銀ちゃんに恋する女の子
鼻から牛乳(純情)
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【第12話 策士策に溺れる】
無遅刻無欠勤、勤務態度良好、客からの印象良し、同僚・上司からの信頼も厚い、正直もっと給料を上げてあげたいくらいだけど、今回はこれで我慢してくれ。
そう言って大江戸スーパーの店長は、ぽかんとした顔の***に、封筒を手渡した。突然バックヤードに呼び出された***は、何かミスをしたかと思い、びくびく震えていた。しかし渡された封筒の表書きを見た瞬間、その身体は一度ビクッと跳ねてから、動きを止めた。
表書きには「特別賞与」と書かれていた。喜びが身体中を駆け巡った。
「銀ちゃん!新八くん!神楽ちゃん!焼肉、行きましょう!!」
夕方、アルバイト終わりの***が、万事屋へ飛び込んできた。その手ににぎりしめられた封筒と、***が言った「諭吉五人分!今日は焼肉食べ放題です!!」の言葉に、神楽が飛び跳ねて喜んだ。
「いいアルか!?***いいアルか!?牛肉も食べてヨロシ!?ソフトクリームもおかわりしてヨロシ!?」
「いいよいいよ、神楽ちゃん!牛肉もソフトクリームもご飯も、いっぱいおかわりしていいよ!」
「でも***さん、それってボーナスですよね?せっかく***さんがもらったんだから、僕らと焼肉じゃなくて、自分のために使わなきゃ駄目ですよ!」
「そうなの新八くん!お母さんにもボーナスは仕送りにしないで、自分の好きに使いなさいって言われたから、ずーっとみんなで行きたかった焼肉にしようって決めたの!だから新八くんも一緒に行こう?」
「そうだぞ新八ィ、***が焼肉おごりてぇっつってんだから、俺たちもそれにこたえてやんなきゃだろ。あ~久々だなぁ焼肉ぅ~、なぁなぁ***、あれも食べていい?バニラアイスに黒蜜ときなこかかってるやつぅ」
いいよいいよ、いっぱい食べて!と笑って言いながら、玄関へ向かって歩き、下駄を履こうした***の足元を見て、銀時がふと動きを止める。
後ろから***の腕をつかんで、玄関のたたきに下りないように引き留める。
「え?なんですか、銀ちゃん、焼肉行きますよ?」
「いや、ちょっと待て…………おい、新八ィ!神楽ァ!おめーら焼肉の前に町内三周位走って、腹空かしてこい。俺は仕事を思い出した」
突然の銀時の言葉に、新八と神楽が大声で騒ぐ。
「はぁ!?なに言ってんですか銀さん、今日はもう仕事なんてないでしょ!」
「銀ちゃんズルいアル!そうやって私たちを出し抜いて、***とふたりで焼肉行くつもりネ!!」
「ちげぇよ!おめーみてぇな、んなセコいことしねぇよ!!珍しく人の金で食える焼肉だぞ、おめーらが腹いっぱい食えるように、悔いが残らねぇように、銀さんの優しい配慮だろうが!焼肉おごるなんて言うヤツはなぁ、たいがい人に野菜ばっか食わして、自分だけ肉を食うような腹黒い人間なんだよ!今のお前らの腹具合じゃ、タダで出てくるキャベツ食っただけでいっぱいになっちまうだろうが!そうなったら***の思うつぼだ!いいかお前ら、こいつのボーナス全額、炭火で焼いて美味しく食べ尽くすだけの覚悟を持て!その為に町内三十周走って、とっとと腹空かしてこいっつってんだよ!!オラッ!!!」
腹黒いのはあんただろーが!と言う新八と、銀ちゃんこそセコいネ!と叫ぶ神楽の襟首をつかむと、銀時は引き戸を開けてぽいっと放り出した。
「走り終わったらババァんとこで待ってろ!」
そう言うやいなや戸をビシャンッと閉めて、内鍵をかける。戸を背にして振り返ると、上がり框の上で唖然とした顔で立ち尽くす***を、じろりと見上げた。
「あの、銀ちゃん?私べつに自分だけお肉食べようなんて思ってないですけど……ど、どうしたの?仕事ってなに?すぐ終わります?」
はぁ~と銀時がため息をつきながら、呆れた顔で指さしたのは、***が履こうとしていた下駄だった。
「お前さぁ、何この貧乏くせぇボロボロの下駄。びっくりしたわ、長谷川さんの下駄でもあんのかと思って、マジでびっくりしたわ」
