銀ちゃんに恋する女の子
鼻から牛乳(純情)
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【第4話 夜空に咲く花】
日が暮れるにしたがって、花火大会の会場は人が増えていく。神社の入り口は待ち合わせの人々でごった返している。
銀時が来た時に見つけやすいよう、なるべく前の方にいようと思っていたのに、身体の小さな***はどんどん後ろへ追いやられてしまう。気が付くと集団の後ろにいて、前へ戻れなくなっていた。
「どうしよう……銀ちゃんも来ないし」
去年お妙に貰った朝顔の柄の浴衣を着て、いつもより丁寧に化粧をした。普段はおろしている髪を、後ろでアップにして綺麗にセットした。神楽が「恋に効くお守りネ!」とおそろいでくれたかんざしを挿す。かんざしの先の、ちりめんで出来た小さなウサギの飾りがゆらゆらと揺れた。
せっかく銀時と行ける花火大会だからと、少し気合を入れてしまったことが、いまさら恥ずかしい。好きな気持ちを知られたうえでのこの浴衣姿は、いかにも「銀ちゃんのために!」という感じがして滑稽だ。そう思うと銀時に会いたいのに、会うのが怖くて、どんどん人に押されて、神社の奥へと下がって行ってしまった。
「待ち合わせの時間から、45分過ぎちゃったんだけど、どう思います?」
奥まって人のいない神社の社殿の前で、しゃがんだ***が話しかけているのは白い野良猫。人懐っこく寝転んでいる。
「はぁ…やっぱり待ち合わせじゃなくて、引っ張ってでも連れてくればよかったかなぁ」
本当に銀時が一緒に花火大会に行ってくれるか疑わしくて、会場に来る前に万事屋に寄った。しかし玄関先で両手を広げた神楽に止められて、「***ダメヨ!先に行って神社で待ち合わせネ!私と新八で引きずってでもあのバカ連れてくから、おとなしく待ってるヨロシ!」と言われた。
「じゃぁ神楽ちゃんも一緒に先に行って待ってようよ」
「えぇっと、それはできないアル!私もなにかと忙しいネ!***いい子だから先に行っててヨ!」
そして鼻先で戸をぴしゃんと閉められ、締め出されてしまった。
神社の入り口から人が来る気配はない。猫に視線を落として、「はぁ」と小さくため息をついた時だった。
「あの、おひとりですか?」
「え?」
突然、後ろから声をかけられ、***は驚いて振り向く。しゃがんだまま見上げると、そこには***と同世代くらいの青年が立っていた。今風の浴衣を着て、愛想のいい顔で笑いかけてくる。好青年だなと思いながら***は口を開く。
「あ、いいえ、人と待ち合わせをしてて……」
「彼氏さんですか?」
「い、いやッ!その、そういうのではないんですけど……」
その返答を聞くと、青年は嬉しそうににっこりと笑って***の隣に座った。話を聞くと青年は、彼女に約束をすっぽかされてしまったという。不憫に思った***は眉を八の字に下げて、親身になって話を聞いた。
「それは残念だねぇ……」
「お姉さんも待ち合わせの人、ずいぶん待ってますよね?……もし、もう来ないんだったら、俺と一緒に回りませんか?」
「え、私?あ、いや、でもまだ来るかもしれないから、それはちょっと……お誘いは有難いんですけど……」
困った顔をして***は断ったが、青年は笑っただけで引かない。「もう一時間近く待ってるでしょう?多分来ないですよ」と言いながら***の細い腕を取る。
腕を持って立ち上がらせると、青年は穏やかな笑顔を浮かべたまま、神社の奥へと引っ張って行こうとする。思ったよりもつかまれた力が強く、***は慌てて足を踏ん張って抵抗する。
「あああの!ごめんなさい、気持ちはありがたいけど、私、人を待ってるから……はな、離してください」
「ははっお姉さん必死じゃん、でも来ない人を待ってるうちに花火終わっちゃうよ」
「き、来ます、ちゃんと来るから、大丈夫です」
腕を離さない青年と、来る来ないの押し問答をしているうちに、***はだんだんと不安になる。銀ちゃんが来なかったらどうしよう。めんどくせーから行かなかったと、後で言われたらショックすぎる。
想像すると悲しくなって「絶対来るもん」と抵抗する声も小さくなる。腕をつかまれたまま***がうつむいた時、真後ろから聞きなれた声がした。
「あれ?なに***、彼氏できたの?」
