かぶき町で牛乳配達をする女の子
牛乳(人生)は噛んで飲め
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【am.11:45】
暖かい日が増えたと思う内に、あっという間に江戸の桜は開花を迎えた。小さなつぼみだった花が、数日続いた晴天でぽんと弾けるように咲き、例年より雨が少なく気温の高い、お花見日和の春がやってきた。
***が江戸に出てきた年の春、既に桜は散っていた。二度目の春に万事屋に出会ったが、足の怪我やら自転車の捜索やらで忙しく、花見どころではなかった。存在を知ってはいたが、***は桜を見たことがない。貧しい田舎にお花見なんて習慣はなかったから。
「花見に行くぞ」と銀時に誘われ、首をかしげた***に、万事屋の三人は信じられないという顔をした。桜の木の下に料理や酒を持ち寄って、花を見ながら食べたり飲んだりする行事と説明を受けた時、***は子供のように目を輝かせた。
「お花見、行きたいです!絶対行く!料理たくさん作って行きます!!!」
銀時がうるせーと言いながら耳をふさぐほど、***は大きな声を出して、花見への誘いを受けたのだった。
「それで、こんなに張り切っちゃったんですね…」
「新八くん……これは作りすぎだよね、どう見ても…」
待ち合わせの時間を過ぎても、万事屋へ***がやってこないので、新八がアパートへ様子を見にやってきた。大きな重箱ふたつを両手に持ち、背中に大きな風呂敷包みを背負った***が、あまりの重さに玄関から一歩も進めなくなっていて、新八は呆れて言葉を失った。
慌てて荷物を受け取り、一緒に花見会場へと歩き出す。
「***さん、この重箱信じられないくらい重たいんですけど、一体何が入ってるんですか?」
「えぇっと、こっちは五段全部からあげで、そっちは全部おいなりさん。ぎっちり入ってるから重いよね、ごめんねぇ」
「で、その背負ってる風呂敷の中身はなんなんですか?」
「この中も食べ物だよ。厚焼き玉子と、銀ちゃん好きかなと思ってあんこたっぷりのおはぎと、あとお登勢さんたちお酒を飲む人のおつまみ用にかまぼことか、お漬物とか…」
「作りすぎですよ***さん!そんな大きな風呂敷の中身ぜんぶ食べ物って!それにどう見ても***さんの見た目、花見に行く人じゃなくて、夜逃げする人ですからね!」
た、確かに…と苦笑いしつつ新八のツッコミを受け流す。「早く行かないと銀ちゃんたち、お腹空いてご機嫌斜めになっちゃうね」と言って、足を速める。公園の入り口でお登勢とキャサリン、そしてお妙と合流した。
ひと際大きな桜の木の下に、場所取り係の銀時と神楽を見つける。近づいていくと銀時はこちらに背を向けて、目の前の誰かに罵声を上げていた。
「だぁから!!こっちが先にこの場所取ったっつってんだろーが!警察だかなんだか知らねぇが、権力振りかざして一般市民を虐げてんじゃねぇよ、このクソマヨラーが!!」
「あんだとコラ、ここは毎年恒例、真選組が使ってる場所だと去年も言っただろーが!お前らみてぇな下級市民が入っていいとこじゃねぇんだよ、分かったらさっさと出ていけ腐れ天パァ」
遠くからその様子を見て、新八がため息をつく。毎年この花見の場所取りで真選組と喧嘩になるんです、と***に教える。
銀時とつかみ合いをしている相手を見て、あれは…と言った***が風呂敷を背負ったまま、よろよろとふたりに近づいていく。巻き込まれると危ないですよという新八の声が後ろから届いたが、大丈夫だよと笑ってうなずいた。
「やっぱり、土方さんじゃないですか、こんにちは。よかったらご一緒にからあげ食べませんか?マヨネーズもありますよ」
「「アァッ!?」」
互いに胸倉をつかみ合い、今にも殴り掛からんとしていたふたりだったが、声をかけられて動きを止める。ほほに血管の浮いた怒りの形相のまま、同時に顔をばっと横に向けると、そこには小さな女が二人に向かって、にこにこ笑っていた。
