かぶき町で牛乳配達をする女の子
牛乳(人生)は噛んで飲め
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【pm.2:30】
重力に逆らうように、ゆっくりとした速さで降りていくエレベーター。実際に身体が落下しているわけではないのに、ふわりと浮くような感覚がする。
田舎から出てきたばかりの時にはじめてエレベーターに乗った***は、その未知の浮遊感があまりにも恐ろしくて、叫び声をあげた。今では何度か経験したため叫ぶほどではないが、それでも苦手なことには変わりない。
「いや、だからってお前、そんなドアぎりぎりに立つのおかしくね?」
「おか、おかしくないです!ここが一番ふわっとしにくいんです!それに開いたらすぐ降りれるし!」
「別に落ちるわけじゃあるめーし、んな怖がんなくたっていーだろ、オラ、こっちに背中ついてみろって」
後ろから銀時に手を取られて引っ張られる。よろよろと後ろ向きで歩いた途端、足元からあの浮遊感が這い上がってくる。
「ひィッ!」
小さな悲鳴を上げた***が、銀時の二の腕にぎゅっとすがりついて、身体を縮める。落ちる落ちる落ちる!
汗をだらだらと垂らして、顔面蒼白になりながら腕にすがりつく姿を見て、銀時はゲラゲラと笑った。
「***ちゃーん、なになにそーんなに怖いのぉ?ギャハハハハ!お前ちょー震えてんじゃん!オラ、手ぇ離して真ん中立ってみろって!」
「ヤダヤダヤダ!銀ちゃん、はな、離さないでっ!」
腕を動かして、***をふり離そうとすればするほど、怖がってつかまる位置がどんどん上がってくるのが、銀時は愉快でたまらない。オラオラと言いながら、エレベーターの真ん中で***の身体ごと揺り動かす。振り落とされないようにつかまった腕に顔を押し付けて、***はぎゅっと目を閉じている。
なにこれ?なにこの子?腕に巻き付けるサルだかタコだかのぬいぐるみみてぇ、あーマジウケるんですけどぉ、と面白がりながら尚も***をゆさぶる。
恥ずかしさで顔を真っ赤にしながらも、***は必死にしがみつく。その様子が面白くて仕方がない銀時が、さらに怖がらせようと、ぴょんぴょんとその場で飛び跳ね始めた直後のことだった。
―――ドウゥン…
「へ?」
「もぉー!銀ちゃんやめてくださいぃぃ!ゆらさないでぇ!」
「いや、銀さん、今なんもしてねーけど」
「え?」
―――ドゥン…
二回大きな振動音を鳴らしたかと思うと、エレベーターはそのまま停止し、点滅していた階数表記の電気も「5」という数字のまま動かなくなった。腕に***をぶらさげたまま、非常ボタンや扉の開閉ボタンを押すが、なんの反応もない。
「ちょちょちょちょちょちょっと待てぇぇぇ!これ、もももももしかしてだけど、俺たち閉じ込められたぁぁぁ!!?」
「ええぇぇぇーーー!!?」
慌てる銀時の顔を見た後、***は心の中で叫んだ。
―――こんなことなら、おもちゃ屋になんて来るんじゃなかった…!
