かぶき町で牛乳配達をする女の子
牛乳(人生)は噛んで飲め
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【pm.3:00】
カポ―――ン…
庭園の池から鹿威しの音が響いてくる。その音がするたびに、***は広い和室の部屋でひとりかしこまる。
「き、緊張する……」
牛乳屋のおかみさんに行けば分かると言われた通り、真選組の屯所はとても分かりやすかった。表門に到着する前から物々しい塀が、数十メートル続いていた。何も知らない***は、その塀に沿って歩きながら、ずいぶん大きな家だから、よほどのお金持ちが住んでいるんだろう、と思っていた。そしてその塀の終着点に「特別警察 真選組屯所」と描かれた大きな表札がかかっているのを見て、***はびっくりして腰を抜かしそうになった。
それは二日前のこと。スーパーのアルバイトが終わって店を出たところ、待ち構えていたかのように牛乳屋のおかみさんに声をかけられた。
「***ちゃん!大変なことが起きたよ!」
「えっ?おかみさん!どうしたんですか!?」
手を引っ張られて牛乳屋へと向かい、事務所に入ると様々な書類が載っている机から、一枚の紙を手渡された。それは牛乳配達の契約内容の書かれた紙で、急に見せられても***にはなんのことだか理解できない。
「毎朝100本!***農園の牛乳を配達しろって、真選組さんから!!」
「えっ!?ひゃ、ひゃ、ひゃっぽんんん!!?」
今までもにこにこ牛乳で、真選組の食堂へ配達していたが、それは標準の牛乳だった。本数が多いため、トラックで配送していたのだが、次回の配達からはその牛乳を***農園のものにしろという書面が、突然届いたのだった。
***にとっては嬉しいことこの上ない。新八の家のように毎朝数本を契約してくれている家はあるが、百本単位のお得意様は真選組がはじめてだ。
「でも、一体どうして…誰がうちの牛乳にしてくれたんでしょう」
「それが私も分からないんだよ、この契約書は食堂の人が書いたみたいだけどねぇ…***ちゃん、こういうお得意様は大切にしなきゃいけないよ。一度菓子折りでも持ってお礼に行ったほうがいいね」
そうおかみさんに言われた通り、羊羹の入った菓子折りを持ってやって来たのだ。食堂へお礼を言うだけだから、緊張しなくていいと言われたが、入口に厳めしく立つ若い隊士に声をかけるだけで、***は緊張した。
「あ、あああああの!わたくし、にこにこ牛乳の***と申しますが、食堂の方に用があり伺いました!」
「え?にこにこ…?あぁ、牛乳屋さんか、話は伺ってます、こちらへどうぞ」
まるで予約を取っていたかのように話が通じて、門を通される。そのまま食堂へ案内されるかと思いきや、建物の中へあがり、広い廊下を歩いて、応接間のような広い和室へ通された。
「あ、あの私、食堂の方にお会いするつもりで来たのですが…このお部屋でいいんでしょうか?」
***を置いて、部屋を出ていこうとする若い隊士にむかって問いかける。
「ええ、隊長から***さんという牛乳屋が来たら、ここへ通すようにと言われてますので」
そう言い残して隊士は障子を閉めると去って行った。そして冒頭へ戻る。
こんなかしこまった和室に通されて、わけが分からない。***は庭から響いてくる鹿威しの「カポーン」の音にさえ、びくびくとしてしまう。自分の横に菓子折りをおいて、大きな机の前にちょこんと正座する。遠くから足音が聞こえて、少しずつ近づいてきていることに気付き、***はますます緊張する。
誰?誰が来るんだろう?食堂の人?さっきの隊士の方が隊長と言ってたからもっと偉い人かな?土方さんは副長さんだから、それよりは部下の方だろうか…でも、そんな人で私の知っている人なんて、いないはず…と悶々と考え込んでいると突然、スパァンッ!!!という大きな音を立てて、障子が開いた。
そこにいたのは―――
「おー来やがったか、***、ちゃんと菓子折り持ってきてんだろうな、さっさと出しなせぇ」
