かぶき町で牛乳配達をする女の子
牛乳(人生)は噛んで飲め
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【pm.7:00】
大通りに沿って町内会の赤い提灯が揺れている。いつもは夜が更けるほどいかがわしさを増すかぶき町が、今日は少し雰囲気が違う。日が暮れるほど祭り独特の高揚感が膨らみ、駆け回る子供はもちろん、大人も浮かれた顔をしている。
屋台が連なり、浴衣を着た人々で溢れる通りを、***は目を輝かせて眺めている。お祭りなんて何年ぶりだろう。とても幼い頃、兄に手を引かれて綿あめを買ってもらった記憶がある。その後の飢饉で祭りどころではなくなり、今までの人生ずっと縁がなかった。
それが今年はお妙に浴衣を着せてもらい、髪まで結って、友達と一緒に祭りに行けるのだ。数日前から***はずっとわくわくしていて、チラシを見ては「ねぇねぇ銀ちゃん、射的って何?りんご飴ってどんな飴?金魚すくいってすくった金魚は持って帰れるの?」と、銀時に質問し通しだった。
「で、お前のそれは何なわけ」
呆れ顔の銀時が指さしているのは、***の首から下げられた高性能のデジタルカメラ。白地に藍色で朝顔が描かれた浴衣を着ているが、その右腕には「かぶき町 町内会 カメラ係」という文字の入った腕章をつけている。
「これ?牛乳屋さんのおじさんに頼まれちゃったの。おじさんが毎年お祭りのカメラ係やってたんだけど、ぎっくり腰になっちゃって今年は行けないから、代わりに写真撮ってきてくれって言われて…どうせお祭りには行くし、ついでだからいいかなぁって引き受けたんです」
「はァァァァ!?引き受けたって軽く言ってっけど、***、お前カメラなんつーもんを使いこなせんのかよ!?しかも何コレ?このカメラすっげぇやつじゃん、向かいのマンションのおねーちゃんの生着替え盗撮とかできるやつじゃん!!」
「銀ちゃん、それ犯罪だからね……おじさんに教わって、操作は分かるから大丈夫ですよ!いい写真いっぱい撮るから、応援しててね」
そう言って笑いながら、既に屋台で焼トウモロコシを大量に買って食べまくっている神楽の方へと歩いていってしまう。***の後ろ姿を見て銀時は、でもそれじゃお前が楽しめねぇんじゃねぇの、と思ったが口には出さなかった。
「あー!お姉さん、大江戸スーパーの人じゃん!」
ミニ丈の浴衣に、光る飾りが揺れるカチューシャをした女の子たち。その集団にカメラを向けると、数人が***のことを知っていた。***が「みんな浴衣似合ってる!かわいいねぇ!」と言ってシャッターをきると、笑顔でピースをしたり、ポーズを取る。
「お姉さんも浴衣かわいー!写真ありがと、これあげるねぇ」
そう言った女の子から、小さなりんご飴をもらい、手を振って別れた。
「あれ、***ちゃん?牛乳屋の親父はどうした?」
お神輿の周りで集まって酒盛りをしていた町内会のおじさん達が、カメラ係の***に気づいて声をかける。
「ぎっくり腰で来られないんですよ。代わりに今年は私がカメラ係です!はい、みなさん笑って笑って、撮りますよぉ」
一緒に酒を飲んでいけと引き留められたが、写真を撮るのでとやんわりと断る。渡されたジュースだけ貰って、その場を後にした。
***が「お祭りの楽しい写真撮らせてください」とカメラを向けると、誰もがこころよくレンズに向かって笑いかけ、中には自分から写真に写りたがる人もいた。ファインダー越しに楽しそうにしている人を見ていると、***も嬉しくなってくる。
写真を撮りながら、少しずつ通りを進む***の数メートル後ろに、万事屋の三人がいる。
「オイ神楽ァ!オメーいつまでトウモロコシ食ってんだよ!食いすぎだろ!他にも色々あんだからそっち食えやァ!!」
