銀ちゃんに恋する女の子
鼻から牛乳(純情)
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【第36話 鼻から純情】
台風の過ぎ去った晴天の日曜日、朝8時半。かぶき町のあらゆる所で、あらゆる人々が動きはじめていた。
「む、エリザベス、どうした。蕎麦を食わんのか」
『桂さん、真選組が!!』
「なにっ!?」
屋台で、立ち食い蕎麦を食べていた桂とエリザベスが、見廻り中の真選組に見つかった。自慢の逃げ足で通りを走り、壁から塀へ、塀から屋根へと移動する。風に長髪をなびかせながら桂は一瞬、ここからいちばん近い隠れ家はどこだ、と考えた。
「エリザベスッ!一旦、銀時のところに潜伏するぞ!」
同じ頃、真選組の屯所から、一台のパトカーがかぶき町に向けて走り出した。
「こんな朝っぱらから出動なんてやってられねぇや、死ねよ土方ァ」
「総悟、死ぬのは俺じゃなく桂だ。さっき見廻りの隊士から、目撃情報が入った。さっさとバズーカの用意しとけ。やたらめったらぶっ放して街を破壊したら承知しねぇぞ」
「土方さんこそ、さっさとマヨネーズの用意しときなせぇ。やたらめったらぶっかけて犬の餌にしたら承知しねぇぞぉ」
チッと舌打ちをした土方がハンドルを切った。この通りをまっすぐ行けば、桂の逃亡した通りへ出る。
同じ頃、新八は万事屋へ出勤するために、家を出ようとしていた。珍しくお妙がもう起きていて、今日は用があるから一緒に行くという。
「姉上、銀さんに用があるんですか?」
「ううん、違うのよ新ちゃん。きっと今日も***さんが来るでしょう?牛乳の集金、いつも来させちゃって悪いから、今日は届けようと思って。ホラこれ、お礼の卵焼きも焼いたのよ」
「あ、ああ……それはいいですね姉上」
重箱のなかの真っ黒いダークマターを見て、新八は顔をひきつらせる。きっと***さん喜びますよ、と心にも無いことを言うと、ふたりそろって玄関を出て歩き始めた。
万事屋の通りを挟んだ真向かいに立つ集合住宅。その二階で山崎は張り込みをしていた。数ヶ月前の攘夷浪士の大量検挙、その時の銀時の疑念がまだ晴れず、監視任務の為のあんぱん生活をはじめて既に一カ月。数日前から人々の顔があんぱんに見えていた。
しかし今朝、突然耳に入った声で、一瞬だけ山崎は正気を取り戻した。数あるあんぱんの中でただひとり、ある女の顔だけはハッキリと見えた。それは、あんぱんの顔をした男と手を繋ぐ***だった。
「銀ちゃん早く歩いて!神楽ちゃん起きちゃいます!」
「えぇ~!あんなガキどうでもいーじゃねぇかよ***~!もぉちょっと銀さんとイチャイチャしてこうってぇ。神楽がいたらなんもできねぇじゃん」
「何言ってるんですか!何もできないんじゃなくて、何もしないんですよ!もぉ~!早くぅ~!」
真っ赤な顔の***が、あんぱんの顔をした男の手をぐいぐいと引っ張って万事屋への階段を昇って行く。
「***ちゃん………、あ、あんぱん切れてら。買いに行くかぁ」
階段をのぼる二人分の足音。ダルそうな銀時の声と、鈴が鳴るような明るい***の声。朝から騒がしいが、階下のスナックで朝刊を読んでいたお登勢は、その音と声を聞いてふっと笑った。
「やっぱりねぇ……だから言っただろ銀時ィ」
顔を見なくても声だけで、***が弾けるように笑っていることが分かる。足音だけで銀時が、心なし嬉しそうにしていることが、お登勢には分かる。
「その子はアンタにはもったいない位いい女さ……せいぜい大事にすんだねぇ」
新聞をめくりながらお登勢はそうつぶやいて、嬉しそうに笑った。
ふたりが万事屋へ入り、戸が閉まった直後、スナックの横の路地でゴミ捨て場に積まれたゴミがごそごそと動いた。ゴミにまみれて、サングラスの男が倒れている。
「銀さぁ~~ん、***ちゃぁ~~ん、俺は……俺はどーしたらよかったんだよぉぉぉ、俺みてぇなマダオには***ちゃんを守ることもできねぇってのかよぉぉぉ」
ちきしょうと叫んだ長谷川は、持っていたワンカップ酒の瓶をあおった。しかし瓶は空で、酒は一滴も無かった。起き上がる気力もなく、路地裏を這いつくばる。
「ちきしょぉ、***ちゃん、ふがいないオジサンのせいであんなに泣かせて悪かったよぉ。殺せ、殺せよ!俺を殺してくれよぉぉぉ!それで傷が癒えるんなら、このマダオは何度だって死んでやるよぉぉぉ!!!」
しゃがれた泣き声が路地に響いた。
渋る銀時を引きずりながら、なんとか***は万事屋に帰ってきた。忍び足で入った部屋には、まだ神楽が起きている気配はない。
「よかった……神楽ちゃん、まだ起きてないみたい」
「だから言っただろ。アイツはこんな朝早くから起きねぇよ。まだおねむの時間だって。二度寝の時間だってぇ。はぁ~***って本当に強情だよね。もうちょっと銀さんの言うことに聞く耳持てって。っつーことで、ホラ、こっちこいよ」
居間へと進もうとした***の手を、銀時が後ろからつかむ。そのまま台所へ引きずり込まれて、冷蔵庫の前でぎゅっと抱きしめられた。背中を冷蔵庫のドアに押しつけられて、銀時が腕にぎゅうぎゅうと力を入れるから、硬い胸に押しつけられた顔がどんどん赤くなってしまう。
「あっ、あの、銀ちゃん!やっ、ちょっと!神楽ちゃん起きてくるかもしれないし!離してくださいっ!!」
「駄目でぇ~す。離しませぇ~ん。さっきも言ったけど***はもう銀さんのモンだからね?神楽がいようが、新八がいようが、したいことすんのが俺だから。それともなに***、お前、俺と付き合ってることが人に知れたらマズイわけ?誤解されちゃマズイ男でもいるわけ?そーゆーの銀さん許さないよ?縛るよマジで?」
「そっ、そんなこと言ってないです!私はずっと銀ちゃんの彼女になりたいって思ってたんだから、人に知られてマズイことなんてひとつも無いよっ!でもっ、は、恥ずかしいから、あんまり大きな声で言わないでって言ってるだけです!こーゆーことは親しい人にだけ、こっそり教えればいいのに、銀ちゃん大きな声で言うんだもん」
腕の中でますます真っ赤に染まる***を見下ろして、銀時はふっと笑った。さらに抱き寄せる腕に力を入れて、そっと***の後頭部を持って上を向かせると、潤んだ瞳がじっと銀時を見上げた。