そこにいたのは***の中では「ニセモンのおまわり」こと沖田だった。
「ええっ!?なんで総悟くんがいるんですか!え!本当に真選組の人だったの!?」
「ひっでぇこと言いやがらぁ、こないだちゃんと警察手帳も見せたじゃねぇか」
「いやいや!だって…だって、総悟くん」
あんなに非道なことをしておきながら、まさか本当に警察官だとはとても思えなかったの、という***の言葉を聞いて、沖田が怒った顔をする。
「ひでぇや***ねえちゃん、俺ぁ、ちゃんとアンタの自転車を見つけて、返してやったじゃねぇか、感謝こそされて当然で、それを非道なことなんて言われる筋合いはねぇぜ」
「何言ってやがんだ総悟、お前はちゃんと***に謝れ、自転車にあんな落書きしたのテメーだろーが」
そう言って沖田の後ろから現れたのは土方だった。
「あれ、土方さん。お久しぶりです。あの、これは一体…」
戸惑う***に土方が訳を説明する。沖田から自転車の一件を聞き出し、落書きやらその他の無礼をちゃんと謝罪しろと言ったところ、沖田は「んなことめんどくせーや土方、死ねよ」と返した。
しかしその後、そういえば***の家で飲んだ牛乳が美味かったと思い出し、どうせなら食堂で取っている牛乳を、***農園の物に変えたらどうかと、提案したのだ。
土方もそれは悪くない案だと思い、近藤に話を通した。そして食堂の女中に頼んで、依頼書を牛乳屋へ出させたのだ。
「じゃあ、総悟くんがうちの牛乳を勧めてくださったんですね」
「そうでぃ、分かったらさっさと菓子折りよこせ」
菓子折りを手渡すとすぐに沖田が風呂敷を開けて中身を改める。「なんでぃ羊羹かよ、***はババァみてぇな趣味してやがらぁ」と言って、土方からげんこつを食らっていた。
「山崎といい総悟といい、うちのが迷惑ばかりかけて悪いな」
「いいえ、土方さん、迷惑なんてそんな…うちの牛乳を毎朝100本、本当にありがたいです。田舎の父も母もすっごく喜ぶと思います。真選組は***農園のはじめてのお得意様です」
今後とも長いお付き合いをよろしくお願い致します、と***がぺこりと頭を下げていると、ドスドスという大きな足音が近づいてきた。そして再び障子が開くと、局長の近藤が部屋へと入ってくる。
「おお、君が***さんかぁ」
そう言いながら入ってきた近藤を見て、きょとんとする***に「局長の近藤勲です」と自己紹介して、大きな手で握手をした。
「トシから話は聞いたよ、今日はわざわざすまんなぁ。配達のほうも悪いけど、頼まれてやってくれ、この総悟たっての願いだからね、ハッハッハ!」
そう言いながら近藤が沖田の頭に大きな手を乗せると、沖田は少し照れたような顔をして***から目をそらし「別に俺ぁ、何も言ってねぇでさぁ」と言った。近藤と握手したばかりの右手がまだ温かく、その大きな手の力強さに、***は近藤のことを、まるで父親のようだと感じた。
「局長さんってもっと怖い人かと思ってたんですが、近藤さんはとっても包容力がある感じで、お父さんみたいですね。私、お父さんっ子なので、近藤さんとお知り合いになれて今日はとっても嬉しいです」
***のこの言葉は、近藤の胸をときめかせた。女の子の口からこんなに優しい言葉をかけられたのは久しぶりだ。最近は主に「ゴリラ」とか「ストーカーゴリラ」とか「腐れゴリラ」とか、そんな言葉ばかりだったから。
「***ちゃんがよければ、俺のことは江戸のお父さんだと思って、なついてくれていいんだよ、この包容力のかたまりの勲に!」
トシや総悟のように容姿は誇れないが、男はやっぱり包容力だ、と近藤は鼻高々。***を下の名前で呼んで、ウインクをする近藤に、当の***は嬉しそうに笑った。近藤に1ポイント。両脇の土方と沖田は白い目で見ている。
「あっ!そうだ土方さん、スーパーのマヨネーズの棚が広くなったんです。いつも土方さんがたくさん買って下さるおかげです。またお買い物にきてくださいね」
