銀ちゃんの愛する女の子
おいしい牛乳(恋人)
おなまえをどうぞ
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【(9)叶わない夢】
抱き上げた身体の軽さに驚いて、一瞬動けなくなった。腕のなかの***は真っ青な顔で固く目を閉じて、痛みに耐えていた。すがるように銀時の胸元をつかんだ手から、手提げ袋が落ちた。ドサッと重い音を立てて地面に落ちた手提げを見下ろすと、付箋がたくさん貼られた『サルでも分かる経営・ビジネス』という本と、ボロボロのノートが飛び出していた。
「オイッ!***、しっかりしろ!」
弱ってる人間に無茶を言うと分かっていながらも、口が勝手にそう叫んだ。出た声が思ったより真剣で、想像以上に自分が焦っていることに銀時は驚いていた。
「ぎん、ちゃん……ごめんね……」
「はっ!?なに謝ってんだよ!んな青い顔して謝ってんじゃねーよ!!」
「……だ、って……これじゃまた、迷惑かけちゃ、」
「迷惑とか言うな馬鹿!……もうお前黙ってろ!!」
怒るつもりなんてないのに、***が震える声で無理に喋り続けようとするから、思わず大きな声で制してしまう。よほどひどい痛みなのか、身体を丸めた***は銀時の胸に顔を押し付けた。蚊の鳴くような小さな声で、もう一度「ごめんね」と言ってから、***は喋らなくなった。
―――いつからだ……一体いつからコイツはこんなに弱ってた?いつからこんな薄っぺらな身体になってた?新八の言うとおり、メシを食ってる***をこのところ見てない。いつも一緒にメシを食ってたはずなのに、へらへら笑っているせいで全然気づかなかった……
「くそっ……!」
一目散に病院へと走り出す。頭のなかで「いつから」という問いが「なぜ」に変わった。なぜ***はこんなに弱ってしまった。なぜろくにメシを食ってなかった。
口論をしているうちに顔色が悪くなり倒れたのだから、どう考えても自分が原因としか思えない。
―――なにコレ俺のせい?俺のせいなのか?こんなんなってぶっ倒れるほど、俺はコイツを追い詰めてたのか?
焦る気持ちで街を駆け抜ける。人ひとり抱えているのに、腕にはほとんど重みを感じない。腕の中の女がこのまま消えてしまいそうなほど儚く見えて、ひどい不安を感じた銀時は、***を強く抱き寄せた。
「強いストレスと過労で、胃が炎症をおこしています。倒れるほどでなくても、痛みが今までにもあったはずです。食事と睡眠が足りてないし、貧血気味なので数日入院して経過を見ましょう。なに、しっかり休んで、食べられるようになったら元気になりますよ……それにしても、こんなに若い子がどんな生活をしたらここまで弱るのか、僕には見当もつかないです。家族はどうして気付かなかったんでしょう?あなたは何かご存じですか?***さんのご家族の方……ではないですよね?」
医者は寝ている***から視線を銀時に移すと、眉を寄せて困った表情を浮かべた。銀時と***がどういう関係か探るような目をしたが、それ以上は問いただしてこなかった。
いかにもエリート街道を進んできたという感じの医者は、目の前で眠る若い女が、田舎の家族を支える為に出稼ぎに来ていて、早朝からせっせと働いているとは想像もしてないだろう。
何気なく医者が発した言葉に、共に過ごす時間が長かったはずの自分が、***の変化に気付かなかったことを責められた気がした。
「俺たちは家族なんかじゃねぇよ……なんで弱っちまったかだぁ?んなこと俺じゃなくてコイツに聞けよ。俺だって知りてぇくらいだっつーの」
投げやりにそう答えた銀時を見て、医者は肩をすくめてから部屋を出て行った。扉が閉まる直前に、目が覚めたら薬を飲ませてやれと言った。
「……***、」
つぶやいた声に返事はない。病院に着いてからも***はずっと身体を丸めて痛がって、銀時にしがみついて離れなかった。これでは診察ができないと困り果てた医者に点滴を打たれた途端、眠りに落ちて行った。
ベッドのふちに座って、穏やかな寝顔を見下ろす。
「オイ、起きろよ***。いつまで寝てんだオメーは」
