銀ちゃんに恋する女の子
鼻から牛乳(純情)
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【第18話 胸に誓う者】
朝八時、今日は腹の調子が悪いから休むという電話が、新八からかかってきた。「はぁ?下痢で休むなんて、お前は小学生ですかぁ?」と言う銀時に向かって、電話越しに「今日は大事な依頼人が来るんですから、パチンコに行かないでくださいね!」と新八は言った。
朝飯を食べ終わるやいなや、神楽は「定春の散歩に行ってくるアル、銀ちゃんはしっかり仕事するヨロシ」と言って出ていった。いや、お前こそ仕事しろよ、と思いながら銀時はダラダラと着替える。事務机に座ってジャンプをめくりながら、依頼人が来るのを待っていると、ふと疑問がわいた。
―――え?っつーか、そもそも今日仕事なんかあったっけ?いや、大事な依頼人ってなに?そんなん銀さん知らねぇけど。アイツらなんか勘違いしてね?
ジャンプを机に投げ出して、頭を抱えて考えたが、今日の仕事の予定なんてひとつも思い出せない。
たしか今日は仕事はない。明日もない。っつーか今のところこの先ずっとない。やばい、どうしよう。とりあえずパチンコ行って、金を増やすか、と新八の心配した通りのことを考えていた時、突然インターホンが鳴った。
――ピンポーン……
「……へ~い、いま開けますよぉ~」
本当に依頼が入ってたのかと驚きながら、ゆっくり立ち上がる。しかし、どんなに考えても、それがどんな依頼人か、どんな仕事内容か全然思い出せない。
――ピンポン、ピンポン、ピンポーン……
「いや、いま開けっから、ちょっと待っ」
――ピンポン、ピンポン、ピンポン、ピンポーン!!
「うるせぇぇぇぇ!!!いま開けるつってんだろーがぁぁぁぁ!!!」
――ピシャンッ!!!
叫びながら開けた引き戸の向こうに、***が立っていた。動きを止めた銀時が、驚きで目を見開いているのを、腰に手を当てて仁王立ちした***が、怒った顔で見上げる。
「銀ちゃん遅いよ!依頼人が来たらすぐ開けなきゃダメです。今日は万事屋さんいないのかな?って思って帰っちゃうじゃないですか!貴重なお仕事をみすみす逃すなんてもったいないよ」
「いや、いまそんなに遅くなかったよね?普通に一回目のピンポンで返事してたよね?むしろ連続ピンポンで銀さんの声聞こえなくしてたのそっちだよね?なにお前、一体何がしてぇの?っつーか***、お前なにしてんの?新八が言ってた依頼人ってお前のことかよ」
「そうですよ、お仕事を頼みにきました」と言うと、***は手提げをごそごそとする。何かを取り出しながら近づいてくると、すばやく取り出した何かを、銀時の顔に向かってぎゅっと押し付けた。
「これっ、直してください!取れちゃったから!!」
「はぁっ!!?」
顔に押し付けられた物を手に取ると、それは***の下駄だった。花柄の鼻緒が取れて、ぶら下がっている。
手に持った下駄を見つめて呆然としていると、***はさも当然というふうに玄関を上がり、部屋へと入っていく。廊下の途中で折れて台所に入り、当たり前のように冷蔵庫を開けた。
「なにこれ、いちご牛乳しかないじゃないですか!神楽ちゃんから聞いてますよ、毎日豆パンばっかり食べてるって。信じられない。一応プリン作ってきたから入れときますけど、それじゃ全然まともな食事にならないので、後で買い出しに行きましょう。銀ちゃん原付出してくれます?」
「あの、***さん、依頼人として来たっつってたけど、その態度は全然依頼人じゃないよね?なにお前?ひとり暮らしの息子の家に、田舎から突然やってきたかーちゃんか?口うるせぇかーちゃんなのか?」
母ちゃんじゃないよ、失礼ですね、立派な依頼人です!と言いながら、冷蔵庫の前で立ち上がった***に、銀時は近づいていく。
二週間ぶりに見た***は、少し痩せていた。顔の傷はほとんど消えて、唯一アゴを斜めに走る傷だけが、かさぶたになって残っている。その顔を見て銀時は心底ほっとした。思ったよりも傷の治りが良く、表情も元気そうだったから。
「まぁ、下駄は直してやっから、ちょっと待ってろ」
「買い出しも行くし、ご飯も作りますからね」
「は?………お前さぁ、こないだ銀さんが言ったこと聞いてた?もうここには来んなっつったろうが」
そう言われて***は口をつぐんだ。気弱そうな瞳がゆらゆらと揺れる。しかしそれも一瞬のことで、ぎゅっと手を握りしめると、にらむように銀時を見上げた。
「銀ちゃん、私、怒ってます。急に万事屋に来るなって言われて、理由もちゃんと聞けてないし。全然納得してないですから」
「はぁぁぁぁ~、だからさぁ……」
ため息をついた銀時が話しはじめる前に、***がさっと動くと、横をすり抜けて廊下へと出て行った。呆気に取られて立ち尽くす銀時の耳に、リビングから「ちょっと銀ちゃん、散らかり放題じゃないですか!古いジャンプはまとめて捨てるって、新八くんと約束してたのに守ってないじゃん、もぉ~!」という声が届いた。
