かぶき町で牛乳配達をする女の子
牛乳(人生)は噛んで飲め
おなまえをどうぞ
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
【pm.2:00】
昼の繁忙時間のピークを過ぎて、客もまばらな大江戸スーパーの一角、調味料売場でしゃがみこんでいる男がひとり。
「ったく、山崎のヤロー、マヨネーズの在庫は切らすなっつっといたのによォ」
ぶつぶつと独りごとを呟きながら、棚にあるマヨネーズを次々と掴むと、プラスチックの買い物かごへドサドサと入れていく。紺色の着流し姿で座り込み、店内だというのに煙草を吸っている男は、真選組 鬼の副長 土方十四郎である。
非番の為、ものものしい黒い制服は着ていないが、瞳孔の開いた目はマヨネーズ切れでイライラとしており、周りの客や店員を怖がらせている。
「お客様、店内でお煙草は…」と声をかけてきた店長らしき男を、肩越しに振り返りギロリと睨みつける。男は「ヒィッ」と青い顔をして、そのままくるりと向きを変え、バックヤードにそそくさと逃げてしまった。
子連れや老人などの他の客たちがひそひそと、遠巻きに土方を眺めてはいるが、触らぬ神に祟りなしという風情で近寄ってはこない。
「チッ…」
自分がこのスーパーに全く馴染んでおらず、厄介者として悪目立ちしていることは重々分かっている。しかし遅めの昼飯として食べようとしていた焼きそばにマヨネーズは外せない。棚にある全てのマヨネーズを詰め込んだふたつのカゴを、両手で持ち上げると、土方は苦々しい顔でレジへと向かった。
五台あるレジのうち、いちばん遠い奥のレジを選んだのは、そこに立っているレジ係の女の様子が、他と少し違ったからだ。土方の前に並んでいた客の会計が終わり、今まさにつり銭を渡している。
「***ちゃん、松葉杖つきながらのレジ打ちも、すっかりお手のものだねぇ」
「もう二日もやってますからね、慣れましたよぉ」
「まだ足は痛むのかい?」
「ううん、こうやって地面に着けなければ、なんでもないんですよ」
「無理しちゃダメだよ、おだいじにね」
「ありがとうございます、また来てくださいねぇ」
客に***と呼ばれた女は、右足だけで立ち、左脇に松葉杖を挟みながらも、器用に両手でつり銭とレシートを渡した。客の出した金をトレイにしまうと、片手ですばやくレジを閉めながら、松葉杖を支柱にしてくるりと振り向き、次に並んでいた土方に向かって笑いかけた。
「いらっしゃいませ、お待たせいたしました!」
女は愛想よく、にこにこと笑いながら、カゴに山盛りに積まれているマヨネーズをひとつひとつ手に取った。軽快な「ピッ」という音を立て、ものすごい速さで読み取っていく。
土方は以前にもこのスーパーで同じようにマヨネーズを大量に買ったことがあるが、その時のレジ係は「げっ、マヨネーズばかり買いやがって、気持ちワル」という非難めいた顔をしていた。
一方、目の前の片足立ちで器用にレジ打ちをする女は、にこにことした笑顔を浮かべて、熟練のものにしかできない速さで、どんどんマヨネーズを読み取っていく。一見すると奇妙だが、これは良いレジに当たって幸運だった、と煙草を吸いつつ土方が会計を待っていると、軽快に動いていた女の手がふと止まる。
「あれ?」
それはひとつめのカゴが終わり、ふたつめに取り掛かった途中のことだった。
「あのぉ…お客様、お節介かもしれないんですけど、こっちのカゴに入っている分は全部、…カロリーハーフですけど、大丈夫ですか?」
土方は女の言葉を聞いて、内心「げっ」と思う。カロリーハーフは嫌だ、しかしこの四面楚歌のスーパーで、レジまで持ってきた大量のマヨネーズを、やっぱり戻すなんて言い出すのは、とてつもなく面倒だし、それに恥ずかしい。
「マジか…面倒くせェ」という土方の呟きを聞いたレジ打ちの女は、ぱっと顔を明るくする。
「やっぱりそうですよね!ハーフは嫌ですよね!私もマヨネーズは普通のやつ、それもマヨリーン印がいちばん好きです。取り替えてきましょう!」