そう言われて***も視線を落とすと、確かにそこにはじぶんの下駄。右足だけ赤い鼻緒の前坪が外れて、手ぬぐいで補修してある。
「あ、これ?これはこないだ自転車で踏み込んだ時に、切れちゃったんですよ、ぷちって。仕事中だったから持ってた手ぬぐいで直したんですけど……え?駄目でした?」
「駄目でした?じゃなくてさ***さぁん、よく見ろよ、お前は綺麗に直したつもりかもしんねーけど、手ぬぐいがちぎれそうになってるじゃねぇか。もはや手ぬぐいじゃなくて糸だろ糸!神楽のボロボロのパンツだってもう少しマシだぞ。こんなの履いてたら危ねぇだろうが。お前みてぇな若い女は、普通こんなの履かねぇだろ!恥ずかしいったりゃありゃしねぇ、ったくよぉー……」
呆れた顔でそう言うと、銀時はトンと玄関から上がり、そのまま寝室へと入っていく。ふすまを開けて、「確かここらへんに…」と言いながら、何かを探しはじめる。
「そんなにボロボロかなぁ?」
そう言いながら***はしゃがんで、下駄を手にとる。よく見てみると、確かに手ぬぐいで直した部分はかなり劣化して、もう少しで千切れそうになっていた。鼻緒自体もボロボロで元は鮮やかな赤色だった部分が、日焼けでほとんど白に近い。せいぜいうすい朱色という位のシロモノだった。
そのうち下駄屋へ持って行って、新しい物をすげてもらおうと思ってはいたのだ。しかし忙しさに追われて、気が付いたらずいぶん長くそのままだった。
銀時の言う通り、こんな下駄を履いているのは恥ずかしかったかも……と反省していると、ドンと音を立てて、頭に何かが乗った。見上げると銀時が右手に道具箱、左手に新品の鼻緒と麻紐を持って立っていた。
「おら、貸せよ、直してやっから」
「え!?銀ちゃん、鼻緒すげられるの!?」
「おい、万事屋なめんなよ。前に下駄屋の親父に、納期が間に合わねぇっつって夜通し手伝わさせられたんだよ。赤いのがねぇけどこれでいーか」
そう言って***の手に、薄紅色の地に小花模様の描かれた鼻緒を落とした。
「わぁ~可愛い!これがいいです!もしかして左足も変えてくれるの?面倒くさくないですか?」
「お前なぁ、こんなボロボロの下駄はいた貧乏娘から、焼肉おごられる身にもなれよ。いくら金持ってるって言われても食いにくいだろーが!せいぜい食えて豚肉だろーが!!俺はカルビをおかずに、黒蜜きなこアイスをたらふく食いてぇんだよ!!!」
「た、確かに……じゃぁ、お願いします」
玄関の段の上にふたりで座る。あぐらをかいた銀時が、器用な手つきで下駄からボロボロの鼻緒を外した。キリのような道具で、花柄の鼻緒を取り付けていく。
隣に正座してその真剣な横顔を見ていたら、なぜ銀時が新八と神楽に、あんな風に無茶なことを言って放り出したのかに気付いて、***はハッとする。
―――銀ちゃん、私がみんなと焼肉に行きたいの知ってて、新八くんと神楽ちゃんが遠慮しないようにしてくれたんだ。それに多分、私が恥ずかしくないように、気をつかってくれたんだ……
普段はふたりの前で、遠慮も無く恥ずかしいことを言ってきたり、からかったりする銀時が、時々見せるこういう優しさや気づかいに、***の胸はいつも締め付けられる。
言葉が悪くて嫌われ役ばかり演じるくせに、本当はいちばんみんなのことを考えている。銀時のそういうところが、***の心をつかんで離さない。
長い指の大きな手で下駄を持って、いつになく真剣な表情をしている銀時の横顔に、***は急にドキドキしてしまう。
「ちょっと***さん、銀さんがかっこいいのは分かるけどさぁ、そんなにじっと見られっと、緊張すんだけど。手元が狂ってキリでぶっ刺しそうなんだけど……お前の脳天を」
「ひぃッ…ご、ごめんなさいッッッ!」
こちらも見ずに銀時が物騒なことを言うので、***は真っ青になる。その顔を見て銀時は笑いながら、新しい鼻緒のついた下駄で、***の頭をポンと叩いた。
「ほらよ、一度履いてみろ、痛かったら直してやっから」
