銀ちゃんに恋する女の子
鼻から牛乳(純情)
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【第33話 本能】
強くつかまれた手首が痛い。ワケも分からずに乗ったエレベーターの中で、階数ボタンの前に立つ銀時を***は後ろから見上げた。その密室の箱は、不特定多数の人たちが放つ性の香りが充満していて、それが何かよく分からない***でも、本能的にいかがわしさを感じ取れた。
迷いもなく銀時が10階を押し、***は「10階までエレベーターに乗るのは、ふわっと浮く感じがして怖い」とぼんやりと思った。しかし、来ると思った浮遊感の恐怖はやってこなかった。
それよりもつかまれた手首の痛みと、何も言わない銀時の方がずっと怖い。これから自分たちがどうなるのか予想もつかなくて、ただ1、2、3…と階を上がるほど、恐怖も大きくなった。
「銀ちゃん………どこ、行くんですか」
「どこって、そりゃお前、部屋だろ」
蚊の鳴くような声で発した***の問いに、銀時は振り向きもせずに、いつもの気の抜けた声で答えた。部屋へ行ってそれでどうするの、という質問はいくら世間知らずで鈍い***でも、あまりに愚かで出来なかった。
「さっきは……ごめんなさい。私のせいで、あのお姉さんを怒らせちゃって……」
小さなつぶやきに銀時の返事は無かった。チンッというやけに明るい音と共にエレベーターのドアが開く。その瞬間、また強く腕を引っ張られた。引きずられるよう辿り着いた部屋の扉には、No.1010と部屋番号が書かれていた。
「あ、」という声が***の唇から漏れた。あ、銀ちゃんの誕生日だ。呑気にそう思った。そうしてるうちに扉を開けた銀時が、***の腕をつかみ直し、部屋の中へと引きずり込んだ。
部屋の奥に大きなベッドとソファがあったが、***にはそれを見る余裕すらなかった。ただ薄暗い部屋の少し赤みがかった照明だけが、視界の端にちらっと見えた。瞬きをする位の間に、背後でバタンとドアが閉まった。
バンッッッ―――
ひっ、という***の小さな悲鳴は、ドアに背中を押し付けられた時に出た。まるで殴るみたいに銀時の両手が、顔のすぐ横に置かれた。身体を腕で覆われて身動きが取れない。顔を上げると、冷たい目の銀時が自分を見下ろしていた。
「ぎんちゃ、あ、あのっ!」
「ごめんっつってたけど、お前どこまで責任とれんの?銀さん、***のせいで、あの巨乳のオネーサン逃しちゃったんだけど、その代わりをお前がやってくれんの?ここまでついてきたってことは、そんくらいされてもいいってことだよなぁ?」
「っ………!!!」
そうか、そういうことになるのか。ただ***は、銀時が他の女と一緒にいるのが嫌でたまらなくて、ここまで追いかけてきた。そして断りもなく女を追い払ってしまった。それが銀時にとって、どういう意味を持つのか考えもせずに。それが自分に何を求めることになるか想像もせずに。
「ごめっ、ごめんね、銀ちゃんっ、私、なんか勢いで、銀ちゃんがあの人と一緒にいるのが嫌で……」
「勢いであの女と俺の邪魔して、それでなんなんだよ?それでどーすんの***。まさかそれでお前だけ満足して、じゃぁ仲良くお手々つないで帰りましょうってなるとでも思ってんの?はぁぁぁ~。これだからガキは嫌なんだよ」
今まで聞いたこともないトゲトゲしい銀時の声に、***は息を飲む。居酒屋でのキスを見た瞬間と同じように、身体が強張って頭が回らなくなった。何か言わなければと悩めば悩むほど、銀時から目を背けて、逃げるようにうつむいてしまう。
「ぎ、銀ちゃん……私、どしたらいいのか」
わからない、と続けようとした声は出なかった。突然、銀時の片手が***の後頭部に回って、頭をがしっとつかまれた。無理やり顔を上げさせられて、自分を見下ろす冷淡な赤い瞳と目が合った。
「いっ……あ、ぎんちゃっ」
雨に濡れた髪に、銀時の長い指が入り込んできて、強く持ち上げられる。髪が引っ張られる痛みに自然と顔が歪んだ。
「やめっ………っ!!!」
急に銀時が顔を近づけてきたので、咄嗟にキスをされると思い身構えた。ぎゅっと目をつむって待ったが、触れたのは唇ではなく左のほほだった。
「ひっ!……んぅっ、ぃ、いたぃっ!」
引っかかれた顔の爪痕がじんじんと痛む。その痛むところに銀時のザラリとした舌が這った。熱い舌で舐められたミミズ腫れが、さらに痛みを増した。***は目をつむって、その痛みに耐えた。真っ暗なまぶたの裏に、キスをする銀時と女の姿が見えた。
「どこが痛ぇの?ここ?」
耳元でそう言った銀時の息からは甘い酒の匂いがした。火照って痛むひっかき傷を探り当てるように、わざと乱暴に歯を立てられる。いちばん腫れている頬骨の上に、銀時の犬歯が食い込むとビリビリと強い痛みが走った。雨と涙にまみれていた顔が、銀時の唾液でどんどん濡れていった。
