銀ちゃんに恋する女の子
鼻から牛乳(純情)
おなまえをどうぞ
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
【第24話 ろくでもない男】
配達の仕事が終わり、おかみさんに事務所に呼ばれた時から、嫌な予感はしていた。とっくに結婚して所帯を持っても、女性と言うのは恋愛の話が好きなようで、おかみさんは***に会うたび、銀時とのことを聞いてくる。
好奇心丸出しの無邪気な顔で毎朝、「銀さんと最近どうなの?進展はあった?」と聞かれるたびに、***は苦笑いして「進展があったらいいんですけどねぇ」とごまかしてきた。
今日もきっとそんなことを言われるんだろうな、と思いながら事務所に入ると、真剣な顔をしたおかみさんが、ソファに座るよう言った。
「***ちゃん、すっごいことが起きたわよ」
「え、なんですか、おかみさん、そんな怖い顔して」
「怖い顔にもなるわよ。ほら、これちょっと見て!」
そう言ったおかみさんが差し出してきたのは、クリーム色の上質な厚紙が二つ折りになった薄い冊子だった。
なんですかこれ、と言いながらその色紙サイズの冊子を開くと、中には男性の写真が二枚はめ込まれていた。見開きのページの左側には全身像の写真、右側には薄紙がのっていたが、その下に顔写真が透けて見えた。
「え、あのぉ、おかみさん、これって……」
「***ちゃん!これはねぇ……すっごい玉の輿のチャンスだよ!!」
「えぇぇッ!!?」
突然、見合い写真を見せられた***は、目を見開いて固まった。あまりの驚きに言葉を失っているうちに、まるで機関銃のようにおかみさんが喋りはじめる。
「***ちゃん!この人はすごい資産家の二代目で、この若さでかぶき町中にいくつもお店を持って経営しているような、とっても優秀な人なのよ!そんな人がなんと、***ちゃんが働いている姿を見て、一度ゆっくり会ってお話がしたいって、***ちゃんさえ良ければ、結婚を前提にお付き合いしたいって言ってるのよ!こんないい縁談、なかなか無いわよ***ちゃん!!!」
「いやいやいやッ!ちょっとおかみさん待ってください!結婚を前提になんて、そ、そんなこと急に言われてもっ!それに、そもそも私この人のこと、」
なにも知らない、と***は言いかけたが、薄紙が落ちて現れた顔写真を見て、はっと言葉を失った。それを見たおかみさんが、得意げな顔でにんまりと笑うと、口を開いた。
「やだ、***ちゃん、この人のこと知ってるでしょう?」
「こ、こ、この人っ!!!」
その写真に写った男性は、***がいつも牛乳を配達する、坂の上の大きな屋敷に住む若旦那だった。若旦那とは一年くらい前から配達の時によく顔を合わせていた。いつも早朝から働いていて、忙しそうな人だなぁと思っていた。
数カ月前、***がはじめて自転車で坂道を登りきった日、若旦那はまるでそこで待っていたかのように声をかけてきて、一緒に喜んでくれた。その日から会うたびに「***ちゃん」と呼び止められて、ちょっとした会話をするようになった。
***農園のお得意様でもあるので、***も親しみを込めて「若さん」と呼んで接していた。
「た、確かに若さんのことは、知ってますけど……でも、私、お見合いなんて……私、そんなつもり全然なくて、ただ時々立ち話をしてただけなんです」
「まぁ~***ちゃんったら可愛い顔して罪な女ねぇ!若旦那の方は全然そうじゃなかったみたいよ。こんな機会めったにないんだから、一回くらい会ってみない?おばさんが仲介人になるからさぁ!」
「えええっ!?仲介人って、本当にお見合いするってことですか!?嫌です!!だって私には、」
「好きな人がいるから嫌だっていうの?それって銀さんのことでしょ?はぁぁぁぁ~、***ちゃん、気持ちは分かるけどさぁ……老婆心ながら言うけど、そろそろ***ちゃんも女の幸せってものを考えてもいい歳よ。結婚相手って考えたら、どうしたって銀さんよりも若旦那の方がいいに決まってるでしょう?収入は安定してるし、愛想がよくて優しい人じゃない。収入も安定してるし、顔だって結構イケメンだし。それに収入も安定してるし」
