銀ちゃんの愛する女の子
おいしい牛乳(恋人)
おなまえをどうぞ
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
【(12)夢じゃない】
自分の顔色の悪さと、血の気の失せた身体の素肌の色を、***は知る由もなかった。倒れてから一度も鏡を見ていないから、いつもは薄紅色の唇が、肌色に近いことも知らない。それがどれほど銀時を不安にさせているか、想像もしていなかった。
「あ、あの……私っ」
恥ずかしさに耐えながら、どこか不思議でしかたがなかった。***を追い詰めるようなことを言う銀時の、その手の動きがどこまでも優しいから。本当に追い詰めるつもりなら、もっと乱暴にするはずなのに。それはまるで、***の身体がここにあることを確かめているような指の動きだった。温度や震えまですくい取るみたいに、銀時の長い指は繊細に***の素肌をなでた。
―――こんなに優しい手つきで、銀ちゃんは一体、なにを求めているの?どんな言葉を欲しがっているの?どうしたら私が嫌がってないって、信じてくれるの……?
よく考えるんだ***、と自分に言い聞かせた。恥ずかしがってちゃダメだ。大好きな人にいま求められている。何度否定しても、繰り返し銀時が「俺が嫌か」と問うのにはワケがある。***を見つめる瞳が真剣なのだから、それはきっと間違いない。
もしかして――、じっと銀時を見つめる***の頭にふと、ひとつの考えが浮かんだ。
―――もしかして……銀ちゃんも、不安なの?私が銀ちゃんから離れていってしまうんじゃないかって……いつか私達は引き裂かれてしまうんじゃないかって、心配してるの?だからそんなに何度も聞くの?だからそんなに優しく私に触れるの?それってもしかして……私が万事屋を守ろうとしてるのと、おんなじ理由?
自信はなかった。思い上がりかもしれないし、勘違いだったら恥ずかしい。見当違いなら「なに言ってんだお前は」と馬鹿にされるだろう。でも、ふと浮かんだその予感に賭けてみたい気持ちが、***の胸に芽生えた。
こんなことを口にするのは、生まれてはじめてで、この先も銀時以外にこの言葉は言わないだろう。ものすごく恥ずかしい思いをするのは目に見えている。死にそうなほどの羞恥心に襲われることは、言う前から***には分かっていた。
それでも勇気をふりしぼって、口を開く。わき腹を銀時の手がすべって行き「っっ!!!」と息を飲む。開いた唇はわなわなと震えた。それでも必死で、蚊の鳴くような小さな声をふり絞った。
「銀ちゃん、私、嫌じゃないです。銀ちゃんとセ……ッ、クスするの全然イヤじゃない……だって、好きだからっ…銀ちゃんとぴったり、くっついて、ずっと、一緒にいたいから……」
「っ!!!」
驚いた銀時が目を見開いた。それが銀時が求めていたものか、***には分からなかった。でも、その言葉は魔法のように全身の血液を沸騰させて、恥ずかしさが頭のてっぺんから爪先までを駆けた。爆発しそうなほど頭に血が上って、ばぁぁぁっと顔が熱くなる。首も燃えるように熱くて見下ろしたら、銀時の手が置かれた胸元まで、薄紅色に染まっていた。
「***、」
うつむいている間に、銀時が***の頭の横に顔を伏せた。その熱っぽい声に、本当にこのままそういうことをすると思ったら膝が震えた。
「ぎっ、銀ちゃん……」
むき出しのお腹に当たった銀時の着物を、ぎゅっとつかんだ。シーツに広がる長い髪に、銀時が顔をうずめているから、汗の匂いがしないか心配になった。
―――ねぇ銀ちゃん、このまま私たち、本当にそういうことするの?私、汗くさくないかな?化粧取れちゃってて、変じゃないかな?
組みしかれて抱きしめられながら、どんどん不安になる。怖くて涙が出そうになった瞬間、***の髪の上で銀時が、すぅぅと深く息を吸い込んだ。
「やっ…!髪は、汗くさいから…ダメですッ!!!」
大きな肩を両手で押し返そうとして初めて、銀時の身体が震えていることに気付いた。黙ってうつむいたままの銀時の身体は、細かく震えて、少しづつその振動が大きくなっていた。
「え……!?銀ちゃん?だ、大丈夫ですか?」
「ぶっ!!!うぐっ、ぶははははははっ!!!!!」
心配になって問いかけると、銀時は顔をぱっと上げて思いきり吹き出してから、ゲラゲラと涙を流して笑った。
「なっ……!?なんで笑ってるんですか!?」
「いや、ちょ、おま、待てって、ぶはっ、死ぬ!笑いすぎて死ぬ!ひぃー!***のせーで笑いが止まんねぇ!息が、息ができねぇぇぇぇ!だはははははっ!!!!」
「ええぇぇぇっ!?」
自分の言葉がやっぱり見当違いだったと思うと、***は悲しかった。大口を開けて笑い続ける銀時が、再び静かになる頃には、***の眉は八の字に下がり、溢れそうなほどの涙を目に浮かべていた。
「銀ちゃん、ひ、ひどいです……私すごく恥ずかしかったのに!人が一生懸命言ったことを笑うなんて!」
「あ~あ~、ハイハイ、***ちゃ~ん、泣くなって~。泣くともっと酷い目にあうぞ。ホラ銀さんドSだからぁ、可愛い***が困ってんの見てたら、ちょ~っといじめたくなっただけだってぇ。もうこれ以上しねぇから安心しろよ***~」
そう言って頭をぐしゃぐしゃとなでた大きな手は、***の腕をつかんで起き上がらせた。布団にぺたりと座り込んだ***の肩に、銀時が寝間着を拾ってかけてくれた。くしゃくしゃのシーツの上に、向き合って座り見つめ合うと、銀時は不機嫌でも怒ってもいなかった。