そう言うやいなや、”お隣のレジ”にお並びください”と書かれたパネルをぱっと出し、女は松葉杖をつきながらレジから出ようとする。
「オイ!お前ちょっと待て!このカゴにある分で、棚のマヨは全部なんだ!無理して行っても無駄足だぞ」
「え、そうなんですか?……じゃぁ、在庫から出しましょう!ちょっと待っててくださいね…え~、もしもし、こちら5番レジの***です、在庫担当のかた聞こえますか?」
大江戸スーパーのロゴの書かれた赤いエプロンの、ドラ〇もんのような大きなポケットから、トランシーバーらしき物を取り出して呼びかける。雑音交じりの応答が聞こえる。
「マヨリーン印のマヨネーズが足りないので、えーっと、にじゅう…いや30本、5番レジまで持ってきてもらえますか?」
返ってきた「了解です」の応答を聞いてから、女は土方に微笑みかける。
「すぐに来ますから、もうちょっと待てますか?」
「ああ…悪ィな、俺がよく見ないばかりに手間ァかけて」
「いいんですよ!マヨネーズ、おいしいですよね、私も好きです。よく焼きそばにかけたりします」
土方はまさに自分が食べようと思っていた料理を言い当てられ、驚くと同時に、ここにマヨネーズ好きの同志がいたという喜びに胸が温かくなる。
「…ああ、マヨネーズはどんな料理にも合う、完璧な存在だ」
「とってもお好きなんですね。たくさんお買い物して下さって、ありがとうございます」
ぺこりと頭を下げた女を見て、ずいぶん親切な店員がいたもんだ、このスーパーも捨てたもんじゃねぇと土方は思う。女の胸に「******」と書かれた名札があるのを見て、次もこいつのレジに並ぼうと誓い、深く煙草を吸う。
「あ!お客さん!店内は禁煙なんです、店長に怒られちゃいますよ」
「おぉ、ワリィ…」
レジに来た時からずっと煙草は吸っていたのに、今気づきました、という***の様子に毒気を抜かれ、土方は抵抗もせず自然と煙草をもみ消した。そしてしっぽを巻いてバックヤード逃げた店長に比べると、この***という女のほうが、肝も据わってよっぽど良い店長になりそうだが、と思う。
30本のマヨネーズが届くと、***は再びすごい速さでバーコードを読み取り、あっという間にレジ打ちを終えた。見惚れるほど器用な手つきで札や小銭を土方に手渡し、袋が破れると大変だからと、レジ袋をすばやく二枚重ねにし、カゴへ押し込んだ。
「重たいので気を付けて運んでくださいね」
カゴを渡しながら、そう言った***の明るい笑顔とその無邪気な雰囲気に、土方はさっきまでのイライラが治まり、自分が穏やかな気持ちになっていることに気づいた。相変わらず瞳孔は開いてはいるが、マヨネーズ切れで血走っていた瞳も、今は落ち着いている。
「世話んなった、足が悪ィのに無理させて悪かったな」
「とんでもない!足は全然痛くないし、大丈夫なんですよ。お気になさらないでください」
「………言いたくなきゃ言わんで構わねぇが、お前その足、どうしたんだ」
「え?足ですか?…えぇっと、なんて言ったらいいのか…酔っ払いをですね、助けようとしたら、その酔っ払いに踏まれちゃって…気づいたら打撲していたというか…」
「はあ!?お前みたいな小せぇ女が酔っ払に手ェ出すなんざ、この町では自殺行為だ、そういう時はおとなしく警察に行け」
「えへへ、そうですね、次からそうします」
「…今日は非番だからそう見えねェだろうが、こう見えても俺は警察だ。困ったことがあったら真選組の屯所に来い、土方の知り合いだと俺の名前を出せば、大抵のことはしてくれる」
「しんせんぐみ…?土方さん、警察官なんですか?わぁ、すごい!交番のおまわりさん以外で、本物の警察官の方とお話したの、私はじめてです!」
そう言って、***のきらきらとした瞳で見つめられると、土方はまんざらでもない。それどころか結構いい気分だ。はじめて見たときは松葉杖をつきながらレジ打ちをするなんて、変な女だと思ったが、こうして話してみると純粋で、まるで田舎から出てきたばかりの世間知らずの子どものようだ。
