銀ちゃんに恋する女の子
鼻から牛乳(純情)
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【第5話 心にだけ咲く花】
―――ほっとけないから、危なっかしくて目が離せねぇから、お前と一緒に来た―――
その言葉と同時に真っ暗だった夜空に、その夜いちばんの大輪の花が咲いた。街中を震わすほどの爆音と共に。
2時間前の万事屋はまるで戦場だった。
そろそろ会場へ行くかと思っていた矢先、突然お妙がやってきた。新八に用でもあるのかと思い、銀時はブーツをはきながら迎え入れる。お妙がにっこりとした笑顔を顔に張り付けたまま、静かな声で銀時に問いかけた。
「あら、銀さん、今日は***さんと花火大会でしょう?なにしてるんですか?」
「あ?見りゃ分かんだろ、今から行くとこだっつーの」
「違いますよ銀さん、そのいつもの変な着物、変な靴、変な天パとアホ面で出かけようとして、貴様は一体何をしてるのかって、聞いとんじゃこのボケがァァァァ!!!!!」
突然ラリアットを食らい、玄関から飛んだ銀時が、リビングへと転がりこむ。
「テメェ何しやがる!?もう出かけるっつってんだろーが、邪魔すんじゃねぇよクソアマ!!!」
「まぁ、ひどい。私だって好きでこんなことしませんよ。銀さん、私はね、かわいい***さんの大事なデートを、成功させたいだけです。***さん、今日のことすごく楽しみにしてるんですよ。それなのに銀さんたら、いつも通りの腑抜けた格好で行こうとして、頭にくるったらありゃしない。ほらこれ、父上の浴衣を持ってきましたから、これに着替えて、ちゃんと花火大会に見合った恰好で行ってください。新ちゃん!神楽ちゃん!手伝って!」
恰好なんてどーだっていいだろうが、と叫ぶ銀時の声を無視して、お妙はあっという間に浴衣に着替えさせる。顔を洗って来い、髪を整えろとげきを飛ばす。少しでも銀時が嫌がると「***さんを泣かせる気?ぶっ殺しますよ?」と怒りの鉄拳が飛んできた。
取っ組み合いのように支度をしていると、インターホンが鳴り、***の「ごめんくださぁい」という声が聞こえた。
「おい、あいつ来ちまったじゃねぇか、もう行くぞ」
くせっ毛の銀髪をどうにかできないかと、ワックスとくしで格闘しているお妙を振り払うように、銀時が頭を揺らして逃げる。その腕を強い力でぎゅっとつかんだお妙が、再びにっこりと笑って口を開いた。
「何言ってるの銀さん、待ち合わせ場所で〝ごめん待った?″ 〝ううん、今来たところ″〝浴衣姿綺麗だよ″ 〝あなたこそ素敵よ″っつーのが完璧なデートのはじまりに決まってんだろーが、大人しくしねぇとぶっ飛ばすぞ」
「神楽ちゃん!僕と姉上でなんとか銀さん仕上げるから、***さんを先に行かせて!!」
分かったネ!と言って玄関に走って行った神楽が、数分後に焦った声を出して舞い戻る。
「姉御!ヤバいアル!***の浴衣姿、めっさかわいい!ごっさ綺麗だったネ!一緒に行こって言われたけど、私びっくりして追い出しちゃったアル!」
それを聞いたお妙が「まぁ!それは大変!」と言って、銀時の髪を整えようとますます奮闘する。抵抗すると殴られるため耐えていたが、途中で神楽の言葉を思い出し、銀時はふと不安になる。
―――いや、めっさ可愛い、ごっさ綺麗な女が、ひとりで人の集まる場所にいるのって、ヤバくね?それはもはやナンパしてくださいって言ってるようなもんじゃね?ジャッキーの群れにイスを投げ込むようなもんじゃね?
