銀ちゃんに恋する女の子
鼻から牛乳(純情)
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【第19話 小雨のち晴れ】
明日は朝から雨が降るよ、と窓の外を見ながら***がつぶやいた。最近の***の天気予報は猛烈に当たる。結野アナに匹敵するほどの的中率だ。この間は原付の後ろから「銀ちゃん、もうすぐ雨が降るから、すこし急ぎましょう」と言ってきた。半信半疑でスピードを上げ、万事屋に着くやいなや、雨が降りはじめた。
「ねぇねぇ***~、明日雨なら公園で遊べないから、***のお家に遊びに行ってヨロシ?丈アニキの映画の新しいやつ、一緒に見たいアル!」
「エイリアンVSヤクザの最新作ならDVD持ってるよ。いつでも見にきなよ神楽ちゃん。あ……でも明日は駄目だ、ごめんね。明日は人が来るから」
万事屋のテレビの前に神楽と***がふたりで座って、夕方のドラマの再放送を見ている。不満げに「え~!」と言った神楽の声には、煎餅を噛むバリバリという音が混ざっていた。
「人が来るって誰ネ?友達アルか?」
「え、友達……では、ないなぁ」
「男?女?どっちネ!?」
「男の人だよ」
「友達じゃない男って何ヨ?」
「えぇっと……お、お世話になってる人、かなぁ?」
「なにそれ、意味わかんないアル。あんな狭い部屋に男とふたりきりなんて危険ネ!私も一緒にいさせるヨロシ」
「いやいや、神楽ちゃん、男の人っていっても、すごくちゃんとした人だし、危険なことなんて何も無いよ」
ふたりの口論はCMが終わり、ドラマの続きが始まったことでうやむやになった。神楽が煎餅をバリバリと噛みながら、「この男、いつまでもウジウジしてるから女を横取りされるネ、自業自得ヨ」とドラマの感想を言った。***が「あっ!やだっ!手繋いじゃったよ、本当にこの人でいいのかなぁ~私はそうは思わないなぁ~」と残念そうな声を上げた。
窓から西日が差し込んで、部屋中が温かい。それはとても平和で穏やかな、夕刻のひとときだった。
しかし、そのリビングのソファに寝転んで、ジャンプを読んでいる銀時の心中は、全く穏やかではなかった。
顔から汗をだらだら垂らしながら、必死で平静を装っている。手が勝手にページをめくるが、内容は全く頭に入ってこない。
―――ちょっと待てェェェ!いま、***なんつってた!?明日、部屋に男が来るっつった!?聞き間違いじゃないよね?はっきりと明日、男が来て狭い部屋にふたりきりっつってたよね?…っつーかお世話になってる人ってなんだよ!?なんのお世話だよ!?神楽もっとツッコめよ!くだらねぇドラマなんてどーでもいいだろーが!俺はそんなクソみてぇなドラマの男女のアレコレに興味ねぇんだよ!それよか明日の、***と男のアレコレの方が知りたいんですけどぉ!神楽ァもっかい詳しく聞いてぇ!お願い!三百円あげるからぁ!!!
「銀ちゃん、顔色悪いけど大丈夫ですか?ジャンプがびしょびしょだけど……」
「わっ、手汗すごくて銀ちゃんキモイアル!」
「ううううううるせぇな、これはアレだよ、ジャンプ読んで燃えたから、汗かいただけだっつーの。おい、それよか***、お前、」
明日部屋に来る男ってなに、と言いかけたがその言葉は出せなかった。こんなことを聞くのは、大人の威厳が崩れるようで恥ずかしい。まるで***のことが好きで、嫉妬してるみたいに聞こえるし、神楽に茶化されたら気まずい。
うじうじしているうちに結局なにも聞けずじまいで、帰っていく***を見送ることしかできなかった。
その日の夜は眠れなかった。目を閉じるとまぶたの裏に、***の部屋が浮かんできた。神楽の言う通り、四畳半のあの部屋は、男とふたりになるには狭すぎる。下手すれば、身体のどこかが触れてしまう。
もちろん銀時はあの部屋で、何度も***とふたりきりになったことがある。膝枕もさせたし、勢いで顔に口付けたこともある。それでも***が全く危険でなかったのは、相手が自分だったからだ。
しかし今回は、どこの馬の骨とも知れぬ男。それにつけても最近の***は大人っぽく美しくなり、女っぷりが上がっているのだ。危険だ、危険すぎる、と考えていたら睡魔なんて吹き飛び、一睡もできずに朝を迎えた。
翌日の昼過ぎ、今まさに見知らぬ男が***のもとへ来ているかと思うと、銀時の口から「うがぁぁぁぁぁ!」という叫びが漏れた。神楽と新八の白い目を無視して、「パチンコ行ってくらぁ」と言って万事屋を出る。
足早に向かったのはもちろん、四畳半のボロアパート。小雨のなか傘もささずに歩いて行くと、***の部屋の前にひとりの男が立っていた。ビニール傘の下の黒い制服姿のその男を見て、銀時はハッと動きを止める。振り向いた顔がよく知っている顔で、驚きを隠せない。
