かぶき町で牛乳配達をする女の子
牛乳(人生)は噛んで飲め
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【am.10:30】
「***さん、これは捻挫じゃなくて、ひどい打撲だよ。全治二週間ってとこかねぇ」
「え、に、二週間ですか…あの、自転車には乗ってもいいですか?」
「あっはっはっはっは!おもしろいこと言うねぇ。乗れるんなら乗ってもいいけどね、松葉杖つきながら自転車に乗ってる人は、私は見たことないなぁ」
真っ青な顔をする***とは対照的に、大江戸病院のおじいちゃん先生は、ほがらかに笑いながら松葉杖を差し出した。
診察が終わると一旦病院から出て、***は努めている牛乳屋へ電話をかけた。事情を説明すると、店を切り盛りする夫婦のおかみさんは、とても気の毒がって***の怪我を心配した。二週間の休みをもらうことになり、何度も詫びる***を、やさしい声で諭した。
「***ちゃん、最近は私も主人もね、この1年ずっと頑張りっぱなしのアンタを心配してたんだよ。嫌な顔ひとつせずに、毎朝よくやってくれてるんだから、そろそろ長い休みをあげて、実家へ帰省させてやったらどうかって。話し合ってたところなんだ。ちょうどいいじゃないか、ゆっくり休んだらいいよ」
「………おかみさん、本当にごめんなさい、ありがとうございます…」
会計を待つために待合室へ戻ると、銀時が鼻をほじりながらジャンプを読んでいた。聞いているかは分からないが、仕事の休みを貰ったことやおばさんの言ったことを話した。
「銀ちゃん、私江戸に来てもうすぐ1年になるんですけど、長いお休みを貰うなんてはじめてで、なんだか戸惑っちゃいます。一体なにして過ごしたらいいんだろう」
「へ?実家に帰んねえのかよ」
「………うん、じつは私、牛乳配達以外にも大江戸スーパーでレジ打ちのバイトもしてるから、実家には帰れません。レジ打ちだったら、片足立ちでもできるでしょう?」
あっけらかんと言う***に、銀時はソファからずり落ちそうになりながら、ジャンプをバシッと閉じた。
「…はああああああ!?お前、マジで言ってんの!?いや、牛乳屋のババアの優しさをなんだと思ってんの?ゆっくり休めって言われたんだろ?おとなしく田舎に帰ぇって、家族に会えばいいじゃねぇか。でもって、スーパーでバイトだと!?なんなんだよ、その歳で二足のワラジってか!?***の足は何本あんだよ、イカですか?タコですかぁ?大怪我してんのに、それでも働くっつうのはどういう了見だよ。あ、あれかお前、万年無職みてぇな、開店休業上等の俺への当てつけかァオイ!!?」
「な、なに言ってるんですか!?私がバイトを掛け持ちしてることと、銀ちゃんのお仕事がないことは、なんにも関係ないでしょう!当てつけなんかじゃないよ!私は江戸に来た最初っから、牛乳屋とスーパーでずぅっと働いてるんです!それにね銀ちゃん、生活にはお金がかかるんだよ。お休みだからってずぅっとダラダラしちゃったら、お金が無くなって困るのは自分なんだから!銀ちゃんこそ自分のお仕事がないからって、八つ当たりみたいなこと言わないで下さい!」
「***ちゅわぁ~ん!かわいい顔して随分と言うじゃねぇか。銀さんのガラスのよーに繊細なプライドをズタズタにすることを、よくもまぁずけずけと…」
顔の血管を浮き上がらせて、ビキビキという怒りの音が聞こえそうな勢いで、銀時はさらに***に言い返す。***も負けじと応戦するが、口ではこの男に勝てないとみて、手に持っていた松葉杖を、銀時の顔にグイグイと押し付ける。
「銀ちゃんこそ」「いいや***こそ」と、ああ言えばこう言うの応戦がヒートアップして、ふたりの声はどんどん大きくなる。待合室中に響き渡る大声になった頃、突然その言い合いは終焉を迎えた。
「あんたたちィィィィ!他の患者さんの迷惑でしょうがァァァァァ!!!」