「ひぁっ……やっ、あっ!やめっ、やめて銀ちゃん!ご、ごめんなさいっ」
「んぁ?今さら謝っても遅せぇんだよ***。あの女追っぱらってでも俺の相手するって決めたのは、お前だろ」
ほほから離れた銀時の顔を、ハッとして見上げる。後頭部にさし込まれていた大きな手が、結った髪の中からすばやく出て行き、それと同時にかんざしを引き抜かれた。髪がぱらぱらと落ちて、唾液に濡れたほほに、ぴたりとくっついた。
パンッ!という音がして横を見ると、壁に叩きつけられたかんざしが床に落ちて、ウサギの飾りが千切れていた。「恋のお守りネ」と言った神楽の声が***の耳に蘇った。
「あっ……!」
顔を青くしてそれを拾おうとかがんだ***の、細い首の後ろを銀時の手がつかんだ。悲鳴を上げる間もなく、そのまま部屋の奥へと連れていかれる。思い切り突き飛ばされた先は、大きなベッドだった。
「きゃあぁっ!!!」
顔からベッドへ飛び込んで、跳ねた両足から下駄が脱げた。手に持っていた手提げ袋が枕元に落ちて、中身がシーツの上にバラバラと広がった。うつぶせのまま布団から顔を上げると、散らばった荷物の中に若旦那のハンカチと、封筒に入った母の手紙が見えた。
―――そうだ、若さんのことを説明しなきゃ。あの手紙と写真を見せなくちゃ。そうすれば銀ちゃんはきっと、いつもの優しい銀ちゃんに戻るはずだから―――
希望にすがるように手を伸ばしたが、その指先が手紙に触れる前に、足首を強くつかまれて後ろに引きずられた。あっという間に手紙から身体が離れていく。
抵抗をする間もなく、ずしりと重い体に後ろから押さえつけられた。うつぶせの***の足の上に、銀時が馬乗りになっていた。肩越しに***が振り返ると同時に、着物の帯を銀時の手が引き抜いた。バサバサという大きな音を立てて、乱暴に引き抜かれた帯がほどけていく。それと同時に、襟元が緩んでいくのを***は感じた。
「まっ、待って、銀ちゃん!は、話を聞いてください!」
「はぁ?お前なに言ってんの?ここどこだか分かってる?べらべらお喋りするための場所じゃねぇの。話したいんだったらファミレスにでも行けよ」
ほどけた帯は、腰にただひと巻きされているだけになった。強い力で銀時に肩を持ち上げられて、まるで子供の寝返りのようにいともたやすく、くるんとひっくり返された。仰向けになると同時に銀時に両手首をつかまれ、全体重をかけるようにベッドに組み敷かれた。
「やっ……銀ちゃんっ、おねがい、ちょっとだけ待ってくださいっ!わた、私、こころの準備がっ」
「待たねぇし、話もしねぇ。***さぁ、少し黙れって。銀さん集中できねぇんだけど」
無感情な銀時の声にひるんで、***は息苦しくなる。痛むほど強くつかまれた手首はシーツに押さえつけられ、身体に乗られたせいで、首を振るしか身動きが取れない。
「怖いよ……銀ちゃん……」
「知らねぇよ。こんなとこまでのこのこ追いかけてきたお前がいけねぇんだろ。やかましいから黙れよ」
銀色の前髪の奥で細められた銀時の目は、いつもとは別人のように見えた。自分より圧倒的に強い獣を前にした小動物のように、本能的な恐怖が***を襲った。どんなに逃げようとしても逃げきれない。抵抗むなしく捕食される動物が、とどめを刺される瞬間にあきらめるように、***の身体から力が抜けていった。
それを感じとった銀時が細い手首から手を離すと、その手で***の着物の襟元を持ち、ぐいっと広げた。緩んでいた襟はあっけなく開いて、一瞬で中の薄い襦袢が露わになった。
「っっっ!!!!」
恐怖に耐えるため***は目をつむりたかったが、できなかった。目を閉じると勝手に、銀時があの女性とキスをしている姿がまぶたの裏に浮かんできてしまう。
「……銀ちゃんっ……ぁ、あの人とも、こういうこと、するつもりだったの……?」
「はぁ?あの女とだったら、今ごろもっとすげーことしてただろ。お子ちゃまな***には想像もできねぇよーなことして、ひと晩じゅう楽しむつもりだったのによぉ」
鋭利な刃物のように、銀時の言葉は***の心に突き刺さった。涙がじわりと浮かんで、また瞳を閉じそうになる。でも閉じれない。もうあのキスシーンは見たくない。
はだけた首元に銀時が顔を近づけてくる。何をされるのか***には想像もつかない。口づけられる?それとも噛まれる?そうされた時、一体自分はどうしたらいいのだろう。あの女の人はその正解を知っていると思うと、言いようのない無力感と悔しさが沸き起こってきた。銀時に触れられるのが震えるほど怖いのに、それでも***は、銀時に触れられることを自分が強く望んでいることに気付いた。
―――キス、したいんだ、私。銀ちゃんとキスしたいって思ってるんだ……ねぇ、銀ちゃん、あの人にしたみたいに、キスしてよ。あの人はそんなに銀ちゃんのこと好きじゃないよ。本当に好きだったら、あんなに簡単にあきらめないもん。あの程度の気持ちの人にキスをしたんだったら、私にもしてよ。あの人よりずっとずっと、私のほうが銀ちゃんのこと好きだもん……―――
