雑多な短篇置き場
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【君が花開く】※注意※ 中盤に若干の大人向け要素あります
花が咲くような笑い方をする女だ。
***が「銀ちゃん」と呼ぶ時に見せる笑顔は、春に弾ける蕾に似ている。大江戸花火大会の開催を知った時も、銀時と一緒に行きたいと言った時も真夏のひまわりみたいに明るく笑った。
なのに花火大会当日、待ち合わせ場所の神社へ銀時が来てみれば、いつもの笑顔を浮かべた***が、他の男と一緒に居たから驚いたのだ。
「は……?なんで総一郎君がいんの?」
「旦那、総悟でさ。祭りの警備に駆り出されやしてね」
そう言って屋台の焼きそばを啜っている。
え?警備って何?キミは警察じゃなかったっけ?お宅らケーサツって安い焼きそばを食うことが警備だと思ってんの?世も末だなこりゃ!そう捲し立てても沖田はどこ吹く風で、隣に立つ***が代わりに答えた。
「銀ちゃんより少しだけ早くついてね、そしたら偶然、総悟くんに会ったんです。それでお腹空いたって言うから、出店で買ってあげたんですよ」
無邪気にそう話す***と、もぐもぐと口を動かす沖田は面倒見のいい姉とわがままな弟のように見えた。
だが、焼きそばを食べ終えた沖田が仕事に戻ると言って、去り際に***へ言い残した言葉が、銀時をドキリとさせる。
「ごちそーさん。にしても、アンタ浴衣がよく似合ってら。せっかく可愛くめかしこんだんだ、せいぜい旦那と楽しめよ」
「ありがとう。総悟くんもお仕事がんばってね」
そんじゃ、と銀時の肩を叩きながら沖田はなぜかニヤリと笑った。
ハ?何それ?まさか俺の女を狙ってんの?そう思った銀時は慌てて振り返ったが、日の暮れた通りは祭り客でごった返していて、黒い隊服の背中はすぐ見えなくなった。
「あの、銀ちゃん?大丈夫ですか?」
「大丈夫ですか、じゃねーよ!何でお前、俺より先にアイツに奢ってんの?んで可愛いとか言われちゃってんの?ったく、その浴衣は誰の為に着たんだっつーの!」
「誰の為って……自分の為ですよ?」
いや、そこは銀さんの為って言おうよ!
心の中でそう叫んでいるなんて***は知りもしない。ぶすっと不機嫌になった銀時の藍色の浴衣の袖を、白い指がキュッと摘んで引っぱった。いつものブーツではなく下駄を履いた足から、銀髪頭のてっぺんまでゆっくり眺めて、***はもじもじとはにかみながら言った。
「今日は来てくれてありがとう。浴衣、その、凄く似合ってて素敵です。一緒に綿あめでも食べませんか?」
照れ屋なくせにこういう台詞を律儀に伝えてくるから、いつも銀時の方が戸惑う。面映さを誤魔化すように***の手を握って歩き出せば、すぐ隣で「えへへ」と笑った顔が秋桜みたいにほのかに色づいていた。
綿あめの屋台で立ち止まった***の姿を眺める。きなり色の布に藍染の撫子柄の浴衣がよく似合っている。いつもより丁寧に紅を引いた桃色の唇が艶やかで、結った黒髪の下の白い首筋からは目が離せない。
沖田のように可愛いと言ってやれば喜ぶと知っていても、天邪鬼な性分が邪魔をする。そもそも可愛いと思わない女と付き合わないし、わざわざ言わなくていいし、キザな台詞は自分には似合わない。そう屁理屈を捏ねるうちに、言ってやりたい四文字は銀時の喉でつかえて消えてしまった。
