銀ちゃんに恋する女の子
鼻から牛乳(純情)
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【第23話 ひこうき雲と踏切】
ジャラジャラジャラ…パラリラパラリラ…
パチンコ屋の店内は騒音で満ちていて、他人の声はほとんど聞こえない。椅子に背中を丸めてだらりと座りながら、見つめる台の中で銀の玉は呆気なく弾かれて、どんどん消えていく。ギャンブルの神は無慈悲にも、元は万事屋の今夜の夕飯代だった金を、あっという間に奪っていった。
前々から分かってはいたが、自分は賭けごとの神には見放されてる。こうなったら女神でもなんでもいいから俺に味方しろよ、と思いながら、ぼーっと台を見つめていると、隣から急に肩を叩かれた。
「オイ!銀さん!お前さんの女神が来てるぞ!!!」
「あぁ?女神ぃ?」
どこにどんな女神がいんだよ、女神っつーからには巨乳だろうな、と思いながら隣の親父が指さす方を見る。
ガラス張りの店の外に、銀時に向かって手を振る***がいた。銀時と目が合った瞬間、***は満面の笑みを浮かべた。大きな声で何かを喋っているが、もちろん聞こえない。口を大きく動かして何かを伝えようとしているので、銀時は目を凝らして***の唇の動きを見た。
―――なにアイツ、なんつー顔して笑ってんの?アイツは胸もちっちぇし、あんなの女神じゃねぇだろ。どっちかってーと天使じゃね?天使の微笑みじゃね?店中のロリコンどもが鼻の下伸ばすから、無防備にそーゆー顔すんのやめろよ。そんな顔で必死になに言ってんの?なになに、天使語でなに喋ってんの?
動きを止めた銀時が、***の小さな桃色の唇の動きを、じっと見つめる。それは確かに「す」「き」と動いていた。それも繰り返し何度も。
―――はぁぁぁ!?アイツなにやってんの!?っんなこっ恥ずかしいこと、でっけー声で叫んでんじゃねぇよ!!馬鹿か!!
慌てて椅子から立ち上がり、隣の親父に残りの玉を渡す。転がるように店を出ると、大股で***のもとへと駆け寄った。***もまた、まるで羽ばたく天使のように浮き浮きとした足取りで近づいてきた。
「銀ちゃん!今日、すき、むぐっ!!!」
大きな声で叫ぼうとした***の口を、とっさに銀時の大きな手が覆った。
「お前なぁっ!人前でなに恥ずかしいこと叫んでんだよ!!お前が俺のこと好きなのはよぉっく分かってっから、んなでっけー声で言うなっつーの!こっちが恥ずかしいだろうが!!」
「ん゙ぅッ!?…ぶはっ!な、なに言ってんですか!?今日の晩ごはんは、すき焼きだよって言っただけだもん!恥ずかしいことなんて何も言ってないです!!」
「は?すき焼き?」
なんだ、すき焼きか、すき焼きね。とつぶやいてから***を見下ろして、「いや、そんな金あるわけねぇだろ」と銀時は言った。ぱっと顔を輝かせた***が、銀時を見上げて口を開く。珍しくお登勢がすき焼きをご馳走してくれるという。
「遅くなったけど、銀ちゃんの退院祝いだって!よかったねぇ銀ちゃん、ケガが治って!お登勢さんが私も誘ってくれて、一緒にお肉屋さんで牛肉買って来いって!」
そう言ってお登勢の財布を持った片手をあげて、頭から花でも咲きそうな勢いで***がふにゃりと笑った。その顔を見ていると銀時の口元も勝手にゆるんで、こらえきれずにふっと笑った。
少しづつ夕暮れが、街に訪れていた。
いつもの商店街をふたりで歩くと、冷やかされて恥ずかしいので、***は面倒くさがる銀時の腕を引いて、少し遠い精肉店まで足をのばした。
「すき焼き用の牛肉をください」とショーケース越しに店主に伝える。店主は並んで立つ銀時と***をじっと見つめて、にっこりと笑うと口を開いた。
「ふたりは今日が記念日かなんかかい?すき焼きでお祝いなんて、初々しい新婚さんだね」
「へっ!?し、新婚っ!?…ちがいます!そ、そーゆーのじゃないです!!」
「あれ、奥さん照れちゃって、ますます初々しくって可愛いねぇ、なぁ旦那」
「おー、ジジイ、てめぇんとこの嫁はもうこんなピチピチじゃねぇだろ。よかったな***、可愛い若妻だってよ。褒めてもらったお礼にもっと奮発して牛肉買ってやれよ」
「わ、若妻って……わ、私はまだ誰とも結婚してません!からかうのはやめてください!!」
顔を真っ赤にして店頭で叫んだ***を見て、銀時はげらげらと笑った。店主はまるで仲のいい夫婦を見るような、慈悲深い眼差しでふたりを眺めていた。
