銀ちゃんに恋する女の子
鼻から牛乳(純情)
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【第11話 愛しい声】
土方に肩を抱かれ、時々耳にささやかれるように話しかけられて、微笑みを浮かべている***を、遠くから見つめていたのは、銀時だけではなかった。
「お母様、私、信じられない。あんな田舎くさい女が、土方さんの許嫁だなんて……」
「まぁまぁ、そう言わないで…ずいぶん仲の良さそうなお似合いのふたりじゃない。フィアンセまで呼び寄せて見せてもらって、これであなたも納得したでしょう?これに懲りたらいい加減、土方さんのことは諦めなさいな」
上流階級の娘はプライドも高い。仲睦ましくしている土方とその恋人を見て、諦めるどころか、納得できない気持ちが高まってしまう。
あの女はあまりにも地味だし、顔だって私の方がずっと可愛い。素敵な土方にふさわしいのはどう考えてもあの女より私だ。
そう思いながら二人を眺め続けていると、関係者に呼ばれた土方が、女から離れた。女は微笑みを絶やさずに、そっと集団から離れ、窓際へと歩いて行った。
「つ、疲れた……」
ガラスの窓に手をついて、***は身体を支える。慣れない靴のせいで、足は靴擦れだらけ。顔では笑っていたが、本当は立っているのもツライほどだった。
「早く、終わらないかなぁ…」
くるりと振り向いて、窓ガラスに背をもたれ休んでいると、ツカツカと軽快な靴音を立てて、綺麗な女性が近づいてきた。土方の知りあいだろうかと思い、***は微笑んで会釈をした。
しかしその女性は、***の笑顔が見えなかったかのように、怒りを込めた目で見つめ返してきた。目の前で立ち止まると、とても冷たい声で***に話しかけた。
「あなたが土方さんの許嫁?」
その声を聞いただけで、「これが噂の政治家の娘!」と、***は一瞬で理解した。まさか話しかけてくるとは思わなかった為、驚いて目を見開く。
「あ、あの今日は、お招き頂きましてありがとうございます。いつも十四郎がお世話になっているようで、」
「ねぇ、あなたって本当に土方さんの恋人なの?私にはとても信じられないのだけど。だってあの麗しい土方さんにくらべて、あなたはずいぶん………地味だもの」
その言葉とそこに含まれる敵意に、***は言葉を失い、ピシッと固まってしまう。
―――は、話しかけてくるなんて聞いてないよ!ちょっと土方さん!ちょっと誰か!誰か助けて!ヘルプ、ヘルペスミー!!!
心の叫びもむなしく、土方は遠くで他の参列者につかまっていて気付かない。目の前の娘は、慌てる***の様子を見て「ほら見たことか」と誇らしげな顔をする。
「やっぱり、あなた許嫁でもなんでもないんでしょう?だっておかしいもの、あなたみたいな田舎くさくて、美人でもない、膝に絆創膏を貼ってるような女を、あの土方さんが選ぶわけないでしょう。ねぇ、その絆創膏どうしたの?田舎で木登りでもしたの?」
自分でも恥ずかしいと思っていた膝のケガを指摘されて、***の顔は羞恥の色に染まった。「いや、あの…」ともごもごと言っている間にも、娘は勝ち誇った顔をして喋り続ける。もはや***のことを見てすらいない。
土方には私のほうがふさわしい、あなたを婚約者とは認めない、というような事をまくし立てるように好き勝手に喋られて、***は口を挟む間もない。
まさか直接対決をしなければいけないなんて、思ってもみなかった。婚約者を連れた土方を見れば、それで納得してくれると、***は思っていたのだ。
慣れない服を着て、こんなに頑張ったのに。靴擦れの痛みを我慢して、笑い続けたのに。子供のように膝に貼られた絆創膏を、誰にも見られませんようにと祈っていたのに。土方となるべく親しく見えるよう、必死で演技をしたのに。それを銀時に見られていると思うと、嫌で嫌で仕方が無かったのに。
それなのにこの人には、信じてもらえなかった。全ての努力は無駄に終わった。そう思うと***は、ひどく悲しくなってくる。
―――これじゃ駄目だ、土方さんも真選組の皆も、きっとがっかりする。お給料も貰えないかもしれない。そうしたらきっと銀ちゃんも、残念がる。そんなの嫌だ。
眉が八の字にさがり、困った顔になってしまうのが自分でも分かる。なんとかして笑って、娘に反論しなければと思うのに、全く声が出ない。
焦るばかりで何もできない自分が情けなくて、ついにじわっと涙目になる。泣いたら偽物だと認めることになってしまう。絶対に泣いてはいけないと思えば思うほど、悲しくてやるせない気持ちが込み上げてきた。
―――どうしよう、どうしたらいい……助けて、銀ちゃん!!
