銀ちゃんの愛する女の子
おいしい牛乳(恋人)
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【(8)病は気から】
「そんな心配すんなって***~、世の男子は全員、彼女ができた瞬間から、そのことしか頭にねーから。それしか考えてねーから。銀さんだってそこは一緒なわけよ。そりゃぁ、おぼこい***からしたら不安かもしんねぇけどさぁ、こう見えて銀さん保健体育は満点だし?それなりに女のこたぁ心得てるつもりだし?お前さえ、いいよ銀ちゃんって言ってくれりゃぁ、こっちはいつでも準備万端なんですよ。準備万端どころか、すでに射程圏内っつーか?発射寸前っつーか?どーせお前はもう俺のモンなんだし、こうなったら具体的に?実践的に?肉体的に?銀さんのものになっちゃおうよ、***ちゃぁ~ん」
「ちょ、ちょちょちょちょっと銀ちゃん!こんなとこで何言ってるの!全然意味が分からないです!いや、い、意味は分かるけど、気持ちが追い付かなくて、理解できないというか……」
「はぁ~、っんとに***は物わかりが悪いな~。しょうがねぇ、じゃぁお前のことを5才児だと思って簡単に言うとぉ……銀さんとセックスしよう、そうしよう!」
「5才児にそんなこと言わないでください!銀ちゃんの馬鹿!!変態っ!!!」
ペチンッという音を立てて、***の右手が銀時のほほを打った。いってぇ~!と大声で叫んだ銀時の顔は全然痛くなさそうで、ニヤニヤと笑っていた。
なんでこんなことになっちゃったんだっけ?
ぼんやりそう思ったら、胃がしくしくと痛んだ。なぜ真っ昼間から、通行人のたくさんいる道の真ん中で、こんな恥ずかしい口論をしているのだろう?
***は右手で痛む胃をさすった。
その日ふたりで外出したのは、新八がきっかけだった。いつも通り平和な万事屋の正午すこし前。顔にジャンプをのせて惰眠を貪る家主と、ふんぞり返ってテレビを見ている同居人のふたりは、朝から一歩もソファを降りようとしない。
「銀さんも神楽ちゃんも、少しは掃除手伝ってくださいよ~」
そう言って新八は掃除機をかけながら、居間を出て廊下へ。途中でふと台所を見ると、扉を開けた冷蔵庫の前に***がしゃがんでいた。買い物袋の中身をしまい終えて、立ち上がった瞬間に、その足元がふらりと揺れた。
ガタンッ―――
掃除機を放り出して、ふらつく***に手を伸ばした。
「***さんっ!だ、大丈夫ですか!?」
「っあ、新八くん……ご、ごめ……」
薄目で宙を見る***の瞳は焦点が合ってない。新八に肩を支えられて立ち、浅い呼吸を繰り返すと、しばらくして身体の揺れが収まった。まるで無理に力を入れようとしているかのように、***は腹を手で強く押さえると、微笑みを浮かべて新八を見た。
「ありがとう新八くん、ちょっとくらっとしただけ……ふぅ~、もう大丈夫だよ。ごめんね」
「でも***さん、顔が真っ白です。それに……」
それにこの人は前からこんなに軽くて弱々しかったっけ?新八はそう思いながら、***を眺めた。
血の気が失せて白んだ顔は、ひと目で貧血気味だと分かった。つかんだ肩と腕はずっと前に触れた時より、骨ばって細くなったように感じる。
「***さん、ちゃんとご飯食べてますか?前より痩せちゃった気がするし、顔色もすごく悪いですけど」
「え?そうかなぁ?ちゃんと食べてるよ。今朝も牛乳飲んだし」
「牛乳だけ!?そんなの駄目ですよ!そんなのご飯とは言えないです!!」
怒られて慌てた***が、昨日はパンも食べたと言いわけをしたが、新八の耳には入らない。
万事屋よりも忙しく働いている***が、ろくに食べていないなんて。自分より他人を優先しがちな***が万事屋で食事をすると、銀時や神楽に惣菜や米を分け与えてばかりいる。