買った肉が入ったビニール袋を受け取って、通りに出る。ふと見上げると夕焼けであかね色に染まった空を、一筋の飛行機雲が横切っていた。どうりで足首がシクシク痛むはずだ、と思いながら***は歩きはじめる。
さっきまで一緒にいたはずの銀時がいなくて、きょろきょろ見渡すと肉屋の隣の団子屋の前で立ち止まっていた。
「なぁに、銀ちゃん、お団子食べたいんですか?」
「三本、いや一本でいい。***さ~ん、お願いしますよぉ~女神さまぁ、天使さまぁ~、俺の所持金は全部パチンコに消えちまったんだってぇ」
「もぉ~、しょうがないなぁ、一本だけですからね」
そう言いながら団子屋のおかみさんに声をかけて、串に刺さった団子を買う。おかみさんは***の顔を見て「あんた牛乳屋さんとこの子でしょ?今度配達頼もうと思ってたんだ」と言って微笑んだ。***もにっこり笑って、「いつでもどうぞ!ぜひ配達させてください」と答えた。
銀時につぶあんがのった団子と、自分用にみたらし団子を1本づつ頼んだのに、団子屋のおかみさんは銀時の顔を見て、ハッとした顔で手を止めた。そして「銀髪のお侍さんは初めて見たから」と言って、突然プラスチックのパックを取り出すと、それぞれ10本づつ包んで渡してきた。恐縮する***とは対照的に、銀時はすぐさま喜んで受け取った。
「おい***、銀さんに感謝しろよ。どいつもこいつも白髪頭とか、腐れ天パとか馬鹿にすっけど、たまにはこーやって役にたつこともあんだからな」
「うん、まさか銀髪を初めて見たからって理由で、こんなにお団子くれるとは思わなかったです。すごいねぇ銀ちゃん」
***の言葉を聞いて、銀時は得意げにふふんと笑った。意気揚々と包みをほどいて、子供のように嬉しそうな顔で団子を食べ始める。
あっという間に5本平らげた銀時の口の端に、つぶあんのあずきがひと粒ついていた。歩きながら食べる銀時に「ねぇ、お口の横にあずき粒ついてますよ」と教えたが、食べることに夢中で全く取ろうとしない。呆れた***が背伸びをして、そのあずき粒に手を伸ばす。
「もう銀ちゃん、子供みたいです!」
そう言って***は笑いながら、銀時の口元についていたあずき粒を指でつまんで取った。そして何も考えずにぱくりと食べて、へらりと微笑んだ。銀時は一瞬動きを止めて***を見つめてから、ぱっと目をそらした。
「うるせぇな、だんご食う時は口の周りがどんだけ汚れてもいいんですぅ、それが正しい作法なんですぅ」と意味の分からない言い訳をして、再び歩き出した。
***もみたらし団子を1本取り出して、食べ始める。少し前を歩いていた銀時が、急に振り向いて戻って来ると、***の手から買物袋を取り上げた。
「ありがとう、銀ちゃん」と言っている途中で、信じられないことが起きて、***は言葉を失った。
気が付くと団子を持っていない方の手を、銀時の手がぎゅっとにぎっていた。
そのまま手を引かれて歩き出す。数歩進んだところでようやく、銀時と手を繋いで歩いていることに、***は気付いた。
考えるよりも先に、震える唇から言葉が飛び出していた。
「え、……銀ちゃん、なんで?」
「あぁ?……だってお前、足痛ぇんだろ?よろけて肉ぶちまけられたら、今夜のすき焼きが無くなっちまうし、転んでケガでもしてみろよ、高ぇ肉食うどころか、ババァと神楽に俺がミンチにされるっつーの。しょーがねぇから手ぇつないでやるよ。よかったな***、大好きな銀さんとお手々つなげて」
そう言ってにやにやと笑う銀時を見上げて、***の顔はさっと赤みを帯びた。とても恥ずかしい、でもどうしても気になると思って、再び***は口を開いた。
「……なんで?なんで銀ちゃん……私の足が痛いって分かるの?」
足を引きずっていたわけじゃないのに、シクシクと痛む程度で、こんなの慣れっこなのに。ひと言も言っていないのに、銀時が気付いてくれたことに心底驚いて、***は追及せずにいられない。
すると銀時は「あ~?あれ」とだけ言って、空を指さした。そこには、さっきよりも少しにじんだ飛行機雲が浮かんでいた。
ほらね……―――
銀時に手を引かれながら、***は自分の身体に、ぶわぁぁぁと幸せが駆け巡るのを感じていた。まるで花瓶に水が注がれるように、銀時の温かい手から幸福感が流れ込んできて、全身へと広がっていく。
―――ほらね、やっぱり銀ちゃんは宇宙でいちばん優しい。こんなに優しい人、私は他に知らない……
