かぶき町で牛乳配達をする女の子
牛乳(人生)は噛んで飲め
おなまえをどうぞ
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【pm.12:45】
「あー…あんぱんと牛乳…」
力なくつぶやいた、少しかすれ気味の声は、初夏の青空へとそのまま吸い込まれていった。
今回のあんぱん生活は長くなりそうだ。攘夷浪士のアジトが見つかり、近々摘発予定。アジトがある港に、コンテナをひとつ占拠し、そこで昼夜張り込むことが今朝決まった。浪士どもが最も多く集まり、かつ無防備で突入に最適なタイミングを見極めるのが、真選組 監察 山崎退に今回課せられた任務だ。
張り込みにはあんぱんと牛乳。自分で決めたルールなのに、うんざりしている。1カ月もあんぱん生活を続けると、頭がおかしくなることは既に実証済。しかし今回は1カ月で済むかも分からないのだ。
明日からの張り込みに備えて、今日は大江戸スーパーへ買い出しに来た。大量のあんぱん、そしてパックの牛乳。まだ食べてもいないのに、見ているだけで既に憂鬱になっている。
スーパーの駐車場、その隅のベンチに座って、少しは気分が晴れはしないかと空を見上げていた。
「あれ?山崎さん?…どうしたんですかこんなところで」
声をかけられて空から視線を落とすと、スーパーの赤いエプロンをつけた女の子が近づいてきていた。手には弁当箱を持ち、いかにもお昼休憩という感じ。
「ああ、***ちゃん、さっきはレジありがとう」
「いえいえ、こちらこそたくさんお買い物してくださって、ありがとうございます」
ペコリと頭を下げてから、「私これからお昼なんですけど、そこに座って食べてもいいですか?」と聞くので、山崎は慌てて「どうぞどうぞ!」と席をつめた。
以前から山崎は大江戸スーパーで働く***のことを、好ましく思っていた。接客態度の良さ、愛想のいい笑顔、レジ打ちの速さと正確さ、どれも非の打ちどころがない。
しかしそれらを差し押さえて、山崎がいちばん惹かれる***の魅力は、その地味な雰囲気にあった。
目を引くほどとびぬけて美人なわけではない、どちらかといえばまあ可愛いタイプ。思いやりはあるが、馴れ馴れしくはない節度のある接客。会計が終わればどんな子だったかも忘れてしまうような、そんな印象の薄さが***にはあるのだ。
山崎は***の、自分と同じくらいの影の薄さ、類まれなる地味さに親近感を感じていた。そのためずいぶん前から、このスーパーではわざわざ***のレジを選んで、並ぶようにしていたのだ。
そんな地味な努力によって、最近は***も山崎を顔見知り程度には認識するようになり、店内で会うと世間話をするくらいの仲にまでなったのだ。
「山崎さん、何かお悩みごとでもあるんですか?」
「え…うん、まぁ悩みというか、あんぱんというか…何というか、あんぱんというか…」
「あんぱん?あんぱんがどうかしたんですか?」
弁当を食べながら、何気ない顔で話を聞いてくれる***に、話すつもりのなかった自分の話をしてしまう。この子にこんな話をしたって、困らせるだけだと分かっているのに、山崎の目を見て、親身に耳を傾けてくれる***の様子に、つい口から言葉がスルスル出てきてしまう。
「それじゃ明日から、山崎さんはお仕事が続く限り、あんぱんと牛乳だけで過ごすんですか?」
「まぁね、自分でも変だと思うんだけどさ、今更やめたら良くないことが起こりそうで…馬鹿みたいなこだわりなんだけどね」
大概の人間が、この山崎の張り込み対するこだわりを聞くと、おかしな奴だとか、変な習慣はやめろと馬鹿にするのだ。山崎自身もこんな馬鹿げたこだわりは捨てた方がいいと、よく分かっている。
「馬鹿みたいなんかじゃないですよ、山崎さん!あんぱんで張り込み、かっこいいです」
「え?」
「あんぱんと牛乳、刑事ドラマで見たことあります。山崎さんって、やっぱり本物の警察官なんですねぇ。…こう、あんぱんを食べながら、コートのえりを立てて、ブラインドの隙間からホシを見張る……うん、やっぱり!かっこいいじゃないですか!」
***は急に眉間にシワを寄せ、ハードボイルドな顔つきを作ると、タコさんウインナーが刺さった箸で、ブラインドの隙間を下げるような動きをする。刑事ドラマのマネをしているつもりだ。その後「ふふふ」と笑って、ウインナーを口に入れ、自分に微笑みかける***の顔を見て、山崎は胸が温かくなる。こんなところに分かってくれる人がいたなんて!!