そう気付くと居ても立ってもいられなくなる。
「っだぁぁぁぁ!もういいっつーの!俺の天パは今さらどうこうしたって変わんねぇんだよ!オイ、新八、神楽、先に***迎えに行くから、お前らもどっか分かりやすいとこで待ってろ」
「銀ちゃん、ちゃんと***を連れてくるアルよ!自分だけ抜け駆けしちゃダメだからネ!!」
神楽の声を背中に受けつつ、下駄をつっかけると転がるように玄関を飛び出して行く。息を切らして神社につくが、***の姿が見当たらない。これは本当に悪い予感が当たったかと、冷や汗をかきながら神社の奥へ向かう。遠くの社殿の前に、***らしき後ろ姿を見つけた。
分かりにくいところで待ってんじゃねぇよ、と思いながら近づくと、確かに***の声で「絶対来るもん」と言っているのが聞こえた。小さな身体の向こうに見知らぬ男がいることに気付いて、突然身体中の血液が沸き立った。細い腕をつかんでいる男と、***の小さな頭越しに目が合う。
死んだ魚のような目とよく言われるが、今の自分はどんな目をしてるのだろう、と銀時は思った。
それ以上その女に触るんならどうなっても知らねぇ、という気持ちを隠すことなく、その男をじっと見つめる。どうせ***には見えていない。いつも通りの腑抜けた調子で声をかけると、***がぱっと振り向いて、すがるような目で銀時を見上げた。
***が振り向くと同時に、さっきまでの愛想笑いはどこへやら、男は泣きそうなほど怯えた顔をして逃げていった。ああいう男の愛想のいい顔を、いかがわしい街で散々見てきた。何も知らない***のような女が、そういう男にひどい目に合わされる話も、珍しいことじゃない。
こんな奥まったところじゃなくて、人の多い安全な場所へ行きたいと思い、神社の入り口へ歩き出した銀時を見て、***が立ち止まる。
「銀ちゃん、浴衣だぁ………」
そう言ってぼうっとした目で自分を見ている***を、銀時もまたじっと眺めていた。
白地に藍色で朝顔の描かれた浴衣は、色の白い***によく似合っていた。化粧によって頬や唇がいつもより血色がよく、まるで風呂上がりのような艶があった。うなじの後れ毛が細い首の上でゆれるのが色っぽくて、目が離せない。神楽の言った通り、たしかに***の浴衣姿はとても綺麗だった。さらに自分を見つめる***の、呆けたような瞳と半開きの唇のせいで、ますます扇情的な表情に見えた。
―――なにこれ?なにこの子?こんな恰好で、こんな顔した女が、ひとりで男だらけの人混みの中にいたの!?食ってくれって言ってるようなもんじゃねーか!馬鹿かッ!!!
「銀ちゃん、来てくれてありがとう。一緒に花火見れるのすごく楽しみ……あ、あと、浴衣、すごく似合ってます」
自分にはとても言えない恥ずかしいセリフを、顔を赤くしながら言う***を見て、銀時の心臓が飛び跳ねる。お妙の言う通り「お前も綺麗だ」と言ってやれるのがいい男なんだろうが、そんなキザなことはとても言えなかった。
綺麗だと言ってもやらないのに、艶やかな***の浴衣姿を他の男には見せたくないと思うのは、多分身勝手だ。しかし、けらけらと楽しそうに笑う***を見ていると、このままふたりきりで居たいと思った。
どうせ人波のなかで、誰かを見つけるのなんて至難の業だ。そう思って歩いていたが、前方のクレープ屋に神楽、新八、お妙となぜか長谷川さんの姿を見つけて、どっと汗が吹き出す。
無理無理、あいつらには会わせらんねぇ。ああ見えて新八も一応男だし、長谷川さんは既婚者だけど、今の***を見たら、どうなるか分かんねーし。男はみんなオオカミっつーだろ。さっきの男しかり。
ぱっと立ち止まって振り向くと、***はきょとんとした顔で銀時を見上げた。方向を変えるためにつかんだ両肩から、浴衣の薄い生地越しに、肌の下の骨の形まで手のひらに感じた。はっとするほど華奢で、女らしい身体つきだった。
こんなに細くて弱そうな女と、この人ごみのなかを歩くなんて、なんて恐ろしいのだろう。そう思って前を歩く***の手を取りたかったが、***の必死の告白を、一度無下にしている自分がその手をにぎるのは間違っている気がして、できなかった。
―――どうして、銀ちゃんは私と一緒に来てくれたの?
どうせまた赤い顔をして、「来年も一緒に来てね」とか、こっ恥ずかしいことを言うだろうと思っていたのに、予想に反して***は、銀時の質問に質問で返した。
息をするのも苦しそうな顔で、胸に当てた***の小さな手が、震えているのが見えた。銀時を見つめる瞳が不安げに揺れる。人ごみのなかで肩をすくめて、ますます小さくなる***は、そのまま消えていってしまいそうなほど、はかなげな存在に見えた。
そういうところが心配なんだ、と銀時は思う。
投げやりな言葉で自分を振った相手を、微塵も恨まないところとか。告白をうやむやにされても、一途に「好き」と言い続ける健気さとか。自分のせいで迷惑をかけたと謝るところとか。馬鹿みたいに真っ赤な顔で、浴衣が似合ってると言うところとか。間接キス程度で泣きそうになるところとか。明らかにたちの悪いナンパをされたことにも気づかずにいるところとか。
そういうところが全部、心配で心配で仕方がねぇっつってんだよ。
ドオォォォンッ!!!!!
