銀ちゃんの愛する女の子
おいしい牛乳(恋人)
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【(20)護身術女と変態男】
「悪いわねぇ***さん、配達終わりにわざわざ寄ってもらっちゃって」
「いえ、そんな!お妙さんこそ、さっきお仕事から帰ってきたばかりなのに、お邪魔しちゃってすみません」
いいのよ、と笑ってお妙が茶を差し出す。志村家の居間に向かい合わせで座って***は恐縮していた。スナックすまいるから帰ってきたばかりのお妙はきっと疲れている。だから集金だけしたらすぐに帰ろうと思っていたのだ。しかし戸を開けたお妙に腕をつかまれて、気付いたら部屋の中まで連れ込まれていた。
「あのぅ、お妙さん、それで私に話っていうのは……」
「あ、そうそう、コレなのよ!」
遠慮がちに聞いた***に、お妙は1枚のチラシを差し出した。そこには大きな文字で『かぶき町・町内会主催 / 護身術教室』と書かれていた。
「お登勢さんに頼まれて、うちの道場で護身術教室をすることになったのよ」
「え、お妙さんが護身術を教えるんですか?教わるんじゃなくて?」
「そうなの、私もびっくりしたんだけど……ほら私、お店で変な客に身体を触られた時に、軽く技をかけたりするじゃない?それを皆に教えてやってくれって言われたの。最近のかぶき町は風紀が乱れて、怖い思いをする女の子が多いからって」
困り顔のお妙がそう言って首を傾げる。キャバクラでは客に身体を触られることもあるのか、それは大変だなぁと呑気に考えていた***に向かって、お妙がにこやかに口を開いた。
「来月だから、まだ先だけど、よかったら***さんにもこの護身術教室に参加してほしいのよ」
「へっ!?わ、私!?いやいや、運動音痴の私に護身術なんて無理ですよ!きっと足手まといになります。それにお妙さんみたいに綺麗な人は身を守る必要があるけど、私は化粧っ気もないし目立たないので、街の風紀がいくら乱れたって襲わたりしないですから」
へらへらと笑いながらそう言うと、お妙が目をカッと見開いた。ダンッとテーブルに両手をつき、身を乗り出して「それは違うわよ***さん!」と大声を出したので、***は「ひぃっ!」と悲鳴を上げた。
「化粧っけがなくて目立たないとか、地味でモテないとか、そんなことは関係ないの!***さん、私はね、かぶき町という危険地帯にいる女性たちを守りたいの!自分の身は自分で守れるようになってほしいのよ!腑抜けた男たちは当てにならないし、いざという時に役立つテクニックを、***さんのような、フツーでか弱い女の子にこそ伝授したいのよ!分かるかしら!?」
「はっ、はい分かります!すみませんでした!ぜひ参加させてください!!」
勢いに押されて思わずそう答えた。地味でモテないと言われて心がチクリと痛んだが、オホホと笑うお妙が怖くて何も言えない。これはもはや絶対参加しかない。
不器用な私に護身術なんてできるだろうか。苦笑いする***の不安を感じ取ったお妙が、いまここで簡単な痴漢撃退法を教えてあげる、と言って立ち上がった。
「例えば変態男に正面からガバッと来られたら、手をこう構えるでしょ?それで、ここを狙って、こうっ!」
「あれ、そんなに簡単なら私にもできるかも……」
「できるわよ!ホラ***さん、私を痴漢だと思ってやってみて!2本の指で、ここをこうっ!!」
上手じゃない***さん!お妙さんこそ教えるの上手です!などと、キャッキャと楽し気な声が響く。ふたりとも仕事の疲れを忘れて、即席の護身術教室が繰り広げられた。夢中になるあまり、気が付いたらスーパーのアルバイトの時間が迫っていて、***は慌てて志村家を後にすることになった。
同じ日の夕方、万事屋には客が来ていた。新八と神楽は不倫調査の別の仕事で外出中だった。ソファに向かい合う依頼人を見て、銀時は深い溜息をつく。久しぶりにゆっくり休めると思っていたところで、突如連絡もなしにやってきた迷惑な客は、以前も依頼を受けたことのある女だった。
「アンタさぁ、前もおんなじこと言ったけど、ウチじゃなくて警察行けって。頭のおかしいストーカー男につきまとわれてんのは分かるけど、俺達じゃソイツを豚箱にぶちこんだりできねぇんだからさぁ~」
「で、でもっ……警察は実際に被害があってからじゃなきゃ動けないって言われて、それで私、」
「実際に被害にあってんじゃねーかよ。脅迫文だっけ?あのでっけぇ紙に墨汁で“殺す”ってヤツ。身の危険を感じるから保護してくれって言やいいじゃねーか。なぁんでウチに来るかねぇ~」
「そ、そんなっ……ぐ、ぐすっ、うっ……」
目の前で女に泣き出されて銀時は頭を抱えた。この客には数カ月前にも同じ依頼を受けた。ストーカーに付きまとわれて外をひとりで歩けないから、身辺警護をしてほしいと言われたのだ。
以前、女のマンションに夜通し張り込んで、脅迫文を入れにきたニット帽の男をとっつかまえたのは、他の誰でもない銀時だった。確かに警察に突き出したのに、また同じ男に付きまとわれているという。今回も守って欲しいと言って、シクシク泣く女を見下ろして、彼氏にでも頼めよと銀時は言った。彼氏は仕事で忙しいんです、と弱々しく答えられて、呆れて天井を仰いだ。
同時に、玄関の引き戸が開く音が部屋に響いた。
「ごめんくださぁーい、こんばんはぁ」
「お、***~~?」
泣いている女を残して玄関に向かうと、スーパーの買い物袋を両手に下げた***が立っていた。
「あ、銀ちゃん、お邪魔します。寒いから今日の晩ごはんはお鍋にしようと思って、お肉とかお野菜とか色々買ってきちゃった。新八くんと神楽ちゃんもお鍋好きですかねぇ?」
無邪気な顔で喋る***を見て、銀時はますます仕事を受けたくなくなった。自宅に可愛い恋人がいるのに、知らない女の護衛なんてやってられない。あ~面倒くさい。やっぱり断ろう。そう思った銀時が居間に引き返す前に、***が依頼人の存在に気付いてハッとした。