「お前さぁ……その顔やめろよ」
「だ、だって、銀ちゃんが恥ずかしいことばっかりするから赤くなっちゃ、」
「ちげぇよ、赤ぇのもそーだけど……」
身体をくっつけたまま、銀時が***の頭をうんと上に持ち上げる。のけ反った首が痛いと思っているうちに、顔が近づいてきていて、唇を乱暴に押しつけるようなキスをされた。
「んぅっ!!」
恥ずかしさと驚きに悶えながら、***は銀時の肩を手でぱしぱしと叩いた。しかし押しつけられた唇は一向に離れない。ぎゅっと強くしたり、ふにっと弱くなったり、強弱つけて何度も何度も繰り返される。
「……ッぅ~~~~!」
唇が熱くなって息苦しさを覚えた頃に、ふっと触れる力が弱まった。しかし安心したのも束の間で、離れる直前に銀時の唇が薄く開かれ、ぎゅっと閉じられた***の上唇と下唇を、あむっと一瞬だけ挟むように噛んでから、離れていった。
「っ……!な、なにを、いっ、今の、なにっ!」
「ぶはっ!何ってキスだろ。お前、すっげぇ顔。それ、その顔やめろって。赤いだけじゃねぇんだよ***。目ぇうるうるさせて、「銀ちゃんキスしてぇ~」ってねだるような顔すんなって」
「ししししてない!そんな顔してない!……よ、万事屋でこーゆーことするのは、本当に駄目です!神楽ちゃんの教育上よろしくないし、社長としての銀ちゃんの威厳とか、そーゆーことにも悪い影響が、」
「***、それは心配しなくても大丈夫ネ。社長としての銀ちゃんの威厳なんて、元々鼻くそほどもないアル」
「っ!!!!!」
突然、銀時の背後から聞こえた声に、顔を真っ青にした***が全力で両手をつきだした。「うおっ」と言ってよろけた銀時が後ろに倒れたところに、寝癖の爆発した神楽が馬乗りになって、ボコボコに殴りはじめた。
「こんのセクハラエロ天パァァ!!!毎晩毎晩酒飲みに行って、朝帰りしたと思ったら、お前は***に何してるネェェェ!!!」
「イダダダダダダッ!オイやめろって神楽ァァァ!死ぬっ、死ぬってぇ!せっかく***が俺と付き合えたのに、付き合った記念日が銀さんの命日になるってェェェ!!!」
「えっ……!?銀ちゃん、今なんて言ったアルか?」
殴る手を止めた神楽が、目をぱちぱちとさせて銀時と***を交互に見た。あまりの恥ずかしさに、***は両手で顔を覆って立ち尽くしていた。
「だぁ~から、よく聞けよ神楽。俺と***は付き合ってんの。そーゆーことになったの」
「へ?ほ、ほんとアルか!?***!!ねぇ本当!?本当に銀ちゃんと付き合うことになったアルか!?***、銀ちゃんの彼女になったってことでヨロシ!?本当にこんな腐れ天パが彼氏でいいアルかっ!!?」
だっと駆け寄ってきた神楽に両肩をつかまれて、***はぐらぐらと揺さぶられた。
「そっ、そうだよ神楽ちゃん、あっ、目が回るっ!あの、私、銀ちゃんの彼女になったよ!神楽ちゃんのお守りのおかげだよぉ!!」
揺さぶられて目を回しながらも、そう叫んだ***の声を聞いて、神楽が「わぁっ」と喜びの声を上げる。
「ヤッタ!ヤッタアル!***、おめでとうネ!」
目を輝かせて抱きついてきた神楽を、***はぐるぐると目を回しながら、それでも嬉しそうにぎゅっと抱きしめ返した。
「ありがとう神楽ちゃん!嬉しいっ!」
ほっぺを真っ赤に染め、眉を下げて困り顔で、でも嬉しそうに***はふにゃりと笑った。その顔を見て、声もなく笑った銀時が「オイ、神楽、だからさっきのはセクハラじゃなくて恋人同士のスキンシップだから」と言って、神楽の頭にゲンコツを落とした。そして***に「お前もいつまでもふにゃふにゃ笑ってんじゃねぇよ、このダダ漏れ女ぁ」と言って、おでこをコツンと叩いた。
喜んだらお腹が空いたと言う神楽に笑って、***が朝ご飯を作ることにする。銀時はシャワーを浴びると言って、引きずるような足取りで風呂場へと入っていった。
台所で用意をしていると神楽が近寄ってきて、***をじっと見つめてから、ふと口を開いた。
「ねぇ、***、それ、どうしたのヨ。もしかして銀ちゃんにひどいことされたアルか?」
「え……?」
冷蔵庫から取り出した***農園の牛乳瓶を持つ、***の手首を神楽が指さしていた。そしてその指を***の左ほほにも移動させる。
「あ、違うよ神楽ちゃん、これはね、えーっと……あの、昨日の台風でちょっとつまづいたり、人にぶつかったりしただけだよ」
「嘘ネ!つまずいたりぶつかったりで、そんなとこケガしないアル!どーせ銀ちゃんに襲われたんでしょ!男はみんなオオカミってマミーが言ってたネ。それに***は銀ちゃんの彼女なんだし当然ヨ。あの天パは自分のモノになった途端、好き勝手に手ぇ出して、嫌がることでも無理矢理しようとするド変態に決まってるネッ!あんな変態なマダオをかばう必要ないアル!ひどいことされたらすぐに私に言うのヨ***、私が守ってあげるネ!」
荒い鼻息をふんっと吐くと、神楽は満足げに台所を出て行った。ぽかんとした***は立ち尽くしたまま、その背中を見送るしかできない。
神楽の言葉で昨夜のことを思い出したら、***は急に不安になる。ホテルに連れ込まれた直後は確かにねじ伏せられた。でもそれは銀時の芝居で、好きだと言ってくれた後は、ずっと優しかった。キスはしたけど、けして身体に触らなかった。無理矢理なことは何もされなかった。襲うどころか傷の手当てまでしてくれた。あんな部屋にひと晩一緒にいて、***は無抵抗だったのに、銀時が***に何かをしようとした形跡は、1ミリもなかった。
「……え、私ってそんなに、魅力ないのかな……」
ふと自分の身体を見下ろすと、神楽より少し大きい程度の控えめすぎる胸が目に入る。牛乳瓶を持つ手や、裸足の足は細くて柔らかさのかけらもない。
―――銀ちゃんは、こんな身体に興味はないのかも……
そう思うと先々のことが不安になって、***は呆然とした。例えばこの先、昨夜の女性のような人が銀時に横恋慕をして、「銀さぁん」とか言って誘惑してきたら?それが峰不〇子みたいなナイスバディだったら?そのボンキュッボンな身体に銀時がめろめろになってしまったら?そうなったら、***には勝てる武器はない。