「ほっとけないから、危なっかしくて、目が離せねぇから、お前と一緒に来た」
心から思っていたことを銀時は言葉にした。しかしその声は、新たに打ちあがった大きな花火の爆音のせいで、***の耳には届かなかった。
なんて言ったの?と***の唇が動く。夜空の花火に目もくれず、銀時のことをじっと見上げている。
―――ドンッ
後ろを通った人に背中を押された***が、銀時の方へとよろける。たくましい腕に小さな手をついて、抱きつかないようにぐっとこらえた。パラパラという花火の音に紛れて、「ごめ、ごめんね」という戸惑いの声が聞こえた。眉を八の字して、困惑する紅潮した顔が、見下ろすとすぐ近くにあって、たまらない気持ちになる。
考えるよりも先に、身体が動いていた。
よろけた***の右肩を右手で強くつかむ。銀時は半歩後ろに下がる。「きゃっ」と小さな悲鳴を上げた***の身体は、前を向いたままで、銀時の前に立つように、ぐいと引き寄せられた。後ろから抱きしめるように、***の肩の上から、銀時の両腕が下ろされ、細い首の前で組まれた。
ちょうど顔の真下にきた小さな頭に、銀時はアゴをのせると、夜空を見上げた。ちょうど新しい花火が上がる瞬間だった。
ドォォォンッ
突然の接近に驚いた***は、銀時の腕の中で瞳を泳がせた。近づいたことで、まるで耳元でささやかれるように銀時の声がよく聞こえて、身体中に緊張が走る。
「ぎ、ぎんちゃ、」
「ほっとけねぇんだよ………***さぁ、さっきの男がお前に何しようとしてたか分かってんの?」
「さっきの?…さっきのって誰?」
「はぁぁぁぁ~…そっから?そっからですかぁぁぁ?あの男だよ!神社にいたニヤニヤ笑いのいかがわしい野郎だよ」
「だから!あ、あの人は、ひとりなら一緒に回ってあげるって、」
「ちげぇよ馬鹿!!なんで一緒に回るっつって、全然違う方向に引っ張ってこうとすんだよ。お前アレだよ?俺が来なかったら、あんまま神社の裏でアレされてアレになってたかんね?そこんとこ分かってんのかって聞いてんだよ」
「えっ!?……そんな、そんなはずないもん、彼女にすっぽかされたって悲しそうにしてたんだよ、そんなことする人じゃないです」
「…………そーゆうとこだよ」
銀時の声に怒りが混じっているように感じて、***の身体にぎゅっと力が入る。顔を見上げたいのに、頭に銀時のアゴが乗っていて、それも叶わない。
「銀ちゃん、お、怒ってる?」
「あー、怒ってんね。お前さぁ、今日銀さんがなんで来たか知りたいっつった?」
「え?うん……」
「俺のこと好きっつってる時点で、お前の男を見る目がねぇのが分かってるから。人の悪意に全然気づかねぇで、いっつもへらへらしてっから。すぐ真っ赤んなって泣きそうな顔すっから。……そーゆうとこ全部、男には美味しい餌にしか見えねぇんだよ。銀さんはお前のお父さんみてぇなもんだから。保護者みてぇなもんだから。だから一緒に来た。さんざん心配かけやがって、田舎の父ちゃんに知れたら、銀さんの立つ瀬がねぇだろうが。………別に街の奴らがどうこう言うのなんてなんとも思っちゃいねーよ。迷惑どころか***に変な虫がつきにくくなっていいくれぇじゃねぇか。くだらないことばっか言ってねぇで、お前も少しは危機感持ちやがれ」
花火の上がる合間に、銀時はまくし立てるように言った。腕のなかの***にとって、それが期待通りじゃないことは分かっていた。きっと悲しむだろう。泣くかもしれない。もしくは「銀ちゃんなんてもう知らない」と見切りをつけるかもしれない。
でもそれならそれで、***にとっては良い事だと、銀時は自分に言い聞かせる。自分は***の保護者みたいな立場が、いちばん相応しい。いつか***が心から惚れるような、立派な相手が現れる時まで、悪い男から守るような役目が。そしてその役目なら、進んで引き受けられる。
ドォォォンッ
再び花火が上がった時に、***の頭がうつむいていて、全然花火を見ていないことに気付く。
「おい、***、花火上がってんぞ、見ろよ」
「……銀ちゃん、ちょっと離してください」
静かな***の声が聞こえて、銀時の胸はさっと冷たくなる。***は身をよじると、銀時の腕を振りほどいた。きっと***は「さよなら」と言って去って行くだろうと、銀時は思う。
―――ああ、でも、これでいいんだ