「う、うん……」
玄関の段差に腰かけて、足だけをおろして履く。
「あ、銀ちゃん、大丈夫ですよ、ぴったりです!」
「おい足袋脱げよ、本当にぴったりか分かんねぇだろ」
言われるがままに足袋を脱いで、もう一度たたきに足を下ろそうとすると、銀時に止められた。素足の足首を持たれて、下駄を履かされる。下駄底の穴から紐を引っ張り、鼻緒の締め具合を調節する。
「これじゃ、きついか?」
「……ううん、ちょうどいいよ、銀ちゃん」
足首をつかむ銀時の手が熱い。そんなところを他人に触れられたことなんてない。下駄を直してもらっているだけなのに、こんなにドキドキしている自分が恥ずかしくて、***は思わずうつむいてしまう。
「お前の足、ちっせぇ~!でもってひゃっけぇ~!前から思ってたけど、手足が冷たすぎんだろ。お前は雪女ですかぁ?」
気が付いたら下駄が脱がされていて、裸足の足裏を銀時の手が直接つかんでいた。
「小さくないもん、標準サイズです。つ、冷たいのは冷え性だから……」
言葉がもごもごと小さくなってしまう。恥ずかしさでうつむいたまま、銀時の手を離そうと足を引く。しかし男の力に叶うはずもなく、がんとして大きな手は動かない。
ふと顔を上げてみると、つかんだままの自分の足を、銀時が静かに見下ろしていた。その顔を見て驚いた***は、動けなくなってしまう。
「………っ!!」
自分の足を見ている銀時の目が、まるで愛おしいものを見るような優しい目をしていた。
心臓がドクンと飛び跳ねて、それまでより数倍早い鼓動を刻み始める。何かを考えこむような表情をした銀時が、珍しく静かなことに戸惑って、***は微動だにできない。
抵抗しなくなった足の、足首をつかんでいた銀時の手がするりと降りていく。長い指が足の甲や足裏、爪先の輪郭をなぞるように動いた。触れる指の感触から、自分のひ弱な足よりもその手が大きく、ずっと骨ばっていることまで感じてしまい、***はますます顔が熱くなる。
「……っ!ぎ、銀ちゃん、その…ありがとう。下駄、直してくれて、それに新八くんたちにも気をつかってくれて……」
染まった顔が恥ずかしくて目を伏せたまま、***は小さな声で言った。
あの優しい目で「どういたしまして」と言い返されるだろうか。そんなこと言われたら困る、だってきっと、もっと好きになってしまう……とドキドキしながら顔を上げると、驚きの光景が広がっていた。
「お前の下駄って臭くねぇのな」
手に持っていた下駄に顔を寄せて、犬のように鼻をくんくんとさせている銀時を見て、***は絶句する。
「なっ……!!なにしてるんですか銀ちゃん!女の子の下駄が臭いわけないでしょ!!」
「神楽の靴は臭ぇぞ、あ、そうかあいつ女の子じゃねぇや」
「やだぁ!そんなもの嗅がないでくださいよ!恥ずかしいからぁ!!」
体育座りの状態で、片足をつかまれているせいで、下駄を取り上げようと腕を伸ばしても、全然届かない。羞恥心に駆られて、顔に血が上り、ほほが熱い。頭から湯気が出そうだ。
泣きそうな顔の***が、あわあわと手をばたつかせる姿が、銀時は面白くて、なおさらいじめたくなる。
「いーじゃねぇか***、鼻緒直してやったんだから下駄ぐらい嗅がせろよ、減るもんじゃねぇだろ」
「やですよ!銀ちゃんの変態ッ!スケベ天パッ!は、離してよ!!」
必死で足を引っ張るが、大きな手は離れない。むしろしっかりと足首をにぎって、銀時はにやにやした顔で***を見下ろしている。必死で伸ばした***の手から、逃れた大きな手に持った下駄を、顔の横でひらひらとさせていた。
「あれぇ~いいのかなぁ***ちゃん、恩人の銀さんにそ~んなこと言ってぇ。恩知らずなヤツには厳しいお仕置きが待ってますけどぉ」
「えっ?……わっ、ぁはははっ、やッ、やめてッ!!ちょっとぎ、銀ちゃん!!!」
つかんだ手で足首を引っ張ると、足の裏をくすぐりはじめた。熱い指先がさわさわと動きながら、冷たい足の裏をすべっていく。ぞわっとした鳥肌とこらえきれないくすぐったさが、足から上半身にまで上がってくる。***は必死に身をよじって逃れようとするが、つかまれた足は頑なに動かない。
