かぶき町で牛乳配達をする女の子
牛乳(人生)は噛んで飲め
おなまえをどうぞ
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【pm.4:00】
万事屋は定春まで動員して、かぶき町中を探し回ったが、***の自転車は結局見つからなかった。大橋だけでなく、裏通りやいかがわしいネオン街も回った。新八は大橋周辺の人々に聞き込みを、神楽は定春に乗って町中を駆け回った。銀時は原付の後ろに***を乗せて、交番へ届けられていないかを聞きに行った。しかし、そのどれもが空振りに終わった。
別行動で町をしらみつぶしに探し、河川敷で落ち合うことになっている。
「こんだけ探して見つかんねぇんだ、性根の悪い奴が、そのまま乗り逃げしたってとこだろ」
原付を走らせながら、銀時は後ろにいる***に向かって喋りかけた。***は初めて乗る原付にこわごわとして、銀時の着流しの腰のあたりを、両手でぎゅっと握っている。
「うーん、そうですかねぇ…サイドミラーと大きい荷台がついてる変な自転車ですよ?そんな自転車に乗ってる人がいたら、すぐに見つけられそうなのに…」
「***、もしお前の自転車に乗ってるヤツを見つけても、ひとりの時に声掛けたり、「それ私の!」とか言って追いかけたり絶対すんなよ。逆ギレされて刺し殺されるから」
「え、かぶき町ってそんなに怖いところじゃないですよ」
「バッカ、オメェ何言ってんの。田舎と違ってここはゴロツキばっかなの。一歩でも家のそと出てみろ、モヒカンのヒャッハーした奴らが、ヒャッハー言いながら、ヒャッハーしてんの」
「私1年住んでて、一度もヒャッハーな人なんて見たことないけど…それに少なくとも銀ちゃんたちは、すごく優しいですよ。自転車なんかのためにこんなに一生懸命になってくれて」
「そりゃ俺たちは仕事だからな。貰うもん貰えれば、何でもやるさ」
「え!銀ちゃん、私いまそんなに手持ちがないんだけど…」
「あ?さっきもう貰ったろ、牛乳と昼飯」
銀時がそう言った直後、スピードを出した大型トラックが原付を追い越した。強い風が吹いて、***は話せなくなってしまう。怪我を手当てしてもらい、病院にも付き添ってくれ、自転車まで探してくれているのに、自分が元々持っていた牛乳と、たった一度の食事代では割りが合わないのでは…と***は言いたかった。
しかしトラックを避けた原付が、ぐらりと揺れた為、怖さに身がすくんで、銀時の背中に顔を寄せて縮こまるしかできない。
「***、怖ぇなら、腕回せ」
「え?」
風や車の音でよく聞こえず戸惑っているうちに、銀時が後ろ手に***の左腕を取って、自分の腰に巻き付ける。
「車が増えてきやがったから、こっからは結構揺れる。振り落とされてもいいんなら、俺は別に構わねーけど、落ちても拾わねーからな」
「えええ!…じゃ、じゃあ、お言葉に甘えて、ちょっと失礼しますね」
銀時に引かれた左腕の上に、右腕を回して控えめにその腰につかまった。自然と顔が大きな背中に近づいてしまい、銀時の背中に頬を寄せるような姿勢になる。とても恥ずかしいけれど、落ちたくないから仕方がない。銀ちゃんもそうしろと言うし、と***は自分に言い聞かせた。
口が悪かったり、からかわれたりするけど、何かと世話を焼いてくれ、怖い思いをしないよう気をつかってくれて、やっぱり銀ちゃんは優しいよ、と***は言いたい。しかし原付が何度も揺れて、おとなしく目の前の広い背中にくっついていることしかできなかった。
自分の腰に***のひ弱で細い腕が巻き付いた後、しばらくして銀時は自分の背中の一か所がどんどん熱を持ち、熱くなっていくのを感じた。目に見えなくても、後ろに乗っている女の顔が真っ赤で、まるで茹でダコのようになっているのが分かる。銀時は声もなく笑った。病院の外で見た、触ったらやけどしそうなほど、紅く染まった小さな耳たぶが目に浮かぶ。
