かぶき町で牛乳配達をする女の子
牛乳(人生)は噛んで飲め
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【pm.0:00】
どうしてこうなったんだろう…―――
頬にあたるサラサラとした長い髪と、背中に床の冷たさを感じながら、***は呆然と考えていた。
仰向けに倒された顔の横に、両手をついた男はつい1時間ほど前に出会ったばかりの人だというのに、キラキラと輝く瞳に熱い闘志のようなものを込めて、じっとこちらを見ている。
「え、えーと、か、桂さん…?」
「うむ、***殿……いい答えを聞かせてくれるか」
牛乳配達を終えて万事屋に寄ると、ちょうど三人が出かけるところだった。今日は珍しく仕事がある。廃品処理だから昼には終わると銀時が言った。せっかくなら電話番でもしながら、待ってたらどうですかと新八に言われて、その言葉に甘えることにした。
昼食にカレーを作って待ってると言った***に、神楽は嬉しそうに抱き着いて「たっくさん米炊いとくネ!」と言ってから、飛び跳ねるように出ていった。
ふたりに遅れて、ブーツをはいた銀時がダルそうに「ほいじゃ、いってくるわ、留守番頼むぞ」と言って、すれ違いざまに***の頭をぽんと撫でていった。
万事屋の一員になったようで嬉しくなった***は、牛乳屋のエプロンを着て昼食を作りながら、依頼の電話が鳴らないか、来客がないかとそわそわしていた。メモ帳を用意して電話の前で待ってみたり、乱雑な事務机を少し整理してみたり、テーブルを拭いてみたり。それらしいことをしたが、電話も来客もなく、肩を落としてしょんぼりとしていた時のことだった。
ピンポーン…―――
「ごめんくださーい、銀時くん、いますか?」
手持無沙汰にしていたところでインターホンが鳴り、依頼人だ!と意気込んだ***は玄関にぱたぱたと走っていく。
「はい、どちらさまですか?」
ガラリと引き戸を開けた***の目に、真っ先に飛び込んできたのは大きな目玉。そして真っ白でつるりとした大きな頭とペンギンのような黄色い口。はじめて見る珍しい生き物の姿に唖然としていると、横から人間の声が聞こえた。
「これは…しばらく来ないうちにこんな若妻をもらっていたとは、銀時もすみにおけんな」
はっとして声のした方を見ると、長髪の男性が立っていた。
「あ!私、留守番を任されている者なんですけど、えっと、銀ちゃんのお友達の方ですか?」
「うむ、今日は銀時に所用でな、しかし不在か…では日を改めるとしよう。桂が来たと伝えておいてくれるか、して貴殿は?」
「私は***と申します。******です。時々万事屋に遊びにくるもので…」
言いながらふと腕時計を見ると針は11時を指していた。あと1時間もすれば銀時たちは帰ってくる。せっかく来てもらったのだから、自分が相手をして待っていてもらうのはどうだろうと***は考える。なんかそれってすごく万事屋の仕事をしたって感じするし!
「あの、桂さん、銀ちゃんたちもうすぐ帰ってくると思うんです。お急ぎでなければお待ちになったらいかがでしょう?話し相手は私と、あと定春くらいしかいないけど…」
「なに、定春くんはいるのか、そうか、それなら…肉球を少し、触ってもいいだろうか」
もちろんですよ桂さん!と言って部屋へ上がるよう促す。「こちらは相棒のエリザベスだ」と紹介され、エリザベスを見ると『はじめまして、お邪魔します』とプラカードを出された。話をできることが嬉しく、「エリザベスさん、はじめまして***です」と微笑んで握手をした。
寝ている定春を起こさないようにそっと押し入れを開けて、桂とふたりで肉球を触る。動物が好きな***と、肉球好きの桂はすぐに意気投合した。定春を触りながら、ここが気持ちいい、抱き着いてモフモフするのがたまらない、肉球は唯一無二の存在だ、などと話題は尽きなかった。
ひとしきり触った後でソファに向かい合って座り、煎茶を出した。「かたじけない」と言って茶を飲み、「つまらぬものだが」と菓子折りを差し出した桂を見て、その礼儀正しく清廉とした様子に、本当にあのだらしない銀ちゃんの友達だろうか、と***は驚く。
「ところで***殿、銀時とのなれそめは、いかような?」
「なれそめ!?いやいや、そういうんじゃないです……はじめて会ったのは去年の春ごろですかね、酔っ払ってた銀ちゃんを助けたのが縁で、今は時々遊んだりご飯食べたりして、仲良くしてもらってます。あの…桂さんは銀ちゃんとは長いお付き合いなんですか?」