「あれ、旦那じゃねぇですか。どうしたんでさぁ、傘もささねぇで」
「はァァァ!?ちょっと沖田くん、なになにどーゆーこと!?***がお世話んなってる男って沖田くん!?どーゆーお世話だよ?どーゆー関係だよ?っつーか今日は***に何の用ですかァ?嫁入り前の娘の部屋に、男がのこのこ上がるなんざ、保護者役の銀さんとしては見逃せないんですけどぉ~!!」
「はぁ?なに言ってんでさ、旦那。俺ァ別に***に用は無ぇですよ。見廻り中に雨が降ってきたんで、雨宿りがてら寄っただけでさぁ。ですが生憎、先客がいやしてね。俺が来る前から、***はとっくに男とお取込み中でさぁ」
「なっ………!?」
髪が濡れているのは小雨のせいだけではない。ひたいから汗をたらしながら絶句する銀時に、沖田は口早に説明した。
沖田がアパートの入り口にやってきた時、既に***の部屋の前には、男が立っていた。物陰に隠れて様子を伺うと、扉を開けた***は、笑顔で男を迎え入れた。***は男を信頼しきっている様子で、ふたりは旧知の仲のような親密な雰囲気だった。
男は洋風の恰好をした、いけ好かないスカした奴だと沖田は言う。
「グラサンをかけて、真っ白いジャケットなんて着てやしたぜ。穏やかそうに見えて、ありゃ女にかけちゃ相当な手練れだと俺ァ思いまさぁ。しゃらくせぇステッキまで持ってやがった。今頃あのステッキでケツでもぶっ叩かれて、ドMの***は骨抜きになってるところでさぁ」
「オイィィィ!!!***はそこいらのメス豚とは違うからァ!サディスティック星から来た王子でも、そう簡単に飼い慣らせねぇからァァァ!!あんまテキトーなこと言ってウチの***を侮辱すんの、やめてくれるかな総一郎くん!!!」
「総悟でさぁ。***の貞操に期待すんのは旦那の勝手ですがね、なんならドアに耳ぃくっつけて中の音でも聞いてみたらどうですかぃ」
っんなことしねぇーし!と叫ぶ銀時をひとり残し、沖田は片手をひらひらと振ると去って行った。ぽつんとアパートの前に取り残された銀時は、ごくっと生唾を飲んで、***の部屋の扉を見つめた。
―――いやいやいや、***に限ってそんなこと絶対無い。だってあいつは俺のことが好きなわけだし?あんなに初心で純情な女が、いやらしい男を部屋に連れ込むなんてありえねぇし?それに会話の盗み聞きなんて浅ましいこと、俺がするかってーの!!
しかし思考と行動は真逆で、気が付くと銀時は***の部屋のドアの前に立ち、薄い木造の扉に顔を寄せると、じっと耳を澄ましていた。
人が動く衣擦れの音とくぐもった男女の声がうっすらと聞こえる。言葉までは聞き取れないかと思った銀時の耳に、はっきりと***の声が届いた。
“……ぁ、先生、ちょ、ちょっと痛いです……”
その声が切羽詰まったものだったので、銀時の背筋をぞわりとした物が走る。気が付くと扉に両手をつき、耳を押し当ててよく聞こうとしていた。
漏れてくる***の声は、息をつめるような喋り方で、何かを必死に我慢している様子だった。
“よく分かりますよ、***さんのことは……ここでしょう?”
見知らぬ男の声も、しっかりと聞こえた。その声は大人のもので、とても静かで落ち着いていた。何よりも、男が***のことを知り尽くしているかのような口ぶりで喋ったことに、銀時の心臓は驚きで飛び跳ねた。その声色には、まさに「大人の余裕」が満ちていた。
―――なんだコイツ。まるで***の全部を知ってるみてぇな口ききやがって。誰だオメーは。どこのどいつだ。
“***さん、ちょっと我慢してくださいね……”
“あっ……んぅ、ぃ、痛いですっ……”
“ごめんね、でも、すぐよくなりますから……”
“んっ!ぅっ……ん、はぁ……”
―――ちょっと待てェェェ!なにこれ!?なにしてんのコイツら!?***はなんつー声出してんだよ!?え、痛いって何!?よくなるって何が!?まさかマジでアレをアレするようなアレをしてんの!?俺はそんなん絶対許さねぇけど!!?
サラサラと布同士が触れ合うような、衣擦れの音が大きくなる。男の声は突然途切れて、***が苦しげに何かを我慢するような声だけが、しばらく響いた。
“……***さん、よくなってきたでしょう?”
“はぁっ、っん、ぁ、あの……はい、とても……”
“少し動かしてるだけで……とてもいいです……”
“ぁっ、そこはちょっと、痛ッ……んぁっ、き、きもちぃです……”
―――気持ちいいって言っちゃったよォォォ!なに***、お前ドMだったのかよ!いや、前々からMっ気はあるとは思ってたけども!いや、ちょっと待てウェーイト!***はどっかの納豆女と違って、そう易々とメス豚になり下がるようなアバズレじゃないはず。これはこの男に弱みを握られて、泣く泣く貞操を捧げているに決まってる!っつーか、そうであってください、お願いします!!!