はっとした***が振り向くのと、青年が手を離すのは同時だった。振り向くと、ダルそうな目をして自分を見下ろす銀時がいた。
「銀ちゃん!遅いですよぉ!」
「ちげぇって!俺はちゃんと時間通りに行こうとしたのに、ガキ共がギャーギャーうるせぇから遅れちまったの!お前こそなんだよ、***が銀さんと花火行きてぇって言うから来てやったのに、なにナンパされて他の男になびいてんだよ!」
「はっ!?ナ、ナンパじゃないし!なびいてなんかないよ!銀ちゃんのこと待ってたもん!銀ちゃんが全然来ないから、この人が気をつかって声掛けてくれただけだもん!そうですよね!?お兄さん!!」
銀時以外の男になびいたりなんてしない、それを証明しなければと青年の方を振り向いたが、そこには誰もいなかった。
「あれっ!?」
「なにお前、男に逃げられてんのかよ、かわいそうに不憫な子だねぇ~、クラスの班決めでどの班にも入れない地味な子みてぇに不憫だわ、しょーがないから坂田くんの班に入れてやるよ。おら、行くぞ」
「最初っから坂田くんの班だったの!班長の銀ちゃんが来なくて、待たされてただけです、全然不憫じゃないです!」
へーへーと言いながら、銀時が神社の入り口へ向かって歩き出す。その背中を見てはじめて、***は冷静になる。よく見ると銀時はいつもの白い着物ではなく、青い浴衣を着ていた。靴もブーツではなく下駄を履いて、気だるそうな足取りで歩いている。
「銀ちゃん、浴衣だぁ………」
「あ゙ぁ?」
驚いた***の呆けたような声に、銀時が足を止めて振り向く。はじめて見た銀時の浴衣姿に、***の心臓が跳ねた。最近は惚れた弱みか、いつもの渦巻き柄の着物姿を見ただけでも飛び跳ねたくなるほど嬉しい。
しかし今、目の前の銀時の姿が、いつもよりゆったりとしていて、首や胸元がよく見えてドキドキしてしまう。筋張った腕や足首まで色っぽく感じて、ちらちらと見てしまう。***は唇を半開きにして、言葉も出ずに銀時を見つめ続ける。
「なんだよ***、そんなに銀さんの浴衣姿がかっこいいからって見惚れすぎだろー、そんなに見られっとさすがの俺も照れるんですけどぉ」
「だ、だって!浴衣着てくるなんて、聞いてないです!」
「ぶはっ!何お前、浴衣見ただけでそんな赤くなんの!?どんだけ免疫ねぇんだよ!」
にやついた顔で図星を言われ、***はあまりの恥ずかしさにうつむく。
ああ、でも来てくれた、それだけで十分嬉しいのに、まさか浴衣まで着てくれるなんて!まるで銀時も花火を楽しみにしていたように思えて、浮かれてしまう。銀時の言うとおり、自分から誘ったのだから、お礼を言わなければと、熱くなったほほを隠すように両手をあてて、ぱっと顔を上げる。
「銀ちゃん、来てくれてありがとう。一緒に花火見れるのすごく楽しみ……あ、あと、浴衣、すごく似合ってます」
「………っ!お、お前さぁ、何それ!?なんなの!?そーゆーのは男が女に言うもんだろーが!こんなオッサンが浴衣似合うとか、カッコイイとか、イケメンすぎて大金をみつぎたいとか言われても、恥ずかしいだけだっつーの!」
「そんなことは言ってないです。それに私クレープおごるくらいしかお金持ってないからね」
クレープ百個の値段でも銀さんは買えねぇぞ、と神楽のようなことを言うので、***は思わず吹き出す。けらけらと笑いながら、花火がはじまる前に屋台を楽しもうと歩きはじめる。
「あれ?神楽ちゃんと新八くんは?」
「……知らねぇ、屋台見た途端、神楽が目の色変えてどっか行っちまった。ま、あいつらはあいつらでどっかで楽しんでんだろ」
「え、神楽ちゃんにクレープ買ってあげるって約束したのに。銀ちゃん見つけたら教えてくださいね」
銀時に先立って歩きながら、屋台の並ぶ通りへと足を踏み入れた。
約束通り、練乳のかかったイチゴのかき氷と綿あめを***がおごった。支払いを済ませて「綿あめ私もひとくち食べたいです」と言いながら振り向くと、ふわふわだった綿あめは、既に割り箸の棒きれだけになっていた。
「え!?もう食べたの!?一口で!?信じられない、私が買ったんだから、ちょっと位くれてもいいじゃないですか!!」
「はぁ?買ってやるっつったのお前だろ。食っちまったもんは諦めろよ。ほら、かき氷ならまだあっから食えや」
そう言った銀時が食べかけのかき氷をスプーンですくうと、***の方へ差し出す。赤いシロップのかかった氷に白い練乳が混ざっていて、とても美味しそう。吸い寄せられるように氷を見つめて、何も考えずに唇を薄く開くと、するりとスプーンが入ってきた。
