かぶき町で牛乳配達をする女の子
牛乳(人生)は噛んで飲め
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【pm.4:30】
人間だれしも上手くいっている時というのは、自分でも意識しないうちに自然といい方へと向かっていくものだ。そしてこれはいいぞと思い、もっとできる、やれば結果が出ると意気込んだ途端に、ガラリと風向きが変わることがあるのだ。こんなはずではなかったと、気付いた時にはもう遅い、全ては砂を掴むかのように指の間をすり抜けていってしまう。
―――というナレーションが銀時の頭の中で流れる。そう、パチンコの話である。
原付を走らせながら、「あん時やめりゃよかったんだけどよぉ、隣のジジィが確変出してんの見たら、なぁんか来そうな気がしたってゆーかぁ…」とぼそぼそつぶやく銀時は、死んだ魚のような目を、いつにも増して暗くしている。
時刻はもうすぐ夕方5時、行先は大江戸スーパー。***のバイトが終わるので、迎えに行くのだ。昨夜***から電話があり、松葉杖が取れて、自転車も見つかったと大喜びの声を聞いた。
「よかったじゃねぇか、そんじゃ明日は祝賀会っつーことで、バイト終わったらそんままウチで飯食ってけよ」と誘うと、「いいの?なんか悪いですよ」という電話越しの声は、言葉とは裏腹に、ますます嬉しそうに弾んだ。
せっかくのお祝いだから、***の為にケーキを買えという、新八と神楽の言葉に、面倒くせぇなと答えながらも、財布をもって家を出た。金がもう少し増えれば、一回りか二回りケーキを大きくできるかもしれないと考えたのが運のツキ。気が付いたら財布はぺたんこに薄くなっていた。
このまま***だけ連れて手ぶらで帰ったら、新八と神楽の視線が痛いことは百も承知だ。「あー、どぉすっかなぁー」と言いながらのろのろと、銀時の原付は大江戸スーパーの駐車場に入った。
停止した原付にまたがったまま、ハンドルに両肘をおいてうなだれていると、遠くから明るい声が銀時を呼んだ。
「銀ちゃん!」
顔を上げて声のする方を見ると、従業員専用口から出てきた***が、満面の笑みでこちらに手を振っていた。にこにこと笑いながら、小走りに近寄ってくる***を見ていると、財布の薄さも忘れて、こっちまで笑いそうになってくる。なんなのこの子、なんつー顔してんの、感情がだだ漏れで頭に花でも咲く勢いじゃねぇか。
「見て見て銀ちゃん!松葉杖、取れましたよ!」
原付の近くまでやってきた***が、最後はぴょんっと小さく跳ねて、銀時の前に両足で着地した。自分の左足を指差して、喜びに満ち溢れた顔で笑っている。
「おーおー、立派に両足で歩けるようになったじゃねぇか、これぞホントの二足のわらじってかコノヤロー!お前歩けるようになったからってなぁ、テメェひとりで大きくなったみてぇな生意気な顔すんじゃねぇぞ、田舎のお父さんとお母さんに感謝しなさい!そして銀さんにいちご牛乳をおごりなさい!***さん、お願いします!」
「なに?いちご牛乳飲みたいの?しょうがないなぁ、買ってあげますよ」
銀時の急なわがままにも、ごきげんな***はへらっと笑って受け入れる。そのまま近くの自販機で、パックのいちご牛乳のボタンを押す。
―――ガコンッ、ガコンッ、ガコンッ
「えっ?えっ?何これ、あは、あはは!すごいですよ銀ちゃん!いちご牛乳が溢れてくるよ!」
「はあああああ!?」
慌てて原付を降りて、自販機の前でしゃがみこむ***の手元を見ると、確かに取り出し口に大量のいちご牛乳が落ちてくる。機械の故障か誤作動か、一度しかボタンを押していないのに、自販機内の全てのいちご牛乳が落ちてきているようだ。
