かぶき町で牛乳配達をする女の子
牛乳(人生)は噛んで飲め
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【pm.9:00】
大通りまで戻ってくると、道は明るく人も多い。走り回る子供や笑う人々を見て、その健全さに銀時はほっとする。自分の手の中でまだ震えている***の手をどうしたらいいのか、迷いながらただただ明るい方へと足を進めていたから。
何気なく“大人を困らせるな”と言ったが、***を見失ったと気付いた時、銀時は酷く焦りを感じた。腹が痛いと言い出した神楽を、新八と一緒に帰らせると、***が消えていった人混みを掻き分け、通りを走り抜けた。
薄暗い通りまで辿り着いた時には息が上がっていて、銀さんそんなに若くないんだから、こんなに走らせんなと小言のひとつでも言ってやろうと思っていたところ、遠くから***の「やめて!」という声が聞こえた。
その声で一瞬にして全身の毛が逆立った。身体中の血液が沸騰するような感覚が走り、上がっていた息が詰まる。地面を蹴って目標まで最速最短で辿り着く。にやにやと笑う男たちが気付く間もなく、既に銀時はそこにいて、足元に座り込む***を守るように、立っていたのだ。
暴力から助けることは容易い。野郎どもを追っ払うことも簡単だ。しかし、まるで何も無かったように作り笑いをする***を見ているのが苦しい。ガタガタ震えながら泣く***を、どうしたら慰められるのか、銀時には分からない。
とにかく明るい方へと手を引っ張って、ようやく通りまで戻ってきた時に、後ろから小さな声が聞こえた。
「…め、…べたい」
「あぁ?」
振り向くと***が赤い目で銀時を見上げていた。
「綿あめ、食べたい」
一番近くの出店で綿あめを買って手渡すと、***は顔をほころばせた。小さい頃に一度食べてから、いつかまた食べたいと思ってたの、とはにかみながらふわふわとした白い塊を持ち上げて、目をきらきらとさせて眺めている。***の瞳にいつもの光が戻ったのを見て、銀時は安堵する。繋いだままの手の震えが、さっきより小さくなっている。
「綿あめくれぇで祭りを終わりにするなんざ、ガキだガキッ!大人は金に物言わせて豪遊するもんなんだよ!おらこっちだこっち!」
そう言ってそのまま***を引っ張って、様々な屋台を見せる。
「あっ!銀ちゃん、金魚すくいだよ!」
「よーし***、これ全部すくえ、明日の晩飯は金魚フライだ」
「えっ!やだよ!フライになんてしないで下さい!!」
浴衣の袖を濡らして何度も挑戦する。薄紙が破け、もう駄目かと思った最後のひと振りでようやく一匹取れた。わっ!取れたよ銀ちゃん!と言って大喜びする。ビニール袋に入れて手渡された金魚を持ち上げて、にっこりと笑う***の顔を、銀時は金魚の入った水越しに見た。
射的を見つけて***が挑戦するが、初めてのことで勝手が分からず、うまく的を狙えない。全く見当違いのところへ、コルク栓が飛んでいく。
「えー!おじさん何ですかこれ!?すごく難しいんですけど…」
「お姉ちゃん、ちゃんと足踏ん張って腕伸ばして撃たないと取れないよ」
「そーだぞ***、んなぐらぐら立ってて取れるわけねーだろ。おら、ちょっと貸せ」
銃身を持つ***の右手に銀時の大きな手が重なって、しっかりと握られる。左手も回されて、後ろから抱きしめられるような格好になる。銀時の胸に***の後頭部がついて、大きな身体に包まれる。いつもだったら恥ずかしくて赤くなるけれど、怖い思いをしたばかりの今は、こうして銀時の身体に包まれているのが、***にとっては安心できる。
さっきの男に羽交い絞めにされた時はあんなに怖かったのに、同じくらい密着しても銀時からは温かさと安心感しか感じない。頭の後ろで、銀時のゆっくりとした、しかし力強い心臓の音が聞こえた。
―――パンッ
軽快な音を立てて放たれたコルクの弾が、小さなお菓子の箱を落とす。
「わっ!銀ちゃんすごいっ!」
