銀ちゃんに恋する女の子
鼻から牛乳(純情)
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【第1話 鼻から牛乳】
「私、大人の女として銀ちゃんのことが好きなの」
「ぶッッッッッッ!!!!!!!」
夕方、万事屋、台所、冷蔵庫の前、風呂上がり。
まだ濡れている頭にバスタオルを乗せた銀時が、盛大に鼻から牛乳を吹いた。
「わっ、銀ちゃん、だ、大丈夫?」
「ガハッ、ゲホッゴホッ……テ、テメー***、人が牛乳飲んでる時に、何とんでもねーこと言ってんだよ」
「だってお風呂上がりなら頭もすっきりしてるだろうし、話も聞きやすいかなって……」
「ふざけんなッ!おもっきし鼻から牛乳出たわ!頭まで痛ぇっつーの!めっさツーンってしてるっつーの!!」
「ご、ごめん……」
別に鼻から牛乳を吹かせようと、狙ったわけではない。ただ***は銀時に、自分の気持ちを正確に伝えようとしただけだった。
数週間前にはじめて「銀ちゃんが好き」と伝えた時、「今は酔っ払ってるから後でにしろ」と言われた。仕方ないと思って、ぎゅっと唇を噛んでこらえた。
その後、一緒に万事屋へ帰ってきて、一度眠った銀時が再び目覚めるまでの数時間、***はまんじりともせずに待ち続けた。ようやく起きたと思って駆け寄り、「銀ちゃん!」と声をかけると、「あ゙ぁ~あんだよ***、二日酔いで頭ガンガンしてんのぉ、でっけぇ声だすなよ、頭割れんだろーが」と怒られ、しゅんとして口をつぐんだ。二日酔いっていつになったら治るんだろう?首をかしげたが、酒を飲まない***には見当もつかない。そのうちに神楽や新八もそろい、結局その日は何も言えずじまいだった。
数日後、***のおかえり会をやると言われ、万事屋へ行くと銀時が料理をふるまってくれた。久しぶりに四人で囲む夕食が嬉しくて、***は終始ほほえんで、些細なことで笑った。
食後に皿洗いをしようとすると、「***はお客さんネ!座ってるヨロシ!」と言われ、神楽と新八が片づけをはじめる。綺麗になったテーブルを挟んで、銀時とふたりきりになる。
当の銀時はソファに寝そべって片ひじをつき、だらしない顔でテレビを見ている。気まずくなって***も顔だけテレビの方へ向け、何気なく見ているふりをする。
テレビの内容が何も頭に入ってこない。まるで身体から一本の太い糸が伸びていて、それが銀時に繋がっているかのように、顔を向けていなくても、そちらにばかり意識がいってしまう。
ふと視線を感じて、ちらりと銀時の方を見る。しかし相変わらず死んだ魚のような目はテレビに向いていて、***のことなんて全然見ていなかった。
はぁ、と小さくため息をつく。でもふたりきりの今がチャンスかもと思い、小さな声で銀時に呼びかける。
「ねぇ、銀ちゃん……」
「あ?」
眠たそうな顔のだらけた口を半開きにして、やる気のない目をテレビから離さずに銀時が答える。
いいの***?銀ちゃんがこんなにテキトーな顔をしている時で、本当にいいの?と一瞬疑う。しかしその疑念をふり払うように、小さな頭をふりふりと横に振ると、思い切って口を開いた。
「あの、こないだも言ったけど、私、銀ちゃんのことが、好き、な、んですけど……」
言ったそばからまた顔に血が上り、かぁっと赤くなるのが自分でも分かる。既に一度伝えていて、とっくに知られているんだから、照れる必要なんてないのに。それなのに言葉にすると、死ぬほど恥ずかしい。
じっと銀時の目を見て言ったが、言うや否や恥ずかしさに耐えられなくなる。ぱっと目をそらしてうつむくと、膝の上でにぎった両手を見つめる。
「あー、それな、そーいやお前、そんなこと言ってたっけ」
予想外の銀時のダルそうな声が聞こえて、驚いて顔を上げる。相変わらず鼻に小指を入れたままの銀時の、しまりのない顔を見て、***はぽかんと口を開けて固まる。
へ、なにそれ、こんなに恥ずかしい思いをしてもう一度告白したのに、なんでそんなテキトーな顔してんの、この人!?
