銀ちゃんに恋する女の子
鼻から牛乳(純情)
おなまえをどうぞ
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
【第2話 口からでまかせ】
絶対に口では負けないと思っていた。出会ってからずいぶん経つが、今までに一度だって***に口喧嘩で負けたことはない。ほほを真っ赤に染めて、意地になって言い返してくる姿がおもしろくて、こっちから喧嘩をけしかけるようなことを、何度もしてきた。
それがまさか、こんな事態になるなんて―――
鼻から大量の鼻血を出して倒れながら、銀時はひとり思った。
「私、銀ちゃんのことが好きだよ」
首元まで紅色に染めた***が、自分を見上げてそう言った瞬間を、銀時は何度も思い出した。その一瞬で、口から心臓が飛び出すかと思うほど驚いたのは、好きだと言われたことにではない。
目の前の***が、それまで見たこともないほど女の顔をしていたから。
恥ずかしがって真っ赤になる姿は、幾度となく見てきた。小さな耳たぶの先端まで、まるで触れたらヤケドしそうなど色づいて、「銀ちゃんの馬鹿!」と叫ぶ顔は、まるで子供のそれだった。
しかし、あの日の朝、茹でダコのように赤くなりながらも、その瞳は強い意志を持っていて、とても真剣だった。あとひと言でも発したら泣いてしまいそうなほど潤んだ双眼は、それでも1ミリの迷いもなく、銀時を射抜いた。感情が溢れてこらえきれないという風に、かすれた声が小さな唇から飛び出してきた。
両手でつかんだ薄い肩は、緊張のせいか震えていた。銀時が声を失っていると、***は聞こえていないと思ったのか、顔をのぞきこむようにして首をかしげて、もう一度言った。
「私、ぎ、銀ちゃんのことが好き、……好きなんですけど、あの、き、聞いてる?」
はっとして思わず、言い訳のように架空の元彼こと太郎の名を出すと、***は信じられないという顔をした。
「私は!銀ちゃんのことが!好きなんです!!!」
大きな声を上げる***の姿をまじまじと見る。恥ずかしさで身体中を小さく震わせて、首元まで真っ赤に染めている。泣きそうなほど目を潤ませて、桃色の小さな唇で、必死に言葉をつむいでいた。
なんだ、このかわいい生き物は―――
その瞬間、ごく自然に銀時はそう思った。目を見開いて細部まで***を見る。つい二週間前までは、からかいがいのある女だと思っていた。自分によくなついていて、年齢こそ違えど神楽と同じくらいの存在だと。
しかし今、腕の中で自分を見上げる***の顔は、子供には到底できない、悩ましげな表情を浮かべていた。眉を寄せて八の字に下げた困った顔で、色づいた唇をわなわなと震わせていた。
そのまま押さえつけて、唇に触れたい。その場で抱きすくめて、自分のものにしてしまいたい。なんなら押し倒して、急にこんなに女らしい顔になった理由を、その華奢な身体に問いただしたい。
オスの本能のようにそう思ったことに、なにより銀時自身がいちばん驚いた。感情に抗うために、ぱっと***から離れる。片手で口元を覆って、動揺を悟られないよう必死でポーカーフェイスを気取った。
長谷川さんの邪魔が入った為、***の告白はうやむやになった。答えを迫られずにほっとしたのもつかの間、さっきまで自分を見つめていた***が他の男のことに必死になっているのが、許せなかった。なんだよ、俺のことはもういいのかよ。