「長い、どころではないな。ヤツとは幼少の頃より…」
そう言って桂は***が知らない銀時の過去を話しはじめた。同じ寺小屋で尊敬する師のもと学び育ったこと、共に剣術を習い切磋琢磨して強くなったこと、そして攘夷戦争に参加したこと―――
人の過去を詮索するのはよくないと思いながらも、桂があまりにもすらすらと銀時との思い出を話すものだから、***も惹きこまれ、熱心に聞いてしまう。
「そうでしたか…桂さんと銀ちゃんは戦争に……あの、私なんにも知らなくて、すごくびっくりして……」
「銀時は昔の話をあまりしたがらんからな、***殿が知らなくとも無理はない。今でこそあの体たらくだが、戦では頼りがいのある男だった。多勢に無勢で天人どもに囲まれた時もあの男は…」
白夜叉と呼ばれた時代の銀時が、自決しようとした桂に向かってかけた言葉を、***は初めて知る。わぁ銀ちゃんかっこいいですね、と言うとエプロンのポケットからメモ帳を取り出して、その言葉を書き記す。
えーと、美しく最後を…とつぶやきながら、ちまちまとメモを取る***を見た桂は、銀時にはもったいないほど初々しく愛らしい若妻だと感心する。この家にやってきてからこれまでずっと、桂は***のことを人妻だと勘違いし続けていた。
「ところで***殿、今日の昼食はカレーか」
「え?あ、そうです、カレーです、中辛の」
「おお、それはよい」
言うと同時に桂とエリザベスの腹から「グ~キュルルルル…」という大きな音が鳴った。***は思わず吹き出す。
「あははっ、桂さん、エリザベスさん、よかったらカレー召し上がります?私の実家から届いたジャガイモが沢山入ってるんで、食べごたえありますよ」
「すまない***殿、実は昨日から何も食べてなくてな」
それは大変!と言って***は台所へと走る。エプロン姿のその後ろ姿を見て、腕組みをした桂は「やはり人妻はよい」と、エリザベスに向かって言った。
「そうか、では***殿はあの北国の土地の生まれか、ずいぶん過酷なところだと聞いたことがあるが…」
口の周りをカレーだらけにした桂が、スプーンにのせたジャガイモを見ながら言う。
***が出身地を話すと、桂の方がその土地に詳しかった。同じ土地出身の攘夷志士と交流があるという。
「そうですねぇ…決して楽に生きていける土地ではないですけど、でも少しずつ昔の姿を取り戻しつつもありますよ。私の家族を含め、土地に残っている人たちは志高く生き延びてきた者たちですから…」
志という言葉を聞いて桂の目がきらりと光る。目の前の若妻の生い立ちや家族の話をもっと聞いてみたいという気持ちが芽生える。天人の所業によって汚された土地で、人々がどう抗ってきたのかを聞けば、この国をより良くしていくヒントがあるかもしれない。
目の前でにこにこと笑ってる***の手をばっと両手で取ると、桂は熱い視線で見つめた。
「***殿、ぜひその故郷の素晴らしい人々の話を、我々にお聞かせ願えないか」
「え、えぇ?我々って…」
「攘夷志士の集会に参加してもらいたいのだ。そして***殿の父上やご家族の志高い生き方について語ってくれれば、仲間たちの攘夷への闘志も奮起することだろう。そうと決まればさっそく集会場所へと案内しよう、行くぞエリザベス!」
話についていけない***がきょろきょろとしているうちに、エリザベスが『***さん、ぜひ我々の仲間になってください』とプラカードを出す。
「ははははは!エリザベスはなんて頭が良いのだ!そうだ***殿、我々の仲間に加わるといい、実戦はできなくとも国を憂う気持ちに変わりないからな!」
そう言って桂は***の手をつかんで、ぐいっと立ち上がらせると、ひきずるように歩き出す。そしてさっさと玄関で下駄を履こうとする。
「ちょちょちょ、ちょっと桂さん!私のような平凡な市民に、そんな攘夷活動なんて無理ですよ!それに志高くっていうのは言葉の綾であって、私の家族はただ日々を生きてるだけですから!語ることなんて何もありませんって!」
「何を言うか***殿!天人によって一度は奪われた日常を取り戻し、それを維持するということが、どれほどの努力のもとに成り立つと思うのだ!***殿はもっとお父上を尊敬せねばならんぞ!お父上は立派な志士だ、ぜひその話を聞かせてくれ!!」
若干は正しいことを言ってるけど、この人なんでこんなに強引なの!?それに人の話全然聞かないよ!どうしよう、攘夷浪士の集会なんて恐ろしいところ行きたくない!!
