かぶき町で牛乳配達をする女の子
牛乳(人生)は噛んで飲め
おなまえをどうぞ
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
【am.7:00】
「***!これめっさうまいアル!こんなうまい牛乳、私はじめてネ。もう一本飲んでヨロシ?」
「おい!神楽ァ!それ俺んだから、俺が貰ったやつだからァ!冷やして後で風呂上りに飲むんだ、ってオイ!飲むなァ!!」
銀時の肩に担がれて***が連れてこられたのは、仕事場兼自宅。「万事屋銀ちゃん」と看板のかけられた家の、今は応接室のようなリビングのようなところにいる。
玄関で***を肩からおろした後も、銀時はダルそうながらもかいがいしく、けが人に手を貸した。片腕を大きな手に掴まれて支えられながら、片足を着かないようにひょこひょこと歩き、あと少しでソファにたどり着く、というところで、突然地の底を這うような声が聞こえたのだった。
「このクサれエロ天パアァァァ!!!朝から女連れ込むたァ、どういう了見ネェェェ!死ねェェエ!!!」
「へ」と言ったのは***だったか銀時だったか。
気が付くとすぐ隣にいたはずの銀時がいなくなり、目の前にあったソファもろとも、寝室と思わしき隣の部屋へ吹き飛んでいた。襖ごとぶち抜いて、敷きっぱなしの布団に倒れる銀時に、馬乗りになって殴る蹴るをしていたのは、赤い髪の可愛い少女だった。
「いつもの朝帰りかと思って起きてきてみれば、こんな早朝から嫌がる女の子を捕まえて部屋に連れ込もうとするなんて、お前は外道中の外道ネ!見損なったネ!サイテーヨ!!!」
ある程度殴って気が済んだのか、くるりと振り向くと少女は***の方へやってきて、とてつもなく強い力でその両肩を掴んだ。
「お前もお前ネ!イヤならイヤってちゃんと言うヨロシ!腕取られて、こんな馬鹿に連れ込まれるなんて、どうかしてるアル。私がいたからよかったものの、男はみんな狼ヨ!」
***はうろたえながらも否定しようと、両手を顔の前で振るが、言葉が出てこない。気が付くと神楽の後ろに、ぼろぼろの銀時がすっくと立ち、「てめぇは何言ってんだ!勘違いだっつーの!!!」と目の前の頭にげんこつを食らわせた。
銀時は「***も否定しろよぉ、っんだよ、痛ってぇ」と言いながら、尚も掴みかかってくる神楽の頭を片手で抑えて、事情を説明する。話を聞いた神楽はきょとんとした顔で***を見ると、その腫れた足首を見て、「こんな腐ったマダオを助けるなんて、珍しいお人よしもいるもんアルね。私そんなことでケガする人はじめて見たヨ。」と言った。
「え、えへへ、そうかな、自分ではこんなことになるとは全く思ってなかったんだけど…でも坂田さん手当してくれるって言うし、親切だなぁって思って、ここまで来ちゃったの。…連れ込まれたんじゃなくて、私が上がり込んじゃったんだよ神楽ちゃん」
照れ笑いしながら話す***に向かって、神楽は「あんなヤツ親切でもなんでもないネ!雇ってる従業員に給料は払わないし、ろくに飯も食わさないアル!極悪非道の腐った天パアル」と、自分が万事屋で銀時と共に働き暮らしていることが、いかに大変かということを訥々と語った。後ろで銀時が「おいコラ、夕べも米一升食わせただろうが」と言うが、神楽の耳には入らない。
「昨日銀ちゃんが飲みに行ったせいで、今日の朝ごはん買うお金もないアル!米も卵も無いアル!私お腹減って死にそーヨ!」
「いやお前が昨日食いつくしたせいだろ、っつーか卵かけご飯以外の選択肢はお前にはねぇのかよ」
悲痛な顔で空腹を訴える神楽を見ていて、***はふと自分の鞄の中にある牛乳のことを思い出す。朝昼晩の自分用に職場から持ち帰ってきた、3本の牛乳瓶を取り出す。