「銀ちゃん、私トウモロコシのこと今までバカにしてたアル、こんなに美味しいって知らなかったネ、このバター醤油の香ばしさだけで、白米10杯はいけるヨ」
「ちょっと神楽ちゃん!なんで白米持ってるの!?どっから持ってきたの!?」
いいかげんにしろ、とトウモロコシを取り上げる銀時と、それに必死の抵抗をする神楽。「こんなところで喧嘩するのやめて下さい!」と怒りながらもトウモロコシをタッパーに詰めている新八。祭りの喧騒のなかでも異質な三人は、周囲の人から距離を置かれ、道の真ん中で目立っている。
―――パシャッ
掴み合いになっていたところ、急に聞こえたシャッター音に三人の動きが止まる。
「***オメー何撮ってんだよ」
「え?だってみんな楽しそうだったから。ほら、もっと笑って笑って!」
もう一度カメラを向けられて、渋々三人は停戦する。
「***も一緒に写真撮ろーヨ!さっきから人の写真撮ってばっかでつまんないアル」
「そうですよ、***さんもちょっとはお祭り楽しまないと!」
「えっ、私はいいよぉ、写真恥ずかしいし……それに私、お祭り楽しんでるよ」
そう言い残すと***はまた向きを変えて、ひとりカメラを構えて歩き出してしまう。万事屋の三人は顔を見合わせる。銀時は「はぁ~」とため息をついた。
「オネーサン、俺らの写真も撮ってよー」
たくさん写真を撮ったし、そろそろカメラ係終了と電源オフのボタンを押したところで、唐突に声を掛けられる。屋台の並んだ通りを過ぎて、少し奥まったところにポツンと出店が出ている。その周りを若者たちが囲んでいて、そのうちのひとりの男が***を呼んだ。
「はぁい、ちょっと待って下さいね」
そう言ってまた電源ボタンを押す為に手元を見ていると、急に肩をつかまれる。顔を上げるとさっきまで遠くにいたはずの男数人が、すぐ近くに立っていた。
「っつーか、俺らがオネーサンの写真撮ってあげるよ」
にやにやとした笑い顔に囲まれていることに気が付き、鈍い***もさすがに「これは良くない展開」と感じる。しかし強い力で肩をつかまれて動けない。ばっとカメラを取り上げられる。
「あッ!か、カメラは駄目です!大事なものなんです!返して!」
「へぇ、カメラはってことは、これさえ返せば何されてもいいってこと?オネーサン純情そうに見えて積極的だねー」
意図してないことを言われて、恥ずかしさと悔しさで涙がこみ上げてくる。別の男が後ろから***の両脇に腕を入れて、羽交い絞めにする。「やめて!」と大きな声を出すが、場所が奥まっていて誰にも届かない。どうしよう、怖い、誰か助けてと思い、足をばたつかせるがびくともしない。
「嫌がれば嫌がるほど、俺らは燃えるんだよ、オネーサン、ほら写真撮るよ、こっち見てー」
嫌がって目に涙を溜める***に向かって、男は楽しそうにカメラを向ける。
「やッ…」
「その顔そそるね、オネーサン、はいチーズ…ッぶへらぁ!!!」
シャッター音がせず、突然周りが静かになったので、***が顔をあげると思わぬ光景が広がっていた。こちらにカメラを向けている男の口に、トウモロコシがずぶりと刺さっている。羽交い絞めにしていた腕が解かれて、***は地面に座り込む。振り向くと後ろにいた男の口にも、太いトウモロコシが突き刺さっていた。
いつから居たのか、どこから来たのか、誰にも分からない速さで、気が付くと***の前に銀時が立っていた。
「おにーさんたちィ、女ひとりに寄ってたかってするしか能のねぇ奴らは、トウモロコシでもくわえてんのがお似合いなんだよォォォ!こんまま貫いて、テメェらの脳みそバター醤油にしてやろうかァァァ!!!」