立ち上がり今にも駆け出そうとする***の腕を、強くつかんで引き止めた。ああ、もう一度同じことを言わせたい、もう一度あの目で見つめられたい。
その銀時の身勝手な要求に、***は必死で応えようとした。その日から何日も、銀時の様子をうかがい続けていた。口を開いては何も言えずに黙り込む姿を、何度も見た。その度に***が見せる、苦しそうに唇をきゅっと噛むいじらしい姿は、生粋のドSである銀時の性癖を、ぞんぶんに喜ばせた。
二日酔いだから大声出すなと怒った時の、しょんぼりと涙ぐんだ顔なんてたまらなくて、口元がにやつくほどだった。新八や神楽には悟られないように、それでも時々困ったような目で銀時を見つめる***の視線を、背中や横顔に感じるたびに、銀時は嬉しくて仕方がなかった。
しかしいつまでも浮かれている場合じゃない。考えるまでもなく、自分と***とではそれなりに年齢差がある。例え年齢が許されたとしても、ただでさえ神楽同等に子供っぽい***を、とっくにオッサンと呼ばれる年齢に達した自分が、男女としてどうこうするのは許されない気がする。
それに加えて***のあの純粋さが、銀時は恐ろしい。自分は今まで、***が想像もできないほどの汚れた世界をたくさん見てきた。恋愛だってテキトーな付き合いや、交際とも呼べないひと晩限りの関係もあった。とてもじゃないが人には言えない遍歴ばかり。こんな自分では、***の相手なんて到底無理だ。
一点の陰りもない澄んだ瞳で自分を見つめる***を、幸せになんてできない。あの無垢な女には、もっと相応しい立派な相手がいるはずだ。安定していて、紳士的で、あの純粋さに応えてやれるほど、心の綺麗な男が。
神楽と新八に言われて***のおかえり会を開いた。「ごめんくださぁい」というほがらかな声に玄関を開けると、そこには満面の笑みを浮かべた***が立っていた。
「銀ちゃん、今日はお招きありがとう!おかえり会なんてすっごく嬉しいです!はいこれ、銀ちゃんの好きなプリン、作ってきましたよ」
そう言って玄関で下駄を脱ぐ。よほど嬉しいのか、ふにゃふにゃとした笑みが止まない。「神楽ちゃーん、新八くーん、お邪魔しまぁす」と言う声も、小鳥のさえずりのように明るい。まるで跳ねるような足取りでリビングへ入っていく。
手渡されたプリン入りの紙袋を持ったまま、銀時はひとり玄関に立ち尽くす。
―――なにあれ?なにあの笑顔?なにあの声?ちょーかわいいんですけど!
万事屋での久々の夕飯が嬉しいのか、食事の間、***はずっと微笑んでいた。
「神楽ちゃん、お口にケチャップついてるよ」
慈しむような目で笑って、***は神楽の口元をハンカチで拭いた。新八におかわりをすすめられると、「お言葉に甘えちゃおうかなぁ、銀ちゃんの作ったごはん、すごくおいしいから」と照れ笑いを浮かべて、言い訳をしながら新八に皿を渡した。
銀時と神楽がおかずの取り合いをすると、口元を手で押さえながらくすくすと笑った。
「やだ、銀ちゃん、こどもみたいです」
そう言って、まるで春が来たかのような温かい笑みを浮かべる***の顔には、「銀ちゃん大好き」と大きく書かれているように見えて、銀時の心臓は飛び跳ねた。
―――なにこの子?感情がだだ漏れすぎて、目も当てらんねぇんだけど。殺す気か?俺を殺す気なのか!?
