かぶき町で牛乳配達をする女の子
牛乳(人生)は噛んで飲め
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【pm.3:00】
開いた風呂敷の中に着物や歯ブラシ、化粧品などが並べられている。一緒に並ぶ「江戸銘菓」と書かれたまんじゅうの箱は、牛乳屋のおじさんとおかみさんが、家族への土産にと***に買い与えた物。無理やり渡されて、そのまま持って帰ってきてしまった。
まんじゅうの箱と一緒に、おかみさんから手渡された小さな切符を見て、***はため息をつく。そこには最新型の高速電車の名前と「かぶき町駅9:00発」と書かれていた。更に到着駅の欄には、***のよく知る、山深い田舎の無人駅の名前が書かれていた。
これは夢で、指でなぞればその駅名も消えるのではと、***は何度もなぞってみたが、それは消えなかった。
―――――まぎれもなく、疑いようもなく、避けようもなく、***は明日、家族のいる田舎へと帰省する。
「はぁぁぁ~…」
「なに?なんなのお前さっきから、ハァハァ言いやがって。SM嬢見て興奮するオッサンですかぁ?切符見てハァ、荷造りしてハァ、俺の顔見てハァって…なんなんだよ!銀さんなんも悪いことしてないよね?むしろ***の喜ぶことしかしてないよね?廃品処理でもらったテレビ、欲しいだろうと思って持ってきてやったんだぞ!もっと喜べよ!」
「テレビは嬉しいですけど……でも全然電源点かないじゃないですか、そのテレビやっぱり壊れてるんじゃ…」
「壊れてねーよ!買って一週間の新品だぞ新品!引っ越しの不用品引き取れっつーからなんか掘りだしモンあるかと思ったら、まさかの新品テレビだぞ!これだから金持ちっつーのは信じらんねぇよ」
四畳半の狭いの部屋で、***は明日からの帰省に向けて準備を、銀時はテレビの設置をしていた。
今朝、万事屋は引っ越しの手伝いの依頼が入った。依頼人が新品同様のテレビを捨てていくというので、***の部屋にと銀時がもらってきてくれたのだ。
一方***は、今朝の配達の仕事を終え牛乳屋に戻ると、事務所へと呼ばれた。牛乳屋のおじさんとおかみさんと向かい合って座る。おじさんに「***ちゃんは働き始めて二年になるが、一度も実家へ帰っていないだろう」と、とがめるような口調で言われる。
へらへらと笑った***が「貧乏暇なしで、私も家族も顔を合わせてる余裕なんて無いですよぉ」と言うと、すかさずおかみさんが一通の手紙を取り出した。
そこには懐かしい、***の母親の文字が並んでいた。
「***ちゃんが頑張って***農園の牛乳を取る顧客を増やしたおかげで、農園の収入が以前より安定したそうだよ。二年ぶりに数日帰省させてもらえないかって、お母さんから手紙が来てね、切符を買うお金まで入ってたのさ。私たちで話し合って明日から二週間、***ちゃんに休暇をあげて、帰省してもらうことに決めたよ」
「そんな!!…お、おかみさん、私スーパーのアルバイトもあるし…」
「そう言うだろうと思って、大江戸スーパーの店長にはもう話は通してあるからね。***ちゃんは何も心配せずに、明日電車で田舎へ帰って、家族水入らずで二週間過ごしてきたらいいさ」
そう言って***の手を取ると、おかみさんは電車の切符をぎゅっと押し付けた。その切符に書かれた駅名を見て、***は信じられない、という顔をした。
「しっかし牛乳屋のジジィとババァも粋なことするよな、切符も準備して、スーパーにまで根回ししとくなんてよぉ、完璧じゃねーか。ついでに万事屋に***の見送りまで頼んでんだぜ、なかなかキレ者のババァだぜありゃ」
電源の点かないテレビの裏に回り、背面の配線をいじりながら、銀時が***に向かって言う。
「私も、まさか銀ちゃんたちにまで頼んでるとは思わなかったよ、外堀うめられたというかなんというか…ここまでされたらもう、絶対帰るしかないじゃないですかぁ……」
「はぁぁぁ?何言ってんだよ、ババァの優しい気づかいじゃねぇか、喜べよ。ようやく家族に会えるんだろーが」
「そりゃ、家族には会いたいですけど……」
