銀ちゃんに恋する女の子
鼻から牛乳(純情)
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【第7話 簡単なお仕事】
朝からツイてないことばかりだと思っていた。早朝のテレビの星占いでは最下位だった。
「思わぬ出来事で友人の本音を知る」という恐ろしい予言をアナウンサーが読み上げた。
牛乳配達で坂を登っている途中に、下駄の鼻緒が切れた。踏み込んだ足の支えを失い、自転車から転げ落ちて、両ひざに擦り傷を負った。
膝小僧に絆創膏を貼って自宅に帰る。いい歳をしてこんなケガは恥ずかしい。今日はスーパーのアルバイトは無いし、こういう日は万事屋へも行かず、大人しくしていようと***は思っていた。
自分の部屋の扉を開けるまでは―――
万事屋には招かれざる客が来ていた。銀時が顔に不快感と怒りを露わにして、その客に噛みついていた。
「悪いけどうちは動物園じゃないんでぇ、ゴリラの持ち込みは困るんですよねぇ、分かったらお客さんゴリラ連れて、さっさと帰ってもらえる?」
「あぁ!?しつけぇんだよ白髪野郎、ゴリラじゃなくて近藤さんだって何回言わせんだ。ったく、万年無職のお前らに仕事持ってきてやったんだ、もっと丁重にもてなしやがれ」
「ゴリラにゴリラつって何が悪いんだよ、っつーかあれだよ、ここ禁煙だからね土方くん、当たり前のように煙草吸ってっけど、マナーを守れないやつは、動物園からもここからもほっぽりだされて当然だからね?なんなら地球からも追い出してやろうかこのニコチンマヨラーが」
「テメェにマナーうんぬんで説教されたかねぇな、これまでの違反行為の数でいったら、お前らの方が圧倒的に多いだろうが。それに比べたら喫煙なんざ可愛いもんだ。俺だって好きでここに来たわけじゃねぇ。この家の貧乏くささに耐えらんねぇから、煙草の量も増えちまってこっちも困ってんだ、なんとかしろよ万事屋ァ」
「ゴラァァァ!ウチのどこが貧乏くせぇんだ、甘い匂いしかしねぇだろーが、糖の匂いだろーがぁぁぁぁ!!!」
「ちょっと銀さん!落ち着いてください!土方さんもあんまりひどいことばっかり言わないでくださいよ!!」
「新八くんの言う通りだぞトシ、大人げないことばかり言うな。今日は俺たちの方から、頭を下げなきゃならんのだから」
つっかかってきた銀時の胸倉をつかんでいた土方が、近藤の言葉を聞いて動きを止める。チッ、と舌打ちをすると銀時から手を離し、ソファに座る近藤の隣に腰を下ろした。
「資金集めパーティー?」
頭にハテナマークを浮かべた新八が、「なんですかそれ、そんなものに行かなきゃいけないんですか真選組って」と、机の向こうに座る近藤と土方に尋ねた。
「いやぁ、普段は参加する側じゃなくて警護する側なんだけどね、今回はまぁ、特別な事情があってだなぁ」
「チッ……」
舌打ちをする土方を横目に、近藤がその特別な事情を説明する。
それは数カ月前のこと。幕府重鎮にあたる政治家の旅行の警護に真選組がついた。関係者数十人を供にした旅行で、真選組にとっても大きな任務だった。とくに手厚くするよう指示されていた政治家本人の家族の警護を、土方が担当した。その際に政治家の娘が、土方に一目惚れをして、えらく入れ込んでしまったという。
ラブレターのような手紙が何度も届き、立場上無下にもできず適当にやり過ごしてきた。しかし今回、その政治家が開く資金集めのパーティーに、警護ではなく客人として、土方を招待したいと言ってきた。娘との真剣な交際を考えてもらいたいという、政治家直々の申し出に、近藤は苦し紛れに「うちの土方には既に決まった婚約者がいる」と言って断りを入れた。
それならばその婚約者も伴ってパーティーに参加し、娘ともども自分を納得させてほしいと、言われてしまったのだ。
話を聞いた銀時が、不機嫌な顔で口を開いた。
