かぶき町で牛乳配達をする女の子
牛乳(人生)は噛んで飲め
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【am.11:30】
「***ちゃーん!いくよー!」
「はーい、山崎さーん!」
パシッという音で打ち上げられたミントンの羽が、宙に高く舞った。
冬が来つつあるが、日差しがあれば温かい。動きやすい服装でと山崎に言われたが、***は着物しかもっていない為、たすき掛けをして公園にやってきた。
***がついた時には、既に山崎は公園にいた。青いラインの入ったユニフォームと白いキャップ姿。キレの良い動きで、黙々とミントンの素振りをしている。
後ろから来たため、山崎がこちらに気付いていないのをいいことに、***は声をかける前に少しだけ立ち止まった。素振りをする姿を後ろから眺めて、山崎さん元気になったみたいでよかった、と安心する。
温かい日差しのもと少し冷たい空気を、ヒュッという音を立ててラケットが切る。その音が心地よい。
二カ月ぶりに***の前に姿を現した山崎は、げっそりと痩せていた。スーパーのレジでいつも通り接客をしていたところ、着流し姿の山崎が文字通り「ふらり」と現れて、***は驚きで一瞬声が出なかった。
「や、山崎さん!お久しぶりです!なんかふらついてますけど、大丈夫ですか!?」
「***ちゃん、…うッ、ぅう、うわぁぁぁぁん!!!」
「えええ!ちょっ、ちょっと!山崎さん!!」
後ろに並んでいた客に「すみません、お隣のレジへ…」と案内し、別の店員を呼んでレジを変わってもらう。目の前で突然泣き出した山崎の腕をそっとつかむと、休憩を取らせてもらって一緒に外へ出た。
「お仕事がとっても大変だったんですね…」
「うん、でも急に取り乱して本当にごめんね、なんか……***ちゃんの顔を見たら、普通の生活に戻ってこれたって実感して…」
そう言ってまた目に涙を浮かべるので、***は慌ててハンカチを取り出すと山崎に渡した。
従業員口の裏にある花壇に、ふたりで腰かけて話をするうちに、山崎はだんだんと落ち着いてくる。攘夷浪士のアジトを監視する張り込みは長期間かかった。当初からひと月はかかるだろうと予想はしていたが、実際には約二か月かかった。張り込みにはあんぱんと牛乳だけというこだわりのもと、いつも通り監視生活を続けたが途中から記憶がない。地獄のような真っ暗闇に落ちて、あんぱんあんぱんあんぱん…という文字と概念だけが山崎を取り込んだ。
健康状態が悪かったが、ひと月はなんとか耐えた。そろそろ切り上げ時かと思った頃に、副長命令でもうひと月任務が伸びた。自分の前でマヨネーズを塗った焼きそばパンを食べながら、「オイ山崎ィ、しっかり仕事しねーと切腹させっぞ」としれっとした顔で言い放った鬼の副長を見て、「いっそ切腹させてください」という言葉をぐっと飲み込んだ。
長いあんぱん生活、つらく苦しい日々をなんとか乗り越えらえたのは、その任務につく前に***と交わした約束があったからだ。
「張り込みが終わったら、一緒にミントンしよう!」という山崎の言葉に***は嬉しそうにうなずいて、「約束ですよ、山崎さん、私待ってますから!」と言ったのだ。
―――待ってますから山崎さんを、私ずっとあなたを待ってます、愛しいあなたが帰ってくるまで、ずっと待ってますから…
***はそんなことは言っていないのだが、長く辛いあんぱん生活の間、山崎は数えきれないほど***のこの時の笑顔を思い出し、記憶補正をしながら自分を励まし続けた。
「***ちゃんのおかげで落ち着いたよ、ありがとう。仕事の邪魔しちゃってごめんね」