もはや銀時は全身を扉にくっつけ、雨で湿った木のドアにぴったりと耳を寄せていた。外でしとやかに小雨が降っているせいで、部屋のなかのふたりのやり取りも、ますます艶っぽく聞こえる。
吐息まじりで言葉を出すのも精一杯という風に、***が声を上げた。
“ぁ、あのっ、せ、先生ぇ……んぅっ、ちょっと痛ぃです……”
“すみません……じゃぁ、こうするのはどう?”
“ひッ!…ぃ、ぃたいッ”
“すこしの、辛抱ですから、頑張って”
“やっ……んっ、ぃ、痛いッ!ん゙ぅー……”
ブチッッッ―――
頭の中で理性の糸が切れる音を、銀時は聞いた。大事に見守ってきた女が、どこの誰とも知らない男に汚されている。それなのになぜ、自分はただ突っ立っているしかできないのか。
「痛い」という***の声を聞いた瞬間、銀時の身体は勝手に動いた。***を助けなければ。想像の中でいけ好かない洋風男がステッキを振り回している。棒きれが勢いよく振り下ろされて、あのいたいけな***の綺麗な肌に、傷をつけるサマが眼前に浮かんできた。
ドガァンッッッ!!!!!!
「ゴラァァァッ!テメェェェェ!!***に何しやがんだこの変態クソ野郎ォォォォ!!!!!」
木造アパートの扉は薄く、銀時がひと蹴りしただけで、あっけなく開いた。それどころか留め具が外れ、ドアは一枚の板となって部屋の中へと飛んで行った。
「っきゃぁぁぁ!!!な、なにっ!?えっ!?ぎ、銀ちゃんっ!!?」
「***、お前大丈夫かっ!?変態野郎になにされた!?どこ触られた!?ぶっ殺してやるよ出てきやがれコノヤロー!!」
てっきり服を脱がされて、あられもない恰好にされていると思った***は、きっちりと着物を着ていた。布団の上にうつ伏せになり、何枚ものバスタオルを身体にかけていた。ステッキを振り回す男なんてどこにもいない。というか男が見当たらない。
「わわわっ、せ、先生!大丈夫ですかっ!?」
「う、う~ん、これは、一体……」
吹き飛んだドアの下に、男は倒れていた。銀時がひょいとドアを持ち上げる。仰向けに倒れた男は確かに沖田の言う通り、変わった身なりをいていた。
ステッキは玄関横に立てかけてあった。室内だというのにサングラスをしている。白いジャケットではなく丈の長い白衣で、胸元には「出張あん摩・整体マッサージ」と刺繍されていた。年齢は推定、七十代。大人の余裕どころか貫禄のある白髪の男だった。
黒いサングラスの向こうで開かれた瞳は、すべてを見透かすような光を宿して、心の目で銀時を見つめた。
「はァァァッ!?あん摩ァッ!!?」
驚きの声をあげて勘違いに気付いた銀時は、目を泳がせてあん摩と***を交互に見た。なぜ急に銀時が現れたのか全く理解できない***は、大量のバスタオルのなかに座り込んでオロオロとした。
何も見えてないはずのあん摩の男だけが、全てを理解した様子で「アッハッハ!」とほがらかに笑った。
「もぉ~!!銀ちゃん、ドアが壊れちゃったじゃないですか!普通にピンポン鳴らして入ってきてくださいよ!なに考えてるんですかぁ!!」
「お前こそなに考えてんだよ!なにがお世話になってる人だよ!紛らわしいことしねぇで、はっきりのあん摩の整体師が来るって言やぁいいじゃねぇか。マダオネアのノミさんみてぇな思わせぶりなことしてんじゃねーよ、この馬鹿!!」
「馬鹿はどっちですか!こそこそ盗み聞きして勘違いするなんて、大人としてどうかしてます!!」
「真っ昼間からいやらしい声出してるお前こそ大人としてどうかしてるっつーの!あ、そうか***は大人じゃなかったな、ガキがミャーミャー猫の鳴きマネしてんじゃねぇよ!発情期ですかコノヤロー!!!」
「はっ、発情っ………し、信じられない!いやらしい声なんて出してないです!銀ちゃんの馬鹿ッ!!」
事態を把握した後で口喧嘩をはじめたふたりを、まぁまぁといさめたのはあん摩の男だった。男は穏やかな笑みを浮かべて、よくこういう目にあうと言った。
「妻の情夫だと勘違いした夫が飛び込んできてね、刺し殺されそうになったこともあります……古今東西、男女の仲というのは面白いものです。***さんからお話を聞いたことがありますが、あなたが万事屋の旦那ですね。***さんが二年前に左足に酷い打撲を負ったのをご存じですか?」
「せ、先生それは、言わない約束ですよ」
「知ってるもなにも、俺がコイツの足を踏んずけてケガさせたんだよ」
悪びれる様子もなく、自分のせいで***がケガをしたことを告げる銀時を見て、あん摩はゆっくりうなずくと口を開いた。