「あ、銀ちゃんおはぎ作ってきたよ。土方さんは、からあげお嫌いですか?」
「はァッ!?なに***、お前このニコチンマヨラーと知り合い?こんな瞳孔ガン開きスモーカーと話すとヤニ臭がうつるぞ、絶交しろ絶交!!」
「あァん!?オメーの加齢臭の方がうつるわ!何慣れ慣れしく***に話しかけてんだよ、ぶっ殺されてぇのか!!」
「ちょっと銀ちゃん、土方さんはスーパーの常連さんだよ。それに真選組は***農園のお得意様って言ったじゃないですか!あの、土方さん私、万事屋のみんなとはお友達なんです。事情は分かりませんが喧嘩は一旦やめて、よかったら一緒にお花見しませんか?」
なんでこいつらなんかと花見しなきゃいけねーんだよ!という銀時の言葉を無視して、***は背負っていた風呂敷を下ろす。
「私たくさん、お料理作ってきたんですよ!」
そう言って満面の笑みを浮かべると、どんどん重箱を取り出しはじめる。つかみ合っていたふたりも毒気を抜かれて、チッと言いながら手を離す。
結局、レジャーシートをたくさん広げて、万事屋、真選組、一緒くたになっての大花見会がはじまった。食べきれないほど作ったと思った料理も、突然の大所帯では足りないほど。
「***の料理は私たちの物ネ!あんな奴らに1ミリもあげないアル!」
そう言って重箱を抱え込む神楽と、手づかみでおはぎを食べている銀時の間に座った***は、朗らかに笑って、桜を見上げていた。
「銀ちゃん、桜ってすっごく綺麗ですね、私ちゃんと見るの初めてです」
「お前、花より団子って言葉知ってる?早く食わねぇと無くなるぞ。ちなみにおはぎは全部銀さんのだから、誰にも指一本触れさせないから」
「旦那ァ、おはぎはいらねぇんで、***お手製のからあげ食わせてくだせぇ」
「お前みたいなドS外道に食わせるからあげは無いネ!シッシッ!」
「神楽ちゃん、いじわる言わないで、いっぱいあるんだからみんなで食べようよ。はい、総悟くん、おかわりもあるからね」
「おかわりもすらぁ、卵焼きもよこせやぃ」
突然割って入ってきた沖田が、まるで弟のように***に懐いており、***が当たり前にそれを受け入れていることに、銀時と神楽はショックを受ける。
かいがいしく厚焼き玉子をお皿に取り分ける***の肩越しに、呆気にとられるふたりに向かって、沖田がニヤリと黒い笑顔を見せた。
「なんで!?なんで***、こんなヤツと仲良くしてるアルか!?そんなの駄目ヨ、今すぐ縁切るネ!!」
「なになになに、総一郎くん、どーゆーこと!?言っとくけど俺、***に変な虫がよりつかねーか監視してっからね?親父代わりみてーなもんだからね?下手すると痛い目見るよ?」
「総悟でさぁ、旦那ァ、俺ァ***とは同じ布団で寝た仲でさぁ」
「ねッ…!!テメー***!いつからお前はそんなに貞操観念のない女になり下がった!許さん!おとーさんは許しませんよ!」
「違うよ銀ちゃん!鍵を届けてくれた時に総悟くんが眠たそうだったから、お布団かしてあげただけだよ!一緒に寝たわけじゃないって!もう、総悟くんも変なこと言うのやめてよぉ!!」
顔の前で両手をふりながら慌てて否定する***を見て、銀時は「はぁ~」と安堵のため息をつく。死んだ魚のような目をぎらりと光らせて、目の前の沖田を見る。こういう変な虫は早めに駆除するに限る、と銀時は決意した。
沖田の持つ皿におかわりのからあげをのせようと、今まさに身を乗り出した***の、肩に腕を回してぐいっと自分のもとへ引き寄せる。
「わわっ!」
「沖田く~ん、ちなみ***はとっくの昔に万事屋の一員だからね。今は坂田家で花嫁修業中っつーことだから、今食べてるそのからあげも、いずれは坂田家の味なんで、そこんとこ心しておくよーに!」
