銀ちゃんに恋する女の子
鼻から牛乳(純情)
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【第22話 血も涙もある】
数週間前のこと、かぶき町の路地で攘夷浪士数十人が倒れていた。全員が峰打ちか意識を失う程度の一太刀を受けていて、通報を受けた真選組が駆け付けると、意識を取り戻した浪士たちは口を揃えて「銀髪の侍にやられた」と言った。
真選組としては、何もせずに危険分子をしょっぴくことが出来て万々歳だったが、攘夷浪士と繋がりのある犯人を見過ごすわけにはいかない。たった一人で腕の立つ浪士たちを倒すことができるのは、あの男しかいないと全員が分かっていたが、なんせ証拠がない。
山崎に万事屋の動きを監視させたが、銀時はいつも通りの素振りで尻尾を出さない。だが、元々万事屋なんていう胡散臭い仕事をしている男だ。意外な所から秘密はほころびるかもしれない。
「ほ、ほころびって……いや、総悟くん、だからって私に聞くのは間違ってるよ。確かによく万事屋には遊びに行くけど、お仕事のことまで知らないもん。私じゃなくて、銀ちゃんに直接聞いたらいいじゃない」
「あの旦那がこんなこと正直に話すわけねぇだろ。どうせテキトーにはぐらかされるのがオチでぃ。この俺がわざわざ***の家まで足を運んでやったんだから、少しはマシな情報寄こしやがれ」
銀時と仲のいい***なら、何か知ってるかもしれないと思い、沖田は***のボロアパートを訪ねた。部屋に上がり込むため、以前勝手に持ち出した鍵を鍵穴に挿し込んだ瞬間、内側から扉が開いて***が出てきたのだった。
「わっ、総悟くん、どうしたの?私、出かけるけど」と言って困った顔をした***は、片手に紙袋を持っていた。急ぎの用事があるのか、そそくさと歩きはじめる。いつもにこにこと沖田を迎え入れる***が、珍しく戸惑っていた。攘夷浪士のことを伝えると急に表情を硬くして、「何も知らない」の一点張りになった。更には、まるで沖田と一緒に居たくないとでもいうように、歩く速度を速めた。
―――俺をごまかそうなんざ、いい度胸してんじゃねぇか、このアマ。
小動物のようにちょこちょこと先を急ぐ***を追いかけながら、沖田はにやりと笑った。嫌がる女を力でねじ伏せ、最終的には自分にすがりつかせて、向こうから謝らせることほど、ドSの性癖を喜ばせるものはない。
「アンタ、そんなに急いでどこに行こうってんでぃ」
「え、ちょっと……クリーニング屋さんまで。もう温かいし、冬物は出そうかなって……」
そう言いながら***は、片手に提げていた紙袋を持ち上げて、両手でぎゅっと胸に抱いた。その行動にぴんときた沖田は、後ろから***の肩をつかんで引き留めた。
「そいつぁ怪しいな。冬物を出すには、ちぃとばかし早すぎらぁ。まだ肌寒い日はあるし、アンタは1日のうちでいちばん寒い早朝に働いてる………オイ、そんなか何が入ってる。さっさと言わねぇと痛ぇ目見ることになるぜ、***ねぇちゃん」
疑いの目で見られていることに気付いて、***の顔は真っ青になった。両手が震えて、汗もダラダラと垂れてくる。口をぱくぱくと動かして、一生懸命何かを言おうとしたが、沖田の凄みのある双眼で見下ろされて、何も言葉が出てこない。
ガサッ―――
細い腕の中から紙袋を奪い取る。「わっ!駄目っ!総悟くんっ!開けないで!」と言いながら、***は腕にすがりついてきた。その顔は必死の形相で、大きく開かれた瞳には既にうっすらと涙が浮かんでいた。たまんねぇ顔しやがる、と内心喜びながら、奪った紙袋の中に視線を落とす。そこには確かに冬物の着物が入っていた。
しかし、取り出した着物を広げた瞬間、沖田は驚きで息を飲んだ。その着物には、広範囲にわたって真っ黒い染みがべったりとついていた。腰から下の前面は、もはや元の色が分からない状態で、襟や袖の至る所が、乾いた染みでぐしゃぐしゃになっていた。
普通の人なら、この黒い汚れを見ても、何か分からないだろう。しかし沖田はひと目見て、それが大量の血痕だと分かった。仕事柄、こういう汚れは腐るほど見てきたから。
「オイ、アンタこれ……どうしたんでぃ、まるで人でも殺したみてぇな血の量じゃねぇか」
「ち、違うよ、総悟くん、そうじゃなくて、あの、これは……っ!」
「***……お前、旦那のことで何を隠してやがる。こりゃ旦那の血か?それとも旦那が殺った誰かのもんか?はっきり言え」
「ち、ちがッ、こ、これは……これは、わた、私の血だよっ!!!」
腕にすがりついた***が、自分を見上げて言い放った言葉に沖田は目を見開く。
「はぁっっっ!?なに嘘ついてやがる!!」