「***さんの打撲は治りましたが、古傷は時々痛みをぶり返します。特に雨が降る前、気圧が低くなるとシクシクと……。それに加えて***さんは、自転車で無理に坂を登ったり、最近は下駄が脱げて転んだりしています。牛乳配達の仕事は足だけでなく全身に負担が掛かります。だから、半年ほど前から時々こうして施術していたんです。こんなジジイと***さんの間には、旦那の疑うようなことは何にもありませんから、安心してください。それどころか、私が来るたびに***さんは旦那の話ばかりしています。私の目には何も見えなくとも、***さんが旦那に心底惚れてることは、声だけでよく伝わってきますよ」
真っ赤に顔を染めて「先生やめてください!恥ずかしいから!」と言う***と、その頭を優しく撫でる男は、まるで孫と祖父のような雰囲気だった。
それを見た銀時は呆れた顔で、「あんだよクソジジイ、紛らわしいことすんなっつーの」と憎まれ口を叩いた。
小雨が止んだ青空の下、あん摩の男はステッキをつきながら帰っていった。玄関先でふたりで見送る。見えないというのに、男が角を曲がって見えなくなるまで、***はその背中に小さく手を振り続けた。
振っていた手を止めて、ぱっと銀時を振り返った***の顔は、首まで真っ赤に染まっていた。
「銀ちゃん、せ、先生の言ってたことは……その、忘れてください!」
「はぁ?忘れろってなにを?なんのこと?お前が銀さんに心底惚れてて、ジジイにいたぶられながら“銀ちゃぁん、好きぃ~!”ってやらしい声出してるっつーやつ?」
「なっ……!そんなことは言ってなかったでしょう!?」
「別にいいじゃねぇか、お前が俺のこと好きなのは街中知ってんだから。それよかお前、なんではっきりジジイの整体師が来るって言わなかったんだよ。余計な心配かけんじゃねぇよ」
恥ずかしさに顔を真っ赤にした***が、気まずそうに目をそらして、口をつぐんだ。銀時を避けるように、玄関から部屋に上がろうとするのを、腕をつかんで引き留めた。
「なぁ、なんで***、はっきり言えよ」
「だ、だって……っ、ぁ、足のケガがまだ痛いって言ったら、銀ちゃんきっと気にすると思ったから、言いたくなかったんだもん。自分のせいでって思ったらまた、」
そこまで言って唇を噛んだ***が、泣きそうな顔をする。手で目元を覆って、震える声でつぶやいた。
―――また銀ちゃんに、私を傷つけたって思われるのがヤダったんだもん……そんなんじゃないから、知られたくなかったのに……
目元を覆った指の隙間から、不安げに揺れる瞳が見えた。それを見た瞬間、銀時は言いようのない嬉しさを感じた。
そうだった、こいつはいつでも俺のことがいちばん好きで、俺に会えなくなるのが嫌だから、傷の痛みも隠すような意固地な女だった。あ~おもしれぇ、ガキが紛らわしいこと言って、嘘つこうなんざ百年早いっつーの。
いじらしい***が、身勝手ながらも可愛く思える。銀時に突き放されることを、なにより***が恐れていることは、銀時がいちばんよく分かっている。
身体のことは、あん摩の男の方が詳しいだろう。しかし***の心の動きなら、銀時には手に取るように分かる。そう思うからこそ銀時は、わざとゲラゲラと大声で笑った後で、あっけらかんとした口調で言った。
「あ゙~~~、笑わせんなっつーの!っんだよ、そんなことかよ!んなこと俺が気にするわけねぇだろ。お前、万事屋に出会えたのはそのケガのおかげって最初に言ってたじゃねぇか。結果的に心底惚れる相手も見つかったんだし、ケガして良かったんじゃねぇの」
「ほ、ほんと……?銀ちゃんほんとにそう思ってる?気にしない?自分のせいだって責めたりしない?」
「責めねぇよ!前にも言っただろーが、ドSの銀さんが責めるのはどぎついSMプレイに耐えられるドMの女だけだって」
銀時の言葉を聞いて、***の顔がぱっと晴れやかになる。よかったぁ、と言いながらぎゅっと銀時の両手をにぎって、ぶんぶんと振った。
「ところで***さん、痛くされると喜んじゃうドMっ子ってことがせっかく分かったんだし、銀さんと第2ラウンドいきます?」
ニヤニヤと笑った銀時が、敷かれたままの布団を指差して言った言葉を聞いて、手をにぎったままの***がピシッと動きを止める。数秒後、爆発しそうなほど顔を真っ赤に染めて、大声で怒鳴った。
「ぎぎぎぎぎ銀ちゃんの変態ッッッ!!!さっさとドア直して、とっとと帰ってください!!!!!」
目の前で怒鳴り声を挙げて、にぎった小さな手で銀時の胸をポカポカと殴る***の、その真っ赤な顔から、熱風が吹いてくるような気がする。笑いながら銀時はふと思う。
―――あん摩のジジイが言った通り、お前が俺を好きなことくらい、目が見えなくたって分かる―――
開け放たれた玄関から、雨上がりのみずみずしい木漏れ日が差し込んで、楽しげに笑い続ける銀時の顔と、真っ赤に染まり続ける***の顔を、そっと照らしていた。
