銀ちゃんの愛する女の子
おいしい牛乳(恋人)
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【(13)平和な女】
大江戸病院の屋上からは街が一望できる。見下ろす通りや広場には病院に来た人、帰っていく人、見舞いに来た人など様々な人が行き交っている。その人々のなかに銀色の髪を無意識に探してしまう。しかし、目当ての人は見つからなかった。
「うぅ~ん……いい、天気だぁ~っ」
手すりによりかかり伸びをする***の髪を、カラリとした風がなでていった。いつの間にか秋が深まっていて風は少し冷たい。しかし午後の日差しは温かく、抜けるような空の青さはどこまでも澄んでいた。
「あ、焼きイモ屋さん……」
通りのはるか向こうに焼きイモを売るトラックが停まっているのが見えた。耳をすませばかすかに「石焼~きイモ~」という呼び声も聞こえる。
「おイモ、食べたいなぁ……」
この一週間ではじめて、***の胃袋が動いた。熱々のイモが割られて、湯気が立つのが眼前に浮かんでくる。口の中に蜜のように甘い味が蘇る。
少し遠いけど買いに行こうか。パっと買って、さっと帰ってくればバレないはず。そう思った直後、背後で屋上の扉が開く音がした。ぎくり、として振り向くとそこには、バレたくない男が長髪を揺らして立っていた。
「まったく、こんなところにいたのか、***殿!ずいぶん探したぞ。病人がふらふら出歩くなと何度も言っているのに。さぁ、早く戻ろう。エリザベスも待ってる」
「桂さん、すみません……少しお散歩してたんです。ほら、ここ見晴らしがよくって気持ちがいいから。桂さんも一緒に少しのんびりしませんか?」
へらりと笑って***は手招きをする。はぁ、とため息をついて桂は手すりに歩み寄った。せめてこれだけは着てくれと言って羽織を脱ぐと、パジャマ姿の***の肩に掛けた。
「わっ、ありがとうございます。でも、全然寒くないし、大丈夫ですから……」
「駄目だ。冷えは女子の大敵だと知らんのか。***殿はもう少し、自分をいたわることを覚えるべきだな。これじゃ、銀時があれほど心配する気持ちも分かる」
「うっ、ご、ごめんなさい……」
大人が子供を叱るように、桂の鋭い双眼で見下ろされて***はたじろいだ。掛けられた羽織に遠慮がちに腕を通す。上下クリーム色のパジャマの上に、大きな白い羽織を着ると、まるで本当に子どものような格好になり、***は少し恥ずかしかった。
「桂さん、心配してくれて、ありがとうございます。でも、今朝の診察で明日の退院が決まったし、私、もう病人じゃないんですよ!ご飯も食べられるようになって、お医者さんも安心してました」
「そうか、それはよかった。ようやく粥ではなく米が食えるようになったしな。万事屋の連中と一緒にいるというのに、食が細いなんて致命的だ。***殿の元気な姿を見れば、医者以上に銀時が安心するだろう」
腕を組んだ桂は***の隣に立ち、手すりに身体を預けた。遠くの山並みを眺めると、確かに***の言うとおり晴れ晴れとしたいい気分になった。
「***殿は明日退院できるし、エリザベスのケガも順調に治っている。これでようやく俺も、この病院ともおさらばできそうだ」
「エリザベスさんの付き添いなのに、私まで気にかけてもらってすみませんでした。まさか銀ちゃんが桂さんに私の面倒を頼むなんて思ってもなかったから……」
ぺこりと頭を下げた***が何気なくこぼした言葉に、桂は声もなく笑った。その脳裏にこの一週間の記憶が蘇ってくる。
***が病院に担ぎ込まれたのと同じ日に、エリザベスもここに入院することになった。攘夷活動の途中、爆弾を手にしたまま屋根から落ちたエリザベスは、暴発に巻き込まれ全身に大ケガを負った。相棒に付き添っていた桂は、廊下で銀時と遭遇し互いに驚いたのだ。
指名手配のテロリストがこんなところで何してる、と胡散臭そうな顔をした銀時が、事情を聞きため息をついた。誰もいない夜間の待合室で、イスに並んで腰かけると銀時は「チッ」と舌打ちをしてから口を開いた。
「ヅラに頼みごとなんざしたかねぇけど、事情が事情でな。今はお前みてぇなヒマで時間が有り余ってるヤツにしか頼れねぇんだ」
「ヅラじゃない桂だ。それに俺はヒマじゃないし、時間も有り余ってない。大切なエリザベスが大ケガを負ってるのだからな」
「あ゙ぁ゙?ペンギンオバケはほっといても治るだろ。こちとら大切な女が弱ってぶっ倒れてんだよ。てめぇらとはワケが違ぇっつーの」
「なにっ!?***殿が!?銀時、貴様……久しぶりの女子との交際に、はしゃぐ気持ちは分かるがな、いくら自分のものとはいえ初心な娘に、あんなことやこんなことをした挙句、倒れるまで無理をさせるなんて、男として許されんことだぞ!この変態縮れ毛侍が!!」