あーあーおもしれぇ、こりゃぁこの後、自転車がないか見に行くっつって、ホテル街に乗り込んで、ピンクの看板が連なっているのを見せたら、どんな顔をするんだかと、銀時は内心ほくそ笑んだ。ついでに「依頼料を身体で払え」くらいの悪い冗談を言えば、もっとおもしれぇ反応が見れるかもしんねーな、と思いながら原付のスピードを上げた。
「で、***さんにビンタ食らったってことですか」
新八が哀れみと蔑みの目で見る銀時の左頬には、真っ赤な手形が付いている。張り手の理由を聞いた神楽は、ゴミを見るような目で銀時を見て、「サイテー、しばらく私に話しかけないで」と標準語で言い捨てた。
つい三十分前、「ホテル愛の巣」という看板の下で、悪い冗談を言いながらにやつく銀時に対して、***は腕を大きく振りかぶると、強烈な張り手を炸裂させた。
「この…人でなしッ!」と叫んだ***の腕を掴み、「嘘嘘嘘!***ちゃーん、ジョーダン!冗談だって!!」と弁解するも聞き耳を持たなかった。
「離してよぉ!銀ちゃんの馬鹿ッ!優しい人だと思ってたのに!警察呼びますよ!!」と言って、慣れない松葉杖でひとり歩き始めた***の隣を、原付でゆっくり走りながら、「悪かったって!お前ぇが面白いから、ついからかっただけじゃねぇか」と必死でなだめて、なんとか河川敷まで連れて帰ってきたのだ。
「ついからかった、ではすまないレベルの悪い冗談ですね、***さんが怒るも当然です」
「いや、でも何もあんなすげぇビンタしなくてもいいだろ。ホテル街で女追いかける銀さんの気持ちも少しは考えろよ、新八ィ。ヤらせてもらえなくて女にすがってる超情けねぇヤツにしか見えねーだろ」
「それこそ自業自得ですよ」
河川敷の坂に腰を下ろして、買ってきたカップアイスで真っ赤な頬を冷やしながら、尚も自己弁護している銀時に、隣に座る新八はため息をつく。そのビンタを食らわせた張本人の***は、神楽と一緒に少し離れたところで川を眺めたり、定春をなでたりしていた。
「それより銀さん、結局自転車は見つからなかったですけど、どうするんですか?」
「…まぁ、どうせ***のあの足じゃ二週間は乗れねぇんだ。探し続ければ、そのうち乗ってるヤツに出くわすだろ。そん時にぶん取って返してやりゃーいいさ」
「***さん、大江戸スーパーでも働いてるんですよね?あんな足で通わすのは、僕は心配です」
少し遠くで、定春の首に腕を回して抱きしめ、喜んでいる***を見て、銀時はアイスを食べながら何か考えている様子だったが、新八の「なんとかできないですか、銀さん」という問いかけには、何も答えなかった。
気が付くと日没間近になり、空は茜色に染まりはじめた。
「神楽ちゃーん、***さーん、そろそろ帰りましょう」
「おい新八、神楽つれて先に帰ってろ、俺は***送ってから帰るわ」
「……銀さん、ちゃんと***さんに謝ってくださいね」
「へいへい」
川べりに立ち、こちらに背を向けて、夕陽を眺めている***に、銀時は頭をガリガリと掻きむしりながら近づく。
「***、そろそろ帰ェるぞ、家まで送ってく」
「銀ちゃん……、ほんとにお家に送ってくれますか?変なところに連れていかない?」
「だ~か~らァ~、悪かったっつってんだろ、もうどこにも連れてかねぇよ、家まで送るだけだって。さっき無理して歩いたから、足めちゃくちゃ辛ぇんだろ」
「……うん」
「家まで歩けねぇだろ」
「…うん」
「じゃぁ後ろ乗れよ」
銀時は***に近づくと、見下ろした小さな頭に、半ば強制的にヘルメットを被せた。
「…銀ちゃん、私ね、からかわれたから怒ってるんじゃないんです。銀ちゃんはこの町がゴロツキばっかりって言ってたけど、少なくとも銀ちゃんたちは優しいって、私言ったでしょ。新八君も神楽ちゃんも、みんなと仲良くなれて、私すごく嬉しかった。だから…あんな、は、恥ずかしい場所で変な冗談を言われて、それで仲良くなれたって思ってたのは私だけだったのかと思ったら、悲しかったから、それで、その…ビンタしちゃったんです」