脱力感のようなものに全身を襲われ立ち尽くす銀時を、振り向いて見上げた***の顔は、今まで見たこともないような表情をしていた。底抜けに悲しそうで、戸惑いを隠せずに、でも何かを強く決意したような瞳をしていた。
「おい、***、お前」
銀時の声と同時に、花火の上がるドォンッという音がして、その振動で身体が震えた。しかしそれは花火の震えではなかった。目の前に立っていたはずの***が、顔を銀時の胸に押し当てて、細い腕を腰に回してぎゅっと抱きついていた。
「なっ……!!お前何してんの!?花火見えねぇだろうが!!」
「いいっ!……花火はもう見たからいい!……もういいんです、どうせ、最初から……銀ちゃんと一緒にいたかっただけなんです。花火も見たかったけど、でもいちばんは銀ちゃんと一緒にいたかっただけだから、だから……もういいんです」
そう言って***はさらにぎゅっと銀時の胸に顔を押し付けた。銀時は腕のなかの小さな肩を両手でつかんで見下ろしたが、隠れた顔の表情までは分からない。
なんだコイツ、悲しんでんの?怒ってんの?どっちだコレ、全然わかんねぇんだけど。
仕方ねぇな、と言いながら、***の頭をなでる。大きな花火が消えて、もうすぐ最後のフィナーレがはじまるかと思っていたところで、急に***が顔を上げた。
てっきり泣いているか怒っているかと思った顔は、予想外に明るい顔をしていた。温かい春のような微笑みを浮かべていた。抱きついた腕はそのままに、***は首を真上にそらして、瞳を輝かせて銀時を見つめる。
「銀ちゃん、一緒に来てくれてありがとう。私きっとまたこうやって、銀ちゃんと一緒にいたいってわがまま言うと思うけど、許してください。……からかわれるの迷惑じゃないって言ってくれて嬉しかったです。今はそれだけで充分で、お父さん代わりでもなんでもいいの……銀ちゃんと一緒にいることが、私は嬉しいから」
あまりの驚きに銀時は口をあんぐりと開けて、***を見つめた。「お前馬鹿か」とか「俺の話ちゃんと聞いてたか」とか、何か言わなければと思うのに、言葉が何も出てこなかった。
ヒュルルルルルル……ドォォォォンッ!!!
フィナーレの一発目の花火が上がった。そのまま大小様々な花火が、夜空を埋め尽くすように連続して打ち上がる。祭りの最後にふさわしく、たくさんの大輪の花が咲いては消え、消えては咲いてを繰り返す。「わぁっ!」と言った***が、腕の中で向きを変えて夜空を見上げる。
「す、すごい!すごいですよ銀ちゃん!!空が、空が爆発して無くなっちゃいそうだよ!!!」
「ぶっ!!無くなんねぇよ、馬鹿か!ガキみてぇなこと言ってんじゃねぇよ!」
花火を見上げていた***の顔が、一瞬だけ歪んで泣きそうな目をする。しかしすぐに元の笑顔に戻って、振り返ると銀時を見上げて口を開いた。
「ガキですよ!ガキだから、銀ちゃん一緒にいて、私のこと、ちゃんと見守っててね」
そう言った***が再び、明るい夜空を見上げた。その顔は弾けるような笑顔で、楽しそうに見開かれた瞳には、色とりどりの花火の光が灯っていた。
「わぁかったよ、ほんとーに世話が焼けるよ***は。銀さんがちゃんと守ってやるっつーの、害虫やら、狼やらから」
わざとらしく大きな声で銀時は答えて、大きな手をぽんと***の頭に乗せる。花火のように弾ける笑顔で、***は「うん!」と大きくうなずいた。
自分の腕の中で花火を見上げて「銀ちゃん、すごいです!」と言っている***の顔を見ていると、一度冷たくなった心がどんどん温かくなる。満たされていく心に、無垢で汚れのない花が一輪、咲いたような気がした。
この弱々しくも綺麗な花を、守りたいと銀時は思う。それが親が子を守るようなものなのか、それとも男としてなのかは、銀時自身にもよく分からなかった。
いつもはからかう側の自分が、***に予想外のことをされて驚いたのが、銀時は今更くやしくなってくる。
無防備に笑っている***の肩に両腕を回して、後ろからぐっと引き寄せる。顔を横に落として、耳元に唇を近づけた。どうせ花火の音で聞こえないかもしれねぇし、と自分に言い訳してから口を開いた。
「***、浴衣似合ってる、すげぇかわいい」
ばっと銀時を見上げた***の顔が、花火の色に染まりながらも真っ赤になっていることが分かる。してやったりとニヤニヤと笑う銀時の顔を見て、***は口をぱくぱくとさせた後で、花火の音よりも大きな声で叫んだ。
「ぎ、銀ちゃんの馬鹿ァ!!!」
(そういうとこ!そういうとこだぞ!!!)
