かぶき町で牛乳配達をする女の子
牛乳(人生)は噛んで飲め
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【pm.9:45】
タタン、タタン……と規則的な音を立てて電車が進む。今朝、特急電車でかぶき町を出て、昼過ぎに在来線に乗り換えると、窓の外の景色が変わった。最初は遠くの山々が増えてきたな、と思う程度だったのが、気付くと木々や緑がうっそうとする山の中を、電車は走っていた。
夕方近く、更に田舎の路線に乗り換えると、ついに駅が無人駅になった。駅舎も無く、乗り込む人もいない。乗っていた乗客がぽつりぽつりと降りていくだけの寂しい景色が続く。外が真っ暗になった頃に、***がふと左右を見渡すと、この電車の乗客は自分ひとりになっていた。目的の駅はまだ少し先だ。
民家も街灯もない、暗闇だけが広がる野原を光が切り裂くように、電車が走っていく。真っ暗な窓に明るい車内が映る。窓に映った自分の顔を見て、***は小さな声でつぶやく。
「銀ちゃんたち、もう夕ご飯食べた頃かなぁ……」
今朝早く、駅に送ってもらう前に万事屋に寄り、数日分の食事を作り冷蔵庫へ入れてきた。***ひとりなら一週間以上はもつ量だったが、神楽がいれば二日ともたなそうだった。
テーブルで食事を囲む、万事屋の三人の顔が浮かんでくる。白米ばかり食べる神楽を新八が叱ったり、おかずを取られた銀時が大人げなく怒ったりしている。この間も「銀ちゃん大人げないですよ」と***に言われて、少年のように不貞腐れていたっけ。思い出して笑いがこみあげてくる。
ここ最近はみんなと一緒に夕食を食べることが多かったので、この時間にひとりでいることが、少し寂しい。
「これから家族に会うのに、家族のことより万事屋のみんなのことばっかり考えちゃうな……」
あと数駅で目的地だ。切符を取り出して、その駅名を指でなぞる。二年前、***はたったひとり、その駅から電車に乗って江戸へ出てきた。出立の日、父親から「里心がつくと困るから、見送りはしない」と言われた。
風呂敷を抱え、牛乳屋の住所の書かれた紙をにぎりしめて、その無人駅でたったひとり、電車が来るのを待ちながら立ち尽くしていた。不安でたまらなかった。
「お母さん、元気かなぁ……」
電車の音にかき消されるほど、小さな声でつぶやく。数年前から母とは話をしていない。親子が引き離される悲劇が日常茶飯事の土地で、娘の目を見れなくなり、名を呼ぶこともできなくなった可哀そうな母を、***はもちろん責めることはできない。
娘を愛しているからこそ、***を突き放したこともよく分かっている。だけど――――
「帰ってこいって言われたって、どんな顔してお母さんに会ったらいいのか、わかんないなぁ……」
ため息と一緒につぶやいて、再び窓を見ると不安そうな顔をした自分の顔が映っていた。
ああ、こんな顔を銀時に見られたら、また「お前は世話がやける」と呆れられてしまう。
万事屋で四人そろって夕食を食べると、よく***の脳裏に、ずっと昔に家族そろって食事を囲んだ記憶が蘇ってきた。銀時たちと食事を共にするようになって、誰かと一緒に食べることが幸せなことだったと、***は思い出した。
食糧の豊富だった昔、まだ***が幼かった頃、家族そろってこんなにぎやかなご飯を食べたこともあったっけ。
数カ月前、万事屋で夕飯を食べていると、***の胸に家族に会いたいという気持ちがこみあげてきた。何気ない顔で耐えていたが、食後に銀時と並んで皿洗いをしている途中に、思わずその気持ちが口をついて出た。
「家族に会いたいなぁ」という言葉が、気付いたら勝手に唇からこぼれ落ちていた。はっとして手に持っていた布巾で口元を隠した。
「なーんちゃって、ちょっと言ってみただけです」
そう言って笑いながら、慌てて取りつくろうように隣を見たら、銀時もこちらを見ていた。皿を洗う手を止めて、銀時はじっと***の目を見た後に、いつものダルそうな声で答えた。
「まぁ、そのうち会えんじゃねぇの」