「オイィィィ!誰が変態だ!ありもしねぇいかがわしい想像してるお前のほうがよっぽど変態だろーが!言っとくが俺はなぁ、***にはまだ指一本手ぇ出してねぇんだよ!人が珍しく頭下げようって時に、テメーはどうしてそう気をそぐようなこと言うんだコノヤロー!!!」
疲労が溜まりすぎていた***は、結局1週間入院することになった。医者が栄養さえ取れば元気になると言っているのに、食が細い***はなかなか食おうとしない。頭をガシガシとかきながら銀時は、ぽつりぽつりと***の状況を語った。語る間ずっと眉間のシワは深いままだった。
エリザベスが同じ病院にいて桂が付き添うのなら、***の様子も見てやってくれないかと、苦々しい顔で銀時は言った。
「クソッ……本当は俺がついててやりてーんだが、こんな時に限って依頼が入りやがった。めんどくせぇし無視するっつったら、仕事に行かないなんて許さないって***が怒りまくって聞かねぇし。アイツ胃が弱ってっから、誰かが見てねぇとすぐメシを残そうとすんだ。食わねぇと治らねぇっつってんのによ~。ヅラ、メシ時だけでいいから***を見張って、粥でも米でも無理やり口に突っ込んで食わせてやってくれよ、頼むから」
長い付き合いで、銀時が独占欲の強い男だということはよく知っている。その銀時が恋人の世話を他の男に任せるなんてあり得ないと思っていた。だから自分に向けて軽く下げられた銀髪の頭を見て、桂は心底驚いていた。
「銀時、そんなことを俺に頼むほど、***殿のことを大切にしているのだな」
「……はぁぁぁ~……大切にせざるをえねぇんだよ。アイツがぶっ倒れて新八と神楽は大騒ぎするわ、定春に噛みつかれるわ、お登勢のババアにはぶん殴られるわ……散々だっつーの。***に早く治ってもらわねぇと、俺の身が持たねぇんだわ」
そう言うと銀時は天井を見上げて、うんざりという顔をした。その横顔を眺めて桂は、本当のところ誰よりも銀時が***を心配しているくせにと思った。常々***に近づくなと言っていた桂にまで頼るということに、銀時が***を大切に思う気持ちが表れていた。
なるべく早く仕事を切り上げてくるから、それまでのあいだ***を頼むと銀時に言われ、桂は「わかった」と返事をした。
「銀時、お前の言いたいことはよく分かった。どうせエリザベスの見舞いもするんだ。世話を焼くのはひとりもふたりも変わらんからな。***殿のことは俺に任せておけ。しっかりと見張ってちゃんとメシを食わすし、必ずや元気にさせてみせるさ」
静かな待合室に桂の声が響く。それを聞いて銀時はホッとした顔をすると同時に、その瞳は桂を疑うように細められた。
「オイ、ヅラァ……お前、***に変なことしたらどうなるか分かってんだろうな。アイツが無抵抗だからって、やらしいことすんじゃねぇぞ」
「馬鹿言うな。俺がそんなことするわけなかろう。それとも銀時お前は、病床で弱ってる女にまで手を出すような、浅ましい男なのか?」
「ぐっ、ちちちち、ちげぇよ!っんなことするわけねぇだろ!ないないない!俺はアイツをめっさ大事にしてるからぁ!ごっさ心配してっからぁ!指一本どころか、爪一枚も触ってねぇっつーの!!!」
翌日から、桂が***に付き添って食事を見張る日々がはじまった。突然病室に現れた桂に***はびっくりして「私の面倒なんて見なくて大丈夫です」と遠慮したが、エリザベスが入院していることと、銀時に頼まれたことを伝えると、しおらしくなった。
銀時から聞いたとおり久々に会った***は以前より痩せて食が細くなっていた。回復食としての粥さえ、最初のうちは少ししか食べられなかった。
「***殿、また残してるじゃないか!粥なんぞ汁物と一緒だ。エリザベスならひと口で飲み干せるぞ。これくらいさっと食べきれなかったら、定食屋で無銭飲食をした時に逃げることもできんだろう」
「いや桂さん、私はエリザベスじゃないし、無銭飲食は犯罪ですよ。それにお腹が苦しいです。明日はもっと食べるから、今日はもう勘弁してくださいよ」
「駄目だ。これを食べ終えるまでテレビは見せないからな」
「ひぃッ!そ、そんなッ!もうすぐドラマはじまっちゃうのに!桂さんの意地悪!ケチッ!」
「ケチじゃない桂だ。ピン子と卓蔵の恋の結末を見たいのなら、つべこべ言わずに食べることだな」
厳しい見張りのもとで過ごすうちに、少しづつ***の体調は回復していった。最初は半分も食べられなかった粥を完食できるようになり、しばらくして粥ではなく米を食べられるようになった。それでも時々、こっそり残そうとするところを見つかって、叱られることも度々あった。
「コラ、***殿。ようやく米が食えるようになったんだ。せめて茶碗一杯くらいは完食せねばならん」
「もう無理ですよぉ!だってこれ山盛りだったんです!これだけ食べたら十分です!」