「おいオヤジ、そんなちっせぇヤツじゃなくて、そっちのでけぇヤツ寄こせ。どーせこんなシケた店、誰も来ねぇしいいだろ、ケチケチすんなや」
「ちょ、ちょっと銀ちゃん!何ヤクザみたいなこと言ってるんですか!ダメだよ!」
「あァ?お前だってこんなちっせぇモンもらったって嬉しくもなんともねぇだろーが、本当はあっちのでっけぇクマのぬいぐるみでモフモフしてぇんだろ、お前よく定春に抱き着いてんじゃねぇか、好きなんだろでっけぇ手玉にモフモフすんのが!」
「モフモフはしたいけど!でもちゃんとお金を払わなきゃダメです!モフモフは確かにしたいけど、大人なんだからそんなワガママ言っちゃダメです!」
恋人同士のように身体を密着させたまま、口論するおかしな二人を見て、ついに屋台のおじさんが笑い出した。呆れた顔で笑いながら、白くまの大きなぬいぐるみを***に差し出す。
「お姉ちゃん、愛されてるねぇ、その愛に免じて、ほらコレやるよ。ぐずぐずすっとこのお兄ちゃんに店ぶっ壊されそうで怖いしね、もってきな」
「ええッ!ダメですよおじさん!そんな!」
「おー***よかったなぁ、これでモフモフし放題じゃねぇか、オヤジが銀さんに免じてやるって言ってんだから、おとなしくもらっといてやれよ。男は一度出したもんはひっこめられねぇ生きもんなんだ」
「なんで銀ちゃんがいいことしたみたいな顔してるんですか!?」
何度も何度もお辞儀をして、***は白くまのぬいぐるみを受け取った。***の身長と大差ないほどの大きさだったので、銀時が背負って持ってくれる。
前を歩く銀時の髪とぬいぐるみの白い毛が、一緒にふわふわ揺れていて、大きな子供をおんぶして歩いているようでおかしい。***は思わず「ぷっ」と吹き出す。その声に銀時が振り向いて、怪訝な顔で***を見下ろす。
「なぁに笑ってんだよ」
「だってなんだか……すっごく楽しくって!」
両手で口元をおさえて笑いながらそう言う***の、目元はまだ少し赤い。しかしこらえきれないという風に笑顔を浮かべる***を見て、銀時もふっと笑うと、大きな手を***の頭にぽんと乗せた。
「言っただろ、写真だけじゃ祭りの楽しさっつーのはわかんねぇの」
「うん…ほんとだね銀ちゃん、いろんなところに連れて行ってくれて、ありがとう。あ、でもねぇ、結構いい写真も撮れたんですよ、見てください」
そう言って道の端に寄ると、***がデジカメの電源を入れる。ふたりして液晶をのぞき込み、写真を見る。***の言うとおり、確かにそこには楽しそうなかぶき町の人々の様子がたくさん写っていた。
「ほら!このミニの浴衣の子たち、皆でポーズ取ってくれたの!みんなすっごく可愛いです!あとねぇ、この男の子は転んで泣いてたんだけど、屋台のおじさんが綿あめあげたら泣き止んで、写真も撮らせてくれたんです!すごいでしょう?」
得意げに写真を指さす***を見て、確かに写真はよく撮れていると銀時は思う。しかしその沢山の写真を見れば見るほど、何かが足りない気がしてくる。胸に冷たい風が吹くような感覚が走るが、その理由が分からない。
「あっ!銀ちゃん、私これ食べたいです!これも!」
そう言った***が写真に写るクレープとたこ焼きを指さすので、屋台を探す。熱々のたこ焼きと生クリームたっぷりのクレープをふたつ買って、縁石に座って食べる。熱いから気をつけろと銀時に言われたのに、たこ焼きを丸ごとひとつ口に入れて、***は目を白黒させた。その隣で銀時は久々の糖分摂取だからと言って、クレープを一気に食べ尽くす勢いで食べ始める。
「ひょっと!ひんひゃん!ひゅれぇふ、わたひもはびはいッ!」
「っんだよ、何言ってっかわかんねーよ!食ってから言え食ってから!」
***は“ちょっと銀ちゃん、クレープ私も食べたい”と言っているのだが、たこ焼きが熱くて飲み込めず、上手く喋れない。それでもクレープを取られまいと、尚もほわほわと喋り続ける***を見て、銀時はげらげら笑いだした。
「た、たこ焼きが熱くて飲み込めなかったの!そんなに笑わないでください!」