***がこんなに痩せ細ったのはそのせいだと思うと、居間でソファと一体化してダラけているふたりに対し、ふつふつと怒りが湧いてきた。
「コラァァァ!この甲斐性なしの腐れ天パァァァ!貴様はいつまで寝とるんじゃボケェェェ!!!」
寝ている銀時の胸倉をつかんで持ち上げたら、ジャンプが顔から滑り落ちた。まだ寝ているような生気のない赤い瞳が開き、不機嫌そうに新八を見た。
「あ゙ぁ~?っんだよ、ぱっつぁん。昼間っからギャーギャーギャーギャーでっけぇ声出しやがってこの童貞メガネェ。発情期か?お前は万年発情期なんですかぁ?」
「そりゃ騒ぎたくもなりますよ!***さんがあんなに痩せちゃったこと、銀さん気付いてます!?ろくにご飯も食べてないみたいですけど!?アンタ彼氏なんだから、そのくらい分かってんでしょうね!?」
「はぁ~?***がどうしたって?お前が***の何を知ってんだよ?アイツは元々細っこいし、メシだってお前や神楽に比べたら、たいして食わねぇだけだろうが」
そういうレベルの話ではないと新八がため息をつく。神妙な面持ちで銀時に向かって、ソファにちゃんと座るように言った。面倒くせぇと思いながらも座り直した銀時は、鼻をほじりはじめる。
「いいですか!?アンタらふたりが、***さんの優しさに甘えて、なんでもかんでもご飯を横取するから、あんなに痩せちゃったんですよ!あの人は僕たちよりずっと忙しく働いてるんです!そんな人がろくに食べずに痩せちゃうなんて、おかしいじゃないですか!銀さん、***さんをご飯に連れて行ってあげてください。寿司でも焼肉でも何でもいいから、***さんが食べたい物をたらふく食べさせてあげてください!!」
「別に***にメシ食わせんのは構わねぇけどよぉー……そんな金どこにあんだよ新八ぃ」
「銀さん、知ってますよ……アンタ昨日パチンコで大勝ちしましたよね。そしてそれを結野アナの限定フィギア買うために、こっそりへそくりに入れてましたね」
「ぐっ……お前、な、なぜそれをっ!!」
「ブーツの中に隠してることも知ってます……そのお金で***さんにご飯を食べさせてあげてくださいよ!それが嫌なら未払いの給料を僕に払ってください。それで僕が***さんをご飯に連れてきますから!!」
「だぁぁぁぁ!わぁかったよ!!連れてきゃいんだろ連れてきゃぁ!ちっきしょぉぉぉ!焼肉でもなんでも食わせてやろーじゃねぇかコノヤロー!!!」
「きゃっほぉ~い!今日のお昼は焼肉アル!」
「神楽ちゃんはダメッ!神楽ちゃんが行くと、また***さんがお肉とかご飯を全部あげちゃうから!僕たちは大人しく卵かけご飯で我慢だよ!!」
ソファに飛び起きた神楽を新八がなだめる。その姿を見て銀時は、なにをそんなに必死になってるんだかと思いながらも立ち上がった。頭をガシガシとかきながら台所に行き「昼飯食いに行くぞ」と声をかけると、***は驚いた顔をした。
「え?ご飯ならこれから作りますけど」
「あー、いいっていいって、今日は外で食うから。銀さんが何でも食いたい物おごってやるよ。オラ行くぞ」
あまりの珍しい出来事に***が目をぱちぱちと瞬いた。耳を疑っているかのように「え?今なんて?銀ちゃんの……お、おごり?」とつぶやいている。その手を引いて玄関を出た。
慌てて振り返った***が「新八くんと神楽ちゃんは?」と言う。まさか居間で、自分たちを追いかけようと暴れる神楽を、必死に新八が引き留めて取っ組み合いをしてるとは、***は想像もしていないだろうと思い、銀時は声も無く笑った。
訳も分からずに手を引かれて、飲食店の並ぶ通りに連れて来られた***は、全然空腹を感じていなかった。むしろ何も食べたくないくらい胃が重い。
「ねぇ銀ちゃん、私あんまりお腹空いてないし、無理に外で食べなくていいですよ。帰って神楽ちゃんと新八くんと一緒にお昼ご飯食べよう?」
「あぁ~?それじゃ俺が新八に怒られるんだって。っんだよ***、せっかく銀さんがおごってやるっつってんだから、食いたいものさっさと言えよぉ~」