「***!お前ぇ何ぶっ壊してんだよ、すっげぇなオイ!ありがとうございます!!」
ふたりしてしゃがみこんで、これでしばらくいちご牛乳飲み放題だと言いながら、一生懸命取り出す。
「すごいねぇ、銀ちゃん、こんなことってあるんですね!でも今日の私、すっごく幸運みたいで、いろんな物が当たったり、人からもらったりするんだよ、ほら見て下さい!」
そう言って***は背負っていた大きな風呂敷包みを開く、中にはお菓子やらジュースやら、あんぱんやらマヨネーズやら、様々なものが入っていた。
「足が治ったお祝いにって、お客さんとかバイト仲間から貰ったのもあるんですけど、ほら、このお菓子はお客さんからもらったくじ引き券でくじを引いたら当たったんです!すごいでしょう!」
有り金のほとんどをパチンコで失った自分と対照的に、元手もなしに人から物をもらってほくほく顔の***に、銀時は肩をがっくり落とす。
「はぁ~、どおりで***、お前すっげぇ嬉しそうな顔してると思ったわ、頭から花咲いてんじゃねぇか」
「え?違うよ、足が治ったのを銀ちゃんに見せれて嬉しいんです。色々もらったのもありがたいけど、一番は万事屋のみんなに「お祝いしよう」って言ってもらって、私すっごく嬉しいんですよ」
そう言って***は、またにっこりと笑う。それがまるでこの世の春とでもいうような顔なので、銀時は「この感情だだ漏れ娘がっ!」と言って、その頭にげんこつを落とした。
開いていた風呂敷包みにいちご牛乳も入れて、再びよいしょっと背負う。自販機の前で立ち上がりながら、「せっかくならいちご牛乳以外も落ちてくればよかったのになぁ、フルーツ牛乳とか」と***が言う。
―――ガコンッ
ふたり同時に振り返ると、自販機の取り出し口にフルーツ牛乳が落ちていた。
「わっ!すごいよ銀ちゃん!出たらいいなと思ったら、本当に出ました!」
そう言って銀時を見上げた***と目が合った瞬間に、銀時の脳天に「ドガーーン」という大きな音をたてて、衝撃が走った。
思わず目の前の***の両肩をガシッと掴む。
「***、お前今なんつった?」
「え?だから、いちご牛乳以外にもフルーツ牛乳が…」
「もうちょっと後!」
「すごいよ銀ちゃん!」
「馬鹿そこじゃねぇよ!…お前、出たらいいなと思ったら、本当に出たっつったよなぁぁぁぁ!!」
「え!!?」
そして気が付くと爆音の中、***はパチンコ台の前に座らされていた。大きな音に耳をふさぎながら、声を張り上げて銀時に抗議する。
「いや、私パチンコなんてやったことないですし!無理だよ銀ちゃん!」
「いまさら何言ってんだよ、さっきも言ったろ、***お前は今日サイコーにツイてる!ツキまくってる!だから玉を出しまくるのだって楽勝だって、朝飯前だってぇ、銀さんのためと思って、ひとつちゃちゃっと頼みますよ、***さぁん!」
「そんな、ジュース買うのとはわけが違うんですよ!そもそもどうやったらいいかも分からないんだってば!」
「あぁ?しょうがねぇな、…まずこれを動かすとこっから玉が飛び出してくっから、ここに入るように狙ってだな…」
目の前の台を指差しながら説明するが、周りの音が大きすぎて聞き取れず、***は全く理解できない。銀時の指示通り、ハンドルに右手をそえてはいるが、どう動かすのかも分からない。そうこうしている間に、弾かれて出てきた玉は、的を外して空回りしてしまう。
「っだぁぁぁぁ!ちげぇって***、しっかりやれよ、こうだって!」
見かねた銀時が後ろに立って、腕を回すと***の手の上から、ハンドルを握った。スツールに座った***の、いつもより高い位置にある左肩に、そのままアゴをのせる。