「これ、私の実家の牛乳なんだけど、ふたりともよかったら飲む?」
そして冒頭に戻る。
足首に氷嚢を当ててソファに座る***の横に、神楽が陣取って、テーブルに置いた3本の牛乳のうち、2本をあっという間に空にした。残る1本を銀時がさっと取り上げて、「これはぜってぇー俺んだから、ほんとはいちご牛乳のが好きだけど、瓶に入った牛乳という少年の夢には抗えねぇから、今日の風呂上りは腰に手ぇあてて、小指立てて一気飲みだから」と言った。
神楽は牛乳瓶に書かれた***農園という文字を指差して、「これって***のパピーとマミーがやってるアルか?」と聞く。そこに書かれた住所は、江戸にしか住んだことのない神楽には、まったく馴染みのない、遠く離れた北国の地名からはじまっていた。
「うん、そうなの、私は出稼ぎに来てるんだけど、家族は田舎で農園をやってるんだよ。牛をたくさん飼っててね、牛乳を搾っていろんなところに送ってるの。かぶき町にも届くんだよ。牛乳配達で届けるのは、他の産地のものとブレンドされたやつなんだけど、これは個別に契約してくれたお家にだけ届けてて、私の実家の牛乳100%なの。濃くっておいしいでしょう?」
にこにこと笑って話す***を見てから、銀時はもう一度牛乳瓶に書かれた農園の住所を見る。それは銀時も知ってはいても馴染みがなく、このさきに行くこともないだろうと思うような、遠く離れた北国の土地の名前だった。そんな土地で育った若い女の子が、家族と遠く離れ、ひとりで江戸へ出稼ぎにくるというのは、自分には計り知れないほどの、寂しさや望郷の念のようなものがあるんじゃないかと、何気なく思う。
しかし目の前で笑っている***からは、そんな様子は微塵も感じられない。「とってもおいしいネ!もっと***のおうちの牛乳飲みたいアル!」という神楽の言葉を聞いて、本当に嬉しそうに、少しだけ恥ずかしそうに、しかし誇らしげな様子でにこにことしている。ふとこちらを見た***は、牛乳瓶を持って自分を眺めていた銀時にも、へらっと笑いかけて、
「坂田さんも飲んでみてね、お風呂上がりのよく冷えた牛乳、おいしくて私も大好きです」
と言った。
初心で純情な若い女だとは分かっていたが、これはこの街には似合わない、また随分と心の綺麗な子だと思う。
橋での出会いの状況を考えてみても、***がお人よしで、困った人は放っておけない性格であることがよく分かる。
正直自分はあの程度の高さの橋から落ちたところで、死ぬはずがなかったし、ちょっと怪我をするくらいが関の山だったと、銀時は思い返す。それを身投げと勘違いしたとはいえ、***が全力をかけて止めてくれたのが、その時は泥酔して半分寝ていた銀時にも、今となれば分かる。
引っ張られて地面に倒れた時、後ろにいる何かを踏まないように銀時は避けたつもりだった。しかしなぜか避けたほうの地面の下に、受け止めるような姿勢で、***の小さな体があったのだ。意識が朦朧としていたとはいえ、銀時はこんな女ひとり避けて転ぶくらい簡単にできたが、その女が身を挺して、固い地面にぶつかることから、自分を守ったのだった。
まぁ、俺が転んどけば、こいつが怪我することもなかったんだけどなぁ…と内心銀時は思いながらも、神楽とじゃれ合って笑っている***を横目に見る。
「…………眩しいくれぇだ」
「え、坂田さん、何ですか?」
「なァに、銀ちゃんなんか言ったアルか?」
***の性格のよさを的確に表す言葉が、思い浮かばないし、浮かんだところでそれを口に出せるほど純粋でもない自分を、銀時はよく分かっている。その代わりに、ぽかんとした顔でこちらを見る***の頭を、ぱしりと片手ではたくと、「その坂田さん、ってーのやめね?」と言った。
「え、坂田さんじゃダメですか」