顔を青くして「うわぁ」と***がうなっていると、風呂上がりの銀時がパンツ一丁で台所に入ってきた。
「あれ、なにお前、まだ飯食ってねぇの?お、牛乳もらうわ」
そう言った銀時が***の手から牛乳瓶を取り上げる。目の前に立つ、銀時の裸の上半身を見て、顔がかぁっと熱くなった。ああ、不〇子ならこれ位じゃ顔色一つ変えない。そう思うと、自分の子どもっぽさに、***はがっかりしてしまう。
腰に手を当て小指を立てて、ごくごくと牛乳を飲む銀時を見上げて、***は眉を八の字に下げて問いかけた。
「銀ちゃん……もうちょっとでも私の胸が大きかったら、昨日あのまま、その……だ、抱いてくれました?」
「ぶッッッッッッ!!!!!!!」
銀時が鼻から盛大に牛乳を吹き出した。
「ガハッ、ゴホッ、テ、テメー***、人が牛乳飲んでる時に何とんでもねぇこと言ってんだよ!馬鹿か!!大量に鼻から出たわ!めっさツーンってするわ、懐かしい感覚だわコレ、夏休みのプールを思い出すヤツだわコレェェェ!!!」
「ご、ごめんねっ、でも神楽ちゃんが、銀ちゃんは彼女になった途端、すぐに手を出すって言ってたから……でも、昨日、銀ちゃん何もしなかったでしょ?だから、やっぱり、私の胸が小さいから……」
「はぁぁぁぁ!?ちょ、おまっ、なにワケ分かんねぇこと言ってんだよ。神楽の言うことなんてなぁ、くっだらねぇドラマの受け売りなんだよ!っんなこと信じてんじゃねぇよ馬鹿ッ!ゲホッ!ゴホゴホッ!!」
バスタオルで鼻を抑えた銀時が必死で喋っているが、驚きと鼻の痛みで声がつまる。そのうちにだんだんと***の顔は悲しげに、眉はどんどん下がっていく。
「私、胸が小さいなりに、銀ちゃんにふさわしいの彼女になれるよう頑張ります。時間はかかるかもしれないけど、頑張るから……巨乳の不○子に誘惑されても行っちゃヤダよ銀ちゃん……」
「はぁっ!?不○子ってあの峰○二子?そんなん来るわけねぇだろ。何の心配してんだよオメーはァァァ!!!」
「え、じゃあ、もし来たらやっぱり銀ちゃんは私より不○子を……あはは、そうだよね、こんな女らしさの欠片もない彼女、嫌だよね……」
ははは、と乾いた声を上げながら、***はふらふらと台所を出て行く。ちょうどそこにやってきた神楽が「あっ!***!もう腹減って我慢できないネ!下に行って米食べるアル!***も一緒に行って、銀ちゃんの彼女になったこと報告するヨロシ!!」と言うと、***の腕をつかんで走り出した。
「わわっ!駄目だよ神楽ちゃんっ!!」
「オイィィィッ!ちょっと待てって***ッ!!」
叫びもむなしく、あっという間に玄関からバタバタと出て行った女ふたりの足音を聞いている途中で、「ブチッ!!!!!」という音を立てて銀時の堪忍袋の尾が切れた。
パンツ一丁で玄関に走り出し、外廊下の「万事屋銀ちゃん」の看板の裏に立つ。通りを見下ろすと、ちょうど真下に泣きそうな顔で神楽に引きずられる***がいた。
「オイコラァァァッ!***っっっ!!!!!」
「ひぃっ!!!??」
窓ガラスがビリビリ震えるほどの大声で名前を呼ばれて、***は飛び跳ねた。顔を上げるとすぐ真上に銀時が仁王立ちしている。パンツは履いているが、下半身が看板に隠れて一見すると裸に見えた。
しかしなによりも***をびっくりさせたのは、自分を見下ろす銀時が、ほほにビキビキと血管が浮かべ、洗い立ての銀髪が逆立つほど怒っていることだった。***を睨みつける赤い瞳は、瞳孔が開いている。
「人が黙って聞いてりゃ、勝手なことをペラペラと……何なんだよお前はぁっ!?銀さんなんも悪いことしてないよね!?ひと晩中、***を見守ってただけだよね!?めっさ優しい彼氏を、女と見りゃすぐ手ぇ出すようなロクデナシにしてんじゃねぇよコノヤロー!お前は知る由もねぇだろうがなぁ、俺は昨日一睡もしてねぇんだよ!なんでか全然分からねぇだろ!教えてやるからよぉく聞けっ………ラブホの一室でっ!好きな女とふたりっきりでっ!その女がスッケスケの恰好でっ!貧乳とはいえ下着丸出しでぐーすか寝てんだぞっ!そんなのに指一本触んねぇよーにすんのに、俺がどんだけ苦労したと思ってんの!?死ぬほど苦しかったんですけどぉ、目とか鼻とか色んな穴から血ぃ吹き出そーなほど苦しかったんですけどぉぉぉ!それをお前「抱いてほしかった」だぁ!?ふざけんな!!銀さんはなぁ、ほんとーに好きな女は宇宙一大切にする純情な男なんだよ!そーさせたのは***、お前だろーが!!これでもまだウジウジ疑うんなら、今から望みどおり抱いてやっからこっちに来い!つまんねぇこと喋れねぇくらいにひーひー言わせてやっから覚悟しやがれっ!!!」
「ぎ、ぎ、銀ちゃ、な、なに言って、」
爆発しそうなほど顔を真っ赤に染めた***は、「抱いてほしかったなんて言ってない」と反論しようとしたが、恥ずかしさでカチコチに固まって声がでない。
その時、視界の端をシュッと走った何かが、バシュンッ!という音を当てて、銀時の顔に当たった。
「スパーキング!!!!!」
「ぐぇ!!っんだよコレェ?あ、あんこ……?」
それは通りに出てきた山崎が放ったあんぱんだった。振り向いた***が「山崎さん!?」と呼びかけたが、山崎は焦点の合わない目で「***ちゃんが、あんぱんにあんぱんされて、あんぱんがあんぱんで……」とつぶやきながらフラフラと去っていった。
「ひでぇじゃねーかよ銀さん!」
その声と共にパコーンという音を立てて、銀時の顔にワンカップ酒の瓶が当たった。
「イデッ!テメェ長谷川さん何しやがるっ!!」
銀時を無視した長谷川が、***の手をにぎった。
「***ちゃん、また銀さんにひどいことされたらオジサンに言えよ。サンドバック位にはなってやるからさ……グズッ……」
「え、あの、長谷川さん、どうして泣いてるんですか」
泣いてねぇよ目から酒が溢れてんのさ、と言うと長谷川は引きずるような足取りで歩き去った。
「銀さん、私の可愛い***さんに、なんてことを言うのかしら」
その明るい声を聞いて、銀時が「げっ」と言う。その直後、真っ黒いダークマターが投げつけられた。顔面の焼けつく痛みに「うがぁぁぁぁ」と悶えた。