煮え切らない返事をしながら、***は荷物を入れた風呂敷の口を、結んだり解いたりしている。そのうじうじとした様子を、テレビの裏から見ていた銀時が、はぁ~とため息をつく。
パチンッという音を立てて、突然テレビが点いた。真っ暗だった画面にドラマらしき映像が映る。
「よっしゃぁ~!ようやくつきやがった!オラ、***、これでお前も文化的な生活が送れるぞ、よかったな、銀さんに感謝しろよぉ」
「わぁ、すごい!テレビだぁ!銀ちゃんありがとう、これでわざわざ休日にスーパーの休憩室まで行って、ドラマの再放送見なくてもすみます!」
ちょうどテレビから流れてきたのは、***がスーパーの同僚たちと話題にしていた恋愛ドラマの再放送だった。荷造りそっちのけで、画面に食い入るように見はじめる。
「面白いから銀ちゃんも一緒に見ましょうよ!」と言われ、テレビの前に並んで座ったが、いかんせん部屋が狭くてくつろげない。
「なぁ、俺さぁ、テレビは横になって見たいタイプなんだよね。この部屋、銀さんのなげぇ脚をのばすには狭すぎっから、ちょっと***膝貸せや」
「え?…ちょっ……」
正座をしていた***の膝に、横になった銀時が頭をのせて横になる。見下ろした膝の上で、銀時は顔を横に向けてテレビをじっと見ている。突然の膝枕が恥ずかしくて、顔がばっと熱くなるが、気づいていない様子の横顔を見てほっとする。
「あれ…?こいつどっかで見たことあんな……誰だっけ?」
「俳優の小栗旬之助ですよ、かっこいいよねぇ。スーパーの同僚たちの間でも、すごく人気なんです」
「へぇ~、でもこいつさっきからなんかキザじゃね?相手の女に、やけにべたべた触りすぎじゃね?」
「それがこのドラマの見どころなんですよ!旬之助がヒロインにちょっとしたスキンシップをして、それが胸キュンっていう、女子の夢を叶える素晴らしいドラマなんです!」
「へぇ~、スキンシップねぇ~…」
テレビの中では小栗旬之助が、ヒロインを壁際に追い詰め、片手を壁につき、顔を寄せて何か甘い言葉をかけていた。
「きゃーッ!今の見ましたか、銀ちゃん!旬之助ったら、強引なんだから……」
「なに***、お前こーゆー感じが好きなの?」
「私だけじゃなくて、こんなことされたら、女の子は誰だってドキドキしますよぉ」
その言葉を聞いた銀時が、ばっと顔を上に向けるとテレビ画面にくぎ付けの***の顔を見て、にやりと笑う。膝から起き上がると、***の肩をつかみ、そのまま後ろにずりずりと押していく。
「えっ!?なになになに!?ちょっと、ぎ、銀ちゃ…ッ!」
座ったまま押されて後ろに下がり、気が付くと背中がふすまにトンと当たった。顔の横に銀時が片手をつき、反対の手で***の肩を後ろにぐっと押し付けて、逃げないように固定する。
至近距離で銀時の赤い瞳と目が合い、びっくりした***は真っ赤な顔を隠すように、両手で口元を覆った。
「やッ……きゅ、急にこんなことされたらびっくりするから、やめてくださいよ!」
「あれぇ~?***、やっぱりこーゆー強引な感じが好きなんじゃないの?さっき膝枕した時より、ずっと赤くなってんじゃん」
「なっ……!!き、気付いてたの?もぉ、銀ちゃん、見ないフリするなら最後までし通してくださいよぉ、意地悪なんだから…」
「あぁ?確かに銀さんはドSだけど、別に意地悪してねぇだろ。テレビ持ってきてやったし?設置してやったし?明日は駅まで送ってってやるし?すっげぇ優しいじゃねぇか………お前こそ、何を見ないフリしてんのか知らねぇけど、明日家族に会えるっつーのに、いつまでもうじうじして嫌がってんのは、一体どーゆーつもりだよ」
「…ッ!…だ、だって……」
銀時の急な質問に***は口ごもって、答えられない。さっきまでのふざけた様子から一変して、***を壁に抑えつけながら、真剣な目をして自分を見下ろす男に、戸惑うばかりだ。耳元近くで心臓がばくばくと鳴る音が聞こえる気がする。
***が答えないでいると、銀時が呆れたような口調で喋りはじめる。
「***さぁ、家に帰ったら、また家族に迷惑かけるとか思ってんだろ?そりゃちげぇだろ、帰ってこいって母ちゃん直筆の手紙がきたんだろ?お前に会いたがってる証拠じゃねぇか。いつまでも後ろめたいとか弱気なこと思ってねぇで、さっさと家族の胸に飛び込んでこいよ。ぜってぇ喜んで迎え入れられるから大丈夫だっつーの」