そう心の中で叫ぶと同時に、「***!」という銀時の声が耳元で聞こえた。正確には耳元ではなく、耳の中に隠していたイヤホンから、その声は鳴り響いた。
驚いたと同時に、浮かんでいた涙が引っ込む。きょろきょろと周りを見回すが、銀時がどこにいるのかは分からなかった。
『お~い***、聞こえてっか?なんかきっつい顔した女に絡まれてるけど大丈夫かぁ?もしかしてそれが土方くんの言ってた女ァ?ッげぇー!!俺、そういう性格キツそうな女ってめっさ苦手ぇ。そんな性悪女に好かれるなんて、あのニコチンカス野郎も落ちるとこまで落ちたな。っつーか、その女あれに似てね?あのこないだ***が見てたドラマに出てたさぁ、あの主人公をいじめる役のさぁ、あれ?なんつったっけあの女優?ピ○子?ピ○子じゃねぇか、ピ○子はもっと歳いってるもんな。あれ、なんだっけ?』
わざとふざけた調子で銀時が喋っているのが、声だけでも伝わってきた。今にも泣きそうだった自分を、銀時は励ましてくれている。そう思うと***の胸に温かさが広がって、さっきまでの困り顔が嘘のように、ほころんでいく。
イヤホンの入っている左耳を、手でそっと抑える。
―――もっと聞きたい、銀ちゃんの声を、もっと聞いていたい……
『なぁ、***、お前あの溶けたチョコが噴水みてぇに吹き出してるヤツ見た?俺、全然見えねぇんだけど。神楽と新八が勝手に肉のテーブルに行っちまったせいで、身動き取れなくて、スイーツのテーブルに行けねぇんだけどぉ。俺としたことがまだひと口も甘ぇもん食ってねぇんだけどぉぉぉ。なぁなぁお前見つけたらさ、コップにチョコついで持って来いよ。いや、コップじゃ足んねぇな、バケツだな、バケツに入れて持って来いよ。銀さん飲むから。なぁ、***聞いてんのか?』
「ふっ………」
あまりに銀時がふざけたことばかり言うので、***の唇から思わず笑いが零れた。その笑い声を聞いて、弾丸のように喋り続けていた娘が口をつぐんだ。
「な、なにあなた、なんで笑ってるの?……もしかしてあなた……本当に、土方さんの許嫁なの?私のこと、見下してるの!?」
「えっ!?み、見下してなんかないですよ!違います、ただ……」
左耳を押さえていた手で、***はそっと自分の耳を撫でる。そこに銀時が唇を寄せているみたいで、胸がきゅんとして甘酸っぱい気持ちになる。***は娘を見つめると微笑んで、口を開いた。
―――ただ、好きな人に耳元でささやいてもらうのって、すごく嬉しいなぁって思って……
その言葉を聞いた娘は絶句した。パーティーの間ずっと、土方に肩を抱かれて、耳元にささやかれていた***の姿が、脳裏を駆け巡った。
顔が地味だとか、田舎っぽいとか、さんざんこき下ろしたというのに、目の前の女は泣きもせずに、自分にむかって笑いかけてきた。
―――つ、強い……これは本物だ。この堂々とした立ち振る舞い、この余裕の微笑み。これは土方と長年連れ添っているからこそできるものだ。この人は本物の許嫁で、しかも愛されていることに自信がある。……強い、この女には、勝てない……
なぜか顔を赤らめて、ふにゃふにゃとした顔で笑っている***を見て、娘は真っ青になる。さっきまでの勢いはどこへやら、しゅんとした顔になった。唇を噛みしめて、じっと***を見つめた後、ふんっ、という声が聞こえそうなほど勢いよく踵を返した。
「えっ!?ちょ、ちょっと……」
ろくに話を聞いてもらえなかったことに焦って、***は呼び止めようとしたが、それはあっさり無視された。娘は来た時と同じようにツカツカという音を立てて、あっという間に去って行った。
「わ、私が十四郎さんの婚約者なんですけど……」
今さら言っても誰にも届かない言葉をつぶやきながら、ぽかんとした顔で、***はひとり立ち尽くした。
「いやぁ~!***ちゃん、本当によくやってくれたよ!先方の娘さんもね、納得してくれてさぁ、トシのことはきっぱり諦めてくれたみたいでさぁ、いやぁ、本当に助かったよぉ」
近藤に肩をばしばしと叩かれて、***は困惑する。
「あ、あの本当に信じてもらえたんでしょうか?私、何もできなかったんですけど……」
「いや、***ちゃんは立派にトシの婚約者役を務めてくれたよ。ありがとうね、勲、感激!」
パーティーが無事終わり、会場を出る。関係者の接待があるからと控え室の前で真選組とは別れた。会場内の料理を食べて行っていいと言われたが、大役を務めた疲れで、***にはそんな気力がなかった。
身体中くたくたで、足も痛い。早く着替えたいなと思いながら、控え室のドアを開ける。顔を上げて部屋の中を見た瞬間、***は絶句する。
「おー、***おつかれさん、ケーキ食う?」
そこには、着替え途中で上半身裸の状態で、ケーキを貪っている銀時がいた。
―――バタンッ!!!