頭をガシガシとかきながら、銀時は***を追ってリビングへ入る。テキパキと片づけを始めた***の後ろから近づいて、その腕をつかんだ。
「おい、***、聞けよ」
「………っ!」
後ろからかけられた声に、***は怯えたような目をして、振り返った。
「……ここに来んなっつった理由が知りてぇんだろ。納得できねぇなら説明してやるから、ちゃんと聞け」
「ぎ、銀ちゃん……」
「……万事屋はなんでも屋だから、報酬さえもらえばどんな仕事でもやる。きなくせぇ仕事もある。一歩間違えれば危険な目にあう。お前みてぇな若い女には似合わねぇ仕事だ。それが生業の俺には、お前のことは守れないっつってんだよ。実際お前も痛いめにあったんだからよく分かっただろ、***。だからもう来んなって。俺はお前を傷物にしたくねぇ。そんなことになったら、お前の家族に顔向けできねぇだろうが。ちったぁ銀さんの気持ちも考えろっつーの」
話を聞きながら、だんだんと***はうつむいていく。小さな手は強く握りしめられて、かたかたと震えた。その震えが、つかんだ腕から銀時の手にも伝わってきた。
「………ぎ、銀ちゃんの、バカ……」
とても小さな声で***はつぶやいた。「あ゙ぁ?」と銀時が返すと、ばっと顔を上げて睨みつけた。
「ぎ、銀ちゃんこそ!ちょっとは、私の気持ちを考えてください!痛いめにあったっていうのは、顔の傷のこと?それとも腕?そんなのすぐ直ったし、痛くもなんともなかったです。そんなのより……そんな傷より、もう万事屋に来るなって、もう会いたくないって言われた方が、ずっとずっと痛かったです。私……死んじゃうかと思うくらい痛かったし、今も痛いです。銀ちゃんのせいで、私はもうとっくに傷物です!」
そう言っている途中で***の顔が、くしゃりと歪んで、今にも泣きそうな顔になった。腕をつかむ銀時の手を、ゆっくりと振りほどく。そのままその手を両手で取ると、***は自分の胸の間に押し当てた。決してふくよかではないが、それでもふんわりとした***の胸の膨らみが、銀時の大きな手に触れた。
「ちょっ……!お前っ、なにして、……別に俺は会いたくないなんて言ってねぇよ!ここに来たら、また危険な目にあわせちまうから、来んなっつっただけだろうが!なに勘違いして怒ってんだよ、怒りてぇのはこっちだっつーの!」
「違います!わ、私は、万事屋みんなのことを家族みたいに思ってるのに……家族は一緒にいるもんだって、銀ちゃん言ったのに!それなのに来るなって言うなんて、そんなの会いたくないって言われるのと同じだもん!!」
万事屋よりも本当の家族を大切にしろよ、という言葉が頭に浮かんだが、自分を見上げる***の瞳があまりにも真剣で、銀時は声が出せなかった。
***は両手に力をこめると、銀時の手を更に自分の胸にぎゅっと押し付けた。
「………私の、ここに、いちばん大きな傷があります。銀ちゃんがつけた傷は、銀ちゃんにしか治せないです。銀ちゃんが一緒にいてくれなかったら、私は一生、傷物のままです!こんなに……こんなに痛い思いしつづけるの、やだよ銀ちゃん。ただ一緒にいてくれるだけで、それだけでいいんです……万事屋はなんでも屋さんなんだから、それくらい朝飯前でしょ!ほ、報酬だってちゃんと払います、手作りプリンで!!!」
胸に押しつけられた手に、***の心音が響く。それはドクドクと、ものすごい速さで鼓動していた。その確かな振動を手のひらに感じながら、「ああ、こいつは生きてるんだな」と、銀時は呑気に思っていた。
今にも泣きそうな顔で自分を見上げる***の、潤んだ瞳を見つめる。何か言い返そうと思うのに、何も言葉が浮かんでこない。
仕方なく空いている方の腕を***の肩にまわすと、乱暴な仕草でぐいと抱き寄せた。
「はぁぁぁぁ~***さぁ、自分がなに言ってっか分かってんの?俺はお前が危険な目にあっても、責任とれねぇって言ってんだぞ?守りきれねぇっつってんだぞ?それでもいいのかよ、お前。死んでもしらねぇって言われてんのと一緒だぞ」
抱き寄せられた腕の中で、***が首をふるふると横に振った。銀時の手をつかんでいた両手を離すと、するりと背中に腕を回す。顔を胸に押し付けると、回した腕でぎゅうと抱きしめ返した。
「銀ちゃんは、守ってくれたよ………あの日、あの爆発があった日に、鼻緒が切れたんです。大使館のちょっと前で、下駄が脱げて転んでいるうちに、後から来た自転車が追い越して行って……それで、その人は多分……爆発に巻き込まれてたの」
「………っ!」
***の言葉を聞いて、銀時は動けなくなる。そうか、あの担架に乗っていたのが……と思うと急に心臓が冷たくなった。
鼻緒が切れなければ、それはきっと***だった。
「鼻緒が切れた時は……私が銀ちゃんを思う気持ちが弱いせいだと思って、悲しかったんです。でも、違うの……銀ちゃんが私を守ってくれたの。私を守るって、銀ちゃんが思ってくれる気持ちのほうが、きっと、強かったの……強かったって、私は信じてるんです」
「***………」