「いいんですよ、山崎さん。久しぶりに会ったらこんなに痩せててびっくりしました。ゆっくり休んで、元気になったらミントン一緒にやりましょう?」
「約束、覚えててくれたんだね……嬉しいよ、本当に…うぅっ」
「わわっ!もう泣かないでください、山崎さん…もう大丈夫ですよ、お仕事は無事終わったんでしょう」
仕事は無事に終わったが、肉体はボロボロで、さらに精神も崩壊寸前だった。肉体的にも精神的にも追い詰められた期間がやっと終わったというのに、屯所に戻ると通常通り副長にパシりにされている。
「俺はね***ちゃん、どこまでいってもパシられる運命なんだよ…あんぱんにすらパシられて、俺があんぱん食べてんのか、あんぱんが俺を食べてんのかすら、もうわかんないくらいで…」
***はため息をついてから、どうやったら山崎を元気づけてやれるかを考えた。パシられてばかりの人を元気づけるには…
「あの……山崎さん、もしよかったら今度私が山崎さんのパシりをしましょうか?」
「え?……えええ!!?」
***の突然の申し出に、花壇からずり落ちるほど山崎は驚いた。
ちょっと待て、どういう意味、それってどう意味だ、俺よぉっく考えろ!***ちゃんがお前だけのパシりになると言っているぞ!
もちろん***はそんなことは言っていないのだが、驚く山崎にむかって穏やかな声で提案する。
「ずっとお仕事も大変だったろうし、こんなに痩せるまでいろんなことを人から頼まれちゃったんでしょう?いったん休むためにも山崎さんも誰かに頼ったほうがいいと思うんです…今度、一緒にミントンをやる日は何でも私に頼ってください!パシりだと思って!」
―――パシッ!
空へ向かって打ち上げられた羽が、緩やかな弧を描いて***のもとへと落ちてくる。
「わわわ…」
空を見上げながら、羽の落ちてくる地点へよろよろと移動する***を、山崎は笑って見ている。本人も言っていたが、本当にあまり運動神経がよくない。身体の使い方がわかっていない人の動きだ。
「やぁッ!アダッ!!」
落ちてくる羽に向かって、目をつぶってラケットを振りかぶる。空振りして落ちてきた羽が顔に当たる。
「あはは、***ちゃん、ちゃんと羽を見ないと当たんないよ」
「私、本当に運動苦手で…大丈夫ですか山崎さん、やっぱり私じゃ相手にならないんじゃ…」
「だいじょぶだいじょぶ、教えるから…じゃぁ、まずラケットに羽を当てるところから練習しよう」
ラケットの持ち方から教える。腕の振り方もよくわからない***の後ろに回って、山崎は自分の右手を***の右手に添えて一緒にラケットを動かした。
「こうだよ***ちゃん、上からきた羽をすくいあげるようにゆっくり動かして、目でちゃんと羽が落ちてくるのを見てね」
「こうですか?…落ちてくるのを、見ながら……」
真剣な面持ちで、山崎の手と一緒に動く自分の腕を見ている***の横顔が、思ったよりもすぐ近くにあってどぎまぎする。
練習を重ねて、落ちてくる羽をラケットで打つことはできるようになった。短い距離でラリーを始めて、しばらくすると離れた距離でも、山崎が打ち上げた羽を返せるようになった。
「***ちゃん、いいかんじだよ!」
「すごいです山崎さん!私ミントンできるようになりました!」
「よし、じゃあちょっとスピードアップするよ!」
そう言って山崎は***が高く打ち返してきた羽を、大きく振りかぶったラケットで強く打った。パシュン!という音を立てて、***の正面に飛んでくる。
「わわわっ!ぎゃっ!!」
正面に飛んできた羽に驚いて、***はラケットを放り出し両手で羽をつかんだ。思わぬ動きに下駄の足が追い付かず、羽を持ったまま尻餅をついてしまった。
「あはは、大丈夫?***ちゃん」