「おー、すっげぇ強烈なビンタだった」
「うん…自分でもびっくりした」
そういうと***は銀時に微笑んだ。その頃には河川敷すべてが真っ赤な夕焼けの色に染まっていた。***は銀時を見上げるとその左頬をじっと見て、夕日に染まった赤い顔に、まだ自分のつけた赤い手形が残っているのを見つけた。
「ごめんね、痛かったよね……でも、銀ちゃんも反省して下さい。銀ちゃんのせいで、新八君や神楽ちゃんのことも嫌いにならなきゃいけないところでした」
「はいはい、悪かったよ!っだァー!ちきしょう新八にも言われたしな!謝りゃいんだろ謝りゃ!どーもすいまっせんしたぁっっっ!」
「よし!許す!!…ふふッ、さぁ帰りましょ!早く後ろに乗せて下さいよ!もう今日は疲れました。朝から酔っ払いの銀ちゃん助けて、足を打撲して、自転車盗まれて…まるで一年分の災難が降ってきたような気がしたけど……でも、万事屋のみんなに出会えたから、むしろ災難が来てくれてよかったくらいだよ」
***は夕日に染まった紅い顔で、にっこりと銀時に笑いかけると、松葉杖をつきながら、河川敷の坂を登りはじめた。その背中を、銀時はぽかんとして見つめる。さっきまであんなに神妙な顔で怒っていたのに、いまや随分すっきりとした顔で自分に笑いかけてくる。さらに銀時には恥ずかしくてとても言えないような、素直な気持ちを、あっけらかんと言う。
***を追いかけて、寄り添うようにその横に立つと、片手を回してその背中を後ろから押す。
「…まぁ、新八も神楽も、お前のこと結構好きみてぇだぞ。特に神楽はさんざん白米食わせてもらったしな。そのうちまた米食わせろって、たかられるぞ」
「うん、神楽ちゃんならいくらでもご飯食べさせちゃいますよ、だって私と神楽ちゃんはもう友達だもん」
「お前も物好きだね、とんでもねぇ奴ら友達にしちまったって後悔しても知らねぇからな」
「とんでもねぇ奴ら……奴らってことは、銀ちゃんも入ってますよね?……銀ちゃんも私の友達ってことでいいんだよね?」
「お前なァ…銀さんみたいな大人は、俺たち友達だろ!みたいなこっ恥ずかしいことは言わねぇーの!そういうのはジャンプに載ってる少年漫画でしか許されないの!分かりきったことわざわざ言わせんなっつーの!」
銀時はそう言いながら、***の頭に乗っているヘルメットを大きな手でぐいっと押さえつけて、目が隠れるほど深く被せた。前が見えなくなってあわあわしながらも、***は嬉しそうに笑った。そしてそれを横目で見ていた銀時も、口角を上げてふっと笑った。もう夕日は地平線の向こうへ消えて、かぶき町に夕闇が迫り始めていた。
再び原付の後ろに***は乗って、今度は自然と銀時の腰に腕を回した。信号待ちで停まった時に、銀時はふと自分の腰に巻きついている腕を見下ろして、こんなにひ弱そうで細っこい腕から、あんなビンタが繰り出されるとはまさか夢にも思わなかったと、苦笑した。
「***、レジ打ちのバイトはいつ行くんだよ、その足で歩いてくのは無理だろ、原付で送るか神楽と定春出してやっから、曜日と時間教えろよ」
「え?そんなの悪いからいいよ、別に歩いていけますし」
「…はぁぁぁぁ~、***って本当に銀さんの気持ち分かってくれないよね。これで俺がお前を送り届けて、明日からは自分で頑張ってくださぁ~いっつって、万事屋に帰ってみろよ、新八と神楽に「お前はなんでそんなに気が利かねぇんだ、腐れ天パ」ってどやされんのは銀さんなの!ちったぁこっちの気持ちも考えろっつーの」
その後も家に着くまでに、***はやんわりと断り続けたが、結局は銀時の勢いに押されて「スーパーでは月水金の週三日、朝9時から夕方5時までの勤務です」と白状させられることになった。
