かぶき町で牛乳配達をする女の子
牛乳(人生)は噛んで飲め
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【am.11:00】
真っ白いふわふわとした雪をすくっては、球体の面につけて上から手で押さえる。手の温度で溶けて、表面がつるつるとした綺麗な雪玉が出来る。強く押し付けられた雪はぎゅっと固まって、密度の高いまん丸の球体が少しずつ大きくなっていく。ついさっきまでスイカ位のサイズだったのに、今はしゃがんで丸くなった子供くらいまで大きくなった。
「っつーか、見てるだけでこっちが冷てぇから、手袋ぐらいしろよ***」
「こんなの冷たいうちに入りませんよ!手だってほら、熱いくらい」
雪玉越しに***がへらっと笑って、手のひらを広げてこちらに見せる。小さな手は真っ赤だ。
ひぃー信じらんねぇと言いながら、雪玉を挟んだこちら側でしゃがんだ銀時はぶるぶると震えた。冷たい雪になるべく触りたくなくて、地面からすくうと乱暴に雪玉にのせる。強い力で弾けた雪の粒が、きらきらと光る。
「ちょっと銀ちゃん、そんな風にしたらヒビが入っちゃいます!せっかく綺麗にできてるのにぃ!」
「うるせー!俺はこんな冷てぇ雪玉に触りたくねーの!」
ばしばしばし!と雑に雪をのせていく。「ダメですって」と言った***が、銀時の右手をぎゅっとつかむ。つかまれた手の冷たさに、銀時の肩がびくりとすくむ。
「冷てぇよ、離せコラ」
乱暴な口調で言いながら、その手を振り払うこともしない。
ついさっきも頭に雪がついてると言って、銀時の手が***の頭に伸びてきたが、触れる直前にびくりと震えて止まった。
ああ、まただ―――
数週間前から銀時の様子がおかしいと、***は気づいていた。態度や口調がいつも通りだから、最初は勘違いかと思っていた。しかし時折、自分を見つめる銀時の目が、今まで見たこともない目つきをしていて、その目を見つめるたびに、何かがおかしいという違和感が、確かなものになっていった。
―――銀ちゃんは私を怖がっている
今まであんなにふざけて頭をはたいたり、肩をついたり、腕をつかまれたりされたのに、最近急に***を避けるかのように、触れてこなくなった。何かを手渡そうとした時に、一瞬でも触れそうになると、びくっと動きを止めておびえたような目で***を見た。その目はまるで、悪事を大人に見つかった子供が、怒られるのを待っているような目だった。
どうしたの?と何度も聞こうと思ったけれど、***が口を開く前に、銀時がふいっと目をそらすから、結局何も言えなかった。
雪玉を間にはさんで、握った手をそのままに、ふたりとも動きを止めてしゃがんでいる。握られた手をじっと見ていた銀時がふと顔を上げたので、ばちっと音がしそうなほど視線がかち合った。
今だ、と勇気を出して***は口を開く。
「ねぇ、銀ちゃん」
「…なんだよ」
「もしかして、…桂さんに、その、色々私が聞いたこと、怒ってる?」
「はぁ?別に怒ってねぇよ。どーせヅラがべらべら喋ったんだろ。昔っからあいつそーなんだよ、なんつーの?井戸端会議してるうるせぇババァみてぇな?おせっかいすぎるババァっつーの?良かれと思ってあることないこと喋りまくるみてぇな?」
冗談ぽく笑いながらそう言う銀時が、気まずそうに目をそらすのを見て、***はやっぱりそうかと内心思う。心なしか握られた手を引っ込めようとして、銀時は離してほしそうにしている。
もし今、この手を離してしまったら、この先ずっと言いたいことも聞きたいことも果たせなくなる気がして、***は更に手に力を込めて握る。無抵抗に開いた大きな手を引っ張って、そのまま頭を撫でる時のように、自分の頭の上に置こうとする。
「ッオイ!頭濡れんだろ、やめろって!」
「やめない!…銀ちゃん、最近変です……私の頭、触ろうとして急にやめたり、さっきだって私にだけ雪ぶつけなかったし……何か怒らせちゃったかなってずっと考えてたけど、どう考えてもやっぱり、桂さんが来た日からだから、その、えっと………」
