていると思う。テーブルには座らず裏方で、飲み物や灰皿を言われるがまま必死で運んだ。
店長に「今日だけのヘルプじゃなくて、正式に働きなよ」と言われたが断固拒否した。自分に接待なんて出来っこない。今だって客に引き留められないよう***は細心の注意を払っている。地味な顔立ちで目立たないから、空気のフリをするのは得意だ。
———それにしても、なにこの服……チャイナドレスってもっと丈が長いものじゃないの?こんなんじゃ、ちょっと足を開いたら、下着が丸見えだよ……
控室で渡されたミニの紅いチャイナドレスは、襟に金ボタンが光っていた。着るのを渋ったが、姫子に無理やり着せられた。クラブ向けのメイクをされ、髪は耳の横でふたつのお団子にされた。
コスチューム用の安っぽいドレスは、布が薄くてやけに身体に張り付く。半袖もミニスカートも着慣れないから、腕と脚の居心地が悪い。太ももの横に入ったスリットから下着が見えそうで、***は心もとなかった。
「ねぇ、君、俺達の席に来て座りなよ。好きなお酒、なんでも頼んであげるからさ」
知らない男に腕を取られた。ハッとして顔を上げた***の頭から足の先までを、男はなめまわすように見た。気付かれてしまったと肝を冷やして、***は苦笑いをしながら後ずさる。
「い、いいえ、すみませんが、ご遠慮します……私、お酒飲めないし、他の子たちがすぐに席に行きますから」
「いや、他はいいよ。君、顔は地味だけど脚がすごく綺麗だね。化粧も派手すぎないし、君みたいな大人しい子が俺のタイプなんだよ。ホラホラ、こっち来なって!」
腕をぐいぐいと引かれて、足を踏ん張ったが、慣れない8センチヒールが床をつるつると滑る。どうしよう、と***は狼狽した。男のいやらしい目つきが不快だった。知らない男の接待なんてしたくない。
向かう先のソファ席には男の仲間と数人のキャバ嬢がいた。腰を抱かれたり、ひざに座ったり、客とまるで恋人同士のように振る舞う女たちを見て、***の顔は真っ青になった。
———ヤダヤダヤダッ!こんなの聞いてないよ!こんなこと、私にはできない!できないっていうか、絶対にしたくない!誰か助けて!!!
店内を見回したが、頼みの綱の姫子が見当たらない。慌てる***の肩に男が腕をまわす。店長と視線がかち合って、目で助けを求めたが、口だけ「グッジョブ」と動かして親指を立ててきた。
絶望的な気分で半円形のソファに連れ込まれそうになった瞬間、肩にのる男の腕が退いて、別の誰かが***の手首をつかんで引き寄せた。
「おっと、お兄さん、すまんがなぁ……この子は先約があるんで離してもらうよ。なぁ、***ちゃん、早く俺たちのテーブルに来てくれるかな?みんな待ってるんだ」
「えっ……こ、近藤さん!!!?」
「な、なんだよアンタ!邪魔すんなよ!俺が先にこの女に声をかけたんだぞ!」
つかみかかろうとした男の腕を、近藤はたやすくひねり上げた。その俊敏な動きとは裏腹に、ガッハッハと悠長に笑う。ゔぅっと唸る男を見下ろして口を開いた。
「この女じゃないぞ、若造くんよ。彼女は***ちゃんといって、俺たち真選組のひいきの子なんだ。どうしてもと言うなら譲ってやらんこともないが……おまわりさんから横取りするからには、それなりの犠牲が必要になるが、その覚悟がお前にあるかい?」
「なっ……!ク、クソッ!!」
真選組の制服に気付いた男は、悔しそうに去って行った。同時に***の手首をつかんでいた近藤の手が離れる。
「いやぁ、すまんね、***ちゃん。困ってるみたいだったから、つい横やりを入れちまったよ」
頭をかきながらそう言った近藤に朗らかに笑いかけられたら、***は心底ホッとして、ようやく笑顔が戻った。
「近藤さん、ありがとうございました……あの、でも、どうしてこんなところにいるんですか?」
「それはこっちのセリフでぃ。***こそ、どーしてこんなとこにいやがる」
「えっ!?そ、総悟くんまで!!」
戸惑う***の背中を、沖田がぐいぐいと押す。導かれたソファ席には土方が座っていた。貧乏ゆすりをしながら煙草を吸う姿は、気が気じゃないという様子。もくもくとした煙に包まれた顔の表情は、よく見えなかった。
「土方さん?」と言ったきり、***は立ちすくんだ。紫煙の切れ目から、瞳孔の開いた目にギロリと睨まれたから。妹の素行の悪さにお兄ちゃんはご立腹、というところだ。
「ゴラァ、***~…、なんでお前がこんな店にいやがる。でもって、なんつー恰好してんだオメーは……そこんとこひとつ詳しく、怖~い警察官の俺たちでも納得できるように、ワケを説明してもらおうか?」
「ひ、ひぃぃぃっ!!!」
———ここにいるワケ?そんなの私が知りたいよ!急に連れてこられて、無理やり働かされてるなんて、私だって納得できない……本当なら今ごろ、お家でのんびりしてたはずなのに……なのになんで、私は、こんな馬鹿みたいな紅いドレス着て、警察官に取り囲まれてるの!?