「はぁ~?仕事と称して女たぶらかして、ずいぶんといいご身分ですね土方くんはぁ。そんじゃぁ何か、そのパーティーとやらをぶち壊す役目かなんかを俺たちにやらせようっての?生憎ウチもそんなに暇じゃないんでね、お前らの為に汚れ役買ってやるほど優しくもねぇんだ。動物園にでも頼んでライオンやらトラやら借りてきて、会場に放てばいいじゃねぇか、このゴリラと一緒に」
「あれ、またゴリラって言った?もう俺のことゴリラにしか見えないの?……ゴ、ゴホン、そ、そうじゃなくてお前たちには警護を頼みたいんだ、***ちゃんの」
突然近藤の口から発せられた***の名前に、万事屋の3人が固まり、目を点にした。
口を開いたのは銀時だった。
「は?なんでそこでアイツが出てくんだよ」
「もちろん***ちゃんにもこれからお願いするつもりだが、トシの婚約者役としてパーティーに参加してもらいたいんだ」
「はぁぁぁ!?何言ってるネ、この変態ゴリラ!!***がこんなヤツと結婚なんてするわけねーだろ!見てくれだけの男との結婚ほど不幸なことはないって、マミーが言ってたアル!***をそんな目には、私があわせないネ!!」
「いやいや、そうじゃなくて……実際に***ちゃんにトシの婚約者になれって言ってるんじゃないだ。適役を探していたら、自然とあの子しかいないとなったわけであって……」
婚約者の条件は色々あった。タレント事務所から適当な女優を借りるつもりだったが、武州にいた頃からの付き合いの長い女性と話しているため、都会的に洗練された女優では難しい。
それにあまりにも美しい女性を連れていったら、政治家やその娘の機嫌を損ねかねない。素朴な雰囲気で、かつ嫌味のない程度に外見が整っている女の子がいないだろうか。さらに土方に対して臆せず、自然と親しみをもって接してくれる女の子はどこかに……と考えたところ、***の顔が浮かんだのだ。
近藤の「***ちゃんに頼むのはどうだろう」という提案に、最初は首を振った土方だが、では他に誰か適任者がいるのかと言われると誰も思い浮かばなかった。***にそんなことを頼むのは気が引けるが、致し方のない理由を説明すれば、あの子はきっと断らないだろう。そういうところも含めて、確かに自分の婚約者役は***が適任のように、土方にも思えた。
「それで***さんが土方さんの婚約者役をやってる時に、大っぴらに警護できない真選組にかわって、僕らに監視役をしろってことですね……どうします銀さん?」
「どうもこうも新八、そもそも***が引き受けるかどうかだろ。アイツ今日は来ねぇみたいだし、最近何かと忙しそうだから断るんじゃねぇの?」
「***なら来てやすぜ、旦那ァ」
突然リビングの入り口からした沖田の声に、全員で振り返る。そこには鎖のついた首輪と手錠をされて、泣きそうな顔をした***と、その鎖を手に持つ沖田が立っていた。
「なっ……!!!」
目を見開いた銀時よりも先に、神楽が沖田に飛び掛かっていた。「テメェェェこんのサド野郎ォォォ!***に何するネェェェ!!」
「あだ!あだだだだ!そ、総悟くん!首!首もげるよぉぉ!」
神楽と蹴り合いをはじめた沖田が、鎖を持ったままで動き回るせいで、***の首が右へ左へと引っ張られる。涙目になってよろよろとする***に土方が近寄って、首からのびた鎖を刀でばっさりと切った。
「すまねぇな***、人手不足で総悟に行かせちまったが、俺が迎えに行くべきだった」
「ひ、土方さん、あの、総悟くんからさっき伺ったんですけど、その、こ、婚約者の役なんて私には……」
「もちろん無理にとは言わねぇ、だがまずは近藤さんの話も聞いてから考えてくれねぇか」
眉を八の字に下げて困惑した顔で土方を見上げ、その後ソファにいる銀時を見つめたが、銀時は肩をすくめただけだった。
沖田と神楽はバタバタと喧嘩をし続けている。近藤と土方の座ったソファに向かい合って、***を真ん中にして銀時と新八が座る。