その感情がどこからくるのか、***には分からなかった。でも他の女にしたのと同じように、銀時にキスをしてもらえれば、それだけでどんな恐怖や痛みにも耐えられる。それは間違いないと、***の本能が訴えていた。
乱暴に開いた***の着物の襟は、雨でぐっしょりと濡れていた。中の襦袢まで水は染みこみ、胸元の肌に張り付いていた。見下ろすと薄いピンク色のブラジャーが透けて見えた。
湿った***の鎖骨が、荒い呼吸にあわせて上下するのを見た銀時は、これはまずい、と思った。このままだと、どこまで***に手を出してしまうのか、自分でも分からなくなりそうだった。
怖がって震える***が、それでも自分の名前を呼んだことが銀時はたまらなく嬉しかった。「銀ちゃん」と***の唇が動くたび、小さな身体を乱暴に押さえつける手が、勝手に優しく動きそうになった。それを必死で抑える為に、***を傷つける為の言葉を吐き捨てるようにつぶやいた。
「はぁぁぁ~……お前ホントちっせぇ胸して、色気のカケラもねぇのな。あのオネーサンのオッパイ半分くらいもらえよ」
「っ………!!!」
涙を潤ませた***の瞳が、圧倒的に傷ついているのを見て、なんとか理性を保っていた。
***の細い首に顔を近づけたら、雨の匂いがした。濡れそぼった髪から首筋を通って鎖骨まで、雨水が垂れている。その水滴を飲むように、銀時は***の首筋に舌を這わせる。のどぼとけから耳のすぐ下まで、一気に舐め上げた。
「ぁっ!!……んっ、くぅっ……」
くすぐったそうに身体を強張らせた***が、銀時の肩にそっと手をおいた。その手は銀時を押し返さなかった。小さな手にはそんな力さえ無さそうだった。
「***お前、色っぺー声とか出せんの?出したことねーだろ?あの女はそーゆーの上手だったと思うよ銀さんは。あ~ぁ…めっさもったいねぇことしたよなぁ」
「うぅっ……ぎんちゃん、ごめんねっ、ごめんなさい」
泣き出しそうな声で***は謝り続けた。何も悪くない女をねじ伏せて謝らせるような、最低なことを繰り返して、銀時は必死で***に嫌われようとした。
白い鎖骨に歯を立てたら、***は首をのけぞらせて「いぁッ!」と悲鳴のような声を上げた。鎖骨のはじまりの丸みに強く噛みつくと、赤い歯形が残った。襦袢の襟に指をかけて開きながら、骨に沿うように横一直線にべろりと舐めた。銀時の足の下で、組み敷かれた***の小さな足が、嫌がるようにバタバタと足踏みをした。
「ぁっ、ゃ、ゃだっ、やだよっ……!!」
着物は襟が大きく開き、緩んだ帯だけでなんとか身体にとどまっていた。落ちてきた袖が手首に引っかかっていた。肌に張り付いていた襦袢も銀時の指でぐいぐいと押し広げられて、襟ぐりがブラと重なるほど開いていた。
「ヤダじゃねーだろ***。喜べよ、大好きな銀さんだぞ」
「ち、ちがっ、ちがうよっ、こんなの銀ちゃんじゃ、」
「ちがくねーよ、よく見ろ***、いまお前の上に乗っかってんのは俺だっつーの」
見つめ合った***が混乱してるのがよく分かる。目の前の銀時がいつもの銀時じゃないから。でも、これが本当の姿だと思ってもらわないと困る。そうじゃなきゃこんなことをする意味がない。
鎖骨の上から首を通って耳の下へ、のどぼとけからアゴの下へ、何度も震える***の首を舐め上げ続けた。雨の匂いが少しづつ薄れて、その向こうから***の肌の甘い味がしはじめた。
「っくぅ……んぅっ、~~~~っ!」
声の出し方も知らない***が両手で顔を覆って、そのはじめての感覚に耐えていた。恥ずかしさに赤くなるかと思っていたが、恐怖に震える肌はむしろ青ざめていた。
「いつもみてーに赤くなんねぇの***。茹でダコみてぇになれよ。それともこんくらいは別に恥ずかしくともなんともねぇか。案外***も簡単にアバズレに成り下がるかもしんねぇな」
「うぁっ……ひぃっぅ……」
意地悪なことを耳元でささやくと、顔を覆った両手の向こうから、嗚咽のような声が漏れた。
横を向かせて湿った髪をかき上げたら、雨に濡れた耳が現れた。耳のフチに水が溜まっている。その小さな耳をまるで食べるように勢いよく噛みついた。
「やぁぁッッッ!!!!」
痛みに目を見開いた***が、銀時の胸を両手で押した。イヤイヤと振ろうとする頭を、大きな手で押さえつける。耳たぶを何度も強く噛み、耳のフチの雨水を舌で舐めとった。全部を口にふくむと耳の穴の中にまで舌をさしこむ。
溜まった雨水を吸い上げるように、ずる、という音を何度も立てて、***の小さな耳の中までいたぶった。
「やっ、ぁっん、んんぅっ、っは、ぎん、ちゃっ……」