「嘘じゃないよ!これは私の、えーとえーと……は、鼻血です!!」
「鼻血がこんなに出るわけねぇだろーが!!」
「出たもん!チョ、チョコレートを山ほど食べたら、鼻血が吹き出たんだもん!」
その後も***は一切引かず、首輪を見せつけて「メス豚になり下がりてぇのか」と脅しても、「これは私の鼻血!」と言ってきかなかった。口を割らせる手立てなら、いくらでもある。そう思いながら沖田は、嫌がる***の首に首輪をはめ、手錠をかけた。首輪から伸びた鎖を引いて、街を歩きながら何度も、「本当のことを言え」と迫る。街行く人に好奇の目でじろじろと見られ、***は羞恥に顔を歪ませたが、それでも頑なに譲らなかった。
ひとしきり歩いた後で公園の前で立ち止まる。振り向いた沖田がぐんっと鎖を引くと、首だけを引っ張られた***が、つんのめりながら胸に飛び込んできた。
「いッ!……痛いよ総悟くん!急に引っぱらないで!」
「***、いつまで意地張ってるつもりでぃ。これだけやって口を割らなねぇってんなら、もっと痛ぇことだって俺はできらぁ。そうなりたくなけりゃ、さっさと吐きやがれ。オラ、これは、誰のせいで、付いた汚れだ」
鎖を持つ手を上げると、***の白い首に首輪がぐっと食い込んだ。自然と顔が上を向いて、すぐ近くに寄せられた沖田の顔を、恐怖に満ちた***の瞳が、すがるように見た。
涙が溢れそうなほど潤んだその眼前に、沖田は手に持った着物の、いちばん汚れの酷い部分をわざとよく見えるように突き付けた。その着物の染みを見て、ぐっと息を飲んだ***が、沖田の制服の胸元を両手でつかんだ。
―――ホラ、さっさと「ごめんなさい、総悟くん、許して」とでも言って、すがりついて本当のことを吐きやがれ
息をつめた***の苦しげに細められた瞳が、着物の染みからゆっくりと沖田に移動する。同時にこらえきれなかった涙の粒が、一滴落ちた。短く息を吸い込むと、とても小さな声で***はつぶやいた。
「……そ、ぉごくん、おねがぃ、しんじて……これは、わたしの、だよ……」
「………っ!!」
普段だったら期待が外れて舌打ちのひとつでもするのに、今の沖田はいらだちよりも驚きを強く感じていた。***はもっと弱い女で、ちょっといたぶれば簡単に折れると思っていたのに。
反射的に鎖を持つ手を下げると、呼吸が戻ってきた苦しさで、***はゲホゲホとせき込んだ。
さて、どうするか、と悩みながら手に持った着物を見る。こんな着物を持ってる女を、そう簡単に解放はできない。そう思って立ち尽くしていると、胸をつかんでいた***の手から力が抜けて、ずるずると地面に座り込んだ。
「なんでぃ***、ようやく口割る気になったか」
「………って、総悟くん……れ、って………」
「あ?」
地面にぺたりと座り込んだ***から、かすれた涙声が上がった。隣にしゃがんで、うつむいた***の顔を覗き込んだ瞬間に、沖田は驚きで目を見開いた。
***の顔は真っ青だった。過呼吸のように息をぜぇぜぇと荒くして、瞳から大粒の涙をぼたぼたと零していた。その涙は悲しみというよりも、深い絶望から来ているように見えた。
座り込んだ全身がガタガタと震え、手錠でまとめられた両手を胸にぎゅっと押し当てている。手錠の金具が震えに合せてカチャカチャと音を立てた。
「アンタ、死にそうな顔してんじゃねぇか」
「そ、総悟くん……お願い、それ、しまって……」
沖田が持つ着物から目をそらすように、顔を横に向けると苦しそうな声で***は言った。辛そうな***が、意識を失いかねない様子だったので、仕方なく着物を袋に戻した。
荒い息で苦しそうに喘いでいる***の背中に手を回して、上下にさすってやる。そんなことをされると思わなかったのか、ぱっと顔を上げた***は、沖田の目をじっと見つめた。
「なんでぃ、死にそうな顔してるヤツいじめたって楽しくねぇや」
そう言いながら背中を撫で続けると、***の顔がゆがんで、子供のような「うえぇん」という泣き声をあげた。
「うぅっ、そ、総悟くん、ごめんね……な、泣いたり、したくないんだけど……でもっ……ひぃっく、ぅうっ、ぉ、思い出したら、怖くなっちゃって……」
何を思い出したんだ、と聞こうと思ったが、大粒の涙をぼたぼたと垂らして泣き続ける***を見ていたら、とてもそんな言葉は出てこなかった。明らかな嘘をついて、こんなに苦しそうに泣きながら、***が守ろうとしているのが誰だか、沖田にはよく分かっていたから。