「いや、***がいつまでたってもほわほわ言ってっからだろ!あちぃから一口で食うなっつったろーが!子供じゃねぇんだから、それくらい分かれよ」
「だってこんなに熱いと思わなかったんだもん!……銀ちゃんこそ、お鼻に生クリームついてますよ、子供じゃないんだから!」
「違いますぅ~クレープを食べる時に鼻にクリームをつけるのは正しい大人の作法ですぅ~絶対つけなきゃいけないんですぅ!鼻にクリームつけざる者、クレープ食うべからず!おら、お前もつけろ!」
―――ベチャッ
突然視界にクレープが広がり、鼻のてっぺんに生クリームがべっとりとつく。
「ちょっとぉぉぉ!銀ちゃん!なにすんですか!?」
「よし、***くん、これで君もクレープを食べる権利を手に入れたのだよ、感謝したまえ」
やめてくださいよぉ、と***が怒る。しかしぱっと銀時と目が合うと、二人して鼻に生クリームをつけている姿がお互いにおかしくなり、お互いの顔を指差してげらげら笑いだした。
「そこのお似合いのおふたりさん、こっち向いて!」
―――パシャッ
突然声をかけられて、笑い顔のまま声のする方をふたり同時に見ると、そこにはカメラを持った男が立っていた。手にしていたのはポラロイドカメラで、シャッター音の後すぐに「ジー」という音がして写真が出てくる。
「あれ?おじさん!腰は大丈夫なんですか?」
***が立ち上がって駆け寄ったその人は、牛乳屋の主人だった。
「***ちゃん、せっかくの祭りだってのに写真頼んじゃって悪かったねぇ。腰はまだ痛ぇんだが、祭りの囃子を聞いたら江戸っ子の血が騒いじまって、かかぁに内緒で来ちまったよ」
「おいジジイ、この高性能デジカメっつーのは、外からラブホの窓んなかまで盗撮できるすっげぇヤツだろ、てめぇそれもかかぁに内緒にしてんのか」
「あんたは、万事屋の旦那だね。***ちゃんからいつも聞いてるよ。今日は一緒に回ってくれたのかい、助かったよ」
「おじさん、たくさん写真撮れたの!これで大丈夫だったらいいんだけど…」
主人はデジカメを受け取ると礼を言って、***の静止も聞かずに歩き出した。少し離れたところで振り返って「万事屋の旦那」と、銀時に声をかける。
「あぁ?なんだよジジイ」
「わかってると思うが、***ちゃんは若い娘だからね、くれぐれも帰りは家まで送ってやってくんな。それからね………このデジカメは防水で、海の中のビキニも撮れる」
「っんだよ!やっぱりじゃねーか!こんのエロジジイ!!」
叫んだ銀時に牛乳屋の主人は笑って何かを手渡すと、そのまま歩き去って行った。
後ろを振り返ると***の姿がなく、驚いて周囲を見渡す。少し離れた所で泣いている子供の前にしゃがんでいた。泣き止まない子供とそれに困り果てた母親を見て、思わず声をかけたようだった。
銀時が見ていると、***は持っていた金魚すくいの袋を、子供に手渡した。「お姉ちゃんが頑張って取った子だから、大切にしてあげてね」と言って渡すと、子供は泣き止んで、「おねえちゃん、ありがとう!」と言って笑った。
母親が遠慮がちに何度も「いいんですか?」と聞く。***は子供と同じような顔で笑うと、親子に手を振って、小走りで銀時のもとへ戻ってきた。
「せっかく取れたのにいいのかよ」
「うん、いいの。だってあの子、金魚取れるまで帰らないって、お母さん困ってたから…それに、私はもう十分楽しんだから、…だからいいんです」
***が満足そうに微笑んで親子を見送っている。その横顔を銀時は何も言わずに見ていた。
「銀ちゃん、私、この街のお祭りが大好きです。いろんな人がすっごく楽しそうにしてるから。カメラ越しにみんなが私に笑ってくれて、そんなお祭りってなかなか無いですよね。銀ちゃんのおかげでたくさん楽しめたし、本当にありがとう」