***の顔が押し付けられた胸が熱い。見下ろすと伏せられた小さな頭の横で、耳の後ろまで真っ赤になっている。久々に見た***の紅潮した姿に、一度冷えた銀時の心臓が再び熱を持ち始める。
守れないと決めつけて突き放した自分が、銀時は恥ずかしくなってくる。***はとっくに銀時の気持ちを分かっていた。それでも閉じられたドアをこじ開けるように、自分の元へとやってきたのに、それすら拒絶しようとしてしまった。
はぁぁぁ~と長くため息をついて、腕の中の小さな身体を強く抱きしめた。ますます赤くなる***の顔の熱が、腕の中で高まっていくのを感じて、銀時は声もなく笑った。手で優しく頭を撫でると、背中に回された細い腕に、更に力が入った。
「銀ちゃん、私のせいで、痛い思いをさせて、ごめんね」
「は?俺が痛いわけねぇだろ、ケガしたのはお前だろーが」
「嘘です!銀ちゃん、すごく……傷ついた顔してたもん。私がケガをしたことで自分を責めてるって、銀ちゃんはそういう人だって、新八くんが教えてくれたもん」
「おい、メガネの言うことなんて真に受けてんじゃねぇよ。確かに銀さんは中学生男子なみの繊細なハートの持ち主だけど、そう簡単に自分を責めたりしません~。ドSな銀さんが責めるのは、どぎついSMプレイに耐えられる女の子だけです~」
背中から手を離して、腕の中で顔を上げた***と目が合う。顔は真っ赤に染まり、目は涙目だったが、真剣な顔には何かを決意したような表情が浮かんでいた。
頭にハテナマークを浮かべた銀時が、「なんだよ」と言うと同時に、***の手が動いた。黒い服の前をぎゅっとつかんで下に引っ張ると、襟の隙間が広がって銀時の胸元が開いた。
そこに***は顔を寄せると、筋肉質でがっしりとした銀時の、胸のちょうど真ん中に、そっと唇をつけた。
ぷっくりとした桃色の唇が当たって、むに、という柔らかい感触が銀時の胸から身体中に走った。それはまるで、子猫の肉球が当たるような、柔らかくて初々しい口づけだった。
「はっっっ!!?***、お前なにやってんだよ!」
「~~~~っ!しょ、消毒!い、いちばん傷ついているのは、銀ちゃんの心だから!早く治るように、消毒です!!」
そう叫ぶ***の顔は、まるで蒸気が上がりそうなほど真っ赤に染まった。「ひぃっ、恥ずかしい!」と言いながら、***は両手で顔を覆った。「恥ずかしいならやんなきゃいいだろ!」と銀時が言い返してギャーギャー騒いでいると、ふたり同時によろけて銀時が尻餅をつく。倒れ込んできた***を、広げた両手で抱きとめた。
「ったく、なに***、いつからそんなに積極的になったんだよ?男の胸にチューするなんざ、お前みたいなガキには百年早ぇぞ」
「ぎ、銀ちゃんがしてくれたもん、その、か、顔とか腕とかに……」
言うや否や銀時の顔のすぐ横で、***の耳たぶが真っ赤に染まった。憐れな犬を慰めようとする憐れな主人だ、と思うと銀時の唇から「はっ」と笑いが漏れた。
「おい***、ちょっと顔見して」
「やっ、今は嫌です、は、恥ずかしいからっ!」
「いいから、見せろって」
嫌がって銀時の腕にしがみつく***の両肩をつかむと、ばっと引き離した。予想通り首元まで真っ赤になった***は、口を真一文字に結んで、恥ずかしさに耐えながら銀時を見つめ返した。
その両ほほを手でぐいっとつかむと、おでこや鼻筋、まぶたに傷痕が残っていないことを確認する。綺麗に治って、傷があったことすら分からない。首や鎖骨にも視線を落とすと、そこは滑らかな陶器のようだった。
「その、銀ちゃんのおかげで、きれいに治ったから……もう大丈夫だよ。ねぇ、もういいでしょ銀ちゃん、は、離して……」
「いや、まだ終わってねーんだけど、動くなって」
つかんだ手に力が入り、***の顔が少しだけ上を向けられる。動くなと言われる前から動けない。「あっ」と小さく声を上げた***が、息を飲んで目を見開く。
少し首をかしげた銀時が、ゆっくりと***のアゴの傷痕に顔を近づけてきた。
「………っ!」
目を閉じる間もなく、唇のすぐ下、斜めに走るカサブタの上に、銀時の温かい唇がそっと触れた。まるで壊れやすいものに触るかのように、繊細で優しい口づけだった。
一瞬遅れてきた驚きで、***の身体にぎゅっと力が入る。細められた赤い瞳が、まつ毛が触れそうなほどの近さで、***をじっと見つめていた。
―――もし、キスをしたら、こんな感じなのかなぁ……
気を失いそうなほど沸騰した頭の、わずかに残る冷静な部分で、***は考えていた。永遠のように長い時間をかけて、銀時は傷痕に唇を這わせた。唇に近い上の部分からはじまり、アゴの先端まで、温かく柔らかい銀時の唇の感触が、ゆっくりと移動していった。
触れる時と同じ位、優しく離れていく唇の感覚が、震える***の身体に、切ないほどはっきりと残った。
「はい!終~了~。消毒完了でぇ~す!……ぶはっ!お前、すっげぇ顔真っ赤じゃねぇか!おい、***、これに懲りたらもう顔に傷なんてつけんなよ」
「~~~~~っ!も、もぉ~~~!!銀ちゃんは、いっつもそうやって、急なことするから……わ、私はもう、」