***のこの言葉に今度は土方が自慢気な顔をする。今日知り合ったばかりの近藤さんや、一度会ったきりの総悟と違って、俺とこいつの付き合いは長ぇんだ。
「そいつはありがてぇな、また行くからそんときゃ頼む。早朝の仕事もきついだろ、あんま無理すんなよ」
***の仕事についても理解している自分を、さりげなくアピール。ふふん、と口の片端だけあげて笑う土方に、「土方さんこそ無理なさらずに」と***は微笑む。土方に1ポイント。近藤と沖田は白い目で見ている。
「総悟くん、こないだ預かった子供たちのオモチャで、ひとつだけ誰にも返せなかったのがあって、お家にあるんだけど、どうしたらいいかな…オレンジ色のコケシみたいなやつなんだけど…」
この***の言葉に沖田が目を光らせる。そう俺はこいつの自宅まで行き、部屋に上がって、さらに手料理まで食べさせてもらった。他二人とは関係のレベルが違う。
「そいつはジャスタウェイでさ、よければ***にやらぁ、そのかわりまた焼きそば食わせてくれよ、卵のっけたうめぇやつ」
まるで恋人のような物言いで、格の違いを見せつける。甘えたような口調で料理を褒める沖田に対し、***は恥じらいながら、「あんな物ならいくらでもごちそうするよ」と嬉しそうにする。沖田に1ポイント。近藤と土方は、石のようにピシッと固まっている。
目の前の男三人が水面下で争っているとは露知らず、相変わらず***はにこにこ笑っている。男たちは声には出さず、お互いに交わす視線だけで会話をする。
――ちょっとトシ!スーパーにまた行くから頼むって何を頼むの!?***ちゃんに何をしてもらうの!?てゆーかスーパーってどこのスーパー!?俺も行きたい!お願い教えてェェェ!!
――総悟テメェコラ、一人暮らしの女の部屋に上がり込むなんつー非常識なことをよくもぬけぬけと…ちなみに部屋はどんな感じだったんだコラ、焼きそばにマヨはかかってたかコノヤロー、教えやがれ!!
――近藤さんも土方コノヤローも小娘ひとりにずいぶん必死じゃねぇですかい、まぁ俺にかかればこんな女すぐにメス豚に成り下がらぁ。包容力?そんなもん無くたって、ちょっと甘えればこっちのもんでさぁ
ピシピシピシと稲妻が走るような、無言のやり取りをしている男たち。大きな机を挟んだこちら側で、何も知らずにちょこんと正座している***が、何の気なしに口を開いた。
「あの…ところで今日は、山崎さんはご不在ですか?」
「え?ザキ?***ちゃん、ザキとも知り合いなの?」
「山崎は先月から長い任務についててな、しばらく帰ってこねぇ」
「あんな奴に会うと地味がうつらぁ、ただでさえアンタ影が薄いんだ、やめときなせぇ」
***の口から発せられた山崎の名前を聞いても、男三人は自然と「山崎は戦力外、あんな地味なヤツは相手にするまでもない」と余裕の面持ちだった。しかし***が眉を下げて、残念そうに言った言葉に驚愕することになる。
「山崎さん、お忙しいんですね……ひと月位前に、お仕事がひと段落したら、一緒にミントンやりましょうってお約束したんですけど、それっきり一度もお会いしていなくて。私ずっと待っているんですけど、そうですか、お仕事ですか……」
一緒にミントン…お約束…ずっと待っているんですけど………
男たちの頭の中で、***言葉がリピートする。そして三人とも心の中で、同じセリフを叫んだ。
――「「「あの地味野郎!!抜け駆けしやがって!!!」
突然沖田が立ち上がり、どこからともなく取り出したバズーカを背負うと、「ちょいと地味ネズミを一匹仕留める仕事してくらぁ」と言って部屋を後にした。土方も「至急で出さなきゃいけねぇ書類があった」と言うと出て行ってしまう。苦笑いする近藤ときょとんとした***だけが残される。
「真選組のみなさんは、お忙しいんですね…」
「そ、そうだね!いつも俺たちはこんな感じだよガッハッハッハ!」
鹿威しの「カポ――ン」という音が庭から響いてくる。ちなみに土方の出した至急の書類によって、山崎の張り込み任務はもうひと月伸びたが、もちろんそれは***の知る由もないことだった。