そう叫んだ銀時が、男たちの口に入っているトウモロコシの根元を掴むと、両手でそれぞれ持ち上げる。大の男ふたりが宙に浮き、「うがああああ!!」と悲鳴を上げた後、泡を吹いて気を失った。仲間と思わしき集団に向かって、銀時がふたりを投げ捨てる。「あいつヤベェぞ!」という声と共に蜘蛛の子を散らすように男たちはいなくなった。
「ぎ、銀ちゃ…あっ!カメラが!!」
唖然と座り込んでいた***が、地面に落ちていたカメラに気づいて、急いで立ち上がって拾う。壊れていないかカメラを操作するが、手がガタガタ震えて、うまくいかない。横からのびてきた銀時の大きな手が、***の手の上からカメラをつかむと、冷静に電源ボタンを押した。モニターが点いて、一番最後に撮った写真が液晶に表示される。
「…よ、よかったぁ!電源点いたよ銀ちゃん、壊れてなかった!よかったぁ、ありがとう銀ちゃん、こんな高級なカメラ壊しちゃったら、私しばらくお給料返上で働かなきゃいけなかったよ、銀ちゃんのおかげで…」
「***」
銀時らしくない静かな声色で名前を呼ばれて、***の言葉が止まる。無理やり作った笑顔の唇が震える。はっと見上げた銀時の顔の、笑っていない赤い瞳が目に入る。
「***、もう誰もいねーよ、俺しかいねぇ」
「……ッ!」
言葉と一緒に銀時の大きな左手が、***の頭の上に置かれて、着流しの袖が顔にかかる。手が置かれたところから温かさがじわりと伝わってくる。目の前の袖から銀時の香りがして、安心が広がり***の身体の力が抜ける。それと同時にこらえていた涙が溢れてきた。
「ぅ、うぅっ…ひぃッく…ぎ、銀ちゃ…」
「はァァァ…お前さぁ、気付いたらいねーから、銀さん超焦ったんですけど。探しにいこーとしたら、神楽がトウモロコシ食いすぎて腹痛ぇとか言うし…ようやく***見つけたと思ったら変な野郎どもに囲まれてるし…ったく、どいつもこいつも、大人を困らせんなっつーの」
「ぅうッ…ごめ、ごめんなさいぃ…」
ぼろぼろと零れる涙が、銀時の袖に染みこんでいく。袖で***の顔をごしごしと拭いて、涙をぬぐってやる。
しばらくすると涙が止まり、赤い目で銀時を見上げた。「よしよし」と言って再び頭に置かれた銀時の手を、すがるように***の手がつかんだ。指先がガタガタ震えていたので、しょうがねぇとため息をついてから、銀時はその手をぎゅっと握った。
「***、お前さぁ……ちゃんと祭り楽しんでねぇだろ」
「ぅぇッ?…ぉ、お祭り、楽しんだよ」
「いーや、全然楽しんでねぇな、他人の写真撮っただけで楽しめるようなもんじゃねぇんだよ、祭りっつーのは…………銀さんが祭りの楽しみ方っつーのを教えてやっから、すこし頑張れるか?」
「……お祭りに楽しみ方なんてあるの?」
「ったりめーだろ!っんなことも知らねぇから、ガキどもは写真ばっか撮ったり、トウモロコシばっか食ったりしやがって。祭りっつーのはもっといろんなモンに手ぇ出さなきゃ楽しめねーの!!」
ほら行くぞ、と言った銀時に、痛いくらいぎゅっと手を握られる。そのまま引っ張られて、大通りへと引き返す。銀ちゃん、痛いと言おうかと思ったけれど、少しでも手を緩められたら、また不安になって泣き出してしまいそうだったから、何も言わずに大きな手を握り返した。
遠くに提灯の赤い灯りがぼんやりと見え、その前を銀時の銀色の髪が揺れている。***の歩幅も気にせず、引きずると言ってもいいほど乱暴な素振りで大通りへ戻っていく。
ずんずんと進んでいく大きな背中を見ていたら、***の気持ちは少しずつ落ち着いてきた。この背中についていけば、大丈夫。この手を握っていれば、怖くない。
繋がれた熱い手から全身に広がってくる安心感に、また涙がじわっと広がり、鼻がつんとする。ぎゅっと目をつぶって涙をこらえていると、過敏になった聴覚に祭りの喧騒が戻ってくる。
祭りはこれからだ、早く帰ってこいと街に言われているような気がした。