胸がドキドキして苦しい、という言葉を***は口に出せなかった。顔を上げると銀時がニヤニヤと笑っていたのが、とても悔しい。真っ赤な顔の***を見て、心底嬉しそうにしている。
仕返しをしてやると思い、***は両手を伸ばすと、銀時の両ほほを指でぎゅっとつねった。
「イダダダダダダダダ!ちょっ、おまっ、痛ぇよ!***、離せ!!」
「駄目です!離しません!だって私……いちばん聞きたいこと、まだ聞けてない!!」
「は?なんだよ聞きたいことって」と言いながら、銀時は既に何を聞かれるか分かっている。聞かれたらいちばん気まずい思いをする質問を、今まさに***が聞こうとしている。
細い手首をつかんで離そうとしたが、その腕にアザが無いことを確かめるのに気を取られて、力を入れ損ねた。
「銀ちゃん…………銀ちゃんは、私に、会いたい?」
「は?イッテェな、なんだよ、っんな恥ずかしいこと聞くために、銀さんの顔を傷つけんなって、イテテテテ、おいコラ、離せって」
「ぷっ!銀ちゃんのほっぺ、すごい伸びる!お餅みたい!ほらほら、言うまで離さないですよ!ちょっとは会いたいって思ってます?私、美味しいプリンを持ってきますよ?いちご牛乳だって買ってくるよ?」
「はぁ?イダダダダダダッ!ちょっ、お前は手加減ってもんを……」
痛がる銀時を見て、***は嬉しそうにケラケラと笑った。小さな指に持てる限りの力を入れて、銀時のほほをひっぱり続ける。
「ほら銀ちゃん!早く言ってください、私に会いたいって!」
「***離せ、痛ぇって、イテテテテ、あー!もう、わかったよ!言やいいんだろ言やぁ!いってぇなマジで!会いてぇよ!お前に会いてぇに決まってんだろーが!プリンなんか無くていーから、会いに来いっつーの!!」
そう言われた瞬間、***はパッと手を離した。さっきまで楽しそうに笑っていた顔が一転、眉間にぎゅっとシワを寄せて、途端に泣きそうな顔になる。
はぁー…、とため息をついた***は、銀時の肩におでこを乗せ、全身の力を抜いてもたれかかってきた。さらりと長い髪が前に落ちて、丸まった白いうなじが見えた。首の後ろの骨が出っ張るのを見て、やっぱり少し痩せたな、と銀時は思う。
「よかった………よかったです、銀ちゃん」
「っんだよ、普通に聞けよ普通に。顔もげるだろーが」
ふふっと微笑みながら上げた***の顔は、いつも通りの穏やかで嬉しそうな表情をしていた。ああ、そうだ、こいつってこういう顔で笑うんだった、と銀時は思う。
そっと頭を抱き寄せると、***は顔を横に向けて、銀時の胸に身体を預けた。手でゆっくりと撫でた髪が、さらさらと揺れて、花のような甘い香りがした。一瞬、舌によみがえった灰と鉄の味を打ち消すために、銀時は***の頭のてっぺんに、顔を伏せた。
「私も……銀ちゃんに会いたかったよ、ずっと。この先もしも、また来るな言っても、もう遅いですからね。会いたいって銀ちゃん言ったからね。私、一生忘れないですから」
瞳を閉じた***が、一息で言い切る。髪から漂う甘い香りを、肺いっぱいに貯めるように、銀時は深く息を吸ってから口を開いた。
「へーへー、好きにしろよ、お前はほんとに懲りねぇな。あの爆発で転んだだけっつーのもすげぇが、まさか転んでもただじゃ起きない強ぇ女だとは思わなかったわ。銀さんもお手上げだっつーの」
「銀ちゃん、それ褒めてるの?けなしてるの?」
「呆れてんの」
「コラァッ!!」
こぶしでポカポカと頭を殴り合った後、銀時と***は顔を見合わせて、くすくすと笑った。
笑い合うふたりは、数十秒後に新八と神楽が玄関から飛び込んでくることを、まだ知らない。
***に向かって「お前って胸ちっちぇのな」と言ったせいで、神楽に殴られることになるのを、銀時はまだ知らない。
新八に「***さん、おかえりなさい」と言われて、泣きそうになり、必死に涙をこらえることになるのを、***はまだ知らない。
―――私は、いつだって銀ちゃんに会いにくる。その為になら何度転んでも、必ず立ち上がってみせる。だってそうやって生きていく術を、銀ちゃんが教えてくれたから……―――
銀時に髪を撫でられながら、瞳を閉じた***が、胸の中で強く誓っていたことは、神様しか知らない。
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【第18話 胸に誓う者】end
朝八時、今日は腹の調子が悪いから休むという電話が、新八からかかってきた。「はぁ?下痢で休むなんて、お前は小学生ですかぁ?」と言う銀時に向かって、電話越しに「今日は大事な依頼人が来るんですから、パチンコに行かないでくださいね!」と新八は言った。
朝飯を食べ終わるやいなや、神楽は「定春の散歩に行ってくるアル、銀ちゃんはしっかり仕事するヨロシ」と言って出ていった。いや、お前こそ仕事しろよ、と思いながら銀時はダラダラと着替える。事務机に座ってジャンプをめくりながら、依頼人が来るのを待っていると、ふと疑問がわいた。
―――え?っつーか、そもそも今日仕事なんかあったっけ?いや、大事な依頼人ってなに?そんなん銀さん知らねぇけど。アイツらなんか勘違いしてね?
