かぶき町で牛乳配達をする女の子
牛乳(人生)は噛んで飲め
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【am11:00】
人の多いかぶき町の大通りは、田舎者には歩くだけで大変だ。特に昼近いこの時間は、皆急いでいたり、よそ見をしていたり、気もそぞろだからすぐにぶつかってしまう。
大江戸病院での診察帰り、通りを歩く***は、人にぶつからないように気を付けて歩きながらも、顔がにやけてしまうのをこらえられない。だってついについに!松葉杖が取れたから!
おじいちゃん先生は***の足首を見て、腫れも引いたからそろそろ歩いても大丈夫、数日リハビリを受ければ自転車にも乗れるようになるよ、と言って笑った。
松葉杖を病院で手放し、***は今、自分の両足で歩いている。嬉しい嬉しい!早く牛乳屋のおじさん、おかみさん、スーパーのバイト仲間たち、そしてなにより万事屋のみんなに、この姿を見せたい!そう思うと浮足立って自然と早歩きになってしまう。
―――ドンッ!
「おいっ痛ってぇ~ぞぉ!お前、どこ見て歩いてんだよお」
「そうだぞ!そうだぞ!よっちゃんがケガしたらどうしてくれるんだぁ~?」
***にぶつかった子どもが、生意気な口調で話しかけてくる。たらこ唇の太った男の子とその腰巾着のような子。
「ごめんねぇ、…あれ、よっちゃんとけんちゃん!こんなところで何してるの?」
「なぁんだ、***ねえちゃんか、俺たちはこれから駄菓子屋行くんだよ!***ねえちゃんも一緒に行く?」
このふたりはよく大江戸スーパーに来るから、***とは顔見知りだ。時々生意気が過ぎて怒ったりもするけど、会えばこうして仲良く話す。
「えー、ふたりと駄菓子屋に行ったら、色々おごらされそうだからヤダなぁ…おねえちゃん今そんなにお金持ってないんだよ」
そう言いながらも、これから万事屋に行くのに、せっかくだから神楽に酢昆布を買っていこうと、結局ふたりと一緒に駄菓子屋へ行くことにする。
駄菓子屋の店先で三人並んでお菓子を選ぶ。***は神楽のための巣昆布と、自分用にときなこのお菓子やチョコレートを吟味する。
「そうだ、よっちゃん、こないだスーパーに来た時に見せてくれた、ピストルのオモチャはもうやめたの?」
「え~?そうそう、あれな~、楽しかったのにもうできないんだよ」
「それがさ~、***ねえちゃん、聞いてくれよ、よっちゃんあのオモチャのピストル取られちゃったんだよ、本物のおまわりさんに!」
「おい!けんちゃんそれは言うなって言っただろぉ!あれは本物のおまわりなんかじゃねーよ、ただのドSだって神楽も言ってただろぉ!ニセモンのおまわりだよ!」
「誰がニセモンのおまわりでぃ」
突然割り込んできた声に、***が驚いて振り向くと、そこには珍しい黒い制服を着た、栗色の髪の青年が立っていた。ふたりの知り合いかなと思って、子ども達に視線を戻す。ふたりは真っ青な顔で「ヒィッ!」と固まったかと思うと、ものすごい速さで駆け出して、***の横をすり抜け逃げ出してしまった。
「ちょっと!よっちゃん!けんちゃん!お、お金払ってないでしょぉぉぉ!!!」
***の叫びもむなしく、お菓子を持ったふたりの姿はあっという間に見えなくなってしまった。駄菓子屋のおばあちゃんの視線に気づいた***が、仕方なく二人の分も支払うかと財布のがま口を開けようとしたところで、隣にさっきの青年が立っていた。
「***ねえちゃん、これも買ってくだせぇ」
「えっ!!?」
どさどさっと音がして、***が持っていた買い物カゴを見ると、自分が入れていないお菓子が大量に入っていた。