話は一週間前の土曜日にさかのぼる。万事屋に来ていた***がそろそろ遅いからと、帰り支度をはじめたところ、神楽がもっと遊びたいと言い出した。明日は日曜で配達もないし、このまま泊まっていけと***を引き留める。
銀時が神楽に向かって「ガキンチョのオメーと違って、***は年頃なんだから、銀さんみたいなイケメンとひとつ屋根の下で一晩一緒なんて駄目ですぅ」とふざけた。苦笑いで聞いていた***だが、この後の神楽の言葉に驚愕する。
「そんなの嘘アル!こないだ***が熱出した時、ひとつ屋根の下どころか、銀ちゃんと一緒の布団に寝てたネ!銀ちゃんだけズルいヨ!***、私とも一緒に寝るヨロシ!!」
「かかか神楽ちゃん!あああの時は熱があって、ひ、非常事態だったんだから、しょうがなかったんだよ!ちょっと銀ちゃんも笑ってないで、なんとか言って下さい!」
「あっれぇ~***、すげぇ顔真っ赤になってっけど、もしかしてまた熱でちまったんじゃねーの?しょーがねぇな、もっかい銀さんが添い寝してやっから、こっちこいよ」
「~~~~~っ!……ぎ、銀ちゃんの馬鹿ぁッ!神楽ちゃん、銀ちゃんなんて放っといて、今夜は私のお家に泊まりにきなよ!」
「ヤッターーー!***の家にお泊りアル!エロ天パは指でもくわえてひとり寂しく寝るがいーネ!」
***の真っ赤な顔を指差し、涙を流してひーひーと笑っている銀時をひとり残し、神楽と万事屋を出る。銭湯に寄り、コンビニでアイスを買ってから自宅へと向かった。
一組しかない布団をひいて、ふたりで肩を寄せ合う。布団に腹ばいになってアイスを食べる。行儀が悪いけど、女の子同士できゃっきゃと夜更かしするのが、ふたりとも楽しくて仕方がない。
「毎日***と一緒に寝られたら楽しいのにネ、今度は私の押し入れに泊まったらいいアル、あんなエロ天パからは、私が守ってあげるネ」
「そうだねぇ…銀ちゃんがいいって言ったら行こうかなぁ。でも、神楽ちゃんが来たければ、私のお家にはいつでも泊まりに来ていいからね」
「あんなダサい天パの言うことは気にしなくていいアル、こないだ***が熱出した時だって、銀ちゃんすごく焦っててダサかったネ、びしょ濡れの***を着替えさせろって言うから、私が***の服脱がせてんのに、「おい、そいつ息してるか?」って1分おきに部屋に入ってこようとして、本当に邪魔だったアル」
「え?ち…ちなみに銀ちゃんは入ってこなかったんだよね?」
「当たり前ネ!私がぶん殴って止めたアル、***の貞操はちゃんと守ったヨ、安心するネ」
ほっと溜息をついて、枕の代わりに置いていた白くまのぬいぐるみをぎゅっと抱きしめる。思い返せば確かにあの日の朝、着物は洗濯されて、代わりに神楽のパジャマを着ていた。一晩で色んなことがありすぎて、誰が着替えさせてくれたかには頭が回らなかった。
「そっかぁ…あの時は神楽ちゃんにも助けられてたんだねぇ、本当にありがとう」
弱ってる女の子を助けるのは当たり前ネ、と笑った神楽を見て、自分より年下の女の子に、自分は守られてばかりだと***は少し恥ずかしくなる。ぬいぐるみにぎゅっと顔を押し付けると、神楽が「私も定春もどきにモフモフしたいアル!***それよこすネ!」と言って、ぬいぐるみを引っ張った。
「あー、これ定春みたいにふわふわで気持ちいいアルな、今年のクリスマスはこれをサンタにお願いすることにしたヨ…来てくれるか分かんないけど……」
「え…サンタさん、去年は来てくれなかったの?」
「去年もその前も来なかったネ、銀ちゃんがサンタはいい子のところにしか来ないから、ウチに来るわけねーだろって言ってたアル」
「そんな!神楽ちゃん、とってもいい子だから、今年はサンタさん絶対来るよ!」
そして翌週の日曜日の今日、万事屋にやってきた***は昼すぎても寝ている銀時を叩き起こした。神楽には聞こえない小さな声で「おもちゃ屋に行きますよ!」と言って、まだ眠そうにしている銀時を着替えさせると、急かすように腕を引いておもちゃ屋まで連れてきた。