***が銀時を好きなことは、多分、本人よりも先に気付いていた。それは、ちょうど1年前の花見で、銀時にからかわれる***の顔を見た瞬間だった。
からかいがいがあって面白いから、それまでに何度も、沖田は***を困らせてきた。それでも***は、銀時の近くにいる時だけ、はっきりと顔を赤く染めた。あんな顔をされたら、自分だったらもっといじめたくなる、と思いながら面白くない気持ちで二人を眺めていた。銀時も沖田と似たようなもので、***が顔を赤くすればするほど、ますますからかって楽しそうにしていた。
はぁぁぁ~、とため息をついた沖田が、***の首輪と手錠を外す。こんなに泣いている女をいじめても楽しくない。軽くいたぶれば、あっさり自分にすがりついてくると思ったが、予想外に***は頑固だった。
「これは鼻血です!」と嘘を言う度に、好きな人を守ろうとする女の顔を見せられるなんて全然面白くない。
「アンタもずいぶん頑固でぃ、万事屋の旦那のことが好きなのは知ってやしたが、まさかそこまでとはね」
「え?……な、な、なんで知ってるの」
真っ青な顔で、浅い呼吸を繰り返しながらも、顔を上げた***は、気まずそうな目で沖田を見つめた。
「アンタは分かりやすすぎらぁ。旦那に話しかけられるたんびに、あんなに嬉しそうに顔真っ赤にしてりゃ、誰だって気付くに決まってるだろ。気付かねぇのは能天気な旦那本人と、脳みそがマヨネーズで出来てるどっかの馬鹿ぐれぇだ」
そう言いながら沖田は***の肩に腕を回して、身体を持ち上げて支えると、公園のベンチまで移動した。
ベンチに座ってしばらく深呼吸を続けると、***の顔色は元に戻り、涙も止まった。
「総悟くん、ありがとう、もう大丈夫」
「アンタもまた面倒くせぇ男を好きんなったな。旦那は一筋縄じゃいかねぇし、万が一あんな男とくっついたとしても、苦労ばっかで幸せになれねぇことが目に見えてるじゃねぇか」
並んでベンチに腰掛けて、呆れた顔で沖田の言った言葉を聞いて、***は恥ずかしそうにうつむいてから、小さな声でつぶやいた。
「そんなことないよ総悟くん……確かに一筋縄じゃいかないし、苦労はあるかもしれないけど、銀ちゃんは優しいから、私はもう既に幸せだよ」
言いながら微笑みを浮かべた***を見て、沖田の胸にいらだちが走る。こうやって苦しみを我慢してまで、誰かを思い続ける女の顔は、いつかどこかで見たことがある。
「よく言うや。あんなにぴーぴー泣いて、変な嘘までついて、そんなつらい思いをさせる男のどこが優しいんでぃ」
眉間にシワを寄せて、いらだちを隠そうともしない沖田に向かって、***はにっこりと笑った。
「うん、総悟くん、そうなの。すごくつらくて普段の私だったら絶対できないことも、銀ちゃんのことを思うとできるの。つらいことを乗り越えるたびに、自分でも驚いてるくらいなんだよ……何も言わずにそれを教えてくれる銀ちゃんってすごいなぁって、優しいなって毎日思ってるんだけど……あ、あれ?総悟くん?き、聞いてる?」
ふと顔を上げて見た、沖田が口をあんぐりと開けて固まっていて、***は言葉を止める。
「……アンタは大馬鹿野郎だ。俺みてぇな血も涙もないヤツにいたぶられて、あんなに泣いたことは、旦那は知らねぇし感謝もしねぇんだぞ。なのになんでそんなに能天気にヘラヘラ笑って嬉しそうにしてんでぃ」
「だ、だって……」
声に怒りをにじませて沖田が追及すると、***は少し口ごもった後で、静かにつぶやいた。
「だって……笑ってなかったら、一緒にいられなくなっちゃうもん。銀ちゃんは優しいから、私が泣いてたらきっと離れていっちゃう。そんなの絶対に嫌だよ……さっき泣いたのは、銀ちゃんのせいじゃないよ、総悟くん。私は、自分の弱さに泣いたの。血の痕を見たくらいで動揺してる弱い自分が悔しくて泣いたの……銀ちゃんはどこへ行ってしまうか分からないけど、それでも私はずっと銀ちゃんといたい。優しさで置いて行かれるのも、泣いて困らせるのも嫌なの。だから、能天気にヘラヘラ笑っていられるくらい私、強くなりたい」
公園に春の風が吹いた。***の髪が揺れる。その目元は赤く、瞳は潤んでいる。しかしそこには、とても強い意志を持った光が宿っていた。
あ~ぁ、おもしろくねぇ。こんな顔で誰かを思ってる女をいたぶろうなんて、つまんねぇことするんじゃなかった。そう思いながら沖田は何気なく***に質問した。
「ところでアンタ、万事屋の旦那とまるで付き合ってるみてぇな口ぶりだが、どこまでいった?〇〇〇までいってんのか?」
「なっ………!!なに言ってんの!?そ、そんなことするわけないでしょッ!!ただの友達だよッ!!!」
「はぁぁぁ!?ただの友達ぃ!?旦那ならとっくに手ぇ出してるかと思ったが、こりゃぁ……」
「神楽ちゃんみたいなこと言わないで!そもそも、私なんて子供すぎるからって一度フラれてるし……」