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【第5話 心にだけ咲く花】end
―――ほっとけないから、危なっかしくて目が離せねぇから、お前と一緒に来た―――
その言葉と同時に真っ暗だった夜空に、その夜いちばんの大輪の花が咲いた。街中を震わすほどの爆音と共に。
2時間前の万事屋はまるで戦場だった。
そろそろ会場へ行くかと思っていた矢先、突然お妙がやってきた。新八に用でもあるのかと思い、銀時はブーツをはきながら迎え入れる。お妙がにっこりとした笑顔を顔に張り付けたまま、静かな声で銀時に問いかけた。
「あら、銀さん、今日は***さんと花火大会でしょう?なにしてるんですか?」
「あ?見りゃ分かんだろ、今から行くとこだっつーの」
「違いますよ銀さん、そのいつもの変な着物、変な靴、変な天パとアホ面で出かけようとして、貴様は一体何をしてるのかって、聞いとんじゃこのボケがァァァァ!!!!!」
突然ラリアットを食らい、玄関から飛んだ銀時が、リビングへと転がりこむ。
「テメェ何しやがる!?もう出かけるっつってんだろーが、邪魔すんじゃねぇよクソアマ!!!」
「まぁ、ひどい。私だって好きでこんなことしませんよ。銀さん、私はね、かわいい***さんの大事なデートを、成功させたいだけです。***さん、今日のことすごく楽しみにしてるんですよ。それなのに銀さんたら、いつも通りの腑抜けた格好で行こうとして、頭にくるったらありゃしない。ほらこれ、父上の浴衣を持ってきましたから、これに着替えて、ちゃんと花火大会に見合った恰好で行ってください。新ちゃん!神楽ちゃん!手伝って!」
恰好なんてどーだっていいだろうが、と叫ぶ銀時の声を無視して、お妙はあっという間に浴衣に着替えさせる。顔を洗って来い、髪を整えろとげきを飛ばす。少しでも銀時が嫌がると「***さんを泣かせる気?ぶっ殺しますよ?」と怒りの鉄拳が飛んできた。
取っ組み合いのように支度をしていると、インターホンが鳴り、***の「ごめんくださぁい」という声が聞こえた。
「おい、あいつ来ちまったじゃねぇか、もう行くぞ」
くせっ毛の銀髪をどうにかできないかと、ワックスとくしで格闘しているお妙を振り払うように、銀時が頭を揺らして逃げる。その腕を強い力でぎゅっとつかんだお妙が、再びにっこりと笑って口を開いた。
「何言ってるの銀さん、待ち合わせ場所で〝ごめん待った?″ 〝ううん、今来たところ″〝浴衣姿綺麗だよ″ 〝あなたこそ素敵よ″っつーのが完璧なデートのはじまりに決まってんだろーが、大人しくしねぇとぶっ飛ばすぞ」
「神楽ちゃん!僕と姉上でなんとか銀さん仕上げるから、***さんを先に行かせて!!」
分かったネ!と言って玄関に走って行った神楽が、数分後に焦った声を出して舞い戻る。
「姉御!ヤバいアル!***の浴衣姿、めっさかわいい!ごっさ綺麗だったネ!一緒に行こって言われたけど、私びっくりして追い出しちゃったアル!」
それを聞いたお妙が「まぁ!それは大変!」と言って、銀時の髪を整えようとますます奮闘する。抵抗すると殴られるため耐えていたが、途中で神楽の言葉を思い出し、銀時はふと不安になる。
―――いや、めっさ可愛い、ごっさ綺麗な女が、ひとりで人の集まる場所にいるのって、ヤバくね?それはもはやナンパしてくださいって言ってるようなもんじゃね?ジャッキーの群れにイスを投げ込むようなもんじゃね?