「とにかくだな、今回の婚約者役は美人すぎず、地味すぎず、少し田舎っぽい雰囲気があって、トシを慕ってくれているという点で、***ちゃんが適任だと思うんだ。どうかな***ちゃん、引き受けてはもらえないだろうか」
「あの近藤さん、私なんかじゃ土方さんの婚約者なんて、力不足でとても無理ですよ。もっと土方さんにふさわしいお綺麗な人がたくさんいるじゃないですか、女優さんを借りるとかして……」
「いや、そうでもないんだよ***ちゃん、より本物っぽさを出すためにも***ちゃんのような素人がいいんだ。相手さんもそのほうが納得させやすいだろうし」
そのやり取りを聞いていた銀時が、怒りを露わにして***の肩をつかむ。
「おい、***お前なんで怒らねーんだよ、このゴリラに田舎モンとか素人っぽいとか言われてんだぞ。素人モンのAVなんか、男は見下して見てるよーな生きモンなんだぞ。お前には女としてのプライドがねぇのか?こんなゴリラに侮辱されて、へらへらしてんじゃねぇよ馬鹿!」
「なっ……!ば、馬鹿は銀ちゃんでしょ!近藤さんは私を侮辱なんてしてないよ!理由を説明してくれてるだけじゃないですか!それに私だけじゃなくて、万事屋にもお仕事を持ってきてくれてるんだよ?お客さんをもっと丁重に扱うべきです!」
言い争うふたりを見ていた土方が、***が先ほど自分が銀時に向かって言ったことと同じことを言うのを聞いて、婚約者役は絶対に***でなければと決意する。この子ならきっとしっかり務めてくれるだろう。戸惑いを隠せない顔をしている***をじっと見つめると、土方は口を開いた。
「***、俺が嫌なら断ってくれて構わねぇ、無理強いしようなんて思っちゃいねぇさ。ただ、力を貸して貰えたら恩に着るし、こいつらへの謝礼もこめて、出すもんはちゃんと出すつもりだ」
「土方コノヤローの言うとおりだぜ***、土方さんみてぇなろくでもねぇ男の相手する位なら、自殺した方がマシだって気持ちも分かるがな、数時間の我慢で大金が手に入る。でけぇパーティーだからご馳走も食い放題だぜぃ。土方クソ野郎を差し引いても、まぁまぁうまい話しじゃねぇかぃ」
「総悟くん、私、嫌だなんて言ってないよ……ただ、」
そこまで言って***は口をつぐんだ。うまく言葉が出てこない。真選組には親切にしてもらっている。牛乳を取ってもらっている恩もある。自分にできることなら何でもやって、役に立ちたい。でも、どうして万事屋のみんなまで、銀時まで一緒でなければいけないのだろう。
なによりも***は、銀時の前で他の男性の恋人役を演じることが嫌で仕方がなかった。万事屋へ来る道中、沖田から聞かされた話では、許嫁として招待されているのだから、当日は片時も土方のそばを離れられない。もしかしたら腕を組んだり、手を繋いだりしなければならないかもしれない。その行為自体は全く嫌じゃない。むしろ自分なんかが相手で気おくれするくらいだ。
ただ、そういうことをしている自分の姿を、本当に好きな銀時に見られることが、恥ずかしくて悔しくて、どうしても受け入れられない。自分勝手だとは分かってはいても、***は銀時を見上げて思った。
―――普段あんなに土方さんと喧嘩してて、真選組を目の敵にしてるんだから、銀ちゃんがかわりに断ってくれないかな…うちの***は貸せませんとか言って、いつもみたいにべらべら喋って、テキトーな言い訳をでっち上げてくれてもいいじゃない……
でも、とてもじゃないがそんなことは口には出せない。***の視線に気づいた銀時が「ん?」という目で見つめ返してくる。しかし困りきった顔の***を見て、憐れむように優しい声を出したのは銀時ではなく、近藤だった。
「どうかなぁ、***ちゃん、トシとは前からの知り合いだし、まさか嫌いってことはないだろう?」
「そんな!嫌いなんてとんでもない!あ、あの私、土方さんのお相手役が嫌なわけじゃないんです、そうじゃなくて、」