「わぁぁぁ!ゃははははっ銀ちゃん!だめっ、……や、やめてってばぁ!馬鹿ぁ!!」
「馬鹿じゃねぇし~、銀さん馬鹿じゃねぇし~、天パだけどスケベじゃねぇしぃ~」
***の静止の声も意に介さず、足裏をくすぐり続ける。身体に走るこそばゆさから逃れようと、足をばたつかせる。身をよじり続ける***の、着物のすそがすこしづつ乱れていく。
このままだと太ももまで見えてしまうという焦りで、***は一生懸命に着物を押さえた。折った膝裏に腕を回して、すそが開かないように守る。
「あっ」という声をあげて、銀時がくすぐりの手を止めた。やっと終わったと安心したのも束の間。ぱっと顔をあげた***の目に飛び込んできた、いたずらっ子のような赤い瞳に、嫌な予感が走った。
「下駄は臭くなくても、足は臭いかもしんねぇよな」
「なっ………!!!」
そう言って再び、細い足首をぎゅっと持つと、そのまま上に持ち上げて、小さな足の裏に顔を近づけてきた。
***は「わわわわわっ!やめてください!!!」と叫びながら、必死で両手を伸ばして、銀時の手首をつかんだ。
パサッ……―――
「おっ!!」
「えっ!?」
嬉しそうな声を上げて、動きを止めた銀時に、***は訳が分からない。でもとにかく足に顔を近づけられるのからは、逃れられた。「よかった……」と内心ホッとしていたが、銀時が言い放った一言で驚愕することになる。
「***、パンツ見えた。水色ぉ~!!!」
「…………へっ!!?」
気が付いたら着物のすそは、膝頭が出るほど乱れて開いていた。膝裏を押さえていた両手も、銀時の手首をつかむ為に伸ばしていたため、後ろの生地が全て床に広がっていた。
確かにそれは、銀時の位置からだと、下着が見えるほどの明け透けな状態だった。
ばっと着物をつかんで、ぺたりと座り込む。知らぬ間に足首も解放されていた。言葉も出ずに、茹でダコのように真っ赤になった顔を上げると、銀時がにやけた下世話な顔をして、***を見下ろしていた。
「いやぁ~パンツ見えそぉだな、どうやったら見えっかなぁってずっと考え込んでたら、思いのほかバッチリ見えたわ、ごちそうさん」
「~~~~~ッ!ば、馬鹿ァァァァ!!!」
落ちていた下駄をつかむと、銀時の顔に向かって思い切り投げつける。しかし顔の寸前でぱしっと受け止められて、当たらなかった。
「ぎゃはははは!お前、どんどん着物がはだけてんの全然気づいてねぇんだもん、必死んなって暴れちまってさぁ~」
馬鹿にするような笑い声を上げる銀時の前に、***がゆらりと立ち上がった。蒸気が出るのではというほど真っ赤になった顔。あまりの怒りに、小刻みに震える身体。両手は色が変わるほど、ぎゅっと握りしめられている。涙ぐんだ瞳は、じっと銀時を見つめて、唇はわなわなと震えている。
さすがにその様子を見て、尋常じゃない怒りが自分に向けられていることに気づき、銀時は少し慌てたように口を開いた。
「いやいやいや、そんなに怒るこたぁねぇだろ***、別にいーじゃねぇか、パンツの一枚や二枚、減るもんじゃねぇし」
「…………減りますよ」
「減らねぇよ!せいぜい腹が減るくれぇだよ!!」
「減るよ!!銀ちゃんの焼肉がね!!!もう銀ちゃんなんて知らない!今日は新八くんと神楽ちゃんと三人だけで焼肉行きます!!銀ちゃんはひとり寂しく、お茶漬けでも食べてれば!!変態ッ!スケベッ!!天パァッ!!!」
「な、なにぃぃぃぃぃー!!!!」
下駄を拾ってすばやく履くと、真っ赤な顔のまま***は玄関を飛び出して行く。
階段を下りる足音と一緒に、「新八くーん!神楽ちゃーん!焼肉行くよぉー!!」と叫ぶ声が、銀時の耳に届いた。
玄関に立ち尽くした銀時は、唖然としたままつぶやいた。
「ま、マジでか……久々の焼肉、食いたかったんですけど……」
(けどパンツも見たかったんですよね……)