「んッ……ぁ、甘っ!これどんだけ練乳かけたんですか!?」
「チューブ1本分くれぇかな、もっとかけろっつったけど店の親父が、もう在庫が無いからやめてくれって……っつーかさぁ、***ちゃん気付いてる?大好きな銀さんとの記念すべき初間接キスだよ?喜んだほうがよくね?」
「………っ!~~~~!か、間接キスなんて、大したことじゃないです!おと、大人なので、そんなの全然嬉しくないです!」
そう言いながらもぱっと銀時から顔をそむけて、口元を両手で覆う。あまりの恥ずかしさに涙が出そうになる。でもここで泣いたりしたら、また銀時に子ども扱いされてしまう。それだけは避けたい。ぐっと唇を噛んで涙をこらえたら、練乳の味が口に広がって、さらに羞恥心が込み上げてきた。
「どうよ、甘い練乳味の初間接キス?」
「~~~~っ!もぉ、やめてよぉ!」
***が小さく悲鳴をもらす。口元を押さえてひとりで顔を赤くしたり青くしたりしている姿をおもしろがって、銀時はげらげらと笑った。「見てて飽きねぇよオメーは」と笑いながら、あっという間にかき氷を食べ尽くした。
屋台をひやかしながら、人の波の流れに乗る。前を歩く銀時とはぐれないよう気を付けながらも、きょろきょろ周りを見回す。ふと射的の屋台が目に飛び込んできて、***は去年の夏祭りを思い出す。
去年も銀時に夏祭りに連れて行ってもらった。怖い思いをして泣いた***の手を引いて、慰めてくれた。あの時すがるようににぎった大きな手は、強い力でにぎり返してくれた。でもいま前を歩いている銀時の手をつかんだとして、同じようににぎり返してくれるかは分からない。なぜなら***は一度、銀時にフラれているから。この気持ちを知ってる銀時に、つかんだ手をもし拒まれたら、「お前とは付き合う気はない」と宣言されているようで、きっと泣いてしまう。
もどかしい、と***は思う。告白したことを後悔しそうになる。好きなんて言わずに、銀時と仲のいい友達のままだったら、今でも何気なく手を繋ぐくらいはできたかもしれない。
大人の女じゃないと自分の相手は務まらないと銀時は言った。それなら大人になろうと努力しているのに、銀時の前でどう振る舞えばいいのかすら分からない。
さっきの間接キスだって、恥ずかしさと嬉しさと切ない気持ちが相まってすぐにでも泣き出しそうだった。
でも―――、と***は銀時の背中を見つめて思う。
―――でも、本当に銀ちゃんの心を手に入れたいのなら、簡単に泣いたりしちゃ駄目だ
間接キスは飛び上がりそうな程ときめいたけど、それで満足とは***は思えない。だって本当に欲しいのは、銀時そのものだから。あの手に触れたい、あの瞳を見つめたい、あの身体を抱きしめたい。いちばん近くにいられる権利を手に入れたい。
可能性は低いけれど、ゼロではない。だから***はもう、銀時の前では泣かないと決めた。大人の女らしい振る舞いとして、そう簡単には涙は見せないという位しか、***には思い浮かばないから。
ドンッ――――
「あだっ!ちょっと銀ちゃん、急に立ち止まらないでくださいよ」
突然銀時が立ち止まったので、顔面からその背中にぶつかってしまう。鼻にじんとした痛みが走る。立ち止まった銀時が***の方を振り返る。
「おい、***、そっちに引き返せ」
「え、なんで?クレープ屋さんそっちですよ?」
「いいから!早くしろ!花火はじまっちまうだろーが」
そう言った銀時が***の両肩をつかむと、くるりと回して方向を変える。えっえっと困惑しながら、背中を押されるがまま通りを逆走していく。
花火がよく見える広場も、既にたくさんの人で溢れていた。小さな***でもここなら花火が見えるという位置を見つけて、銀時と並んで場所を取る。少しでも動くと隣とぶつかってしまいそうで、***は肩をすくめる。
「ちょっと失礼」と言った人が、***の横を通ったので、身体をよじって避けた瞬間、***の手の甲が、銀時の手にぱちっと当たった。
「ご、ごめん……」
ぱっと手を戻して胸の前でにぎる。銀時がこちらを見ているのが分かったけれど、意識してしまってうつむくしかできない。気まずさを誤魔化すために、何か話をしなくちゃと、口を開こうとした瞬間だった。
ドォォォンッ!!!!!!