だから何も食べたくないんだってと思ったが、せっかくの好意を踏みにじるようで言えなかった。どうしようと悩みながら通りを眺める。和食や洋食、レストランや寿司屋の前を通ったが、どの店にも入りたがらない***を見て、銀時がため息をついた。
しょうがねぇなぁ、と言って***の手を引くと、通りをずんずん進む。焼肉屋の前で立ち止まって「ぱっつぁんの言う通り、焼肉なら食えんだろ。カルビでもなんでもたんまり食えよ***」と言った。店先の焼ける肉の写真を見た瞬間、銀時の腹から「ぐぅ~」と音が鳴ったが、***の胃にはぎゅぅぅぅと締め付けるような痛みが走った。
「いやいやっ!焼肉なんて重たいもの食べれません!」
「はぁ?なんでだよ?」
不審な顔をして***を見下ろした銀時が、しばらく考えてから、何かを思いついた表情を浮かべて、こぶしで手のひらをポンと打った。
「お前アレだろ!アレ気にしてんだろ?」
「え?なに?何を?」
「アレだよアレ!焼肉食べたカップルは、その後セックスするっつーアレ!」
突然言われた言葉に***はピシッと動きを止めて、石のように固まった。声を失って立ち尽くしていたら、にやにやと笑った銀時が***の手を引いて焼肉屋に入ろうとする。
そんなことを言われた後で一緒に焼肉を食べるのなんて絶対に無理、と思った***は必死で足を踏ん張って抵抗した。
「ちょ、ちょっと待って銀ちゃん!焼肉は私いま食べられないですっ、本当に、お腹空いてないからっ……!」
「っんなこと言うなって***~。むしろいい機会だと思わねぇ?せっかくパチンコで大勝ちして懐が温けぇんだ。今のうちに銀さんの好意に甘えとけよ。肉やらニンニクやらたんまり食って、ふたりして精力つけて、そんままホテルになだれ込むのってのが、今日の正解だろ。あの童貞の新八まで気ぃつかってくれてんだから、俺たちも答えなきゃいけねぇよなぁ~」
「なっ……!そ、そんなこと急に言われたって困ります!銀ちゃんはいいかもしれないけど、私はまだ心の準備がっ……」
「そんな心配すんなって***~、世の男子は全員、彼女ができた瞬間から、そのことしか頭にねーから。それしか考えてねーから。銀さんだってそこは一緒なわけよ」
そして気付いたら、焼肉屋の前、大きな通りのド真ん中で、人に聞かせるには恥ずかしすぎる口論をしていたのだった。
ペチンッとビンタしてもニヤニヤとしている銀時の顔を見ていたら、再び***の胃はキリキリと痛んだ。「ゔぅっ……」とお腹を押さえていたら、後ろから誰かが***の肩をポンと叩いた。
振り向くとそこには金髪でガングロ、ぽっちゃりと言うにはやや太めのギャルが立っていた。後ろに数人の派手なメイクをした女の子たちを引き連れている。ピンクの着物にばっちりメイクをした娘は、「どちら様ですか?」ときょとんする***ではなく、銀時をまっすぐに見つめていた。そして、眉間にシワを寄せて不機嫌そうな顔すると、おちょぼ口を開いた。
「アンタ万事屋じゃ~ん。焼肉屋の前で女の子ナンパするなんて、マジありえないんですけどぉ~~~」
「あんだとぉぉぉ~!?そういうテメーは誰だ………っあ!お前ハムか!ハム子か!なんだお前、焼肉屋でハムの出番はねぇぞ。さっさと帰れよ工場に」
「公子だよっ!やっぱアンタって超失礼だよね!アンタこそこんなところでナンパしてないで帰れよ。この子困ってるじゃん!」
そう言って銀時にハム子と呼ばれたギャルが、***の肩をつかんだ。そのまま引っ張られ、ハム子の後ろに守るようにかばわれた***は驚きの声をあげた。
「ハ、ハム子さん勘違いです!銀ちゃんと私は、」
「だから公子だって!アンタみたいな弱そうな女が焼肉なんかで簡単に釣られて、こーゆーろくでもない男にヤられちゃうんだよ!しっかりしなって!!」