「銀ちゃん、こっちです」
「そっちじゃなくってこっちだろ」
「でも、この先に花火がよく見える公園があるって、カップルにはうってつけの穴場だって教えて貰って……」
神社の階段を登った高台ではなく、縁日も途切れた暗い道を***は指差した。疑いながら進んだ並木道はひとっけがなかったが、幅の狭まった小路の先には小さな公園があった。薄闇のなか、木のベンチに恋人達が数組。二人も空いているベンチに座ったが、頭上は木々に覆われて花火どころか夜空さえ見えそうになかった。
「あれ……?本当にここで花火見えるのかな?」
「どう見てもここじゃ無理じゃね?」
銀時があたりを見回すと、他の恋人達は花火なんて待っていない様子だった。ベンチで絡まるように抱き合い、キスやその先のことに夢中で、発情期の猫に似た声をあげている者までいる。数秒後、その光景を目にした***が「えっ」と驚きの声を上げた瞬間、銀時の脳裏には沖田の顔が蘇って、全てを理解した。
「***さ、ここのこと誰に教わった?」
「え?総悟君ですけど……?あっ!!う、嘘!?」
「そーだな、花火が見えるってのは嘘だな。けどよ、カップルにうってつけの穴場ってのは本当みてぇだ。まぁ意味が違ぇけど。棒をはめる穴って意味の穴場だけど」
騙されたと気づいた途端、***の顔がサッと青ざめた。お人よしな***が策略家の沖田の罠にまんまと嵌まった経験は、一度や二度じゃない。気まずさと申し訳なさに歪んだ顔は今にも泣き出しそうだった。
「ご、ごめんね、銀ちゃん!こんな所に連れて来ちゃって、もうすぐ花火始まっちゃうのに……もっ、戻ろう!今すぐ戻ればきっと間に合います」
「あー……、戻んなくても構わねぇけど」
「構わないって、でも花火が」
「花火なんざ俺ァ別に見なくていーけど?あっちのベンチの奴らみてぇに乳繰り合ったり、その後ろの野っ原でお楽しみの奴らみてぇに、ここで***とヤんのも悪かねぇし」
「はっ!?ここここ、こんな所でダメですよ!」
「こんな所だからイイんだろ。人に見られてっと興奮して燃えんだって。経験すればお前も分かるって。だからテメェの為に着た浴衣、銀さんの為に脱ぎなさいってぇ!」
「~~~っ!?や、ヤだよ!銀ちゃんの馬鹿!」
青ざめていた顔が触れたら火傷しそうなほど赤くなる。逃げようと立ち上がった***の膝がガクンと折れた。転びかけたのを腰に腕を回して抱き止める。危ねぇな、と引き寄せれば目の前には朱色に染まったうなじ。ゴクッと唾を飲む銀時を、肩越しに見上げた瞳が恥ずかしさに潤んで色っぽかった。
たまらず小さな身体をベンチの背もたれに抑えつけ、すぐさま覆い被さった。間髪入れずに口付けて、***が「ひっ」と上げた声を飲み込む。背もたれに帯を擦りながら、***は首を振って顔を背けようとする。その後頭部を片手で掴んで動けなくさせた銀時が、ベンチに片膝を突いて身を乗り出せばキスはいっそう深まった。口いっぱいに溢れた唾液は、さっき食べた綿あめの味がした。
「んっ……、ふ、ぁ!」
喘ぐ口に舌を入れて、上顎や歯列をなぞる。触れる度に逃げる小さな舌を何度も捕まえては痛いほど吸ってやった。空いている手で浴衣をまさぐり、撫子柄の裾を乱して滑らかな***の太腿を撫でた時、胸を強く押し返された。んんっ、と苦しげな声と同時に睫毛が触れる距離から涙で濡れた瞳に睨まれて、銀時は仕方なく唇を離した。