「もぉー銀ちゃん、ちゃんと神楽ちゃんにサンタさんやってあげなきゃ駄目だよ!あんないい子にプレゼント無しなんて残酷すぎます!」
「っかぁぁぁ~!オメーは神楽の日頃の暴君ぶりを知らねぇからそう言うけどなァ、アイツがどんだけ米食うと思ってんの?あんなタンクローリーばりの怪力娘、食わせるだけで精一杯だっつーの!クリスマスプレゼント?んなもん、俺が貰いてぇよ!銀さんの苦労を知れば、サンタも神楽じゃなくて俺にプレゼント持ってくるに決まってるっつーの!白ヒゲ肥満ジジイが、泣きながら現金持ってくるっつーの!!」
「違うよ、銀ちゃん、サンタさんは子供の夢なんだから、大人がちゃんと叶えてあげなきゃ駄目ってことです!私が買うから、今年は神楽ちゃんにぬいぐるみあげましょうよ」
「え、なにお前、サンタやってくれんの?***サンタ?えぇ~!じゃぁ、神楽にはぬぐるみでぇ、銀さんはミニスカ***サンタの、夜の出張サービスプレゼントでお願いしまぁす!」
「なななな、なに言ってんですか!大人にはサンタさんは来ないの!銀ちゃんがサンタさんにならなきゃいけないんだってば!」
顔を真っ赤にした***とヘラヘラ笑っている銀時は、口論しながらもおもちゃ屋にたどり着く。かぶき町でいちばん大きなおもちゃ屋は八階建ての立派なもので、各階ごとに種類の異なるおもちゃが陳列されていた。
ぬいぐるみは七階にあり、神楽の欲しがっていた白くまのぬいぐるみも見つけて購入できた。お目当ての物も手に入ったし、さあ帰るかとエレベーターにふたりで乗り込んだ途端、思わぬトラブルに巻き込まれたのだ。
閉じ込められたと分かった瞬間、「どどどどどーすんだこれ!」「ここここ怖いよ銀ちゃん!」とふたりともパニックになったが、ぱったりと動きを止めたエレベーターでしばらく過ごすうちに、だんだんと冷静になった。
停止したエレベーターでは浮遊感も無いと分かり、***は銀時の腕から離れる。動き回っても仕方ないと、ふたり並んで床に座る。あぐらをかいて壁にもたれて座る銀時の隣に、***はちょこんと体育座りをした。
状況は悪くなっているのに、さっきまで騒いでいた***が、今は落ち着いた顔で座っているのが、銀時は不思議でならない。
「ちょっと***さん?俺たち最悪な状況って分かってる?ほんとは今も不安でしょーがねぇんじゃねぇの?あれだよ?さっきみたいに銀さんのここつかまって、ピーピー泣いてもいいんだよ?タコ人形みてーにひっついてもいいんだよ?」
「タコ人形ってなんですか!?それはあれですか、私がすぐ赤くなるからですか?さっきは銀ちゃんが意地悪するからくっついちゃったけど、停まってれば全然平気だもん!」
「いや、お前、むしろ停まってんのがやべぇんだって!俺たち閉じ込められてんだよ?一生出れねぇで、ここでおっ死ぬかもしんねーんだよ?」
銀時らしくないネガティブな発言に***は苦笑して、「大丈夫だよ銀ちゃん、すぐに助けがきますって」と受け流す。タコ人形と言われたのが恥ずかしくて、ぴたりとくっついて座っていたのを、じりじりと横に動いて少し距離を取る。こんなに近いと何かあったらまた腕につかまって、からかわれてしまうし…
前向きな***とは正反対に、銀時はこういう状況が苦手だ。いつ来るのか分からない助けをただ待つだけ、というもどかしさにイライラする。元々のせっかちな性格が仇となり、状況の進展の無さにどんどん後ろ向きな考えばかり浮かんでくる。
「***、もし俺がここで死んだら、神楽と新八のこと頼むわ」
「なーに言ってるの銀ちゃん、そんな暗いことばっかり考えちゃ駄目ですよ!ほら、話題を変えましょう、もっと面白い話にしましょう」
えーっと、と考えた***がそういえば最近エレベーターに関する面白い話を聞いたと思い出して、笑いながら話しはじめる。