涙目になった***が、まだ米の残る茶碗を手に持って、ベッドの上に正座していた。
「はぁ~、まぁ、***殿が食べられないというなら俺はそれでも構わないが……しかし、これしか食べてないと銀時が知ったら、さぞ心配するだろうな」
「うぐっ………も、もうちょっと食べます……」
苦し気な表情を浮かべながらも、箸を動かして少しづつ食べ続ける***を見つめて、桂は静かに微笑んだ。
この一週間、***に飯を食わせる為に様々な工夫をこらした。食べ終わるまでテレビを見せない。完食したら病院内を散歩してもいい。色々な手を使ったが一番効果があったのは、銀時の名前を出すことだった。桂がひと言「銀時が心配する」と言うだけで、***はどんなに満腹でも、一生懸命に食事を続けた。
その姿が健気で、銀時が大切にせざるをえないと言った意味が分かるような気がした。***が自分自身の為ではなく銀時の為に必死になっているのを見ると、桂の胸は温められた。
―――銀時、***殿のような女がお前の近くにいることが、俺は本当に嬉しいよ。お前の名前ひとつ出すだけで必死になる、一途で無垢な女が、お前にはいちばん必要だったんだな……―――
一週間経ち、隣に立っている***は少し肉がついた。やつれて青白かった顔は、以前のようにほっぺがふっくらとして血色も良くなった。
「へ、へ……へっくしっ!!!」
「やれやれ、言わんこっちゃない。やはり身体が冷えたんだろう。風邪でもひかれたら困る。さぁ、***殿、部屋へ戻るぞ」
肩をすくめた***が、くしゃみをしたのを見て、桂は眉を寄せた。冷えた細い腕をつかむと屋上から出て、まるで引きずるように病室へと戻った。
病室にはエリザベスがいて、***のベッドに腰かけてテレビを見ていた。プラカードで『明日の退院、おめでとうございます』と言われ、***は顔をほころばせるとエリザベスの隣に座った。
「エリザベスさんこそ、ケガが治ってきたって聞きました。早く退院できるといいですね」
『***さんと一緒に昼ドラを見れなくなるのが寂しいです……』
あはは、と笑った***が「私も明日からエリザベスさんと一緒に見られないの寂しいです。じゃぁ今日は最後のドラマ鑑賞、めいっぱい楽しみましょう」と言った。それと同時にこの一週間、ふたりで見ていた昼ドラの放送がはじまった。
エリザベスと***は並んでベッドに座り、桂はイスに腰かけた。三人そろって見つめるテレビのなかで、男女の恋愛ドラマが繰り広げられている。昨日の放送で喧嘩別れをした男女が仲直りをする回のようで、バラの花束を持った男が女に駆け寄っていた。
『バラの花束なんてキザな男だと思いませんか***さん。この男、浮気まがいのことをしといて、花を送って許されるなんておかしいです』
「エリザベスさん、確かにそうかもしれないけど、好きな人に贈られる花束は女の子にとって特別なんですよきっと」
「なに!?そういうものなのか!?では***殿は、銀時が浮気をしても、バラの花束を贈られたら、それで許すというのか?」
「え?銀ちゃんが浮気?……考えたこともなかったです。花束で許せるかは分かんないけど、銀ちゃんが花束持ってたら笑っちゃうかもしれないなぁ……」
桂の問いかけに***は一瞬驚いた顔をしたが、すぐに穏やかな笑顔になって、自分の薬指を愛おしそうに眺めた。その細い指でオモチャの指輪の赤い石がキラキラと光っていた。ベッドの上で指輪を眺める***を見て、桂は「はぁ~」とため息をついてから口を開いた。
「***殿、そんなオモチャの指輪で満足していたら、あのジリ貧男の思うつぼだぞ。ああ見えても銀時は立派な大人だ。プラスチックの石なんぞじゃ男としてのメンツが立たん。たまにはバラの花束なり本物の宝石なり、持ってくるべきだと思わんか」
「ふふっ……桂さん、私は本物の宝石よりも、この指輪のほうがずっと嬉しいです。射的で取ってくれたのは銀ちゃんですけど、これがいいって選んだのは私ですから。それにこの指輪をしてると、いつも銀ちゃんと一緒にいるような気がしてホッとするんです」
そう言って***は微笑んだが、その眉は八の字に下がっていた。その顔を見て桂の心はチクリと痛んだ。早く仕事を切り上げてくると言った銀時は、一週間経つ今日もまだやってこない。
この一週間、***がその指輪を眺めている姿を何度も目にした。口には出さないが、***がずっと銀時に会いたいと思っていることは桂も薄々気付いていた。
一度、桂は万事屋へ様子を見に行ったが留守で、どこでどんな仕事をしているのか、いつ終わるのかも分からなかった。気丈に振る舞いながらもひとりで過ごす***を見続けていると、音沙汰のない銀時に対して、桂は苛立たずにはいられなかった。