「ここ!ここの動いてっとこあんだろ!そこに玉が入るように狙えッ!!」
店内の爆音でも聞こえるように、銀時が大声を出す。***は自分の耳に銀時の声と共に、その息がかかるのを感じて、顔にバッと血が上るのが分かる。真っ赤な顔で左側を振り返ろうとしたら、想像以上の近さに銀時の顔があった。ちらっと銀色の髪が視界に入った瞬間に、ぱっと目をそらしてそのまま前だけを見て固まってしまう。
「おいおい***ちゃぁ~ん、固まってる場合じゃねぇって!ほらぁ!さっさと玉ぁ出せって!」
「そそそそそ、そんな無茶だよぉ!銀ちゃん!」
あっけなく空振りしていく玉と、カチコチに固まっている***を見て、こりゃあやっぱり無理だったかと銀時は一瞬諦めそうになる。しかしふと***が言った「出てほしいと思ったら、本当に出た」という言葉を思い出し、ひらめいた。
「オイィ!***!この玉がいっぱい出ろって思え!この銀の玉が出れば出るほど、万事屋は喜ぶんだ!この玉が、笑ってる新八と神楽だと思え!」
「えっ!?…こ、これが?これが沢山出ればいいの?」
きょとんとした顔で手元を見下ろして、残り少なくなった玉を見つめる。そしてしばらく考えてから、真っ赤な顔のまま勇気を出して振り返り、すぐ近くにある銀時の顔をじっと見つめる。
「…これ、この玉が増えたら、新八くんも神楽ちゃんも…銀ちゃんも嬉しいってこと?」
「ったりめーだろ!この玉はなぁ、男にとっちゃてめぇの金玉の次に大事なモンなんだ、この玉集めるために、どいつもこいつも必死こいてんだっつーの!」
銀時のその返答を聞くと、***の顔の赤みはすっと治まり、ぎゅっと口を真一文字に結んだ。万事屋を、新八と神楽を喜ばせたい、銀時の喜ぶ顔が見たい、そんな強い思いに突き動かされる。
全く知識のないパチンコ台を前に、挑むようにキッと真剣なまなざしを向ける。
「ぎ、銀の玉!ぎんの、…ぎんたまぁぁぁ!いっぱい出てきてくださりやがれぇぇぇ!」
突然の大きな声に驚いている銀時の手の中で、その日はじめて***の右手が意思を持って動いた。するとさっきまで空振りばかりしていた玉が、入るべきところへどんどん吸い込まれていく。
***は全くの初心者で、ハンドルを動かす手はデタラメもいいとこ、銀時は自分の手の中で、むやみやたらに動く小さな手を、止めた方がいいだろうかと考えていた。
しかし、これは―――
突然「ピロリロリロリ」と明るい効果音が鳴ったかと思うと、流れていた映像が変わり、音楽もスピードアップする。そしてしばらくすると数粒しか玉の残っていなかった***の手元に、ジャラジャラッとたくさんの玉が流れ出てくる。
「わっ!何これ!?銀ちゃん、玉出てきたよ!!」
「やるじゃねぇか***!やっぱ銀さんの言ったとおり、お前ぇはやればできる子だよ!」
***が振り向くと、すぐそこに銀時のへらりと笑った顔があった。そうか、この玉が出るとこの人は嬉しいんだ、と実感する。もっと出てこい銀の玉、どんどん出てこい銀の玉、と心の中で唱えながら、再び***がパチンコ台の方へと向き直る。その顔はまさに、頭から花でも咲きそうな程、喜びに満ち溢れた顔だ。
数秒後、再び「ピロピロピロリン」と大きな効果音がする。耳の真後ろで銀時の「マジでかッ!!」という大きな声が聞こえる。両隣の台に座っていた知らないおじさん達も身を乗り出して、***の前の台を見つめている。
その直後、まるでパチンコ台が壊れたのではないかと思うほどの、大量の銀の玉が、ジャラジャラジャラッ!と大きな音を立てて、***の手元に溢れ出てきた。