「むずがゆくてしょーがねんだよ、そんな風に呼ぶやついねぇし」
「そうヨ、***も銀ちゃんとかクソ天パとか呼ぶヨロシ」
「ええっと、………じゃあ…ぎ、銀ちゃん?」
「…おー、いんじゃね」
神楽が呼ぶ銀時の呼び方を、ただ真似するだけと装いながらも、少し照れた様子の***が、銀時の名前を呼ぶ。とっくに成人して、世間からはオッサンと呼ばれる部類の自分が、柄にもなくちょっとだけ喜んでいるのを感じて、馬鹿らしいと思う。銀時は雑念を払うように、頭をガシガシと掻いた。
「ところで銀ちゃん、どうしてあんなところで橋から落ちそうになってたの?あと、長谷川さんって人のことを探してましたけど、大丈夫ですか?」
「あ~そういやそうだったわ、いや酔っ払って長谷川さんと歩いてたら、急にあのオッサンがぎゃーぎゃー泣き出してよ、「俺はもう疲れた、ハツには悪いが死んでやる、殺せ殺せよぉ」っつって、急に橋から飛び降りちまったんだよ。そんで下に落ちて、川にぷかぷか浮いてやがったから、グラサンにゲロ浴びせてやろーって思ってぇ、んで上から乗りだしてたら、そのまま寝ちまってぇ…」
喋りながらふと***を見ると、顔を真っ青にしている。
「ぎ、銀ちゃん…その長谷川さんって人、下駄を履いてた?私さっき橋の上でかついでもらった時、川にね、下駄がひとつだけぷかぷか浮いて、流れていくが見えたんです。も、もしかしたら、長谷川さん、死んじゃったかもしれないよぉ!」
涙目になって訴える***には、申し訳ないけれど、その悲痛な訴えを聞いても、銀時と神楽は冷静なものだった。
「いやいやあのオッサンにとっては元々、川とか自然とか、屋外とか犬小屋とか、そういうところが帰る場所だから。身投げじゃなく、帰宅だから。ほら人はみな最後は土に帰るっていうだろ、あのオッサンも川という自然の土に帰っただけだから、大丈夫だろ」
「そうヨ、***があのマダオの心配する必要なんてないアル。むしろ綺麗な川で死ねて、オッサン喜んでるネ」
「えええ!いやまだ、し、死んだって決まったわけじゃないですけど!!」
件の男がそれほどやわな人間でないことも、度々その身のつらさに耐えかねて自暴自棄になることも知らない***は、本気で心配をする。しまいには「私がもう少し早くあそこについていれば、銀ちゃんじゃなくて長谷川さんを助けられたかもしれないのに」と言い出す始末。
年下の神楽さえ、***の無垢な人のよさに呆れかえり、「***、そんなにお人よしだと、この街では馬鹿をみるネ、もっと自分本位に生きるヨロシ、悪いヤツに騙されそうで心配アル」と、かぶき町の女王としての的確な助言をする。
そんなふたりを見て、銀時はこれじゃどっちが大人か子供か分かったもんじゃねぇなと、内心毒づく。もちろん***は神楽や新八よりも年上だろう。二十歳は過ぎているようだが、それにしても、この世間知らずの無邪気なお嬢さんという雰囲気は、他人の悪意なんて想像もせずにコロリと騙されてしまいそうで、神楽の言うとおり心配で目が離せない。
―――ガラガラッ…
それぞれの思惑を抱えながら、三人同時に「はあ」とため息をついたちょうどその時、玄関の戸が開く音が響いた。
「おはようございます!あれ、誰か来てるんですか?銀さん、神楽ちゃん」
大きな声で挨拶をして入ってきた、もう一人の万事屋の従業員は、メガネの向こうで目を丸くして***を見た。
「あ、どうもお邪魔してます、はじめまして。******です」
「こちらこそはじめまして、志村新八です。ちょっと銀さん、仕事が入ってるなら昨日のうちに言ってくださいよ」
「あ?ちげぇよ新八、飲んだ帰りにちょっと色々あって、こいつケガさせちまったから一旦連れてきただけだって」