「動きにくくって、着物と下駄じゃ駄目ですね…次までに山崎さんが着てるみたいな服を用意しときます」
その言葉を聞いて山崎の心臓が跳ねる。実は山崎の大きなボストンバッグには、***の分の練習着が入っている。着物姿でやってきたのを見た時に渡そうかと思ったが、気色悪いと思われそうで言い出せなかった。
しかし目の前で立ち上がり、打ち付けた腰を「イテテ…」とさすっている***を見て勇気が出る。だだだッと勢いよく近づいて、羽を持ったままの***の両手を取り、山崎は口を開いた。
「***ちゃん!…今日は、俺の頼みを聞いてくれるって言ってたよね?」
「え?あ、はい、言いましたよ!あ、のど乾きました?何か買ってきましょうか?」
「いや、そうじゃなくて、実は……」
一台のパトカーが見廻りで走っていく。さっきまで昼寝をしつつ仕事をサボっていた沖田が運転席に座り、助手席には煙草を吸いながら窓の外を眺める土方が座っている。
「見廻りなんてめんどくせーや」と言いながら、ダルそうにハンドルを切った沖田の眼前に、公園の景色が広がる。
「オイ…土方さん、ありゃぁ…」
「あぁ?」
突然車のスピードが落ち、公園の木陰に隠れるように停車した為、怪訝な顔をした土方だが、沖田が指さした先の光景を見て目を見開く。
「山崎さん、これちゃんとお金払いますよ、すごくしっかりした練習着ですし」
「いーよいーよ、どうせ俺がサイズ間違えて買っちゃったやつだから、着なくなったら寝間着にでもしてくれれば…」
「半ズボンもスニーカーも私はじめてです!スニーカーってサイズとか色々あるんじゃないですか?ぴったりですごいです!」
着物しか着たことのない***は、長袖のTシャツやスニーカーが物珍しく、目を輝かせて自分の姿を見ている。しかし山崎と同じ格好で、これじゃ男の子みたいだと気づいて、ふと不安になる。
「私、へ、変じゃないですかね…」
「全然変じゃないよ!すっごく似合ってるよ***ちゃん!」
山崎の言葉にほっとした顔になり、嬉しいです山崎さん!と言って微笑む***を見て、まるで自分に可愛い後輩ができたようで、山崎は嬉しくなる。せっかくなんでも頼みを聞いてくれると言ってくれたのだから、他にも何か頼んでみようという思いがこみ上げてくる。
「じゃ、じゃぁ***ちゃん…ゴ、ゴホン…えーと、その………焼きそばパン、買ってきてよ」
「うわぁ!焼きそばパン、パシリっぽい!任せて下さいよ、山崎先輩!じゃぁ買ってきますね、待っててください!」
お財布だけを手に持って、少年のような格好の***が、嬉しそうに山崎の肩をポンポンと叩いた。あんなに疲れて、パシられていることを嘆いていた山崎が、今日は自分に頼ってくれたことが***は嬉しくて、足取り軽く走り出す。
山崎は走っていく***の後ろ姿を見ていたが、その姿が見えなくなると、「はぁぁ~」とため息をついてベンチに座った。
な、なんていい子なんだ***ちゃん…と山崎は内心思う。揃いの練習着を着てほしいと頼んだ時もすぐに快諾してくれた。スニーカーのサイズは先日、花壇で喋っている時にこっそり測った。そんなことにも気づかずに心から喜んでいる***の、純粋さと優しさに胸を打たれる。
パシりをすると言われたが、本当はそんなことをしなくても一緒にいるだけで、山崎は十分癒されていた。焼きそばパンを買いに行かせるなんて、本当にパシりじみたことをさせてしまったから、戻ってきたらもっとミントンを楽しませてあげようと決意する。
山崎は立ち上がり、そうと決まれば準備運動だと素振りをはじめる。ラケットを大きく振りかぶり、腕を前に振り下ろす。風を切るヒュッ!という、心地よい音がするはずだった。
ドッガアァァァン!!!