いや婦長がいちばんうるせぇから、と鼻をほじりながら言う銀時と、隣でしょんぼりと小さくなる***は、ふたりそろって脳天に大きなたんこぶをこさえていた。婦長の怒りの鉄拳がクリーンヒットしたのだ。
***の自転車を探しに別行動をしていた新八と神楽は、病院から出てきたふたりの姿を見つけて、目を丸くした。
「あんたたち病院に行って、ふたりとも怪我を増やして帰ってくるって、一体どうゆうことですか」
「***、頭にごっさでっかいこぶが出来てるアル。これ、きっと足よりひどいネ、全治二か月くらいアル」
「神楽ちゃん…私、人前でこんなに恥ずかしい思いしたのはじめてだよ。足よりたんこぶより、心の傷がいちばん重症だよ、全治一年くらいかも…」
「マジアルか!じゃあ二週間といわず、一年仕事休むヨロシ!私がいーっぱい遊んであげるネ!かぶき町の女王が、***がまだ知らない楽しみを、たっくさん教えてあげるアル!」
目をキラキラと輝かせて、***の手を握る神楽の頭に、銀時は鼻くそをこすりつける。
「おい、神楽、オメーと違って***はエライから、そんなに仕事休めねーの。実家にも帰んねぇんだから、お前と遊んでる暇なんてねぇに決まってるだろ。二足だか二十足だかのワラジなんだからよぉ」
「もぉ…銀ちゃん、また意地悪言う…そんなに私と言い合いっこしたいの?もう仲直りしましょうよ」
「べっつにぃ~?俺はお前と喧嘩なんかしてないしぃ?***がつっかかってきただけだすぃ~?実家に帰らないっていう不良娘にジョーシキを説いただけだすぃ~?」
「銀さん、***さん困ってますよ。こどもみたいな喋り方やめて下さい」
新八が***に助け舟を出したことで、銀時はようやく口をつぐんだ。こんなこどもっぽい口調で追及するから、***を怒らせてしまうことは、銀時にも分かっていた。それなのにどうしても言わずにいられないのは、久しぶりの休みくらい、親元に帰って、元気な顔を見せるのが子供の務めだと、銀時の信条のようなものが訴えてやまないからだった。
「おい、それより新八ィ、自転車はどうしたんだ自転車は」
「銀さんそれが、言われた通り大橋まで見に行ったんですけど、見当たらなかったんです。神楽ちゃんと周辺も探したんですけど…」
「はああああ!?何やってんだよ新八!お前のメガネはなんの為にあるんだ?自転車を見つける為だろーが!」
「いや、違うから、自転車以外のものも見てますから」
「自転車以外って何アルか、どうせアイドルとか二次元のオンナとかネ。キモイアル。そんな中途半端なメガネだから、お前はいつまでたってもダメガネなんだヨ。もっと真剣に探せヨ、クソメガネ」
「おいィィィィ!無かったものを無かったって言っただけだろーが!なんで僕だけが責められなきゃいけないんだよおぉぉ!!」
「ちょ、ちょっと銀ちゃんも神楽ちゃんも、新八君に失礼だよ!ごめんね新八君、きっと撤去されちゃったか、誰かに持っていかれちゃったんだと思うの。今度警察に行ってみるし、見つからなければまた新しいのを買うから、気にしないで」
「…でも、***さん、大切な自転車なんじゃないですか?あんなに焦ってたじゃないですか」
新八の言う通り、自転車を置いてきてしまったと気付いた時、***はとても取り乱した。押し入れで寝ていた定春を、飛び起こさせるほど、大きな叫び声を上げて。
たしかに***にとって、あの自転車はそこらの自転車と同じではなかった。牛乳配達の商売道具でもあるし、普段の買い物やちょっとしたお出かけにも、いつもあの自転車に乗って、この町を走ったのだ。
それに―――――
「………江戸にでてくる前に、働き先が牛乳屋さんって決まって、父が買ってくれた自転車なんです。父は、江戸は車が多くて危険だって、サイドミラーをつけて、配達に便利だって、馬鹿みたいに大きな荷台まで手作りして。私、笑っちゃって…でも、娘を出稼ぎにやるほど貧乏なのに、お金をかき集めて買ってくれたのが嬉しくて…」