結局、収入じゃないですか!と叫びながら、***は写真をおかみさんに押し返した。泣きそうな顔になりながら、何度も「お断りします」と言った。しかしそんな***に向かって、おかみさんは無慈悲にも、決定的な事実を突きつけた。
「***ちゃん、若旦那は***農園のお得意様でしょ?断るにも、断り方があると思わない?会いもしないで断るなんて、それは失礼よ。***ちゃんが銀さんを好きな気持ちは分かるけど、別に他の人に会ってみるくらいいいじゃない。ちょっと会ってみて、それで嫌なら断りなさいよ!大人になるのよ***ちゃん!!」
「うっ……お、おかみさぁ~ん、そんなぁ~……」
うなだれた***が、「本当に会うだけなら……」と心折れて渋々了承すると、おかみさんは手を叩いて喜んだ。
満面の笑みで***の手を握ったおかみさんは、「この縁談がうまくいったら、私が仲介して結婚したカップルが、百組目になるのよ!」と、***には全く関係のないところでやる気満々の顔をした。その顔を見た***は、ますます肩をがっくりと落とした。
数日後、万事屋に珍しい客が来た。インターホンが鳴り新八が玄関を開けると、牛乳屋の主人が浮かない顔で立っていた。事務所に入ってきた主人に向かって、銀時は「どうしたジジイ、嫁にエロ本のコレクションでも燃やされたか?」と冗談まじりに聞いた。
しかし主人は弱り切った顔で、「いやぁ、エロ本なんかより、もっと悪いモンが燃えちまってんだよ旦那ぁ」と言った。
事務所のソファに向かい合って腰かける。新八が運んできた茶を一口飲んだ後で、主人はおずおずと口を開くと「うちのカカァがよぉ、燃えちまってよぉ…」と喋りはじめた。
ひと通り話した主人が「と、いうことなんだよ」と言った直後、大きな声を出したのは新八だった。
「***さんにお見合いさせる!?ちょ、ちょっと親父さん、それどういうことですか!そんなの***さんがいいって言うわけないじゃないですか!!」
「そうネ!***は銀ちゃんのことが好きで、他の男なんて鼻クソくらいにしか思ってないアル!それなのにお見合いなんてするわけないネ!!」
「そうだぞクソジジイ、***はなぁ、そうやすやすと男とっかえひっかえするよーな、そこいらのアバズレとは違ぇんだ。玉の輿だか、玉遊びだか知らねぇが、働いてるとこを見ただけで見合い申し込んでくるような男は、むっつりスケベのろくでもねぇ奴に決まってんだろーが。いくらのウチの***が初心な小娘だからって、そんな変な男には引っかかりません~。オイ、ジジイ、いい加減な嘘ついてんじゃねぇぞ」
三人に詰め寄られた主人は、困り果てた顔で頭を掻いた。主人も今回の話には反対だと言う。
見合いの話となると、妻が持ち前のお節介で目を輝かせるのは以前からのことだ。今までは黙認してきたが今回はそうはいかない。娘のように可愛がっている***にまで、妻が余計なお節介を焼きはじめて、主人も必死になって止めようとしたのだ。
「そりゃ俺だって、大事な***ちゃんに無理やり見合いをさせるようなこたぁしたくねぇよ。それも相手は金持ちの二代目。旦那の言うとおり、二代目の若旦那っつーのは、遊び好き女好きのろくでなしって相場が決まってんだ。けどよぉ〜、なんせウチのカカァが “絶対にこの縁談を成功させる!” っつって聞かねぇんだ。相手はうちのお得意様だし、***ちゃんとは前から親しかったみてぇで、向こうがずいぶん入れ込んでるらしいんだよ。こりゃ俺にはどうしようもねぇって思って、今日はのこのこ来たってわけよ」
困り果てた顔でそう言った主人を見て、万事屋の三人は顔を見合わせる。
若旦那と親しいなんて話、***からは聞いたことがない。確かに***は毎朝、坂を登った先の、高級住宅が並ぶ高台まで牛乳を配達しているとは言っていた。
しかしまさか、あの子供っぽく純真な***に、金持ちのろくでもない男が目をつけるなんて、と銀時は苦虫を噛みつぶすような顔で考え込んだ。
その脳裏に数週間前のことが、ふと蘇る。
―――もう銀ちゃん、子供みたいです!