気が付くと山崎はラケットごと公園の木に打ち付けられていた。火薬のにおいと土埃の向こうから、いちばん会いたくない人たちの声が聞こえた。
「やァーまァーざァーきィー!テメー***になに気色わりぃ服着させてんだコラァ!!」
「山崎パイセン、バズーカの弾くれぇ、打ち返せよぉ」
「ふ、副長、沖田隊長…ち、ちがうんです、これは***ちゃんが何でも頼みを聞いてくれるって言うから…ってちょっと、ふくちょっ、まっ、ギャァァァァァァー!!!」
その後、散々ぼこぼこにされ白目を剥いた山崎が、土方に襟ぐりをつかまれてずるずる引きずられていく。ぼろ雑巾のようになった山崎が後部座席に投げ入れられると、そのままパトカーは走り去っていった。
「焼きそばパン、買ってきましたよぉ!…あれ、山崎さん?」
***が公園に戻ってみると、そこには誰もいなかった。ベンチには***の着物が入った風呂敷と手提げ、ラケットと羽の一組だけがぽつんと置いてあった。
「帰っちゃったのかな……え、どうしよう、これ」
その手にはスーパーのビニール袋。いつも山崎が大量にあんぱんを買うので、それを真似して大量の焼きそばパンを買ってきたのだ。
「……銀ちゃんたち、もうお昼食べちゃったかなぁ」
時計を見るとちょうど昼どき。万事屋のみんなが食べてくれるだろうかと思いながら、公園を出る。大量の焼きそばパンのことで頭がいっぱいで、着替えることを忘れてしまう。
そのままの恰好で万事屋に到着した***が、玄関を開けた銀時に「オメーなにそのかっこ!男みてぇ!」とゲラゲラ笑われ、とんでもなく恥ずかしい思いをするはめになるのは、約十分後のこと。
何も知らない***の、唯一女の子らしい長い髪を、少し冷たくなった冬の風が、ふわりと巻き上げて吹いていった。
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no.21【am.11:30】end
「***ちゃーん!いくよー!」
「はーい、山崎さーん!」
パシッという音で打ち上げられたミントンの羽が、宙に高く舞った。
冬が来つつあるが、日差しがあれば温かい。動きやすい服装でと山崎に言われたが、***は着物しかもっていない為、たすき掛けをして公園にやってきた。
***がついた時には、既に山崎は公園にいた。青いラインの入ったユニフォームと白いキャップ姿。キレの良い動きで、黙々とミントンの素振りをしている。
後ろから来たため、山崎がこちらに気付いていないのをいいことに、***は声をかける前に少しだけ立ち止まった。素振りをする姿を後ろから眺めて、山崎さん元気になったみたいでよかった、と安心する。
温かい日差しのもと少し冷たい空気を、ヒュッという音を立ててラケットが切る。その音が心地よい。
二カ月ぶりに***の前に姿を現した山崎は、げっそりと痩せていた。スーパーのレジでいつも通り接客をしていたところ、着流し姿の山崎が文字通り「ふらり」と現れて、***は驚きで一瞬声が出なかった。
「や、山崎さん!お久しぶりです!なんかふらついてますけど、大丈夫ですか!?」
「***ちゃん、…うッ、ぅう、うわぁぁぁぁん!!!」
「えええ!ちょっ、ちょっと!山崎さん!!」
後ろに並んでいた客に「すみません、お隣のレジへ…」と案内し、別の店員を呼んでレジを変わってもらう。目の前で突然泣き出した山崎の腕をそっとつかむと、休憩を取らせてもらって一緒に外へ出た。
「お仕事がとっても大変だったんですね…」