ジャンプを机に投げ出して、頭を抱えて考えたが、今日の仕事の予定なんてひとつも思い出せない。
たしか今日は仕事はない。明日もない。っつーか今のところこの先ずっとない。やばい、どうしよう。とりあえずパチンコ行って、金を増やすか、と新八の心配した通りのことを考えていた時、突然インターホンが鳴った。
――ピンポーン……
「……へ~い、いま開けますよぉ~」
本当に依頼が入ってたのかと驚きながら、ゆっくり立ち上がる。しかし、どんなに考えても、それがどんな依頼人か、どんな仕事内容か全然思い出せない。
――ピンポン、ピンポン、ピンポーン……
「いや、いま開けっから、ちょっと待っ」
――ピンポン、ピンポン、ピンポン、ピンポーン!!
「うるせぇぇぇぇ!!!いま開けるつってんだろーがぁぁぁぁ!!!」
――ピシャンッ!!!
叫びながら開けた引き戸の向こうに、***が立っていた。動きを止めた銀時が、驚きで目を見開いているのを、腰に手を当てて仁王立ちした***が、怒った顔で見上げる。
「銀ちゃん遅いよ!依頼人が来たらすぐ開けなきゃダメです。今日は万事屋さんいないのかな?って思って帰っちゃうじゃないですか!貴重なお仕事をみすみす逃すなんてもったいないよ」
「いや、いまそんなに遅くなかったよね?普通に一回目のピンポンで返事してたよね?むしろ連続ピンポンで銀さんの声聞こえなくしてたのそっちだよね?なにお前、一体何がしてぇの?っつーか***、お前なにしてんの?新八が言ってた依頼人ってお前のことかよ」
「そうですよ、お仕事を頼みにきました」と言うと、***は手提げをごそごそとする。何かを取り出しながら近づいてくると、すばやく取り出した何かを、銀時の顔に向かってぎゅっと押し付けた。
「これっ、直してください!取れちゃったから!!」
「はぁっ!!?」
顔に押し付けられた物を手に取ると、それは***の下駄だった。花柄の鼻緒が取れて、ぶら下がっている。
手に持った下駄を見つめて呆然としていると、***はさも当然というふうに玄関を上がり、部屋へと入っていく。廊下の途中で折れて台所に入り、当たり前のように冷蔵庫を開けた。
「なにこれ、いちご牛乳しかないじゃないですか!神楽ちゃんから聞いてますよ、毎日豆パンばっかり食べてるって。信じられない。一応プリン作ってきたから入れときますけど、それじゃ全然まともな食事にならないので、後で買い出しに行きましょう。銀ちゃん原付出してくれます?」
「あの、***さん、依頼人として来たっつってたけど、その態度は全然依頼人じゃないよね?なにお前?ひとり暮らしの息子の家に、田舎から突然やってきたかーちゃんか?口うるせぇかーちゃんなのか?」
母ちゃんじゃないよ、失礼ですね、立派な依頼人です!と言いながら、冷蔵庫の前で立ち上がった***に、銀時は近づいていく。
二週間ぶりに見た***は、少し痩せていた。顔の傷はほとんど消えて、唯一アゴを斜めに走る傷だけが、かさぶたになって残っている。その顔を見て銀時は心底ほっとした。思ったよりも傷の治りが良く、表情も元気そうだったから。
「まぁ、下駄は直してやっから、ちょっと待ってろ」
「買い出しも行くし、ご飯も作りますからね」
「は?………お前さぁ、こないだ銀さんが言ったこと聞いてた?もうここには来んなっつったろうが」
そう言われて***は口をつぐんだ。気弱そうな瞳がゆらゆらと揺れる。しかしそれも一瞬のことで、ぎゅっと手を握りしめると、にらむように銀時を見上げた。
「銀ちゃん、私、怒ってます。急に万事屋に来るなって言われて、理由もちゃんと聞けてないし。全然納得してないですから」
「はぁぁぁぁ~、だからさぁ……」
ため息をついた銀時が話しはじめる前に、***がさっと動くと、横をすり抜けて廊下へと出て行った。呆気に取られて立ち尽くす銀時の耳に、リビングから「ちょっと銀ちゃん、散らかり放題じゃないですか!古いジャンプはまとめて捨てるって、新八くんと約束してたのに守ってないじゃん、もぉ~!」という声が届いた。
頭をガシガシとかきながら、銀時は***を追ってリビングへ入る。テキパキと片づけを始めた***の後ろから近づいて、その腕をつかんだ。
「おい、***、聞けよ」
「………っ!」
後ろからかけられた声に、***は怯えたような目をして、振り返った。
「……ここに来んなっつった理由が知りてぇんだろ。納得できねぇなら説明してやるから、ちゃんと聞け」
「ぎ、銀ちゃん……」