「…………そうかなぁ、そうだといいなぁ……でも今すぐお母さんに会っても泣いちゃうから、もう少し時間が経ってからの方がいいのかも」
「はぁ?別に母ちゃんに泣きつくぐれーいいだろ。むしろ母ちゃん以外の誰に泣きつくんだよ。娘が泣きつけねぇ母ちゃんなんて、おにぎり握れねぇ母ちゃんと同じくれーいらねぇだろ」
「銀ちゃん、母親をなんだと思ってるの……そうじゃなくて、お母さんが寂しさに耐えてるのに、その努力を私のせいで無駄にしたくないってことです」
皿を拭きながらそう言う***の言葉を聞いて、銀時が呆れたようにため息をつく。
「はァァァァ~、銀さん前から思ってたけど、***が母ちゃんのやってきたことを無駄にするなんてこと、ぜってぇ無ぇって。子供がどんなことしたって、思ったとおりじゃなくたって、それも全部まるごと受け止めんのが親っつーもんだろ。お前の母ちゃんの話聞いてっと、***のことが好きで好きで、大切にしたくてしかたがねぇって、俺でも分かるっつーの。そんだけ娘のこと思ってる母ちゃんだぞ、***みてぇな小せぇ娘ひとり、泣いて抱き着いたところで、倒れるよーなヤワな女じゃねぇよ。今日だろうが明日だろうが十年後だろうが、会った時にはびーびー泣いて、鼻水垂らして抱きつきゃいーんだよ」
皿を拭く手を止めて、今度は***が銀時をじっと見つめる。
「そうかなぁ……お母さん、今度会ったら受け入れてくれるかなぁ。もしそうだったら何年後だろうが私、やっぱり泣いちゃいそうです」
「そーそー、それでいーんだって。受け入れるっつーか、ふた開けてみたらお前より母ちゃんのほうがびーびー泣いて、鼻水まみれになってんじゃねぇって、俺は思うけどね」
「やだ銀ちゃん、うちのお母さんに限ってそれはないです!すっごく自分に厳しい人だもん。私のお母さんですよ?この屈強な私の」
「超がつくほど泣き虫の***のだろ?あーこりゃ泣くね、ぜってぇ泣きわめくね。***の姿ひと目見ただけで、泣き崩れて生まれたての小鹿になっちまうね」
ちょっと、お母さんを馬鹿にしないでください、と***が布巾で銀時の頭をバシバシと叩く。痛ぇよ、コノヤロー!と言った銀時が、皿を洗っていたスポンジからたっぷりと取った泡を、***の顔めがけて飛ばす。最終的にはふたりとも泡まみれになって、取っ組み合いをするほどの喧嘩になり、新八と神楽に呆れられた。
電車の揺れに合わせて、窓ガラスに映る自分の顔も揺れた。銀時のことを思い出すと、不安がやわらぐ。
銀ちゃんもああ言ってたし、久々に会うのだから、もしかしたら「おかえり」くらいは言ってもらえるかもしれない、名前を呼んでくれなくても、目を見てくれなくても、それでもいいや、と***は思う。母の元気な姿が見られれば、***は元気でやってるから心配いらないよって言ってあげられれば、それだけでいい。
でも、もしかしたら―――と考え始めて、***の眉が八の字に下がる。
―――もしかしたら、***の姿を見て、母は悲しい顔をするかもしれない。出稼ぎに出てくる前の数年間、「私のせいでそんなに悲しい顔をさせて、お母さんごめんなさい」と***は毎日心のなかで母親に謝っていた。
―――またあの悲しい顔を見るのは、つらいなぁ……
窓に映る不安げな自分の顔を見ながら、ぼんやりと考えていると、次第に電車の速度が遅くなっていく。雑音交じりの聞き取りにくい車内アナウンスで、かすかに目的の駅の名前が告げられた。
ああ、帰ってきたんだ―――
そう思いながら、大きな風呂敷包みを両手に抱えた***は立ち上がる。揺れにあらがうようによろよろと、手すりにつかまりながらドアへ近づく。
速度をますます落として、ゆっくりと無人駅のホームに入った電車が、ガッタン…とひと際大きな音を立てて停車した。
ドアが開き、ホームに一歩足を下ろした瞬間に、耳をつんざくような大きくて甲高い、懐かしい声が聞こえた。そしてその声を聞いた途端に、さっきまでの不安が吹き飛んで、***は唖然とした顔でその場に立ち尽くした。
「***!!!!!!!!!」