からあげを箸でささげたまま、***はきょとんとしていた。しかし突然肩に腕を回され、すぐ近くに銀時の横顔があることと、花嫁修業という言葉を聞いて、顔がボンッと真っ赤に染まる。
「な、な、な、ななに言ってんですか銀ちゃん!は、花嫁修業なんてしないって言ったでしょう!!」
真っ赤になった***の、箸を持つ手を上からつかむ。銀時は沖田に見せつけるように、あ~んと言いながら、からあげを自分の口へと運んだ。ああ、美味ぇと言ってにやにやしながら***の顔を見下ろす。
「ぎ、銀ちゃんの馬鹿ァッ!おはぎ食べすぎて、糖尿病になっちゃえ!!!」
首まで真っ赤になった***が、両手で銀時の頭をつかむと、重箱のおはぎに向かって、ぎゅうっと押し付ける。その一部始終を見ていた沖田は、***の茹でダコのように真っ赤になった顔に、確かにこの女はいじめがいのあるオモチャだから、旦那がからかいたくなる気持ちも分かるな、と思った。
「っんだよ、俺はとっくに糖尿だから、こんなおはぎ食ったくれぇじゃ大して変わんねぇよ…」と言いながら、銀時が顔じゅうについたあんこを手で取って舐める。すると突然伸びてきた手に胸倉をつかまれて、引きずられていく。
「…ちょっとちょっと多串くん、俺さぁ今おはぎ食うので忙しいから、喧嘩の続きならもうちょっと後にしてくんね?」
「誰だ多串って……オメーんとこのメガネに聞いたが、去年***の足に大怪我負わせた酔っ払いっつーのは、お前だってな万事屋ァ」
「あぁ?怪我ぁ?……そりゃあいつが勝手に助けてきて、勝手に怪我しただけだっつーの」
「テメェ…」
土方の脳裏を、怪我をしながらもにこにこ笑って働いていた***や、真っ暗な中をひとりせっせと牛乳配達をしていた***の、健気な姿が浮かんだ。
その健気な女が自分の知らないところで、こんな自堕落で無職同然のどうしようもない男とつるんでいることすら許せないのに、まさかあの怪我を負わせたのもこの男だと思うと、虫唾が走る。
「お前は知らねぇだろうが、***は田舎の家族のために真面目に働いてる健気な女だ。テメェらみてーな万年無職みてぇな怪しい職業のヤツらとは、人間としての格が違げぇんだよ格が」
「お前こそなに、***の何を知ってるっつーの?***のファンかなんかなの?キモいよ多串くん、スーパーの常連っつったが本当はあれだろ、ストーカーかなんかだろ?」
再び胸倉をつかみあった銀時と土方が、バチバチと音がしそうなほどにらみ合う。
一方、銀時がいなくなった場所では、***が重箱を片手にお登勢やキャサリン、その他の真選組の隊士たちにも料理を配って回っていた。ひととおり配り終えたか、というところでふと後ろから手を取られたので、振り向いて見下ろすと沖田が座っていた。
***を見上げた沖田は、自分の横をトントンと叩き、ここに座れとうながす。
「あんた、自分は食わねぇのかぃ、酒も飲んでねぇみてーだし」
「総悟くん、私お酒すごく弱くて飲めないの。でもジュース飲んでるから大丈夫だよ、ほら」
そう言って、片手に持っていたオレンジジュース入りの紙コップを見せて笑う。ぱしっと音を立てて、沖田がその手を上からつかむ。そのまま自分の口に近づけると、中のジュースを一気に飲む。手をつかまれたままの***が、目を丸くして紙コップを傾ける沖田をじっと見る。
「なぁに、総悟くん飲み物無かったの?もっと取ってこようか?」
「いや、あんた……」
さっき旦那に同じようなことをされた時は、あんなに真っ赤になってたじゃないか、と沖田は腑に落ちない。そんなことに***はもちろん気付かず、あっけらかんとした顔で紙コップにジュースをつぐと、笑って手渡してきた。
ふと横を見ると焼酎の瓶。いたずらを思いついた沖田がにやりと笑うと、紙コップの中のオレンジジュースを半分だけ飲む。そこに酒を足すと少し色が薄まっただけで、ほとんどジュースにしか見えない。