「オイィィィ!!このメス豚ァァァ!なぁに勘違いしてんだよ!そいつは俺の彼女だっつーの!かーちゃんヅラしてなにとんでもないこと***に吹き込んでくれちゃってんのぉ!?焼肉程度とか言うけど、ハム子なんてその焼肉にもなんねぇからね!?お前なんて似ても焼いても食えねぇような元ヤク漬けの豚肉だからね!?」
「何をぉぉぉぉ!!!」
突然、ハム子と銀時が口論をはじめてしまい、***はあわあわと立ち尽くすしかなかった。威勢のいいハム子が銀時の胸倉をつかむ。そのハム子のたぷたぷとしたほほを、銀時の大きな手がむんずとつかむ。負けじとハム子が銀時の髪をつかんで引っ張る。往来の真ん中で、ふたりそろってもみくちゃになっていた。
「あっ……やだ、銀ちゃん、ハ、ハム子さっ……」
ふたりを止めようと声をかけたのに、***は上手く息ができなくて喋れなくなった。ノドでひゅうひゅうと風が鳴るような浅い呼吸しかできなくて苦しい。
気が付くと心臓がバクバクとものすごい速さで鼓動していて、足がガタガタと震え、立っているのも精一杯だ。なんとかしなきゃと思った途端、再び胸の下のちょうどお腹の真ん中が、ぎゅうっとしぼり上げられるように強く痛んだ。
「ゔぅぅッ……い、ったぁ……っあ、あの、だ、誰か……銀ちゃんを、とめてくださっ……」
必死で声を出して、ハム子が引きつれてきた女の子たちをふり返ると、そのうちのひとりが***を見て驚いた顔をした。
「ねぇアンタ、すっごい真っ青だけど大丈夫?」
「え………?」
心配そうな表情の女の子に「大丈夫」と言おうとした瞬間、視界がぐらりと揺れた。咄嗟に女の子の腕につかまったけれど、膝がガクッと折れてその場にしゃがみこんでしまった。
膝を抱くように身体を丸めたら、キリキリとした胃の痛みが強まった。おでこから冷や汗が出て、ぎゅっと目をつぶって顔を膝がしらに押し付ける。
「っん゙~~~~~……!」
痛い、お腹がすごく痛い。どうしたんだろう。さっきまでは元気だったのに。急に身体が言うことをきかなくなってしまった。うまく呼吸ができずに息苦しくて、身体がどんどん強張っていく。今すぐ誰かに助けてほしいと、真っ暗な視界のなかで***は思っていた。
うずくまって痛みに耐えていたら、知らぬ間にすぐ近くに銀時が来ていた。大きな手が肩に置かれて、慣れ親しんだ手の温かさを感じたら、少しホッとした。
「っんだよ***~。どうしたんだよ。なにお前、そんなに俺とセックスすんのが嫌なのかよぉ~」
拗ねたような銀時の声が聞こえて、慌てて***は顔を上げた。
「ち、違うっ……!ちがうの銀ちゃんっ……お、お腹が……」
死にそうなほど痛いと言おうとした瞬間に、ズキズキとした強い痛みが再び襲ってきて、ぎゅっと目を閉じた。なんとか痛みに耐えようとうつむいて、地面に両手をついた。
「っ……!?オイッ、***、お前」
焦ったような銀時の声が遠くで聞こえる。瞳を閉じる寸前に見た顔は、めずらしく焦っていた。
―――ちがう、ちがうの銀ちゃん……こんな時にお腹が痛くなったら、まるで銀ちゃんのことを嫌がってるみたいになっちゃう……でも、そうじゃないの。そうじゃなくって……―――
説明しなきゃと思うのに身体が思うように動かない。ただ胃の痛みだけが全身を満たしていて、他のことが上手く考えられない。銀時に心配をかけてしまうし、誤解させたままなんて嫌だ。
しゃがんで丸まった身体に大きな手が回される。ふわっと足が地面から離れて、すぐ近くから銀時の香りがして、抱き上げれたのが分かった。
「ぎ、銀ちゃんっ……」
小さくつぶやいた声が信じられないくらい震えていた。一体どうしたのか***にも分からなくて、とても怖い。しがみつくようにぎゅっと銀時の胸元の着物をにぎったら、身体に回った腕が強く***を抱き寄せた。
---------------------------------------------------------