電車の灯りしかない暗い駅のホームの向こう、誰もいないと思っていた真っ暗なところから、人がひとり飛び出してくる。そしてその人影が迷いなく、すごい速さで、こちらに向かって走ってくるのが見えた。
遠目にその姿と顔を見た瞬間、***の身体がぶるぶると震えはじめた。力の抜けた手から風呂敷包みがどさりと落ちた。
唇をわなわなと震わせて、たった一瞬で込み上げてきた大量の涙が瞳を覆う。その駆けてくる人に向かって、***も駆け寄って近づきたいのに、足が固まってしまって動けない。
ああ、でも何かしなければ、動けないなら何か言って、この人を引き寄せなければ。だってこんなに長い間、ずっと会いたかった人なのだから―――
そう思うのにがくがくと震える足で、立っているのが精いっぱいだ。両手をぎゅっとにぎって、膝から崩れ落ちないよう力をいれる。のどが張り付いて息をするのも苦しい。
とてもこちらから駆け寄れそうにない。それでも近づいてきた顔が、はっきりと見えた瞬間、***は全身全霊をこめて、振り絞るように声を張り上げた。
「おかあさぁぁぁぁぁん!!!!!!」
***のその声を聞いた母親は、駆け寄る足の速さを全くゆるめずに、それでも顔をぐしゃっと歪ませた。
電車の光で照らされて、ぼんやりと見えた母の顔は、涙でぐしゃぐしゃに濡れて、鼻水も垂れていた。それでもなにふりかまわず、という様子で、両手を広げて***に向かって必死に走ってくる。
同じように顔を歪ませた***の目から、大粒の涙がぼたぼたっと零れ落ちたと同時に、駆け寄ってきた母親の腕が***の身体を抱きしめた。
走ってきた力そのまま、全身でぶつかるように、立ちすくむ娘に抱き着いた。頭ごと抱え込むように回された腕には、***の身体がのけぞるほど、強い力がこめられていた。
「***!***!***!!!」
「お母さぁぁん!うわぁぁぁぁん!!!!」
電車が走り去り、誰もいない真っ暗な駅のホームで、泣きじゃくる母と娘は抱き合った。ずっとこらえ続けてきた***の涙は、せきを切って溢れだし、止まる気配がない。
母の胸に顔を押し付けて、深く息を吸うと懐かしい香りがした。温かな母の腕のなかで、身体中に安心感が広がる。
そういえば江戸で、いつかひどく悲しかった日、これに似た安心感を母の代わりに銀時が与えてくれたっけ。そう思い出して、流れる涙をそのままに、***は心のなかでつぶやいた。
―――銀ちゃんの言うとおりだったよ。私、お母さんに泣いて抱き着いても大丈夫だったよ……
いつまでもずっと娘を離さなそうな母親の腕の中で、***は瞳を閉じた。
もう二度と帰ってこれないと思っていた故郷に、いま自分は立っている。二度と会えないと思っていた母親に会えて、こうして抱きしめてもらっている。
―――銀ちゃん、家族に会いたいって言わせてくれてありがとう。いつかは会えるって言ってくれてありがとう。泣いて抱き着いてこいって送り出してくれてありがとう。とっくに諦めたつもりで本当はずっと会いたかった人に、銀ちゃんのおかげで会えたよ。家族のもとへ帰ってこれたよ。銀ちゃん、本当にありがとう―――
銀時や万事屋のおかげでここへ帰ってこれたことを、母に話さなければ。かぶき町で銀時と出会って、万事屋のみんなや出会った人たちによくしてもらって、***は元気にやってるよと教えてあげなければ。それを知れば母も絶対に喜ぶから。
だけど今はまだもう少し、この暗闇の中で母親と抱き合っていたい。銀時の言うとおり、超がつくほど泣き虫な***とその母親の、数年ぶりの抱擁だから。
―――それくらい許されるよね、銀ちゃん
「ったりめぇだっつーの!」と銀時が呆れた顔で言うのを想像すると、不思議と胸がぎゅっと締め付けられて、身体中に温かさが広がった。涙は相変わらず流れ続けて、それでも幸せな気持ちでいっぱいだ。
ぎゅうぎゅうと締め付けんばかりに娘を抱きしめる母親の、温かい腕の中で大粒の涙を流しつづけながらも、頭に浮かんだ銀時の顔にむかって、***は微笑みかけた。
「……ただいまぁ、お母さん!」
(家族に会えたよ、銀ちゃん!)