「ちょ、ちょっとダメですよ!あなた何なんですか!?自分で買ってください!!」
そう言っている間に、青年は***のカゴからお菓子を勝手に取ると、袋をべりっと開けて食べながら、店を出て行ってしまう。呆然と立ち尽くしていると、***は自分の背中に視線を感じた。振り返ると駄菓子屋のおばあちゃんが、じっと***を見ていた。
「真選組、一番隊…たいちょう、おきたそうご…」
目の前の警察手帳をまじまじと見て、***はくらりと眩暈がした。
青年が店を出て行ったあと、いたたまれなくなった***が、結局カゴに入ったお菓子を全て買うはめになった。慌てて店を出ると、目の前の公園のベンチに青年がいるのを見つけた。***はずんずんと近寄っていき、「食い逃げなんてしちゃダメでしょうッ!お金を払ってください!警察呼びますよッ!」と声をかけた。
青年は全く悪びれない顔で***を見ると、
「なに言ってんでぃ、警察ならここにいらぁ」と言って、警察手帳を***の眼前に突き付けたのだった。
こんな人が本当に警察だろうかと半信半疑のまま、***は沖田とベンチに並んで座る。話を聞くと、よっちゃんたちが「ニセモンのおまわり」と呼んでいたのは、沖田のことだった。沖田いわく、街なかでオモチャのピストルを撃っているところを捕まえて、危ないから取り上げたという。
「ガキどもはちょっと甘くすると、すぐ調子にのるんでぃ、けがでもしたらあぶねぇだろぃ」
「…まぁ、確かによっちゃんはガキ大将ですからねぇ」
沖田の言う通り、あの子たちは時々おふざけが過ぎる時があるし、もしかしたらこの人は真面目な警察官なのかもしれない、と***は思う。
「それに、このプラスチックの弾ぁ、当たると結構痛てぇんでぃ」
―――ピシッ
「いたッ!えッ、なにッ!?」
ほっぺたに鋭い痛みが走り、ぱっと沖田を見ると、その手にはよっちゃんから取り上げたと思わしき、オモチャのピストルが握られていた。
―――ピシッピシッピシッ
「ちょッ!やめッ!イタッ!お、おおお沖田さん!どっから出したんですかそんなの!痛いッ!」
転がるようにベンチから立ち上がった***を的にして、沖田はピストルを撃ち続ける。***はその場でバタバタと足踏みをして攻撃を避けようとするが、腕や足、時々頭にまで当てられて、思わず両手で顔を覆う。小さいけれど鋭い痛みに涙目になる。
「どっから出したって、こっからでさぁ」
ふと気付くと攻撃がやんでいたので、両手を外して見ると、沖田はベンチの後ろに回り、大きな木箱をごそごそとしていた。そこからピストルの弾の入った袋を取り出すと、鼻歌を歌いながら補填している。
その姿に違和感を覚え、***が目を凝らしてよく見ると、その大きな木箱は自転車の荷台に取り付けられていて、背面に大きく「***農園」と書かれていた。
「ちょ、ちょっとぉッ!それ、その自転車ァ!!!」
「何でぃ」
「わた、私の…私の自転車ですッ!!!」
その自転車は自分のものだと主張する***の必死さもむなしく、沖田は全く取り合わなかった。これは自分が見廻り中に見つけた物で、かぶき町の裏通りに乗り捨てられていた、盗難車かもしれないし、そうやすやすとは渡せないと言う。
「なんでですか!?だって、ほらここに***農園って書いてあるでしょう?私、******って言うんです。これ、私の実家の農園です。父が手作りした荷台なんです!どう見たって私のでしょう?」
「そんなのいくらでも偽造できらぁ、人からかっぱらってペンキで描くなんて簡単だろぃ、ほら」
そう言うと沖田は、どこからともなく取り出した青いペンキで「***農園」の上から「サド丸号」と描いた。