気付けばソファに押し込められ、前に土方、後ろに沖田、さらにその後ろに近藤が控えていた。客ひとりに女の子が数人つくのが相場だが、なぜか***の周りに3人の客がいる。口ごもって黒目をユラユラと揺らす***を、鬼の副長が鋭い目つきで見下ろしていた。
9時をすぎて、ようやく万事屋の仕事は終わった。
目標の50人を超える客を呼び込み、店はにぎわっていた。ようやく屋内に入り、店の隅で店長からバイト代をもらう。クマの頭を外した銀時に向かって、ハゲ店長は報酬の札束を数えながら話しかけた。
「銀さんも遊んでいかねーか?今日入った新しい子、まぁまぁ可愛くてオススメだよ。お得意様価格で安くまけてやるからさぁ」
「ケッ!人をこき使っといて、そのうえ金まで巻き上げようってか。このドケチハゲ店長め……ま、セクシーなネーチャンたちなら見てやらねぇこともねーけどぉ」
疲れてキャバクラ遊びをする元気なんてない。それでも目は勝手にフロアを泳いだ。隣にいた神楽が、熱心に店内を見る銀時に気付き、嫌悪感あらわに叫んだ。
「こんの変態エロ天パ野郎!銀ちゃんは***がいるんだから、キャバ嬢なんかに用なしヨ!***が許しても私が許さないネ!こんな店おかしいアル。コスプレとか言って、ただピチピチした服着てるだけヨ。この店のキャバ嬢より、かぶき町の女王こと神楽さまの方がよっぽどセクシーネ。ほれほれ、この麗しいチャイナ服姿を見るヨロシ!!」
「へーへー、そうですねー。酢こんぶ星の女王こと神楽さまは、さっさと星に帰ってくんね?お前のすっぱいチャイナ服姿には、銀さん見飽きてっから。見過ぎて目から酢が出ちまいそうだからぁ~……っつーか、そもそもチャイナ服って全然そそらねぇんだよな。着てるのが神楽じゃなくても、露出が少なすぎて全然魅力ねぇっつーかさぁ。やっぱコスプレっつったらナースだろ!?ピンクの襟の隙間から見える、胸の谷間だろぉぉぉ!!!」
神楽を押しのけて一歩踏み出すと、銀時はさらに店内を物色する。きわどい恰好の女だらけで、男たちが鼻の下を伸ばした理由がよく分かる。メイドにナースにバニーガール、セーラー服やスチュワーデス。これだけいれば、ひとりくらいは***に似た女が見つかるかもしれない。
「なっっ………!!?」
しかし、その下世話な期待は、予想もしない形で裏切られた。にやけた銀時の視界に、***に似た女どころか、***本人の姿が飛び込んできたから。
へらへらしていた顔が一瞬で凍り付いて、あまりの驚きに大きな声が出た。
「は、はぁぁぁぁぁぁ!!!!?」
「うわぁ、びっくりした!なんですか銀さん、急に大きな声出さないでくださいよ!」
すぐ近くにいた新八が飛び上がる。銀時は口をあんぐりと開けて、遠くのソファ席を見ていた。その視線を追った新八も、そこに広がる光景に驚いて目を見開いた。
「なっ!?あ、あれって、***さん!!?」
チャイナドレスを着た***が、男と向い合って座っている。それだけで十分驚いたのに、更に驚愕したのは同席している男が真選組の土方だったからだ。
「ちょ、ちょっと、銀さん、どどどど、どーゆーことですかっ!?***さん、なんでここにいるんですか!?」
その問いに銀時は答えられない。信じられない想いで、ただ***を見つめるしかできなかった。
———嘘だ、***がこんな店にいるはずない
一瞬そう思ったが、凝視した女のどこを見ても、それは間違いなく自分の恋人の姿だった。この店に似つかわしくない、あのあどけない顔、澄んだ黒い瞳、細い首とひ弱な腕、うなじで揺れる後れ毛。どれも間違いなく***のものだ。