あまりの驚きに、***は慌てて扉を閉める。部屋の中の銀時に聞こえるように、ドアに顔を寄せて声を張り上げた。
「ぎぎぎぎぎ、銀ちゃん!び、びっくりさせないください!服、服着てよ!わぁっ、ぎゃぁああっ!!!」
叫んでいる間に扉が内側から開いて、***が抵抗するよりも早く、大きな手がその手首をつかんだ。そのまま腕をひっぱられて、部屋に引きずり込まれる。
手に持っていた小さなバッグが落ちて、ころころと床に転がった。
「わわわわわっ、わ、私、着替えるの外で待ってますから、はな、離してっ……!!」
銀時の身体を見ないように顔を伏せて、真っ赤になった目元を両手で覆う。その***の肩を、大きな手がつかんだ。背後で扉がばたんと閉まると同時に、背中がドアに押し付けられる。
「ぎ、ぎんちゃん、なにするんですかっ、やめっ……」
「お前こそ何してんだよ」
突然聞こえた静かな声に驚いて、***は「えっ?」と言おうとした。しかしそれは迫ってきた銀時の身体に押しつぶされて、声にならなかった。
押し付けられた背中と扉の間に、腕がするりと入り込んでくる。気が付くと強い力で抱きすくめられていた。
両手で顔を覆っていたため、腕ごと大きな身体に包み込まれて、横を向いた***のほほが、銀時の裸の胸に押し付けられる。あまりの恥ずかしさに顔がヤケドしそうなほど熱くなる。押し付けられたほっぺの下で、銀時の心臓の音がドクドクと鳴るのが聞こえた。
「ちょ、ちょっと……ぎんちゃ、」
「***なにあれ、あれ何してたの?土方くんとくっついて、楽しそうにこそこそ何話してたの?もしかしてお前、口説かれて喜んでたの?」
「な、なに言ってるんですか?ひ、土方さんが、そんなことするわけないじゃないですか……恥ずかしいからあんまり見ないでって、言ったのに」
「は?そんなに土方くんと仲良くしてるとこ見られたくなかった?俺だって見たくねぇけど。あんなクソ野郎に***がべたべた触られてっとこ、見てんのめっさ嫌なんですけどぉ。仕事だからしょうがなく見ててやったけど、お前らがイチャコラ引っ付きあってるところなんざ、こっちだって胸糞悪くて見てたかねぇよ」
「…………っ!な、なにそれ!なんで今さらそんなこと言うんですか!!」
全身の力を両手に込めて、***は必死で銀時の胸を押した。ぎゅうぎゅうと押して、ようやく腰に回っていた銀時の腕がほどけた。それでも銀時は、***の顔の横に両手をついて、半歩ほど下がっただけだった。
***は今にも泣きそうな、真っ赤な顔をして、銀時を見上げた。湧き上がってきた怒りに、身体がぶるぶると震える。
「わた、私だって……嫌だったもん。銀ちゃんの前で、他の人の恋人のふりするのなんて嫌だったもん!!でも銀ちゃんがやってやれって言うから……だから頑張ったのに!何度も嫌だなって思いながら、それでも頑張ったのに……なんで今さら、そんなこと言うんですか!銀ちゃんが簡単な仕事って言ったんじゃないですか!!」
「はぁっ!?そんなこと言ってねぇだろ!!***が満更でもなさそうだったから、代わりに答えてやっただけじゃねぇか!!……っんだよ、嫌だなんて言って、ノリノリだっただろうが。十四郎さんとか甘い声出しやがって。アイツのでれでれした嬉しそうな顔見たかよ。俺はぜってぇあんな男に、***は渡さねぇからな!あんな男を婚約者とは、認めねぇからな!!!」
「~~~~っ!ひ、土方さんの婚約者になんて、なるわけないでしょ!演技ですよ、演技!!」
首元まで真っ赤にした***の、大きく開いたワンピースの襟元から、激しく上下する鎖骨が見えて、銀時は動きを止めた。
改めて近くで見ると、こんなに身体つきがはっきりと見えるのかと銀時は思った。薄い肩も細い腕も、ぴったりとした布地の下に、くっきりと見える。この身体を他の男の手で触られたと思うと、虫唾が走った。
「じゃあ、なんなんだよ……あんなにロボットみてぇだったのに、なんでアイツの名前、ちゃんと呼べるようになってんだよ」
「そ、それは……近藤さんが、お母さんがお父さんを呼ぶ時みたいに呼んでみろっていうから、それで考えてたら、」
「呼べよ、俺のこともそうやって」
「へっ!?」
愛情を込めて土方の名を呼ぶ***の声を、イヤホン越しに聞いてから、銀時の耳にそれがこびりついて消えなかった。これを消すには同じように自分の名を、***に呼ばせるしかないと思った。
しかし***は、困惑した顔を浮かべて、銀時を見上げるだけで、その名を呼ぼうとしない。
口をぱくぱくとさせて、言葉を失っている***を、銀時はまだ怒りのにじんだ瞳で見下ろしている。
「っんだよ、お前、俺のことが好きなんじゃねぇのかよ、他の男のことはあんな甘い声で呼べんのに、俺のことは呼べねぇのおかしいだろ……さっさと呼べよ」