「えええええ!怪我させたってアンタ何やってんだ!あああああ!***さん、その足ィィィ!めっさ腫れてるじゃないすか、めっさ痛そうじゃないすかァァァ!すいません、ほんっっっとうちの上司がすいまっせん、謝ります、土下座して謝りますから、高い慰謝料だけは、慰謝料だけは勘弁してくださいィィィィ!!!!!」
橋の上で***がうずくまった直後に、銀時がまくしたてたことと同様のことを、土下座しようとしながら叫ぶ新八に、***は慌てて静止の声をかけた。
「慰謝料なんて取らないから!大丈夫だから、あの土下座とかやめて下さい!」
「え…本当ですか…よかった…***さんが心優しい方で、よかったですね銀さん!」
涙目になりながら、既に銀時にとっては旧知の事実を喜んで伝える新八を、面倒くさそうに鼻をほじりながら見やる。
「へーへー、お前らほんとにうるせぇな、新八が来たってことはもう9時んなるな。銀さんは今から風呂入って支度すっから、新八テキトーにこいつらに朝飯食わせろ、準備できたら***を病院連れて行くぞ。どうせ今日も暇なんだ、お前ぇらも一緒に行くからな」
「え、そんなみんなについてきて貰うの申し訳ないよ!誰かに病院まで送ってもらうだけで大丈夫ですから!」
***の声が聞こえないふりをして、銀時は黙って風呂場へ向かってしまう。
「大丈夫ですよ、***さん、本当に僕たち今日も仕事が無くて暇なんです。ひどい捻挫みたいですし、病院でひとりにさせるのも心配です。せっかくだから、付き添わせて下さい」
「ぷくく…あの天パ、いい歳して病院でひとりになるのが怖いネ、***が医者に診てもらってる間が不安だから、私たち連れていくネ、ほんとダサいアル」
「………そうかなぁ、なんだかごめんね、ふたりにも迷惑をかけちゃって」
「いいんですよ、もとはといえば銀さんが悪いんでしょう?ほら、***さんもよかったら朝ごはん、どうぞ」
そういって手渡された固い豆パンを、申し訳なく思いながらも、神楽と一緒におとなしく食べる。神楽が「さっき飲んだ牛乳さえあれば、この味のしない豆パンも美味しくなるアル」と言い、***が牛乳配達をしていることや実家のことを新八に話す。
「へぇ、そんなにおいしい牛乳なら、僕も飲んでみたいなぁ。牛乳配達なら、うちも姉上が頼んでるので、僕も時々飲みますよ。もしかしたら***さんが配達してくれていたかもしれないですね」
「え、ちなみに新八君のおうちってどこらへんにあるの?」
「うちは恒道館道場っていうところなんですけど…」
「え!あ、あの大きな道場のある志村さんのおうち?そうかぁ、志村新八君って、あの大きなお家の志村さんかぁ!毎日牛乳届けてるよぉ!」
「わぁ!!そうだったですね!それじゃあ***さん、とっても朝早くから仕事してるんですね、僕が早朝稽古する日にも、もう届いてますもん」
「そうだね、朝4時には最初のお家から自転車で回り始めるから、新八君のお家に着く頃には5時ちょっと前くらいかなぁ。今度、お友達サービスで、***農園の牛乳も何本か入れておくから、よかったらお姉さんと飲んでみてね」
「ええ!いいんですか、嬉しいなぁ!」
新八と***が話すのを聞いて神楽が、「新八だけズルいアル!***、私たちも友達ヨ!***のパピーとマミーの作った牛乳、私にも持ってくるヨロシ」とねだった。
「うん、神楽ちゃん、今度もってくるね。自転車の荷台にのせてくれば、沢山持ってこれるから……」
「うっひょーい!ヤッター!牛乳飲み放題アル!!」と喜ぶ神楽をよそに、ふと***の脳裏に違和感が走る。あれ?私いまなんて言った…?
牛乳を?自転車の荷台にのせて?自転車の?自転車…?
「ああああああああーーーー!!!!!!」
(じ、自転車!置いてきちゃった!!!!!)
