かぶき町で牛乳配達をする女の子
牛乳(人生)は噛んで飲め
おなまえをどうぞ
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【pm.10:30】
大きな満月が江戸の空に浮かんでいる。寒くもなく暑くもない、時々柔らかい夜風が吹いてくる、心地よい夜だ。
お登勢の店を出た後、銀時は***を家まで送るため、連れ立って歩いていた。酒も飲んでいないのに、***はご機嫌で、鼻歌を歌いながら松葉杖をついて、銀時の少し前を歩いている。
一方、その様子を後ろから見ている銀時は、猛烈に後悔の念に襲われていた。こんな時間に***をスナックなんかに連れていくんじゃなかった、と頭をガシガシと掻く。
「銀ちゃん、どうしたんですか?飲みすぎて気持ち悪い?」
振り向いた***が、心配そうに銀時の様子をうかがう。違ぇよと答えながらも、胸の不快感が消えない。
お登勢の店に入った時に予想よりも客が多かったから、銀時はわざわざ端の席に***を座らせて、自分が守るようにその隣に座ったのだ。しかし隣の銀時にもお構いなしで、***に絡んできた、酔っ払いの男の顔がいまだに目の前をちらつく。
***が男に肩を叩かれて振り向いた時、銀時も肩越しにちらりとその男のことを見た。にやつきながらじろじろと***を見る目は、まるで目の前の女を品定めするようだった。自分のお眼鏡にかなうかどうか査定する、女を買う男のような下品な顔をしていた。
その顔を思い出すと、無性に胸が気持ち悪くなり、「あ゙ーーー」という変な声が出てしまう。
「え、大丈夫ですか?そんなに飲んでなかったのに…」
「あぁ?だからちげぇって、お前さぁ…」
自然と非難めいた言葉が出てきそうになり、銀時は口をつぐんだ。いちばんの問題は、***のあの危機感の無さなのだ。自分が酔っ払いに絡まれたという実感もなく、未だにのほほんとしている様子が、銀時の神経を逆なでする。
「***、お前さぁ、俺が連れてってこんなこと言うのもアレだけどぉ、ああいう場所ではもっとしっかりしろよ。あんなエロジジイに絡まれて、へらへらしてるヤツ、ああいう店では良いカモだ。いつか取って食われるのがオチだぞ」
「ああ、セクハラおじさんのことですか、もぉーやだなぁ銀ちゃん、あのくらい全然大丈夫ですよ」
へらっと笑うとまたご機嫌な様子になり、前を向くと歩きはじめる。銀時は「はぁ~」とため息をつきながら、右手で顔を覆った。なんなのこの子、銀さんのありがたいお言葉も全然響いてないんですけど、どうしろっつーの、このモヤモヤっとした気持ちをどう表現すりゃいーの、と銀時が悶々と考え込んでいるのにも気づかず、***はどんどん歩いて行ってしまう。
仕方ねぇか、もう二度とああいう店に連れてかなきゃいいだけのことだと、銀時は思いながらも、何か釈然としない。
目の前でちょこちょこと歩いている松葉杖の女は、子供のようだが立派な成人だ。人に誘われれば飲み屋にも行くだろうし、酒だって飲みたきゃ飲むだろう。だけど、下衆なやからの多い店で、あの人当たりのいい雰囲気でにこにこ笑っていたとしたら、どう考えてもちょっかいを出されるに決まってる。今日はたまたま自分がいたから良かったものの、もし頼りない他の奴とだったら?もし***ひとりだったら?それでどんな目に合ったって、文句は言えないような、そういう街にこいつは住んでいるんだ。
銀時の頭のなかにぐるぐると考えが巡り、顔を覆っていた右手が気付くと両手になり、頭を掻きむしると「うが―――!」と大声が出た。
「オイィィ!***!いいですかァ!このかぶき町では、お前みたいな大人しい女は、悪いことを考えてる奴らの恰好の的なの!テキトーな良さげなこと言って、いい気にさせて、強めの酒飲ませたら、そんままテイクアウトっつうのが、お決まりの手なの!テイクアウトどころか、そんまま連れ込み宿にでも押し込まれて、テイクオフされてみろ!後から悔やんだって、もう遅ぇんだかんな!」
「え、え?…テイクオフって、どういうこと銀ちゃん…」
銀時がまくし立てることの意味が、***にはよく理解できない。お登勢の店を出てからずっと、銀時の様子がおかしいが、理由が分からなくて、実は***もさっきから内心おろおろしているのだ。