「お、お妙さん!?新八くん!?」
「信じられないわ銀さんたら、女の子に向かって貧乳だなんて。本当の貧乳に向かって貧乳だなんて言えないわよね?そうよね***さん?銀さんにはもう少し反省してもらわないと」
「いや姉上、あの状態では反省も何もできないですよ」
笑顔で指をボキボキと鳴らしたお妙が、万事屋への階段を昇ろうとするので、***と新八で必死で止めた。
「ゴラァァァッ万事屋ァァァッ!テメェ***に何とんでもねぇこと言ってやがる!強姦罪でしょっぴくぞ!!」
やっとダークマターが取れた銀時の顔に、今度はマヨネーズが投げつけられた。勢いよく当たったそれは容器が割れて、顔じゅうマヨまみれになった。
「ひっ、土方さんっ!何してるんですかこんなところで!?」
「***!あのモジャモジャに何されたっ!?言いたくねぇだろーがちゃんと話してくれれば、しっかりブタ箱にぶち込んでやるから安心しろ!!」
土方に両肩をつかまれ、瞳孔の開いた目で見つめられる。***が驚いているうちに、また新たな人物が万事屋の屋根の上に現れた。
「ハッハッハ、銀時!話は聞かせてもらった!貴様、ついに***殿を嫁に迎えたのか!これで***殿は正真正銘、人妻になったのだな!しかし銀時、貴様はもう少し、婦女子への口の利き方をわきまえた方ががよいぞ。そんな不躾な態度では、嫁を他人に横取りされても文句は言えんからな」
その言葉と同時に、屋根の上から飛び降りた桂が、マヨまみれの銀時の顔に向かって、エリザベスのプラカードを振り下ろした。プラカードには「NTR万歳」と書かれていた。
バコンッ、という大きな音と共に顔面を殴られた銀時は、そのまま後ろに倒れた。
「かつらァァァァァァァ!!!!!」
叫んだ沖田が桂に向けてバズーカを向けたのを見て、***は慌ててその腕にすがりついた。
「総悟くん!ままままま待って!銀ちゃんに当たっちゃうから!銀ちゃんが死んじゃうから!!!」
「あぁっ?めんどくせぇや***。オ~イ、旦那ァ、朝っぱらから全裸で卑猥なこと叫んでたんで、わいせつ物陳列罪ってことで死んでもらえやす~?」
「駄目だよ総悟くんっ!銀ちゃん全裸じゃないから!パンツ履いてるからっ!!!」
真選組の存在に気付いた桂が、再び逃走したのを機に、土方と沖田はパトカーに乗り込んで走り去った。
新八に抑えられていたお妙も、銀時が倒れたのを見て満足すると、「うふふ」と笑って***に手を振り去って行った。
呆然とした***の肩を、誰かが後ろから叩いた。
「姉ちゃん、おめでとう!万事屋の旦那と上手くいったんだねぇ。いや~長かったなぁ」
知らないおじさんからそう言われて***は目を見開く。そのおじさんの後ろにいた女性は涙ぐみながら「去年ここでお姉さんの告白を聞いてからずっと応援してたの。すごく嬉しい!」と言った。通りで銀時の叫びを聞いていた人たちが集まってきて、囲まれた***はオロオロとするしかできない。
「うるせぇんだよゴラァァァ!いつまでも人の店の前でギャーギャー騒いでんじゃないよ!さっさと散りなァッ!!!」
お登勢のそのひと声で、集まっていた人々は蜘蛛の子を散らすようにいなくなった。ぽかんとした***に向かって、呆れた顔で微笑んだお登勢が口を開いた。
「さっさと行ってやったほうがいいんじゃないかい、***ちゃん」
煙管を持った手の指を立てて、お登勢は上を指さした。ハッとした***が走り出すと同時に、お登勢は新八と神楽に「飯でも食べて時間つぶしな」と言った。
「銀ちゃんっ!!!」
階段を急いで昇って、倒れた銀時に駆け寄る。そこには惨劇の跡が広がっていた。パンツ一丁で仰向けに倒れた銀時は、顔だけでなく身体中、弾けたあんぱんやら、ダークマターの黒い破片やら、マヨネーズやらで汚れていた。
顔を手でぬぐったら、おでこから鼻にかけて縦一直線にワンカップ酒の瓶と、プラカードで叩かれた痕が赤く残っていた。両鼻からは鼻血がダラダラと流れていた。正座した***は銀時の頭を抱えて膝に乗せる。うっすらと目を開けた銀時が、***を見上げた。
「……なにコレ、どーなってんのコレ、俺、死んだ?」
「死んでないよ銀ちゃん!鼻血が出てるくらいだよ!あの、だ、大丈夫ですか?」
「大丈夫じゃねぇだろ、どう見ても……オイ、***、お前、これで、分かったかよ」
「え、な、何が?」
あんことマヨとダークマターまみれの銀時の手が、よろよろと***の顔に近づいてきて、ほほをつかんだ。そんな力もなさそうだったのに急に上半身を起こした銀時が、触れるだけのキスを寄こした。唇に一瞬だけ、鼻血の匂いがする唇がくっついて、あっという間に離れて行った。
「わっ……、ぎ、銀ちゃ、」
「銀さんがどんだけ、***のことが好きか分かったかって聞いてんだよ。ったく、胸が小さかろうがなんだろうが、お前は俺の彼女だろーが。クソ野郎共に顔に何をぶつけられようと、巨乳の女に誘惑されようと、お前だけは誰にも譲らねぇよ。これで分かったかコノヤロー」
鼻血をダラダラと垂らしながら銀時がそう言うから、***は思わず吹き出して笑ってしまう。
「あはっ、アハハッ、やだ銀ちゃん、おかしい!」
―――こんなおかしな口説き文句、銀ちゃんにしかできない。でもそんな銀ちゃんに、私は死んじゃいそうなくらいドキドキする―――
笑いながら銀時のほほに手を添えて、指先でそっと鼻血を拭う。「何がおかしいんだよ」と銀時は怒っていたが、しばらくしたら「ぶっ」と吹き出して、一緒になってゲラゲラ笑いはじめた。大きな手が動いて、膝枕をする***の腰をぎゅっと抱いた。
「オイ、笑ってねぇで答えろよ***。どんだけ好きか分かった?どんだけ銀さんが純情な男か分かったかよ?」
「ありがとう、銀ちゃん。鼻から吹き出すほど、よく分かったよ。私も、銀ちゃんのこと大好きです。宇宙でいちばん私を大切にしてくれる純情な銀ちゃんのことが、私は宇宙でいちばん大好き!!!」
抱き合って笑い合うふたりの純情は、空へ、かぶき町へ、そして宇宙へ届くほど。鼻から吹き出すほどの勢いで、広がっていく。
(いつまでもどこまでも、ずっとずっと大好き!!!)