街中を覆うような爆音と共に、夜空いっぱいに打ち上げ花火が上がった。一瞬で空を明るくした大輪の花は、パラパラという音を立てて消えていく。それが消え去る前に、もう次の花を咲かせるための、細い光の柱が天高く昇っていた。
ヒュルルルルルル……ドォンッッッ!!!!!
「わぁぁぁっ!……ぎ、銀ちゃん!すごい、すごいすごいすごい!!花火だぁ!これが花火ですよね!?」
はじめて見た美しい花火に、***は我を忘れて感激し、隣の銀時の腕をぱちぱちと叩く。
「イテイテ、痛ぇよ!見りゃわかんだろーが、あれが花火だよ」
呆れたような銀時の返答が横から聞こえるが、***の目は次々夜空に生まれる花火に夢中で離れない。
ドンッ、という音がするたびに心臓にまでその震えが伝わってくる。両手で胸を押さえていないと心臓が飛び出してしまいそうだ。なんて綺麗なんだろう、と***は思う。
真っ暗な空に、世界の果てまで照らすような明るさで一瞬だけ花が咲く。どこまで明るく照らしたのかと目をこらしている間に、もうその花は消えている。なんて美しくて、なんてはかないのだろう。
「きれい………」
小さくつぶやいた***の頭に、急にぽんと温かいぬくもりが乗る。ぱっと横を見ると銀時がこちら見て、大きな手を***の頭に乗せていた。
「念願の花火、一発目から見逃さねぇでよかったな」
「……うん、うん!よかった、銀ちゃん、連れてきてくれてありがとう!」
そう言った***を見つめる銀時の赤い瞳が、花火の明かりでちかちかと光った。花火の色に銀時の顔が染まって、青や赤へと色が変わっていくのを見つめているうちに、銀時と一緒にいることの喜びが、***の胸にばぁっと広がった。
ドォォォンッ!!!!!
爆音と共ににひときわ大きな花火が上がったのを見て、***は胸を押さえていた手を、祈るように組んだ。目をぎゅっと閉じると、心のなかで自然と言葉が溢れだす。
―――どうか神様、どうか私のこの思いを、銀ちゃんに届けてください。銀ちゃんの心をつかむチャンスを、どうか私にください。その為にならどんなことでもします。どんなに苦しいことがあっても泣いたりしないから、どうか神様…………
第一陣の花火が終わり、小休止に入った時に、***が祈るような恰好で目をつむっていることに、銀時は気付いた。
「は?お前何やってんの?花火見ろよ花火」
「わっ……あれ?もう終わっちゃった?」
「いや、まだだけども……何?お前花火を神様かなんかだと思ってんの?願い事したら叶うとか思ってんの?」
「そういう訳じゃないけど……あまりにも綺麗で、願いごとしたら叶う気がしたから」
「なに?銀さんと来年も花火来れますようにとか願っちゃってる感じ?青いねぇ***ちゃん、赤子のケツのように青いよ」
「ち、ちがっ!ちが、くはないけど……でも……」
反論もできずに***は考え込む。もちろん来年も銀時と花火に来たいとは思う。でもそれよりも今、銀時に確かめたいことがあった。答えが怖くて聞けないと思っていたけど、今なら聞けるかもしれない。花火の上がっていない、暗闇の中でなら。
肩が当たるほど近くで、真横を向いて顔を上げると、銀時はまだおもしろがってにやけた顔のまま、***を見下ろしていた。
「ねぇ、銀ちゃん」
「なんだよ、来年はクレープ百個でどうだってか?」
小さな頭をふるふると横に振ると、***は真剣な目で銀時を見つめて、口を開いた。
「来年の話じゃなくて……その、私のせいで銀ちゃん、街の人にからかわれちゃって、迷惑かけてごめんね。でも、その……私は銀ちゃんのことが、す、好き、だから一緒に花火見に行きたいって言ったけど……銀ちゃんは?銀ちゃんはどうして、一緒に来てくれたの?……さんざんからかわれて、一緒になんてきっと嫌がると思ってたから、私、今日来てくれたのが、ずっと不思議で……」
―――どうして、銀ちゃんは私と一緒に来てくれたの?