「***殿、そんなに不安そうな顔をせんでも、今日か明日には仕事を終えて、銀時が会いに来るさ。女をこんなに待たせて、花束のひとつでも持って来なければ、俺があのふぬけただらしない顔をひと殴りしてやるとも」
「オイ、ヅラァ、誰がふぬけただらしない顔だって?んなもん、テメーでテメーのツラぶん殴ってろよ」
突然、部屋の入り口から聞こえた声に三人そろって驚き、振り返った。開いたドアに寄りかかるように銀時が立っていて、手には花束ではなく大きな茶色い紙袋を抱えていた。
「銀ちゃんっ!!!」
「おー、***、調子はどうだ。元気になったかコノヤロー。ヅラみてぇなうざったいロン毛と一週間もよく一緒にいられたもんだな。えらいえらい。銀さんに会えなくて寂しかったろ。ほい、これご褒美~」
跳ねるようにベッドから飛び降りた***が、銀時に駆け寄る。その頭をなでた銀時が、手に持っていた大きな紙袋を丸ごと***に渡した。
「えっ、銀ちゃんこれ!!焼きイモじゃないですか!!こんなにいっぱい……な、なんで!!?」
「いや、俺だってなんでか聞きてぇよ。いらねぇっつってんのに屋台のジジイが押し付けてきやがった。今日の分を売り切りてぇとかなんとか言って、袋いっぱい入れて渡されちまったんだって……コレ、十本くらい入ってんじゃね。どーすんのコレ?どーすんのこの大量のイモ?」
紙袋のなかを銀時と***はふたりでのぞき込んだ。ほかほかと温かい湯気が立ち上っている。目を見開いて銀時と焼きイモを見比べていた***が急に「ぷっ」と吹き出すと、ぱっと明るい笑顔を浮かべた。
「大丈夫だよ、銀ちゃん!私、いっぱい食べます!おイモ、食べたかったの!!」
「はぁ?***、お前がこんなに食えるわけねーだろ。うっすいペラペラの腹がイモで破裂するって。屁が止まらなくなるってぇ」
「へ、屁とか言わないでください!恥ずかしい!……でも銀ちゃん、ありがとう。花束より嬉しいです。桂さんとエリザベスさんとみんなで食べれば美味しいよ。おふたりはおイモ好きですか?」
そう言って満面の笑みを浮かべた***が振り返った。その顔は桂が一緒に居た期間の間で、いちばん明るい笑顔だった。頭から花が咲きそうなほど嬉しそうに微笑む***の後ろで、銀時はホッとした表情を浮かべていた。
「オイ、***、なにヅラの羽織なんか着てんだよ」
「え?寒いからって桂さんが貸してくれたんだよ」
「んなもん着てると、ヅラの馬鹿が移るぞ。脱げ脱げ。銀さんの貸してやっからこっち着ろ」
「あわわっ!ちょ、ちょっと銀ちゃん……っ!!」
慌てる***から引っぺがすように羽織を脱がすと、銀時はそれを投げつけるように桂に渡してきた。両手で焼きイモの袋を抱えたままの***は、頭から銀時の羽織を被せられて周りが見えずに、その場でじたばたと足踏みをしていた。
「オイ、ヅラァ、テメーほんとに***に手ぇ出してねぇだろうな。俺が来ねぇからって、調子に乗って汚ない羽織着させてんじゃねぇよ。この変態ロン毛侍が」
「ふっ、見れば分かるだろ銀時、***殿は俺がちゃんと見張ってメシを食わせたおかげで、焼きイモも食べられるくらい元気になったじゃないか」
じっと桂を見つめた銀時が、言葉もなく小さくうなずいた。天邪鬼なこの男にしては珍しく、その赤い瞳にほんのわずかに感謝の気持ちが混ざっているように桂には見えた。
「銀ちゃん、なんてこと言うんですか!桂さんはこの一週間ずっと私の面倒見てくれたんだよ!エリザベスさんが一緒にドラマ見てくれたおかげで寂しくなかったし、おふたりには感謝しかないです!ちょ、ちょっとこれ……早く取ってよ。前が見えないからっ!や、焼きイモ、みんなで食べましょうよ!!」
「はいはい、***ちゃーん、ヅラなんかほっといて二人で焼きイモ食おうぜ~。ほら、久々に銀さんがぎゅーしてやっからさぁ~!」
そういって頭から羽織を被ったままの***に腕を回すと、銀時は思いきり抱きしめた。羽織の下から「ぎゃっ!」という小さな悲鳴が聞こえた。前かがみになるほど強く抱きしめる銀時が、腕のなかに***を閉じ込めて、***以上に穏やかな顔で嬉しそうに笑っていた。
そのふたりの姿を見て、桂は声もなくふっと笑った。
―――オモチャの指輪と焼きイモの束か……、宝石と花束なんかより、そっちの方がお前たちにはよく似合ってるな。銀時、お前がこんなに平和な女と穏やかに笑う未来が来るとは、あの頃の俺たちは予想もしてなかっただろう……
羽織の下で「おイモが潰れちゃう!」と叫ぶ***と、ゲラゲラ笑いながらぎゅーぎゅー抱きしめ続ける銀時、それを眺めて微笑む桂とエリザベスは、もうすぐこの大江戸病院を出て日常へと戻っていく。
戻っていく日常が平和で穏やかであることを約束するかのように、窓から差し込む秋の日差しは柔らかだった。
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【(13)平和な女】end