そう言って笑いながら***は、銀時の口元についていたあずき粒を食べた。
冷たい指先が、ほほに触れた感触が、今でもはっきりと思い出せる。甘い豆粒が***の薄紅色の唇の中へと入っていく瞬間が、銀時にはスローモーションのように見えた。まるで自分の身体の一部が、***に食べられたような気がした。
それは気恥ずかしくて、むずがゆくて、くせになりそうなほど、甘い感覚だった。
―――こんなガキ相手に、なにときめいてんだよ。気色悪いだろ、いい歳したオッサンが……―――
誰に言うともない自虐をしたが、その時はじめて、銀時は自分が***のことを、とっくに女として見ていることを、自覚した。
告白を受けてから一年以上が立ち、***は驚くほど大人びて、綺麗になった。世間知らずで幼いところもあるが、時々見せるふとした表情や銀時を見つめる瞳は、成熟した女のものだった。
口ではどれだけ子供扱いしても、銀時はもう***のことを、神楽やその他の女たちと同じように見ることはできない。
自惚れかもしれないが、***がこれほど美しくなった理由が、自分への恋心だと思うと、言いようのない優越感や幸福感に満たされた。
―――金持ちだかなんだか知らねぇが、大事にしてきた女を、「ハイ、どーぞ」っつって譲れるかっつーの。そりゃ***がソイツのことを本気で好きになったんなら別だけど?でも***は俺のことが好きなわけだし?そもそもソイツが***に目をつけたのも、結局は外見だろ外見。外見だけで結婚するよーな奴らは、すぐ破局すんだよ。それに比べて、俺は***が神楽同等のガキっぽい頃から見てきたし?なんなら***は俺のおかげで磨かれたみたいな?それも知らねぇくせに、金に物言わせて口説こうとするような奴に、***は渡すかっつーの!!!
「………で、ジジイ、俺たちにどうしろってんだよ」
「そうさなぁ……もう先方と話し合って、日取りまで決まってんだ。俺はその日は仕事で行けねぇし、***ちゃんはきっと心細いだろう。だから旦那たちでこっそり見守ってやってくんねぇか。相手が***ちゃんに変なことしたら、助けてやってくれよ。俺が頼んだってカカァに知れたら叱られちまうから、内密にさぁ」
銀時がうなずくまでもなく、隣にいた神楽が「そんなの頼まれなくたって絶対行くアル!金持ってるだけのろくでなしなんかに、やすやすと***は渡さないネ!そうでしょ銀ちゃん!!」と言い、依頼を引き受けた。
牛乳屋の主人が帰った数時間後、アルバイトを終えた***が万事屋へとやってきた。「くれぐれも内密に」と主人に言われた為、何も知らないふりをして***と接していたが、内心は全員、見合い相手のことを知りたくて仕方がなかった。
台所にいる***に駆け寄った神楽が、堪えきれずに「ねぇねぇ、若旦那ってどんな奴ネ」と言いかけた口を、新八の手が覆った。さらにその頭に銀時がげんこつを落とし、ここは俺に任せろとジェスチャーをして、ふたりをリビングへと追いやった。
ふたりきりになった台所で、流しに立つ***の横にそっと近づき、何食わぬ顔で質問する。
「なぁ、お前さぁ……」
「え?なんですか銀ちゃん、ちょっと聞こえない」
そう言いながら***が蛇口を閉めると、水の音が消えて静かになった。
「……足が、痛くなるほど必死んなって登る坂の上にさぁ、どんな客がいんの?確か金持ちの家があるっつってたよな、どんなヤツなんだよ、その金持ちっつーのは」
「え、」
口を半開きにした***が、カチンと固まった。驚きで見開かれた目が、じっと銀時を見つめる。それは、聞かれたくないことを聞かれた、という顔だった。
「ぇ、えぇと……そ、その……ふ、普通の!普通のお金持ちの人ですよ!全然よく知らないけど!ほらっ、貧乏な家で育った私には、接し方も分からないような人だから、挨拶くらいはしても、それ以上のことなんて何にもないですよ!私なんかとは身分が違うっていうか?お高くとまってるっていうか?ととととにかく、本当に仲良くないから、どんな人だかよく知らないです!!!」
汗をだらだらたらしながら、目をぐるぐると泳がせて、必死の形相で***は銀時に訴えた。