「む、無理だよ、銀ちゃん、だって……」
「あ?なんだよ、そんなに嫌かよ俺のこと呼ぶの」
「違うよ、だって……お母さんがお父さんを呼ぶ時って、本当に好きな人を呼ぶときの声だから……だから、私だったら銀ちゃんって呼ぶ時の声だなって思って……ずっと十四郎さんって呼びながら、心のなかで銀ちゃんって呼んでたの。だから、いつも通りだから……改めて呼んでもなにも変わらないよ、銀ちゃん」
「…………っ!!」
そう言われて銀時はハッとする。いつも***が自分を呼ぶ声が、どれほど甘く、どれほど愛情が込められていたものだったか、その時はじめて気付いた。
気恥ずかしさのにじんだ顔を隠すように、もう一度***を扉に押し付けると、今度はさっきよりも優しく肩を抱いた。
「……銀ちゃん?ねぇ、どうしたの?服着てくださいよ、私、恥ずかしいし……風邪ひいちゃうよ?」
「うるせぇ***、少し黙れって」
怒ったような銀時の声に、***は口をつぐんで大人しくなる。様子がおかしい銀時に、されるがままだ。
肩を抱いていた銀時の手が動いて、細い二の腕を静かにさすった。背中に回した大きな手を腰まで下ろすと、薄いワンピースの布地の下に***の肌の、体温を感じた。
細い腰の真ん中から、そのまま背骨をひとつひとつ確かめるようにゆっくりと、うなじまで撫で上げていく。
「ッ………!やッ、く、くすぐったいよ銀ちゃん、」
そう言って身じろいだ***の首の後ろに手を添えて、親指で小さな耳をなでた。耳たぶがさくらんぼのように赤い。ここに他の男が唇を寄せてささやいたと思うと、どんなに触れても満足できそうにない。
腕のなかの震える小さな身体を全て撫でて、他の男の痕跡をあとかたも無く消しつくしたいと、銀時は思った。
何も言わない銀時の様子を心配して、こわばっていた***の身体から、少しずつ力が抜ける。銀時の胸をつっぱねるように置いていた手をどけて、おずおずと背中に回す。遮るものがなくなった身体は、より強く***を抱きしめた。
回した手で、子供をあやすようにぽんぽんと銀時の背中を撫でる。背伸びをして大きな肩に顔をのせると、***は遠慮がちに口を開き、小さな声でつぶやいた。
「ねぇ、銀ちゃん……さっき助けてくれてありがとう。イヤホンから銀ちゃんの声が聞こえて、私、すごく安心したよ……は、恥ずかしいけど、こうやってぎゅってしてもらうのも、私、すごくほっとします。だから、ありがとね、銀ちゃん……」
耳元で自分の名を呼ぶ***の声が、砂糖菓子のように甘い響きで、胸が締め付けられるほど、嬉しくてたまらない。うつむいたまま銀時は、ふっと声もなく笑った。
―――安心させてんのは、どっちだよ……
「はぁぁぁぁぁ~…***さぁ、本当、お前……」
言い訳をするようにそう言ってみたが、何も言葉が続かなかった。腕のなかで***が小さく身体をゆすって、二、三度足踏みをした。
「あのぉ…銀ちゃん、こうしてるのはすごく嬉しいんですけど、私、あ、足が痛くて……立ってられなくて……」
「はぁ?足ぃ?」
ぱっと身体を離すと、***がほっとした顔で、靴をぬぐ。パンプスから出てきた素足には、痛々しい紅い靴擦れがたくさんできていた。
「はぁぁぁぁ!?お前そんな足でずっと歩いてたのかよ!なにそれ、ものっそい皮がぺろんとしてんだけど、ものっそい痛そうなんだけどぉぉぉ!!!」
「ものっそい痛いですよ!だからもう立ってられないし、早く着替えたいから銀ちゃん出てってくださいよ!!!」
身体が離れたことで、改めて銀時の裸の上半身が目に入り、***は顔をばっと赤くする。いつまでたっても自分の近くを離れようとしない銀時を、困った顔で見上げる。たくましい肢体がどうしても目に入ってしまい、思わず瞳が恥ずかしがって揺れてしまう。
「あぅぅ…」と言いながら茹でダコのように赤くなった***を見下ろして、銀時はにやっと笑った。
「着替え、銀さんが手伝ってやろっか?背中のジッパー下げてやるよ」
***の「変態ッッッ!!!」という叫びが廊下まで響いた直後、バンッと開いた扉から上半身裸の銀時が、勢いよく転がり出てきた。
ゴロンと仰向けに転がって、床に頭をつき、壁に足をのせた状態の顔にむかって、開いたドアの中から、いつもの着流しと木刀が投げつけられた。
「好きだからって簡単になんでもさせるような軽い女だと、思わないで下さい!銀ちゃんの馬鹿ッ!!す、スケベッ!!!」
眉を吊り上げて、怒りの形相でそう言った***が、扉をバンッと乱暴に閉めた。
それを逆さまの視界から眺めながら、銀時はゲラゲラと笑った。その声は高級ホテルには似つかわしくないほどの大声で、行きかう客やホテルマンは眉をひそめた。