***の膝に、黒いジャケットがかかっていた。その隙間から生足がちらちらと見える。白いふくらはぎの陶器のようにすべすべとした手ざわりを思い出して、銀時はこぶしを強く握りしめた。
なぜここにいるのか、という疑問の次にやってきたのは、強い怒りだった。
土方と***の距離が近すぎる。まるでキスでもしそうなほど顔を寄せ合っている。目を凝らすと、土方の手は***の胸元に伸びていた。
胸の上の辺りをつかまれた姿は、服を脱がされている途中のように見えた。しかし***は抵抗するそぶりも見せない。まさか酒でも飲まされたか。そしてあの変態マヨラーの言いなりになってるのか。
「クソ野郎がッッッ………!!!」
その声に新八がハッとして顔を上げる。そこには怒りに満ちた表情の銀時がいた。ついさっきまで死んだ魚のようだった目が今はギラギラと光りと、血走っている。
これはマズイ、とっさに新八は思った。童貞ながら男女関係の機微くらいは分かる。きっと***には何か事情があるのだ、そう言って銀時をなだめようとした。
「銀さん、落ち着いて!きっと***さんは、」
ギリギリギリッ……———
音が鳴るほど強く歯を噛みしめた銀時の、顔にビキビキと血管が浮き上がる。頭から火でも噴きそうなのに、瞳があまりにも冷たくて、驚いた新八は言葉を失った。銀時は何も言わずに、再びピンクのクマの頭を被った。
「オイ、新八ィ……あのハゲから金受け取って、神楽連れて先に帰れ……っつーか、今日はお前んちに神楽泊めろ。金は好きに使っていーから。そんじゃーな」
「ちょ、ちょっと銀さん、ま、待ってください!」
新八の制止は何の役にも立たない。既にピンクのクマはフロアに踏み出していた。その足は土方と***のいるテーブルへ、一直線に進んでいた。
「ぎ、銀さん!あんまり騒いで、***さんを困らせないでくださいよ!……って言っても、無駄かぁ~……」
その声が届かないと分かって、新八は肩を落とした。クマの後ろ姿はどんどん遠ざかっていく。激しい怒りで沸騰したような表情を見た後では、被り物の頭から湯気が出ているようにすら見えた。
———まったく……***さんのことになると、急に見境もなく、子どもっぽくなるんだよなぁ、あの馬鹿天パは……
内心そう思いながら、新八が小さくついたため息は、キャバクラの明るいBGMにかき消された。
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【(22)紅いドレス】end
"ウォーアイニー(1)"
今日、心許ナシ 乙女心ハユラユラ
大変なことになったと気付いたのは、車が走り出してからだった。運転席の若い男は人懐っこく笑って、バックミラー越しに***を見ていた。
「姫子に***さんみたいな優しい友達がいるとはねぇ」
そう言った男を助手席の姫子が、自分の彼氏だと紹介した。そして振り返って後部座席の***に笑いかけると「そうなの、***さんって本当に優しいでしょ!また助けてもらっちゃった!」と上機嫌に言った。
「ひ、姫子さん、助けるってその…、ストーカーから守るためにお家まで送るとか、そういうことじゃないんですか!?あの、これ、どこに行くんですか!?」
「どこってお店ですよ?今日、ウチのクラブのオープン記念で人出が足りなくって……それで困ってるから、助けてほしいって言ったじゃないですか!」
「困ってるから助けてとしか聞いてないです!クラブのお手伝いなんて、そんなの私には無理ですよ!」
「大丈夫ですよ***さん、ただ座ってるだけだから。それに……」
茶目っ気たっぷりの表情を浮かべて、姫子は***を見つめた。あれ、この人、こないだ万事屋で会った時とは別人みたい。ぼんやりそう思う***をよそに、姫子が無邪気に発したのは、驚愕の知らせだった。