「ちょっとぉ!沖田さん、あなた、ただこの自転車を自分のモノにしたいだけでしょ!?」
「あ、バレやした?」
「コラァ!人のモノ勝手に使って、そのまま自分のモノにするのって泥棒と一緒ですよ!沖田さん警察官なんでしょ、ダメですよ!」
「ひっでぇこと言うや、***ねえちゃん、ちょっとからかっただけじゃねぇか」
「え?…じゃぁ、返してくれます?」
「もちろん返しまさぁ…ただし、アンタが正真正銘、******って証明できたらなぁ」
―――ピシッ
再びピストルから放たれた弾は、脳天を狙うかのように***のおでこに当たったが、今度はあまり痛みを感じなかった。それよりも目の前の沖田の、ドSっ気たっぷりの顔の方が怖かったから。
ふと銀時に言われた言葉が脳裏に蘇る。ヒャッハーな奴らばかりのこの街で、自分の自転車を取り返そうとしたら、逆ギレされると銀時は言っていた。
だけど銀ちゃん―――、***は心の中でつぶやく。
―――この街は警察官もヒャッハーだって、どうして教えてくれなかったの…
「オラ、さっさと歩きやがれ、そんなんじゃテメェの家に着くのが明日になるぜぃ」
「ねぇ、沖田さん…本当にお家に来る必要あります?さっき保険証とか社員証とか色々見せたじゃないですか、それで十分でしょう?」
「だァから、そんなモン全然信用ならねぇんでさぁ、アンタの家は架空の存在で、そこに記載された住所も架空の物、連絡先に電話するも“この番号は現在使用されておりません”のアナウンスってことだって、あるかもしれねぇだろぃ」
「もぉ…何を言ってるのか全然分からないです」
―――ジャラッ…
全く意思疎通の取れない会話に困惑する***の首には、首輪がつけられている。そこから延びる鎖の先は自転車をこぐ沖田の手の中だ。ただでさえ屈辱的な見た目なのに、徒歩の***に対し、自転車に乗っている沖田が時々その鎖をひっぱる為、***はつんのめってしまい、転びそうになる。
「沖田さん!歩くから引っ張らないでよぉ」
そう言いながら***は、恨めし気に沖田を睨む。
「生意気な目つきしやがるじゃねぇか、おもしれぇや、ほらさっさと歩け、メス豚ァ」
「メ、メスッ…!」
絶句している***に向かって、またピストルの弾が飛んでくる。痛い痛い!と言いながら逃げるように小走りする***を、後ろから狙い撃ちにする楽しそうな沖田。大通りの市井の人々は、ふたりを凝視しながらも、その異様さを恐れて誰も近寄ろうとはしない。
「ずいぶんなボロ屋じゃねェか」
「悪かったですね!もうお家見たから信じてくれました?ほら、表札に***って書いてあるでしょう?」
「なにごちゃごちゃ言ってんでぃ、早く開けろぃ」
「えっ!?中まで入るの!?」
がさ入れだと言い、かたくなに家に上がると譲らない沖田に、***は渋々玄関を開けた。木造アパート四畳半の部屋。玄関を開けてすぐに小さな台所と流し、冷蔵庫がひとつ。畳にはちゃぶ台と座布団が1枚あるだけ。テレビも棚もない。ひとつだけ置かれた木箱に本や細々とした雑貨が入っているが、それも大した量ではない。
ずかずかと部屋に入った沖田が、手当たり次第に戸を開けていく。ふすまを開けると中には布団が一組と着物や寝間着。冷蔵庫には食材と大量の牛乳。流しの下の戸棚にだけ、調味料が豊富に揃っていた。
「ふぅん…こりゃぁまた殺風景な部屋でさぁ、女の部屋とは思えねぇや」
「最小限の物しかそろえてないだけです!…あっ!沖田さん見て下さい!ほらこの木箱、自転車のと一緒でしょう?」