「え、えへへ…そうかな、なんか***ちゃんにそう言われると、悪い気しないよ。ありがとう」
「あ、そうだ!山崎さん、あんぱんと牛乳が必須アイテムなら、これよかったらどうぞ。私の実家の牛乳です」
そう言って***は、自分のお昼用に持ってきた***農園の牛乳を、山崎に手渡す。牛乳瓶をまじまじと見た山崎は、「それなら…」と自分の膝の上のビニール袋から、パックの牛乳を取り出して、***に渡す。
「じゃぁ、交換ってことでいいかな。はい」
「わ、いいんですか。ありがとうございます」
「牛乳と牛乳を交換するなんて、ちょっとおかしいけど嬉しいです」と言って笑う***を見て、山崎は自分の手元にある牛乳瓶が、何か特別な物のように思えてきた。
女の子と何かを交換するなんて、久しくなかった、てゆーか一度も経験なかった、これは結構ときめくな、と内心ドキドキする。***との距離が縮まった証のようで、パックとは違う牛乳瓶の重みが、手に嬉しい。
前々から***に言いたかったことを、今なら言えそうな気がする、と山崎はふと思う。微笑みながら弁当を食べている***に、真剣な顔をして声をかける。
「あの、***ちゃん!!」
「はい、なんでしょう、山崎さん」
「***ちゃんは、その…………ミントン、好き?」
「ミントン?…バトミントンのことですか?私やったことないです」
「もし、もしよかったらだけど……今度、僕とミントンしませんか?」
「え、」
思わぬ誘いに、***の唇が半開きのまま一瞬止まる。その一瞬が、山崎には永遠に思えるほど長く感じた。
オレ何やってんだ!急に誘ったりして、ひいてるじゃないか!オレの馬鹿!と後悔し、「やっぱりいいんだ」と言おうとしたが、言う前に***の唇が動いた。
「いいんですか!わぁ!ミントン、やってみたいです!私、運動音痴ですけど、大丈夫かな?山崎さん、教えてくれます?」
「え?…え、いいの?…いや、もちろん教えるけど、教える教える!むしろ教えさせて下さい!………じゃ、じゃあ、張り込みが終わったら、一緒にミントンしよう!」
「わぁ、嬉しいです!約束ですよ、山崎さん。お仕事終わったら、ちゃんと誘ってくださいね、待ってますから」
待ってますから…
待ってますから……
待ってますから………
***が笑顔で言い放った言葉が、山崎の頭の中でリピートする。「もう休憩終わりなんで、行きますね。お仕事頑張ってください」と言い残し、去っていく***の後ろ姿を、山崎は呆然と見送った。
「は、張り込みが終わったら…***ちゃんとミントン…***ちゃんと…ぃ、ぃよっしゃあああああ―――!!」
右手に牛乳瓶、左手にあんぱん入りのビニール袋を持ったまま、両手を天へと突き上げる。そのまま青空を見上げると、さっきよりも青く、広く感じた。
長期間の張り込み?やってやろうじゃん。あんぱん生活?上等だ、かかってきやがれ。あの子とミントンをやるためだったら、そのくらい楽勝だ。
山崎の顔は晴れ晴れしく、さっきまで忌々しかった大量のあんぱんも、今となっては任務を全うする為の、大事な相棒のように思えてきた。
顔が自然とにやけてしまう。こんな顔を副長に見られたら、絶対にどやされる。ちょっと大きな声を出して、気を紛らわせてから屯所へ帰ろう。そう思って山崎は、深く息を吸うと、空へ向かって叫んだ。
「あんぱんと牛乳ぅ――――!!!!!」
(***ちゃんとミントン!!!!!)