「やだ、お客さん来てたんですね。べらべら喋ってごめんなさい……って、ちょっと銀ちゃん!お茶も出してないじゃないですか!」
「あぁ~?だって茶ァ出すほどの依頼人じゃねぇもん。それと仕事、引き受けねぇしぃ~」
耳をほじりながら銀時が言った言葉を聞いて、***はそういう問題じゃないと怒った。土間から上がると小動物のようにちょこまかと動いて、温かいお茶と手作りのプリンを依頼人に差し出す。ソファに戻った銀時には、ストローを差したいちご牛乳を手渡した。
すぐに立ち去ろうとした***の着物の袖を、依頼人の女がつかんだ。引き留められて振り向いた***をじっと見つめて、女は小さな声で問いかけた。
「あの、お姉さんは万事屋さんで働いてるんですか?」
「へ?あ、いやいやっ、私は違うんです。ここには遊びに来てるだけで、ちょっと新八くんの代わりにお茶出しを……」
そう答えている途中で、女がボロボロと泣き始める。びっくりした***は慌ててソファの前に膝をついた。
「どどどど、どうしたんですか!?ごめんなさい私、なにか気に障ることでも言いましたか?」
「ちがうんです……ただ私、ストーカーにつきまとわれてて、すごく不安で……これからキャバクラのバイトに行くんですけど、途中で襲われたらどうしようって、怖くて……それで万事屋さんに助けてほしく来たんですけど、さ、坂田さんは、警察に行けって……ぐすっ、ひぃっくっ、」
泣きじゃくる女の震える肩を、***は手で優しくさすった。困惑して眉を八の字に下げた顔で女を見てから、向かいのソファに目を移す。するとそこには、我関せずといった顔でいちご牛乳をすすりつつジャンプを読んでいる銀時がいて、***は驚きのあまり口をあんぐりとさせた。
「なっ……!銀ちゃん!?なにジャンプなんか読んでるんですか!こんなに怖い思いをしてる人の依頼を断るなんて、そんなの駄目ですよ!こちらの、ぇ、えーと……あの、お名前は?」
「ぐすっ、ひ、姫子です」
「ねぇ、銀ちゃん、姫子さんはかぶき町で夜のお仕事をしてるってだけで危険にさらされてるんですよ?こんなに可愛い女の子、ストーカーだけじゃなくって変態にだって襲われるかもしれないでしょう?姫子さん、泣かなくても大丈夫ですよ。銀ちゃんがしっかり守ってくれますから。さぁ、プリンを食べて元気を出してください。銀ちゃん、報酬は後払いでいいんですか?」
「オイィィィィ!オメーはなに勝手に俺の仕事引き受けてんだよ!お前はマネージャーか!?敏腕マネージャー気取りなのか!?こんな仕事が後払いでいいわけねぇだろーが!マネージャーだったら、先払いで多めにぼったくるぐらいのことしろよコノヤロォォォ!!」
頭をガシガシとかいた銀時が、いちご牛乳を机にドンッと置く。とにかく面倒くさいから依頼は受けない、と言おうとしたが、***の真剣な瞳でじっと見つめられて言葉につまる。はぁぁぁ~と深くため息を吐いて片手で顔を覆うと、諦めて口を開いた。
「ったくよぉぉ~、っんだよ***~~!わぁ~かったよ、行きゃいんだろ行きゃぁぁ!ちきしょぉぉぉ!!」
「わっ、やったぁ!銀ちゃん、ありがとう!姫子さん、よかったですね。これでもう心配いらないですよ」
「ぁ、ありがとうございます、***さん、坂田さん」
***お手製のプリンを食べて笑顔になった姫子は、仕事前に化粧直しをしたいと言って、トイレへ入って行った。ふたりきりになったリビングで、不機嫌な顔の銀時が***を呼んだ。トントンとソファを叩いて隣に座るよう促され、大人しく並んで座ると、ふてくされた声で喋りはじめた。
「あのさぁ、銀さんさぁ~、今日は仕事行きたくなかったんですけどぉ~。***が引き受けたせーで、断れなくなっちまっただろーが。どーしてくれんのこれぇ~」
「ごめんね、銀ちゃん。行きたくなさそうなのは分かってたんだけど、姫子さんがあんなに泣いて不安そうだったから、つい勢いで言っちゃいました……あ、でもね、お妙さんも言ってたけど最近のかぶき町は本当に危険なんですよ?だから姫子さんのこと、銀ちゃんに守ってもらいたいなって……勝手なことして、ごめんなさい」
「はぁぁぁぁ~……」
ソファにもたれたまま、銀時がずるずると倒れてきて、***の肩に頭を乗せた。寄りかかってくる大きな身体を小さな肩で支えると、***は銀時の頭に手を伸ばす。銀色の髪をさらさらと撫でる。てっきりマシンガンのように不満を言うかと思ったら、大人しく甘えてくる銀時が可愛くて、***は微笑んだ。
「ふふっ……ねぇ銀ちゃん、私ね、銀ちゃんが口では面倒くさいって言っても、姫子さんみたいに困っている人のこと、放っておけないの知ってますよ?ほんとは私が来たから、気をつかって断ろうとしたんでしょ?」
愛おしげな手つきで髪を撫でながら、***は朗らかにそう言って、肩に乗った銀時の顔をのぞきこんだ。拗ねた子供のように唇を尖らせた銀時が、ジトッとした目で***を見つめ返した。
「べっつにぃ~、***のためじゃねぇしぃ~、依頼受けたら夕飯の鍋食えねぇのがヤだっただけだしぃ~。ったく、夜通し見張りで帰ってこれねぇわ、外はクソさみぃわ、めっさ面倒くせぇんですけど、ごっさ行きたくねぇんですけどぉ。あ~ぁ、やる気出ねぇなマジで。こりゃダメだな、やっぱ断るっきゃねぇな」
「ダメですよ、姫子さんに約束しちゃったんだから!」
「い~や、俺は行かない。行かないって今決めた。あ~もう、これはアレだな、***がなんとかして銀さんをやる気にさせなきゃ、このソファから一歩も動けねぇや、っつーか動かねぇや」
「えぇぇぇ!?」
ダダをこねられて***は慌てた。どうにかして仕事に行ってもらいたい。でもどうやって?いつも無気力な銀ちゃんのやる気はどうしたら出るの?やる気スイッチ的なものがあるの?結野アナのフィギュア買ってあげるとか?いやでもそれは、なんか違う気がする……