「あ?」
***の叫び声が風呂場まで届いて、銀時はふと頭を洗う手を止める。何やってんだあいつら…と悪い予感しかしない。ため息をついて少し急いだ手つきでシャワーの蛇口を捻る。
シャワーでも十分身体は温まった、こりゃあさっき冷蔵庫に入れて冷やしてる、***から貰った牛乳がうめぇぞと少年のようにわくわくする。
さっさと風呂を出て、あの子があんなににこにこして飲んでみてと言った自慢の牛乳を楽しむことにしますかねぇ、と銀時は風呂場の扉を開けた。
-------------------------------------------------
no.2【am.7:00】end
「***!これめっさうまいアル!こんなうまい牛乳、私はじめてネ。もう一本飲んでヨロシ?」
「おい!神楽ァ!それ俺んだから、俺が貰ったやつだからァ!冷やして後で風呂上りに飲むんだ、ってオイ!飲むなァ!!」
銀時の肩に担がれて***が連れてこられたのは、仕事場兼自宅。「万事屋銀ちゃん」と看板のかけられた家の、今は応接室のようなリビングのようなところにいる。
玄関で***を肩からおろした後も、銀時はダルそうながらもかいがいしく、けが人に手を貸した。片腕を大きな手に掴まれて支えられながら、片足を着かないようにひょこひょこと歩き、あと少しでソファにたどり着く、というところで、突然地の底を這うような声が聞こえたのだった。
「このクサれエロ天パアァァァ!!!朝から女連れ込むたァ、どういう了見ネェェェ!死ねェェエ!!!」
「へ」と言ったのは***だったか銀時だったか。
気が付くとすぐ隣にいたはずの銀時がいなくなり、目の前にあったソファもろとも、寝室と思わしき隣の部屋へ吹き飛んでいた。襖ごとぶち抜いて、敷きっぱなしの布団に倒れる銀時に、馬乗りになって殴る蹴るをしていたのは、赤い髪の可愛い少女だった。
「いつもの朝帰りかと思って起きてきてみれば、こんな早朝から嫌がる女の子を捕まえて部屋に連れ込もうとするなんて、お前は外道中の外道ネ!見損なったネ!サイテーヨ!!!」
ある程度殴って気が済んだのか、くるりと振り向くと少女は***の方へやってきて、とてつもなく強い力でその両肩を掴んだ。
「お前もお前ネ!イヤならイヤってちゃんと言うヨロシ!腕取られて、こんな馬鹿に連れ込まれるなんて、どうかしてるアル。私がいたからよかったものの、男はみんな狼ヨ!」
***はうろたえながらも否定しようと、両手を顔の前で振るが、言葉が出てこない。気が付くと神楽の後ろに、ぼろぼろの銀時がすっくと立ち、「てめぇは何言ってんだ!勘違いだっつーの!!!」と目の前の頭にげんこつを食らわせた。
銀時は「***も否定しろよぉ、っんだよ、痛ってぇ」と言いながら、尚も掴みかかってくる神楽の頭を片手で抑えて、事情を説明する。話を聞いた神楽はきょとんとした顔で***を見ると、その腫れた足首を見て、「こんな腐ったマダオを助けるなんて、珍しいお人よしもいるもんアルね。私そんなことでケガする人はじめて見たヨ。」と言った。
「え、えへへ、そうかな、自分ではこんなことになるとは全く思ってなかったんだけど…でも坂田さん手当してくれるって言うし、親切だなぁって思って、ここまで来ちゃったの。…連れ込まれたんじゃなくて、私が上がり込んじゃったんだよ神楽ちゃん」
照れ笑いしながら話す***に向かって、神楽は「あんなヤツ親切でもなんでもないネ!雇ってる従業員に給料は払わないし、ろくに飯も食わさないアル!極悪非道の腐った天パアル」と、自分が万事屋で銀時と共に働き暮らしていることが、いかに大変かということを訥々と語った。後ろで銀時が「おいコラ、夕べも米一升食わせただろうが」と言うが、神楽の耳には入らない。
「昨日銀ちゃんが飲みに行ったせいで、今日の朝ごはん買うお金もないアル!米も卵も無いアル!私お腹減って死にそーヨ!」
「いやお前が昨日食いつくしたせいだろ、っつーか卵かけご飯以外の選択肢はお前にはねぇのかよ」