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no.13【pm.7:00】end
大通りに沿って町内会の赤い提灯が揺れている。いつもは夜が更けるほどいかがわしさを増すかぶき町が、今日は少し雰囲気が違う。日が暮れるほど祭り独特の高揚感が膨らみ、駆け回る子供はもちろん、大人も浮かれた顔をしている。
屋台が連なり、浴衣を着た人々で溢れる通りを、***は目を輝かせて眺めている。お祭りなんて何年ぶりだろう。とても幼い頃、兄に手を引かれて綿あめを買ってもらった記憶がある。その後の飢饉で祭りどころではなくなり、今までの人生ずっと縁がなかった。
それが今年はお妙に浴衣を着せてもらい、髪まで結って、友達と一緒に祭りに行けるのだ。数日前から***はずっとわくわくしていて、チラシを見ては「ねぇねぇ銀ちゃん、射的って何?りんご飴ってどんな飴?金魚すくいってすくった金魚は持って帰れるの?」と、銀時に質問し通しだった。
「で、お前のそれは何なわけ」
呆れ顔の銀時が指さしているのは、***の首から下げられた高性能のデジタルカメラ。白地に藍色で朝顔が描かれた浴衣を着ているが、その右腕には「かぶき町 町内会 カメラ係」という文字の入った腕章をつけている。
「これ?牛乳屋さんのおじさんに頼まれちゃったの。おじさんが毎年お祭りのカメラ係やってたんだけど、ぎっくり腰になっちゃって今年は行けないから、代わりに写真撮ってきてくれって言われて…どうせお祭りには行くし、ついでだからいいかなぁって引き受けたんです」
「はァァァァ!?引き受けたって軽く言ってっけど、***、お前カメラなんつーもんを使いこなせんのかよ!?しかも何コレ?このカメラすっげぇやつじゃん、向かいのマンションのおねーちゃんの生着替え盗撮とかできるやつじゃん!!」
「銀ちゃん、それ犯罪だからね……おじさんに教わって、操作は分かるから大丈夫ですよ!いい写真いっぱい撮るから、応援しててね」
そう言って笑いながら、既に屋台で焼トウモロコシを大量に買って食べまくっている神楽の方へと歩いていってしまう。***の後ろ姿を見て銀時は、でもそれじゃお前が楽しめねぇんじゃねぇの、と思ったが口には出さなかった。
「あー!お姉さん、大江戸スーパーの人じゃん!」
ミニ丈の浴衣に、光る飾りが揺れるカチューシャをした女の子たち。その集団にカメラを向けると、数人が***のことを知っていた。***が「みんな浴衣似合ってる!かわいいねぇ!」と言ってシャッターをきると、笑顔でピースをしたり、ポーズを取る。
「お姉さんも浴衣かわいー!写真ありがと、これあげるねぇ」
そう言った女の子から、小さなりんご飴をもらい、手を振って別れた。
「あれ、***ちゃん?牛乳屋の親父はどうした?」
お神輿の周りで集まって酒盛りをしていた町内会のおじさん達が、カメラ係の***に気づいて声をかける。
「ぎっくり腰で来られないんですよ。代わりに今年は私がカメラ係です!はい、みなさん笑って笑って、撮りますよぉ」
一緒に酒を飲んでいけと引き留められたが、写真を撮るのでとやんわりと断る。渡されたジュースだけ貰って、その場を後にした。
***が「お祭りの楽しい写真撮らせてください」とカメラを向けると、誰もがこころよくレンズに向かって笑いかけ、中には自分から写真に写りたがる人もいた。ファインダー越しに楽しそうにしている人を見ていると、***も嬉しくなってくる。
写真を撮りながら、少しずつ通りを進む***の数メートル後ろに、万事屋の三人がいる。
「オイ神楽ァ!オメーいつまでトウモロコシ食ってんだよ!食いすぎだろ!他にも色々あんだからそっち食えやァ!!」
「銀ちゃん、私トウモロコシのこと今までバカにしてたアル、こんなに美味しいって知らなかったネ、このバター醤油の香ばしさだけで、白米10杯はいけるヨ」