えーとえーと、と言いながら目をぐるぐるとさせて考えていたら、銀時が「なぁなぁ」と言って***を見上げて、ニヤつきながら口を開いた。
「***さぁ……キスしてくんね?銀さんに」
甘えるような声で言われた言葉に驚いて、***は一瞬息を飲んで目を見開いてから、顔を真っ赤に染めた。
「はっ………!!?なななな何言ってんですか、ダメですよ、こんなとこで!」
「はぁぁ?こんなとこって俺んちじゃん。俺んちで俺が何しようと自由だろーが。ほらほら***ちゃぁん、銀さんにキスしなさいってぇ。付き合ってんだからキス位どうってことねぇだろ。こないだだってお前、俺が寝たフリしてたら胸やら腹やらに嬉しそうにチュッチュしてたじゃねーか。***さぁ、実はお前も隙あらば俺にチューしてぇんだろ?大人しくさせてやっから、ありがたいと思ってキスしろってぇぇぇ」
「っっ、~~~っあ、あれは、ふ、雰囲気に飲まれてしちゃっただけで、今ここでなんてダメです……ひ、姫子さんが戻ってきたらどうするんですか」
「んなすぐ戻ってこねぇよ。お前知らねぇの?キャバ嬢のメイクは、オッサンの切れの悪いウンコより長ぇんだぞ?大丈夫だから、さっさとしろよ***。お前が仕事引き受けたんだから責任取れよな。キスでも何でもして、銀さんをやる気にさせなきゃダメでしょーがぁ!」
***はぐっと唇を噛んで、肩に頭を乗せてニヤニヤと笑う銀時を見つめた。まさかこんなことになるとは。自分からキスをするなんて恥ずかしいことを、急に求められても困る。でも銀時が仕事に行かなかったらもっと困る。膝の上でぎゅっとこぶしを握りしめると***は震える声で「分かりました」と言った。マジでか!と目を輝かせた銀時が顔を上げて、ソファに座り直す。
「あ、あの……目、つむってください」
「ハイハイ、あ、オイ***、デコとかほっぺたとかはダメだかんね。口以外にチューとか、ガキみてぇなのは銀さん許さないから」
「うぐっ……わ、分かってますよ。ちょっと銀ちゃん静かにしてっ」
フッと声もなく笑って銀時は目を閉じた。ソファで膝がくっつくほど近くに座り、銀時の肩に両手を置く。目を閉じても口角が上がってニヤついているのが悔しい。
小さく息を吸うと勇気を出して首を伸ばした。ほんの一瞬だけ、唇同士がそっと触れ合う程度のキスをする。それが***の精一杯で、柔らかい唇の感触を感じた瞬間、顔がかぁっと熱くなった。パッと***は離れたが、瞳を開けた銀時は不満げだった。
「こ、これでいいでしょう!?」
「はぁ?いまチューしたぁ?短かすぎてよく分かんなかったんですけど。せめて10秒はしねぇと、キスとは言わねぇよな***?ちゃんとやらねぇと銀さん仕事断っちゃうよ?それでもいいの?」
「なっ……!もぉぉぉぉ~!ほ、ほんとに10秒したら、お仕事に行ってくれますか!?ぜったい約束する!?」
「へーへー約束する、約束すっから、さっさとしろよ***~」
そう言って再び銀時が目を閉じたので、ごくっと息を飲んでから、もう一度***は顔を近づけた。ふにっと唇同士をくっつけて、ぎゅっと目を閉じた。心のなかで1、2、3とカウントする。やり直しになったら嫌だと、必死で10秒耐えようとした。しかし7、8と唱えた瞬間、急に動いた銀時の手に後頭部をぐいっと抑えつけられて、驚いた***は目を見開く。とっさに身を引こうとしたが、気付くと背中にも腕が回っていて身動きが取れなかった。
「んんっ!?ひっ、……んぅっ!!?」
ぐるん、と視界がひっくり返って、後頭部がソファについた。唇をくっ付けたまま薄目を開いて笑っている銀時が天井越しに見えて、ようやく押し倒されたことに気付く。これはマズイと***が思った時にはもう唇が割られていて、舌が挿し込まれていた。
「ふぁっんッ……!んゃっ、ゃっぁ……っん、」
深いキスに慌てた***は、銀時の胸を両手でパシパシと叩いた。その手をつかまれて、指の間に銀時の長い指がするりと絡まる。強く握られた両手を、顔の横に抑えつけられる。そんな場合じゃないのに、恋人つなぎをする銀時の手の力強さに胸がキュンとして、熱っぽいキスにときめいて流されてしまいそうになった。
「ぎ、っふぁ……んぁっ、だっ……ゃ、っんぅ」
指を絡めて繋ぎ合った手を握りしめながら、どんどん深くなるキスの合間に、***は必死で抵抗する。「ダメ」「ヤダ」と言おうとする度に、銀時の舌が動きを変えて、***の舌を上から抑えつけるから声が出ない。息苦しくてじわりと涙ぐんだ目で見つめた赤い瞳は、意地悪に笑っている。
「はぁっ……ぁんぅっ、んんっ……っ!」
流れ込んできた唾液が口のはしから溢れて、ほっぺたを伝って耳の下に落ちた。恥ずかしさと苦しさのあまり目を閉じたら、目尻から涙が一粒落ちて、同じように耳の近くを濡らした。
「んっ……よしっ!10秒経ったぁ!はぁ~い、***~、よくできましたぁぁ!」
ようやく唇が離れた瞬間に、銀時は能天気な声でそう言った。***は息を吸うのに必死で言葉も出ない。はぁっはぁっと荒い息をつきながら涙目で見上げたら、両手を押さえ付つける銀時の指に、ぎゅうっと力が入った。
「はぁっ……ぎ、ちゃっ、も、姫子さ、が来ちゃっ」
「ん~?姫子って誰だっけ?銀さんそんなヤツ知らねぇ。いいよもう、どーせ俺、仕事行かねぇし」
「なっ!?や、約束っ、した、のにっ!」
「約束したっけ?キスしたら忘れちまったわ。オイオイ***、そぉ~んな真っ赤んなって目ぇうるうるさせて、もの欲しそうな顔すんなよ。そんなにキスが気持ちよかったの?手ぇ握られて嬉しくなっちゃったの?ほんっとお前、分かりやすいのな……なぁなぁ、ガキどもはまだ帰ってこねぇし、あの女も帰らせてさぁ……」