【(8)病は気から】end
"家族になろうよ(1)"
身体は正直 それ以上でもそれ以下でもない
「そんな心配すんなって***~、世の男子は全員、彼女ができた瞬間から、そのことしか頭にねーから。それしか考えてねーから。銀さんだってそこは一緒なわけよ。そりゃぁ、おぼこい***からしたら不安かもしんねぇけどさぁ、こう見えて銀さん保健体育は満点だし?それなりに女のこたぁ心得てるつもりだし?お前さえ、いいよ銀ちゃんって言ってくれりゃぁ、こっちはいつでも準備万端なんですよ。準備万端どころか、すでに射程圏内っつーか?発射寸前っつーか?どーせお前はもう俺のモンなんだし、こうなったら具体的に?実践的に?肉体的に?銀さんのものになっちゃおうよ、***ちゃぁ~ん」
「ちょ、ちょちょちょちょっと銀ちゃん!こんなとこで何言ってるの!全然意味が分からないです!いや、い、意味は分かるけど、気持ちが追い付かなくて、理解できないというか……」
「はぁ~、っんとに***は物わかりが悪いな~。しょうがねぇ、じゃぁお前のことを5才児だと思って簡単に言うとぉ……銀さんとセックスしよう、そうしよう!」
「5才児にそんなこと言わないでください!銀ちゃんの馬鹿!!変態っ!!!」
ペチンッという音を立てて、***の右手が銀時のほほを打った。いってぇ~!と大声で叫んだ銀時の顔は全然痛くなさそうで、ニヤニヤと笑っていた。
なんでこんなことになっちゃったんだっけ?
ぼんやりそう思ったら、胃がしくしくと痛んだ。なぜ真っ昼間から、通行人のたくさんいる道の真ん中で、こんな恥ずかしい口論をしているのだろう?
***は右手で痛む胃をさすった。
その日ふたりで外出したのは、新八がきっかけだった。いつも通り平和な万事屋の正午すこし前。顔にジャンプをのせて惰眠を貪る家主と、ふんぞり返ってテレビを見ている同居人のふたりは、朝から一歩もソファを降りようとしない。
「銀さんも神楽ちゃんも、少しは掃除手伝ってくださいよ~」
そう言って新八は掃除機をかけながら、居間を出て廊下へ。途中でふと台所を見ると、扉を開けた冷蔵庫の前に***がしゃがんでいた。買い物袋の中身をしまい終えて、立ち上がった瞬間に、その足元がふらりと揺れた。
ガタンッ―――
掃除機を放り出して、ふらつく***に手を伸ばした。
「***さんっ!だ、大丈夫ですか!?」
「っあ、新八くん……ご、ごめ……」
薄目で宙を見る***の瞳は焦点が合ってない。新八に肩を支えられて立ち、浅い呼吸を繰り返すと、しばらくして身体の揺れが収まった。まるで無理に力を入れようとしているかのように、***は腹を手で強く押さえると、微笑みを浮かべて新八を見た。
「ありがとう新八くん、ちょっとくらっとしただけ……ふぅ~、もう大丈夫だよ。ごめんね」
「でも***さん、顔が真っ白です。それに……」
それにこの人は前からこんなに軽くて弱々しかったっけ?新八はそう思いながら、***を眺めた。
血の気が失せて白んだ顔は、ひと目で貧血気味だと分かった。つかんだ肩と腕はずっと前に触れた時より、骨ばって細くなったように感じる。
「***さん、ちゃんとご飯食べてますか?前より痩せちゃった気がするし、顔色もすごく悪いですけど」
「え?そうかなぁ?ちゃんと食べてるよ。今朝も牛乳飲んだし」
「牛乳だけ!?そんなの駄目ですよ!そんなのご飯とは言えないです!!」
怒られて慌てた***が、昨日はパンも食べたと言いわけをしたが、新八の耳には入らない。
万事屋よりも忙しく働いている***が、ろくに食べていないなんて。自分より他人を優先しがちな***が万事屋で食事をすると、銀時や神楽に惣菜や米を分け与えてばかりいる。
***がこんなに痩せ細ったのはそのせいだと思うと、居間でソファと一体化してダラけているふたりに対し、ふつふつと怒りが湧いてきた。
「コラァァァ!この甲斐性なしの腐れ天パァァァ!貴様はいつまで寝とるんじゃボケェェェ!!!」
