かぶき町で牛乳配達をする女の子
牛乳(人生)は噛んで飲め
おなまえをどうぞ
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【am.4:30】
夏の夜明けは早い。あと1時間もすればこの街にも朝がくる。人の少ない真っ暗な通りをひとり、パトカーを運転し帰路につく。土方はここ数週間タフな日々が続いている。大きなテロ組織のアジトが見つかり、摘発の準備に忙しい。いざという時のために常に緊張し、隊士たちの士気も高く保たなければと、日々気を回し続けている。しかし張り込みにつかせている監察方からの報告結果は芳しくなく、計画通りにことは運んでいかない。
現在やらなければならない任務と多くの通常業務が、土方の肩に大量にのしかかってきて、ここ数日はろくに睡眠もとっていない。睡眠をとるかわりにニコチンを摂取して、なんとかやりすごしてはいるが、日に日に目の下のくまが濃くなる一方だ。
それにしても…と頭を抱えるのは、上司と部下の自分勝手な勤務態度。局長の近藤は数日前から贔屓のキャバ嬢の尻を追いかけまわしており、ほとんど屯所に帰ってきていない。一番隊の隊長である沖田はサボり放題で、ようやく業務に就いたかと思えば、ところかまわずバズーカを放つ。今日もその破壊行為によって被害を受けた企業に出向き、謝罪回りでこんなに遅くまで働かさせられた。
信用できる隊士たちもいるが、そろそろ締め上げなければ全体の風紀が乱れてしまうかもしれない。気掛かりばかりが増え、ますます疲労が溜まる。
眠い目を瞬かせ、煙草を深く吸いながらハンドルを切る。人影のない大通りに出るが、酔っ払いが寝っ転がっている可能性があるので、スピードはあまり出さない。そんなパトカーのすぐ脇を、一台の自転車が追い抜いていった。追い抜かれる時にふとその自転車をこぐ人物を見て、「あれは…」と動きを止める。
大江戸スーパーで、土方が贔屓にしているレジ係の******だった。着ているエプロンがスーパーの赤い物から、紺色の物にかわっている。自転車の後ろの大きな荷台には、何かが大量に積まれているようで、それが重たいのか必死で自転車をこいでいる。
声をかけようかと思ったが、***の必死な様子を見てためらっているうちに、その姿は数メートル先の角を曲がって見えなくなった。
そういえば山崎が、***は牛乳配達の仕事もしていると言っていた。仕事の邪魔をしては悪いから、声をかけなくて正解かと思いつつも、こんな時間にこんな暗い道を、女ひとりで行くというのは、仕事とはいえあまりにも危険では…と心配になる。
気が付くと***が消えた角を、同じ方向にハンドルを切って曲がっていた。
数メートル先に***の自転車が止まっているのが見え、徐行運転にして様子を伺う。
「ちっ、俺はなにやってんだ…」
これじゃ近藤さんのストーカー行為と一緒じゃねぇかと、煙草をぎりぎりと噛む。しかし民家のある細い通りから***がひょっこりと出てきて、荷台から牛乳瓶を沢山持ち、再び通りへと入っていく姿から、目を離すことができない。
やっぱりあいつは真面目に仕事をやる奴だったなと、なぜか得意げな気持ちになる。スーパーでの接客態度の良さに、土方は***に対して好感を持っていた。いま目の前で一生懸命仕事をしている***の姿によって、自分のその見立てが正解だったと証明されたような気がした。
再び自転車で走り出した***は、次の配達先に向かっている様子。土方はその数メートル後ろをパトカーで追いかける。自転車の進む先に、高台へと続く長く急な登り坂が見え、「まさかあれを登るつもりじゃねーだろな」と思っていると、坂の前で***が一旦自転車を止めた。
***は自転車を降りると、着物のそでをたすき掛けにする。「よしっ!今日こそは!」という声が聞こえ、何がはじまるのかと思って見ていると、***は再び自転車に乗って、その坂を登り始めた。
「うぎぎぎぎぎ…………む、無理ぃ!」
真剣な面持ちと力強い足取りで自転車をこぎだしたが、坂を登り始めて数メートル、全体の五分の一も進んでいないところで、***はギブアップした。運転席からその一部始終を見ていた土方はひとり、「諦めんの早っ!」とつっこみを入れていた。
そこからはよろよろと自転車を押しながら坂を登って行く。
よろめきながら大きな荷台の自転車を押して、急な坂を登っていく***の小さな後ろ姿を見て、土方はその健気さに胸を打たれる。この仕事に対する真面目さや勤勉さを、だらしない隊士どもに見せてやりたい。