「***も飲みなせぇ、さっきから動き回ってばかりで、落ち着いて飲んでねぇだろぃ」
「わぁ、ありがとう。そういえばのど乾いてたんだった」
そういうと紙コップを傾けて、***は何の疑いもなく飲み干す。それをじっと見ていた沖田は、内心ほくそ笑む。酒に弱いと言ってたが、一体どれほどのものだか。顔をさっきのように真っ赤にして、服の一枚や二枚は脱ぎ出すだろうか。もしそんな醜態をさらしたら、すかさず写真に残して、後でからかうネタにしてやろう。
「……ヒぃっく……そ、そうごく……」
飲み干した後で***がうつむいたので、顔がよく見えない。沖田はにやにやと笑いながら近づき、のぞき込む。
「ふふッ…ふふふふふ…総悟くぅん、なんだか私、楽しくなってきちゃったぁ…あは、あはは」
「あ、あんた、その顔…」
のぞきこんだ顔は、ぼうっと桜色に染まって、今までに見たことのない、うっとりとした表情を浮かべていた。潤んだ瞳は何か面白いものでも見たかのように、にっこりと細められて、力なく薄く開いて笑っている唇も、酒の雫がついてキラキラと光っている。
「うふふ……総悟くんって、前から思ってたけど、弟みたいでほんとぉに可愛いなぁ…ふふふ、かわいくってしょうがないなぁ~」
そう言った***が、急に沖田の肩を両手でつかむ。その手を見ると手首近くの肌まで、紅色に染まっていた。
こいつ、酒に弱いどころじゃねぇ!酒に飲まれてやがる!!そう思った沖田が、慌ててその手をつかもうとした時には、時すでに遅し。
「総悟くん、私、そうごくんのこと、だいすきぃ……」
「は!?ちょッオイ、***ッ…!!!」
はっと気づいた時には既に至近距離に、***の顔があった。とろんとした目で微笑みながら沖田を見つめる瞳と、触れたらこちらまで染まりそうなほど濃い薄紅色をした唇が、ゆっくりと近づいてきていた―――――
―――――銀時と土方の言い合いは、いまだ鎮まらない。
「だァから!!酔っ払って橋から落ちかけたところを、あいつが助けてくれたの!そんでちょっと転んで足くじいただけだっつってんだろーが!もうとっくに***の怪我は治ってるし、済んだことだっつーの!それを今さらネチネチ言いやがって、ケツの穴が小せぇんだよ多串くんは!!」
「誰が多串くんだ!そもそもお前みてぇなニートが酒なんて飲んでんじゃねぇよ!あいつはなぁ、家族のために一生懸命働いてる、今時めずらしい奇特な女なんだ。あんな朝早くから働いてる若ぇ女なんかこの街にはそうそういねぇ。そういう真面目な市民こそ、俺たち警察は守ってかなきゃならねぇんだよ!!」
「はーい職権乱用でーす、おまわりさーん!このストーカーを逮捕してくださーい!うちの***が被害にあう前に!マヨまみれにされる前にぃ!!」
「上等じゃねぇか、おまわりならここにいるだろーが!オメーこそ今後も***とつるむつもりなら、テキトーな罪状出してしょっぴくからな!」
ギャーギャーと言いながら、もみ合いを続ける銀時と土方のもとに、焦った顔をした神楽が飛んできた。
「銀ちゃん!!!***が大変ネ!!!」
「「アァッ!!?」」
言い合いの火種でもある***の名前を聞いて、ふたりの動きが止まる。
「銀ちゃん!サドが***に酒飲ませたネ!!そしたら***がふにゃふにゃになっちゃって、それで…」
「はァァァァ!?あいつ酒飲んだの!?ヤベェよ、あいつめちゃくちゃ酒弱いっつってたぞ!!」
「クソ、総悟のヤロー!やりやがった…」
***のもとへと走り出した神楽を、ふたりそろって追いかける。銀時が「で、***どうなってんの?」と問う。ぱっと振り向いたチャイナ娘の言い放った言葉に、大の大人の男二人が驚愕することとなる。
「***大変ネ!大変ってゆーか、変態ネ!!みんなにチューして回ってるアル!!!」
「「な、なにィィィィィ!!!!!!」」