―――銀ちゃんのこどもの頃のこととか、戦争に行ったこととか、勝手に聞いちゃって、ごめんなさい。
自分の手で隠れてよく顔が見えなかったが、伏し目がちに***がそう言ったのを見て、諦めに似た感情が銀時を襲った。
「………でも私、嬉しかったよ。私が知らない銀ちゃんのこと知れて、嬉しかったんです。だから桂さんにも沢山質問しちゃって、銀ちゃんの気持ちも考えずに、ごめんね」
「…っんだよ、だから別に怒ってねぇって…」
「銀ちゃんが怒ってなくても、勝手に詮索したのは間違いでした……でも、言い訳みたいに聞こえるかもしれないけど、その…私の気持ちを、聞いてもらってもいい?」
「……なんだよ、さっさと言えよ」
怒っているような口調とは裏腹に、またあのおびえたような目で***を見ている。なるべく慎重に言葉を選んで、***は話しはじめる。頭の上で両手で握った手に、更にぎゅっと力を込めた。
「桂さんから攘夷戦争に行ったって話を聞いた時に私、……今の私がいるのって、銀ちゃんのおかげだって思ったんです」
「………は?」
思いもよらない***の言葉に銀時の目が点になる。なんだこいつ、何言い出すんだ。そんな銀時の心の声が聞こえてくる。
「……江戸に出てくる前の年の冬に、父が言ってたんです。こんなに雪深くて朽ち果てた土地なんて、捨てた方が楽だって。娘を出稼ぎに行かせるんじゃなくて、家族で別の土地へ移って、そこで最初からやり直したほうが手っ取り早いって……でも、お父さんは生まれ育った土地と自分が作った農園を、どうしても取り戻したいって、どうしても諦められないって……それはお父さんの戦いなんだって言ったんです」
あの冬、極寒の土地。吹きすさぶ冷たい風の中で、泣きそうになりながら話していた父の懐かしい顔が脳裏に浮かぶ。***の両肩をつかんで語りかけているのに、まるで自分自身に言い聞かせてるみたいだった。心底苦しいという顔で、話していたっけ。
「それでね、お父さんの身勝手に家族を巻き込むことになるけど、お前も一緒に戦ってくれるかって聞かれたの。その時に私、この先どんなにつらいことがあっても、お父さんが諦めない限り、一緒に頑張ろうって、最後まで一緒に戦おうって決めたんです。私たち家族は天人が憎いとか、攘夷とか、そういうんじゃなくて………ただ奪われたものを取り戻そうとしてるだけなんですけど……でも私たちにとっては…戦争みたいなものです、家族総動員で今も戦ってるんです」
「戦争」という言葉を使う時に、少しだけためらう。しかし、ちらっと見た銀時の目は、決して***をとがめてはいなかった。むしろ穏やかに黙って、話を聞いてくれている。
自分の話のまどろっこしさに不安を覚えて、でもちゃんと最後まで伝えたいという気持ちで、頭上の大きな手を握る力を、ぎゅっと更に強める。
「それで、もちろん攘夷戦争とは目的も規模も全然違うんだけど、今の私たちが戦えているのって、あの戦争の時に戦ってくれた人たちの……銀ちゃんたちのおかげだって思ったんです。もしあの襲来の後、誰も戦わずに負けを受け入れてたら、私たち家族に戦うって選択肢はきっと無かったから。だから……昔の銀ちゃんが戦ってくれたおかげで、今の私が戦えてるんだって思ったの。だからその…えぇっと…」
こんなことを言ったら銀時を傷つける気がする。分かったような口を聞くなって怒られる気がする。それにこんな言葉を自分が言うのはお門違いかもしれない。それでもどうしても、これだけは伝えたいという強い気持ちに突き動かされて、思い切って***はその言葉を口にする。
「…だから銀ちゃん、……戦ってくれてありがとう。戦争に行ってくれて、諦めない姿を示してくれて、ありがとう。それと……生きて帰ってきてくれて、本当にありがとう。銀ちゃんは私たち家族の、私の…、希望そのものだよ」