「じゃあな、足、早く治せよ」と土方にしては優しい声で言い残すと、レジを離れた。
「ありがとうございます、また来てくださいね」
よく通る真琴の澄んだ声が背後から届き、土方はふっと笑った。こんなに良い子のいるスーパーなら、たまには来てやるかと、内心思いながら。
屯所に帰ると、呑気にミントンの素振りをしている山崎に出くわし、土方は「山崎ィィィィ!」と叫ぶとすかさず鉄拳を食らわせた。鼻血を垂らした山崎は、土方の持つビニール袋を見て、目を丸くする。
「あれ、副長ぉ、前に大江戸スーパーでマヨの大量買いしたら、嫌な思いをしたからもう行かねぇって言ってませんでしたっけ?」
「あァ?…そうだよ、胸糞悪ィレジに当たったからな、だから山崎オメーに行かせてたんだろーが、二度とマヨを切らすんじゃねぇぞ。次やったら切腹じゃすまねぇからな」
前回土方が大江戸スーパーでマヨの大量買いをした時のことを、山崎は鮮明に覚えている。マヨ切れでイライラしているところに、さらに大江戸スーパーで嫌な思いをした為、屯所に帰ってきた土方はひどい怒りようだった。鉢合わせた山崎は怒りまかせ殴られ、半殺しの状態になるまでしばき倒されたのだ。
今日も同じ目にあうかと思い、身をすくめて覚悟したが、数発の拳が飛んできただけで、それほど大したお咎めはなかった。そしてよく見れば、常に不機嫌オーラを放つ鬼の副長の顔は、心なしか穏やかだ。
「副長、なんかいいことでもあったんですか?」
「…まぁな、……奇妙ななりをしてるが、レジ打ちのやけに速い、ずいぶん接客態度の良い女がいてな」
「ああ!それって、***ちゃんのことですよね、松葉杖の!」
「…山崎、テメェなんであの女のこと知ってんだ」
「いやぁ、松葉杖ついてるのは、俺も今朝見て驚きましたがね、前からあの子のレジにはよく並ぶんですよ。特に張り込み中にあんぱんを大量買いすんですけど、嫌な顔せず、ひいたりせずに、笑って会計してくれるのは***ちゃんくらいです。聞いたらずいぶん遠い田舎から、ひとりで出稼ぎにきてるらしいですよ。ほら、副長、うちの食堂の牛乳、にこにこ牛乳っていう牛乳屋から取ってるんですけど、そこで牛乳配達の仕事も掛け持ちしてるらし…」
「やァーまァーざァーきィー!てめぇコラァ、今朝スーパーに行ったんなら、なんでマヨを買ってこねぇんだ!とんだ手間かけさせやがって!それにくわえて、聞いてもいねぇことをぺらぺらぺらぺら…なァにが***ちゃんだ!警察が守るべき一般市民の女を、馴れ馴れしく呼んでんじゃねェ!士道不覚悟の罪で切腹だァァァァァ!!!」
「え、ふくちょ…、ちょっと、まっ…ッギャァァァァァl!!!!」
――――ガサッ
カロリーハーフのマヨネーズが棚からこぼれ落ちる。土方がカゴに残していった山盛りのマヨネーズを、***はひとつずつ棚に戻していた。マヨネーズは確かにおいしいけど、あんなに沢山買う人ははじめて見たなと思い、***はおかしくなってくすくす笑う。
かぶき町って変な街だ、と***は思う。土方と名乗ったさっきの警察官も、銀時もそうだが、周りを怖がらせるような素振りをしている人が、話すと親切だったりする。***を守るように「この街は危険だ」と注意しながら、本人はその街に馴染んでいたり、不思議な人ばかりの変な街だ。
しかしそんな変な街に、***は自分でも気づかないうちに少しずつ馴染みはじめている。マヨネーズを棚に戻し終えると、ふと腕時計を見る。あと30分で今日の仕事が終わる。そういえば銀時が、帰りは神楽と定春を寄こすと言っていたっけ。
今朝、スーパーの前で原付から降りた***の頭に、銀時は大きな手をぽんと乗せると、「片足のレジ打ちマスター、頑張れよぉ」と言ってから去って行った。何気なく思い出した、死んだ魚のような目の男の顔に、***はなぜか元気づけられるような気がした。
慣れた手つきで松葉杖を使って立ち上がる。めくれたエプロンを片手でポンポンとはたいて直した。
「よーし!あともうちょっとだぁ!」
(がんばれ!わたし!)