雑貨が入っている箱を持ち上げて、沖田に見せる。怪しむような目でじっとその木箱を見て、なるほど確かに全く同じ物で、同じように「***農園」と書かれている。
「なるほどねぇ…それじゃアンタはこの牛乳を作ってる農園の娘ってことかぃ」
冷蔵庫を開けた時に取り出した牛乳を、勝手に飲みながら、沖田はそのまま座布団に座ってくつろぎはじめる。
「ええ、そうですよ…ちょっと、沖田さん、他人の家でよくそんなにくつろげますね…もう私が******って証明できたんだから、自転車置いて帰って下さいよぉ」
「ずいぶんつれねェな、じゃぁ***、自転車返してやるから、牛乳もう1本寄こしなせェ」
「え?牛乳ですか…、それは構わないけど…本当に返してくれます?」
「返しまさぁ…あ~ぁ、それにしても残念だねぃ、せっかくちょうどいい自転車だったってのに、あの荷台、ガキ共から巻き上げたオモチャ入れとくのに便利だったんでさぁ」
まるでここが自宅かのように、あぐらを組んで座布団に座り、ちゃぶ台に頬杖をついてくつろいでいる沖田を見ていると、前からこの家に住んでいたかのような馴染みようで、***は思わず笑ってしまう。
「やだ沖田さん、なんか弟が遊びにきてるみたい」
「……そうでさぁ、ねえちゃん、俺腹へったぁ~」
「えぇ!?ごはん作れってこと?もぉ~信じられない………あり合わせで作るから、大したものできないですからね」
渋々という様子で冷蔵庫を開けて料理に取り掛かる***は、しかし心なしか嬉しそうな顔をしている。生来の面倒見のよさで、田舎では忙しい両親の代わりに、弟たちの身の回りの世話を焼いていたのだ。
さっきまでの苦労も忘れ、沖田が家にいることが、田舎から弟が訪ねてきたようで、楽しくなってしまう。自分でもこんなことはおかしいぞと思いながらも、身体が動くままに料理をしていた。気が付くと焼きそばが出来上がり、目玉焼きまで乗せて沖田にごちそうしていた。
「おいしかったですか、沖田さん」
「総悟でさぁ、総悟くんってよびなせぇ」
「え?えぇっと、…総悟くん」
「そうでさぁ、腹も満たされたし、そろそろ仕事に戻らぁ」
そう言って立ち上がった沖田を***は見送る。玄関先で自転車を返してもらい、「こんなちゃちな鍵じゃ盗まれらぁ、今度からこの鎖を巻いときなせぇ」と言うと、さっきの首輪から外した仰々しい鎖を***に手渡した。
「俺が預かってたおかげで、悪い奴らに盗られねぇでよかったじゃねぇか、感謝しろぃ」
「そうだね…本当に自転車が戻ってきてよかったよ」
「ついでにこの駄菓子も***にやらぁ」
「えっ、いいの?ありがとう、総悟くん、お仕事頑張ってね」
まるで本当の姉が弟を見送るかのように、玄関から出て手を振る。変わった人だったけど、結局自転車も戻ってきたし、そんなに悪い人じゃなかったのかも、そう思いながらにこにこ見送っていると、ふと沖田が振り返る。
「あ、そういやぁ***ねえちゃん、自転車の荷台にガラクタがいっぱい入ぇってるんで、ガキ共に返しといてくだせぇ!」
そう言うと沖田はダッと駆け出して、あっという間に見えなくなってしまった。
「え?……ええッ!!?」
目を丸くして自転車を見てみると、確かに荷台の中にたくさんのオモチャ。それを目にした途端、***は急に怒りが沸き上がってきた。
なぁにが***ねえちゃんだ!あんなの弟みたいなんかじゃないッ!ちょっとかわいいなんて思って、牛乳やら焼きそばやらをごちそうした自分に腹が立つ。
両肩がわなわなと震えるのを感じながら、***は怒りに任せ空に向かって叫んだ。
「そ、そ、総悟くんなんて……ニセモンのおまわりぃぃぃ!!!」
(駄菓子だって、私が買ったやつじゃん!!馬鹿ァッ!!!)