「ひ、人に見られるの、やだっ……、こんなことしてる時の私、銀ちゃん以外の人に見られたくないっ!」
「っ……、」
あまりの正論に銀時は息を飲んだ。あと少しでベンチに押し倒そうとしていた手が止まる。銀時だって好きな女の乱れる姿を他人に見せたくない。そんなことは当然なのに、雰囲気に飲まれて危うく我を忘れる所だった。冗談だっつーの、とうそぶいて頭をガリガリと掻きながら「戻っても花火は間に合わねぇぞ」と言うと、***はホッとした顔で「でも少しは見れるかもしれないです」と言った。
「ったく、しょーがねぇな、ホラ行くぞ」
「ぎ、銀ちゃん、私……腰が抜けて立てない、かも、です」
「はぁぁぁ!?」
沖田の嘘に驚いたあまり、***は腰を抜かしていた。銀時が支えて何度か試したが、華奢な膝は震えるばかりで立てなかった。なす術なく背中におぶって歩き出すと、銀時の肩の上で***は酷く心苦しそうに言った。
「銀ちゃん、面倒ばかり掛けてごめんなさい。花火大会なのに花火見れないかもしれないし、前にも総悟君に嘘つかれたことあるのに、また引っかかちゃうし……」
「そーいや、前もやられたな。沖田君に借りたホラー映画、うちで見たせいで銀さん暫く寝られなかったからね」
「エクソシストですよね。だって牧師と女の子の恋愛モノっていうから見たのに……あぁ、もぉ、私の馬鹿!」
何でいつもこうなんだろう、と苦々しく言うのが可笑しくて銀時は声もなく笑った。背中に***の温度を感じながら歩き進めるとやがて道幅が広がり、街路樹の間から空が見えた。耳をすませば祭りの賑わいが遠くで響いている。
「そーゆーお前だからいいんじゃねーの」
「え……?」
「面倒ばっかで、花火大会なのに花火見れなくて、何度も騙された相手にまた引っかかるようなとこが***のいいとこなんじゃね?少なくと俺は、お前のその馬鹿みてぇに素直で、すぐ人を信じる能天気なとこ嫌いじゃねぇよ」
秋めいた風が吹いてきて銀時の腕をサラリと撫でた。涼しい首元に温もりがするりとやってくる。太い首にひ弱な腕が巻きついて、耳元で響いた***の声は震えていた。
「ありがとう銀ちゃん、私の駄目なところを良いって言ってくれて……。今日ね、この浴衣を着たのは、少しでも可愛い自分で銀ちゃんと居たかったからなんです。だから自分の為にっておめかししたけど、けど着飾った私を褒められるより、失敗ばかりな私でも嫌いじゃないって銀ちゃんに言ってもらう方が、ずっとずっと嬉しかったです」
だから、ありがとう。
もう一度言ってふんわりと笑った。
銀時が軽く首をひねれば、そこには心底幸せそうな笑顔がある。秋風が吹いているのに、***の頭上からは桜の花びらが降ってきそうだ。その微笑みには、嫌いじゃないなんてへそ曲がりな言葉じゃなくて、あの4文字が相応しい。自分の為と言いつつ実際は銀時の為に着た浴衣を、銀時の為に施した化粧を、銀時の為に結った髪を、いま誉めてやらないでいつ褒めるのか。ついに決心した銀時は***をしっかりと見つめて口を開いた。
「なんつーか、その、きょ、今日のお前、か、かわ」
———ヒュゥゥゥ、ドォォォォンッ!!!!!