「そうそう、こないだ大江戸スーパーの警備のおじさんから聞いた話で、前にエレベーターの管理会社で働いてて、夜間の監視をしてたらね、誰もいないのにひとりでにエレベーターが動き出したことがあったんだって。それで誰もいない階に勝手に止まるのを監視カメラで見てたんだけど、ドアが開いたら誰もいないはずの真っ暗な廊下から、髪の長ぁ~い女の人が乗り込んできてね、それでよく見たらその女の人の身体が透けて、向こう側が見えてたんだって!おもしろいよねぇ……って、あれ?銀ちゃん、なにこの手?」
気が付くと距離を離して座ったはずの銀時が、***にぴたりとくっつくように座っていて、さらに手もぎゅっと握っている。横顔を見ると汗をだらだら垂らしていて、青い顔で小刻みに震えている。
「もしかして銀ちゃん……怖い話、苦手だった?」
「ばばばば馬鹿オメー何言ってんのぉ!?銀さんは幽霊なんて子供だまし信じねーしぃ?***が怖いだろーなーって思って手ぇ握ってやってるだけだしぃ?なんなら、ほら***ここつかまれよ、さっきみてーにぎゅーっとしたらいいじゃねぇか、つーかして下さい、お願いします!」
「ごめん、銀ちゃんがそんなに怖がりって知らなかったから、面白いかと思って…」
だから怖くねーっつってんだろ!と銀時が叫んだと同時に、プツンッという音を立ててエレベーター内の電気が消え、真っ暗になる。
「ギャアアアアアア!!!」
「ちょっ、ぎ、銀ちゃん!く、るしいっ!」
暗闇の中、あまりの恐怖に銀時が勢いよく***に抱き着く。見えないところから突然伸びてきた太い腕に、体育座りをしていた足を横に倒され、腰に抱き着かれて、***は後ろにのけぞる。銀時は***のお腹に顔を押し付けるようにして、ぎゅうぎゅうと腕に力を入れる。***には見えないが、土下座のような姿勢で、腕だけを伸ばして細い腰にしがみついている銀時は、かなり滑稽な恰好だ。
「***が髪の長ぇ女の話なんかすっから呪われたじゃねーか!あーあーもう俺は知らねぇ!***なんか知らねぇ!銀さんひとりで逃げっからぁ、***はどーぞ幽霊とお友達になってくださぁい!!」
「ただの停電だってば銀ちゃん、大丈夫ですよぉ!ねぇ、ちょっとそんなに力入れるとお腹苦しいって…」
苦し気な声を聞いて、銀時がゆっくりと身じろぐ。おずおずと少しずつ身体の位置を上げていって、***の胸に頭を抱かれるような姿勢になる。
「しょ、しょーがねぇな***!そんなにこえーならしっかり銀さんにつかまってろって!」
普段の***なら恥ずかしくて真っ赤になるけれど、非常事態で真っ暗闇のなか、さらに一緒にいる人が慌てるばかりだと、***はどんどん冷静になる。腕のなかの大きな身体をしっかりと抱きかかえて、背中をぽんぽんと叩く。早く動かないかなぁ…とのんびりと考えていた時だった。
―――ドウンッ…
再び大きな振動音がして、エレベーターが揺れる。電気はつかなかったが階数表記の数字がチカチカとして、「5」から「1」になる。
「あっ!銀ちゃん、動きそうだよ!」
「マジでか!?……ヒィッ!ちょっと待て今なんか髪の毛みてーなふわっとしたやつが手に当たったぞ!いる!なんかいる!髪の長ぇ女がいる!!ギャアアアアア!!!」
「銀ちゃん、多分それぬいぐるみだよ……ねぇ今エレベーター動きそうだか…」
―――ドウゥンッ…
動き出したエレベーターは階数表記の通り、1階へと降りていく。それと同時に***の身体を、ひときわ強い浮遊感が襲って、冷静さを押しのけるように恐怖感が戻ってきた。
落ちていくエレベーターの中で、いるはずのない幽霊に恐怖する銀時と、落下の浮遊感に怯える***が同時に大声で叫んだ。
「「ギャアアアアアアアアア!!!!!」」
―――髪の長ぇ女!髪の長ぇ女!髪の長ぇ女ァァァァ!!!
―――落ちる!落ちる!!落ちるゥゥゥゥ!!!