「ちょっと神楽ちゃん!なんで白米持ってるの!?どっから持ってきたの!?」
いいかげんにしろ、とトウモロコシを取り上げる銀時と、それに必死の抵抗をする神楽。「こんなところで喧嘩するのやめて下さい!」と怒りながらもトウモロコシをタッパーに詰めている新八。祭りの喧騒のなかでも異質な三人は、周囲の人から距離を置かれ、道の真ん中で目立っている。
―――パシャッ
掴み合いになっていたところ、急に聞こえたシャッター音に三人の動きが止まる。
「***オメー何撮ってんだよ」
「え?だってみんな楽しそうだったから。ほら、もっと笑って笑って!」
もう一度カメラを向けられて、渋々三人は停戦する。
「***も一緒に写真撮ろーヨ!さっきから人の写真撮ってばっかでつまんないアル」
「そうですよ、***さんもちょっとはお祭り楽しまないと!」
「えっ、私はいいよぉ、写真恥ずかしいし……それに私、お祭り楽しんでるよ」
そう言い残すと***はまた向きを変えて、ひとりカメラを構えて歩き出してしまう。万事屋の三人は顔を見合わせる。銀時は「はぁ~」とため息をついた。
「オネーサン、俺らの写真も撮ってよー」
たくさん写真を撮ったし、そろそろカメラ係終了と電源オフのボタンを押したところで、唐突に声を掛けられる。屋台の並んだ通りを過ぎて、少し奥まったところにポツンと出店が出ている。その周りを若者たちが囲んでいて、そのうちのひとりの男が***を呼んだ。
「はぁい、ちょっと待って下さいね」
そう言ってまた電源ボタンを押す為に手元を見ていると、急に肩をつかまれる。顔を上げるとさっきまで遠くにいたはずの男数人が、すぐ近くに立っていた。
「っつーか、俺らがオネーサンの写真撮ってあげるよ」
にやにやとした笑い顔に囲まれていることに気が付き、鈍い***もさすがに「これは良くない展開」と感じる。しかし強い力で肩をつかまれて動けない。ばっとカメラを取り上げられる。
「あッ!か、カメラは駄目です!大事なものなんです!返して!」
「へぇ、カメラはってことは、これさえ返せば何されてもいいってこと?オネーサン純情そうに見えて積極的だねー」
意図してないことを言われて、恥ずかしさと悔しさで涙がこみ上げてくる。別の男が後ろから***の両脇に腕を入れて、羽交い絞めにする。「やめて!」と大きな声を出すが、場所が奥まっていて誰にも届かない。どうしよう、怖い、誰か助けてと思い、足をばたつかせるがびくともしない。
「嫌がれば嫌がるほど、俺らは燃えるんだよ、オネーサン、ほら写真撮るよ、こっち見てー」
嫌がって目に涙を溜める***に向かって、男は楽しそうにカメラを向ける。
「やッ…」
「その顔そそるね、オネーサン、はいチーズ…ッぶへらぁ!!!」
シャッター音がせず、突然周りが静かになったので、***が顔をあげると思わぬ光景が広がっていた。こちらにカメラを向けている男の口に、トウモロコシがずぶりと刺さっている。羽交い絞めにしていた腕が解かれて、***は地面に座り込む。振り向くと後ろにいた男の口にも、太いトウモロコシが突き刺さっていた。
いつから居たのか、どこから来たのか、誰にも分からない速さで、気が付くと***の前に銀時が立っていた。
「おにーさんたちィ、女ひとりに寄ってたかってするしか能のねぇ奴らは、トウモロコシでもくわえてんのがお似合いなんだよォォォ!こんまま貫いて、テメェらの脳みそバター醤油にしてやろうかァァァ!!!」
そう叫んだ銀時が、男たちの口に入っているトウモロコシの根元を掴むと、両手でそれぞれ持ち上げる。大の男ふたりが宙に浮き、「うがああああ!!」と悲鳴を上げた後、泡を吹いて気を失った。仲間と思わしき集団に向かって、銀時がふたりを投げ捨てる。「あいつヤベェぞ!」という声と共に蜘蛛の子を散らすように男たちはいなくなった。