その言葉は嘘だと分かっていた。しかし気が付くと銀時の口からもまた、マシンガンのように言葉が飛び出していた。
「そ、そーだよな!そらそーだよなぁぁぁ、銀さんも金持ちが依頼人だったらいーけど、友達になろうとは思わねぇもん。なんつーか価値観っつーの?物の見方っつーの?そーゆー根本的なとこで金持ちと庶民は相容れねぇよな。分かり合えねぇモン同士なんだよ、結局。庶民は庶民とつるんでんのがいちばんなんだよなぁぁぁ」
「そうだよ、銀ちゃん!私、お金持ちの人なんかより、万事屋のみんなと一緒にいる時の方がずっと楽しいです!貧乏人は貧乏人同士、この先も仲良くしましょうね!!」
誰が貧乏人だよコラ、と怒った口調で言いながらも、***の必死の形相が面白くて、銀時は思わず吹き出した。
「おい、***、いけ好かねぇ金持ちのなかでも、特に二代目の息子なんかは、ろくでなしだからな。万が一そんな奴に馴れ馴れしくされても引っかかんじゃねぇぞ。銀さんはそんな男、許しませんからね」
その言葉を聞いた***が、顔を真っ青にしてハッと息を飲んだ。つかみかからんばかりの勢いで銀時に近づいてくると、大きな声を上げた。
「ひ、ひ、引っかかるわけないでしょ!だ、だって私は、銀ちゃんのことが好きだもん!!!」
必死でまくし立てたせいで、***はぜぇぜぇと肩で息をしていた。瞳は不安そうに揺れて、あとひとことでも若旦那のことを追及されたら、泣き出してしまいそうだった。
その顔には「銀ちゃんに嫌われたくない」と大きく書かれているように見えた。その瞬間に、***がなぜ嘘をついているかが分かり、銀時の心は安堵感に包まれた。
嘘をつくことに苦しみながらも、銀時に疑われたくない一心で、***は必死で取り繕っていた。その苦しい嘘を自分がつかせていると思うと、どうしようもないほど銀時は嬉しかった。それだけで十分で、もう何も訊くことはない。
潤んだ瞳を見下ろしていると、銀時の胸に甘い感覚が走った。ふっと笑うと、***の頭にぽんと手を置いて撫でた。
「はぁぁぁ~、本当にお前って、俺のことが好きだよね〜」
「なっ……!ぎ、銀ちゃんの意地悪っ!!」
顔を真っ赤にした***を残して、銀時はにやにや笑いながら台所を出る。出てすぐの廊下に神楽と新八がいて、横っ面とみぞおちに強烈なパンチを食らった。
「ぐぇッッッ!!!……て、テメーら、」
何すんだ、と叫ぼうとした口を、ふたりに押さえつけられて、リビングへと引きずられる。
「なぁにが“俺のことが好きだよね”アルか!銀ちゃんばっかり喋って、相手がどんなヤツか全然わかんなかったネ!!」
「ろくでもない男って、銀さんが決めつけてどーすんですか!アンタはお父さんか!娘が初めての彼氏連れてきた時のお父さんなんですかァァァ!」
「っんだよ、ぱっつぁん、あの馬鹿正直の***が、仲良くないって嘘つくくれぇの男なんだから、実際ろくでなしに決まってんだろ。どーせ当日になりゃ分かんだからいーじゃねぇか」
ため息をついた新八と神楽が、こいつに任せてはおけないという顔で銀時を見下ろす。こうして見合いへの潜入の仕事に、三人全員で行くことが決定した。
ザァァァァ……―――
再びひねった蛇口から水が流れる。流しのふちに両手をついて、水音にまぎれて深いため息をつく。はじめて銀時に、男のことで嘘をついたせいで、***はひどく動揺していた。
しかし、とても本当のことは言えない。
もし銀時に、***が他の男に色目を使ったと思われたら。そして幻滅されてしまったら。銀時を好きだという気持ちを、少しでも疑われてしまったら。そしたら***の恋はそこで、終わってしまうような気がする。
―――お見合いのことはまだしも、若さんのことまで嘘をつく必要は無かったかもしれない……でも銀ちゃんに、私の気持ちをちょっとでも疑われるのは、いやだよ……銀ちゃんを好きな気持ちには嘘ひとつないって、ちゃんと信じていてもらいたい。そうじゃなきゃ、全部、意味がなくなってしまう……
水音にかき消されるほど小さな声で、***は呟いた。
「銀ちゃんに、嘘、ついちゃった……」