((宝石と花束よりもずっと温かいもの))
大江戸病院の屋上からは街が一望できる。見下ろす通りや広場には病院に来た人、帰っていく人、見舞いに来た人など様々な人が行き交っている。その人々のなかに銀色の髪を無意識に探してしまう。しかし、目当ての人は見つからなかった。
「うぅ~ん……いい、天気だぁ~っ」
手すりによりかかり伸びをする***の髪を、カラリとした風がなでていった。いつの間にか秋が深まっていて風は少し冷たい。しかし午後の日差しは温かく、抜けるような空の青さはどこまでも澄んでいた。
「あ、焼きイモ屋さん……」
通りのはるか向こうに焼きイモを売るトラックが停まっているのが見えた。耳をすませばかすかに「石焼~きイモ~」という呼び声も聞こえる。
「おイモ、食べたいなぁ……」
この一週間ではじめて、***の胃袋が動いた。熱々のイモが割られて、湯気が立つのが眼前に浮かんでくる。口の中に蜜のように甘い味が蘇る。
少し遠いけど買いに行こうか。パっと買って、さっと帰ってくればバレないはず。そう思った直後、背後で屋上の扉が開く音がした。ぎくり、として振り向くとそこには、バレたくない男が長髪を揺らして立っていた。
「まったく、こんなところにいたのか、***殿!ずいぶん探したぞ。病人がふらふら出歩くなと何度も言っているのに。さぁ、早く戻ろう。エリザベスも待ってる」
「桂さん、すみません……少しお散歩してたんです。ほら、ここ見晴らしがよくって気持ちがいいから。桂さんも一緒に少しのんびりしませんか?」
へらりと笑って***は手招きをする。はぁ、とため息をついて桂は手すりに歩み寄った。せめてこれだけは着てくれと言って羽織を脱ぐと、パジャマ姿の***の肩に掛けた。
「わっ、ありがとうございます。でも、全然寒くないし、大丈夫ですから……」
「駄目だ。冷えは女子の大敵だと知らんのか。***殿はもう少し、自分をいたわることを覚えるべきだな。これじゃ、銀時があれほど心配する気持ちも分かる」
「うっ、ご、ごめんなさい……」
大人が子供を叱るように、桂の鋭い双眼で見下ろされて***はたじろいだ。掛けられた羽織に遠慮がちに腕を通す。上下クリーム色のパジャマの上に、大きな白い羽織を着ると、まるで本当に子どものような格好になり、***は少し恥ずかしかった。
「桂さん、心配してくれて、ありがとうございます。でも、今朝の診察で明日の退院が決まったし、私、もう病人じゃないんですよ!ご飯も食べられるようになって、お医者さんも安心してました」
「そうか、それはよかった。ようやく粥ではなく米が食えるようになったしな。万事屋の連中と一緒にいるというのに、食が細いなんて致命的だ。***殿の元気な姿を見れば、医者以上に銀時が安心するだろう」
腕を組んだ桂は***の隣に立ち、手すりに身体を預けた。遠くの山並みを眺めると、確かに***の言うとおり晴れ晴れとしたいい気分になった。
「***殿は明日退院できるし、エリザベスのケガも順調に治っている。これでようやく俺も、この病院ともおさらばできそうだ」
「エリザベスさんの付き添いなのに、私まで気にかけてもらってすみませんでした。まさか銀ちゃんが桂さんに私の面倒を頼むなんて思ってもなかったから……」
ぺこりと頭を下げた***が何気なくこぼした言葉に、桂は声もなく笑った。その脳裏にこの一週間の記憶が蘇ってくる。
***が病院に担ぎ込まれたのと同じ日に、エリザベスもここに入院することになった。攘夷活動の途中、爆弾を手にしたまま屋根から落ちたエリザベスは、暴発に巻き込まれ全身に大ケガを負った。相棒に付き添っていた桂は、廊下で銀時と遭遇し互いに驚いたのだ。
指名手配のテロリストがこんなところで何してる、と胡散臭そうな顔をした銀時が、事情を聞きため息をついた。誰もいない夜間の待合室で、イスに並んで腰かけると銀時は「チッ」と舌打ちをしてから口を開いた。
「ヅラに頼みごとなんざしたかねぇけど、事情が事情でな。今はお前みてぇなヒマで時間が有り余ってるヤツにしか頼れねぇんだ」
「ヅラじゃない桂だ。それに俺はヒマじゃないし、時間も有り余ってない。大切なエリザベスが大ケガを負ってるのだからな」
「あ゙ぁ゙?ペンギンオバケはほっといても治るだろ。こちとら大切な女が弱ってぶっ倒れてんだよ。てめぇらとはワケが違ぇっつーの」
「なにっ!?***殿が!?銀時、貴様……久しぶりの女子との交際に、はしゃぐ気持ちは分かるがな、いくら自分のものとはいえ初心な娘に、あんなことやこんなことをした挙句、倒れるまで無理をさせるなんて、男として許されんことだぞ!この変態縮れ毛侍が!!」