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no.27【am.11:45】end
暖かい日が増えたと思う内に、あっという間に江戸の桜は開花を迎えた。小さなつぼみだった花が、数日続いた晴天でぽんと弾けるように咲き、例年より雨が少なく気温の高い、お花見日和の春がやってきた。
***が江戸に出てきた年の春、既に桜は散っていた。二度目の春に万事屋に出会ったが、足の怪我やら自転車の捜索やらで忙しく、花見どころではなかった。存在を知ってはいたが、***は桜を見たことがない。貧しい田舎にお花見なんて習慣はなかったから。
「花見に行くぞ」と銀時に誘われ、首をかしげた***に、万事屋の三人は信じられないという顔をした。桜の木の下に料理や酒を持ち寄って、花を見ながら食べたり飲んだりする行事と説明を受けた時、***は子供のように目を輝かせた。
「お花見、行きたいです!絶対行く!料理たくさん作って行きます!!!」
銀時がうるせーと言いながら耳をふさぐほど、***は大きな声を出して、花見への誘いを受けたのだった。
「それで、こんなに張り切っちゃったんですね…」
「新八くん……これは作りすぎだよね、どう見ても…」
待ち合わせの時間を過ぎても、万事屋へ***がやってこないので、新八がアパートへ様子を見にやってきた。大きな重箱ふたつを両手に持ち、背中に大きな風呂敷包みを背負った***が、あまりの重さに玄関から一歩も進めなくなっていて、新八は呆れて言葉を失った。
慌てて荷物を受け取り、一緒に花見会場へと歩き出す。
「***さん、この重箱信じられないくらい重たいんですけど、一体何が入ってるんですか?」
「えぇっと、こっちは五段全部からあげで、そっちは全部おいなりさん。ぎっちり入ってるから重いよね、ごめんねぇ」
「で、その背負ってる風呂敷の中身はなんなんですか?」
「この中も食べ物だよ。厚焼き玉子と、銀ちゃん好きかなと思ってあんこたっぷりのおはぎと、あとお登勢さんたちお酒を飲む人のおつまみ用にかまぼことか、お漬物とか…」
「作りすぎですよ***さん!そんな大きな風呂敷の中身ぜんぶ食べ物って!それにどう見ても***さんの見た目、花見に行く人じゃなくて、夜逃げする人ですからね!」
た、確かに…と苦笑いしつつ新八のツッコミを受け流す。「早く行かないと銀ちゃんたち、お腹空いてご機嫌斜めになっちゃうね」と言って、足を速める。公園の入り口でお登勢とキャサリン、そしてお妙と合流した。
ひと際大きな桜の木の下に、場所取り係の銀時と神楽を見つける。近づいていくと銀時はこちらに背を向けて、目の前の誰かに罵声を上げていた。
「だぁから!!こっちが先にこの場所取ったっつってんだろーが!警察だかなんだか知らねぇが、権力振りかざして一般市民を虐げてんじゃねぇよ、このクソマヨラーが!!」
「あんだとコラ、ここは毎年恒例、真選組が使ってる場所だと去年も言っただろーが!お前らみてぇな下級市民が入っていいとこじゃねぇんだよ、分かったらさっさと出ていけ腐れ天パァ」
遠くからその様子を見て、新八がため息をつく。毎年この花見の場所取りで真選組と喧嘩になるんです、と***に教える。
銀時とつかみ合いをしている相手を見て、あれは…と言った***が風呂敷を背負ったまま、よろよろとふたりに近づいていく。巻き込まれると危ないですよという新八の声が後ろから届いたが、大丈夫だよと笑ってうなずいた。
「やっぱり、土方さんじゃないですか、こんにちは。よかったらご一緒にからあげ食べませんか?マヨネーズもありますよ」
「「アァッ!?」」
互いに胸倉をつかみ合い、今にも殴り掛からんとしていたふたりだったが、声をかけられて動きを止める。ほほに血管の浮いた怒りの形相のまま、同時に顔をばっと横に向けると、そこには小さな女が二人に向かって、にこにこ笑っていた。