「うん、でも急に取り乱して本当にごめんね、なんか……***ちゃんの顔を見たら、普通の生活に戻ってこれたって実感して…」
そう言ってまた目に涙を浮かべるので、***は慌ててハンカチを取り出すと山崎に渡した。
従業員口の裏にある花壇に、ふたりで腰かけて話をするうちに、山崎はだんだんと落ち着いてくる。攘夷浪士のアジトを監視する張り込みは長期間かかった。当初からひと月はかかるだろうと予想はしていたが、実際には約二か月かかった。張り込みにはあんぱんと牛乳だけというこだわりのもと、いつも通り監視生活を続けたが途中から記憶がない。地獄のような真っ暗闇に落ちて、あんぱんあんぱんあんぱん…という文字と概念だけが山崎を取り込んだ。
健康状態が悪かったが、ひと月はなんとか耐えた。そろそろ切り上げ時かと思った頃に、副長命令でもうひと月任務が伸びた。自分の前でマヨネーズを塗った焼きそばパンを食べながら、「オイ山崎ィ、しっかり仕事しねーと切腹させっぞ」としれっとした顔で言い放った鬼の副長を見て、「いっそ切腹させてください」という言葉をぐっと飲み込んだ。
長いあんぱん生活、つらく苦しい日々をなんとか乗り越えらえたのは、その任務につく前に***と交わした約束があったからだ。
「張り込みが終わったら、一緒にミントンしよう!」という山崎の言葉に***は嬉しそうにうなずいて、「約束ですよ、山崎さん、私待ってますから!」と言ったのだ。
―――待ってますから山崎さんを、私ずっとあなたを待ってます、愛しいあなたが帰ってくるまで、ずっと待ってますから…
***はそんなことは言っていないのだが、長く辛いあんぱん生活の間、山崎は数えきれないほど***のこの時の笑顔を思い出し、記憶補正をしながら自分を励まし続けた。
「***ちゃんのおかげで落ち着いたよ、ありがとう。仕事の邪魔しちゃってごめんね」
「いいんですよ、山崎さん。久しぶりに会ったらこんなに痩せててびっくりしました。ゆっくり休んで、元気になったらミントン一緒にやりましょう?」
「約束、覚えててくれたんだね……嬉しいよ、本当に…うぅっ」
「わわっ!もう泣かないでください、山崎さん…もう大丈夫ですよ、お仕事は無事終わったんでしょう」
仕事は無事に終わったが、肉体はボロボロで、さらに精神も崩壊寸前だった。肉体的にも精神的にも追い詰められた期間がやっと終わったというのに、屯所に戻ると通常通り副長にパシりにされている。
「俺はね***ちゃん、どこまでいってもパシられる運命なんだよ…あんぱんにすらパシられて、俺があんぱん食べてんのか、あんぱんが俺を食べてんのかすら、もうわかんないくらいで…」
***はため息をついてから、どうやったら山崎を元気づけてやれるかを考えた。パシられてばかりの人を元気づけるには…
「あの……山崎さん、もしよかったら今度私が山崎さんのパシりをしましょうか?」
「え?……えええ!!?」
***の突然の申し出に、花壇からずり落ちるほど山崎は驚いた。
ちょっと待て、どういう意味、それってどう意味だ、俺よぉっく考えろ!***ちゃんがお前だけのパシりになると言っているぞ!
もちろん***はそんなことは言っていないのだが、驚く山崎にむかって穏やかな声で提案する。
「ずっとお仕事も大変だったろうし、こんなに痩せるまでいろんなことを人から頼まれちゃったんでしょう?いったん休むためにも山崎さんも誰かに頼ったほうがいいと思うんです…今度、一緒にミントンをやる日は何でも私に頼ってください!パシりだと思って!」
―――パシッ!