まるで子供に言い聞かせるような銀時の口調と、肩を押さえつける大きな手の熱い温度で、気持ちが落ち着いてくる。心臓の鼓動が少しずつ治まり、顔の赤みもひく。
しばらくすると***は諦めたような表情になり、ため息をつくと銀時を見上げる。
「ちがうんです、銀ちゃん…私、怖いんです……」
「は?怖くねぇって、もう母ちゃんだってお前を無視したりなんかしねぇって…」
「ちがうの、銀ちゃん……私、」
―――もう、かぶき町に戻ってきたくなくなっちゃいそうで、帰るのが怖いの―――
そう言った***が唇を噛みしめると、眉を八の字に下げて泣きそうな顔をする。銀時の着物のすそをぎゅっと握った手が、小さく震えていた。
予想外の理由を聞いた銀時は、言葉を失うと同時に思わず笑いそうになった。しかし***の今にも泣き出しそうな、子供みたいな顔を見て、笑いをこらえる。
お前はほんとにしょうがねぇやつだな、と言いながらため息を一つ吐くと、肩を押さえていた手を離し、***のほほにそっと添えた。
ふと視線を***から外すと、部屋の隅に転がるシロクマのぬいぐるみを見る。神楽とおそろいのぬいぐるみだ。
「最近さぁ……神楽がなんでもお前のマネしたがって、おそろいの物ばっか欲しがるから、出費が激しくて困ってんだけど。アイツ、***のこと実の姉ちゃんかなんかだと思ってんじゃねぇの?そこんとこお前はどーなの?アイツに会いたくねぇのかよ?」
「あ、会いたいよ、私だって神楽ちゃんのこと本当の妹みたいに思ってるもん、大好きだもん」
銀時につられて、視線をシロクマのぬいぐるみに移して、困惑した顔のまま***が答えた。
ぬいぐるみから視線を壁に動かすと、そこに寺門通のポスターが貼ってあった。新八から貰ったものだ。
「ぱっつぁんがよぉ、また***とお通のライブに行くんだって張り切ってたぞ。ゆくゆくは親衛隊に初の女性隊士として迎え入れたいっつって、タカチンと顔つき合わせて相談してたわ。どーすんの新八に、もう会いたくねぇの」
「会いたいよ、私も新八くんとお通ちゃんのライブまた行きたいよ、親衛隊にも入りたいよ」
お通のポスターを見ながら、小さく微笑んで***が答えた。
「なぁ、あとお妙が***流の厚焼き玉子の作り方を教わりたいっつってたっけな。どーせアイツが作ったら全部ダークマターになるだろーけど…それからキャサリンの牛乳消費量が多いから、ババァが配達を増やすよう***に相談するっつってわ」
「ふふっ……お妙さんにも、お登勢さんにもキャサリンさんにも、私、会いたいよぉ」
ほほに添えられた銀時の手に、小さな手を重ねる。銀時の意図が分かり、***は嬉しくなってはにかんで笑う。脳裏に神楽や新八、お登勢たちの顔が浮かんできて、胸が温かくなる。
その***の顔を見て、銀時はふっと笑ってから、さらに部屋をぐるりと見回す。
「あのジャスタウェイ、沖田くんから貰ったんだってなぁ。あとあのミントンの練習着はジミーとおそろいだっけ?それと冷蔵庫にマヨラーが貢いだマヨが大量に入ってんじゃねぇか……お前さぁ、俺が知らねぇうちにずいぶんいっぱい友達できてんのな。どいつもこいつも変態みてぇなやつらだから、銀さんは絶交すんのをすすめるけど」
「真選組の人たちはみんな良い人たちだよ。確かに変わってるけど優しくて、万事屋のみんなと似てますよ」
「ハァ?あんな腐った権力の犬と、正義のヒーローの万事屋を一緒にしないでくれる?ちょー心外なんですけどぉ」
銀時のすねたような口調に、***が思わず吹き出す。くすくす笑って顔を上げると、自分を見下ろす赤い瞳にも温かさが宿っていた。帰省する不安で重くなっていた心が、その瞳の温かさでふわりと軽くなった。銀時にしては珍しい、優しく静かな口調で話し続ける。
「前のお前の部屋、思い出してみろよ。がらんどうで何にもねぇ、さすがの俺でもぎょっとするよーな部屋だったじゃねぇか。それが一年でこれだけにぎやかになってんだ、思い入れだってそれなりにできたんじゃねぇの、この街に」