ふと言葉を止めて顔をあげると、申し訳なさそうに眉を八の字に下げた新八と目が合う。私情を語ったせいで、目の前の少年を傷つけてしまったと思い、慌てて***は新八の手を取ると、両手でぎゅっと握った。
「し、新八君、ごめんね、こんなこと言ったら、私まで新八君を責めてるみたいだよね。そんなつもりないんだよ。探しに行ってくれてありがとう。そのうち見つかるから、心配しなくても大丈夫。ふたりはあんな風に言うけど、新八君のメガネはダメガネなんかじゃないよ。えぇっと…よ、ヨサメガネだよ」
言葉を重ねるごとに、手を握る力が強まってしまう。自分でも何を言っているのか分からない状態で、それでも一生懸命、新八を傷つけまいと語る***の言葉は、しかし新八の耳にはあまり届いていなかった。
「あっ!ちょっ!ちょっと…~~~~~!!***さんんんんんん~~~~~!!!て、ってててて手手手てててエエェェェ…」
「おい、***、うちのクソメガネの童貞くんが死んじまうから、そのへんにしとけよぉ」
「銀ちゃん見てヨ、コイツ頭から湯気が出てるアル。チェリーには女の子に手を握られるなんて、刺激が強すぎるネ……コラァッ!エロメガネ!いつまで***に気持ち悪い手を握らせてるネ!離すアル!!」
神楽に掴みかかられて、新八が***から引きはがされる。不安定な松葉杖で立ちながら、両手で新八の手を握っていた***は、その手が離れたことで、ぐらりと前にバランスを崩し、倒れそうになる。
「わっ!!!」
真横に立っていた銀時が、すかさず***の腕と、着物の帯をぐいっと掴んで後ろに引っ張ると、トンッと軽い音を立てて、銀時の胸に***の背中が受け止められた。松葉杖がガチャガチャと音を立てて転がる。
「あっ、ごめんね、銀ちゃ…」
肩越しに振り向いて見上げた***を、ニヤニヤ笑いで銀時が見下ろす。
「ったく、***ちゃんよォ、初心なお嬢さんかと思いきや、純情なチェリー君たぶらかすくらいはお手の物ってかァ、っかぁ~!女って怖ぇ~!」
「たたたた、たぶらかしてなんかないです!銀ちゃんが失礼なこと言うから、新八君が傷ついちゃったと思って、元気づけようとしただけです!」
「いやいや、それを言うならお前こそ、ヨサメガネってなんだよ。結局メガネじゃねーか。結局、新八は童貞エロメガネっつーことじゃねぇか。***ちゅわんがそのメガネに、オトナの世界を見せてあ・げ・る☆っつーんだろ?」
「~~~~~ッ!!!な、な、なに言ってんですか!ぎ、銀ちゃんの馬鹿ァ!!!」
顔を真っ赤にして否定する***を、尚もニヤニヤと笑いながら、銀時は見ている。
「おーおー、まぁた真っ赤んなって。へぇ、耳たぶも頭のたんこぶも茹ダコみてーになんのな、おもしれぇの。……おい、ほらコレちゃんと使えよォ」
片足立ちをする***の背中を、銀時は片腕で支えたまま、前かがみになって松葉杖を拾い手渡す。杖を使いしっかりと立てていることを確認すると、銀時は***の頭にその大きな手をポンと置き、くるりと振り向いて、新八と神楽に声をかけた。
「よぉっし、お前ェら、昼メシ食ったら、こいつの自転車探しだ。ファミレスで腹ごしらえするぞ。銀さんはスペシャルパフェを食べます。お前ェらも好きなだけ食え、***のおごりだ」
「やった―――!バトルロイヤルホストで白米食べ放題ネ!***太っ腹アル!!」
「いいんですか***さん、なんだか悪いなァ」
再びこちらを向いた銀時は、目を三日月のように細めて、不自然なニタリとした笑い顔をしていた。それはそれは下衆な顔つきで***を見下ろしていた。驚いて言葉が出ずに、口をぱくぱくさせながら、銀時の肩越しに見た新八と神楽も、全く同じ顔で笑いながら、***を見ていた。
「え?え?…ええええええええ!!!?」
(なんなの、この人たちぃぃぃ!!!)
