かぶき町で牛乳配達をする女の子
牛乳(人生)は噛んで飲め
おなまえをどうぞ
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【pm.8:00】
花の金曜の夜8時、スナックお登勢は客足も多く盛況だ。店主のお登勢はカウンターのなかで、煙草を吸いながら注文の酒を作り、何か問題はないかと、ぐるりと店を見回す。よく見る顔馴染みの常連たちが、テーブル席で笑い声をあげている。カラオケの機械の前で歌う酔っ払いのサラリーマンと、合いの手を入れるその連れ。今日も和気あいあいとした平和な夜が過ぎていくな、と思っていたところで、突然大きな音をたてて、店の引き戸が開いた。
ガラガラガラッ――ビシャンッ!!!
「おい、ババア!ちょっといいか」
乱暴なもの言いで入ってきた銀時を横目でちらりと見ると、お登勢は「また騒がしいやつが来た…」とため息をつく。
「うるさいねぇ…扉くらい静かに開けて入ってこれないのかい」
「あァ?こんなシケた店、来てやってるだけありがてぇと思えよ」
「アンタはタダ酒飲みに来ただけだろう、ありがたくもなんともないね」
勧めてもいないのに、カウンターの端からひとつ空けた席の椅子をガタガタと引くと、銀時は勝手に座る。
「おい、***、こっち座れよ」
隣の空いた端っこの席を手で叩きながら、銀時が呼んだのは年若い女だった。引っ張られて入ってきた人間が、いつもの子供達やグラサンではないことに気づき、お登勢は珍しいものを見る目で、その連れの方を見る。
「あ、あの******と申します。はじめまして」
あどけなくにこにこと、お登勢に笑いかけながらぺこりと頭を下げる。松葉杖をつきながらちょこちょこと歩き、カウンターに座るが「銀ちゃん、私スナックってはじめてで、お酒飲めないけどいいんでしょうか…」と遠慮した様子がいじらしい。こんな初心そうな娘を、銀時が連れてくるとは夢にも思わなかったと、お登勢はひとり驚く。
「銀時、アンタこんな純情そうな子、どこからさらってきたんだい」
「さらってきてねぇよ、人聞き悪いこと言うなババァ。こないだ神楽がさんざん話してただろうが、べらぼうに美味い牛乳を持ってくる配達屋がいるって、それがコイツ」
そう言われてお登勢も思い出す。数日前の昼時に米をたかりにきた万事屋の、チャイナ娘がずいぶんと熱心にその話をしていたのだ。あんなに美味しい牛乳はほかに無い、もっと飲みたい、あの牛乳で作ったプリンが美味い、もっと食べたい、万事屋でも配達してもらえとしつこく銀時に迫っていたのだ。「家賃も滞納してる下級市民が、牛乳配達なんて贅沢できるわけねぇだろ、雨水でも飲んでろ」と、銀時は全く相手にしていなかったが。
「そうかい、それじゃ、アンタが出稼ぎで牛乳配達してるっていう子かい」
「はい、そうです。今は足を怪我してちょっとお休みしていますが…あ、あの銀ちゃんから言われて持ってきたんですけど、お登勢さん、もしよかったらこれ、皆さんでどうぞ」
そう言って***が取り出したのが、***農園と書かれた牛乳瓶だった。銀時の魂胆が分かり、お登勢は内心呆れつつも笑ってしまう。なんだかんだ言って、この男はガキ共に甘いのだ。牛乳は飲みたい、しかし金は無い、それなら下のスナックに配達させようと考えたってところだろう。
「それにしても、***ちゃん、アンタの田舎はずいぶん遠いじゃないか、親御さんは心配してんじゃないのかい」
「……そうですねぇ、でも貧乏暇なしっていうんですかね、農園を切り盛りするので手一杯で、きっと娘のことなんて二の次ですよぉ」
お登勢は目の前に置かれた牛乳瓶を持ち上げ、そこに書いてある農園の住所を見た。遠い北国の地名を見て、その土地の名前をどこかで聞いたことがあると、記憶が脳裏に蘇る。
「たしかアンタの田舎の方で、10年くらい前かね、ひどい飢饉があったんじゃないかい?」
「まぁ!よくご存じですねぇ。そうです、天人の落とした細菌が飛来したのが、たまたま私の街だったんです。土地が汚染されて、あっという間に人間以外のありとあらゆる生物が死んでしまって…」