「わぁぁぁ!銀ちゃん!花火、ここでも見えます!」
「オイィィィィ!!」
覚悟を決めて口にした「可愛い」は打ち上がった大輪の花火で掻き消された。何だよちくしょー、と漏らした不平も花火に夢中な***には届かない。遠すぎて見えないと思っていたが花火は意外なほど近くで見えた。
「すごいすごい!銀ちゃん、綺麗です!」
「ハイハイ綺麗だねー、よかったねー」
「ちゃんと見て下さい!ホラまた上がるよ」
見てるっつーの、と心の中で答えた。
ドォンという轟音と共に弾けた花火の、赤や緑の光に染まる***の顔をすぐ近くで見ている。
花が咲くような笑い方をする女だ。夜空を見上げるまでもなく、銀時がじっと見つめる肩の上で花火よりも可愛い笑顔が、今また花開いた。
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【君が花開く】end
花が咲くような笑い方をする女だ。
***が「銀ちゃん」と呼ぶ時に見せる笑顔は、春に弾ける蕾に似ている。大江戸花火大会の開催を知った時も、銀時と一緒に行きたいと言った時も真夏のひまわりみたいに明るく笑った。
なのに花火大会当日、待ち合わせ場所の神社へ銀時が来てみれば、いつもの笑顔を浮かべた***が、他の男と一緒に居たから驚いたのだ。
「は……?なんで総一郎君がいんの?」
「旦那、総悟でさ。祭りの警備に駆り出されやしてね」
そう言って屋台の焼きそばを啜っている。
え?警備って何?キミは警察じゃなかったっけ?お宅らケーサツって安い焼きそばを食うことが警備だと思ってんの?世も末だなこりゃ!そう捲し立てても沖田はどこ吹く風で、隣に立つ***が代わりに答えた。
「銀ちゃんより少しだけ早くついてね、そしたら偶然、総悟くんに会ったんです。それでお腹空いたって言うから、出店で買ってあげたんですよ」
無邪気にそう話す***と、もぐもぐと口を動かす沖田は面倒見のいい姉とわがままな弟のように見えた。
だが、焼きそばを食べ終えた沖田が仕事に戻ると言って、去り際に***へ言い残した言葉が、銀時をドキリとさせる。
「ごちそーさん。にしても、アンタ浴衣がよく似合ってら。せっかく可愛くめかしこんだんだ、せいぜい旦那と楽しめよ」
「ありがとう。総悟くんもお仕事がんばってね」
そんじゃ、と銀時の肩を叩きながら沖田はなぜかニヤリと笑った。
ハ?何それ?まさか俺の女を狙ってんの?そう思った銀時は慌てて振り返ったが、日の暮れた通りは祭り客でごった返していて、黒い隊服の背中はすぐ見えなくなった。
「あの、銀ちゃん?大丈夫ですか?」
「大丈夫ですか、じゃねーよ!何でお前、俺より先にアイツに奢ってんの?んで可愛いとか言われちゃってんの?ったく、その浴衣は誰の為に着たんだっつーの!」
「誰の為って……自分の為ですよ?」
いや、そこは銀さんの為って言おうよ!
心の中でそう叫んでいるなんて***は知りもしない。ぶすっと不機嫌になった銀時の藍色の浴衣の袖を、白い指がキュッと摘んで引っぱった。いつものブーツではなく下駄を履いた足から、銀髪頭のてっぺんまでゆっくり眺めて、***はもじもじとはにかみながら言った。
「今日は来てくれてありがとう。浴衣、その、凄く似合ってて素敵です。一緒に綿あめでも食べませんか?」
照れ屋なくせにこういう台詞を律儀に伝えてくるから、いつも銀時の方が戸惑う。面映さを誤魔化すように***の手を握って歩き出せば、すぐ隣で「えへへ」と笑った顔が秋桜みたいにほのかに色づいていた。
綿あめの屋台で立ち止まった***の姿を眺める。きなり色の布に藍染の撫子柄の浴衣がよく似合っている。いつもより丁寧に紅を引いた桃色の唇が艶やかで、結った黒髪の下の白い首筋からは目が離せない。