あんなに怖い思いして泣いたっつーのに、そのことはすっかり忘れたのかよ、と銀時は呆れたような、ほっとしたような不思議な気持ちになる。ふと自分の手元に牛乳屋の主人が手渡していった何かがあることに気が付き、持ち上げて裏返すと、それはポラロイドの写真だった。
そこには鼻に生クリームをつけて、口を大きく開けて笑っている銀時と***が写っていた。その写真を見て銀時は、さっき自分が感じた何かが足りないという感覚の、その何かが一体何だったのかを理解した。
***の撮った写真には、***が写っていないのだ。
かぶき町の人々の沢山の笑顔、街の楽しい雰囲気の中に、***だけがいないのが、何かがおかしい、何かが足りないと感じたのだ。
ポラロイド特有の荒くて淡い色合いのその写真の中で、楽しそうに笑っている***の顔を見た時に、銀時は自分の胸のなかの足りない部分が満たされていくような気がした。
「あれ?それおじさんが撮った写真?銀ちゃんもらったんですか?」
「あのジジイ、毎年カメラ係やるだけあんな、しっかり写ってるわ、***の前歯に青のりがついてるとこぉ」
「えッ!?嘘ッ!!やだ!ちょ、ちょっと見せてください!!」
「ダメですぅ~これは銀さんがもらったんですぅ、見たかったら1回千円払えコノヤロー!」
「千円って!そんなのぼったくりじゃないですか!ちょっと銀ちゃん!ほんとに青のりついてる?ねぇ恥ずかしいからそれ見ないで!人にも見せないで!!」
「っどぉーしよっかなぁー、***の態度次第だなぁー」
写真が恥ずかしいのか***の顔は久しぶりに紅潮した。銀時が写真を見ようとするたびに「見ないで!」と言って、真っ赤になって手を掴んでくる。
泣いた目元の赤みはひいて、かわりに頬と耳が真っ赤だ。銀時はその赤い顔を見てようやく、もう大丈夫だと思う。
大通りを少しずつ離れて歩いていく。ぎゃあぎゃあと楽しげに騒ぐふたりを、祭りの囃子を載せた夏の風が優しくなでて、そしてまたどこかへと吹いていった。
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no.14【pm.9:00】end
大通りまで戻ってくると、道は明るく人も多い。走り回る子供や笑う人々を見て、その健全さに銀時はほっとする。自分の手の中でまだ震えている***の手をどうしたらいいのか、迷いながらただただ明るい方へと足を進めていたから。
何気なく“大人を困らせるな”と言ったが、***を見失ったと気付いた時、銀時は酷く焦りを感じた。腹が痛いと言い出した神楽を、新八と一緒に帰らせると、***が消えていった人混みを掻き分け、通りを走り抜けた。
薄暗い通りまで辿り着いた時には息が上がっていて、銀さんそんなに若くないんだから、こんなに走らせんなと小言のひとつでも言ってやろうと思っていたところ、遠くから***の「やめて!」という声が聞こえた。
その声で一瞬にして全身の毛が逆立った。身体中の血液が沸騰するような感覚が走り、上がっていた息が詰まる。地面を蹴って目標まで最速最短で辿り着く。にやにやと笑う男たちが気付く間もなく、既に銀時はそこにいて、足元に座り込む***を守るように、立っていたのだ。
暴力から助けることは容易い。野郎どもを追っ払うことも簡単だ。しかし、まるで何も無かったように作り笑いをする***を見ているのが苦しい。ガタガタ震えながら泣く***を、どうしたら慰められるのか、銀時には分からない。
とにかく明るい方へと手を引っ張って、ようやく通りまで戻ってきた時に、後ろから小さな声が聞こえた。
「…め、…べたい」
「あぁ?」
振り向くと***が赤い目で銀時を見上げていた。
「綿あめ、食べたい」
一番近くの出店で綿あめを買って手渡すと、***は顔をほころばせた。小さい頃に一度食べてから、いつかまた食べたいと思ってたの、とはにかみながらふわふわとした白い塊を持ち上げて、目をきらきらとさせて眺めている。***の瞳にいつもの光が戻ったのを見て、銀時は安堵する。繋いだままの手の震えが、さっきより小さくなっている。