しかし閉ざされた扉の向こうで、ドアに背中をついた***はずるずると座り込んで、真っ赤な顔を両手で押さえながら、もっともっと、その銀時の笑い声を、聞いていたいと思っていた。
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【第11話 愛しい声】end
土方に肩を抱かれ、時々耳にささやかれるように話しかけられて、微笑みを浮かべている***を、遠くから見つめていたのは、銀時だけではなかった。
「お母様、私、信じられない。あんな田舎くさい女が、土方さんの許嫁だなんて……」
「まぁまぁ、そう言わないで…ずいぶん仲の良さそうなお似合いのふたりじゃない。フィアンセまで呼び寄せて見せてもらって、これであなたも納得したでしょう?これに懲りたらいい加減、土方さんのことは諦めなさいな」
上流階級の娘はプライドも高い。仲睦ましくしている土方とその恋人を見て、諦めるどころか、納得できない気持ちが高まってしまう。
あの女はあまりにも地味だし、顔だって私の方がずっと可愛い。素敵な土方にふさわしいのはどう考えてもあの女より私だ。
そう思いながら二人を眺め続けていると、関係者に呼ばれた土方が、女から離れた。女は微笑みを絶やさずに、そっと集団から離れ、窓際へと歩いて行った。
「つ、疲れた……」
ガラスの窓に手をついて、***は身体を支える。慣れない靴のせいで、足は靴擦れだらけ。顔では笑っていたが、本当は立っているのもツライほどだった。
「早く、終わらないかなぁ…」
くるりと振り向いて、窓ガラスに背をもたれ休んでいると、ツカツカと軽快な靴音を立てて、綺麗な女性が近づいてきた。土方の知りあいだろうかと思い、***は微笑んで会釈をした。
しかしその女性は、***の笑顔が見えなかったかのように、怒りを込めた目で見つめ返してきた。目の前で立ち止まると、とても冷たい声で***に話しかけた。
「あなたが土方さんの許嫁?」
その声を聞いただけで、「これが噂の政治家の娘!」と、***は一瞬で理解した。まさか話しかけてくるとは思わなかった為、驚いて目を見開く。
「あ、あの今日は、お招き頂きましてありがとうございます。いつも十四郎がお世話になっているようで、」
「ねぇ、あなたって本当に土方さんの恋人なの?私にはとても信じられないのだけど。だってあの麗しい土方さんにくらべて、あなたはずいぶん………地味だもの」
その言葉とそこに含まれる敵意に、***は言葉を失い、ピシッと固まってしまう。
―――は、話しかけてくるなんて聞いてないよ!ちょっと土方さん!ちょっと誰か!誰か助けて!ヘルプ、ヘルペスミー!!!
心の叫びもむなしく、土方は遠くで他の参列者につかまっていて気付かない。目の前の娘は、慌てる***の様子を見て「ほら見たことか」と誇らしげな顔をする。
「やっぱり、あなた許嫁でもなんでもないんでしょう?だっておかしいもの、あなたみたいな田舎くさくて、美人でもない、膝に絆創膏を貼ってるような女を、あの土方さんが選ぶわけないでしょう。ねぇ、その絆創膏どうしたの?田舎で木登りでもしたの?」
自分でも恥ずかしいと思っていた膝のケガを指摘されて、***の顔は羞恥の色に染まった。「いや、あの…」ともごもごと言っている間にも、娘は勝ち誇った顔をして喋り続ける。もはや***のことを見てすらいない。
土方には私のほうがふさわしい、あなたを婚約者とは認めない、というような事をまくし立てるように好き勝手に喋られて、***は口を挟む間もない。
まさか直接対決をしなければいけないなんて、思ってもみなかった。婚約者を連れた土方を見れば、それで納得してくれると、***は思っていたのだ。
慣れない服を着て、こんなに頑張ったのに。靴擦れの痛みを我慢して、笑い続けたのに。子供のように膝に貼られた絆創膏を、誰にも見られませんようにと祈っていたのに。土方となるべく親しく見えるよう、必死で演技をしたのに。それを銀時に見られていると思うと、嫌で嫌で仕方が無かったのに。
それなのにこの人には、信じてもらえなかった。全ての努力は無駄に終わった。そう思うと***は、ひどく悲しくなってくる。
―――これじゃ駄目だ、土方さんも真選組の皆も、きっとがっかりする。お給料も貰えないかもしれない。そうしたらきっと銀ちゃんも、残念がる。そんなの嫌だ。
眉が八の字にさがり、困った顔になってしまうのが自分でも分かる。なんとかして笑って、娘に反論しなければと思うのに、全く声が出ない。
焦るばかりで何もできない自分が情けなくて、ついにじわっと涙目になる。泣いたら偽物だと認めることになってしまう。絶対に泣いてはいけないと思えば思うほど、悲しくてやるせない気持ちが込み上げてきた。
―――どうしよう、どうしたらいい……助けて、銀ちゃん!!