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no.3【am.10:30】end
「***さん、これは捻挫じゃなくて、ひどい打撲だよ。全治二週間ってとこかねぇ」
「え、に、二週間ですか…あの、自転車には乗ってもいいですか?」
「あっはっはっはっは!おもしろいこと言うねぇ。乗れるんなら乗ってもいいけどね、松葉杖つきながら自転車に乗ってる人は、私は見たことないなぁ」
真っ青な顔をする***とは対照的に、大江戸病院のおじいちゃん先生は、ほがらかに笑いながら松葉杖を差し出した。
診察が終わると一旦病院から出て、***は努めている牛乳屋へ電話をかけた。事情を説明すると、店を切り盛りする夫婦のおかみさんは、とても気の毒がって***の怪我を心配した。二週間の休みをもらうことになり、何度も詫びる***を、やさしい声で諭した。
「***ちゃん、最近は私も主人もね、この1年ずっと頑張りっぱなしのアンタを心配してたんだよ。嫌な顔ひとつせずに、毎朝よくやってくれてるんだから、そろそろ長い休みをあげて、実家へ帰省させてやったらどうかって。話し合ってたところなんだ。ちょうどいいじゃないか、ゆっくり休んだらいいよ」
「………おかみさん、本当にごめんなさい、ありがとうございます…」
会計を待つために待合室へ戻ると、銀時が鼻をほじりながらジャンプを読んでいた。聞いているかは分からないが、仕事の休みを貰ったことやおばさんの言ったことを話した。
「銀ちゃん、私江戸に来てもうすぐ1年になるんですけど、長いお休みを貰うなんてはじめてで、なんだか戸惑っちゃいます。一体なにして過ごしたらいいんだろう」
「へ?実家に帰んねえのかよ」
「………うん、じつは私、牛乳配達以外にも大江戸スーパーでレジ打ちのバイトもしてるから、実家には帰れません。レジ打ちだったら、片足立ちでもできるでしょう?」
あっけらかんと言う***に、銀時はソファからずり落ちそうになりながら、ジャンプをバシッと閉じた。
「…はああああああ!?お前、マジで言ってんの!?いや、牛乳屋のババアの優しさをなんだと思ってんの?ゆっくり休めって言われたんだろ?おとなしく田舎に帰ぇって、家族に会えばいいじゃねぇか。でもって、スーパーでバイトだと!?なんなんだよ、その歳で二足のワラジってか!?***の足は何本あんだよ、イカですか?タコですかぁ?大怪我してんのに、それでも働くっつうのはどういう了見だよ。あ、あれかお前、万年無職みてぇな、開店休業上等の俺への当てつけかァオイ!!?」
「な、なに言ってるんですか!?私がバイトを掛け持ちしてることと、銀ちゃんのお仕事がないことは、なんにも関係ないでしょう!当てつけなんかじゃないよ!私は江戸に来た最初っから、牛乳屋とスーパーでずぅっと働いてるんです!それにね銀ちゃん、生活にはお金がかかるんだよ。お休みだからってずぅっとダラダラしちゃったら、お金が無くなって困るのは自分なんだから!銀ちゃんこそ自分のお仕事がないからって、八つ当たりみたいなこと言わないで下さい!」
「***ちゅわぁ~ん!かわいい顔して随分と言うじゃねぇか。銀さんのガラスのよーに繊細なプライドをズタズタにすることを、よくもまぁずけずけと…」
顔の血管を浮き上がらせて、ビキビキという怒りの音が聞こえそうな勢いで、銀時はさらに***に言い返す。***も負けじと応戦するが、口ではこの男に勝てないとみて、手に持っていた松葉杖を、銀時の顔にグイグイと押し付ける。
「銀ちゃんこそ」「いいや***こそ」と、ああ言えばこう言うの応戦がヒートアップして、ふたりの声はどんどん大きくなる。待合室中に響き渡る大声になった頃、突然その言い合いは終焉を迎えた。
「あんたたちィィィィ!他の患者さんの迷惑でしょうがァァァァァ!!!」