「うん、そうかも……そうだね、銀ちゃん。私、この街に戻ってこられると思う。だってまたみんなに会いたいもん」
そう言って***が微笑むと、銀時は壁についていた手を離して、***の頭をぐしゃぐしゃと撫でた。その感覚が嬉しくて胸がきゅんと跳ねた。
この大きな手の温かさに、何度も守られて、何度も助けられて、この一年を乗り越えてきたんだと***は思う。ふと***は思いついて、髪を整えながら口を開く。
「銀ちゃんは?銀ちゃんも私に……戻ってきてほしい?」
「はぁ?」
身体を離した銀時が、ぱっと***から目をそらす。頭をガシガシとかきながら、急に大人のような顔をした銀時を見て、温かかった***の胸に、ほんの小さな痛みが走る。
「はぁぁ~、***って全然分かってないよね。耳の穴かっぽじってよぉく聞けよ。……この街で待ってるヤツがどんなに大勢いたって、お前に会いたいってどんなに言われたってなぁ、***……お前は家族と一緒にいることを選んでいいんだ。むしろそうすべきだって、銀さんは思ってる。そらそぉだろ、家族なんだから一緒にいるのが一番いいに決まってんだ。当たりめぇだろうが。……オラ!分かったらさっさとこっちこい!膝枕しやがれ!ったく、この部屋マジでせますぎるっつーの!」
「え?…う、うん、ごめん……」
投げやりに答えた銀時がこちらに背を向けて、膝枕を求める。期待した答えをもらえなかったことに戸惑いながらも、***が再び正座をすると、銀時がすばやくその膝に頭をのせて寝転ぶ。
テレビの中ではまだドラマが続いていて、小栗旬之助がヒロインの肩を優しく抱いていた。そのままヒロインのほほに唇を寄せて、そっと口づけをする。一瞬の口づけがスローモーションで流れる。ほほから唇を離すと、耳元で「君は僕のものだ」とキザなセリフを言う。
「……なぁ、これってスキンシップの域超えてね?セクハラじゃね?こんなことされたら普通キモくね?」
「……銀ちゃん、全然分かってないですね、さっきの強引な壁ドンからのこの優しいキスっていうのがいいんです。あんな強引なことをした人が、こんなに優しくするなんてってなるでしょう?私だったら、もうこの人が運命の人だって思っちゃいます」
「運命の人ねぇ~、やっぱ女って意味わかんねぇ~」
退屈そうな声で言いながら、銀時が鼻をほじる。それを見て***は小さくため息をついた。
ドラマの再放送はとても見たいのに、テレビに映る小栗旬之助が何をしていても、胸がきゅんとするどころか、ちりちりと痛んで***は集中できなかった。
こんなことを思うのは自分勝手だと分かっている。実家に二週間帰ったところで、またここに戻ってくることは分かってる。またすぐに会える。
それなのに――――
――――銀ちゃんに、戻ってこいって言ってもらえたら、絶対にここに帰ってくるって安心できるのに………
そんなワガママな考えが頭の片隅から消えずに、***は切なかった。頭を小さく振ってその考えを払おうとしたが、うまくいかない。
確かにこの一年間でたくさん友達ができた。そのおかげでこの街に思い入れもできた。だけど江戸に出てきてからの二年間、ずっと***は家族に会いたくてたまらなかった。父に抱き着きたかった。母に抱きしめられたかった。兄弟を抱きしめたかった。それを何度も何度も、夢見てきた。
もし明日田舎へ帰って、その夢が現実のものになったら、その喜びの大きさに、この街の大切な人たちのことをあっさり忘れてしまうかもしれない。それが恐ろしくてたまらない。
たったひとり、いま自分の膝の上でまぬけな顔をして鼻をほじっている男からの、たった一言が***は欲しかった。
銀時が「戻ってこい」と言ってくれれば、それだけで***は安心して田舎へ行くことができるのに。そう思うと胸が苦しくてしかたがない。
また困らせてしまうから、小さく震えはじめた手を、銀時に知られていけないと思う。ぎゅっと小さな手をにぎりしめると、もはや何が映っているのかもよく分からないテレビ画面を、じっと見つめ続けた。