ドンッ…―――
鈍い音がして1階でエレベーターが停止すると、ぱっと電気が点く。「1階です、上へ参ります」という音声と共にドアが開く。開いたドアの向こうには、ヘルメットを被った救護隊が立っていたが、銀時と***がその顔を見ることはなかった。
「大丈夫ですか!?…あれ?ふたり泡吹いて倒れてるぞ!誰か手をかしてくれ、早く!!」
エレベーターの中で抱き合いながら倒れている銀時と***は、ふたりとも目をぐるぐると回して、蟹のように口から泡を吹いていた。
たくさんのぷくぷくとした泡を口周りにつけたふたりの姿は、さながら年若いサンタクロースのようだったと、救護隊の男性が仲間に笑いながら言ったというのは、気を失ったふたりはもちろん知らない。
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no.22【pm.2:30】end
重力に逆らうように、ゆっくりとした速さで降りていくエレベーター。実際に身体が落下しているわけではないのに、ふわりと浮くような感覚がする。
田舎から出てきたばかりの時にはじめてエレベーターに乗った***は、その未知の浮遊感があまりにも恐ろしくて、叫び声をあげた。今では何度か経験したため叫ぶほどではないが、それでも苦手なことには変わりない。
「いや、だからってお前、そんなドアぎりぎりに立つのおかしくね?」
「おか、おかしくないです!ここが一番ふわっとしにくいんです!それに開いたらすぐ降りれるし!」
「別に落ちるわけじゃあるめーし、んな怖がんなくたっていーだろ、オラ、こっちに背中ついてみろって」
後ろから銀時に手を取られて引っ張られる。よろよろと後ろ向きで歩いた途端、足元からあの浮遊感が這い上がってくる。
「ひィッ!」
小さな悲鳴を上げた***が、銀時の二の腕にぎゅっとすがりついて、身体を縮める。落ちる落ちる落ちる!
汗をだらだらと垂らして、顔面蒼白になりながら腕にすがりつく姿を見て、銀時はゲラゲラと笑った。
「***ちゃーん、なになにそーんなに怖いのぉ?ギャハハハハ!お前ちょー震えてんじゃん!オラ、手ぇ離して真ん中立ってみろって!」
「ヤダヤダヤダ!銀ちゃん、はな、離さないでっ!」
腕を動かして、***をふり離そうとすればするほど、怖がってつかまる位置がどんどん上がってくるのが、銀時は愉快でたまらない。オラオラと言いながら、エレベーターの真ん中で***の身体ごと揺り動かす。振り落とされないようにつかまった腕に顔を押し付けて、***はぎゅっと目を閉じている。
なにこれ?なにこの子?腕に巻き付けるサルだかタコだかのぬいぐるみみてぇ、あーマジウケるんですけどぉ、と面白がりながら尚も***をゆさぶる。
恥ずかしさで顔を真っ赤にしながらも、***は必死にしがみつく。その様子が面白くて仕方がない銀時が、さらに怖がらせようと、ぴょんぴょんとその場で飛び跳ね始めた直後のことだった。
―――ドウゥン…
「へ?」
「もぉー!銀ちゃんやめてくださいぃぃ!ゆらさないでぇ!」
「いや、銀さん、今なんもしてねーけど」
「え?」
―――ドゥン…
二回大きな振動音を鳴らしたかと思うと、エレベーターはそのまま停止し、点滅していた階数表記の電気も「5」という数字のまま動かなくなった。腕に***をぶらさげたまま、非常ボタンや扉の開閉ボタンを押すが、なんの反応もない。
「ちょちょちょちょちょちょっと待てぇぇぇ!これ、もももももしかしてだけど、俺たち閉じ込められたぁぁぁ!!?」
「ええぇぇぇーーー!!?」
慌てる銀時の顔を見た後、***は心の中で叫んだ。
―――こんなことなら、おもちゃ屋になんて来るんじゃなかった…!