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【第12話 策士策に溺れる】end
無遅刻無欠勤、勤務態度良好、客からの印象良し、同僚・上司からの信頼も厚い、正直もっと給料を上げてあげたいくらいだけど、今回はこれで我慢してくれ。
そう言って大江戸スーパーの店長は、ぽかんとした顔の***に、封筒を手渡した。突然バックヤードに呼び出された***は、何かミスをしたかと思い、びくびく震えていた。しかし渡された封筒の表書きを見た瞬間、その身体は一度ビクッと跳ねてから、動きを止めた。
表書きには「特別賞与」と書かれていた。喜びが身体中を駆け巡った。
「銀ちゃん!新八くん!神楽ちゃん!焼肉、行きましょう!!」
夕方、アルバイト終わりの***が、万事屋へ飛び込んできた。その手ににぎりしめられた封筒と、***が言った「諭吉五人分!今日は焼肉食べ放題です!!」の言葉に、神楽が飛び跳ねて喜んだ。
「いいアルか!?***いいアルか!?牛肉も食べてヨロシ!?ソフトクリームもおかわりしてヨロシ!?」
「いいよいいよ、神楽ちゃん!牛肉もソフトクリームもご飯も、いっぱいおかわりしていいよ!」
「でも***さん、それってボーナスですよね?せっかく***さんがもらったんだから、僕らと焼肉じゃなくて、自分のために使わなきゃ駄目ですよ!」
「そうなの新八くん!お母さんにもボーナスは仕送りにしないで、自分の好きに使いなさいって言われたから、ずーっとみんなで行きたかった焼肉にしようって決めたの!だから新八くんも一緒に行こう?」
「そうだぞ新八ィ、***が焼肉おごりてぇっつってんだから、俺たちもそれにこたえてやんなきゃだろ。あ~久々だなぁ焼肉ぅ~、なぁなぁ***、あれも食べていい?バニラアイスに黒蜜ときなこかかってるやつぅ」
いいよいいよ、いっぱい食べて!と笑って言いながら、玄関へ向かって歩き、下駄を履こうした***の足元を見て、銀時がふと動きを止める。
後ろから***の腕をつかんで、玄関のたたきに下りないように引き留める。
「え?なんですか、銀ちゃん、焼肉行きますよ?」
「いや、ちょっと待て…………おい、新八ィ!神楽ァ!おめーら焼肉の前に町内三周位走って、腹空かしてこい。俺は仕事を思い出した」
突然の銀時の言葉に、新八と神楽が大声で騒ぐ。
「はぁ!?なに言ってんですか銀さん、今日はもう仕事なんてないでしょ!」
「銀ちゃんズルいアル!そうやって私たちを出し抜いて、***とふたりで焼肉行くつもりネ!!」
「ちげぇよ!おめーみてぇな、んなセコいことしねぇよ!!珍しく人の金で食える焼肉だぞ、おめーらが腹いっぱい食えるように、悔いが残らねぇように、銀さんの優しい配慮だろうが!焼肉おごるなんて言うヤツはなぁ、たいがい人に野菜ばっか食わして、自分だけ肉を食うような腹黒い人間なんだよ!今のお前らの腹具合じゃ、タダで出てくるキャベツ食っただけでいっぱいになっちまうだろうが!そうなったら***の思うつぼだ!いいかお前ら、こいつのボーナス全額、炭火で焼いて美味しく食べ尽くすだけの覚悟を持て!その為に町内三十周走って、とっとと腹空かしてこいっつってんだよ!!オラッ!!!」
腹黒いのはあんただろーが!と言う新八と、銀ちゃんこそセコいネ!と叫ぶ神楽の襟首をつかむと、銀時は引き戸を開けてぽいっと放り出した。
「走り終わったらババァんとこで待ってろ!」
そう言うやいなや戸をビシャンッと閉めて、内鍵をかける。戸を背にして振り返ると、上がり框の上で唖然とした顔で立ち尽くす***を、じろりと見上げた。
「あの、銀ちゃん?私べつに自分だけお肉食べようなんて思ってないですけど……ど、どうしたの?仕事ってなに?すぐ終わります?」
はぁ~と銀時がため息をつきながら、呆れた顔で指さしたのは、***が履こうとしていた下駄だった。
「お前さぁ、何この貧乏くせぇボロボロの下駄。びっくりしたわ、長谷川さんの下駄でもあんのかと思って、マジでびっくりしたわ」