三日月型に細められた赤い瞳が、怪しく笑って近づいてくる。銀時の片膝がソファに載って、逃がさないと言うように***の腰の辺りを膝頭でぐいぐいと押した。浅くて荒い***の息を、飲みこまんばかりに顔を近くに寄せて、銀時は低い声でささやいた。
「こないだ、お前んちでした続き、ここでさせろよ***。キスでこんだけ気持ちよさそーになってんだから、ほんとはお前もしてぇんだろ?こないだの続き」
「っっ……!し、しないに決まってんでしょうがっ!!このっ、エロ変態天然パーマがぁぁぁぁ!!!」
叫びながら***は、絡められた指から全力で手を引き抜く。我ながら感心するほどの素早さで、お妙に教わった痴漢撃退法をくり出した。
目の前の男らしい太い首のまんなか、のど仏を目指して片手を突き出す。親指と曲げた人差し指の第二関節で、のど仏をつかむとぎゅぅぅぅと絞りあげるように力を入れた。
「うっぐ、ぐぁぁぁぁぁっ!!!」
突然の攻撃をくらった銀時はのけ反って、首を絞められるような痛みと苦しさに悶えた。白目を剥いてバタバタと暴れた後で***が指を離すと、ソファから落ちて床に尻餅をついた。
「ガァッハッッッ!!ゲェッホゴッホッ!!ウオェェェ~~!!!で、でん゙め゙ぇ゙ぇぇ***~~~!何しやがんだコノヤロー!!!」
「何って痴漢撃退法です!お妙さんに教えてもらったの。変態に襲われた時に役に立つって」
「だぁれが変態だゴラァァァァ!!!」
ふふん、と得意げな顔をして仁王立ちする***を、銀時が苦々しい顔で見上げた。お妙に痴漢?アイツにそんなコトすんのは自殺志願者かゴリラストーカーだけだろ、とブツブツ言いながら銀時が立ちあがった時、ちょうど姫子が居間に戻ってきた。
「あの、坂田さん、私、そろそろ仕事に……」
「ほら、銀ちゃん、お仕事ですよ!!」
赤らんだ頬に気付かれないよう、***は手でパタパタと顔を仰ぎながら姫子に笑いかけた。不安げだった姫子も***の笑顔を見てホッとして微笑むと、軽く会釈をした。その様子を見た銀時は諦めたように肩をガックリと落とした。
「ったく、分かったよ……すぐ行くから、下のバイクんところで待っとけ」
「姫子さん、お仕事、頑張ってくださいね」
「はいっ、ありがとうございます!」
引き戸から出て行く姫子を、***は玄関で見送った。和室から準備を整えた銀時が歩いてきて、よっこいせと言いながらブーツを履く。腰に木刀を差して、いつになく猫背な立ち姿は見るからにやる気がない。あ~行きたくねぇ~と、この期に及んで渋っている銀時が、学校をズル休みしたがる子供のようで、***はおかしくなって思わず吹き出した。
玄関の段差の上にいるから、いつもより身長の差が少なくて銀時が近く思える。そっと手を伸ばして銀色の頭をよしよし、と撫でた。
「銀ちゃん、そんな顔しないで、お仕事がんばってください。あっ、そうだ、来週の日曜日、映画見に行こうって言ってたでしょ?映画の後でパフェをおごってあげますよ!ほら、こないだ花野アナがテレビで紹介してた新しいお店、覚えてる?」
「マジでかっ!!!あのレインボータワーパフェとかいう色んな味がするヤツ頼んでいい?いや、でもメガスペシャルチョコレートサンデーも捨てがたいなぁぁ~、え!?どっちも***のおごりで食っていい!?さすが牛乳屋の次期社長はちがうねぇ~!よっ、太っ腹!ありがとうございます!!」
「あんなに大きいの2個も食べるの!?」
お腹壊すから止めたほうがいいよ、と笑いながら言う***を見下ろして、銀時は声もなく笑った。銀色の髪を撫でる手を大きな手が上からつかんで、ぐいっと引き寄せた。
ちゅっ、と小さな音を立てて唇にキスを落とされる。***が驚いているうちに、もう銀時は離れていた。
「いってきますのチューな。そんじゃぁ***、アイツらもうすぐ帰ってくっから、よろしく頼むわ。メシは俺の分も取っとけよ?神楽にばっか肉食わせて、俺にはしらたきだけとかダメだからね?銀さんこう見えて育ちざかりだからね?わかった?」
「わ、わかってますよっ……心配しなくても、銀ちゃんのぶんも残しておくから、その……ちゃんと怪我しないで帰ってきてね?あと、あのっ……き、気をつけて行ってきてね?」
そう言いながら、これじゃまるで妻が夫を見送っているみたいだと思ったら、***は恥ずかしくなった。ほっぺを桃色に染めてチラッと見上げたら、ゲラゲラと笑った銀時の手が頭に伸びてきて、髪がぐしゃぐしゃになるほど撫でられた。
「いってらっしゃーい!」
玄関を出て外廊下の上から、バイクに乗った銀時と姫子に手を振った。銀時は片手だけ上げて***に答えると、振り向かずにバイクを発進させた。姫子は微笑んで手を振り返す。通りの先の角を折れてバイクが見えなくなるまで、***は銀時を見送り続けた。
「あっ!***さん!来てたんですね!」
「***ー!ただいまアルー!」
銀時が消えたのとは逆の通りから、新八と神楽の声が聞こえた。ハッとして振り返ると、遠くからこちらに歩いてくる2人と定春の姿が見えた。
「新八くーん!神楽ちゃーん!定春ー!おかえりなさぁい!!夜ご飯はお鍋だよぉ~~!」
それを聞いた瞬間、新八と神楽の顔がぱぁっと輝いて、こちらに向かって走り出した。その姿があまりにも愛おしくて、***はアハハと笑った。
———なんだか、本当に家族みたい。新八くんと神楽ちゃんが可愛い子どもたちで、定春が大切なペットで、銀ちゃんがお父さんで、それで私が……
そこまで考えている途中で、あっという間に階段を昇ってきた神楽にぎゅっと抱き着かれた。寒いからお鍋で温まろうと言って、そろって玄関に入る。新八と神楽がもう一度「ただいま」と言って、***は幸せを噛みしめながら「おかえり」と言った。心のなかでこっそり「早く帰ってきてね、銀ちゃん」とつぶやきながら。
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【(20)護身術女と変態男】end