「まぁ、なんつーか***さぁ、お前田舎に帰ったら改めて都会の良さみてぇなのに気付いたってだけじゃね?なんもねぇ田舎に比べて、きらびやかな若者の街、かぶき町に戻りてぇ~って里心がついたんだろ。そんでそう思ってるうちに、たまたま仲のいいお兄さんっつって思い出したのが、俺だったってとこじゃねーの?俺だって悲しくなるから、こんなこたぁ言いたくねぇけど、銀さんお前より結構年上だからね?いつもガキ共と馬鹿ばっかやってっから、わかんなくなっちまったかもしんねーけど、見た目はジャニーズでも中身はオッサンよ?しかも糖尿寸前、無職同然、定期的に酒を飲んでは飲まれてるよーな、どーしようもねぇマダオだよ?こんなオッサンと***みてぇなお子ちゃまが釣り合うわけねーだろ。酸いも甘いも知る大人の女じゃねぇと、銀さんの相手はつとまらねぇの」
まくしたてるように言われた言葉が、だぁっと***の頭のなかに流れ込んでくる。処理速度が間に合わず、うまく理解できない。でも最後の「大人の女じゃないと銀さんの相手はつとまらない」の一言で、自分がフラれたことだけ、辛うじて理解できた。
足元が崩れ落ちていくような感覚が、***を襲った。
ああ、あんなに勇気を出したのに。震えるほどの恥ずかしさに耐えて、二度も告白したのに。こんなに好きでたまらないのに、この思いは届かないというの。
はじめての失恋の、強い痛みが***を襲った。目の前が真っ暗になり、何も言葉を発せない。唇を半開きにしたまま、カチンと動きを止める。
神楽と新八が、***の手作りのプリンを持って、台所から戻ってきた。みんなで食べようと配り始める。いつも通り「うめぇ!」と言って食べる銀時や神楽を見て、はっとした***はなんとか平静を装う。
震える手でプリンをすくい口に入れるが、なんの味もしない。それでもなんとか笑顔を作る。しかし「おいしく作れてよかった、みんないっぱい食べてねぇ」と言う***を見て、新八がぎょっとする。
「***さん、それ目です。目でプリン食べないでください」
その日からしばらくは、地獄のような日々が続いた。朝、目が覚めると同時に「私、銀ちゃんにフラれちゃったんだ」と思った。仕事中も銀時に言われた言葉が頭の中を駆け巡った。気もそぞろで働くせいで、配達で届けるはずの牛乳を誤って飲んでしまったり、レジで値段を打ち間違えたり、***らしくないミスを連発した。
仕事の疲れと失恋の痛みでぼろぼろになりながら、それでも万事屋へ行く。銀時の顔を見るたび、胸が引き裂かれるように苦しかった。新八と神楽の手前、何もないそぶりをしたが、全然取り繕えていなかった。
冷蔵庫に向かって「新八くん」と呼びかけたり、押し入れのふすまの柄を眺めて「テレビおもしろいねぇ」と神楽に言ったり、「銀ちゃんってば、またジャンプ読んだまま寝落ちしちゃって」と言いながら、定春に毛布をかけたりした。
銀時に会いたい、でも会うと胸が痛くてつらい、でも会えないなんてもっとつらい。気力だけで万事屋へ通い、打ちひしがれて帰宅した。毎晩布団のなかで、しくしく泣きながら眠りについた。
その日も泣きながら布団に横になり、ぼやけた視界にひろがる天井を眺めていた。何度も頭のなかでリピートした銀時の言葉を、また思い出す。
――銀さんお前より結構年上だからね
――しかも糖尿寸前、無職同然、定期的に酒を飲んでは飲まれてるよーな、どーしようもねぇマダオだよ?
――こんなオッサンと***みてぇなお子ちゃまが釣り合うわけねーだろ
――大人の女じゃねぇと、銀さんの相手はつとまらねぇの
最初のうちは、お前は銀さんには子供すぎる、恋愛対象と思えないと言われたと思い、情けなくて悲しかった。
でも何度も何度も、その言葉を反芻するうちに、***には違う視点が生まれてきた。
銀ちゃんは私のことを、恋愛対象外とは言っていない。ただ、自分と***が釣り合わないと言っていたんだ。しかも大人な銀時に対して、***が子供すぎると言うと同時に、自分のような年上はやめておけ、と言っているようだった。つまり―――
そこまで考えると涙がぴたりと止まった。がばっと布団から起き上がり、暗闇をじっと見つめて***は考えた。
―――つまり、私が大人の女だったら、銀ちゃんが好きになる可能性はあるってこと?