そう言うと***は微笑んで、両手で握っていた銀時の手を、ぽんと自分の頭の上に置いた。そのまま***は手を離したけれど、頭上の大きな手は逃げることなく、そこに優しく置かれていた。
「……ったく、何言い出すかと思ったら、オメーとんでもねぇこと言いやがって……ガキが大人に気ぃつかうんじゃねぇっつーの!オラッ!!」
「ギャアッ!!!」
***の頭の上に置いた右手はそのままに、左手で地面の雪を手のひらいっぱいにすくうと、勢いよく***の顔にぶつけた。前が見えなくなった***は両手をばたつかせている。その小動物のような動きが面白くて、銀時はさらに雪を投げつける。間にある大きな雪玉が邪魔になり、「とりゃっ」と軽く手刀を落とすと、ぱかっと呆気なく割れた。
「わぁぁぁぁ!銀ちゃん何すんですか!せっかく綺麗に作ってたのに!」
「言っただろーが大人は雪だるまなんか作んねぇって!オラ、こんなの冷てぇうちに入んねーっつったよな!くらえ!!」
そう言って銀時は割れた雪玉の中の、硬い雪をつかむと***の顔や身体に向かって投げ続ける。
「ちょッ!まッ…やめッ!ヒャッ冷たい!」
あまりにも大量の雪を矢継ぎ早に投げつけられたせいで、細かい雪の粒が襟の間から首筋に入ってくる。たまらず***は両手を前に出して、銀時を止めようとする。地面に膝立ちになって、割れた雪玉を乗り越える。顔に向かって飛んでくる雪のせいで、前がよく見えない。探るように動かしていた両手が、銀時の肩に当たった。渾身の力をこめて、その両肩を押す。
「銀ちゃん!やめてってばぁ!っきゃぁ!!」
自分の力ではせいぜい銀時の動きを止める位しかできないと思っていたのに、***が全力で押した身体はあっさりと後ろへ倒れた。肩を押していた両手首をつかまれて、***もそのまま前のめりに倒れてしまう。
ぽふっと優しく抱きとめるように、仰向けに倒れた銀時の胸に顔を付けて倒れこむ。
「わっ、ご、ごめんね…」
銀時を下敷きにしていることに気付いて、慌てて起き上がろうとしたが、急に背中に大きな手が回って、動けなくなった。
「……銀ちゃん?」
首を動かして顔を見上げようといたが、後頭部を手で押さえつけられて、それも叶わなかった。その手がゆっくりと頭をなではじめる。まるで何かを懐かしがっているかのような、優しい手の動きに、不思議と***の気持ちも落ち着く。気の済むまで好きなようにさせようと、力を抜いて身体を銀時にゆだねる。
頭をなでていた手が少しずつ動いて、肩へ、腕へ、そして背中へと伝っていく。仰向けで目は空を眺めたまま、銀時は手だけを動かした。おとなしく腕の中にいる***の、その輪郭を確かめるように、ゆっくりとなぞっていく。小さな頭、冷たいうなじ、骨ばった薄い肩、折れそうな細い腕、丸みを帯びた背中。
ああ、そうだ、こいつってこんな感触だったっけ、と内心思う。数週間ぶりに触れた***の身体は、想像通り小さくてひ弱だった。でも―――――
銀時は自分の腹のあたりに密着した***の胸から、トクトクという穏やかで確かな鼓動を感じた。
―――この小さな身体に、あの過酷な土地で生き抜いてきた人々と同じ血が流れている。極寒の土地、ありとあらゆる生命が息絶えた辺境の地で、今も戦い続けている強い男の、まぎれもない実の娘だ。そういえばこいつは父親譲りのド根性で、熱を出してぶっ倒れる直前まで、へらへら笑って働き続けるような強い女だった、と銀時は思う。
そう思うと胸のつかえが取れるように、突然愉快な気持ちになって銀時は声もなく笑った。
「ねぇ、銀ちゃん……もう私のこと怖くないですか?」
胸のあたりから、***のおずおずと問う声が聞こえた。
「はぁぁぁ?俺がお前のこと怖がるわけねぇだろ、***みてぇなヤツ怖がんのは童貞の新八くらいだっつーの。銀さんがこえーのは血糖値だけだっつーの!」
「嘘です!ずっとびくびくした目してたもん…らしくないから、頭でも打ったのかと思って、心配してたんですよ」