危険地帯の女たち 腑抜けた男たち
「悪いわねぇ***さん、配達終わりにわざわざ寄ってもらっちゃって」
「いえ、そんな!お妙さんこそ、さっきお仕事から帰ってきたばかりなのに、お邪魔しちゃってすみません」
いいのよ、と笑ってお妙が茶を差し出す。志村家の居間に向かい合わせで座って***は恐縮していた。スナックすまいるから帰ってきたばかりのお妙はきっと疲れている。だから集金だけしたらすぐに帰ろうと思っていたのだ。しかし戸を開けたお妙に腕をつかまれて、気付いたら部屋の中まで連れ込まれていた。
「あのぅ、お妙さん、それで私に話っていうのは……」
「あ、そうそう、コレなのよ!」
遠慮がちに聞いた***に、お妙は1枚のチラシを差し出した。そこには大きな文字で『かぶき町・町内会主催 / 護身術教室』と書かれていた。
「お登勢さんに頼まれて、うちの道場で護身術教室をすることになったのよ」
「え、お妙さんが護身術を教えるんですか?教わるんじゃなくて?」
「そうなの、私もびっくりしたんだけど……ほら私、お店で変な客に身体を触られた時に、軽く技をかけたりするじゃない?それを皆に教えてやってくれって言われたの。最近のかぶき町は風紀が乱れて、怖い思いをする女の子が多いからって」
困り顔のお妙がそう言って首を傾げる。キャバクラでは客に身体を触られることもあるのか、それは大変だなぁと呑気に考えていた***に向かって、お妙がにこやかに口を開いた。
「来月だから、まだ先だけど、よかったら***さんにもこの護身術教室に参加してほしいのよ」
「へっ!?わ、私!?いやいや、運動音痴の私に護身術なんて無理ですよ!きっと足手まといになります。それにお妙さんみたいに綺麗な人は身を守る必要があるけど、私は化粧っ気もないし目立たないので、街の風紀がいくら乱れたって襲わたりしないですから」
へらへらと笑いながらそう言うと、お妙が目をカッと見開いた。ダンッとテーブルに両手をつき、身を乗り出して「それは違うわよ***さん!」と大声を出したので、***は「ひぃっ!」と悲鳴を上げた。
「化粧っけがなくて目立たないとか、地味でモテないとか、そんなことは関係ないの!***さん、私はね、かぶき町という危険地帯にいる女性たちを守りたいの!自分の身は自分で守れるようになってほしいのよ!腑抜けた男たちは当てにならないし、いざという時に役立つテクニックを、***さんのような、フツーでか弱い女の子にこそ伝授したいのよ!分かるかしら!?」
「はっ、はい分かります!すみませんでした!ぜひ参加させてください!!」
勢いに押されて思わずそう答えた。地味でモテないと言われて心がチクリと痛んだが、オホホと笑うお妙が怖くて何も言えない。これはもはや絶対参加しかない。
不器用な私に護身術なんてできるだろうか。苦笑いする***の不安を感じ取ったお妙が、いまここで簡単な痴漢撃退法を教えてあげる、と言って立ち上がった。
「例えば変態男に正面からガバッと来られたら、手をこう構えるでしょ?それで、ここを狙って、こうっ!」
「あれ、そんなに簡単なら私にもできるかも……」
「できるわよ!ホラ***さん、私を痴漢だと思ってやってみて!2本の指で、ここをこうっ!!」
上手じゃない***さん!お妙さんこそ教えるの上手です!などと、キャッキャと楽し気な声が響く。ふたりとも仕事の疲れを忘れて、即席の護身術教室が繰り広げられた。夢中になるあまり、気が付いたらスーパーのアルバイトの時間が迫っていて、***は慌てて志村家を後にすることになった。
同じ日の夕方、万事屋には客が来ていた。新八と神楽は不倫調査の別の仕事で外出中だった。ソファに向かい合う依頼人を見て、銀時は深い溜息をつく。久しぶりにゆっくり休めると思っていたところで、突如連絡もなしにやってきた迷惑な客は、以前も依頼を受けたことのある女だった。
「アンタさぁ、前もおんなじこと言ったけど、ウチじゃなくて警察行けって。頭のおかしいストーカー男につきまとわれてんのは分かるけど、俺達じゃソイツを豚箱にぶちこんだりできねぇんだからさぁ~」
「で、でもっ……警察は実際に被害があってからじゃなきゃ動けないって言われて、それで私、」
「実際に被害にあってんじゃねーかよ。脅迫文だっけ?あのでっけぇ紙に墨汁で“殺す”ってヤツ。身の危険を感じるから保護してくれって言やいいじゃねーか。なぁんでウチに来るかねぇ~」
「そ、そんなっ……ぐ、ぐすっ、うっ……」
目の前で女に泣き出されて銀時は頭を抱えた。この客には数カ月前にも同じ依頼を受けた。ストーカーに付きまとわれて外をひとりで歩けないから、身辺警護をしてほしいと言われたのだ。
以前、女のマンションに夜通し張り込んで、脅迫文を入れにきたニット帽の男をとっつかまえたのは、他の誰でもない銀時だった。確かに警察に突き出したのに、また同じ男に付きまとわれているという。今回も守って欲しいと言って、シクシク泣く女を見下ろして、彼氏にでも頼めよと銀時は言った。彼氏は仕事で忙しいんです、と弱々しく答えられて、呆れて天井を仰いだ。
同時に、玄関の引き戸が開く音が部屋に響いた。
「ごめんくださぁーい、こんばんはぁ」
「お、***~~?」
泣いている女を残して玄関に向かうと、スーパーの買い物袋を両手に下げた***が立っていた。
「あ、銀ちゃん、お邪魔します。寒いから今日の晩ごはんはお鍋にしようと思って、お肉とかお野菜とか色々買ってきちゃった。新八くんと神楽ちゃんもお鍋好きですかねぇ?」
無邪気な顔で喋る***を見て、銀時はますます仕事を受けたくなくなった。自宅に可愛い恋人がいるのに、知らない女の護衛なんてやってられない。あ~面倒くさい。やっぱり断ろう。そう思った銀時が居間に引き返す前に、***が依頼人の存在に気付いてハッとした。