そう気付くと居ても立ってもいられなくなる。
「っだぁぁぁぁ!もういいっつーの!俺の天パは今さらどうこうしたって変わんねぇんだよ!オイ、新八、神楽、先に***迎えに行くから、お前らもどっか分かりやすいとこで待ってろ」
「銀ちゃん、ちゃんと***を連れてくるアルよ!自分だけ抜け駆けしちゃダメだからネ!!」
神楽の声を背中に受けつつ、下駄をつっかけると転がるように玄関を飛び出して行く。息を切らして神社につくが、***の姿が見当たらない。これは本当に悪い予感が当たったかと、冷や汗をかきながら神社の奥へ向かう。遠くの社殿の前に、***らしき後ろ姿を見つけた。
分かりにくいところで待ってんじゃねぇよ、と思いながら近づくと、確かに***の声で「絶対来るもん」と言っているのが聞こえた。小さな身体の向こうに見知らぬ男がいることに気付いて、突然身体中の血液が沸き立った。細い腕をつかんでいる男と、***の小さな頭越しに目が合う。
死んだ魚のような目とよく言われるが、今の自分はどんな目をしてるのだろう、と銀時は思った。
それ以上その女に触るんならどうなっても知らねぇ、という気持ちを隠すことなく、その男をじっと見つめる。どうせ***には見えていない。いつも通りの腑抜けた調子で声をかけると、***がぱっと振り向いて、すがるような目で銀時を見上げた。
***が振り向くと同時に、さっきまでの愛想笑いはどこへやら、男は泣きそうなほど怯えた顔をして逃げていった。ああいう男の愛想のいい顔を、いかがわしい街で散々見てきた。何も知らない***のような女が、そういう男にひどい目に合わされる話も、珍しいことじゃない。
こんな奥まったところじゃなくて、人の多い安全な場所へ行きたいと思い、神社の入り口へ歩き出した銀時を見て、***が立ち止まる。
「銀ちゃん、浴衣だぁ………」
そう言ってぼうっとした目で自分を見ている***を、銀時もまたじっと眺めていた。
白地に藍色で朝顔の描かれた浴衣は、色の白い***によく似合っていた。化粧によって頬や唇がいつもより血色がよく、まるで風呂上がりのような艶があった。うなじの後れ毛が細い首の上でゆれるのが色っぽくて、目が離せない。神楽の言った通り、たしかに***の浴衣姿はとても綺麗だった。さらに自分を見つめる***の、呆けたような瞳と半開きの唇のせいで、ますます扇情的な表情に見えた。
―――なにこれ?なにこの子?こんな恰好で、こんな顔した女が、ひとりで男だらけの人混みの中にいたの!?食ってくれって言ってるようなもんじゃねーか!馬鹿かッ!!!
「銀ちゃん、来てくれてありがとう。一緒に花火見れるのすごく楽しみ……あ、あと、浴衣、すごく似合ってます」
自分にはとても言えない恥ずかしいセリフを、顔を赤くしながら言う***を見て、銀時の心臓が飛び跳ねる。お妙の言う通り「お前も綺麗だ」と言ってやれるのがいい男なんだろうが、そんなキザなことはとても言えなかった。
綺麗だと言ってもやらないのに、艶やかな***の浴衣姿を他の男には見せたくないと思うのは、多分身勝手だ。しかし、けらけらと楽しそうに笑う***を見ていると、このままふたりきりで居たいと思った。
どうせ人波のなかで、誰かを見つけるのなんて至難の業だ。そう思って歩いていたが、前方のクレープ屋に神楽、新八、お妙となぜか長谷川さんの姿を見つけて、どっと汗が吹き出す。
無理無理、あいつらには会わせらんねぇ。ああ見えて新八も一応男だし、長谷川さんは既婚者だけど、今の***を見たら、どうなるか分かんねーし。男はみんなオオカミっつーだろ。さっきの男しかり。
ぱっと立ち止まって振り向くと、***はきょとんとした顔で銀時を見上げた。方向を変えるためにつかんだ両肩から、浴衣の薄い生地越しに、肌の下の骨の形まで手のひらに感じた。はっとするほど華奢で、女らしい身体つきだった。
こんなに細くて弱そうな女と、この人ごみのなかを歩くなんて、なんて恐ろしいのだろう。そう思って前を歩く***の手を取りたかったが、***の必死の告白を、一度無下にしている自分がその手をにぎるのは間違っている気がして、できなかった。
―――どうして、銀ちゃんは私と一緒に来てくれたの?
どうせまた赤い顔をして、「来年も一緒に来てね」とか、こっ恥ずかしいことを言うだろうと思っていたのに、予想に反して***は、銀時の質問に質問で返した。
息をするのも苦しそうな顔で、胸に当てた***の小さな手が、震えているのが見えた。銀時を見つめる瞳が不安げに揺れる。人ごみのなかで肩をすくめて、ますます小さくなる***は、そのまま消えていってしまいそうなほど、はかなげな存在に見えた。
そういうところが心配なんだ、と銀時は思う。
投げやりな言葉で自分を振った相手を、微塵も恨まないところとか。告白をうやむやにされても、一途に「好き」と言い続ける健気さとか。自分のせいで迷惑をかけたと謝るところとか。馬鹿みたいに真っ赤な顔で、浴衣が似合ってると言うところとか。間接キス程度で泣きそうになるところとか。明らかにたちの悪いナンパをされたことにも気づかずにいるところとか。
そういうところが全部、心配で心配で仕方がねぇっつってんだよ。
ドオォォォンッ!!!!!