子供すぎるねぇ、と言いながら沖田は考え込む。先日***の部屋の前で会った銀時は、そんなふうには見えなかった。大事な女が他の男に横取りされるのが、嫌で嫌で仕方がないという顔をしていた。
そんなことを考えながら、ふと前を見ると向かいのベンチにカップルが座っていた。乳繰り合って今にもキスをしそうな様子。その隣のベンチにも、更にその隣のベンチにもカップルがいた。振り返ると、後ろの植木の陰にまで抱き合ってるカップルがいた。
そういえばここは「イチャつき公園」と呼ばれる恋人たちの溜まり場だったっけ、と思い出した沖田は、新たな悪戯を思いつく。
「もし旦那と付き合うってなったら、あーいうこともすんだろ、***はちゃ〜んとできるのかねぇ」
「へ?」
きょとんとした顔の***が沖田の指さす方を見た直後、ハッと息を飲んだ。向かいのベンチの男女が熱烈なキスをしていた。
「あわわわわッ、えっ!?ちょ、ちょっと……ひ、人前なのに!」
「旦那は俺と同じドSだから、あんくらいのこたぁ真っ昼間からしたがるに決まってらぁ。そうなったら***はちゃんと期待に応えられんのか」
「えっっっ!!?」
ばっと視線を沖田に戻した***の顔が、ばぁぁぁっと赤くなる。首元まで朱色に色づいて、触ったらヤケドしそうなほど。こんなに近くで紅潮する顔をはじめて見た沖田は、興味津々で***をじっと見つめた。
「わ、私と、銀ちゃんが……?」
小さくそうつぶやいた直後、***はあまりの恥ずかしさに目を潤ませた。眉を八の字に下げて、困った表情を浮かべる。沖田にとってはその顔は、ますますいじめたくなる要素でしかない。
口を割らす為にいたぶる計画は失敗したが、こっちならうまくいきそうだ。そう思いながら、***の肩に腕を回すと、ぎゅっと自分に引き寄せた。
「わっ……ちょ、ちょっと総悟く、」
「旦那に子供すぎるって言われたんだろ?そんならキスくらい練習しといた方が身のためでぃ。キスを見たくらいでそんな顔してたら、いつまで経ってもガキ扱いされらぁ。俺が練習台になってやるから、ありがたく思え」
「えっ!!!?いやいやいやっ!!!そ、そそそういうことは、本当に好きな人とじゃなきゃ駄目だよ総悟くんっ!!!」
「あ゙ぁ?口と口くっ付けるくらい、誰とでもできらぁ。***は俺のことを旦那とでも思えばいいだろぃ」
「えええっ!!!!!」
どんどん肩を引き寄せられて、顔と顔が近づく。両手で沖田の肩を押すが全然かなわない。うつむいて顔を避けようとしたのに、アゴに沖田の手が添えらえて、顔をあげられてしまう。
涙目で見つめた沖田の顔は、嬉しそうにニヤついていた。あ、どうしよう、逃げられない。身体から力が抜けて、観念しそうになった瞬間に、心の中の自分が「初めてのキスは絶対に銀ちゃんとがいい」と叫ぶ声が聞こえた。その瞬間、以前、銀時に顔じゅうに唇をはわされた時ことが脳裏に蘇ってきた。
―――キスをするなら銀ちゃんとがいいなんて、そんな図々しいこと思ってたの私?一方的な片思いなのに?
見開いた瞳に映る沖田の顔が、脳裏に浮かぶ銀時の顔と重なってくる。その顔が寄せられて、唇に相手の息づかいを感じるほど近い。
銀ちゃんにこんなに近づかれたら、恥ずかしすぎて死んでしまう。そう思った途端、***の身体に異変が起きた。
ブッッッ……―――
「なっ………!?」
「えっ!?わっ!どうしたの総悟くん、血が出てる!!!」
「血が出てんのは***でぃ!すっげぇ鼻血っ!!!」
「えっっっ!!!」
沖田の手についた大量の血液を見て、顔を真っ青にした***が両手で鼻を抑えると、両方の鼻から大量の鼻血が出ていた。あわあわとした***の顔に、沖田が隊服の白いスカーフをぎゅっと押し付けた。押し付けながら沖田はゲラゲラと笑って、「お前、マジで鼻血出すなよ」と言った。
「だ、だって、総悟くんが変なこと言うんだもん……」
「オイ、***、キスのマネごとくらいで鼻血なんて出してたら、旦那に呆れられて、ますますガキ扱いされらぁ。しっかりしろぃ」
「ぎ、銀ちゃんの前で鼻血なんて出さないもん!他人に鼻血出してるとこ見られたのなんて、総悟くんがはじめて……」
涙目で鼻を抑える***を見て、沖田はふっと笑う。銀時も知らない***の姿を見たことに、なぜか優越感すら感じる。
「なぁに、あの子、鼻血出してる恥ずかしー」
「げッ、マジかよ、変な女ぁ」
向かいのベンチに座るカップルが、***に向かって放った言葉は、沖田の耳にだけ届いた。***は恥ずかしそうにうつむいて、鼻を抑えたまま上目遣いで沖田を見た。目が潤んでキラキラと光っている。
―――うるせぇんだよ、クソ共が。そっちのブス女のキス顔より、こっちの女の鼻血出した顔の方が、何倍もそそるんだよ馬ァ鹿!!!