息苦しそうに乱れている***の横顔を見て、もっとこの女に触れたいと銀時は思っていた。花のような香りのする柔らかい肌を全部撫でて触りつくしたい。耳の中なんて全然足りない。この小さな身体をすべて開いて、その奥まで全部知りつくして自分のものにしてしまいたい。銀時の本能がそれを求めていた。
出したことのない声が漏れそうになるのをこらえて、***は唇を強く噛みしめていた。綺麗な桃色の唇が今にも切れてしまいそうで、銀時は思わずその口の端に指を挿しこんでいた。口角から人差し指を入れたら、薄く開かれた唇の中で***の歯と舌に、指先が当たった。
「……ひ、ひんひゃん……?」
口に指を入れられたまま、潤んだ瞳の***が不思議な物を見るような目で、銀時をじっと見つめた。その瞬間に心臓がドクンと強く打った。
―――キスしてぇ、コイツに。キスして***の口ん中ぜんぶ、なんならそのもっと奥まで、ぐちゃぐちゃにしてぇ。この小せぇ身体ぜんぶ丸ごと、俺のモンにしちまいてぇ……―――
自然と沸き起こった強い欲望に、銀時自身がいちばん焦っていた。***の唇から目が離せない。指に触れる唇の柔らかさと舌の熱さが、ビリビリとした刺激になって全身に走る。どうしようもない欲望のうずきが、腰から背筋を登ってくる。絶対にしてはいけないのに、他の男に盗られるくらいなら、今すぐこの唇を自分のものにしたいと強く思った。
「……くそッ!……っんな目で見んな、ガキがっ!!」
そう言った銀時は、ばっと***の口から手を離して、逃げるように顔を下ろした。開かれた胸元の白い肌に吸い付く。唇じゃないだけマシだろ、と言い訳しながら、ブラの縁のギリギリのところに噛みついた。
「痛ッ……いたっ、痛いよ銀ちゃんっ、ゃっ、やだぁ!」
痛がる***の声でようやく冷静になれそうだった。もっと痛くして泣かせれば、この沸き起こる衝動から逃げきれる。頭ではそう思っているのに、手足は制御が聞かずに勝手に動き出す。
小さな身体の上で銀時は***の足の間に身体を割り込んだ。倒された時からとっくに着物の裾は乱れて、はだけた足がひざの上まで見えていた。
「ぎっ、ちゃぁ……ひ、っく、ぃ痛いっ…あっ!!」
胸の上に強く吸い付いたまま、優しく動いた右手が***のひざに触れた。転んで打ったひざ頭は赤く腫れていた。ひざ裏に手を入れて折り曲げると、そのまま持ち上げた。細い足は全く抵抗しなかった。着物の裾を乱暴にめくると、足首からふくらはぎ、ひざ裏から太ももへとゆっくり手を滑らせた。
銀時の長い指が、***の太ももの裏をするすると登っていく。知らぬ間に動いた指が、あと数ミリで下着に届くというところで、***の膝がガクガクと震えはじめた。
「ん゙ぅ~~~っ!……ひぁッ、ぁっ……ぁあっ!……ぎ、ぃっ……ぎん、ちゃぁあんっ……っっっ!!」
それは痛がる声ではなく、快感を得た女の声だった。
一瞬遅れてハッとした銀時が、胸元から口を離して顔を上げると、首から頭のてっぺんまで真っ赤に染めた***の姿が目に飛び込んできた。鎖骨には銀時の歯型が、胸元には鬱血した痕がついていた。折れるほど強くつかんだ手首には、銀時の指の形にアザができていた。それなのに潤んだ瞳は痛がって泣いているのではなく、未知の感覚に戸惑っていた。
自分の出した声にいちばん驚いているのは***だった。真っ赤な顔で目を見開いて、あまりの恥ずかしさに両手で口を覆っている。
「やっ、ち、ちがうの銀ちゃんっ、こんなの変だよ……こんなの銀ちゃんじゃないみたいで……こわいよ……でも、でもなんか身体がおかしくて、へ、変な声が……」
戸惑った表情の***が、湯気が出そうなほど顔を真っ赤にして必死で言い訳をしている。その姿を見た瞬間、銀時の胸に愛おしさが込み上げてきた。もう二度と見れないと思っていた、この茹でダコのような顔がもう一度見れた。それは間違いなく喜びだった。
―――ああ、もう駄目だ……これ以上はできない。これ以上はしちゃいけねぇや……もう、これで終いだ……
この部屋に来ると決めた時から、全てを終わらせる言葉は分かっていた。それさえ言えば、***が自分から離れていく言葉を、銀時は既に知っていた。
それはふたりを限りなく遠く離し、二度と会えなくするだろう。こんなに***を苦しませる前に、もっと早く言ってやるべきだった。どうしても一緒にいたくて延ばし延ばしにしたせいで、結果的に***の身も心も傷つける羽目になった。そう考えればこの言葉は、銀時が唯一***にしてやれる最後の優しさのように思えた。
上半身をゆっくりと起こした銀時が、***を冷たく見下ろして口を開いた。唇が少しだけ震えた。深く吸い込んだ息を吐き出すと同時に、その言葉を発した。
「いい加減大人になれよ***。あの女の代わりは無理でも、お前けっこう万事屋に世話んなってんだし、依頼料を身体で払うくらいはしてもいんじゃねぇの。払うもん払ったら、それで終いにしようや」
バチンッッッ!!!!!