「頭打ったのはお前だろーが!言っとくけどあれだよ?銀さん結構強いからね?***なんか指一本だよ?伝説の白夜叉の話、ヅラからもっかいちゃんと聞いとけよ、テストに出っから」
「白夜叉の頃の銀ちゃんなんて知らないもん!私が出会ってからの銀ちゃんはず~っと、腕っぷしの強い無職みたいな万事屋さんだもん!!」
「無職みたいは余計だゴラァァァ!!!」
叫んだ銀時が再び雪をつかんで、***のうなじにこすりつける。着物の中へ滑り込んできた雪のせいで、猛烈な冷たさに襲われ、***が飛び起きる。
「ギャアアアッ!」
「オラ!朝っぱらから雪女に背中触られた俺の気持ちを、お前も味わえ!」
「銀ちゃん、ギブギブギブ!朝のことも謝るからぁ!」
大声で叫びながら、雪を持つ銀時の両手を、***がつかんで地面に押し付ける。近づいた顔を見下ろすと、嬉しそうにニヤニヤと笑って***を見上げていた。
「あれぇ~***、ヅラのことは嫌がってたくせに、大好きな銀さんのことはすすんで押し倒しちゃうんだねぇ~、***ちゃんってばだいた~ん!」
「なっ……!!!」
顔を真っ赤にして口をぱくぱくとさせる***を見て、銀時はげらげらと笑った。その顔はついさっきまでおびえたような目で自分を見ていた人と、同一人物とは思えないほど、憎たらしくて明るい顔だった。
「銀ちゃんも***も何やってるアル、雪だるま選手権もう決着ついたネ、私の優勝ヨ」
「ふたりとも雪まみれじゃないですか、ルール分かってます?雪だるまの大きさ競ってんですよ?誰が一番雪だるまになれるかじゃないですよ?」
寝そべったままの銀時と、その上に馬乗りになった***がぎゃーぎゃーもみ合っているうちに、気が付くと呆れ顔の神楽と新八がすぐ近くに立っていた。
「アァ?俺は最初っから雪だるまなんか作る気ねぇっつーの、不戦敗だか知らねぇけど、雪合戦で俺が***に勝ったから、ビリは***だろ」
「何言ってるの銀ちゃん、食事当番を決めるための選手権でしょ。私関係ないですもん、不戦敗で当番は銀ちゃんで決定です!」
「関係なくねーよ、***も万事屋の一員みてーなもんだろ。ほら、ぱっつぁん、これで文句ねぇか」
そう言いながら銀時が袖から一枚の紙を取り出し、新八へ手渡した。なんですかこれ、と言って新八が紙を開く。その紙をのぞきこんだ神楽の顔が、ぱっと明るくなる。
「うっひょーい!銀ちゃんこれ最高アル!***のご飯いっぱい食べれるネ!」
「***さんお仕事もあるのにいいんですか?でも、確かに***さんのご飯おいしいからなぁ、本当にありがたいですよ」
「…え、え?何が?」
きょとんとする***の前に、新八が紙を開いて見せる。そこには食事当番の表が書かれていた。
月曜日 神楽
火曜日 ***
水曜日 新八
木曜日 ***
金曜日 銀時(気が向いたら)
土曜日 ***
日曜日 ***
「ちょっとぉぉぉ!なんですかこれ!なんで私が当番に入ってるんですか?しかもなんで私が一番多いんですか!?」
「銀さんに嫁入りするための花嫁修業だと思って、まぁ頑張れや、応援してるぜ」
「よ、嫁入りって…し、しませんよ馬鹿!!!」
むくりと起き上がった銀時が、向き合った***の肩をぽんと叩きながら言った。その言葉に***は更に顔を真っ赤にして怒る。それを見て銀時は腹を抱えて笑っているし、後ろで神楽と新八は期待を込めた目で***を見つめているしで、否定の言葉が出てこなくなってしまう。はぁっとため息をつく。
「もぉ、しょうがないなぁ…できる時だけ協力するっていうのでいいですか?」
「「「ぃよっしゃぁぁぁぁぁーーー!!!」」」
広場中に三人の喜びの声が響いた。叫び声をあげて笑っている三人を、呆れた顔で見ていたけれど、気付いたら***も嬉しくなって笑っていた。
食事当番をやることが嬉しいからじゃない。
確かにさっきこの耳で聞いた「***も万事屋の一員みてーなもんだろ」という銀時の言葉が、消えない炎のように心を温めはじめたから。