「綿あめくれぇで祭りを終わりにするなんざ、ガキだガキッ!大人は金に物言わせて豪遊するもんなんだよ!おらこっちだこっち!」
そう言ってそのまま***を引っ張って、様々な屋台を見せる。
「あっ!銀ちゃん、金魚すくいだよ!」
「よーし***、これ全部すくえ、明日の晩飯は金魚フライだ」
「えっ!やだよ!フライになんてしないで下さい!!」
浴衣の袖を濡らして何度も挑戦する。薄紙が破け、もう駄目かと思った最後のひと振りでようやく一匹取れた。わっ!取れたよ銀ちゃん!と言って大喜びする。ビニール袋に入れて手渡された金魚を持ち上げて、にっこりと笑う***の顔を、銀時は金魚の入った水越しに見た。
射的を見つけて***が挑戦するが、初めてのことで勝手が分からず、うまく的を狙えない。全く見当違いのところへ、コルク栓が飛んでいく。
「えー!おじさん何ですかこれ!?すごく難しいんですけど…」
「お姉ちゃん、ちゃんと足踏ん張って腕伸ばして撃たないと取れないよ」
「そーだぞ***、んなぐらぐら立ってて取れるわけねーだろ。おら、ちょっと貸せ」
銃身を持つ***の右手に銀時の大きな手が重なって、しっかりと握られる。左手も回されて、後ろから抱きしめられるような格好になる。銀時の胸に***の後頭部がついて、大きな身体に包まれる。いつもだったら恥ずかしくて赤くなるけれど、怖い思いをしたばかりの今は、こうして銀時の身体に包まれているのが、***にとっては安心できる。
さっきの男に羽交い絞めにされた時はあんなに怖かったのに、同じくらい密着しても銀時からは温かさと安心感しか感じない。頭の後ろで、銀時のゆっくりとした、しかし力強い心臓の音が聞こえた。
―――パンッ
軽快な音を立てて放たれたコルクの弾が、小さなお菓子の箱を落とす。
「わっ!銀ちゃんすごいっ!」
「おいオヤジ、そんなちっせぇヤツじゃなくて、そっちのでけぇヤツ寄こせ。どーせこんなシケた店、誰も来ねぇしいいだろ、ケチケチすんなや」
「ちょ、ちょっと銀ちゃん!何ヤクザみたいなこと言ってるんですか!ダメだよ!」
「あァ?お前だってこんなちっせぇモンもらったって嬉しくもなんともねぇだろーが、本当はあっちのでっけぇクマのぬいぐるみでモフモフしてぇんだろ、お前よく定春に抱き着いてんじゃねぇか、好きなんだろでっけぇ手玉にモフモフすんのが!」
「モフモフはしたいけど!でもちゃんとお金を払わなきゃダメです!モフモフは確かにしたいけど、大人なんだからそんなワガママ言っちゃダメです!」
恋人同士のように身体を密着させたまま、口論するおかしな二人を見て、ついに屋台のおじさんが笑い出した。呆れた顔で笑いながら、白くまの大きなぬいぐるみを***に差し出す。
「お姉ちゃん、愛されてるねぇ、その愛に免じて、ほらコレやるよ。ぐずぐずすっとこのお兄ちゃんに店ぶっ壊されそうで怖いしね、もってきな」
「ええッ!ダメですよおじさん!そんな!」
「おー***よかったなぁ、これでモフモフし放題じゃねぇか、オヤジが銀さんに免じてやるって言ってんだから、おとなしくもらっといてやれよ。男は一度出したもんはひっこめられねぇ生きもんなんだ」
「なんで銀ちゃんがいいことしたみたいな顔してるんですか!?」
何度も何度もお辞儀をして、***は白くまのぬいぐるみを受け取った。***の身長と大差ないほどの大きさだったので、銀時が背負って持ってくれる。
前を歩く銀時の髪とぬいぐるみの白い毛が、一緒にふわふわ揺れていて、大きな子供をおんぶして歩いているようでおかしい。***は思わず「ぷっ」と吹き出す。その声に銀時が振り向いて、怪訝な顔で***を見下ろす。
「なぁに笑ってんだよ」
「だってなんだか……すっごく楽しくって!」
両手で口元をおさえて笑いながらそう言う***の、目元はまだ少し赤い。しかしこらえきれないという風に笑顔を浮かべる***を見て、銀時もふっと笑うと、大きな手を***の頭にぽんと乗せた。