一縷の光がさすような気がした。それなら悩む必要はない。ただひたすらに一生懸命伝え続ければいい。呆れられるほどいつまでも。時間がたてば、***は勝手に歳をとって、自然と銀時が納得できるくらい大人になるだろう。いや、今だって年齢的には大人だし、努力すればもっと大人の女性の魅力が出るかもしれない。どう努力すればいいかは皆目見当もつかないけれど。
少なくとも、ただひたむきに銀時のことを好きでいつづけることの自信はある。そう思うと胸がすっと軽くなる。明日銀時に会ったら、ちゃんとその気持ちを伝えようと誓い、数週間ぶりの安らかな眠りについた。
***の「大人の女」発言に、鼻から牛乳を吹きだした銀時が、バスタオルで顔を覆う。鼻を液体が通るツーンとした痛みに、眉をしかめる。手には空になった***農園の牛乳瓶。
「お前なぁ……こないだ俺が言ったことちゃんと聞いてた?お前みてぇな若い女が、ちょっと年上の悪い男に惹かれるっつーのは一時の気の迷いだから!はやり病みてぇなもんで、そのうち目が覚めんだから、あんま意気込むのやめろよ。こっちが恥ずかしいだろーが。そもそも***がいくら銀さん素敵!銀さんイケメン!っつったってなぁ、お子ちゃまなお前とこの銀さんが、どーこーなるなんてありえねぇんだけど………まぁ例えば?お前が金髪ボインの巨乳なオネーサンだったら、話は別だけど?ボンキュッボンの峰〇二子だったら、銀さんだってちょっとは考えてやんなくもないけど?」
「なっ……!!!し、信じられない!銀ちゃん最低です!!」
「その最低なオッサンを好きっつってる馬鹿なガキンチョはオメーだろーが」
「ちがっ……私は、確かにスタイルは良くないし、い、色気は全然ないけど、もうとっくに大人です!銀ちゃんが言うほど子供じゃないし、自分で働いて生活してるし、これでも立派な大人の女ですって言いたかったんだもん!」
***の言葉を聞いた銀時が、はぁ~とため息をつきながら、バスタオルを床に落とす。牛乳で濡れた黒い半そでの服を、おもむろに脱ぎはじめる。
急に目の前で上半身をあらわにされて、***は驚きで固まる。「きゃあっ」と小さな声を上げて、顔を真っ赤にする。
「ちょっと、やだっ!脱ぐなら先に言ってください!」
そう言いながら顔を手で覆って、背中を向けようとする。しかし気が付くとすぐ目の前に銀時が立っていて、身動きが取れない。目をふさいでいた両の手首を、銀時の大きな手が上からつかんで、顔の前からどけてしまう。
さえぎるものの無い視界いっぱいに、銀時の裸の上半身がある。はじめて見た男性の裸に、***はおろおろとして目を泳がせる。目の前を覆った銀時の、がっしりとした筋肉や男らしい体躯に、***は気絶しそうなほど頭に血が上るのが分かる。
「ぶはっ!すっげぇ、お前、今までで一番顔赤ぇじゃん。裸見たくれぇでそんな泣きそうな顔してる時点で、じゅーぶん***はお子ちゃまなの!不二子なら下半身見ても余裕で笑ってるっつーの。***にもそんくらいの余裕ができたら、また告白でもなんでもしろよ。まぁ、そん頃には俺もお前も総入れ歯のジジイとババアになってっかもしんねぇけどな」
「……………っ!!!」
つかんでいた***の両手をぱっと離すと、銀時は空の牛乳瓶を、***のおでこにコツンとぶつけた。そのまま瓶を手渡すと、「パチンコ行ってくらぁ」と言った。
銀時が離れた後もしばらくは、手渡された瓶を両手で持ったまま、呆然とした***は動けなかった。服を着替えた銀時が、玄関を出ていく音が聞こえた頃、ようやく***の身体は動いた。言われた言葉をゆっくりと頭が理解しはじめて、ふつふつと怒りが沸き起こってくる。
「なぁにが……金髪ボインの巨乳のオネーサンよ、なにが峰〇二子よぉぉぉ……」
手に持った牛乳瓶がぶるぶると震える。身体中から湯気が上りそうな強い怒りだ。
あんなことを言われて、あんな風にからかわれて、それでも黙っているのか***。いつもそうだ。まるで口から生まれてきたのではというほど、銀ちゃんの達者な話術でいつも言いくるめられる。今までも何度もしてやられてきた。口では勝てない相手なのだ。
でも今回ばかりは、「はい、そうですか」と諦めてなるものか。あんなに恥ずかしかったのだ。それでも、あんなに勇気を出したのだ。このまましおらしく、自分の気持ちを見ないふりをして諦めるなんて、絶対に嫌だ。銀ちゃんの言いなりになって、諦めてなんてあげない。だってそれじゃぁ、あまりにも自分が可哀そうだ。