「……万事屋はなんでも屋だから、報酬さえもらえばどんな仕事でもやる。きなくせぇ仕事もある。一歩間違えれば危険な目にあう。お前みてぇな若い女には似合わねぇ仕事だ。それが生業の俺には、お前のことは守れないっつってんだよ。実際お前も痛いめにあったんだからよく分かっただろ、***。だからもう来んなって。俺はお前を傷物にしたくねぇ。そんなことになったら、お前の家族に顔向けできねぇだろうが。ちったぁ銀さんの気持ちも考えろっつーの」
話を聞きながら、だんだんと***はうつむいていく。小さな手は強く握りしめられて、かたかたと震えた。その震えが、つかんだ腕から銀時の手にも伝わってきた。
「………ぎ、銀ちゃんの、バカ……」
とても小さな声で***はつぶやいた。「あ゙ぁ?」と銀時が返すと、ばっと顔を上げて睨みつけた。
「ぎ、銀ちゃんこそ!ちょっとは、私の気持ちを考えてください!痛いめにあったっていうのは、顔の傷のこと?それとも腕?そんなのすぐ直ったし、痛くもなんともなかったです。そんなのより……そんな傷より、もう万事屋に来るなって、もう会いたくないって言われた方が、ずっとずっと痛かったです。私……死んじゃうかと思うくらい痛かったし、今も痛いです。銀ちゃんのせいで、私はもうとっくに傷物です!」
そう言っている途中で***の顔が、くしゃりと歪んで、今にも泣きそうな顔になった。腕をつかむ銀時の手を、ゆっくりと振りほどく。そのままその手を両手で取ると、***は自分の胸の間に押し当てた。決してふくよかではないが、それでもふんわりとした***の胸の膨らみが、銀時の大きな手に触れた。
「ちょっ……!お前っ、なにして、……別に俺は会いたくないなんて言ってねぇよ!ここに来たら、また危険な目にあわせちまうから、来んなっつっただけだろうが!なに勘違いして怒ってんだよ、怒りてぇのはこっちだっつーの!」
「違います!わ、私は、万事屋みんなのことを家族みたいに思ってるのに……家族は一緒にいるもんだって、銀ちゃん言ったのに!それなのに来るなって言うなんて、そんなの会いたくないって言われるのと同じだもん!!」
万事屋よりも本当の家族を大切にしろよ、という言葉が頭に浮かんだが、自分を見上げる***の瞳があまりにも真剣で、銀時は声が出せなかった。
***は両手に力をこめると、銀時の手を更に自分の胸にぎゅっと押し付けた。
「………私の、ここに、いちばん大きな傷があります。銀ちゃんがつけた傷は、銀ちゃんにしか治せないです。銀ちゃんが一緒にいてくれなかったら、私は一生、傷物のままです!こんなに……こんなに痛い思いしつづけるの、やだよ銀ちゃん。ただ一緒にいてくれるだけで、それだけでいいんです……万事屋はなんでも屋さんなんだから、それくらい朝飯前でしょ!ほ、報酬だってちゃんと払います、手作りプリンで!!!」
胸に押しつけられた手に、***の心音が響く。それはドクドクと、ものすごい速さで鼓動していた。その確かな振動を手のひらに感じながら、「ああ、こいつは生きてるんだな」と、銀時は呑気に思っていた。
今にも泣きそうな顔で自分を見上げる***の、潤んだ瞳を見つめる。何か言い返そうと思うのに、何も言葉が浮かんでこない。
仕方なく空いている方の腕を***の肩にまわすと、乱暴な仕草でぐいと抱き寄せた。
「はぁぁぁぁ~***さぁ、自分がなに言ってっか分かってんの?俺はお前が危険な目にあっても、責任とれねぇって言ってんだぞ?守りきれねぇっつってんだぞ?それでもいいのかよ、お前。死んでもしらねぇって言われてんのと一緒だぞ」
抱き寄せられた腕の中で、***が首をふるふると横に振った。銀時の手をつかんでいた両手を離すと、するりと背中に腕を回す。顔を胸に押し付けると、回した腕でぎゅうと抱きしめ返した。
「銀ちゃんは、守ってくれたよ………あの日、あの爆発があった日に、鼻緒が切れたんです。大使館のちょっと前で、下駄が脱げて転んでいるうちに、後から来た自転車が追い越して行って……それで、その人は多分……爆発に巻き込まれてたの」
「………っ!」
***の言葉を聞いて、銀時は動けなくなる。そうか、あの担架に乗っていたのが……と思うと急に心臓が冷たくなった。
鼻緒が切れなければ、それはきっと***だった。
「鼻緒が切れた時は……私が銀ちゃんを思う気持ちが弱いせいだと思って、悲しかったんです。でも、違うの……銀ちゃんが私を守ってくれたの。私を守るって、銀ちゃんが思ってくれる気持ちのほうが、きっと、強かったの……強かったって、私は信じてるんです」
「***………」