ケーキは二回りどころか、その倍以上は大きなサイズを買うことができた。銀時の負けた分よりも、元々持って行った金よりも、数倍上回った報酬から、奮発して大きなケーキを買ったのだ。
「ホールのケーキなんて何年ぶりだろう!すっごく嬉しいです、銀ちゃんありがとう!」
「いや、これお前が作った金で買ったからね?確かに銀さん最初にちょっと金入れたけど、そっから先は***の錬金術だからね?パチ屋もお前ぇが玉出しまくるから、すげぇひいてたじゃねぇか。***もうあの店出禁じゃね?」
笑いながらケーキの箱を持って、万事屋への階段をのぼる。銀時に促されて玄関を開けて、事務所に入る。
パンッ―――
突然弾けるようなクラッカーの音が響き、驚いた***は「わっ!」と叫ぶと一瞬目を閉じる。再び目を開けると、頭にはクラッカーから飛び出した色とりどりの紙テープ。目を丸くして見た先には、新八と神楽がにっこり笑ってこちらを見ていた。
「***さん!足が治ってよかったですね、お祝いですよ!」
「おめでとネ!今日の主役は***ヨ、いっぱいケーキ食べていいアルからな!」
新八と神楽の後ろのテーブルには料理が用意されていて、さらにその後ろの壁は飾りつけと、“***おめでとう”の文字の書かれた幕が張られていた。
えっ、えっ、と戸惑いながら後ろを振り返り、銀時を見上げると、にやっと笑って「なっ、銀の玉がいっぱい出ると、こいつら喜ぶっつったろ」と言った。それを聞いて、万事屋のみんなが自分の足が治ったことを喜んで、一緒に祝ってくれているのだと分かる。
「う、うわあぁぁ!!嬉しいぃ!みんなありがとう、大好き!!」
顔をぱぁっと明るくして、見開かれた瞳が輝きを増す。「私も***大好きネ!」と抱きついてきた神楽を、ぎゅっと抱きしめながら、***は自分の心の底から湧き上がってくる喜びが、身体中に広がっていくのを実感していた。
「新八くん、神楽ちゃん、ありがとう!…銀ちゃんも、ありがとう!!」
そう言ってまさに“大喜び”という表現がぴったりの様子で、***は神楽と抱き合ったまま、その場でぴょんぴょん飛び跳ねた。
ケーキを切り分けると言って、神楽と***が台所できゃっきゃと騒いでいる。銀時は***の風呂敷包みを開けて、いちご牛乳を取り出すと勝手に飲み始める。
「すごいですね、***さん、こんなにたくさん人からお祝いをもらうなんて、人気者じゃないですか」
「あ?ちげぇよぱっつぁん、見てみろ、あいつの顔」
そう言っていちご牛乳を持ったままの手で、台所を指さす。
「あいつのあの“幸せです~”って顔見てると、どいつもこいつもあいつになんか与えたくなんだよ。***が人からモノもらってんじゃなくて、人が勝手にあいつにあげてんのぉ、そんであの喜んだ顔見て、満たされてんのぉ」
「あぁ、確かに、***さん今日はとびきり嬉しそうですもんね。でもまさか銀さんが、あんなに大きなケーキ買ってくるとは思いませんでしたよ。銀さんも、***さんの喜んでる顔見たら、買ってあげたくなっちゃったんですか?」
そう言って笑いながら新八は立ち上がり、皿を下げて台所へと向かっていく。台所から***の「新八くん、ケーキどのくらい食べる?」という弾んだ声が聞こえてくる。
ちげぇよぱっつぁん―――、銀時は内心思う。
そのケーキは銀さんからじゃなくて、***を喜ばせたくてたまらない、神様かなんかからだっつぅの。
風呂敷包みから、コトッと音を立てて落ちてきたのは、フルーツ牛乳。それを拾った銀時が、ふっと笑いながらいちご牛乳をすする、ズズズズズ…という音をかき消すように、***たちの弾んだ笑い声が、万事屋に響いていた。