そう思うと居ても立ってもいられなくなり、だっと音を立てて***は走り出した。玄関を飛び降りて、下駄も履かずに戸を開けて外に出る。「万事屋 銀ちゃん」の看板の上、二階の外廊下から身を乗り出すと、ちょうど真下を銀時が歩いていた。
「銀ちゃん!!!!!」
街中に響くのではというほどの大声で、名前を呼ぶ。驚いた顔をした銀時が顔をあげて、***を見つめる。口を「はぁ?」という形にあけた、間抜けヅラに向かって、***は叫んだ。
「わ、わ、わ、私は!!!金髪の巨乳でも、峰〇二子でもないし!恋愛経験も全ッ然ないから、子供みたいかもしれないけど!でも……でも銀ちゃんのことをこの街でいちばん好きです!この江戸で、……この宇宙で私がいちばん、銀ちゃんのことを好きです!!!糖尿寸前で、無職同然で、はじめて会った時から酔っ払ってゲロ吐いてた銀ちゃんのことを、こんなに好きなのは……こんなに好きになれるのは私だけです!馬鹿とでもガキとでも、なんとでも言えばいいです!いくらでもからかえばいいです!でも、私は絶対にあきらめてあげないですから!銀ちゃんがお爺ちゃんになっても、入れ歯がカタカタいうくらい大声で言ってやります!宇宙でいちばん!銀ちゃんのことが!大好きって!!!!!」
こんなに大きな声で、まくしたてるように叫んだのは、生まれてはじめてだ。肩が上下するほど「はぁ、はぁ」と息が上がる。視界には、信じられないという顔をして、***を見つめている銀時の姿しか見えない。
「お、おまっ、***、何言ってんだよ」という銀時の慌てた声が一瞬聞こえたが、それをさえぎるような大きな声が***の耳に届く。
「よッ!姉ちゃん、よく言ったァ!」
「万事屋の旦那ァ!愛されてんなぁ!羨ましいねぇ!」
「お姉さん、素敵だよぉ!私、感動して泣きそう!」
「こいつぁいいモン見さしてもらったよ、姉ちゃん頑張れぇ!」
気が付くと***が見下ろす下の通りには、銀時だけではなく往来を行く街の人々が、たくさん立ち止まっていた。その人だかりのなかには、定春の散歩から帰ってきた神楽、買い物帰りの新八、***の大声に何ごとかと驚いて店から出てきたお登勢とキャサリンも混ざっていた。
あまりの怒りに銀時しか見えていなかった***の視界に、ようやく世界がはっきりと見えて、そこにいる全員に自分の言ったことを聞かれていたと気が付く。
自分のしでかしたことの恥ずかしさに、唇がわなわなと震える。まっすぐ立っていられないほど膝がガクガクする。しかしそんなことにはおかまいなしで、大演説に立ち会った街の人々は、***の熱意を称賛するかのような声を上げた。
「いいぞぉ姉ちゃん!もっとやれー!」
「旦那ァ、あの子を大事にしろよ!」
「感動したぞー!」など、様々な声があがっていたが、最終的には「姉ちゃん!頑張れ!」という、頑張れコールの大合唱になった。
鳴りやまない人々からの声援に、***の顔はプシューと湯気が出そうなほど、真っ赤に染まる。ああ、もう意識を失ってしまいたい。恥ずかしすぎて、このままここで死んでしまいたい。
どうしよう銀ちゃん、というすがるような目で、人混みの中の銀時を見る。***と目が合うと銀時は、頭をガシガシとかきながら、苦笑いのような顔でへらりと笑った。
そして***に向かって、「お~***~、さっき以上に顔真っ赤になってっけど、こんなにたくさんの人に応援されてんだ、死ぬんじゃねーぞ、コノヤロー!」と他人事のように叫んだ。
ブチッと堪忍袋の緒が切れる音が、***の頭のなかで鳴り響いた。無意識のうちに右手が動いて、大きく後ろにふりかぶる。***を指差して、周りの人と一緒になって笑っている銀時に向かって、空の牛乳瓶を思い切り投げつけた。
パコ―――ンッ
気持ちのいい音を立てて、牛乳瓶は銀時の顔面に当たる。そのまま後ろに倒れた銀時に向かって、***は大声で叫んだ。
「銀ちゃんの馬鹿ァ!!!!!!」
くるりときびすを返した***は、そのまま万事屋の中へと逃げ込むように入り、扉をびしゃんっと閉めた。英雄の退場とでもいうように、それと同時に集まっていた人々も散っていった。
