銀ちゃんに恋する女の子
鼻から牛乳(純情)
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【第9話 獣の雄たけび】
―――銀時は猛烈にイラついていた。
政治家の資金集めパーティーとやらは、江戸でも随一の高級ホテルの最上階、広い式場を貸し切っての大々的なものだった。
ホテルマンの衣装を借りて変装し、新八、神楽と共にスタッフのふりをしながら、***の様子を監視する。
上流階級の若い女好きの男たちのせいで、***が嫌な思いをしないかということと、くだんの政治家の娘が、よもや***に危害を加えないか、という二点が真選組のあげた不安要因だった。
土方は「お前らみたいな野蛮な市民がいると知れたら、瞬時につまみだされる。人目につかないように隠れながら、なおかつ***に危険が及ばないように、細やかな配慮をしろ」と万事屋へ言った。
「おめーがいちばん危険なんだよ、このニコチンコが」
「ちょっとぉ銀ちゃん!貧乏ゆすりやめるアル!机が揺れて肉が取れないネ!!」
「神楽ちゃん、手出しちゃダメだってば!バレちゃうからァァァ!」
立食形式のパーティー会場で、豪華なご馳走が並ぶテーブルの影。三人並んで座って隠れながら、顔だけ出して***の様子を見つめる。
土方の腕に手をかけて、少し緊張しながらも、明るい微笑みを浮かべている。時々***は話しかけられると、親しみを込めた目で土方を見上げた。その様子はいかにも長年連れ添った恋人同士で、十分婚約者に見えた。そしてそれが、銀時をいらだたせていた。
なにあれ!?なんなのアイツ!?ついさっきまですげー緊張して「トウシロウサン」ってキャサリンみてぇだったじゃねぇか。ロボットみてぇにガチガチだったじゃねぇか。なんでこんな短時間で本物の婚約者みてぇになってんの!?女優か?女優なのか!?
そもそもあの服はなんだよ、あんなの着るって聞いてねぇけど!首とか足とか見えすぎだろうが。身体の線が丸見えじゃねぇか。いやらしい男どもはなぁ、そういう所を見てよだれ垂らしてんだよ!ちきしょーゴリラめ、あんな服着させんなら先に言っとけよ、あんな恰好させるって知ってたら、***がどんなにノリノリでも俺が断ったわ!
っつーか今からでもやめさせようかなぁ!?こんまま出て行って「こいつは野蛮な市民なんでつまみ出します」っつって、連れ帰ろうかなぁぁぁぁ!?
「銀ちゃんうるさいアル、全部聞こえてるネ。それにこんなご馳走を前に何も食べずに帰るなんて、絶対イヤアル!」
「心の声がダダ洩れですよ銀さん、ちょっと声抑えて下さい。そもそも銀さんが、***さんにやれって言ったんじゃないですか。あんなに頑張ってるんですから、僕らもおとなしく***さんを見守りましょうよ」
心の声をはっきりと口に出していて、新八と神楽に白い目で見られる。それを無視した銀時は、双眼鏡で***の姿を監視する。
相変わらず土方にぴたりと身体を寄せて、何やら楽しそうに会話をしている。周りに人が増えると、土方は自然と***の肩を抱いて、人にぶつからないよう守っていた。
周りの雑音が大きいのか、時々土方が***の耳に顔を寄せて、何かをささやいていた。それを聞いた***が弾むように笑ってから、口に手を添えて背伸びをすると、土方の耳に近づき、何かをささやき返していた。
―――ッダァァァァァ!!!ぶっっっ殺す!あのマヨラーの身体の穴という穴にマヨネーズを流し込んで、殺してやる!!ああいう顔がいいだけで、女に言い寄られ慣れてる男はなぁ、初心な娘を不幸にするに決まってんだよ!そんなヤツに騙されてんじゃねぇよ、***!!