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no.31【pm.8:00】end
タタン、タタン……と規則的な音を立てて電車が進む。今朝、特急電車でかぶき町を出て、昼過ぎに在来線に乗り換えると、窓の外の景色が変わった。最初は遠くの山々が増えてきたな、と思う程度だったのが、気付くと木々や緑がうっそうとする山の中を、電車は走っていた。
夕方近く、更に田舎の路線に乗り換えると、ついに駅が無人駅になった。駅舎も無く、乗り込む人もいない。乗っていた乗客がぽつりぽつりと降りていくだけの寂しい景色が続く。外が真っ暗になった頃に、***がふと左右を見渡すと、この電車の乗客は自分ひとりになっていた。目的の駅はまだ少し先だ。
民家も街灯もない、暗闇だけが広がる野原を光が切り裂くように、電車が走っていく。真っ暗な窓に明るい車内が映る。窓に映った自分の顔を見て、***は小さな声でつぶやく。
「銀ちゃんたち、もう夕ご飯食べた頃かなぁ……」
今朝早く、駅に送ってもらう前に万事屋に寄り、数日分の食事を作り冷蔵庫へ入れてきた。***ひとりなら一週間以上はもつ量だったが、神楽がいれば二日ともたなそうだった。
テーブルで食事を囲む、万事屋の三人の顔が浮かんでくる。白米ばかり食べる神楽を新八が叱ったり、おかずを取られた銀時が大人げなく怒ったりしている。この間も「銀ちゃん大人げないですよ」と***に言われて、少年のように不貞腐れていたっけ。思い出して笑いがこみあげてくる。
ここ最近はみんなと一緒に夕食を食べることが多かったので、この時間にひとりでいることが、少し寂しい。
「これから家族に会うのに、家族のことより万事屋のみんなのことばっかり考えちゃうな……」
あと数駅で目的地だ。切符を取り出して、その駅名を指でなぞる。二年前、***はたったひとり、その駅から電車に乗って江戸へ出てきた。出立の日、父親から「里心がつくと困るから、見送りはしない」と言われた。
風呂敷を抱え、牛乳屋の住所の書かれた紙をにぎりしめて、その無人駅でたったひとり、電車が来るのを待ちながら立ち尽くしていた。不安でたまらなかった。
「お母さん、元気かなぁ……」
電車の音にかき消されるほど、小さな声でつぶやく。数年前から母とは話をしていない。親子が引き離される悲劇が日常茶飯事の土地で、娘の目を見れなくなり、名を呼ぶこともできなくなった可哀そうな母を、***はもちろん責めることはできない。
娘を愛しているからこそ、***を突き放したこともよく分かっている。だけど――――
「帰ってこいって言われたって、どんな顔してお母さんに会ったらいいのか、わかんないなぁ……」
ため息と一緒につぶやいて、再び窓を見ると不安そうな顔をした自分の顔が映っていた。
ああ、こんな顔を銀時に見られたら、また「お前は世話がやける」と呆れられてしまう。
万事屋で四人そろって夕食を食べると、よく***の脳裏に、ずっと昔に家族そろって食事を囲んだ記憶が蘇ってきた。銀時たちと食事を共にするようになって、誰かと一緒に食べることが幸せなことだったと、***は思い出した。
食糧の豊富だった昔、まだ***が幼かった頃、家族そろってこんなにぎやかなご飯を食べたこともあったっけ。
数カ月前、万事屋で夕飯を食べていると、***の胸に家族に会いたいという気持ちがこみあげてきた。何気ない顔で耐えていたが、食後に銀時と並んで皿洗いをしている途中に、思わずその気持ちが口をついて出た。
「家族に会いたいなぁ」という言葉が、気付いたら勝手に唇からこぼれ落ちていた。はっとして手に持っていた布巾で口元を隠した。
「なーんちゃって、ちょっと言ってみただけです」
そう言って笑いながら、慌てて取りつくろうように隣を見たら、銀時もこちらを見ていた。皿を洗う手を止めて、銀時はじっと***の目を見た後に、いつものダルそうな声で答えた。
「まぁ、そのうち会えんじゃねぇの」
「…………そうかなぁ、そうだといいなぁ……でも今すぐお母さんに会っても泣いちゃうから、もう少し時間が経ってからの方がいいのかも」