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no.25【am.11:00】end
真っ白いふわふわとした雪をすくっては、球体の面につけて上から手で押さえる。手の温度で溶けて、表面がつるつるとした綺麗な雪玉が出来る。強く押し付けられた雪はぎゅっと固まって、密度の高いまん丸の球体が少しずつ大きくなっていく。ついさっきまでスイカ位のサイズだったのに、今はしゃがんで丸くなった子供くらいまで大きくなった。
「っつーか、見てるだけでこっちが冷てぇから、手袋ぐらいしろよ***」
「こんなの冷たいうちに入りませんよ!手だってほら、熱いくらい」
雪玉越しに***がへらっと笑って、手のひらを広げてこちらに見せる。小さな手は真っ赤だ。
ひぃー信じらんねぇと言いながら、雪玉を挟んだこちら側でしゃがんだ銀時はぶるぶると震えた。冷たい雪になるべく触りたくなくて、地面からすくうと乱暴に雪玉にのせる。強い力で弾けた雪の粒が、きらきらと光る。
「ちょっと銀ちゃん、そんな風にしたらヒビが入っちゃいます!せっかく綺麗にできてるのにぃ!」
「うるせー!俺はこんな冷てぇ雪玉に触りたくねーの!」
ばしばしばし!と雑に雪をのせていく。「ダメですって」と言った***が、銀時の右手をぎゅっとつかむ。つかまれた手の冷たさに、銀時の肩がびくりとすくむ。
「冷てぇよ、離せコラ」
乱暴な口調で言いながら、その手を振り払うこともしない。
ついさっきも頭に雪がついてると言って、銀時の手が***の頭に伸びてきたが、触れる直前にびくりと震えて止まった。
ああ、まただ―――
数週間前から銀時の様子がおかしいと、***は気づいていた。態度や口調がいつも通りだから、最初は勘違いかと思っていた。しかし時折、自分を見つめる銀時の目が、今まで見たこともない目つきをしていて、その目を見つめるたびに、何かがおかしいという違和感が、確かなものになっていった。
―――銀ちゃんは私を怖がっている
今まであんなにふざけて頭をはたいたり、肩をついたり、腕をつかまれたりされたのに、最近急に***を避けるかのように、触れてこなくなった。何かを手渡そうとした時に、一瞬でも触れそうになると、びくっと動きを止めておびえたような目で***を見た。その目はまるで、悪事を大人に見つかった子供が、怒られるのを待っているような目だった。
どうしたの?と何度も聞こうと思ったけれど、***が口を開く前に、銀時がふいっと目をそらすから、結局何も言えなかった。
雪玉を間にはさんで、握った手をそのままに、ふたりとも動きを止めてしゃがんでいる。握られた手をじっと見ていた銀時がふと顔を上げたので、ばちっと音がしそうなほど視線がかち合った。
今だ、と勇気を出して***は口を開く。
「ねぇ、銀ちゃん」
「…なんだよ」
「もしかして、…桂さんに、その、色々私が聞いたこと、怒ってる?」
「はぁ?別に怒ってねぇよ。どーせヅラがべらべら喋ったんだろ。昔っからあいつそーなんだよ、なんつーの?井戸端会議してるうるせぇババァみてぇな?おせっかいすぎるババァっつーの?良かれと思ってあることないこと喋りまくるみてぇな?」
冗談ぽく笑いながらそう言う銀時が、気まずそうに目をそらすのを見て、***はやっぱりそうかと内心思う。心なしか握られた手を引っ込めようとして、銀時は離してほしそうにしている。
もし今、この手を離してしまったら、この先ずっと言いたいことも聞きたいことも果たせなくなる気がして、***は更に手に力を込めて握る。無抵抗に開いた大きな手を引っ張って、そのまま頭を撫でる時のように、自分の頭の上に置こうとする。
「ッオイ!頭濡れんだろ、やめろって!」
「やめない!…銀ちゃん、最近変です……私の頭、触ろうとして急にやめたり、さっきだって私にだけ雪ぶつけなかったし……何か怒らせちゃったかなってずっと考えてたけど、どう考えてもやっぱり、桂さんが来た日からだから、その、えっと………」