食後にふたりきりになると、***は突然神妙な顔をして押し黙った。顔を見なくても自分を意識していることが、銀時には手に取るように分かる。向かい合ってソファに座り、テレビを見てるふりをする***の横顔を、じっと眺めた。
緊張した瞳はゆらゆらと揺れている。ぷっくりとした唇は何かを言いたそうに、小さく開いたり閉じたり。ほほの横に一房たれた髪をわずらわしそうに耳にかける。露わになった耳がほんのり桃色に染まっていて、既に恥ずかしがっていることが分かる。細い首から視線を下げると、着物の襟から白い肌が見えた。浮き上がる鎖骨が、呼吸にあわせて上下する。華奢な身体の、その繊細な動きを見て、「こいつは女なんだ」と改めて思う。
諦めさせてやらなければならない、と銀時は思う。そんな純情を捧げられても自分には応えられないと、しっかりと伝えてやらなければ。理由ならいくらでも思い浮かぶ。いつものふざけた口調で言ってやれば、口下手な***なら何も言い返せずに、簡単に折れるだろう。なんせ銀時は口から生まれたと言ってもいいくらい、テキトーなことを言う時には弁が立つのだから。
でもその前にもう一度、もう一回だけあの目で見つめられたい、あの声で聞きたい。銀時の思惑通り、***は小さくため息をついてから、あの日と同じ瞳、同じ声で言った。
「あの、こないだも言ったけど、私、銀ちゃんのことが、好き、な、んですけど……」
言うや否やうつむいて、膝の上のにぎった手を見つめてもじもじとしている姿がいじらしい。今すぐ抱きしめてしまいたいほど。
いい歳になってもジャンプを読んで、心は少年なんて言いながら、こういう時に感情を切り離して、心にも無いことをぺらぺらと言える自分は、それなりに出来た大人だと、銀時は思う。
なるべくだらしない顔で、***の気持ちなんて全然意に介していない風に、少しの余地も残さないように。それだけを意識して、あとは口からでまかせを、銀時は喋り続けた。***がカチカチに固まって、その目がうつろになってしまうまで。
「銀さん、***さんに何かしました?こないだから様子がおかしいんですけど……」
「あぁ?何言ってんだよぱっつぁん、***はいつもあんな感じだろ」
「いや、どう見てもおかしいですよ。さっきも僕に向かって「お妙さん、お久しぶりです、今日もお綺麗ですね」って話しかけてきたし……」
「そうヨ!最近***おかしいアル。昨日なんて酢昆布買ってきたよってゴキブリポイポイの箱渡されたネ!銀ちゃんまたセクハラしたアルか?白状しないと頭カチ割ってやるネ、この腐れエロ天パァァァァ!!」
「オイィィィィ!神楽やめろ!俺ァなんも知らねぇよ!腹でも壊してんじゃねぇーの!?」
新八と神楽も心配するほど、失恋後の***の動揺は大きかった。たまたま通りで会った牛乳屋の主人にも、「最近、***ちゃんの元気が無いんだが、なんか知ってるかい万事屋の旦那」と声をかけられた。仕事でもミスを連発していると教えられたが、「知らねーよ!便秘かなんかじゃねーの!?」とあしらった。
自分で振っておいて、つくづく性根が悪いが、***の落ち込む様子見て、内心喜ぶ自分がいた。そんなに銀さんにフラれたのがショックかよ、と陰でにやにやと笑った。苦し気な様子で、それでも笑顔を取りつくろって銀時に会いにくる***の健気な姿が、愛らしくてたまらない。
しばらくはこんな調子だろうが、立ち直るまでは万事屋で見守ってやろうと銀時は考えていた。そのうち失恋の傷も癒えて、どっかの別の男と出会うだろう。そうすれば銀時のことなんてあっさり忘れるに決まってる。自分には叶えてやれない清く美しい恋愛を、***にぴったりの他の誰かと、経験できるようになるはずだ。それはその数週間の間に、銀時なりに頭を抱えて考え出した、完璧な計画だった。
パコ―――ンッ
顔面に向かって勢いよく飛んできた空の牛乳瓶によって、その完璧な計画があっけなく崩れたことに、銀時は気付いた。
地面に倒れて鼻血を流す銀時を見下ろして、お登勢が呆れた顔をして言った。
「***ちゃんは、こんなヤツのどこがいいんだかねぇ、あたしにゃさっぱり分からんよ」
うるせぇババァ、俺だって全然わかんねぇよ。なんなのアイツ、なんであんなに必死なんだよ。
そう心のなかでつぶやいた。
―――銀ちゃんがお爺ちゃんになっても、入れ歯がカタカタ言うくらい大声で言ってやります!宇宙でいちばん!銀ちゃんのことが!大好きって!!!!!