もう一度問いかけて、暗闇の中じっと目を凝らす。銀時がはっとしたように目を見開いてこちらを見ている。
答えを聞くのがすごく怖い。祈るように組んでいた手を開いて、自分の胸に押し当てると、花火の震えが残っているかのように、心臓がドンッドンッと手のひらを叩いていた。
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【第4話 夜空に咲く花】end
日が暮れるにしたがって、花火大会の会場は人が増えていく。神社の入り口は待ち合わせの人々でごった返している。
銀時が来た時に見つけやすいよう、なるべく前の方にいようと思っていたのに、身体の小さな***はどんどん後ろへ追いやられてしまう。気が付くと集団の後ろにいて、前へ戻れなくなっていた。
「どうしよう……銀ちゃんも来ないし」
去年お妙に貰った朝顔の柄の浴衣を着て、いつもより丁寧に化粧をした。普段はおろしている髪を、後ろでアップにして綺麗にセットした。神楽が「恋に効くお守りネ!」とおそろいでくれたかんざしを挿す。かんざしの先の、ちりめんで出来た小さなウサギの飾りがゆらゆらと揺れた。
せっかく銀時と行ける花火大会だからと、少し気合を入れてしまったことが、いまさら恥ずかしい。好きな気持ちを知られたうえでのこの浴衣姿は、いかにも「銀ちゃんのために!」という感じがして滑稽だ。そう思うと銀時に会いたいのに、会うのが怖くて、どんどん人に押されて、神社の奥へと下がって行ってしまった。
「待ち合わせの時間から、45分過ぎちゃったんだけど、どう思います?」
奥まって人のいない神社の社殿の前で、しゃがんだ***が話しかけているのは白い野良猫。人懐っこく寝転んでいる。
「はぁ…やっぱり待ち合わせじゃなくて、引っ張ってでも連れてくればよかったかなぁ」
本当に銀時が一緒に花火大会に行ってくれるか疑わしくて、会場に来る前に万事屋に寄った。しかし玄関先で両手を広げた神楽に止められて、「***ダメヨ!先に行って神社で待ち合わせネ!私と新八で引きずってでもあのバカ連れてくから、おとなしく待ってるヨロシ!」と言われた。
「じゃぁ神楽ちゃんも一緒に先に行って待ってようよ」
「えぇっと、それはできないアル!私もなにかと忙しいネ!***いい子だから先に行っててヨ!」
そして鼻先で戸をぴしゃんと閉められ、締め出されてしまった。
神社の入り口から人が来る気配はない。猫に視線を落として、「はぁ」と小さくため息をついた時だった。
「あの、おひとりですか?」
「え?」
突然、後ろから声をかけられ、***は驚いて振り向く。しゃがんだまま見上げると、そこには***と同世代くらいの青年が立っていた。今風の浴衣を着て、愛想のいい顔で笑いかけてくる。好青年だなと思いながら***は口を開く。
「あ、いいえ、人と待ち合わせをしてて……」
「彼氏さんですか?」
「い、いやッ!その、そういうのではないんですけど……」
その返答を聞くと、青年は嬉しそうににっこりと笑って***の隣に座った。話を聞くと青年は、彼女に約束をすっぽかされてしまったという。不憫に思った***は眉を八の字に下げて、親身になって話を聞いた。
「それは残念だねぇ……」
「お姉さんも待ち合わせの人、ずいぶん待ってますよね?……もし、もう来ないんだったら、俺と一緒に回りませんか?」
「え、私?あ、いや、でもまだ来るかもしれないから、それはちょっと……お誘いは有難いんですけど……」
困った顔をして***は断ったが、青年は笑っただけで引かない。「もう一時間近く待ってるでしょう?多分来ないですよ」と言いながら***の細い腕を取る。
腕を持って立ち上がらせると、青年は穏やかな笑顔を浮かべたまま、神社の奥へと引っ張って行こうとする。思ったよりもつかまれた力が強く、***は慌てて足を踏ん張って抵抗する。
「あああの!ごめんなさい、気持ちはありがたいけど、私、人を待ってるから……はな、離してください」
「ははっお姉さん必死じゃん、でも来ない人を待ってるうちに花火終わっちゃうよ」
「き、来ます、ちゃんと来るから、大丈夫です」
腕を離さない青年と、来る来ないの押し問答をしているうちに、***はだんだんと不安になる。銀ちゃんが来なかったらどうしよう。めんどくせーから行かなかったと、後で言われたらショックすぎる。
想像すると悲しくなって「絶対来るもん」と抵抗する声も小さくなる。腕をつかまれたまま***がうつむいた時、真後ろから聞きなれた声がした。