「やってやったらいいじゃねぇか***」
自分の横から発せられた銀時の言葉に、***の肩がびくりと震えた。目を見開いて、信じられないという顔で銀時を見つめる。
当の銀時は***の気持ちなんて意に介していない様子で、能天気な顔をしてぺらぺらと喋りはじめた。
「お前が嫌じゃねぇならやってやれよ***、婚約者役でもなんでも。政治家のパーティーなんて俺たちみてぇな一般市民がそうそう行けるもんじゃねぇんだぞ。庶民派な***も贅沢気分が味わえるいい機会じゃねぇか。おい、ゴリラ、ご馳走のなかにはケーキとかパフェとかもあんだろうな。あ、俺アレ食いてぇわ、ドロドロのチョコがどばぁ~ってなってるタワーみてぇなやつ。俺たちに仕事頼むんならアレ用意しとけよ。あと謝礼もたっぷり頂くからな。おい***、お前も今のうちに欲しいモン言っとけ、こいつら税金泥棒に正しい金の使い方ってやつを、みっちり教えてやれよ」
誰が税金泥棒だと言い返した土方と、銀時は言い合いを始める。***は呆然とした顔で固まっていたが、近藤の優しい声が聞こえて、はっと我にかえる。
「万事屋もああ言ってるし、こいつら三人が監視役でいれば***ちゃんも不安はないだろう?もちろん嫌な思いをさせないよう、俺たちも細心の注意をはらうから、引き受けてくれないかな?」
「近藤さん……わ、わかりました、私なんかでよければ……頑張ってみます」
その返答を聞いて、真選組の三人はほっとした顔をする。「いやぁ、よかったよガッハッハ」と笑う近藤の大きな手に肩を叩かれて、***も小さく笑顔を浮かべると、「えへへ」と笑った。
横を見ると銀時がいつも通りの顔で笑って、***の頭にぽんと手を置いた。
「お前も万事屋に入り浸ってるだけあるな。簡単な仕事で金をふんだくるのが俺たちのやり方だ。たっぷり稼がせてもらいますよ、***さぁ~ん」
そう言って守銭奴のような顔で笑った銀時は、神楽から「金のために***を利用するなんて、銀ちゃんは最低アル!」と蹴りをくらっていた。
自分がうまく笑えているのか、***には分からなかった。急に朝の星座占いの予言を思い出す。
―――思わぬ出来事で友人の本音を知る……
なんて恐ろしい予言だろう。まさかこれほどとは。
―――銀ちゃんは、私が他の男の人と恋人のふりをするのなんて、何とも思わないんだ。それが銀ちゃんの本音なんだ……
そう思うと急に身体がばらばらになっていくような焦燥感に襲われた。もしそれが銀時の本音なら、どんなに好きと言っても、どんなに大人になろうと努力しても、なんの意味もないのかもしれない。そう思うと、とても恐ろしくて悲しい。
花火大会の夜、銀時は***を守ってやると言った。悪い男にだまされそうで心配だから一緒にいてやると。それが男としてでなくても、自分を女として見ていなくても、一緒にいられるのならそれでも構わないと、***は思った。それでも銀時が好きだから、一緒にいたいから、と自分に言い聞かせて、必死に笑顔を守り続けた。
でもこうやって改めて、自分のことを何とも思っていないとはっきり示されると、その強い決意も揺らぎそうになった。
***が他の男の相手をすることを「簡単な仕事」と言い放った銀時の姿に、心が完膚なきまでに叩き潰されたような気がした。
大人数が集まった部屋で、全員が喋っていて騒がしい。それなのに呆けた***の耳には何も聞こえない。目も焦点が定まらなくてぼやけてしまう。隣で大声で喋り続けている銀時の横顔を見つめる。歪んだ視界のなかで、楽しそうに笑っている銀時を眺めながら、***は何度も何度も心の中でつぶやいた。
―――守ってよ銀ちゃん。私、心が痛くて壊れちゃいそうだよ。いつもみたいに、これだから***はガキだって言って、呆れてもいいから。他の男のところへなんか行くなって言って、守ってよ銀ちゃん……―――