今まで聞いたことのある、どんな言葉よりも、いちばん威力のある殺し文句だった。まっすぐでひたむきで、何にも汚されない強さを持っていた。***の一途な純粋さのすべてが、その言葉に込められていた。例え裸の峰〇二子が「こっちよ~ん」と言っても、***の告白には勝てないだろう。
鼻血をだらだらと流しながら、銀時の口からは笑い声が溢れた。こんなにしぶとい敵とは、いまだかつて戦ったことがない。こうなったら腰を据えて勝負するしかない。銀時の大人の余裕か、***の一途な純情か。どちらが勝つかは、銀時自身にもさっぱり分からなかった。
あれ?そもそも俺に大人の余裕なんてあったっけ?そもそも銀さんって大人だっけ?と疑わしくも思えてくる。困惑しすぎてもはや笑うしかない。
倒れたまま突然笑いだした銀時を、新八、神楽、キャサリン、お登勢が、いぶかしげな目で見下ろす。
「銀さん、大丈夫ですか?鼻血出すぎて頭おかしくなっちゃってます?」
「新八ちがうネ、銀ちゃんは元々頭おかしいアル。きっと***に好きって言われて喜んでるヨ!いい歳したオッサンがキモイアル」
「ロリコンノ坂田マジデ気色悪イ!ソノウチ猫耳ニモ目覚メタラト思ウト、私ハ怖クテ夜モ眠レナイデス」
「オメーの猫耳には吐き気しか起きないよ、ちょっと銀時、あんた***ちゃんに、何かとんでもないことでも言ってそそのかしたんだろ?じゃなきゃこんなことしないよあの子は」
―――銀ちゃんの馬鹿ァ!!!!!!
そう言って牛乳瓶を投げる時の***の顔を、一瞬だけ見れた。湯気が出そうなほど真っ赤に染まって、目をぎゅっと閉じていた。それでも真っすぐに銀時に向けて、牛乳瓶を投げつけてくる。そのあどけない少女のような顔には確かに、「銀ちゃん大好き」と書いてあるように見えた。
うるせぇババァ、とんでもないことを言ったのは、俺じゃなくて***だっつーの。そう言いたかったが笑いが止まらず、言葉にできなかった。
笑いと鼻血が止まらないまま、四人の顔越しに見上げた夕焼け空は、やけに綺麗な薄紅色だった。
----------------------------------
【第2話 口からでまかせ】end
絶対に口では負けないと思っていた。出会ってからずいぶん経つが、今までに一度だって***に口喧嘩で負けたことはない。ほほを真っ赤に染めて、意地になって言い返してくる姿がおもしろくて、こっちから喧嘩をけしかけるようなことを、何度もしてきた。
それがまさか、こんな事態になるなんて―――
鼻から大量の鼻血を出して倒れながら、銀時はひとり思った。
「私、銀ちゃんのことが好きだよ」
首元まで紅色に染めた***が、自分を見上げてそう言った瞬間を、銀時は何度も思い出した。その一瞬で、口から心臓が飛び出すかと思うほど驚いたのは、好きだと言われたことにではない。
目の前の***が、それまで見たこともないほど女の顔をしていたから。
恥ずかしがって真っ赤になる姿は、幾度となく見てきた。小さな耳たぶの先端まで、まるで触れたらヤケドしそうなど色づいて、「銀ちゃんの馬鹿!」と叫ぶ顔は、まるで子供のそれだった。
しかし、あの日の朝、茹でダコのように赤くなりながらも、その瞳は強い意志を持っていて、とても真剣だった。あとひと言でも発したら泣いてしまいそうなほど潤んだ双眼は、それでも1ミリの迷いもなく、銀時を射抜いた。感情が溢れてこらえきれないという風に、かすれた声が小さな唇から飛び出してきた。
両手でつかんだ薄い肩は、緊張のせいか震えていた。銀時が声を失っていると、***は聞こえていないと思ったのか、顔をのぞきこむようにして首をかしげて、もう一度言った。
「私、ぎ、銀ちゃんのことが好き、……好きなんですけど、あの、き、聞いてる?」
はっとして思わず、言い訳のように架空の元彼こと太郎の名を出すと、***は信じられないという顔をした。