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【第36話 鼻から純情】end
『鼻から牛乳(純情)』end
next『おいしい牛乳(恋人)』/ 牛乳シリーズ第3部
題字♡ちゃさき様
台風の過ぎ去った晴天の日曜日、朝8時半。かぶき町のあらゆる所で、あらゆる人々が動きはじめていた。
「む、エリザベス、どうした。蕎麦を食わんのか」
『桂さん、真選組が!!』
「なにっ!?」
屋台で、立ち食い蕎麦を食べていた桂とエリザベスが、見廻り中の真選組に見つかった。自慢の逃げ足で通りを走り、壁から塀へ、塀から屋根へと移動する。風に長髪をなびかせながら桂は一瞬、ここからいちばん近い隠れ家はどこだ、と考えた。
「エリザベスッ!一旦、銀時のところに潜伏するぞ!」
同じ頃、真選組の屯所から、一台のパトカーがかぶき町に向けて走り出した。
「こんな朝っぱらから出動なんてやってられねぇや、死ねよ土方ァ」
「総悟、死ぬのは俺じゃなく桂だ。さっき見廻りの隊士から、目撃情報が入った。さっさとバズーカの用意しとけ。やたらめったらぶっ放して街を破壊したら承知しねぇぞ」
「土方さんこそ、さっさとマヨネーズの用意しときなせぇ。やたらめったらぶっかけて犬の餌にしたら承知しねぇぞぉ」
チッと舌打ちをした土方がハンドルを切った。この通りをまっすぐ行けば、桂の逃亡した通りへ出る。
同じ頃、新八は万事屋へ出勤するために、家を出ようとしていた。珍しくお妙がもう起きていて、今日は用があるから一緒に行くという。
「姉上、銀さんに用があるんですか?」
「ううん、違うのよ新ちゃん。きっと今日も***さんが来るでしょう?牛乳の集金、いつも来させちゃって悪いから、今日は届けようと思って。ホラこれ、お礼の卵焼きも焼いたのよ」
「あ、ああ……それはいいですね姉上」
重箱のなかの真っ黒いダークマターを見て、新八は顔をひきつらせる。きっと***さん喜びますよ、と心にも無いことを言うと、ふたりそろって玄関を出て歩き始めた。
万事屋の通りを挟んだ真向かいに立つ集合住宅。その二階で山崎は張り込みをしていた。数ヶ月前の攘夷浪士の大量検挙、その時の銀時の疑念がまだ晴れず、監視任務の為のあんぱん生活をはじめて既に一カ月。数日前から人々の顔があんぱんに見えていた。
しかし今朝、突然耳に入った声で、一瞬だけ山崎は正気を取り戻した。数あるあんぱんの中でただひとり、ある女の顔だけはハッキリと見えた。それは、あんぱんの顔をした男と手を繋ぐ***だった。
「銀ちゃん早く歩いて!神楽ちゃん起きちゃいます!」
「えぇ~!あんなガキどうでもいーじゃねぇかよ***~!もぉちょっと銀さんとイチャイチャしてこうってぇ。神楽がいたらなんもできねぇじゃん」
「何言ってるんですか!何もできないんじゃなくて、何もしないんですよ!もぉ~!早くぅ~!」
真っ赤な顔の***が、あんぱんの顔をした男の手をぐいぐいと引っ張って万事屋への階段を昇って行く。
「***ちゃん………、あ、あんぱん切れてら。買いに行くかぁ」
階段をのぼる二人分の足音。ダルそうな銀時の声と、鈴が鳴るような明るい***の声。朝から騒がしいが、階下のスナックで朝刊を読んでいたお登勢は、その音と声を聞いてふっと笑った。
「やっぱりねぇ……だから言っただろ銀時ィ」
顔を見なくても声だけで、***が弾けるように笑っていることが分かる。足音だけで銀時が、心なし嬉しそうにしていることが、お登勢には分かる。
「その子はアンタにはもったいない位いい女さ……せいぜい大事にすんだねぇ」
新聞をめくりながらお登勢はそうつぶやいて、嬉しそうに笑った。
ふたりが万事屋へ入り、戸が閉まった直後、スナックの横の路地でゴミ捨て場に積まれたゴミがごそごそと動いた。ゴミにまみれて、サングラスの男が倒れている。
「銀さぁ~~ん、***ちゃぁ~~ん、俺は……俺はどーしたらよかったんだよぉぉぉ、俺みてぇなマダオには***ちゃんを守ることもできねぇってのかよぉぉぉ」
ちきしょうと叫んだ長谷川は、持っていたワンカップ酒の瓶をあおった。しかし瓶は空で、酒は一滴も無かった。起き上がる気力もなく、路地裏を這いつくばる。
「ちきしょぉ、***ちゃん、ふがいないオジサンのせいであんなに泣かせて悪かったよぉ。殺せ、殺せよ!俺を殺してくれよぉぉぉ!それで傷が癒えるんなら、このマダオは何度だって死んでやるよぉぉぉ!!!」
しゃがれた泣き声が路地に響いた。
渋る銀時を引きずりながら、なんとか***は万事屋に帰ってきた。忍び足で入った部屋には、まだ神楽が起きている気配はない。
「よかった……神楽ちゃん、まだ起きてないみたい」
「だから言っただろ。アイツはこんな朝早くから起きねぇよ。まだおねむの時間だって。二度寝の時間だってぇ。はぁ~***って本当に強情だよね。もうちょっと銀さんの言うことに聞く耳持てって。っつーことで、ホラ、こっちこいよ」
居間へと進もうとした***の手を、銀時が後ろからつかむ。そのまま台所へ引きずり込まれて、冷蔵庫の前でぎゅっと抱きしめられた。背中を冷蔵庫のドアに押しつけられて、銀時が腕にぎゅうぎゅうと力を入れるから、硬い胸に押しつけられた顔がどんどん赤くなってしまう。
「あっ、あの、銀ちゃん!やっ、ちょっと!神楽ちゃん起きてくるかもしれないし!離してくださいっ!!」
「駄目でぇ~す。離しませぇ~ん。さっきも言ったけど***はもう銀さんのモンだからね?神楽がいようが、新八がいようが、したいことすんのが俺だから。それともなに***、お前、俺と付き合ってることが人に知れたらマズイわけ?誤解されちゃマズイ男でもいるわけ?そーゆーの銀さん許さないよ?縛るよマジで?」
「そっ、そんなこと言ってないです!私はずっと銀ちゃんの彼女になりたいって思ってたんだから、人に知られてマズイことなんてひとつも無いよっ!でもっ、は、恥ずかしいから、あんまり大きな声で言わないでって言ってるだけです!こーゆーことは親しい人にだけ、こっそり教えればいいのに、銀ちゃん大きな声で言うんだもん」
腕の中でますます真っ赤に染まる***を見下ろして、銀時はふっと笑った。さらに抱き寄せる腕に力を入れて、そっと***の後頭部を持って上を向かせると、潤んだ瞳がじっと銀時を見上げた。