「はぁ?別に母ちゃんに泣きつくぐれーいいだろ。むしろ母ちゃん以外の誰に泣きつくんだよ。娘が泣きつけねぇ母ちゃんなんて、おにぎり握れねぇ母ちゃんと同じくれーいらねぇだろ」
「銀ちゃん、母親をなんだと思ってるの……そうじゃなくて、お母さんが寂しさに耐えてるのに、その努力を私のせいで無駄にしたくないってことです」
皿を拭きながらそう言う***の言葉を聞いて、銀時が呆れたようにため息をつく。
「はァァァァ~、銀さん前から思ってたけど、***が母ちゃんのやってきたことを無駄にするなんてこと、ぜってぇ無ぇって。子供がどんなことしたって、思ったとおりじゃなくたって、それも全部まるごと受け止めんのが親っつーもんだろ。お前の母ちゃんの話聞いてっと、***のことが好きで好きで、大切にしたくてしかたがねぇって、俺でも分かるっつーの。そんだけ娘のこと思ってる母ちゃんだぞ、***みてぇな小せぇ娘ひとり、泣いて抱き着いたところで、倒れるよーなヤワな女じゃねぇよ。今日だろうが明日だろうが十年後だろうが、会った時にはびーびー泣いて、鼻水垂らして抱きつきゃいーんだよ」
皿を拭く手を止めて、今度は***が銀時をじっと見つめる。
「そうかなぁ……お母さん、今度会ったら受け入れてくれるかなぁ。もしそうだったら何年後だろうが私、やっぱり泣いちゃいそうです」
「そーそー、それでいーんだって。受け入れるっつーか、ふた開けてみたらお前より母ちゃんのほうがびーびー泣いて、鼻水まみれになってんじゃねぇって、俺は思うけどね」
「やだ銀ちゃん、うちのお母さんに限ってそれはないです!すっごく自分に厳しい人だもん。私のお母さんですよ?この屈強な私の」
「超がつくほど泣き虫の***のだろ?あーこりゃ泣くね、ぜってぇ泣きわめくね。***の姿ひと目見ただけで、泣き崩れて生まれたての小鹿になっちまうね」
ちょっと、お母さんを馬鹿にしないでください、と***が布巾で銀時の頭をバシバシと叩く。痛ぇよ、コノヤロー!と言った銀時が、皿を洗っていたスポンジからたっぷりと取った泡を、***の顔めがけて飛ばす。最終的にはふたりとも泡まみれになって、取っ組み合いをするほどの喧嘩になり、新八と神楽に呆れられた。
電車の揺れに合わせて、窓ガラスに映る自分の顔も揺れた。銀時のことを思い出すと、不安がやわらぐ。
銀ちゃんもああ言ってたし、久々に会うのだから、もしかしたら「おかえり」くらいは言ってもらえるかもしれない、名前を呼んでくれなくても、目を見てくれなくても、それでもいいや、と***は思う。母の元気な姿が見られれば、***は元気でやってるから心配いらないよって言ってあげられれば、それだけでいい。
でも、もしかしたら―――と考え始めて、***の眉が八の字に下がる。
―――もしかしたら、***の姿を見て、母は悲しい顔をするかもしれない。出稼ぎに出てくる前の数年間、「私のせいでそんなに悲しい顔をさせて、お母さんごめんなさい」と***は毎日心のなかで母親に謝っていた。
―――またあの悲しい顔を見るのは、つらいなぁ……
窓に映る不安げな自分の顔を見ながら、ぼんやりと考えていると、次第に電車の速度が遅くなっていく。雑音交じりの聞き取りにくい車内アナウンスで、かすかに目的の駅の名前が告げられた。
ああ、帰ってきたんだ―――
そう思いながら、大きな風呂敷包みを両手に抱えた***は立ち上がる。揺れにあらがうようによろよろと、手すりにつかまりながらドアへ近づく。
速度をますます落として、ゆっくりと無人駅のホームに入った電車が、ガッタン…とひと際大きな音を立てて停車した。
ドアが開き、ホームに一歩足を下ろした瞬間に、耳をつんざくような大きくて甲高い、懐かしい声が聞こえた。そしてその声を聞いた途端に、さっきまでの不安が吹き飛んで、***は唖然とした顔でその場に立ち尽くした。
「***!!!!!!!!!」
電車の灯りしかない暗い駅のホームの向こう、誰もいないと思っていた真っ暗なところから、人がひとり飛び出してくる。そしてその人影が迷いなく、すごい速さで、こちらに向かって走ってくるのが見えた。