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no.7【am.11:00】end
人の多いかぶき町の大通りは、田舎者には歩くだけで大変だ。特に昼近いこの時間は、皆急いでいたり、よそ見をしていたり、気もそぞろだからすぐにぶつかってしまう。
大江戸病院での診察帰り、通りを歩く***は、人にぶつからないように気を付けて歩きながらも、顔がにやけてしまうのをこらえられない。だってついについに!松葉杖が取れたから!
おじいちゃん先生は***の足首を見て、腫れも引いたからそろそろ歩いても大丈夫、数日リハビリを受ければ自転車にも乗れるようになるよ、と言って笑った。
松葉杖を病院で手放し、***は今、自分の両足で歩いている。嬉しい嬉しい!早く牛乳屋のおじさん、おかみさん、スーパーのバイト仲間たち、そしてなにより万事屋のみんなに、この姿を見せたい!そう思うと浮足立って自然と早歩きになってしまう。
―――ドンッ!
「おいっ痛ってぇ~ぞぉ!お前、どこ見て歩いてんだよお」
「そうだぞ!そうだぞ!よっちゃんがケガしたらどうしてくれるんだぁ~?」
***にぶつかった子どもが、生意気な口調で話しかけてくる。たらこ唇の太った男の子とその腰巾着のような子。
「ごめんねぇ、…あれ、よっちゃんとけんちゃん!こんなところで何してるの?」
「なぁんだ、***ねえちゃんか、俺たちはこれから駄菓子屋行くんだよ!***ねえちゃんも一緒に行く?」
このふたりはよく大江戸スーパーに来るから、***とは顔見知りだ。時々生意気が過ぎて怒ったりもするけど、会えばこうして仲良く話す。
「えー、ふたりと駄菓子屋に行ったら、色々おごらされそうだからヤダなぁ…おねえちゃん今そんなにお金持ってないんだよ」
そう言いながらも、これから万事屋に行くのに、せっかくだから神楽に酢昆布を買っていこうと、結局ふたりと一緒に駄菓子屋へ行くことにする。
駄菓子屋の店先で三人並んでお菓子を選ぶ。***は神楽のための巣昆布と、自分用にときなこのお菓子やチョコレートを吟味する。
「そうだ、よっちゃん、こないだスーパーに来た時に見せてくれた、ピストルのオモチャはもうやめたの?」
「え~?そうそう、あれな~、楽しかったのにもうできないんだよ」
「それがさ~、***ねえちゃん、聞いてくれよ、よっちゃんあのオモチャのピストル取られちゃったんだよ、本物のおまわりさんに!」
「おい!けんちゃんそれは言うなって言っただろぉ!あれは本物のおまわりなんかじゃねーよ、ただのドSだって神楽も言ってただろぉ!ニセモンのおまわりだよ!」
「誰がニセモンのおまわりでぃ」
突然割り込んできた声に、***が驚いて振り向くと、そこには珍しい黒い制服を着た、栗色の髪の青年が立っていた。ふたりの知り合いかなと思って、子ども達に視線を戻す。ふたりは真っ青な顔で「ヒィッ!」と固まったかと思うと、ものすごい速さで駆け出して、***の横をすり抜け逃げ出してしまった。
「ちょっと!よっちゃん!けんちゃん!お、お金払ってないでしょぉぉぉ!!!」
***の叫びもむなしく、お菓子を持ったふたりの姿はあっという間に見えなくなってしまった。駄菓子屋のおばあちゃんの視線に気づいた***が、仕方なく二人の分も支払うかと財布のがま口を開けようとしたところで、隣にさっきの青年が立っていた。
「***ねえちゃん、これも買ってくだせぇ」
「えっ!!?」
どさどさっと音がして、***が持っていた買い物カゴを見ると、自分が入れていないお菓子が大量に入っていた。
「ちょ、ちょっとダメですよ!あなた何なんですか!?自分で買ってください!!」