運転席に深く身体を沈めて、窓を開けるとふぅーっと煙草の煙を吐き出す。***のスーパーでの働きぶりを思い出す。
山崎と同様に土方も、あのスーパーへ行く時には***のレジを探して並ぶ。以前よりも頻繁に通うようになった為か、***も土方の顔を覚え、最初は「マヨネーズのお客さん」と呼んでいたのが、「マヨネーズの土方さん」になり、最近では「土方さん」と呼び、笑いかけてくれる。
はじめて会った時の***は足をけがしていて、松葉杖をついていた。片足立ちでずいぶん器用に働くやつだと感心したのをよく覚えている。
数日後に松葉杖が取れており、「足は治ったのか」と訊くと、輝くような満面の笑みで「そうなんです!両足で立てるようになりました!」とあまりにも嬉しそうに言うものだから、思わず買ったマヨネーズの中からひとつ取り出し、「けがが治ったお祝いだ」と渡した。
突然土方から渡されたマヨネーズに戸惑いながらも、遠慮がちにしかし嬉しそうに、「ありがとうございます、土方さん」と言った***の、あの恥ずかしそうな笑顔も、しっかり覚えている。
―――コンコン
土方が思い出に浸っていると、ふとパトカーの窓を叩く音がした。はっと現実に引き戻され、半分開いている窓の外に目を向けると、そこに***が立っていた。
「土方さん、こんなところでお仕事ですか?」
「うわァァァァ!びっくりさせんじゃねぇよ!!」
「あわわっ!ご、ごめんなさい!もしかして寝てました?目が開いてたので起きてるかと思って……」
完全に気を抜いていた瞬間に、突然現実の***に声をかけられたものだから、土方の心臓は飛び跳ね、思わず怒鳴ってしまう。窓の外で***はしゅんとしている。
「ぃぃぃいや!寝てねぇよ!断じて寝てねぇ!…なんだ、その、か、考えごとをしてたもんだから」
考えていました、あなたのことを…という変なナレーションが頭の中で流れるが、頭をガシガシと掻いて振り払う。窓を全開にすると***は、土方と話しても大丈夫と感じたのか、いつもの笑顔に戻る。
「土方さんのお仕事姿はじめて見ました。いつもスーパーに来られる時はお着物ですから、すごく新鮮です。こんな時間からお仕事大変ですねぇ」
「ま、まぁな、最近はずっと徹夜続きで、朝だか夜だか自分でもよくわからねぇ。***、お前もずいぶん朝早くから働いてるんだな」
仕事ではなく私情で***を尾行していた為、後ろめたく思いながらもとっさに取り繕う。「私、牛乳配達もしてるんですよ」と笑う***は、そんな土方の内情には全く気付いていない様子だ。
「お前、この坂の上まで、配達に行くのか?」
「ええ、そうなんです。でもこの坂すごく急で、いつも半分くらいしか登れないんです」
半分も登れてないよ!せいぜい五分の一だよ!と土方は思うが、見ていたことがばれてしまうので、口にはしない。
「この坂、全部自転車で登りきれたら、いいことがあると思って毎日挑戦してるんですけど、…今日もダメでした」
眉を少し下げながらも、笑顔で***がそう言う。
「…なんだ、願掛けでもしてんのか」
「願掛け…そうですね、願掛けのようなものですね。……あの、私の実家が農園をやってるんですけど、すっごく貧乏で、ギリギリ経営してるような状態なので…その農園がうまくいって……家族みんなでちょっと贅沢できるくらいになったらいいなぁなんて……あっ、いや、自転車で坂登ったくらいでそれが叶うわけないって分かってるんですよ?でもつい毎朝やっちゃうんです。馬鹿みたいでしょう?」
顔に張り付けたような笑顔で喋っている***を横目に見て、土方は煙草を吸いながら黙っていた。ついさっき見た小さな身体でよろよろと坂を登る***の後ろ姿が、脳裏に浮かぶ。
「………叶うんじゃねぇか」
「え?」
「……自転車で坂登って牛乳届けて、そうやって***、お前は家族のために働いてんだろ、……それならいつか、叶うんじゃねぇか」
「土方さん、…そうですかね…なんか、土方さんがそういうとそんな気がしてきます……さすが、鬼の副長さんですね!山崎さんが言ってましたよ、土方さんはどんな困難な任務も必ずやり遂げる、仕事の鬼のような人だって」
「ちっ…山崎のヤロー、余計なことベラベラ喋りやがって、ちったぁ真面目に仕事しろってんだ。どいつもこいつも、ろくに仕事をしねぇやつばかりで、困ってんだ」
眉間にしわを寄せて、いかにも困っているという風に話す土方を見て、***はくすくすと笑う。それを見て土方の顔も少しだけほころんだ。