遠目にその姿と顔を見た瞬間、***の身体がぶるぶると震えはじめた。力の抜けた手から風呂敷包みがどさりと落ちた。
唇をわなわなと震わせて、たった一瞬で込み上げてきた大量の涙が瞳を覆う。その駆けてくる人に向かって、***も駆け寄って近づきたいのに、足が固まってしまって動けない。
ああ、でも何かしなければ、動けないなら何か言って、この人を引き寄せなければ。だってこんなに長い間、ずっと会いたかった人なのだから―――
そう思うのにがくがくと震える足で、立っているのが精いっぱいだ。両手をぎゅっとにぎって、膝から崩れ落ちないよう力をいれる。のどが張り付いて息をするのも苦しい。
とてもこちらから駆け寄れそうにない。それでも近づいてきた顔が、はっきりと見えた瞬間、***は全身全霊をこめて、振り絞るように声を張り上げた。
「おかあさぁぁぁぁぁん!!!!!!」
***のその声を聞いた母親は、駆け寄る足の速さを全くゆるめずに、それでも顔をぐしゃっと歪ませた。
電車の光で照らされて、ぼんやりと見えた母の顔は、涙でぐしゃぐしゃに濡れて、鼻水も垂れていた。それでもなにふりかまわず、という様子で、両手を広げて***に向かって必死に走ってくる。
同じように顔を歪ませた***の目から、大粒の涙がぼたぼたっと零れ落ちたと同時に、駆け寄ってきた母親の腕が***の身体を抱きしめた。
走ってきた力そのまま、全身でぶつかるように、立ちすくむ娘に抱き着いた。頭ごと抱え込むように回された腕には、***の身体がのけぞるほど、強い力がこめられていた。
「***!***!***!!!」
「お母さぁぁん!うわぁぁぁぁん!!!!」
電車が走り去り、誰もいない真っ暗な駅のホームで、泣きじゃくる母と娘は抱き合った。ずっとこらえ続けてきた***の涙は、せきを切って溢れだし、止まる気配がない。
母の胸に顔を押し付けて、深く息を吸うと懐かしい香りがした。温かな母の腕のなかで、身体中に安心感が広がる。
そういえば江戸で、いつかひどく悲しかった日、これに似た安心感を母の代わりに銀時が与えてくれたっけ。そう思い出して、流れる涙をそのままに、***は心のなかでつぶやいた。
―――銀ちゃんの言うとおりだったよ。私、お母さんに泣いて抱き着いても大丈夫だったよ……
いつまでもずっと娘を離さなそうな母親の腕の中で、***は瞳を閉じた。
もう二度と帰ってこれないと思っていた故郷に、いま自分は立っている。二度と会えないと思っていた母親に会えて、こうして抱きしめてもらっている。
―――銀ちゃん、家族に会いたいって言わせてくれてありがとう。いつかは会えるって言ってくれてありがとう。泣いて抱き着いてこいって送り出してくれてありがとう。とっくに諦めたつもりで本当はずっと会いたかった人に、銀ちゃんのおかげで会えたよ。家族のもとへ帰ってこれたよ。銀ちゃん、本当にありがとう―――
銀時や万事屋のおかげでここへ帰ってこれたことを、母に話さなければ。かぶき町で銀時と出会って、万事屋のみんなや出会った人たちによくしてもらって、***は元気にやってるよと教えてあげなければ。それを知れば母も絶対に喜ぶから。
だけど今はまだもう少し、この暗闇の中で母親と抱き合っていたい。銀時の言うとおり、超がつくほど泣き虫な***とその母親の、数年ぶりの抱擁だから。
―――それくらい許されるよね、銀ちゃん
「ったりめぇだっつーの!」と銀時が呆れた顔で言うのを想像すると、不思議と胸がぎゅっと締め付けられて、身体中に温かさが広がった。涙は相変わらず流れ続けて、それでも幸せな気持ちでいっぱいだ。
ぎゅうぎゅうと締め付けんばかりに娘を抱きしめる母親の、温かい腕の中で大粒の涙を流しつづけながらも、頭に浮かんだ銀時の顔にむかって、***は微笑みかけた。
「……ただいまぁ、お母さん!」
(家族に会えたよ、銀ちゃん!)
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