***の顔が押し付けられた胸が熱い。見下ろすと伏せられた小さな頭の横で、耳の後ろまで真っ赤になっている。久々に見た***の紅潮した姿に、一度冷えた銀時の心臓が再び熱を持ち始める。
守れないと決めつけて突き放した自分が、銀時は恥ずかしくなってくる。***はとっくに銀時の気持ちを分かっていた。それでも閉じられたドアをこじ開けるように、自分の元へとやってきたのに、それすら拒絶しようとしてしまった。
はぁぁぁ~と長くため息をついて、腕の中の小さな身体を強く抱きしめた。ますます赤くなる***の顔の熱が、腕の中で高まっていくのを感じて、銀時は声もなく笑った。手で優しく頭を撫でると、背中に回された細い腕に、更に力が入った。
「銀ちゃん、私のせいで、痛い思いをさせて、ごめんね」
「は?俺が痛いわけねぇだろ、ケガしたのはお前だろーが」
「嘘です!銀ちゃん、すごく……傷ついた顔してたもん。私がケガをしたことで自分を責めてるって、銀ちゃんはそういう人だって、新八くんが教えてくれたもん」
「おい、メガネの言うことなんて真に受けてんじゃねぇよ。確かに銀さんは中学生男子なみの繊細なハートの持ち主だけど、そう簡単に自分を責めたりしません~。ドSな銀さんが責めるのは、どぎついSMプレイに耐えられる女の子だけです~」
背中から手を離して、腕の中で顔を上げた***と目が合う。顔は真っ赤に染まり、目は涙目だったが、真剣な顔には何かを決意したような表情が浮かんでいた。
頭にハテナマークを浮かべた銀時が、「なんだよ」と言うと同時に、***の手が動いた。黒い服の前をぎゅっとつかんで下に引っ張ると、襟の隙間が広がって銀時の胸元が開いた。
そこに***は顔を寄せると、筋肉質でがっしりとした銀時の、胸のちょうど真ん中に、そっと唇をつけた。
ぷっくりとした桃色の唇が当たって、むに、という柔らかい感触が銀時の胸から身体中に走った。それはまるで、子猫の肉球が当たるような、柔らかくて初々しい口づけだった。
「はっっっ!!?***、お前なにやってんだよ!」
「~~~~っ!しょ、消毒!い、いちばん傷ついているのは、銀ちゃんの心だから!早く治るように、消毒です!!」
そう叫ぶ***の顔は、まるで蒸気が上がりそうなほど真っ赤に染まった。「ひぃっ、恥ずかしい!」と言いながら、***は両手で顔を覆った。「恥ずかしいならやんなきゃいいだろ!」と銀時が言い返してギャーギャー騒いでいると、ふたり同時によろけて銀時が尻餅をつく。倒れ込んできた***を、広げた両手で抱きとめた。
「ったく、なに***、いつからそんなに積極的になったんだよ?男の胸にチューするなんざ、お前みたいなガキには百年早ぇぞ」
「ぎ、銀ちゃんがしてくれたもん、その、か、顔とか腕とかに……」
言うや否や銀時の顔のすぐ横で、***の耳たぶが真っ赤に染まった。憐れな犬を慰めようとする憐れな主人だ、と思うと銀時の唇から「はっ」と笑いが漏れた。
「おい***、ちょっと顔見して」
「やっ、今は嫌です、は、恥ずかしいからっ!」
「いいから、見せろって」
嫌がって銀時の腕にしがみつく***の両肩をつかむと、ばっと引き離した。予想通り首元まで真っ赤になった***は、口を真一文字に結んで、恥ずかしさに耐えながら銀時を見つめ返した。
その両ほほを手でぐいっとつかむと、おでこや鼻筋、まぶたに傷痕が残っていないことを確認する。綺麗に治って、傷があったことすら分からない。首や鎖骨にも視線を落とすと、そこは滑らかな陶器のようだった。
「その、銀ちゃんのおかげで、きれいに治ったから……もう大丈夫だよ。ねぇ、もういいでしょ銀ちゃん、は、離して……」
「いや、まだ終わってねーんだけど、動くなって」
つかんだ手に力が入り、***の顔が少しだけ上を向けられる。動くなと言われる前から動けない。「あっ」と小さく声を上げた***が、息を飲んで目を見開く。
少し首をかしげた銀時が、ゆっくりと***のアゴの傷痕に顔を近づけてきた。
「………っ!」
目を閉じる間もなく、唇のすぐ下、斜めに走るカサブタの上に、銀時の温かい唇がそっと触れた。まるで壊れやすいものに触るかのように、繊細で優しい口づけだった。
一瞬遅れてきた驚きで、***の身体にぎゅっと力が入る。細められた赤い瞳が、まつ毛が触れそうなほどの近さで、***をじっと見つめていた。
―――もし、キスをしたら、こんな感じなのかなぁ……
気を失いそうなほど沸騰した頭の、わずかに残る冷静な部分で、***は考えていた。永遠のように長い時間をかけて、銀時は傷痕に唇を這わせた。唇に近い上の部分からはじまり、アゴの先端まで、温かく柔らかい銀時の唇の感触が、ゆっくりと移動していった。
触れる時と同じ位、優しく離れていく唇の感覚が、震える***の身体に、切ないほどはっきりと残った。