そう心の中で叫ぶと同時に、「***!」という銀時の声が耳元で聞こえた。正確には耳元ではなく、耳の中に隠していたイヤホンから、その声は鳴り響いた。
驚いたと同時に、浮かんでいた涙が引っ込む。きょろきょろと周りを見回すが、銀時がどこにいるのかは分からなかった。
『お~い***、聞こえてっか?なんかきっつい顔した女に絡まれてるけど大丈夫かぁ?もしかしてそれが土方くんの言ってた女ァ?ッげぇー!!俺、そういう性格キツそうな女ってめっさ苦手ぇ。そんな性悪女に好かれるなんて、あのニコチンカス野郎も落ちるとこまで落ちたな。っつーか、その女あれに似てね?あのこないだ***が見てたドラマに出てたさぁ、あの主人公をいじめる役のさぁ、あれ?なんつったっけあの女優?ピ○子?ピ○子じゃねぇか、ピ○子はもっと歳いってるもんな。あれ、なんだっけ?』
わざとふざけた調子で銀時が喋っているのが、声だけでも伝わってきた。今にも泣きそうだった自分を、銀時は励ましてくれている。そう思うと***の胸に温かさが広がって、さっきまでの困り顔が嘘のように、ほころんでいく。
イヤホンの入っている左耳を、手でそっと抑える。
―――もっと聞きたい、銀ちゃんの声を、もっと聞いていたい……
『なぁ、***、お前あの溶けたチョコが噴水みてぇに吹き出してるヤツ見た?俺、全然見えねぇんだけど。神楽と新八が勝手に肉のテーブルに行っちまったせいで、身動き取れなくて、スイーツのテーブルに行けねぇんだけどぉ。俺としたことがまだひと口も甘ぇもん食ってねぇんだけどぉぉぉ。なぁなぁお前見つけたらさ、コップにチョコついで持って来いよ。いや、コップじゃ足んねぇな、バケツだな、バケツに入れて持って来いよ。銀さん飲むから。なぁ、***聞いてんのか?』
「ふっ………」
あまりに銀時がふざけたことばかり言うので、***の唇から思わず笑いが零れた。その笑い声を聞いて、弾丸のように喋り続けていた娘が口をつぐんだ。
「な、なにあなた、なんで笑ってるの?……もしかしてあなた……本当に、土方さんの許嫁なの?私のこと、見下してるの!?」
「えっ!?み、見下してなんかないですよ!違います、ただ……」
左耳を押さえていた手で、***はそっと自分の耳を撫でる。そこに銀時が唇を寄せているみたいで、胸がきゅんとして甘酸っぱい気持ちになる。***は娘を見つめると微笑んで、口を開いた。
―――ただ、好きな人に耳元でささやいてもらうのって、すごく嬉しいなぁって思って……
その言葉を聞いた娘は絶句した。パーティーの間ずっと、土方に肩を抱かれて、耳元にささやかれていた***の姿が、脳裏を駆け巡った。
顔が地味だとか、田舎っぽいとか、さんざんこき下ろしたというのに、目の前の女は泣きもせずに、自分にむかって笑いかけてきた。
―――つ、強い……これは本物だ。この堂々とした立ち振る舞い、この余裕の微笑み。これは土方と長年連れ添っているからこそできるものだ。この人は本物の許嫁で、しかも愛されていることに自信がある。……強い、この女には、勝てない……
なぜか顔を赤らめて、ふにゃふにゃとした顔で笑っている***を見て、娘は真っ青になる。さっきまでの勢いはどこへやら、しゅんとした顔になった。唇を噛みしめて、じっと***を見つめた後、ふんっ、という声が聞こえそうなほど勢いよく踵を返した。
「えっ!?ちょ、ちょっと……」
ろくに話を聞いてもらえなかったことに焦って、***は呼び止めようとしたが、それはあっさり無視された。娘は来た時と同じようにツカツカという音を立てて、あっという間に去って行った。
「わ、私が十四郎さんの婚約者なんですけど……」
今さら言っても誰にも届かない言葉をつぶやきながら、ぽかんとした顔で、***はひとり立ち尽くした。
「いやぁ~!***ちゃん、本当によくやってくれたよ!先方の娘さんもね、納得してくれてさぁ、トシのことはきっぱり諦めてくれたみたいでさぁ、いやぁ、本当に助かったよぉ」
近藤に肩をばしばしと叩かれて、***は困惑する。
「あ、あの本当に信じてもらえたんでしょうか?私、何もできなかったんですけど……」
「いや、***ちゃんは立派にトシの婚約者役を務めてくれたよ。ありがとうね、勲、感激!」
パーティーが無事終わり、会場を出る。関係者の接待があるからと控え室の前で真選組とは別れた。会場内の料理を食べて行っていいと言われたが、大役を務めた疲れで、***にはそんな気力がなかった。
身体中くたくたで、足も痛い。早く着替えたいなと思いながら、控え室のドアを開ける。顔を上げて部屋の中を見た瞬間、***は絶句する。
「おー、***おつかれさん、ケーキ食う?」
そこには、着替え途中で上半身裸の状態で、ケーキを貪っている銀時がいた。
―――バタンッ!!!