―――銀ちゃんのこどもの頃のこととか、戦争に行ったこととか、勝手に聞いちゃって、ごめんなさい。
自分の手で隠れてよく顔が見えなかったが、伏し目がちに***がそう言ったのを見て、諦めに似た感情が銀時を襲った。
「………でも私、嬉しかったよ。私が知らない銀ちゃんのこと知れて、嬉しかったんです。だから桂さんにも沢山質問しちゃって、銀ちゃんの気持ちも考えずに、ごめんね」
「…っんだよ、だから別に怒ってねぇって…」
「銀ちゃんが怒ってなくても、勝手に詮索したのは間違いでした……でも、言い訳みたいに聞こえるかもしれないけど、その…私の気持ちを、聞いてもらってもいい?」
「……なんだよ、さっさと言えよ」
怒っているような口調とは裏腹に、またあのおびえたような目で***を見ている。なるべく慎重に言葉を選んで、***は話しはじめる。頭の上で両手で握った手に、更にぎゅっと力を込めた。
「桂さんから攘夷戦争に行ったって話を聞いた時に私、……今の私がいるのって、銀ちゃんのおかげだって思ったんです」
「………は?」
思いもよらない***の言葉に銀時の目が点になる。なんだこいつ、何言い出すんだ。そんな銀時の心の声が聞こえてくる。
「……江戸に出てくる前の年の冬に、父が言ってたんです。こんなに雪深くて朽ち果てた土地なんて、捨てた方が楽だって。娘を出稼ぎに行かせるんじゃなくて、家族で別の土地へ移って、そこで最初からやり直したほうが手っ取り早いって……でも、お父さんは生まれ育った土地と自分が作った農園を、どうしても取り戻したいって、どうしても諦められないって……それはお父さんの戦いなんだって言ったんです」
あの冬、極寒の土地。吹きすさぶ冷たい風の中で、泣きそうになりながら話していた父の懐かしい顔が脳裏に浮かぶ。***の両肩をつかんで語りかけているのに、まるで自分自身に言い聞かせてるみたいだった。心底苦しいという顔で、話していたっけ。
「それでね、お父さんの身勝手に家族を巻き込むことになるけど、お前も一緒に戦ってくれるかって聞かれたの。その時に私、この先どんなにつらいことがあっても、お父さんが諦めない限り、一緒に頑張ろうって、最後まで一緒に戦おうって決めたんです。私たち家族は天人が憎いとか、攘夷とか、そういうんじゃなくて………ただ奪われたものを取り戻そうとしてるだけなんですけど……でも私たちにとっては…戦争みたいなものです、家族総動員で今も戦ってるんです」
「戦争」という言葉を使う時に、少しだけためらう。しかし、ちらっと見た銀時の目は、決して***をとがめてはいなかった。むしろ穏やかに黙って、話を聞いてくれている。
自分の話のまどろっこしさに不安を覚えて、でもちゃんと最後まで伝えたいという気持ちで、頭上の大きな手を握る力を、ぎゅっと更に強める。
「それで、もちろん攘夷戦争とは目的も規模も全然違うんだけど、今の私たちが戦えているのって、あの戦争の時に戦ってくれた人たちの……銀ちゃんたちのおかげだって思ったんです。もしあの襲来の後、誰も戦わずに負けを受け入れてたら、私たち家族に戦うって選択肢はきっと無かったから。だから……昔の銀ちゃんが戦ってくれたおかげで、今の私が戦えてるんだって思ったの。だからその…えぇっと…」
こんなことを言ったら銀時を傷つける気がする。分かったような口を聞くなって怒られる気がする。それにこんな言葉を自分が言うのはお門違いかもしれない。それでもどうしても、これだけは伝えたいという強い気持ちに突き動かされて、思い切って***はその言葉を口にする。
「…だから銀ちゃん、……戦ってくれてありがとう。戦争に行ってくれて、諦めない姿を示してくれて、ありがとう。それと……生きて帰ってきてくれて、本当にありがとう。銀ちゃんは私たち家族の、私の…、希望そのものだよ」
そう言うと***は微笑んで、両手で握っていた銀時の手を、ぽんと自分の頭の上に置いた。そのまま***は手を離したけれど、頭上の大きな手は逃げることなく、そこに優しく置かれていた。