悲痛な顔で空腹を訴える神楽を見ていて、***はふと自分の鞄の中にある牛乳のことを思い出す。朝昼晩の自分用に職場から持ち帰ってきた、3本の牛乳瓶を取り出す。
「これ、私の実家の牛乳なんだけど、ふたりともよかったら飲む?」
そして冒頭に戻る。
足首に氷嚢を当ててソファに座る***の横に、神楽が陣取って、テーブルに置いた3本の牛乳のうち、2本をあっという間に空にした。残る1本を銀時がさっと取り上げて、「これはぜってぇー俺んだから、ほんとはいちご牛乳のが好きだけど、瓶に入った牛乳という少年の夢には抗えねぇから、今日の風呂上りは腰に手ぇあてて、小指立てて一気飲みだから」と言った。
神楽は牛乳瓶に書かれた***農園という文字を指差して、「これって***のパピーとマミーがやってるアルか?」と聞く。そこに書かれた住所は、江戸にしか住んだことのない神楽には、まったく馴染みのない、遠く離れた北国の地名からはじまっていた。
「うん、そうなの、私は出稼ぎに来てるんだけど、家族は田舎で農園をやってるんだよ。牛をたくさん飼っててね、牛乳を搾っていろんなところに送ってるの。かぶき町にも届くんだよ。牛乳配達で届けるのは、他の産地のものとブレンドされたやつなんだけど、これは個別に契約してくれたお家にだけ届けてて、私の実家の牛乳100%なの。濃くっておいしいでしょう?」
にこにこと笑って話す***を見てから、銀時はもう一度牛乳瓶に書かれた農園の住所を見る。それは銀時も知ってはいても馴染みがなく、このさきに行くこともないだろうと思うような、遠く離れた北国の土地の名前だった。そんな土地で育った若い女の子が、家族と遠く離れ、ひとりで江戸へ出稼ぎにくるというのは、自分には計り知れないほどの、寂しさや望郷の念のようなものがあるんじゃないかと、何気なく思う。
しかし目の前で笑っている***からは、そんな様子は微塵も感じられない。「とってもおいしいネ!もっと***のおうちの牛乳飲みたいアル!」という神楽の言葉を聞いて、本当に嬉しそうに、少しだけ恥ずかしそうに、しかし誇らしげな様子でにこにことしている。ふとこちらを見た***は、牛乳瓶を持って自分を眺めていた銀時にも、へらっと笑いかけて、
「坂田さんも飲んでみてね、お風呂上がりのよく冷えた牛乳、おいしくて私も大好きです」
と言った。
初心で純情な若い女だとは分かっていたが、これはこの街には似合わない、また随分と心の綺麗な子だと思う。
橋での出会いの状況を考えてみても、***がお人よしで、困った人は放っておけない性格であることがよく分かる。
正直自分はあの程度の高さの橋から落ちたところで、死ぬはずがなかったし、ちょっと怪我をするくらいが関の山だったと、銀時は思い返す。それを身投げと勘違いしたとはいえ、***が全力をかけて止めてくれたのが、その時は泥酔して半分寝ていた銀時にも、今となれば分かる。
引っ張られて地面に倒れた時、後ろにいる何かを踏まないように銀時は避けたつもりだった。しかしなぜか避けたほうの地面の下に、受け止めるような姿勢で、***の小さな体があったのだ。意識が朦朧としていたとはいえ、銀時はこんな女ひとり避けて転ぶくらい簡単にできたが、その女が身を挺して、固い地面にぶつかることから、自分を守ったのだった。
まぁ、俺が転んどけば、こいつが怪我することもなかったんだけどなぁ…と内心銀時は思いながらも、神楽とじゃれ合って笑っている***を横目に見る。
「…………眩しいくれぇだ」
「え、坂田さん、何ですか?」
「なァに、銀ちゃんなんか言ったアルか?」
***の性格のよさを的確に表す言葉が、思い浮かばないし、浮かんだところでそれを口に出せるほど純粋でもない自分を、銀時はよく分かっている。その代わりに、ぽかんとした顔でこちらを見る***の頭を、ぱしりと片手ではたくと、「その坂田さん、ってーのやめね?」と言った。
「え、坂田さんじゃダメですか」
「むずがゆくてしょーがねんだよ、そんな風に呼ぶやついねぇし」
「そうヨ、***も銀ちゃんとかクソ天パとか呼ぶヨロシ」