「あれ?なに***、彼氏できたの?」
はっとした***が振り向くのと、青年が手を離すのは同時だった。振り向くと、ダルそうな目をして自分を見下ろす銀時がいた。
「銀ちゃん!遅いですよぉ!」
「ちげぇって!俺はちゃんと時間通りに行こうとしたのに、ガキ共がギャーギャーうるせぇから遅れちまったの!お前こそなんだよ、***が銀さんと花火行きてぇって言うから来てやったのに、なにナンパされて他の男になびいてんだよ!」
「はっ!?ナ、ナンパじゃないし!なびいてなんかないよ!銀ちゃんのこと待ってたもん!銀ちゃんが全然来ないから、この人が気をつかって声掛けてくれただけだもん!そうですよね!?お兄さん!!」
銀時以外の男になびいたりなんてしない、それを証明しなければと青年の方を振り向いたが、そこには誰もいなかった。
「あれっ!?」
「なにお前、男に逃げられてんのかよ、かわいそうに不憫な子だねぇ~、クラスの班決めでどの班にも入れない地味な子みてぇに不憫だわ、しょーがないから坂田くんの班に入れてやるよ。おら、行くぞ」
「最初っから坂田くんの班だったの!班長の銀ちゃんが来なくて、待たされてただけです、全然不憫じゃないです!」
へーへーと言いながら、銀時が神社の入り口へ向かって歩き出す。その背中を見てはじめて、***は冷静になる。よく見ると銀時はいつもの白い着物ではなく、青い浴衣を着ていた。靴もブーツではなく下駄を履いて、気だるそうな足取りで歩いている。
「銀ちゃん、浴衣だぁ………」
「あ゙ぁ?」
驚いた***の呆けたような声に、銀時が足を止めて振り向く。はじめて見た銀時の浴衣姿に、***の心臓が跳ねた。最近は惚れた弱みか、いつもの渦巻き柄の着物姿を見ただけでも飛び跳ねたくなるほど嬉しい。
しかし今、目の前の銀時の姿が、いつもよりゆったりとしていて、首や胸元がよく見えてドキドキしてしまう。筋張った腕や足首まで色っぽく感じて、ちらちらと見てしまう。***は唇を半開きにして、言葉も出ずに銀時を見つめ続ける。
「なんだよ***、そんなに銀さんの浴衣姿がかっこいいからって見惚れすぎだろー、そんなに見られっとさすがの俺も照れるんですけどぉ」
「だ、だって!浴衣着てくるなんて、聞いてないです!」
「ぶはっ!何お前、浴衣見ただけでそんな赤くなんの!?どんだけ免疫ねぇんだよ!」
にやついた顔で図星を言われ、***はあまりの恥ずかしさにうつむく。
ああ、でも来てくれた、それだけで十分嬉しいのに、まさか浴衣まで着てくれるなんて!まるで銀時も花火を楽しみにしていたように思えて、浮かれてしまう。銀時の言うとおり、自分から誘ったのだから、お礼を言わなければと、熱くなったほほを隠すように両手をあてて、ぱっと顔を上げる。
「銀ちゃん、来てくれてありがとう。一緒に花火見れるのすごく楽しみ……あ、あと、浴衣、すごく似合ってます」
「………っ!お、お前さぁ、何それ!?なんなの!?そーゆーのは男が女に言うもんだろーが!こんなオッサンが浴衣似合うとか、カッコイイとか、イケメンすぎて大金をみつぎたいとか言われても、恥ずかしいだけだっつーの!」
「そんなことは言ってないです。それに私クレープおごるくらいしかお金持ってないからね」
クレープ百個の値段でも銀さんは買えねぇぞ、と神楽のようなことを言うので、***は思わず吹き出す。けらけらと笑いながら、花火がはじまる前に屋台を楽しもうと歩きはじめる。
「あれ?神楽ちゃんと新八くんは?」
「……知らねぇ、屋台見た途端、神楽が目の色変えてどっか行っちまった。ま、あいつらはあいつらでどっかで楽しんでんだろ」
「え、神楽ちゃんにクレープ買ってあげるって約束したのに。銀ちゃん見つけたら教えてくださいね」
銀時に先立って歩きながら、屋台の並ぶ通りへと足を踏み入れた。
約束通り、練乳のかかったイチゴのかき氷と綿あめを***がおごった。支払いを済ませて「綿あめ私もひとくち食べたいです」と言いながら振り向くと、ふわふわだった綿あめは、既に割り箸の棒きれだけになっていた。
「え!?もう食べたの!?一口で!?信じられない、私が買ったんだから、ちょっと位くれてもいいじゃないですか!!」
「はぁ?買ってやるっつったのお前だろ。食っちまったもんは諦めろよ。ほら、かき氷ならまだあっから食えや」