なんでもいいからメシ食えよ。睡眠不足ってなんだよ。強いストレス?過労?そりゃなんだよ?なんのためだよ。さっさと起きて「銀ちゃん」っつって、いつもみたいにへらへら笑ってくれよ。
追い詰めてるつもりなんてなかった。想い合ってるもの同士なら当たり前のことをしたがってただけで。どちらかと言えば銀時の経験上、***のことをかなり大切にしていると思っていた。口では色々からかっても、結局のところ手を出してないし、本気で***が嫌がることを無理強いしようとしてたわけじゃない。
それでもこうして倒れたということは何かしら、***の身体をむしばむような負荷がかかっていたのだ。銀時の計り知れないところで。
あの柔らかい微笑みの後ろで、***が痛みや苦しみを抱え続けていたとしたら、それに気付かなかった自分は、彼氏失格のような気がする。
「***……俺はお前をどうしたらいい……どうすんのが正解なんだよ」
教えてくれよ。俺にはさっぱりわからないから。
ぐっすりと眠った***は起きる気配がなく、もちろん銀時の問いにも答えない。手を伸ばしてほほに触れたら、いつも通りにふにふにと柔らかかった。前髪を指で払ったら、ひたいは少し汗ばんでいた。
血の気が引いて白っぽい唇を見ていたら、無性にキスがしたくなった。愚かな考えだと分かっていても、口づけたら***が目を覚まして「銀ちゃん」と言うような気がした。
いつもはもっと桜色なのに。***の唇を眺めながらそう思った銀時は、小さな頭の両脇に手をついて静かに顔を近づけた。
「***……」
口づけた***の唇は、力なく閉じられていた。何度も触れたくなる、あのぷっくりとした弾力さえ今は感じられない。恥ずかしがって身体を強張らせて、ぎゅっと口を真一文字に閉じる、いつもの反応もない。***がされるがままにキスを受け入れているのが、まるでもう目を覚まさないように思えて恐ろしい。
「っ……!」
思わず身体を離して、じっと寝顔を見つめた。右手でぺしぺしとほほを叩いたら、***はわずかに眉間にシワを寄せた。
ああ、よかった。生きてる。
そう思ったのも束の間で、苦し気な声で***が発した言葉に、銀時の背中が凍った。
「……なぃ……できないよぉ……ごめっ、なさ」
夢うつつに何かを痛がっているみたいな声だった。その声を聞いた途端、倒れる直前に自分が***になにを言ったかを思い出した。
―――なにお前、そんなに俺とセックスすんのが嫌なのかよぉ……―――
意図せずとも責めるような言い方だったと思う。真っ青な顔で***は「違う」と答えていたけれど、その表情は全然そうは言ってないように見えた。
「……っんだよ、俺かよ……俺のせいかよ……」
そんなつもりはなかったのに、そう思いながら頭をガシガシと掻く。再び穏やかな顔になって眠り続ける***を見ていると、胸が痛くて自分に腹が立った。
『***ちゃんが!?そりゃ大変だ!旦那、アンタいま病院にいんのか?すぐ行くから待っててくんな!!』
牛乳屋に電話をかけて事情を話すと、電話口の主人は銀時の想像以上に慌てふためいた。その証拠に電話を切ってから30分と経たないうちに、主人は病院へやって来た。
ベッドに横になる***を見て「ああ、***ちゃん、この子はほんとに……」とつぶやいてから、主人は言葉をなくした。その横顔はまるで、子を心配する親のように銀時には見えた。
「旦那、ちょっといいかい」
主人に呼ばれて一緒に病室を出る。病室の前の長椅子にふたり並んで腰かけると、主人は銀時を見つめて戸惑っている表情を浮かべた。何かを言おうと開いた口からはなかなか言葉が出てこない。しびれを切らした銀時の方が先に声を荒げた。
「っんだよジジイ!話があんならさっさと言えよ!こっちは暇じゃねーんだぞ!!」
「いやぁ~~、旦那ぁ~~、言いにくいんだがなぁ~~……***ちゃんがあんな風に倒れちまったのはよぉ、俺と……お前さんのせいなんだ」
「は、はぁぁぁぁ!?」
自分のせいだと主人に言われて、銀時はギクリとする。まさか***が、銀時との交際の悩みを、父親代わりのような牛乳屋の主人に話したのだろうか?