「山崎さんは一生懸命お仕事されてますよ。あと、この間、私自転車を無くしちゃったんですけど、真選組の方が見つけて下さって、その人にも……えぇと、お世話になりました。真選組の方々は皆さん真面目にお仕事されていると思いますよ」
土方は***の言葉を聞いて、そんなことをした隊士がいたのかと感心する。それが誰か分かれば褒めてやりたいところだが…と思う。
「あの土方さん、少しお疲れじゃないですか?お顔にいつもの元気が無いですし…あの、私があげられる物、これ位しか無いんですけど…よかったら」
そう言って***は***農園と描かれた牛乳瓶を差し出した。受け取った牛乳はよく冷えていて、疲労と眠気に襲われていた土方にはありがたかった。
「土方さんには関係のないことなのに、私の話を聞いてくださってありがとうございました。お仕事の邪魔しちゃってすみません。お身体壊さないように、頑張って下さいね、またスーパーにも来てください」
そう言った***が自転車のサドルに座って、走りだそうとする。何かを言ってやりたいという気持ちになり、土方らしくない大きな声が出た。
「***っ!……お前も仕事、しっかりやれ!」
突然名前を呼ばれたことに少し驚きながらも、土方を見た***は微笑んだ。
「土方さんも!お互いにお仕事、頑張りましょうね!」
そう言って再び力強く自転車のペダルを踏んだ。小さな後ろ姿が少しづつ離れていく。健気で弱々しく見えるが、その足取りはしっかりしている。朝陽の昇る方へと確実に進んでいくような、そんな力強さがあり、土方は励まされる気がする。
朝から清々しいものを見たな、と思いながら少しずつ離れていく***の自転車を見送る。気が付くと真っ暗だった街が白みはじめ、朝陽が***の背中を照らしていた。眠い目をこすってから、もう一度その背中をよく見ると、突然別の物が土方の目に飛び込んできた。
***の乗る自転車の、荷台の大きな木箱の後ろ。青いペンキで乱雑に描かれた「サド丸号」の文字。
それを見ただけで、土方は様々なことを察して、思わず叫んだ。
「そ、総悟おおおぉぉぉぉーーー!!!!」
(お、お前かぁぁぁぁぁーーーー!!!!)
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no.15【am.4:30】end
夏の夜明けは早い。あと1時間もすればこの街にも朝がくる。人の少ない真っ暗な通りをひとり、パトカーを運転し帰路につく。土方はここ数週間タフな日々が続いている。大きなテロ組織のアジトが見つかり、摘発の準備に忙しい。いざという時のために常に緊張し、隊士たちの士気も高く保たなければと、日々気を回し続けている。しかし張り込みにつかせている監察方からの報告結果は芳しくなく、計画通りにことは運んでいかない。
現在やらなければならない任務と多くの通常業務が、土方の肩に大量にのしかかってきて、ここ数日はろくに睡眠もとっていない。睡眠をとるかわりにニコチンを摂取して、なんとかやりすごしてはいるが、日に日に目の下のくまが濃くなる一方だ。
それにしても…と頭を抱えるのは、上司と部下の自分勝手な勤務態度。局長の近藤は数日前から贔屓のキャバ嬢の尻を追いかけまわしており、ほとんど屯所に帰ってきていない。一番隊の隊長である沖田はサボり放題で、ようやく業務に就いたかと思えば、ところかまわずバズーカを放つ。今日もその破壊行為によって被害を受けた企業に出向き、謝罪回りでこんなに遅くまで働かさせられた。
信用できる隊士たちもいるが、そろそろ締め上げなければ全体の風紀が乱れてしまうかもしれない。気掛かりばかりが増え、ますます疲労が溜まる。
眠い目を瞬かせ、煙草を深く吸いながらハンドルを切る。人影のない大通りに出るが、酔っ払いが寝っ転がっている可能性があるので、スピードはあまり出さない。そんなパトカーのすぐ脇を、一台の自転車が追い抜いていった。追い抜かれる時にふとその自転車をこぐ人物を見て、「あれは…」と動きを止める。
大江戸スーパーで、土方が贔屓にしているレジ係の******だった。着ているエプロンがスーパーの赤い物から、紺色の物にかわっている。自転車の後ろの大きな荷台には、何かが大量に積まれているようで、それが重たいのか必死で自転車をこいでいる。
声をかけようかと思ったが、***の必死な様子を見てためらっているうちに、その姿は数メートル先の角を曲がって見えなくなった。