「あ、銀ちゃんおはぎ作ってきたよ。土方さんは、からあげお嫌いですか?」
「はァッ!?なに***、お前このニコチンマヨラーと知り合い?こんな瞳孔ガン開きスモーカーと話すとヤニ臭がうつるぞ、絶交しろ絶交!!」
「あァん!?オメーの加齢臭の方がうつるわ!何慣れ慣れしく***に話しかけてんだよ、ぶっ殺されてぇのか!!」
「ちょっと銀ちゃん、土方さんはスーパーの常連さんだよ。それに真選組は***農園のお得意様って言ったじゃないですか!あの、土方さん私、万事屋のみんなとはお友達なんです。事情は分かりませんが喧嘩は一旦やめて、よかったら一緒にお花見しませんか?」
なんでこいつらなんかと花見しなきゃいけねーんだよ!という銀時の言葉を無視して、***は背負っていた風呂敷を下ろす。
「私たくさん、お料理作ってきたんですよ!」
そう言って満面の笑みを浮かべると、どんどん重箱を取り出しはじめる。つかみ合っていたふたりも毒気を抜かれて、チッと言いながら手を離す。
結局、レジャーシートをたくさん広げて、万事屋、真選組、一緒くたになっての大花見会がはじまった。食べきれないほど作ったと思った料理も、突然の大所帯では足りないほど。
「***の料理は私たちの物ネ!あんな奴らに1ミリもあげないアル!」
そう言って重箱を抱え込む神楽と、手づかみでおはぎを食べている銀時の間に座った***は、朗らかに笑って、桜を見上げていた。
「銀ちゃん、桜ってすっごく綺麗ですね、私ちゃんと見るの初めてです」
「お前、花より団子って言葉知ってる?早く食わねぇと無くなるぞ。ちなみにおはぎは全部銀さんのだから、誰にも指一本触れさせないから」
「旦那ァ、おはぎはいらねぇんで、***お手製のからあげ食わせてくだせぇ」
「お前みたいなドS外道に食わせるからあげは無いネ!シッシッ!」
「神楽ちゃん、いじわる言わないで、いっぱいあるんだからみんなで食べようよ。はい、総悟くん、おかわりもあるからね」
「おかわりもすらぁ、卵焼きもよこせやぃ」
突然割って入ってきた沖田が、まるで弟のように***に懐いており、***が当たり前にそれを受け入れていることに、銀時と神楽はショックを受ける。
かいがいしく厚焼き玉子をお皿に取り分ける***の肩越しに、呆気にとられるふたりに向かって、沖田がニヤリと黒い笑顔を見せた。
「なんで!?なんで***、こんなヤツと仲良くしてるアルか!?そんなの駄目ヨ、今すぐ縁切るネ!!」
「なになになに、総一郎くん、どーゆーこと!?言っとくけど俺、***に変な虫がよりつかねーか監視してっからね?親父代わりみてーなもんだからね?下手すると痛い目見るよ?」
「総悟でさぁ、旦那ァ、俺ァ***とは同じ布団で寝た仲でさぁ」
「ねッ…!!テメー***!いつからお前はそんなに貞操観念のない女になり下がった!許さん!おとーさんは許しませんよ!」
「違うよ銀ちゃん!鍵を届けてくれた時に総悟くんが眠たそうだったから、お布団かしてあげただけだよ!一緒に寝たわけじゃないって!もう、総悟くんも変なこと言うのやめてよぉ!!」
顔の前で両手をふりながら慌てて否定する***を見て、銀時は「はぁ~」と安堵のため息をつく。死んだ魚のような目をぎらりと光らせて、目の前の沖田を見る。こういう変な虫は早めに駆除するに限る、と銀時は決意した。
沖田の持つ皿におかわりのからあげをのせようと、今まさに身を乗り出した***の、肩に腕を回してぐいっと自分のもとへ引き寄せる。
「わわっ!」
「沖田く~ん、ちなみ***はとっくの昔に万事屋の一員だからね。今は坂田家で花嫁修業中っつーことだから、今食べてるそのからあげも、いずれは坂田家の味なんで、そこんとこ心しておくよーに!」
からあげを箸でささげたまま、***はきょとんとしていた。しかし突然肩に腕を回され、すぐ近くに銀時の横顔があることと、花嫁修業という言葉を聞いて、顔がボンッと真っ赤に染まる。