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no.29【pm.3:00】end
開いた風呂敷の中に着物や歯ブラシ、化粧品などが並べられている。一緒に並ぶ「江戸銘菓」と書かれたまんじゅうの箱は、牛乳屋のおじさんとおかみさんが、家族への土産にと***に買い与えた物。無理やり渡されて、そのまま持って帰ってきてしまった。
まんじゅうの箱と一緒に、おかみさんから手渡された小さな切符を見て、***はため息をつく。そこには最新型の高速電車の名前と「かぶき町駅9:00発」と書かれていた。更に到着駅の欄には、***のよく知る、山深い田舎の無人駅の名前が書かれていた。
これは夢で、指でなぞればその駅名も消えるのではと、***は何度もなぞってみたが、それは消えなかった。
―――――まぎれもなく、疑いようもなく、避けようもなく、***は明日、家族のいる田舎へと帰省する。
「はぁぁぁ~…」
「なに?なんなのお前さっきから、ハァハァ言いやがって。SM嬢見て興奮するオッサンですかぁ?切符見てハァ、荷造りしてハァ、俺の顔見てハァって…なんなんだよ!銀さんなんも悪いことしてないよね?むしろ***の喜ぶことしかしてないよね?廃品処理でもらったテレビ、欲しいだろうと思って持ってきてやったんだぞ!もっと喜べよ!」
「テレビは嬉しいですけど……でも全然電源点かないじゃないですか、そのテレビやっぱり壊れてるんじゃ…」
「壊れてねーよ!買って一週間の新品だぞ新品!引っ越しの不用品引き取れっつーからなんか掘りだしモンあるかと思ったら、まさかの新品テレビだぞ!これだから金持ちっつーのは信じらんねぇよ」
四畳半の狭いの部屋で、***は明日からの帰省に向けて準備を、銀時はテレビの設置をしていた。
今朝、万事屋は引っ越しの手伝いの依頼が入った。依頼人が新品同様のテレビを捨てていくというので、***の部屋にと銀時がもらってきてくれたのだ。
一方***は、今朝の配達の仕事を終え牛乳屋に戻ると、事務所へと呼ばれた。牛乳屋のおじさんとおかみさんと向かい合って座る。おじさんに「***ちゃんは働き始めて二年になるが、一度も実家へ帰っていないだろう」と、とがめるような口調で言われる。
へらへらと笑った***が「貧乏暇なしで、私も家族も顔を合わせてる余裕なんて無いですよぉ」と言うと、すかさずおかみさんが一通の手紙を取り出した。
そこには懐かしい、***の母親の文字が並んでいた。
「***ちゃんが頑張って***農園の牛乳を取る顧客を増やしたおかげで、農園の収入が以前より安定したそうだよ。二年ぶりに数日帰省させてもらえないかって、お母さんから手紙が来てね、切符を買うお金まで入ってたのさ。私たちで話し合って明日から二週間、***ちゃんに休暇をあげて、帰省してもらうことに決めたよ」
「そんな!!…お、おかみさん、私スーパーのアルバイトもあるし…」
「そう言うだろうと思って、大江戸スーパーの店長にはもう話は通してあるからね。***ちゃんは何も心配せずに、明日電車で田舎へ帰って、家族水入らずで二週間過ごしてきたらいいさ」
そう言って***の手を取ると、おかみさんは電車の切符をぎゅっと押し付けた。その切符に書かれた駅名を見て、***は信じられない、という顔をした。
「しっかし牛乳屋のジジィとババァも粋なことするよな、切符も準備して、スーパーにまで根回ししとくなんてよぉ、完璧じゃねーか。ついでに万事屋に***の見送りまで頼んでんだぜ、なかなかキレ者のババァだぜありゃ」
電源の点かないテレビの裏に回り、背面の配線をいじりながら、銀時が***に向かって言う。
「私も、まさか銀ちゃんたちにまで頼んでるとは思わなかったよ、外堀うめられたというかなんというか…ここまでされたらもう、絶対帰るしかないじゃないですかぁ……」
「はぁぁぁ?何言ってんだよ、ババァの優しい気づかいじゃねぇか、喜べよ。ようやく家族に会えるんだろーが」
「そりゃ、家族には会いたいですけど……」
煮え切らない返事をしながら、***は荷物を入れた風呂敷の口を、結んだり解いたりしている。そのうじうじとした様子を、テレビの裏から見ていた銀時が、はぁ~とため息をつく。