「言っただろ、写真だけじゃ祭りの楽しさっつーのはわかんねぇの」
「うん…ほんとだね銀ちゃん、いろんなところに連れて行ってくれて、ありがとう。あ、でもねぇ、結構いい写真も撮れたんですよ、見てください」
そう言って道の端に寄ると、***がデジカメの電源を入れる。ふたりして液晶をのぞき込み、写真を見る。***の言うとおり、確かにそこには楽しそうなかぶき町の人々の様子がたくさん写っていた。
「ほら!このミニの浴衣の子たち、皆でポーズ取ってくれたの!みんなすっごく可愛いです!あとねぇ、この男の子は転んで泣いてたんだけど、屋台のおじさんが綿あめあげたら泣き止んで、写真も撮らせてくれたんです!すごいでしょう?」
得意げに写真を指さす***を見て、確かに写真はよく撮れていると銀時は思う。しかしその沢山の写真を見れば見るほど、何かが足りない気がしてくる。胸に冷たい風が吹くような感覚が走るが、その理由が分からない。
「あっ!銀ちゃん、私これ食べたいです!これも!」
そう言った***が写真に写るクレープとたこ焼きを指さすので、屋台を探す。熱々のたこ焼きと生クリームたっぷりのクレープをふたつ買って、縁石に座って食べる。熱いから気をつけろと銀時に言われたのに、たこ焼きを丸ごとひとつ口に入れて、***は目を白黒させた。その隣で銀時は久々の糖分摂取だからと言って、クレープを一気に食べ尽くす勢いで食べ始める。
「ひょっと!ひんひゃん!ひゅれぇふ、わたひもはびはいッ!」
「っんだよ、何言ってっかわかんねーよ!食ってから言え食ってから!」
***は“ちょっと銀ちゃん、クレープ私も食べたい”と言っているのだが、たこ焼きが熱くて飲み込めず、上手く喋れない。それでもクレープを取られまいと、尚もほわほわと喋り続ける***を見て、銀時はげらげら笑いだした。
「た、たこ焼きが熱くて飲み込めなかったの!そんなに笑わないでください!」
「いや、***がいつまでたってもほわほわ言ってっからだろ!あちぃから一口で食うなっつったろーが!子供じゃねぇんだから、それくらい分かれよ」
「だってこんなに熱いと思わなかったんだもん!……銀ちゃんこそ、お鼻に生クリームついてますよ、子供じゃないんだから!」
「違いますぅ~クレープを食べる時に鼻にクリームをつけるのは正しい大人の作法ですぅ~絶対つけなきゃいけないんですぅ!鼻にクリームつけざる者、クレープ食うべからず!おら、お前もつけろ!」
―――ベチャッ
突然視界にクレープが広がり、鼻のてっぺんに生クリームがべっとりとつく。
「ちょっとぉぉぉ!銀ちゃん!なにすんですか!?」
「よし、***くん、これで君もクレープを食べる権利を手に入れたのだよ、感謝したまえ」
やめてくださいよぉ、と***が怒る。しかしぱっと銀時と目が合うと、二人して鼻に生クリームをつけている姿がお互いにおかしくなり、お互いの顔を指差してげらげら笑いだした。
「そこのお似合いのおふたりさん、こっち向いて!」
―――パシャッ
突然声をかけられて、笑い顔のまま声のする方をふたり同時に見ると、そこにはカメラを持った男が立っていた。手にしていたのはポラロイドカメラで、シャッター音の後すぐに「ジー」という音がして写真が出てくる。
「あれ?おじさん!腰は大丈夫なんですか?」
***が立ち上がって駆け寄ったその人は、牛乳屋の主人だった。
「***ちゃん、せっかくの祭りだってのに写真頼んじゃって悪かったねぇ。腰はまだ痛ぇんだが、祭りの囃子を聞いたら江戸っ子の血が騒いじまって、かかぁに内緒で来ちまったよ」
「おいジジイ、この高性能デジカメっつーのは、外からラブホの窓んなかまで盗撮できるすっげぇヤツだろ、てめぇそれもかかぁに内緒にしてんのか」
「あんたは、万事屋の旦那だね。***ちゃんからいつも聞いてるよ。今日は一緒に回ってくれたのかい、助かったよ」
「おじさん、たくさん写真撮れたの!これで大丈夫だったらいいんだけど…」