そう言っている間に、青年は***のカゴからお菓子を勝手に取ると、袋をべりっと開けて食べながら、店を出て行ってしまう。呆然と立ち尽くしていると、***は自分の背中に視線を感じた。振り返ると駄菓子屋のおばあちゃんが、じっと***を見ていた。
「真選組、一番隊…たいちょう、おきたそうご…」
目の前の警察手帳をまじまじと見て、***はくらりと眩暈がした。
青年が店を出て行ったあと、いたたまれなくなった***が、結局カゴに入ったお菓子を全て買うはめになった。慌てて店を出ると、目の前の公園のベンチに青年がいるのを見つけた。***はずんずんと近寄っていき、「食い逃げなんてしちゃダメでしょうッ!お金を払ってください!警察呼びますよッ!」と声をかけた。
青年は全く悪びれない顔で***を見ると、
「なに言ってんでぃ、警察ならここにいらぁ」と言って、警察手帳を***の眼前に突き付けたのだった。
こんな人が本当に警察だろうかと半信半疑のまま、***は沖田とベンチに並んで座る。話を聞くと、よっちゃんたちが「ニセモンのおまわり」と呼んでいたのは、沖田のことだった。沖田いわく、街なかでオモチャのピストルを撃っているところを捕まえて、危ないから取り上げたという。
「ガキどもはちょっと甘くすると、すぐ調子にのるんでぃ、けがでもしたらあぶねぇだろぃ」
「…まぁ、確かによっちゃんはガキ大将ですからねぇ」
沖田の言う通り、あの子たちは時々おふざけが過ぎる時があるし、もしかしたらこの人は真面目な警察官なのかもしれない、と***は思う。
「それに、このプラスチックの弾ぁ、当たると結構痛てぇんでぃ」
―――ピシッ
「いたッ!えッ、なにッ!?」
ほっぺたに鋭い痛みが走り、ぱっと沖田を見ると、その手にはよっちゃんから取り上げたと思わしき、オモチャのピストルが握られていた。
―――ピシッピシッピシッ
「ちょッ!やめッ!イタッ!お、おおお沖田さん!どっから出したんですかそんなの!痛いッ!」
転がるようにベンチから立ち上がった***を的にして、沖田はピストルを撃ち続ける。***はその場でバタバタと足踏みをして攻撃を避けようとするが、腕や足、時々頭にまで当てられて、思わず両手で顔を覆う。小さいけれど鋭い痛みに涙目になる。
「どっから出したって、こっからでさぁ」
ふと気付くと攻撃がやんでいたので、両手を外して見ると、沖田はベンチの後ろに回り、大きな木箱をごそごそとしていた。そこからピストルの弾の入った袋を取り出すと、鼻歌を歌いながら補填している。
その姿に違和感を覚え、***が目を凝らしてよく見ると、その大きな木箱は自転車の荷台に取り付けられていて、背面に大きく「***農園」と書かれていた。
「ちょ、ちょっとぉッ!それ、その自転車ァ!!!」
「何でぃ」
「わた、私の…私の自転車ですッ!!!」
その自転車は自分のものだと主張する***の必死さもむなしく、沖田は全く取り合わなかった。これは自分が見廻り中に見つけた物で、かぶき町の裏通りに乗り捨てられていた、盗難車かもしれないし、そうやすやすとは渡せないと言う。
「なんでですか!?だって、ほらここに***農園って書いてあるでしょう?私、******って言うんです。これ、私の実家の農園です。父が手作りした荷台なんです!どう見たって私のでしょう?」
「そんなのいくらでも偽造できらぁ、人からかっぱらってペンキで描くなんて簡単だろぃ、ほら」
そう言うと沖田は、どこからともなく取り出した青いペンキで「***農園」の上から「サド丸号」と描いた。
「ちょっとぉ!沖田さん、あなた、ただこの自転車を自分のモノにしたいだけでしょ!?」