ぎりぎりと奥歯を噛みながら双眼鏡をのぞく銀時の脳裏に、この仕事を受けた時のことがよみがえった。
万事屋にやってきた近藤から依頼内容を聞いた時、銀時はごく自然に***はこの依頼を断ると思っていた。
いやだって、アイツが好きなのは俺だし、他の男の恋人役なんてやりたがらねぇに決まってんだろ。そう思って能天気に構えていたところに、沖田に引きずられるように連れてこられた***は、「土方さんが嫌なんじゃありません」と言った。更には戸惑うばかりで、はっきりと断ろうとしない。
近藤に頭を下げられて、困った顔をした***は、すがるような目で銀時を見上げた。しかしその揺れる瞳が何を言おうとしているのか、銀時には分からなかった。
―――は?なんだよお前、断れよ。いつもの勢いで、私が好きなのは銀ちゃんですっつって、断りゃいいじゃねぇか。なに悩んでんだよ。他の男の相手なんて嫌だって言えよ。
しかしその思いが届くことはなく、近藤に追及された***はもう一度「土方さんのお相手役が嫌なわけじゃないんです」と言った。その言葉は銀時には「土方さんが好きです」と言っているように聞こえた。
もちろんそうじゃないことは、銀時がいちばん分かっていた。***は、困っている人がいたら、何よりもまずその人を助けたいと思う女だ。だからどんな突拍子もない頼みごとだとしても、目の前で頭を下げられたら、絶対に断らない。
だからこの依頼だって、戸惑いながらも結局は、引き受けて当然だった。そんなことは少し考えれば分かるのに、勝手に***が断ると期待していた自分が、馬鹿らしい。いつまでもうじうじさせとくのも可哀想だと思い、銀時は助け船を出したつもりだった。
―――お前が嫌じゃねぇなら、やってやれよ***
俺は嫌だけどぉ、めっさ嫌だけどぉ、と子供のように言う声が、頭の中で聞こえた。
パーティーが始まる直前、作戦会議と称して万事屋、真選組ともに会場の前に集合した。***は着なれない洋装と、格式の高い式に参列することで、がちがちに緊張していた。
「***ちゃん、どうだいトシの名前は呼べそうかい?」
「近藤さん、頑張りますけど、ちょっと、き、緊張しちゃって…」
「なんで山崎や総悟のことは普通に呼べて、俺だけ呼べねぇんだよ。婚約者役なんだから、しっかりしやがれ***」
「ひ、土方さん、すみません……でも土方さんは土方さんって呼ぶのが染みついてて、え、えーとえーと…トウシロウサン」
ロボットのように身体を固くして、キャサリンのように片言で土方の名前を呼ぶ***を見て、銀時はげらげらと笑った。笑うと同時に身体に安堵感が広がる。これなら全然婚約者になんて見えない。
***は「笑わないでよ!これでも頑張ってるんですから!」と言って、真っ赤な顔で銀時の胸をばしばしと叩いた。その横で頭を抱えてため息をつく土方を見て、銀時は鼻高々。
***はそんなに簡単にお前の名前なんか呼ばねぇよ、残念だったな色男。そう思いながら銀時は、壁に向かって「トウシロウサン」と練習し続ける***の頭に大きな手をぽんと置いた。
「銀ちゃん……私やっぱり無理かもしれないです。お給料もらえなかったら、ごめんね」
周りに聞こえない小さな声で、***が銀時に謝る。
「あ?なに弱気になってんだよ、大丈夫だって、ロボットみてぇな婚約者だって、この世界にひとりくらい居たっていーだろ」
「またそうやって馬鹿にするんだから……な、何かあったら守ってくださいね?私なりに頑張るけど、もう駄目ってなったら、銀ちゃん助けてね?」
顔を赤くしてうつむいた***は、銀時の着ているジャケットの裾をぎゅっとつかんだ。あまりの緊張にその小さな手は震えている。
「だぁーいじょぶだって、銀さんがちゃんと見ててやっから。ほら、これ耳に入れとけ。なんかあったら指示出してやるよ」
そう言って銀時は懐から、インカムを取り出した。手のひらに落とされたワイヤレスのイヤホンと、服に着ける小さなマイクを見て、***は少しほっとした表情を浮かべた。