戸惑いながらも***は必死で桂に抗う。手を取られ引っ張られているので、座り込むような恰好で後ろに全体重をかけ、玄関におりないよう抵抗する。すると急に桂の手の力が緩み、その場に尻餅をついて倒れてしまう。
「きゃあッ!」
すぐに起き上がろうとしたが、急に強い力で両肩を押されて床に組み敷かれる。上から桂の長い髪が垂れてきて、両頬にあたる。
「***殿!何をそんなに拒む必要がある、ただ話を聞かせてほしいと言っているだけだぞ。俺は銀時とは違って、別に人妻っぽいことをしろとか、エプロンをしたまま来てくれとか、いかがわしいことは一切言っておらん。ただ一緒に来て、仲間に話を聞かせてほしいのだ!」
突然押し倒されたことへの戸惑いと、桂の言う「人妻」の意味が分からず困惑しているうちに、熱い視線に射抜かれて***は言葉が出なくなってしまう。
「え、えーと、か、桂さん…?」
「うむ、***殿……いい答えを聞かせてくれるか」
「あの……私、独身ですし、人妻とかじゃないんですけど…」
「なんと!そうであったか、俺はてっきり銀時が娶ったのかと思っていたが……それなら尚更遠慮はいらんな、***殿、俺と一緒に来てくれ」
そう言って***の両肩をつかむと、抱き寄せようとする。
「かかかか桂さん!やややめてください!こんなの嫌です!!!」
―――こんな強引でおかしな人、ヤダァァァ!!!
と心で叫び、両手で桂の胸をぐーっと押して抵抗していると、突然聞きなれた声が耳に飛び込んできた。
「お前ら…昼間っから人んちで何イチャコラしてくれてんだコラァァァァ!!!」
はっとして横を見ると、顔にビキビキと血管を浮きあがらせて、怒りで髪が逆立ちそうな銀時が玄関に立っていた。
***が銀ちゃんと口を開くよりも早く、ぶわあっ!という強い風が吹いて、気が付くと自分の上にいた桂が、壁に打ち付けられていた。
「ヅラてめぇぇぇ!人んちの玄関先で女襲うたぁ、いい度胸してんじゃねぇか!そんなにぶっ殺されてぇかコラ!!お望み通りやってやるよ!!!」
「ヅラじゃない、桂だ!ハハハ!銀時、***殿はただの女ではないぞ、人妻風の女だ!!俺の来ぬ間にあんな若妻を囲うとは、この変態天然パーマめ!!!」
「誰が変態天然パーマだァァァ!変態はテメーだろーが!!!」
刀と木刀で大立ち回りをはじめた二人を、座り込んで見ているしかできない***の後ろに、気が付くと神楽と新八が立っていた。
「***、ヅラなんかに押し倒されるなんて、女として失格ネ。あんなヤツ、私だったら片手で倒せるヨ」
「そんなことできるの神楽ちゃんだけだからね。***さん、大丈夫ですか、立てます?」
新八の手を借りて立ち上がり、再び喧嘩をする二人に視線を戻した時には、既に桂が寝室の窓から外へと逃げた後で、「バイビー」という声だけが聞こえてきた。
「チッ、逃げ足が速ぇ」と言った後で、銀時がばっと***を振り返り、ずんずんと近寄ってくる。両肩をがっと掴むと怒鳴り声をあげる。
「***ゴラァァァ!こんなやらしいエプロン姿でヅラみてーな変態野郎の前に出たら、襲われるに決まってんだろーが!お前はアレか?オオカミに食われる兎ですかァ?それとも羊ですかァ?もっと警戒心を持たねぇと気付いた時には胃袋の中だっつーの!!」
「このエプロンのどこがいやらしいんですか!意味わかんないよ!それに桂さん、銀ちゃんのお友達って言ってたんです!まさかあんなに変な人とは思わなかったんだもん!」
「あぁ!?誰が友達だって!?ヅラに友達なんているわけねーだろ、あいつの勘違いだよ!とにかく金輪際、そんなエプロン姿でうろちょろすんの禁止だかんな!!」
そう言ってから***を離すと、銀時は呆れたように「はぁぁぁ~」とため息をついて部屋へと戻っていく。銀時に言い返そうと思ったが、神楽から「***お腹空いたネ!」と言われてはっとする。急いで昼食の準備に台所へと行く。
台所でカレーを温め直していると、廊下に人の気配を感じる。顔を出して見ると、玄関のあがったところに銀時がこちらに背を向けて立っていた。
「銀ちゃん、すぐカレー出しますね」と声をかけると、びくりと肩を揺らして振り返る。その手には***のメモ帳が握られていた。桂に組み敷かれた時にポケットから落ちてしまったのだ。