パチンッという音を立てて、突然テレビが点いた。真っ暗だった画面にドラマらしき映像が映る。
「よっしゃぁ~!ようやくつきやがった!オラ、***、これでお前も文化的な生活が送れるぞ、よかったな、銀さんに感謝しろよぉ」
「わぁ、すごい!テレビだぁ!銀ちゃんありがとう、これでわざわざ休日にスーパーの休憩室まで行って、ドラマの再放送見なくてもすみます!」
ちょうどテレビから流れてきたのは、***がスーパーの同僚たちと話題にしていた恋愛ドラマの再放送だった。荷造りそっちのけで、画面に食い入るように見はじめる。
「面白いから銀ちゃんも一緒に見ましょうよ!」と言われ、テレビの前に並んで座ったが、いかんせん部屋が狭くてくつろげない。
「なぁ、俺さぁ、テレビは横になって見たいタイプなんだよね。この部屋、銀さんのなげぇ脚をのばすには狭すぎっから、ちょっと***膝貸せや」
「え?…ちょっ……」
正座をしていた***の膝に、横になった銀時が頭をのせて横になる。見下ろした膝の上で、銀時は顔を横に向けてテレビをじっと見ている。突然の膝枕が恥ずかしくて、顔がばっと熱くなるが、気づいていない様子の横顔を見てほっとする。
「あれ…?こいつどっかで見たことあんな……誰だっけ?」
「俳優の小栗旬之助ですよ、かっこいいよねぇ。スーパーの同僚たちの間でも、すごく人気なんです」
「へぇ~、でもこいつさっきからなんかキザじゃね?相手の女に、やけにべたべた触りすぎじゃね?」
「それがこのドラマの見どころなんですよ!旬之助がヒロインにちょっとしたスキンシップをして、それが胸キュンっていう、女子の夢を叶える素晴らしいドラマなんです!」
「へぇ~、スキンシップねぇ~…」
テレビの中では小栗旬之助が、ヒロインを壁際に追い詰め、片手を壁につき、顔を寄せて何か甘い言葉をかけていた。
「きゃーッ!今の見ましたか、銀ちゃん!旬之助ったら、強引なんだから……」
「なに***、お前こーゆー感じが好きなの?」
「私だけじゃなくて、こんなことされたら、女の子は誰だってドキドキしますよぉ」
その言葉を聞いた銀時が、ばっと顔を上に向けるとテレビ画面にくぎ付けの***の顔を見て、にやりと笑う。膝から起き上がると、***の肩をつかみ、そのまま後ろにずりずりと押していく。
「えっ!?なになになに!?ちょっと、ぎ、銀ちゃ…ッ!」
座ったまま押されて後ろに下がり、気が付くと背中がふすまにトンと当たった。顔の横に銀時が片手をつき、反対の手で***の肩を後ろにぐっと押し付けて、逃げないように固定する。
至近距離で銀時の赤い瞳と目が合い、びっくりした***は真っ赤な顔を隠すように、両手で口元を覆った。
「やッ……きゅ、急にこんなことされたらびっくりするから、やめてくださいよ!」
「あれぇ~?***、やっぱりこーゆー強引な感じが好きなんじゃないの?さっき膝枕した時より、ずっと赤くなってんじゃん」
「なっ……!!き、気付いてたの?もぉ、銀ちゃん、見ないフリするなら最後までし通してくださいよぉ、意地悪なんだから…」
「あぁ?確かに銀さんはドSだけど、別に意地悪してねぇだろ。テレビ持ってきてやったし?設置してやったし?明日は駅まで送ってってやるし?すっげぇ優しいじゃねぇか………お前こそ、何を見ないフリしてんのか知らねぇけど、明日家族に会えるっつーのに、いつまでもうじうじして嫌がってんのは、一体どーゆーつもりだよ」
「…ッ!…だ、だって……」
銀時の急な質問に***は口ごもって、答えられない。さっきまでのふざけた様子から一変して、***を壁に抑えつけながら、真剣な目をして自分を見下ろす男に、戸惑うばかりだ。耳元近くで心臓がばくばくと鳴る音が聞こえる気がする。
***が答えないでいると、銀時が呆れたような口調で喋りはじめる。
「***さぁ、家に帰ったら、また家族に迷惑かけるとか思ってんだろ?そりゃちげぇだろ、帰ってこいって母ちゃん直筆の手紙がきたんだろ?お前に会いたがってる証拠じゃねぇか。いつまでも後ろめたいとか弱気なこと思ってねぇで、さっさと家族の胸に飛び込んでこいよ。ぜってぇ喜んで迎え入れられるから大丈夫だっつーの」