「オイィィィ!誰が変態だ!ありもしねぇいかがわしい想像してるお前のほうがよっぽど変態だろーが!言っとくが俺はなぁ、***にはまだ指一本手ぇ出してねぇんだよ!人が珍しく頭下げようって時に、テメーはどうしてそう気をそぐようなこと言うんだコノヤロー!!!」
疲労が溜まりすぎていた***は、結局1週間入院することになった。医者が栄養さえ取れば元気になると言っているのに、食が細い***はなかなか食おうとしない。頭をガシガシとかきながら銀時は、ぽつりぽつりと***の状況を語った。語る間ずっと眉間のシワは深いままだった。
エリザベスが同じ病院にいて桂が付き添うのなら、***の様子も見てやってくれないかと、苦々しい顔で銀時は言った。
「クソッ……本当は俺がついててやりてーんだが、こんな時に限って依頼が入りやがった。めんどくせぇし無視するっつったら、仕事に行かないなんて許さないって***が怒りまくって聞かねぇし。アイツ胃が弱ってっから、誰かが見てねぇとすぐメシを残そうとすんだ。食わねぇと治らねぇっつってんのによ~。ヅラ、メシ時だけでいいから***を見張って、粥でも米でも無理やり口に突っ込んで食わせてやってくれよ、頼むから」
長い付き合いで、銀時が独占欲の強い男だということはよく知っている。その銀時が恋人の世話を他の男に任せるなんてあり得ないと思っていた。だから自分に向けて軽く下げられた銀髪の頭を見て、桂は心底驚いていた。
「銀時、そんなことを俺に頼むほど、***殿のことを大切にしているのだな」
「……はぁぁぁ~……大切にせざるをえねぇんだよ。アイツがぶっ倒れて新八と神楽は大騒ぎするわ、定春に噛みつかれるわ、お登勢のババアにはぶん殴られるわ……散々だっつーの。***に早く治ってもらわねぇと、俺の身が持たねぇんだわ」
そう言うと銀時は天井を見上げて、うんざりという顔をした。その横顔を眺めて桂は、本当のところ誰よりも銀時が***を心配しているくせにと思った。常々***に近づくなと言っていた桂にまで頼るということに、銀時が***を大切に思う気持ちが表れていた。
なるべく早く仕事を切り上げてくるから、それまでのあいだ***を頼むと銀時に言われ、桂は「わかった」と返事をした。
「銀時、お前の言いたいことはよく分かった。どうせエリザベスの見舞いもするんだ。世話を焼くのはひとりもふたりも変わらんからな。***殿のことは俺に任せておけ。しっかりと見張ってちゃんとメシを食わすし、必ずや元気にさせてみせるさ」
静かな待合室に桂の声が響く。それを聞いて銀時はホッとした顔をすると同時に、その瞳は桂を疑うように細められた。
「オイ、ヅラァ……お前、***に変なことしたらどうなるか分かってんだろうな。アイツが無抵抗だからって、やらしいことすんじゃねぇぞ」
「馬鹿言うな。俺がそんなことするわけなかろう。それとも銀時お前は、病床で弱ってる女にまで手を出すような、浅ましい男なのか?」
「ぐっ、ちちちち、ちげぇよ!っんなことするわけねぇだろ!ないないない!俺はアイツをめっさ大事にしてるからぁ!ごっさ心配してっからぁ!指一本どころか、爪一枚も触ってねぇっつーの!!!」
翌日から、桂が***に付き添って食事を見張る日々がはじまった。突然病室に現れた桂に***はびっくりして「私の面倒なんて見なくて大丈夫です」と遠慮したが、エリザベスが入院していることと、銀時に頼まれたことを伝えると、しおらしくなった。
銀時から聞いたとおり久々に会った***は以前より痩せて食が細くなっていた。回復食としての粥さえ、最初のうちは少ししか食べられなかった。
「***殿、また残してるじゃないか!粥なんぞ汁物と一緒だ。エリザベスならひと口で飲み干せるぞ。これくらいさっと食べきれなかったら、定食屋で無銭飲食をした時に逃げることもできんだろう」
「いや桂さん、私はエリザベスじゃないし、無銭飲食は犯罪ですよ。それにお腹が苦しいです。明日はもっと食べるから、今日はもう勘弁してくださいよ」
「駄目だ。これを食べ終えるまでテレビは見せないからな」
「ひぃッ!そ、そんなッ!もうすぐドラマはじまっちゃうのに!桂さんの意地悪!ケチッ!」
「ケチじゃない桂だ。ピン子と卓蔵の恋の結末を見たいのなら、つべこべ言わずに食べることだな」
厳しい見張りのもとで過ごすうちに、少しづつ***の体調は回復していった。最初は半分も食べられなかった粥を完食できるようになり、しばらくして粥ではなく米を食べられるようになった。それでも時々、こっそり残そうとするところを見つかって、叱られることも度々あった。
「コラ、***殿。ようやく米が食えるようになったんだ。せめて茶碗一杯くらいは完食せねばならん」
「もう無理ですよぉ!だってこれ山盛りだったんです!これだけ食べたら十分です!」
涙目になった***が、まだ米の残る茶碗を手に持って、ベッドの上に正座していた。