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no.9【pm.4:30】end
人間だれしも上手くいっている時というのは、自分でも意識しないうちに自然といい方へと向かっていくものだ。そしてこれはいいぞと思い、もっとできる、やれば結果が出ると意気込んだ途端に、ガラリと風向きが変わることがあるのだ。こんなはずではなかったと、気付いた時にはもう遅い、全ては砂を掴むかのように指の間をすり抜けていってしまう。
―――というナレーションが銀時の頭の中で流れる。そう、パチンコの話である。
原付を走らせながら、「あん時やめりゃよかったんだけどよぉ、隣のジジィが確変出してんの見たら、なぁんか来そうな気がしたってゆーかぁ…」とぼそぼそつぶやく銀時は、死んだ魚のような目を、いつにも増して暗くしている。
時刻はもうすぐ夕方5時、行先は大江戸スーパー。***のバイトが終わるので、迎えに行くのだ。昨夜***から電話があり、松葉杖が取れて、自転車も見つかったと大喜びの声を聞いた。
「よかったじゃねぇか、そんじゃ明日は祝賀会っつーことで、バイト終わったらそんままウチで飯食ってけよ」と誘うと、「いいの?なんか悪いですよ」という電話越しの声は、言葉とは裏腹に、ますます嬉しそうに弾んだ。
せっかくのお祝いだから、***の為にケーキを買えという、新八と神楽の言葉に、面倒くせぇなと答えながらも、財布をもって家を出た。金がもう少し増えれば、一回りか二回りケーキを大きくできるかもしれないと考えたのが運のツキ。気が付いたら財布はぺたんこに薄くなっていた。
このまま***だけ連れて手ぶらで帰ったら、新八と神楽の視線が痛いことは百も承知だ。「あー、どぉすっかなぁー」と言いながらのろのろと、銀時の原付は大江戸スーパーの駐車場に入った。
停止した原付にまたがったまま、ハンドルに両肘をおいてうなだれていると、遠くから明るい声が銀時を呼んだ。
「銀ちゃん!」
顔を上げて声のする方を見ると、従業員専用口から出てきた***が、満面の笑みでこちらに手を振っていた。にこにこと笑いながら、小走りに近寄ってくる***を見ていると、財布の薄さも忘れて、こっちまで笑いそうになってくる。なんなのこの子、なんつー顔してんの、感情がだだ漏れで頭に花でも咲く勢いじゃねぇか。
「見て見て銀ちゃん!松葉杖、取れましたよ!」
原付の近くまでやってきた***が、最後はぴょんっと小さく跳ねて、銀時の前に両足で着地した。自分の左足を指差して、喜びに満ち溢れた顔で笑っている。
「おーおー、立派に両足で歩けるようになったじゃねぇか、これぞホントの二足のわらじってかコノヤロー!お前歩けるようになったからってなぁ、テメェひとりで大きくなったみてぇな生意気な顔すんじゃねぇぞ、田舎のお父さんとお母さんに感謝しなさい!そして銀さんにいちご牛乳をおごりなさい!***さん、お願いします!」
「なに?いちご牛乳飲みたいの?しょうがないなぁ、買ってあげますよ」
銀時の急なわがままにも、ごきげんな***はへらっと笑って受け入れる。そのまま近くの自販機で、パックのいちご牛乳のボタンを押す。
―――ガコンッ、ガコンッ、ガコンッ
「えっ?えっ?何これ、あは、あはは!すごいですよ銀ちゃん!いちご牛乳が溢れてくるよ!」
「はあああああ!?」
慌てて原付を降りて、自販機の前でしゃがみこむ***の手元を見ると、確かに取り出し口に大量のいちご牛乳が落ちてくる。機械の故障か誤作動か、一度しかボタンを押していないのに、自販機内の全てのいちご牛乳が落ちてきているようだ。
「***!お前ぇ何ぶっ壊してんだよ、すっげぇなオイ!ありがとうございます!!」