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no.17【pm.3:00】end
カポ―――ン…
庭園の池から鹿威しの音が響いてくる。その音がするたびに、***は広い和室の部屋でひとりかしこまる。
「き、緊張する……」
牛乳屋のおかみさんに行けば分かると言われた通り、真選組の屯所はとても分かりやすかった。表門に到着する前から物々しい塀が、数十メートル続いていた。何も知らない***は、その塀に沿って歩きながら、ずいぶん大きな家だから、よほどのお金持ちが住んでいるんだろう、と思っていた。そしてその塀の終着点に「特別警察 真選組屯所」と描かれた大きな表札がかかっているのを見て、***はびっくりして腰を抜かしそうになった。
それは二日前のこと。スーパーのアルバイトが終わって店を出たところ、待ち構えていたかのように牛乳屋のおかみさんに声をかけられた。
「***ちゃん!大変なことが起きたよ!」
「えっ?おかみさん!どうしたんですか!?」
手を引っ張られて牛乳屋へと向かい、事務所に入ると様々な書類が載っている机から、一枚の紙を手渡された。それは牛乳配達の契約内容の書かれた紙で、急に見せられても***にはなんのことだか理解できない。
「毎朝100本!***農園の牛乳を配達しろって、真選組さんから!!」
「えっ!?ひゃ、ひゃ、ひゃっぽんんん!!?」
今までもにこにこ牛乳で、真選組の食堂へ配達していたが、それは標準の牛乳だった。本数が多いため、トラックで配送していたのだが、次回の配達からはその牛乳を***農園のものにしろという書面が、突然届いたのだった。
***にとっては嬉しいことこの上ない。新八の家のように毎朝数本を契約してくれている家はあるが、百本単位のお得意様は真選組がはじめてだ。
「でも、一体どうして…誰がうちの牛乳にしてくれたんでしょう」
「それが私も分からないんだよ、この契約書は食堂の人が書いたみたいだけどねぇ…***ちゃん、こういうお得意様は大切にしなきゃいけないよ。一度菓子折りでも持ってお礼に行ったほうがいいね」
そうおかみさんに言われた通り、羊羹の入った菓子折りを持ってやって来たのだ。食堂へお礼を言うだけだから、緊張しなくていいと言われたが、入口に厳めしく立つ若い隊士に声をかけるだけで、***は緊張した。
「あ、あああああの!わたくし、にこにこ牛乳の***と申しますが、食堂の方に用があり伺いました!」
「え?にこにこ…?あぁ、牛乳屋さんか、話は伺ってます、こちらへどうぞ」
まるで予約を取っていたかのように話が通じて、門を通される。そのまま食堂へ案内されるかと思いきや、建物の中へあがり、広い廊下を歩いて、応接間のような広い和室へ通された。
「あ、あの私、食堂の方にお会いするつもりで来たのですが…このお部屋でいいんでしょうか?」
***を置いて、部屋を出ていこうとする若い隊士にむかって問いかける。
「ええ、隊長から***さんという牛乳屋が来たら、ここへ通すようにと言われてますので」
そう言い残して隊士は障子を閉めると去って行った。そして冒頭へ戻る。
こんなかしこまった和室に通されて、わけが分からない。***は庭から響いてくる鹿威しの「カポーン」の音にさえ、びくびくとしてしまう。自分の横に菓子折りをおいて、大きな机の前にちょこんと正座する。遠くから足音が聞こえて、少しずつ近づいてきていることに気付き、***はますます緊張する。
誰?誰が来るんだろう?食堂の人?さっきの隊士の方が隊長と言ってたからもっと偉い人かな?土方さんは副長さんだから、それよりは部下の方だろうか…でも、そんな人で私の知っている人なんて、いないはず…と悶々と考え込んでいると突然、スパァンッ!!!という大きな音を立てて、障子が開いた。
そこにいたのは―――
「おー来やがったか、***、ちゃんと菓子折り持ってきてんだろうな、さっさと出しなせぇ」
そこにいたのは***の中では「ニセモンのおまわり」こと沖田だった。