「はぁ~、まぁ、***殿が食べられないというなら俺はそれでも構わないが……しかし、これしか食べてないと銀時が知ったら、さぞ心配するだろうな」
「うぐっ………も、もうちょっと食べます……」
苦し気な表情を浮かべながらも、箸を動かして少しづつ食べ続ける***を見つめて、桂は静かに微笑んだ。
この一週間、***に飯を食わせる為に様々な工夫をこらした。食べ終わるまでテレビを見せない。完食したら病院内を散歩してもいい。色々な手を使ったが一番効果があったのは、銀時の名前を出すことだった。桂がひと言「銀時が心配する」と言うだけで、***はどんなに満腹でも、一生懸命に食事を続けた。
その姿が健気で、銀時が大切にせざるをえないと言った意味が分かるような気がした。***が自分自身の為ではなく銀時の為に必死になっているのを見ると、桂の胸は温められた。
―――銀時、***殿のような女がお前の近くにいることが、俺は本当に嬉しいよ。お前の名前ひとつ出すだけで必死になる、一途で無垢な女が、お前にはいちばん必要だったんだな……―――
一週間経ち、隣に立っている***は少し肉がついた。やつれて青白かった顔は、以前のようにほっぺがふっくらとして血色も良くなった。
「へ、へ……へっくしっ!!!」
「やれやれ、言わんこっちゃない。やはり身体が冷えたんだろう。風邪でもひかれたら困る。さぁ、***殿、部屋へ戻るぞ」
肩をすくめた***が、くしゃみをしたのを見て、桂は眉を寄せた。冷えた細い腕をつかむと屋上から出て、まるで引きずるように病室へと戻った。
病室にはエリザベスがいて、***のベッドに腰かけてテレビを見ていた。プラカードで『明日の退院、おめでとうございます』と言われ、***は顔をほころばせるとエリザベスの隣に座った。
「エリザベスさんこそ、ケガが治ってきたって聞きました。早く退院できるといいですね」
『***さんと一緒に昼ドラを見れなくなるのが寂しいです……』
あはは、と笑った***が「私も明日からエリザベスさんと一緒に見られないの寂しいです。じゃぁ今日は最後のドラマ鑑賞、めいっぱい楽しみましょう」と言った。それと同時にこの一週間、ふたりで見ていた昼ドラの放送がはじまった。
エリザベスと***は並んでベッドに座り、桂はイスに腰かけた。三人そろって見つめるテレビのなかで、男女の恋愛ドラマが繰り広げられている。昨日の放送で喧嘩別れをした男女が仲直りをする回のようで、バラの花束を持った男が女に駆け寄っていた。
『バラの花束なんてキザな男だと思いませんか***さん。この男、浮気まがいのことをしといて、花を送って許されるなんておかしいです』
「エリザベスさん、確かにそうかもしれないけど、好きな人に贈られる花束は女の子にとって特別なんですよきっと」
「なに!?そういうものなのか!?では***殿は、銀時が浮気をしても、バラの花束を贈られたら、それで許すというのか?」
「え?銀ちゃんが浮気?……考えたこともなかったです。花束で許せるかは分かんないけど、銀ちゃんが花束持ってたら笑っちゃうかもしれないなぁ……」
桂の問いかけに***は一瞬驚いた顔をしたが、すぐに穏やかな笑顔になって、自分の薬指を愛おしそうに眺めた。その細い指でオモチャの指輪の赤い石がキラキラと光っていた。ベッドの上で指輪を眺める***を見て、桂は「はぁ~」とため息をついてから口を開いた。
「***殿、そんなオモチャの指輪で満足していたら、あのジリ貧男の思うつぼだぞ。ああ見えても銀時は立派な大人だ。プラスチックの石なんぞじゃ男としてのメンツが立たん。たまにはバラの花束なり本物の宝石なり、持ってくるべきだと思わんか」
「ふふっ……桂さん、私は本物の宝石よりも、この指輪のほうがずっと嬉しいです。射的で取ってくれたのは銀ちゃんですけど、これがいいって選んだのは私ですから。それにこの指輪をしてると、いつも銀ちゃんと一緒にいるような気がしてホッとするんです」
そう言って***は微笑んだが、その眉は八の字に下がっていた。その顔を見て桂の心はチクリと痛んだ。早く仕事を切り上げてくると言った銀時は、一週間経つ今日もまだやってこない。
この一週間、***がその指輪を眺めている姿を何度も目にした。口には出さないが、***がずっと銀時に会いたいと思っていることは桂も薄々気付いていた。
一度、桂は万事屋へ様子を見に行ったが留守で、どこでどんな仕事をしているのか、いつ終わるのかも分からなかった。気丈に振る舞いながらもひとりで過ごす***を見続けていると、音沙汰のない銀時に対して、桂は苛立たずにはいられなかった。
「***殿、そんなに不安そうな顔をせんでも、今日か明日には仕事を終えて、銀時が会いに来るさ。女をこんなに待たせて、花束のひとつでも持って来なければ、俺があのふぬけただらしない顔をひと殴りしてやるとも」