あまりの驚きに、***は慌てて扉を閉める。部屋の中の銀時に聞こえるように、ドアに顔を寄せて声を張り上げた。
「ぎぎぎぎぎ、銀ちゃん!び、びっくりさせないください!服、服着てよ!わぁっ、ぎゃぁああっ!!!」
叫んでいる間に扉が内側から開いて、***が抵抗するよりも早く、大きな手がその手首をつかんだ。そのまま腕をひっぱられて、部屋に引きずり込まれる。
手に持っていた小さなバッグが落ちて、ころころと床に転がった。
「わわわわわっ、わ、私、着替えるの外で待ってますから、はな、離してっ……!!」
銀時の身体を見ないように顔を伏せて、真っ赤になった目元を両手で覆う。その***の肩を、大きな手がつかんだ。背後で扉がばたんと閉まると同時に、背中がドアに押し付けられる。
「ぎ、ぎんちゃん、なにするんですかっ、やめっ……」
「お前こそ何してんだよ」
突然聞こえた静かな声に驚いて、***は「えっ?」と言おうとした。しかしそれは迫ってきた銀時の身体に押しつぶされて、声にならなかった。
押し付けられた背中と扉の間に、腕がするりと入り込んでくる。気が付くと強い力で抱きすくめられていた。
両手で顔を覆っていたため、腕ごと大きな身体に包み込まれて、横を向いた***のほほが、銀時の裸の胸に押し付けられる。あまりの恥ずかしさに顔がヤケドしそうなほど熱くなる。押し付けられたほっぺの下で、銀時の心臓の音がドクドクと鳴るのが聞こえた。
「ちょ、ちょっと……ぎんちゃ、」
「***なにあれ、あれ何してたの?土方くんとくっついて、楽しそうにこそこそ何話してたの?もしかしてお前、口説かれて喜んでたの?」
「な、なに言ってるんですか?ひ、土方さんが、そんなことするわけないじゃないですか……恥ずかしいからあんまり見ないでって、言ったのに」
「は?そんなに土方くんと仲良くしてるとこ見られたくなかった?俺だって見たくねぇけど。あんなクソ野郎に***がべたべた触られてっとこ、見てんのめっさ嫌なんですけどぉ。仕事だからしょうがなく見ててやったけど、お前らがイチャコラ引っ付きあってるところなんざ、こっちだって胸糞悪くて見てたかねぇよ」
「…………っ!な、なにそれ!なんで今さらそんなこと言うんですか!!」
全身の力を両手に込めて、***は必死で銀時の胸を押した。ぎゅうぎゅうと押して、ようやく腰に回っていた銀時の腕がほどけた。それでも銀時は、***の顔の横に両手をついて、半歩ほど下がっただけだった。
***は今にも泣きそうな、真っ赤な顔をして、銀時を見上げた。湧き上がってきた怒りに、身体がぶるぶると震える。
「わた、私だって……嫌だったもん。銀ちゃんの前で、他の人の恋人のふりするのなんて嫌だったもん!!でも銀ちゃんがやってやれって言うから……だから頑張ったのに!何度も嫌だなって思いながら、それでも頑張ったのに……なんで今さら、そんなこと言うんですか!銀ちゃんが簡単な仕事って言ったんじゃないですか!!」
「はぁっ!?そんなこと言ってねぇだろ!!***が満更でもなさそうだったから、代わりに答えてやっただけじゃねぇか!!……っんだよ、嫌だなんて言って、ノリノリだっただろうが。十四郎さんとか甘い声出しやがって。アイツのでれでれした嬉しそうな顔見たかよ。俺はぜってぇあんな男に、***は渡さねぇからな!あんな男を婚約者とは、認めねぇからな!!!」
「~~~~っ!ひ、土方さんの婚約者になんて、なるわけないでしょ!演技ですよ、演技!!」
首元まで真っ赤にした***の、大きく開いたワンピースの襟元から、激しく上下する鎖骨が見えて、銀時は動きを止めた。
改めて近くで見ると、こんなに身体つきがはっきりと見えるのかと銀時は思った。薄い肩も細い腕も、ぴったりとした布地の下に、くっきりと見える。この身体を他の男の手で触られたと思うと、虫唾が走った。
「じゃあ、なんなんだよ……あんなにロボットみてぇだったのに、なんでアイツの名前、ちゃんと呼べるようになってんだよ」
「そ、それは……近藤さんが、お母さんがお父さんを呼ぶ時みたいに呼んでみろっていうから、それで考えてたら、」
「呼べよ、俺のこともそうやって」
「へっ!?」
愛情を込めて土方の名を呼ぶ***の声を、イヤホン越しに聞いてから、銀時の耳にそれがこびりついて消えなかった。これを消すには同じように自分の名を、***に呼ばせるしかないと思った。
しかし***は、困惑した顔を浮かべて、銀時を見上げるだけで、その名を呼ぼうとしない。
口をぱくぱくとさせて、言葉を失っている***を、銀時はまだ怒りのにじんだ瞳で見下ろしている。
「っんだよ、お前、俺のことが好きなんじゃねぇのかよ、他の男のことはあんな甘い声で呼べんのに、俺のことは呼べねぇのおかしいだろ……さっさと呼べよ」
「む、無理だよ、銀ちゃん、だって……」
「あ?なんだよ、そんなに嫌かよ俺のこと呼ぶの」