「お前さぁ、さっきまで自分がどんだけ真っ青な顔してたか分かってる?腕も腹もぜ~んぶ、豆腐みてぇに真っ白で、幽霊もびびるような見た目してたの、気づいてんの?」
「え……?」
***は自分の腕やお腹を見たが、そこはもう薄紅色に染まり、健康そのものに見えた。
「いや、マジで、さっきまですげぇ色してたんだって」
そう言った銀時が両手をのばして、そっと***の腰をつかんだ。再びお腹やくびれ、胸の近くをなでられたら、ますます身体が熱くなった。
「ぶはっ!なにお前、顔と首だけじゃなくて、胸も腹も真っ赤になんのかよ!すっげぇなオイ!***、お前は全身茹でダコかよ!!!」
「~~~っっ!だって銀ちゃんが触るからぁぁぁ!」
泣きそうな声でそう叫ぶと、銀時はますます嬉しそうに***の身体をなで回した。
「そりゃそ~だよなぁ~、***は銀さんとセックスしたいんだもんなぁ~。だって***は銀さんのことが大好きなんだもんなぁぁぁぁ!」
「うぐっ……し、したいなんて言ってないです!嫌じゃないって言っただけだもん!!!」
ニヤニヤと笑って茶化されて、***は自分の言った言葉が求められたものだったのか判断できなかった。でも少なくとも、銀時の機嫌は直り、嬉しそうにしているのだから、それだけでも良かったとため息をつく。紅い顔のまま肩にかけられた服に袖を通した。ボタンを留めようとしたら、その手を銀時に上からにぎりしめられた。
「なー、***さぁ……」
「え?……なんですか?」
パチン、と音を立てて一番下のボタンを銀時の手が留めた。目を伏せてボタンを見つめたまま、***を呼んだ銀時の声は、それまでと打って変わって静かだった。***は驚いて動きを止めた。
「お前、俺たちのために金稼ごうとしてたんだってな」
「っ!!!な、なんで……?なんで知ってるの?」
「牛乳屋のジジイから聞いた。それに……‟社長になったらやりたいこと” にそう書いてあったろ」
「えっ、や、やだ、ノート見たんですか?もぉ~!恥ずかしいから見ないでよ!ど、どうせ銀ちゃんは、あんなの子供っぽいふざけた夢だって信じないでしょうけど、でも、私には大事な…」
「夢じゃねぇよ、***」
ノートを見られたことが気まずくて言い訳をしていたら、銀時が穏やかな声で***をさえぎった。大きな片手が伸びてきて、そっとほほに添えられる。じっと***を見つめる銀時は、さっきまでのニヤけた顔はどこへやら、優しく微笑んで瞳はいつもより真剣だった。
「俺は……俺たち万事屋は、お前の “やりたいこと” を夢だなんて思わねぇよ。***、お前が夢だと思ってることはなぁ、とっくに現実になってんだ。それにも気づかずに真っ青な顔して、こんなに痩せてぶっ倒れるまで根詰めてたお前は馬鹿だ。でも、それに気づかなかった俺たちも大馬鹿モンだよ……なぁ、***、馬鹿を家族に持つと、お互い苦労するな」
「っ!!!!!」
家族という単語が銀時の口から出て、あのノートを隅々まで見られたと分かった。気恥ずかしさと同時に***の胸は熱くなった。バレたら仕方がないと諦めるようにひとつため息をつくと口を開いた。
「私ね……ひとりぼっちになりたくなかったの。故郷の家族と同じくらい、万事屋の皆のこと大切に思うから……置いていかれたくなくて、ずっと一緒にいたくて。でも私は万事屋のお仕事はできないから、だからせめてお金を稼いで皆を支えようって思ったの。でもうまくいかなくて落ち込んで……それで倒れるなんて確かに馬鹿でした。でも……馬鹿でもやっぱり、銀ちゃんとずっと一緒にいたいです。例え叶わなくても、あのノートに書いた希望は捨てられないです」
ほほに添えられた銀時の手に、小さな手を重ねてそう言ったら、涙が一粒こぼれた。銀時とずっと一緒にいたいという思いは、どうしようもなく溢れ出して、***にも止めようがなかった。
「捨てんなよ。叶わねぇ夢じゃねぇよ。いいか、***、耳の穴かっぽじってよぉ~く聞け」
そう言った銀時が***の肩を強くつかんだ。
「***、お前はもうとっくに俺たちと一緒にいる。神楽も新八も定春も、***を家族だと思ってる。あの家がデカかろう小さかろうが、俺たちはあそこに絶対戻って来る。お前が社長になろうがなるまいが、俺たちはお前をひとりにさせねぇよ。お前が家族になるんじゃなくて、お前が俺たちを家族にするんだ。外で万事屋の看板を背負う俺たちを、ただの家族に戻すのが***、お前の役目だ。だから、そう簡単に倒れてんじゃねーよ。バカはバカ同士、支え合わなきゃいけねーだろ。それが家族っつーもんなんじゃねーの?……こっちはガキふたりとでけぇ犬まで抱えてんだ。***位はしっかりしてくんねぇと、銀さん過労でぶっ倒れそうなんですけどぉ~、ストレスで胃に穴があきそ~なんですけどぉ~、開いた穴から糖が流れ出ちゃいそ~なんですけどぉぉぉ!」
真面目なのかふざけているのか分からない口調で言われたことが、***には心底嬉しかった。例えそれが嘘でも「ひとりにさせない」と銀時に言って欲しかった。言われて初めて、その言葉を自分が求めていたことに***は気付いた。