「今夜はコスプレナイトっていうイベントなんです。***さんはチャイナドレスとか似合うと思うなぁ!」
「へっ……!?ココココ、コスプレッ!?チャイナドレスッ!?い、いやぁぁぁぁ!!!!」
叫びも空しく***を乗せた黒いワゴン車が駆けていく。行先はネオンきらめくキャバクラ通り。夕方6時のかぶき町に、夜のにぎわいが広がり始めていた。
同じ頃、真選組の屯所では近藤に1本の電話が入った。携帯の画面に表示された松平片栗虎の名前に、顔が引きつる。
「おぉ~い、近藤、キャバ行こうぜキャバ~。ひいきの店が1周年記念でよぉ。ぱーっとシャンペンタワー作ってぇ、オネーチャンたち喜ばせてぇ、男っぷりアピールしとかねぇとなぁ」
「いやぁ、とっつぁん……今日は俺、ほかに行きたい店があるんだがなぁ」
愛するお妙の店に行きたいと渋ったが、上司の誘いは断れない。他の隊士も連れてこいという松平の言葉に「分かった」と言って電話を切った。
「近藤さん、それでなんで俺と総悟も行かなきゃならねぇんだ。年の瀬のこのクソ忙しい時に、真選組の幹部3人がそろってクラブ遊びなんて外に知れてみろ。マスコミが黙っちゃいねぇーぞ」
「そう言うなよ、トシ。とっつぁんの誘いが命令と同じってことは、お前だってよく分かってるだろ。断ったらドタマ撃ち抜かれて、俺たちの死亡記事が明日の朝刊に載っちまうさ」
「そうですぜ土方さん、このクソ忙しい時にマスコミ騒がすのは、ナンバー2の死亡だけで十分でさぁ。そんなにキャバクラが嫌だってんなら、今すぐ俺が脳天ぶち抜いてやるよ土方コノヤロー」
「よぉ~し、総悟ォ、テメェもぶっ殺ぉぉす!!」
いつものやりとりをしながら、店に到着した頃には夜7時を過ぎていた。裏口から店内に入ると、中央の大きなテーブル席に、松平が女たちをはべらせていた。3人を見つけるとドスのきいた大声を上げた。
「おぉ~い、オメーらぁ、早く来やがれぇ。今夜はコスプレイベントだってからぁ、好みのかわい子ちゃんがよりどりみどりだ~。近藤、オメェは魔女っ子なんかど〜だぁ?オイ、トシ、むっつりスケベな副長さんは、スチュワーデスか?それともバニーガールかぁ!?」
空のボトルが何本も転がり、松平はとっくに出来上がっていた。真っ赤な顔で頭にはネクタイ。上司の憐れな姿ほど見苦しいものはない。こっちへ来いという声を適当にあしらい、キャバ嬢達の同席も断って、空いているソファ席に3人で座った。
「なんでぃ、コスプレっつーから、縄で縛られて火あぶりにあう恰好の女が見れると思ったが、ただ露出が多いってだけじゃねぇですかぃ。つまんねぇや」
白けた顔でそう言って、沖田は店内を見回した。どいつもこいつも胸や尻が見えそうな服を着ている。丸出しの谷間や豊満な身体は、どれも似たり寄ったりだ。
「近藤さん、あの変態ジジィにたらふく酒飲ませて、さっさとつぶしてずらかるぞ。ったく何がコスプレだ。妖怪みてぇな女どもがうじゃうじゃしやがって、うっとーしいったらありゃしねぇ」
煙草に火をつけながら、土方はイラ立ちを隠さない。自分たちを遠巻きにするキャバ嬢の視線がわずらわしい。警察の肩書だけを目当てに取り入ろうとする者たちの、探るような目配せに虫唾が走った。
「トシ、とっつぁんをつぶすには、テキーラにでも漬け込まなきゃ無理だぞ。そんなことより俺はお妙さんの店に行きたいよ。こうゆう若者向けの店は、どうも居心地が悪くて好きになれん」
近藤はスナックすまいるに思いを馳せた。あの店は女の子にコスプレなんてさせない。お妙はいつもの着物姿で十分美しい。肌を出さないからこそ色気がある。そう考えを巡らし、ひとりうんうんと頷いた。
三者三様でソファにたたずんでいると、店の奥から人を呼ぶ声が上がった。