沖田のように可愛いと言ってやれば喜ぶと知っていても、天邪鬼な性分が邪魔をする。そもそも可愛いと思わない女と付き合わないし、わざわざ言わなくていいし、キザな台詞は自分には似合わない。そう屁理屈を捏ねるうちに、言ってやりたい四文字は銀時の喉でつかえて消えてしまった。
「銀ちゃん、こっちです」
「そっちじゃなくってこっちだろ」
「でも、この先に花火がよく見える公園があるって、カップルにはうってつけの穴場だって教えて貰って……」
神社の階段を登った高台ではなく、縁日も途切れた暗い道を***は指差した。疑いながら進んだ並木道はひとっけがなかったが、幅の狭まった小路の先には小さな公園があった。薄闇のなか、木のベンチに恋人達が数組。二人も空いているベンチに座ったが、頭上は木々に覆われて花火どころか夜空さえ見えそうになかった。
「あれ……?本当にここで花火見えるのかな?」
「どう見てもここじゃ無理じゃね?」
銀時があたりを見回すと、他の恋人達は花火なんて待っていない様子だった。ベンチで絡まるように抱き合い、キスやその先のことに夢中で、発情期の猫に似た声をあげている者までいる。数秒後、その光景を目にした***が「えっ」と驚きの声を上げた瞬間、銀時の脳裏には沖田の顔が蘇って、全てを理解した。
「***さ、ここのこと誰に教わった?」
「え?総悟君ですけど……?あっ!!う、嘘!?」
「そーだな、花火が見えるってのは嘘だな。けどよ、カップルにうってつけの穴場ってのは本当みてぇだ。まぁ意味が違ぇけど。棒をはめる穴って意味の穴場だけど」
騙されたと気づいた途端、***の顔がサッと青ざめた。お人よしな***が策略家の沖田の罠にまんまと嵌まった経験は、一度や二度じゃない。気まずさと申し訳なさに歪んだ顔は今にも泣き出しそうだった。
「ご、ごめんね、銀ちゃん!こんな所に連れて来ちゃって、もうすぐ花火始まっちゃうのに……もっ、戻ろう!今すぐ戻ればきっと間に合います」
「あー……、戻んなくても構わねぇけど」
「構わないって、でも花火が」
「花火なんざ俺ァ別に見なくていーけど?あっちのベンチの奴らみてぇに乳繰り合ったり、その後ろの野っ原でお楽しみの奴らみてぇに、ここで***とヤんのも悪かねぇし」
「はっ!?ここここ、こんな所でダメですよ!」
「こんな所だからイイんだろ。人に見られてっと興奮して燃えんだって。経験すればお前も分かるって。だからテメェの為に着た浴衣、銀さんの為に脱ぎなさいってぇ!」
「~~~っ!?や、ヤだよ!銀ちゃんの馬鹿!」
青ざめていた顔が触れたら火傷しそうなほど赤くなる。逃げようと立ち上がった***の膝がガクンと折れた。転びかけたのを腰に腕を回して抱き止める。危ねぇな、と引き寄せれば目の前には朱色に染まったうなじ。ゴクッと唾を飲む銀時を、肩越しに見上げた瞳が恥ずかしさに潤んで色っぽかった。
たまらず小さな身体をベンチの背もたれに抑えつけ、すぐさま覆い被さった。間髪入れずに口付けて、***が「ひっ」と上げた声を飲み込む。背もたれに帯を擦りながら、***は首を振って顔を背けようとする。その後頭部を片手で掴んで動けなくさせた銀時が、ベンチに片膝を突いて身を乗り出せばキスはいっそう深まった。口いっぱいに溢れた唾液は、さっき食べた綿あめの味がした。
「んっ……、ふ、ぁ!」
喘ぐ口に舌を入れて、上顎や歯列をなぞる。触れる度に逃げる小さな舌を何度も捕まえては痛いほど吸ってやった。空いている手で浴衣をまさぐり、撫子柄の裾を乱して滑らかな***の太腿を撫でた時、胸を強く押し返された。んんっ、と苦しげな声と同時に睫毛が触れる距離から涙で濡れた瞳に睨まれて、銀時は仕方なく唇を離した。
「ひ、人に見られるの、やだっ……、こんなことしてる時の私、銀ちゃん以外の人に見られたくないっ!」
「っ……、」