勝手に瞳から溢れた涙がボタボタと落ちて、シーツに染みを作った。「オイ、泣きすぎだろ。っんな泣くと栄養が漏れて、点滴打ち直しになんぞ」と銀時は笑って、***のほほを優しくなでた。その手の温かさにホッとして、胸につかえていた苦しさが消えていった。
「ぅっく……ぎ、んちゃん、ぁ、ありがと……私、しっかりします……銀ちゃんと、新八くんと神楽ちゃんと定春と、みんなとずっと一緒にいたいから……」
涙声でそう***が伝えると、銀時がふと考え込むような顔になった。遠くの音に耳を澄まして「チッ、もう来やがった」と言ったので、何か聞こえるのかと***も息を止めたが、何の音も聞き取れなかった。
「はぁぁぁ~……お前の望み通り、もーすぐアイツら来るけどさぁ~。なぁ、***ちゃぁ~ん、その前に銀さんさぁ、もうちょっとお前のこと味わって楽しみてぇんだけどいいかな」
「へ……?アイツらって誰?味わうって、なにを?」
意味が分からなくてぽかんとしていると、銀時の手が動いて、***の寝間着のボタンをもうひとつ留めた。
「んっ!!?」
パチンと音を立ててボタンを留めると同時に、銀時の顔が近づいてきて、唇を押し付けるように口づけられた。驚いて目を見開いていると、うっすらと銀時の唇が開いて、***の上唇を柔らかく噛んだ。
「ぅんっ!?ぃ、ぁッ、……んぅっ!!」
上唇の端から端までを甘噛みをされて、元々赤くなっていた顔にますます血が上る。ほんの少し痛むくらいの柔い力で噛まれた唇が、じんじんと熱を持ちはじめた。
「ぎっ……ん、ぅあっ……」
その熱が恥ずかしくて思わず声を漏らしたら、今度は下唇も同じようにされた。まるで***の唇の弾力を味わっているみたいに、銀時の歯が下唇の上をゆっくりと移動していく。
身動きもできずされるがままになっていると、キスをしたままで銀時が「ふっ」と笑った。潤んだ目で見つめたら、ぼんやりとした視界に楽しそうな赤い瞳が、少年のように笑っていた。
最後に、ちゅう、と大きな音を立てて***の唇を強く吸うと、ようやく銀時は離れた。
「はぁ~い、おしまぁ~い!不本意ながら、おしまいでぇ~す……オイオイ***~、お前、唇まで真っ赤っかにして、名残惜しそうな顔すんなってぇ。え、何?もっかい?もっかいチューしてほしいの?っんな泣きそうな顔になるほど、銀さんにキスされんのが嬉しいのかよぉぉぉ。ほんとに***は俺のことが好きだよねぇぇぇ」
「ななななな、名残惜しい顔なんてしてないです!銀ちゃんが……か、噛んだりするから、赤くなっただけだし!泣きそうじゃないし!銀ちゃんの馬鹿ぁぁぁ!!!」
真っ赤になって否定する***を見て、銀時はゲラゲラと笑った。その笑い声と同時に、胸元からパチンと音がしたので見下ろすと、ボタンが一番上まで留まっていた。銀時がキスをしながら手元も見ずにボタンを留めていたなんて、ちっとも気付かなかった。驚いて見上げた銀時は「ふふん」と得意げな顔をしていた。
バンッッッッ!!!!!!
「***さんっ!!!」
「***!!大丈夫アルか!!?」
突然大きな音が病室に鳴り響き、開け放たれたドアから新八と神楽、そして定春が飛び込んできた。
「新八くん!?神楽ちゃん!?さ、定春まで!!」
銀時を押しのけるようにベッドに前足を乗せた定春が、***の顔をペロリと舐めた。新八と神楽がバッとドアを閉めて、外から開けられないように手で押さえた。それと同時に「ドンドン」とドアを叩く音と、看護士の叫ぶ声が聞こえてくる。
「ちょっとアンタたち!病院は犬の連れ込み禁止です!そんなに大きな犬を病室に入れるなんて!患者さんに迷惑でしょうが!今すぐ出てきなさい!!」
立ち上がった銀時がドアに近づき、木刀をつっかえるように掛けたら、開けようとしても扉は開かなくなった。新八が大きな声でドアの外に向かって叫んだ。
「すみませ~ん!僕たち、ここの患者の家族です!家族なんだから面会したっていいですよね?この大きな犬も家族の一員なんだから、会う権利はあるはずです!家族を離れ離れにしたら、***さんはずーっと元気になれないんです!だから許してくださーい!!」
「し、新八くんっ……」
「そうアル!私たちは家族アル!病院でもどこでも、一緒にいたいのが家族ネ!定春も***と一緒にいたいネ!定春がでっかいのは図体だけじゃないヨ!ウンコもビッグサイズアル!離れたら寂しくて便秘になるのヨ!だから今日くらい一緒にいさせるヨロシィィィ!!!」
「神楽ちゃんまで……」
ふたりが外に叫びながら、本当は***に向けて言ってくれているのは分かっていた。定春がふわふわの毛を押し付けるように寄り添っていて温かい。炎が灯るように勇気が湧いて、***はベッドを降りて立ち上がった。頭をガリガリと掻いた銀時が「よっこいせ」と言って***の肩に手を回して支えた。ふらつく足でドアに近づくと、***も声を張り上げて叫んだ。
「ご、ごめんなさぁい!今晩だけ、この人たちと一緒にいさせてください!定春はとってもおりこうだし、絶対に迷惑かけないです!それに、あの、えぇっと……わ、私、この人たちと……家族と一緒にいられないと寂しくて、えーとえーと……べっ、便秘になっちゃうんです!もう、ひどい便秘になっちゃって、でっかいウンコでお腹が破裂して、明日には死んじゃうんです!!だから今夜だけ、家族と一緒にいさせてください!!おねがいします!!!」