あの土地の人々にとっては、ずいぶんと苦しい時代だったと、***は振り返る。子供だった***でさえ、動物や植物がどんどん死に絶えていくのを見て、毎日悲しかった。しかし何より、数十年かけて形にした農園を、一瞬にして失った両親の落ち込みようは激しく、娘の目から見てもとても胸が苦しいものだった。
「父も母もすっかり痩せて、私も兄弟もみんな、いっつもお腹を空かせていたんです。それでもずっと食べる物が無くて。苦しかったなぁ…今は汚染除去が終わって、少しづつ農園も元に戻りつつあるんです。でもまだまだ火の車で、自転車操業には変わりないんですけど…少しでも足しになるようにって、私も仕送りをしてるんですが、なかなかすぐには上手くはいかないものですね」
話は悲惨なものなのに、***の顔には笑顔が張り付いていて、それが余計に痛々しい。煙草を深く吸って長く吐き出したお登勢は、頬杖をついて黙って話を聞いている銀時を、ちらりと見た。どうやら銀時の本当の狙いは、この子の力になることのようだった。
「…そういうことなら、***ちゃん、アンタの親御さんが作ってるこの牛乳、今度からウチにも届けてもらおうかね」
「えっ!?…ヤダ!私そんなつもりじゃないんです!…なんだかお登勢さんの顔を見てたら、昔のこと話したくなっちゃって、ついベラベラと…ごめんなさい。同情させて売りつけようとか、そんなつもりじゃ…」
「ハッハッハッ!そんなにおどおどして、実は芝居だってんなら、アンタは立派な女優になれるよ……アタシはねェ、***ちゃん、たったひとりで一生懸命頑張ってるアンタみたいな子が大好きなのさ。親の為、兄弟の為って、泣かせるじゃないか、なぁ、銀時。困ったことがあったら何でも言いな、それに牛乳も届けておくれ。こう見えてアタシは朝はパン派なんだ、美味しい牛乳ならありがたく頂戴するよ」
さばさばとしたお登勢の口調の中に、にじみでる優しさを感じて、***は胸が熱くなり泣きそうになってしまう。申し訳ない気持ちとすごく嬉しい気持ちが両方あって、目の前のお登勢に抱き着きたくなる。
「お登勢さん…ありがとうございます…かぶき町にもお母さんができたみたいで嬉しいです。今は足がこんなでお休みもらってるけど、配達に復帰したら、牛乳持ってきますね!」
「ババァ、可愛い娘ができてよかったじゃねーか。紹介料っつーことで俺と神楽も飲むから、娘に多めに持って来させろよ」
「コラ銀時、そういうことは家賃払ってから言いなァ」
お登勢と銀時のやりとりを、***はにこにこと笑って楽しそうに見ている。酒は弱くて飲めないと言い、ジュースをストローで飲んでいる姿は、まるで子供のようだ。このかぶき町に1年も住んでいて、こんなに擦れずにいる女の子は珍しいとお登勢は思う。この街をよく知る人間からすると、それは奇跡のようなものなのだ。
「あれぇ~お登勢さ~ん、珍しいねぇ、こんな可愛い子が飲みに来てるなんて」
知らぬ間に背後に来ていた酔っ払いの客が、***の肩をぽんと叩く。驚き振り向いた***の顔を、男はじろじろと見た後、銀時とは反対側の***の隣に回った。そこに椅子は無く、立ったままでまるで***に寄りかかるように、なんやかんやと話しかける。
「おじさんはねぇ、ハデなギャルよりも、君みたいな地味だけど優しそうな可愛い子が好みなんだよぉ。ここには席もないし、あっちのテーブルで一緒に飲もうよ、美味しいお酒ごちそうするからさ!あと、おじさんとカラオケでデュエットしよう!」
***がにこにこ笑って、おとなしく話を聞いているせいか、だんだんと男のボディータッチが激しくなる。最初は腕や手をちらちらと触っていただけだったが、気付くとその肩を抱いて、自分のテーブルへ連れていこうと必死になっている。
一方当の***は、「わたし、お酒飲めないんですよぉ、ごちそうされても困っちゃいます…え、カラオケですか?“津軽海峡冬景色”なら歌えますけど…」と全く危機感がない。呆れたお登勢が客に注意しようと、口を開きかけた瞬間だった。
「ねぇ、オジサァ~ン、アタシも地味めなカワイイ子なんだけどォ~、お酒おどってくれますゥ?美味しくってェ…高っけぇやつ!!」
―――ドゴッ!!!