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no.11【pm.12:45】end
「あー…あんぱんと牛乳…」
力なくつぶやいた、少しかすれ気味の声は、初夏の青空へとそのまま吸い込まれていった。
今回のあんぱん生活は長くなりそうだ。攘夷浪士のアジトが見つかり、近々摘発予定。アジトがある港に、コンテナをひとつ占拠し、そこで昼夜張り込むことが今朝決まった。浪士どもが最も多く集まり、かつ無防備で突入に最適なタイミングを見極めるのが、真選組 監察 山崎退に今回課せられた任務だ。
張り込みにはあんぱんと牛乳。自分で決めたルールなのに、うんざりしている。1カ月もあんぱん生活を続けると、頭がおかしくなることは既に実証済。しかし今回は1カ月で済むかも分からないのだ。
明日からの張り込みに備えて、今日は大江戸スーパーへ買い出しに来た。大量のあんぱん、そしてパックの牛乳。まだ食べてもいないのに、見ているだけで既に憂鬱になっている。
スーパーの駐車場、その隅のベンチに座って、少しは気分が晴れはしないかと空を見上げていた。
「あれ?山崎さん?…どうしたんですかこんなところで」
声をかけられて空から視線を落とすと、スーパーの赤いエプロンをつけた女の子が近づいてきていた。手には弁当箱を持ち、いかにもお昼休憩という感じ。
「ああ、***ちゃん、さっきはレジありがとう」
「いえいえ、こちらこそたくさんお買い物してくださって、ありがとうございます」
ペコリと頭を下げてから、「私これからお昼なんですけど、そこに座って食べてもいいですか?」と聞くので、山崎は慌てて「どうぞどうぞ!」と席をつめた。
以前から山崎は大江戸スーパーで働く***のことを、好ましく思っていた。接客態度の良さ、愛想のいい笑顔、レジ打ちの速さと正確さ、どれも非の打ちどころがない。
しかしそれらを差し押さえて、山崎がいちばん惹かれる***の魅力は、その地味な雰囲気にあった。
目を引くほどとびぬけて美人なわけではない、どちらかといえばまあ可愛いタイプ。思いやりはあるが、馴れ馴れしくはない節度のある接客。会計が終わればどんな子だったかも忘れてしまうような、そんな印象の薄さが***にはあるのだ。
山崎は***の、自分と同じくらいの影の薄さ、類まれなる地味さに親近感を感じていた。そのためずいぶん前から、このスーパーではわざわざ***のレジを選んで、並ぶようにしていたのだ。
そんな地味な努力によって、最近は***も山崎を顔見知り程度には認識するようになり、店内で会うと世間話をするくらいの仲にまでなったのだ。
「山崎さん、何かお悩みごとでもあるんですか?」
「え…うん、まぁ悩みというか、あんぱんというか…何というか、あんぱんというか…」
「あんぱん?あんぱんがどうかしたんですか?」
弁当を食べながら、何気ない顔で話を聞いてくれる***に、話すつもりのなかった自分の話をしてしまう。この子にこんな話をしたって、困らせるだけだと分かっているのに、山崎の目を見て、親身に耳を傾けてくれる***の様子に、つい口から言葉がスルスル出てきてしまう。
「それじゃ明日から、山崎さんはお仕事が続く限り、あんぱんと牛乳だけで過ごすんですか?」
「まぁね、自分でも変だと思うんだけどさ、今更やめたら良くないことが起こりそうで…馬鹿みたいなこだわりなんだけどね」
大概の人間が、この山崎の張り込み対するこだわりを聞くと、おかしな奴だとか、変な習慣はやめろと馬鹿にするのだ。山崎自身もこんな馬鹿げたこだわりは捨てた方がいいと、よく分かっている。
「馬鹿みたいなんかじゃないですよ、山崎さん!あんぱんで張り込み、かっこいいです」
「え?」
「あんぱんと牛乳、刑事ドラマで見たことあります。山崎さんって、やっぱり本物の警察官なんですねぇ。…こう、あんぱんを食べながら、コートのえりを立てて、ブラインドの隙間からホシを見張る……うん、やっぱり!かっこいいじゃないですか!」
***は急に眉間にシワを寄せ、ハードボイルドな顔つきを作ると、タコさんウインナーが刺さった箸で、ブラインドの隙間を下げるような動きをする。刑事ドラマのマネをしているつもりだ。その後「ふふふ」と笑って、ウインナーを口に入れ、自分に微笑みかける***の顔を見て、山崎は胸が温かくなる。こんなところに分かってくれる人がいたなんて!!