何を言っているのか自分でも分からなくなりながら、***は必死で叫んだ。しばらくしてドアの向こうから「もうっ!絶対に他の部屋に迷惑をかけないでくださいね!」と諦めた声が聞こえる。***はホッとして顔を上げて三人を見たら、全員がぶるぶると肩を震わせて口元を抑えながら、笑いをこらえていた。
「なっ……ぎ、銀ちゃんはまだしも、新八くんと神楽ちゃんまで笑うなんてひどい!」
「あはは!だってまさか***さんがウンコなんて言うと思わなかったから!まるで怒った時の姉上みたいです」
「***~、レディがウンコなんて言っちゃ駄目アル!ウンコすんのは定春で、***じゃないネ!***は私のお姉ちゃんなんだから、いつも素敵でいてくれなきゃ困るアル!妹の顔にウンコ塗らないでヨ!!」
「いや、神楽、どっちかっつーとお前が***にウンコ塗ってるから。べったり塗りたくってるから。お前のせいでこいつウンコまみれだからぁ。ったく、お前ら、いきなり飛び込んできて、銀さんの彼女をウンコまみれにしないでくれる?」
病室なのに万事屋にいる時のように、いつも通りの馬鹿な会話をしているのが、***は嬉しい。肩を抱いた銀時の腕にぎゅっとつかまったまま、新八と神楽と定春を見つめた。
「ふたりとも、定春も来てくれてありがとう……あの、来て早々申し訳ないんだけど、その……みんなにお願いがあって……」
ん?という顔で銀時が***を見下ろす。新八と神楽も首をかしげていた。恥ずかしくなって赤らんだ顔のまま、じっと三人と一匹を見つめて、***は小さな声でお願いごとを口にした。
「わ、私、入院するのはじめてで……そ、その、怖くて眠れなそうだから、みんな一緒に寝てくれる……?」
その願いに一番に最初に返事をしたのは定春だった。「ワンッ!」と一度だけ鳴くと、飛び込むように***に近づいて、顔をペロペロと舐めた。
「わわっ、さ、定春っ!ちょ、ちょっと!」
慌てて定春を抱き留める***を見て、残りの三人は顔を見合わせてから、呆れたように笑ってため息をついた。
「しょうがないアルな!定春も***と一緒に寝たいって言ってるネ!今日は皆で雑魚寝するアル!」
「姉上とも一緒に寝たりしないですけど、***さんのお願いじゃ断れないですよ」
「オイ、ぱっつぁん、誰が***と一緒に寝ていいっつった?童貞とは言え、お前は男だからな。彼氏の俺を差し置いて同じ布団になんて入らせねぇよ。あきらめて床で寝ろ床で!」
「駄目だよ!銀ちゃん!みんなで寝るんですっ!定春は大きいから、足元に居てくれる?」
定春の首に腕を回して、ぎゅうと抱きしめながら***がそう問いかけると、主人の言いつけを守る忠犬のごとく、定春はベッドの足元に伏せて丸くなった。
喜んでベッドに飛びこんだ神楽と向き合うように、***は布団に横になった。神楽の後ろに寝転がった新八の肩を、***の手が優しくポンポンと叩いた。
「はやく、銀ちゃんも来てください」
「いや、どー考えても狭いだろ。俺さぁ、せせこましいとこで寝んの嫌いなんだよね~」
そう言いながらも、***に手まねきされて、銀時は渋々ベッドに上がる。ひとり用のベッドが4人分の重みにギシギシと音を立てた。神楽と新八を抱き留めるように横向きに寝ている***を、銀時が後ろから腕を回して強く抱きしめた。
前から神楽と新八の、背中から銀時の温かさを感じたら、***は心の底から安心して、大きな幸福感に包まれた。
―――あぁ、そっかぁ……私の夢は、もうとっくに私の腕の中にあったんだ……
神楽が、狭いから男ふたりは床で寝ろと言う。新八が、ベッドが壊れそうで怖いと言う。銀時が、新八はもっと***から離れろと言う。***は何も言わずに微笑むと瞳を閉じて、しばらくすると寝息を立て始めた。それにあわせて残りの三人も口をつぐみ、気が付くと全員がいびきを立てて眠り始めた。
―――家族じゃなきゃ、こんなに小さなベッドでぴったりくっついて寝たりしない―――
犬に言葉はないけど、定春はそう思いながら4人を見ていた。その聡い瞳には、掛け布団から飛び出た8つの足の裏が映っていた。
強く固そうな大きな足とひ弱で小さな足は、歩幅は違う。それでも同じ方へ向かって歩いて行っていることを、お利巧な定春はよく分かっていた。消灯時間が来て暗くなった病室に、満足げに定春が漏らした「フン」という鼻息が、一度だけ響いて消えていった。
--------------------------------------------
【(12)夢じゃない】end
"家族になろうよ(5/end)"
ひとりじゃない 君がそばにいる限り
自分の顔色の悪さと、血の気の失せた身体の素肌の色を、***は知る由もなかった。倒れてから一度も鏡を見ていないから、いつもは薄紅色の唇が、肌色に近いことも知らない。それがどれほど銀時を不安にさせているか、想像もしていなかった。
「あ、あの……私っ」
恥ずかしさに耐えながら、どこか不思議でしかたがなかった。***を追い詰めるようなことを言う銀時の、その手の動きがどこまでも優しいから。本当に追い詰めるつもりなら、もっと乱暴にするはずなのに。それはまるで、***の身体がここにあることを確かめているような指の動きだった。温度や震えまですくい取るみたいに、銀時の長い指は繊細に***の素肌をなでた。
―――こんなに優しい手つきで、銀ちゃんは一体、なにを求めているの?どんな言葉を欲しがっているの?どうしたら私が嫌がってないって、信じてくれるの……?