空へ向かって打ち上げられた羽が、緩やかな弧を描いて***のもとへと落ちてくる。
「わわわ…」
空を見上げながら、羽の落ちてくる地点へよろよろと移動する***を、山崎は笑って見ている。本人も言っていたが、本当にあまり運動神経がよくない。身体の使い方がわかっていない人の動きだ。
「やぁッ!アダッ!!」
落ちてくる羽に向かって、目をつぶってラケットを振りかぶる。空振りして落ちてきた羽が顔に当たる。
「あはは、***ちゃん、ちゃんと羽を見ないと当たんないよ」
「私、本当に運動苦手で…大丈夫ですか山崎さん、やっぱり私じゃ相手にならないんじゃ…」
「だいじょぶだいじょぶ、教えるから…じゃぁ、まずラケットに羽を当てるところから練習しよう」
ラケットの持ち方から教える。腕の振り方もよくわからない***の後ろに回って、山崎は自分の右手を***の右手に添えて一緒にラケットを動かした。
「こうだよ***ちゃん、上からきた羽をすくいあげるようにゆっくり動かして、目でちゃんと羽が落ちてくるのを見てね」
「こうですか?…落ちてくるのを、見ながら……」
真剣な面持ちで、山崎の手と一緒に動く自分の腕を見ている***の横顔が、思ったよりもすぐ近くにあってどぎまぎする。
練習を重ねて、落ちてくる羽をラケットで打つことはできるようになった。短い距離でラリーを始めて、しばらくすると離れた距離でも、山崎が打ち上げた羽を返せるようになった。
「***ちゃん、いいかんじだよ!」
「すごいです山崎さん!私ミントンできるようになりました!」
「よし、じゃあちょっとスピードアップするよ!」
そう言って山崎は***が高く打ち返してきた羽を、大きく振りかぶったラケットで強く打った。パシュン!という音を立てて、***の正面に飛んでくる。
「わわわっ!ぎゃっ!!」
正面に飛んできた羽に驚いて、***はラケットを放り出し両手で羽をつかんだ。思わぬ動きに下駄の足が追い付かず、羽を持ったまま尻餅をついてしまった。
「あはは、大丈夫?***ちゃん」
「動きにくくって、着物と下駄じゃ駄目ですね…次までに山崎さんが着てるみたいな服を用意しときます」
その言葉を聞いて山崎の心臓が跳ねる。実は山崎の大きなボストンバッグには、***の分の練習着が入っている。着物姿でやってきたのを見た時に渡そうかと思ったが、気色悪いと思われそうで言い出せなかった。
しかし目の前で立ち上がり、打ち付けた腰を「イテテ…」とさすっている***を見て勇気が出る。だだだッと勢いよく近づいて、羽を持ったままの***の両手を取り、山崎は口を開いた。
「***ちゃん!…今日は、俺の頼みを聞いてくれるって言ってたよね?」
「え?あ、はい、言いましたよ!あ、のど乾きました?何か買ってきましょうか?」
「いや、そうじゃなくて、実は……」
一台のパトカーが見廻りで走っていく。さっきまで昼寝をしつつ仕事をサボっていた沖田が運転席に座り、助手席には煙草を吸いながら窓の外を眺める土方が座っている。
「見廻りなんてめんどくせーや」と言いながら、ダルそうにハンドルを切った沖田の眼前に、公園の景色が広がる。
「オイ…土方さん、ありゃぁ…」
「あぁ?」
突然車のスピードが落ち、公園の木陰に隠れるように停車した為、怪訝な顔をした土方だが、沖田が指さした先の光景を見て目を見開く。
「山崎さん、これちゃんとお金払いますよ、すごくしっかりした練習着ですし」
「いーよいーよ、どうせ俺がサイズ間違えて買っちゃったやつだから、着なくなったら寝間着にでもしてくれれば…」
「半ズボンもスニーカーも私はじめてです!スニーカーってサイズとか色々あるんじゃないですか?ぴったりですごいです!」
着物しか着たことのない***は、長袖のTシャツやスニーカーが物珍しく、目を輝かせて自分の姿を見ている。しかし山崎と同じ格好で、これじゃ男の子みたいだと気づいて、ふと不安になる。