「ええっと、………じゃあ…ぎ、銀ちゃん?」
「…おー、いんじゃね」
神楽が呼ぶ銀時の呼び方を、ただ真似するだけと装いながらも、少し照れた様子の***が、銀時の名前を呼ぶ。とっくに成人して、世間からはオッサンと呼ばれる部類の自分が、柄にもなくちょっとだけ喜んでいるのを感じて、馬鹿らしいと思う。銀時は雑念を払うように、頭をガシガシと掻いた。
「ところで銀ちゃん、どうしてあんなところで橋から落ちそうになってたの?あと、長谷川さんって人のことを探してましたけど、大丈夫ですか?」
「あ~そういやそうだったわ、いや酔っ払って長谷川さんと歩いてたら、急にあのオッサンがぎゃーぎゃー泣き出してよ、「俺はもう疲れた、ハツには悪いが死んでやる、殺せ殺せよぉ」っつって、急に橋から飛び降りちまったんだよ。そんで下に落ちて、川にぷかぷか浮いてやがったから、グラサンにゲロ浴びせてやろーって思ってぇ、んで上から乗りだしてたら、そのまま寝ちまってぇ…」
喋りながらふと***を見ると、顔を真っ青にしている。
「ぎ、銀ちゃん…その長谷川さんって人、下駄を履いてた?私さっき橋の上でかついでもらった時、川にね、下駄がひとつだけぷかぷか浮いて、流れていくが見えたんです。も、もしかしたら、長谷川さん、死んじゃったかもしれないよぉ!」
涙目になって訴える***には、申し訳ないけれど、その悲痛な訴えを聞いても、銀時と神楽は冷静なものだった。
「いやいやあのオッサンにとっては元々、川とか自然とか、屋外とか犬小屋とか、そういうところが帰る場所だから。身投げじゃなく、帰宅だから。ほら人はみな最後は土に帰るっていうだろ、あのオッサンも川という自然の土に帰っただけだから、大丈夫だろ」
「そうヨ、***があのマダオの心配する必要なんてないアル。むしろ綺麗な川で死ねて、オッサン喜んでるネ」
「えええ!いやまだ、し、死んだって決まったわけじゃないですけど!!」
件の男がそれほどやわな人間でないことも、度々その身のつらさに耐えかねて自暴自棄になることも知らない***は、本気で心配をする。しまいには「私がもう少し早くあそこについていれば、銀ちゃんじゃなくて長谷川さんを助けられたかもしれないのに」と言い出す始末。
年下の神楽さえ、***の無垢な人のよさに呆れかえり、「***、そんなにお人よしだと、この街では馬鹿をみるネ、もっと自分本位に生きるヨロシ、悪いヤツに騙されそうで心配アル」と、かぶき町の女王としての的確な助言をする。
そんなふたりを見て、銀時はこれじゃどっちが大人か子供か分かったもんじゃねぇなと、内心毒づく。もちろん***は神楽や新八よりも年上だろう。二十歳は過ぎているようだが、それにしても、この世間知らずの無邪気なお嬢さんという雰囲気は、他人の悪意なんて想像もせずにコロリと騙されてしまいそうで、神楽の言うとおり心配で目が離せない。
―――ガラガラッ…
それぞれの思惑を抱えながら、三人同時に「はあ」とため息をついたちょうどその時、玄関の戸が開く音が響いた。
「おはようございます!あれ、誰か来てるんですか?銀さん、神楽ちゃん」
大きな声で挨拶をして入ってきた、もう一人の万事屋の従業員は、メガネの向こうで目を丸くして***を見た。
「あ、どうもお邪魔してます、はじめまして。******です」
「こちらこそはじめまして、志村新八です。ちょっと銀さん、仕事が入ってるなら昨日のうちに言ってくださいよ」
「あ?ちげぇよ新八、飲んだ帰りにちょっと色々あって、こいつケガさせちまったから一旦連れてきただけだって」
「えええええ!怪我させたってアンタ何やってんだ!あああああ!***さん、その足ィィィ!めっさ腫れてるじゃないすか、めっさ痛そうじゃないすかァァァ!すいません、ほんっっっとうちの上司がすいまっせん、謝ります、土下座して謝りますから、高い慰謝料だけは、慰謝料だけは勘弁してくださいィィィィ!!!!!」