よく考えるんだ***、と自分に言い聞かせた。恥ずかしがってちゃダメだ。大好きな人にいま求められている。何度否定しても、繰り返し銀時が「俺が嫌か」と問うのにはワケがある。***を見つめる瞳が真剣なのだから、それはきっと間違いない。
もしかして――、じっと銀時を見つめる***の頭にふと、ひとつの考えが浮かんだ。
―――もしかして……銀ちゃんも、不安なの?私が銀ちゃんから離れていってしまうんじゃないかって……いつか私達は引き裂かれてしまうんじゃないかって、心配してるの?だからそんなに何度も聞くの?だからそんなに優しく私に触れるの?それってもしかして……私が万事屋を守ろうとしてるのと、おんなじ理由?
自信はなかった。思い上がりかもしれないし、勘違いだったら恥ずかしい。見当違いなら「なに言ってんだお前は」と馬鹿にされるだろう。でも、ふと浮かんだその予感に賭けてみたい気持ちが、***の胸に芽生えた。
こんなことを口にするのは、生まれてはじめてで、この先も銀時以外にこの言葉は言わないだろう。ものすごく恥ずかしい思いをするのは目に見えている。死にそうなほどの羞恥心に襲われることは、言う前から***には分かっていた。
それでも勇気をふりしぼって、口を開く。わき腹を銀時の手がすべって行き「っっ!!!」と息を飲む。開いた唇はわなわなと震えた。それでも必死で、蚊の鳴くような小さな声をふり絞った。
「銀ちゃん、私、嫌じゃないです。銀ちゃんとセ……ッ、クスするの全然イヤじゃない……だって、好きだからっ…銀ちゃんとぴったり、くっついて、ずっと、一緒にいたいから……」
「っ!!!」
驚いた銀時が目を見開いた。それが銀時が求めていたものか、***には分からなかった。でも、その言葉は魔法のように全身の血液を沸騰させて、恥ずかしさが頭のてっぺんから爪先までを駆けた。爆発しそうなほど頭に血が上って、ばぁぁぁっと顔が熱くなる。首も燃えるように熱くて見下ろしたら、銀時の手が置かれた胸元まで、薄紅色に染まっていた。
「***、」
うつむいている間に、銀時が***の頭の横に顔を伏せた。その熱っぽい声に、本当にこのままそういうことをすると思ったら膝が震えた。
「ぎっ、銀ちゃん……」
むき出しのお腹に当たった銀時の着物を、ぎゅっとつかんだ。シーツに広がる長い髪に、銀時が顔をうずめているから、汗の匂いがしないか心配になった。
―――ねぇ銀ちゃん、このまま私たち、本当にそういうことするの?私、汗くさくないかな?化粧取れちゃってて、変じゃないかな?
組みしかれて抱きしめられながら、どんどん不安になる。怖くて涙が出そうになった瞬間、***の髪の上で銀時が、すぅぅと深く息を吸い込んだ。
「やっ…!髪は、汗くさいから…ダメですッ!!!」
大きな肩を両手で押し返そうとして初めて、銀時の身体が震えていることに気付いた。黙ってうつむいたままの銀時の身体は、細かく震えて、少しづつその振動が大きくなっていた。
「え……!?銀ちゃん?だ、大丈夫ですか?」
「ぶっ!!!うぐっ、ぶははははははっ!!!!!」
心配になって問いかけると、銀時は顔をぱっと上げて思いきり吹き出してから、ゲラゲラと涙を流して笑った。
「なっ……!?なんで笑ってるんですか!?」
「いや、ちょ、おま、待てって、ぶはっ、死ぬ!笑いすぎて死ぬ!ひぃー!***のせーで笑いが止まんねぇ!息が、息ができねぇぇぇぇ!だはははははっ!!!!」
「ええぇぇぇっ!?」
自分の言葉がやっぱり見当違いだったと思うと、***は悲しかった。大口を開けて笑い続ける銀時が、再び静かになる頃には、***の眉は八の字に下がり、溢れそうなほどの涙を目に浮かべていた。
「銀ちゃん、ひ、ひどいです……私すごく恥ずかしかったのに!人が一生懸命言ったことを笑うなんて!」
「あ~あ~、ハイハイ、***ちゃ~ん、泣くなって~。泣くともっと酷い目にあうぞ。ホラ銀さんドSだからぁ、可愛い***が困ってんの見てたら、ちょ~っといじめたくなっただけだってぇ。もうこれ以上しねぇから安心しろよ***~」
そう言って頭をぐしゃぐしゃとなでた大きな手は、***の腕をつかんで起き上がらせた。布団にぺたりと座り込んだ***の肩に、銀時が寝間着を拾ってかけてくれた。くしゃくしゃのシーツの上に、向き合って座り見つめ合うと、銀時は不機嫌でも怒ってもいなかった。
「お前さぁ、さっきまで自分がどんだけ真っ青な顔してたか分かってる?腕も腹もぜ~んぶ、豆腐みてぇに真っ白で、幽霊もびびるような見た目してたの、気づいてんの?」
「え……?」
***は自分の腕やお腹を見たが、そこはもう薄紅色に染まり、健康そのものに見えた。
「いや、マジで、さっきまですげぇ色してたんだって」
そう言った銀時が両手をのばして、そっと***の腰をつかんだ。再びお腹やくびれ、胸の近くをなでられたら、ますます身体が熱くなった。