にぶくて世間知らずな***なりに、一生懸命頭を回転させて、銀時の言っていることを吟味すると、あるひとつの予想が浮かぶ。
「もしかして銀ちゃん、私のこと心配してくれてるの?」
きょとんとした顔で***に尋ねられて、銀時は言葉を失う。そうだ、自分はこの女のことを心配しているんだと、目を覚まされたような気持ちで。
さっきの酔っ払いの男の顔、***をじろじろ見た時の品定めするような気持ちの悪い顔が、またちらつく。銀時の心の奥の方で、「あんな顔でこの女を見るのは絶対に間違っている、自然の摂理に反している」と怒りの声をあげる何かがある。
いつもにこにこ笑い、人の悪意にも気づかないような無邪気な顔を、あんな愛欲に汚れた目で見てはいけないと、銀時は思うのだ。まるで真っ白いものが、汚れた手でべたべたと触られてくのを見ているような、そんな嫌悪感があるのだ。しかしそれをいざ***に向かって説明しようとすると、うまく言葉が出てこない。
何も言わずに自分を見つめる銀時に、***は困った顔をして小さく笑う。いつもはベラベラと口が減らないのに、今日はずいぶん考え込んだ顔をしていて、調子が狂うなと思いながら、***なりに気をつかって言葉をかける。
「あの、銀ちゃん、もし心配してくれてるんだったら、ありがとう…確かにさっきのおじさんは気のいい人って感じだったけど、最初に目が合った時にね、なんでか分からないけど、ちょっぴり鳥肌が立っちゃったんです。銀ちゃんもお登勢さんもいるし、大丈夫って思ったからお話してたんだけど……でも、銀ちゃんが殴ってくれて、びっくりしたけど、今は胸がスッキリって感じです」
そう言って***は、またへらりと笑う。
***が自分と同じように、あの男を不快に感じていたことを知り、銀時は心底ほっとする。「なんだ、どんな奴らでも受け入れちまうような、頭がガバガバに開いた馬鹿みてぇに見えて、ちゃんと危険察知能力があんじゃねぇか」と、銀時は心のなかで思ったつもりが、安堵感に押されてそのままの言葉を声に出てしまった。
「ちょっと!誰がガバガバに開いた馬鹿なんですか…銀ちゃんって優しいんだか、失礼なんだか分かんないよね」
「え?声出てた?ごっめぇん、だって***ちゃんがァ、あまりにもへらへらしてるからァ、アタシィ見てらんないっていうかァ」
「さっきも思ったけど、そのオカマ口調なんなんですか、急にその声で話しかけてきたから、オジサンすっごくびっくりしてたよ」
でも銀ちゃん変な喋り方で面白いと言って、けらけらと声を上げて笑う***を見て、銀時も自然と口角が上がって笑ってしまう。
「ねぇねぇ***ちゃぁん、アタシが教えてあげるわァ~、エロジジイにこうやって肩を組まれちゃったらァ、空いてる方の手でェ、思いっきりアゴを殴ればいいのよォ」
銀時はそう言いながら、さっきの酔っ払いの真似をするように、***の左肩を抱いて、その細い右手首を掴むと、自分のアゴをめがけて突き上げるような動きをする。処世術を知らない初心な女の子には、護身術を身に着けさせるのがいちばんだと銀時は思い、オカマ口調のままレッスンを始める。***はこの口調がお好みのようだから、こうしたら笑って喜ぶだろうと思って、ふと顔を見る。
しかしそこには銀時の予想に反して、笑い顔ではなく真っ赤になって泣きそうな***の顔があった。
「えっ!!?何何何!?なんでそんな赤けェんだよ!銀さんなんもしてねぇじゃん!!!」
「~~~~ッ!…だ、だって、いきなり、ちか、近いからッ、び、びっくりしちゃったんです!銀ちゃんの馬鹿ァッ!!赤くなってなんかないもん!!!」
そう言って***は、銀時に掴まれたままの手首を一旦下げると、そのまま思いっきり上に突き上げた。ポコンという軽い音がして、銀時のアゴに***の小さな拳がヒットする。
「アダッ!!!痛ぇっ!!テメェ***、あにすんだよ!練習に決まってんだろ練習!本番さながらのアッパーしろなんて、銀さん言ってねぇだろ!」
「エロジジイは殴れって言ったの銀ちゃんでしょ!ご教授ありがとうございました!!」
「誰がエロジジイだコラァ!」
ぷんぷんと頭から湯気を出しそうな様子で、顔を真っ赤にした***が銀時を置いて歩きはじめてしまう。本当は全然痛くないアゴを撫でて、銀時はその後ろ姿を見る。さっきまでの胸のもやもやが消えて、気持ちが落ち着いていることに気が付く。銀時はふっと笑ってから***を追いかける。