少し前を歩く銀時の後ろ姿を、じっと見つめる。こんな風に手を繋いでもらったのはいつぶりだろう。ずいぶん前な気がする。並んで歩くたびに何度も、銀時の手を取りたいと思っていたが、振り払われたらと想像すると恐ろしくて、***は手を伸ばすことすらできなかった。
それをいま、銀時のほうから***の手をにぎってくれたのだ。嬉しさを噛みしめると同時に、恥ずかしさを紛らわすために、みたらし団子をぱくりと食べた。さっき食べたひとつめの団子より、ずっと甘い気がした。
夕焼けも薄れ日が暮れて、薄闇の広がる街を、手を繋いでふたりで歩く。馴染みのない道を歩いていると、通りにそった家々から夕飯の匂いや、風呂を焚く湯気の香りがした。
「日常」という言葉が***の頭に浮かんだ。穏やかな日常のなかに、銀時と一緒にいることが、***には奇跡のように思えた。こんなに幸せでいいんだろうか、と心配になるほど、***の心は満ち足りている。
「げっ、オイ***、あの踏切やべぇぞ。たしか長谷川さんが、一回つかまったらなかなか渡れねぇ開かずの踏切っつってたよーな……」
銀時がそう言うと同時に、数メートル先の踏切から「カンカンカン…」と鐘の音が鳴り始めた。
「つかまっちゃったね。どうしよう、抜け道探してみましょうか?」
遮断機の降りた踏切の前に並んで立ち、困った顔で***が見上げると、目が合った銀時は「ぶっ!」と吹き出した。
「ちょっと、***さぁ~ん、人のこと子供みたいとか言っといて、お前もほっぺたにみたらしのタレつけてんじゃねぇか。お前は小学生ですか、食いしん坊の小学生なんですかぁ?」
「えっ!?ついてる!?やだぁ、ちょっと見ないでください」
馬鹿にしたような顔で、銀時は***を見下ろして笑った。恥ずかしさに目を泳がせて、***は繋いでいた手をぱっと離すと、その手でほほをぬぐおうとした。
「おい、もったいねぇだろ」
そう言った銀時が、ほほを拭こうとした***の手をつかんだ。驚いた***が動きを止めた一瞬の隙に、銀時が近づいてきていた。
手をつかんでいた銀時の手が離れて、するりと***の首を這った。くすぐったくて「わぁっ」と声を上げていると、後頭部を片手でおさえられる。そのまま頭をぐいっと引っ張られた。銀時を見上げたまま固まっている***の顔に、ゆっくりと赤い瞳が近づいてきた。
ほほの、唇のすぐ横に、温かい息が当たるのを感じる。何が起きているのか分からなくて、***はただ、目の前の細められた銀時の瞳をじっと見つめていた。
ぺろり、と音が聞こえそうなほどの動きで、唇のすぐ近くの肌を、ざらついた何かがゆっくりと這っていく。それが銀時の舌だと気付いた瞬間、あまりの驚きに***はぎゅっと目をつむった。
「んぅっ………!!!」
自分でも変な声だと思うような小さな叫びが、***の唇から漏れた。ゆっくりと動く銀時の舌が、下から上にみたらしのタレのついた所を数回舐め上げた。
頭をつかんだ手が熱くて、目をつむりながらも***は眩暈を起こしそうだと思った。甘い香りのする銀時の舌が、唇の端をかすめるように、もう一度丁寧に舐めてから離れていった。
「は~い、取れましたぁ~、みたらしも結構うめぇのな。でももっと甘くてもよくね?あんこにみたらしかけて、砂糖まぶせって感じじゃね?あれ、それ美味そうだな。今度やろ」
ぱっと顔を離した銀時が、すぐに喋りはじめる。まるで何もなかったかのような口ぶりなのに、その大きな手は再び、***の手を取って強くにぎりしめた。
瞳を開いた***が、あわあわと唇を震わせて、顔を真っ赤にしていることに気付いて、銀時は大口を開けて笑った。
「まぁた、お前は茹でダコみたいになりやがって、その顔、あんま人前ですんなよ、見てるこっちがちょー恥ずかしいから」
「~~~~~~~っ!だ、誰のせいだと思ってるんですか!銀ちゃんが変なことするからっ、もぉ~~~!馬鹿ァァァ!!」
片手は銀時に繋がれ、もう片方の手は団子を持っているせいで顔を隠すこともできない。「うぎぎ」と唇を噛んで恥ずかしさに耐える***を、にやついた顔で銀時が見下ろしている。
「変なことしただぁ?それはこっちのセリフだっつーの。今のは大人をからかった仕返しだからな」
銀時の言った言葉の意味が分からなくて、真っ赤な顔のまま***は「え?」と言った。
それってどう意味、と言っている途中で、ゴォッという轟音をたてて踏切の向こうを電車が通過した。カンカンカン……という鐘の音も相まって、周りの音は全てかき消されてしまった。