「ぶはっ!なにお前、顔と首だけじゃなくて、胸も腹も真っ赤になんのかよ!すっげぇなオイ!***、お前は全身茹でダコかよ!!!」
「~~~っっ!だって銀ちゃんが触るからぁぁぁ!」
泣きそうな声でそう叫ぶと、銀時はますます嬉しそうに***の身体をなで回した。
「そりゃそ~だよなぁ~、***は銀さんとセックスしたいんだもんなぁ~。だって***は銀さんのことが大好きなんだもんなぁぁぁぁ!」
「うぐっ……し、したいなんて言ってないです!嫌じゃないって言っただけだもん!!!」
ニヤニヤと笑って茶化されて、***は自分の言った言葉が求められたものだったのか判断できなかった。でも少なくとも、銀時の機嫌は直り、嬉しそうにしているのだから、それだけでも良かったとため息をつく。紅い顔のまま肩にかけられた服に袖を通した。ボタンを留めようとしたら、その手を銀時に上からにぎりしめられた。
「なー、***さぁ……」
「え?……なんですか?」
パチン、と音を立てて一番下のボタンを銀時の手が留めた。目を伏せてボタンを見つめたまま、***を呼んだ銀時の声は、それまでと打って変わって静かだった。***は驚いて動きを止めた。
「お前、俺たちのために金稼ごうとしてたんだってな」
「っ!!!な、なんで……?なんで知ってるの?」
「牛乳屋のジジイから聞いた。それに……‟社長になったらやりたいこと” にそう書いてあったろ」
「えっ、や、やだ、ノート見たんですか?もぉ~!恥ずかしいから見ないでよ!ど、どうせ銀ちゃんは、あんなの子供っぽいふざけた夢だって信じないでしょうけど、でも、私には大事な…」
「夢じゃねぇよ、***」
ノートを見られたことが気まずくて言い訳をしていたら、銀時が穏やかな声で***をさえぎった。大きな片手が伸びてきて、そっとほほに添えられる。じっと***を見つめる銀時は、さっきまでのニヤけた顔はどこへやら、優しく微笑んで瞳はいつもより真剣だった。
「俺は……俺たち万事屋は、お前の “やりたいこと” を夢だなんて思わねぇよ。***、お前が夢だと思ってることはなぁ、とっくに現実になってんだ。それにも気づかずに真っ青な顔して、こんなに痩せてぶっ倒れるまで根詰めてたお前は馬鹿だ。でも、それに気づかなかった俺たちも大馬鹿モンだよ……なぁ、***、馬鹿を家族に持つと、お互い苦労するな」
「っ!!!!!」
家族という単語が銀時の口から出て、あのノートを隅々まで見られたと分かった。気恥ずかしさと同時に***の胸は熱くなった。バレたら仕方がないと諦めるようにひとつため息をつくと口を開いた。
「私ね……ひとりぼっちになりたくなかったの。故郷の家族と同じくらい、万事屋の皆のこと大切に思うから……置いていかれたくなくて、ずっと一緒にいたくて。でも私は万事屋のお仕事はできないから、だからせめてお金を稼いで皆を支えようって思ったの。でもうまくいかなくて落ち込んで……それで倒れるなんて確かに馬鹿でした。でも……馬鹿でもやっぱり、銀ちゃんとずっと一緒にいたいです。例え叶わなくても、あのノートに書いた希望は捨てられないです」
ほほに添えられた銀時の手に、小さな手を重ねてそう言ったら、涙が一粒こぼれた。銀時とずっと一緒にいたいという思いは、どうしようもなく溢れ出して、***にも止めようがなかった。
「捨てんなよ。叶わねぇ夢じゃねぇよ。いいか、***、耳の穴かっぽじってよぉ~く聞け」
そう言った銀時が***の肩を強くつかんだ。
「***、お前はもうとっくに俺たちと一緒にいる。神楽も新八も定春も、***を家族だと思ってる。あの家がデカかろう小さかろうが、俺たちはあそこに絶対戻って来る。お前が社長になろうがなるまいが、俺たちはお前をひとりにさせねぇよ。お前が家族になるんじゃなくて、お前が俺たちを家族にするんだ。外で万事屋の看板を背負う俺たちを、ただの家族に戻すのが***、お前の役目だ。だから、そう簡単に倒れてんじゃねーよ。バカはバカ同士、支え合わなきゃいけねーだろ。それが家族っつーもんなんじゃねーの?……こっちはガキふたりとでけぇ犬まで抱えてんだ。***位はしっかりしてくんねぇと、銀さん過労でぶっ倒れそうなんですけどぉ~、ストレスで胃に穴があきそ~なんですけどぉ~、開いた穴から糖が流れ出ちゃいそ~なんですけどぉぉぉ!」
真面目なのかふざけているのか分からない口調で言われたことが、***には心底嬉しかった。例えそれが嘘でも「ひとりにさせない」と銀時に言って欲しかった。言われて初めて、その言葉を自分が求めていたことに***は気付いた。
勝手に瞳から溢れた涙がボタボタと落ちて、シーツに染みを作った。「オイ、泣きすぎだろ。っんな泣くと栄養が漏れて、点滴打ち直しになんぞ」と銀時は笑って、***のほほを優しくなでた。その手の温かさにホッとして、胸につかえていた苦しさが消えていった。