「***ちゃーん、こっち、灰皿ちょうだい!」
「あ、はい、いま行きます!」
呼ばれた女が3人の前を駆けていく。紅いチャイナドレスは他のキャバ嬢に比べて露出が少ない。ハイネックで谷間は見えないし、豊満どころか華奢な身体には凹凸がない。膝上丈のスカートから伸びたすらりとした脚だけが、外気にさらされている。3人には気付かずに、女はたたたっと走り去った。
「「「***……?」」」
近藤と土方と沖田は同時につぶやいた。通り過ぎた小さな背中を目で追って、顔を見合わせる。確かに知っている女だが、こんなところにいるような女じゃないはず。3人の頭の上に大きなはてなマークが浮かんだ。
同じ頃、万事屋の3人は客引きをしていた。
「かわいい子いるアルよ~。寄ってくヨロシィ~ぃ、ぶえっくしょぉぉい!!!」
「神楽ちゃん汚いなぁ、ホラ鼻水拭いて……あ、お兄さん、1周年記念のイベントやってまーす。よかったらどうぞー!」
「オイ、新八ィ、ちゃんと気合入れて客引きしろよ。あのハゲ店長に、ノルマこなさねぇとバイト代無しって言われてんだかんな」
金曜の夜に舞い込んだキャバクラの客引きの仕事は、ノルマさえ達成すれば高報酬がもらえた。目標の新規客50人をなんとか呼び込もうと、3人は寒空の下、店の前で通行人に声をかけていた。
冷たい風の吹く路上で、神楽と新八は店から貸りた丈の長いダウンコートを羽織っている。銀時だけが店のマスコットキャラクターである、ピンクのクマの着ぐるみを着せられていた。
「銀ちゃんだけ着ぐるみズルいネ!こんな寒いなかでレディにこの上着1枚なんてありえないアル。その着ぐるみと上着、いますぐ交換するヨロシ!」
「オイ、いい加減にしろよ神楽ァ~、どう考えてもそっちのがあったけぇに決まってんだろ。こんなん頭が重いだけで、ただの薄い布だっつーの!!」
「そうだよ神楽ちゃん、鼻水垂らすほど寒いんだから、これ着てたほうがいいって……銀さんはそれ、大丈夫なんですか?ちゃんと前、見えてんですか?」
心配そうな新八の顔が、被り物ごしの視界にチラチラと映る。クマの目にあく穴は小さくて、前がよく見えない。仕方なく銀時は路上をふらふらと横断し、目に入る男たちを片っぱしから店の入り口に押し込んだ。
どの男も最初は抵抗するくせに、店内を見た途端まんざらでもない表情になる。中にはでれっと締まりのない顔をして入店する者までいた。
「ったくどいつもこいつも、だらしねぇ顔しやがってコノヤロー!この店の客は変態ばっかじゃねーか。なんだこのいかがわしい店は。そんなにいいのか!?そんなにコスプレの完成度たっけぇのか!?俺も見たいんですけど!?このクマ頭のせいで、なんも見えねぇんですけど!?オイ、神楽、着ぐるみ変わってやるよ!銀さんもセクシーコスプレのお姉さん見るぅぅぅ!!!」
「アンタがいちばん変態じゃねーか!もぉ~、銀さん、まじめに働いてくださいよ!!」
ちぇっ、新八のくせに生意気いいやがって。被り物の中で銀時は舌打ちをした。色っぽい女たちを見たいと思うのは男のサガだ。露出多めのナース服やら、ピチピチのメイド服やらをこの目におさめて、そこに***を重ねれば、夜な夜な自分を慰めるおかずになる。
その卑しい思惑に気付いているのかいないのか、新八は着ぐるみ姿の銀時の背中をつかんで、路上に押し戻した。「さっさとノルマ達成しますよ」と新八に言われて再び客引きを始める。
———別にいいけどぉ~。どーせ、こんな店で働いてるようなアバズレと、***は似てもに似つかねぇーし?巨乳のナースも、えっろいメイドも全然魅力ねーし?んなモンより普段着の***のほうが、よっぽど可愛いしぃぃ~!!