ふっと笑ってから銀時が前を向く。***は少し後ろからその横顔を見つめた。
唇の端に、まだ銀時の舌が通った感触がはっきりと残っていて、そこから火が出そうなほど熱い。気を抜くと意識を失ってしまいそうなほど、恥ずかしい。
しっかりしろ***、と自分に言い聞かせて、ぎゅっと手に力を入れる。すると銀時の手も、ぎゅっと強くにぎり返してきた。
―――あぁ、もう、駄目だ……こんなんじゃ、銀ちゃんのことを好きなる一方で、何をされてもドキドキするばかりで、心臓がはち切れて死んでしまう……
電車のたてる風で髪がなびく。顔の前で揺れる髪に遮られた視界のなかで、***はじっと銀時の横顔を見つめ続けた。
前を向いている銀時は、ぼーっとして何も考えてなさそうに見える。その横顔をずっと見ていたい。ずっとこうして並んで、手を繋いでいたい。そう***は思っていた。
―――この踏切がずっと開かなければいい。このままずっとここに立って、銀ちゃんの手の温かさを感じていたい。もうどこにも行けなくていい。銀ちゃんの隣にだけ、いられたらいいのに……
それが絶対に叶わない願いだと、***はよく分かっている。銀時と平和な日常のなかに一緒にいられることは、本当に奇跡だということも、身に染みるほど分かっていた。
でもそう思うほど胸が苦しくて、***は涙ぐんでしまう。銀時を思う気持ちでいっぱいで、こんなに幸せなのに、どうしてこんなに切ないのだろう。手を繋ぐだけでいいのに、どうしてわがままに、もっと銀時のことを求めてしまうのだろう。
―――ねぇ、銀ちゃん、どうしてそんなに優しいの?どうして手を繋いでくれるの?どうしてあんなことしたの?私のこと子供扱いするくせに、どうして期待させるようなことするの?ねぇ、銀ちゃん、どうして?
聞きたいことは沢山あるのに、答えが怖くてとても聞けない。ただ、この踏切の轟音のなかでなら、もう一度本気で言える言葉がある。何度も「はいはい、お前が銀さんのこと好きなのはよく分かったよ」と言い返されて、全然相手にされないから、最近はあまり言えなくなってしまった言葉だ。
「銀ちゃん……すき、だいすき……」
銀時の横顔に向かって、小さくつぶやいた***の声は、電車の音に呆気なくかき消された。声は届いてないはずなのに、ふと振り向いた銀時が、***を見つめ返した。
瞳に涙が溜まっているのが分かる。誰かを恋しく思う気持ちが、こんなに切ないなんて、***は知らなかった。どんなに好きだと思っても、それが伝わるとは限らない。それでも好きだと思わずにいられない。
―――銀ちゃん、すき、大好きだよ。切なくて、苦しくて、好きになる前に戻れたら楽だと思うこともあるけど、でももう戻れないよ。踏切を渡るみたいに、私は銀ちゃんを好きだって、もう踏み出しちゃったから。もう、好きになる前には戻れないよ……
「……すき、好きだよ、銀ちゃん」
涙を溜めた瞳でじっと銀時を見上げたまま、***はつぶやき続ける。銀時は***の唇を見つめてから、ハッとして息を飲んだ。
大きな音を立てて走る電車は、***が何度も涙声でつぶやいた「すき」という言葉を、最後の最後までかき消して、走り去って行った。遮断機が上がり、鐘の音も止む。世界が動き出して、周囲の音や声が戻って来る。
「なに***、お前……そんな泣きそうになるほど、すき焼き食いてぇの?」
呆れた顔で銀時がそう言うのを聞いて、***の身体から力が抜けた。思わず「あはは」という笑いが漏れた。着物の袖で目元をぎゅっと抑えると、浮かんでいた涙はあっという間に消えた。
ぱっと顔を上げて、満面の笑みを浮かべた***は、喜びで弾けるような声を出した。
「うん!すき焼きなんて何年ぶりだろう!すっごく楽しみです。いっぱいお肉食べようね、銀ちゃん」
そう言って笑った***を見て、声もなく銀時は笑い返した。「神楽に肉ぜんぶ取られねぇよーに、せいぜい頑張れよ」と言って、***の手を引いて歩き始めた。
街にはもう夜が来ていて、家々の窓から平和な日常の灯りが漏れていた。銀時の温かい手に包まれていると、やっぱり***の胸には幸せが溢れてきた。
手を引かれて歩きながら、***は暗くなった空を見上げた。そこにはもう飛行機雲は見えなかった。小さな星が光っていたが、どの光もいまにも消えそうなほど弱々しくて、どんな願いをしても叶わなそうだと、***は思った。
***が銀時に告白してから、一年が経とうとしていた。
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【第23話 ひこうき雲と踏切】end