そう言った銀時が食べかけのかき氷をスプーンですくうと、***の方へ差し出す。赤いシロップのかかった氷に白い練乳が混ざっていて、とても美味しそう。吸い寄せられるように氷を見つめて、何も考えずに唇を薄く開くと、するりとスプーンが入ってきた。
「んッ……ぁ、甘っ!これどんだけ練乳かけたんですか!?」
「チューブ1本分くれぇかな、もっとかけろっつったけど店の親父が、もう在庫が無いからやめてくれって……っつーかさぁ、***ちゃん気付いてる?大好きな銀さんとの記念すべき初間接キスだよ?喜んだほうがよくね?」
「………っ!~~~~!か、間接キスなんて、大したことじゃないです!おと、大人なので、そんなの全然嬉しくないです!」
そう言いながらもぱっと銀時から顔をそむけて、口元を両手で覆う。あまりの恥ずかしさに涙が出そうになる。でもここで泣いたりしたら、また銀時に子ども扱いされてしまう。それだけは避けたい。ぐっと唇を噛んで涙をこらえたら、練乳の味が口に広がって、さらに羞恥心が込み上げてきた。
「どうよ、甘い練乳味の初間接キス?」
「~~~~っ!もぉ、やめてよぉ!」
***が小さく悲鳴をもらす。口元を押さえてひとりで顔を赤くしたり青くしたりしている姿をおもしろがって、銀時はげらげらと笑った。「見てて飽きねぇよオメーは」と笑いながら、あっという間にかき氷を食べ尽くした。
屋台をひやかしながら、人の波の流れに乗る。前を歩く銀時とはぐれないよう気を付けながらも、きょろきょろ周りを見回す。ふと射的の屋台が目に飛び込んできて、***は去年の夏祭りを思い出す。
去年も銀時に夏祭りに連れて行ってもらった。怖い思いをして泣いた***の手を引いて、慰めてくれた。あの時すがるようににぎった大きな手は、強い力でにぎり返してくれた。でもいま前を歩いている銀時の手をつかんだとして、同じようににぎり返してくれるかは分からない。なぜなら***は一度、銀時にフラれているから。この気持ちを知ってる銀時に、つかんだ手をもし拒まれたら、「お前とは付き合う気はない」と宣言されているようで、きっと泣いてしまう。
もどかしい、と***は思う。告白したことを後悔しそうになる。好きなんて言わずに、銀時と仲のいい友達のままだったら、今でも何気なく手を繋ぐくらいはできたかもしれない。
大人の女じゃないと自分の相手は務まらないと銀時は言った。それなら大人になろうと努力しているのに、銀時の前でどう振る舞えばいいのかすら分からない。
さっきの間接キスだって、恥ずかしさと嬉しさと切ない気持ちが相まってすぐにでも泣き出しそうだった。
でも―――、と***は銀時の背中を見つめて思う。
―――でも、本当に銀ちゃんの心を手に入れたいのなら、簡単に泣いたりしちゃ駄目だ
間接キスは飛び上がりそうな程ときめいたけど、それで満足とは***は思えない。だって本当に欲しいのは、銀時そのものだから。あの手に触れたい、あの瞳を見つめたい、あの身体を抱きしめたい。いちばん近くにいられる権利を手に入れたい。
可能性は低いけれど、ゼロではない。だから***はもう、銀時の前では泣かないと決めた。大人の女らしい振る舞いとして、そう簡単には涙は見せないという位しか、***には思い浮かばないから。
ドンッ――――
「あだっ!ちょっと銀ちゃん、急に立ち止まらないでくださいよ」
突然銀時が立ち止まったので、顔面からその背中にぶつかってしまう。鼻にじんとした痛みが走る。立ち止まった銀時が***の方を振り返る。
「おい、***、そっちに引き返せ」
「え、なんで?クレープ屋さんそっちですよ?」
「いいから!早くしろ!花火はじまっちまうだろーが」
そう言った銀時が***の両肩をつかむと、くるりと回して方向を変える。えっえっと困惑しながら、背中を押されるがまま通りを逆走していく。
花火がよく見える広場も、既にたくさんの人で溢れていた。小さな***でもここなら花火が見えるという位置を見つけて、銀時と並んで場所を取る。少しでも動くと隣とぶつかってしまいそうで、***は肩をすくめる。
「ちょっと失礼」と言った人が、***の横を通ったので、身体をよじって避けた瞬間、***の手の甲が、銀時の手にぱちっと当たった。
「ご、ごめん……」
ぱっと手を戻して胸の前でにぎる。銀時がこちらを見ているのが分かったけれど、意識してしまってうつむくしかできない。気まずさを誤魔化すために、何か話をしなくちゃと、口を開こうとした瞬間だった。
ドォォォンッ!!!!!!