負け犬の遠吠えのごとく自分に言い聞かせて、銀時は道行く男たちをクマの姿で引き留め続けた。軽く誘導すればホイホイと入店していく。客を押し込むために開けたドアの隙間から、にぎわう店内の音や、明るい光が漏れ出てきた。時刻はもうすぐ夜8時。目標の50人まで、あと半分を切った。
「ふぅ、もう8時か……疲れたぁ……」
広い店内の端の、薄暗い一角で壁に背をもたれて、***はため息をついた。勝手の分からない店で、我ながらうまく立ち回っていると思う。テーブルには座らず裏方で、飲み物や灰皿を言われるがまま必死で運んだ。
店長に「今日だけのヘルプじゃなくて、正式に働きなよ」と言われたが断固拒否した。自分に接待なんて出来っこない。今だって客に引き留められないよう***は細心の注意を払っている。地味な顔立ちで目立たないから、空気のフリをするのは得意だ。
———それにしても、なにこの服……チャイナドレスってもっと丈が長いものじゃないの?こんなんじゃ、ちょっと足を開いたら、下着が丸見えだよ……
控室で渡されたミニの紅いチャイナドレスは、襟に金ボタンが光っていた。着るのを渋ったが、姫子に無理やり着せられた。クラブ向けのメイクをされ、髪は耳の横でふたつのお団子にされた。
コスチューム用の安っぽいドレスは、布が薄くてやけに身体に張り付く。半袖もミニスカートも着慣れないから、腕と脚の居心地が悪い。太ももの横に入ったスリットから下着が見えそうで、***は心もとなかった。
「ねぇ、君、俺達の席に来て座りなよ。好きなお酒、なんでも頼んであげるからさ」
知らない男に腕を取られた。ハッとして顔を上げた***の頭から足の先までを、男はなめまわすように見た。気付かれてしまったと肝を冷やして、***は苦笑いをしながら後ずさる。
「い、いいえ、すみませんが、ご遠慮します……私、お酒飲めないし、他の子たちがすぐに席に行きますから」
「いや、他はいいよ。君、顔は地味だけど脚がすごく綺麗だね。化粧も派手すぎないし、君みたいな大人しい子が俺のタイプなんだよ。ホラホラ、こっち来なって!」
腕をぐいぐいと引かれて、足を踏ん張ったが、慣れない8センチヒールが床をつるつると滑る。どうしよう、と***は狼狽した。男のいやらしい目つきが不快だった。知らない男の接待なんてしたくない。
向かう先のソファ席には男の仲間と数人のキャバ嬢がいた。腰を抱かれたり、ひざに座ったり、客とまるで恋人同士のように振る舞う女たちを見て、***の顔は真っ青になった。
———ヤダヤダヤダッ!こんなの聞いてないよ!こんなこと、私にはできない!できないっていうか、絶対にしたくない!誰か助けて!!!