「違うよ、だって……お母さんがお父さんを呼ぶ時って、本当に好きな人を呼ぶときの声だから……だから、私だったら銀ちゃんって呼ぶ時の声だなって思って……ずっと十四郎さんって呼びながら、心のなかで銀ちゃんって呼んでたの。だから、いつも通りだから……改めて呼んでもなにも変わらないよ、銀ちゃん」
「…………っ!!」
そう言われて銀時はハッとする。いつも***が自分を呼ぶ声が、どれほど甘く、どれほど愛情が込められていたものだったか、その時はじめて気付いた。
気恥ずかしさのにじんだ顔を隠すように、もう一度***を扉に押し付けると、今度はさっきよりも優しく肩を抱いた。
「……銀ちゃん?ねぇ、どうしたの?服着てくださいよ、私、恥ずかしいし……風邪ひいちゃうよ?」
「うるせぇ***、少し黙れって」
怒ったような銀時の声に、***は口をつぐんで大人しくなる。様子がおかしい銀時に、されるがままだ。
肩を抱いていた銀時の手が動いて、細い二の腕を静かにさすった。背中に回した大きな手を腰まで下ろすと、薄いワンピースの布地の下に***の肌の、体温を感じた。
細い腰の真ん中から、そのまま背骨をひとつひとつ確かめるようにゆっくりと、うなじまで撫で上げていく。
「ッ………!やッ、く、くすぐったいよ銀ちゃん、」
そう言って身じろいだ***の首の後ろに手を添えて、親指で小さな耳をなでた。耳たぶがさくらんぼのように赤い。ここに他の男が唇を寄せてささやいたと思うと、どんなに触れても満足できそうにない。
腕のなかの震える小さな身体を全て撫でて、他の男の痕跡をあとかたも無く消しつくしたいと、銀時は思った。
何も言わない銀時の様子を心配して、こわばっていた***の身体から、少しずつ力が抜ける。銀時の胸をつっぱねるように置いていた手をどけて、おずおずと背中に回す。遮るものがなくなった身体は、より強く***を抱きしめた。
回した手で、子供をあやすようにぽんぽんと銀時の背中を撫でる。背伸びをして大きな肩に顔をのせると、***は遠慮がちに口を開き、小さな声でつぶやいた。
「ねぇ、銀ちゃん……さっき助けてくれてありがとう。イヤホンから銀ちゃんの声が聞こえて、私、すごく安心したよ……は、恥ずかしいけど、こうやってぎゅってしてもらうのも、私、すごくほっとします。だから、ありがとね、銀ちゃん……」
耳元で自分の名を呼ぶ***の声が、砂糖菓子のように甘い響きで、胸が締め付けられるほど、嬉しくてたまらない。うつむいたまま銀時は、ふっと声もなく笑った。
―――安心させてんのは、どっちだよ……
「はぁぁぁぁぁ~…***さぁ、本当、お前……」
言い訳をするようにそう言ってみたが、何も言葉が続かなかった。腕のなかで***が小さく身体をゆすって、二、三度足踏みをした。
「あのぉ…銀ちゃん、こうしてるのはすごく嬉しいんですけど、私、あ、足が痛くて……立ってられなくて……」
「はぁ?足ぃ?」
ぱっと身体を離すと、***がほっとした顔で、靴をぬぐ。パンプスから出てきた素足には、痛々しい紅い靴擦れがたくさんできていた。
「はぁぁぁぁ!?お前そんな足でずっと歩いてたのかよ!なにそれ、ものっそい皮がぺろんとしてんだけど、ものっそい痛そうなんだけどぉぉぉ!!!」
「ものっそい痛いですよ!だからもう立ってられないし、早く着替えたいから銀ちゃん出てってくださいよ!!!」
身体が離れたことで、改めて銀時の裸の上半身が目に入り、***は顔をばっと赤くする。いつまでたっても自分の近くを離れようとしない銀時を、困った顔で見上げる。たくましい肢体がどうしても目に入ってしまい、思わず瞳が恥ずかしがって揺れてしまう。
「あぅぅ…」と言いながら茹でダコのように赤くなった***を見下ろして、銀時はにやっと笑った。
「着替え、銀さんが手伝ってやろっか?背中のジッパー下げてやるよ」
***の「変態ッッッ!!!」という叫びが廊下まで響いた直後、バンッと開いた扉から上半身裸の銀時が、勢いよく転がり出てきた。
ゴロンと仰向けに転がって、床に頭をつき、壁に足をのせた状態の顔にむかって、開いたドアの中から、いつもの着流しと木刀が投げつけられた。
「好きだからって簡単になんでもさせるような軽い女だと、思わないで下さい!銀ちゃんの馬鹿ッ!!す、スケベッ!!!」
眉を吊り上げて、怒りの形相でそう言った***が、扉をバンッと乱暴に閉めた。
それを逆さまの視界から眺めながら、銀時はゲラゲラと笑った。その声は高級ホテルには似つかわしくないほどの大声で、行きかう客やホテルマンは眉をひそめた。
しかし閉ざされた扉の向こうで、ドアに背中をついた***はずるずると座り込んで、真っ赤な顔を両手で押さえながら、もっともっと、その銀時の笑い声を、聞いていたいと思っていた。
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【第11話 愛しい声】end