突然オカマのような口調で酔っ払いに話しかけた銀時が、***の肩から男の腕を持ち上げて外す。***の身体の前から左腕を回して肩を掴むと、ぐいっと自分の方へ引き寄せる。全員があっけにとられている間に、銀時はカウンターの中にあった酒瓶を掴むと、その瓶底を男の横っ面に直撃させた。男はその場で気を失い、へなへなと崩れ落ちた。
「ええっ!?ぎ、銀ちゃん、なんで!?」
「ああっ!?なんでじゃねーよ、お前ェこそ何やってんだ馬鹿ッ!エロジジイにべたべた触られてセクハラされてんのに、へらへら笑ってんじゃねーよ!何が津軽海峡冬景色だ、お前がまんざらでもねぇ態度取ってっから、ジジイがつけあがるんだろーが!」
「えっ!?わた、私、セクハラされてたんですか!?」
***が素っ頓狂な声を上げて言った言葉に、銀時もお登勢も目を丸くして、一瞬動きを止める。そしてふたり同時に「はぁぁぁぁぁ」と、心底呆れたという風にため息をつく。
「…ババァ、帰るわ」
「そうしな銀時、***ちゃんを家まで送るんだよ」
「言われなくても分かってるっつーの」
***は眉を八の字に下げて、床に伏している酔っ払い客と、立ち上がった銀時とを、交互に見つめている。その右腕を銀時が掴むと、そのまま扉に向かって歩き出す。ふたりを見送るお登勢は、おや、と思う。銀時のいつも通りの荒っぽい素振りのなかに、***の怪我をした左足を気遣うような、繊細な仕草がチラリと見えた。
珍しいこともあるもんだね、と思いながらお登勢は微笑む。狂犬のようなあの男が、そういえば店に来た時から、ひ弱な主人を守る番犬のように、何かにつけてあの子のことを気にかけていた。驚くほど世間擦れしていない***の純粋さを、自分が守らなければとでも、思っているのかもしれない。
「フン…、しっかり頑張んな、銀時」
お登勢は小さく呟いて笑うと、煙草の煙を天井に向かって吐き出した。
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no.6【pm.8:00】end
花の金曜の夜8時、スナックお登勢は客足も多く盛況だ。店主のお登勢はカウンターのなかで、煙草を吸いながら注文の酒を作り、何か問題はないかと、ぐるりと店を見回す。よく見る顔馴染みの常連たちが、テーブル席で笑い声をあげている。カラオケの機械の前で歌う酔っ払いのサラリーマンと、合いの手を入れるその連れ。今日も和気あいあいとした平和な夜が過ぎていくな、と思っていたところで、突然大きな音をたてて、店の引き戸が開いた。
ガラガラガラッ――ビシャンッ!!!
「おい、ババア!ちょっといいか」
乱暴なもの言いで入ってきた銀時を横目でちらりと見ると、お登勢は「また騒がしいやつが来た…」とため息をつく。
「うるさいねぇ…扉くらい静かに開けて入ってこれないのかい」
「あァ?こんなシケた店、来てやってるだけありがてぇと思えよ」
「アンタはタダ酒飲みに来ただけだろう、ありがたくもなんともないね」
勧めてもいないのに、カウンターの端からひとつ空けた席の椅子をガタガタと引くと、銀時は勝手に座る。
「おい、***、こっち座れよ」
隣の空いた端っこの席を手で叩きながら、銀時が呼んだのは年若い女だった。引っ張られて入ってきた人間が、いつもの子供達やグラサンではないことに気づき、お登勢は珍しいものを見る目で、その連れの方を見る。
「あ、あの******と申します。はじめまして」
あどけなくにこにこと、お登勢に笑いかけながらぺこりと頭を下げる。松葉杖をつきながらちょこちょこと歩き、カウンターに座るが「銀ちゃん、私スナックってはじめてで、お酒飲めないけどいいんでしょうか…」と遠慮した様子がいじらしい。こんな初心そうな娘を、銀時が連れてくるとは夢にも思わなかったと、お登勢はひとり驚く。
「銀時、アンタこんな純情そうな子、どこからさらってきたんだい」
「さらってきてねぇよ、人聞き悪いこと言うなババァ。こないだ神楽がさんざん話してただろうが、べらぼうに美味い牛乳を持ってくる配達屋がいるって、それがコイツ」