好奇心丸出しの顔でこちらを見ているカップルに、怒鳴ってやろうかと思ったが、上目遣いの***が、沖田の制服の裾を指でつまんで、「ごめんね、総悟くん、なんか分かんないけど、色々ありがとう」と言うのを聞いたら、毒気が抜かれた。
顔を見合わせているとなぜか可笑しくなってくる。沖田が「ぷっ」と吹き出すと同時に、***も「ふふふっ」と笑った。気がつくとふたりしてゲラゲラと笑っていた。
恋人たちの公園で、いちばん楽しそうに笑っている沖田と***を、春の風が祝福するように撫でていった。
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【第22話 血も涙もある】end
数週間前のこと、かぶき町の路地で攘夷浪士数十人が倒れていた。全員が峰打ちか意識を失う程度の一太刀を受けていて、通報を受けた真選組が駆け付けると、意識を取り戻した浪士たちは口を揃えて「銀髪の侍にやられた」と言った。
真選組としては、何もせずに危険分子をしょっぴくことが出来て万々歳だったが、攘夷浪士と繋がりのある犯人を見過ごすわけにはいかない。たった一人で腕の立つ浪士たちを倒すことができるのは、あの男しかいないと全員が分かっていたが、なんせ証拠がない。
山崎に万事屋の動きを監視させたが、銀時はいつも通りの素振りで尻尾を出さない。だが、元々万事屋なんていう胡散臭い仕事をしている男だ。意外な所から秘密はほころびるかもしれない。
「ほ、ほころびって……いや、総悟くん、だからって私に聞くのは間違ってるよ。確かによく万事屋には遊びに行くけど、お仕事のことまで知らないもん。私じゃなくて、銀ちゃんに直接聞いたらいいじゃない」
「あの旦那がこんなこと正直に話すわけねぇだろ。どうせテキトーにはぐらかされるのがオチでぃ。この俺がわざわざ***の家まで足を運んでやったんだから、少しはマシな情報寄こしやがれ」
銀時と仲のいい***なら、何か知ってるかもしれないと思い、沖田は***のボロアパートを訪ねた。部屋に上がり込むため、以前勝手に持ち出した鍵を鍵穴に挿し込んだ瞬間、内側から扉が開いて***が出てきたのだった。
「わっ、総悟くん、どうしたの?私、出かけるけど」と言って困った顔をした***は、片手に紙袋を持っていた。急ぎの用事があるのか、そそくさと歩きはじめる。いつもにこにこと沖田を迎え入れる***が、珍しく戸惑っていた。攘夷浪士のことを伝えると急に表情を硬くして、「何も知らない」の一点張りになった。更には、まるで沖田と一緒に居たくないとでもいうように、歩く速度を速めた。
―――俺をごまかそうなんざ、いい度胸してんじゃねぇか、このアマ。
小動物のようにちょこちょこと先を急ぐ***を追いかけながら、沖田はにやりと笑った。嫌がる女を力でねじ伏せ、最終的には自分にすがりつかせて、向こうから謝らせることほど、ドSの性癖を喜ばせるものはない。
「アンタ、そんなに急いでどこに行こうってんでぃ」
「え、ちょっと……クリーニング屋さんまで。もう温かいし、冬物は出そうかなって……」
そう言いながら***は、片手に提げていた紙袋を持ち上げて、両手でぎゅっと胸に抱いた。その行動にぴんときた沖田は、後ろから***の肩をつかんで引き留めた。
「そいつぁ怪しいな。冬物を出すには、ちぃとばかし早すぎらぁ。まだ肌寒い日はあるし、アンタは1日のうちでいちばん寒い早朝に働いてる………オイ、そんなか何が入ってる。さっさと言わねぇと痛ぇ目見ることになるぜ、***ねぇちゃん」
疑いの目で見られていることに気付いて、***の顔は真っ青になった。両手が震えて、汗もダラダラと垂れてくる。口をぱくぱくと動かして、一生懸命何かを言おうとしたが、沖田の凄みのある双眼で見下ろされて、何も言葉が出てこない。
ガサッ―――
細い腕の中から紙袋を奪い取る。「わっ!駄目っ!総悟くんっ!開けないで!」と言いながら、***は腕にすがりついてきた。その顔は必死の形相で、大きく開かれた瞳には既にうっすらと涙が浮かんでいた。たまんねぇ顔しやがる、と内心喜びながら、奪った紙袋の中に視線を落とす。そこには確かに冬物の着物が入っていた。
しかし、取り出した着物を広げた瞬間、沖田は驚きで息を飲んだ。その着物には、広範囲にわたって真っ黒い染みがべったりとついていた。腰から下の前面は、もはや元の色が分からない状態で、襟や袖の至る所が、乾いた染みでぐしゃぐしゃになっていた。
普通の人なら、この黒い汚れを見ても、何か分からないだろう。しかし沖田はひと目見て、それが大量の血痕だと分かった。仕事柄、こういう汚れは腐るほど見てきたから。
「オイ、アンタこれ……どうしたんでぃ、まるで人でも殺したみてぇな血の量じゃねぇか」
「ち、違うよ、総悟くん、そうじゃなくて、あの、これは……っ!」
「***……お前、旦那のことで何を隠してやがる。こりゃ旦那の血か?それとも旦那が殺った誰かのもんか?はっきり言え」