まるで子供に言い聞かせるような銀時の口調と、肩を押さえつける大きな手の熱い温度で、気持ちが落ち着いてくる。心臓の鼓動が少しずつ治まり、顔の赤みもひく。
しばらくすると***は諦めたような表情になり、ため息をつくと銀時を見上げる。
「ちがうんです、銀ちゃん…私、怖いんです……」
「は?怖くねぇって、もう母ちゃんだってお前を無視したりなんかしねぇって…」
「ちがうの、銀ちゃん……私、」
―――もう、かぶき町に戻ってきたくなくなっちゃいそうで、帰るのが怖いの―――
そう言った***が唇を噛みしめると、眉を八の字に下げて泣きそうな顔をする。銀時の着物のすそをぎゅっと握った手が、小さく震えていた。
予想外の理由を聞いた銀時は、言葉を失うと同時に思わず笑いそうになった。しかし***の今にも泣き出しそうな、子供みたいな顔を見て、笑いをこらえる。
お前はほんとにしょうがねぇやつだな、と言いながらため息を一つ吐くと、肩を押さえていた手を離し、***のほほにそっと添えた。
ふと視線を***から外すと、部屋の隅に転がるシロクマのぬいぐるみを見る。神楽とおそろいのぬいぐるみだ。
「最近さぁ……神楽がなんでもお前のマネしたがって、おそろいの物ばっか欲しがるから、出費が激しくて困ってんだけど。アイツ、***のこと実の姉ちゃんかなんかだと思ってんじゃねぇの?そこんとこお前はどーなの?アイツに会いたくねぇのかよ?」
「あ、会いたいよ、私だって神楽ちゃんのこと本当の妹みたいに思ってるもん、大好きだもん」
銀時につられて、視線をシロクマのぬいぐるみに移して、困惑した顔のまま***が答えた。
ぬいぐるみから視線を壁に動かすと、そこに寺門通のポスターが貼ってあった。新八から貰ったものだ。
「ぱっつぁんがよぉ、また***とお通のライブに行くんだって張り切ってたぞ。ゆくゆくは親衛隊に初の女性隊士として迎え入れたいっつって、タカチンと顔つき合わせて相談してたわ。どーすんの新八に、もう会いたくねぇの」
「会いたいよ、私も新八くんとお通ちゃんのライブまた行きたいよ、親衛隊にも入りたいよ」
お通のポスターを見ながら、小さく微笑んで***が答えた。
「なぁ、あとお妙が***流の厚焼き玉子の作り方を教わりたいっつってたっけな。どーせアイツが作ったら全部ダークマターになるだろーけど…それからキャサリンの牛乳消費量が多いから、ババァが配達を増やすよう***に相談するっつってわ」
「ふふっ……お妙さんにも、お登勢さんにもキャサリンさんにも、私、会いたいよぉ」
ほほに添えられた銀時の手に、小さな手を重ねる。銀時の意図が分かり、***は嬉しくなってはにかんで笑う。脳裏に神楽や新八、お登勢たちの顔が浮かんできて、胸が温かくなる。
その***の顔を見て、銀時はふっと笑ってから、さらに部屋をぐるりと見回す。
「あのジャスタウェイ、沖田くんから貰ったんだってなぁ。あとあのミントンの練習着はジミーとおそろいだっけ?それと冷蔵庫にマヨラーが貢いだマヨが大量に入ってんじゃねぇか……お前さぁ、俺が知らねぇうちにずいぶんいっぱい友達できてんのな。どいつもこいつも変態みてぇなやつらだから、銀さんは絶交すんのをすすめるけど」
「真選組の人たちはみんな良い人たちだよ。確かに変わってるけど優しくて、万事屋のみんなと似てますよ」
「ハァ?あんな腐った権力の犬と、正義のヒーローの万事屋を一緒にしないでくれる?ちょー心外なんですけどぉ」
銀時のすねたような口調に、***が思わず吹き出す。くすくす笑って顔を上げると、自分を見下ろす赤い瞳にも温かさが宿っていた。帰省する不安で重くなっていた心が、その瞳の温かさでふわりと軽くなった。銀時にしては珍しい、優しく静かな口調で話し続ける。
「前のお前の部屋、思い出してみろよ。がらんどうで何にもねぇ、さすがの俺でもぎょっとするよーな部屋だったじゃねぇか。それが一年でこれだけにぎやかになってんだ、思い入れだってそれなりにできたんじゃねぇの、この街に」