「あ、バレやした?」
「コラァ!人のモノ勝手に使って、そのまま自分のモノにするのって泥棒と一緒ですよ!沖田さん警察官なんでしょ、ダメですよ!」
「ひっでぇこと言うや、***ねえちゃん、ちょっとからかっただけじゃねぇか」
「え?…じゃぁ、返してくれます?」
「もちろん返しまさぁ…ただし、アンタが正真正銘、******って証明できたらなぁ」
―――ピシッ
再びピストルから放たれた弾は、脳天を狙うかのように***のおでこに当たったが、今度はあまり痛みを感じなかった。それよりも目の前の沖田の、ドSっ気たっぷりの顔の方が怖かったから。
ふと銀時に言われた言葉が脳裏に蘇る。ヒャッハーな奴らばかりのこの街で、自分の自転車を取り返そうとしたら、逆ギレされると銀時は言っていた。
だけど銀ちゃん―――、***は心の中でつぶやく。
―――この街は警察官もヒャッハーだって、どうして教えてくれなかったの…
「オラ、さっさと歩きやがれ、そんなんじゃテメェの家に着くのが明日になるぜぃ」
「ねぇ、沖田さん…本当にお家に来る必要あります?さっき保険証とか社員証とか色々見せたじゃないですか、それで十分でしょう?」
「だァから、そんなモン全然信用ならねぇんでさぁ、アンタの家は架空の存在で、そこに記載された住所も架空の物、連絡先に電話するも“この番号は現在使用されておりません”のアナウンスってことだって、あるかもしれねぇだろぃ」
「もぉ…何を言ってるのか全然分からないです」
―――ジャラッ…
全く意思疎通の取れない会話に困惑する***の首には、首輪がつけられている。そこから延びる鎖の先は自転車をこぐ沖田の手の中だ。ただでさえ屈辱的な見た目なのに、徒歩の***に対し、自転車に乗っている沖田が時々その鎖をひっぱる為、***はつんのめってしまい、転びそうになる。
「沖田さん!歩くから引っ張らないでよぉ」
そう言いながら***は、恨めし気に沖田を睨む。
「生意気な目つきしやがるじゃねぇか、おもしれぇや、ほらさっさと歩け、メス豚ァ」
「メ、メスッ…!」
絶句している***に向かって、またピストルの弾が飛んでくる。痛い痛い!と言いながら逃げるように小走りする***を、後ろから狙い撃ちにする楽しそうな沖田。大通りの市井の人々は、ふたりを凝視しながらも、その異様さを恐れて誰も近寄ろうとはしない。
「ずいぶんなボロ屋じゃねェか」
「悪かったですね!もうお家見たから信じてくれました?ほら、表札に***って書いてあるでしょう?」
「なにごちゃごちゃ言ってんでぃ、早く開けろぃ」
「えっ!?中まで入るの!?」
がさ入れだと言い、かたくなに家に上がると譲らない沖田に、***は渋々玄関を開けた。木造アパート四畳半の部屋。玄関を開けてすぐに小さな台所と流し、冷蔵庫がひとつ。畳にはちゃぶ台と座布団が1枚あるだけ。テレビも棚もない。ひとつだけ置かれた木箱に本や細々とした雑貨が入っているが、それも大した量ではない。
ずかずかと部屋に入った沖田が、手当たり次第に戸を開けていく。ふすまを開けると中には布団が一組と着物や寝間着。冷蔵庫には食材と大量の牛乳。流しの下の戸棚にだけ、調味料が豊富に揃っていた。
「ふぅん…こりゃぁまた殺風景な部屋でさぁ、女の部屋とは思えねぇや」
「最小限の物しかそろえてないだけです!…あっ!沖田さん見て下さい!ほらこの木箱、自転車のと一緒でしょう?」
雑貨が入っている箱を持ち上げて、沖田に見せる。怪しむような目でじっとその木箱を見て、なるほど確かに全く同じ物で、同じように「***農園」と書かれている。