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【第19話 小雨のち晴れ】end
明日は朝から雨が降るよ、と窓の外を見ながら***がつぶやいた。最近の***の天気予報は猛烈に当たる。結野アナに匹敵するほどの的中率だ。この間は原付の後ろから「銀ちゃん、もうすぐ雨が降るから、すこし急ぎましょう」と言ってきた。半信半疑でスピードを上げ、万事屋に着くやいなや、雨が降りはじめた。
「ねぇねぇ***~、明日雨なら公園で遊べないから、***のお家に遊びに行ってヨロシ?丈アニキの映画の新しいやつ、一緒に見たいアル!」
「エイリアンVSヤクザの最新作ならDVD持ってるよ。いつでも見にきなよ神楽ちゃん。あ……でも明日は駄目だ、ごめんね。明日は人が来るから」
万事屋のテレビの前に神楽と***がふたりで座って、夕方のドラマの再放送を見ている。不満げに「え~!」と言った神楽の声には、煎餅を噛むバリバリという音が混ざっていた。
「人が来るって誰ネ?友達アルか?」
「え、友達……では、ないなぁ」
「男?女?どっちネ!?」
「男の人だよ」
「友達じゃない男って何ヨ?」
「えぇっと……お、お世話になってる人、かなぁ?」
「なにそれ、意味わかんないアル。あんな狭い部屋に男とふたりきりなんて危険ネ!私も一緒にいさせるヨロシ」
「いやいや、神楽ちゃん、男の人っていっても、すごくちゃんとした人だし、危険なことなんて何も無いよ」
ふたりの口論はCMが終わり、ドラマの続きが始まったことでうやむやになった。神楽が煎餅をバリバリと噛みながら、「この男、いつまでもウジウジしてるから女を横取りされるネ、自業自得ヨ」とドラマの感想を言った。***が「あっ!やだっ!手繋いじゃったよ、本当にこの人でいいのかなぁ~私はそうは思わないなぁ~」と残念そうな声を上げた。
窓から西日が差し込んで、部屋中が温かい。それはとても平和で穏やかな、夕刻のひとときだった。
しかし、そのリビングのソファに寝転んで、ジャンプを読んでいる銀時の心中は、全く穏やかではなかった。
顔から汗をだらだら垂らしながら、必死で平静を装っている。手が勝手にページをめくるが、内容は全く頭に入ってこない。
―――ちょっと待てェェェ!いま、***なんつってた!?明日、部屋に男が来るっつった!?聞き間違いじゃないよね?はっきりと明日、男が来て狭い部屋にふたりきりっつってたよね?…っつーかお世話になってる人ってなんだよ!?なんのお世話だよ!?神楽もっとツッコめよ!くだらねぇドラマなんてどーでもいいだろーが!俺はそんなクソみてぇなドラマの男女のアレコレに興味ねぇんだよ!それよか明日の、***と男のアレコレの方が知りたいんですけどぉ!神楽ァもっかい詳しく聞いてぇ!お願い!三百円あげるからぁ!!!
「銀ちゃん、顔色悪いけど大丈夫ですか?ジャンプがびしょびしょだけど……」
「わっ、手汗すごくて銀ちゃんキモイアル!」
「ううううううるせぇな、これはアレだよ、ジャンプ読んで燃えたから、汗かいただけだっつーの。おい、それよか***、お前、」
明日部屋に来る男ってなに、と言いかけたがその言葉は出せなかった。こんなことを聞くのは、大人の威厳が崩れるようで恥ずかしい。まるで***のことが好きで、嫉妬してるみたいに聞こえるし、神楽に茶化されたら気まずい。
うじうじしているうちに結局なにも聞けずじまいで、帰っていく***を見送ることしかできなかった。
その日の夜は眠れなかった。目を閉じるとまぶたの裏に、***の部屋が浮かんできた。神楽の言う通り、四畳半のあの部屋は、男とふたりになるには狭すぎる。下手すれば、身体のどこかが触れてしまう。
もちろん銀時はあの部屋で、何度も***とふたりきりになったことがある。膝枕もさせたし、勢いで顔に口付けたこともある。それでも***が全く危険でなかったのは、相手が自分だったからだ。
しかし今回は、どこの馬の骨とも知れぬ男。それにつけても最近の***は大人っぽく美しくなり、女っぷりが上がっているのだ。危険だ、危険すぎる、と考えていたら睡魔なんて吹き飛び、一睡もできずに朝を迎えた。
翌日の昼過ぎ、今まさに見知らぬ男が***のもとへ来ているかと思うと、銀時の口から「うがぁぁぁぁぁ!」という叫びが漏れた。神楽と新八の白い目を無視して、「パチンコ行ってくらぁ」と言って万事屋を出る。
足早に向かったのはもちろん、四畳半のボロアパート。小雨のなか傘もささずに歩いて行くと、***の部屋の前にひとりの男が立っていた。ビニール傘の下の黒い制服姿のその男を見て、銀時はハッと動きを止める。振り向いた顔がよく知っている顔で、驚きを隠せない。
「あれ、旦那じゃねぇですか。どうしたんでさぁ、傘もささねぇで」