「……これ、お前の?」
「あ、そうです、ありがとうございま…」
受け取ろうと手元に目線を落とすと、メモ帳のページがめくれ、さっき銀時の言葉を書き記したページが開かれていて、***は恥ずかしくなる。
これは絶対に「何オメー、銀さんの名ゼリフなんて書き留めちゃって、そーんなに俺がかっこいいってか」とか言われて、からかわれてしまう。
「ち、ちがうの、桂さんがね、教えてくれてね、いい言葉だなぁって…」
言い訳のようなことを口走って、銀時の言葉がくるのを身構えて待っていたが、予想とは違う返答が返ってきた。
「あっそぉ」
そう言って***の手にメモ帳をぽんと置くと、そのまま「あ~しょんべんしてぇ~」と言って、厠へと入っていってしまった。
拍子抜けした***が呆然と廊下に立っていると、リビングから神楽の「***~!!カレー早くぅぅぅ!!!」という叫び声が聞こえてくる。
はっとしてメモ帳をポケットにしまうと、「神楽ちゃーん!すぐだから待ってねぇ!」と叫び返して台所へとぱたぱたと戻る。
ポケットの中でメモ帳のページがめくれる、カサリという小さな音が鳴ったが、昼食のことで頭がいっぱいの***の耳に、その音が届くことはなかった。
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no23【pm0:00】end
どうしてこうなったんだろう…―――
頬にあたるサラサラとした長い髪と、背中に床の冷たさを感じながら、***は呆然と考えていた。
仰向けに倒された顔の横に、両手をついた男はつい1時間ほど前に出会ったばかりの人だというのに、キラキラと輝く瞳に熱い闘志のようなものを込めて、じっとこちらを見ている。
「え、えーと、か、桂さん…?」
「うむ、***殿……いい答えを聞かせてくれるか」
牛乳配達を終えて万事屋に寄ると、ちょうど三人が出かけるところだった。今日は珍しく仕事がある。廃品処理だから昼には終わると銀時が言った。せっかくなら電話番でもしながら、待ってたらどうですかと新八に言われて、その言葉に甘えることにした。
昼食にカレーを作って待ってると言った***に、神楽は嬉しそうに抱き着いて「たっくさん米炊いとくネ!」と言ってから、飛び跳ねるように出ていった。
ふたりに遅れて、ブーツをはいた銀時がダルそうに「ほいじゃ、いってくるわ、留守番頼むぞ」と言って、すれ違いざまに***の頭をぽんと撫でていった。
万事屋の一員になったようで嬉しくなった***は、牛乳屋のエプロンを着て昼食を作りながら、依頼の電話が鳴らないか、来客がないかとそわそわしていた。メモ帳を用意して電話の前で待ってみたり、乱雑な事務机を少し整理してみたり、テーブルを拭いてみたり。それらしいことをしたが、電話も来客もなく、肩を落としてしょんぼりとしていた時のことだった。
ピンポーン…―――
「ごめんくださーい、銀時くん、いますか?」
手持無沙汰にしていたところでインターホンが鳴り、依頼人だ!と意気込んだ***は玄関にぱたぱたと走っていく。
「はい、どちらさまですか?」
ガラリと引き戸を開けた***の目に、真っ先に飛び込んできたのは大きな目玉。そして真っ白でつるりとした大きな頭とペンギンのような黄色い口。はじめて見る珍しい生き物の姿に唖然としていると、横から人間の声が聞こえた。
「これは…しばらく来ないうちにこんな若妻をもらっていたとは、銀時もすみにおけんな」
はっとして声のした方を見ると、長髪の男性が立っていた。
「あ!私、留守番を任されている者なんですけど、えっと、銀ちゃんのお友達の方ですか?」
「うむ、今日は銀時に所用でな、しかし不在か…では日を改めるとしよう。桂が来たと伝えておいてくれるか、して貴殿は?」
「私は***と申します。******です。時々万事屋に遊びにくるもので…」
言いながらふと腕時計を見ると針は11時を指していた。あと1時間もすれば銀時たちは帰ってくる。せっかく来てもらったのだから、自分が相手をして待っていてもらうのはどうだろうと***は考える。なんかそれってすごく万事屋の仕事をしたって感じするし!