***の家は万事屋からほど近い、かぶき町裏通りの集合住宅が集う一角にあった。大きな台風が来たら吹き飛びそうなほど古い二階建てアパートの一階、その一番端っこの部屋の扉に、手書きで「***」というネームプレートがついていた。
銀時は***からヘルメットを外すと、「そんじゃ、なんかあったら電話しろよ、バイトの日は朝迎えにくっからな、準備しとけよ」と言うと、そのまま原付で走りだそうとする。
「あっ!銀ちゃん、ちょっと待って!!!」
***はそう言って、バタバタと自分の部屋の中に入る。銀時の目に飛び込んできた開けっ放しの扉の向こうは、女の部屋とは思えないほど殺風景で、ほとんど物がない。玄関先に立てかけられている薄紅色の雨傘と、今まさに***が脱いだ小さな赤い下駄だけが、その部屋の彩りだった。
バタバタと足音を立てて、片足飛びをしながら玄関に戻ってきた***は、手提げ袋を銀時に手渡した。
「これね、実家から送られてきた牛乳と卵で作ったプリンなんですけど、沢山できちゃったからおすそわけ。よかったらみんなで食べてね」
そう言って手渡されたプリンを万事屋に持ち帰り、銀時の帰りを今か今かと待ち構えていた新八と神楽に見せる。
「銀さん、***さんにちゃんと謝ったんですね!」
「***が優しいから許してくれただけネ!銀ちゃん二度と***に変なことすんなヨ!」
ふたりは小言を言いながらも、銀時が持ち帰ってきた***の手作りプリンを見て、なんとか自分たちとの友情が保たれたことを知り、ほっとしていた。
仲直りの印のように***から渡されたプリンを、三人そろって食べることにする。鮮やかで濃い黄色のプルプルと震える物体を、スプーンでそっとすくうと、三人同時に口に含んだ。
「「「うんめええええええええええ!!!!!」」」
万事屋に***農園の強烈な右ストレートがクリーンヒットした瞬間だった。
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no.4【pm.4:00】
万事屋は定春まで動員して、かぶき町中を探し回ったが、***の自転車は結局見つからなかった。大橋だけでなく、裏通りやいかがわしいネオン街も回った。新八は大橋周辺の人々に聞き込みを、神楽は定春に乗って町中を駆け回った。銀時は原付の後ろに***を乗せて、交番へ届けられていないかを聞きに行った。しかし、そのどれもが空振りに終わった。
別行動で町をしらみつぶしに探し、河川敷で落ち合うことになっている。
「こんだけ探して見つかんねぇんだ、性根の悪い奴が、そのまま乗り逃げしたってとこだろ」
原付を走らせながら、銀時は後ろにいる***に向かって喋りかけた。***は初めて乗る原付にこわごわとして、銀時の着流しの腰のあたりを、両手でぎゅっと握っている。
「うーん、そうですかねぇ…サイドミラーと大きい荷台がついてる変な自転車ですよ?そんな自転車に乗ってる人がいたら、すぐに見つけられそうなのに…」
「***、もしお前の自転車に乗ってるヤツを見つけても、ひとりの時に声掛けたり、「それ私の!」とか言って追いかけたり絶対すんなよ。逆ギレされて刺し殺されるから」
「え、かぶき町ってそんなに怖いところじゃないですよ」
「バッカ、オメェ何言ってんの。田舎と違ってここはゴロツキばっかなの。一歩でも家のそと出てみろ、モヒカンのヒャッハーした奴らが、ヒャッハー言いながら、ヒャッハーしてんの」
「私1年住んでて、一度もヒャッハーな人なんて見たことないけど…それに少なくとも銀ちゃんたちは、すごく優しいですよ。自転車なんかのためにこんなに一生懸命になってくれて」
「そりゃ俺たちは仕事だからな。貰うもん貰えれば、何でもやるさ」
「え!銀ちゃん、私いまそんなに手持ちがないんだけど…」
「あ?さっきもう貰ったろ、牛乳と昼飯」