「私は!銀ちゃんのことが!好きなんです!!!」
大きな声を上げる***の姿をまじまじと見る。恥ずかしさで身体中を小さく震わせて、首元まで真っ赤に染めている。泣きそうなほど目を潤ませて、桃色の小さな唇で、必死に言葉をつむいでいた。
なんだ、このかわいい生き物は―――
その瞬間、ごく自然に銀時はそう思った。目を見開いて細部まで***を見る。つい二週間前までは、からかいがいのある女だと思っていた。自分によくなついていて、年齢こそ違えど神楽と同じくらいの存在だと。
しかし今、腕の中で自分を見上げる***の顔は、子供には到底できない、悩ましげな表情を浮かべていた。眉を寄せて八の字に下げた困った顔で、色づいた唇をわなわなと震わせていた。
そのまま押さえつけて、唇に触れたい。その場で抱きすくめて、自分のものにしてしまいたい。なんなら押し倒して、急にこんなに女らしい顔になった理由を、その華奢な身体に問いただしたい。
オスの本能のようにそう思ったことに、なにより銀時自身がいちばん驚いた。感情に抗うために、ぱっと***から離れる。片手で口元を覆って、動揺を悟られないよう必死でポーカーフェイスを気取った。
長谷川さんの邪魔が入った為、***の告白はうやむやになった。答えを迫られずにほっとしたのもつかの間、さっきまで自分を見つめていた***が他の男のことに必死になっているのが、許せなかった。なんだよ、俺のことはもういいのかよ。
立ち上がり今にも駆け出そうとする***の腕を、強くつかんで引き止めた。ああ、もう一度同じことを言わせたい、もう一度あの目で見つめられたい。
その銀時の身勝手な要求に、***は必死で応えようとした。その日から何日も、銀時の様子をうかがい続けていた。口を開いては何も言えずに黙り込む姿を、何度も見た。その度に***が見せる、苦しそうに唇をきゅっと噛むいじらしい姿は、生粋のドSである銀時の性癖を、ぞんぶんに喜ばせた。
二日酔いだから大声出すなと怒った時の、しょんぼりと涙ぐんだ顔なんてたまらなくて、口元がにやつくほどだった。新八や神楽には悟られないように、それでも時々困ったような目で銀時を見つめる***の視線を、背中や横顔に感じるたびに、銀時は嬉しくて仕方がなかった。
しかしいつまでも浮かれている場合じゃない。考えるまでもなく、自分と***とではそれなりに年齢差がある。例え年齢が許されたとしても、ただでさえ神楽同等に子供っぽい***を、とっくにオッサンと呼ばれる年齢に達した自分が、男女としてどうこうするのは許されない気がする。
それに加えて***のあの純粋さが、銀時は恐ろしい。自分は今まで、***が想像もできないほどの汚れた世界をたくさん見てきた。恋愛だってテキトーな付き合いや、交際とも呼べないひと晩限りの関係もあった。とてもじゃないが人には言えない遍歴ばかり。こんな自分では、***の相手なんて到底無理だ。
一点の陰りもない澄んだ瞳で自分を見つめる***を、幸せになんてできない。あの無垢な女には、もっと相応しい立派な相手がいるはずだ。安定していて、紳士的で、あの純粋さに応えてやれるほど、心の綺麗な男が。
神楽と新八に言われて***のおかえり会を開いた。「ごめんくださぁい」というほがらかな声に玄関を開けると、そこには満面の笑みを浮かべた***が立っていた。
「銀ちゃん、今日はお招きありがとう!おかえり会なんてすっごく嬉しいです!はいこれ、銀ちゃんの好きなプリン、作ってきましたよ」
そう言って玄関で下駄を脱ぐ。よほど嬉しいのか、ふにゃふにゃとした笑みが止まない。「神楽ちゃーん、新八くーん、お邪魔しまぁす」と言う声も、小鳥のさえずりのように明るい。まるで跳ねるような足取りでリビングへ入っていく。
手渡されたプリン入りの紙袋を持ったまま、銀時はひとり玄関に立ち尽くす。
―――なにあれ?なにあの笑顔?なにあの声?ちょーかわいいんですけど!