いや婦長がいちばんうるせぇから、と鼻をほじりながら言う銀時と、隣でしょんぼりと小さくなる***は、ふたりそろって脳天に大きなたんこぶをこさえていた。婦長の怒りの鉄拳がクリーンヒットしたのだ。
***の自転車を探しに別行動をしていた新八と神楽は、病院から出てきたふたりの姿を見つけて、目を丸くした。
「あんたたち病院に行って、ふたりとも怪我を増やして帰ってくるって、一体どうゆうことですか」
「***、頭にごっさでっかいこぶが出来てるアル。これ、きっと足よりひどいネ、全治二か月くらいアル」
「神楽ちゃん…私、人前でこんなに恥ずかしい思いしたのはじめてだよ。足よりたんこぶより、心の傷がいちばん重症だよ、全治一年くらいかも…」
「マジアルか!じゃあ二週間といわず、一年仕事休むヨロシ!私がいーっぱい遊んであげるネ!かぶき町の女王が、***がまだ知らない楽しみを、たっくさん教えてあげるアル!」
目をキラキラと輝かせて、***の手を握る神楽の頭に、銀時は鼻くそをこすりつける。
「おい、神楽、オメーと違って***はエライから、そんなに仕事休めねーの。実家にも帰んねぇんだから、お前と遊んでる暇なんてねぇに決まってるだろ。二足だか二十足だかのワラジなんだからよぉ」
「もぉ…銀ちゃん、また意地悪言う…そんなに私と言い合いっこしたいの?もう仲直りしましょうよ」
「べっつにぃ~?俺はお前と喧嘩なんかしてないしぃ?***がつっかかってきただけだすぃ~?実家に帰らないっていう不良娘にジョーシキを説いただけだすぃ~?」
「銀さん、***さん困ってますよ。こどもみたいな喋り方やめて下さい」
新八が***に助け舟を出したことで、銀時はようやく口をつぐんだ。こんなこどもっぽい口調で追及するから、***を怒らせてしまうことは、銀時にも分かっていた。それなのにどうしても言わずにいられないのは、久しぶりの休みくらい、親元に帰って、元気な顔を見せるのが子供の務めだと、銀時の信条のようなものが訴えてやまないからだった。
「おい、それより新八ィ、自転車はどうしたんだ自転車は」
「銀さんそれが、言われた通り大橋まで見に行ったんですけど、見当たらなかったんです。神楽ちゃんと周辺も探したんですけど…」
「はああああ!?何やってんだよ新八!お前のメガネはなんの為にあるんだ?自転車を見つける為だろーが!」
「いや、違うから、自転車以外のものも見てますから」
「自転車以外って何アルか、どうせアイドルとか二次元のオンナとかネ。キモイアル。そんな中途半端なメガネだから、お前はいつまでたってもダメガネなんだヨ。もっと真剣に探せヨ、クソメガネ」
「おいィィィィ!無かったものを無かったって言っただけだろーが!なんで僕だけが責められなきゃいけないんだよおぉぉ!!」
「ちょ、ちょっと銀ちゃんも神楽ちゃんも、新八君に失礼だよ!ごめんね新八君、きっと撤去されちゃったか、誰かに持っていかれちゃったんだと思うの。今度警察に行ってみるし、見つからなければまた新しいのを買うから、気にしないで」
「…でも、***さん、大切な自転車なんじゃないですか?あんなに焦ってたじゃないですか」
新八の言う通り、自転車を置いてきてしまったと気付いた時、***はとても取り乱した。押し入れで寝ていた定春を、飛び起こさせるほど、大きな叫び声を上げて。
たしかに***にとって、あの自転車はそこらの自転車と同じではなかった。牛乳配達の商売道具でもあるし、普段の買い物やちょっとしたお出かけにも、いつもあの自転車に乗って、この町を走ったのだ。
それに―――――
「………江戸にでてくる前に、働き先が牛乳屋さんって決まって、父が買ってくれた自転車なんです。父は、江戸は車が多くて危険だって、サイドミラーをつけて、配達に便利だって、馬鹿みたいに大きな荷台まで手作りして。私、笑っちゃって…でも、娘を出稼ぎにやるほど貧乏なのに、お金をかき集めて買ってくれたのが嬉しくて…」