絶対に飛んでくると分かっていた張り手が、予想通りに銀時の左ほほを打った。この痛みは以前に感じたことがある。ひ弱な***の腕からこんなに強い張り手を、銀時は二度も繰り出させた。一度目の張り手を受けた日が、昨日のことのように思える。いま同じようにほほに走る痛みが、懐かしくて恋しい。
横っ面を叩かれて背けた顔はもう元に戻せない。銀時はもう***を見れない。前髪で隠れた目は伏せて、ただ自分の身体の下から、***の足が動いて逃げていくのを見ていた。起き上がった***が、ベッドから降りていくのが分かった。乱された着物を直す、衣ずれの音がする。
「もう無理……これ以上無理だよ、銀ちゃん……」
それはとても小さな声だったけど、確かに銀時の耳には届いた。
―――そうだ、無理だ。どうせ俺たちは初めから無理だったんだ。絶対に幸せになんなきゃいけねぇ女と、女を幸せにするなんてできやしねぇ男が、一緒になるなんざ、最初っから無理な話だったんだ……―――
カサカサという衣ずれの音だけが、部屋に響く。銀時はそれにじっと耳を澄ませていた。その音が***から聞く最後の音だと思う。
ああ、違う。***から聞く最後の音は、この部屋の扉を閉める音だ。そう気付いた瞬間、心臓に太い杭が刺すような痛みを、銀時は感じた。あまりの痛みに、身体は1ミリも動かない。
早くトドメを刺してほしい。早く扉が閉まってほしい。それでこの気持ちが死んで楽になるなら。顔を伏せた銀時は、あと数秒で必ず聞こえるはずの扉の閉まる音に、耳を澄まし続けていた。
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【第33話 本能】end
強くつかまれた手首が痛い。ワケも分からずに乗ったエレベーターの中で、階数ボタンの前に立つ銀時を***は後ろから見上げた。その密室の箱は、不特定多数の人たちが放つ性の香りが充満していて、それが何かよく分からない***でも、本能的にいかがわしさを感じ取れた。
迷いもなく銀時が10階を押し、***は「10階までエレベーターに乗るのは、ふわっと浮く感じがして怖い」とぼんやりと思った。しかし、来ると思った浮遊感の恐怖はやってこなかった。
それよりもつかまれた手首の痛みと、何も言わない銀時の方がずっと怖い。これから自分たちがどうなるのか予想もつかなくて、ただ1、2、3…と階を上がるほど、恐怖も大きくなった。
「銀ちゃん………どこ、行くんですか」
「どこって、そりゃお前、部屋だろ」
蚊の鳴くような声で発した***の問いに、銀時は振り向きもせずに、いつもの気の抜けた声で答えた。部屋へ行ってそれでどうするの、という質問はいくら世間知らずで鈍い***でも、あまりに愚かで出来なかった。
「さっきは……ごめんなさい。私のせいで、あのお姉さんを怒らせちゃって……」
小さなつぶやきに銀時の返事は無かった。チンッというやけに明るい音と共にエレベーターのドアが開く。その瞬間、また強く腕を引っ張られた。引きずられるよう辿り着いた部屋の扉には、No.1010と部屋番号が書かれていた。
「あ、」という声が***の唇から漏れた。あ、銀ちゃんの誕生日だ。呑気にそう思った。そうしてるうちに扉を開けた銀時が、***の腕をつかみ直し、部屋の中へと引きずり込んだ。
部屋の奥に大きなベッドとソファがあったが、***にはそれを見る余裕すらなかった。ただ薄暗い部屋の少し赤みがかった照明だけが、視界の端にちらっと見えた。瞬きをする位の間に、背後でバタンとドアが閉まった。
バンッッッ―――
ひっ、という***の小さな悲鳴は、ドアに背中を押し付けられた時に出た。まるで殴るみたいに銀時の両手が、顔のすぐ横に置かれた。身体を腕で覆われて身動きが取れない。顔を上げると、冷たい目の銀時が自分を見下ろしていた。
「ぎんちゃ、あ、あのっ!」
「ごめんっつってたけど、お前どこまで責任とれんの?銀さん、***のせいで、あの巨乳のオネーサン逃しちゃったんだけど、その代わりをお前がやってくれんの?ここまでついてきたってことは、そんくらいされてもいいってことだよなぁ?」
「っ………!!!」
そうか、そういうことになるのか。ただ***は、銀時が他の女と一緒にいるのが嫌でたまらなくて、ここまで追いかけてきた。そして断りもなく女を追い払ってしまった。それが銀時にとって、どういう意味を持つのか考えもせずに。それが自分に何を求めることになるか想像もせずに。
「ごめっ、ごめんね、銀ちゃんっ、私、なんか勢いで、銀ちゃんがあの人と一緒にいるのが嫌で……」
「勢いであの女と俺の邪魔して、それでなんなんだよ?それでどーすんの***。まさかそれでお前だけ満足して、じゃぁ仲良くお手々つないで帰りましょうってなるとでも思ってんの?はぁぁぁ~。これだからガキは嫌なんだよ」
今まで聞いたこともないトゲトゲしい銀時の声に、***は息を飲む。居酒屋でのキスを見た瞬間と同じように、身体が強張って頭が回らなくなった。何か言わなければと悩めば悩むほど、銀時から目を背けて、逃げるようにうつむいてしまう。
「ぎ、銀ちゃん……私、どしたらいいのか」
わからない、と続けようとした声は出なかった。突然、銀時の片手が***の後頭部に回って、頭をがしっとつかまれた。無理やり顔を上げさせられて、自分を見下ろす冷淡な赤い瞳と目が合った。
「いっ……あ、ぎんちゃっ」
雨に濡れた髪に、銀時の長い指が入り込んできて、強く持ち上げられる。髪が引っ張られる痛みに自然と顔が歪んだ。
「やめっ………っ!!!」
急に銀時が顔を近づけてきたので、咄嗟にキスをされると思い身構えた。ぎゅっと目をつむって待ったが、触れたのは唇ではなく左のほほだった。