「あ、あの、恥ずかしいからあんまり見ないでね。でも……これで助けてって言ったら、助けにきてください、銀ちゃん」
「わぁーかったよ、お前がカクカクのロボットダンスしてるところ、ちゃんと見守っててやっから、しっかりやれよぉ」
そう言うと銀時は、もう一度***の頭をぽんぽんと撫でてから、会場内の持ち場へと向かった。
「私、あのお肉食べたいネ、銀ちゃん、取りに行ってきていいアルか」
「ちょっと神楽ちゃん、勝手に動いちゃダメだってば!!」
「お前ら何しに来てんだよ、ちゃんと仕事しろぉ。神楽ァ、肉じゃなくてスイーツにしろ、でかいケーキワンホールとチョコのタワー引きずってこいや」
「あんたこそちゃんと仕事して下さいよ……でも、ずいぶん***さんうまくやってますね。あんなに緊張してたから心配だったけど、土方さんとまるで本物の恋人同士みたいじゃないですか」
新八の言葉で、銀時の眉間にシワが寄る。
はぁ、全然そんな風に見えねぇし、ロボットダンス踊ってる変なふたりにしか見えねぇし、そもそも***はカタコトでしか名前呼べねぇし、そんな奴らが恋人同士なわけねぇだろ。
そう思って何気なくイヤホンを耳に入れ、***と土方の会話を聞くため、インカムのスイッチを入れた。
ざざっ…というノイズが入った後に、遠くから***の声が聞こえた。
『十四郎さん……』
「なっ………!!!」
イヤホンから、聞こえてきた***の声に、銀時は言葉を失った。
ガヤガヤとしていた周りの雑音や、隣にいる新八と神楽の声も、その小さな***の声で全てかき消された。
それはさっき会場の前で聞いた、ロボットじみた***の声ではなかった。愛する人に親しみを込めて呼びかける、甘く可愛い女の声だった。
血液が湧きたって、全身の毛が逆立つような、ぞわりとした感覚が銀時を襲う。これは演技だと分かっている。きっと***は本番に強いタイプなのだ。落ち着け俺、と自分に言い聞かせて、もう一度イヤホンから聞こえる声に耳を澄ます。
ノイズまじりだが、***の服につけたマイクが、土方の声もひろってイヤホンに届く。
『十四郎さん、これマヨネーズつけたらおいしそうですよ……』
『……***、ありがとよ』
『十四郎さん、これはなんでしょう……』
『***……』
顔を上げて会話をしているふたりを見た。こちらに背を向けている***の頭の上に、土方がいつになく穏やかな顔で笑っているのが見えた。
―――紳士ぶってんじゃねぇよ、ケダモノが……
ブチッッッ―――
インカムの電源を切る音と、銀時の怒りの血管が切れる音が同時に鳴った。
「っだぁぁぁぁぁ!!!やめだやめだ!おい、新八、神楽、仕事は中止だ!!***連れて帰るぞ!あんなニコチンくそ野郎なんかにべたべた触られてたまるかってんだ。元々あいつらから仕事もらうのなんてまっぴらだと思ってたんだよ俺は!もう金輪際、あの変態マヨラーに***は会わせねぇかんな!!!」
「ちょちょちょちょっと銀さん!駄目ですってば!見えちゃうから!隠れてるのバレちゃうからァァァ!!」
「駄目ネ銀ちゃん!まだこの肉とあの肉とその肉、食べてないアル!まだ帰らないネ!***には私の腹が満たされるまで、我慢してもらうんだから、銀ちゃんも我慢するヨロシィィィ!!!」
「お前らぁぁぁ!離せっつってんだろーがぁぁぁ!!!」
テーブルの後ろで新八と神楽に羽交い絞めにされた銀時が、足をバタバタとさせる。
「ちきしょう、***、そいつにだまされんな!」と叫ぼうとした銀時の口を、とっさに新八の手が覆った。
「銀ちゃん……?」
ふと銀時の声で名前を呼ばれたような気がして、***はきょろきょろとする。しかし会場は広く、人が多いため、どこに万事屋のみんながいるのかは分からなかった。
「どうした***、大丈夫か?」
土方が顔を下げて、***の耳元で声をかける。はっとして顔を上げると、***は微笑んだ。
「いえ、十四郎さん、大丈夫です」
大丈夫、と心の中で自分にも言い聞かせる。この会場のどこかに銀時がいて、***が呼べば助けにきてくれる。その感覚が***の心を勇気づけた。