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【第7話 簡単なお仕事】end
朝からツイてないことばかりだと思っていた。早朝のテレビの星占いでは最下位だった。
「思わぬ出来事で友人の本音を知る」という恐ろしい予言をアナウンサーが読み上げた。
牛乳配達で坂を登っている途中に、下駄の鼻緒が切れた。踏み込んだ足の支えを失い、自転車から転げ落ちて、両ひざに擦り傷を負った。
膝小僧に絆創膏を貼って自宅に帰る。いい歳をしてこんなケガは恥ずかしい。今日はスーパーのアルバイトは無いし、こういう日は万事屋へも行かず、大人しくしていようと***は思っていた。
自分の部屋の扉を開けるまでは―――
万事屋には招かれざる客が来ていた。銀時が顔に不快感と怒りを露わにして、その客に噛みついていた。
「悪いけどうちは動物園じゃないんでぇ、ゴリラの持ち込みは困るんですよねぇ、分かったらお客さんゴリラ連れて、さっさと帰ってもらえる?」
「あぁ!?しつけぇんだよ白髪野郎、ゴリラじゃなくて近藤さんだって何回言わせんだ。ったく、万年無職のお前らに仕事持ってきてやったんだ、もっと丁重にもてなしやがれ」
「ゴリラにゴリラつって何が悪いんだよ、っつーかあれだよ、ここ禁煙だからね土方くん、当たり前のように煙草吸ってっけど、マナーを守れないやつは、動物園からもここからもほっぽりだされて当然だからね?なんなら地球からも追い出してやろうかこのニコチンマヨラーが」
「テメェにマナーうんぬんで説教されたかねぇな、これまでの違反行為の数でいったら、お前らの方が圧倒的に多いだろうが。それに比べたら喫煙なんざ可愛いもんだ。俺だって好きでここに来たわけじゃねぇ。この家の貧乏くささに耐えらんねぇから、煙草の量も増えちまってこっちも困ってんだ、なんとかしろよ万事屋ァ」
「ゴラァァァ!ウチのどこが貧乏くせぇんだ、甘い匂いしかしねぇだろーが、糖の匂いだろーがぁぁぁぁ!!!」
「ちょっと銀さん!落ち着いてください!土方さんもあんまりひどいことばっかり言わないでくださいよ!!」
「新八くんの言う通りだぞトシ、大人げないことばかり言うな。今日は俺たちの方から、頭を下げなきゃならんのだから」
つっかかってきた銀時の胸倉をつかんでいた土方が、近藤の言葉を聞いて動きを止める。チッ、と舌打ちをすると銀時から手を離し、ソファに座る近藤の隣に腰を下ろした。
「資金集めパーティー?」
頭にハテナマークを浮かべた新八が、「なんですかそれ、そんなものに行かなきゃいけないんですか真選組って」と、机の向こうに座る近藤と土方に尋ねた。
「いやぁ、普段は参加する側じゃなくて警護する側なんだけどね、今回はまぁ、特別な事情があってだなぁ」
「チッ……」
舌打ちをする土方を横目に、近藤がその特別な事情を説明する。
それは数カ月前のこと。幕府重鎮にあたる政治家の旅行の警護に真選組がついた。関係者数十人を供にした旅行で、真選組にとっても大きな任務だった。とくに手厚くするよう指示されていた政治家本人の家族の警護を、土方が担当した。その際に政治家の娘が、土方に一目惚れをして、えらく入れ込んでしまったという。
ラブレターのような手紙が何度も届き、立場上無下にもできず適当にやり過ごしてきた。しかし今回、その政治家が開く資金集めのパーティーに、警護ではなく客人として、土方を招待したいと言ってきた。娘との真剣な交際を考えてもらいたいという、政治家直々の申し出に、近藤は苦し紛れに「うちの土方には既に決まった婚約者がいる」と言って断りを入れた。
それならばその婚約者も伴ってパーティーに参加し、娘ともども自分を納得させてほしいと、言われてしまったのだ。
話を聞いた銀時が、不機嫌な顔で口を開いた。