「ち、ちがッ、こ、これは……これは、わた、私の血だよっ!!!」
腕にすがりついた***が、自分を見上げて言い放った言葉に沖田は目を見開く。
「はぁっっっ!?なに嘘ついてやがる!!」
「嘘じゃないよ!これは私の、えーとえーと……は、鼻血です!!」
「鼻血がこんなに出るわけねぇだろーが!!」
「出たもん!チョ、チョコレートを山ほど食べたら、鼻血が吹き出たんだもん!」
その後も***は一切引かず、首輪を見せつけて「メス豚になり下がりてぇのか」と脅しても、「これは私の鼻血!」と言ってきかなかった。口を割らせる手立てなら、いくらでもある。そう思いながら沖田は、嫌がる***の首に首輪をはめ、手錠をかけた。首輪から伸びた鎖を引いて、街を歩きながら何度も、「本当のことを言え」と迫る。街行く人に好奇の目でじろじろと見られ、***は羞恥に顔を歪ませたが、それでも頑なに譲らなかった。
ひとしきり歩いた後で公園の前で立ち止まる。振り向いた沖田がぐんっと鎖を引くと、首だけを引っ張られた***が、つんのめりながら胸に飛び込んできた。
「いッ!……痛いよ総悟くん!急に引っぱらないで!」
「***、いつまで意地張ってるつもりでぃ。これだけやって口を割らなねぇってんなら、もっと痛ぇことだって俺はできらぁ。そうなりたくなけりゃ、さっさと吐きやがれ。オラ、これは、誰のせいで、付いた汚れだ」
鎖を持つ手を上げると、***の白い首に首輪がぐっと食い込んだ。自然と顔が上を向いて、すぐ近くに寄せられた沖田の顔を、恐怖に満ちた***の瞳が、すがるように見た。
涙が溢れそうなほど潤んだその眼前に、沖田は手に持った着物の、いちばん汚れの酷い部分をわざとよく見えるように突き付けた。その着物の染みを見て、ぐっと息を飲んだ***が、沖田の制服の胸元を両手でつかんだ。
―――ホラ、さっさと「ごめんなさい、総悟くん、許して」とでも言って、すがりついて本当のことを吐きやがれ
息をつめた***の苦しげに細められた瞳が、着物の染みからゆっくりと沖田に移動する。同時にこらえきれなかった涙の粒が、一滴落ちた。短く息を吸い込むと、とても小さな声で***はつぶやいた。
「……そ、ぉごくん、おねがぃ、しんじて……これは、わたしの、だよ……」
「………っ!!」
普段だったら期待が外れて舌打ちのひとつでもするのに、今の沖田はいらだちよりも驚きを強く感じていた。***はもっと弱い女で、ちょっといたぶれば簡単に折れると思っていたのに。
反射的に鎖を持つ手を下げると、呼吸が戻ってきた苦しさで、***はゲホゲホとせき込んだ。
さて、どうするか、と悩みながら手に持った着物を見る。こんな着物を持ってる女を、そう簡単に解放はできない。そう思って立ち尽くしていると、胸をつかんでいた***の手から力が抜けて、ずるずると地面に座り込んだ。
「なんでぃ***、ようやく口割る気になったか」
「………って、総悟くん……れ、って………」
「あ?」
地面にぺたりと座り込んだ***から、かすれた涙声が上がった。隣にしゃがんで、うつむいた***の顔を覗き込んだ瞬間に、沖田は驚きで目を見開いた。
***の顔は真っ青だった。過呼吸のように息をぜぇぜぇと荒くして、瞳から大粒の涙をぼたぼたと零していた。その涙は悲しみというよりも、深い絶望から来ているように見えた。
座り込んだ全身がガタガタと震え、手錠でまとめられた両手を胸にぎゅっと押し当てている。手錠の金具が震えに合せてカチャカチャと音を立てた。
「アンタ、死にそうな顔してんじゃねぇか」
「そ、総悟くん……お願い、それ、しまって……」
沖田が持つ着物から目をそらすように、顔を横に向けると苦しそうな声で***は言った。辛そうな***が、意識を失いかねない様子だったので、仕方なく着物を袋に戻した。
荒い息で苦しそうに喘いでいる***の背中に手を回して、上下にさすってやる。そんなことをされると思わなかったのか、ぱっと顔を上げた***は、沖田の目をじっと見つめた。
「なんでぃ、死にそうな顔してるヤツいじめたって楽しくねぇや」
そう言いながら背中を撫で続けると、***の顔がゆがんで、子供のような「うえぇん」という泣き声をあげた。
「うぅっ、そ、総悟くん、ごめんね……な、泣いたり、したくないんだけど……でもっ……ひぃっく、ぅうっ、ぉ、思い出したら、怖くなっちゃって……」
何を思い出したんだ、と聞こうと思ったが、大粒の涙をぼたぼたと垂らして泣き続ける***を見ていたら、とてもそんな言葉は出てこなかった。明らかな嘘をついて、こんなに苦しそうに泣きながら、***が守ろうとしているのが誰だか、沖田にはよく分かっていたから。
***が銀時を好きなことは、多分、本人よりも先に気付いていた。それは、ちょうど1年前の花見で、銀時にからかわれる***の顔を見た瞬間だった。
からかいがいがあって面白いから、それまでに何度も、沖田は***を困らせてきた。それでも***は、銀時の近くにいる時だけ、はっきりと顔を赤く染めた。あんな顔をされたら、自分だったらもっといじめたくなる、と思いながら面白くない気持ちで二人を眺めていた。銀時も沖田と似たようなもので、***が顔を赤くすればするほど、ますますからかって楽しそうにしていた。