仰向けで倒れた銀時を、神楽、新八、キャサリン、お登勢が上からのぞき込む。
「なんなんだアイツ…」
暮れかけた夕方の空を見上げて、銀時がつぶやく。その顔の中央を縦にまっすぐ、牛乳瓶の形に赤い跡がくっきりとついていた。
うつろな目をした銀時の鼻の穴からは、牛乳ではなく、今度は鼻血が吹き出していた。
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【第1話 鼻から牛乳】end
「私、大人の女として銀ちゃんのことが好きなの」
「ぶッッッッッッ!!!!!!!」
夕方、万事屋、台所、冷蔵庫の前、風呂上がり。
まだ濡れている頭にバスタオルを乗せた銀時が、盛大に鼻から牛乳を吹いた。
「わっ、銀ちゃん、だ、大丈夫?」
「ガハッ、ゲホッゴホッ……テ、テメー***、人が牛乳飲んでる時に、何とんでもねーこと言ってんだよ」
「だってお風呂上がりなら頭もすっきりしてるだろうし、話も聞きやすいかなって……」
「ふざけんなッ!おもっきし鼻から牛乳出たわ!頭まで痛ぇっつーの!めっさツーンってしてるっつーの!!」
「ご、ごめん……」
別に鼻から牛乳を吹かせようと、狙ったわけではない。ただ***は銀時に、自分の気持ちを正確に伝えようとしただけだった。
数週間前にはじめて「銀ちゃんが好き」と伝えた時、「今は酔っ払ってるから後でにしろ」と言われた。仕方ないと思って、ぎゅっと唇を噛んでこらえた。
その後、一緒に万事屋へ帰ってきて、一度眠った銀時が再び目覚めるまでの数時間、***はまんじりともせずに待ち続けた。ようやく起きたと思って駆け寄り、「銀ちゃん!」と声をかけると、「あ゙ぁ~あんだよ***、二日酔いで頭ガンガンしてんのぉ、でっけぇ声だすなよ、頭割れんだろーが」と怒られ、しゅんとして口をつぐんだ。二日酔いっていつになったら治るんだろう?首をかしげたが、酒を飲まない***には見当もつかない。そのうちに神楽や新八もそろい、結局その日は何も言えずじまいだった。
数日後、***のおかえり会をやると言われ、万事屋へ行くと銀時が料理をふるまってくれた。久しぶりに四人で囲む夕食が嬉しくて、***は終始ほほえんで、些細なことで笑った。
食後に皿洗いをしようとすると、「***はお客さんネ!座ってるヨロシ!」と言われ、神楽と新八が片づけをはじめる。綺麗になったテーブルを挟んで、銀時とふたりきりになる。
当の銀時はソファに寝そべって片ひじをつき、だらしない顔でテレビを見ている。気まずくなって***も顔だけテレビの方へ向け、何気なく見ているふりをする。
テレビの内容が何も頭に入ってこない。まるで身体から一本の太い糸が伸びていて、それが銀時に繋がっているかのように、顔を向けていなくても、そちらにばかり意識がいってしまう。
ふと視線を感じて、ちらりと銀時の方を見る。しかし相変わらず死んだ魚のような目はテレビに向いていて、***のことなんて全然見ていなかった。
はぁ、と小さくため息をつく。でもふたりきりの今がチャンスかもと思い、小さな声で銀時に呼びかける。
「ねぇ、銀ちゃん……」
「あ?」
眠たそうな顔のだらけた口を半開きにして、やる気のない目をテレビから離さずに銀時が答える。
いいの***?銀ちゃんがこんなにテキトーな顔をしている時で、本当にいいの?と一瞬疑う。しかしその疑念をふり払うように、小さな頭をふりふりと横に振ると、思い切って口を開いた。
「あの、こないだも言ったけど、私、銀ちゃんのことが、好き、な、んですけど……」
言ったそばからまた顔に血が上り、かぁっと赤くなるのが自分でも分かる。既に一度伝えていて、とっくに知られているんだから、照れる必要なんてないのに。それなのに言葉にすると、死ぬほど恥ずかしい。
じっと銀時の目を見て言ったが、言うや否や恥ずかしさに耐えられなくなる。ぱっと目をそらしてうつむくと、膝の上でにぎった両手を見つめる。
「あー、それな、そーいやお前、そんなこと言ってたっけ」
予想外の銀時のダルそうな声が聞こえて、驚いて顔を上げる。相変わらず鼻に小指を入れたままの銀時の、しまりのない顔を見て、***はぽかんと口を開けて固まる。
へ、なにそれ、こんなに恥ずかしい思いをしてもう一度告白したのに、なんでそんなテキトーな顔してんの、この人!?