「銀ちゃんに身体を求められて困ってるんです」とか言って?イヤイヤイヤ、恥ずかしがり屋のアイツに限ってそれは絶対無い。
ならば主人が銀時のせいだと言う理由は一体なんだ。そもそも主人は自分と銀時ふたりのせいだと言った。
「ウチの店を継ぐことが決まってから、***ちゃんはずいぶん無理をしてたんだ。ふた月位前かなぁ……‟ろくに寺小屋にも通ってない私に、お店の経営ができるか不安です” って言ってきてね。俺が力になるから大丈夫だって、一緒に勉強をはじめたんだ。最初は帳簿を見て、売り上げの計算や来期の予測を立てたりするだけだったんだが、今のことだけじゃなくて先々のことも考えたいって色んな本を読んだりして……」
そう言われて銀時は、***の手提げの中にぶ厚い本があったことを思い出す。万事屋でも時々なにかの本を開いて読んでいたっけ。だいたい数ページ読みはじめると眠たそうな顔をして、テーブルに突っ伏したりしていたから、真面目に読んでいるとは思ってもなかった。
「早朝から配達に出て昼間も働いてんのに、次の日には必ず ‟おじさん、ここがよく分かりません” って、俺が渡した本を読み進めて、予習したノート持ってくんだ。この子は一体いつ寝てんだろうって思ったよ。無理させんなってカカァにも怒られたんだが、***ちゃんがあんまり熱心だから、俺もつい力が入っちまって……色々、詰め込みすぎて追い込んじまってたんだ。安心させるつもりで、***ちゃんが社長になればこの店は安泰だって俺が言った時、自信がないってずいぶん不安そうな顔してたっけなぁ……」
主人は遠い目をして、昔を思い出しはじめた。出稼ぎにきたばかりの***は瘦せっぽっちで、ろくに飯も食べない女の子だったという。家族と離れ離れでたったひとり、見知らぬ土地で不安なはずなのに、いつもニコニコしていた。仕事に慣れてきた頃、ようやくちゃんと食べるようになった姿を見て、夫婦そろって安心したのだ。
「旦那も知ってるだろうが、あの子は不安な時や困ってる時ほどそれを口に出さねぇ。笑って限界まで耐えて、身体がぶっ壊れて初めて、こんなに無理をしてたのかって周りは気付かされんだ」
その通りだと銀時は思う。***は悲しい時や助けてほしい時ほどへらへら笑ってごまかそうとする。出会う前からずっとそうだったことは、よく分かってるつもりだったのに。
「無理に勉強をさせて、飯も食えねぇほどストレスを与えちまったのは俺だがな……旦那ぁ、俺が***ちゃんに店を継がねぇかって言った時、あの子がなんて言って喜んだか、お前さん知ってるかい?」
「………知らねぇよ。田舎の家族に楽させられるとか、そんなんじゃねぇのか」
銀時の答えを聞いて主人はふっと笑ってから、静かに首を横に振った。***農園は***の頑張りでとっくに楽になっているという。
「旦那、***ちゃんはなぁ、ウチの店を継いで金を稼げば、お前さんと……万事屋のみんなと、本当の家族みたいにずっと一緒に暮らせるって言ったんだ」
「っ……!!」
驚いて目を見開いた銀時を見て、主人は柔らかく微笑むと「だから俺と、お前さんのせいだって言ったろ」と言った。
「万事屋の三人が、人助けの為に飛び出して行くのを見てんのが好きだって、***ちゃんは言ってたよ……それを見送って帰ってくるのを待ってんのが好きだって。人の役には立っても金にはならねぇ仕事をしてるお前さんたちをずっと見ていたいから、万事屋がずっと万事屋でいられるように、三人が帰ってくる場所を守るために、自分が支えたいって***ちゃんは言ってたよ」
「……な、んだよソレ……んなことひと言もアイツ、」