もう一度土方を見上げて笑顔を見せると、肩に手を回されて、守るように引き寄せられた。私はこの人の婚約者なんだから、と自分に言い聞かせて、***は大人しく身体を預けた。
その姿を見た銀時が、遠くのテーブルの影で「うがぁぁぁぁぁ!」と雄たけびを上げていることなんて、***は1ミリも知らない。
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【第9話 獣の雄たけび】end
―――銀時は猛烈にイラついていた。
政治家の資金集めパーティーとやらは、江戸でも随一の高級ホテルの最上階、広い式場を貸し切っての大々的なものだった。
ホテルマンの衣装を借りて変装し、新八、神楽と共にスタッフのふりをしながら、***の様子を監視する。
上流階級の若い女好きの男たちのせいで、***が嫌な思いをしないかということと、くだんの政治家の娘が、よもや***に危害を加えないか、という二点が真選組のあげた不安要因だった。
土方は「お前らみたいな野蛮な市民がいると知れたら、瞬時につまみだされる。人目につかないように隠れながら、なおかつ***に危険が及ばないように、細やかな配慮をしろ」と万事屋へ言った。
「おめーがいちばん危険なんだよ、このニコチンコが」
「ちょっとぉ銀ちゃん!貧乏ゆすりやめるアル!机が揺れて肉が取れないネ!!」
「神楽ちゃん、手出しちゃダメだってば!バレちゃうからァァァ!」
立食形式のパーティー会場で、豪華なご馳走が並ぶテーブルの影。三人並んで座って隠れながら、顔だけ出して***の様子を見つめる。
土方の腕に手をかけて、少し緊張しながらも、明るい微笑みを浮かべている。時々***は話しかけられると、親しみを込めた目で土方を見上げた。その様子はいかにも長年連れ添った恋人同士で、十分婚約者に見えた。そしてそれが、銀時をいらだたせていた。
なにあれ!?なんなのアイツ!?ついさっきまですげー緊張して「トウシロウサン」ってキャサリンみてぇだったじゃねぇか。ロボットみてぇにガチガチだったじゃねぇか。なんでこんな短時間で本物の婚約者みてぇになってんの!?女優か?女優なのか!?
そもそもあの服はなんだよ、あんなの着るって聞いてねぇけど!首とか足とか見えすぎだろうが。身体の線が丸見えじゃねぇか。いやらしい男どもはなぁ、そういう所を見てよだれ垂らしてんだよ!ちきしょーゴリラめ、あんな服着させんなら先に言っとけよ、あんな恰好させるって知ってたら、***がどんなにノリノリでも俺が断ったわ!
っつーか今からでもやめさせようかなぁ!?こんまま出て行って「こいつは野蛮な市民なんでつまみ出します」っつって、連れ帰ろうかなぁぁぁぁ!?
「銀ちゃんうるさいアル、全部聞こえてるネ。それにこんなご馳走を前に何も食べずに帰るなんて、絶対イヤアル!」
「心の声がダダ洩れですよ銀さん、ちょっと声抑えて下さい。そもそも銀さんが、***さんにやれって言ったんじゃないですか。あんなに頑張ってるんですから、僕らもおとなしく***さんを見守りましょうよ」
心の声をはっきりと口に出していて、新八と神楽に白い目で見られる。それを無視した銀時は、双眼鏡で***の姿を監視する。
相変わらず土方にぴたりと身体を寄せて、何やら楽しそうに会話をしている。周りに人が増えると、土方は自然と***の肩を抱いて、人にぶつからないよう守っていた。
周りの雑音が大きいのか、時々土方が***の耳に顔を寄せて、何かをささやいていた。それを聞いた***が弾むように笑ってから、口に手を添えて背伸びをすると、土方の耳に近づき、何かをささやき返していた。
―――ッダァァァァァ!!!ぶっっっ殺す!あのマヨラーの身体の穴という穴にマヨネーズを流し込んで、殺してやる!!ああいう顔がいいだけで、女に言い寄られ慣れてる男はなぁ、初心な娘を不幸にするに決まってんだよ!そんなヤツに騙されてんじゃねぇよ、***!!