「私、へ、変じゃないですかね…」
「全然変じゃないよ!すっごく似合ってるよ***ちゃん!」
山崎の言葉にほっとした顔になり、嬉しいです山崎さん!と言って微笑む***を見て、まるで自分に可愛い後輩ができたようで、山崎は嬉しくなる。せっかくなんでも頼みを聞いてくれると言ってくれたのだから、他にも何か頼んでみようという思いがこみ上げてくる。
「じゃ、じゃぁ***ちゃん…ゴ、ゴホン…えーと、その………焼きそばパン、買ってきてよ」
「うわぁ!焼きそばパン、パシリっぽい!任せて下さいよ、山崎先輩!じゃぁ買ってきますね、待っててください!」
お財布だけを手に持って、少年のような格好の***が、嬉しそうに山崎の肩をポンポンと叩いた。あんなに疲れて、パシられていることを嘆いていた山崎が、今日は自分に頼ってくれたことが***は嬉しくて、足取り軽く走り出す。
山崎は走っていく***の後ろ姿を見ていたが、その姿が見えなくなると、「はぁぁ~」とため息をついてベンチに座った。
な、なんていい子なんだ***ちゃん…と山崎は内心思う。揃いの練習着を着てほしいと頼んだ時もすぐに快諾してくれた。スニーカーのサイズは先日、花壇で喋っている時にこっそり測った。そんなことにも気づかずに心から喜んでいる***の、純粋さと優しさに胸を打たれる。
パシりをすると言われたが、本当はそんなことをしなくても一緒にいるだけで、山崎は十分癒されていた。焼きそばパンを買いに行かせるなんて、本当にパシりじみたことをさせてしまったから、戻ってきたらもっとミントンを楽しませてあげようと決意する。
山崎は立ち上がり、そうと決まれば準備運動だと素振りをはじめる。ラケットを大きく振りかぶり、腕を前に振り下ろす。風を切るヒュッ!という、心地よい音がするはずだった。
ドッガアァァァン!!!
気が付くと山崎はラケットごと公園の木に打ち付けられていた。火薬のにおいと土埃の向こうから、いちばん会いたくない人たちの声が聞こえた。
「やァーまァーざァーきィー!テメー***になに気色わりぃ服着させてんだコラァ!!」
「山崎パイセン、バズーカの弾くれぇ、打ち返せよぉ」
「ふ、副長、沖田隊長…ち、ちがうんです、これは***ちゃんが何でも頼みを聞いてくれるって言うから…ってちょっと、ふくちょっ、まっ、ギャァァァァァァー!!!」
その後、散々ぼこぼこにされ白目を剥いた山崎が、土方に襟ぐりをつかまれてずるずる引きずられていく。ぼろ雑巾のようになった山崎が後部座席に投げ入れられると、そのままパトカーは走り去っていった。
「焼きそばパン、買ってきましたよぉ!…あれ、山崎さん?」
***が公園に戻ってみると、そこには誰もいなかった。ベンチには***の着物が入った風呂敷と手提げ、ラケットと羽の一組だけがぽつんと置いてあった。
「帰っちゃったのかな……え、どうしよう、これ」
その手にはスーパーのビニール袋。いつも山崎が大量にあんぱんを買うので、それを真似して大量の焼きそばパンを買ってきたのだ。
「……銀ちゃんたち、もうお昼食べちゃったかなぁ」
時計を見るとちょうど昼どき。万事屋のみんなが食べてくれるだろうかと思いながら、公園を出る。大量の焼きそばパンのことで頭がいっぱいで、着替えることを忘れてしまう。
そのままの恰好で万事屋に到着した***が、玄関を開けた銀時に「オメーなにそのかっこ!男みてぇ!」とゲラゲラ笑われ、とんでもなく恥ずかしい思いをするはめになるのは、約十分後のこと。
何も知らない***の、唯一女の子らしい長い髪を、少し冷たくなった冬の風が、ふわりと巻き上げて吹いていった。
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no.21【am.11:30】end