「え、えへへ…そうかな、なんか***ちゃんにそう言われると、悪い気しないよ。ありがとう」
「あ、そうだ!山崎さん、あんぱんと牛乳が必須アイテムなら、これよかったらどうぞ。私の実家の牛乳です」
そう言って***は、自分のお昼用に持ってきた***農園の牛乳を、山崎に手渡す。牛乳瓶をまじまじと見た山崎は、「それなら…」と自分の膝の上のビニール袋から、パックの牛乳を取り出して、***に渡す。
「じゃぁ、交換ってことでいいかな。はい」
「わ、いいんですか。ありがとうございます」
「牛乳と牛乳を交換するなんて、ちょっとおかしいけど嬉しいです」と言って笑う***を見て、山崎は自分の手元にある牛乳瓶が、何か特別な物のように思えてきた。
女の子と何かを交換するなんて、久しくなかった、てゆーか一度も経験なかった、これは結構ときめくな、と内心ドキドキする。***との距離が縮まった証のようで、パックとは違う牛乳瓶の重みが、手に嬉しい。
前々から***に言いたかったことを、今なら言えそうな気がする、と山崎はふと思う。微笑みながら弁当を食べている***に、真剣な顔をして声をかける。
「あの、***ちゃん!!」
「はい、なんでしょう、山崎さん」
「***ちゃんは、その…………ミントン、好き?」
「ミントン?…バトミントンのことですか?私やったことないです」
「もし、もしよかったらだけど……今度、僕とミントンしませんか?」
「え、」
思わぬ誘いに、***の唇が半開きのまま一瞬止まる。その一瞬が、山崎には永遠に思えるほど長く感じた。
オレ何やってんだ!急に誘ったりして、ひいてるじゃないか!オレの馬鹿!と後悔し、「やっぱりいいんだ」と言おうとしたが、言う前に***の唇が動いた。
「いいんですか!わぁ!ミントン、やってみたいです!私、運動音痴ですけど、大丈夫かな?山崎さん、教えてくれます?」
「え?…え、いいの?…いや、もちろん教えるけど、教える教える!むしろ教えさせて下さい!………じゃ、じゃあ、張り込みが終わったら、一緒にミントンしよう!」
「わぁ、嬉しいです!約束ですよ、山崎さん。お仕事終わったら、ちゃんと誘ってくださいね、待ってますから」
待ってますから…
待ってますから……
待ってますから………
***が笑顔で言い放った言葉が、山崎の頭の中でリピートする。「もう休憩終わりなんで、行きますね。お仕事頑張ってください」と言い残し、去っていく***の後ろ姿を、山崎は呆然と見送った。
「は、張り込みが終わったら…***ちゃんとミントン…***ちゃんと…ぃ、ぃよっしゃあああああ―――!!」
右手に牛乳瓶、左手にあんぱん入りのビニール袋を持ったまま、両手を天へと突き上げる。そのまま青空を見上げると、さっきよりも青く、広く感じた。
長期間の張り込み?やってやろうじゃん。あんぱん生活?上等だ、かかってきやがれ。あの子とミントンをやるためだったら、そのくらい楽勝だ。
山崎の顔は晴れ晴れしく、さっきまで忌々しかった大量のあんぱんも、今となっては任務を全うする為の、大事な相棒のように思えてきた。
顔が自然とにやけてしまう。こんな顔を副長に見られたら、絶対にどやされる。ちょっと大きな声を出して、気を紛らわせてから屯所へ帰ろう。そう思って山崎は、深く息を吸うと、空へ向かって叫んだ。
「あんぱんと牛乳ぅ――――!!!!!」
(***ちゃんとミントン!!!!!)
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