ジャラジャラジャラ…パラリラパラリラ…
パチンコ屋の店内は騒音で満ちていて、他人の声はほとんど聞こえない。椅子に背中を丸めてだらりと座りながら、見つめる台の中で銀の玉は呆気なく弾かれて、どんどん消えていく。ギャンブルの神は無慈悲にも、元は万事屋の今夜の夕飯代だった金を、あっという間に奪っていった。
前々から分かってはいたが、自分は賭けごとの神には見放されてる。こうなったら女神でもなんでもいいから俺に味方しろよ、と思いながら、ぼーっと台を見つめていると、隣から急に肩を叩かれた。
「オイ!銀さん!お前さんの女神が来てるぞ!!!」
「あぁ?女神ぃ?」
どこにどんな女神がいんだよ、女神っつーからには巨乳だろうな、と思いながら隣の親父が指さす方を見る。
ガラス張りの店の外に、銀時に向かって手を振る***がいた。銀時と目が合った瞬間、***は満面の笑みを浮かべた。大きな声で何かを喋っているが、もちろん聞こえない。口を大きく動かして何かを伝えようとしているので、銀時は目を凝らして***の唇の動きを見た。
―――なにアイツ、なんつー顔して笑ってんの?アイツは胸もちっちぇし、あんなの女神じゃねぇだろ。どっちかってーと天使じゃね?天使の微笑みじゃね?店中のロリコンどもが鼻の下伸ばすから、無防備にそーゆー顔すんのやめろよ。そんな顔で必死になに言ってんの?なになに、天使語でなに喋ってんの?
動きを止めた銀時が、***の小さな桃色の唇の動きを、じっと見つめる。それは確かに「す」「き」と動いていた。それも繰り返し何度も。
―――はぁぁぁ!?アイツなにやってんの!?っんなこっ恥ずかしいこと、でっけー声で叫んでんじゃねぇよ!!馬鹿か!!
慌てて椅子から立ち上がり、隣の親父に残りの玉を渡す。転がるように店を出ると、大股で***のもとへと駆け寄った。***もまた、まるで羽ばたく天使のように浮き浮きとした足取りで近づいてきた。
「銀ちゃん!今日、すき、むぐっ!!!」
大きな声で叫ぼうとした***の口を、とっさに銀時の大きな手が覆った。
「お前なぁっ!人前でなに恥ずかしいこと叫んでんだよ!!お前が俺のこと好きなのはよぉっく分かってっから、んなでっけー声で言うなっつーの!こっちが恥ずかしいだろうが!!」
「ん゙ぅッ!?…ぶはっ!な、なに言ってんですか!?今日の晩ごはんは、すき焼きだよって言っただけだもん!恥ずかしいことなんて何も言ってないです!!」
「は?すき焼き?」
なんだ、すき焼きか、すき焼きね。とつぶやいてから***を見下ろして、「いや、そんな金あるわけねぇだろ」と銀時は言った。ぱっと顔を輝かせた***が、銀時を見上げて口を開く。珍しくお登勢がすき焼きをご馳走してくれるという。
「遅くなったけど、銀ちゃんの退院祝いだって!よかったねぇ銀ちゃん、ケガが治って!お登勢さんが私も誘ってくれて、一緒にお肉屋さんで牛肉買って来いって!」
そう言ってお登勢の財布を持った片手をあげて、頭から花でも咲きそうな勢いで***がふにゃりと笑った。その顔を見ていると銀時の口元も勝手にゆるんで、こらえきれずにふっと笑った。
少しづつ夕暮れが、街に訪れていた。
いつもの商店街をふたりで歩くと、冷やかされて恥ずかしいので、***は面倒くさがる銀時の腕を引いて、少し遠い精肉店まで足をのばした。
「すき焼き用の牛肉をください」とショーケース越しに店主に伝える。店主は並んで立つ銀時と***をじっと見つめて、にっこりと笑うと口を開いた。
「ふたりは今日が記念日かなんかかい?すき焼きでお祝いなんて、初々しい新婚さんだね」
「へっ!?し、新婚っ!?…ちがいます!そ、そーゆーのじゃないです!!」
「あれ、奥さん照れちゃって、ますます初々しくって可愛いねぇ、なぁ旦那」
「おー、ジジイ、てめぇんとこの嫁はもうこんなピチピチじゃねぇだろ。よかったな***、可愛い若妻だってよ。褒めてもらったお礼にもっと奮発して牛肉買ってやれよ」
「わ、若妻って……わ、私はまだ誰とも結婚してません!からかうのはやめてください!!」
顔を真っ赤にして店頭で叫んだ***を見て、銀時はげらげらと笑った。店主はまるで仲のいい夫婦を見るような、慈悲深い眼差しでふたりを眺めていた。
買った肉が入ったビニール袋を受け取って、通りに出る。ふと見上げると夕焼けであかね色に染まった空を、一筋の飛行機雲が横切っていた。どうりで足首がシクシク痛むはずだ、と思いながら***は歩きはじめる。