そう言われて***も視線を落とすと、確かにそこにはじぶんの下駄。右足だけ赤い鼻緒の前坪が外れて、手ぬぐいで補修してある。
「あ、これ?これはこないだ自転車で踏み込んだ時に、切れちゃったんですよ、ぷちって。仕事中だったから持ってた手ぬぐいで直したんですけど……え?駄目でした?」
「駄目でした?じゃなくてさ***さぁん、よく見ろよ、お前は綺麗に直したつもりかもしんねーけど、手ぬぐいがちぎれそうになってるじゃねぇか。もはや手ぬぐいじゃなくて糸だろ糸!神楽のボロボロのパンツだってもう少しマシだぞ。こんなの履いてたら危ねぇだろうが。お前みてぇな若い女は、普通こんなの履かねぇだろ!恥ずかしいったりゃありゃしねぇ、ったくよぉー……」
呆れた顔でそう言うと、銀時はトンと玄関から上がり、そのまま寝室へと入っていく。ふすまを開けて、「確かここらへんに…」と言いながら、何かを探しはじめる。
「そんなにボロボロかなぁ?」
そう言いながら***はしゃがんで、下駄を手にとる。よく見てみると、確かに手ぬぐいで直した部分はかなり劣化して、もう少しで千切れそうになっていた。鼻緒自体もボロボロで元は鮮やかな赤色だった部分が、日焼けでほとんど白に近い。せいぜいうすい朱色という位のシロモノだった。
そのうち下駄屋へ持って行って、新しい物をすげてもらおうと思ってはいたのだ。しかし忙しさに追われて、気が付いたらずいぶん長くそのままだった。
銀時の言う通り、こんな下駄を履いているのは恥ずかしかったかも……と反省していると、ドンと音を立てて、頭に何かが乗った。見上げると銀時が右手に道具箱、左手に新品の鼻緒と麻紐を持って立っていた。
「おら、貸せよ、直してやっから」
「え!?銀ちゃん、鼻緒すげられるの!?」
「おい、万事屋なめんなよ。前に下駄屋の親父に、納期が間に合わねぇっつって夜通し手伝わさせられたんだよ。赤いのがねぇけどこれでいーか」
そう言って***の手に、薄紅色の地に小花模様の描かれた鼻緒を落とした。
「わぁ~可愛い!これがいいです!もしかして左足も変えてくれるの?面倒くさくないですか?」
「お前なぁ、こんなボロボロの下駄はいた貧乏娘から、焼肉おごられる身にもなれよ。いくら金持ってるって言われても食いにくいだろーが!せいぜい食えて豚肉だろーが!!俺はカルビをおかずに、黒蜜きなこアイスをたらふく食いてぇんだよ!!!」
「た、確かに……じゃぁ、お願いします」
玄関の段の上にふたりで座る。あぐらをかいた銀時が、器用な手つきで下駄からボロボロの鼻緒を外した。キリのような道具で、花柄の鼻緒を取り付けていく。
隣に正座してその真剣な横顔を見ていたら、なぜ銀時が新八と神楽に、あんな風に無茶なことを言って放り出したのかに気付いて、***はハッとする。
―――銀ちゃん、私がみんなと焼肉に行きたいの知ってて、新八くんと神楽ちゃんが遠慮しないようにしてくれたんだ。それに多分、私が恥ずかしくないように、気をつかってくれたんだ……
普段はふたりの前で、遠慮も無く恥ずかしいことを言ってきたり、からかったりする銀時が、時々見せるこういう優しさや気づかいに、***の胸はいつも締め付けられる。
言葉が悪くて嫌われ役ばかり演じるくせに、本当はいちばんみんなのことを考えている。銀時のそういうところが、***の心をつかんで離さない。
長い指の大きな手で下駄を持って、いつになく真剣な表情をしている銀時の横顔に、***は急にドキドキしてしまう。
「ちょっと***さん、銀さんがかっこいいのは分かるけどさぁ、そんなにじっと見られっと、緊張すんだけど。手元が狂ってキリでぶっ刺しそうなんだけど……お前の脳天を」
「ひぃッ…ご、ごめんなさいッッッ!」
こちらも見ずに銀時が物騒なことを言うので、***は真っ青になる。その顔を見て銀時は笑いながら、新しい鼻緒のついた下駄で、***の頭をポンと叩いた。
「ほらよ、一度履いてみろ、痛かったら直してやっから」
「う、うん……」
玄関の段差に腰かけて、足だけをおろして履く。