(嘘をつくのって、こんなにつらかったっけ)
-------------------------------------------------------
【第24話 ろくでもない男】end
配達の仕事が終わり、おかみさんに事務所に呼ばれた時から、嫌な予感はしていた。とっくに結婚して所帯を持っても、女性と言うのは恋愛の話が好きなようで、おかみさんは***に会うたび、銀時とのことを聞いてくる。
好奇心丸出しの無邪気な顔で毎朝、「銀さんと最近どうなの?進展はあった?」と聞かれるたびに、***は苦笑いして「進展があったらいいんですけどねぇ」とごまかしてきた。
今日もきっとそんなことを言われるんだろうな、と思いながら事務所に入ると、真剣な顔をしたおかみさんが、ソファに座るよう言った。
「***ちゃん、すっごいことが起きたわよ」
「え、なんですか、おかみさん、そんな怖い顔して」
「怖い顔にもなるわよ。ほら、これちょっと見て!」
そう言ったおかみさんが差し出してきたのは、クリーム色の上質な厚紙が二つ折りになった薄い冊子だった。
なんですかこれ、と言いながらその色紙サイズの冊子を開くと、中には男性の写真が二枚はめ込まれていた。見開きのページの左側には全身像の写真、右側には薄紙がのっていたが、その下に顔写真が透けて見えた。
「え、あのぉ、おかみさん、これって……」
「***ちゃん!これはねぇ……すっごい玉の輿のチャンスだよ!!」
「えぇぇッ!!?」
突然、見合い写真を見せられた***は、目を見開いて固まった。あまりの驚きに言葉を失っているうちに、まるで機関銃のようにおかみさんが喋りはじめる。
「***ちゃん!この人はすごい資産家の二代目で、この若さでかぶき町中にいくつもお店を持って経営しているような、とっても優秀な人なのよ!そんな人がなんと、***ちゃんが働いている姿を見て、一度ゆっくり会ってお話がしたいって、***ちゃんさえ良ければ、結婚を前提にお付き合いしたいって言ってるのよ!こんないい縁談、なかなか無いわよ***ちゃん!!!」
「いやいやいやッ!ちょっとおかみさん待ってください!結婚を前提になんて、そ、そんなこと急に言われてもっ!それに、そもそも私この人のこと、」
なにも知らない、と***は言いかけたが、薄紙が落ちて現れた顔写真を見て、はっと言葉を失った。それを見たおかみさんが、得意げな顔でにんまりと笑うと、口を開いた。
「やだ、***ちゃん、この人のこと知ってるでしょう?」
「こ、こ、この人っ!!!」
その写真に写った男性は、***がいつも牛乳を配達する、坂の上の大きな屋敷に住む若旦那だった。若旦那とは一年くらい前から配達の時によく顔を合わせていた。いつも早朝から働いていて、忙しそうな人だなぁと思っていた。
数カ月前、***がはじめて自転車で坂道を登りきった日、若旦那はまるでそこで待っていたかのように声をかけてきて、一緒に喜んでくれた。その日から会うたびに「***ちゃん」と呼び止められて、ちょっとした会話をするようになった。
***農園のお得意様でもあるので、***も親しみを込めて「若さん」と呼んで接していた。
「た、確かに若さんのことは、知ってますけど……でも、私、お見合いなんて……私、そんなつもり全然なくて、ただ時々立ち話をしてただけなんです」
「まぁ~***ちゃんったら可愛い顔して罪な女ねぇ!若旦那の方は全然そうじゃなかったみたいよ。こんな機会めったにないんだから、一回くらい会ってみない?おばさんが仲介人になるからさぁ!」
「えええっ!?仲介人って、本当にお見合いするってことですか!?嫌です!!だって私には、」
「好きな人がいるから嫌だっていうの?それって銀さんのことでしょ?はぁぁぁぁ~、***ちゃん、気持ちは分かるけどさぁ……老婆心ながら言うけど、そろそろ***ちゃんも女の幸せってものを考えてもいい歳よ。結婚相手って考えたら、どうしたって銀さんよりも若旦那の方がいいに決まってるでしょう?収入は安定してるし、愛想がよくて優しい人じゃない。収入も安定してるし、顔だって結構イケメンだし。それに収入も安定してるし」