-------------------------------------
no.5【pm.2:00】end
昼の繁忙時間のピークを過ぎて、客もまばらな大江戸スーパーの一角、調味料売場でしゃがみこんでいる男がひとり。
「ったく、山崎のヤロー、マヨネーズの在庫は切らすなっつっといたのによォ」
ぶつぶつと独りごとを呟きながら、棚にあるマヨネーズを次々と掴むと、プラスチックの買い物かごへドサドサと入れていく。紺色の着流し姿で座り込み、店内だというのに煙草を吸っている男は、真選組 鬼の副長 土方十四郎である。
非番の為、ものものしい黒い制服は着ていないが、瞳孔の開いた目はマヨネーズ切れでイライラとしており、周りの客や店員を怖がらせている。
「お客様、店内でお煙草は…」と声をかけてきた店長らしき男を、肩越しに振り返りギロリと睨みつける。男は「ヒィッ」と青い顔をして、そのままくるりと向きを変え、バックヤードにそそくさと逃げてしまった。
子連れや老人などの他の客たちがひそひそと、遠巻きに土方を眺めてはいるが、触らぬ神に祟りなしという風情で近寄ってはこない。
「チッ…」
自分がこのスーパーに全く馴染んでおらず、厄介者として悪目立ちしていることは重々分かっている。しかし遅めの昼飯として食べようとしていた焼きそばにマヨネーズは外せない。棚にある全てのマヨネーズを詰め込んだふたつのカゴを、両手で持ち上げると、土方は苦々しい顔でレジへと向かった。
五台あるレジのうち、いちばん遠い奥のレジを選んだのは、そこに立っているレジ係の女の様子が、他と少し違ったからだ。土方の前に並んでいた客の会計が終わり、今まさにつり銭を渡している。
「***ちゃん、松葉杖つきながらのレジ打ちも、すっかりお手のものだねぇ」
「もう二日もやってますからね、慣れましたよぉ」
「まだ足は痛むのかい?」
「ううん、こうやって地面に着けなければ、なんでもないんですよ」
「無理しちゃダメだよ、おだいじにね」
「ありがとうございます、また来てくださいねぇ」
客に***と呼ばれた女は、右足だけで立ち、左脇に松葉杖を挟みながらも、器用に両手でつり銭とレシートを渡した。客の出した金をトレイにしまうと、片手ですばやくレジを閉めながら、松葉杖を支柱にしてくるりと振り向き、次に並んでいた土方に向かって笑いかけた。
「いらっしゃいませ、お待たせいたしました!」
女は愛想よく、にこにこと笑いながら、カゴに山盛りに積まれているマヨネーズをひとつひとつ手に取った。軽快な「ピッ」という音を立て、ものすごい速さで読み取っていく。
土方は以前にもこのスーパーで同じようにマヨネーズを大量に買ったことがあるが、その時のレジ係は「げっ、マヨネーズばかり買いやがって、気持ちワル」という非難めいた顔をしていた。
一方、目の前の片足立ちで器用にレジ打ちをする女は、にこにことした笑顔を浮かべて、熟練のものにしかできない速さで、どんどんマヨネーズを読み取っていく。一見すると奇妙だが、これは良いレジに当たって幸運だった、と煙草を吸いつつ土方が会計を待っていると、軽快に動いていた女の手がふと止まる。
「あれ?」
それはひとつめのカゴが終わり、ふたつめに取り掛かった途中のことだった。
「あのぉ…お客様、お節介かもしれないんですけど、こっちのカゴに入っている分は全部、…カロリーハーフですけど、大丈夫ですか?」
土方は女の言葉を聞いて、内心「げっ」と思う。カロリーハーフは嫌だ、しかしこの四面楚歌のスーパーで、レジまで持ってきた大量のマヨネーズを、やっぱり戻すなんて言い出すのは、とてつもなく面倒だし、それに恥ずかしい。
「マジか…面倒くせェ」という土方の呟きを聞いたレジ打ちの女は、ぱっと顔を明るくする。
「やっぱりそうですよね!ハーフは嫌ですよね!私もマヨネーズは普通のやつ、それもマヨリーン印がいちばん好きです。取り替えてきましょう!」
そう言うやいなや、”お隣のレジ”にお並びください”と書かれたパネルをぱっと出し、女は松葉杖をつきながらレジから出ようとする。