「やだ、お客さん来てたんですね。べらべら喋ってごめんなさい……って、ちょっと銀ちゃん!お茶も出してないじゃないですか!」
「あぁ~?だって茶ァ出すほどの依頼人じゃねぇもん。それと仕事、引き受けねぇしぃ~」
耳をほじりながら銀時が言った言葉を聞いて、***はそういう問題じゃないと怒った。土間から上がると小動物のようにちょこまかと動いて、温かいお茶と手作りのプリンを依頼人に差し出す。ソファに戻った銀時には、ストローを差したいちご牛乳を手渡した。
すぐに立ち去ろうとした***の着物の袖を、依頼人の女がつかんだ。引き留められて振り向いた***をじっと見つめて、女は小さな声で問いかけた。
「あの、お姉さんは万事屋さんで働いてるんですか?」
「へ?あ、いやいやっ、私は違うんです。ここには遊びに来てるだけで、ちょっと新八くんの代わりにお茶出しを……」
そう答えている途中で、女がボロボロと泣き始める。びっくりした***は慌ててソファの前に膝をついた。
「どどどど、どうしたんですか!?ごめんなさい私、なにか気に障ることでも言いましたか?」
「ちがうんです……ただ私、ストーカーにつきまとわれてて、すごく不安で……これからキャバクラのバイトに行くんですけど、途中で襲われたらどうしようって、怖くて……それで万事屋さんに助けてほしく来たんですけど、さ、坂田さんは、警察に行けって……ぐすっ、ひぃっくっ、」
泣きじゃくる女の震える肩を、***は手で優しくさすった。困惑して眉を八の字に下げた顔で女を見てから、向かいのソファに目を移す。するとそこには、我関せずといった顔でいちご牛乳をすすりつつジャンプを読んでいる銀時がいて、***は驚きのあまり口をあんぐりとさせた。
「なっ……!銀ちゃん!?なにジャンプなんか読んでるんですか!こんなに怖い思いをしてる人の依頼を断るなんて、そんなの駄目ですよ!こちらの、ぇ、えーと……あの、お名前は?」
「ぐすっ、ひ、姫子です」
「ねぇ、銀ちゃん、姫子さんはかぶき町で夜のお仕事をしてるってだけで危険にさらされてるんですよ?こんなに可愛い女の子、ストーカーだけじゃなくって変態にだって襲われるかもしれないでしょう?姫子さん、泣かなくても大丈夫ですよ。銀ちゃんがしっかり守ってくれますから。さぁ、プリンを食べて元気を出してください。銀ちゃん、報酬は後払いでいいんですか?」
「オイィィィィ!オメーはなに勝手に俺の仕事引き受けてんだよ!お前はマネージャーか!?敏腕マネージャー気取りなのか!?こんな仕事が後払いでいいわけねぇだろーが!マネージャーだったら、先払いで多めにぼったくるぐらいのことしろよコノヤロォォォ!!」
頭をガシガシとかいた銀時が、いちご牛乳を机にドンッと置く。とにかく面倒くさいから依頼は受けない、と言おうとしたが、***の真剣な瞳でじっと見つめられて言葉につまる。はぁぁぁ~と深くため息を吐いて片手で顔を覆うと、諦めて口を開いた。
「ったくよぉぉ~、っんだよ***~~!わぁ~かったよ、行きゃいんだろ行きゃぁぁ!ちきしょぉぉぉ!!」
「わっ、やったぁ!銀ちゃん、ありがとう!姫子さん、よかったですね。これでもう心配いらないですよ」
「ぁ、ありがとうございます、***さん、坂田さん」
***お手製のプリンを食べて笑顔になった姫子は、仕事前に化粧直しをしたいと言って、トイレへ入って行った。ふたりきりになったリビングで、不機嫌な顔の銀時が***を呼んだ。トントンとソファを叩いて隣に座るよう促され、大人しく並んで座ると、ふてくされた声で喋りはじめた。
「あのさぁ、銀さんさぁ~、今日は仕事行きたくなかったんですけどぉ~。***が引き受けたせーで、断れなくなっちまっただろーが。どーしてくれんのこれぇ~」
「ごめんね、銀ちゃん。行きたくなさそうなのは分かってたんだけど、姫子さんがあんなに泣いて不安そうだったから、つい勢いで言っちゃいました……あ、でもね、お妙さんも言ってたけど最近のかぶき町は本当に危険なんですよ?だから姫子さんのこと、銀ちゃんに守ってもらいたいなって……勝手なことして、ごめんなさい」
「はぁぁぁぁ~……」
ソファにもたれたまま、銀時がずるずると倒れてきて、***の肩に頭を乗せた。寄りかかってくる大きな身体を小さな肩で支えると、***は銀時の頭に手を伸ばす。銀色の髪をさらさらと撫でる。てっきりマシンガンのように不満を言うかと思ったら、大人しく甘えてくる銀時が可愛くて、***は微笑んだ。
「ふふっ……ねぇ銀ちゃん、私ね、銀ちゃんが口では面倒くさいって言っても、姫子さんみたいに困っている人のこと、放っておけないの知ってますよ?ほんとは私が来たから、気をつかって断ろうとしたんでしょ?」
愛おしげな手つきで髪を撫でながら、***は朗らかにそう言って、肩に乗った銀時の顔をのぞきこんだ。拗ねた子供のように唇を尖らせた銀時が、ジトッとした目で***を見つめ返した。
「べっつにぃ~、***のためじゃねぇしぃ~、依頼受けたら夕飯の鍋食えねぇのがヤだっただけだしぃ~。ったく、夜通し見張りで帰ってこれねぇわ、外はクソさみぃわ、めっさ面倒くせぇんですけど、ごっさ行きたくねぇんですけどぉ。あ~ぁ、やる気出ねぇなマジで。こりゃダメだな、やっぱ断るっきゃねぇな」
「ダメですよ、姫子さんに約束しちゃったんだから!」
「い~や、俺は行かない。行かないって今決めた。あ~もう、これはアレだな、***がなんとかして銀さんをやる気にさせなきゃ、このソファから一歩も動けねぇや、っつーか動かねぇや」
「えぇぇぇ!?」
ダダをこねられて***は慌てた。どうにかして仕事に行ってもらいたい。でもどうやって?いつも無気力な銀ちゃんのやる気はどうしたら出るの?やる気スイッチ的なものがあるの?結野アナのフィギュア買ってあげるとか?いやでもそれは、なんか違う気がする……