「お前さぁ……その顔やめろよ」
「だ、だって、銀ちゃんが恥ずかしいことばっかりするから赤くなっちゃ、」
「ちげぇよ、赤ぇのもそーだけど……」
身体をくっつけたまま、銀時が***の頭をうんと上に持ち上げる。のけ反った首が痛いと思っているうちに、顔が近づいてきていて、唇を乱暴に押しつけるようなキスをされた。
「んぅっ!!」
恥ずかしさと驚きに悶えながら、***は銀時の肩を手でぱしぱしと叩いた。しかし押しつけられた唇は一向に離れない。ぎゅっと強くしたり、ふにっと弱くなったり、強弱つけて何度も何度も繰り返される。
「……ッぅ~~~~!」
唇が熱くなって息苦しさを覚えた頃に、ふっと触れる力が弱まった。しかし安心したのも束の間で、離れる直前に銀時の唇が薄く開かれ、ぎゅっと閉じられた***の上唇と下唇を、あむっと一瞬だけ挟むように噛んでから、離れていった。
「っ……!な、なにを、いっ、今の、なにっ!」
「ぶはっ!何ってキスだろ。お前、すっげぇ顔。それ、その顔やめろって。赤いだけじゃねぇんだよ***。目ぇうるうるさせて、「銀ちゃんキスしてぇ~」ってねだるような顔すんなって」
「ししししてない!そんな顔してない!……よ、万事屋でこーゆーことするのは、本当に駄目です!神楽ちゃんの教育上よろしくないし、社長としての銀ちゃんの威厳とか、そーゆーことにも悪い影響が、」
「***、それは心配しなくても大丈夫ネ。社長としての銀ちゃんの威厳なんて、元々鼻くそほどもないアル」
「っ!!!!!」
突然、銀時の背後から聞こえた声に、顔を真っ青にした***が全力で両手をつきだした。「うおっ」と言ってよろけた銀時が後ろに倒れたところに、寝癖の爆発した神楽が馬乗りになって、ボコボコに殴りはじめた。
「こんのセクハラエロ天パァァ!!!毎晩毎晩酒飲みに行って、朝帰りしたと思ったら、お前は***に何してるネェェェ!!!」
「イダダダダダダッ!オイやめろって神楽ァァァ!死ぬっ、死ぬってぇ!せっかく***が俺と付き合えたのに、付き合った記念日が銀さんの命日になるってェェェ!!!」
「えっ……!?銀ちゃん、今なんて言ったアルか?」
殴る手を止めた神楽が、目をぱちぱちとさせて銀時と***を交互に見た。あまりの恥ずかしさに、***は両手で顔を覆って立ち尽くしていた。
「だぁ~から、よく聞けよ神楽。俺と***は付き合ってんの。そーゆーことになったの」
「へ?ほ、ほんとアルか!?***!!ねぇ本当!?本当に銀ちゃんと付き合うことになったアルか!?***、銀ちゃんの彼女になったってことでヨロシ!?本当にこんな腐れ天パが彼氏でいいアルかっ!!?」
だっと駆け寄ってきた神楽に両肩をつかまれて、***はぐらぐらと揺さぶられた。
「そっ、そうだよ神楽ちゃん、あっ、目が回るっ!あの、私、銀ちゃんの彼女になったよ!神楽ちゃんのお守りのおかげだよぉ!!」
揺さぶられて目を回しながらも、そう叫んだ***の声を聞いて、神楽が「わぁっ」と喜びの声を上げる。
「ヤッタ!ヤッタアル!***、おめでとうネ!」
目を輝かせて抱きついてきた神楽を、***はぐるぐると目を回しながら、それでも嬉しそうにぎゅっと抱きしめ返した。
「ありがとう神楽ちゃん!嬉しいっ!」
ほっぺを真っ赤に染め、眉を下げて困り顔で、でも嬉しそうに***はふにゃりと笑った。その顔を見て、声もなく笑った銀時が「オイ、神楽、だからさっきのはセクハラじゃなくて恋人同士のスキンシップだから」と言って、神楽の頭にゲンコツを落とした。そして***に「お前もいつまでもふにゃふにゃ笑ってんじゃねぇよ、このダダ漏れ女ぁ」と言って、おでこをコツンと叩いた。
喜んだらお腹が空いたと言う神楽に笑って、***が朝ご飯を作ることにする。銀時はシャワーを浴びると言って、引きずるような足取りで風呂場へと入っていった。
台所で用意をしていると神楽が近寄ってきて、***をじっと見つめてから、ふと口を開いた。
「ねぇ、***、それ、どうしたのヨ。もしかして銀ちゃんにひどいことされたアルか?」
「え……?」
冷蔵庫から取り出した***農園の牛乳瓶を持つ、***の手首を神楽が指さしていた。そしてその指を***の左ほほにも移動させる。
「あ、違うよ神楽ちゃん、これはね、えーっと……あの、昨日の台風でちょっとつまづいたり、人にぶつかったりしただけだよ」
「嘘ネ!つまずいたりぶつかったりで、そんなとこケガしないアル!どーせ銀ちゃんに襲われたんでしょ!男はみんなオオカミってマミーが言ってたネ。それに***は銀ちゃんの彼女なんだし当然ヨ。あの天パは自分のモノになった途端、好き勝手に手ぇ出して、嫌がることでも無理矢理しようとするド変態に決まってるネッ!あんな変態なマダオをかばう必要ないアル!ひどいことされたらすぐに私に言うのヨ***、私が守ってあげるネ!」
荒い鼻息をふんっと吐くと、神楽は満足げに台所を出て行った。ぽかんとした***は立ち尽くしたまま、その背中を見送るしかできない。
神楽の言葉で昨夜のことを思い出したら、***は急に不安になる。ホテルに連れ込まれた直後は確かにねじ伏せられた。でもそれは銀時の芝居で、好きだと言ってくれた後は、ずっと優しかった。キスはしたけど、けして身体に触らなかった。無理矢理なことは何もされなかった。襲うどころか傷の手当てまでしてくれた。あんな部屋にひと晩一緒にいて、***は無抵抗だったのに、銀時が***に何かをしようとした形跡は、1ミリもなかった。
「……え、私ってそんなに、魅力ないのかな……」
ふと自分の身体を見下ろすと、神楽より少し大きい程度の控えめすぎる胸が目に入る。牛乳瓶を持つ手や、裸足の足は細くて柔らかさのかけらもない。
―――銀ちゃんは、こんな身体に興味はないのかも……
そう思うと先々のことが不安になって、***は呆然とした。例えばこの先、昨夜の女性のような人が銀時に横恋慕をして、「銀さぁん」とか言って誘惑してきたら?それが峰不〇子みたいなナイスバディだったら?そのボンキュッボンな身体に銀時がめろめろになってしまったら?そうなったら、***には勝てる武器はない。
顔を青くして「うわぁ」と***がうなっていると、風呂上がりの銀時がパンツ一丁で台所に入ってきた。