話は一週間前の土曜日にさかのぼる。万事屋に来ていた***がそろそろ遅いからと、帰り支度をはじめたところ、神楽がもっと遊びたいと言い出した。明日は日曜で配達もないし、このまま泊まっていけと***を引き留める。
銀時が神楽に向かって「ガキンチョのオメーと違って、***は年頃なんだから、銀さんみたいなイケメンとひとつ屋根の下で一晩一緒なんて駄目ですぅ」とふざけた。苦笑いで聞いていた***だが、この後の神楽の言葉に驚愕する。
「そんなの嘘アル!こないだ***が熱出した時、ひとつ屋根の下どころか、銀ちゃんと一緒の布団に寝てたネ!銀ちゃんだけズルいヨ!***、私とも一緒に寝るヨロシ!!」
「かかか神楽ちゃん!あああの時は熱があって、ひ、非常事態だったんだから、しょうがなかったんだよ!ちょっと銀ちゃんも笑ってないで、なんとか言って下さい!」
「あっれぇ~***、すげぇ顔真っ赤になってっけど、もしかしてまた熱でちまったんじゃねーの?しょーがねぇな、もっかい銀さんが添い寝してやっから、こっちこいよ」
「~~~~~っ!……ぎ、銀ちゃんの馬鹿ぁッ!神楽ちゃん、銀ちゃんなんて放っといて、今夜は私のお家に泊まりにきなよ!」
「ヤッターーー!***の家にお泊りアル!エロ天パは指でもくわえてひとり寂しく寝るがいーネ!」
***の真っ赤な顔を指差し、涙を流してひーひーと笑っている銀時をひとり残し、神楽と万事屋を出る。銭湯に寄り、コンビニでアイスを買ってから自宅へと向かった。
一組しかない布団をひいて、ふたりで肩を寄せ合う。布団に腹ばいになってアイスを食べる。行儀が悪いけど、女の子同士できゃっきゃと夜更かしするのが、ふたりとも楽しくて仕方がない。
「毎日***と一緒に寝られたら楽しいのにネ、今度は私の押し入れに泊まったらいいアル、あんなエロ天パからは、私が守ってあげるネ」
「そうだねぇ…銀ちゃんがいいって言ったら行こうかなぁ。でも、神楽ちゃんが来たければ、私のお家にはいつでも泊まりに来ていいからね」
「あんなダサい天パの言うことは気にしなくていいアル、こないだ***が熱出した時だって、銀ちゃんすごく焦っててダサかったネ、びしょ濡れの***を着替えさせろって言うから、私が***の服脱がせてんのに、「おい、そいつ息してるか?」って1分おきに部屋に入ってこようとして、本当に邪魔だったアル」
「え?ち…ちなみに銀ちゃんは入ってこなかったんだよね?」
「当たり前ネ!私がぶん殴って止めたアル、***の貞操はちゃんと守ったヨ、安心するネ」
ほっと溜息をついて、枕の代わりに置いていた白くまのぬいぐるみをぎゅっと抱きしめる。思い返せば確かにあの日の朝、着物は洗濯されて、代わりに神楽のパジャマを着ていた。一晩で色んなことがありすぎて、誰が着替えさせてくれたかには頭が回らなかった。
「そっかぁ…あの時は神楽ちゃんにも助けられてたんだねぇ、本当にありがとう」
弱ってる女の子を助けるのは当たり前ネ、と笑った神楽を見て、自分より年下の女の子に、自分は守られてばかりだと***は少し恥ずかしくなる。ぬいぐるみにぎゅっと顔を押し付けると、神楽が「私も定春もどきにモフモフしたいアル!***それよこすネ!」と言って、ぬいぐるみを引っ張った。
「あー、これ定春みたいにふわふわで気持ちいいアルな、今年のクリスマスはこれをサンタにお願いすることにしたヨ…来てくれるか分かんないけど……」
「え…サンタさん、去年は来てくれなかったの?」
「去年もその前も来なかったネ、銀ちゃんがサンタはいい子のところにしか来ないから、ウチに来るわけねーだろって言ってたアル」
「そんな!神楽ちゃん、とってもいい子だから、今年はサンタさん絶対来るよ!」
そして翌週の日曜日の今日、万事屋にやってきた***は昼すぎても寝ている銀時を叩き起こした。神楽には聞こえない小さな声で「おもちゃ屋に行きますよ!」と言って、まだ眠そうにしている銀時を着替えさせると、急かすように腕を引いておもちゃ屋まで連れてきた。
「もぉー銀ちゃん、ちゃんと神楽ちゃんにサンタさんやってあげなきゃ駄目だよ!あんないい子にプレゼント無しなんて残酷すぎます!」