「……ったく、何言い出すかと思ったら、オメーとんでもねぇこと言いやがって……ガキが大人に気ぃつかうんじゃねぇっつーの!オラッ!!」
「ギャアッ!!!」
***の頭の上に置いた右手はそのままに、左手で地面の雪を手のひらいっぱいにすくうと、勢いよく***の顔にぶつけた。前が見えなくなった***は両手をばたつかせている。その小動物のような動きが面白くて、銀時はさらに雪を投げつける。間にある大きな雪玉が邪魔になり、「とりゃっ」と軽く手刀を落とすと、ぱかっと呆気なく割れた。
「わぁぁぁぁ!銀ちゃん何すんですか!せっかく綺麗に作ってたのに!」
「言っただろーが大人は雪だるまなんか作んねぇって!オラ、こんなの冷てぇうちに入んねーっつったよな!くらえ!!」
そう言って銀時は割れた雪玉の中の、硬い雪をつかむと***の顔や身体に向かって投げ続ける。
「ちょッ!まッ…やめッ!ヒャッ冷たい!」
あまりにも大量の雪を矢継ぎ早に投げつけられたせいで、細かい雪の粒が襟の間から首筋に入ってくる。たまらず***は両手を前に出して、銀時を止めようとする。地面に膝立ちになって、割れた雪玉を乗り越える。顔に向かって飛んでくる雪のせいで、前がよく見えない。探るように動かしていた両手が、銀時の肩に当たった。渾身の力をこめて、その両肩を押す。
「銀ちゃん!やめてってばぁ!っきゃぁ!!」
自分の力ではせいぜい銀時の動きを止める位しかできないと思っていたのに、***が全力で押した身体はあっさりと後ろへ倒れた。肩を押していた両手首をつかまれて、***もそのまま前のめりに倒れてしまう。
ぽふっと優しく抱きとめるように、仰向けに倒れた銀時の胸に顔を付けて倒れこむ。
「わっ、ご、ごめんね…」
銀時を下敷きにしていることに気付いて、慌てて起き上がろうとしたが、急に背中に大きな手が回って、動けなくなった。
「……銀ちゃん?」
首を動かして顔を見上げようといたが、後頭部を手で押さえつけられて、それも叶わなかった。その手がゆっくりと頭をなではじめる。まるで何かを懐かしがっているかのような、優しい手の動きに、不思議と***の気持ちも落ち着く。気の済むまで好きなようにさせようと、力を抜いて身体を銀時にゆだねる。
頭をなでていた手が少しずつ動いて、肩へ、腕へ、そして背中へと伝っていく。仰向けで目は空を眺めたまま、銀時は手だけを動かした。おとなしく腕の中にいる***の、その輪郭を確かめるように、ゆっくりとなぞっていく。小さな頭、冷たいうなじ、骨ばった薄い肩、折れそうな細い腕、丸みを帯びた背中。
ああ、そうだ、こいつってこんな感触だったっけ、と内心思う。数週間ぶりに触れた***の身体は、想像通り小さくてひ弱だった。でも―――――
銀時は自分の腹のあたりに密着した***の胸から、トクトクという穏やかで確かな鼓動を感じた。
―――この小さな身体に、あの過酷な土地で生き抜いてきた人々と同じ血が流れている。極寒の土地、ありとあらゆる生命が息絶えた辺境の地で、今も戦い続けている強い男の、まぎれもない実の娘だ。そういえばこいつは父親譲りのド根性で、熱を出してぶっ倒れる直前まで、へらへら笑って働き続けるような強い女だった、と銀時は思う。
そう思うと胸のつかえが取れるように、突然愉快な気持ちになって銀時は声もなく笑った。
「ねぇ、銀ちゃん……もう私のこと怖くないですか?」
胸のあたりから、***のおずおずと問う声が聞こえた。
「はぁぁぁ?俺がお前のこと怖がるわけねぇだろ、***みてぇなヤツ怖がんのは童貞の新八くらいだっつーの。銀さんがこえーのは血糖値だけだっつーの!」
「嘘です!ずっとびくびくした目してたもん…らしくないから、頭でも打ったのかと思って、心配してたんですよ」
「頭打ったのはお前だろーが!言っとくけどあれだよ?銀さん結構強いからね?***なんか指一本だよ?伝説の白夜叉の話、ヅラからもっかいちゃんと聞いとけよ、テストに出っから」