「あれ、なにお前、まだ飯食ってねぇの?お、牛乳もらうわ」
そう言った銀時が***の手から牛乳瓶を取り上げる。目の前に立つ、銀時の裸の上半身を見て、顔がかぁっと熱くなった。ああ、不〇子ならこれ位じゃ顔色一つ変えない。そう思うと、自分の子どもっぽさに、***はがっかりしてしまう。
腰に手を当て小指を立てて、ごくごくと牛乳を飲む銀時を見上げて、***は眉を八の字に下げて問いかけた。
「銀ちゃん……もうちょっとでも私の胸が大きかったら、昨日あのまま、その……だ、抱いてくれました?」
「ぶッッッッッッ!!!!!!!」
銀時が鼻から盛大に牛乳を吹き出した。
「ガハッ、ゴホッ、テ、テメー***、人が牛乳飲んでる時に何とんでもねぇこと言ってんだよ!馬鹿か!!大量に鼻から出たわ!めっさツーンってするわ、懐かしい感覚だわコレ、夏休みのプールを思い出すヤツだわコレェェェ!!!」
「ご、ごめんねっ、でも神楽ちゃんが、銀ちゃんは彼女になった途端、すぐに手を出すって言ってたから……でも、昨日、銀ちゃん何もしなかったでしょ?だから、やっぱり、私の胸が小さいから……」
「はぁぁぁぁ!?ちょ、おまっ、なにワケ分かんねぇこと言ってんだよ。神楽の言うことなんてなぁ、くっだらねぇドラマの受け売りなんだよ!っんなこと信じてんじゃねぇよ馬鹿ッ!ゲホッ!ゴホゴホッ!!」
バスタオルで鼻を抑えた銀時が必死で喋っているが、驚きと鼻の痛みで声がつまる。そのうちにだんだんと***の顔は悲しげに、眉はどんどん下がっていく。
「私、胸が小さいなりに、銀ちゃんにふさわしいの彼女になれるよう頑張ります。時間はかかるかもしれないけど、頑張るから……巨乳の不○子に誘惑されても行っちゃヤダよ銀ちゃん……」
「はぁっ!?不○子ってあの峰○二子?そんなん来るわけねぇだろ。何の心配してんだよオメーはァァァ!!!」
「え、じゃあ、もし来たらやっぱり銀ちゃんは私より不○子を……あはは、そうだよね、こんな女らしさの欠片もない彼女、嫌だよね……」
ははは、と乾いた声を上げながら、***はふらふらと台所を出て行く。ちょうどそこにやってきた神楽が「あっ!***!もう腹減って我慢できないネ!下に行って米食べるアル!***も一緒に行って、銀ちゃんの彼女になったこと報告するヨロシ!!」と言うと、***の腕をつかんで走り出した。
「わわっ!駄目だよ神楽ちゃんっ!!」
「オイィィィッ!ちょっと待てって***ッ!!」
叫びもむなしく、あっという間に玄関からバタバタと出て行った女ふたりの足音を聞いている途中で、「ブチッ!!!!!」という音を立てて銀時の堪忍袋の尾が切れた。
パンツ一丁で玄関に走り出し、外廊下の「万事屋銀ちゃん」の看板の裏に立つ。通りを見下ろすと、ちょうど真下に泣きそうな顔で神楽に引きずられる***がいた。
「オイコラァァァッ!***っっっ!!!!!」
「ひぃっ!!!??」
窓ガラスがビリビリ震えるほどの大声で名前を呼ばれて、***は飛び跳ねた。顔を上げるとすぐ真上に銀時が仁王立ちしている。パンツは履いているが、下半身が看板に隠れて一見すると裸に見えた。
しかしなによりも***をびっくりさせたのは、自分を見下ろす銀時が、ほほにビキビキと血管が浮かべ、洗い立ての銀髪が逆立つほど怒っていることだった。***を睨みつける赤い瞳は、瞳孔が開いている。
「人が黙って聞いてりゃ、勝手なことをペラペラと……何なんだよお前はぁっ!?銀さんなんも悪いことしてないよね!?ひと晩中、***を見守ってただけだよね!?めっさ優しい彼氏を、女と見りゃすぐ手ぇ出すようなロクデナシにしてんじゃねぇよコノヤロー!お前は知る由もねぇだろうがなぁ、俺は昨日一睡もしてねぇんだよ!なんでか全然分からねぇだろ!教えてやるからよぉく聞けっ………ラブホの一室でっ!好きな女とふたりっきりでっ!その女がスッケスケの恰好でっ!貧乳とはいえ下着丸出しでぐーすか寝てんだぞっ!そんなのに指一本触んねぇよーにすんのに、俺がどんだけ苦労したと思ってんの!?死ぬほど苦しかったんですけどぉ、目とか鼻とか色んな穴から血ぃ吹き出そーなほど苦しかったんですけどぉぉぉ!それをお前「抱いてほしかった」だぁ!?ふざけんな!!銀さんはなぁ、ほんとーに好きな女は宇宙一大切にする純情な男なんだよ!そーさせたのは***、お前だろーが!!これでもまだウジウジ疑うんなら、今から望みどおり抱いてやっからこっちに来い!つまんねぇこと喋れねぇくらいにひーひー言わせてやっから覚悟しやがれっ!!!」
「ぎ、ぎ、銀ちゃ、な、なに言って、」
爆発しそうなほど顔を真っ赤に染めた***は、「抱いてほしかったなんて言ってない」と反論しようとしたが、恥ずかしさでカチコチに固まって声がでない。
その時、視界の端をシュッと走った何かが、バシュンッ!という音を当てて、銀時の顔に当たった。
「スパーキング!!!!!」
「ぐぇ!!っんだよコレェ?あ、あんこ……?」
それは通りに出てきた山崎が放ったあんぱんだった。振り向いた***が「山崎さん!?」と呼びかけたが、山崎は焦点の合わない目で「***ちゃんが、あんぱんにあんぱんされて、あんぱんがあんぱんで……」とつぶやきながらフラフラと去っていった。
「ひでぇじゃねーかよ銀さん!」
その声と共にパコーンという音を立てて、銀時の顔にワンカップ酒の瓶が当たった。
「イデッ!テメェ長谷川さん何しやがるっ!!」
銀時を無視した長谷川が、***の手をにぎった。
「***ちゃん、また銀さんにひどいことされたらオジサンに言えよ。サンドバック位にはなってやるからさ……グズッ……」
「え、あの、長谷川さん、どうして泣いてるんですか」
泣いてねぇよ目から酒が溢れてんのさ、と言うと長谷川は引きずるような足取りで歩き去った。
「銀さん、私の可愛い***さんに、なんてことを言うのかしら」
その明るい声を聞いて、銀時が「げっ」と言う。その直後、真っ黒いダークマターが投げつけられた。顔面の焼けつく痛みに「うがぁぁぁぁ」と悶えた。
「お、お妙さん!?新八くん!?」
「信じられないわ銀さんたら、女の子に向かって貧乳だなんて。本当の貧乳に向かって貧乳だなんて言えないわよね?そうよね***さん?銀さんにはもう少し反省してもらわないと」