橋の上で***がうずくまった直後に、銀時がまくしたてたことと同様のことを、土下座しようとしながら叫ぶ新八に、***は慌てて静止の声をかけた。
「慰謝料なんて取らないから!大丈夫だから、あの土下座とかやめて下さい!」
「え…本当ですか…よかった…***さんが心優しい方で、よかったですね銀さん!」
涙目になりながら、既に銀時にとっては旧知の事実を喜んで伝える新八を、面倒くさそうに鼻をほじりながら見やる。
「へーへー、お前らほんとにうるせぇな、新八が来たってことはもう9時んなるな。銀さんは今から風呂入って支度すっから、新八テキトーにこいつらに朝飯食わせろ、準備できたら***を病院連れて行くぞ。どうせ今日も暇なんだ、お前ぇらも一緒に行くからな」
「え、そんなみんなについてきて貰うの申し訳ないよ!誰かに病院まで送ってもらうだけで大丈夫ですから!」
***の声が聞こえないふりをして、銀時は黙って風呂場へ向かってしまう。
「大丈夫ですよ、***さん、本当に僕たち今日も仕事が無くて暇なんです。ひどい捻挫みたいですし、病院でひとりにさせるのも心配です。せっかくだから、付き添わせて下さい」
「ぷくく…あの天パ、いい歳して病院でひとりになるのが怖いネ、***が医者に診てもらってる間が不安だから、私たち連れていくネ、ほんとダサいアル」
「………そうかなぁ、なんだかごめんね、ふたりにも迷惑をかけちゃって」
「いいんですよ、もとはといえば銀さんが悪いんでしょう?ほら、***さんもよかったら朝ごはん、どうぞ」
そういって手渡された固い豆パンを、申し訳なく思いながらも、神楽と一緒におとなしく食べる。神楽が「さっき飲んだ牛乳さえあれば、この味のしない豆パンも美味しくなるアル」と言い、***が牛乳配達をしていることや実家のことを新八に話す。
「へぇ、そんなにおいしい牛乳なら、僕も飲んでみたいなぁ。牛乳配達なら、うちも姉上が頼んでるので、僕も時々飲みますよ。もしかしたら***さんが配達してくれていたかもしれないですね」
「え、ちなみに新八君のおうちってどこらへんにあるの?」
「うちは恒道館道場っていうところなんですけど…」
「え!あ、あの大きな道場のある志村さんのおうち?そうかぁ、志村新八君って、あの大きなお家の志村さんかぁ!毎日牛乳届けてるよぉ!」
「わぁ!!そうだったですね!それじゃあ***さん、とっても朝早くから仕事してるんですね、僕が早朝稽古する日にも、もう届いてますもん」
「そうだね、朝4時には最初のお家から自転車で回り始めるから、新八君のお家に着く頃には5時ちょっと前くらいかなぁ。今度、お友達サービスで、***農園の牛乳も何本か入れておくから、よかったらお姉さんと飲んでみてね」
「ええ!いいんですか、嬉しいなぁ!」
新八と***が話すのを聞いて神楽が、「新八だけズルいアル!***、私たちも友達ヨ!***のパピーとマミーの作った牛乳、私にも持ってくるヨロシ」とねだった。
「うん、神楽ちゃん、今度もってくるね。自転車の荷台にのせてくれば、沢山持ってこれるから……」
「うっひょーい!ヤッター!牛乳飲み放題アル!!」と喜ぶ神楽をよそに、ふと***の脳裏に違和感が走る。あれ?私いまなんて言った…?
牛乳を?自転車の荷台にのせて?自転車の?自転車…?
「ああああああああーーーー!!!!!!」
(じ、自転車!置いてきちゃった!!!!!)
「あ?」
***の叫び声が風呂場まで届いて、銀時はふと頭を洗う手を止める。何やってんだあいつら…と悪い予感しかしない。ため息をついて少し急いだ手つきでシャワーの蛇口を捻る。
シャワーでも十分身体は温まった、こりゃあさっき冷蔵庫に入れて冷やしてる、***から貰った牛乳がうめぇぞと少年のようにわくわくする。
さっさと風呂を出て、あの子があんなににこにこして飲んでみてと言った自慢の牛乳を楽しむことにしますかねぇ、と銀時は風呂場の扉を開けた。
-------------------------------------------------
no.2【am.7:00】end