さっきまで一緒にいたはずの銀時がいなくて、きょろきょろ見渡すと肉屋の隣の団子屋の前で立ち止まっていた。
「なぁに、銀ちゃん、お団子食べたいんですか?」
「三本、いや一本でいい。***さ~ん、お願いしますよぉ~女神さまぁ、天使さまぁ~、俺の所持金は全部パチンコに消えちまったんだってぇ」
「もぉ~、しょうがないなぁ、一本だけですからね」
そう言いながら団子屋のおかみさんに声をかけて、串に刺さった団子を買う。おかみさんは***の顔を見て「あんた牛乳屋さんとこの子でしょ?今度配達頼もうと思ってたんだ」と言って微笑んだ。***もにっこり笑って、「いつでもどうぞ!ぜひ配達させてください」と答えた。
銀時につぶあんがのった団子と、自分用にみたらし団子を1本づつ頼んだのに、団子屋のおかみさんは銀時の顔を見て、ハッとした顔で手を止めた。そして「銀髪のお侍さんは初めて見たから」と言って、突然プラスチックのパックを取り出すと、それぞれ10本づつ包んで渡してきた。恐縮する***とは対照的に、銀時はすぐさま喜んで受け取った。
「おい***、銀さんに感謝しろよ。どいつもこいつも白髪頭とか、腐れ天パとか馬鹿にすっけど、たまにはこーやって役にたつこともあんだからな」
「うん、まさか銀髪を初めて見たからって理由で、こんなにお団子くれるとは思わなかったです。すごいねぇ銀ちゃん」
***の言葉を聞いて、銀時は得意げにふふんと笑った。意気揚々と包みをほどいて、子供のように嬉しそうな顔で団子を食べ始める。
あっという間に5本平らげた銀時の口の端に、つぶあんのあずきがひと粒ついていた。歩きながら食べる銀時に「ねぇ、お口の横にあずき粒ついてますよ」と教えたが、食べることに夢中で全く取ろうとしない。呆れた***が背伸びをして、そのあずき粒に手を伸ばす。
「もう銀ちゃん、子供みたいです!」
そう言って***は笑いながら、銀時の口元についていたあずき粒を指でつまんで取った。そして何も考えずにぱくりと食べて、へらりと微笑んだ。銀時は一瞬動きを止めて***を見つめてから、ぱっと目をそらした。
「うるせぇな、だんご食う時は口の周りがどんだけ汚れてもいいんですぅ、それが正しい作法なんですぅ」と意味の分からない言い訳をして、再び歩き出した。
***もみたらし団子を1本取り出して、食べ始める。少し前を歩いていた銀時が、急に振り向いて戻って来ると、***の手から買物袋を取り上げた。
「ありがとう、銀ちゃん」と言っている途中で、信じられないことが起きて、***は言葉を失った。
気が付くと団子を持っていない方の手を、銀時の手がぎゅっとにぎっていた。
そのまま手を引かれて歩き出す。数歩進んだところでようやく、銀時と手を繋いで歩いていることに、***は気付いた。
考えるよりも先に、震える唇から言葉が飛び出していた。
「え、……銀ちゃん、なんで?」
「あぁ?……だってお前、足痛ぇんだろ?よろけて肉ぶちまけられたら、今夜のすき焼きが無くなっちまうし、転んでケガでもしてみろよ、高ぇ肉食うどころか、ババァと神楽に俺がミンチにされるっつーの。しょーがねぇから手ぇつないでやるよ。よかったな***、大好きな銀さんとお手々つなげて」
そう言ってにやにやと笑う銀時を見上げて、***の顔はさっと赤みを帯びた。とても恥ずかしい、でもどうしても気になると思って、再び***は口を開いた。
「……なんで?なんで銀ちゃん……私の足が痛いって分かるの?」
足を引きずっていたわけじゃないのに、シクシクと痛む程度で、こんなの慣れっこなのに。ひと言も言っていないのに、銀時が気付いてくれたことに心底驚いて、***は追及せずにいられない。
すると銀時は「あ~?あれ」とだけ言って、空を指さした。そこには、さっきよりも少しにじんだ飛行機雲が浮かんでいた。
ほらね……―――
銀時に手を引かれながら、***は自分の身体に、ぶわぁぁぁと幸せが駆け巡るのを感じていた。まるで花瓶に水が注がれるように、銀時の温かい手から幸福感が流れ込んできて、全身へと広がっていく。
―――ほらね、やっぱり銀ちゃんは宇宙でいちばん優しい。こんなに優しい人、私は他に知らない……
少し前を歩く銀時の後ろ姿を、じっと見つめる。こんな風に手を繋いでもらったのはいつぶりだろう。ずいぶん前な気がする。並んで歩くたびに何度も、銀時の手を取りたいと思っていたが、振り払われたらと想像すると恐ろしくて、***は手を伸ばすことすらできなかった。