「ぎ、銀ちゃ…あっ!カメラが!!」
唖然と座り込んでいた***が、地面に落ちていたカメラに気づいて、急いで立ち上がって拾う。壊れていないかカメラを操作するが、手がガタガタ震えて、うまくいかない。横からのびてきた銀時の大きな手が、***の手の上からカメラをつかむと、冷静に電源ボタンを押した。モニターが点いて、一番最後に撮った写真が液晶に表示される。
「…よ、よかったぁ!電源点いたよ銀ちゃん、壊れてなかった!よかったぁ、ありがとう銀ちゃん、こんな高級なカメラ壊しちゃったら、私しばらくお給料返上で働かなきゃいけなかったよ、銀ちゃんのおかげで…」
「***」
銀時らしくない静かな声色で名前を呼ばれて、***の言葉が止まる。無理やり作った笑顔の唇が震える。はっと見上げた銀時の顔の、笑っていない赤い瞳が目に入る。
「***、もう誰もいねーよ、俺しかいねぇ」
「……ッ!」
言葉と一緒に銀時の大きな左手が、***の頭の上に置かれて、着流しの袖が顔にかかる。手が置かれたところから温かさがじわりと伝わってくる。目の前の袖から銀時の香りがして、安心が広がり***の身体の力が抜ける。それと同時にこらえていた涙が溢れてきた。
「ぅ、うぅっ…ひぃッく…ぎ、銀ちゃ…」
「はァァァ…お前さぁ、気付いたらいねーから、銀さん超焦ったんですけど。探しにいこーとしたら、神楽がトウモロコシ食いすぎて腹痛ぇとか言うし…ようやく***見つけたと思ったら変な野郎どもに囲まれてるし…ったく、どいつもこいつも、大人を困らせんなっつーの」
「ぅうッ…ごめ、ごめんなさいぃ…」
ぼろぼろと零れる涙が、銀時の袖に染みこんでいく。袖で***の顔をごしごしと拭いて、涙をぬぐってやる。
しばらくすると涙が止まり、赤い目で銀時を見上げた。「よしよし」と言って再び頭に置かれた銀時の手を、すがるように***の手がつかんだ。指先がガタガタ震えていたので、しょうがねぇとため息をついてから、銀時はその手をぎゅっと握った。
「***、お前さぁ……ちゃんと祭り楽しんでねぇだろ」
「ぅぇッ?…ぉ、お祭り、楽しんだよ」
「いーや、全然楽しんでねぇな、他人の写真撮っただけで楽しめるようなもんじゃねぇんだよ、祭りっつーのは…………銀さんが祭りの楽しみ方っつーのを教えてやっから、すこし頑張れるか?」
「……お祭りに楽しみ方なんてあるの?」
「ったりめーだろ!っんなことも知らねぇから、ガキどもは写真ばっか撮ったり、トウモロコシばっか食ったりしやがって。祭りっつーのはもっといろんなモンに手ぇ出さなきゃ楽しめねーの!!」
ほら行くぞ、と言った銀時に、痛いくらいぎゅっと手を握られる。そのまま引っ張られて、大通りへと引き返す。銀ちゃん、痛いと言おうかと思ったけれど、少しでも手を緩められたら、また不安になって泣き出してしまいそうだったから、何も言わずに大きな手を握り返した。
遠くに提灯の赤い灯りがぼんやりと見え、その前を銀時の銀色の髪が揺れている。***の歩幅も気にせず、引きずると言ってもいいほど乱暴な素振りで大通りへ戻っていく。
ずんずんと進んでいく大きな背中を見ていたら、***の気持ちは少しずつ落ち着いてきた。この背中についていけば、大丈夫。この手を握っていれば、怖くない。
繋がれた熱い手から全身に広がってくる安心感に、また涙がじわっと広がり、鼻がつんとする。ぎゅっと目をつぶって涙をこらえていると、過敏になった聴覚に祭りの喧騒が戻ってくる。
祭りはこれからだ、早く帰ってこいと街に言われているような気がした。
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