「はい!終~了~。消毒完了でぇ~す!……ぶはっ!お前、すっげぇ顔真っ赤じゃねぇか!おい、***、これに懲りたらもう顔に傷なんてつけんなよ」
「~~~~~っ!も、もぉ~~~!!銀ちゃんは、いっつもそうやって、急なことするから……わ、私はもう、」
胸がドキドキして苦しい、という言葉を***は口に出せなかった。顔を上げると銀時がニヤニヤと笑っていたのが、とても悔しい。真っ赤な顔の***を見て、心底嬉しそうにしている。
仕返しをしてやると思い、***は両手を伸ばすと、銀時の両ほほを指でぎゅっとつねった。
「イダダダダダダダダ!ちょっ、おまっ、痛ぇよ!***、離せ!!」
「駄目です!離しません!だって私……いちばん聞きたいこと、まだ聞けてない!!」
「は?なんだよ聞きたいことって」と言いながら、銀時は既に何を聞かれるか分かっている。聞かれたらいちばん気まずい思いをする質問を、今まさに***が聞こうとしている。
細い手首をつかんで離そうとしたが、その腕にアザが無いことを確かめるのに気を取られて、力を入れ損ねた。
「銀ちゃん…………銀ちゃんは、私に、会いたい?」
「は?イッテェな、なんだよ、っんな恥ずかしいこと聞くために、銀さんの顔を傷つけんなって、イテテテテ、おいコラ、離せって」
「ぷっ!銀ちゃんのほっぺ、すごい伸びる!お餅みたい!ほらほら、言うまで離さないですよ!ちょっとは会いたいって思ってます?私、美味しいプリンを持ってきますよ?いちご牛乳だって買ってくるよ?」
「はぁ?イダダダダダダッ!ちょっ、お前は手加減ってもんを……」
痛がる銀時を見て、***は嬉しそうにケラケラと笑った。小さな指に持てる限りの力を入れて、銀時のほほをひっぱり続ける。
「ほら銀ちゃん!早く言ってください、私に会いたいって!」
「***離せ、痛ぇって、イテテテテ、あー!もう、わかったよ!言やいいんだろ言やぁ!いってぇなマジで!会いてぇよ!お前に会いてぇに決まってんだろーが!プリンなんか無くていーから、会いに来いっつーの!!」
そう言われた瞬間、***はパッと手を離した。さっきまで楽しそうに笑っていた顔が一転、眉間にぎゅっとシワを寄せて、途端に泣きそうな顔になる。
はぁー…、とため息をついた***は、銀時の肩におでこを乗せ、全身の力を抜いてもたれかかってきた。さらりと長い髪が前に落ちて、丸まった白いうなじが見えた。首の後ろの骨が出っ張るのを見て、やっぱり少し痩せたな、と銀時は思う。
「よかった………よかったです、銀ちゃん」
「っんだよ、普通に聞けよ普通に。顔もげるだろーが」
ふふっと微笑みながら上げた***の顔は、いつも通りの穏やかで嬉しそうな表情をしていた。ああ、そうだ、こいつってこういう顔で笑うんだった、と銀時は思う。
そっと頭を抱き寄せると、***は顔を横に向けて、銀時の胸に身体を預けた。手でゆっくりと撫でた髪が、さらさらと揺れて、花のような甘い香りがした。一瞬、舌によみがえった灰と鉄の味を打ち消すために、銀時は***の頭のてっぺんに、顔を伏せた。
「私も……銀ちゃんに会いたかったよ、ずっと。この先もしも、また来るな言っても、もう遅いですからね。会いたいって銀ちゃん言ったからね。私、一生忘れないですから」
瞳を閉じた***が、一息で言い切る。髪から漂う甘い香りを、肺いっぱいに貯めるように、銀時は深く息を吸ってから口を開いた。
「へーへー、好きにしろよ、お前はほんとに懲りねぇな。あの爆発で転んだだけっつーのもすげぇが、まさか転んでもただじゃ起きない強ぇ女だとは思わなかったわ。銀さんもお手上げだっつーの」
「銀ちゃん、それ褒めてるの?けなしてるの?」
「呆れてんの」
「コラァッ!!」
こぶしでポカポカと頭を殴り合った後、銀時と***は顔を見合わせて、くすくすと笑った。
笑い合うふたりは、数十秒後に新八と神楽が玄関から飛び込んでくることを、まだ知らない。
***に向かって「お前って胸ちっちぇのな」と言ったせいで、神楽に殴られることになるのを、銀時はまだ知らない。
新八に「***さん、おかえりなさい」と言われて、泣きそうになり、必死に涙をこらえることになるのを、***はまだ知らない。
―――私は、いつだって銀ちゃんに会いにくる。その為になら何度転んでも、必ず立ち上がってみせる。だってそうやって生きていく術を、銀ちゃんが教えてくれたから……―――
銀時に髪を撫でられながら、瞳を閉じた***が、胸の中で強く誓っていたことは、神様しか知らない。
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【第18話 胸に誓う者】end