「はぁ~?仕事と称して女たぶらかして、ずいぶんといいご身分ですね土方くんはぁ。そんじゃぁ何か、そのパーティーとやらをぶち壊す役目かなんかを俺たちにやらせようっての?生憎ウチもそんなに暇じゃないんでね、お前らの為に汚れ役買ってやるほど優しくもねぇんだ。動物園にでも頼んでライオンやらトラやら借りてきて、会場に放てばいいじゃねぇか、このゴリラと一緒に」
「あれ、またゴリラって言った?もう俺のことゴリラにしか見えないの?……ゴ、ゴホン、そ、そうじゃなくてお前たちには警護を頼みたいんだ、***ちゃんの」
突然近藤の口から発せられた***の名前に、万事屋の3人が固まり、目を点にした。
口を開いたのは銀時だった。
「は?なんでそこでアイツが出てくんだよ」
「もちろん***ちゃんにもこれからお願いするつもりだが、トシの婚約者役としてパーティーに参加してもらいたいんだ」
「はぁぁぁ!?何言ってるネ、この変態ゴリラ!!***がこんなヤツと結婚なんてするわけねーだろ!見てくれだけの男との結婚ほど不幸なことはないって、マミーが言ってたアル!***をそんな目には、私があわせないネ!!」
「いやいや、そうじゃなくて……実際に***ちゃんにトシの婚約者になれって言ってるんじゃないだ。適役を探していたら、自然とあの子しかいないとなったわけであって……」
婚約者の条件は色々あった。タレント事務所から適当な女優を借りるつもりだったが、武州にいた頃からの付き合いの長い女性と話しているため、都会的に洗練された女優では難しい。
それにあまりにも美しい女性を連れていったら、政治家やその娘の機嫌を損ねかねない。素朴な雰囲気で、かつ嫌味のない程度に外見が整っている女の子がいないだろうか。さらに土方に対して臆せず、自然と親しみをもって接してくれる女の子はどこかに……と考えたところ、***の顔が浮かんだのだ。
近藤の「***ちゃんに頼むのはどうだろう」という提案に、最初は首を振った土方だが、では他に誰か適任者がいるのかと言われると誰も思い浮かばなかった。***にそんなことを頼むのは気が引けるが、致し方のない理由を説明すれば、あの子はきっと断らないだろう。そういうところも含めて、確かに自分の婚約者役は***が適任のように、土方にも思えた。
「それで***さんが土方さんの婚約者役をやってる時に、大っぴらに警護できない真選組にかわって、僕らに監視役をしろってことですね……どうします銀さん?」
「どうもこうも新八、そもそも***が引き受けるかどうかだろ。アイツ今日は来ねぇみたいだし、最近何かと忙しそうだから断るんじゃねぇの?」
「***なら来てやすぜ、旦那ァ」
突然リビングの入り口からした沖田の声に、全員で振り返る。そこには鎖のついた首輪と手錠をされて、泣きそうな顔をした***と、その鎖を手に持つ沖田が立っていた。
「なっ……!!!」
目を見開いた銀時よりも先に、神楽が沖田に飛び掛かっていた。「テメェェェこんのサド野郎ォォォ!***に何するネェェェ!!」
「あだ!あだだだだ!そ、総悟くん!首!首もげるよぉぉ!」
神楽と蹴り合いをはじめた沖田が、鎖を持ったままで動き回るせいで、***の首が右へ左へと引っ張られる。涙目になってよろよろとする***に土方が近寄って、首からのびた鎖を刀でばっさりと切った。
「すまねぇな***、人手不足で総悟に行かせちまったが、俺が迎えに行くべきだった」
「ひ、土方さん、あの、総悟くんからさっき伺ったんですけど、その、こ、婚約者の役なんて私には……」
「もちろん無理にとは言わねぇ、だがまずは近藤さんの話も聞いてから考えてくれねぇか」
眉を八の字に下げて困惑した顔で土方を見上げ、その後ソファにいる銀時を見つめたが、銀時は肩をすくめただけだった。
沖田と神楽はバタバタと喧嘩をし続けている。近藤と土方の座ったソファに向かい合って、***を真ん中にして銀時と新八が座る。