寝ている銀時の胸倉をつかんで持ち上げたら、ジャンプが顔から滑り落ちた。まだ寝ているような生気のない赤い瞳が開き、不機嫌そうに新八を見た。
「あ゙ぁ~?っんだよ、ぱっつぁん。昼間っからギャーギャーギャーギャーでっけぇ声出しやがってこの童貞メガネェ。発情期か?お前は万年発情期なんですかぁ?」
「そりゃ騒ぎたくもなりますよ!***さんがあんなに痩せちゃったこと、銀さん気付いてます!?ろくにご飯も食べてないみたいですけど!?アンタ彼氏なんだから、そのくらい分かってんでしょうね!?」
「はぁ~?***がどうしたって?お前が***の何を知ってんだよ?アイツは元々細っこいし、メシだってお前や神楽に比べたら、たいして食わねぇだけだろうが」
そういうレベルの話ではないと新八がため息をつく。神妙な面持ちで銀時に向かって、ソファにちゃんと座るように言った。面倒くせぇと思いながらも座り直した銀時は、鼻をほじりはじめる。
「いいですか!?アンタらふたりが、***さんの優しさに甘えて、なんでもかんでもご飯を横取するから、あんなに痩せちゃったんですよ!あの人は僕たちよりずっと忙しく働いてるんです!そんな人がろくに食べずに痩せちゃうなんて、おかしいじゃないですか!銀さん、***さんをご飯に連れて行ってあげてください。寿司でも焼肉でも何でもいいから、***さんが食べたい物をたらふく食べさせてあげてください!!」
「別に***にメシ食わせんのは構わねぇけどよぉー……そんな金どこにあんだよ新八ぃ」
「銀さん、知ってますよ……アンタ昨日パチンコで大勝ちしましたよね。そしてそれを結野アナの限定フィギア買うために、こっそりへそくりに入れてましたね」
「ぐっ……お前、な、なぜそれをっ!!」
「ブーツの中に隠してることも知ってます……そのお金で***さんにご飯を食べさせてあげてくださいよ!それが嫌なら未払いの給料を僕に払ってください。それで僕が***さんをご飯に連れてきますから!!」
「だぁぁぁぁ!わぁかったよ!!連れてきゃいんだろ連れてきゃぁ!ちっきしょぉぉぉ!焼肉でもなんでも食わせてやろーじゃねぇかコノヤロー!!!」
「きゃっほぉ~い!今日のお昼は焼肉アル!」
「神楽ちゃんはダメッ!神楽ちゃんが行くと、また***さんがお肉とかご飯を全部あげちゃうから!僕たちは大人しく卵かけご飯で我慢だよ!!」
ソファに飛び起きた神楽を新八がなだめる。その姿を見て銀時は、なにをそんなに必死になってるんだかと思いながらも立ち上がった。頭をガシガシとかきながら台所に行き「昼飯食いに行くぞ」と声をかけると、***は驚いた顔をした。
「え?ご飯ならこれから作りますけど」
「あー、いいっていいって、今日は外で食うから。銀さんが何でも食いたい物おごってやるよ。オラ行くぞ」
あまりの珍しい出来事に***が目をぱちぱちと瞬いた。耳を疑っているかのように「え?今なんて?銀ちゃんの……お、おごり?」とつぶやいている。その手を引いて玄関を出た。
慌てて振り返った***が「新八くんと神楽ちゃんは?」と言う。まさか居間で、自分たちを追いかけようと暴れる神楽を、必死に新八が引き留めて取っ組み合いをしてるとは、***は想像もしていないだろうと思い、銀時は声も無く笑った。
訳も分からずに手を引かれて、飲食店の並ぶ通りに連れて来られた***は、全然空腹を感じていなかった。むしろ何も食べたくないくらい胃が重い。
「ねぇ銀ちゃん、私あんまりお腹空いてないし、無理に外で食べなくていいですよ。帰って神楽ちゃんと新八くんと一緒にお昼ご飯食べよう?」
「あぁ~?それじゃ俺が新八に怒られるんだって。っんだよ***、せっかく銀さんがおごってやるっつってんだから、食いたいものさっさと言えよぉ~」