ぎりぎりと奥歯を噛みながら双眼鏡をのぞく銀時の脳裏に、この仕事を受けた時のことがよみがえった。
万事屋にやってきた近藤から依頼内容を聞いた時、銀時はごく自然に***はこの依頼を断ると思っていた。
いやだって、アイツが好きなのは俺だし、他の男の恋人役なんてやりたがらねぇに決まってんだろ。そう思って能天気に構えていたところに、沖田に引きずられるように連れてこられた***は、「土方さんが嫌なんじゃありません」と言った。更には戸惑うばかりで、はっきりと断ろうとしない。
近藤に頭を下げられて、困った顔をした***は、すがるような目で銀時を見上げた。しかしその揺れる瞳が何を言おうとしているのか、銀時には分からなかった。
―――は?なんだよお前、断れよ。いつもの勢いで、私が好きなのは銀ちゃんですっつって、断りゃいいじゃねぇか。なに悩んでんだよ。他の男の相手なんて嫌だって言えよ。
しかしその思いが届くことはなく、近藤に追及された***はもう一度「土方さんのお相手役が嫌なわけじゃないんです」と言った。その言葉は銀時には「土方さんが好きです」と言っているように聞こえた。
もちろんそうじゃないことは、銀時がいちばん分かっていた。***は、困っている人がいたら、何よりもまずその人を助けたいと思う女だ。だからどんな突拍子もない頼みごとだとしても、目の前で頭を下げられたら、絶対に断らない。
だからこの依頼だって、戸惑いながらも結局は、引き受けて当然だった。そんなことは少し考えれば分かるのに、勝手に***が断ると期待していた自分が、馬鹿らしい。いつまでもうじうじさせとくのも可哀想だと思い、銀時は助け船を出したつもりだった。
―――お前が嫌じゃねぇなら、やってやれよ***
俺は嫌だけどぉ、めっさ嫌だけどぉ、と子供のように言う声が、頭の中で聞こえた。
パーティーが始まる直前、作戦会議と称して万事屋、真選組ともに会場の前に集合した。***は着なれない洋装と、格式の高い式に参列することで、がちがちに緊張していた。
「***ちゃん、どうだいトシの名前は呼べそうかい?」
「近藤さん、頑張りますけど、ちょっと、き、緊張しちゃって…」
「なんで山崎や総悟のことは普通に呼べて、俺だけ呼べねぇんだよ。婚約者役なんだから、しっかりしやがれ***」
「ひ、土方さん、すみません……でも土方さんは土方さんって呼ぶのが染みついてて、え、えーとえーと…トウシロウサン」
ロボットのように身体を固くして、キャサリンのように片言で土方の名前を呼ぶ***を見て、銀時はげらげらと笑った。笑うと同時に身体に安堵感が広がる。これなら全然婚約者になんて見えない。
***は「笑わないでよ!これでも頑張ってるんですから!」と言って、真っ赤な顔で銀時の胸をばしばしと叩いた。その横で頭を抱えてため息をつく土方を見て、銀時は鼻高々。
***はそんなに簡単にお前の名前なんか呼ばねぇよ、残念だったな色男。そう思いながら銀時は、壁に向かって「トウシロウサン」と練習し続ける***の頭に大きな手をぽんと置いた。
「銀ちゃん……私やっぱり無理かもしれないです。お給料もらえなかったら、ごめんね」
周りに聞こえない小さな声で、***が銀時に謝る。
「あ?なに弱気になってんだよ、大丈夫だって、ロボットみてぇな婚約者だって、この世界にひとりくらい居たっていーだろ」
「またそうやって馬鹿にするんだから……な、何かあったら守ってくださいね?私なりに頑張るけど、もう駄目ってなったら、銀ちゃん助けてね?」
顔を赤くしてうつむいた***は、銀時の着ているジャケットの裾をぎゅっとつかんだ。あまりの緊張にその小さな手は震えている。
「だぁーいじょぶだって、銀さんがちゃんと見ててやっから。ほら、これ耳に入れとけ。なんかあったら指示出してやるよ」
そう言って銀時は懐から、インカムを取り出した。手のひらに落とされたワイヤレスのイヤホンと、服に着ける小さなマイクを見て、***は少しほっとした表情を浮かべた。
「あ、あの、恥ずかしいからあんまり見ないでね。でも……これで助けてって言ったら、助けにきてください、銀ちゃん」
「わぁーかったよ、お前がカクカクのロボットダンスしてるところ、ちゃんと見守っててやっから、しっかりやれよぉ」