「っかぁぁぁ~!オメーは神楽の日頃の暴君ぶりを知らねぇからそう言うけどなァ、アイツがどんだけ米食うと思ってんの?あんなタンクローリーばりの怪力娘、食わせるだけで精一杯だっつーの!クリスマスプレゼント?んなもん、俺が貰いてぇよ!銀さんの苦労を知れば、サンタも神楽じゃなくて俺にプレゼント持ってくるに決まってるっつーの!白ヒゲ肥満ジジイが、泣きながら現金持ってくるっつーの!!」
「違うよ、銀ちゃん、サンタさんは子供の夢なんだから、大人がちゃんと叶えてあげなきゃ駄目ってことです!私が買うから、今年は神楽ちゃんにぬいぐるみあげましょうよ」
「え、なにお前、サンタやってくれんの?***サンタ?えぇ~!じゃぁ、神楽にはぬぐるみでぇ、銀さんはミニスカ***サンタの、夜の出張サービスプレゼントでお願いしまぁす!」
「なななな、なに言ってんですか!大人にはサンタさんは来ないの!銀ちゃんがサンタさんにならなきゃいけないんだってば!」
顔を真っ赤にした***とヘラヘラ笑っている銀時は、口論しながらもおもちゃ屋にたどり着く。かぶき町でいちばん大きなおもちゃ屋は八階建ての立派なもので、各階ごとに種類の異なるおもちゃが陳列されていた。
ぬいぐるみは七階にあり、神楽の欲しがっていた白くまのぬいぐるみも見つけて購入できた。お目当ての物も手に入ったし、さあ帰るかとエレベーターにふたりで乗り込んだ途端、思わぬトラブルに巻き込まれたのだ。
閉じ込められたと分かった瞬間、「どどどどどーすんだこれ!」「ここここ怖いよ銀ちゃん!」とふたりともパニックになったが、ぱったりと動きを止めたエレベーターでしばらく過ごすうちに、だんだんと冷静になった。
停止したエレベーターでは浮遊感も無いと分かり、***は銀時の腕から離れる。動き回っても仕方ないと、ふたり並んで床に座る。あぐらをかいて壁にもたれて座る銀時の隣に、***はちょこんと体育座りをした。
状況は悪くなっているのに、さっきまで騒いでいた***が、今は落ち着いた顔で座っているのが、銀時は不思議でならない。
「ちょっと***さん?俺たち最悪な状況って分かってる?ほんとは今も不安でしょーがねぇんじゃねぇの?あれだよ?さっきみたいに銀さんのここつかまって、ピーピー泣いてもいいんだよ?タコ人形みてーにひっついてもいいんだよ?」
「タコ人形ってなんですか!?それはあれですか、私がすぐ赤くなるからですか?さっきは銀ちゃんが意地悪するからくっついちゃったけど、停まってれば全然平気だもん!」
「いや、お前、むしろ停まってんのがやべぇんだって!俺たち閉じ込められてんだよ?一生出れねぇで、ここでおっ死ぬかもしんねーんだよ?」
銀時らしくないネガティブな発言に***は苦笑して、「大丈夫だよ銀ちゃん、すぐに助けがきますって」と受け流す。タコ人形と言われたのが恥ずかしくて、ぴたりとくっついて座っていたのを、じりじりと横に動いて少し距離を取る。こんなに近いと何かあったらまた腕につかまって、からかわれてしまうし…
前向きな***とは正反対に、銀時はこういう状況が苦手だ。いつ来るのか分からない助けをただ待つだけ、というもどかしさにイライラする。元々のせっかちな性格が仇となり、状況の進展の無さにどんどん後ろ向きな考えばかり浮かんでくる。
「***、もし俺がここで死んだら、神楽と新八のこと頼むわ」
「なーに言ってるの銀ちゃん、そんな暗いことばっかり考えちゃ駄目ですよ!ほら、話題を変えましょう、もっと面白い話にしましょう」
えーっと、と考えた***がそういえば最近エレベーターに関する面白い話を聞いたと思い出して、笑いながら話しはじめる。
「そうそう、こないだ大江戸スーパーの警備のおじさんから聞いた話で、前にエレベーターの管理会社で働いてて、夜間の監視をしてたらね、誰もいないのにひとりでにエレベーターが動き出したことがあったんだって。それで誰もいない階に勝手に止まるのを監視カメラで見てたんだけど、ドアが開いたら誰もいないはずの真っ暗な廊下から、髪の長ぁ~い女の人が乗り込んできてね、それでよく見たらその女の人の身体が透けて、向こう側が見えてたんだって!おもしろいよねぇ……って、あれ?銀ちゃん、なにこの手?」