「まぁ、なんつーか***さぁ、お前田舎に帰ったら改めて都会の良さみてぇなのに気付いたってだけじゃね?なんもねぇ田舎に比べて、きらびやかな若者の街、かぶき町に戻りてぇ~って里心がついたんだろ。そんでそう思ってるうちに、たまたま仲のいいお兄さんっつって思い出したのが、俺だったってとこじゃねーの?俺だって悲しくなるから、こんなこたぁ言いたくねぇけど、銀さんお前より結構年上だからね?いつもガキ共と馬鹿ばっかやってっから、わかんなくなっちまったかもしんねーけど、見た目はジャニーズでも中身はオッサンよ?しかも糖尿寸前、無職同然、定期的に酒を飲んでは飲まれてるよーな、どーしようもねぇマダオだよ?こんなオッサンと***みてぇなお子ちゃまが釣り合うわけねーだろ。酸いも甘いも知る大人の女じゃねぇと、銀さんの相手はつとまらねぇの」
まくしたてるように言われた言葉が、だぁっと***の頭のなかに流れ込んでくる。処理速度が間に合わず、うまく理解できない。でも最後の「大人の女じゃないと銀さんの相手はつとまらない」の一言で、自分がフラれたことだけ、辛うじて理解できた。
足元が崩れ落ちていくような感覚が、***を襲った。
ああ、あんなに勇気を出したのに。震えるほどの恥ずかしさに耐えて、二度も告白したのに。こんなに好きでたまらないのに、この思いは届かないというの。
はじめての失恋の、強い痛みが***を襲った。目の前が真っ暗になり、何も言葉を発せない。唇を半開きにしたまま、カチンと動きを止める。
神楽と新八が、***の手作りのプリンを持って、台所から戻ってきた。みんなで食べようと配り始める。いつも通り「うめぇ!」と言って食べる銀時や神楽を見て、はっとした***はなんとか平静を装う。
震える手でプリンをすくい口に入れるが、なんの味もしない。それでもなんとか笑顔を作る。しかし「おいしく作れてよかった、みんないっぱい食べてねぇ」と言う***を見て、新八がぎょっとする。
「***さん、それ目です。目でプリン食べないでください」
その日からしばらくは、地獄のような日々が続いた。朝、目が覚めると同時に「私、銀ちゃんにフラれちゃったんだ」と思った。仕事中も銀時に言われた言葉が頭の中を駆け巡った。気もそぞろで働くせいで、配達で届けるはずの牛乳を誤って飲んでしまったり、レジで値段を打ち間違えたり、***らしくないミスを連発した。
仕事の疲れと失恋の痛みでぼろぼろになりながら、それでも万事屋へ行く。銀時の顔を見るたび、胸が引き裂かれるように苦しかった。新八と神楽の手前、何もないそぶりをしたが、全然取り繕えていなかった。
冷蔵庫に向かって「新八くん」と呼びかけたり、押し入れのふすまの柄を眺めて「テレビおもしろいねぇ」と神楽に言ったり、「銀ちゃんってば、またジャンプ読んだまま寝落ちしちゃって」と言いながら、定春に毛布をかけたりした。
銀時に会いたい、でも会うと胸が痛くてつらい、でも会えないなんてもっとつらい。気力だけで万事屋へ通い、打ちひしがれて帰宅した。毎晩布団のなかで、しくしく泣きながら眠りについた。
その日も泣きながら布団に横になり、ぼやけた視界にひろがる天井を眺めていた。何度も頭のなかでリピートした銀時の言葉を、また思い出す。
――銀さんお前より結構年上だからね
――しかも糖尿寸前、無職同然、定期的に酒を飲んでは飲まれてるよーな、どーしようもねぇマダオだよ?
――こんなオッサンと***みてぇなお子ちゃまが釣り合うわけねーだろ
――大人の女じゃねぇと、銀さんの相手はつとまらねぇの
最初のうちは、お前は銀さんには子供すぎる、恋愛対象と思えないと言われたと思い、情けなくて悲しかった。
でも何度も何度も、その言葉を反芻するうちに、***には違う視点が生まれてきた。
銀ちゃんは私のことを、恋愛対象外とは言っていない。ただ、自分と***が釣り合わないと言っていたんだ。しかも大人な銀時に対して、***が子供すぎると言うと同時に、自分のような年上はやめておけ、と言っているようだった。つまり―――
そこまで考えると涙がぴたりと止まった。がばっと布団から起き上がり、暗闇をじっと見つめて***は考えた。
―――つまり、私が大人の女だったら、銀ちゃんが好きになる可能性はあるってこと?