「なぁ、お前さぁ、そのちょっと触られただけで茹でダコみてぇになるところが危ねぇんだぞ、分かってんのか、田舎の父ちゃんも心配だと銀さんは思うぞ」
「ゆ、茹でダコじゃないです!人よりちょっと顔が赤くなりやすいだけだもん!」
そう言いながらも真っ赤な顔で、眉を吊り上げて怒っている姿は、まるでいじめられっこの子供のようで、いじめっこ気質の銀時には面白い。にやにやと笑いながら、馬鹿にするような目で見ていると、それに気づいた***が「うぎぎ…」と悔し気な目で銀時を睨み、応戦するかのように口を開く。
「それに!父とは田舎を出てくる前に、お酒を飲まない約束をしてるから、心配なんてかけません!江戸では絶対に酒を飲むな、飲んだら親子の縁を切るって言われてるんです!だから大丈夫です!!」
その言葉を聞いて、銀時はふと浮かんできた疑問を素直に尋ねる。
「え、***、お前、酒飲むとどうなんの?」
「え?お酒飲むとですか?…わ、私は、そんなつもりは全然無いんですけど、周りの人にはちょっとでもお酒を飲むと、顔が真っ赤になって、ふにゃふにゃになっちゃってるって言われました…」
その言葉を聞いて、銀時は一瞬動きを止めると、「う、うが―――!」と叫び、頭を両手で抱えて座り込む。そしてしばらくすると「はぁぁぁぁぁぁぁ」と深いため息をついた。
抱えた頭のなかで、「ちきしょう、こいつには絶対ェ酒飲ませねぇ…」と銀時が誓っていると、おろおろとした***の「ねぇ、銀ちゃん、やっぱり今日変ですよ、気持ち悪いの?」という声が、上から降ってくる。
見上げると、***の後ろに大きな満月が浮かんでいる。しょうがねぇ、田舎の父親もさぞや心配だろう、江戸では俺がこいつを見守るしかねぇな…と銀時はひとり思う。
「はぁぁぁぁ、親父さん…お気持ち、お察し致します…」
「え?何?何ですか?親父さんてだれ?」
ぐったりと俯く銀時と、おろおろする***を、満月だけが笑っているように光り輝いて、何も言わずに見下ろしていた。
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no.7【pm.10:30】end
大きな満月が江戸の空に浮かんでいる。寒くもなく暑くもない、時々柔らかい夜風が吹いてくる、心地よい夜だ。
お登勢の店を出た後、銀時は***を家まで送るため、連れ立って歩いていた。酒も飲んでいないのに、***はご機嫌で、鼻歌を歌いながら松葉杖をついて、銀時の少し前を歩いている。
一方、その様子を後ろから見ている銀時は、猛烈に後悔の念に襲われていた。こんな時間に***をスナックなんかに連れていくんじゃなかった、と頭をガシガシと掻く。
「銀ちゃん、どうしたんですか?飲みすぎて気持ち悪い?」
振り向いた***が、心配そうに銀時の様子をうかがう。違ぇよと答えながらも、胸の不快感が消えない。
お登勢の店に入った時に予想よりも客が多かったから、銀時はわざわざ端の席に***を座らせて、自分が守るようにその隣に座ったのだ。しかし隣の銀時にもお構いなしで、***に絡んできた、酔っ払いの男の顔がいまだに目の前をちらつく。
***が男に肩を叩かれて振り向いた時、銀時も肩越しにちらりとその男のことを見た。にやつきながらじろじろと***を見る目は、まるで目の前の女を品定めするようだった。自分のお眼鏡にかなうかどうか査定する、女を買う男のような下品な顔をしていた。
その顔を思い出すと、無性に胸が気持ち悪くなり、「あ゙ーーー」という変な声が出てしまう。
「え、大丈夫ですか?そんなに飲んでなかったのに…」
「あぁ?だからちげぇって、お前さぁ…」
自然と非難めいた言葉が出てきそうになり、銀時は口をつぐんだ。いちばんの問題は、***のあの危機感の無さなのだ。自分が酔っ払いに絡まれたという実感もなく、未だにのほほんとしている様子が、銀時の神経を逆なでする。
「***、お前さぁ、俺が連れてってこんなこと言うのもアレだけどぉ、ああいう場所ではもっとしっかりしろよ。あんなエロジジイに絡まれて、へらへらしてるヤツ、ああいう店では良いカモだ。いつか取って食われるのがオチだぞ」