気が付くと距離を離して座ったはずの銀時が、***にぴたりとくっつくように座っていて、さらに手もぎゅっと握っている。横顔を見ると汗をだらだら垂らしていて、青い顔で小刻みに震えている。
「もしかして銀ちゃん……怖い話、苦手だった?」
「ばばばば馬鹿オメー何言ってんのぉ!?銀さんは幽霊なんて子供だまし信じねーしぃ?***が怖いだろーなーって思って手ぇ握ってやってるだけだしぃ?なんなら、ほら***ここつかまれよ、さっきみてーにぎゅーっとしたらいいじゃねぇか、つーかして下さい、お願いします!」
「ごめん、銀ちゃんがそんなに怖がりって知らなかったから、面白いかと思って…」
だから怖くねーっつってんだろ!と銀時が叫んだと同時に、プツンッという音を立ててエレベーター内の電気が消え、真っ暗になる。
「ギャアアアアアア!!!」
「ちょっ、ぎ、銀ちゃん!く、るしいっ!」
暗闇の中、あまりの恐怖に銀時が勢いよく***に抱き着く。見えないところから突然伸びてきた太い腕に、体育座りをしていた足を横に倒され、腰に抱き着かれて、***は後ろにのけぞる。銀時は***のお腹に顔を押し付けるようにして、ぎゅうぎゅうと腕に力を入れる。***には見えないが、土下座のような姿勢で、腕だけを伸ばして細い腰にしがみついている銀時は、かなり滑稽な恰好だ。
「***が髪の長ぇ女の話なんかすっから呪われたじゃねーか!あーあーもう俺は知らねぇ!***なんか知らねぇ!銀さんひとりで逃げっからぁ、***はどーぞ幽霊とお友達になってくださぁい!!」
「ただの停電だってば銀ちゃん、大丈夫ですよぉ!ねぇ、ちょっとそんなに力入れるとお腹苦しいって…」
苦し気な声を聞いて、銀時がゆっくりと身じろぐ。おずおずと少しずつ身体の位置を上げていって、***の胸に頭を抱かれるような姿勢になる。
「しょ、しょーがねぇな***!そんなにこえーならしっかり銀さんにつかまってろって!」
普段の***なら恥ずかしくて真っ赤になるけれど、非常事態で真っ暗闇のなか、さらに一緒にいる人が慌てるばかりだと、***はどんどん冷静になる。腕のなかの大きな身体をしっかりと抱きかかえて、背中をぽんぽんと叩く。早く動かないかなぁ…とのんびりと考えていた時だった。
―――ドウンッ…
再び大きな振動音がして、エレベーターが揺れる。電気はつかなかったが階数表記の数字がチカチカとして、「5」から「1」になる。
「あっ!銀ちゃん、動きそうだよ!」
「マジでか!?……ヒィッ!ちょっと待て今なんか髪の毛みてーなふわっとしたやつが手に当たったぞ!いる!なんかいる!髪の長ぇ女がいる!!ギャアアアアア!!!」
「銀ちゃん、多分それぬいぐるみだよ……ねぇ今エレベーター動きそうだか…」
―――ドウゥンッ…
動き出したエレベーターは階数表記の通り、1階へと降りていく。それと同時に***の身体を、ひときわ強い浮遊感が襲って、冷静さを押しのけるように恐怖感が戻ってきた。
落ちていくエレベーターの中で、いるはずのない幽霊に恐怖する銀時と、落下の浮遊感に怯える***が同時に大声で叫んだ。
「「ギャアアアアアアアアア!!!!!」」
―――髪の長ぇ女!髪の長ぇ女!髪の長ぇ女ァァァァ!!!
―――落ちる!落ちる!!落ちるゥゥゥゥ!!!
ドンッ…―――
鈍い音がして1階でエレベーターが停止すると、ぱっと電気が点く。「1階です、上へ参ります」という音声と共にドアが開く。開いたドアの向こうには、ヘルメットを被った救護隊が立っていたが、銀時と***がその顔を見ることはなかった。
「大丈夫ですか!?…あれ?ふたり泡吹いて倒れてるぞ!誰か手をかしてくれ、早く!!」
エレベーターの中で抱き合いながら倒れている銀時と***は、ふたりとも目をぐるぐると回して、蟹のように口から泡を吹いていた。
たくさんのぷくぷくとした泡を口周りにつけたふたりの姿は、さながら年若いサンタクロースのようだったと、救護隊の男性が仲間に笑いながら言ったというのは、気を失ったふたりはもちろん知らない。
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no.22【pm.2:30】end