万事屋での久々の夕飯が嬉しいのか、食事の間、***はずっと微笑んでいた。
「神楽ちゃん、お口にケチャップついてるよ」
慈しむような目で笑って、***は神楽の口元をハンカチで拭いた。新八におかわりをすすめられると、「お言葉に甘えちゃおうかなぁ、銀ちゃんの作ったごはん、すごくおいしいから」と照れ笑いを浮かべて、言い訳をしながら新八に皿を渡した。
銀時と神楽がおかずの取り合いをすると、口元を手で押さえながらくすくすと笑った。
「やだ、銀ちゃん、こどもみたいです」
そう言って、まるで春が来たかのような温かい笑みを浮かべる***の顔には、「銀ちゃん大好き」と大きく書かれているように見えて、銀時の心臓は飛び跳ねた。
―――なにこの子?感情がだだ漏れすぎて、目も当てらんねぇんだけど。殺す気か?俺を殺す気なのか!?
食後にふたりきりになると、***は突然神妙な顔をして押し黙った。顔を見なくても自分を意識していることが、銀時には手に取るように分かる。向かい合ってソファに座り、テレビを見てるふりをする***の横顔を、じっと眺めた。
緊張した瞳はゆらゆらと揺れている。ぷっくりとした唇は何かを言いたそうに、小さく開いたり閉じたり。ほほの横に一房たれた髪をわずらわしそうに耳にかける。露わになった耳がほんのり桃色に染まっていて、既に恥ずかしがっていることが分かる。細い首から視線を下げると、着物の襟から白い肌が見えた。浮き上がる鎖骨が、呼吸にあわせて上下する。華奢な身体の、その繊細な動きを見て、「こいつは女なんだ」と改めて思う。
諦めさせてやらなければならない、と銀時は思う。そんな純情を捧げられても自分には応えられないと、しっかりと伝えてやらなければ。理由ならいくらでも思い浮かぶ。いつものふざけた口調で言ってやれば、口下手な***なら何も言い返せずに、簡単に折れるだろう。なんせ銀時は口から生まれたと言ってもいいくらい、テキトーなことを言う時には弁が立つのだから。
でもその前にもう一度、もう一回だけあの目で見つめられたい、あの声で聞きたい。銀時の思惑通り、***は小さくため息をついてから、あの日と同じ瞳、同じ声で言った。
「あの、こないだも言ったけど、私、銀ちゃんのことが、好き、な、んですけど……」
言うや否やうつむいて、膝の上のにぎった手を見つめてもじもじとしている姿がいじらしい。今すぐ抱きしめてしまいたいほど。
いい歳になってもジャンプを読んで、心は少年なんて言いながら、こういう時に感情を切り離して、心にも無いことをぺらぺらと言える自分は、それなりに出来た大人だと、銀時は思う。
なるべくだらしない顔で、***の気持ちなんて全然意に介していない風に、少しの余地も残さないように。それだけを意識して、あとは口からでまかせを、銀時は喋り続けた。***がカチカチに固まって、その目がうつろになってしまうまで。
「銀さん、***さんに何かしました?こないだから様子がおかしいんですけど……」
「あぁ?何言ってんだよぱっつぁん、***はいつもあんな感じだろ」
「いや、どう見てもおかしいですよ。さっきも僕に向かって「お妙さん、お久しぶりです、今日もお綺麗ですね」って話しかけてきたし……」
「そうヨ!最近***おかしいアル。昨日なんて酢昆布買ってきたよってゴキブリポイポイの箱渡されたネ!銀ちゃんまたセクハラしたアルか?白状しないと頭カチ割ってやるネ、この腐れエロ天パァァァァ!!」
「オイィィィィ!神楽やめろ!俺ァなんも知らねぇよ!腹でも壊してんじゃねぇーの!?」
新八と神楽も心配するほど、失恋後の***の動揺は大きかった。たまたま通りで会った牛乳屋の主人にも、「最近、***ちゃんの元気が無いんだが、なんか知ってるかい万事屋の旦那」と声をかけられた。仕事でもミスを連発していると教えられたが、「知らねーよ!便秘かなんかじゃねーの!?」とあしらった。