店内を見回したが、頼みの綱の姫子が見当たらない。慌てる***の肩に男が腕をまわす。店長と視線がかち合って、目で助けを求めたが、口だけ「グッジョブ」と動かして親指を立ててきた。
絶望的な気分で半円形のソファに連れ込まれそうになった瞬間、肩にのる男の腕が退いて、別の誰かが***の手首をつかんで引き寄せた。
「おっと、お兄さん、すまんがなぁ……この子は先約があるんで離してもらうよ。なぁ、***ちゃん、早く俺たちのテーブルに来てくれるかな?みんな待ってるんだ」
「えっ……こ、近藤さん!!!?」
「な、なんだよアンタ!邪魔すんなよ!俺が先にこの女に声をかけたんだぞ!」
つかみかかろうとした男の腕を、近藤はたやすくひねり上げた。その俊敏な動きとは裏腹に、ガッハッハと悠長に笑う。ゔぅっと唸る男を見下ろして口を開いた。
「この女じゃないぞ、若造くんよ。彼女は***ちゃんといって、俺たち真選組のひいきの子なんだ。どうしてもと言うなら譲ってやらんこともないが……おまわりさんから横取りするからには、それなりの犠牲が必要になるが、その覚悟がお前にあるかい?」
「なっ……!ク、クソッ!!」
真選組の制服に気付いた男は、悔しそうに去って行った。同時に***の手首をつかんでいた近藤の手が離れる。
「いやぁ、すまんね、***ちゃん。困ってるみたいだったから、つい横やりを入れちまったよ」
頭をかきながらそう言った近藤に朗らかに笑いかけられたら、***は心底ホッとして、ようやく笑顔が戻った。
「近藤さん、ありがとうございました……あの、でも、どうしてこんなところにいるんですか?」
「それはこっちのセリフでぃ。***こそ、どーしてこんなとこにいやがる」
「えっ!?そ、総悟くんまで!!」
戸惑う***の背中を、沖田がぐいぐいと押す。導かれたソファ席には土方が座っていた。貧乏ゆすりをしながら煙草を吸う姿は、気が気じゃないという様子。もくもくとした煙に包まれた顔の表情は、よく見えなかった。
「土方さん?」と言ったきり、***は立ちすくんだ。紫煙の切れ目から、瞳孔の開いた目にギロリと睨まれたから。妹の素行の悪さにお兄ちゃんはご立腹、というところだ。
「ゴラァ、***~…、なんでお前がこんな店にいやがる。でもって、なんつー恰好してんだオメーは……そこんとこひとつ詳しく、怖~い警察官の俺たちでも納得できるように、ワケを説明してもらおうか?」
「ひ、ひぃぃぃっ!!!」
———ここにいるワケ?そんなの私が知りたいよ!急に連れてこられて、無理やり働かされてるなんて、私だって納得できない……本当なら今ごろ、お家でのんびりしてたはずなのに……なのになんで、私は、こんな馬鹿みたいな紅いドレス着て、警察官に取り囲まれてるの!?
気付けばソファに押し込められ、前に土方、後ろに沖田、さらにその後ろに近藤が控えていた。客ひとりに女の子が数人つくのが相場だが、なぜか***の周りに3人の客がいる。口ごもって黒目をユラユラと揺らす***を、鬼の副長が鋭い目つきで見下ろしていた。
9時をすぎて、ようやく万事屋の仕事は終わった。
目標の50人を超える客を呼び込み、店はにぎわっていた。ようやく屋内に入り、店の隅で店長からバイト代をもらう。クマの頭を外した銀時に向かって、ハゲ店長は報酬の札束を数えながら話しかけた。
「銀さんも遊んでいかねーか?今日入った新しい子、まぁまぁ可愛くてオススメだよ。お得意様価格で安くまけてやるからさぁ」
「ケッ!人をこき使っといて、そのうえ金まで巻き上げようってか。このドケチハゲ店長め……ま、セクシーなネーチャンたちなら見てやらねぇこともねーけどぉ」
疲れてキャバクラ遊びをする元気なんてない。それでも目は勝手にフロアを泳いだ。隣にいた神楽が、熱心に店内を見る銀時に気付き、嫌悪感あらわに叫んだ。
「こんの変態エロ天パ野郎!銀ちゃんは***がいるんだから、キャバ嬢なんかに用なしヨ!***が許しても私が許さないネ!こんな店おかしいアル。コスプレとか言って、ただピチピチした服着てるだけヨ。この店のキャバ嬢より、かぶき町の女王こと神楽さまの方がよっぽどセクシーネ。ほれほれ、この麗しいチャイナ服姿を見るヨロシ!!」
「へーへー、そうですねー。酢こんぶ星の女王こと神楽さまは、さっさと星に帰ってくんね?お前のすっぱいチャイナ服姿には、銀さん見飽きてっから。見過ぎて目から酢が出ちまいそうだからぁ~……っつーか、そもそもチャイナ服って全然そそらねぇんだよな。着てるのが神楽じゃなくても、露出が少なすぎて全然魅力ねぇっつーかさぁ。やっぱコスプレっつったらナースだろ!?ピンクの襟の隙間から見える、胸の谷間だろぉぉぉ!!!」