そう言うと銀時は、もう一度***の頭をぽんぽんと撫でてから、会場内の持ち場へと向かった。
「私、あのお肉食べたいネ、銀ちゃん、取りに行ってきていいアルか」
「ちょっと神楽ちゃん、勝手に動いちゃダメだってば!!」
「お前ら何しに来てんだよ、ちゃんと仕事しろぉ。神楽ァ、肉じゃなくてスイーツにしろ、でかいケーキワンホールとチョコのタワー引きずってこいや」
「あんたこそちゃんと仕事して下さいよ……でも、ずいぶん***さんうまくやってますね。あんなに緊張してたから心配だったけど、土方さんとまるで本物の恋人同士みたいじゃないですか」
新八の言葉で、銀時の眉間にシワが寄る。
はぁ、全然そんな風に見えねぇし、ロボットダンス踊ってる変なふたりにしか見えねぇし、そもそも***はカタコトでしか名前呼べねぇし、そんな奴らが恋人同士なわけねぇだろ。
そう思って何気なくイヤホンを耳に入れ、***と土方の会話を聞くため、インカムのスイッチを入れた。
ざざっ…というノイズが入った後に、遠くから***の声が聞こえた。
『十四郎さん……』
「なっ………!!!」
イヤホンから、聞こえてきた***の声に、銀時は言葉を失った。
ガヤガヤとしていた周りの雑音や、隣にいる新八と神楽の声も、その小さな***の声で全てかき消された。
それはさっき会場の前で聞いた、ロボットじみた***の声ではなかった。愛する人に親しみを込めて呼びかける、甘く可愛い女の声だった。
血液が湧きたって、全身の毛が逆立つような、ぞわりとした感覚が銀時を襲う。これは演技だと分かっている。きっと***は本番に強いタイプなのだ。落ち着け俺、と自分に言い聞かせて、もう一度イヤホンから聞こえる声に耳を澄ます。
ノイズまじりだが、***の服につけたマイクが、土方の声もひろってイヤホンに届く。
『十四郎さん、これマヨネーズつけたらおいしそうですよ……』
『……***、ありがとよ』
『十四郎さん、これはなんでしょう……』
『***……』
顔を上げて会話をしているふたりを見た。こちらに背を向けている***の頭の上に、土方がいつになく穏やかな顔で笑っているのが見えた。
―――紳士ぶってんじゃねぇよ、ケダモノが……
ブチッッッ―――
インカムの電源を切る音と、銀時の怒りの血管が切れる音が同時に鳴った。
「っだぁぁぁぁぁ!!!やめだやめだ!おい、新八、神楽、仕事は中止だ!!***連れて帰るぞ!あんなニコチンくそ野郎なんかにべたべた触られてたまるかってんだ。元々あいつらから仕事もらうのなんてまっぴらだと思ってたんだよ俺は!もう金輪際、あの変態マヨラーに***は会わせねぇかんな!!!」
「ちょちょちょちょっと銀さん!駄目ですってば!見えちゃうから!隠れてるのバレちゃうからァァァ!!」
「駄目ネ銀ちゃん!まだこの肉とあの肉とその肉、食べてないアル!まだ帰らないネ!***には私の腹が満たされるまで、我慢してもらうんだから、銀ちゃんも我慢するヨロシィィィ!!!」
「お前らぁぁぁ!離せっつってんだろーがぁぁぁ!!!」
テーブルの後ろで新八と神楽に羽交い絞めにされた銀時が、足をバタバタとさせる。
「ちきしょう、***、そいつにだまされんな!」と叫ぼうとした銀時の口を、とっさに新八の手が覆った。
「銀ちゃん……?」
ふと銀時の声で名前を呼ばれたような気がして、***はきょろきょろとする。しかし会場は広く、人が多いため、どこに万事屋のみんながいるのかは分からなかった。
「どうした***、大丈夫か?」
土方が顔を下げて、***の耳元で声をかける。はっとして顔を上げると、***は微笑んだ。
「いえ、十四郎さん、大丈夫です」
大丈夫、と心の中で自分にも言い聞かせる。この会場のどこかに銀時がいて、***が呼べば助けにきてくれる。その感覚が***の心を勇気づけた。
もう一度土方を見上げて笑顔を見せると、肩に手を回されて、守るように引き寄せられた。私はこの人の婚約者なんだから、と自分に言い聞かせて、***は大人しく身体を預けた。
その姿を見た銀時が、遠くのテーブルの影で「うがぁぁぁぁぁ!」と雄たけびを上げていることなんて、***は1ミリも知らない。
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【第9話 獣の雄たけび】end