銀時がそう言った直後、スピードを出した大型トラックが原付を追い越した。強い風が吹いて、***は話せなくなってしまう。怪我を手当てしてもらい、病院にも付き添ってくれ、自転車まで探してくれているのに、自分が元々持っていた牛乳と、たった一度の食事代では割りが合わないのでは…と***は言いたかった。
しかしトラックを避けた原付が、ぐらりと揺れた為、怖さに身がすくんで、銀時の背中に顔を寄せて縮こまるしかできない。
「***、怖ぇなら、腕回せ」
「え?」
風や車の音でよく聞こえず戸惑っているうちに、銀時が後ろ手に***の左腕を取って、自分の腰に巻き付ける。
「車が増えてきやがったから、こっからは結構揺れる。振り落とされてもいいんなら、俺は別に構わねーけど、落ちても拾わねーからな」
「えええ!…じゃ、じゃあ、お言葉に甘えて、ちょっと失礼しますね」
銀時に引かれた左腕の上に、右腕を回して控えめにその腰につかまった。自然と顔が大きな背中に近づいてしまい、銀時の背中に頬を寄せるような姿勢になる。とても恥ずかしいけれど、落ちたくないから仕方がない。銀ちゃんもそうしろと言うし、と***は自分に言い聞かせた。
口が悪かったり、からかわれたりするけど、何かと世話を焼いてくれ、怖い思いをしないよう気をつかってくれて、やっぱり銀ちゃんは優しいよ、と***は言いたい。しかし原付が何度も揺れて、おとなしく目の前の広い背中にくっついていることしかできなかった。
自分の腰に***のひ弱で細い腕が巻き付いた後、しばらくして銀時は自分の背中の一か所がどんどん熱を持ち、熱くなっていくのを感じた。目に見えなくても、後ろに乗っている女の顔が真っ赤で、まるで茹でダコのようになっているのが分かる。銀時は声もなく笑った。病院の外で見た、触ったらやけどしそうなほど、紅く染まった小さな耳たぶが目に浮かぶ。
あーあーおもしれぇ、こりゃぁこの後、自転車がないか見に行くっつって、ホテル街に乗り込んで、ピンクの看板が連なっているのを見せたら、どんな顔をするんだかと、銀時は内心ほくそ笑んだ。ついでに「依頼料を身体で払え」くらいの悪い冗談を言えば、もっとおもしれぇ反応が見れるかもしんねーな、と思いながら原付のスピードを上げた。
「で、***さんにビンタ食らったってことですか」
新八が哀れみと蔑みの目で見る銀時の左頬には、真っ赤な手形が付いている。張り手の理由を聞いた神楽は、ゴミを見るような目で銀時を見て、「サイテー、しばらく私に話しかけないで」と標準語で言い捨てた。
つい三十分前、「ホテル愛の巣」という看板の下で、悪い冗談を言いながらにやつく銀時に対して、***は腕を大きく振りかぶると、強烈な張り手を炸裂させた。
「この…人でなしッ!」と叫んだ***の腕を掴み、「嘘嘘嘘!***ちゃーん、ジョーダン!冗談だって!!」と弁解するも聞き耳を持たなかった。
「離してよぉ!銀ちゃんの馬鹿ッ!優しい人だと思ってたのに!警察呼びますよ!!」と言って、慣れない松葉杖でひとり歩き始めた***の隣を、原付でゆっくり走りながら、「悪かったって!お前ぇが面白いから、ついからかっただけじゃねぇか」と必死でなだめて、なんとか河川敷まで連れて帰ってきたのだ。
「ついからかった、ではすまないレベルの悪い冗談ですね、***さんが怒るも当然です」
「いや、でも何もあんなすげぇビンタしなくてもいいだろ。ホテル街で女追いかける銀さんの気持ちも少しは考えろよ、新八ィ。ヤらせてもらえなくて女にすがってる超情けねぇヤツにしか見えねーだろ」
「それこそ自業自得ですよ」
河川敷の坂に腰を下ろして、買ってきたカップアイスで真っ赤な頬を冷やしながら、尚も自己弁護している銀時に、隣に座る新八はため息をつく。そのビンタを食らわせた張本人の***は、神楽と一緒に少し離れたところで川を眺めたり、定春をなでたりしていた。