神楽を押しのけて一歩踏み出すと、銀時はさらに店内を物色する。きわどい恰好の女だらけで、男たちが鼻の下を伸ばした理由がよく分かる。メイドにナースにバニーガール、セーラー服やスチュワーデス。これだけいれば、ひとりくらいは***に似た女が見つかるかもしれない。
「なっっ………!!?」
しかし、その下世話な期待は、予想もしない形で裏切られた。にやけた銀時の視界に、***に似た女どころか、***本人の姿が飛び込んできたから。
へらへらしていた顔が一瞬で凍り付いて、あまりの驚きに大きな声が出た。
「は、はぁぁぁぁぁぁ!!!!?」
「うわぁ、びっくりした!なんですか銀さん、急に大きな声出さないでくださいよ!」
すぐ近くにいた新八が飛び上がる。銀時は口をあんぐりと開けて、遠くのソファ席を見ていた。その視線を追った新八も、そこに広がる光景に驚いて目を見開いた。
「なっ!?あ、あれって、***さん!!?」
チャイナドレスを着た***が、男と向い合って座っている。それだけで十分驚いたのに、更に驚愕したのは同席している男が真選組の土方だったからだ。
「ちょ、ちょっと、銀さん、どどどど、どーゆーことですかっ!?***さん、なんでここにいるんですか!?」
その問いに銀時は答えられない。信じられない想いで、ただ***を見つめるしかできなかった。
———嘘だ、***がこんな店にいるはずない
一瞬そう思ったが、凝視した女のどこを見ても、それは間違いなく自分の恋人の姿だった。この店に似つかわしくない、あのあどけない顔、澄んだ黒い瞳、細い首とひ弱な腕、うなじで揺れる後れ毛。どれも間違いなく***のものだ。
***の膝に、黒いジャケットがかかっていた。その隙間から生足がちらちらと見える。白いふくらはぎの陶器のようにすべすべとした手ざわりを思い出して、銀時はこぶしを強く握りしめた。
なぜここにいるのか、という疑問の次にやってきたのは、強い怒りだった。
土方と***の距離が近すぎる。まるでキスでもしそうなほど顔を寄せ合っている。目を凝らすと、土方の手は***の胸元に伸びていた。
胸の上の辺りをつかまれた姿は、服を脱がされている途中のように見えた。しかし***は抵抗するそぶりも見せない。まさか酒でも飲まされたか。そしてあの変態マヨラーの言いなりになってるのか。
「クソ野郎がッッッ………!!!」
その声に新八がハッとして顔を上げる。そこには怒りに満ちた表情の銀時がいた。ついさっきまで死んだ魚のようだった目が今はギラギラと光りと、血走っている。
これはマズイ、とっさに新八は思った。童貞ながら男女関係の機微くらいは分かる。きっと***には何か事情があるのだ、そう言って銀時をなだめようとした。
「銀さん、落ち着いて!きっと***さんは、」
ギリギリギリッ……———
音が鳴るほど強く歯を噛みしめた銀時の、顔にビキビキと血管が浮き上がる。頭から火でも噴きそうなのに、瞳があまりにも冷たくて、驚いた新八は言葉を失った。銀時は何も言わずに、再びピンクのクマの頭を被った。
「オイ、新八ィ……あのハゲから金受け取って、神楽連れて先に帰れ……っつーか、今日はお前んちに神楽泊めろ。金は好きに使っていーから。そんじゃーな」
「ちょ、ちょっと銀さん、ま、待ってください!」
新八の制止は何の役にも立たない。既にピンクのクマはフロアに踏み出していた。その足は土方と***のいるテーブルへ、一直線に進んでいた。
「ぎ、銀さん!あんまり騒いで、***さんを困らせないでくださいよ!……って言っても、無駄かぁ~……」
その声が届かないと分かって、新八は肩を落とした。クマの後ろ姿はどんどん遠ざかっていく。激しい怒りで沸騰したような表情を見た後では、被り物の頭から湯気が出ているようにすら見えた。
———まったく……***さんのことになると、急に見境もなく、子どもっぽくなるんだよなぁ、あの馬鹿天パは……
内心そう思いながら、新八が小さくついたため息は、キャバクラの明るいBGMにかき消された。
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【(22)紅いドレス】end
"ウォーアイニー(1)"
今日、心許ナシ 乙女心ハユラユラ