そう言われてお登勢も思い出す。数日前の昼時に米をたかりにきた万事屋の、チャイナ娘がずいぶんと熱心にその話をしていたのだ。あんなに美味しい牛乳はほかに無い、もっと飲みたい、あの牛乳で作ったプリンが美味い、もっと食べたい、万事屋でも配達してもらえとしつこく銀時に迫っていたのだ。「家賃も滞納してる下級市民が、牛乳配達なんて贅沢できるわけねぇだろ、雨水でも飲んでろ」と、銀時は全く相手にしていなかったが。
「そうかい、それじゃ、アンタが出稼ぎで牛乳配達してるっていう子かい」
「はい、そうです。今は足を怪我してちょっとお休みしていますが…あ、あの銀ちゃんから言われて持ってきたんですけど、お登勢さん、もしよかったらこれ、皆さんでどうぞ」
そう言って***が取り出したのが、***農園と書かれた牛乳瓶だった。銀時の魂胆が分かり、お登勢は内心呆れつつも笑ってしまう。なんだかんだ言って、この男はガキ共に甘いのだ。牛乳は飲みたい、しかし金は無い、それなら下のスナックに配達させようと考えたってところだろう。
「それにしても、***ちゃん、アンタの田舎はずいぶん遠いじゃないか、親御さんは心配してんじゃないのかい」
「……そうですねぇ、でも貧乏暇なしっていうんですかね、農園を切り盛りするので手一杯で、きっと娘のことなんて二の次ですよぉ」
お登勢は目の前に置かれた牛乳瓶を持ち上げ、そこに書いてある農園の住所を見た。遠い北国の地名を見て、その土地の名前をどこかで聞いたことがあると、記憶が脳裏に蘇る。
「たしかアンタの田舎の方で、10年くらい前かね、ひどい飢饉があったんじゃないかい?」
「まぁ!よくご存じですねぇ。そうです、天人の落とした細菌が飛来したのが、たまたま私の街だったんです。土地が汚染されて、あっという間に人間以外のありとあらゆる生物が死んでしまって…」
あの土地の人々にとっては、ずいぶんと苦しい時代だったと、***は振り返る。子供だった***でさえ、動物や植物がどんどん死に絶えていくのを見て、毎日悲しかった。しかし何より、数十年かけて形にした農園を、一瞬にして失った両親の落ち込みようは激しく、娘の目から見てもとても胸が苦しいものだった。
「父も母もすっかり痩せて、私も兄弟もみんな、いっつもお腹を空かせていたんです。それでもずっと食べる物が無くて。苦しかったなぁ…今は汚染除去が終わって、少しづつ農園も元に戻りつつあるんです。でもまだまだ火の車で、自転車操業には変わりないんですけど…少しでも足しになるようにって、私も仕送りをしてるんですが、なかなかすぐには上手くはいかないものですね」
話は悲惨なものなのに、***の顔には笑顔が張り付いていて、それが余計に痛々しい。煙草を深く吸って長く吐き出したお登勢は、頬杖をついて黙って話を聞いている銀時を、ちらりと見た。どうやら銀時の本当の狙いは、この子の力になることのようだった。
「…そういうことなら、***ちゃん、アンタの親御さんが作ってるこの牛乳、今度からウチにも届けてもらおうかね」
「えっ!?…ヤダ!私そんなつもりじゃないんです!…なんだかお登勢さんの顔を見てたら、昔のこと話したくなっちゃって、ついベラベラと…ごめんなさい。同情させて売りつけようとか、そんなつもりじゃ…」
「ハッハッハッ!そんなにおどおどして、実は芝居だってんなら、アンタは立派な女優になれるよ……アタシはねェ、***ちゃん、たったひとりで一生懸命頑張ってるアンタみたいな子が大好きなのさ。親の為、兄弟の為って、泣かせるじゃないか、なぁ、銀時。困ったことがあったら何でも言いな、それに牛乳も届けておくれ。こう見えてアタシは朝はパン派なんだ、美味しい牛乳ならありがたく頂戴するよ」
さばさばとしたお登勢の口調の中に、にじみでる優しさを感じて、***は胸が熱くなり泣きそうになってしまう。申し訳ない気持ちとすごく嬉しい気持ちが両方あって、目の前のお登勢に抱き着きたくなる。