「オイ、ヅラァ、誰がふぬけただらしない顔だって?んなもん、テメーでテメーのツラぶん殴ってろよ」
突然、部屋の入り口から聞こえた声に三人そろって驚き、振り返った。開いたドアに寄りかかるように銀時が立っていて、手には花束ではなく大きな茶色い紙袋を抱えていた。
「銀ちゃんっ!!!」
「おー、***、調子はどうだ。元気になったかコノヤロー。ヅラみてぇなうざったいロン毛と一週間もよく一緒にいられたもんだな。えらいえらい。銀さんに会えなくて寂しかったろ。ほい、これご褒美~」
跳ねるようにベッドから飛び降りた***が、銀時に駆け寄る。その頭をなでた銀時が、手に持っていた大きな紙袋を丸ごと***に渡した。
「えっ、銀ちゃんこれ!!焼きイモじゃないですか!!こんなにいっぱい……な、なんで!!?」
「いや、俺だってなんでか聞きてぇよ。いらねぇっつってんのに屋台のジジイが押し付けてきやがった。今日の分を売り切りてぇとかなんとか言って、袋いっぱい入れて渡されちまったんだって……コレ、十本くらい入ってんじゃね。どーすんのコレ?どーすんのこの大量のイモ?」
紙袋のなかを銀時と***はふたりでのぞき込んだ。ほかほかと温かい湯気が立ち上っている。目を見開いて銀時と焼きイモを見比べていた***が急に「ぷっ」と吹き出すと、ぱっと明るい笑顔を浮かべた。
「大丈夫だよ、銀ちゃん!私、いっぱい食べます!おイモ、食べたかったの!!」
「はぁ?***、お前がこんなに食えるわけねーだろ。うっすいペラペラの腹がイモで破裂するって。屁が止まらなくなるってぇ」
「へ、屁とか言わないでください!恥ずかしい!……でも銀ちゃん、ありがとう。花束より嬉しいです。桂さんとエリザベスさんとみんなで食べれば美味しいよ。おふたりはおイモ好きですか?」
そう言って満面の笑みを浮かべた***が振り返った。その顔は桂が一緒に居た期間の間で、いちばん明るい笑顔だった。頭から花が咲きそうなほど嬉しそうに微笑む***の後ろで、銀時はホッとした表情を浮かべていた。
「オイ、***、なにヅラの羽織なんか着てんだよ」
「え?寒いからって桂さんが貸してくれたんだよ」
「んなもん着てると、ヅラの馬鹿が移るぞ。脱げ脱げ。銀さんの貸してやっからこっち着ろ」
「あわわっ!ちょ、ちょっと銀ちゃん……っ!!」
慌てる***から引っぺがすように羽織を脱がすと、銀時はそれを投げつけるように桂に渡してきた。両手で焼きイモの袋を抱えたままの***は、頭から銀時の羽織を被せられて周りが見えずに、その場でじたばたと足踏みをしていた。
「オイ、ヅラァ、テメーほんとに***に手ぇ出してねぇだろうな。俺が来ねぇからって、調子に乗って汚ない羽織着させてんじゃねぇよ。この変態ロン毛侍が」
「ふっ、見れば分かるだろ銀時、***殿は俺がちゃんと見張ってメシを食わせたおかげで、焼きイモも食べられるくらい元気になったじゃないか」
じっと桂を見つめた銀時が、言葉もなく小さくうなずいた。天邪鬼なこの男にしては珍しく、その赤い瞳にほんのわずかに感謝の気持ちが混ざっているように桂には見えた。
「銀ちゃん、なんてこと言うんですか!桂さんはこの一週間ずっと私の面倒見てくれたんだよ!エリザベスさんが一緒にドラマ見てくれたおかげで寂しくなかったし、おふたりには感謝しかないです!ちょ、ちょっとこれ……早く取ってよ。前が見えないからっ!や、焼きイモ、みんなで食べましょうよ!!」
「はいはい、***ちゃーん、ヅラなんかほっといて二人で焼きイモ食おうぜ~。ほら、久々に銀さんがぎゅーしてやっからさぁ~!」
そういって頭から羽織を被ったままの***に腕を回すと、銀時は思いきり抱きしめた。羽織の下から「ぎゃっ!」という小さな悲鳴が聞こえた。前かがみになるほど強く抱きしめる銀時が、腕のなかに***を閉じ込めて、***以上に穏やかな顔で嬉しそうに笑っていた。
そのふたりの姿を見て、桂は声もなくふっと笑った。
―――オモチャの指輪と焼きイモの束か……、宝石と花束なんかより、そっちの方がお前たちにはよく似合ってるな。銀時、お前がこんなに平和な女と穏やかに笑う未来が来るとは、あの頃の俺たちは予想もしてなかっただろう……
羽織の下で「おイモが潰れちゃう!」と叫ぶ***と、ゲラゲラ笑いながらぎゅーぎゅー抱きしめ続ける銀時、それを眺めて微笑む桂とエリザベスは、もうすぐこの大江戸病院を出て日常へと戻っていく。
戻っていく日常が平和で穏やかであることを約束するかのように、窓から差し込む秋の日差しは柔らかだった。
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【(13)平和な女】end
((宝石と花束よりもずっと温かいもの))