そういえば山崎が、***は牛乳配達の仕事もしていると言っていた。仕事の邪魔をしては悪いから、声をかけなくて正解かと思いつつも、こんな時間にこんな暗い道を、女ひとりで行くというのは、仕事とはいえあまりにも危険では…と心配になる。
気が付くと***が消えた角を、同じ方向にハンドルを切って曲がっていた。
数メートル先に***の自転車が止まっているのが見え、徐行運転にして様子を伺う。
「ちっ、俺はなにやってんだ…」
これじゃ近藤さんのストーカー行為と一緒じゃねぇかと、煙草をぎりぎりと噛む。しかし民家のある細い通りから***がひょっこりと出てきて、荷台から牛乳瓶を沢山持ち、再び通りへと入っていく姿から、目を離すことができない。
やっぱりあいつは真面目に仕事をやる奴だったなと、なぜか得意げな気持ちになる。スーパーでの接客態度の良さに、土方は***に対して好感を持っていた。いま目の前で一生懸命仕事をしている***の姿によって、自分のその見立てが正解だったと証明されたような気がした。
再び自転車で走り出した***は、次の配達先に向かっている様子。土方はその数メートル後ろをパトカーで追いかける。自転車の進む先に、高台へと続く長く急な登り坂が見え、「まさかあれを登るつもりじゃねーだろな」と思っていると、坂の前で***が一旦自転車を止めた。
***は自転車を降りると、着物のそでをたすき掛けにする。「よしっ!今日こそは!」という声が聞こえ、何がはじまるのかと思って見ていると、***は再び自転車に乗って、その坂を登り始めた。
「うぎぎぎぎぎ…………む、無理ぃ!」
真剣な面持ちと力強い足取りで自転車をこぎだしたが、坂を登り始めて数メートル、全体の五分の一も進んでいないところで、***はギブアップした。運転席からその一部始終を見ていた土方はひとり、「諦めんの早っ!」とつっこみを入れていた。
そこからはよろよろと自転車を押しながら坂を登って行く。
よろめきながら大きな荷台の自転車を押して、急な坂を登っていく***の小さな後ろ姿を見て、土方はその健気さに胸を打たれる。この仕事に対する真面目さや勤勉さを、だらしない隊士どもに見せてやりたい。
運転席に深く身体を沈めて、窓を開けるとふぅーっと煙草の煙を吐き出す。***のスーパーでの働きぶりを思い出す。
山崎と同様に土方も、あのスーパーへ行く時には***のレジを探して並ぶ。以前よりも頻繁に通うようになった為か、***も土方の顔を覚え、最初は「マヨネーズのお客さん」と呼んでいたのが、「マヨネーズの土方さん」になり、最近では「土方さん」と呼び、笑いかけてくれる。
はじめて会った時の***は足をけがしていて、松葉杖をついていた。片足立ちでずいぶん器用に働くやつだと感心したのをよく覚えている。
数日後に松葉杖が取れており、「足は治ったのか」と訊くと、輝くような満面の笑みで「そうなんです!両足で立てるようになりました!」とあまりにも嬉しそうに言うものだから、思わず買ったマヨネーズの中からひとつ取り出し、「けがが治ったお祝いだ」と渡した。
突然土方から渡されたマヨネーズに戸惑いながらも、遠慮がちにしかし嬉しそうに、「ありがとうございます、土方さん」と言った***の、あの恥ずかしそうな笑顔も、しっかり覚えている。
―――コンコン
土方が思い出に浸っていると、ふとパトカーの窓を叩く音がした。はっと現実に引き戻され、半分開いている窓の外に目を向けると、そこに***が立っていた。
「土方さん、こんなところでお仕事ですか?」
「うわァァァァ!びっくりさせんじゃねぇよ!!」
「あわわっ!ご、ごめんなさい!もしかして寝てました?目が開いてたので起きてるかと思って……」
完全に気を抜いていた瞬間に、突然現実の***に声をかけられたものだから、土方の心臓は飛び跳ね、思わず怒鳴ってしまう。窓の外で***はしゅんとしている。
「ぃぃぃいや!寝てねぇよ!断じて寝てねぇ!…なんだ、その、か、考えごとをしてたもんだから」
考えていました、あなたのことを…という変なナレーションが頭の中で流れるが、頭をガシガシと掻いて振り払う。窓を全開にすると***は、土方と話しても大丈夫と感じたのか、いつもの笑顔に戻る。
「土方さんのお仕事姿はじめて見ました。いつもスーパーに来られる時はお着物ですから、すごく新鮮です。こんな時間からお仕事大変ですねぇ」
「ま、まぁな、最近はずっと徹夜続きで、朝だか夜だか自分でもよくわからねぇ。***、お前もずいぶん朝早くから働いてるんだな」