主人はデジカメを受け取ると礼を言って、***の静止も聞かずに歩き出した。少し離れたところで振り返って「万事屋の旦那」と、銀時に声をかける。
「あぁ?なんだよジジイ」
「わかってると思うが、***ちゃんは若い娘だからね、くれぐれも帰りは家まで送ってやってくんな。それからね………このデジカメは防水で、海の中のビキニも撮れる」
「っんだよ!やっぱりじゃねーか!こんのエロジジイ!!」
叫んだ銀時に牛乳屋の主人は笑って何かを手渡すと、そのまま歩き去って行った。
後ろを振り返ると***の姿がなく、驚いて周囲を見渡す。少し離れた所で泣いている子供の前にしゃがんでいた。泣き止まない子供とそれに困り果てた母親を見て、思わず声をかけたようだった。
銀時が見ていると、***は持っていた金魚すくいの袋を、子供に手渡した。「お姉ちゃんが頑張って取った子だから、大切にしてあげてね」と言って渡すと、子供は泣き止んで、「おねえちゃん、ありがとう!」と言って笑った。
母親が遠慮がちに何度も「いいんですか?」と聞く。***は子供と同じような顔で笑うと、親子に手を振って、小走りで銀時のもとへ戻ってきた。
「せっかく取れたのにいいのかよ」
「うん、いいの。だってあの子、金魚取れるまで帰らないって、お母さん困ってたから…それに、私はもう十分楽しんだから、…だからいいんです」
***が満足そうに微笑んで親子を見送っている。その横顔を銀時は何も言わずに見ていた。
「銀ちゃん、私、この街のお祭りが大好きです。いろんな人がすっごく楽しそうにしてるから。カメラ越しにみんなが私に笑ってくれて、そんなお祭りってなかなか無いですよね。銀ちゃんのおかげでたくさん楽しめたし、本当にありがとう」
あんなに怖い思いして泣いたっつーのに、そのことはすっかり忘れたのかよ、と銀時は呆れたような、ほっとしたような不思議な気持ちになる。ふと自分の手元に牛乳屋の主人が手渡していった何かがあることに気が付き、持ち上げて裏返すと、それはポラロイドの写真だった。
そこには鼻に生クリームをつけて、口を大きく開けて笑っている銀時と***が写っていた。その写真を見て銀時は、さっき自分が感じた何かが足りないという感覚の、その何かが一体何だったのかを理解した。
***の撮った写真には、***が写っていないのだ。
かぶき町の人々の沢山の笑顔、街の楽しい雰囲気の中に、***だけがいないのが、何かがおかしい、何かが足りないと感じたのだ。
ポラロイド特有の荒くて淡い色合いのその写真の中で、楽しそうに笑っている***の顔を見た時に、銀時は自分の胸のなかの足りない部分が満たされていくような気がした。
「あれ?それおじさんが撮った写真?銀ちゃんもらったんですか?」
「あのジジイ、毎年カメラ係やるだけあんな、しっかり写ってるわ、***の前歯に青のりがついてるとこぉ」
「えッ!?嘘ッ!!やだ!ちょ、ちょっと見せてください!!」
「ダメですぅ~これは銀さんがもらったんですぅ、見たかったら1回千円払えコノヤロー!」
「千円って!そんなのぼったくりじゃないですか!ちょっと銀ちゃん!ほんとに青のりついてる?ねぇ恥ずかしいからそれ見ないで!人にも見せないで!!」
「っどぉーしよっかなぁー、***の態度次第だなぁー」
写真が恥ずかしいのか***の顔は久しぶりに紅潮した。銀時が写真を見ようとするたびに「見ないで!」と言って、真っ赤になって手を掴んでくる。
泣いた目元の赤みはひいて、かわりに頬と耳が真っ赤だ。銀時はその赤い顔を見てようやく、もう大丈夫だと思う。
大通りを少しずつ離れて歩いていく。ぎゃあぎゃあと楽しげに騒ぐふたりを、祭りの囃子を載せた夏の風が優しくなでて、そしてまたどこかへと吹いていった。
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no.14【pm.9:00】end