「あの、桂さん、銀ちゃんたちもうすぐ帰ってくると思うんです。お急ぎでなければお待ちになったらいかがでしょう?話し相手は私と、あと定春くらいしかいないけど…」
「なに、定春くんはいるのか、そうか、それなら…肉球を少し、触ってもいいだろうか」
もちろんですよ桂さん!と言って部屋へ上がるよう促す。「こちらは相棒のエリザベスだ」と紹介され、エリザベスを見ると『はじめまして、お邪魔します』とプラカードを出された。話をできることが嬉しく、「エリザベスさん、はじめまして***です」と微笑んで握手をした。
寝ている定春を起こさないようにそっと押し入れを開けて、桂とふたりで肉球を触る。動物が好きな***と、肉球好きの桂はすぐに意気投合した。定春を触りながら、ここが気持ちいい、抱き着いてモフモフするのがたまらない、肉球は唯一無二の存在だ、などと話題は尽きなかった。
ひとしきり触った後でソファに向かい合って座り、煎茶を出した。「かたじけない」と言って茶を飲み、「つまらぬものだが」と菓子折りを差し出した桂を見て、その礼儀正しく清廉とした様子に、本当にあのだらしない銀ちゃんの友達だろうか、と***は驚く。
「ところで***殿、銀時とのなれそめは、いかような?」
「なれそめ!?いやいや、そういうんじゃないです……はじめて会ったのは去年の春ごろですかね、酔っ払ってた銀ちゃんを助けたのが縁で、今は時々遊んだりご飯食べたりして、仲良くしてもらってます。あの…桂さんは銀ちゃんとは長いお付き合いなんですか?」
「長い、どころではないな。ヤツとは幼少の頃より…」
そう言って桂は***が知らない銀時の過去を話しはじめた。同じ寺小屋で尊敬する師のもと学び育ったこと、共に剣術を習い切磋琢磨して強くなったこと、そして攘夷戦争に参加したこと―――
人の過去を詮索するのはよくないと思いながらも、桂があまりにもすらすらと銀時との思い出を話すものだから、***も惹きこまれ、熱心に聞いてしまう。
「そうでしたか…桂さんと銀ちゃんは戦争に……あの、私なんにも知らなくて、すごくびっくりして……」
「銀時は昔の話をあまりしたがらんからな、***殿が知らなくとも無理はない。今でこそあの体たらくだが、戦では頼りがいのある男だった。多勢に無勢で天人どもに囲まれた時もあの男は…」
白夜叉と呼ばれた時代の銀時が、自決しようとした桂に向かってかけた言葉を、***は初めて知る。わぁ銀ちゃんかっこいいですね、と言うとエプロンのポケットからメモ帳を取り出して、その言葉を書き記す。
えーと、美しく最後を…とつぶやきながら、ちまちまとメモを取る***を見た桂は、銀時にはもったいないほど初々しく愛らしい若妻だと感心する。この家にやってきてからこれまでずっと、桂は***のことを人妻だと勘違いし続けていた。
「ところで***殿、今日の昼食はカレーか」
「え?あ、そうです、カレーです、中辛の」
「おお、それはよい」
言うと同時に桂とエリザベスの腹から「グ~キュルルルル…」という大きな音が鳴った。***は思わず吹き出す。
「あははっ、桂さん、エリザベスさん、よかったらカレー召し上がります?私の実家から届いたジャガイモが沢山入ってるんで、食べごたえありますよ」
「すまない***殿、実は昨日から何も食べてなくてな」
それは大変!と言って***は台所へと走る。エプロン姿のその後ろ姿を見て、腕組みをした桂は「やはり人妻はよい」と、エリザベスに向かって言った。
「そうか、では***殿はあの北国の土地の生まれか、ずいぶん過酷なところだと聞いたことがあるが…」
口の周りをカレーだらけにした桂が、スプーンにのせたジャガイモを見ながら言う。