だから何も食べたくないんだってと思ったが、せっかくの好意を踏みにじるようで言えなかった。どうしようと悩みながら通りを眺める。和食や洋食、レストランや寿司屋の前を通ったが、どの店にも入りたがらない***を見て、銀時がため息をついた。
しょうがねぇなぁ、と言って***の手を引くと、通りをずんずん進む。焼肉屋の前で立ち止まって「ぱっつぁんの言う通り、焼肉なら食えんだろ。カルビでもなんでもたんまり食えよ***」と言った。店先の焼ける肉の写真を見た瞬間、銀時の腹から「ぐぅ~」と音が鳴ったが、***の胃にはぎゅぅぅぅと締め付けるような痛みが走った。
「いやいやっ!焼肉なんて重たいもの食べれません!」
「はぁ?なんでだよ?」
不審な顔をして***を見下ろした銀時が、しばらく考えてから、何かを思いついた表情を浮かべて、こぶしで手のひらをポンと打った。
「お前アレだろ!アレ気にしてんだろ?」
「え?なに?何を?」
「アレだよアレ!焼肉食べたカップルは、その後セックスするっつーアレ!」
突然言われた言葉に***はピシッと動きを止めて、石のように固まった。声を失って立ち尽くしていたら、にやにやと笑った銀時が***の手を引いて焼肉屋に入ろうとする。
そんなことを言われた後で一緒に焼肉を食べるのなんて絶対に無理、と思った***は必死で足を踏ん張って抵抗した。
「ちょ、ちょっと待って銀ちゃん!焼肉は私いま食べられないですっ、本当に、お腹空いてないからっ……!」
「っんなこと言うなって***~。むしろいい機会だと思わねぇ?せっかくパチンコで大勝ちして懐が温けぇんだ。今のうちに銀さんの好意に甘えとけよ。肉やらニンニクやらたんまり食って、ふたりして精力つけて、そんままホテルになだれ込むのってのが、今日の正解だろ。あの童貞の新八まで気ぃつかってくれてんだから、俺たちも答えなきゃいけねぇよなぁ~」
「なっ……!そ、そんなこと急に言われたって困ります!銀ちゃんはいいかもしれないけど、私はまだ心の準備がっ……」
「そんな心配すんなって***~、世の男子は全員、彼女ができた瞬間から、そのことしか頭にねーから。それしか考えてねーから。銀さんだってそこは一緒なわけよ」
そして気付いたら、焼肉屋の前、大きな通りのド真ん中で、人に聞かせるには恥ずかしすぎる口論をしていたのだった。
ペチンッとビンタしてもニヤニヤとしている銀時の顔を見ていたら、再び***の胃はキリキリと痛んだ。「ゔぅっ……」とお腹を押さえていたら、後ろから誰かが***の肩をポンと叩いた。
振り向くとそこには金髪でガングロ、ぽっちゃりと言うにはやや太めのギャルが立っていた。後ろに数人の派手なメイクをした女の子たちを引き連れている。ピンクの着物にばっちりメイクをした娘は、「どちら様ですか?」ときょとんする***ではなく、銀時をまっすぐに見つめていた。そして、眉間にシワを寄せて不機嫌そうな顔すると、おちょぼ口を開いた。
「アンタ万事屋じゃ~ん。焼肉屋の前で女の子ナンパするなんて、マジありえないんですけどぉ~~~」
「あんだとぉぉぉ~!?そういうテメーは誰だ………っあ!お前ハムか!ハム子か!なんだお前、焼肉屋でハムの出番はねぇぞ。さっさと帰れよ工場に」
「公子だよっ!やっぱアンタって超失礼だよね!アンタこそこんなところでナンパしてないで帰れよ。この子困ってるじゃん!」
そう言って銀時にハム子と呼ばれたギャルが、***の肩をつかんだ。そのまま引っ張られ、ハム子の後ろに守るようにかばわれた***は驚きの声をあげた。
「ハ、ハム子さん勘違いです!銀ちゃんと私は、」
「だから公子だって!アンタみたいな弱そうな女が焼肉なんかで簡単に釣られて、こーゆーろくでもない男にヤられちゃうんだよ!しっかりしなって!!」