「とにかくだな、今回の婚約者役は美人すぎず、地味すぎず、少し田舎っぽい雰囲気があって、トシを慕ってくれているという点で、***ちゃんが適任だと思うんだ。どうかな***ちゃん、引き受けてはもらえないだろうか」
「あの近藤さん、私なんかじゃ土方さんの婚約者なんて、力不足でとても無理ですよ。もっと土方さんにふさわしいお綺麗な人がたくさんいるじゃないですか、女優さんを借りるとかして……」
「いや、そうでもないんだよ***ちゃん、より本物っぽさを出すためにも***ちゃんのような素人がいいんだ。相手さんもそのほうが納得させやすいだろうし」
そのやり取りを聞いていた銀時が、怒りを露わにして***の肩をつかむ。
「おい、***お前なんで怒らねーんだよ、このゴリラに田舎モンとか素人っぽいとか言われてんだぞ。素人モンのAVなんか、男は見下して見てるよーな生きモンなんだぞ。お前には女としてのプライドがねぇのか?こんなゴリラに侮辱されて、へらへらしてんじゃねぇよ馬鹿!」
「なっ……!ば、馬鹿は銀ちゃんでしょ!近藤さんは私を侮辱なんてしてないよ!理由を説明してくれてるだけじゃないですか!それに私だけじゃなくて、万事屋にもお仕事を持ってきてくれてるんだよ?お客さんをもっと丁重に扱うべきです!」
言い争うふたりを見ていた土方が、***が先ほど自分が銀時に向かって言ったことと同じことを言うのを聞いて、婚約者役は絶対に***でなければと決意する。この子ならきっとしっかり務めてくれるだろう。戸惑いを隠せない顔をしている***をじっと見つめると、土方は口を開いた。
「***、俺が嫌なら断ってくれて構わねぇ、無理強いしようなんて思っちゃいねぇさ。ただ、力を貸して貰えたら恩に着るし、こいつらへの謝礼もこめて、出すもんはちゃんと出すつもりだ」
「土方コノヤローの言うとおりだぜ***、土方さんみてぇなろくでもねぇ男の相手する位なら、自殺した方がマシだって気持ちも分かるがな、数時間の我慢で大金が手に入る。でけぇパーティーだからご馳走も食い放題だぜぃ。土方クソ野郎を差し引いても、まぁまぁうまい話しじゃねぇかぃ」
「総悟くん、私、嫌だなんて言ってないよ……ただ、」
そこまで言って***は口をつぐんだ。うまく言葉が出てこない。真選組には親切にしてもらっている。牛乳を取ってもらっている恩もある。自分にできることなら何でもやって、役に立ちたい。でも、どうして万事屋のみんなまで、銀時まで一緒でなければいけないのだろう。
なによりも***は、銀時の前で他の男性の恋人役を演じることが嫌で仕方がなかった。万事屋へ来る道中、沖田から聞かされた話では、許嫁として招待されているのだから、当日は片時も土方のそばを離れられない。もしかしたら腕を組んだり、手を繋いだりしなければならないかもしれない。その行為自体は全く嫌じゃない。むしろ自分なんかが相手で気おくれするくらいだ。
ただ、そういうことをしている自分の姿を、本当に好きな銀時に見られることが、恥ずかしくて悔しくて、どうしても受け入れられない。自分勝手だとは分かってはいても、***は銀時を見上げて思った。
―――普段あんなに土方さんと喧嘩してて、真選組を目の敵にしてるんだから、銀ちゃんがかわりに断ってくれないかな…うちの***は貸せませんとか言って、いつもみたいにべらべら喋って、テキトーな言い訳をでっち上げてくれてもいいじゃない……
でも、とてもじゃないがそんなことは口には出せない。***の視線に気づいた銀時が「ん?」という目で見つめ返してくる。しかし困りきった顔の***を見て、憐れむように優しい声を出したのは銀時ではなく、近藤だった。
「どうかなぁ、***ちゃん、トシとは前からの知り合いだし、まさか嫌いってことはないだろう?」
「そんな!嫌いなんてとんでもない!あ、あの私、土方さんのお相手役が嫌なわけじゃないんです、そうじゃなくて、」
「やってやったらいいじゃねぇか***」