***が出身地を話すと、桂の方がその土地に詳しかった。同じ土地出身の攘夷志士と交流があるという。
「そうですねぇ…決して楽に生きていける土地ではないですけど、でも少しずつ昔の姿を取り戻しつつもありますよ。私の家族を含め、土地に残っている人たちは志高く生き延びてきた者たちですから…」
志という言葉を聞いて桂の目がきらりと光る。目の前の若妻の生い立ちや家族の話をもっと聞いてみたいという気持ちが芽生える。天人の所業によって汚された土地で、人々がどう抗ってきたのかを聞けば、この国をより良くしていくヒントがあるかもしれない。
目の前でにこにこと笑ってる***の手をばっと両手で取ると、桂は熱い視線で見つめた。
「***殿、ぜひその故郷の素晴らしい人々の話を、我々にお聞かせ願えないか」
「え、えぇ?我々って…」
「攘夷志士の集会に参加してもらいたいのだ。そして***殿の父上やご家族の志高い生き方について語ってくれれば、仲間たちの攘夷への闘志も奮起することだろう。そうと決まればさっそく集会場所へと案内しよう、行くぞエリザベス!」
話についていけない***がきょろきょろとしているうちに、エリザベスが『***さん、ぜひ我々の仲間になってください』とプラカードを出す。
「ははははは!エリザベスはなんて頭が良いのだ!そうだ***殿、我々の仲間に加わるといい、実戦はできなくとも国を憂う気持ちに変わりないからな!」
そう言って桂は***の手をつかんで、ぐいっと立ち上がらせると、ひきずるように歩き出す。そしてさっさと玄関で下駄を履こうとする。
「ちょちょちょ、ちょっと桂さん!私のような平凡な市民に、そんな攘夷活動なんて無理ですよ!それに志高くっていうのは言葉の綾であって、私の家族はただ日々を生きてるだけですから!語ることなんて何もありませんって!」
「何を言うか***殿!天人によって一度は奪われた日常を取り戻し、それを維持するということが、どれほどの努力のもとに成り立つと思うのだ!***殿はもっとお父上を尊敬せねばならんぞ!お父上は立派な志士だ、ぜひその話を聞かせてくれ!!」
若干は正しいことを言ってるけど、この人なんでこんなに強引なの!?それに人の話全然聞かないよ!どうしよう、攘夷浪士の集会なんて恐ろしいところ行きたくない!!
戸惑いながらも***は必死で桂に抗う。手を取られ引っ張られているので、座り込むような恰好で後ろに全体重をかけ、玄関におりないよう抵抗する。すると急に桂の手の力が緩み、その場に尻餅をついて倒れてしまう。
「きゃあッ!」
すぐに起き上がろうとしたが、急に強い力で両肩を押されて床に組み敷かれる。上から桂の長い髪が垂れてきて、両頬にあたる。
「***殿!何をそんなに拒む必要がある、ただ話を聞かせてほしいと言っているだけだぞ。俺は銀時とは違って、別に人妻っぽいことをしろとか、エプロンをしたまま来てくれとか、いかがわしいことは一切言っておらん。ただ一緒に来て、仲間に話を聞かせてほしいのだ!」
突然押し倒されたことへの戸惑いと、桂の言う「人妻」の意味が分からず困惑しているうちに、熱い視線に射抜かれて***は言葉が出なくなってしまう。
「え、えーと、か、桂さん…?」
「うむ、***殿……いい答えを聞かせてくれるか」
「あの……私、独身ですし、人妻とかじゃないんですけど…」
「なんと!そうであったか、俺はてっきり銀時が娶ったのかと思っていたが……それなら尚更遠慮はいらんな、***殿、俺と一緒に来てくれ」
そう言って***の両肩をつかむと、抱き寄せようとする。
「かかかか桂さん!やややめてください!こんなの嫌です!!!」
―――こんな強引でおかしな人、ヤダァァァ!!!