街中を覆うような爆音と共に、夜空いっぱいに打ち上げ花火が上がった。一瞬で空を明るくした大輪の花は、パラパラという音を立てて消えていく。それが消え去る前に、もう次の花を咲かせるための、細い光の柱が天高く昇っていた。
ヒュルルルルルル……ドォンッッッ!!!!!
「わぁぁぁっ!……ぎ、銀ちゃん!すごい、すごいすごいすごい!!花火だぁ!これが花火ですよね!?」
はじめて見た美しい花火に、***は我を忘れて感激し、隣の銀時の腕をぱちぱちと叩く。
「イテイテ、痛ぇよ!見りゃわかんだろーが、あれが花火だよ」
呆れたような銀時の返答が横から聞こえるが、***の目は次々夜空に生まれる花火に夢中で離れない。
ドンッ、という音がするたびに心臓にまでその震えが伝わってくる。両手で胸を押さえていないと心臓が飛び出してしまいそうだ。なんて綺麗なんだろう、と***は思う。
真っ暗な空に、世界の果てまで照らすような明るさで一瞬だけ花が咲く。どこまで明るく照らしたのかと目をこらしている間に、もうその花は消えている。なんて美しくて、なんてはかないのだろう。
「きれい………」
小さくつぶやいた***の頭に、急にぽんと温かいぬくもりが乗る。ぱっと横を見ると銀時がこちら見て、大きな手を***の頭に乗せていた。
「念願の花火、一発目から見逃さねぇでよかったな」
「……うん、うん!よかった、銀ちゃん、連れてきてくれてありがとう!」
そう言った***を見つめる銀時の赤い瞳が、花火の明かりでちかちかと光った。花火の色に銀時の顔が染まって、青や赤へと色が変わっていくのを見つめているうちに、銀時と一緒にいることの喜びが、***の胸にばぁっと広がった。
ドォォォンッ!!!!!
爆音と共ににひときわ大きな花火が上がったのを見て、***は胸を押さえていた手を、祈るように組んだ。目をぎゅっと閉じると、心のなかで自然と言葉が溢れだす。
―――どうか神様、どうか私のこの思いを、銀ちゃんに届けてください。銀ちゃんの心をつかむチャンスを、どうか私にください。その為にならどんなことでもします。どんなに苦しいことがあっても泣いたりしないから、どうか神様…………
第一陣の花火が終わり、小休止に入った時に、***が祈るような恰好で目をつむっていることに、銀時は気付いた。
「は?お前何やってんの?花火見ろよ花火」
「わっ……あれ?もう終わっちゃった?」
「いや、まだだけども……何?お前花火を神様かなんかだと思ってんの?願い事したら叶うとか思ってんの?」
「そういう訳じゃないけど……あまりにも綺麗で、願いごとしたら叶う気がしたから」
「なに?銀さんと来年も花火来れますようにとか願っちゃってる感じ?青いねぇ***ちゃん、赤子のケツのように青いよ」
「ち、ちがっ!ちが、くはないけど……でも……」
反論もできずに***は考え込む。もちろん来年も銀時と花火に来たいとは思う。でもそれよりも今、銀時に確かめたいことがあった。答えが怖くて聞けないと思っていたけど、今なら聞けるかもしれない。花火の上がっていない、暗闇の中でなら。
肩が当たるほど近くで、真横を向いて顔を上げると、銀時はまだおもしろがってにやけた顔のまま、***を見下ろしていた。
「ねぇ、銀ちゃん」
「なんだよ、来年はクレープ百個でどうだってか?」
小さな頭をふるふると横に振ると、***は真剣な目で銀時を見つめて、口を開いた。
「来年の話じゃなくて……その、私のせいで銀ちゃん、街の人にからかわれちゃって、迷惑かけてごめんね。でも、その……私は銀ちゃんのことが、す、好き、だから一緒に花火見に行きたいって言ったけど……銀ちゃんは?銀ちゃんはどうして、一緒に来てくれたの?……さんざんからかわれて、一緒になんてきっと嫌がると思ってたから、私、今日来てくれたのが、ずっと不思議で……」
―――どうして、銀ちゃんは私と一緒に来てくれたの?
もう一度問いかけて、暗闇の中じっと目を凝らす。銀時がはっとしたように目を見開いてこちらを見ている。
答えを聞くのがすごく怖い。祈るように組んでいた手を開いて、自分の胸に押し当てると、花火の震えが残っているかのように、心臓がドンッドンッと手のひらを叩いていた。
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【第4話 夜空に咲く花】end