「ぅっく……ぎ、んちゃん、ぁ、ありがと……私、しっかりします……銀ちゃんと、新八くんと神楽ちゃんと定春と、みんなとずっと一緒にいたいから……」
涙声でそう***が伝えると、銀時がふと考え込むような顔になった。遠くの音に耳を澄まして「チッ、もう来やがった」と言ったので、何か聞こえるのかと***も息を止めたが、何の音も聞き取れなかった。
「はぁぁぁ~……お前の望み通り、もーすぐアイツら来るけどさぁ~。なぁ、***ちゃぁ~ん、その前に銀さんさぁ、もうちょっとお前のこと味わって楽しみてぇんだけどいいかな」
「へ……?アイツらって誰?味わうって、なにを?」
意味が分からなくてぽかんとしていると、銀時の手が動いて、***の寝間着のボタンをもうひとつ留めた。
「んっ!!?」
パチンと音を立ててボタンを留めると同時に、銀時の顔が近づいてきて、唇を押し付けるように口づけられた。驚いて目を見開いていると、うっすらと銀時の唇が開いて、***の上唇を柔らかく噛んだ。
「ぅんっ!?ぃ、ぁッ、……んぅっ!!」
上唇の端から端までを甘噛みをされて、元々赤くなっていた顔にますます血が上る。ほんの少し痛むくらいの柔い力で噛まれた唇が、じんじんと熱を持ちはじめた。
「ぎっ……ん、ぅあっ……」
その熱が恥ずかしくて思わず声を漏らしたら、今度は下唇も同じようにされた。まるで***の唇の弾力を味わっているみたいに、銀時の歯が下唇の上をゆっくりと移動していく。
身動きもできずされるがままになっていると、キスをしたままで銀時が「ふっ」と笑った。潤んだ目で見つめたら、ぼんやりとした視界に楽しそうな赤い瞳が、少年のように笑っていた。
最後に、ちゅう、と大きな音を立てて***の唇を強く吸うと、ようやく銀時は離れた。
「はぁ~い、おしまぁ~い!不本意ながら、おしまいでぇ~す……オイオイ***~、お前、唇まで真っ赤っかにして、名残惜しそうな顔すんなってぇ。え、何?もっかい?もっかいチューしてほしいの?っんな泣きそうな顔になるほど、銀さんにキスされんのが嬉しいのかよぉぉぉ。ほんとに***は俺のことが好きだよねぇぇぇ」
「ななななな、名残惜しい顔なんてしてないです!銀ちゃんが……か、噛んだりするから、赤くなっただけだし!泣きそうじゃないし!銀ちゃんの馬鹿ぁぁぁ!!!」
真っ赤になって否定する***を見て、銀時はゲラゲラと笑った。その笑い声と同時に、胸元からパチンと音がしたので見下ろすと、ボタンが一番上まで留まっていた。銀時がキスをしながら手元も見ずにボタンを留めていたなんて、ちっとも気付かなかった。驚いて見上げた銀時は「ふふん」と得意げな顔をしていた。
バンッッッッ!!!!!!
「***さんっ!!!」
「***!!大丈夫アルか!!?」
突然大きな音が病室に鳴り響き、開け放たれたドアから新八と神楽、そして定春が飛び込んできた。
「新八くん!?神楽ちゃん!?さ、定春まで!!」
銀時を押しのけるようにベッドに前足を乗せた定春が、***の顔をペロリと舐めた。新八と神楽がバッとドアを閉めて、外から開けられないように手で押さえた。それと同時に「ドンドン」とドアを叩く音と、看護士の叫ぶ声が聞こえてくる。
「ちょっとアンタたち!病院は犬の連れ込み禁止です!そんなに大きな犬を病室に入れるなんて!患者さんに迷惑でしょうが!今すぐ出てきなさい!!」
立ち上がった銀時がドアに近づき、木刀をつっかえるように掛けたら、開けようとしても扉は開かなくなった。新八が大きな声でドアの外に向かって叫んだ。
「すみませ~ん!僕たち、ここの患者の家族です!家族なんだから面会したっていいですよね?この大きな犬も家族の一員なんだから、会う権利はあるはずです!家族を離れ離れにしたら、***さんはずーっと元気になれないんです!だから許してくださーい!!」
「し、新八くんっ……」
「そうアル!私たちは家族アル!病院でもどこでも、一緒にいたいのが家族ネ!定春も***と一緒にいたいネ!定春がでっかいのは図体だけじゃないヨ!ウンコもビッグサイズアル!離れたら寂しくて便秘になるのヨ!だから今日くらい一緒にいさせるヨロシィィィ!!!」
「神楽ちゃんまで……」
ふたりが外に叫びながら、本当は***に向けて言ってくれているのは分かっていた。定春がふわふわの毛を押し付けるように寄り添っていて温かい。炎が灯るように勇気が湧いて、***はベッドを降りて立ち上がった。頭をガリガリと掻いた銀時が「よっこいせ」と言って***の肩に手を回して支えた。ふらつく足でドアに近づくと、***も声を張り上げて叫んだ。