「言わねぇさ。***ちゃんは旦那に恩を売りたいわけでも、見返りを求めてるわけでもねぇ。ただずっと変わらず万事屋で、お前さんたちと一緒に居たいって思ってるだけなんだ……あぁ、あのボロボロのノートがあっただろう。アレを見たら分かるさ。***ちゃんがどんな夢を持って、ウチの店を継ごうと思ってたかが」
それだけ言うと主人は病室に戻り、眠っている***の頭を撫でた。元気になるまで仕事は休んで構わないから、万事屋で面倒みてやってくれよと言った。
主人はベッドサイドの***の手提げからノートを取り出すと、それで銀時の胸を叩くように手渡した。
「***ちゃんが元気になるまで面倒みてやってくんな。お前さんたちは家族みてぇなもんだろう。な、万事屋の旦那」
主人は銀時に笑いかけると、病室を出て行った。
パラリ、とノートの1ページ目をめくる。几帳面な***の小さな文字が並んでいた。そういえばこんな字を書くんだったな、と銀時は懐かしく思った。
‟社長になったらやりたいこと”
まるで子供が夢を書くノートの見出しみたいで、銀時は思わず「ぶっ」と吹き出した。そしてそこに書かれたことが全て、まるで夢物語のような壮大な「やりたいこと」で、ますますおかしい。
「……馬鹿かよ、お前は……」
そうつぶやきながら、今だスヤスヤと眠っている***の寝顔を見つめる。さっき眉間にシワを寄せて「できないよぉ……」と***が苦し気につぶやいた理由が、そのノートを見てよく分かった。
―――ああ、でも、コイツは本当にこの夢を叶えようとしてたのか。そんなことできっこないって誰からも笑われそうな、こんなガキみてぇな夢を……
「オイ、***……早く起きろよ、この馬鹿が」
(さっさと起きて、いつもみたいに笑ってくれよ)
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【(9)叶わない夢】end
"家族になろうよ(2)"
いつの日も無邪気に笑っていられたら
抱き上げた身体の軽さに驚いて、一瞬動けなくなった。腕のなかの***は真っ青な顔で固く目を閉じて、痛みに耐えていた。すがるように銀時の胸元をつかんだ手から、手提げ袋が落ちた。ドサッと重い音を立てて地面に落ちた手提げを見下ろすと、付箋がたくさん貼られた『サルでも分かる経営・ビジネス』という本と、ボロボロのノートが飛び出していた。
「オイッ!***、しっかりしろ!」
弱ってる人間に無茶を言うと分かっていながらも、口が勝手にそう叫んだ。出た声が思ったより真剣で、想像以上に自分が焦っていることに銀時は驚いていた。
「ぎん、ちゃん……ごめんね……」
「はっ!?なに謝ってんだよ!んな青い顔して謝ってんじゃねーよ!!」
「……だ、って……これじゃまた、迷惑かけちゃ、」
「迷惑とか言うな馬鹿!……もうお前黙ってろ!!」
怒るつもりなんてないのに、***が震える声で無理に喋り続けようとするから、思わず大きな声で制してしまう。よほどひどい痛みなのか、身体を丸めた***は銀時の胸に顔を押し付けた。蚊の鳴くような小さな声で、もう一度「ごめんね」と言ってから、***は喋らなくなった。
―――いつからだ……一体いつからコイツはこんなに弱ってた?いつからこんな薄っぺらな身体になってた?新八の言うとおり、メシを食ってる***をこのところ見てない。いつも一緒にメシを食ってたはずなのに、へらへら笑っているせいで全然気づかなかった……
「くそっ……!」
一目散に病院へと走り出す。頭のなかで「いつから」という問いが「なぜ」に変わった。なぜ***はこんなに弱ってしまった。なぜろくにメシを食ってなかった。
口論をしているうちに顔色が悪くなり倒れたのだから、どう考えても自分が原因としか思えない。
―――なにコレ俺のせい?俺のせいなのか?こんなんなってぶっ倒れるほど、俺はコイツを追い詰めてたのか?