自分の横から発せられた銀時の言葉に、***の肩がびくりと震えた。目を見開いて、信じられないという顔で銀時を見つめる。
当の銀時は***の気持ちなんて意に介していない様子で、能天気な顔をしてぺらぺらと喋りはじめた。
「お前が嫌じゃねぇならやってやれよ***、婚約者役でもなんでも。政治家のパーティーなんて俺たちみてぇな一般市民がそうそう行けるもんじゃねぇんだぞ。庶民派な***も贅沢気分が味わえるいい機会じゃねぇか。おい、ゴリラ、ご馳走のなかにはケーキとかパフェとかもあんだろうな。あ、俺アレ食いてぇわ、ドロドロのチョコがどばぁ~ってなってるタワーみてぇなやつ。俺たちに仕事頼むんならアレ用意しとけよ。あと謝礼もたっぷり頂くからな。おい***、お前も今のうちに欲しいモン言っとけ、こいつら税金泥棒に正しい金の使い方ってやつを、みっちり教えてやれよ」
誰が税金泥棒だと言い返した土方と、銀時は言い合いを始める。***は呆然とした顔で固まっていたが、近藤の優しい声が聞こえて、はっと我にかえる。
「万事屋もああ言ってるし、こいつら三人が監視役でいれば***ちゃんも不安はないだろう?もちろん嫌な思いをさせないよう、俺たちも細心の注意をはらうから、引き受けてくれないかな?」
「近藤さん……わ、わかりました、私なんかでよければ……頑張ってみます」
その返答を聞いて、真選組の三人はほっとした顔をする。「いやぁ、よかったよガッハッハ」と笑う近藤の大きな手に肩を叩かれて、***も小さく笑顔を浮かべると、「えへへ」と笑った。
横を見ると銀時がいつも通りの顔で笑って、***の頭にぽんと手を置いた。
「お前も万事屋に入り浸ってるだけあるな。簡単な仕事で金をふんだくるのが俺たちのやり方だ。たっぷり稼がせてもらいますよ、***さぁ~ん」
そう言って守銭奴のような顔で笑った銀時は、神楽から「金のために***を利用するなんて、銀ちゃんは最低アル!」と蹴りをくらっていた。
自分がうまく笑えているのか、***には分からなかった。急に朝の星座占いの予言を思い出す。
―――思わぬ出来事で友人の本音を知る……
なんて恐ろしい予言だろう。まさかこれほどとは。
―――銀ちゃんは、私が他の男の人と恋人のふりをするのなんて、何とも思わないんだ。それが銀ちゃんの本音なんだ……
そう思うと急に身体がばらばらになっていくような焦燥感に襲われた。もしそれが銀時の本音なら、どんなに好きと言っても、どんなに大人になろうと努力しても、なんの意味もないのかもしれない。そう思うと、とても恐ろしくて悲しい。
花火大会の夜、銀時は***を守ってやると言った。悪い男にだまされそうで心配だから一緒にいてやると。それが男としてでなくても、自分を女として見ていなくても、一緒にいられるのならそれでも構わないと、***は思った。それでも銀時が好きだから、一緒にいたいから、と自分に言い聞かせて、必死に笑顔を守り続けた。
でもこうやって改めて、自分のことを何とも思っていないとはっきり示されると、その強い決意も揺らぎそうになった。
***が他の男の相手をすることを「簡単な仕事」と言い放った銀時の姿に、心が完膚なきまでに叩き潰されたような気がした。
大人数が集まった部屋で、全員が喋っていて騒がしい。それなのに呆けた***の耳には何も聞こえない。目も焦点が定まらなくてぼやけてしまう。隣で大声で喋り続けている銀時の横顔を見つめる。歪んだ視界のなかで、楽しそうに笑っている銀時を眺めながら、***は何度も何度も心の中でつぶやいた。
―――守ってよ銀ちゃん。私、心が痛くて壊れちゃいそうだよ。いつもみたいに、これだから***はガキだって言って、呆れてもいいから。他の男のところへなんか行くなって言って、守ってよ銀ちゃん……―――
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【第7話 簡単なお仕事】end