「いや姉上、あの状態では反省も何もできないですよ」
笑顔で指をボキボキと鳴らしたお妙が、万事屋への階段を昇ろうとするので、***と新八で必死で止めた。
「ゴラァァァッ万事屋ァァァッ!テメェ***に何とんでもねぇこと言ってやがる!強姦罪でしょっぴくぞ!!」
やっとダークマターが取れた銀時の顔に、今度はマヨネーズが投げつけられた。勢いよく当たったそれは容器が割れて、顔じゅうマヨまみれになった。
「ひっ、土方さんっ!何してるんですかこんなところで!?」
「***!あのモジャモジャに何されたっ!?言いたくねぇだろーがちゃんと話してくれれば、しっかりブタ箱にぶち込んでやるから安心しろ!!」
土方に両肩をつかまれ、瞳孔の開いた目で見つめられる。***が驚いているうちに、また新たな人物が万事屋の屋根の上に現れた。
「ハッハッハ、銀時!話は聞かせてもらった!貴様、ついに***殿を嫁に迎えたのか!これで***殿は正真正銘、人妻になったのだな!しかし銀時、貴様はもう少し、婦女子への口の利き方をわきまえた方ががよいぞ。そんな不躾な態度では、嫁を他人に横取りされても文句は言えんからな」
その言葉と同時に、屋根の上から飛び降りた桂が、マヨまみれの銀時の顔に向かって、エリザベスのプラカードを振り下ろした。プラカードには「NTR万歳」と書かれていた。
バコンッ、という大きな音と共に顔面を殴られた銀時は、そのまま後ろに倒れた。
「かつらァァァァァァァ!!!!!」
叫んだ沖田が桂に向けてバズーカを向けたのを見て、***は慌ててその腕にすがりついた。
「総悟くん!ままままま待って!銀ちゃんに当たっちゃうから!銀ちゃんが死んじゃうから!!!」
「あぁっ?めんどくせぇや***。オ~イ、旦那ァ、朝っぱらから全裸で卑猥なこと叫んでたんで、わいせつ物陳列罪ってことで死んでもらえやす~?」
「駄目だよ総悟くんっ!銀ちゃん全裸じゃないから!パンツ履いてるからっ!!!」
真選組の存在に気付いた桂が、再び逃走したのを機に、土方と沖田はパトカーに乗り込んで走り去った。
新八に抑えられていたお妙も、銀時が倒れたのを見て満足すると、「うふふ」と笑って***に手を振り去って行った。
呆然とした***の肩を、誰かが後ろから叩いた。
「姉ちゃん、おめでとう!万事屋の旦那と上手くいったんだねぇ。いや~長かったなぁ」
知らないおじさんからそう言われて***は目を見開く。そのおじさんの後ろにいた女性は涙ぐみながら「去年ここでお姉さんの告白を聞いてからずっと応援してたの。すごく嬉しい!」と言った。通りで銀時の叫びを聞いていた人たちが集まってきて、囲まれた***はオロオロとするしかできない。
「うるせぇんだよゴラァァァ!いつまでも人の店の前でギャーギャー騒いでんじゃないよ!さっさと散りなァッ!!!」
お登勢のそのひと声で、集まっていた人々は蜘蛛の子を散らすようにいなくなった。ぽかんとした***に向かって、呆れた顔で微笑んだお登勢が口を開いた。
「さっさと行ってやったほうがいいんじゃないかい、***ちゃん」
煙管を持った手の指を立てて、お登勢は上を指さした。ハッとした***が走り出すと同時に、お登勢は新八と神楽に「飯でも食べて時間つぶしな」と言った。
「銀ちゃんっ!!!」
階段を急いで昇って、倒れた銀時に駆け寄る。そこには惨劇の跡が広がっていた。パンツ一丁で仰向けに倒れた銀時は、顔だけでなく身体中、弾けたあんぱんやら、ダークマターの黒い破片やら、マヨネーズやらで汚れていた。
顔を手でぬぐったら、おでこから鼻にかけて縦一直線にワンカップ酒の瓶と、プラカードで叩かれた痕が赤く残っていた。両鼻からは鼻血がダラダラと流れていた。正座した***は銀時の頭を抱えて膝に乗せる。うっすらと目を開けた銀時が、***を見上げた。
「……なにコレ、どーなってんのコレ、俺、死んだ?」
「死んでないよ銀ちゃん!鼻血が出てるくらいだよ!あの、だ、大丈夫ですか?」
「大丈夫じゃねぇだろ、どう見ても……オイ、***、お前、これで、分かったかよ」
「え、な、何が?」
あんことマヨとダークマターまみれの銀時の手が、よろよろと***の顔に近づいてきて、ほほをつかんだ。そんな力もなさそうだったのに急に上半身を起こした銀時が、触れるだけのキスを寄こした。唇に一瞬だけ、鼻血の匂いがする唇がくっついて、あっという間に離れて行った。
「わっ……、ぎ、銀ちゃ、」
「銀さんがどんだけ、***のことが好きか分かったかって聞いてんだよ。ったく、胸が小さかろうがなんだろうが、お前は俺の彼女だろーが。クソ野郎共に顔に何をぶつけられようと、巨乳の女に誘惑されようと、お前だけは誰にも譲らねぇよ。これで分かったかコノヤロー」
鼻血をダラダラと垂らしながら銀時がそう言うから、***は思わず吹き出して笑ってしまう。
「あはっ、アハハッ、やだ銀ちゃん、おかしい!」
―――こんなおかしな口説き文句、銀ちゃんにしかできない。でもそんな銀ちゃんに、私は死んじゃいそうなくらいドキドキする―――
笑いながら銀時のほほに手を添えて、指先でそっと鼻血を拭う。「何がおかしいんだよ」と銀時は怒っていたが、しばらくしたら「ぶっ」と吹き出して、一緒になってゲラゲラ笑いはじめた。大きな手が動いて、膝枕をする***の腰をぎゅっと抱いた。
「オイ、笑ってねぇで答えろよ***。どんだけ好きか分かった?どんだけ銀さんが純情な男か分かったかよ?」
「ありがとう、銀ちゃん。鼻から吹き出すほど、よく分かったよ。私も、銀ちゃんのこと大好きです。宇宙でいちばん私を大切にしてくれる純情な銀ちゃんのことが、私は宇宙でいちばん大好き!!!」
抱き合って笑い合うふたりの純情は、空へ、かぶき町へ、そして宇宙へ届くほど。鼻から吹き出すほどの勢いで、広がっていく。
(いつまでもどこまでも、ずっとずっと大好き!!!)
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【第36話 鼻から純情】end
『鼻から牛乳(純情)』end
next『おいしい牛乳(恋人)』/ 牛乳シリーズ第3部
題字♡ちゃさき様
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