焦る気持ちで街を駆け抜ける。人ひとり抱えているのに、腕にはほとんど重みを感じない。腕の中の女がこのまま消えてしまいそうなほど儚く見えて、ひどい不安を感じた銀時は、***を強く抱き寄せた。
「強いストレスと過労で、胃が炎症をおこしています。倒れるほどでなくても、痛みが今までにもあったはずです。食事と睡眠が足りてないし、貧血気味なので数日入院して経過を見ましょう。なに、しっかり休んで、食べられるようになったら元気になりますよ……それにしても、こんなに若い子がどんな生活をしたらここまで弱るのか、僕には見当もつかないです。家族はどうして気付かなかったんでしょう?あなたは何かご存じですか?***さんのご家族の方……ではないですよね?」
医者は寝ている***から視線を銀時に移すと、眉を寄せて困った表情を浮かべた。銀時と***がどういう関係か探るような目をしたが、それ以上は問いただしてこなかった。
いかにもエリート街道を進んできたという感じの医者は、目の前で眠る若い女が、田舎の家族を支える為に出稼ぎに来ていて、早朝からせっせと働いているとは想像もしてないだろう。
何気なく医者が発した言葉に、共に過ごす時間が長かったはずの自分が、***の変化に気付かなかったことを責められた気がした。
「俺たちは家族なんかじゃねぇよ……なんで弱っちまったかだぁ?んなこと俺じゃなくてコイツに聞けよ。俺だって知りてぇくらいだっつーの」
投げやりにそう答えた銀時を見て、医者は肩をすくめてから部屋を出て行った。扉が閉まる直前に、目が覚めたら薬を飲ませてやれと言った。
「……***、」
つぶやいた声に返事はない。病院に着いてからも***はずっと身体を丸めて痛がって、銀時にしがみついて離れなかった。これでは診察ができないと困り果てた医者に点滴を打たれた途端、眠りに落ちて行った。
ベッドのふちに座って、穏やかな寝顔を見下ろす。
「オイ、起きろよ***。いつまで寝てんだオメーは」
なんでもいいからメシ食えよ。睡眠不足ってなんだよ。強いストレス?過労?そりゃなんだよ?なんのためだよ。さっさと起きて「銀ちゃん」っつって、いつもみたいにへらへら笑ってくれよ。
追い詰めてるつもりなんてなかった。想い合ってるもの同士なら当たり前のことをしたがってただけで。どちらかと言えば銀時の経験上、***のことをかなり大切にしていると思っていた。口では色々からかっても、結局のところ手を出してないし、本気で***が嫌がることを無理強いしようとしてたわけじゃない。
それでもこうして倒れたということは何かしら、***の身体をむしばむような負荷がかかっていたのだ。銀時の計り知れないところで。
あの柔らかい微笑みの後ろで、***が痛みや苦しみを抱え続けていたとしたら、それに気付かなかった自分は、彼氏失格のような気がする。
「***……俺はお前をどうしたらいい……どうすんのが正解なんだよ」
教えてくれよ。俺にはさっぱりわからないから。
ぐっすりと眠った***は起きる気配がなく、もちろん銀時の問いにも答えない。手を伸ばしてほほに触れたら、いつも通りにふにふにと柔らかかった。前髪を指で払ったら、ひたいは少し汗ばんでいた。
血の気が引いて白っぽい唇を見ていたら、無性にキスがしたくなった。愚かな考えだと分かっていても、口づけたら***が目を覚まして「銀ちゃん」と言うような気がした。
いつもはもっと桜色なのに。***の唇を眺めながらそう思った銀時は、小さな頭の両脇に手をついて静かに顔を近づけた。
「***……」
口づけた***の唇は、力なく閉じられていた。何度も触れたくなる、あのぷっくりとした弾力さえ今は感じられない。恥ずかしがって身体を強張らせて、ぎゅっと口を真一文字に閉じる、いつもの反応もない。***がされるがままにキスを受け入れているのが、まるでもう目を覚まさないように思えて恐ろしい。
「っ……!」