あまりの正論に銀時は息を飲んだ。あと少しでベンチに押し倒そうとしていた手が止まる。銀時だって好きな女の乱れる姿を他人に見せたくない。そんなことは当然なのに、雰囲気に飲まれて危うく我を忘れる所だった。冗談だっつーの、とうそぶいて頭をガリガリと掻きながら「戻っても花火は間に合わねぇぞ」と言うと、***はホッとした顔で「でも少しは見れるかもしれないです」と言った。
「ったく、しょーがねぇな、ホラ行くぞ」
「ぎ、銀ちゃん、私……腰が抜けて立てない、かも、です」
「はぁぁぁ!?」
沖田の嘘に驚いたあまり、***は腰を抜かしていた。銀時が支えて何度か試したが、華奢な膝は震えるばかりで立てなかった。なす術なく背中におぶって歩き出すと、銀時の肩の上で***は酷く心苦しそうに言った。
「銀ちゃん、面倒ばかり掛けてごめんなさい。花火大会なのに花火見れないかもしれないし、前にも総悟君に嘘つかれたことあるのに、また引っかかちゃうし……」
「そーいや、前もやられたな。沖田君に借りたホラー映画、うちで見たせいで銀さん暫く寝られなかったからね」
「エクソシストですよね。だって牧師と女の子の恋愛モノっていうから見たのに……あぁ、もぉ、私の馬鹿!」
何でいつもこうなんだろう、と苦々しく言うのが可笑しくて銀時は声もなく笑った。背中に***の温度を感じながら歩き進めるとやがて道幅が広がり、街路樹の間から空が見えた。耳をすませば祭りの賑わいが遠くで響いている。
「そーゆーお前だからいいんじゃねーの」
「え……?」
「面倒ばっかで、花火大会なのに花火見れなくて、何度も騙された相手にまた引っかかるようなとこが***のいいとこなんじゃね?少なくと俺は、お前のその馬鹿みてぇに素直で、すぐ人を信じる能天気なとこ嫌いじゃねぇよ」
秋めいた風が吹いてきて銀時の腕をサラリと撫でた。涼しい首元に温もりがするりとやってくる。太い首にひ弱な腕が巻きついて、耳元で響いた***の声は震えていた。
「ありがとう銀ちゃん、私の駄目なところを良いって言ってくれて……。今日ね、この浴衣を着たのは、少しでも可愛い自分で銀ちゃんと居たかったからなんです。だから自分の為にっておめかししたけど、けど着飾った私を褒められるより、失敗ばかりな私でも嫌いじゃないって銀ちゃんに言ってもらう方が、ずっとずっと嬉しかったです」
だから、ありがとう。
もう一度言ってふんわりと笑った。
銀時が軽く首をひねれば、そこには心底幸せそうな笑顔がある。秋風が吹いているのに、***の頭上からは桜の花びらが降ってきそうだ。その微笑みには、嫌いじゃないなんてへそ曲がりな言葉じゃなくて、あの4文字が相応しい。自分の為と言いつつ実際は銀時の為に着た浴衣を、銀時の為に施した化粧を、銀時の為に結った髪を、いま誉めてやらないでいつ褒めるのか。ついに決心した銀時は***をしっかりと見つめて口を開いた。
「なんつーか、その、きょ、今日のお前、か、かわ」
———ヒュゥゥゥ、ドォォォォンッ!!!!!
「わぁぁぁ!銀ちゃん!花火、ここでも見えます!」
「オイィィィィ!!」
覚悟を決めて口にした「可愛い」は打ち上がった大輪の花火で掻き消された。何だよちくしょー、と漏らした不平も花火に夢中な***には届かない。遠すぎて見えないと思っていたが花火は意外なほど近くで見えた。
「すごいすごい!銀ちゃん、綺麗です!」
「ハイハイ綺麗だねー、よかったねー」
「ちゃんと見て下さい!ホラまた上がるよ」
見てるっつーの、と心の中で答えた。
ドォンという轟音と共に弾けた花火の、赤や緑の光に染まる***の顔をすぐ近くで見ている。
花が咲くような笑い方をする女だ。夜空を見上げるまでもなく、銀時がじっと見つめる肩の上で花火よりも可愛い笑顔が、今また花開いた。
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