「はァァァ!?ちょっと沖田くん、なになにどーゆーこと!?***がお世話んなってる男って沖田くん!?どーゆーお世話だよ?どーゆー関係だよ?っつーか今日は***に何の用ですかァ?嫁入り前の娘の部屋に、男がのこのこ上がるなんざ、保護者役の銀さんとしては見逃せないんですけどぉ~!!」
「はぁ?なに言ってんでさ、旦那。俺ァ別に***に用は無ぇですよ。見廻り中に雨が降ってきたんで、雨宿りがてら寄っただけでさぁ。ですが生憎、先客がいやしてね。俺が来る前から、***はとっくに男とお取込み中でさぁ」
「なっ………!?」
髪が濡れているのは小雨のせいだけではない。ひたいから汗をたらしながら絶句する銀時に、沖田は口早に説明した。
沖田がアパートの入り口にやってきた時、既に***の部屋の前には、男が立っていた。物陰に隠れて様子を伺うと、扉を開けた***は、笑顔で男を迎え入れた。***は男を信頼しきっている様子で、ふたりは旧知の仲のような親密な雰囲気だった。
男は洋風の恰好をした、いけ好かないスカした奴だと沖田は言う。
「グラサンをかけて、真っ白いジャケットなんて着てやしたぜ。穏やかそうに見えて、ありゃ女にかけちゃ相当な手練れだと俺ァ思いまさぁ。しゃらくせぇステッキまで持ってやがった。今頃あのステッキでケツでもぶっ叩かれて、ドMの***は骨抜きになってるところでさぁ」
「オイィィィ!!!***はそこいらのメス豚とは違うからァ!サディスティック星から来た王子でも、そう簡単に飼い慣らせねぇからァァァ!!あんまテキトーなこと言ってウチの***を侮辱すんの、やめてくれるかな総一郎くん!!!」
「総悟でさぁ。***の貞操に期待すんのは旦那の勝手ですがね、なんならドアに耳ぃくっつけて中の音でも聞いてみたらどうですかぃ」
っんなことしねぇーし!と叫ぶ銀時をひとり残し、沖田は片手をひらひらと振ると去って行った。ぽつんとアパートの前に取り残された銀時は、ごくっと生唾を飲んで、***の部屋の扉を見つめた。
―――いやいやいや、***に限ってそんなこと絶対無い。だってあいつは俺のことが好きなわけだし?あんなに初心で純情な女が、いやらしい男を部屋に連れ込むなんてありえねぇし?それに会話の盗み聞きなんて浅ましいこと、俺がするかってーの!!
しかし思考と行動は真逆で、気が付くと銀時は***の部屋のドアの前に立ち、薄い木造の扉に顔を寄せると、じっと耳を澄ましていた。
人が動く衣擦れの音とくぐもった男女の声がうっすらと聞こえる。言葉までは聞き取れないかと思った銀時の耳に、はっきりと***の声が届いた。
“……ぁ、先生、ちょ、ちょっと痛いです……”
その声が切羽詰まったものだったので、銀時の背筋をぞわりとした物が走る。気が付くと扉に両手をつき、耳を押し当ててよく聞こうとしていた。
漏れてくる***の声は、息をつめるような喋り方で、何かを必死に我慢している様子だった。
“よく分かりますよ、***さんのことは……ここでしょう?”
見知らぬ男の声も、しっかりと聞こえた。その声は大人のもので、とても静かで落ち着いていた。何よりも、男が***のことを知り尽くしているかのような口ぶりで喋ったことに、銀時の心臓は驚きで飛び跳ねた。その声色には、まさに「大人の余裕」が満ちていた。
―――なんだコイツ。まるで***の全部を知ってるみてぇな口ききやがって。誰だオメーは。どこのどいつだ。
“***さん、ちょっと我慢してくださいね……”
“あっ……んぅ、ぃ、痛いですっ……”
“ごめんね、でも、すぐよくなりますから……”
“んっ!ぅっ……ん、はぁ……”
―――ちょっと待てェェェ!なにこれ!?なにしてんのコイツら!?***はなんつー声出してんだよ!?え、痛いって何!?よくなるって何が!?まさかマジでアレをアレするようなアレをしてんの!?俺はそんなん絶対許さねぇけど!!?
サラサラと布同士が触れ合うような、衣擦れの音が大きくなる。男の声は突然途切れて、***が苦しげに何かを我慢するような声だけが、しばらく響いた。
“……***さん、よくなってきたでしょう?”
“はぁっ、っん、ぁ、あの……はい、とても……”
“少し動かしてるだけで……とてもいいです……”
“ぁっ、そこはちょっと、痛ッ……んぁっ、き、きもちぃです……”
―――気持ちいいって言っちゃったよォォォ!なに***、お前ドMだったのかよ!いや、前々からMっ気はあるとは思ってたけども!いや、ちょっと待てウェーイト!***はどっかの納豆女と違って、そう易々とメス豚になり下がるようなアバズレじゃないはず。これはこの男に弱みを握られて、泣く泣く貞操を捧げているに決まってる!っつーか、そうであってください、お願いします!!!