はぁぁぁ~、とため息をついた沖田が、***の首輪と手錠を外す。こんなに泣いている女をいじめても楽しくない。軽くいたぶれば、あっさり自分にすがりついてくると思ったが、予想外に***は頑固だった。
「これは鼻血です!」と嘘を言う度に、好きな人を守ろうとする女の顔を見せられるなんて全然面白くない。
「アンタもずいぶん頑固でぃ、万事屋の旦那のことが好きなのは知ってやしたが、まさかそこまでとはね」
「え?……な、な、なんで知ってるの」
真っ青な顔で、浅い呼吸を繰り返しながらも、顔を上げた***は、気まずそうな目で沖田を見つめた。
「アンタは分かりやすすぎらぁ。旦那に話しかけられるたんびに、あんなに嬉しそうに顔真っ赤にしてりゃ、誰だって気付くに決まってるだろ。気付かねぇのは能天気な旦那本人と、脳みそがマヨネーズで出来てるどっかの馬鹿ぐれぇだ」
そう言いながら沖田は***の肩に腕を回して、身体を持ち上げて支えると、公園のベンチまで移動した。
ベンチに座ってしばらく深呼吸を続けると、***の顔色は元に戻り、涙も止まった。
「総悟くん、ありがとう、もう大丈夫」
「アンタもまた面倒くせぇ男を好きんなったな。旦那は一筋縄じゃいかねぇし、万が一あんな男とくっついたとしても、苦労ばっかで幸せになれねぇことが目に見えてるじゃねぇか」
並んでベンチに腰掛けて、呆れた顔で沖田の言った言葉を聞いて、***は恥ずかしそうにうつむいてから、小さな声でつぶやいた。
「そんなことないよ総悟くん……確かに一筋縄じゃいかないし、苦労はあるかもしれないけど、銀ちゃんは優しいから、私はもう既に幸せだよ」
言いながら微笑みを浮かべた***を見て、沖田の胸にいらだちが走る。こうやって苦しみを我慢してまで、誰かを思い続ける女の顔は、いつかどこかで見たことがある。
「よく言うや。あんなにぴーぴー泣いて、変な嘘までついて、そんなつらい思いをさせる男のどこが優しいんでぃ」
眉間にシワを寄せて、いらだちを隠そうともしない沖田に向かって、***はにっこりと笑った。
「うん、総悟くん、そうなの。すごくつらくて普段の私だったら絶対できないことも、銀ちゃんのことを思うとできるの。つらいことを乗り越えるたびに、自分でも驚いてるくらいなんだよ……何も言わずにそれを教えてくれる銀ちゃんってすごいなぁって、優しいなって毎日思ってるんだけど……あ、あれ?総悟くん?き、聞いてる?」
ふと顔を上げて見た、沖田が口をあんぐりと開けて固まっていて、***は言葉を止める。
「……アンタは大馬鹿野郎だ。俺みてぇな血も涙もないヤツにいたぶられて、あんなに泣いたことは、旦那は知らねぇし感謝もしねぇんだぞ。なのになんでそんなに能天気にヘラヘラ笑って嬉しそうにしてんでぃ」
「だ、だって……」
声に怒りをにじませて沖田が追及すると、***は少し口ごもった後で、静かにつぶやいた。
「だって……笑ってなかったら、一緒にいられなくなっちゃうもん。銀ちゃんは優しいから、私が泣いてたらきっと離れていっちゃう。そんなの絶対に嫌だよ……さっき泣いたのは、銀ちゃんのせいじゃないよ、総悟くん。私は、自分の弱さに泣いたの。血の痕を見たくらいで動揺してる弱い自分が悔しくて泣いたの……銀ちゃんはどこへ行ってしまうか分からないけど、それでも私はずっと銀ちゃんといたい。優しさで置いて行かれるのも、泣いて困らせるのも嫌なの。だから、能天気にヘラヘラ笑っていられるくらい私、強くなりたい」
公園に春の風が吹いた。***の髪が揺れる。その目元は赤く、瞳は潤んでいる。しかしそこには、とても強い意志を持った光が宿っていた。
あ~ぁ、おもしろくねぇ。こんな顔で誰かを思ってる女をいたぶろうなんて、つまんねぇことするんじゃなかった。そう思いながら沖田は何気なく***に質問した。
「ところでアンタ、万事屋の旦那とまるで付き合ってるみてぇな口ぶりだが、どこまでいった?〇〇〇までいってんのか?」
「なっ………!!なに言ってんの!?そ、そんなことするわけないでしょッ!!ただの友達だよッ!!!」
「はぁぁぁ!?ただの友達ぃ!?旦那ならとっくに手ぇ出してるかと思ったが、こりゃぁ……」
「神楽ちゃんみたいなこと言わないで!そもそも、私なんて子供すぎるからって一度フラれてるし……」
子供すぎるねぇ、と言いながら沖田は考え込む。先日***の部屋の前で会った銀時は、そんなふうには見えなかった。大事な女が他の男に横取りされるのが、嫌で嫌で仕方がないという顔をしていた。
そんなことを考えながら、ふと前を見ると向かいのベンチにカップルが座っていた。乳繰り合って今にもキスをしそうな様子。その隣のベンチにも、更にその隣のベンチにもカップルがいた。振り返ると、後ろの植木の陰にまで抱き合ってるカップルがいた。