思わず身体を離して、じっと寝顔を見つめた。右手でぺしぺしとほほを叩いたら、***はわずかに眉間にシワを寄せた。
ああ、よかった。生きてる。
そう思ったのも束の間で、苦し気な声で***が発した言葉に、銀時の背中が凍った。
「……なぃ……できないよぉ……ごめっ、なさ」
夢うつつに何かを痛がっているみたいな声だった。その声を聞いた途端、倒れる直前に自分が***になにを言ったかを思い出した。
―――なにお前、そんなに俺とセックスすんのが嫌なのかよぉ……―――
意図せずとも責めるような言い方だったと思う。真っ青な顔で***は「違う」と答えていたけれど、その表情は全然そうは言ってないように見えた。
「……っんだよ、俺かよ……俺のせいかよ……」
そんなつもりはなかったのに、そう思いながら頭をガシガシと掻く。再び穏やかな顔になって眠り続ける***を見ていると、胸が痛くて自分に腹が立った。
『***ちゃんが!?そりゃ大変だ!旦那、アンタいま病院にいんのか?すぐ行くから待っててくんな!!』
牛乳屋に電話をかけて事情を話すと、電話口の主人は銀時の想像以上に慌てふためいた。その証拠に電話を切ってから30分と経たないうちに、主人は病院へやって来た。
ベッドに横になる***を見て「ああ、***ちゃん、この子はほんとに……」とつぶやいてから、主人は言葉をなくした。その横顔はまるで、子を心配する親のように銀時には見えた。
「旦那、ちょっといいかい」
主人に呼ばれて一緒に病室を出る。病室の前の長椅子にふたり並んで腰かけると、主人は銀時を見つめて戸惑っている表情を浮かべた。何かを言おうと開いた口からはなかなか言葉が出てこない。しびれを切らした銀時の方が先に声を荒げた。
「っんだよジジイ!話があんならさっさと言えよ!こっちは暇じゃねーんだぞ!!」
「いやぁ~~、旦那ぁ~~、言いにくいんだがなぁ~~……***ちゃんがあんな風に倒れちまったのはよぉ、俺と……お前さんのせいなんだ」
「は、はぁぁぁぁ!?」
自分のせいだと主人に言われて、銀時はギクリとする。まさか***が、銀時との交際の悩みを、父親代わりのような牛乳屋の主人に話したのだろうか?
「銀ちゃんに身体を求められて困ってるんです」とか言って?イヤイヤイヤ、恥ずかしがり屋のアイツに限ってそれは絶対無い。
ならば主人が銀時のせいだと言う理由は一体なんだ。そもそも主人は自分と銀時ふたりのせいだと言った。
「ウチの店を継ぐことが決まってから、***ちゃんはずいぶん無理をしてたんだ。ふた月位前かなぁ……‟ろくに寺小屋にも通ってない私に、お店の経営ができるか不安です” って言ってきてね。俺が力になるから大丈夫だって、一緒に勉強をはじめたんだ。最初は帳簿を見て、売り上げの計算や来期の予測を立てたりするだけだったんだが、今のことだけじゃなくて先々のことも考えたいって色んな本を読んだりして……」
そう言われて銀時は、***の手提げの中にぶ厚い本があったことを思い出す。万事屋でも時々なにかの本を開いて読んでいたっけ。だいたい数ページ読みはじめると眠たそうな顔をして、テーブルに突っ伏したりしていたから、真面目に読んでいるとは思ってもなかった。
「早朝から配達に出て昼間も働いてんのに、次の日には必ず ‟おじさん、ここがよく分かりません” って、俺が渡した本を読み進めて、予習したノート持ってくんだ。この子は一体いつ寝てんだろうって思ったよ。無理させんなってカカァにも怒られたんだが、***ちゃんがあんまり熱心だから、俺もつい力が入っちまって……色々、詰め込みすぎて追い込んじまってたんだ。安心させるつもりで、***ちゃんが社長になればこの店は安泰だって俺が言った時、自信がないってずいぶん不安そうな顔してたっけなぁ……」