「ああ、セクハラおじさんのことですか、もぉーやだなぁ銀ちゃん、あのくらい全然大丈夫ですよ」
へらっと笑うとまたご機嫌な様子になり、前を向くと歩きはじめる。銀時は「はぁ~」とため息をつきながら、右手で顔を覆った。なんなのこの子、銀さんのありがたいお言葉も全然響いてないんですけど、どうしろっつーの、このモヤモヤっとした気持ちをどう表現すりゃいーの、と銀時が悶々と考え込んでいるのにも気づかず、***はどんどん歩いて行ってしまう。
仕方ねぇか、もう二度とああいう店に連れてかなきゃいいだけのことだと、銀時は思いながらも、何か釈然としない。
目の前でちょこちょこと歩いている松葉杖の女は、子供のようだが立派な成人だ。人に誘われれば飲み屋にも行くだろうし、酒だって飲みたきゃ飲むだろう。だけど、下衆なやからの多い店で、あの人当たりのいい雰囲気でにこにこ笑っていたとしたら、どう考えてもちょっかいを出されるに決まってる。今日はたまたま自分がいたから良かったものの、もし頼りない他の奴とだったら?もし***ひとりだったら?それでどんな目に合ったって、文句は言えないような、そういう街にこいつは住んでいるんだ。
銀時の頭のなかにぐるぐると考えが巡り、顔を覆っていた右手が気付くと両手になり、頭を掻きむしると「うが―――!」と大声が出た。
「オイィィ!***!いいですかァ!このかぶき町では、お前みたいな大人しい女は、悪いことを考えてる奴らの恰好の的なの!テキトーな良さげなこと言って、いい気にさせて、強めの酒飲ませたら、そんままテイクアウトっつうのが、お決まりの手なの!テイクアウトどころか、そんまま連れ込み宿にでも押し込まれて、テイクオフされてみろ!後から悔やんだって、もう遅ぇんだかんな!」
「え、え?…テイクオフって、どういうこと銀ちゃん…」
銀時がまくし立てることの意味が、***にはよく理解できない。お登勢の店を出てからずっと、銀時の様子がおかしいが、理由が分からなくて、実は***もさっきから内心おろおろしているのだ。
にぶくて世間知らずな***なりに、一生懸命頭を回転させて、銀時の言っていることを吟味すると、あるひとつの予想が浮かぶ。
「もしかして銀ちゃん、私のこと心配してくれてるの?」
きょとんとした顔で***に尋ねられて、銀時は言葉を失う。そうだ、自分はこの女のことを心配しているんだと、目を覚まされたような気持ちで。
さっきの酔っ払いの男の顔、***をじろじろ見た時の品定めするような気持ちの悪い顔が、またちらつく。銀時の心の奥の方で、「あんな顔でこの女を見るのは絶対に間違っている、自然の摂理に反している」と怒りの声をあげる何かがある。
いつもにこにこ笑い、人の悪意にも気づかないような無邪気な顔を、あんな愛欲に汚れた目で見てはいけないと、銀時は思うのだ。まるで真っ白いものが、汚れた手でべたべたと触られてくのを見ているような、そんな嫌悪感があるのだ。しかしそれをいざ***に向かって説明しようとすると、うまく言葉が出てこない。
何も言わずに自分を見つめる銀時に、***は困った顔をして小さく笑う。いつもはベラベラと口が減らないのに、今日はずいぶん考え込んだ顔をしていて、調子が狂うなと思いながら、***なりに気をつかって言葉をかける。
「あの、銀ちゃん、もし心配してくれてるんだったら、ありがとう…確かにさっきのおじさんは気のいい人って感じだったけど、最初に目が合った時にね、なんでか分からないけど、ちょっぴり鳥肌が立っちゃったんです。銀ちゃんもお登勢さんもいるし、大丈夫って思ったからお話してたんだけど……でも、銀ちゃんが殴ってくれて、びっくりしたけど、今は胸がスッキリって感じです」
そう言って***は、またへらりと笑う。
***が自分と同じように、あの男を不快に感じていたことを知り、銀時は心底ほっとする。「なんだ、どんな奴らでも受け入れちまうような、頭がガバガバに開いた馬鹿みてぇに見えて、ちゃんと危険察知能力があんじゃねぇか」と、銀時は心のなかで思ったつもりが、安堵感に押されてそのままの言葉を声に出てしまった。
「ちょっと!誰がガバガバに開いた馬鹿なんですか…銀ちゃんって優しいんだか、失礼なんだか分かんないよね」
「え?声出てた?ごっめぇん、だって***ちゃんがァ、あまりにもへらへらしてるからァ、アタシィ見てらんないっていうかァ」