そういえばここは「イチャつき公園」と呼ばれる恋人たちの溜まり場だったっけ、と思い出した沖田は、新たな悪戯を思いつく。
「もし旦那と付き合うってなったら、あーいうこともすんだろ、***はちゃ〜んとできるのかねぇ」
「へ?」
きょとんとした顔の***が沖田の指さす方を見た直後、ハッと息を飲んだ。向かいのベンチの男女が熱烈なキスをしていた。
「あわわわわッ、えっ!?ちょ、ちょっと……ひ、人前なのに!」
「旦那は俺と同じドSだから、あんくらいのこたぁ真っ昼間からしたがるに決まってらぁ。そうなったら***はちゃんと期待に応えられんのか」
「えっっっ!!?」
ばっと視線を沖田に戻した***の顔が、ばぁぁぁっと赤くなる。首元まで朱色に色づいて、触ったらヤケドしそうなほど。こんなに近くで紅潮する顔をはじめて見た沖田は、興味津々で***をじっと見つめた。
「わ、私と、銀ちゃんが……?」
小さくそうつぶやいた直後、***はあまりの恥ずかしさに目を潤ませた。眉を八の字に下げて、困った表情を浮かべる。沖田にとってはその顔は、ますますいじめたくなる要素でしかない。
口を割らす為にいたぶる計画は失敗したが、こっちならうまくいきそうだ。そう思いながら、***の肩に腕を回すと、ぎゅっと自分に引き寄せた。
「わっ……ちょ、ちょっと総悟く、」
「旦那に子供すぎるって言われたんだろ?そんならキスくらい練習しといた方が身のためでぃ。キスを見たくらいでそんな顔してたら、いつまで経ってもガキ扱いされらぁ。俺が練習台になってやるから、ありがたく思え」
「えっ!!!?いやいやいやっ!!!そ、そそそういうことは、本当に好きな人とじゃなきゃ駄目だよ総悟くんっ!!!」
「あ゙ぁ?口と口くっ付けるくらい、誰とでもできらぁ。***は俺のことを旦那とでも思えばいいだろぃ」
「えええっ!!!!!」
どんどん肩を引き寄せられて、顔と顔が近づく。両手で沖田の肩を押すが全然かなわない。うつむいて顔を避けようとしたのに、アゴに沖田の手が添えらえて、顔をあげられてしまう。
涙目で見つめた沖田の顔は、嬉しそうにニヤついていた。あ、どうしよう、逃げられない。身体から力が抜けて、観念しそうになった瞬間に、心の中の自分が「初めてのキスは絶対に銀ちゃんとがいい」と叫ぶ声が聞こえた。その瞬間、以前、銀時に顔じゅうに唇をはわされた時ことが脳裏に蘇ってきた。
―――キスをするなら銀ちゃんとがいいなんて、そんな図々しいこと思ってたの私?一方的な片思いなのに?
見開いた瞳に映る沖田の顔が、脳裏に浮かぶ銀時の顔と重なってくる。その顔が寄せられて、唇に相手の息づかいを感じるほど近い。
銀ちゃんにこんなに近づかれたら、恥ずかしすぎて死んでしまう。そう思った途端、***の身体に異変が起きた。
ブッッッ……―――
「なっ………!?」
「えっ!?わっ!どうしたの総悟くん、血が出てる!!!」
「血が出てんのは***でぃ!すっげぇ鼻血っ!!!」
「えっっっ!!!」
沖田の手についた大量の血液を見て、顔を真っ青にした***が両手で鼻を抑えると、両方の鼻から大量の鼻血が出ていた。あわあわとした***の顔に、沖田が隊服の白いスカーフをぎゅっと押し付けた。押し付けながら沖田はゲラゲラと笑って、「お前、マジで鼻血出すなよ」と言った。
「だ、だって、総悟くんが変なこと言うんだもん……」
「オイ、***、キスのマネごとくらいで鼻血なんて出してたら、旦那に呆れられて、ますますガキ扱いされらぁ。しっかりしろぃ」
「ぎ、銀ちゃんの前で鼻血なんて出さないもん!他人に鼻血出してるとこ見られたのなんて、総悟くんがはじめて……」
涙目で鼻を抑える***を見て、沖田はふっと笑う。銀時も知らない***の姿を見たことに、なぜか優越感すら感じる。
「なぁに、あの子、鼻血出してる恥ずかしー」
「げッ、マジかよ、変な女ぁ」
向かいのベンチに座るカップルが、***に向かって放った言葉は、沖田の耳にだけ届いた。***は恥ずかしそうにうつむいて、鼻を抑えたまま上目遣いで沖田を見た。目が潤んでキラキラと光っている。
―――うるせぇんだよ、クソ共が。そっちのブス女のキス顔より、こっちの女の鼻血出した顔の方が、何倍もそそるんだよ馬ァ鹿!!!
好奇心丸出しの顔でこちらを見ているカップルに、怒鳴ってやろうかと思ったが、上目遣いの***が、沖田の制服の裾を指でつまんで、「ごめんね、総悟くん、なんか分かんないけど、色々ありがとう」と言うのを聞いたら、毒気が抜かれた。
顔を見合わせているとなぜか可笑しくなってくる。沖田が「ぷっ」と吹き出すと同時に、***も「ふふふっ」と笑った。気がつくとふたりしてゲラゲラと笑っていた。
恋人たちの公園で、いちばん楽しそうに笑っている沖田と***を、春の風が祝福するように撫でていった。
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【第22話 血も涙もある】end