もはや銀時は全身を扉にくっつけ、雨で湿った木のドアにぴったりと耳を寄せていた。外でしとやかに小雨が降っているせいで、部屋のなかのふたりのやり取りも、ますます艶っぽく聞こえる。
吐息まじりで言葉を出すのも精一杯という風に、***が声を上げた。
“ぁ、あのっ、せ、先生ぇ……んぅっ、ちょっと痛ぃです……”
“すみません……じゃぁ、こうするのはどう?”
“ひッ!…ぃ、ぃたいッ”
“すこしの、辛抱ですから、頑張って”
“やっ……んっ、ぃ、痛いッ!ん゙ぅー……”
ブチッッッ―――
頭の中で理性の糸が切れる音を、銀時は聞いた。大事に見守ってきた女が、どこの誰とも知らない男に汚されている。それなのになぜ、自分はただ突っ立っているしかできないのか。
「痛い」という***の声を聞いた瞬間、銀時の身体は勝手に動いた。***を助けなければ。想像の中でいけ好かない洋風男がステッキを振り回している。棒きれが勢いよく振り下ろされて、あのいたいけな***の綺麗な肌に、傷をつけるサマが眼前に浮かんできた。
ドガァンッッッ!!!!!!
「ゴラァァァッ!テメェェェェ!!***に何しやがんだこの変態クソ野郎ォォォォ!!!!!」
木造アパートの扉は薄く、銀時がひと蹴りしただけで、あっけなく開いた。それどころか留め具が外れ、ドアは一枚の板となって部屋の中へと飛んで行った。
「っきゃぁぁぁ!!!な、なにっ!?えっ!?ぎ、銀ちゃんっ!!?」
「***、お前大丈夫かっ!?変態野郎になにされた!?どこ触られた!?ぶっ殺してやるよ出てきやがれコノヤロー!!」
てっきり服を脱がされて、あられもない恰好にされていると思った***は、きっちりと着物を着ていた。布団の上にうつ伏せになり、何枚ものバスタオルを身体にかけていた。ステッキを振り回す男なんてどこにもいない。というか男が見当たらない。
「わわわっ、せ、先生!大丈夫ですかっ!?」
「う、う~ん、これは、一体……」
吹き飛んだドアの下に、男は倒れていた。銀時がひょいとドアを持ち上げる。仰向けに倒れた男は確かに沖田の言う通り、変わった身なりをいていた。
ステッキは玄関横に立てかけてあった。室内だというのにサングラスをしている。白いジャケットではなく丈の長い白衣で、胸元には「出張あん摩・整体マッサージ」と刺繍されていた。年齢は推定、七十代。大人の余裕どころか貫禄のある白髪の男だった。
黒いサングラスの向こうで開かれた瞳は、すべてを見透かすような光を宿して、心の目で銀時を見つめた。
「はァァァッ!?あん摩ァッ!!?」
驚きの声をあげて勘違いに気付いた銀時は、目を泳がせてあん摩と***を交互に見た。なぜ急に銀時が現れたのか全く理解できない***は、大量のバスタオルのなかに座り込んでオロオロとした。
何も見えてないはずのあん摩の男だけが、全てを理解した様子で「アッハッハ!」とほがらかに笑った。
「もぉ~!!銀ちゃん、ドアが壊れちゃったじゃないですか!普通にピンポン鳴らして入ってきてくださいよ!なに考えてるんですかぁ!!」
「お前こそなに考えてんだよ!なにがお世話になってる人だよ!紛らわしいことしねぇで、はっきりのあん摩の整体師が来るって言やぁいいじゃねぇか。マダオネアのノミさんみてぇな思わせぶりなことしてんじゃねーよ、この馬鹿!!」
「馬鹿はどっちですか!こそこそ盗み聞きして勘違いするなんて、大人としてどうかしてます!!」
「真っ昼間からいやらしい声出してるお前こそ大人としてどうかしてるっつーの!あ、そうか***は大人じゃなかったな、ガキがミャーミャー猫の鳴きマネしてんじゃねぇよ!発情期ですかコノヤロー!!!」
「はっ、発情っ………し、信じられない!いやらしい声なんて出してないです!銀ちゃんの馬鹿ッ!!」
事態を把握した後で口喧嘩をはじめたふたりを、まぁまぁといさめたのはあん摩の男だった。男は穏やかな笑みを浮かべて、よくこういう目にあうと言った。
「妻の情夫だと勘違いした夫が飛び込んできてね、刺し殺されそうになったこともあります……古今東西、男女の仲というのは面白いものです。***さんからお話を聞いたことがありますが、あなたが万事屋の旦那ですね。***さんが二年前に左足に酷い打撲を負ったのをご存じですか?」
「せ、先生それは、言わない約束ですよ」
「知ってるもなにも、俺がコイツの足を踏んずけてケガさせたんだよ」
悪びれる様子もなく、自分のせいで***がケガをしたことを告げる銀時を見て、あん摩はゆっくりうなずくと口を開いた。