「なるほどねぇ…それじゃアンタはこの牛乳を作ってる農園の娘ってことかぃ」
冷蔵庫を開けた時に取り出した牛乳を、勝手に飲みながら、沖田はそのまま座布団に座ってくつろぎはじめる。
「ええ、そうですよ…ちょっと、沖田さん、他人の家でよくそんなにくつろげますね…もう私が******って証明できたんだから、自転車置いて帰って下さいよぉ」
「ずいぶんつれねェな、じゃぁ***、自転車返してやるから、牛乳もう1本寄こしなせェ」
「え?牛乳ですか…、それは構わないけど…本当に返してくれます?」
「返しまさぁ…あ~ぁ、それにしても残念だねぃ、せっかくちょうどいい自転車だったってのに、あの荷台、ガキ共から巻き上げたオモチャ入れとくのに便利だったんでさぁ」
まるでここが自宅かのように、あぐらを組んで座布団に座り、ちゃぶ台に頬杖をついてくつろいでいる沖田を見ていると、前からこの家に住んでいたかのような馴染みようで、***は思わず笑ってしまう。
「やだ沖田さん、なんか弟が遊びにきてるみたい」
「……そうでさぁ、ねえちゃん、俺腹へったぁ~」
「えぇ!?ごはん作れってこと?もぉ~信じられない………あり合わせで作るから、大したものできないですからね」
渋々という様子で冷蔵庫を開けて料理に取り掛かる***は、しかし心なしか嬉しそうな顔をしている。生来の面倒見のよさで、田舎では忙しい両親の代わりに、弟たちの身の回りの世話を焼いていたのだ。
さっきまでの苦労も忘れ、沖田が家にいることが、田舎から弟が訪ねてきたようで、楽しくなってしまう。自分でもこんなことはおかしいぞと思いながらも、身体が動くままに料理をしていた。気が付くと焼きそばが出来上がり、目玉焼きまで乗せて沖田にごちそうしていた。
「おいしかったですか、沖田さん」
「総悟でさぁ、総悟くんってよびなせぇ」
「え?えぇっと、…総悟くん」
「そうでさぁ、腹も満たされたし、そろそろ仕事に戻らぁ」
そう言って立ち上がった沖田を***は見送る。玄関先で自転車を返してもらい、「こんなちゃちな鍵じゃ盗まれらぁ、今度からこの鎖を巻いときなせぇ」と言うと、さっきの首輪から外した仰々しい鎖を***に手渡した。
「俺が預かってたおかげで、悪い奴らに盗られねぇでよかったじゃねぇか、感謝しろぃ」
「そうだね…本当に自転車が戻ってきてよかったよ」
「ついでにこの駄菓子も***にやらぁ」
「えっ、いいの?ありがとう、総悟くん、お仕事頑張ってね」
まるで本当の姉が弟を見送るかのように、玄関から出て手を振る。変わった人だったけど、結局自転車も戻ってきたし、そんなに悪い人じゃなかったのかも、そう思いながらにこにこ見送っていると、ふと沖田が振り返る。
「あ、そういやぁ***ねえちゃん、自転車の荷台にガラクタがいっぱい入ぇってるんで、ガキ共に返しといてくだせぇ!」
そう言うと沖田はダッと駆け出して、あっという間に見えなくなってしまった。
「え?……ええッ!!?」
目を丸くして自転車を見てみると、確かに荷台の中にたくさんのオモチャ。それを目にした途端、***は急に怒りが沸き上がってきた。
なぁにが***ねえちゃんだ!あんなの弟みたいなんかじゃないッ!ちょっとかわいいなんて思って、牛乳やら焼きそばやらをごちそうした自分に腹が立つ。
両肩がわなわなと震えるのを感じながら、***は怒りに任せ空に向かって叫んだ。
「そ、そ、総悟くんなんて……ニセモンのおまわりぃぃぃ!!!」
(駄菓子だって、私が買ったやつじゃん!!馬鹿ァッ!!!)
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no.7【am.11:00】end