えーとえーと、と言いながら目をぐるぐるとさせて考えていたら、銀時が「なぁなぁ」と言って***を見上げて、ニヤつきながら口を開いた。
「***さぁ……キスしてくんね?銀さんに」
甘えるような声で言われた言葉に驚いて、***は一瞬息を飲んで目を見開いてから、顔を真っ赤に染めた。
「はっ………!!?なななな何言ってんですか、ダメですよ、こんなとこで!」
「はぁぁ?こんなとこって俺んちじゃん。俺んちで俺が何しようと自由だろーが。ほらほら***ちゃぁん、銀さんにキスしなさいってぇ。付き合ってんだからキス位どうってことねぇだろ。こないだだってお前、俺が寝たフリしてたら胸やら腹やらに嬉しそうにチュッチュしてたじゃねーか。***さぁ、実はお前も隙あらば俺にチューしてぇんだろ?大人しくさせてやっから、ありがたいと思ってキスしろってぇぇぇ」
「っっ、~~~っあ、あれは、ふ、雰囲気に飲まれてしちゃっただけで、今ここでなんてダメです……ひ、姫子さんが戻ってきたらどうするんですか」
「んなすぐ戻ってこねぇよ。お前知らねぇの?キャバ嬢のメイクは、オッサンの切れの悪いウンコより長ぇんだぞ?大丈夫だから、さっさとしろよ***。お前が仕事引き受けたんだから責任取れよな。キスでも何でもして、銀さんをやる気にさせなきゃダメでしょーがぁ!」
***はぐっと唇を噛んで、肩に頭を乗せてニヤニヤと笑う銀時を見つめた。まさかこんなことになるとは。自分からキスをするなんて恥ずかしいことを、急に求められても困る。でも銀時が仕事に行かなかったらもっと困る。膝の上でぎゅっとこぶしを握りしめると***は震える声で「分かりました」と言った。マジでか!と目を輝かせた銀時が顔を上げて、ソファに座り直す。
「あ、あの……目、つむってください」
「ハイハイ、あ、オイ***、デコとかほっぺたとかはダメだかんね。口以外にチューとか、ガキみてぇなのは銀さん許さないから」
「うぐっ……わ、分かってますよ。ちょっと銀ちゃん静かにしてっ」
フッと声もなく笑って銀時は目を閉じた。ソファで膝がくっつくほど近くに座り、銀時の肩に両手を置く。目を閉じても口角が上がってニヤついているのが悔しい。
小さく息を吸うと勇気を出して首を伸ばした。ほんの一瞬だけ、唇同士がそっと触れ合う程度のキスをする。それが***の精一杯で、柔らかい唇の感触を感じた瞬間、顔がかぁっと熱くなった。パッと***は離れたが、瞳を開けた銀時は不満げだった。
「こ、これでいいでしょう!?」
「はぁ?いまチューしたぁ?短かすぎてよく分かんなかったんですけど。せめて10秒はしねぇと、キスとは言わねぇよな***?ちゃんとやらねぇと銀さん仕事断っちゃうよ?それでもいいの?」
「なっ……!もぉぉぉぉ~!ほ、ほんとに10秒したら、お仕事に行ってくれますか!?ぜったい約束する!?」
「へーへー約束する、約束すっから、さっさとしろよ***~」
そう言って再び銀時が目を閉じたので、ごくっと息を飲んでから、もう一度***は顔を近づけた。ふにっと唇同士をくっつけて、ぎゅっと目を閉じた。心のなかで1、2、3とカウントする。やり直しになったら嫌だと、必死で10秒耐えようとした。しかし7、8と唱えた瞬間、急に動いた銀時の手に後頭部をぐいっと抑えつけられて、驚いた***は目を見開く。とっさに身を引こうとしたが、気付くと背中にも腕が回っていて身動きが取れなかった。
「んんっ!?ひっ、……んぅっ!!?」
ぐるん、と視界がひっくり返って、後頭部がソファについた。唇をくっ付けたまま薄目を開いて笑っている銀時が天井越しに見えて、ようやく押し倒されたことに気付く。これはマズイと***が思った時にはもう唇が割られていて、舌が挿し込まれていた。
「ふぁっんッ……!んゃっ、ゃっぁ……っん、」
深いキスに慌てた***は、銀時の胸を両手でパシパシと叩いた。その手をつかまれて、指の間に銀時の長い指がするりと絡まる。強く握られた両手を、顔の横に抑えつけられる。そんな場合じゃないのに、恋人つなぎをする銀時の手の力強さに胸がキュンとして、熱っぽいキスにときめいて流されてしまいそうになった。
「ぎ、っふぁ……んぁっ、だっ……ゃ、っんぅ」
指を絡めて繋ぎ合った手を握りしめながら、どんどん深くなるキスの合間に、***は必死で抵抗する。「ダメ」「ヤダ」と言おうとする度に、銀時の舌が動きを変えて、***の舌を上から抑えつけるから声が出ない。息苦しくてじわりと涙ぐんだ目で見つめた赤い瞳は、意地悪に笑っている。
「はぁっ……ぁんぅっ、んんっ……っ!」
流れ込んできた唾液が口のはしから溢れて、ほっぺたを伝って耳の下に落ちた。恥ずかしさと苦しさのあまり目を閉じたら、目尻から涙が一粒落ちて、同じように耳の近くを濡らした。
「んっ……よしっ!10秒経ったぁ!はぁ~い、***~、よくできましたぁぁ!」
ようやく唇が離れた瞬間に、銀時は能天気な声でそう言った。***は息を吸うのに必死で言葉も出ない。はぁっはぁっと荒い息をつきながら涙目で見上げたら、両手を押さえ付つける銀時の指に、ぎゅうっと力が入った。
「はぁっ……ぎ、ちゃっ、も、姫子さ、が来ちゃっ」
「ん~?姫子って誰だっけ?銀さんそんなヤツ知らねぇ。いいよもう、どーせ俺、仕事行かねぇし」
「なっ!?や、約束っ、した、のにっ!」
「約束したっけ?キスしたら忘れちまったわ。オイオイ***、そぉ~んな真っ赤んなって目ぇうるうるさせて、もの欲しそうな顔すんなよ。そんなにキスが気持ちよかったの?手ぇ握られて嬉しくなっちゃったの?ほんっとお前、分かりやすいのな……なぁなぁ、ガキどもはまだ帰ってこねぇし、あの女も帰らせてさぁ……」
三日月型に細められた赤い瞳が、怪しく笑って近づいてくる。銀時の片膝がソファに載って、逃がさないと言うように***の腰の辺りを膝頭でぐいぐいと押した。浅くて荒い***の息を、飲みこまんばかりに顔を近くに寄せて、銀時は低い声でささやいた。