自分で振っておいて、つくづく性根が悪いが、***の落ち込む様子見て、内心喜ぶ自分がいた。そんなに銀さんにフラれたのがショックかよ、と陰でにやにやと笑った。苦し気な様子で、それでも笑顔を取りつくろって銀時に会いにくる***の健気な姿が、愛らしくてたまらない。
しばらくはこんな調子だろうが、立ち直るまでは万事屋で見守ってやろうと銀時は考えていた。そのうち失恋の傷も癒えて、どっかの別の男と出会うだろう。そうすれば銀時のことなんてあっさり忘れるに決まってる。自分には叶えてやれない清く美しい恋愛を、***にぴったりの他の誰かと、経験できるようになるはずだ。それはその数週間の間に、銀時なりに頭を抱えて考え出した、完璧な計画だった。
パコ―――ンッ
顔面に向かって勢いよく飛んできた空の牛乳瓶によって、その完璧な計画があっけなく崩れたことに、銀時は気付いた。
地面に倒れて鼻血を流す銀時を見下ろして、お登勢が呆れた顔をして言った。
「***ちゃんは、こんなヤツのどこがいいんだかねぇ、あたしにゃさっぱり分からんよ」
うるせぇババァ、俺だって全然わかんねぇよ。なんなのアイツ、なんであんなに必死なんだよ。
そう心のなかでつぶやいた。
―――銀ちゃんがお爺ちゃんになっても、入れ歯がカタカタ言うくらい大声で言ってやります!宇宙でいちばん!銀ちゃんのことが!大好きって!!!!!
今まで聞いたことのある、どんな言葉よりも、いちばん威力のある殺し文句だった。まっすぐでひたむきで、何にも汚されない強さを持っていた。***の一途な純粋さのすべてが、その言葉に込められていた。例え裸の峰〇二子が「こっちよ~ん」と言っても、***の告白には勝てないだろう。
鼻血をだらだらと流しながら、銀時の口からは笑い声が溢れた。こんなにしぶとい敵とは、いまだかつて戦ったことがない。こうなったら腰を据えて勝負するしかない。銀時の大人の余裕か、***の一途な純情か。どちらが勝つかは、銀時自身にもさっぱり分からなかった。
あれ?そもそも俺に大人の余裕なんてあったっけ?そもそも銀さんって大人だっけ?と疑わしくも思えてくる。困惑しすぎてもはや笑うしかない。
倒れたまま突然笑いだした銀時を、新八、神楽、キャサリン、お登勢が、いぶかしげな目で見下ろす。
「銀さん、大丈夫ですか?鼻血出すぎて頭おかしくなっちゃってます?」
「新八ちがうネ、銀ちゃんは元々頭おかしいアル。きっと***に好きって言われて喜んでるヨ!いい歳したオッサンがキモイアル」
「ロリコンノ坂田マジデ気色悪イ!ソノウチ猫耳ニモ目覚メタラト思ウト、私ハ怖クテ夜モ眠レナイデス」
「オメーの猫耳には吐き気しか起きないよ、ちょっと銀時、あんた***ちゃんに、何かとんでもないことでも言ってそそのかしたんだろ?じゃなきゃこんなことしないよあの子は」
―――銀ちゃんの馬鹿ァ!!!!!!
そう言って牛乳瓶を投げる時の***の顔を、一瞬だけ見れた。湯気が出そうなほど真っ赤に染まって、目をぎゅっと閉じていた。それでも真っすぐに銀時に向けて、牛乳瓶を投げつけてくる。そのあどけない少女のような顔には確かに、「銀ちゃん大好き」と書いてあるように見えた。
うるせぇババァ、とんでもないことを言ったのは、俺じゃなくて***だっつーの。そう言いたかったが笑いが止まらず、言葉にできなかった。
笑いと鼻血が止まらないまま、四人の顔越しに見上げた夕焼け空は、やけに綺麗な薄紅色だった。
----------------------------------
【第2話 口からでまかせ】end