結局、収入じゃないですか!と叫びながら、***は写真をおかみさんに押し返した。泣きそうな顔になりながら、何度も「お断りします」と言った。しかしそんな***に向かって、おかみさんは無慈悲にも、決定的な事実を突きつけた。
「***ちゃん、若旦那は***農園のお得意様でしょ?断るにも、断り方があると思わない?会いもしないで断るなんて、それは失礼よ。***ちゃんが銀さんを好きな気持ちは分かるけど、別に他の人に会ってみるくらいいいじゃない。ちょっと会ってみて、それで嫌なら断りなさいよ!大人になるのよ***ちゃん!!」
「うっ……お、おかみさぁ~ん、そんなぁ~……」
うなだれた***が、「本当に会うだけなら……」と心折れて渋々了承すると、おかみさんは手を叩いて喜んだ。
満面の笑みで***の手を握ったおかみさんは、「この縁談がうまくいったら、私が仲介して結婚したカップルが、百組目になるのよ!」と、***には全く関係のないところでやる気満々の顔をした。その顔を見た***は、ますます肩をがっくりと落とした。
数日後、万事屋に珍しい客が来た。インターホンが鳴り新八が玄関を開けると、牛乳屋の主人が浮かない顔で立っていた。事務所に入ってきた主人に向かって、銀時は「どうしたジジイ、嫁にエロ本のコレクションでも燃やされたか?」と冗談まじりに聞いた。
しかし主人は弱り切った顔で、「いやぁ、エロ本なんかより、もっと悪いモンが燃えちまってんだよ旦那ぁ」と言った。
事務所のソファに向かい合って腰かける。新八が運んできた茶を一口飲んだ後で、主人はおずおずと口を開くと「うちのカカァがよぉ、燃えちまってよぉ…」と喋りはじめた。
ひと通り話した主人が「と、いうことなんだよ」と言った直後、大きな声を出したのは新八だった。
「***さんにお見合いさせる!?ちょ、ちょっと親父さん、それどういうことですか!そんなの***さんがいいって言うわけないじゃないですか!!」
「そうネ!***は銀ちゃんのことが好きで、他の男なんて鼻クソくらいにしか思ってないアル!それなのにお見合いなんてするわけないネ!!」
「そうだぞクソジジイ、***はなぁ、そうやすやすと男とっかえひっかえするよーな、そこいらのアバズレとは違ぇんだ。玉の輿だか、玉遊びだか知らねぇが、働いてるとこを見ただけで見合い申し込んでくるような男は、むっつりスケベのろくでもねぇ奴に決まってんだろーが。いくらのウチの***が初心な小娘だからって、そんな変な男には引っかかりません~。オイ、ジジイ、いい加減な嘘ついてんじゃねぇぞ」
三人に詰め寄られた主人は、困り果てた顔で頭を掻いた。主人も今回の話には反対だと言う。
見合いの話となると、妻が持ち前のお節介で目を輝かせるのは以前からのことだ。今までは黙認してきたが今回はそうはいかない。娘のように可愛がっている***にまで、妻が余計なお節介を焼きはじめて、主人も必死になって止めようとしたのだ。
「そりゃ俺だって、大事な***ちゃんに無理やり見合いをさせるようなこたぁしたくねぇよ。それも相手は金持ちの二代目。旦那の言うとおり、二代目の若旦那っつーのは、遊び好き女好きのろくでなしって相場が決まってんだ。けどよぉ〜、なんせウチのカカァが “絶対にこの縁談を成功させる!” っつって聞かねぇんだ。相手はうちのお得意様だし、***ちゃんとは前から親しかったみてぇで、向こうがずいぶん入れ込んでるらしいんだよ。こりゃ俺にはどうしようもねぇって思って、今日はのこのこ来たってわけよ」
困り果てた顔でそう言った主人を見て、万事屋の三人は顔を見合わせる。
若旦那と親しいなんて話、***からは聞いたことがない。確かに***は毎朝、坂を登った先の、高級住宅が並ぶ高台まで牛乳を配達しているとは言っていた。
しかしまさか、あの子供っぽく純真な***に、金持ちのろくでもない男が目をつけるなんて、と銀時は苦虫を噛みつぶすような顔で考え込んだ。
その脳裏に数週間前のことが、ふと蘇る。
―――もう銀ちゃん、子供みたいです!