ふたりしてしゃがみこんで、これでしばらくいちご牛乳飲み放題だと言いながら、一生懸命取り出す。
「すごいねぇ、銀ちゃん、こんなことってあるんですね!でも今日の私、すっごく幸運みたいで、いろんな物が当たったり、人からもらったりするんだよ、ほら見て下さい!」
そう言って***は背負っていた大きな風呂敷包みを開く、中にはお菓子やらジュースやら、あんぱんやらマヨネーズやら、様々なものが入っていた。
「足が治ったお祝いにって、お客さんとかバイト仲間から貰ったのもあるんですけど、ほら、このお菓子はお客さんからもらったくじ引き券でくじを引いたら当たったんです!すごいでしょう!」
有り金のほとんどをパチンコで失った自分と対照的に、元手もなしに人から物をもらってほくほく顔の***に、銀時は肩をがっくり落とす。
「はぁ~、どおりで***、お前すっげぇ嬉しそうな顔してると思ったわ、頭から花咲いてんじゃねぇか」
「え?違うよ、足が治ったのを銀ちゃんに見せれて嬉しいんです。色々もらったのもありがたいけど、一番は万事屋のみんなに「お祝いしよう」って言ってもらって、私すっごく嬉しいんですよ」
そう言って***は、またにっこりと笑う。それがまるでこの世の春とでもいうような顔なので、銀時は「この感情だだ漏れ娘がっ!」と言って、その頭にげんこつを落とした。
開いていた風呂敷包みにいちご牛乳も入れて、再びよいしょっと背負う。自販機の前で立ち上がりながら、「せっかくならいちご牛乳以外も落ちてくればよかったのになぁ、フルーツ牛乳とか」と***が言う。
―――ガコンッ
ふたり同時に振り返ると、自販機の取り出し口にフルーツ牛乳が落ちていた。
「わっ!すごいよ銀ちゃん!出たらいいなと思ったら、本当に出ました!」
そう言って銀時を見上げた***と目が合った瞬間に、銀時の脳天に「ドガーーン」という大きな音をたてて、衝撃が走った。
思わず目の前の***の両肩をガシッと掴む。
「***、お前今なんつった?」
「え?だから、いちご牛乳以外にもフルーツ牛乳が…」
「もうちょっと後!」
「すごいよ銀ちゃん!」
「馬鹿そこじゃねぇよ!…お前、出たらいいなと思ったら、本当に出たっつったよなぁぁぁぁ!!」
「え!!?」
そして気が付くと爆音の中、***はパチンコ台の前に座らされていた。大きな音に耳をふさぎながら、声を張り上げて銀時に抗議する。
「いや、私パチンコなんてやったことないですし!無理だよ銀ちゃん!」
「いまさら何言ってんだよ、さっきも言ったろ、***お前は今日サイコーにツイてる!ツキまくってる!だから玉を出しまくるのだって楽勝だって、朝飯前だってぇ、銀さんのためと思って、ひとつちゃちゃっと頼みますよ、***さぁん!」
「そんな、ジュース買うのとはわけが違うんですよ!そもそもどうやったらいいかも分からないんだってば!」
「あぁ?しょうがねぇな、…まずこれを動かすとこっから玉が飛び出してくっから、ここに入るように狙ってだな…」
目の前の台を指差しながら説明するが、周りの音が大きすぎて聞き取れず、***は全く理解できない。銀時の指示通り、ハンドルに右手をそえてはいるが、どう動かすのかも分からない。そうこうしている間に、弾かれて出てきた玉は、的を外して空回りしてしまう。
「っだぁぁぁぁ!ちげぇって***、しっかりやれよ、こうだって!」
見かねた銀時が後ろに立って、腕を回すと***の手の上から、ハンドルを握った。スツールに座った***の、いつもより高い位置にある左肩に、そのままアゴをのせる。
「ここ!ここの動いてっとこあんだろ!そこに玉が入るように狙えッ!!」