「こないだ、お前んちでした続き、ここでさせろよ***。キスでこんだけ気持ちよさそーになってんだから、ほんとはお前もしてぇんだろ?こないだの続き」
「っっ……!し、しないに決まってんでしょうがっ!!このっ、エロ変態天然パーマがぁぁぁぁ!!!」
叫びながら***は、絡められた指から全力で手を引き抜く。我ながら感心するほどの素早さで、お妙に教わった痴漢撃退法をくり出した。
目の前の男らしい太い首のまんなか、のど仏を目指して片手を突き出す。親指と曲げた人差し指の第二関節で、のど仏をつかむとぎゅぅぅぅと絞りあげるように力を入れた。
「うっぐ、ぐぁぁぁぁぁっ!!!」
突然の攻撃をくらった銀時はのけ反って、首を絞められるような痛みと苦しさに悶えた。白目を剥いてバタバタと暴れた後で***が指を離すと、ソファから落ちて床に尻餅をついた。
「ガァッハッッッ!!ゲェッホゴッホッ!!ウオェェェ~~!!!で、でん゙め゙ぇ゙ぇぇ***~~~!何しやがんだコノヤロー!!!」
「何って痴漢撃退法です!お妙さんに教えてもらったの。変態に襲われた時に役に立つって」
「だぁれが変態だゴラァァァァ!!!」
ふふん、と得意げな顔をして仁王立ちする***を、銀時が苦々しい顔で見上げた。お妙に痴漢?アイツにそんなコトすんのは自殺志願者かゴリラストーカーだけだろ、とブツブツ言いながら銀時が立ちあがった時、ちょうど姫子が居間に戻ってきた。
「あの、坂田さん、私、そろそろ仕事に……」
「ほら、銀ちゃん、お仕事ですよ!!」
赤らんだ頬に気付かれないよう、***は手でパタパタと顔を仰ぎながら姫子に笑いかけた。不安げだった姫子も***の笑顔を見てホッとして微笑むと、軽く会釈をした。その様子を見た銀時は諦めたように肩をガックリと落とした。
「ったく、分かったよ……すぐ行くから、下のバイクんところで待っとけ」
「姫子さん、お仕事、頑張ってくださいね」
「はいっ、ありがとうございます!」
引き戸から出て行く姫子を、***は玄関で見送った。和室から準備を整えた銀時が歩いてきて、よっこいせと言いながらブーツを履く。腰に木刀を差して、いつになく猫背な立ち姿は見るからにやる気がない。あ~行きたくねぇ~と、この期に及んで渋っている銀時が、学校をズル休みしたがる子供のようで、***はおかしくなって思わず吹き出した。
玄関の段差の上にいるから、いつもより身長の差が少なくて銀時が近く思える。そっと手を伸ばして銀色の頭をよしよし、と撫でた。
「銀ちゃん、そんな顔しないで、お仕事がんばってください。あっ、そうだ、来週の日曜日、映画見に行こうって言ってたでしょ?映画の後でパフェをおごってあげますよ!ほら、こないだ花野アナがテレビで紹介してた新しいお店、覚えてる?」
「マジでかっ!!!あのレインボータワーパフェとかいう色んな味がするヤツ頼んでいい?いや、でもメガスペシャルチョコレートサンデーも捨てがたいなぁぁ~、え!?どっちも***のおごりで食っていい!?さすが牛乳屋の次期社長はちがうねぇ~!よっ、太っ腹!ありがとうございます!!」
「あんなに大きいの2個も食べるの!?」
お腹壊すから止めたほうがいいよ、と笑いながら言う***を見下ろして、銀時は声もなく笑った。銀色の髪を撫でる手を大きな手が上からつかんで、ぐいっと引き寄せた。
ちゅっ、と小さな音を立てて唇にキスを落とされる。***が驚いているうちに、もう銀時は離れていた。
「いってきますのチューな。そんじゃぁ***、アイツらもうすぐ帰ってくっから、よろしく頼むわ。メシは俺の分も取っとけよ?神楽にばっか肉食わせて、俺にはしらたきだけとかダメだからね?銀さんこう見えて育ちざかりだからね?わかった?」
「わ、わかってますよっ……心配しなくても、銀ちゃんのぶんも残しておくから、その……ちゃんと怪我しないで帰ってきてね?あと、あのっ……き、気をつけて行ってきてね?」
そう言いながら、これじゃまるで妻が夫を見送っているみたいだと思ったら、***は恥ずかしくなった。ほっぺを桃色に染めてチラッと見上げたら、ゲラゲラと笑った銀時の手が頭に伸びてきて、髪がぐしゃぐしゃになるほど撫でられた。
「いってらっしゃーい!」
玄関を出て外廊下の上から、バイクに乗った銀時と姫子に手を振った。銀時は片手だけ上げて***に答えると、振り向かずにバイクを発進させた。姫子は微笑んで手を振り返す。通りの先の角を折れてバイクが見えなくなるまで、***は銀時を見送り続けた。
「あっ!***さん!来てたんですね!」
「***ー!ただいまアルー!」
銀時が消えたのとは逆の通りから、新八と神楽の声が聞こえた。ハッとして振り返ると、遠くからこちらに歩いてくる2人と定春の姿が見えた。
「新八くーん!神楽ちゃーん!定春ー!おかえりなさぁい!!夜ご飯はお鍋だよぉ~~!」
それを聞いた瞬間、新八と神楽の顔がぱぁっと輝いて、こちらに向かって走り出した。その姿があまりにも愛おしくて、***はアハハと笑った。
———なんだか、本当に家族みたい。新八くんと神楽ちゃんが可愛い子どもたちで、定春が大切なペットで、銀ちゃんがお父さんで、それで私が……
そこまで考えている途中で、あっという間に階段を昇ってきた神楽にぎゅっと抱き着かれた。寒いからお鍋で温まろうと言って、そろって玄関に入る。新八と神楽がもう一度「ただいま」と言って、***は幸せを噛みしめながら「おかえり」と言った。心のなかでこっそり「早く帰ってきてね、銀ちゃん」とつぶやきながら。
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【(20)護身術女と変態男】end
危険地帯の女たち 腑抜けた男たち