それをいま、銀時のほうから***の手をにぎってくれたのだ。嬉しさを噛みしめると同時に、恥ずかしさを紛らわすために、みたらし団子をぱくりと食べた。さっき食べたひとつめの団子より、ずっと甘い気がした。
夕焼けも薄れ日が暮れて、薄闇の広がる街を、手を繋いでふたりで歩く。馴染みのない道を歩いていると、通りにそった家々から夕飯の匂いや、風呂を焚く湯気の香りがした。
「日常」という言葉が***の頭に浮かんだ。穏やかな日常のなかに、銀時と一緒にいることが、***には奇跡のように思えた。こんなに幸せでいいんだろうか、と心配になるほど、***の心は満ち足りている。
「げっ、オイ***、あの踏切やべぇぞ。たしか長谷川さんが、一回つかまったらなかなか渡れねぇ開かずの踏切っつってたよーな……」
銀時がそう言うと同時に、数メートル先の踏切から「カンカンカン…」と鐘の音が鳴り始めた。
「つかまっちゃったね。どうしよう、抜け道探してみましょうか?」
遮断機の降りた踏切の前に並んで立ち、困った顔で***が見上げると、目が合った銀時は「ぶっ!」と吹き出した。
「ちょっと、***さぁ~ん、人のこと子供みたいとか言っといて、お前もほっぺたにみたらしのタレつけてんじゃねぇか。お前は小学生ですか、食いしん坊の小学生なんですかぁ?」
「えっ!?ついてる!?やだぁ、ちょっと見ないでください」
馬鹿にしたような顔で、銀時は***を見下ろして笑った。恥ずかしさに目を泳がせて、***は繋いでいた手をぱっと離すと、その手でほほをぬぐおうとした。
「おい、もったいねぇだろ」
そう言った銀時が、ほほを拭こうとした***の手をつかんだ。驚いた***が動きを止めた一瞬の隙に、銀時が近づいてきていた。
手をつかんでいた銀時の手が離れて、するりと***の首を這った。くすぐったくて「わぁっ」と声を上げていると、後頭部を片手でおさえられる。そのまま頭をぐいっと引っ張られた。銀時を見上げたまま固まっている***の顔に、ゆっくりと赤い瞳が近づいてきた。
ほほの、唇のすぐ横に、温かい息が当たるのを感じる。何が起きているのか分からなくて、***はただ、目の前の細められた銀時の瞳をじっと見つめていた。
ぺろり、と音が聞こえそうなほどの動きで、唇のすぐ近くの肌を、ざらついた何かがゆっくりと這っていく。それが銀時の舌だと気付いた瞬間、あまりの驚きに***はぎゅっと目をつむった。
「んぅっ………!!!」
自分でも変な声だと思うような小さな叫びが、***の唇から漏れた。ゆっくりと動く銀時の舌が、下から上にみたらしのタレのついた所を数回舐め上げた。
頭をつかんだ手が熱くて、目をつむりながらも***は眩暈を起こしそうだと思った。甘い香りのする銀時の舌が、唇の端をかすめるように、もう一度丁寧に舐めてから離れていった。
「は~い、取れましたぁ~、みたらしも結構うめぇのな。でももっと甘くてもよくね?あんこにみたらしかけて、砂糖まぶせって感じじゃね?あれ、それ美味そうだな。今度やろ」
ぱっと顔を離した銀時が、すぐに喋りはじめる。まるで何もなかったかのような口ぶりなのに、その大きな手は再び、***の手を取って強くにぎりしめた。
瞳を開いた***が、あわあわと唇を震わせて、顔を真っ赤にしていることに気付いて、銀時は大口を開けて笑った。
「まぁた、お前は茹でダコみたいになりやがって、その顔、あんま人前ですんなよ、見てるこっちがちょー恥ずかしいから」
「~~~~~~~っ!だ、誰のせいだと思ってるんですか!銀ちゃんが変なことするからっ、もぉ~~~!馬鹿ァァァ!!」
片手は銀時に繋がれ、もう片方の手は団子を持っているせいで顔を隠すこともできない。「うぎぎ」と唇を噛んで恥ずかしさに耐える***を、にやついた顔で銀時が見下ろしている。
「変なことしただぁ?それはこっちのセリフだっつーの。今のは大人をからかった仕返しだからな」
銀時の言った言葉の意味が分からなくて、真っ赤な顔のまま***は「え?」と言った。
それってどう意味、と言っている途中で、ゴォッという轟音をたてて踏切の向こうを電車が通過した。カンカンカン……という鐘の音も相まって、周りの音は全てかき消されてしまった。
ふっと笑ってから銀時が前を向く。***は少し後ろからその横顔を見つめた。