そう言って笑いながら***は、銀時の口元についていたあずき粒を食べた。
冷たい指先が、ほほに触れた感触が、今でもはっきりと思い出せる。甘い豆粒が***の薄紅色の唇の中へと入っていく瞬間が、銀時にはスローモーションのように見えた。まるで自分の身体の一部が、***に食べられたような気がした。
それは気恥ずかしくて、むずがゆくて、くせになりそうなほど、甘い感覚だった。
―――こんなガキ相手に、なにときめいてんだよ。気色悪いだろ、いい歳したオッサンが……―――
誰に言うともない自虐をしたが、その時はじめて、銀時は自分が***のことを、とっくに女として見ていることを、自覚した。
告白を受けてから一年以上が立ち、***は驚くほど大人びて、綺麗になった。世間知らずで幼いところもあるが、時々見せるふとした表情や銀時を見つめる瞳は、成熟した女のものだった。
口ではどれだけ子供扱いしても、銀時はもう***のことを、神楽やその他の女たちと同じように見ることはできない。
自惚れかもしれないが、***がこれほど美しくなった理由が、自分への恋心だと思うと、言いようのない優越感や幸福感に満たされた。
―――金持ちだかなんだか知らねぇが、大事にしてきた女を、「ハイ、どーぞ」っつって譲れるかっつーの。そりゃ***がソイツのことを本気で好きになったんなら別だけど?でも***は俺のことが好きなわけだし?そもそもソイツが***に目をつけたのも、結局は外見だろ外見。外見だけで結婚するよーな奴らは、すぐ破局すんだよ。それに比べて、俺は***が神楽同等のガキっぽい頃から見てきたし?なんなら***は俺のおかげで磨かれたみたいな?それも知らねぇくせに、金に物言わせて口説こうとするような奴に、***は渡すかっつーの!!!
「………で、ジジイ、俺たちにどうしろってんだよ」
「そうさなぁ……もう先方と話し合って、日取りまで決まってんだ。俺はその日は仕事で行けねぇし、***ちゃんはきっと心細いだろう。だから旦那たちでこっそり見守ってやってくんねぇか。相手が***ちゃんに変なことしたら、助けてやってくれよ。俺が頼んだってカカァに知れたら叱られちまうから、内密にさぁ」
銀時がうなずくまでもなく、隣にいた神楽が「そんなの頼まれなくたって絶対行くアル!金持ってるだけのろくでなしなんかに、やすやすと***は渡さないネ!そうでしょ銀ちゃん!!」と言い、依頼を引き受けた。
牛乳屋の主人が帰った数時間後、アルバイトを終えた***が万事屋へとやってきた。「くれぐれも内密に」と主人に言われた為、何も知らないふりをして***と接していたが、内心は全員、見合い相手のことを知りたくて仕方がなかった。
台所にいる***に駆け寄った神楽が、堪えきれずに「ねぇねぇ、若旦那ってどんな奴ネ」と言いかけた口を、新八の手が覆った。さらにその頭に銀時がげんこつを落とし、ここは俺に任せろとジェスチャーをして、ふたりをリビングへと追いやった。
ふたりきりになった台所で、流しに立つ***の横にそっと近づき、何食わぬ顔で質問する。
「なぁ、お前さぁ……」
「え?なんですか銀ちゃん、ちょっと聞こえない」
そう言いながら***が蛇口を閉めると、水の音が消えて静かになった。
「……足が、痛くなるほど必死んなって登る坂の上にさぁ、どんな客がいんの?確か金持ちの家があるっつってたよな、どんなヤツなんだよ、その金持ちっつーのは」
「え、」
口を半開きにした***が、カチンと固まった。驚きで見開かれた目が、じっと銀時を見つめる。それは、聞かれたくないことを聞かれた、という顔だった。
「ぇ、えぇと……そ、その……ふ、普通の!普通のお金持ちの人ですよ!全然よく知らないけど!ほらっ、貧乏な家で育った私には、接し方も分からないような人だから、挨拶くらいはしても、それ以上のことなんて何にもないですよ!私なんかとは身分が違うっていうか?お高くとまってるっていうか?ととととにかく、本当に仲良くないから、どんな人だかよく知らないです!!!」
汗をだらだらたらしながら、目をぐるぐると泳がせて、必死の形相で***は銀時に訴えた。
その言葉は嘘だと分かっていた。しかし気が付くと銀時の口からもまた、マシンガンのように言葉が飛び出していた。