店内の爆音でも聞こえるように、銀時が大声を出す。***は自分の耳に銀時の声と共に、その息がかかるのを感じて、顔にバッと血が上るのが分かる。真っ赤な顔で左側を振り返ろうとしたら、想像以上の近さに銀時の顔があった。ちらっと銀色の髪が視界に入った瞬間に、ぱっと目をそらしてそのまま前だけを見て固まってしまう。
「おいおい***ちゃぁ~ん、固まってる場合じゃねぇって!ほらぁ!さっさと玉ぁ出せって!」
「そそそそそ、そんな無茶だよぉ!銀ちゃん!」
あっけなく空振りしていく玉と、カチコチに固まっている***を見て、こりゃあやっぱり無理だったかと銀時は一瞬諦めそうになる。しかしふと***が言った「出てほしいと思ったら、本当に出た」という言葉を思い出し、ひらめいた。
「オイィ!***!この玉がいっぱい出ろって思え!この銀の玉が出れば出るほど、万事屋は喜ぶんだ!この玉が、笑ってる新八と神楽だと思え!」
「えっ!?…こ、これが?これが沢山出ればいいの?」
きょとんとした顔で手元を見下ろして、残り少なくなった玉を見つめる。そしてしばらく考えてから、真っ赤な顔のまま勇気を出して振り返り、すぐ近くにある銀時の顔をじっと見つめる。
「…これ、この玉が増えたら、新八くんも神楽ちゃんも…銀ちゃんも嬉しいってこと?」
「ったりめーだろ!この玉はなぁ、男にとっちゃてめぇの金玉の次に大事なモンなんだ、この玉集めるために、どいつもこいつも必死こいてんだっつーの!」
銀時のその返答を聞くと、***の顔の赤みはすっと治まり、ぎゅっと口を真一文字に結んだ。万事屋を、新八と神楽を喜ばせたい、銀時の喜ぶ顔が見たい、そんな強い思いに突き動かされる。
全く知識のないパチンコ台を前に、挑むようにキッと真剣なまなざしを向ける。
「ぎ、銀の玉!ぎんの、…ぎんたまぁぁぁ!いっぱい出てきてくださりやがれぇぇぇ!」
突然の大きな声に驚いている銀時の手の中で、その日はじめて***の右手が意思を持って動いた。するとさっきまで空振りばかりしていた玉が、入るべきところへどんどん吸い込まれていく。
***は全くの初心者で、ハンドルを動かす手はデタラメもいいとこ、銀時は自分の手の中で、むやみやたらに動く小さな手を、止めた方がいいだろうかと考えていた。
しかし、これは―――
突然「ピロリロリロリ」と明るい効果音が鳴ったかと思うと、流れていた映像が変わり、音楽もスピードアップする。そしてしばらくすると数粒しか玉の残っていなかった***の手元に、ジャラジャラッとたくさんの玉が流れ出てくる。
「わっ!何これ!?銀ちゃん、玉出てきたよ!!」
「やるじゃねぇか***!やっぱ銀さんの言ったとおり、お前ぇはやればできる子だよ!」
***が振り向くと、すぐそこに銀時のへらりと笑った顔があった。そうか、この玉が出るとこの人は嬉しいんだ、と実感する。もっと出てこい銀の玉、どんどん出てこい銀の玉、と心の中で唱えながら、再び***がパチンコ台の方へと向き直る。その顔はまさに、頭から花でも咲きそうな程、喜びに満ち溢れた顔だ。
数秒後、再び「ピロピロピロリン」と大きな効果音がする。耳の真後ろで銀時の「マジでかッ!!」という大きな声が聞こえる。両隣の台に座っていた知らないおじさん達も身を乗り出して、***の前の台を見つめている。
その直後、まるでパチンコ台が壊れたのではないかと思うほどの、大量の銀の玉が、ジャラジャラジャラッ!と大きな音を立てて、***の手元に溢れ出てきた。
ケーキは二回りどころか、その倍以上は大きなサイズを買うことができた。銀時の負けた分よりも、元々持って行った金よりも、数倍上回った報酬から、奮発して大きなケーキを買ったのだ。