「あ、銀ちゃん、大丈夫ですよ、ぴったりです!」
「おい足袋脱げよ、本当にぴったりか分かんねぇだろ」
言われるがままに足袋を脱いで、もう一度たたきに足を下ろそうとすると、銀時に止められた。素足の足首を持たれて、下駄を履かされる。下駄底の穴から紐を引っ張り、鼻緒の締め具合を調節する。
「これじゃ、きついか?」
「……ううん、ちょうどいいよ、銀ちゃん」
足首をつかむ銀時の手が熱い。そんなところを他人に触れられたことなんてない。下駄を直してもらっているだけなのに、こんなにドキドキしている自分が恥ずかしくて、***は思わずうつむいてしまう。
「お前の足、ちっせぇ~!でもってひゃっけぇ~!前から思ってたけど、手足が冷たすぎんだろ。お前は雪女ですかぁ?」
気が付いたら下駄が脱がされていて、裸足の足裏を銀時の手が直接つかんでいた。
「小さくないもん、標準サイズです。つ、冷たいのは冷え性だから……」
言葉がもごもごと小さくなってしまう。恥ずかしさでうつむいたまま、銀時の手を離そうと足を引く。しかし男の力に叶うはずもなく、がんとして大きな手は動かない。
ふと顔を上げてみると、つかんだままの自分の足を、銀時が静かに見下ろしていた。その顔を見て驚いた***は、動けなくなってしまう。
「………っ!!」
自分の足を見ている銀時の目が、まるで愛おしいものを見るような優しい目をしていた。
心臓がドクンと飛び跳ねて、それまでより数倍早い鼓動を刻み始める。何かを考えこむような表情をした銀時が、珍しく静かなことに戸惑って、***は微動だにできない。
抵抗しなくなった足の、足首をつかんでいた銀時の手がするりと降りていく。長い指が足の甲や足裏、爪先の輪郭をなぞるように動いた。触れる指の感触から、自分のひ弱な足よりもその手が大きく、ずっと骨ばっていることまで感じてしまい、***はますます顔が熱くなる。
「……っ!ぎ、銀ちゃん、その…ありがとう。下駄、直してくれて、それに新八くんたちにも気をつかってくれて……」
染まった顔が恥ずかしくて目を伏せたまま、***は小さな声で言った。
あの優しい目で「どういたしまして」と言い返されるだろうか。そんなこと言われたら困る、だってきっと、もっと好きになってしまう……とドキドキしながら顔を上げると、驚きの光景が広がっていた。
「お前の下駄って臭くねぇのな」
手に持っていた下駄に顔を寄せて、犬のように鼻をくんくんとさせている銀時を見て、***は絶句する。
「なっ……!!なにしてるんですか銀ちゃん!女の子の下駄が臭いわけないでしょ!!」
「神楽の靴は臭ぇぞ、あ、そうかあいつ女の子じゃねぇや」
「やだぁ!そんなもの嗅がないでくださいよ!恥ずかしいからぁ!!」
体育座りの状態で、片足をつかまれているせいで、下駄を取り上げようと腕を伸ばしても、全然届かない。羞恥心に駆られて、顔に血が上り、ほほが熱い。頭から湯気が出そうだ。
泣きそうな顔の***が、あわあわと手をばたつかせる姿が、銀時は面白くて、なおさらいじめたくなる。
「いーじゃねぇか***、鼻緒直してやったんだから下駄ぐらい嗅がせろよ、減るもんじゃねぇだろ」
「やですよ!銀ちゃんの変態ッ!スケベ天パッ!は、離してよ!!」
必死で足を引っ張るが、大きな手は離れない。むしろしっかりと足首をにぎって、銀時はにやにやした顔で***を見下ろしている。必死で伸ばした***の手から、逃れた大きな手に持った下駄を、顔の横でひらひらとさせていた。
「あれぇ~いいのかなぁ***ちゃん、恩人の銀さんにそ~んなこと言ってぇ。恩知らずなヤツには厳しいお仕置きが待ってますけどぉ」
「えっ?……わっ、ぁはははっ、やッ、やめてッ!!ちょっとぎ、銀ちゃん!!!」
つかんだ手で足首を引っ張ると、足の裏をくすぐりはじめた。熱い指先がさわさわと動きながら、冷たい足の裏をすべっていく。ぞわっとした鳥肌とこらえきれないくすぐったさが、足から上半身にまで上がってくる。***は必死に身をよじって逃れようとするが、つかまれた足は頑なに動かない。