「それより銀さん、結局自転車は見つからなかったですけど、どうするんですか?」
「…まぁ、どうせ***のあの足じゃ二週間は乗れねぇんだ。探し続ければ、そのうち乗ってるヤツに出くわすだろ。そん時にぶん取って返してやりゃーいいさ」
「***さん、大江戸スーパーでも働いてるんですよね?あんな足で通わすのは、僕は心配です」
少し遠くで、定春の首に腕を回して抱きしめ、喜んでいる***を見て、銀時はアイスを食べながら何か考えている様子だったが、新八の「なんとかできないですか、銀さん」という問いかけには、何も答えなかった。
気が付くと日没間近になり、空は茜色に染まりはじめた。
「神楽ちゃーん、***さーん、そろそろ帰りましょう」
「おい新八、神楽つれて先に帰ってろ、俺は***送ってから帰るわ」
「……銀さん、ちゃんと***さんに謝ってくださいね」
「へいへい」
川べりに立ち、こちらに背を向けて、夕陽を眺めている***に、銀時は頭をガリガリと掻きむしりながら近づく。
「***、そろそろ帰ェるぞ、家まで送ってく」
「銀ちゃん……、ほんとにお家に送ってくれますか?変なところに連れていかない?」
「だ~か~らァ~、悪かったっつってんだろ、もうどこにも連れてかねぇよ、家まで送るだけだって。さっき無理して歩いたから、足めちゃくちゃ辛ぇんだろ」
「……うん」
「家まで歩けねぇだろ」
「…うん」
「じゃぁ後ろ乗れよ」
銀時は***に近づくと、見下ろした小さな頭に、半ば強制的にヘルメットを被せた。
「…銀ちゃん、私ね、からかわれたから怒ってるんじゃないんです。銀ちゃんはこの町がゴロツキばっかりって言ってたけど、少なくとも銀ちゃんたちは優しいって、私言ったでしょ。新八君も神楽ちゃんも、みんなと仲良くなれて、私すごく嬉しかった。だから…あんな、は、恥ずかしい場所で変な冗談を言われて、それで仲良くなれたって思ってたのは私だけだったのかと思ったら、悲しかったから、それで、その…ビンタしちゃったんです」
「おー、すっげぇ強烈なビンタだった」
「うん…自分でもびっくりした」
そういうと***は銀時に微笑んだ。その頃には河川敷すべてが真っ赤な夕焼けの色に染まっていた。***は銀時を見上げるとその左頬をじっと見て、夕日に染まった赤い顔に、まだ自分のつけた赤い手形が残っているのを見つけた。
「ごめんね、痛かったよね……でも、銀ちゃんも反省して下さい。銀ちゃんのせいで、新八君や神楽ちゃんのことも嫌いにならなきゃいけないところでした」
「はいはい、悪かったよ!っだァー!ちきしょう新八にも言われたしな!謝りゃいんだろ謝りゃ!どーもすいまっせんしたぁっっっ!」
「よし!許す!!…ふふッ、さぁ帰りましょ!早く後ろに乗せて下さいよ!もう今日は疲れました。朝から酔っ払いの銀ちゃん助けて、足を打撲して、自転車盗まれて…まるで一年分の災難が降ってきたような気がしたけど……でも、万事屋のみんなに出会えたから、むしろ災難が来てくれてよかったくらいだよ」
***は夕日に染まった紅い顔で、にっこりと銀時に笑いかけると、松葉杖をつきながら、河川敷の坂を登りはじめた。その背中を、銀時はぽかんとして見つめる。さっきまであんなに神妙な顔で怒っていたのに、いまや随分すっきりとした顔で自分に笑いかけてくる。さらに銀時には恥ずかしくてとても言えないような、素直な気持ちを、あっけらかんと言う。
***を追いかけて、寄り添うようにその横に立つと、片手を回してその背中を後ろから押す。
「…まぁ、新八も神楽も、お前のこと結構好きみてぇだぞ。特に神楽はさんざん白米食わせてもらったしな。そのうちまた米食わせろって、たかられるぞ」
「うん、神楽ちゃんならいくらでもご飯食べさせちゃいますよ、だって私と神楽ちゃんはもう友達だもん」
「お前も物好きだね、とんでもねぇ奴ら友達にしちまったって後悔しても知らねぇからな」