と心で叫び、両手で桂の胸をぐーっと押して抵抗していると、突然聞きなれた声が耳に飛び込んできた。
「お前ら…昼間っから人んちで何イチャコラしてくれてんだコラァァァァ!!!」
はっとして横を見ると、顔にビキビキと血管を浮きあがらせて、怒りで髪が逆立ちそうな銀時が玄関に立っていた。
***が銀ちゃんと口を開くよりも早く、ぶわあっ!という強い風が吹いて、気が付くと自分の上にいた桂が、壁に打ち付けられていた。
「ヅラてめぇぇぇ!人んちの玄関先で女襲うたぁ、いい度胸してんじゃねぇか!そんなにぶっ殺されてぇかコラ!!お望み通りやってやるよ!!!」
「ヅラじゃない、桂だ!ハハハ!銀時、***殿はただの女ではないぞ、人妻風の女だ!!俺の来ぬ間にあんな若妻を囲うとは、この変態天然パーマめ!!!」
「誰が変態天然パーマだァァァ!変態はテメーだろーが!!!」
刀と木刀で大立ち回りをはじめた二人を、座り込んで見ているしかできない***の後ろに、気が付くと神楽と新八が立っていた。
「***、ヅラなんかに押し倒されるなんて、女として失格ネ。あんなヤツ、私だったら片手で倒せるヨ」
「そんなことできるの神楽ちゃんだけだからね。***さん、大丈夫ですか、立てます?」
新八の手を借りて立ち上がり、再び喧嘩をする二人に視線を戻した時には、既に桂が寝室の窓から外へと逃げた後で、「バイビー」という声だけが聞こえてきた。
「チッ、逃げ足が速ぇ」と言った後で、銀時がばっと***を振り返り、ずんずんと近寄ってくる。両肩をがっと掴むと怒鳴り声をあげる。
「***ゴラァァァ!こんなやらしいエプロン姿でヅラみてーな変態野郎の前に出たら、襲われるに決まってんだろーが!お前はアレか?オオカミに食われる兎ですかァ?それとも羊ですかァ?もっと警戒心を持たねぇと気付いた時には胃袋の中だっつーの!!」
「このエプロンのどこがいやらしいんですか!意味わかんないよ!それに桂さん、銀ちゃんのお友達って言ってたんです!まさかあんなに変な人とは思わなかったんだもん!」
「あぁ!?誰が友達だって!?ヅラに友達なんているわけねーだろ、あいつの勘違いだよ!とにかく金輪際、そんなエプロン姿でうろちょろすんの禁止だかんな!!」
そう言ってから***を離すと、銀時は呆れたように「はぁぁぁ~」とため息をついて部屋へと戻っていく。銀時に言い返そうと思ったが、神楽から「***お腹空いたネ!」と言われてはっとする。急いで昼食の準備に台所へと行く。
台所でカレーを温め直していると、廊下に人の気配を感じる。顔を出して見ると、玄関のあがったところに銀時がこちらに背を向けて立っていた。
「銀ちゃん、すぐカレー出しますね」と声をかけると、びくりと肩を揺らして振り返る。その手には***のメモ帳が握られていた。桂に組み敷かれた時にポケットから落ちてしまったのだ。
「……これ、お前の?」
「あ、そうです、ありがとうございま…」
受け取ろうと手元に目線を落とすと、メモ帳のページがめくれ、さっき銀時の言葉を書き記したページが開かれていて、***は恥ずかしくなる。
これは絶対に「何オメー、銀さんの名ゼリフなんて書き留めちゃって、そーんなに俺がかっこいいってか」とか言われて、からかわれてしまう。
「ち、ちがうの、桂さんがね、教えてくれてね、いい言葉だなぁって…」
言い訳のようなことを口走って、銀時の言葉がくるのを身構えて待っていたが、予想とは違う返答が返ってきた。
「あっそぉ」
そう言って***の手にメモ帳をぽんと置くと、そのまま「あ~しょんべんしてぇ~」と言って、厠へと入っていってしまった。
拍子抜けした***が呆然と廊下に立っていると、リビングから神楽の「***~!!カレー早くぅぅぅ!!!」という叫び声が聞こえてくる。
はっとしてメモ帳をポケットにしまうと、「神楽ちゃーん!すぐだから待ってねぇ!」と叫び返して台所へとぱたぱたと戻る。
ポケットの中でメモ帳のページがめくれる、カサリという小さな音が鳴ったが、昼食のことで頭がいっぱいの***の耳に、その音が届くことはなかった。
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no23【pm0:00】end