「うん、そうかも……そうだね、銀ちゃん。私、この街に戻ってこられると思う。だってまたみんなに会いたいもん」
そう言って***が微笑むと、銀時は壁についていた手を離して、***の頭をぐしゃぐしゃと撫でた。その感覚が嬉しくて胸がきゅんと跳ねた。
この大きな手の温かさに、何度も守られて、何度も助けられて、この一年を乗り越えてきたんだと***は思う。ふと***は思いついて、髪を整えながら口を開く。
「銀ちゃんは?銀ちゃんも私に……戻ってきてほしい?」
「はぁ?」
身体を離した銀時が、ぱっと***から目をそらす。頭をガシガシとかきながら、急に大人のような顔をした銀時を見て、温かかった***の胸に、ほんの小さな痛みが走る。
「はぁぁ~、***って全然分かってないよね。耳の穴かっぽじってよぉく聞けよ。……この街で待ってるヤツがどんなに大勢いたって、お前に会いたいってどんなに言われたってなぁ、***……お前は家族と一緒にいることを選んでいいんだ。むしろそうすべきだって、銀さんは思ってる。そらそぉだろ、家族なんだから一緒にいるのが一番いいに決まってんだ。当たりめぇだろうが。……オラ!分かったらさっさとこっちこい!膝枕しやがれ!ったく、この部屋マジでせますぎるっつーの!」
「え?…う、うん、ごめん……」
投げやりに答えた銀時がこちらに背を向けて、膝枕を求める。期待した答えをもらえなかったことに戸惑いながらも、***が再び正座をすると、銀時がすばやくその膝に頭をのせて寝転ぶ。
テレビの中ではまだドラマが続いていて、小栗旬之助がヒロインの肩を優しく抱いていた。そのままヒロインのほほに唇を寄せて、そっと口づけをする。一瞬の口づけがスローモーションで流れる。ほほから唇を離すと、耳元で「君は僕のものだ」とキザなセリフを言う。
「……なぁ、これってスキンシップの域超えてね?セクハラじゃね?こんなことされたら普通キモくね?」
「……銀ちゃん、全然分かってないですね、さっきの強引な壁ドンからのこの優しいキスっていうのがいいんです。あんな強引なことをした人が、こんなに優しくするなんてってなるでしょう?私だったら、もうこの人が運命の人だって思っちゃいます」
「運命の人ねぇ~、やっぱ女って意味わかんねぇ~」
退屈そうな声で言いながら、銀時が鼻をほじる。それを見て***は小さくため息をついた。
ドラマの再放送はとても見たいのに、テレビに映る小栗旬之助が何をしていても、胸がきゅんとするどころか、ちりちりと痛んで***は集中できなかった。
こんなことを思うのは自分勝手だと分かっている。実家に二週間帰ったところで、またここに戻ってくることは分かってる。またすぐに会える。
それなのに――――
――――銀ちゃんに、戻ってこいって言ってもらえたら、絶対にここに帰ってくるって安心できるのに………
そんなワガママな考えが頭の片隅から消えずに、***は切なかった。頭を小さく振ってその考えを払おうとしたが、うまくいかない。
確かにこの一年間でたくさん友達ができた。そのおかげでこの街に思い入れもできた。だけど江戸に出てきてからの二年間、ずっと***は家族に会いたくてたまらなかった。父に抱き着きたかった。母に抱きしめられたかった。兄弟を抱きしめたかった。それを何度も何度も、夢見てきた。
もし明日田舎へ帰って、その夢が現実のものになったら、その喜びの大きさに、この街の大切な人たちのことをあっさり忘れてしまうかもしれない。それが恐ろしくてたまらない。
たったひとり、いま自分の膝の上でまぬけな顔をして鼻をほじっている男からの、たった一言が***は欲しかった。
銀時が「戻ってこい」と言ってくれれば、それだけで***は安心して田舎へ行くことができるのに。そう思うと胸が苦しくてしかたがない。
また困らせてしまうから、小さく震えはじめた手を、銀時に知られていけないと思う。ぎゅっと小さな手をにぎりしめると、もはや何が映っているのかもよく分からないテレビ画面を、じっと見つめ続けた。
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no.29【pm.3:00】end