「ほっとけないから、危なっかしくて、目が離せねぇから、お前と一緒に来た」
心から思っていたことを銀時は言葉にした。しかしその声は、新たに打ちあがった大きな花火の爆音のせいで、***の耳には届かなかった。
なんて言ったの?と***の唇が動く。夜空の花火に目もくれず、銀時のことをじっと見上げている。
―――ドンッ
後ろを通った人に背中を押された***が、銀時の方へとよろける。たくましい腕に小さな手をついて、抱きつかないようにぐっとこらえた。パラパラという花火の音に紛れて、「ごめ、ごめんね」という戸惑いの声が聞こえた。眉を八の字して、困惑する紅潮した顔が、見下ろすとすぐ近くにあって、たまらない気持ちになる。
考えるよりも先に、身体が動いていた。
よろけた***の右肩を右手で強くつかむ。銀時は半歩後ろに下がる。「きゃっ」と小さな悲鳴を上げた***の身体は、前を向いたままで、銀時の前に立つように、ぐいと引き寄せられた。後ろから抱きしめるように、***の肩の上から、銀時の両腕が下ろされ、細い首の前で組まれた。
ちょうど顔の真下にきた小さな頭に、銀時はアゴをのせると、夜空を見上げた。ちょうど新しい花火が上がる瞬間だった。
ドォォォンッ
突然の接近に驚いた***は、銀時の腕の中で瞳を泳がせた。近づいたことで、まるで耳元でささやかれるように銀時の声がよく聞こえて、身体中に緊張が走る。
「ぎ、ぎんちゃ、」
「ほっとけねぇんだよ………***さぁ、さっきの男がお前に何しようとしてたか分かってんの?」
「さっきの?…さっきのって誰?」
「はぁぁぁぁ~…そっから?そっからですかぁぁぁ?あの男だよ!神社にいたニヤニヤ笑いのいかがわしい野郎だよ」
「だから!あ、あの人は、ひとりなら一緒に回ってあげるって、」
「ちげぇよ馬鹿!!なんで一緒に回るっつって、全然違う方向に引っ張ってこうとすんだよ。お前アレだよ?俺が来なかったら、あんまま神社の裏でアレされてアレになってたかんね?そこんとこ分かってんのかって聞いてんだよ」
「えっ!?……そんな、そんなはずないもん、彼女にすっぽかされたって悲しそうにしてたんだよ、そんなことする人じゃないです」
「…………そーゆうとこだよ」
銀時の声に怒りが混じっているように感じて、***の身体にぎゅっと力が入る。顔を見上げたいのに、頭に銀時のアゴが乗っていて、それも叶わない。
「銀ちゃん、お、怒ってる?」
「あー、怒ってんね。お前さぁ、今日銀さんがなんで来たか知りたいっつった?」
「え?うん……」
「俺のこと好きっつってる時点で、お前の男を見る目がねぇのが分かってるから。人の悪意に全然気づかねぇで、いっつもへらへらしてっから。すぐ真っ赤んなって泣きそうな顔すっから。……そーゆうとこ全部、男には美味しい餌にしか見えねぇんだよ。銀さんはお前のお父さんみてぇなもんだから。保護者みてぇなもんだから。だから一緒に来た。さんざん心配かけやがって、田舎の父ちゃんに知れたら、銀さんの立つ瀬がねぇだろうが。………別に街の奴らがどうこう言うのなんてなんとも思っちゃいねーよ。迷惑どころか***に変な虫がつきにくくなっていいくれぇじゃねぇか。くだらないことばっか言ってねぇで、お前も少しは危機感持ちやがれ」
花火の上がる合間に、銀時はまくし立てるように言った。腕のなかの***にとって、それが期待通りじゃないことは分かっていた。きっと悲しむだろう。泣くかもしれない。もしくは「銀ちゃんなんてもう知らない」と見切りをつけるかもしれない。
でもそれならそれで、***にとっては良い事だと、銀時は自分に言い聞かせる。自分は***の保護者みたいな立場が、いちばん相応しい。いつか***が心から惚れるような、立派な相手が現れる時まで、悪い男から守るような役目が。そしてその役目なら、進んで引き受けられる。
ドォォォンッ
再び花火が上がった時に、***の頭がうつむいていて、全然花火を見ていないことに気付く。
「おい、***、花火上がってんぞ、見ろよ」
「……銀ちゃん、ちょっと離してください」
静かな***の声が聞こえて、銀時の胸はさっと冷たくなる。***は身をよじると、銀時の腕を振りほどいた。きっと***は「さよなら」と言って去って行くだろうと、銀時は思う。
―――ああ、でも、これでいいんだ
脱力感のようなものに全身を襲われ立ち尽くす銀時を、振り向いて見上げた***の顔は、今まで見たこともないような表情をしていた。底抜けに悲しそうで、戸惑いを隠せずに、でも何かを強く決意したような瞳をしていた。