「ええっ!?なんで総悟くんがいるんですか!え!本当に真選組の人だったの!?」
「ひっでぇこと言いやがらぁ、こないだちゃんと警察手帳も見せたじゃねぇか」
「いやいや!だって…だって、総悟くん」
あんなに非道なことをしておきながら、まさか本当に警察官だとはとても思えなかったの、という***の言葉を聞いて、沖田が怒った顔をする。
「ひでぇや***ねえちゃん、俺ぁ、ちゃんとアンタの自転車を見つけて、返してやったじゃねぇか、感謝こそされて当然で、それを非道なことなんて言われる筋合いはねぇぜ」
「何言ってやがんだ総悟、お前はちゃんと***に謝れ、自転車にあんな落書きしたのテメーだろーが」
そう言って沖田の後ろから現れたのは土方だった。
「あれ、土方さん。お久しぶりです。あの、これは一体…」
戸惑う***に土方が訳を説明する。沖田から自転車の一件を聞き出し、落書きやらその他の無礼をちゃんと謝罪しろと言ったところ、沖田は「んなことめんどくせーや土方、死ねよ」と返した。
しかしその後、そういえば***の家で飲んだ牛乳が美味かったと思い出し、どうせなら食堂で取っている牛乳を、***農園の物に変えたらどうかと、提案したのだ。
土方もそれは悪くない案だと思い、近藤に話を通した。そして食堂の女中に頼んで、依頼書を牛乳屋へ出させたのだ。
「じゃあ、総悟くんがうちの牛乳を勧めてくださったんですね」
「そうでぃ、分かったらさっさと菓子折りよこせ」
菓子折りを手渡すとすぐに沖田が風呂敷を開けて中身を改める。「なんでぃ羊羹かよ、***はババァみてぇな趣味してやがらぁ」と言って、土方からげんこつを食らっていた。
「山崎といい総悟といい、うちのが迷惑ばかりかけて悪いな」
「いいえ、土方さん、迷惑なんてそんな…うちの牛乳を毎朝100本、本当にありがたいです。田舎の父も母もすっごく喜ぶと思います。真選組は***農園のはじめてのお得意様です」
今後とも長いお付き合いをよろしくお願い致します、と***がぺこりと頭を下げていると、ドスドスという大きな足音が近づいてきた。そして再び障子が開くと、局長の近藤が部屋へと入ってくる。
「おお、君が***さんかぁ」
そう言いながら入ってきた近藤を見て、きょとんとする***に「局長の近藤勲です」と自己紹介して、大きな手で握手をした。
「トシから話は聞いたよ、今日はわざわざすまんなぁ。配達のほうも悪いけど、頼まれてやってくれ、この総悟たっての願いだからね、ハッハッハ!」
そう言いながら近藤が沖田の頭に大きな手を乗せると、沖田は少し照れたような顔をして***から目をそらし「別に俺ぁ、何も言ってねぇでさぁ」と言った。近藤と握手したばかりの右手がまだ温かく、その大きな手の力強さに、***は近藤のことを、まるで父親のようだと感じた。
「局長さんってもっと怖い人かと思ってたんですが、近藤さんはとっても包容力がある感じで、お父さんみたいですね。私、お父さんっ子なので、近藤さんとお知り合いになれて今日はとっても嬉しいです」
***のこの言葉は、近藤の胸をときめかせた。女の子の口からこんなに優しい言葉をかけられたのは久しぶりだ。最近は主に「ゴリラ」とか「ストーカーゴリラ」とか「腐れゴリラ」とか、そんな言葉ばかりだったから。
「***ちゃんがよければ、俺のことは江戸のお父さんだと思って、なついてくれていいんだよ、この包容力のかたまりの勲に!」
トシや総悟のように容姿は誇れないが、男はやっぱり包容力だ、と近藤は鼻高々。***を下の名前で呼んで、ウインクをする近藤に、当の***は嬉しそうに笑った。近藤に1ポイント。両脇の土方と沖田は白い目で見ている。
「あっ!そうだ土方さん、スーパーのマヨネーズの棚が広くなったんです。いつも土方さんがたくさん買って下さるおかげです。またお買い物にきてくださいね」
***のこの言葉に今度は土方が自慢気な顔をする。今日知り合ったばかりの近藤さんや、一度会ったきりの総悟と違って、俺とこいつの付き合いは長ぇんだ。
「そいつはありがてぇな、また行くからそんときゃ頼む。早朝の仕事もきついだろ、あんま無理すんなよ」