「な、な、な、ななに言ってんですか銀ちゃん!は、花嫁修業なんてしないって言ったでしょう!!」
真っ赤になった***の、箸を持つ手を上からつかむ。銀時は沖田に見せつけるように、あ~んと言いながら、からあげを自分の口へと運んだ。ああ、美味ぇと言ってにやにやしながら***の顔を見下ろす。
「ぎ、銀ちゃんの馬鹿ァッ!おはぎ食べすぎて、糖尿病になっちゃえ!!!」
首まで真っ赤になった***が、両手で銀時の頭をつかむと、重箱のおはぎに向かって、ぎゅうっと押し付ける。その一部始終を見ていた沖田は、***の茹でダコのように真っ赤になった顔に、確かにこの女はいじめがいのあるオモチャだから、旦那がからかいたくなる気持ちも分かるな、と思った。
「っんだよ、俺はとっくに糖尿だから、こんなおはぎ食ったくれぇじゃ大して変わんねぇよ…」と言いながら、銀時が顔じゅうについたあんこを手で取って舐める。すると突然伸びてきた手に胸倉をつかまれて、引きずられていく。
「…ちょっとちょっと多串くん、俺さぁ今おはぎ食うので忙しいから、喧嘩の続きならもうちょっと後にしてくんね?」
「誰だ多串って……オメーんとこのメガネに聞いたが、去年***の足に大怪我負わせた酔っ払いっつーのは、お前だってな万事屋ァ」
「あぁ?怪我ぁ?……そりゃあいつが勝手に助けてきて、勝手に怪我しただけだっつーの」
「テメェ…」
土方の脳裏を、怪我をしながらもにこにこ笑って働いていた***や、真っ暗な中をひとりせっせと牛乳配達をしていた***の、健気な姿が浮かんだ。
その健気な女が自分の知らないところで、こんな自堕落で無職同然のどうしようもない男とつるんでいることすら許せないのに、まさかあの怪我を負わせたのもこの男だと思うと、虫唾が走る。
「お前は知らねぇだろうが、***は田舎の家族のために真面目に働いてる健気な女だ。テメェらみてーな万年無職みてぇな怪しい職業のヤツらとは、人間としての格が違げぇんだよ格が」
「お前こそなに、***の何を知ってるっつーの?***のファンかなんかなの?キモいよ多串くん、スーパーの常連っつったが本当はあれだろ、ストーカーかなんかだろ?」
再び胸倉をつかみあった銀時と土方が、バチバチと音がしそうなほどにらみ合う。
一方、銀時がいなくなった場所では、***が重箱を片手にお登勢やキャサリン、その他の真選組の隊士たちにも料理を配って回っていた。ひととおり配り終えたか、というところでふと後ろから手を取られたので、振り向いて見下ろすと沖田が座っていた。
***を見上げた沖田は、自分の横をトントンと叩き、ここに座れとうながす。
「あんた、自分は食わねぇのかぃ、酒も飲んでねぇみてーだし」
「総悟くん、私お酒すごく弱くて飲めないの。でもジュース飲んでるから大丈夫だよ、ほら」
そう言って、片手に持っていたオレンジジュース入りの紙コップを見せて笑う。ぱしっと音を立てて、沖田がその手を上からつかむ。そのまま自分の口に近づけると、中のジュースを一気に飲む。手をつかまれたままの***が、目を丸くして紙コップを傾ける沖田をじっと見る。
「なぁに、総悟くん飲み物無かったの?もっと取ってこようか?」
「いや、あんた……」
さっき旦那に同じようなことをされた時は、あんなに真っ赤になってたじゃないか、と沖田は腑に落ちない。そんなことに***はもちろん気付かず、あっけらかんとした顔で紙コップにジュースをつぐと、笑って手渡してきた。
ふと横を見ると焼酎の瓶。いたずらを思いついた沖田がにやりと笑うと、紙コップの中のオレンジジュースを半分だけ飲む。そこに酒を足すと少し色が薄まっただけで、ほとんどジュースにしか見えない。
「***も飲みなせぇ、さっきから動き回ってばかりで、落ち着いて飲んでねぇだろぃ」
「わぁ、ありがとう。そういえばのど乾いてたんだった」