ふと言葉を止めて顔をあげると、申し訳なさそうに眉を八の字に下げた新八と目が合う。私情を語ったせいで、目の前の少年を傷つけてしまったと思い、慌てて***は新八の手を取ると、両手でぎゅっと握った。
「し、新八君、ごめんね、こんなこと言ったら、私まで新八君を責めてるみたいだよね。そんなつもりないんだよ。探しに行ってくれてありがとう。そのうち見つかるから、心配しなくても大丈夫。ふたりはあんな風に言うけど、新八君のメガネはダメガネなんかじゃないよ。えぇっと…よ、ヨサメガネだよ」
言葉を重ねるごとに、手を握る力が強まってしまう。自分でも何を言っているのか分からない状態で、それでも一生懸命、新八を傷つけまいと語る***の言葉は、しかし新八の耳にはあまり届いていなかった。
「あっ!ちょっ!ちょっと…~~~~~!!***さんんんんんん~~~~~!!!て、ってててて手手手てててエエェェェ…」
「おい、***、うちのクソメガネの童貞くんが死んじまうから、そのへんにしとけよぉ」
「銀ちゃん見てヨ、コイツ頭から湯気が出てるアル。チェリーには女の子に手を握られるなんて、刺激が強すぎるネ……コラァッ!エロメガネ!いつまで***に気持ち悪い手を握らせてるネ!離すアル!!」
神楽に掴みかかられて、新八が***から引きはがされる。不安定な松葉杖で立ちながら、両手で新八の手を握っていた***は、その手が離れたことで、ぐらりと前にバランスを崩し、倒れそうになる。
「わっ!!!」
真横に立っていた銀時が、すかさず***の腕と、着物の帯をぐいっと掴んで後ろに引っ張ると、トンッと軽い音を立てて、銀時の胸に***の背中が受け止められた。松葉杖がガチャガチャと音を立てて転がる。
「あっ、ごめんね、銀ちゃ…」
肩越しに振り向いて見上げた***を、ニヤニヤ笑いで銀時が見下ろす。
「ったく、***ちゃんよォ、初心なお嬢さんかと思いきや、純情なチェリー君たぶらかすくらいはお手の物ってかァ、っかぁ~!女って怖ぇ~!」
「たたたた、たぶらかしてなんかないです!銀ちゃんが失礼なこと言うから、新八君が傷ついちゃったと思って、元気づけようとしただけです!」
「いやいや、それを言うならお前こそ、ヨサメガネってなんだよ。結局メガネじゃねーか。結局、新八は童貞エロメガネっつーことじゃねぇか。***ちゅわんがそのメガネに、オトナの世界を見せてあ・げ・る☆っつーんだろ?」
「~~~~~ッ!!!な、な、なに言ってんですか!ぎ、銀ちゃんの馬鹿ァ!!!」
顔を真っ赤にして否定する***を、尚もニヤニヤと笑いながら、銀時は見ている。
「おーおー、まぁた真っ赤んなって。へぇ、耳たぶも頭のたんこぶも茹ダコみてーになんのな、おもしれぇの。……おい、ほらコレちゃんと使えよォ」
片足立ちをする***の背中を、銀時は片腕で支えたまま、前かがみになって松葉杖を拾い手渡す。杖を使いしっかりと立てていることを確認すると、銀時は***の頭にその大きな手をポンと置き、くるりと振り向いて、新八と神楽に声をかけた。
「よぉっし、お前ェら、昼メシ食ったら、こいつの自転車探しだ。ファミレスで腹ごしらえするぞ。銀さんはスペシャルパフェを食べます。お前ェらも好きなだけ食え、***のおごりだ」
「やった―――!バトルロイヤルホストで白米食べ放題ネ!***太っ腹アル!!」
「いいんですか***さん、なんだか悪いなァ」
再びこちらを向いた銀時は、目を三日月のように細めて、不自然なニタリとした笑い顔をしていた。それはそれは下衆な顔つきで***を見下ろしていた。驚いて言葉が出ずに、口をぱくぱくさせながら、銀時の肩越しに見た新八と神楽も、全く同じ顔で笑いながら、***を見ていた。
「え?え?…ええええええええ!!!?」
(なんなの、この人たちぃぃぃ!!!)
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