主人は遠い目をして、昔を思い出しはじめた。出稼ぎにきたばかりの***は瘦せっぽっちで、ろくに飯も食べない女の子だったという。家族と離れ離れでたったひとり、見知らぬ土地で不安なはずなのに、いつもニコニコしていた。仕事に慣れてきた頃、ようやくちゃんと食べるようになった姿を見て、夫婦そろって安心したのだ。
「旦那も知ってるだろうが、あの子は不安な時や困ってる時ほどそれを口に出さねぇ。笑って限界まで耐えて、身体がぶっ壊れて初めて、こんなに無理をしてたのかって周りは気付かされんだ」
その通りだと銀時は思う。***は悲しい時や助けてほしい時ほどへらへら笑ってごまかそうとする。出会う前からずっとそうだったことは、よく分かってるつもりだったのに。
「無理に勉強をさせて、飯も食えねぇほどストレスを与えちまったのは俺だがな……旦那ぁ、俺が***ちゃんに店を継がねぇかって言った時、あの子がなんて言って喜んだか、お前さん知ってるかい?」
「………知らねぇよ。田舎の家族に楽させられるとか、そんなんじゃねぇのか」
銀時の答えを聞いて主人はふっと笑ってから、静かに首を横に振った。***農園は***の頑張りでとっくに楽になっているという。
「旦那、***ちゃんはなぁ、ウチの店を継いで金を稼げば、お前さんと……万事屋のみんなと、本当の家族みたいにずっと一緒に暮らせるって言ったんだ」
「っ……!!」
驚いて目を見開いた銀時を見て、主人は柔らかく微笑むと「だから俺と、お前さんのせいだって言ったろ」と言った。
「万事屋の三人が、人助けの為に飛び出して行くのを見てんのが好きだって、***ちゃんは言ってたよ……それを見送って帰ってくるのを待ってんのが好きだって。人の役には立っても金にはならねぇ仕事をしてるお前さんたちをずっと見ていたいから、万事屋がずっと万事屋でいられるように、三人が帰ってくる場所を守るために、自分が支えたいって***ちゃんは言ってたよ」
「……な、んだよソレ……んなことひと言もアイツ、」
「言わねぇさ。***ちゃんは旦那に恩を売りたいわけでも、見返りを求めてるわけでもねぇ。ただずっと変わらず万事屋で、お前さんたちと一緒に居たいって思ってるだけなんだ……あぁ、あのボロボロのノートがあっただろう。アレを見たら分かるさ。***ちゃんがどんな夢を持って、ウチの店を継ごうと思ってたかが」
それだけ言うと主人は病室に戻り、眠っている***の頭を撫でた。元気になるまで仕事は休んで構わないから、万事屋で面倒みてやってくれよと言った。
主人はベッドサイドの***の手提げからノートを取り出すと、それで銀時の胸を叩くように手渡した。
「***ちゃんが元気になるまで面倒みてやってくんな。お前さんたちは家族みてぇなもんだろう。な、万事屋の旦那」
主人は銀時に笑いかけると、病室を出て行った。
パラリ、とノートの1ページ目をめくる。几帳面な***の小さな文字が並んでいた。そういえばこんな字を書くんだったな、と銀時は懐かしく思った。
‟社長になったらやりたいこと”
まるで子供が夢を書くノートの見出しみたいで、銀時は思わず「ぶっ」と吹き出した。そしてそこに書かれたことが全て、まるで夢物語のような壮大な「やりたいこと」で、ますますおかしい。
「……馬鹿かよ、お前は……」
そうつぶやきながら、今だスヤスヤと眠っている***の寝顔を見つめる。さっき眉間にシワを寄せて「できないよぉ……」と***が苦し気につぶやいた理由が、そのノートを見てよく分かった。
―――ああ、でも、コイツは本当にこの夢を叶えようとしてたのか。そんなことできっこないって誰からも笑われそうな、こんなガキみてぇな夢を……
「オイ、***……早く起きろよ、この馬鹿が」
(さっさと起きて、いつもみたいに笑ってくれよ)
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【(9)叶わない夢】end
"家族になろうよ(2)"
いつの日も無邪気に笑っていられたら