そういうと紙コップを傾けて、***は何の疑いもなく飲み干す。それをじっと見ていた沖田は、内心ほくそ笑む。酒に弱いと言ってたが、一体どれほどのものだか。顔をさっきのように真っ赤にして、服の一枚や二枚は脱ぎ出すだろうか。もしそんな醜態をさらしたら、すかさず写真に残して、後でからかうネタにしてやろう。
「……ヒぃっく……そ、そうごく……」
飲み干した後で***がうつむいたので、顔がよく見えない。沖田はにやにやと笑いながら近づき、のぞき込む。
「ふふッ…ふふふふふ…総悟くぅん、なんだか私、楽しくなってきちゃったぁ…あは、あはは」
「あ、あんた、その顔…」
のぞきこんだ顔は、ぼうっと桜色に染まって、今までに見たことのない、うっとりとした表情を浮かべていた。潤んだ瞳は何か面白いものでも見たかのように、にっこりと細められて、力なく薄く開いて笑っている唇も、酒の雫がついてキラキラと光っている。
「うふふ……総悟くんって、前から思ってたけど、弟みたいでほんとぉに可愛いなぁ…ふふふ、かわいくってしょうがないなぁ~」
そう言った***が、急に沖田の肩を両手でつかむ。その手を見ると手首近くの肌まで、紅色に染まっていた。
こいつ、酒に弱いどころじゃねぇ!酒に飲まれてやがる!!そう思った沖田が、慌ててその手をつかもうとした時には、時すでに遅し。
「総悟くん、私、そうごくんのこと、だいすきぃ……」
「は!?ちょッオイ、***ッ…!!!」
はっと気づいた時には既に至近距離に、***の顔があった。とろんとした目で微笑みながら沖田を見つめる瞳と、触れたらこちらまで染まりそうなほど濃い薄紅色をした唇が、ゆっくりと近づいてきていた―――――
―――――銀時と土方の言い合いは、いまだ鎮まらない。
「だァから!!酔っ払って橋から落ちかけたところを、あいつが助けてくれたの!そんでちょっと転んで足くじいただけだっつってんだろーが!もうとっくに***の怪我は治ってるし、済んだことだっつーの!それを今さらネチネチ言いやがって、ケツの穴が小せぇんだよ多串くんは!!」
「誰が多串くんだ!そもそもお前みてぇなニートが酒なんて飲んでんじゃねぇよ!あいつはなぁ、家族のために一生懸命働いてる、今時めずらしい奇特な女なんだ。あんな朝早くから働いてる若ぇ女なんかこの街にはそうそういねぇ。そういう真面目な市民こそ、俺たち警察は守ってかなきゃならねぇんだよ!!」
「はーい職権乱用でーす、おまわりさーん!このストーカーを逮捕してくださーい!うちの***が被害にあう前に!マヨまみれにされる前にぃ!!」
「上等じゃねぇか、おまわりならここにいるだろーが!オメーこそ今後も***とつるむつもりなら、テキトーな罪状出してしょっぴくからな!」
ギャーギャーと言いながら、もみ合いを続ける銀時と土方のもとに、焦った顔をした神楽が飛んできた。
「銀ちゃん!!!***が大変ネ!!!」
「「アァッ!!?」」
言い合いの火種でもある***の名前を聞いて、ふたりの動きが止まる。
「銀ちゃん!サドが***に酒飲ませたネ!!そしたら***がふにゃふにゃになっちゃって、それで…」
「はァァァァ!?あいつ酒飲んだの!?ヤベェよ、あいつめちゃくちゃ酒弱いっつってたぞ!!」
「クソ、総悟のヤロー!やりやがった…」
***のもとへと走り出した神楽を、ふたりそろって追いかける。銀時が「で、***どうなってんの?」と問う。ぱっと振り向いたチャイナ娘の言い放った言葉に、大の大人の男二人が驚愕することとなる。
「***大変ネ!大変ってゆーか、変態ネ!!みんなにチューして回ってるアル!!!」
「「な、なにィィィィィ!!!!!!」」
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no.27【am.11:45】end