「おい、***、お前」
銀時の声と同時に、花火の上がるドォンッという音がして、その振動で身体が震えた。しかしそれは花火の震えではなかった。目の前に立っていたはずの***が、顔を銀時の胸に押し当てて、細い腕を腰に回してぎゅっと抱きついていた。
「なっ……!!お前何してんの!?花火見えねぇだろうが!!」
「いいっ!……花火はもう見たからいい!……もういいんです、どうせ、最初から……銀ちゃんと一緒にいたかっただけなんです。花火も見たかったけど、でもいちばんは銀ちゃんと一緒にいたかっただけだから、だから……もういいんです」
そう言って***はさらにぎゅっと銀時の胸に顔を押し付けた。銀時は腕のなかの小さな肩を両手でつかんで見下ろしたが、隠れた顔の表情までは分からない。
なんだコイツ、悲しんでんの?怒ってんの?どっちだコレ、全然わかんねぇんだけど。
仕方ねぇな、と言いながら、***の頭をなでる。大きな花火が消えて、もうすぐ最後のフィナーレがはじまるかと思っていたところで、急に***が顔を上げた。
てっきり泣いているか怒っているかと思った顔は、予想外に明るい顔をしていた。温かい春のような微笑みを浮かべていた。抱きついた腕はそのままに、***は首を真上にそらして、瞳を輝かせて銀時を見つめる。
「銀ちゃん、一緒に来てくれてありがとう。私きっとまたこうやって、銀ちゃんと一緒にいたいってわがまま言うと思うけど、許してください。……からかわれるの迷惑じゃないって言ってくれて嬉しかったです。今はそれだけで充分で、お父さん代わりでもなんでもいいの……銀ちゃんと一緒にいることが、私は嬉しいから」
あまりの驚きに銀時は口をあんぐりと開けて、***を見つめた。「お前馬鹿か」とか「俺の話ちゃんと聞いてたか」とか、何か言わなければと思うのに、言葉が何も出てこなかった。
ヒュルルルルルル……ドォォォォンッ!!!
フィナーレの一発目の花火が上がった。そのまま大小様々な花火が、夜空を埋め尽くすように連続して打ち上がる。祭りの最後にふさわしく、たくさんの大輪の花が咲いては消え、消えては咲いてを繰り返す。「わぁっ!」と言った***が、腕の中で向きを変えて夜空を見上げる。
「す、すごい!すごいですよ銀ちゃん!!空が、空が爆発して無くなっちゃいそうだよ!!!」
「ぶっ!!無くなんねぇよ、馬鹿か!ガキみてぇなこと言ってんじゃねぇよ!」
花火を見上げていた***の顔が、一瞬だけ歪んで泣きそうな目をする。しかしすぐに元の笑顔に戻って、振り返ると銀時を見上げて口を開いた。
「ガキですよ!ガキだから、銀ちゃん一緒にいて、私のこと、ちゃんと見守っててね」
そう言った***が再び、明るい夜空を見上げた。その顔は弾けるような笑顔で、楽しそうに見開かれた瞳には、色とりどりの花火の光が灯っていた。
「わぁかったよ、ほんとーに世話が焼けるよ***は。銀さんがちゃんと守ってやるっつーの、害虫やら、狼やらから」
わざとらしく大きな声で銀時は答えて、大きな手をぽんと***の頭に乗せる。花火のように弾ける笑顔で、***は「うん!」と大きくうなずいた。
自分の腕の中で花火を見上げて「銀ちゃん、すごいです!」と言っている***の顔を見ていると、一度冷たくなった心がどんどん温かくなる。満たされていく心に、無垢で汚れのない花が一輪、咲いたような気がした。
この弱々しくも綺麗な花を、守りたいと銀時は思う。それが親が子を守るようなものなのか、それとも男としてなのかは、銀時自身にもよく分からなかった。
いつもはからかう側の自分が、***に予想外のことをされて驚いたのが、銀時は今更くやしくなってくる。
無防備に笑っている***の肩に両腕を回して、後ろからぐっと引き寄せる。顔を横に落として、耳元に唇を近づけた。どうせ花火の音で聞こえないかもしれねぇし、と自分に言い訳してから口を開いた。
「***、浴衣似合ってる、すげぇかわいい」
ばっと銀時を見上げた***の顔が、花火の色に染まりながらも真っ赤になっていることが分かる。してやったりとニヤニヤと笑う銀時の顔を見て、***は口をぱくぱくとさせた後で、花火の音よりも大きな声で叫んだ。
「ぎ、銀ちゃんの馬鹿ァ!!!」
(そういうとこ!そういうとこだぞ!!!)
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【第5話 心にだけ咲く花】end