「***さんの打撲は治りましたが、古傷は時々痛みをぶり返します。特に雨が降る前、気圧が低くなるとシクシクと……。それに加えて***さんは、自転車で無理に坂を登ったり、最近は下駄が脱げて転んだりしています。牛乳配達の仕事は足だけでなく全身に負担が掛かります。だから、半年ほど前から時々こうして施術していたんです。こんなジジイと***さんの間には、旦那の疑うようなことは何にもありませんから、安心してください。それどころか、私が来るたびに***さんは旦那の話ばかりしています。私の目には何も見えなくとも、***さんが旦那に心底惚れてることは、声だけでよく伝わってきますよ」
真っ赤に顔を染めて「先生やめてください!恥ずかしいから!」と言う***と、その頭を優しく撫でる男は、まるで孫と祖父のような雰囲気だった。
それを見た銀時は呆れた顔で、「あんだよクソジジイ、紛らわしいことすんなっつーの」と憎まれ口を叩いた。
小雨が止んだ青空の下、あん摩の男はステッキをつきながら帰っていった。玄関先でふたりで見送る。見えないというのに、男が角を曲がって見えなくなるまで、***はその背中に小さく手を振り続けた。
振っていた手を止めて、ぱっと銀時を振り返った***の顔は、首まで真っ赤に染まっていた。
「銀ちゃん、せ、先生の言ってたことは……その、忘れてください!」
「はぁ?忘れろってなにを?なんのこと?お前が銀さんに心底惚れてて、ジジイにいたぶられながら“銀ちゃぁん、好きぃ~!”ってやらしい声出してるっつーやつ?」
「なっ……!そんなことは言ってなかったでしょう!?」
「別にいいじゃねぇか、お前が俺のこと好きなのは街中知ってんだから。それよかお前、なんではっきりジジイの整体師が来るって言わなかったんだよ。余計な心配かけんじゃねぇよ」
恥ずかしさに顔を真っ赤にした***が、気まずそうに目をそらして、口をつぐんだ。銀時を避けるように、玄関から部屋に上がろうとするのを、腕をつかんで引き留めた。
「なぁ、なんで***、はっきり言えよ」
「だ、だって……っ、ぁ、足のケガがまだ痛いって言ったら、銀ちゃんきっと気にすると思ったから、言いたくなかったんだもん。自分のせいでって思ったらまた、」
そこまで言って唇を噛んだ***が、泣きそうな顔をする。手で目元を覆って、震える声でつぶやいた。
―――また銀ちゃんに、私を傷つけたって思われるのがヤダったんだもん……そんなんじゃないから、知られたくなかったのに……
目元を覆った指の隙間から、不安げに揺れる瞳が見えた。それを見た瞬間、銀時は言いようのない嬉しさを感じた。
そうだった、こいつはいつでも俺のことがいちばん好きで、俺に会えなくなるのが嫌だから、傷の痛みも隠すような意固地な女だった。あ~おもしれぇ、ガキが紛らわしいこと言って、嘘つこうなんざ百年早いっつーの。
いじらしい***が、身勝手ながらも可愛く思える。銀時に突き放されることを、なにより***が恐れていることは、銀時がいちばんよく分かっている。
身体のことは、あん摩の男の方が詳しいだろう。しかし***の心の動きなら、銀時には手に取るように分かる。そう思うからこそ銀時は、わざとゲラゲラと大声で笑った後で、あっけらかんとした口調で言った。
「あ゙~~~、笑わせんなっつーの!っんだよ、そんなことかよ!んなこと俺が気にするわけねぇだろ。お前、万事屋に出会えたのはそのケガのおかげって最初に言ってたじゃねぇか。結果的に心底惚れる相手も見つかったんだし、ケガして良かったんじゃねぇの」
「ほ、ほんと……?銀ちゃんほんとにそう思ってる?気にしない?自分のせいだって責めたりしない?」
「責めねぇよ!前にも言っただろーが、ドSの銀さんが責めるのはどぎついSMプレイに耐えられるドMの女だけだって」
銀時の言葉を聞いて、***の顔がぱっと晴れやかになる。よかったぁ、と言いながらぎゅっと銀時の両手をにぎって、ぶんぶんと振った。
「ところで***さん、痛くされると喜んじゃうドMっ子ってことがせっかく分かったんだし、銀さんと第2ラウンドいきます?」
ニヤニヤと笑った銀時が、敷かれたままの布団を指差して言った言葉を聞いて、手をにぎったままの***がピシッと動きを止める。数秒後、爆発しそうなほど顔を真っ赤に染めて、大声で怒鳴った。
「ぎぎぎぎぎ銀ちゃんの変態ッッッ!!!さっさとドア直して、とっとと帰ってください!!!!!」
目の前で怒鳴り声を挙げて、にぎった小さな手で銀時の胸をポカポカと殴る***の、その真っ赤な顔から、熱風が吹いてくるような気がする。笑いながら銀時はふと思う。
―――あん摩のジジイが言った通り、お前が俺を好きなことくらい、目が見えなくたって分かる―――
開け放たれた玄関から、雨上がりのみずみずしい木漏れ日が差し込んで、楽しげに笑い続ける銀時の顔と、真っ赤に染まり続ける***の顔を、そっと照らしていた。
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【第19話 小雨のち晴れ】end