「ご、ごめんなさぁい!今晩だけ、この人たちと一緒にいさせてください!定春はとってもおりこうだし、絶対に迷惑かけないです!それに、あの、えぇっと……わ、私、この人たちと……家族と一緒にいられないと寂しくて、えーとえーと……べっ、便秘になっちゃうんです!もう、ひどい便秘になっちゃって、でっかいウンコでお腹が破裂して、明日には死んじゃうんです!!だから今夜だけ、家族と一緒にいさせてください!!おねがいします!!!」
何を言っているのか自分でも分からなくなりながら、***は必死で叫んだ。しばらくしてドアの向こうから「もうっ!絶対に他の部屋に迷惑をかけないでくださいね!」と諦めた声が聞こえる。***はホッとして顔を上げて三人を見たら、全員がぶるぶると肩を震わせて口元を抑えながら、笑いをこらえていた。
「なっ……ぎ、銀ちゃんはまだしも、新八くんと神楽ちゃんまで笑うなんてひどい!」
「あはは!だってまさか***さんがウンコなんて言うと思わなかったから!まるで怒った時の姉上みたいです」
「***~、レディがウンコなんて言っちゃ駄目アル!ウンコすんのは定春で、***じゃないネ!***は私のお姉ちゃんなんだから、いつも素敵でいてくれなきゃ困るアル!妹の顔にウンコ塗らないでヨ!!」
「いや、神楽、どっちかっつーとお前が***にウンコ塗ってるから。べったり塗りたくってるから。お前のせいでこいつウンコまみれだからぁ。ったく、お前ら、いきなり飛び込んできて、銀さんの彼女をウンコまみれにしないでくれる?」
病室なのに万事屋にいる時のように、いつも通りの馬鹿な会話をしているのが、***は嬉しい。肩を抱いた銀時の腕にぎゅっとつかまったまま、新八と神楽と定春を見つめた。
「ふたりとも、定春も来てくれてありがとう……あの、来て早々申し訳ないんだけど、その……みんなにお願いがあって……」
ん?という顔で銀時が***を見下ろす。新八と神楽も首をかしげていた。恥ずかしくなって赤らんだ顔のまま、じっと三人と一匹を見つめて、***は小さな声でお願いごとを口にした。
「わ、私、入院するのはじめてで……そ、その、怖くて眠れなそうだから、みんな一緒に寝てくれる……?」
その願いに一番に最初に返事をしたのは定春だった。「ワンッ!」と一度だけ鳴くと、飛び込むように***に近づいて、顔をペロペロと舐めた。
「わわっ、さ、定春っ!ちょ、ちょっと!」
慌てて定春を抱き留める***を見て、残りの三人は顔を見合わせてから、呆れたように笑ってため息をついた。
「しょうがないアルな!定春も***と一緒に寝たいって言ってるネ!今日は皆で雑魚寝するアル!」
「姉上とも一緒に寝たりしないですけど、***さんのお願いじゃ断れないですよ」
「オイ、ぱっつぁん、誰が***と一緒に寝ていいっつった?童貞とは言え、お前は男だからな。彼氏の俺を差し置いて同じ布団になんて入らせねぇよ。あきらめて床で寝ろ床で!」
「駄目だよ!銀ちゃん!みんなで寝るんですっ!定春は大きいから、足元に居てくれる?」
定春の首に腕を回して、ぎゅうと抱きしめながら***がそう問いかけると、主人の言いつけを守る忠犬のごとく、定春はベッドの足元に伏せて丸くなった。
喜んでベッドに飛びこんだ神楽と向き合うように、***は布団に横になった。神楽の後ろに寝転がった新八の肩を、***の手が優しくポンポンと叩いた。
「はやく、銀ちゃんも来てください」
「いや、どー考えても狭いだろ。俺さぁ、せせこましいとこで寝んの嫌いなんだよね~」
そう言いながらも、***に手まねきされて、銀時は渋々ベッドに上がる。ひとり用のベッドが4人分の重みにギシギシと音を立てた。神楽と新八を抱き留めるように横向きに寝ている***を、銀時が後ろから腕を回して強く抱きしめた。
前から神楽と新八の、背中から銀時の温かさを感じたら、***は心の底から安心して、大きな幸福感に包まれた。
―――あぁ、そっかぁ……私の夢は、もうとっくに私の腕の中にあったんだ……
神楽が、狭いから男ふたりは床で寝ろと言う。新八が、ベッドが壊れそうで怖いと言う。銀時が、新八はもっと***から離れろと言う。***は何も言わずに微笑むと瞳を閉じて、しばらくすると寝息を立て始めた。それにあわせて残りの三人も口をつぐみ、気が付くと全員がいびきを立てて眠り始めた。
―――家族じゃなきゃ、こんなに小さなベッドでぴったりくっついて寝たりしない―――
犬に言葉はないけど、定春はそう思いながら4人を見ていた。その聡い瞳には、掛け布団から飛び出た8つの足の裏が映っていた。
強く固そうな大きな足とひ弱で小さな足は、歩幅は違う。それでも同じ方へ向かって歩いて行っていることを、お利巧な定春はよく分かっていた。消灯時間が来て暗くなった病室に、満足げに定春が漏らした「フン」という鼻息が、一度だけ響いて消えていった。
--------------------------------------------
【(12)夢じゃない】end
"家族になろうよ(5/end)"
ひとりじゃない 君がそばにいる限り