一縷の光がさすような気がした。それなら悩む必要はない。ただひたすらに一生懸命伝え続ければいい。呆れられるほどいつまでも。時間がたてば、***は勝手に歳をとって、自然と銀時が納得できるくらい大人になるだろう。いや、今だって年齢的には大人だし、努力すればもっと大人の女性の魅力が出るかもしれない。どう努力すればいいかは皆目見当もつかないけれど。
少なくとも、ただひたむきに銀時のことを好きでいつづけることの自信はある。そう思うと胸がすっと軽くなる。明日銀時に会ったら、ちゃんとその気持ちを伝えようと誓い、数週間ぶりの安らかな眠りについた。
***の「大人の女」発言に、鼻から牛乳を吹きだした銀時が、バスタオルで顔を覆う。鼻を液体が通るツーンとした痛みに、眉をしかめる。手には空になった***農園の牛乳瓶。
「お前なぁ……こないだ俺が言ったことちゃんと聞いてた?お前みてぇな若い女が、ちょっと年上の悪い男に惹かれるっつーのは一時の気の迷いだから!はやり病みてぇなもんで、そのうち目が覚めんだから、あんま意気込むのやめろよ。こっちが恥ずかしいだろーが。そもそも***がいくら銀さん素敵!銀さんイケメン!っつったってなぁ、お子ちゃまなお前とこの銀さんが、どーこーなるなんてありえねぇんだけど………まぁ例えば?お前が金髪ボインの巨乳なオネーサンだったら、話は別だけど?ボンキュッボンの峰〇二子だったら、銀さんだってちょっとは考えてやんなくもないけど?」
「なっ……!!!し、信じられない!銀ちゃん最低です!!」
「その最低なオッサンを好きっつってる馬鹿なガキンチョはオメーだろーが」
「ちがっ……私は、確かにスタイルは良くないし、い、色気は全然ないけど、もうとっくに大人です!銀ちゃんが言うほど子供じゃないし、自分で働いて生活してるし、これでも立派な大人の女ですって言いたかったんだもん!」
***の言葉を聞いた銀時が、はぁ~とため息をつきながら、バスタオルを床に落とす。牛乳で濡れた黒い半そでの服を、おもむろに脱ぎはじめる。
急に目の前で上半身をあらわにされて、***は驚きで固まる。「きゃあっ」と小さな声を上げて、顔を真っ赤にする。
「ちょっと、やだっ!脱ぐなら先に言ってください!」
そう言いながら顔を手で覆って、背中を向けようとする。しかし気が付くとすぐ目の前に銀時が立っていて、身動きが取れない。目をふさいでいた両の手首を、銀時の大きな手が上からつかんで、顔の前からどけてしまう。
さえぎるものの無い視界いっぱいに、銀時の裸の上半身がある。はじめて見た男性の裸に、***はおろおろとして目を泳がせる。目の前を覆った銀時の、がっしりとした筋肉や男らしい体躯に、***は気絶しそうなほど頭に血が上るのが分かる。
「ぶはっ!すっげぇ、お前、今までで一番顔赤ぇじゃん。裸見たくれぇでそんな泣きそうな顔してる時点で、じゅーぶん***はお子ちゃまなの!不二子なら下半身見ても余裕で笑ってるっつーの。***にもそんくらいの余裕ができたら、また告白でもなんでもしろよ。まぁ、そん頃には俺もお前も総入れ歯のジジイとババアになってっかもしんねぇけどな」
「……………っ!!!」
つかんでいた***の両手をぱっと離すと、銀時は空の牛乳瓶を、***のおでこにコツンとぶつけた。そのまま瓶を手渡すと、「パチンコ行ってくらぁ」と言った。
銀時が離れた後もしばらくは、手渡された瓶を両手で持ったまま、呆然とした***は動けなかった。服を着替えた銀時が、玄関を出ていく音が聞こえた頃、ようやく***の身体は動いた。言われた言葉をゆっくりと頭が理解しはじめて、ふつふつと怒りが沸き起こってくる。
「なぁにが……金髪ボインの巨乳のオネーサンよ、なにが峰〇二子よぉぉぉ……」
手に持った牛乳瓶がぶるぶると震える。身体中から湯気が上りそうな強い怒りだ。
あんなことを言われて、あんな風にからかわれて、それでも黙っているのか***。いつもそうだ。まるで口から生まれてきたのではというほど、銀ちゃんの達者な話術でいつも言いくるめられる。今までも何度もしてやられてきた。口では勝てない相手なのだ。
でも今回ばかりは、「はい、そうですか」と諦めてなるものか。あんなに恥ずかしかったのだ。それでも、あんなに勇気を出したのだ。このまましおらしく、自分の気持ちを見ないふりをして諦めるなんて、絶対に嫌だ。銀ちゃんの言いなりになって、諦めてなんてあげない。だってそれじゃぁ、あまりにも自分が可哀そうだ。
そう思うと居ても立ってもいられなくなり、だっと音を立てて***は走り出した。玄関を飛び降りて、下駄も履かずに戸を開けて外に出る。「万事屋 銀ちゃん」の看板の上、二階の外廊下から身を乗り出すと、ちょうど真下を銀時が歩いていた。