***の仕事についても理解している自分を、さりげなくアピール。ふふん、と口の片端だけあげて笑う土方に、「土方さんこそ無理なさらずに」と***は微笑む。土方に1ポイント。近藤と沖田は白い目で見ている。
「総悟くん、こないだ預かった子供たちのオモチャで、ひとつだけ誰にも返せなかったのがあって、お家にあるんだけど、どうしたらいいかな…オレンジ色のコケシみたいなやつなんだけど…」
この***の言葉に沖田が目を光らせる。そう俺はこいつの自宅まで行き、部屋に上がって、さらに手料理まで食べさせてもらった。他二人とは関係のレベルが違う。
「そいつはジャスタウェイでさ、よければ***にやらぁ、そのかわりまた焼きそば食わせてくれよ、卵のっけたうめぇやつ」
まるで恋人のような物言いで、格の違いを見せつける。甘えたような口調で料理を褒める沖田に対し、***は恥じらいながら、「あんな物ならいくらでもごちそうするよ」と嬉しそうにする。沖田に1ポイント。近藤と土方は、石のようにピシッと固まっている。
目の前の男三人が水面下で争っているとは露知らず、相変わらず***はにこにこ笑っている。男たちは声には出さず、お互いに交わす視線だけで会話をする。
――ちょっとトシ!スーパーにまた行くから頼むって何を頼むの!?***ちゃんに何をしてもらうの!?てゆーかスーパーってどこのスーパー!?俺も行きたい!お願い教えてェェェ!!
――総悟テメェコラ、一人暮らしの女の部屋に上がり込むなんつー非常識なことをよくもぬけぬけと…ちなみに部屋はどんな感じだったんだコラ、焼きそばにマヨはかかってたかコノヤロー、教えやがれ!!
――近藤さんも土方コノヤローも小娘ひとりにずいぶん必死じゃねぇですかい、まぁ俺にかかればこんな女すぐにメス豚に成り下がらぁ。包容力?そんなもん無くたって、ちょっと甘えればこっちのもんでさぁ
ピシピシピシと稲妻が走るような、無言のやり取りをしている男たち。大きな机を挟んだこちら側で、何も知らずにちょこんと正座している***が、何の気なしに口を開いた。
「あの…ところで今日は、山崎さんはご不在ですか?」
「え?ザキ?***ちゃん、ザキとも知り合いなの?」
「山崎は先月から長い任務についててな、しばらく帰ってこねぇ」
「あんな奴に会うと地味がうつらぁ、ただでさえアンタ影が薄いんだ、やめときなせぇ」
***の口から発せられた山崎の名前を聞いても、男三人は自然と「山崎は戦力外、あんな地味なヤツは相手にするまでもない」と余裕の面持ちだった。しかし***が眉を下げて、残念そうに言った言葉に驚愕することになる。
「山崎さん、お忙しいんですね……ひと月位前に、お仕事がひと段落したら、一緒にミントンやりましょうってお約束したんですけど、それっきり一度もお会いしていなくて。私ずっと待っているんですけど、そうですか、お仕事ですか……」
一緒にミントン…お約束…ずっと待っているんですけど………
男たちの頭の中で、***言葉がリピートする。そして三人とも心の中で、同じセリフを叫んだ。
――「「「あの地味野郎!!抜け駆けしやがって!!!」
突然沖田が立ち上がり、どこからともなく取り出したバズーカを背負うと、「ちょいと地味ネズミを一匹仕留める仕事してくらぁ」と言って部屋を後にした。土方も「至急で出さなきゃいけねぇ書類があった」と言うと出て行ってしまう。苦笑いする近藤ときょとんとした***だけが残される。
「真選組のみなさんは、お忙しいんですね…」
「そ、そうだね!いつも俺たちはこんな感じだよガッハッハッハ!」
鹿威しの「カポ――ン」という音が庭から響いてくる。ちなみに土方の出した至急の書類によって、山崎の張り込み任務はもうひと月伸びたが、もちろんそれは***の知る由もないことだった。
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