「わぁぁぁ!ゃははははっ銀ちゃん!だめっ、……や、やめてってばぁ!馬鹿ぁ!!」
「馬鹿じゃねぇし~、銀さん馬鹿じゃねぇし~、天パだけどスケベじゃねぇしぃ~」
***の静止の声も意に介さず、足裏をくすぐり続ける。身体に走るこそばゆさから逃れようと、足をばたつかせる。身をよじり続ける***の、着物のすそがすこしづつ乱れていく。
このままだと太ももまで見えてしまうという焦りで、***は一生懸命に着物を押さえた。折った膝裏に腕を回して、すそが開かないように守る。
「あっ」という声をあげて、銀時がくすぐりの手を止めた。やっと終わったと安心したのも束の間。ぱっと顔をあげた***の目に飛び込んできた、いたずらっ子のような赤い瞳に、嫌な予感が走った。
「下駄は臭くなくても、足は臭いかもしんねぇよな」
「なっ………!!!」
そう言って再び、細い足首をぎゅっと持つと、そのまま上に持ち上げて、小さな足の裏に顔を近づけてきた。
***は「わわわわわっ!やめてください!!!」と叫びながら、必死で両手を伸ばして、銀時の手首をつかんだ。
パサッ……―――
「おっ!!」
「えっ!?」
嬉しそうな声を上げて、動きを止めた銀時に、***は訳が分からない。でもとにかく足に顔を近づけられるのからは、逃れられた。「よかった……」と内心ホッとしていたが、銀時が言い放った一言で驚愕することになる。
「***、パンツ見えた。水色ぉ~!!!」
「…………へっ!!?」
気が付いたら着物のすそは、膝頭が出るほど乱れて開いていた。膝裏を押さえていた両手も、銀時の手首をつかむ為に伸ばしていたため、後ろの生地が全て床に広がっていた。
確かにそれは、銀時の位置からだと、下着が見えるほどの明け透けな状態だった。
ばっと着物をつかんで、ぺたりと座り込む。知らぬ間に足首も解放されていた。言葉も出ずに、茹でダコのように真っ赤になった顔を上げると、銀時がにやけた下世話な顔をして、***を見下ろしていた。
「いやぁ~パンツ見えそぉだな、どうやったら見えっかなぁってずっと考え込んでたら、思いのほかバッチリ見えたわ、ごちそうさん」
「~~~~~ッ!ば、馬鹿ァァァァ!!!」
落ちていた下駄をつかむと、銀時の顔に向かって思い切り投げつける。しかし顔の寸前でぱしっと受け止められて、当たらなかった。
「ぎゃはははは!お前、どんどん着物がはだけてんの全然気づいてねぇんだもん、必死んなって暴れちまってさぁ~」
馬鹿にするような笑い声を上げる銀時の前に、***がゆらりと立ち上がった。蒸気が出るのではというほど真っ赤になった顔。あまりの怒りに、小刻みに震える身体。両手は色が変わるほど、ぎゅっと握りしめられている。涙ぐんだ瞳は、じっと銀時を見つめて、唇はわなわなと震えている。
さすがにその様子を見て、尋常じゃない怒りが自分に向けられていることに気づき、銀時は少し慌てたように口を開いた。
「いやいやいや、そんなに怒るこたぁねぇだろ***、別にいーじゃねぇか、パンツの一枚や二枚、減るもんじゃねぇし」
「…………減りますよ」
「減らねぇよ!せいぜい腹が減るくれぇだよ!!」
「減るよ!!銀ちゃんの焼肉がね!!!もう銀ちゃんなんて知らない!今日は新八くんと神楽ちゃんと三人だけで焼肉行きます!!銀ちゃんはひとり寂しく、お茶漬けでも食べてれば!!変態ッ!スケベッ!!天パァッ!!!」
「な、なにぃぃぃぃぃー!!!!」
下駄を拾ってすばやく履くと、真っ赤な顔のまま***は玄関を飛び出して行く。
階段を下りる足音と一緒に、「新八くーん!神楽ちゃーん!焼肉行くよぉー!!」と叫ぶ声が、銀時の耳に届いた。
玄関に立ち尽くした銀時は、唖然としたままつぶやいた。
「ま、マジでか……久々の焼肉、食いたかったんですけど……」
(けどパンツも見たかったんですよね……)
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【第12話 策士策に溺れる】end