「ひっ!……んぅっ、ぃ、いたぃっ!」
引っかかれた顔の爪痕がじんじんと痛む。その痛むところに銀時のザラリとした舌が這った。熱い舌で舐められたミミズ腫れが、さらに痛みを増した。***は目をつむって、その痛みに耐えた。真っ暗なまぶたの裏に、キスをする銀時と女の姿が見えた。
「どこが痛ぇの?ここ?」
耳元でそう言った銀時の息からは甘い酒の匂いがした。火照って痛むひっかき傷を探り当てるように、わざと乱暴に歯を立てられる。いちばん腫れている頬骨の上に、銀時の犬歯が食い込むとビリビリと強い痛みが走った。雨と涙にまみれていた顔が、銀時の唾液でどんどん濡れていった。
「ひぁっ……やっ、あっ!やめっ、やめて銀ちゃん!ご、ごめんなさいっ」
「んぁ?今さら謝っても遅せぇんだよ***。あの女追っぱらってでも俺の相手するって決めたのは、お前だろ」
ほほから離れた銀時の顔を、ハッとして見上げる。後頭部にさし込まれていた大きな手が、結った髪の中からすばやく出て行き、それと同時にかんざしを引き抜かれた。髪がぱらぱらと落ちて、唾液に濡れたほほに、ぴたりとくっついた。
パンッ!という音がして横を見ると、壁に叩きつけられたかんざしが床に落ちて、ウサギの飾りが千切れていた。「恋のお守りネ」と言った神楽の声が***の耳に蘇った。
「あっ……!」
顔を青くしてそれを拾おうとかがんだ***の、細い首の後ろを銀時の手がつかんだ。悲鳴を上げる間もなく、そのまま部屋の奥へと連れていかれる。思い切り突き飛ばされた先は、大きなベッドだった。
「きゃあぁっ!!!」
顔からベッドへ飛び込んで、跳ねた両足から下駄が脱げた。手に持っていた手提げ袋が枕元に落ちて、中身がシーツの上にバラバラと広がった。うつぶせのまま布団から顔を上げると、散らばった荷物の中に若旦那のハンカチと、封筒に入った母の手紙が見えた。
―――そうだ、若さんのことを説明しなきゃ。あの手紙と写真を見せなくちゃ。そうすれば銀ちゃんはきっと、いつもの優しい銀ちゃんに戻るはずだから―――
希望にすがるように手を伸ばしたが、その指先が手紙に触れる前に、足首を強くつかまれて後ろに引きずられた。あっという間に手紙から身体が離れていく。
抵抗をする間もなく、ずしりと重い体に後ろから押さえつけられた。うつぶせの***の足の上に、銀時が馬乗りになっていた。肩越しに***が振り返ると同時に、着物の帯を銀時の手が引き抜いた。バサバサという大きな音を立てて、乱暴に引き抜かれた帯がほどけていく。それと同時に、襟元が緩んでいくのを***は感じた。
「まっ、待って、銀ちゃん!は、話を聞いてください!」
「はぁ?お前なに言ってんの?ここどこだか分かってる?べらべらお喋りするための場所じゃねぇの。話したいんだったらファミレスにでも行けよ」
ほどけた帯は、腰にただひと巻きされているだけになった。強い力で銀時に肩を持ち上げられて、まるで子供の寝返りのようにいともたやすく、くるんとひっくり返された。仰向けになると同時に銀時に両手首をつかまれ、全体重をかけるようにベッドに組み敷かれた。
「やっ……銀ちゃんっ、おねがい、ちょっとだけ待ってくださいっ!わた、私、こころの準備がっ」
「待たねぇし、話もしねぇ。***さぁ、少し黙れって。銀さん集中できねぇんだけど」
無感情な銀時の声にひるんで、***は息苦しくなる。痛むほど強くつかまれた手首はシーツに押さえつけられ、身体に乗られたせいで、首を振るしか身動きが取れない。
「怖いよ……銀ちゃん……」
「知らねぇよ。こんなとこまでのこのこ追いかけてきたお前がいけねぇんだろ。やかましいから黙れよ」
銀色の前髪の奥で細められた銀時の目は、いつもとは別人のように見えた。自分より圧倒的に強い獣を前にした小動物のように、本能的な恐怖が***を襲った。どんなに逃げようとしても逃げきれない。抵抗むなしく捕食される動物が、とどめを刺される瞬間にあきらめるように、***の身体から力が抜けていった。
それを感じとった銀時が細い手首から手を離すと、その手で***の着物の襟元を持ち、ぐいっと広げた。緩んでいた襟はあっけなく開いて、一瞬で中の薄い襦袢が露わになった。
「っっっ!!!!」
恐怖に耐えるため***は目をつむりたかったが、できなかった。目を閉じると勝手に、銀時があの女性とキスをしている姿がまぶたの裏に浮かんできてしまう。
「……銀ちゃんっ……ぁ、あの人とも、こういうこと、するつもりだったの……?」
「はぁ?あの女とだったら、今ごろもっとすげーことしてただろ。お子ちゃまな***には想像もできねぇよーなことして、ひと晩じゅう楽しむつもりだったのによぉ」
鋭利な刃物のように、銀時の言葉は***の心に突き刺さった。涙がじわりと浮かんで、また瞳を閉じそうになる。でも閉じれない。もうあのキスシーンは見たくない。
はだけた首元に銀時が顔を近づけてくる。何をされるのか***には想像もつかない。口づけられる?それとも噛まれる?そうされた時、一体自分はどうしたらいいのだろう。あの女の人はその正解を知っていると思うと、言いようのない無力感と悔しさが沸き起こってきた。銀時に触れられるのが震えるほど怖いのに、それでも***は、銀時に触れられることを自分が強く望んでいることに気付いた。
―――キス、したいんだ、私。銀ちゃんとキスしたいって思ってるんだ……ねぇ、銀ちゃん、あの人にしたみたいに、キスしてよ。あの人はそんなに銀ちゃんのこと好きじゃないよ。本当に好きだったら、あんなに簡単にあきらめないもん。あの程度の気持ちの人にキスをしたんだったら、私にもしてよ。あの人よりずっとずっと、私のほうが銀ちゃんのこと好きだもん……―――