仕事ではなく私情で***を尾行していた為、後ろめたく思いながらもとっさに取り繕う。「私、牛乳配達もしてるんですよ」と笑う***は、そんな土方の内情には全く気付いていない様子だ。
「お前、この坂の上まで、配達に行くのか?」
「ええ、そうなんです。でもこの坂すごく急で、いつも半分くらいしか登れないんです」
半分も登れてないよ!せいぜい五分の一だよ!と土方は思うが、見ていたことがばれてしまうので、口にはしない。
「この坂、全部自転車で登りきれたら、いいことがあると思って毎日挑戦してるんですけど、…今日もダメでした」
眉を少し下げながらも、笑顔で***がそう言う。
「…なんだ、願掛けでもしてんのか」
「願掛け…そうですね、願掛けのようなものですね。……あの、私の実家が農園をやってるんですけど、すっごく貧乏で、ギリギリ経営してるような状態なので…その農園がうまくいって……家族みんなでちょっと贅沢できるくらいになったらいいなぁなんて……あっ、いや、自転車で坂登ったくらいでそれが叶うわけないって分かってるんですよ?でもつい毎朝やっちゃうんです。馬鹿みたいでしょう?」
顔に張り付けたような笑顔で喋っている***を横目に見て、土方は煙草を吸いながら黙っていた。ついさっき見た小さな身体でよろよろと坂を登る***の後ろ姿が、脳裏に浮かぶ。
「………叶うんじゃねぇか」
「え?」
「……自転車で坂登って牛乳届けて、そうやって***、お前は家族のために働いてんだろ、……それならいつか、叶うんじゃねぇか」
「土方さん、…そうですかね…なんか、土方さんがそういうとそんな気がしてきます……さすが、鬼の副長さんですね!山崎さんが言ってましたよ、土方さんはどんな困難な任務も必ずやり遂げる、仕事の鬼のような人だって」
「ちっ…山崎のヤロー、余計なことベラベラ喋りやがって、ちったぁ真面目に仕事しろってんだ。どいつもこいつも、ろくに仕事をしねぇやつばかりで、困ってんだ」
眉間にしわを寄せて、いかにも困っているという風に話す土方を見て、***はくすくすと笑う。それを見て土方の顔も少しだけほころんだ。
「山崎さんは一生懸命お仕事されてますよ。あと、この間、私自転車を無くしちゃったんですけど、真選組の方が見つけて下さって、その人にも……えぇと、お世話になりました。真選組の方々は皆さん真面目にお仕事されていると思いますよ」
土方は***の言葉を聞いて、そんなことをした隊士がいたのかと感心する。それが誰か分かれば褒めてやりたいところだが…と思う。
「あの土方さん、少しお疲れじゃないですか?お顔にいつもの元気が無いですし…あの、私があげられる物、これ位しか無いんですけど…よかったら」
そう言って***は***農園と描かれた牛乳瓶を差し出した。受け取った牛乳はよく冷えていて、疲労と眠気に襲われていた土方にはありがたかった。
「土方さんには関係のないことなのに、私の話を聞いてくださってありがとうございました。お仕事の邪魔しちゃってすみません。お身体壊さないように、頑張って下さいね、またスーパーにも来てください」
そう言った***が自転車のサドルに座って、走りだそうとする。何かを言ってやりたいという気持ちになり、土方らしくない大きな声が出た。
「***っ!……お前も仕事、しっかりやれ!」
突然名前を呼ばれたことに少し驚きながらも、土方を見た***は微笑んだ。
「土方さんも!お互いにお仕事、頑張りましょうね!」
そう言って再び力強く自転車のペダルを踏んだ。小さな後ろ姿が少しづつ離れていく。健気で弱々しく見えるが、その足取りはしっかりしている。朝陽の昇る方へと確実に進んでいくような、そんな力強さがあり、土方は励まされる気がする。
朝から清々しいものを見たな、と思いながら少しずつ離れていく***の自転車を見送る。気が付くと真っ暗だった街が白みはじめ、朝陽が***の背中を照らしていた。眠い目をこすってから、もう一度その背中をよく見ると、突然別の物が土方の目に飛び込んできた。
***の乗る自転車の、荷台の大きな木箱の後ろ。青いペンキで乱雑に描かれた「サド丸号」の文字。
それを見ただけで、土方は様々なことを察して、思わず叫んだ。
「そ、総悟おおおぉぉぉぉーーー!!!!」
(お、お前かぁぁぁぁぁーーーー!!!!)
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