「オイィィィ!!このメス豚ァァァ!なぁに勘違いしてんだよ!そいつは俺の彼女だっつーの!かーちゃんヅラしてなにとんでもないこと***に吹き込んでくれちゃってんのぉ!?焼肉程度とか言うけど、ハム子なんてその焼肉にもなんねぇからね!?お前なんて似ても焼いても食えねぇような元ヤク漬けの豚肉だからね!?」
「何をぉぉぉぉ!!!」
突然、ハム子と銀時が口論をはじめてしまい、***はあわあわと立ち尽くすしかなかった。威勢のいいハム子が銀時の胸倉をつかむ。そのハム子のたぷたぷとしたほほを、銀時の大きな手がむんずとつかむ。負けじとハム子が銀時の髪をつかんで引っ張る。往来の真ん中で、ふたりそろってもみくちゃになっていた。
「あっ……やだ、銀ちゃん、ハ、ハム子さっ……」
ふたりを止めようと声をかけたのに、***は上手く息ができなくて喋れなくなった。ノドでひゅうひゅうと風が鳴るような浅い呼吸しかできなくて苦しい。
気が付くと心臓がバクバクとものすごい速さで鼓動していて、足がガタガタと震え、立っているのも精一杯だ。なんとかしなきゃと思った途端、再び胸の下のちょうどお腹の真ん中が、ぎゅうっとしぼり上げられるように強く痛んだ。
「ゔぅぅッ……い、ったぁ……っあ、あの、だ、誰か……銀ちゃんを、とめてくださっ……」
必死で声を出して、ハム子が引きつれてきた女の子たちをふり返ると、そのうちのひとりが***を見て驚いた顔をした。
「ねぇアンタ、すっごい真っ青だけど大丈夫?」
「え………?」
心配そうな表情の女の子に「大丈夫」と言おうとした瞬間、視界がぐらりと揺れた。咄嗟に女の子の腕につかまったけれど、膝がガクッと折れてその場にしゃがみこんでしまった。
膝を抱くように身体を丸めたら、キリキリとした胃の痛みが強まった。おでこから冷や汗が出て、ぎゅっと目をつぶって顔を膝がしらに押し付ける。
「っん゙~~~~~……!」
痛い、お腹がすごく痛い。どうしたんだろう。さっきまでは元気だったのに。急に身体が言うことをきかなくなってしまった。うまく呼吸ができずに息苦しくて、身体がどんどん強張っていく。今すぐ誰かに助けてほしいと、真っ暗な視界のなかで***は思っていた。
うずくまって痛みに耐えていたら、知らぬ間にすぐ近くに銀時が来ていた。大きな手が肩に置かれて、慣れ親しんだ手の温かさを感じたら、少しホッとした。
「っんだよ***~。どうしたんだよ。なにお前、そんなに俺とセックスすんのが嫌なのかよぉ~」
拗ねたような銀時の声が聞こえて、慌てて***は顔を上げた。
「ち、違うっ……!ちがうの銀ちゃんっ……お、お腹が……」
死にそうなほど痛いと言おうとした瞬間に、ズキズキとした強い痛みが再び襲ってきて、ぎゅっと目を閉じた。なんとか痛みに耐えようとうつむいて、地面に両手をついた。
「っ……!?オイッ、***、お前」
焦ったような銀時の声が遠くで聞こえる。瞳を閉じる寸前に見た顔は、めずらしく焦っていた。
―――ちがう、ちがうの銀ちゃん……こんな時にお腹が痛くなったら、まるで銀ちゃんのことを嫌がってるみたいになっちゃう……でも、そうじゃないの。そうじゃなくって……―――
説明しなきゃと思うのに身体が思うように動かない。ただ胃の痛みだけが全身を満たしていて、他のことが上手く考えられない。銀時に心配をかけてしまうし、誤解させたままなんて嫌だ。
しゃがんで丸まった身体に大きな手が回される。ふわっと足が地面から離れて、すぐ近くから銀時の香りがして、抱き上げれたのが分かった。
「ぎ、銀ちゃんっ……」
小さくつぶやいた声が信じられないくらい震えていた。一体どうしたのか***にも分からなくて、とても怖い。しがみつくようにぎゅっと銀時の胸元の着物をにぎったら、身体に回った腕が強く***を抱き寄せた。
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【(8)病は気から】end
"家族になろうよ(1)"
身体は正直 それ以上でもそれ以下でもない