「とんでもねぇ奴ら……奴らってことは、銀ちゃんも入ってますよね?……銀ちゃんも私の友達ってことでいいんだよね?」
「お前なァ…銀さんみたいな大人は、俺たち友達だろ!みたいなこっ恥ずかしいことは言わねぇーの!そういうのはジャンプに載ってる少年漫画でしか許されないの!分かりきったことわざわざ言わせんなっつーの!」
銀時はそう言いながら、***の頭に乗っているヘルメットを大きな手でぐいっと押さえつけて、目が隠れるほど深く被せた。前が見えなくなってあわあわしながらも、***は嬉しそうに笑った。そしてそれを横目で見ていた銀時も、口角を上げてふっと笑った。もう夕日は地平線の向こうへ消えて、かぶき町に夕闇が迫り始めていた。
再び原付の後ろに***は乗って、今度は自然と銀時の腰に腕を回した。信号待ちで停まった時に、銀時はふと自分の腰に巻きついている腕を見下ろして、こんなにひ弱そうで細っこい腕から、あんなビンタが繰り出されるとはまさか夢にも思わなかったと、苦笑した。
「***、レジ打ちのバイトはいつ行くんだよ、その足で歩いてくのは無理だろ、原付で送るか神楽と定春出してやっから、曜日と時間教えろよ」
「え?そんなの悪いからいいよ、別に歩いていけますし」
「…はぁぁぁぁ~、***って本当に銀さんの気持ち分かってくれないよね。これで俺がお前を送り届けて、明日からは自分で頑張ってくださぁ~いっつって、万事屋に帰ってみろよ、新八と神楽に「お前はなんでそんなに気が利かねぇんだ、腐れ天パ」ってどやされんのは銀さんなの!ちったぁこっちの気持ちも考えろっつーの」
その後も家に着くまでに、***はやんわりと断り続けたが、結局は銀時の勢いに押されて「スーパーでは月水金の週三日、朝9時から夕方5時までの勤務です」と白状させられることになった。
***の家は万事屋からほど近い、かぶき町裏通りの集合住宅が集う一角にあった。大きな台風が来たら吹き飛びそうなほど古い二階建てアパートの一階、その一番端っこの部屋の扉に、手書きで「***」というネームプレートがついていた。
銀時は***からヘルメットを外すと、「そんじゃ、なんかあったら電話しろよ、バイトの日は朝迎えにくっからな、準備しとけよ」と言うと、そのまま原付で走りだそうとする。
「あっ!銀ちゃん、ちょっと待って!!!」
***はそう言って、バタバタと自分の部屋の中に入る。銀時の目に飛び込んできた開けっ放しの扉の向こうは、女の部屋とは思えないほど殺風景で、ほとんど物がない。玄関先に立てかけられている薄紅色の雨傘と、今まさに***が脱いだ小さな赤い下駄だけが、その部屋の彩りだった。
バタバタと足音を立てて、片足飛びをしながら玄関に戻ってきた***は、手提げ袋を銀時に手渡した。
「これね、実家から送られてきた牛乳と卵で作ったプリンなんですけど、沢山できちゃったからおすそわけ。よかったらみんなで食べてね」
そう言って手渡されたプリンを万事屋に持ち帰り、銀時の帰りを今か今かと待ち構えていた新八と神楽に見せる。
「銀さん、***さんにちゃんと謝ったんですね!」
「***が優しいから許してくれただけネ!銀ちゃん二度と***に変なことすんなヨ!」
ふたりは小言を言いながらも、銀時が持ち帰ってきた***の手作りプリンを見て、なんとか自分たちとの友情が保たれたことを知り、ほっとしていた。
仲直りの印のように***から渡されたプリンを、三人そろって食べることにする。鮮やかで濃い黄色のプルプルと震える物体を、スプーンでそっとすくうと、三人同時に口に含んだ。
「「「うんめええええええええええ!!!!!」」」
万事屋に***農園の強烈な右ストレートがクリーンヒットした瞬間だった。
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