「お登勢さん…ありがとうございます…かぶき町にもお母さんができたみたいで嬉しいです。今は足がこんなでお休みもらってるけど、配達に復帰したら、牛乳持ってきますね!」
「ババァ、可愛い娘ができてよかったじゃねーか。紹介料っつーことで俺と神楽も飲むから、娘に多めに持って来させろよ」
「コラ銀時、そういうことは家賃払ってから言いなァ」
お登勢と銀時のやりとりを、***はにこにこと笑って楽しそうに見ている。酒は弱くて飲めないと言い、ジュースをストローで飲んでいる姿は、まるで子供のようだ。このかぶき町に1年も住んでいて、こんなに擦れずにいる女の子は珍しいとお登勢は思う。この街をよく知る人間からすると、それは奇跡のようなものなのだ。
「あれぇ~お登勢さ~ん、珍しいねぇ、こんな可愛い子が飲みに来てるなんて」
知らぬ間に背後に来ていた酔っ払いの客が、***の肩をぽんと叩く。驚き振り向いた***の顔を、男はじろじろと見た後、銀時とは反対側の***の隣に回った。そこに椅子は無く、立ったままでまるで***に寄りかかるように、なんやかんやと話しかける。
「おじさんはねぇ、ハデなギャルよりも、君みたいな地味だけど優しそうな可愛い子が好みなんだよぉ。ここには席もないし、あっちのテーブルで一緒に飲もうよ、美味しいお酒ごちそうするからさ!あと、おじさんとカラオケでデュエットしよう!」
***がにこにこ笑って、おとなしく話を聞いているせいか、だんだんと男のボディータッチが激しくなる。最初は腕や手をちらちらと触っていただけだったが、気付くとその肩を抱いて、自分のテーブルへ連れていこうと必死になっている。
一方当の***は、「わたし、お酒飲めないんですよぉ、ごちそうされても困っちゃいます…え、カラオケですか?“津軽海峡冬景色”なら歌えますけど…」と全く危機感がない。呆れたお登勢が客に注意しようと、口を開きかけた瞬間だった。
「ねぇ、オジサァ~ン、アタシも地味めなカワイイ子なんだけどォ~、お酒おどってくれますゥ?美味しくってェ…高っけぇやつ!!」
―――ドゴッ!!!
突然オカマのような口調で酔っ払いに話しかけた銀時が、***の肩から男の腕を持ち上げて外す。***の身体の前から左腕を回して肩を掴むと、ぐいっと自分の方へ引き寄せる。全員があっけにとられている間に、銀時はカウンターの中にあった酒瓶を掴むと、その瓶底を男の横っ面に直撃させた。男はその場で気を失い、へなへなと崩れ落ちた。
「ええっ!?ぎ、銀ちゃん、なんで!?」
「ああっ!?なんでじゃねーよ、お前ェこそ何やってんだ馬鹿ッ!エロジジイにべたべた触られてセクハラされてんのに、へらへら笑ってんじゃねーよ!何が津軽海峡冬景色だ、お前がまんざらでもねぇ態度取ってっから、ジジイがつけあがるんだろーが!」
「えっ!?わた、私、セクハラされてたんですか!?」
***が素っ頓狂な声を上げて言った言葉に、銀時もお登勢も目を丸くして、一瞬動きを止める。そしてふたり同時に「はぁぁぁぁぁ」と、心底呆れたという風にため息をつく。
「…ババァ、帰るわ」
「そうしな銀時、***ちゃんを家まで送るんだよ」
「言われなくても分かってるっつーの」
***は眉を八の字に下げて、床に伏している酔っ払い客と、立ち上がった銀時とを、交互に見つめている。その右腕を銀時が掴むと、そのまま扉に向かって歩き出す。ふたりを見送るお登勢は、おや、と思う。銀時のいつも通りの荒っぽい素振りのなかに、***の怪我をした左足を気遣うような、繊細な仕草がチラリと見えた。
珍しいこともあるもんだね、と思いながらお登勢は微笑む。狂犬のようなあの男が、そういえば店に来た時から、ひ弱な主人を守る番犬のように、何かにつけてあの子のことを気にかけていた。驚くほど世間擦れしていない***の純粋さを、自分が守らなければとでも、思っているのかもしれない。
「フン…、しっかり頑張んな、銀時」
お登勢は小さく呟いて笑うと、煙草の煙を天井に向かって吐き出した。
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