「さっきも思ったけど、そのオカマ口調なんなんですか、急にその声で話しかけてきたから、オジサンすっごくびっくりしてたよ」
でも銀ちゃん変な喋り方で面白いと言って、けらけらと声を上げて笑う***を見て、銀時も自然と口角が上がって笑ってしまう。
「ねぇねぇ***ちゃぁん、アタシが教えてあげるわァ~、エロジジイにこうやって肩を組まれちゃったらァ、空いてる方の手でェ、思いっきりアゴを殴ればいいのよォ」
銀時はそう言いながら、さっきの酔っ払いの真似をするように、***の左肩を抱いて、その細い右手首を掴むと、自分のアゴをめがけて突き上げるような動きをする。処世術を知らない初心な女の子には、護身術を身に着けさせるのがいちばんだと銀時は思い、オカマ口調のままレッスンを始める。***はこの口調がお好みのようだから、こうしたら笑って喜ぶだろうと思って、ふと顔を見る。
しかしそこには銀時の予想に反して、笑い顔ではなく真っ赤になって泣きそうな***の顔があった。
「えっ!!?何何何!?なんでそんな赤けェんだよ!銀さんなんもしてねぇじゃん!!!」
「~~~~ッ!…だ、だって、いきなり、ちか、近いからッ、び、びっくりしちゃったんです!銀ちゃんの馬鹿ァッ!!赤くなってなんかないもん!!!」
そう言って***は、銀時に掴まれたままの手首を一旦下げると、そのまま思いっきり上に突き上げた。ポコンという軽い音がして、銀時のアゴに***の小さな拳がヒットする。
「アダッ!!!痛ぇっ!!テメェ***、あにすんだよ!練習に決まってんだろ練習!本番さながらのアッパーしろなんて、銀さん言ってねぇだろ!」
「エロジジイは殴れって言ったの銀ちゃんでしょ!ご教授ありがとうございました!!」
「誰がエロジジイだコラァ!」
ぷんぷんと頭から湯気を出しそうな様子で、顔を真っ赤にした***が銀時を置いて歩きはじめてしまう。本当は全然痛くないアゴを撫でて、銀時はその後ろ姿を見る。さっきまでの胸のもやもやが消えて、気持ちが落ち着いていることに気が付く。銀時はふっと笑ってから***を追いかける。
「なぁ、お前さぁ、そのちょっと触られただけで茹でダコみてぇになるところが危ねぇんだぞ、分かってんのか、田舎の父ちゃんも心配だと銀さんは思うぞ」
「ゆ、茹でダコじゃないです!人よりちょっと顔が赤くなりやすいだけだもん!」
そう言いながらも真っ赤な顔で、眉を吊り上げて怒っている姿は、まるでいじめられっこの子供のようで、いじめっこ気質の銀時には面白い。にやにやと笑いながら、馬鹿にするような目で見ていると、それに気づいた***が「うぎぎ…」と悔し気な目で銀時を睨み、応戦するかのように口を開く。
「それに!父とは田舎を出てくる前に、お酒を飲まない約束をしてるから、心配なんてかけません!江戸では絶対に酒を飲むな、飲んだら親子の縁を切るって言われてるんです!だから大丈夫です!!」
その言葉を聞いて、銀時はふと浮かんできた疑問を素直に尋ねる。
「え、***、お前、酒飲むとどうなんの?」
「え?お酒飲むとですか?…わ、私は、そんなつもりは全然無いんですけど、周りの人にはちょっとでもお酒を飲むと、顔が真っ赤になって、ふにゃふにゃになっちゃってるって言われました…」
その言葉を聞いて、銀時は一瞬動きを止めると、「う、うが―――!」と叫び、頭を両手で抱えて座り込む。そしてしばらくすると「はぁぁぁぁぁぁぁ」と深いため息をついた。
抱えた頭のなかで、「ちきしょう、こいつには絶対ェ酒飲ませねぇ…」と銀時が誓っていると、おろおろとした***の「ねぇ、銀ちゃん、やっぱり今日変ですよ、気持ち悪いの?」という声が、上から降ってくる。
見上げると、***の後ろに大きな満月が浮かんでいる。しょうがねぇ、田舎の父親もさぞや心配だろう、江戸では俺がこいつを見守るしかねぇな…と銀時はひとり思う。
「はぁぁぁぁ、親父さん…お気持ち、お察し致します…」
「え?何?何ですか?親父さんてだれ?」
ぐったりと俯く銀時と、おろおろする***を、満月だけが笑っているように光り輝いて、何も言わずに見下ろしていた。
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