「銀ちゃん!!!!!」
街中に響くのではというほどの大声で、名前を呼ぶ。驚いた顔をした銀時が顔をあげて、***を見つめる。口を「はぁ?」という形にあけた、間抜けヅラに向かって、***は叫んだ。
「わ、わ、わ、私は!!!金髪の巨乳でも、峰〇二子でもないし!恋愛経験も全ッ然ないから、子供みたいかもしれないけど!でも……でも銀ちゃんのことをこの街でいちばん好きです!この江戸で、……この宇宙で私がいちばん、銀ちゃんのことを好きです!!!糖尿寸前で、無職同然で、はじめて会った時から酔っ払ってゲロ吐いてた銀ちゃんのことを、こんなに好きなのは……こんなに好きになれるのは私だけです!馬鹿とでもガキとでも、なんとでも言えばいいです!いくらでもからかえばいいです!でも、私は絶対にあきらめてあげないですから!銀ちゃんがお爺ちゃんになっても、入れ歯がカタカタいうくらい大声で言ってやります!宇宙でいちばん!銀ちゃんのことが!大好きって!!!!!」
こんなに大きな声で、まくしたてるように叫んだのは、生まれてはじめてだ。肩が上下するほど「はぁ、はぁ」と息が上がる。視界には、信じられないという顔をして、***を見つめている銀時の姿しか見えない。
「お、おまっ、***、何言ってんだよ」という銀時の慌てた声が一瞬聞こえたが、それをさえぎるような大きな声が***の耳に届く。
「よッ!姉ちゃん、よく言ったァ!」
「万事屋の旦那ァ!愛されてんなぁ!羨ましいねぇ!」
「お姉さん、素敵だよぉ!私、感動して泣きそう!」
「こいつぁいいモン見さしてもらったよ、姉ちゃん頑張れぇ!」
気が付くと***が見下ろす下の通りには、銀時だけではなく往来を行く街の人々が、たくさん立ち止まっていた。その人だかりのなかには、定春の散歩から帰ってきた神楽、買い物帰りの新八、***の大声に何ごとかと驚いて店から出てきたお登勢とキャサリンも混ざっていた。
あまりの怒りに銀時しか見えていなかった***の視界に、ようやく世界がはっきりと見えて、そこにいる全員に自分の言ったことを聞かれていたと気が付く。
自分のしでかしたことの恥ずかしさに、唇がわなわなと震える。まっすぐ立っていられないほど膝がガクガクする。しかしそんなことにはおかまいなしで、大演説に立ち会った街の人々は、***の熱意を称賛するかのような声を上げた。
「いいぞぉ姉ちゃん!もっとやれー!」
「旦那ァ、あの子を大事にしろよ!」
「感動したぞー!」など、様々な声があがっていたが、最終的には「姉ちゃん!頑張れ!」という、頑張れコールの大合唱になった。
鳴りやまない人々からの声援に、***の顔はプシューと湯気が出そうなほど、真っ赤に染まる。ああ、もう意識を失ってしまいたい。恥ずかしすぎて、このままここで死んでしまいたい。
どうしよう銀ちゃん、というすがるような目で、人混みの中の銀時を見る。***と目が合うと銀時は、頭をガシガシとかきながら、苦笑いのような顔でへらりと笑った。
そして***に向かって、「お~***~、さっき以上に顔真っ赤になってっけど、こんなにたくさんの人に応援されてんだ、死ぬんじゃねーぞ、コノヤロー!」と他人事のように叫んだ。
ブチッと堪忍袋の緒が切れる音が、***の頭のなかで鳴り響いた。無意識のうちに右手が動いて、大きく後ろにふりかぶる。***を指差して、周りの人と一緒になって笑っている銀時に向かって、空の牛乳瓶を思い切り投げつけた。
パコ―――ンッ
気持ちのいい音を立てて、牛乳瓶は銀時の顔面に当たる。そのまま後ろに倒れた銀時に向かって、***は大声で叫んだ。
「銀ちゃんの馬鹿ァ!!!!!!」
くるりときびすを返した***は、そのまま万事屋の中へと逃げ込むように入り、扉をびしゃんっと閉めた。英雄の退場とでもいうように、それと同時に集まっていた人々も散っていった。
仰向けで倒れた銀時を、神楽、新八、キャサリン、お登勢が上からのぞき込む。
「なんなんだアイツ…」
暮れかけた夕方の空を見上げて、銀時がつぶやく。その顔の中央を縦にまっすぐ、牛乳瓶の形に赤い跡がくっきりとついていた。
うつろな目をした銀時の鼻の穴からは、牛乳ではなく、今度は鼻血が吹き出していた。
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【第1話 鼻から牛乳】end
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