「白夜叉の頃の銀ちゃんなんて知らないもん!私が出会ってからの銀ちゃんはず~っと、腕っぷしの強い無職みたいな万事屋さんだもん!!」
「無職みたいは余計だゴラァァァ!!!」
叫んだ銀時が再び雪をつかんで、***のうなじにこすりつける。着物の中へ滑り込んできた雪のせいで、猛烈な冷たさに襲われ、***が飛び起きる。
「ギャアアアッ!」
「オラ!朝っぱらから雪女に背中触られた俺の気持ちを、お前も味わえ!」
「銀ちゃん、ギブギブギブ!朝のことも謝るからぁ!」
大声で叫びながら、雪を持つ銀時の両手を、***がつかんで地面に押し付ける。近づいた顔を見下ろすと、嬉しそうにニヤニヤと笑って***を見上げていた。
「あれぇ~***、ヅラのことは嫌がってたくせに、大好きな銀さんのことはすすんで押し倒しちゃうんだねぇ~、***ちゃんってばだいた~ん!」
「なっ……!!!」
顔を真っ赤にして口をぱくぱくとさせる***を見て、銀時はげらげらと笑った。その顔はついさっきまでおびえたような目で自分を見ていた人と、同一人物とは思えないほど、憎たらしくて明るい顔だった。
「銀ちゃんも***も何やってるアル、雪だるま選手権もう決着ついたネ、私の優勝ヨ」
「ふたりとも雪まみれじゃないですか、ルール分かってます?雪だるまの大きさ競ってんですよ?誰が一番雪だるまになれるかじゃないですよ?」
寝そべったままの銀時と、その上に馬乗りになった***がぎゃーぎゃーもみ合っているうちに、気が付くと呆れ顔の神楽と新八がすぐ近くに立っていた。
「アァ?俺は最初っから雪だるまなんか作る気ねぇっつーの、不戦敗だか知らねぇけど、雪合戦で俺が***に勝ったから、ビリは***だろ」
「何言ってるの銀ちゃん、食事当番を決めるための選手権でしょ。私関係ないですもん、不戦敗で当番は銀ちゃんで決定です!」
「関係なくねーよ、***も万事屋の一員みてーなもんだろ。ほら、ぱっつぁん、これで文句ねぇか」
そう言いながら銀時が袖から一枚の紙を取り出し、新八へ手渡した。なんですかこれ、と言って新八が紙を開く。その紙をのぞきこんだ神楽の顔が、ぱっと明るくなる。
「うっひょーい!銀ちゃんこれ最高アル!***のご飯いっぱい食べれるネ!」
「***さんお仕事もあるのにいいんですか?でも、確かに***さんのご飯おいしいからなぁ、本当にありがたいですよ」
「…え、え?何が?」
きょとんとする***の前に、新八が紙を開いて見せる。そこには食事当番の表が書かれていた。
月曜日 神楽
火曜日 ***
水曜日 新八
木曜日 ***
金曜日 銀時(気が向いたら)
土曜日 ***
日曜日 ***
「ちょっとぉぉぉ!なんですかこれ!なんで私が当番に入ってるんですか?しかもなんで私が一番多いんですか!?」
「銀さんに嫁入りするための花嫁修業だと思って、まぁ頑張れや、応援してるぜ」
「よ、嫁入りって…し、しませんよ馬鹿!!!」
むくりと起き上がった銀時が、向き合った***の肩をぽんと叩きながら言った。その言葉に***は更に顔を真っ赤にして怒る。それを見て銀時は腹を抱えて笑っているし、後ろで神楽と新八は期待を込めた目で***を見つめているしで、否定の言葉が出てこなくなってしまう。はぁっとため息をつく。
「もぉ、しょうがないなぁ…できる時だけ協力するっていうのでいいですか?」
「「「ぃよっしゃぁぁぁぁぁーーー!!!」」」
広場中に三人の喜びの声が響いた。叫び声をあげて笑っている三人を、呆れた顔で見ていたけれど、気付いたら***も嬉しくなって笑っていた。
食事当番をやることが嬉しいからじゃない。
確かにさっきこの耳で聞いた「***も万事屋の一員みてーなもんだろ」という銀時の言葉が、消えない炎のように心を温めはじめたから。
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no.25【am.11:00】end