唇の端に、まだ銀時の舌が通った感触がはっきりと残っていて、そこから火が出そうなほど熱い。気を抜くと意識を失ってしまいそうなほど、恥ずかしい。
しっかりしろ***、と自分に言い聞かせて、ぎゅっと手に力を入れる。すると銀時の手も、ぎゅっと強くにぎり返してきた。
―――あぁ、もう、駄目だ……こんなんじゃ、銀ちゃんのことを好きなる一方で、何をされてもドキドキするばかりで、心臓がはち切れて死んでしまう……
電車のたてる風で髪がなびく。顔の前で揺れる髪に遮られた視界のなかで、***はじっと銀時の横顔を見つめ続けた。
前を向いている銀時は、ぼーっとして何も考えてなさそうに見える。その横顔をずっと見ていたい。ずっとこうして並んで、手を繋いでいたい。そう***は思っていた。
―――この踏切がずっと開かなければいい。このままずっとここに立って、銀ちゃんの手の温かさを感じていたい。もうどこにも行けなくていい。銀ちゃんの隣にだけ、いられたらいいのに……
それが絶対に叶わない願いだと、***はよく分かっている。銀時と平和な日常のなかに一緒にいられることは、本当に奇跡だということも、身に染みるほど分かっていた。
でもそう思うほど胸が苦しくて、***は涙ぐんでしまう。銀時を思う気持ちでいっぱいで、こんなに幸せなのに、どうしてこんなに切ないのだろう。手を繋ぐだけでいいのに、どうしてわがままに、もっと銀時のことを求めてしまうのだろう。
―――ねぇ、銀ちゃん、どうしてそんなに優しいの?どうして手を繋いでくれるの?どうしてあんなことしたの?私のこと子供扱いするくせに、どうして期待させるようなことするの?ねぇ、銀ちゃん、どうして?
聞きたいことは沢山あるのに、答えが怖くてとても聞けない。ただ、この踏切の轟音のなかでなら、もう一度本気で言える言葉がある。何度も「はいはい、お前が銀さんのこと好きなのはよく分かったよ」と言い返されて、全然相手にされないから、最近はあまり言えなくなってしまった言葉だ。
「銀ちゃん……すき、だいすき……」
銀時の横顔に向かって、小さくつぶやいた***の声は、電車の音に呆気なくかき消された。声は届いてないはずなのに、ふと振り向いた銀時が、***を見つめ返した。
瞳に涙が溜まっているのが分かる。誰かを恋しく思う気持ちが、こんなに切ないなんて、***は知らなかった。どんなに好きだと思っても、それが伝わるとは限らない。それでも好きだと思わずにいられない。
―――銀ちゃん、すき、大好きだよ。切なくて、苦しくて、好きになる前に戻れたら楽だと思うこともあるけど、でももう戻れないよ。踏切を渡るみたいに、私は銀ちゃんを好きだって、もう踏み出しちゃったから。もう、好きになる前には戻れないよ……
「……すき、好きだよ、銀ちゃん」
涙を溜めた瞳でじっと銀時を見上げたまま、***はつぶやき続ける。銀時は***の唇を見つめてから、ハッとして息を飲んだ。
大きな音を立てて走る電車は、***が何度も涙声でつぶやいた「すき」という言葉を、最後の最後までかき消して、走り去って行った。遮断機が上がり、鐘の音も止む。世界が動き出して、周囲の音や声が戻って来る。
「なに***、お前……そんな泣きそうになるほど、すき焼き食いてぇの?」
呆れた顔で銀時がそう言うのを聞いて、***の身体から力が抜けた。思わず「あはは」という笑いが漏れた。着物の袖で目元をぎゅっと抑えると、浮かんでいた涙はあっという間に消えた。
ぱっと顔を上げて、満面の笑みを浮かべた***は、喜びで弾けるような声を出した。
「うん!すき焼きなんて何年ぶりだろう!すっごく楽しみです。いっぱいお肉食べようね、銀ちゃん」
そう言って笑った***を見て、声もなく銀時は笑い返した。「神楽に肉ぜんぶ取られねぇよーに、せいぜい頑張れよ」と言って、***の手を引いて歩き始めた。
街にはもう夜が来ていて、家々の窓から平和な日常の灯りが漏れていた。銀時の温かい手に包まれていると、やっぱり***の胸には幸せが溢れてきた。
手を引かれて歩きながら、***は暗くなった空を見上げた。そこにはもう飛行機雲は見えなかった。小さな星が光っていたが、どの光もいまにも消えそうなほど弱々しくて、どんな願いをしても叶わなそうだと、***は思った。
***が銀時に告白してから、一年が経とうとしていた。
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【第23話 ひこうき雲と踏切】end