その感情がどこからくるのか、***には分からなかった。でも他の女にしたのと同じように、銀時にキスをしてもらえれば、それだけでどんな恐怖や痛みにも耐えられる。それは間違いないと、***の本能が訴えていた。
乱暴に開いた***の着物の襟は、雨でぐっしょりと濡れていた。中の襦袢まで水は染みこみ、胸元の肌に張り付いていた。見下ろすと薄いピンク色のブラジャーが透けて見えた。
湿った***の鎖骨が、荒い呼吸にあわせて上下するのを見た銀時は、これはまずい、と思った。このままだと、どこまで***に手を出してしまうのか、自分でも分からなくなりそうだった。
怖がって震える***が、それでも自分の名前を呼んだことが銀時はたまらなく嬉しかった。「銀ちゃん」と***の唇が動くたび、小さな身体を乱暴に押さえつける手が、勝手に優しく動きそうになった。それを必死で抑える為に、***を傷つける為の言葉を吐き捨てるようにつぶやいた。
「はぁぁぁ~……お前ホントちっせぇ胸して、色気のカケラもねぇのな。あのオネーサンのオッパイ半分くらいもらえよ」
「っ………!!!」
涙を潤ませた***の瞳が、圧倒的に傷ついているのを見て、なんとか理性を保っていた。
***の細い首に顔を近づけたら、雨の匂いがした。濡れそぼった髪から首筋を通って鎖骨まで、雨水が垂れている。その水滴を飲むように、銀時は***の首筋に舌を這わせる。のどぼとけから耳のすぐ下まで、一気に舐め上げた。
「ぁっ!!……んっ、くぅっ……」
くすぐったそうに身体を強張らせた***が、銀時の肩にそっと手をおいた。その手は銀時を押し返さなかった。小さな手にはそんな力さえ無さそうだった。
「***お前、色っぺー声とか出せんの?出したことねーだろ?あの女はそーゆーの上手だったと思うよ銀さんは。あ~ぁ…めっさもったいねぇことしたよなぁ」
「うぅっ……ぎんちゃん、ごめんねっ、ごめんなさい」
泣き出しそうな声で***は謝り続けた。何も悪くない女をねじ伏せて謝らせるような、最低なことを繰り返して、銀時は必死で***に嫌われようとした。
白い鎖骨に歯を立てたら、***は首をのけぞらせて「いぁッ!」と悲鳴のような声を上げた。鎖骨のはじまりの丸みに強く噛みつくと、赤い歯形が残った。襦袢の襟に指をかけて開きながら、骨に沿うように横一直線にべろりと舐めた。銀時の足の下で、組み敷かれた***の小さな足が、嫌がるようにバタバタと足踏みをした。
「ぁっ、ゃ、ゃだっ、やだよっ……!!」
着物は襟が大きく開き、緩んだ帯だけでなんとか身体にとどまっていた。落ちてきた袖が手首に引っかかっていた。肌に張り付いていた襦袢も銀時の指でぐいぐいと押し広げられて、襟ぐりがブラと重なるほど開いていた。
「ヤダじゃねーだろ***。喜べよ、大好きな銀さんだぞ」
「ち、ちがっ、ちがうよっ、こんなの銀ちゃんじゃ、」
「ちがくねーよ、よく見ろ***、いまお前の上に乗っかってんのは俺だっつーの」
見つめ合った***が混乱してるのがよく分かる。目の前の銀時がいつもの銀時じゃないから。でも、これが本当の姿だと思ってもらわないと困る。そうじゃなきゃこんなことをする意味がない。
鎖骨の上から首を通って耳の下へ、のどぼとけからアゴの下へ、何度も震える***の首を舐め上げ続けた。雨の匂いが少しづつ薄れて、その向こうから***の肌の甘い味がしはじめた。
「っくぅ……んぅっ、~~~~っ!」
声の出し方も知らない***が両手で顔を覆って、そのはじめての感覚に耐えていた。恥ずかしさに赤くなるかと思っていたが、恐怖に震える肌はむしろ青ざめていた。
「いつもみてーに赤くなんねぇの***。茹でダコみてぇになれよ。それともこんくらいは別に恥ずかしくともなんともねぇか。案外***も簡単にアバズレに成り下がるかもしんねぇな」
「うぁっ……ひぃっぅ……」
意地悪なことを耳元でささやくと、顔を覆った両手の向こうから、嗚咽のような声が漏れた。
横を向かせて湿った髪をかき上げたら、雨に濡れた耳が現れた。耳のフチに水が溜まっている。その小さな耳をまるで食べるように勢いよく噛みついた。
「やぁぁッッッ!!!!」
痛みに目を見開いた***が、銀時の胸を両手で押した。イヤイヤと振ろうとする頭を、大きな手で押さえつける。耳たぶを何度も強く噛み、耳のフチの雨水を舌で舐めとった。全部を口にふくむと耳の穴の中にまで舌をさしこむ。
溜まった雨水を吸い上げるように、ずる、という音を何度も立てて、***の小さな耳の中までいたぶった。
「やっ、ぁっん、んんぅっ、っは、ぎん、ちゃっ……」
息苦しそうに乱れている***の横顔を見て、もっとこの女に触れたいと銀時は思っていた。花のような香りのする柔らかい肌を全部撫でて触りつくしたい。耳の中なんて全然足りない。この小さな身体をすべて開いて、その奥まで全部知りつくして自分のものにしてしまいたい。銀時の本能がそれを求めていた。
出したことのない声が漏れそうになるのをこらえて、***は唇を強く噛みしめていた。綺麗な桃色の唇が今にも切れてしまいそうで、銀時は思わずその口の端に指を挿しこんでいた。口角から人差し指を入れたら、薄く開かれた唇の中で***の歯と舌に、指先が当たった。
「……ひ、ひんひゃん……?」
口に指を入れられたまま、潤んだ瞳の***が不思議な物を見るような目で、銀時をじっと見つめた。その瞬間に心臓がドクンと強く打った。
―――キスしてぇ、コイツに。キスして***の口ん中ぜんぶ、なんならそのもっと奥まで、ぐちゃぐちゃにしてぇ。この小せぇ身体ぜんぶ丸ごと、俺のモンにしちまいてぇ……―――