「そ、そーだよな!そらそーだよなぁぁぁ、銀さんも金持ちが依頼人だったらいーけど、友達になろうとは思わねぇもん。なんつーか価値観っつーの?物の見方っつーの?そーゆー根本的なとこで金持ちと庶民は相容れねぇよな。分かり合えねぇモン同士なんだよ、結局。庶民は庶民とつるんでんのがいちばんなんだよなぁぁぁ」
「そうだよ、銀ちゃん!私、お金持ちの人なんかより、万事屋のみんなと一緒にいる時の方がずっと楽しいです!貧乏人は貧乏人同士、この先も仲良くしましょうね!!」
誰が貧乏人だよコラ、と怒った口調で言いながらも、***の必死の形相が面白くて、銀時は思わず吹き出した。
「おい、***、いけ好かねぇ金持ちのなかでも、特に二代目の息子なんかは、ろくでなしだからな。万が一そんな奴に馴れ馴れしくされても引っかかんじゃねぇぞ。銀さんはそんな男、許しませんからね」
その言葉を聞いた***が、顔を真っ青にしてハッと息を飲んだ。つかみかからんばかりの勢いで銀時に近づいてくると、大きな声を上げた。
「ひ、ひ、引っかかるわけないでしょ!だ、だって私は、銀ちゃんのことが好きだもん!!!」
必死でまくし立てたせいで、***はぜぇぜぇと肩で息をしていた。瞳は不安そうに揺れて、あとひとことでも若旦那のことを追及されたら、泣き出してしまいそうだった。
その顔には「銀ちゃんに嫌われたくない」と大きく書かれているように見えた。その瞬間に、***がなぜ嘘をついているかが分かり、銀時の心は安堵感に包まれた。
嘘をつくことに苦しみながらも、銀時に疑われたくない一心で、***は必死で取り繕っていた。その苦しい嘘を自分がつかせていると思うと、どうしようもないほど銀時は嬉しかった。それだけで十分で、もう何も訊くことはない。
潤んだ瞳を見下ろしていると、銀時の胸に甘い感覚が走った。ふっと笑うと、***の頭にぽんと手を置いて撫でた。
「はぁぁぁ~、本当にお前って、俺のことが好きだよね〜」
「なっ……!ぎ、銀ちゃんの意地悪っ!!」
顔を真っ赤にした***を残して、銀時はにやにや笑いながら台所を出る。出てすぐの廊下に神楽と新八がいて、横っ面とみぞおちに強烈なパンチを食らった。
「ぐぇッッッ!!!……て、テメーら、」
何すんだ、と叫ぼうとした口を、ふたりに押さえつけられて、リビングへと引きずられる。
「なぁにが“俺のことが好きだよね”アルか!銀ちゃんばっかり喋って、相手がどんなヤツか全然わかんなかったネ!!」
「ろくでもない男って、銀さんが決めつけてどーすんですか!アンタはお父さんか!娘が初めての彼氏連れてきた時のお父さんなんですかァァァ!」
「っんだよ、ぱっつぁん、あの馬鹿正直の***が、仲良くないって嘘つくくれぇの男なんだから、実際ろくでなしに決まってんだろ。どーせ当日になりゃ分かんだからいーじゃねぇか」
ため息をついた新八と神楽が、こいつに任せてはおけないという顔で銀時を見下ろす。こうして見合いへの潜入の仕事に、三人全員で行くことが決定した。
ザァァァァ……―――
再びひねった蛇口から水が流れる。流しのふちに両手をついて、水音にまぎれて深いため息をつく。はじめて銀時に、男のことで嘘をついたせいで、***はひどく動揺していた。
しかし、とても本当のことは言えない。
もし銀時に、***が他の男に色目を使ったと思われたら。そして幻滅されてしまったら。銀時を好きだという気持ちを、少しでも疑われてしまったら。そしたら***の恋はそこで、終わってしまうような気がする。
―――お見合いのことはまだしも、若さんのことまで嘘をつく必要は無かったかもしれない……でも銀ちゃんに、私の気持ちをちょっとでも疑われるのは、いやだよ……銀ちゃんを好きな気持ちには嘘ひとつないって、ちゃんと信じていてもらいたい。そうじゃなきゃ、全部、意味がなくなってしまう……
水音にかき消されるほど小さな声で、***は呟いた。
「銀ちゃんに、嘘、ついちゃった……」
(嘘をつくのって、こんなにつらかったっけ)
-------------------------------------------------------
【第24話 ろくでもない男】end