「オイ!お前ちょっと待て!このカゴにある分で、棚のマヨは全部なんだ!無理して行っても無駄足だぞ」
「え、そうなんですか?……じゃぁ、在庫から出しましょう!ちょっと待っててくださいね…え~、もしもし、こちら5番レジの***です、在庫担当のかた聞こえますか?」
大江戸スーパーのロゴの書かれた赤いエプロンの、ドラ〇もんのような大きなポケットから、トランシーバーらしき物を取り出して呼びかける。雑音交じりの応答が聞こえる。
「マヨリーン印のマヨネーズが足りないので、えーっと、にじゅう…いや30本、5番レジまで持ってきてもらえますか?」
返ってきた「了解です」の応答を聞いてから、女は土方に微笑みかける。
「すぐに来ますから、もうちょっと待てますか?」
「ああ…悪ィな、俺がよく見ないばかりに手間ァかけて」
「いいんですよ!マヨネーズ、おいしいですよね、私も好きです。よく焼きそばにかけたりします」
土方はまさに自分が食べようと思っていた料理を言い当てられ、驚くと同時に、ここにマヨネーズ好きの同志がいたという喜びに胸が温かくなる。
「…ああ、マヨネーズはどんな料理にも合う、完璧な存在だ」
「とってもお好きなんですね。たくさんお買い物して下さって、ありがとうございます」
ぺこりと頭を下げた女を見て、ずいぶん親切な店員がいたもんだ、このスーパーも捨てたもんじゃねぇと土方は思う。女の胸に「******」と書かれた名札があるのを見て、次もこいつのレジに並ぼうと誓い、深く煙草を吸う。
「あ!お客さん!店内は禁煙なんです、店長に怒られちゃいますよ」
「おぉ、ワリィ…」
レジに来た時からずっと煙草は吸っていたのに、今気づきました、という***の様子に毒気を抜かれ、土方は抵抗もせず自然と煙草をもみ消した。そしてしっぽを巻いてバックヤード逃げた店長に比べると、この***という女のほうが、肝も据わってよっぽど良い店長になりそうだが、と思う。
30本のマヨネーズが届くと、***は再びすごい速さでバーコードを読み取り、あっという間にレジ打ちを終えた。見惚れるほど器用な手つきで札や小銭を土方に手渡し、袋が破れると大変だからと、レジ袋をすばやく二枚重ねにし、カゴへ押し込んだ。
「重たいので気を付けて運んでくださいね」
カゴを渡しながら、そう言った***の明るい笑顔とその無邪気な雰囲気に、土方はさっきまでのイライラが治まり、自分が穏やかな気持ちになっていることに気づいた。相変わらず瞳孔は開いてはいるが、マヨネーズ切れで血走っていた瞳も、今は落ち着いている。
「世話んなった、足が悪ィのに無理させて悪かったな」
「とんでもない!足は全然痛くないし、大丈夫なんですよ。お気になさらないでください」
「………言いたくなきゃ言わんで構わねぇが、お前その足、どうしたんだ」
「え?足ですか?…えぇっと、なんて言ったらいいのか…酔っ払いをですね、助けようとしたら、その酔っ払いに踏まれちゃって…気づいたら打撲していたというか…」
「はあ!?お前みたいな小せぇ女が酔っ払に手ェ出すなんざ、この町では自殺行為だ、そういう時はおとなしく警察に行け」
「えへへ、そうですね、次からそうします」
「…今日は非番だからそう見えねェだろうが、こう見えても俺は警察だ。困ったことがあったら真選組の屯所に来い、土方の知り合いだと俺の名前を出せば、大抵のことはしてくれる」
「しんせんぐみ…?土方さん、警察官なんですか?わぁ、すごい!交番のおまわりさん以外で、本物の警察官の方とお話したの、私はじめてです!」
そう言って、***のきらきらとした瞳で見つめられると、土方はまんざらでもない。それどころか結構いい気分だ。はじめて見たときは松葉杖をつきながらレジ打ちをするなんて、変な女だと思ったが、こうして話してみると純粋で、まるで田舎から出てきたばかりの世間知らずの子どものようだ。
「じゃあな、足、早く治せよ」と土方にしては優しい声で言い残すと、レジを離れた。