自然と沸き起こった強い欲望に、銀時自身がいちばん焦っていた。***の唇から目が離せない。指に触れる唇の柔らかさと舌の熱さが、ビリビリとした刺激になって全身に走る。どうしようもない欲望のうずきが、腰から背筋を登ってくる。絶対にしてはいけないのに、他の男に盗られるくらいなら、今すぐこの唇を自分のものにしたいと強く思った。
「……くそッ!……っんな目で見んな、ガキがっ!!」
そう言った銀時は、ばっと***の口から手を離して、逃げるように顔を下ろした。開かれた胸元の白い肌に吸い付く。唇じゃないだけマシだろ、と言い訳しながら、ブラの縁のギリギリのところに噛みついた。
「痛ッ……いたっ、痛いよ銀ちゃんっ、ゃっ、やだぁ!」
痛がる***の声でようやく冷静になれそうだった。もっと痛くして泣かせれば、この沸き起こる衝動から逃げきれる。頭ではそう思っているのに、手足は制御が聞かずに勝手に動き出す。
小さな身体の上で銀時は***の足の間に身体を割り込んだ。倒された時からとっくに着物の裾は乱れて、はだけた足がひざの上まで見えていた。
「ぎっ、ちゃぁ……ひ、っく、ぃ痛いっ…あっ!!」
胸の上に強く吸い付いたまま、優しく動いた右手が***のひざに触れた。転んで打ったひざ頭は赤く腫れていた。ひざ裏に手を入れて折り曲げると、そのまま持ち上げた。細い足は全く抵抗しなかった。着物の裾を乱暴にめくると、足首からふくらはぎ、ひざ裏から太ももへとゆっくり手を滑らせた。
銀時の長い指が、***の太ももの裏をするすると登っていく。知らぬ間に動いた指が、あと数ミリで下着に届くというところで、***の膝がガクガクと震えはじめた。
「ん゙ぅ~~~っ!……ひぁッ、ぁっ……ぁあっ!……ぎ、ぃっ……ぎん、ちゃぁあんっ……っっっ!!」
それは痛がる声ではなく、快感を得た女の声だった。
一瞬遅れてハッとした銀時が、胸元から口を離して顔を上げると、首から頭のてっぺんまで真っ赤に染めた***の姿が目に飛び込んできた。鎖骨には銀時の歯型が、胸元には鬱血した痕がついていた。折れるほど強くつかんだ手首には、銀時の指の形にアザができていた。それなのに潤んだ瞳は痛がって泣いているのではなく、未知の感覚に戸惑っていた。
自分の出した声にいちばん驚いているのは***だった。真っ赤な顔で目を見開いて、あまりの恥ずかしさに両手で口を覆っている。
「やっ、ち、ちがうの銀ちゃんっ、こんなの変だよ……こんなの銀ちゃんじゃないみたいで……こわいよ……でも、でもなんか身体がおかしくて、へ、変な声が……」
戸惑った表情の***が、湯気が出そうなほど顔を真っ赤にして必死で言い訳をしている。その姿を見た瞬間、銀時の胸に愛おしさが込み上げてきた。もう二度と見れないと思っていた、この茹でダコのような顔がもう一度見れた。それは間違いなく喜びだった。
―――ああ、もう駄目だ……これ以上はできない。これ以上はしちゃいけねぇや……もう、これで終いだ……
この部屋に来ると決めた時から、全てを終わらせる言葉は分かっていた。それさえ言えば、***が自分から離れていく言葉を、銀時は既に知っていた。
それはふたりを限りなく遠く離し、二度と会えなくするだろう。こんなに***を苦しませる前に、もっと早く言ってやるべきだった。どうしても一緒にいたくて延ばし延ばしにしたせいで、結果的に***の身も心も傷つける羽目になった。そう考えればこの言葉は、銀時が唯一***にしてやれる最後の優しさのように思えた。
上半身をゆっくりと起こした銀時が、***を冷たく見下ろして口を開いた。唇が少しだけ震えた。深く吸い込んだ息を吐き出すと同時に、その言葉を発した。
「いい加減大人になれよ***。あの女の代わりは無理でも、お前けっこう万事屋に世話んなってんだし、依頼料を身体で払うくらいはしてもいんじゃねぇの。払うもん払ったら、それで終いにしようや」
バチンッッッ!!!!!
絶対に飛んでくると分かっていた張り手が、予想通りに銀時の左ほほを打った。この痛みは以前に感じたことがある。ひ弱な***の腕からこんなに強い張り手を、銀時は二度も繰り出させた。一度目の張り手を受けた日が、昨日のことのように思える。いま同じようにほほに走る痛みが、懐かしくて恋しい。
横っ面を叩かれて背けた顔はもう元に戻せない。銀時はもう***を見れない。前髪で隠れた目は伏せて、ただ自分の身体の下から、***の足が動いて逃げていくのを見ていた。起き上がった***が、ベッドから降りていくのが分かった。乱された着物を直す、衣ずれの音がする。
「もう無理……これ以上無理だよ、銀ちゃん……」
それはとても小さな声だったけど、確かに銀時の耳には届いた。
―――そうだ、無理だ。どうせ俺たちは初めから無理だったんだ。絶対に幸せになんなきゃいけねぇ女と、女を幸せにするなんてできやしねぇ男が、一緒になるなんざ、最初っから無理な話だったんだ……―――
カサカサという衣ずれの音だけが、部屋に響く。銀時はそれにじっと耳を澄ませていた。その音が***から聞く最後の音だと思う。
ああ、違う。***から聞く最後の音は、この部屋の扉を閉める音だ。そう気付いた瞬間、心臓に太い杭が刺すような痛みを、銀時は感じた。あまりの痛みに、身体は1ミリも動かない。
早くトドメを刺してほしい。早く扉が閉まってほしい。それでこの気持ちが死んで楽になるなら。顔を伏せた銀時は、あと数秒で必ず聞こえるはずの扉の閉まる音に、耳を澄まし続けていた。
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【第33話 本能】end