「ホールのケーキなんて何年ぶりだろう!すっごく嬉しいです、銀ちゃんありがとう!」
「いや、これお前が作った金で買ったからね?確かに銀さん最初にちょっと金入れたけど、そっから先は***の錬金術だからね?パチ屋もお前ぇが玉出しまくるから、すげぇひいてたじゃねぇか。***もうあの店出禁じゃね?」
笑いながらケーキの箱を持って、万事屋への階段をのぼる。銀時に促されて玄関を開けて、事務所に入る。
パンッ―――
突然弾けるようなクラッカーの音が響き、驚いた***は「わっ!」と叫ぶと一瞬目を閉じる。再び目を開けると、頭にはクラッカーから飛び出した色とりどりの紙テープ。目を丸くして見た先には、新八と神楽がにっこり笑ってこちらを見ていた。
「***さん!足が治ってよかったですね、お祝いですよ!」
「おめでとネ!今日の主役は***ヨ、いっぱいケーキ食べていいアルからな!」
新八と神楽の後ろのテーブルには料理が用意されていて、さらにその後ろの壁は飾りつけと、“***おめでとう”の文字の書かれた幕が張られていた。
えっ、えっ、と戸惑いながら後ろを振り返り、銀時を見上げると、にやっと笑って「なっ、銀の玉がいっぱい出ると、こいつら喜ぶっつったろ」と言った。それを聞いて、万事屋のみんなが自分の足が治ったことを喜んで、一緒に祝ってくれているのだと分かる。
「う、うわあぁぁ!!嬉しいぃ!みんなありがとう、大好き!!」
顔をぱぁっと明るくして、見開かれた瞳が輝きを増す。「私も***大好きネ!」と抱きついてきた神楽を、ぎゅっと抱きしめながら、***は自分の心の底から湧き上がってくる喜びが、身体中に広がっていくのを実感していた。
「新八くん、神楽ちゃん、ありがとう!…銀ちゃんも、ありがとう!!」
そう言ってまさに“大喜び”という表現がぴったりの様子で、***は神楽と抱き合ったまま、その場でぴょんぴょん飛び跳ねた。
ケーキを切り分けると言って、神楽と***が台所できゃっきゃと騒いでいる。銀時は***の風呂敷包みを開けて、いちご牛乳を取り出すと勝手に飲み始める。
「すごいですね、***さん、こんなにたくさん人からお祝いをもらうなんて、人気者じゃないですか」
「あ?ちげぇよぱっつぁん、見てみろ、あいつの顔」
そう言っていちご牛乳を持ったままの手で、台所を指さす。
「あいつのあの“幸せです~”って顔見てると、どいつもこいつもあいつになんか与えたくなんだよ。***が人からモノもらってんじゃなくて、人が勝手にあいつにあげてんのぉ、そんであの喜んだ顔見て、満たされてんのぉ」
「あぁ、確かに、***さん今日はとびきり嬉しそうですもんね。でもまさか銀さんが、あんなに大きなケーキ買ってくるとは思いませんでしたよ。銀さんも、***さんの喜んでる顔見たら、買ってあげたくなっちゃったんですか?」
そう言って笑いながら新八は立ち上がり、皿を下げて台所へと向かっていく。台所から***の「新八くん、ケーキどのくらい食べる?」という弾んだ声が聞こえてくる。
ちげぇよぱっつぁん―――、銀時は内心思う。
そのケーキは銀さんからじゃなくて、***を喜ばせたくてたまらない、神様かなんかからだっつぅの。
風呂敷包みから、コトッと音を立てて落ちてきたのは、フルーツ牛乳。それを拾った銀時が、ふっと笑いながらいちご牛乳をすする、ズズズズズ…という音をかき消すように、***たちの弾んだ笑い声が、万事屋に響いていた。
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no.9【pm.4:30】end