「ありがとうございます、また来てくださいね」
よく通る真琴の澄んだ声が背後から届き、土方はふっと笑った。こんなに良い子のいるスーパーなら、たまには来てやるかと、内心思いながら。
屯所に帰ると、呑気にミントンの素振りをしている山崎に出くわし、土方は「山崎ィィィィ!」と叫ぶとすかさず鉄拳を食らわせた。鼻血を垂らした山崎は、土方の持つビニール袋を見て、目を丸くする。
「あれ、副長ぉ、前に大江戸スーパーでマヨの大量買いしたら、嫌な思いをしたからもう行かねぇって言ってませんでしたっけ?」
「あァ?…そうだよ、胸糞悪ィレジに当たったからな、だから山崎オメーに行かせてたんだろーが、二度とマヨを切らすんじゃねぇぞ。次やったら切腹じゃすまねぇからな」
前回土方が大江戸スーパーでマヨの大量買いをした時のことを、山崎は鮮明に覚えている。マヨ切れでイライラしているところに、さらに大江戸スーパーで嫌な思いをした為、屯所に帰ってきた土方はひどい怒りようだった。鉢合わせた山崎は怒りまかせ殴られ、半殺しの状態になるまでしばき倒されたのだ。
今日も同じ目にあうかと思い、身をすくめて覚悟したが、数発の拳が飛んできただけで、それほど大したお咎めはなかった。そしてよく見れば、常に不機嫌オーラを放つ鬼の副長の顔は、心なしか穏やかだ。
「副長、なんかいいことでもあったんですか?」
「…まぁな、……奇妙ななりをしてるが、レジ打ちのやけに速い、ずいぶん接客態度の良い女がいてな」
「ああ!それって、***ちゃんのことですよね、松葉杖の!」
「…山崎、テメェなんであの女のこと知ってんだ」
「いやぁ、松葉杖ついてるのは、俺も今朝見て驚きましたがね、前からあの子のレジにはよく並ぶんですよ。特に張り込み中にあんぱんを大量買いすんですけど、嫌な顔せず、ひいたりせずに、笑って会計してくれるのは***ちゃんくらいです。聞いたらずいぶん遠い田舎から、ひとりで出稼ぎにきてるらしいですよ。ほら、副長、うちの食堂の牛乳、にこにこ牛乳っていう牛乳屋から取ってるんですけど、そこで牛乳配達の仕事も掛け持ちしてるらし…」
「やァーまァーざァーきィー!てめぇコラァ、今朝スーパーに行ったんなら、なんでマヨを買ってこねぇんだ!とんだ手間かけさせやがって!それにくわえて、聞いてもいねぇことをぺらぺらぺらぺら…なァにが***ちゃんだ!警察が守るべき一般市民の女を、馴れ馴れしく呼んでんじゃねェ!士道不覚悟の罪で切腹だァァァァァ!!!」
「え、ふくちょ…、ちょっと、まっ…ッギャァァァァァl!!!!」
――――ガサッ
カロリーハーフのマヨネーズが棚からこぼれ落ちる。土方がカゴに残していった山盛りのマヨネーズを、***はひとつずつ棚に戻していた。マヨネーズは確かにおいしいけど、あんなに沢山買う人ははじめて見たなと思い、***はおかしくなってくすくす笑う。
かぶき町って変な街だ、と***は思う。土方と名乗ったさっきの警察官も、銀時もそうだが、周りを怖がらせるような素振りをしている人が、話すと親切だったりする。***を守るように「この街は危険だ」と注意しながら、本人はその街に馴染んでいたり、不思議な人ばかりの変な街だ。
しかしそんな変な街に、***は自分でも気づかないうちに少しずつ馴染みはじめている。マヨネーズを棚に戻し終えると、ふと腕時計を見る。あと30分で今日の仕事が終わる。そういえば銀時が、帰りは神楽と定春を寄こすと言っていたっけ。
今朝、スーパーの前で原付から降りた***の頭に、銀時は大きな手をぽんと乗せると、「片足のレジ打ちマスター、頑張れよぉ」と言ってから去って行った。何気なく思い出した、死んだ魚のような目の男の顔に、***はなぜか元気づけられるような気がした。
慣れた手つきで松葉杖を使って立ち上がる。めくれたエプロンを片手でポンポンとはたいて直した。
「よーし!あともうちょっとだぁ!」
(がんばれ!わたし!)
-------------------------------------
no.5【pm.2:00】end